説明

剥離治具本体、剥離治具及び剥離方法

【課題】微細構造が転写成形された被成形体を付着基体から剥離する際に、剥離の部分や順序を制御し、転写成形された微細構造に損傷を与えることなく迅速に被成形体を付着基体から剥離することができる剥離治具本体、剥離治具及び剥離方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る剥離治具本体は、プレス式の微細構造転写成形装置により、前記微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型から剥離する剥離治具本体であって、前記被成形体の開放面側の縁部を保持固定する保持手段と、前記保持手段の前記被成形体を保持固定する保持部15を前記スタンパ、上金型又は下金型に対して垂直方向に上下動させるアクチュエータ20と、前記被成形体の縁部に空気を吹き付ける空気噴射手段と、前記保持手段、アクチュエータ20及び空気噴射手段の作動を制御する制御手段と、を有してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス式の微細構造転写成形装置に使用される微細構造体が転写成形された被成形体をこれが付着した下スタンパ、上金型又は下金型(付着基体)から剥離する剥離治具本体、剥離治具及び剥離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
上金型と下金型との協働により被成形体に微細構造を転写成形するプレス式の微細構造転写成形装置は、高い成形能力を有しており広く使用されている。例えば、プレス式の微細構造転写成形装置を使用して微細構造を有する光学素子、マイクロ化学チップ等が製造されている。このようなプレス式の微細構造転写成形装置は、スタンパ、下金型、上金型等に微細構造が刻まれており、この微細構造が被成形体に押圧されて転写成形されるようになっている。
【0003】
上記のようなプレス式の微細構造転写成形装置においては、被成形体はそのガラス転移温度以上に加熱された状態で転写成形が行われ、その後、転写成形された被成形体をそのガラス転移温度以下の温度に冷却してスタンパ等の付着基体から剥離しなければならない。この剥離は容易でなく、被成形体を付着基体から剥離するときに微細構造に損傷を生じさせるという問題がある。一方、被成形体が容易に剥離できる程度に被成形体と付着基体との付着力が低下するまで金型温度を下げるならば、生産性が悪くなるという問題があり、さらに、被成形体と金型の熱収縮量の差が大きくなって微細構造に損傷を生じさせるという問題もある。
【0004】
このような転写成形された被成形体を付着基体から剥離する際の問題を解決するために、被成形体と付着基体に関する付着力の温度依存性や熱収縮の差を利用した各種の提案がなされている。例えば、特許文献1に、成形型によって光学物品を製造する光学物品の製造方法において、前記成形型より前記光学物品を離型するに際し、前記成形型と前記光学物品との接合部に局所的な温度差を与えて該接合部を局所的に剥離し、該局所的な温度差による剥離域を順次拡大させて全域の離型を行い、光学物品を製造することを特徴とする光学物品の製造方法が提案されている。
【0005】
特許文献2に、スタンパに形成された微細構造を成形部材に転写する転写方法であって、該スタンパの該微細構造を該成形部材に押圧して、前記微細構造を前記成形部材に転写し、前記スタンパの前記微細構造を、前記成形部材のガラス転移点以下の温度において冷却及び加熱を繰り返すことにより、前記スタンパからの前記成形部材の離型を促進することを特徴とする転写方法が提案されている。
【0006】
特許文献3に、光ディスクの成形方法において、樹脂成形品を成形後金型より剥離する際に、スタンパ側より、成形品にブローすることによって発生する基板収縮を利用して剥離することを特徴とする光ディスクの成形方法が提案されている。
【0007】
特許文献4に、被成形体と付着基体に関する付着力の温度依存性や熱収縮の差の利用と、エアブローによる剥離の促進に加え、さらに付着基体を変形させて被成形体の剥離を促進させようとする方法が提案されている。すなわち、重合コンタクトレンズ製品をコンタクトレンズモールド部材から取り出す方法であって、重合コンタクトレンズ製品と接触しているコンタクトレンズモールド部材の一部分を圧縮するステップと、ガスを前記重合コンタクトレンズ製品の方へ差し向けて前記コンタクトレンズモールド部材の前記一部分からの前記重合コンタクトレンズ製品の分離を容易にするステップとを有する方法が提案されている。
【0008】
特許文献5には、バネ力を利用して微細構造体を付着基体から機械的に剥離させる機構を設け、熱的及び機械的な力を利用して剥離を行うプレス式の微細構造転写成形装置が提案されている。すなわち、プレス固定部とプレス可動部とを有し、前記プレス固定部と前記プレス可動部との間に載置された被成形物に所望のパターンが形成されたスタンパを押し付けて熱転写する熱転写プレス成形装置において、前記プレス固定部と前記プレス可動部の少なくとも一方に、前記スタンパを装着可能なスタンパ保持部を有し、前記スタンパ保持部は、前記スタンパに接触する熱転写後の前記被成形物を前記スタンパから離れる方向に押出可能なノックアウトピンを備え、前記ノックアウトピンは、前記被成形物を押出可能な位置の近傍において空気噴出し可能なエアー噴出し部を有する熱転写プレス成形装置が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002-59440号公報
【特許文献2】特開2009-274237号公報
【特許文献3】特開2007-242090号公報
【特許文献4】特開2007-320315号公報
【特許文献5】特開2008-254353号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、被成形体と付着基体に関する付着力の温度依存性や熱収縮の差を利用して被成形体を付着基板から剥離する方法は、被成形体及び付着基板に局所的な熱勾配を与えることを特徴としており、本来剥離させたい部分やその剥離の順序を制御するのが容易でなく、被成形体の微細構造に局部的な損傷を与える恐れがあるという問題がある。
【0011】
さらに、特許文献1又は2に記載の剥離方法は、剥離に時間を要するという問題がある。特許文献3に記載の剥離方法は被成形体の付着部分へのエアブローによる剥離の促進、特許文献4に記載の剥離方法はさらに付着基体の変形による剥離促進が期待できるという利点があるが、なお一層転写成形された微細構造に損傷を与えることなく迅速に剥離を行うことができる剥離方法が求められている。
【0012】
特許文献5に記載の熱転写プレス成形装置は、被成形体と付着基体に関する付着力の温度依存性や熱収縮の差の利用、被成形体の付着部分へのエアブローによる剥離の促進、バネ力の利用による剥離の促進等により被成形体の付着基体からの剥離を迅速に行うことができる利点がある。しかし、バネ力が被成形体のノックアウトピン当接部に一律に作用するために、剥離する部分やその剥離の順序を制御するのが容易でなく、剥離が始まったとき又剥離が進行したときにその剥離の形態によりバネ力のバランスが崩れ、転写成形された微細構造に局部的な損傷が生じやすくなるという問題がある。また、金型ごとにノックアウトピン及びその作動機構を設けなければならないという問題がある。さらに、スタンパ等にノックアウトピン用の穴を設けなければならず、その穴部に被成形体用の樹脂が入り込んでノックアウトピンの作動を妨げ製品品質が損なわれるという問題がある。金型設計においては製品形状、ノックアウトピンの配列等を考慮しなければならず、コスト上の問題から製造可能な対象製品が限定され、また、多種少量生産が困難であるという問題がある。
【0013】
本発明は、このような従来の問題点に鑑み、微細構造が転写成形された被成形体を付着基体から剥離する際に、剥離の部分やその剥離の順序を制御し、転写成形された微細構造に損傷を与えることなく迅速に被成形体を付着基体から剥離することができる剥離治具本体、剥離治具及び剥離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る剥離治具本体は、微細構造を有するスタンパが設けられた一対の上金型及び下金型を有するプレス式の微細構造転写成形装置により、前記微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型から剥離する剥離治具本体であって、前記被成形体の開放面側の縁部を保持固定する保持手段と、前記保持手段の前記被成形体を保持固定する保持部を前記スタンパ、上金型又は下金型に対して垂直方向に上下動させるアクチュエータと、前記被成形体の縁部に空気を吹き付ける空気噴射手段と、前記保持手段、アクチュエータ及び空気噴射手段の作動を制御する制御手段と、を有してなる。
【0015】
上記発明において、保持手段は、保持部と、その保持部の端部に設けられた真空パッドに連通する真空ポンプと、その真空ポンプから前記真空パッドに至る配管内の圧力が所定圧で作動する真空用圧力スイッチと、を有するものとすることができる。
【0016】
空気噴射手段は、保持部の近辺にある被成形体の縁部に空気を吹き付けることができるようになっているのがよく、また、被成形体がスタンパ、上金型又は下金型から次第に剥離される際に、その被成形体とこれが付着しているスタンパ、上金型又は下金型の境界部分に空気を吹き付けることができるようになっているのがよい。
【0017】
アクチュエータは、その負荷力を調整する負荷制御手段を有するものであるのがよい。
【0018】
上記のいずれかの剥離治具本体と、その剥離治具本体を待機位置と剥離作業位置の間を移動させる移動手段と、前記剥離治具本体の移動を制御する移動制御手段と、により迅速に被成形体をスタンパ、上金型又は下金型から剥離することができる剥離治具を構成することができる。
【0019】
本発明に係る剥離方法は、微細構造を有するスタンパが設けられた一対の上金型及び下金型を有するプレス式の微細構造転写成形装置により、前記微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型の付着基体から剥離する剥離方法であって、先ず、被成形体の開放面側の縁部を保持固定したうえで、その保持固定部分の近辺の縁部及び付着基体に向けて空気を噴射し、その空気噴射の所定時間経過後、被成形体の保持固定部分を付着基体から垂直方向に引き離し始め、次に、被成形体が付着基体から次第に剥離され始めると、被成形体と付着基体との境界部分に空気を噴射しつつ、被成形体の保持固定部分を付着基体から垂直方向に次第に引き離して被成形体を付着基体から剥離することによって実施される。
【0020】
上記剥離方法の発明において、被成形体の保持固定部分を付着基体から垂直方向に引き離し始める空気噴射の所定経過時間は、被成形体の保持固定部分の近辺の縁部が付着基体から剥離し始めるときであるのがよい。
【0021】
また、上記発明において、被成形体の縁部の保持固定は、先ず保持固定する被成形体の縁部近辺に空気噴射を行った後に当該縁部を真空吸着することにより行うことができる。
【0022】
また、本発明に係る剥離治具本体は、微細構造を有するスタンパが設けられた一対の上金型及び下金型を有するプレス式の微細構造転写成形装置により、前記微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型から剥離する剥離治具本体であって、前記被成形体の開放面側の縁部を保持固定する保持手段と、前記保持手段の前記被成形体を保持固定する保持部を、前記スタンパ、上金型又は下金型に対して垂直方向に上下動させる垂直アクチュエータ及び前記被成形体に対して水平移動させる水平アクチュエータと、前記被成形体の縁部に空気を吹き付ける空気噴射手段と、前記保持手段、垂直アクチュエータ、水平アクチュエータ及び空気噴射手段の作動を制御する制御手段と、を有し、前記保持部は、真空パッドと、その真空パッドを保持する支柱と、その支柱に対し前記真空パッドを揺動させる自在継手と、を有するものとすることができる。
【0023】
上記発明において、水平アクチュエータは、一端が支柱に固着された弾性部材と、垂直アクチュエータの作動に従って上下動する当板とを有し、前記弾性部材の他端が前記当板に当接し又は離脱することにより、保持部を被成形体に対して水平移動させるものとすることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、転写成形された微細構造に損傷を与えることなく迅速に被成形体を付着基体から剥離することができる。また、本発明に係る剥離治具本体又は剥離治具は、プレス式の微細構造転写成形装置に容易に併設することができ、どのような金型にも又金型変更にも容易に対応することができる。さらに、本発明に係る剥離治具本体又は剥離治具は、多品種少量生産にも容易に対応することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明に係る剥離治具本体の一部断面図である。
【図2】図1に示す剥離治具本体の制御システム図面である。
【図3】本発明に係る剥離治具本体の使用状態を示す図面である。
【図4】剥離治具本体の他の実施例の概要を示す図面である。
【図5】図4に示す剥離治具本体の使用状態を示す図面である。
【図6】水平アクチュエータの他の実施例の概要を示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を実施するための形態について図面を基に説明する。本発明に係る剥離治具本体は、微細構造を有するスタンパが設けられた一対の上金型及び下金型を有するプレス式の微細構造転写成形装置に使用され、微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型から剥離するために使用される。そして、本発明に係る剥離治具本体は、被成形体の開放面側の縁部を保持固定する保持手段と、その保持手段の被成形体を保持固定する保持部をスタンパ、上金型又は下金型に対して垂直方向に上下動させるアクチュエータと、被成形体の縁部に空気を吹き付ける空気噴射手段と、上記保持手段、アクチュエータ及び空気噴射手段の作動を制御する制御手段と、を有している。本剥離治具本体の一実施例を図1〜図3に示す。図1及び図2は、剥離治具本体10の構成を示し、図1は主として保持手段部分及びアクチュエータ部分を示す。図2は、制御手段部分を示す。図3は、本剥離治具本体10の使用状態を示す。
【0027】
本剥離治具本体10は、図1に示すように、本体枠11が空圧シリンダからなるアクチュエータ20の頭部に固定され、そのピストン23の先端部に昇降台12が取り付けられており昇降台12が上下動するようになっている。昇降台12は概略四辺形をしており昇降台12の4つの隅部には保持部15が設けられている。保持部15の先端部に真空パッド16が設けられており、真空吸引により被成形体の開放面側の縁部を保持固定することができるようになっている。そして、本体枠11には空気を噴射することができる噴射部35が設けられ、真空パッド16により保持固定された被成形体60の縁部近辺の縁部にノズル36から空気を吹き付けることができるようになっている。
【0028】
真空パッド16は、特別な形状にする必要はなく、公知のものを使用することができる。真空パッド16は、被成形体60の最適部分を真空吸引できるようになっているのがよい。このため、被成形体60の大きさや微細構造の相違を考慮して、保持部15の昇降台12への取付位置は変更できるようになっているのがよい。例えば、保持部15の取付穴を複数個設けることができ、長穴にすることができる。
【0029】
また、真空パッド16は、被成形体60を上金型等の付着基体から剥離するときに被成形体60の表面が水平方向から少しずつ傾斜していくから、この傾斜に追従するようになっているのがよい。真空パッド16が被成形体60の表面の傾斜に追従することにより、真空パッド16の吸引方向を被成形体60の表面に対して垂直方向にすることができるので、真空状態が破壊されにくく、剥離作業を安全に行うことができる。
【0030】
アクチュエータ20は、電動モータを使用することができるが、真空パッド16の真空保持力以下の力で真空パッド16を引っ張ることができるように、例えばトルク制限をかけることができるようになっているのが好ましい。噴射部35は、真空パッド16の近傍の被成形体及び被成形体と金型との界面に空気を吹き出すのに好適な位置に固定される。また、噴射部35は、被成形体のサイズ変更に容易に対応できるように、外周方向に移動可能になっている。噴射部35は本体枠11に取り付けても昇降台12に取り付けてもよい。
【0031】
保持部15による真空吸引はポート18を介して行われ、噴射部35への噴射空気の供給はポート38を介して行われる。アクチュエータ20の作動は、ポート28(28A又は28B)に圧縮空気を供給し、アクチュエータ20内の空気をポート28(28B又は28A)から排気することによって行われる。
【0032】
保持部15による真空吸引、噴射部35への噴射空気の供給、または、アクチュエータ20への圧縮空気の供給及び排気は図2に示す制御システムによって制御される。図2において、保持部15による真空吸引は、真空ポンプ(図示せず)に連通するポート43Aを介して行われ、その作動がポート43Aからポート18に至る管路内に設けられた電磁弁45Aによって制御される。また、この管路内には真空用圧力スイッチ46が設けられている。
【0033】
噴射部35への噴射空気の供給は、コンプレッサ(図示せず)に連通するポート43Bを介して行われ、その作動がポート43Bからポート38に至る管路内に設けられた電磁弁45Cによって制御される。
【0034】
アクチュエータ20への圧縮空気の供給は、コンプレッサに連通するポート43Bを介して圧縮空気が供給され、その作動がポート43Bからポート28A又は28Bに至る管路内に設けられた電磁弁45Dによって制御される。圧縮空気が電磁弁45Dを介してアクチュエータ20のポート28Aから供給される場合は、排気がポート28B、電磁弁45D及びポート43Cを経て行われ昇降台12は上昇する。一方、圧縮空気が電磁弁45Dを介してポート28Bから供給される場合は、排気がポート28A、電磁弁45D及びポート43Cを経て行われ昇降台12は下降する。昇降台12の下降側の管路内には、減圧弁47が設けられている。減圧弁47の圧力は、アクチュエータ20を下降させる力が、真空パッド16による真空吸着力以下になるように設定するのがよい。なお、アクチュエータ20を下降させる力が真空パッド16の真空吸着力より弱い場合は、減圧弁47を設けなくてもよい。
【0035】
また、本剥離治具本体10には、ポート43Bからポート18に至る管路とその管路中に電磁弁45Bが設けられており、電磁弁45Bを制御することにより保持部15から空気を噴射することができるようになっている。そして、電磁弁45A〜45Dは制御部41により制御できるようになっている。
【0036】
上記剥離治具本体10においては、保持部15及びポート18からポート43Aに至る管路と、真空ポンプ、真空用圧力スイッチ46、電磁弁45A及び制御部41により保持手段及び制御手段が構成される。また、噴射部35及びポート38からポート43Bに至る管路と、コンプレッサ、電磁弁45C及び制御部41により空気噴射手段30及び制御手段が構成される。本剥離治具本体10において、真空ポンプは単独の装置でなくてもよく、空気を吸引して保持部を真空吸引できるものであればよい。また、コンプレッサも同様に単独の装置でなくてもよく、空気噴射手段に圧縮空気を供給できるものであればよい。
【0037】
以下、本剥離治具本体10の使用について図3を基に説明する。図3は、微細構造が転写成形された被成形体が上金型に付着して金型が開かれたとき、本剥離治具本体10によりその被成形体を上金型から剥離する場合の例である。図3(a)に示すように、先ず剥離治具本体10を被成形体60の下面に対向させて配置する。次に、図3(b)に示すように、アクチュエータ20を上昇させて真空パッド16を被成形体60に当接させるとともに、電磁弁45Aを作動させて真空吸引を始める。この真空吸引により、被成形体60の開放面側の縁部を保持固定する。これにより被成形体60の縁部周縁を保持固定することができ、以下に説明する被成形体60を上金型50から剥離させるときに、被成形体60の微細構造の損傷を防止することができる。
【0038】
被成形体60の縁部周縁を保持固定した後、電磁弁45Cを作動させ、ノズル36より空気を噴射する。この空気噴射により被成形体60の縁部が冷却され、当該部位の収縮及び上金型50との付着力の低下とにより当該部位が剥離し始める。被成形体60の剥離が始まると、図3(c)に示すように、アクチュエータ20を下降させて被成形体60を機械的に剥離させる。これにより、被成形体の最初の剥離を被成形体が保持固定されている縁部の近辺から確実に生じさせることができ、被成形体60の微細構造の損傷を防止するような被成形体の設計を行うことができる。この機械的な剥離の開始は、上述のように、最初の剥離が始まる前後がよい。機械的な剥離の開始が早すぎると、被成形体の硬度及び強度は未だ低く微細構造を損傷する恐れがある。一方、機械的な剥離の開始が遅すぎると、局部的な熱収縮差が大きくなった状態の被成形体に負荷をかけることになり微細構造を損傷する恐れがあるからである。
【0039】
アクチュエータ20を次第に下降させて被成形体60の上金型50からの剥離が進むと、空気噴射は、被成形体60が上金型50に付着している境界部分に吹き付けるようにするのがよい。これにより、被成形体60の上金型50からの剥離は境界部分に沿って線状に進ませることができるので、アクチュエータ20を下降させて被成形体に付加する機械的な力(剥離力)を小さくすることができ、また、被成形体60の微細構造の損傷を防止することができる。
【0040】
アクチュエータ20を下降させて被成形体60を上金型50から剥離する方向は、上金型50又は被成形体60に対してなるべく垂直方向であるのがよい。これにより、被成形体60が剥離される過程において、被成形体60の保持固定部分の位置関係が常に一定に確保され、被成形体60の全体の形状が一定に保持されるので、被成形体60の微細構造の損傷を防止することができる。
【0041】
空気噴射手段による供給される空気は、特に制限はないが、被成形体の微細構造の保護の観点から、エアドライヤ、加湿器又はフィルタなどにより調湿及び除塵を行った空気であることが好ましい。
【0042】
被成形体60の上金型50からの剥離は、その周縁部から始まり、最後に中心部分が剥離することにより完全に剥離する(図3(d))。被成形体60が完全に剥離された後も真空吸引による被成形体60の保持固定は行われ、被成形体60はそのまま本剥離治具本体10とともに作業域外に移送され、剥離作業が完了する。
【0043】
上記剥離治具本体10においては、真空パッド16を被成形体60に当接させる前に、先ず被成形体60の保持固定しようとする部分に電磁弁45Bを作動させて空気を噴射し、当該部分を冷却することができる。これにより、被成形体50の保持固定部分の硬度及び強度を短時間に高めることができ、被成形体の損傷を防止するとともに作業性を向上させることができる。
【0044】
また、真空用圧力スイッチ46が作動した場合は、保持手段の真空吸引機能に異常を生じたことが予想される。このような場合は、剥離作業の停止及び本剥離治具本体10の点検を行うことにより被成形体の損傷の発生を防止することができる。減圧弁47は、これを調整することにより、被成形体50に作用する剥離力を調整することができ、被成形体50の材質特性や生産性を考慮した最適な状態で剥離作業を行うことができる。
【0045】
以上、本剥離治具本体10により上金型50に付着した被成形体60を剥離する場合について説明した。本剥離治具本体10は、被成形体60が下金型又は下金型に設けられたスタンパに付着した場合の剥離についても上記同様に行うことができる。
【0046】
また、本発明に係る剥離治具本体は、上述のように、プレス式の微細構造転写成形装置において、微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型から剥離するのに好適に使用することができるが、これらに限定されない。微細構造を転写成形する装置において、微細構造が転写成形された被成形体をスタンパ等の付着基体から剥離する装置として広く使用することができる。
【0047】
また、本発明に係る剥離治具本体は、剥離治具本体を待機位置と剥離作業位置の間を移動させる移動手段と、前記剥離治具本体の移動を制御する移動制御手段と、により迅速に被成形体をスタンパ、上金型又は下金型から剥離することができる剥離治具を構成することができる。
【0048】
本発明によれば、上述のように、付着基体に付着した被成形体をその所定の縁部から剥離させることによって、転写成形された微細構造に損傷を与えることなく迅速に被成形体を付着基体から剥離することができる。しかしながら、被成形体をさらに安全、迅速に付着基体から剥離するには、剥離開始位置の位置精度が高いほどよい。このためには、剥離開始位置が、剥離治具本体の保持部が保持固定した被成形体の縁部になるようにするのがよい。
【0049】
このような剥離を行うには、以下の剥離治具本体を使用することができる。すなわち、図4に示すように、微細構造を有するスタンパが設けられた一対の上金型及び下金型を有するプレス式の微細構造転写成形装置により、前記微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型から剥離する剥離治具本体であって、被成形体60の開放面側の縁部を保持固定する保持手段と、その保持手段の被成形体を保持固定する保持部15を、スタンパ、上金型又は下金型に対して垂直方向に上下動させる垂直アクチュエータ20及び被成形体60に対して水平移動させる水平アクチュエータ25と、被成形体60の縁部に空気を吹き付ける空気噴射手段と、保持手段、垂直アクチュエータ20、水平アクチュエータ25及び空気噴射手段の作動を制御する制御手段と、を有し、保持部15は、真空パッド16と、その真空パッド16を保持する支柱151と、その支柱151に対し真空パッド16を揺動させる自在継手155と、を有する剥離治具本体を使用することができる。
【0050】
本例の剥離治具本体において、保持手段は、保持部15が真空パッド16、支柱151及び自在継手155から構成され、保持部15が水平方向に移動可能になっている点を除けば、上記剥離治具本体と同様である。保持部15及び水平アクチュエータ25は、垂直アクチュエータ20により昇降台12とともに上下動するようになっている。水平アクチュエータ25は、保持部15を水平方向に移動させることができるようになっている。垂直アクチュエータ20、空気噴射手段及び制御手段は、上記剥離治具本体と同様である。
【0051】
本剥離治具本体は、以下に説明するように使用される。本剥離治具本体は、図5(a)に示すように、先ず、空気噴射手段を作動させて被成形体60の縁部に圧縮空気を噴射部35から噴射する。そして、垂直アクチュエータ20を作動させて昇降台12を上昇させ、保持部15の真空パッド16を被成形体60の縁部に当接させ吸引固着する。これにより、被成形体60の所定の縁部が保持部15により保持固定される。
【0052】
次に、垂直アクチュエータ20を作動させつつ水平アクチュエータ25を作動させる。これにより、真空パッド16により固着されている被成形体60の縁部から、図5(b)に示すように剥離する。すなわち、被成形体60の縁部は真空パッド16により固着されており、真空パッド16は支柱151内に設けられた自在継手155により保持されているので、保持部15は図5(b)に示すように揺動し、真空パッド16の軸方向はほぼ被成形体60の縁部の垂直方向に維持され、真空パッド16部分の真空は保持されて被成形体60の縁部に所定の剥離力を作用させることができる。この安定した機械的な剥離力と、空気噴射手段からの圧縮空気による機械的な剥離力及び冷却に伴う付着力の低下とにより、被成形体60の縁部は、真空パッド16が固着した被成形体60の縁部から確実に剥離を始める。
【0053】
そして、被成形体60の縁部の剥離がある程度進むと、垂直アクチュエータ20のみを作動させて図5(c)に示すように被成形体60を付着基体から完全に剥離させる。なお、垂直アクチュエータ20と水平アクチュエータ25との協働により被成形体60の縁部を剥離させる段階から、垂直アクチュエータ20のみを作動させて被成形体60を付着基体から完全に剥離させる段階への移行は、個々の被成形体60の特性によって異なる。また、被成形体60の特性によっては、被成形体60の縁部の剥離の初期段階で、先ず垂直アクチュエータ20を作動させ、次に水平アクチュエータ25を作動させることもできる。
【0054】
次に、水平アクチュエータ25を元の位置に作動させると、被成形体60は図5(d)に示す状態になり、本体枠11を所定の位置に戻して被成形体60を取り出せば剥離工程が終わる。なお、図5(c)の状態で、本体枠11を所定の位置に戻して被成形体60を取り出すこともできる。
【0055】
水平アクチュエータ25は、空圧シリンダ、電動モータ等を使用することができ、特に限定されない。しかしながら、保持部15を移動させる移動量がわずかであることを考慮し、個々の保持部15に個別の水平アクチュエータを用いる代わりに、下記の構成のものを水平アクチュエータとして使用することもできる。すなわち、図6(a)に示すように、一端が支柱151に固着された弾性部材255と、昇降台12とは独立して上下動する当板257と当板257の上下動用アクチュエータ(図示せず)を設け、昇降台12を上昇させ、真空パッド16による被成形体60の縁部周縁の保持固定を行った後に、当板257を上昇させると弾性部材255の他端が当板257に当接して圧縮され、弾性変形する。このとき生ずる弾性力により支柱151は水平方向(図中右方向)に移動する。なお、保持部15が所定の方向に移動しやすいように案内部材又は案内溝を設けてもよい。このようにすれば、保持部15が被成形体60の中心方向に移動する。これにより、上記のように被成形体60の真空パッド16が固着した縁部から剥離を始める。
【0056】
なお、保持部15の移動量によっては、図6(b)に示す真空パッド16に連通する配管を弾性部材255として利用することができる。この場合、配管の取り回しを調整することで保持部15の水平移動方向を調節することができる。そして、当板257に弾性体255の一部を、たとえば図中の黒塗り矢印位置で固定しておくと、当板257を下降させる時に弾性体255が引っ張られ、弾性変形する。このとき生じる弾性力により、支柱151は当板257の上昇時とは逆方向に移動し、保持部15が被成形体60の端部の元の位置に移動する。これにより、真空パッド16の被成形体60の縁部周縁の保持固定位置を毎回一定にすることができる。
【実施例1】
【0057】
本発明に係る剥離治具による被成形体の剥離・取出し試験を行った。被成形体は、ポリカーボネ−ト樹脂(ガラス転移温度145℃)からなり、片面に高さ30μm、直径10μmの円柱が20μmピッチで多数配置された微細構造を有する板状の微細構造体であった。なお、スタンパは、上記微細構造と逆パターン(穴形状)を有している。本剥離治具を構成する剥離治具本体10のアクチュエータ20は、空圧シリンダを使用した。
【0058】
試験は、先ず、ポリカーボネ−ト樹脂の樹脂温度を285℃、金型温度を185℃とし、スタンパ上に厚み350μmとなるように樹脂を塗布した。次に、金型を閉鎖し、加圧力7MPa、加圧時間10秒で樹脂を加圧して、スタンパの形状を転写成形した。その後、金型を冷却し、上金型145℃、下金型135℃の時に金型を開放して、成形された被成形体を上金型の鏡面板に付着させた状態で下金型のスタンパから離型した。
【0059】
そして、型開完了後、剥離治具本体を移動手段及び移動制御手段により剥離位置まで移動させた。次に、電磁弁45Bを0.5秒間作動させ、真空パッド16から被成形体に空気噴射を行った。次いで、電磁弁45Dを作動させ、アクチュエータ20を上昇させて、被成形体と真空パッド16とを密着させた後、電磁弁45Aを作動させ、被成形体を真空吸着により固定した。また、電磁弁45Dの作動からこの後の被成形体の剥離までの間、電磁弁45Cを作動させ、ノズル36から真空パッド16の近傍の被成形体と鏡面板との界面に向けて空気を噴射した。真空用圧力スイッチ46により真空パッド部分が真空になったことを確認した後、電磁弁45Dの作動を解除し、被成形体の真空吸着部分を下方向に引張って機械的な剥離を開始し、被成形体を上金型の鏡面板より剥離した。剥離された被成形体は、何ら損傷もなく、充分な製品品質を有していた。上記作業に要した時間は、8秒程度であった。被成形体を剥離したときの金型の温度は90℃であった。
【0060】
比較例として、上記と同様の成形条件で成形した被成形体を、上金型の鏡面板に付着させた状態で、下金型のスタンパから離型し、型開完了後に、上金型の温度を90℃まで冷却し、エアガンで被成形体と鏡面板との界面に空気を噴射しながら被成形体を剥離する試験を行った。試験結果は、被成形体の表面に剥離時に発生したと考えられる模様(損傷)が発生し、剥離された被成形体は不良品となった。
【符号の説明】
【0061】
10 剥離治具本体
11 本体枠
12 昇降台
15 保持部
151 支柱
155 自在継手
16 真空パッド
18 ポート
20 アクチュエータ
23 ピストン
25 水平アクチュエータ
255 弾性部材
257 当板
28、28A、28B ポート
35 噴射部
36 ノズル
38 ポート
41 制御部
43A〜43C ポート
45A〜45D 電磁弁
46 真空用圧力スイッチ
47 減圧弁
50 上金型
60 被成形体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微細構造を有するスタンパが設けられた一対の上金型及び下金型を有するプレス式の微細構造転写成形装置により、前記微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型から剥離する剥離治具本体であって、
前記被成形体の開放面側の縁部を保持固定する保持手段と、
前記保持手段の前記被成形体を保持固定する保持部を前記スタンパ、上金型又は下金型に対して垂直方向に上下動させるアクチュエータと、
前記被成形体の縁部に空気を吹き付ける空気噴射手段と、
前記保持手段、アクチュエータ及び空気噴射手段の作動を制御する制御手段と、を有する剥離治具本体。
【請求項2】
保持手段は、保持部と、その保持部の端部に設けられた真空パッドに連通する真空ポンプと、その真空ポンプから前記真空パッドに至る配管内の圧力が所定圧で作動する真空用圧力スイッチと、を有することを特徴とする請求項1に記載の剥離治具本体。
【請求項3】
空気噴射手段は、保持部の近辺にある被成形体の縁部に空気を吹き付けることができるようになっていることを特徴とする請求項1又は2に記載の剥離治具本体。
【請求項4】
空気噴射手段は、被成形体がスタンパ、上金型又は下金型から次第に剥離される際に、その被成形体とこれが付着しているスタンパ、上金型又は下金型の境界部分に空気を吹き付けることができるようになっていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の剥離治具本体。
【請求項5】
アクチュエータは、その負荷力を調整する負荷制御手段を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一に記載の剥離治具本体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の剥離治具本体と、その剥離治具本体を待機位置と剥離作業位置の間を移動させる移動手段と、前記剥離治具本体の移動を制御する移動制御手段と、を有する剥離治具。
【請求項7】
微細構造を有するスタンパが設けられた一対の上金型及び下金型を有するプレス式の微細構造転写成形装置により、前記微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型の付着基体から剥離する剥離方法であって、
先ず、被成形体の開放面側の縁部を保持固定したうえで、その保持固定部分の近辺の縁部及び付着基体に向けて空気を噴射し、
その空気噴射の所定時間経過後、被成形体の保持固定部分を付着基体から垂直方向に引き離し始め、
次に、被成形体が付着基体から次第に剥離され始めると、被成形体と付着基体との境界部分に空気を噴射しつつ、被成形体の保持固定部分を付着基体から垂直方向に次第に引き離して被成形体を付着基体から剥離する剥離方法。
【請求項8】
被成形体の保持固定部分を付着基体から垂直方向に引き離し始める空気噴射の所定経過時間は、被成形体の保持固定部分の近辺の縁部が付着基体から剥離し始めるときであることを特徴とする請求項7に記載の剥離方法。
【請求項9】
被成形体の縁部の保持固定は、先ず保持固定する被成形体の縁部近辺に空気噴射を行った後に当該縁部を真空吸着することにより行うことを特徴とする請求項7又は8に記載の剥離方法。
【請求項10】
微細構造を有するスタンパが設けられた一対の上金型及び下金型を有するプレス式の微細構造転写成形装置により、前記微細構造が転写成形された被成形体をこれが付着したスタンパ、上金型又は下金型から剥離する剥離治具本体であって、
前記被成形体の開放面側の縁部を保持固定する保持手段と、
前記保持手段の前記被成形体を保持固定する保持部を、前記スタンパ、上金型又は下金型に対して垂直方向に上下動させる垂直アクチュエータ及び前記被成形体に対して水平移動させる水平アクチュエータと、
前記被成形体の縁部に空気を吹き付ける空気噴射手段と、
前記保持手段、垂直アクチュエータ、水平アクチュエータ及び空気噴射手段の作動を制御する制御手段と、を有し、
前記保持部は、真空パッドと、その真空パッドを保持する支柱と、その支柱に対し前記真空パッドを揺動させる自在継手と、を有する剥離治具本体。
【請求項11】
水平アクチュエータは、一端が支柱に固着された弾性部材と、垂直アクチュエータの作動に従って上下動する当板とを有し、
前記弾性部材の他端が前記当板に当接し又は離脱することにより、保持部を被成形体に対して水平移動させるものであることを特徴とする請求項10に記載の剥離治具本体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−35447(P2012−35447A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−175570(P2010−175570)
【出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【Fターム(参考)】