説明

半導体素子およびその製造方法

【課題】キャリア移動度が高く、形成が容易な半導体層を有する半導体素子を得ることを可能にする。
【解決手段】TeIからなる半導体層を備え、前記TeIがクラスター構造を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、液晶表示などのフラットパネルディスプレイの用途に用いられる薄膜電界効果トランジスタ(TFT)は、一般的に、半導体層としてアモルファスシリコンまたは多結晶シリコンを使用している。
【0003】
近年、有機材料の開発に伴い、ポリチオフェン、ペンタセンなどの有機材料を有機半導体として半導体層に用いたTFTの開発が進められている。有機半導体は、シリコン半導体やその他の多くの化合物半導体と異なり、有機溶剤等に溶解することができる点に一つの特徴がある。このため、有機半導体を溶かし込んだ溶液を塗布することによって、容易に、半導体層の形成を行うことが可能となるので、有機半導体は、印刷技術による半導体デバイス加工という新しい産業分野が展開する鍵と見なされている。
【0004】
有機半導体として、例えば、ペンタセンを半導体層として用いたTFTは、キャリア移動度がアモルファスシリコン並の1cm/(V・sec)以上の値が得られることが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。なお、有機半導体の性能の指標には、キャリア移動度がしばし用いられる。
【0005】
また、ポリアセチレン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリアニリンといった導電性高分子にアルコキシル基等の側鎖を導入することで、有機溶剤に可溶性の誘導体を得る技術が開示されている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
また、有機無機混成半導体をTFTの半導体層として用いることが提案されている(例えば、特許文献2参照)。また、有機無機混成半導体を、溶剤なしで固体のまま融かす溶融加工によってTFTの半導体層を形成する技術も提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【非特許文献1】Y. Y. Lin, D. J. Gundlach, S. F. Nelson. T. N. Jackson, IEEE Electron Device Lett. Vol. 18 pp. 606-608 (1997).
【特許文献1】特開2005−48091号公報
【特許文献2】特開2002−198539号公報
【特許文献3】特開2003−309308号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、一般的に高いキャリア移動度が報告されている低分子型半導体は、有機溶剤等に対する溶解度が低いことが知られている。例えば、非特許文献1に記載されているようなペンタセンは、通常の有機溶剤に対する溶解度が非常に低いと言われており、ペンタセンを有機溶剤等に溶解させるためには、溶剤を高温加熱して溶解度を上昇させてから溶解させる必要がある。また、特許文献1に記載の誘導体などは、一般的に高いキャリア移動度を示す低分子型半導体と比較すると、その値は小さい。
【0008】
また、上述した有機材料を用いて、半導体層を製造しても、一般的に有機材料は、分子構造の異方性が高いため、塗布等により半導体層を形成した場合に、温度、基板、乾燥条件などによって、半導体層の分子の秩序性に大きな違いが生じる。このような半導体層の分子の秩序性の違いは、半導体素子としての性能に大きなばらつきが生じることを意味している。更に、多くの有機材料は特に溶解時に空気に触れて酸化しやすく不安定であり、印刷などのプロセスによる薄膜作製においては、酸素の存在しない、窒素雰囲気下で行うなどの措置が必要である。
【0009】
一方、特許文献2、3に記載の有機無機混成半導体は、高導電性の無機物を含んでいるために、有機半導体単体に比べて高いキャリア移動度を有している。しかし、特許文献2、3に記載の有機無機混成半導体は、絶縁性の有機物と高導電性の無機物とで構成されているため、半導体形成時において、絶縁性の有機物層内における高導電性の無機物の分散程度によりキャリア移動度が変化してしまう恐れがある。例えば、有機無機混成半導体を用いた半導体層が、有機物層と無機物層とが各々の層を備えた積層構造となってしまった場合には、その半導体層の特定の方向には電流が流れるが、その他の別の方向には電流が流れなくなるという異方性が発現されることとなる。したがって、有機物層による電子移動における制限が存在し、キャリア移動度に限界が生じることとなる。また、その異方性から、界面の欠陥構造などに影響を受けやすく、またキャリア移動度にも限界があるものと考えられる。
【0010】
また、特許文献3に記載の有機無機混成半導体は、溶剤に融かすのではなく、溶融加工によってTFTの半導体層を形成しているため、塗布法に比べて形成が難しいという問題がある。
【0011】
本発明は、上記事情を考慮してなされたものであって、キャリア移動度が高く、形成が容易な半導体層を有する半導体素子およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の第1の態様による半導体素子は、TeIを含む半導体層を備え、前記TeIがクラスター構造を有することを特徴とする。
【0013】
また、本発明の第2の態様による半導体素子の製造方法は、TeIを有機溶剤に溶解するステップと、
前記有機溶剤に溶解した前記TeIを含む溶液を基板上に塗布することにより、前記TeIを含む半導体層を形成するステップと、
を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、キャリア移動度が高く、形成が容易な半導体層を有する半導体素子を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について、図面を用いて説明する。なお、以下の図面の記載において、同一または類似の部分には同一または類似の符号が付してある。但し、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各層の厚みの比率等は現実のものとは異なることに留意すべきである。したがって、具体的な厚みや寸法は以下の説明を参酌して判断すべきものである。また図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることは勿論である。
【0016】
図1乃至図5は、本発明に係る実施形態を示す半導体素子の概略断面図である。
【0017】
本実施形態の半導体素子は、薄膜電界効果トランジスタ(以下、TFTともいう)であり、例えば、ボトムコンタクト型で構成されている。詳しくは、図1に示すように、基板2と、基板2上に配置されたゲート電極4と、ゲート電極4上に配置されたゲート絶縁層6と、ゲート絶縁層6上に配置されたソース電極8a及びドレイン電極8bと、ゲート絶縁層6、ソース電極8a及びドレイン電極8b上に配置された半導体層10とを備えている。
【0018】
図1に示す半導体素子は、以下の手順にて製造される。最初に、基板2を準備し、基板2上にゲート電極4を形成する。このゲート電極4を覆うように、ゲート絶縁膜6を形成する。このゲート絶縁膜6上に離間してソース電極8aおよびドレイン電極8bを形成する。このソース電極8a、ドレイン電極8b及びゲート絶縁膜6の部分を覆うように、半導体層10を形成することで製造される。
【0019】
なお、図2に示すように、半導体層10上に封止層12を設けてもよい。
【0020】
また、本実施形態の半導体素子は、トップコンタクト型のTFTであってもよい。詳しくは、図3に示すように、基板2と、基板2上に配置されたゲート電極4と、ゲート電極4上に配置されたゲート絶縁層6と、ゲート絶縁層6上に配置された半導体層10と、半導体層10上に配置されたソース電極8a及びドレイン電極8bとを備えている。
【0021】
図3に示す半導体素子は、以下の手順にて製造される。最初に、基板2を準備し、基板2上にゲート電極4を形成し、このゲート電極4を覆うように、ゲート絶縁膜6を形成する。このゲート絶縁膜6上に半導体層10を形成し、この半導体層10上にソース電極8aおよびドレイン電極8bを形成することで製造される。なお、図4に示すように、ソース電極8a、ドレイン電極8b及び半導体層10を覆うように、封止層12を設けてもよい。
【0022】
また、本実施形態の半導体素子は、トップゲート型のTFTであってもよい。詳しくは、図5に示すように、基板2と、基板2上に配置されたソース電極8a及びドレイン電極8bと、ソース電極8a及びドレイン電極8b間に設けられた半導体層10と、半導体層10、ソース電極8a及びドレイン電極8bを覆うように配置されたゲート絶縁膜6と、ゲート絶縁膜6上に配置されたゲート電極4とを備えている。
【0023】
図5に示す半導体素子は、以下の手順にて製造される。最初に、基板2を準備し、、基板2上に、離間してソース電極8a及びドレイン電極8bを形成する。次に、ソース電極8aとドレイン電極8bとの間に、半導体層10を形成する。そして、この半導体層10、ソース電極8a及びドレイン電極8bを覆うようにゲート絶縁膜6を形成し、このゲート絶縁膜6上にゲート電極4を形成することで製造される。
【0024】
基板2は、基板2上にゲート電極4、ソース電極8a、ドレイン電極8b等を形成することが出来れば特に限定されない。基板2は、例えば、ガラス基板、プラスチック基板、石英基板、シリコン基板等が挙げられる。
【0025】
ゲート電極4、ソース電極8a及びドレイン電極8bを構成する材料としては、金属材料では、金、銀、アルミ、ニッケル、白金、パラジウム、などが用いられる。化合物としては、ITO、SnO、ZnOなどの酸化物導電体、またポリチオフェン、ポリピロール、ポリアニリン、PEDOT:PSSなどの有機系の導電材料を用いることができる。これらの材料は、RFマグネトロン・スパッタリング等により形成することができる。
【0026】
ゲート絶縁膜6を構成する材料としては、SiOなどの酸化膜、ポリビニルフェノール、ポリイミドなどの有機系絶縁膜などを用いることができる。特に、ポリビニルフェノールのような、有機溶剤に溶解性のある絶縁性高分子の場合、インクジェットや、スピンコートなどの塗布プロセスによって形成することができる。
【0027】
封止層12を構成する材料としては、エポキシ系樹脂、パリレンなど、その他に水分吸収剤も有効である。
【0028】
次に、半導体層10の材料について説明する。
【0029】
半導体層10は、上述した溶解性、膜の秩序性、大気中での安定性などの問題を解決するために、可溶性半導体材料として、分子性のハロゲン化金属化合物、特に、ヨウ化金属化合物を用いる。これを後述する有機溶剤等の溶剤に溶解しインクジェットなどの加工手段によって、塗布を行い、TFTの形成を行う。
【0030】
分子性のヨウ化金属化合物には、SnI、TiI、SiI、GeI、AsI、SbI、TeIなどが挙げられる。ここで、分子性とは、その凝集状態が、おもに分子間力による結合に基づくものを意味している。凝集状態が主にイオン結合によるものは、一般的に有機溶剤への溶解性も低い。
【0031】
特に非極性物質の場合、分子間力は、図6に示すように、分子内の電子分布のゆらぎによって生じた電子の分布のシフト(電子分極)により、分子内に電荷の分布が生じ、それらが静電力によって引き合うことによって生じる。したがって、分子間力をより強力にするためには、分子内の電子分極がより顕著に起こるようにすれば良いと考えられる。
【0032】
例えば、従来のFET用有機半導体として用いられる縮環型芳香族化合物のペンタセンなどは、二重結合を含んだパイ共役系における自由電子が存在し、これが電子分極を担う。図7(a)にベンゼンの化学式を示し、図7(b)に基本骨格であるベンゼンでの自由電子の分布を示す。この骨格を連結(縮環)していくと、図8(a)、8(b)に示すように、パイ共役系による自由電子の分布が広がり、より顕著な電子分極を示すことができる。図8(a)はペンタセンの化学式を示し、図8(b)はペンタセンでの自由電子の分布を示す。
【0033】
図9に示すように、環の数を増やしていくと、分子間力は増大し、融点も上昇する傾向を示す。また同時に、FET特性としても、キャリア移動度がより高くなることが知られている。
【0034】
このことは、分子間力が強くなると、同時に分子間の電子の受け渡しも容易となり、キャリア移動度が高くなることを示している。しかしながら、環の数を増やすにつれて、溶剤への溶解度が下がることが知られており、FET用有機半導体として広く用いられているペンタセンは、少なくとも常温においては一般的な溶剤に対する溶解度は極めて低い。したがって、このような芳香族化合物においてパイ電子の非局在性を高める方法では、有機半導体の溶液化は困難であることが判る。
【0035】
一方、もう一つの分子間力を強める方法として、「原子量の大きい元素を用いる」という方法がある。例として、ハロゲン元素を考えてみる。ハロゲン元素は、分子量の小さい方から、フッ素(F)、 塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)の順となる。これらは、それぞれ、常温(室温)では、気体、気体、液体、固体となる。一般的に、原子量(ここでは分子量)が大きい元素ほど、分子半径が大きく、同時に電子数が多い。従って、電子の分布のゆらぎはより大きくなることから、電子分極率は高くなる。その結果、分子間力が増大し、分子が固体化していくことがわかる。実際、ヨウ素の結晶は、室温において、10−7/Ωcmの抵抗値をもつ半導体として知られており、原子量の大きい原子を持つ分子が半導体となりうることを示している。また、ヨウ素は有機溶剤に可溶であり、高い電気伝導性と溶解性を兼ね備えている。
【0036】
更に、p型の半導体として用いる場合は、電荷注入効率の点で、分子としての電子供与性が高いことが望ましい。ハロゲン元素のうち、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)は、電気陰性度が高いため、その化合物も電子供与性が低いものとなってしまう。これに対して、ヨウ素(I)は、他のハロゲン元素と比較して、電気陰性度が低く、また、上述したように電子分極率が高いため、固体中での分極効果によって分子の電子供与性が高まる効果も期待できる。
【0037】
また、本実施形態の半導体素子に用いられる半導体層の材料は、クラスター構造を備えていることが好ましい。例えば、TeIは単結晶中で、図10に示すように、4つ会合して(TeIというクラスター構造を形成することが知られている(例えば、V. B. Krebs and V. Paulat, Acta Cryst. B32, 1470 (1976).参照)。クラスター化合物とは、複数の原子または分子がいろいろな原因によって、結合して形成された集合体、すなわちクラスターを分子内に持っている化合物の総称である。クラスターは、結合する原子や分子によって、(1)ファンデルワールス力によって作られる集合体、(2)金属クラスター、(3)無機化合物クラスター(ハロゲン化アルカリなど)などに分類され、本明細書で用いるクラスターは(3)に相当している。
【0038】
次に、クラスター構造の効用について説明する。クラスター構造が形成されることの効用は以下の通りである。
【0039】
(a)クラスター内部では、キャリア(電子、ホール)の移動度が高く、膜全体でのキャリアの移動度を高められる。クラスターは、共有結合性を含んだ原子間結合で形成されるため、クラスター内のキャリア移動度は高く、また、大きなクラスターの形成は、膜内部での分子間でのホッピング伝導の回数を相対的に減少させることになり、膜全体のキャリア移動度を高めることになる。
【0040】
(b)分子間力は、分子の永久双極子モーメントによるものと、分子内の電子揺らぎによる誘起双極子モーメントによって発生するメカニズムが存在し、誘起双極子モーメントは、分子の電子分極率に大きく依存することが知られている。したがって、ヨウ素元素は高い電子分極率を有することが知られており、さらに、クラスター構造を形成すると、分子内での電子分極率はさらに向上し、より高い分子間力を形成することになる。高い分子間力は、キャリアの移動度の向上にもつながり、高い半導体特性を期待することができる。
【0041】
(c)クラスター構造の半導体膜に、キャリア注入を行う場合、例えば、正孔を効率よく注入するためには、半導体膜のイオン化ポテンシャルが低いことが重要である。ヨウ素元素や、ヨウ素元素を含む有機分子で知られているように、ヨウ素のような高い電子分極率を持つ元素を有する場合、気相でのイオン化ポテンシャルよりも固相でのイオン化ポテンシャルは小さい値をとる。これは、固相では電子を引き抜かれたことによって生じる正孔を、周囲の電子分極によって、安定化することによる。このため、本実施形態でのヨウ素元素を含むクラスター構造では、膜のイオン化ポテンシャルを低め、ホール注入効率を高める効果が期待できる。
【0042】
次に、本発明の半導体素子に半導体層10を形成する際に用いられる有機溶剤等の溶剤について説明する。
【0043】
溶剤は、上述した半導体層10に用いられる材料を溶解し、塗布等により半導体基板上等に半導体層10を形成することができれば特に限定されない。溶剤としては、アセトン、酢酸アニル、エタノール、プロパノール、クロロホルムなどの有機溶剤が好適に用いられる。例えば、ヨウ素系化合物のうち、TeIは、アセトン、酢酸アミル、エタノールなどに溶解する。
【0044】
また、SnIの場合は、クロロホルムなどの有機溶剤に溶解する。
【0045】
なお、ヨウ素系分子性化合物の場合、昇華性を発現する場合がある。また、水分との接触も避ける方が好ましい。このため、半導体素子の半導体層の表面が大気に触れないよう、封止することが望ましい。このため、例えば、TFTのうち、図1および図3に示すように、ボトムコンタクト型およびトップコンタクト型は、半導体層10が大気に触れる部分が存在するため、図2、図4に示すように封止層12で半導体層10を覆うことが望ましい。
【0046】
次に、半導体層10としてヨウ素化合物を用いて半導体素子を製造して、その特性等を評価した。最初に、ヨウ素化合物として、電気伝導性の報告がなされているSnIを用いて検討を行った。SnIの結晶の電気伝導度は、単結晶、微粉末ともに10−9/Ωcmのオーダーであることが報告されている。このSnIを半導体層として備えた図1に示すようなボトムコンタクト型TFTを作成し、特性実験を行った。なお、SnIの半導体層を形成する際には、SnIをクロロホルムに溶解し、その溶液を金電極付Si基板に塗布して乾燥させた。
その結果、ソース・ドレイン電極間に、粒状の単結晶が成長してしまい、均一な膜を形成することはできなかった。この場合、実際にFET特性の測定を行ってみたが、電流値自体が非常に小さく、またFET特性も全く観測できなかった。
【0047】
そこで、SnIの融点が、143.5℃であることから、SnIを基板上で加熱によってSnIを融解し、その後冷却することによって得られた膜について、FET特性の測定を行った。その結果、ソース・ドレイン間電流に、電界効果が観測された。しかしながら、この特性は、まず、オフ電流がドレイン電圧の上昇とともにかなり上昇してしまっており、またオン電流も顕著な値を示さず、電流のオン・オフ比は2倍程度であった。
【0048】
この結果は、成膜性という問題に加えて、SnIが比較的大きな分子量を持つものの、十分な分子間力を形成せずに、電子の移動性が不十分であることも起因しているものと考えられる。
【0049】
次に、TeIを用いて検討を行った。
【0050】
まず、TeIの性質について説明する。四ヨウ化テルルは単結晶中で、(TeIという会合体(クラスター構造)を形成することが知られている。これは、Teの原子半径がSnなどに比較して大きいため、より多配位構造をとりやすいことによっているものと考えられる。
【0051】
この材料については、結晶構造は報告されているものの、そのほかの分光学的、物性的研究の報告がほとんどなされていない。しかしながらTeIのクラスター構造は、テルルとヨウ素といった原子量の大きい原子による構造体であるため、高い電子分極率を有すると考えられる。したがって、強い分子間力と、低いイオン化ポテンシャルが期待できるため、TFTの半導体層材料にも利用できる可能性がある。実際、単結晶中において、TeIクラスター間のヨウ素・ヨウ素距離は、3.8Åから3.9Åと、ヨウ素のファンデルワールス半径(分子間距離の目安)の二倍の値(4.3Å)よりもかなり短いことからも、強い分子間力が形成されていることが確認できる。
【0052】
次に、TeIの成膜について説明する。
【0053】
このTeIを半導体層として備えた図1に示すようなボトムコンタクト型TFTを作成し、特性実験を行った。なお、半導体層を形成する際には、TeIをアセトンに溶解させて、その溶液をSi熱酸化で形成されたゲート絶縁膜上に塗布して乾燥させた。以下、X線構造解析と、ラマン分光で得られた結果について述べる。
【0054】
(X線構造解析)
Si熱酸化膜上に形成した、TeIについて、X線回折測定を行った。その結果を図11に示す。2θ=70°周辺のピークは、SiOによるものである。
【0055】
ICDD(The International Centre for Diffraction Data)データベース2000年版による、TeI単結晶のX線回折パターンを図12に示す。TeI膜での測定結果と比較すると、データベースにおける2θが28°、32°、43°などのピークと、膜での観測結果でのピーク位置はほぼ一致している。この結果は、膜においても単結晶の場合と同様なクラスター構造が形成されていることを示唆している。但し、単結晶の回折パターンにおいては、特に、2θが20°以下の高強度のピークがあまり存在しないのに対し、膜での回折パターンでは、20°以下の領域に強いピークが観測されている。2θがより低角側においてピークが観測されるのは、より長周期の構造が存在することを意味している。したがって、TeIの膜では、例えば、(TeIよりも大きな会合体が存在するものと解釈できる。
【0056】
(ラマン分光測定)
クラスター構造の形成についての知見を得るため、ラマン分光測定を行った。その結果を図13に示す。測定は、熱酸化膜付Si基板上に、TeIアセトン溶液から成膜したものに対して行った。
【0057】
散乱強度は、260cm−1、220cm−1、160cm−1、及び160cm−1 以下で観測された。TeIの振動分光に関する文献は見つかっていないが、関連物質として、TeCl、TeBrについては、結合振動に関する文献を参照した。これによると、
TeBrは、アセトン中で184cm−1〜192cm−1
TeClは、アセトン中で248cm−1〜264cm−1、固体状態で〜360cm−1となっている。Te−I結合における振動は原子量が大きいことから、Te−Brの場合よりもさらに小さい波数をとることが予想される。しかし、この予想に反して、観測された波数は大きい。これは、膜状態においても、I−Te−I、あるいはTe−I−Teといった多配位の結合において、高い波数成分が発生したものと考えると説明できる。この結果は、(TeIなどのTeIによるクラスター構造が存在することを示している。
【0058】
(FET測定)
次に、FET特性について説明する。金電極パターン付基板上に、TeIを成膜したところ、ソース・ドレイン電極間にもTeI膜が形成された。このサンプルについてFET特性を測定したところ、ゲート電圧の印加とともにソース・ドレイン電流が増大する、FET特性と見られる現象が観測された(図14参照)。キャリア移動度は約10cm/Vsであった。
【0059】
この結果が示すように、分子が長周期構造となるクラスター構造を持つことは、分子性の半導体特性を高めるために効果的である。またTeIのような原子半径の大きい原子による無機分子は、原子の周囲の配位数が変化しうるために、長周期的な会合状態を取ることが可能となる。単結晶状態では、TeIの4量体のみが存在したが、膜構造の場合、特に界面付近では、基板との吸着構造が存在するために、4量体のみならず、例えば、図15に示すような、より大きな会合状態による長周期構造が存在するものと解釈できる。
【0060】
ここでの長周期構造を形成する結合力は、有機分子間を結合させる分子間力に比較し、共有結合性を帯びた強固な結合力であるために、長周期構造(クラスター)内での電子の移動性は高い物となる。また、長周期構造を持つことによって、図16に示すように、クラスター内は、共有結合をおびた結合内を顕著な電子の移動が行われ、クラスター間は、強い分子間力による電子のホッピング伝導が行われる。このため、クラスター内の電子分極性が高くなるために、クラスター間の分子間力は非常に強固なものとなり、膜全体での電子の移動性が高くなるものと考えられる。これは、有機半導体や、有機無機混成半導体には見られない構造上の特徴となる。
【0061】
なお、本明細書においては、クラスター構造は複数の分子が会合した状態を意味し、長周期構造も同じ意味で用いている。クラスター構造をとると、それ自身を巨大な分子と見なせる。その結果、クラスター内で大きな電子分極率を示すことから、クラスター間で、非常に大きな分子間力が生じる。したがって、有機分子の例で見られるように、分子間力の向上に伴って、キャリア移動度も向上するものと考えられる。
【0062】
例えば、図10に示す構造を有するTe16(=(TeI)は、共有結合性を帯びたTe−Iの結合によって、会合状態を取っている。これは、単なる分子間力に比較し、強固な結合によって形成されているために、このクラスター内での電子の移動は容易であると考えられる。したがって、より大きな構造体(図15に示すようなクラスター、例えば、(TeI) n>4)が形成されれば、膜全体での電子の移動性も高まっていくものと考えられる。
【0063】
このようなクラスター構造を含む膜構造は、本実施形態のTFTの半導体層としての特性向上に寄与し、FET特性を示す半導体材料として利用することができる。
【0064】
なお、TeIで構成された膜は、100%のTeIで構成されていることが好ましい。しかしながら、TeIをアセトン等の有機溶剤に溶解させて、その溶液を塗布して乾燥させる際、厳密に言うと、すべての有機溶剤を蒸発させて、100%のTeIで構成することは困難である。なお、TeIで構成された膜内に有機溶剤等が体積%で数パーセント程度残存しても特性的には問題はないが、体積%で例えば10%を超える場合にはキャリア移動度などの特性が低下する可能性が高いため好ましくない。
【0065】
以上説明したように、本発明の半導体素子は、TeIからなる半導体層を備え、かつ、TeIがクラスター構造を備えているので、キャリア移動度が高く、形成が容易な半導体層を有する半導体素子を得ることができる。
【0066】
なお、本実施形態においては、半導体素子として、TFTを例にとって説明したが、上述の半導体層を有する半導体素子(例えば、電界効果型トランジスタ、ダイオード、塗布型配線等)であれば、本発明を適用することができることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明に係る実施形態を示す半導体素子の概略断面図。
【図2】本発明に係る実施形態を示す半導体素子の概略断面図。
【図3】本発明に係る実施形態を示す半導体素子の概略断面図。
【図4】本発明に係る実施形態を示す半導体素子の概略断面図。
【図5】本発明に係る実施形態を示す半導体素子の概略断面図。
【図6】分子内の電子分布のシフト(電子分極)を説明する図。
【図7】ベンゼンの自由電子の分布を示す図。
【図8】ペンセタンの自由電子の分布を示す図。
【図9】縮環した場合の問題点を説明する図。
【図10】TeIの単結晶中のクラスター構造(TeIを示す図。
【図11】TeI膜のX線回折パターンを示す図。
【図12】TeI単結晶のX線回折パターンを示す図。
【図13】TeI膜のラマンスペクトルを示す図。
【図14】TeI膜のFET特性を示す図。
【図15】TeIの薄膜中の含まれるクラスター構造(TeIを示す図。
【図16】クラスター間の分子間力が強いことを説明する図。
【符号の説明】
【0068】
2 基板
4 ゲート電極
6 ゲート絶縁膜
8a ソース電極
8b ドレイン電極
10 半導体層
12 封止層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TeIを含む半導体層を備え、前記TeIがクラスター構造を有することを特徴とする半導体素子。
【請求項2】
前記TeIは、(TeI(n≧4)となるクラスター構造を含むことを特徴とする請求項1記載の半導体素子。
【請求項3】
前記TeIは、分子間力によって凝集していることを特徴とする請求項1または2記載の半導体素子。
【請求項4】
前記半導体層はTFTの半導体層であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の半導体素子。
【請求項5】
TeIを有機溶剤に溶解するステップと、
前記有機溶剤に溶解した前記TeIを含む溶液を基板上に塗布することにより、前記TeIを含む半導体層を形成するステップと、
を備えていることを特徴とする半導体素子の製造方法。
【請求項6】
前記溶液の塗布は、キャスト法、スピンコート法、およびインクジェット法のいずれかを用いて行うことを特徴とする請求項5記載の半導体素子の製造方法。
【請求項7】
前記TeIは、(TeI(n≧4)となるクラスター構造を含むことを特徴とする請求項5または6記載の半導体素子の製造方法。
【請求項8】
前記TeIは、分子間力によって凝集していることを特徴とする請求項5乃至7のいずかに記載の半導体素子の製造方法。
【請求項9】
前記半導体層はTFTの半導体層であることを特徴とする請求項5乃至8のいずれかに記載の半導体素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2007−150097(P2007−150097A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−344396(P2005−344396)
【出願日】平成17年11月29日(2005.11.29)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】