説明

半導体基板および光電変換素子ならびにそれらの製造方法

【課題】電子回収効率を高め、かつ、長波長域での感度を高めるとともに電子回収の高速化を図る。
【解決手段】半導体基板の不純物濃度を深度が深くなるに従って標準的な濃度より高濃度へと移行する濃度勾配をつけることにより、半導体基板中での電子移動速度を増し、空乏層より深部の電子をすばやく表面方向に移動させ、かつ、迷走する電子の寿命を短時間とすることで電子回収の高速化を図り、時間分解能を向上させるようにするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体基板および光電変換素子ならびにそれらの製造方法に関し、さらに詳細には、固体撮像素子や固体撮像素子を集積した固体撮像素子集積回路の作製に用いて好適な半導体基板および光電変換素子ならびにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、半導体基板を用いて光電変換素子を作製し、さらに光電変換素子を用いて固体撮像素子や固体撮像素子を集積した固体撮像素子集積回路が作製されている。
【0003】
しかしながら、こうした固体撮像素子、特に、高速な電子回収を必要とする固体撮像素子においては、従来から使用されている均一な不純物濃度をもつ半導体基板では、当該半導体基板内を迷走する電子により電子回収の遅れが生じ、時間的な分解能が低下するという問題点が指摘されていた。
【0004】
特に、固体撮像素子に長波長域(波長750nm〜900nm)の近赤外光を照射した場合には、半導体基板の奥深くまで吸収されずに透過してしまう光が生ずるようになり、半導体基板の奥深くまで透過した光は当該半導体基板の奥深くで吸収されて、当該半導体基板の奥深くで電子が発生することになり、こうして半導体基板の奥深くで発生した電子が迷走することとなっていた。
【0005】
従って、固体撮像素子に長波長域(波長750nm〜900nm)の近赤外光を照射した場合には、半導体基板内を迷走する電子による電子回収の遅れの影響が大きく、時間分解能を低下させる主たる原因となっていた。
【0006】
また、半導体基板内を迷走する電子の一部は正孔と再結合するため、固体撮像素子においては近赤外光の感度の急激な低下が起きてしまうこととなっていた。
【0007】

ここで、半導体基板を用いて作製されたPN接合フォトダイオードやフォトゲートなどの光電変換素子において、その電子回収効率を高め、かつ、長波長域での感度を高めるとともに電子回収の高速化を図るための改善の手法としては、主に空乏層を広げることを目的とした方法が採用されてきた。
【0008】
こうした空乏層を広げるための従来の技術としては、例えば、特許文献1として提示する特開平7−86543号公報に、P型半導体層とN型半導体層との間に絶縁層である真性シリコンを挟んだPIN構造を集積する手法が開示されており、また、特許文献2として提示する特開2008−34836号公報に、真性に近い低濃度のN型半導体層と低濃度のP型半導体層とをエピタキシャル結晶成長制御によって形成する手法が開示されている。
【0009】
しかしながら、上記した2つの手法のうちの前者については、不純物濃度が非常に低濃度である半導体基板を用いるため、製造に際して技術的な安定性に乏しいという問題点があった。
【0010】
また、上記した2つの手法のうちの後者については、極めて高精度に制御された結晶成長工程が必要であり、半導体基板の製造に際してこれまで行われてきた設計方法や製造方法との整合性が低く、半導体基板の製造にこれまで用いられてきた資源を有効に活用することができないという問題点があった。
【0011】

一方、電子回収効率を高める手法として、特許文献3として提示する特開2009−180659号公報に開示されているように、半導体基板を用いて構成された固体撮像素子の裏面側から光を照射する裏面照射技術が提案されている。
【0012】
この裏面照射技術は、電子回収効率を高める点では改善があると思われるが、電子回収時間の短縮化を図ることが容易ではなく、時間分解能の改善を図るという点では不十分なものであった。
【特許文献1】特開平7−86543号公報
【特許文献2】特開2008−34836号公報
【特許文献3】特開2009−180659号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記したような従来の技術の有する種々の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、電子回収効率を高め、かつ、長波長域での感度を高めるとともに電子回収の高速化を図ることができるようにした半導体基板および光電変換素子を提供しようとするものである。
【0014】
また、本発明の目的とするところは、従来から用いられているフォトダイオードやフォトゲートなどの光電変換技術やCMOS方式イメージセンサー技術などと整合性の高い比較的軽微なプロセス変更によって、電子回収効率を高め、かつ、長波長域での感度を高めるとともに電子回収の高速化を図ることができるようにした半導体基板および光電変換素子を作製することのできる半導体基板の製造方法および光電変換素子の製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するために、本発明は、半導体基板の不純物濃度を深度が深くなるに従って標準的な濃度より高濃度へと移行する濃度勾配をつけることにより、半導体基板中での電子移動速度を増し、空乏層より深部の電子をすばやく表面方向に移動させ、かつ、迷走する電子の寿命を短時間とすることで電子回収の高速化を図り、時間分解能を向上させるようにしたものである。
【0016】
より詳細には、例えば、半導体基板を構成するエピタキシャル結晶成長層について、その不純物濃度を半導体基板の表面からの深度が深くなるに従って標準的な濃度より高濃度となるように濃度勾配をつけるものであり、これによりエピタキシャル結晶成長層中での電子移動速度を増し、空乏層より深部の電子をすばやく表面方向に移動させ、かつ、迷走する電子の寿命を短時間とすることで電子回収の高速化を図り、時間分解能を向上させるものである。
【0017】
従って、本発明によれば、例えば、半導体基板に対してマスクを用いてデバイス形成を行なう表面および表面から2μmまでの深度の表層では、当該デバイスが従来より用いていた標準的な不純物濃度をそのまま使えばよいので、従来の手法を変更することなく設計して製造することができ、しかも電子回収効率を高め、かつ、長波長域での感度を高めるとともに電子回収の高速化を図ることができるようになる。
【0018】
つまり、本発明によれば、既存の標準的なCMOS集積回路の設計や製造工程に変更を加えることなく、半導体基板の製造工程の変更のみで、半導体基板に作製する光電変換素子の時間分解能を向上することができる。
【0019】

即ち、本発明による半導体基板は、表面側に空乏層を備えた光電変換素子構造を構成する半導体基板であって、上記半導体の表面側から裏面側に向けて不純物濃度の濃度勾配をつけて不純物をドープしたものである。
【0020】
また、本発明による半導体基板は、上記した本発明による半導体基板において、上記不純物がP型不純物であり、 上記濃度勾配が上記表面側から上記裏面側に向けてP型不純物濃度が高くなる濃度勾配であるようにしたものである。
【0021】
また、本発明による半導体基板は、上記した本発明による半導体基板において、上記濃度勾配における上記表面側の濃度が、上記光電変換素子構造を構成可能な濃度であり、上記濃度勾配が、上記表面側から上記裏面側に向かいP型不純物濃度が単調増加するようにしたものである。
【0022】
また、本発明による半導体基板は、上記した本発明による半導体基板において、上記濃度勾配は、指数的に増加する濃度勾配であり、濃度の平均増加率が深さ方向1μmにつき1.05倍以上であるようにしたものである。
【0023】
また、本発明による光電変換素子は、上記した本発明による半導体基板の表面にN型半導体層を形成して、上記半導体基板の上記表面側に上記空乏層を形成するようにしたものである。
【0024】
また、本発明による半導体基板の製造方法は、表面側に空乏層を備えた光電変換素子構造を構成する半導体基板の製造方法であって、上記光電変換素子構造を構成可能な濃度よりも高濃度でP型不純物をドープした後に熱処理したバルクシリコン基板上に、エピタキシャル成長法により、P型不純物の濃度を上記光電変換素子構造を構成可能な濃度に固定した原料を供給して上記バルクシリコン基板上にエピタキシャル成長によりP型エピタキシャル層を形成し、P型不純物の拡散によって、上記P型エピタキシャル層におけるP型不純物の濃度が、上記P型エピタキシャル層の表面から上記バルクシリコン基板へ向かう方向で単調増加する濃度勾配を備えた半導体基板を形成するようにしたものである。
【0025】
また、本発明による半導体基板の製造方法は、上記した本発明による半導体基板の製造方法において、上記バルクシリコン基板の熱処理時間を制御して、P型不純物の拡散による上記P型エピタキシャル層におけるP型不純物の濃度勾配の勾配を制御するようにしたものである。
【0026】
また、本発明による半導体基板の製造方法は、表面側に空乏層を備えた光電変換素子構造を構成する半導体基板の製造方法であって、上記光電変換素子構造を構成可能な濃度よりも高濃度でP型不純物をドープした後に熱処理したバルクシリコン基板上に、エピタキシャル成長法により、エピタキシャル成長の初期段階ではP型不純物の濃度を上記光電変換素子構造を構成可能な濃度よりも高濃度とし、エピタキシャル成長の進展に従ってP型不純物の濃度を下げていき、エピタキシャル成長の最終段階ではP型不純物の濃度を上記光電変換素子構造を構成可能な濃度となるように制御しながら原料供給して、エピタキシャル成長によりP型エピタキシャル層を形成し、上記P型エピタキシャル層におけるP型不純物の濃度が、上記P型エピタキシャル層の表面から上記バルクシリコン基板へ向かう方向で単調増加する濃度勾配を備えた半導体基板を形成するようにしたものである。
【0027】
また、本発明による光電変換素子の製造方法は、本発明による半導体基板の製造方法により製造された半導体基板のP型エピタキシャル層表面にN型半導体層を形成して、上記半導体の上記表面側に上記空乏層を形成するようにしたものである。
【発明の効果】
【0028】
本発明は、以上説明したように構成されているので、電子回収効率を高め、かつ、長波長域での感度を高めるとともに電子回収の高速化を図ることができる半導体基板および光電変換素子を提供することができるようになるという優れた効果を奏する。
【0029】
また、本発明は、以上説明したように構成されているので、従来から用いられているフォトダイオードやフォトゲートなどの光電変換技術やCMOS方式イメージセンサー技術などと整合性の高い比較的軽微なプロセス変更によって、電子回収効率を高め、かつ、長波長域での感度を高めるとともに電子回収の高速化を図ることができるようにした半導体基板および光電変換素子を作製することのできる半導体基板の製造方法および光電変換素子の製造方法を提供することができるようになるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、従来のフォトダイオードの断面構造の説明図である。
【図2】図2は、図1に示すフォトダイオードにおける電子ならびに正孔の移動の状態をあらわす説明図である。
【図3】図3は、図1に示すフォトダイオードについて、半導体基板の深度に対する不純物濃度と静電ポテンシャルとをフォトダイオードの断面構造と対応してあらわした説明図である。
【図4】図4は、本発明による半導体基板を用いて作製された光電変換素子たるフォトダイオードの断面構造および本発明による半導体基板の深度に対する不純物濃度と静電ポテンシャルとをフォトダイオードの断面構造と対応してあらわした図2に相当する説明図である。
【図5】図5は、図4に示す本発明によるフォトダイオードにおける電子ならびに正孔の移動の状態をあらわす説明図である。
【図6】図6は、P型不純物の濃度勾配と静電ポテンシャル勾配と当該静電ポテンシャル勾配により実現される時間分解能との関係をあらわす図表である。
【図7】図7は、本発明による半導体基板の製造方法における第1の製造方法の説明図である。
【図8】図8(a)(b)は、本発明による半導体基板の製造方法における第2の製造方法の説明図である。
【図9】図9は、本発明による半導体基板の製造方法により得られるドーピングプロファイルをあらわすグラフである。
【図10】図10(a)(b)は、本願発明者が行ったシミュレーションの条件およびその結果をあらわす説明図である。
【図11】図11(a)はフォノン散乱で自由運動する電子の軌跡のシミュレーション結果であり、また、図11(b)は電界中の電子の移動速度をあらわすグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明による半導体基板および光電変換素子ならびにそれらの製造方法の実施の形態の一例について詳細に説明するものとする。
【0032】
なお、添付の図面の各図ならびに以下の説明において、それぞれ共通あるいは相当する構成などについては同一の符号を用いて示すものとする。
【0033】

I.本発明の理解を容易にするための説明
まず、半導体基板を用いて固体撮像素子を作製する方法について説明しておくと、固体撮像素子は、シリコンインゴットから薄く切り出されたバルクシリコン基板の表面に結晶欠陥の少ないエピタキシャル結晶成長層(以下、「エピ層」と適宜に称する。)を形成して半導体基板(ウェハー)を形成し、このウェハーに各種イオンをマスクに従い打ち込むなどの製法によって目的とする光電変換部やFETなどの半導体素子を形成することにより作製するものであることが知られている。
【0034】
従来、広く用いられるウェハーの1つが、シリコンに添加する不純物としてP型半導体を形成するホウ素などの不純物を、1立方センチメートル当たり1の15乗原子程度ドーピングしたものである(なお、「1立方センチメートル当たり1の15乗原子」という表記については、記載を簡略化を図るために、以下においては「1e15」と適宜に標記する。)。
【0035】
このようなウェハーの製造方法は、バルクシリコン基板に不純物濃度が1e15となるように不純物をドープして、その上に同濃度のエピ層を7〜20μm成長させ、均一で欠陥がなく、かつ、不純物が均一にドープされたエピタキシャル基板としてウェハーを製造するというものである。
【0036】
そして、このウェハー、即ち、半導体基板の表面から深度が2μm程度までの表層領域には、集積回路の目的を果たすための各種不純物のドープが行なわれ、様々な半導体素子が形成されることになるものであるが、これら半導体素子の中でも本発明による半導体基板を用いて作製するのに適しているものは、フォトダイオードやフォトゲートと称される光電変換素子である。
【0037】

従って、以下の説明においては、本発明による半導体基板に形成される半導体素子として光電変換素子が形成される場合についてのみ説明することとし、光電変換素子以外の他の半導体素子が形成される場合の説明については、以下の説明を援用することにより省略する。
【0038】
また、光電変換素子であるフォトダイオードとフォトゲートとについては、両者を本発明による半導体基板に形成した際において、本発明による半導体基板が両者に及ぼす作用効果は同様であるので、以下においてフォトダイオードについてのみ説明することとする。
【0039】
さらに、半導体基板の製造方法によっては、不純物濃度の異なるウェハーを用いることもあるが、その場合は、当該製造方法が用いる標準的な不純物濃度(例えば、P型不純物濃度が2.5e15である。)を基準として、本発明に適用することができることは勿論であるが、以下の実施の形態の説明においては説明の煩雑さを避けるため、基準となるウェハーの不純物濃度を1e15として説明する。
【0040】

ここで、図1には、従来のフォトダイオードの断面構造の説明図が示されており、フォトダイオード100は、P型バルクシリコン基板102上にP型不純物を含むP型エピタキシャル結晶成長層(P型エピ層)104を形成した半導体基板(ウェハー)106の表面から、リンなどのN型不純物を打ち込みN型半導体層(N型ドープ層)108を形成して、所謂、PN接合を形成しており、このPN接合部近傍には電子も正孔も存在しない空乏層110が形成される。なお、図1において、空乏層110は破線によって示されている。
【0041】
このフォトダイオード100は、空乏層110中のシリコン原子に光が吸収されたときに発生する電子と正孔とを静電ポテンシャルに従い移動させ、表面近くのN型ドープ層108に電子を回収し、表面より深部のウェハー106中のP型エピ層104に正孔を回収することで光電変換を行なう光電変素子である。
【0042】

ここで、ウェハー106のP型エピ層104がP型不純物を1e15の不純物濃度で含む場合に、空乏層110の厚さT1(N型不純物の打ち込まれた表面から深さ方向に測った距離)は、一般には、2〜3μmである。
【0043】
即ち、空乏層110の厚さT1は、N型ドープ層108に印加するバイアス電圧112とN型ドープ層108のN型不純物濃度とによって変化するが、一般的なイメージセンサーが使用する2V〜5Vの電圧とN型不純物濃度(1e17〜1e20)では、厚くとも約3μmである。
【0044】
この空乏層110の厚さT1をさらに厚くするためには、ウェハー106のP型エピ層104のP型不純物濃度を下げることが最も有効であるが、様々な半導体デバイスを混在させる必要があるCMOS集積回路では、上記のP型不純物を1e15程度含むウェハーを前提として設計されており、不純物濃度を1e14以下にすることは実用的ではない。
【0045】
また、N型不純物を高速で打ち込み、ウェハー106のより深部に1e15に近い不純物濃度でN型不純物をドープすることができれば、原理的には真性シリコンと等価な領域を広げることが可能ではあるが、N型不純物原子は比較的質量が重く、ウェハー106の深部への打ち込みが難しいことが知られており、この手法も実用的ではない。
【0046】
即ち、少なくとも標準CMOS集積回路製造プロセスに互換性のある製造プロセスでは、数μmを超える厚みで、濃度が薄く、かつ、マスクレイアウトに忠実なN型不純物ドープを実現することはできないものである。
【0047】
つまり、光に対して高い感度をもつ空乏層110の厚さT1は、標準CMOS集積回路製造プロセスに近い製造方法を用いる限り、2〜3μmが限界であり、これを広げることは容易ではない。
【0048】

次に、図2には、図1に示すフォトダイオード100における電子ならびに正孔の移動の状態をあらわす説明図が示されており、この図2を参照しながら、フォトダイオード100への光照射により発生した電子ならびに正孔が、どのように移動するのかについて説明する。
【0049】
ここで、シリコンの光吸収は波長に依存しており、波長が600nmより短い光は厚さT1が2〜3μmの空乏層110で効率良く吸収され、発生した電子200と正孔202とは空乏層110内部の静電ポテンシャルに従い移動し、電子200はN型ドープ層18に引かれ(図2の矢印Aを参照する。)、正孔202は反対方向に逃げる(図2の矢印Bを参照する。)。
【0050】
しかしながら、波長が600nmより長い光については、その一部は空乏層110では吸収されずにウェハー106の深部まで到達する。例えば、波長700nmの光線が50%吸収される深度は3.0μm、また、波長800nmの光線が50%吸収される深度は9.0μm程度であることが知られている。
【0051】
つまり、波長が700nmより長い近赤外光の半分以上は、厚さT1が2〜3μmの空乏層110では吸収されることなく、ウェハー106の深部まで透過していく。
【0052】
そして、空乏層110を透過した光線は、ウェハー106の深部でシリコン原子に吸収されて電子204と正孔206とを発生する。
【0053】
こうしてウェハー106の深部で発生した正孔206は、P型エピ層104に回収されるが、P型エピ層104のP型不純物濃度が約1e15で均一(図3に示す半導体基板の深度に対する不純物濃度と静電ポテンシャルとをフォトダイオードの断面構造と対応して表した説明図を参照する。)であり、静電ポテンシャルもほぼ均一(図3に示す不純物濃度と静電ポテンシャルとをフォトダイオードの断面構造と対応して表した説明図を参照する。)であるので、電子204はフォノン散乱を受け自由運動しながら、ウェハー106中を迷走する。
【0054】
こうした迷走電子204は、P型エピ層104中の少数キャリアとして短時間の存在を許されるが、ある確率で正孔との再結合で消滅し、ある確率で表面近くのフォトダイオード100による空乏層110に到達する。
【0055】
そして、ある確率で表面近くのフォトダイオード100による空乏層110に到達した電子204は、すぐにN型ドープ層108に引き付けられ回収されるので光感度に寄与するが、その一方で、迷走時間だけ遅れて回収されるため、フォトダイオード100の光に対する時間分解能を低下させてしまうことになる。
【0056】
ここで、フォノン散乱による電子は、約1psecに1回の割合で、ランダムな方向に平均的に約10nm移動することが知られている。
【0057】
確率過程をシミュレーション(図11(a)に示すフォノン散乱で自由運動する電子の軌跡のシミュレーション結果を参照する。)すると、1μsecで約2〜3μmの範囲を迷走していると予想される。
【0058】
つまり、ウェハー106のP型エピ層104が完全に均一な濃度であるなら、その厚みが7〜20μmであることを考慮すると、少なくとも数μsecの迷走時間が生じることになる。
【0059】
一方で、再結合の頻度は正孔濃度と電子濃度との積に比例することが知られているが、1e15のP型エピ層104中での平均的な電子の寿命は数μsec程度であることが知られており、それより長く迷走する電子は消滅することが予想される。
【0060】
結果的に、図1ならびに図2に示したようなウェハー106のP型不純物濃度が均一な従来型CMOS集積回路に構築されたフォトダイオード100を代表とする光電変換素子での近赤外光による時間分解能は数μsecとなり、周波数にして数100KHzであって、それより速い周波数の光信号では振幅の激しい減衰などが起こることが分かる。
【0061】

II.本発明による半導体基板の説明
本発明による半導体基板は、上記した知見に鑑みて案出されたものであり、半導体基板の表面から深部に向かい、P型不純物濃度を適度な勾配をもって濃くするようにしたものである。
【0062】
図4には、本発明による半導体基板を用いて作製された光電変換素子たるフォトダイオードの断面構造および本発明による半導体基板の深度に対する不純物濃度と静電ポテンシャルとをフォトダイオードの断面構造と対応してあらわした図2に相当する説明図が示されている。
【0063】
このフォトダイオード10は、P型不純物を高濃度にドープされたP型バルクシリコン基板12上に濃度勾配をもってP型不純物をドープしたP型エピタキシャル結晶成長層(P型エピ層)14を形成した半導体基板(ウェハー)16の表面から、リンなどのN型不純物を打ち込みN型半導体層(N型ドープ層)108を形成して、所謂、PN接合を形成しており、このPN接合部近傍には電子も正孔も存在しない空乏層110が形成される。なお、図4において、空乏層110は破線によって示されている。
【0064】
より詳細には、P型エピ層14は、ウェハー16の表面から深部に向かうに従ってP型不純物濃度が高くなるようにした濃度勾配を備えている。
【0065】
具体的には、P型エピ層14のP型不純物濃度は、ウェハー16の表面から2〜3μmの深度では1e15程度として既存プロセスとの整合性を保ち、それより深部では1e16〜1e20程度まで勾配をもって濃度を高める。
【0066】
例えば、P型エピ層14のP型不純物濃度を、ウェハー16の表面からの深度4μmで1e16とし、深度6μmで1e17とし、深度8μmで1e18とするようにして、概ね指数的に増加する濃度勾配をつけるものである。
【0067】
この深度に対するP型不純物の濃度の増加は、深度1μmにつき3倍程度、換言すれば、深度3μmにつき1桁程度が、後述する静電ポテンシャル勾配の観点から電子回収の高速化に適する。
【0068】
しかしながら、深度に対するP型不純物の濃度の増加が、深度1μmにつき1.5倍程度、換言すれば、深度6μmにつき1桁程度であれば、従来の技術と比較すると十分な電子回収の高速化を図ることができ、深度1μmにつき1.05倍程度であっても、従来の技術と比較するとある程度の電子回収の高速化を図ることができる。
【0069】

ここで、上記した濃度勾配は単調増加である必要があり、一定率で指数的に増加するものであることが好ましい。
【0070】
また、ウェハー16の表面からのP型エピ層14の厚さT2は、一般的には7〜20μmであるので、それより深いところはシリコンインゴットから薄く切り出されるP型バルクシリコン基板12となるが、そのP型バルクシリコン基板12のP型不純物濃度は、P型エピ層14の最深部のP型不純物濃度より高くすることが好ましい。
【0071】
なお、ウェハー16の平面方向のP型不純物濃度は均一であることが好ましいが、厳密な均一性は必要としない。
【0072】
しかしながら、深さ方向にも平面方向にも、不純物濃度の極端な局在や不連続な段差は排除することが好ましい。
【0073】

次に、図5には、図4に示す本発明によるフォトダイオード10における電子ならびに正孔の移動の状態をあらわす説明図が示されており、この図5を参照しながら、フォトダイオード10への光照射により発生した電子ならびに正孔が、どのように移動するのかについて説明する。
【0074】
上記において説明したように、シリコンの光吸収は波長に依存しており、波長が600nmより短い光は厚さT1が2〜3μmの空乏層110で効率良く吸収され、発生した電子20と正孔22とは空乏層110内部の静電ポテンシャルに従い移動し、電子20はN型ドープ層108に引かれ(図5の矢印Cを参照する。)、正孔22は反対方向に逃げる(図2の矢印Dを参照する。)。
【0075】
しかしながら、波長が600nmより長い光については、その一部は空乏層110では吸収されずにウェハー16の深部まで到達する。
【0076】
例えば、波長が700nmより長い近赤外光の半分以上は、厚さT1が2〜3μmの空乏層110では吸収されることなく、ウェハー16の深部まで透過していく。
【0077】
そして、空乏層110を透過した光線は、ウェハー16のP型エピ層14の深部でシリコン原子に吸収されて電子24と正孔26とを発生する。
【0078】

ここで、従来より、P型不純物濃度が10倍になると静電ポテンシャルは約59mV上昇することが知られており、本発明のP型エピ層14のようにP型不純物濃度が深度に従い勾配をもっていて、そのP型不純物の濃度勾配が、例えば、1e15から1e20に上昇するものであれば、静電ポテンシャルは都合約300mVの勾配をもつことになる(図4を参照する)。
【0079】
従って、上記において説明したように、従来のウェハー106で発生した電子の一部(迷走電子204)は迷走し、ある確率で正孔と再結合して消滅するものであるが、本発明による深さ方向にP型不純物濃度勾配を備えた半導体基板(ウェハー)16で発生した電子24は、静電ポテンシャルの勾配に従い、迷走することなく表面方向(図5の矢印Eを参照する。)に移動する速度を持つ。
【0080】
このため、従来のフォトダイオード100において電子が迷走する場合と比較すると、本発明によるフォトダイオード10によれば、高い確率で電子は表面近くのフォトダイオード10による空乏層110に到達する。
【0081】
なお、既知の事実として、電子移動速度は、電子が均一な濃度中を迷走する場合に比べ、静電ポテンシャルに勾配が存在する場合は桁違いに高速であることが知られている。
【0082】
具体的には、1kV/cmの電界中の電子の平均速度は約15km/sec(図11(b)に示す電界中の電子の移動速度をあらわすグラフを参照する。)である。
【0083】
従って、それから換算すると、深度1μm当たり30mVの静電ポテンシャル勾配がある場合には、1μmの移動時間は約0.2nsecである。
【0084】
即ち、この程度の静電ポテンシャル勾配があれば、ウェハー16の表面から深度10μmの深部で発生した電子は、迷走することなく約2nsec以内にウェハー16の表面近くのフォトダイオード10による空乏層110に到達するか、あるいは、移動途中に正孔と再結合して消滅する。
【0085】
ここで、P型エピ層14にはP型不純物が1e16から1e21の高濃度で存在するので、P型エピ層14に存在する電子が正孔と再結合する確率は1e15の場合に比べ高いが、一方で電子は静電ポテンシャル勾配によりごく短時間でP型エピ層14を通り過ぎるため、正孔と再結合せずに空乏層110に到達する可能性も高いことが予想される。
【0086】

一方、P型エピ層14で発生した正孔26は、静電ポテンシャル勾配に従いウェハー16のより深部方向(図5の矢印Fを参照する。)に移動する。
【0087】
その速度は、電子の移動速度の1/3程度であるので、数nsecであると予想される。しかしながら、発生した正孔24の周辺のP型エピ層14のP型不純物濃度は高く、大量の正孔が存在していることを考慮すると、移動というよりも濃度平衡を保つ形で伝播している状態となるものである。
【0088】

なお、光がP型エピ層14で吸収されずにウェハー16中をさらに進むと、P型エピ層14を透過した光は、P型エピ層14よりもさらに深部のバルクシリコン基板12中で吸収されて電子28と正孔30とを発生する。
【0089】
こうして発生した電子28は、静電ポテンシャルの勾配の影響を受けないので、フォノン散乱に従い迷走する。
【0090】
しかしながら、高い不純物濃度のP型半導体中では、正孔との接触確率は高く、迷走する電子は再結合によって消滅する確率が非常に高い。
【0091】
従って、バルクシリコン基板12のP型不純物濃度が1e20以上の高濃度である場合には、平均的な再結合時間は一般的には1nsec以下程度と予想されるので、P型エピ層14より深いバルクシリコン基板12の深部で発生した電子28は、迷走する間もなく短時間で消滅することになる。
【0092】
一方、バルクシリコン基板12で発生した正孔30は、バルクシリコン基板12に回収される。
【0093】

従って、本発明による深さ方向に不純物の濃度勾配をもつ半導体基板(ウェハー)16、即ち、深度が深くなるに従ってP型不純物濃度が高濃度になる濃度勾配をもつP型エピ層14とP型不純物が高濃度にドープされたバルクシリコン基板12とを備えた半導体基板(ウェハー)16においては、ウェハー16の表面より2〜3μmの深度では、従来通りの不純物ドープによってフォトダイオード10の空乏層110を形成することができ、通常通りの光感度がある。
【0094】
空乏層110より深いP型エピ層14で発生した電子は、緩やかな静電ポテンシャル勾配に従い迷走することなくウェハー16の表面に移動し、極めて短時間でウェハー16の表面に到達するか、移動途中で正孔との再結合により消滅する。
【0095】
P型エピ層14よりさらに深いバルクシリコン基板12で発生した電子は、短時間で再結合によって消滅する。
【0096】
従って、本発明による半導体基板(ウェハー16)を用いて形成したフォトダイオード10によれば、従来の半導体基板106を用いて形成した従来のフォトダイオード100と比較すると、時間分解能が大幅に改善される。
【0097】

なお、以上において説明したP型不純物の濃度勾配は、現行の半導体製造技術によって実現可能な最大濃度勾配を示すものであり、例えば、P型不純物濃度が、ウェハー16の表面で1e15であり、かつ、P型エピ層14の最深部で1e17程度であるような濃度勾配であれば、本発明の効果は十分に得られる。
【0098】
この場合には、静電ポテンシャルの差は都合約120mVであり、さらに緩やかな勾配をもつことになる。
【0099】
この場合でも時間分解能は5〜10nsecであり、均一な濃度の半導体基板を用いる場合に比べれば大幅な改善がある。
【0100】
また、P型不純物の濃度勾配をこうした緩やかな濃度勾配とした場合には、光感度を向上することができるようになる。
【0101】
即ち、P型不純物濃度が従来に比べて10〜100倍濃くなり、再結合の頻度は濃度に従い高まることになるが、静電ポテンシャル勾配による高速な電子移動によって電子が少数キャリアとしてP型エピ層14中に滞在する時間は1/100〜1/1000に短くなる。
【0102】
従って、電子が再結合されずに生き残る可能性は従来に比べて数倍高く、電子の回収効率が向上し光感度が向上する。
【0103】

次に、図6には、P型不純物の濃度勾配と静電ポテンシャル勾配と当該静電ポテンシャル勾配により実現される時間分解能との関係をあらわす図表が示されている。
【0104】
なお、ウェハー16の表面のP型不純物の濃度は1e15で固定とし、ウェハー16のなかでP型不純物の濃度勾配をもたせるP型エピ層14の厚さT2を10μmとし、P型不純物濃度の勾配はウェハー16の表面から一定率で指数的に増加するものとした。
【0105】
固体撮像素子における実際の時間分解能は、フォトダイオードの電子回収時間のみで決まることはなく、フォトダイオードの寄生容量、周辺電子回路の速度、信号配線の寄生抵抗と寄生容量などの要因で低下することを考慮すると、P型不純物の濃度勾配を4倍以上にする必要性はあまりなく、100MHz以上の時間分解能を要求する超高速用途であっても、濃度の平均増加率は深さ方向1μmにつき2〜3倍が適当である。
【0106】
多くの高速用途では、濃度の平均増加率は深さ方向1μmにつき2〜1.5倍で十分であり、所謂、高速カメラのアプリケーションでは、濃度の平均増加率は深さ方向1μmにつき1.2〜1.05倍でも従来に比べれば格段に良い時間分解能が得られる。
【0107】
さらに低い濃度勾配である、濃度の平均増加率が深さ方向1μmにつき1.05〜1.01倍では、電子回収の高速化という点での有効性はあまり大きくはないが、全く濃度勾配がない従来の技術に比べると、電子回収も高速化し、また、電子回収率も向上する。
【0108】
なお、図6に示す図表は、P型エピ層14の厚さT2が10μmの場合を例示したが、P型エピ層14の厚さT2が異なる場合には、要求される時間分解能とP型エピ層14の厚さT2とから適切な不純物濃度の勾配を決定すればよい。
【0109】

III.本発明による半導体基板の製造方法の説明
本発明による不純物濃度の濃度勾配を備えた半導体基板の製造方法としては、以下に示す第1の製造方法と第2の製造方法とがある。
【0110】
以下、第1の製造方法と第2の製造方法とについてそれぞれ説明するが、本発明による半導体基板の製造方法の理解を容易にするために、P型エピ層14の表面、即ち、ウェハー16の表面のP型不純物濃度を1e15とし、深さ方向でP型エピ層14の最深部の濃度を1e20とする場合を例にして説明する。
【0111】

〔第1の製造方法〕
図7に示す第1の製造方法の説明図を参照しながら説明するが、この第1の製造方法とは、エピタキシャル成長法により、P型不純物の濃度は固定して原料を供給してバルクシリコン基板上にエピタキシャル成長によりP型エピ層を形成し、P型不純物の濃度については拡散により濃度勾配をつけるという製造方法である。
【0112】
なお、エピタキシャル成長法としては、気相エピタキシャル成長法を用いることが好ましい。
【0113】
より詳細には、第1の製造方法は、例えば、エピタキシャル成長前のバルクシリコン基板に対し、エピタキシャル成長させる表面から濃度が1e21を超えるような高濃度でP型不純物を打ち込み、その後に熱処理し、P型不純物を1e21を超えるような高濃度でバルクシリコン基板に導入しておく。
【0114】
こうしたバルクシリコン基板の表面上に、従来通りのP型不純物の濃度が1e15のエピタキシャル成長を行なう気相成膜条件でP型エピ層を形成する。
【0115】
バルクシリコン基板に導入した高濃度のP型不純物は、例えば、ホウ素のような低分子量であるので気相拡散しやすい。
【0116】
そのため、結晶成長に伴いP型不純物はバルクシリコン基板の表面から染み出し蒸散し、気相成長に用いるガスに含まれるP型不純物濃度は、濃度が1e15の条件であっても実際にはそれより高濃度の結晶が作成されることになる。
【0117】
そして、このP型不純物の染み出しによる蒸散は、成長膜厚に対して指数的に減少していくので、P型不純物の濃度勾配を極めて精密に制御することは困難であるかもしれないが、一定の割合で再現性よく濃度勾配を形成することができる。
【0118】
なお、この第1の製造方法において、P型不純物の濃度勾配の勾配を制御する手法としては、バルクシリコン基板の熱処理時間を調整する手法がある。
【0119】
即ち、従来の製造方法によれば、バルクシリコン基板に高濃度不純物を打ち込み、その後に長時間の熱拡散工程によって、バルクシリコン基板中における不純物濃度が十分に均一になるまで不純物拡散させ、それからエピタキシャル成長の工程に移ることになる。
【0120】
このようにすることで、バルクシリコン基板に打ち込まれた不純物原子は、シリコン原子に対して均−に分散し安定化する。
【0121】
一方、第1の製造方法のように積極的な濃度勾配を持たせるためには、バルクシリコン基板に高濃度不純物を打ち込み、その後の熱拡散工程を通常に比べ短時間で終了し、その後、エピタキシャル成長の工程に移るのが有効である。
【0122】
このようにすると、バルクシリコン基板内における不純物の均一化が不十分となり、バルクシリコン基板の表面に打ち込まれた過剰なP型不純物は表面付近に偏在し不安定なため、より多くのP型不純物原子が気相拡散(蒸散:アウトディフュージョン)することになる。
【0123】
従って、バルクシリコン基板への高濃度不純物の打ち込み後の熱拡散工程の時間を調整することにより、エピタキシャル成長での気相拡散の広がり具合を制御することができる。
【0124】
なお、バルクシリコン基板の表面付近に偏在する過剰なP型不純物が蒸散すると同時に、バルクシリコン基板中においても不純物の拡散が進むので、表面付近の不純物濃度は下がり、不純物がバルクシリコン基板内で均一になったときに安定化して、バルクシリコン基板の表面からのP型不純物の染み出しは終了する。
【0125】
つまり、バルクシリコン基板に打ち込むP型不純物濃度の総量と打ち込み後の熱処理の時間とを組み合わせることにより、バルクシリコン基板に最終的にドープされるP型不純物濃度と成長中に気相拡散する不純物による濃度勾配を意図的に設計することができるものであり、不純物を多くドープし、短時間の熱処理であれば、成長完了時におけるバルクシリコン基板の最終濃度も高く、かつ、P型エピ層にできる濃度勾配は緩和の長い形になる(図9に示す本発明による半導体基板の製造方法により得られるドーピングプロファイルをあらわすグラフの曲線Bを参照する。)。
【0126】
一方、上記の場合と同じ濃度に相当する不純物をドープした後に、十分に熱処理を行なえば、緩和が急峻ですぐに一定濃度近くに達することになる(図9に示すドーピングプロファイルをあらわすグラフの曲線Cを参照する。)。
【0127】
また、不純物の総量を抑え、同じように熱処理時間を調整すれば、図9に示すドーピングプロファイルをあらわすグラフの曲線Dならびに曲線Eのようなプロファイルを持つ濃度勾配になる。なお、曲線Dは短時間の熱処理の場合を示し、曲線Eは長時間の熱処理の場合を示している。
【0128】

〔第2の製造方法〕
図8(a)(b)に示す第2の製造方法の説明図を参照しながら説明するが、この第2の製造方法とは、エピタキシャル成長法により、P型不純物の濃度を制御しながら原料供給してエピタキシャル成長によりP型エピ層を形成するという製造方法である。
【0129】
なお、エピタキシャル成長法としては、気相エピタキシャル成長法を用いることが好ましい。
【0130】
より詳細には、第2の製造方法は、例えば、エピタキシャル成長を行なう気相成膜装置に導入するガス中のP型不純物濃度を積極的に制御して、気相成長の初期の段階では1e20、次に1e19というように、成長の進展に従って暫時P型不純物濃度を下げていき、最終的にP型不純物濃度が1e15に至るようにP型不純物の濃度勾配をつくるようにしてガス中のP型不純物濃度を調整する(図8(b)を参照する。)。
【0131】
これにより、バルクシリコン基板上に、1e20、次に1e19というようにP型不純物濃度が下がり、最終的にP型不純物濃度が1e15となる濃度勾配を備えたP型エピ層を形成するという製造方法である(図8(a)を参照する。)。
【0132】
この第2の製造方法によれば、一定比率で指数的に濃度を高めたP型不純物の濃度勾配を得ることができ(図9に示すドーピングプロファイルをあらわすグラフの曲線Aを参照する。)、正確に濃度勾配を制御できる点で有利である。
【0133】
なお、第2の製造方法を用いる場合には、成長膜厚計測などの計測結果をP型不純物濃度の制御にフィードバックし、ガス供給の管理をフィードバック制御することが好ましい。
【0134】

〔本発明による半導体基板の製造方法のまとめ〕
本発明による半導体基板の製造方法において必要なことは、不純物の濃度について表面から深部に向かって増加する単調な濃度勾配を形成することにある。
【0135】
従って、そのドーピングプロファイルの形状が、図9の曲線A〜Eに示すように大きく異なっていたり、あるいは、ウェハーの平面方向に若干の不均一があったとしても、電子回収時間が、例えば、2nsecになるか5nsecになるかという程度の差異しかなく、実用上における実際の性能にほとんど影響を与えることはない。
【0136】
なお、半導体基板により作製されるデバイスが、1nsec単位の再現性や厳密なバラツキ精度を要求されるものであるならば、図9の曲線Aに示すように、不純物の濃度勾配は静電ポテンシャルが十分にまた単調に勾配を持つように制御することが好ましい。
【0137】
それとは逆に、図6に示したように、半導体基板により作製されるデバイスが要求する時間分解能が10〜20nsec程度でよいのであれば、P型エピ層全体での静電ポテンシャル勾配は数十mVで十分である。従って、エピタキシャル成長前のバルクシリコン基板に予め1e17〜1e18程度に相当する不純物ドープを施し、P型エピ層は1e15の濃度とする成長条件で成長させれば、十分な濃度勾配(1μmにつき1.2〜1.5倍)が形成される(図9の曲線Dを参照する。)。
【0138】
このような濃度勾配の緩やかなウェハーは、時間分解能と感度との双方を向上することができるので、デバイスの作製には有利である。
【0139】

なお、上記した第1の製造方法ならびに第2の製造方法の説明においては、説明の便宜上、P型エピ層の厚さT2を10μmの場合を例として示したが、より、長波長に対する感度を求めるならば、より厚いP型エピ層が適しているため、例えば、厚さT2が20μm程度となるようにP型エピ層を積層するようにしてもよい。
【0140】
また、上記した第1の製造方法と第2の製造方法とのいずれかを選択するかは、製造コストに対する必要な精度や時間分解能を考慮して適宜に決定すればよい。
【0141】
上記した第1の製造方法と第2の製造方法とは、いずれも従来の半導体製造プロセスを利用した製造方法であって、従来の半導体基板のエピタキシャル製法を除く集積回路製造プロセスに何らの変更を加える必要はない。
【0142】
また、上記した第1の製造方法ならびに第2の製造方法は、研磨によりバルクシリコン基板部分をそぎ落とし、裏面照射型の固体撮像素子を作製する技術との整合性も良く、裏面照射型の固体撮像素子を作製するにあたって何らの不都合も生じない。
【0143】
ただし、裏面照射型の固体撮像素子を作製するための半導体製造基板を作製する際には、短波長感度を得るために、不純物の濃度勾配は一定比率であるよりも裏面でやや急峻にし、平均的に1μm当たり1.05倍程度とし、P型エピ層のP型不純物濃度の平均値が2e15以下となるようにすることが好ましい。
【0144】
この程度のP型不純物濃度であれば、電子と正孔との再結合は低頻度となり、裏面近傍で発生した短波長由来の電子が表面近くまで生き残る可能性が高まる。
【0145】
また、長波長のみに感度があれば良い用途であれば、濃度勾配を1μm当たり1.5倍程度とし、裏面での濃度を5e17程度まで上げることで、時間分解能も10nsec程度まで高めることができる。
【0146】

IV.本願発明者によるシミュレーション結果
以下、本願発明者が行ったシミュレーションの結果について、図10(a)(b)を参照しながら説明する。
【0147】
即ち、図10(a)(b)には、10μmの深度のP型エピ層について、最深部より1e20の濃度でP型不純物であるホウ素をドープし、さらに表面へ向かうに従って指数的に減少する濃度勾配を持つようにしてホウ素のドープを行い、表面でのホウ素濃度を1e15とした場合のシミュレーション結果が示されている。
【0148】
P型エピ層の濃度勾配は、1.5μm当たり10倍(1μm当たり6.7倍)になるように設定した。
【0149】
具体的には、P型エピ層のP型不純物濃度は、半導体基板の表面からの深度が10μmで1e20となり、深度が8.5μmで1e19となり、深度が7μmで1e18となり、深度が5.5μmで1e17となり、深度が4μmで1e16となり、深度が2.5μから表面まで1e15となる。
【0150】
上記したP型不純物の濃度勾配を備えたP型エピ層を設定した後に、半導体基板の表面よりN型不純物であるリンを打ち込み、表面濃度で1e18であり、深度が1μmで濃度が1e15となるようにN型不純物をガウシアン分布させてN型半導体層を形成し、これによりPN接合を形成した。
【0151】
N型半導体層の表面とP型エピ層の最深部の端面、即ち、半導体基板におけるバルクシリコン基板の裏面に相当する部分とにはタングステン電極をオーミック接続し、2.5Vの直流でバイアスした(図10(b)を参照する。)。
【0152】
上記した濃度条件において、ポアソン方程式と電流連続式とを繰り返し計算して、収束させた結果が図10(a)のグラフに示されている。
【0153】
図10(a)の凡例に示すように、静電ポテンシャルと電子密度と正孔密度とを深度に対して示した。
【0154】
ここで、静電ポテンシャルの単位はV(ボルト)であり、半導体基板中の電圧について、バルクシリコン基板に相当する右端の電極表面を0Vとして示している。なお、図10(a)に示すグラフの数値軸については、左軸を参照する。
【0155】
また、電子密度と正孔密度とは対数軸であり、図10(a)に示すグラフの右軸の数値を参照し、例えば、「1e20」とは1立方センチメートル当たりのキャリア密度が1の20乗個を意味する表記であり、他の右軸の数値も同様である。
【0156】
まず、静電ポテンシャル(図10(a)における実線の曲線)を参照すると、深度0.8μmから深度3μmまで約3Vのポテンシャル勾配があり、この部分が空乏層となっていることが理解される。その後は、深度4μm〜10umまで、なだらかで直線的なポテンシャル勾配が見られ、この部分はP型エピ層のホウ素の濃度勾配に起因するものであり、その勾配は約40mV/μmである。
【0157】
次に、電子密度(図10(a)における破線の曲線)を参照すると、表面から深度0.8μmで1e18を示し、それより深部では存在しないことが分かる。
【0158】
なお、本シミュレーションは定常状態計算であるので、光吸収で電子が深部で発生したときの振る舞いを計算することはできないが、この結果から予想されるのは、全ての電子は静電ポテンシャル勾配に従いN型半導体に移動するか、P型半導体中の正孔との再結合により消滅することを意味している。
【0159】
次に、正孔密度(図10(a)における一点鎖線の曲線)を参照すると、表面より深度3μmのN型半導体中と空乏層とには正孔は非常に少なく、深度3μmから深部では不純物濃度の増加に従って増加する。電子の場合と異なるのは、正孔は広い範囲に存在することで、その全てはトーパントであるホウ素から提供されているのが定常状態であると分かる。
【0160】
この広い範囲に光吸収により電子や正孔が発生すると、初期の段階では静電ポテンシャルの勾配に従い、電子は表面に正孔はより深部へ移動を開始すると考えられる。
【0161】
正孔の存在確率は高いので、一部の電子は正孔と再結合するであろうが、移動速度が再結合速度よりも速い場合は再結合を免れ、空乏層のポテンシャルに引き付けられ、N型半導体まで到達する。
【0162】
最も深部、即ち、10μm深度で発生した電子が表面から3μmの空乏層に達するまでの時間は、計算上は1.2nsec以下であり、これが時間分解能の目安になると考えられる。
【0163】
これより遅い電子も確率的に存在するが、その電子は散乱の影響をより多く受けているはずであり、散乱中に正孔と再結合する確率が高いので、空乏層への到達確率は低い。
【0164】

V.その他の実施の形態
上記した実施の形態は、以下の(1)乃至(5)に示すように変形することができるものである。
【0165】
(1)上記した実施の形態においては、P型半導体基板について説明したが、P型不純物とN型不純物とを置換することにより、本発明をN型半導体に対して適用することができることは勿論である。
【0166】
(2)上記した実施の形態において用いた数値は例示に過ぎないものであり、各種の設計条件に応じて、適宜に数値を選択してもよいことは勿論である。
【0167】
(3)上記した実施の形態においては、本発明による半導体基板の製造方法として第1の製造方法と第2の製造方法とを示したが、第1の製造方法や第2の製造方法とは異なる製造方法により、本発明による半導体基板を製造してもよいことは勿論である。
【0168】
(4)上記した実施の形態においては、PN接合により空乏層を形成するようにしたが、これに限られるものではないことは勿論であり、ショットキー接合やMOS接合により空乏層を形成するようにしてもよい。
【0169】
(5)上記した実施の形態ならびに上記した(1)乃至(4)に示す変形例は、適宜に組み合わせるようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0170】
本発明は、高速な応答を要求される固体撮像素子、例えば、TOF(光飛行時間計測)型距離画像センサーなどを形成する半導体基板やその製造方法として利用することができる。
【符号の説明】
【0171】
10、100 フォトダイオード
12、102 P型バルクシリコン基板
14、104 P型エピタキシャル結晶成長層(P型エピ層)
16、106 ウェハー
20、24 電子
22、26、30 正孔
28 電子(迷走電子)
108 N型半導体層(N型ドープ層)
110 空乏層
112 バイアス電圧
200 電子
204 電子(迷走電子)
202、206 正孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面側に空乏層を備えた光電変換素子構造を構成する半導体基板であって、
前記半導体の表面側から裏面側に向けて不純物濃度の濃度勾配をつけて不純物をドープした
ことを特徴とする半導体基板。
【請求項2】
請求項1に記載の半導体基板において、
前記不純物は、P型不純物であり、
前記濃度勾配は、前記表面側から前記裏面側に向けてP型不純物濃度が高くなる濃度勾配である
ことを特徴とする半導体基板。
【請求項3】
請求項2に記載の半導体基板において、
前記濃度勾配における前記表面側の濃度は、前記光電変換素子構造を構成可能な濃度であり、
前記濃度勾配は、前記表面側から前記裏面側に向かいP型不純物濃度が単調増加する
ことを特徴とする半導体基板。
【請求項4】
請求項2または3のいずれか1項に記載の半導体基板において、
前記濃度勾配は、指数的に増加する濃度勾配であり、濃度の平均増加率が深さ方向1μmにつき1.05倍以上である
ことを特徴とする半導体基板。
【請求項5】
請求項2、3または4のいずれか1項に記載の半導体基板の表面にN型半導体層を形成して、前記半導体基板の前記表面側に前記空乏層を形成した
ことを特徴とする光電変換素子。
【請求項6】
表面側に空乏層を備えた光電変換素子構造を構成する半導体基板の製造方法であって、
前記光電変換素子構造を構成可能な濃度よりも高濃度でP型不純物をドープした後に熱処理したバルクシリコン基板上に、
エピタキシャル成長法により、P型不純物の濃度を前記光電変換素子構造を構成可能な濃度に固定した原料を供給して前記バルクシリコン基板上にエピタキシャル成長によりP型エピタキシャル層を形成し、
P型不純物の拡散によって、前記P型エピタキシャル層におけるP型不純物の濃度が、前記P型エピタキシャル層の表面から前記バルクシリコン基板へ向かう方向で単調増加する濃度勾配を備えた半導体基板を形成する
ことを特徴とする半導体基板の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の半導体基板の製造方法において、
前記バルクシリコン基板の熱処理時間を制御して、P型不純物の拡散による前記P型エピタキシャル層におけるP型不純物の濃度勾配の勾配を制御する
ことを特徴とする半導体基板の製造方法。
【請求項8】
表面側に空乏層を備えた光電変換素子構造を構成する半導体基板の製造方法であって、
前記光電変換素子構造を構成可能な濃度よりも高濃度でP型不純物をドープした後に熱処理したバルクシリコン基板上に、
エピタキシャル成長法により、エピタキシャル成長の初期段階ではP型不純物の濃度を前記光電変換素子構造を構成可能な濃度よりも高濃度とし、エピタキシャル成長の進展に従ってP型不純物の濃度を下げていき、エピタキシャル成長の最終段階ではP型不純物の濃度を前記光電変換素子構造を構成可能な濃度となるように制御しながら原料供給して、エピタキシャル成長によりP型エピタキシャル層を形成し、
前記P型エピタキシャル層におけるP型不純物の濃度が、前記P型エピタキシャル層の表面から前記バルクシリコン基板へ向かう方向で単調増加する濃度勾配を備えた半導体基板を形成する
ことを特徴とする半導体基板の製造方法。
【請求項9】
請求項6、7または8のいずれか1項に記載の半導体基板の製造方法により製造された半導体基板のP型エピタキシャル層表面にN型半導体層を形成して、前記半導体の前記表面側に前記空乏層を形成する
ことを特徴とする光電変換素子の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図11】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2011−205040(P2011−205040A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−73474(P2010−73474)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(306033715)ブレインビジョン株式会社 (6)
【出願人】(000002303)スタンレー電気株式会社 (2,684)
【Fターム(参考)】