説明

分光光度計

【課題】測定所要時間を延ばすことなく信号のノイズを低減し、吸光度等の計算値の精度を向上させる。
【解決手段】被測定試料の透過光による試料側測定信号及び参照試料の透過光による参照側測定信号については、セクタ鏡の回転に伴う1サイクル中に得られるデータのみを積算し平均値を算出する。一方、光検出器に光を入射しない暗信号については、複数サイクルに跨って得られるデータを積算し平均値を算出する。暗信号は時間経過に伴う変化が緩慢であるため、複数サイクルに亘る積算を実行しても信号の鈍り等の問題が生じない。3サイクルに亘る暗信号データの積算を行うとノイズは従来の1/√3に下がるため、1サイクルの時間、即ち測定所要時間が従来と同じでも暗信号を除去した測定信号のSN比を改善することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は分光光度計に関し、さらに詳しくは、回転セクタ鏡などにより測定光を2方向へ振り分けるダブルビーム方式の分光光度計に関する。
【背景技術】
【0002】
分光光度計には、その光路の構成によってダブルビーム方式とシングルビーム方式とがある。ダブルビーム方式は、吸光度を算出する過程で原理的に光源の光量変動による影響を相殺することが可能であるため、分析精度の点でシングルビーム方式よりも有利である。
【0003】
ダブルビーム方式の分光光度計として、分光器(モノクロメータ)により取り出された単色光を回転セクタ鏡を用いて試料側光束と参照側光束とに振り分ける構成のものがよく知られている。例えば特許文献1などに開示された分光光度計では、単色光は一定速度で回転駆動されるセクタ鏡により試料側光束と参照側光束とに交互に振り分けられ、試料側光束は被測定試料に照射され、参照側光束は被測定成分を含まない例えば溶媒のみの参照試料に照射される。そうして、被測定試料を透過した光と参照試料を透過した光とは1つの光検出器に対し交互に導入され、各透過光に対応した信号が検出される。また、光が光検出器に入射しない状態での暗電流などによる暗信号を測定するために、光を遮蔽する遮光部がセクタ鏡に一体に設けられている。
【0004】
図5は上述したようなダブルビーム方式分光光度計に用いられる一般的なセクタ鏡の平面図である。このセクタ鏡8において、軸81の周りには反射鏡82、開口部83、遮光部84が、交互に設けられている。いま、分光器から取り出された単色光の光束が図5中に点線で示す位置Lに来るようにセクタ鏡8が設置されているとすると、セクタ鏡8が1回転する間に、光束の位置Lには、開口部83→遮光部84→反射鏡82→遮光部84→開口部83→遮光部84→反射鏡82→遮光部84が順に来る。即ち、セクタ鏡8のモードとしては、図6(a)に示すように、通過(S)→遮光(Ds)→反射(R)→遮光(Dr)→通過(S)→遮光(Ds)→反射(R)→遮光(Dr)の順に切り替わる。通過(S)の期間には被測定試料に試料側光束が照射され、反射(R)の期間には参照試料に参照側光束が照射される。また、遮光(Ds、Dr)の期間には光検出器へ光が入射しない。その結果、光検出器において、通過(S)の期間には試料側信号が、反射(R)の期間には参照側信号が、遮光(Ds、Dr)の期間には暗信号が、時分割で得られる。
【0005】
この検出信号の変化の一例を図6(b)に示す。通常、セクタ鏡8が回転する際に各セクタの切り替わりの前後で信号は大きく変化するが、光検出器やその後段の電気回路の周波数応答の制約などのために、信号の変化は図示するように立ち上がり、立ち下がりに鈍りが生じたものとなる。この検出信号はA/D変換器において所定のサンプリング周期でサンプリングされてデジタル値に変換されるが、上述のように信号が静定していない範囲では正確なデータを得ることができないため、実際には図6(c)に示した期間にデータを収集する。即ち、図6(c)において、Dsは試料側信号データの収集期間、Drは参照側信号データの収集期間、Ddsは試料側暗信号データの収集期間、Ddrは参照側暗信号データの収集期間、である。なお、試料側光束と参照側光束とを1個の光検出器に導入するシングルディテクタ構成の場合には、試料側暗信号と参照側暗信号とは実質的に区別はない。一方、試料側光束と参照側光束とをそれぞれ別の光検出器に導入するダブルディテクタ構成の場合には、試料側暗信号と参照側暗信号とは区別される。
【0006】
一般にセクタ鏡の回転速度は数十Hz程度(例えば電源周波数)であり、それに比べてデータのサンプリング周期は格段に短いため、上記のような各データ収集期間にはそれぞれ多数のデータが得られ、これを積算処理(平均化処理)することでノイズの低減を図っている。信号に重畳しているノイズは積算時間(デジタルデータの場合には積算するデータ個数)の平方根に反比例し、ノイズを下げるには積算時間を延ばすことが有効である。セクタ鏡の回転速度を下げることによりデータ収集期間をそれぞれ延ばして積算時間を長くすることが可能であるものの、そうすると1サイクルの時間が長くなり、例えば所定の波長範囲に亘る波長走査を行う場合にその走査時間も同様の割合で長くする必要がある。その結果、測定所要時間が長くなり、スループットが低下するおそれがある。また、回路上でアナログデータの積算処理を行う場合であっても、セクタ鏡の回転速度を下げることによりデータ収集期間をそれぞれ延ばして積算時間を長くすると、同様の問題が生じることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−356049号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、測定所要時間を長くすることなしに光検出器で得られる信号に重畳しているノイズを低減し、SN比を改善することができる分光光度計を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来一般的に、試料側測定信号、参照側測定信号、試料側暗信号、参照側暗信号のそれぞれの積算(又はそれに代わるノイズ低減のための演算処理)は同じサイクル内でのみ行われていた。これは、試料側測定信号や参照側測定信号は時間経過に伴い変化する(例えば波長走査を行う場合には、波長の変化に伴い通常、測光値は変化する)ため、複数サイクルに跨る積算を行うと波形が鈍ってしまい、例えば波長分解能が下がるからである。しかしながら、暗信号は理想的には一定値であり、変化があるとしても温度などの周囲環境などの変動に伴うドリフトが主要因であるため、その変化の速度はかなり緩慢であると考えられる。そこで、少なくとも暗信号については、複数サイクルに跨る積算を行うことが可能である筈である。本願発明者はこうした点に着目し、本願発明に想到した。
【0010】
即ち、上記課題を解決するために成された本発明は、測定光を試料側光路と参照側光路とに交互に振り分けるとともにその交互の振り分けの1サイクル中の一部期間で測定光を遮蔽する光路切替手段と、前記試料側光路中に配設された被測定試料を通過した光と前記参照側光路中に配設された参照試料を通過した光とを検出する光検出器と、を具備するダブルビーム方式の分光光度計において、
a)試料側光束に対して得られる試料側測定信号及び参照側光束に対して得られる参照側測定信号をそれぞれノイズ低減処理するサイクルよりも長いサイクルに亘って、測定光が遮蔽された期間に得られる暗信号をノイズ低減処理するノイズ低減処理手段と、
b)異なるサイクルに亘りノイズ低減処理された、試料側測定信号と暗信号、及び、参照側測定信号と暗信号、によりそれぞれ暗信号の影響を除去し、被測定試料による吸収を求める吸光演算手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
上記ノイズ低減処理とは例えば、積算処理や平均化処理、FIRやIIRなどのデジタルフィルタ処理、或いは、回路上で積算(積分)などを行うアナログフィルタ処理が考えられる。
【0012】
上記光路切替手段としては、反射鏡、開口部、及び遮蔽部のいずれかが測定光路上に来るように一定速度で回転駆動されるセクタ鏡を用いることができる。例えば、セクタ鏡の開口部が測定光路上に来たときに測定光が試料側光路へ送られ、反射鏡が測定光路上に来たときに測定光が参照側光路へ送られ、遮蔽部が測定光路上に来たときに光検出器への光の入射がなくなる。なお、遮蔽部は試料側と参照側とに分けるようにしてもよいし、試料側と参照側とで共通でもよい。
【0013】
ノイズ低減処理手段は、試料側光束に対して光検出器により得られる試料側測定信号、及び、参照側光束に対して光検出器により得られる参照側測定信号をそれぞれ1サイクル内で例えば積算等のノイズ低減処理し、遮蔽部が測定光路上に来て光検出器への光の入射がない状態のときに光検出器により得られる暗信号については複数サイクルに亘る積算等のノイズ低減処理を行う。暗信号のノイズ低減処理期間が長くなることで暗信号のノイズレベルは減少するため、それに伴い、ノイズ低減処理された試料側測定信号、参照側測定信号、及び暗信号により求まる信号(スペクトルデータ)のノイズも下がる。それにより、従来よりも精度の高い吸収スペクトルを求めることが可能となる。
【0014】
本発明に係る分光光度計の好ましい一実施態様として、1サイクル中で試料側測定信号及び参照側測定信号の取得期間をそれぞれ暗信号の取得期間よりも長くする構成とするとよい。
【0015】
前述のように光路切替手段がセクタ鏡である場合、上記実施態様は、セクタ鏡の反射鏡及び開口部の回転方向に占める角度を遮蔽部の回転方向に占める角度よりも大きくすることで実現することができる。もちろん、例えばステッピングモータなどによりステップ的にセクタ鏡を回転駆動する場合であって、そのステップ的な回転が高速に行える場合には、その回転制御によって、1サイクル中の各信号の取得期間の長さを適宜に調整することができる。
【0016】
上記実施態様に係る分光光度計によれば、1サイクルの期間を従来と同じに保ったままで、試料側測定信号の取得期間及び参照側測定信号の取得期間をそれぞれ従来よりも長くすることができる。それによって、試料側測定信号及び参照側測定信号の積算等のノイズ低減処理時間が長くなり、それら信号に重畳しているノイズを低減することができる。試料側測定信号及び参照側測定信号の取得期間をそれぞれ延ばすことで、逆に暗信号の取得期間は短くなるが、暗信号については上述のように複数サイクルに跨るノイズ低減処理を行うことでノイズを低減することが可能である。これにより、全体としてノイズを一層低下させ、良好なSN比を持つ信号に基づいて高精度な吸収スペクトルを算出することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る分光光度計によれば、従来と比較して測定所要時間を延ばすことなく測定信号や暗信号に重畳しているノイズを低減し、吸光度などの測定値の精度向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の第1実施例による分光光度計の要部の構成図。
【図2】第1実施例の分光光度計におけるデータ処理を説明するためのタイミング図。
【図3】本発明の第2実施例による分光光度計に使用されるセクタ鏡の平面図。
【図4】第2実施例の分光光度計におけるデータ処理を説明するためのタイミング図。
【図5】従来の一般的なセクタ鏡の平面図。
【図6】一般的な分光光度計におけるセクタ鏡の切替モードとデータ収集期間とを示すタイミング図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[第1実施例]
以下、本発明に係る分光光度計の一実施例(第1実施例)を図1及び図2を参照して説明する。図1は本実施例によるダブルビーム方式分光光度計の要部の構成図である。
【0020】
図1において、光源1から発した光は、入口スリット2、回折格子3、出口スリット4、及びステッピングモータ5を含む分光器6に導入され、分光器6から所定の波長の単色光が取り出される。ステッピングモータ5は、入口スリット2を通過した入射光に対し回折格子3の角度を変えることにより、出口スリット4を介して取り出される単色光の波長を変化させる。取り出された単色光つまり測定光は、モータ9により一定速度で回転駆動されるセクタ鏡8によって、2つの反射鏡10、11の方向に交互に送られる。
【0021】
セクタ鏡8は既に説明した図5に示した構造を有する。セクタ鏡8の回転に伴い、分光器6からの単色光の照射位置に開口部83が来たときには、単色光は開口部83を抜けて反射鏡11に当たり、試料側光束Lsとなって被測定試料13に照射される。一方、単色光の照射位置に反射鏡82が来たときには、単色光はその反射鏡82で反射された後に反射鏡10に当たり、参照側光束Lrとなって参照試料12に照射される。また、単色光の照射位置に遮光部84が来たときには、試料側光束Ls、参照側光束Lrのいずれも送られない。例えば、被測定試料13は試料セルに被測定試料溶液が充填されたもの、参照試料12は同じ試料セルに溶媒のみが充填されたものである。図5に示したように、セクタ鏡8は、開口部83、反射鏡82、遮光部84を軸81の周りに45°の回転角度ずつ有する。したがって、1サイクル(1/2回転期間)中で、被測定試料13と参照試料12とに光が照射される期間は等しく、その間で光が遮蔽される期間も等しい。
【0022】
参照試料12を通過した参照側光束Lrは反射鏡14で反射され、被測定試料13を通過した試料側光束Lsは反射鏡15、16で反射され、いずれも光検出器17に導入される。光検出器17はその種類を問わず、波長帯域に応じて、光電子増倍管、InGaAs、InAs、PbS等の半導体検出器など、適宜の検出器を用いることができる。もちろん、波長に応じて複数の光検出器を切り替えるようにしてもよい。
【0023】
光検出器17による検出信号は図示しない増幅器などで増幅された後に、A/D変換器(ADC)18に入力され、所定のサンプリング周期でサンプリングされてデジタル値に変換される。これにより、光検出器17に入射した光の強度に対応したデータが得られ、これがデータ処理部20に入力される。データ処理部20は、モータ5、9などを制御する制御部30からの制御信号に基づいて、必要なデータを取捨選択するとともに分類して保存し、さらにはそのデータを用いた所定の演算処理を実行することで、被測定試料による吸光度を波長毎に計算する。
【0024】
データ処理部20や制御部30はパーソナルコンピュータを中心に構成することができ、パーソナルコンピュータにインストールした専用の制御・処理ソフトウエアを実行することにより、それぞれの機能を達成するようにすることができる。こうしたソフトウエアにより具現化される機能ブロックとして、データ処理部20は、測定信号積算処理部21、暗信号積算処理部22、データメモリ23、吸光度算出処理部24などを備える。測定信号積算処理部21は、試料側測定信号のデータ収集期間に得られるデータ、及び、参照側信号のデータ収集期間に得られるデータをそれぞれ積算し、その平均値をそれぞれ計算するものである。暗信号積算処理部22は、試料側暗信号のデータ収集期間に得られるデータ、及び、参照側暗信号のデータ収集期間に得られるデータをそれぞれ積算し、その平均値をそれぞれ計算するものである。
【0025】
次に、本実施例の分光光度計における特徴的な測定動作について、図2を用いて説明する。図2は、本実施例の分光光度計に使用されているセクタ鏡8のモード(a)、光検出器17で得られる検出信号(b)、各信号に対するデータ収集期間(c)、及びデータ処理内容(d))を示す模式的なタイミング図である。図2(a)〜(c)は既に説明した図6(a)〜(c)のタイミングと基本的に同じである。
【0026】
セクタ鏡8が1/2回転する際の1サイクル分のモードとしては、図2(a)に示すように、通過(S)→遮光(DS)→反射(R)→遮光(DR)の順に切り替わる。その結果、光検出器17で得られる検出信号には、図2(b)に示すように、試料側測定信号、試料側暗信号、参照側測定信号、参照側暗信号、が順に現れる。この例では、セクタ鏡8の各セクタの回転方向の角度は等しいため、各信号に対するデータ収集期間も基本的には等しい。A/D変換器18で測定信号や暗信号をサンプリングする周期はセクタ鏡8の回転周期よりも遙かに短いため、1つのデータ収集期間中には多数のデータが発生する。
【0027】
測定信号積算処理部21は1サイクル中の1つのデータ収集期間に得られた複数のデータを積算し、そのデータ平均値を算出する。一方、暗信号積算処理部22は、連続する3サイクル中のそれぞれ1つのデータ収集期間、つまり3つのデータ収集期間に得られた複数のデータを積算し、そのデータ平均値を算出する。
【0028】
例えば図2(a)に示すN番目のサイクルにおいて、試料側測定信号のデータ収集期間Dsにデータ処理部20に入力された複数のデータは測定信号積算処理部21に与えられ、測定信号積算処理部21はこれらデータを積算するとともにその積算値をデータ点数で除して試料側信号データ平均値を算出し、これをデータメモリ23に記憶する。また、同じN番目のサイクルにおいて参照側測定信号のデータ収集期間Drにデータ処理部20に入力された複数のデータも測定信号積算処理部21に与えられ、測定信号積算処理部21はこれらデータを積算するとともにその積算値をデータ点数で除して参照側信号データ平均値を算出し、これをデータメモリ23に記憶する。即ち、試料側信号データ平均値及び参照側信号データ平均値はそれぞれ1サイクルに得られるデータの平均値である。
【0029】
一方、暗信号積算処理部22は、連続する3サイクル、例えばN−1番目、N番目、N+1番目の3つのサイクルのデータ収集期間Ddsにデータ処理部20に入力された試料側暗信号に基づくデータを集め、これらデータを積算するとともにその積算値をデータ点数で除して試料側暗信号データ平均値を算出し、これをデータメモリ23に記憶する。また、暗信号積算処理部22は並行して、連続する3サイクル、例えばN−1番目、N番目、N+1番目の3つのサイクルのデータ収集期間Ddrにデータ処理部20に入力された参照側暗信号に基づくデータを集め、これらデータを積算するとともにその積算値をデータ点数で除して参照側暗信号データ平均値を算出し、これをデータメモリ23に記憶する。暗信号積算処理部22におけるデータ平均値の算出は各サイクル毎に行われるから、上記の次のサイクルでは、連続するN番目、N+1番目、N+2番目の3つのサイクルのデータ収集期間Dds、Ddrに得られたデータに基づく試料側暗信号データ平均値、参照側暗信号データ平均値が算出される。即ち、連続する3サイクルに対し1サイクル毎の単純移動平均の計算が行われる。もちろん、単純移動平均ではなく、例えば真中のサイクルのデータ値を前後のサイクルのデータ値よりも重視した重み付け移動平均処理などを行ってもよい。
【0030】
リアルタイム処理を行う場合には、例えばN+1番目のサイクルが終了すると、データメモリ23には、N番目のサイクルに対する試料側信号データ平均値及び参照側信号データ平均値と、N番目のサイクルを中心としたその前後の3サイクルに対する試料側暗信号データ平均値及び参照側暗信号データ平均値とが揃う。これらデータ平均値が揃った段階で、吸光度算出処理部24はそれら4種のデータ平均値を読み出してきて、試料側測定信号及び参照側測定信号から暗信号の影響を除去する演算を行い、さらにその結果から吸光度を計算する演算を実行する。
【0031】
この実施例では、暗信号については積算時間が3倍になるため、試料側暗信号データ平均値及び参照側暗信号データ平均値のノイズは従来の1/√3に減る。試料側測定信号データ平均値や参照側測定信号データ平均値についてはノイズの低減効果はないものの、暗信号データ平均値のノイズが減ることで、試料側信号及び参照側信号から暗信号の影響を除去したときの信号のSN比が従来よりも向上し、最終的に得られる吸光度の精度は従来よりも改善される。
【0032】
上記のような複数のサイクル、つまり相対的に長い時間に亘るデータの積算を行う場合、その時間中に信号が変化すると正確なデータ平均値を算出できなくなる。前述のように暗信号は理想的には一定値であり、実際には変化があるもののその主要因は温度などの環境変化に伴うドリフトであるため変化の速度はかなり遅い。そのため、或る程度長い時間に亘るデータの積算を実行しても平均値の正確さは損なわれず、ノイズ低減の利点が発揮される。一方、試料側測定信号や参照側測定信号は波長走査に伴って変化するから、長い時間に亘るデータの積算には適さない。そこで、データの積算対象の時間を或る程度短く、上記実施例では1サイクルに限定することで、正確なデータ平均値を得ることができる。
【0033】
[第2実施例]
次に、本発明の第2実施例の分光光度計について、図3、図4により説明する。第2実施例の分光光度計の基本構成は第1実施例と同じであるので説明を省略する。但し、セクタ鏡としては図3に示す構造のセクタ鏡80が用いられる。
【0034】
図3に示すように、このセクタ鏡80は、軸81の周りに、反射鏡82、開口部83、遮光部84が、交互に設けられている点は図5に示したセクタ鏡8と同じであるが、回転方向の各セクタの占める角度が相違する。即ち、遮光部84の占める角度は小さくなっており、その分、反射鏡82と開口部83が占める角度が広げられている。セクタ鏡80が回転駆動される速度は第1実施例と同様に一定(例えば電源周波数50Hz/60Hz)である。そのため、セクタ鏡80が1/2回転する際の1サイクル分のモードとしては、図4(a)に示すように、通過(S)→遮光(DS)→反射(R)→遮光(DR)の順に切り替わるが、それぞれの期間は通過(S)及び反射(R)は長く、遮光(DS、Dr)は短くなる。これに伴い、各信号に対するデータ収集期間も図4(c)に示すように、試料側測定信号と参照側測定信号のデータ収集期間は長く、試料側暗信号と参照側暗信号のデータ収集期間は短くなる。
【0035】
セクタ鏡80の回転速度が第1実施例と同じであれば、1サイクルの期間も第1実施例と同じである。したがって、試料側測定信号と参照側測定信号のデータ収集期間は長くなった分だけ、その期間中にデータ処理部20に入力される測定信号データの数は多くなる。これは積算時間が長くなったことと同じであり、試料側測定信号データ平均値及び参照側測定信号データ平均値のノイズレベルは第1実施例よりも低下する。一方、1サイクル期間中にデータ処理部20に入力される暗信号データの数は少なくなる(つまり1サイクル当たりの積算時間は短くなる)が、積算対象のサイクルの数を増やす(この例では連続5サイクル)ことでその減少を補うことができる。したがって、この第2実施例の分光光度計によれば、第1実施例の分光光度計よりもさらに全体のノイズレベルを低減し、高精度な吸光度の算出が可能となる。
【0036】
なお、数十Hz程度の速度でセクタ鏡を回転駆動する場合には、回転速度を一定に保つのが一般的であり、図4(c)に示したようにデータ収集期間の長さを変えるには、セクタ鏡の各セクタの占める角度を調整するのが最も容易で実用的である。但し、例えば高速動作可能なステッピングモータなどを用い、間欠的にセクタ鏡8を回転駆動することが可能である場合には、間欠駆動の停止時間を変えることにより、図4(c)に示したようにデータ収集期間の長さを変えることが可能である。
【0037】
また上記実施例では、セクタ鏡8の回転周期よりも遥かに短い周期でA/D変換器18によりデータをサンプリングし、得られたデータに対してデジタル的な数値計算を行うことでノイズ低減を図る場合について説明したが、光検出器17で得られた検出信号を積分するコンデンサと該コンデンサに検出信号を与える時間を調整するスイッチとを含むアナログ回路を備え、そのスイッチの切替タイミングによって暗信号の処理サイクルを長くするような構成にも、本発明を適用できることは当然である。
【0038】
また、上記実施例は本発明の一例であり、上記の記載以外に、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0039】
1…光源
2…入口スリット
3…回折格子
4…出口スリット
5…ステッピングモータ
6…分光器
8、80…セクタ鏡
81…軸
82…反射鏡
83…開口部
84…遮光部
9…モータ
10、11、14、15…反射鏡
12…参照試料
13…被測定試料
17…光検出器
18…A/D変換器
20…データ処理部
21…測定信号積算処理部
22…暗信号積算処理部
23…データメモリ
24…吸光度算出処理部
30…制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定光を試料側光路と参照側光路とに交互に振り分けるとともにその交互の振り分けの1サイクル中の一部期間で測定光を遮蔽する光路切替手段と、前記試料側光路中に配設された被測定試料を通過した光と前記参照側光路中に配設された参照試料を通過した光とを検出する光検出器と、を具備するダブルビーム方式の分光光度計において、
a)試料側光束に対して得られる試料側測定信号及び参照側光束に対して得られる参照側測定信号をそれぞれノイズ低減処理するサイクルよりも長いサイクルに亘って、測定光が遮蔽された期間に得られる暗信号をノイズ低減処理するノイズ低減処理手段と、
b)異なるサイクルに亘りノイズ低減処理された、試料側測定信号と暗信号、及び、参照側測定信号と暗信号、によりそれぞれ暗信号の影響を除去し、被測定試料による吸収を求める吸光演算手段と、
を備えることを特徴とする分光光度計。
【請求項2】
請求項1に記載の分光光度計であって、
1サイクル中で試料側測定信号及び参照側測定信号の取得期間をそれぞれ暗信号の取得期間よりも長くすることを特徴とする分光光度計。
【請求項3】
請求項2に記載の分光光度計であって、
前記光路切替手段は反射鏡、開口部、及び遮蔽部のいずれかが測定光路上に来るように一定速度で回転駆動されるセクタ鏡であり、該セクタ鏡は、反射鏡及び開口部の回転方向に占める角度が遮蔽部の回転方向に占める角度よりも大きいことを特徴とする分光光度計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−156655(P2010−156655A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−261(P2009−261)
【出願日】平成21年1月5日(2009.1.5)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】