説明

動力伝達装置

【課題】トルクが反転した場合の残留トルクを小さくして騒音(バキ音)を低減しながら、回転部材やクラッチ部材の各係合部の製作及び管理コストを低減する。
【解決手段】外側回転部材3と、内側回転部材5と、外側回転部材3に係合した外側クラッチ部材7と内側回転部材5に係合した内側クラッチ部材9とによって回転部材3,5を断続可能な摩擦クラッチ11と、内側回転部材5に係合し摩擦クラッチ11を押圧可能なプレッシャーリング13と、プレッシャーリング13にスラスト力を付与するカム機構と、このカム機構を作動させてスラスト力を発生させるパイロットクラッチとを備えた動力伝達装置1において、外側回転部材3と外側クラッチ部材7間の係合部の回転ガタ量L3を内側回転部材5とプレッシャーリング13間の係合部の回転ガタ量L1より大きく設定した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に「駆動力伝達装置」が記載されている。
【0003】
この駆動力伝達装置は、外側回転部材と内側回転部材とにアウタープレートとインナープレートがそれぞれスプライン連結されたメインクラッチと、外側回転部材とカムリングとにスプライン連結されたパイロットクラッチと、アーマチャを吸引してパイロットクラッチを締結する電磁石と、パイロットクラッチが締結されると外側回転部材と内側回転部材の間の差動トルクを受けて作動し、内側回転部材にスプライン連結されているプレッシャーリングを押圧してメインクラッチを締結するカム機構(ボールカム)とを備えている。
【0004】
このような動力伝達装置は、例えば、後輪駆動ベースの4輪駆動車に用いられ、外側回転部材は後輪側に連結され、内側回転部材は前輪側に連結されている。この4輪駆動車がメインクラッチを締結した状態で走行している場合、直進走行中は外側回転部材が内側回転部材より先行回転しているが、旋回を始めると、後輪側と前輪側の旋回半径の差によって、内側回転部材の回転速度が外側回転部材の回転速度より大きくなり、内側回転部材が外側回転部材を追い越して先行回転しようとし、このとき内側回転部材と外側回転部材とからカム機構に掛かるトルクの方向が逆転する。外側回転部材と内側回転部材のこのような逆転は、前輪側の駆動力を動力伝達装置を介して後輪側に伝達するように構成された4輪駆動車を前進走行から後進走行に、また、後進走行から前進走行に切り替えたときなどでも生じ、これに伴って“バキ音”と云われる騒音が発生する。この騒音は逆転の際にカム機構に残存するカムスラスト力に起因すると考えられている。
【0005】
特許文献1の駆動力伝達装置では、内側回転部材とプレッシャーリングとを連結しているスプライン部の回転方向隙間L4(回転ガタ量)を、内側回転部材とメインクラッチのインナープレートとを連結しているスプライン部の回転方向隙間L5(回転ガタ量)より小さく設定することによって、図4の各タイムチャートが示すように、残存するカムスラスト力を低減することによってこの騒音を低減させている。
【0006】
図4の破線は、L4をL5より小さくしたことによる変化(効果)を示しており、タイムチャート(2)は電磁石によるアーマチャの吸引力が一定であること(メインクラッチが締結状態にある)ことを示し、内側回転部材の位相変化を示すタイムチャート(1)で逆転と記した範囲は、車両の旋回に伴い、内側回転部材が加速して外側回転部材より先行回転するまでの範囲であり、正転と記した範囲は車両が直進走行に戻り、再び外側回転部材が加速して内側回転部材より先行回転するまでの範囲を示している。
【0007】
旋回走行に伴って内側回転部材がこのように加速を始めると、タイムチャート(3)の時点aから時点bのように内側回転部材とインナープレート間のスプライン部でガタ詰めが始まって終了し、同時に、タイムチャート(5)の時点eから時点fのように内側回転部材とプレッシャーリング間のスプライン部でガタ詰めが始まって終了し、内側回転部材とインナープレートでのガタ詰めが終了すると、タイムチャート(4)の時点cから時点dのように外側回転部材とアウタープレートとのスプライン部でガタ詰めが始まって終了する。さらに、タイムチャート(5)でのプレッシャーリングの回転に伴って、タイムチャート(6)のようにプレッシャーリングに形成されているカム面が回転し、作動状態の時点gから中立位置の時点hに移行し、カム面とボールとが再び接触を始める時点iを経て作動状態の時点jまで移行する。タイムチャート(7)はカム機構で生じるカムスラスト力Fの経時変化を示しており、タイムチャート(6)の時点g(作動状態)に対応する時点kでカムスラスト力Fが低下を開始し、タイムチャート(6)の時点h(中立位置)に対応する時点lでカムスラスト力Fが零(0)になる。タイムチャート(8)はメインクラッチで生じているトルクの経時変化を示しており、タイムチャート(4)においてアウタープレート側のガタ詰めが終了した時点dでは、まだトルクmが残留しており、この残留トルク(籠もりトルク:髭トルク)mによって上記のバキ音が発生すると考えられている。
【0008】
特許文献1の駆動力伝達装置では、上記のようにL4(内側回転部材とプレッシャーリング間の回転ガタ量)をL5(内側回転部材とインナープレート間の回転ガタ量)より小さくしたことにより、タイムチャート(5)においてガタ詰めの終了時点fが時点f1まで促進され、これに伴い、タイムチャート(7)においてカム機構のカムスラスト力Fの低下開始が時点kから時点k1まで促進され、タイムチャート(8)において、残留トルクが従来の残留トルクmより小さい残留トルクnにまで低減され、バキ音がそれだけ低減される。
【特許文献1】特開2002−188656号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、内側回転部材とインナープレート及びプレッシャーリングとの間に形成されたスプライン部は小径であるから、特許文献1の駆動力伝達装置のように、この小径スプライン部で回転ガタ量(L4とL5)を詰めると、内側回転部材とインナープレートとプレッシャーリングの各スプライン部の寸法管理が極めて困難であり、加工コストと管理コストが上昇すると共に、折角、L4とL5を設定値に加工しても、稼働中に掛かる荷重によって経時的に寸法が変化し、残留トルクが増大して、バキ音の低減効果が損なわれる。
【0010】
特に、プレッシャーリングの場合は、スプライン部が一般に1箇所であり、単位面積当たりの伝達荷重が大きいから、ここで回転ガタ量(L4)を小さく設定すると、それだけ大きな寸法変化が生じ易く、バキ音の低減効果が損なわれ易い。
【0011】
そこで、この発明は、トルクが反転した場合にカム機構での残留トルクを小さくして騒音(バキ音)を低減し、この低減効果を維持すると共に、回転部材やクラッチ部材において各係合部の加工及び管理コストを低減することができる動力伝達装置の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1の動力伝達装置は、外側回転部材と、前記外側回転部材と同軸に配置された内側回転部材と、前記外側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能な外側クラッチ部材と、前記内側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能な内側クラッチ部材とからなり、両回転部材間を断続可能な摩擦クラッチと、前記内側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動して前記摩擦クラッチを押圧可能なプレッシャーリングと、このプレッシャーリングにスラスト力を付与するカム機構と、このカム機構を作動させてスラスト力を発生させるパイロットクラッチ機構とを備えた動力伝達装置であって、少なくとも前記外側回転部材と前記外側クラッチ部材との間の係合部の回転ガタ量が、前記内側回転部材と前記プレッシャーリングとの間の係合部の回転ガタ量より大きく設定されていることを特徴とする。
【0013】
請求項2の動力伝達装置は、外側回転部材と、前記外側回転部材と同軸に配置された内側回転部材と、前記外側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能な外側クラッチ部材と、前記内側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能な内側クラッチ部材とからなり、両回転部材間を断続可能な摩擦クラッチと、前記内側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動して前記摩擦クラッチを押圧可能なプレッシャーリングと、このプレッシャーリングにスラスト力を付与するカム機構と、このカム機構を作動させてスラスト力を発生させるパイロットクラッチ機構とを備えた動力伝達装置であって、前記内側回転部材と前記プレッシャーリングとの間の係合部の回転ガタ量をL1、前記内側回転部材と前記内側クラッチ部材との間の係合部の回転ガタ量をL2、前記外側回転部材と前記外側クラッチ部材との間の係合部の回転ガタ量をL3としたとき、L1<(L2+L3)/2が成り立つように、L1、L2、L3の値がそれぞれ設定されていることを特徴とする。
【0014】
請求項3の動力伝達装置は、請求項1又は請求項2に記載の発明であって、前記第1のガタ量L1と前記第2のガタ量L2とが等しく、前記第3のガタ量L3が、前記第1のガタ量L1、前記第2のガタ量L2より大きく設定されていることを特徴とする。
【0015】
請求項4の動力伝達装置は、請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の発明であって、前記外側回転部材と前記外側クラッチ部材との係合部と、前記内側回転部材と前記内側クラッチ部材との係合部と、前記内側回転部材と前記プレッシャーリングとの係合部は、それぞれ係合スプラインで形成され、前記外側回転部材のスプラインの歯数は、前記内側回転部材のスプラインの歯数より少ないことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
請求項1の動力伝達装置は、外側回転部材と外側クラッチ部材間の回転ガタ量を、内側回転部材とプレッシャーリング間係合部の回転ガタ量より大きく設定したことにより、外側回転部材と外側クラッチ部材間のガタ詰めが終了する時点がそれだけ遅延されると共に、内側回転部材とプレッシャーリング間のガタ詰め終了が促進されることにより、カム機構においてカムスラスト力低下の開始時点が速くなるから、外側回転部材と外側クラッチ部材間のガタ詰めが終了した時点では、クラッチ部(メインクラッチ)に残留するトルクが大幅に低減されており、バキ音もそれだけ低減される。
【0017】
また、2箇所のガタ詰めを小径の係合部(スプライン部)で行っている従来例と異なり、外側回転部材でガタ詰めを行う本発明の動力伝達装置の場合、スプライン部の寸法管理がそれだけ容易になり、製作コストと管理コストとが低減されると共に、単位面積当たりの伝達荷重が小さくなって経時的な寸法変化が抑制され、バキ音の低減効果が高く保たれる。
【0018】
請求項2の動力伝達装置は、内側回転部材とプレッシャーリング間の回転ガタ量をL1、内側回転部材と内側クラッチ部材間の回転ガタ量をL2、外側回転部材と外側クラッチ部材間の回転ガタ量をL3としたとき、L1<(L2+L3)/2にした。このように内側回転部材とプレッシャーリング間の回転ガタ量L1を相対的に小さく設定したことにより、カム面の回転角度変化に伴うカムスラスト力の低下開始が速くなる上に、L1を(L2+L3)/2より小さくしたことにより、内側回転部材と内側クラッチ部材間の回転ガタ量L2と外側回転部材と外側クラッチ部材間の回転ガタ量L3のガタ詰めがそれぞれ終了したときには、クラッチ部(メインクラッチ)の残留トルクが低減されているから、バキ音も低減される。
【0019】
請求項3の発明は、請求項1又は請求項2の構成と同等の効果が得られる。
【0020】
また、小径側係合部(スプライン部)の回転ガタ量L1,L2を等しい値に設定したことによってこれらスプライン部の形状を共用化することが可能であり、製作工数と寸法管理工数などを低減することができる。
【0021】
また、大径側の回転ガタ量L3を小径側の回転ガタ量L1,L2より大きく設定したことによって、外側回転部材と外側クラッチ部材間のスプライン部を小径側スプライン部の径比分の倍数寸法で容易に製作し、寸法管理することができる。
【0022】
また、小径側に較べて係合面積が広い大径側スプライン部において回転ガタ量L3を大きく設定したことにより、外側回転部材と外側クラッチ部材間の係合面圧が軽減され、単位面積当たりの伝達荷重が小さくなるから、設定した回転ガタ量L3の経時的な変化が抑制され、バキ音の低減効果が高く保たれる。
【0023】
請求項4の発明は、請求項1乃至請求項3の構成と同等の効果が得られる。
【0024】
また、外側回転部材のスプラインの歯数を内側回転部材のスプラインの歯数より少なく設定したので、外側回転部材において回転方向にそれだけ大きい余肉部を設けることが可能になり、回転ガタ量を所望の値に設定することが容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
<一実施例>
図1〜図3によって動力伝達装置1(本発明の一実施例)の説明をする。図1は動力伝達装置1の断面図、図2はZ方向から見た図1のX−X断面図とY−Y断面図、図3は動力伝達装置1のタイムチャートである。動力伝達装置1は後輪駆動ベースの4輪駆動車に用いられている。
【0026】
[動力伝達装置1の特徴]
動力伝達装置1は、ハウジング3(外側回転部材)と、ハウジング3と同軸に配置されたハブ5(内側回転部材)と、ハウジング3と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能なアウタープレート7(外側クラッチ部材)と、ハブ5と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能なインナープレート9(内側クラッチ部材)とからなり、両回転部材3,5間を断続可能な多板式のメインクラッチ11(摩擦クラッチ)と、ハブ5と回転方向に係合し、軸方向に相対移動してメインクラッチ11を押圧可能なプレッシャーリング13と、プレッシャーリング13にスラスト力を付与するボールカム15(カム機構)と、ボールカム15を作動させてスラスト力を発生させる多板式のパイロットクラッチ17とを備え、
ハウジング3とアウタープレート7との間の係合部の回転ガタ量L3が、ハブ5とプレッシャーリング13との間の係合部の回転ガタ量L1より大きく設定されており、
また、ハブ5とインナープレート9との間の係合部の回転ガタ量をL2としたとき、L1<(L2+L3)/2が成り立つようにL1、L2、L3の値がそれぞれ設定されている。
【0027】
さらに、回転ガタ量L1と回転ガタ量L2は等しい値に設定されていると共に、回転ガタ量L3は回転ガタ量L1,L2より大きく設定されている。
【0028】
また、ハウジング3とアウタープレート7との係合部と、ハブ5とインナープレート9との係合部と、ハブ5とプレッシャーリング13との係合部は、それぞれ係合スプラインで形成されており、ハウジング3のスプライン部19の歯数Z1はハブ5のスプライン部21の歯数Z2より少なく設定されている。
【0029】
動力伝達装置1は、上記のハウジング3と、ハブ5と、メインクラッチ11と、プレッシャーリング13と、ボールカム15と、パイロットクラッチ17に加えて、アーマチャ23と、これを吸引してパイロットクラッチ17を締結させる電磁石25と、カムリング27とを備えており、ボールカム15のカム面はプレッシャーリング13とカムリング27にそれぞれ設けられている。
【0030】
ハウジング3は、アルミニューム合金の円筒部材29と強度部材のフランジ31と磁性体のロータ33とで構成されており、ハウジング3のスプライン部19は円筒部材29の内周に形成され、フランジ31はスプライン部19に係合し、止め輪35によって円筒部材29の前側開口部に位置決めされ、ロータ33は円筒部材29の後側開口部に溶接されている。また、フランジ31は後輪側に連結され、ハブ5は前輪側に連結されている。
【0031】
メインクラッチ11のアウタープレート7は円筒部材29のスプライン部19に係合し、インナープレート9とプレッシャーリング13はハブ5のスプライン部21に係合し、パイロットクラッチ17のアウタープレートはスプライン部19に係合し、インナープレートはカムリング27の外周に設けられたスプライン部37に係合している。
【0032】
アーマチャ23はプレッシャーリング13とパイロットクラッチ17の間に配置され、電磁石25は両側シール型のボールベアリング39によってロータ33に支持され、ロータ33とカムリング27との間にはボールカム15の噛み合い反力を受けるスラストベアリング41が配置され、ハブ5とプレッシャーリング13との間にはプレッシャーリング13をメインクラッチ11の締結解除方向に付勢するリターンスプリング43が配置されている。
【0033】
電磁石25が励磁されるとアーマチャ23が吸引され、パイロットクラッチ17を押圧して締結させ、ハウジング3とハブ5間の差動トルクを受けてボールカム15が作動し、発生したカムスラスト力によってプレッシャーリング13がメインクラッチ11を押圧し締結させて動力伝達装置1を連結し、車両を4輪駆動状態にする。
【0034】
電磁石25の励磁を停止すると、パイロットクラッチ17の締結が解除されてボールカム15のカムスラスト力が消失し、リターンスプリング43の付勢力によりプレッシャーリング13が押し戻されてメインクラッチ11の締結と動力伝達装置1の連結が解除され、車両は後輪駆動状態になる。
【0035】
また、動力伝達装置1の内部には円筒部材29の開口45とハブ5の開口47からオイルが流出入し、メインクラッチ11やパイロットクラッチ17やボールカム15などを潤滑・冷却する。
【0036】
動力伝達装置1が搭載された後輪駆動ベースの4輪駆動車がメインクラッチ11を締結した状態で直進走行している間は後輪側のハウジング3が前輪側のハブ5より先行回転しているが、車両が旋回走行を始めると、後輪と前輪の旋回半径の差によってハブ5が加速を始め、ハウジング3を追い越して先行回転しようとし、ボールカム15に掛かるトルクの方向が逆転する。
【0037】
動力伝達装置1は、各スプライン部での回転ガタ量L1、L2、L3を上記のように設定したことによって下記のような効果を得ている。
【0038】
以下、この効果を図3の各タイムチャートで説明する。
【0039】
旋回走行に伴ってハブ5が加速を始めると、タイムチャート(3)に示すようにハブ5のスプライン部21とインナープレート9のスプライン部との間で回転ガタ量L2のガタ詰めが時点aから始まって時点bで終了し、同時に、タイムチャート(5)に示すようにプレッシャーリング13の回転に伴ってハブ5のスプライン部21とプレッシャーリング13のスプライン部との間で回転ガタ量L1のガタ詰めが時点eから始まって時点fで終了し、回転ガタ量L2のガタ詰めが時点bで終了すると、タイムチャート(4)に示したようにハウジング3のスプライン部19とアウタープレート7のスプライン部との間で回転ガタ量L3のガタ詰めが時点cから始まって時点dで終了する。
【0040】
さらに、タイムチャート(5)でのプレッシャーリング13の回転に伴って、タイムチャート(6)に示すようにプレッシャーリング13に形成されているカム面が回転し、ボールカム15が作動している状態の時点gから中立位置の時点hへ移行し、ボールカム15が再び作動を開始する時点iを経て作動状態の時点jまで移行する。タイムチャート(7)はボールカム15で生じるカムスラスト力Fの経時変化を示しており、タイムチャート(6)の時点g(作動状態)に対応する時点kでカムスラスト力Fが低下を開始し、タイムチャート(6)の時点h(中立位置)に対応する時点lでカムスラスト力Fが零(0)になる。タイムチャート(8)はメインクラッチ11に生じているトルクの経時変化を示しており、タイムチャート(4)でアウタープレート7側の回転ガタ量L3のガタ詰めが終了した時点dではトルクpが残留する。
【0041】
動力伝達装置1では、上記のように、各スプライン部の回転ガタ量を、L1<L3、L1<(L2+L3)/2、L1=L2<L3のように設定したことによって、タイムチャート(5)においては、プレッシャーリング13側の回転ガタ量L1を小さく設定したことによってガタ詰めの終了時点fへの到達が促進され、タイムチャート(6)でカム面(プレッシャーリング13)の回転が促進され、これに伴い、タイムチャート(7)においてボールカム15のカムスラスト力Fの低下開始時点gが促進される。さらに、タイムチャート(4)においては、回転ガタ量L3を大きく設定したことによってガタ詰め終了時点dへの到達が遅延され、その結果、タイムチャート(7)(8)において、この時点dに対応する上記の残留トルクpは従来の残留トルクmに較べて大幅に低減されており、バキ音も大幅に低減される。
【0042】
また、動力伝達装置1の内部に流入したオイルは重力や遠心力によってハウジング3のスプライン部19に滞留し、ハウジング3とアウタープレート7間で回転ガタ量L3のガタ詰めの抵抗になるから、ガタ詰め終了時点dへの到達が大きく遅延されてタイムチャート(8)の残留トルクがpより小さくなり、バキ音がさらに低減されることが期待できる。
【0043】
なお、本発明において、回転ガタ量とは、各係合部における回転方向のガタ量であり、その隙間寸法は、相対回転する2部材のうち一方に対して他方を回転方向に当接させたときの2部材間に存在する隙間寸法であるか、または、相対回転部材の一方を固定し他方を回転させたときの回転ガタ角度と、係合部の係合半径とを用いて算出して得られた隙間寸法、あるいは、係合部に用いるそれぞれのスプライン諸元に基づいて得られる隙間寸法などである。従って、回転ガタ量の設定と測定は容易である。
【0044】
[動力伝達装置1の効果]
ハウジング3とアウタープレート7の回転ガタ量L3をハブ5とプレッシャーリング13の回転ガタ量L1より大きく設定したことにより、ハウジング3とアウタープレート7で回転ガタ量L3のガタ詰めが終了する時点dがそれだけ遅延されると共に、ハブ5とプレッシャーリング13で回転ガタ量L1のガタ詰め終了時点fが促進されることによってボールカム15のカムスラスト力Fの低下開始が速くなるから、ハウジング3とアウタープレート7でのガタ詰めが終了した時点dでメインクラッチ11に残留するトルクpが低減しており、バキ音も低減される。
【0045】
また、2箇所のガタ詰めを小径のスプライン部側で行う従来例と異なって、大径のハウジング3(スプライン部19)とアウタープレート7のスプライン部側でガタ詰めを行う動力伝達装置1では、各スプライン部の寸法管理がそれだけ容易になって製作コストと管理コストが低減されると共に、単位面積当たりの伝達荷重が小さくなり、経時的な寸法変化が抑制されてバキ音の低減効果が高く保たれる。
【0046】
また、ハブ5とインナープレート9の回転ガタ量をL2としたとき、L1<(L2+L3)/2に設定することによってハブ5とプレッシャーリング13の回転ガタ量L1をL2,L3に対し相対的に小さくしたので、カム面の回転角度変化に伴うカムスラスト力Fの低下開始が速くなる上に、L1を(L2+L3)/2より小さくしたことにより、ハブ5とインナープレート9及びハウジング3とアウタープレート7とでそれぞれ回転ガタ量L2,L3のガタ詰めが終了したときにはメインクラッチ11の残留トルクが低減しており、バキ音も低減される。
【0047】
また、小径側係合部(スプライン部21)の回転ガタ量L1,L2を等しい値に設定し、両スプライン部で形状を共用化することによって製作工数と寸法管理工数を低減できる。
【0048】
また、大径側の回転ガタ量L3を小径側の回転ガタ量L1,L2より大きく設定したことにより、大径側の係合部(スプライン部19など)を小径側の係合部(スプライン部21など)の径比分の倍数寸法で容易に製作し、寸法管理することができる。
【0049】
また、小径のスプライン部21より係合面積が広い大径のスプライン部19で回転ガタ量L3を大きく設定したので、ハウジング3とアウタープレート7間の係合面圧が軽減され、単位面積当たりの伝達荷重が小さくなるから、設定した回転ガタ量L3の経時的な変化が抑制され、バキ音の低減効果が高く保たれる。
【0050】
また、ハウジング3のスプライン部19の歯数Z1をハブ5のスプライン部21の歯数Z2より少なく設定したので、ハウジング3において回転方向にそれだけ大きい余肉部49を設けることができ、回転ガタ量を所望の値(L3)に設定することが容易になる。
【0051】
[本発明の範囲に含まれる他の態様]
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の動力伝達装置は、デファレンシャル装置の差動制限機構に用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】動力伝達装置1の断面図である。
【図2】Z方向から見た図1のX−X断面図とY−Y断面図である。
【図3】動力伝達装置1のタイムチャートである。
【図4】従来例のタイムチャートである。
【符号の説明】
【0054】
1 動力伝達装置
3 ハウジング(外側回転部材)
5 ハブ(内側回転部材)
7 アウタープレート(外側クラッチ部材)
9 インナープレート(内側クラッチ部材)
11 メインクラッチ(摩擦クラッチ)
13 プレッシャーリング
15 ボールカム(カム機構)
17 パイロットクラッチ
L1 ハブ5とプレッシャーリング13間のガタ量
L2 ハブ5とインナープレート9間のガタ量
L3 ハウジング3とアウタープレート7間のガタ量
Z1 スプライン部19の歯数
Z2 スプライン部21の歯数

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外側回転部材と、前記外側回転部材と同軸に配置された内側回転部材と、前記外側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能な外側クラッチ部材と、前記内側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能な内側クラッチ部材とからなり、両回転部材間を断続可能な摩擦クラッチと、前記内側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動して前記摩擦クラッチを押圧可能なプレッシャーリングと、このプレッシャーリングにスラスト力を付与するカム機構と、このカム機構を作動させてスラスト力を発生させるパイロットクラッチ機構とを備えた動力伝達装置であって、
少なくとも前記外側回転部材と前記外側クラッチ部材との間の係合部の回転ガタ量が、前記内側回転部材と前記プレッシャーリングとの間の係合部の回転ガタ量より大きく設定されていることを特徴とする動力伝達装置。
【請求項2】
外側回転部材と、前記外側回転部材と同軸に配置された内側回転部材と、前記外側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能な外側クラッチ部材と、前記内側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動可能な内側クラッチ部材とからなり、両回転部材間を断続可能な摩擦クラッチと、前記内側回転部材と回転方向に係合し、軸方向に相対移動して前記摩擦クラッチを押圧可能なプレッシャーリングと、このプレッシャーリングにスラスト力を付与するカム機構と、このカム機構を作動させてスラスト力を発生させるパイロットクラッチ機構とを備えた動力伝達装置であって、
前記内側回転部材と前記プレッシャーリングとの間の係合部の回転ガタ量をL1、前記内側回転部材と前記内側クラッチ部材との間の係合部の回転ガタ量をL2、前記外側回転部材と前記外側クラッチ部材との間の係合部の回転ガタ量をL3としたとき、L1<(L2+L3)/2が成り立つように、L1、L2、L3の値がそれぞれ設定されていることを特徴とする動力伝達装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の動力伝達装置であって、
前記第1のガタ量L1と前記第2のガタ量L2とが等しく、前記第3のガタ量L3が、前記第1のガタ量L1、前記第2のガタ量L2より大きく設定されていることを特徴とする動力伝達装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の動力伝達装置であって、
前記外側回転部材と前記外側クラッチ部材との係合部と、前記内側回転部材と前記内側クラッチ部材との係合部と、前記内側回転部材と前記プレッシャーリングとの係合部は、それぞれ係合スプラインで形成され、前記外側回転部材のスプラインの歯数は、前記内側回転部材のスプラインの歯数より少ないことを特徴とする動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−144798(P2010−144798A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−321263(P2008−321263)
【出願日】平成20年12月17日(2008.12.17)
【出願人】(000225050)GKNドライブラインジャパン株式会社 (409)
【Fターム(参考)】