説明

単結晶グラファイト膜の製造方法

【課題】簡易な方法により十〜数十nmの厚さのグラフェン積層体を得る。
【解決手段】図1の単結晶グラファイト膜生成装置100は石英管から成るCVD反応容器1を水平に固定し、キャリアガスとしてアルゴン(Ar)を左側口1Lから導入し、右側口1Rから排出するものである。CVD反応容器1の中央よりも左側に第1の領域10を設け、右側に第2の領域20を設けた。各々独立した加熱装置15及び25により所定温度に保つ。第1の領域10にはショウノウ(camphor)を0.1〜1グラム、第2の領域20には、一辺2cmの正方形の3枚のニッケル(Ni)板21を配置させた。第1の領域を100℃まで加熱してショウノウ(camphor)を蒸気化させて、700〜900℃に保った第2の領域のニッケル(Ni)板21上にCVDによりグラファイト膜を形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学気相成膜法(化学蒸着、CVD)により、単結晶グラファイト膜を得る方法に関する。本発明は、薄い単結晶グラファイト膜、究極的には単層の「グラフェン」を得る目的で成されたものである。尚、以下では、カーボンナノチューブ等の「グラフェン」を屈曲した状態のものは「グラフェン」と呼ばないこととする。
【背景技術】
【0002】
単層の「グラフェン」は、ベンゼン環が同一平面内で多数縮合した巨大π共役系である。単結晶グラファイトは、当該「グラフェン」が、法線方向に積層されたものである。単結晶グラファイト内において「グラフェン」層間は弱いファンデルワールス力のみにより引き合っており、このため単結晶グラファイトは当該「グラフェン」層間(C面)で極めて容易に「完全に」劈開する。良く知られているように、単層の「グラフェン」を切り取って筒状に結合させたものが「カーボンナノチューブ」であると言える。
【0003】
最近、非特許文献1及び2での報告のように、単層の「グラフェン」の物性が示された。また、グラファイトの薄い積層体(グラフェン積層体)については、例えば非特許文献3及び4に報告がある。
【非特許文献1】K. S. Novoselov, A. K. Geim, S. V. Morozov, D. Jiang, Y. Zhang, S. V. Dubonos, I. V. Grigorieva, A. A. Firsov, Science 306 (2004) 666.
【非特許文献2】K. S. Novoselov, D. Jiang, F. Schedin, T. J. Booth, V. V. Khotkevich, S. V. Morozov and A. K. Geim, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 102 (2005) 10451.
【非特許文献3】C. Berger et. al. , J. Phys. Chem. B 108 (2004) 19912
【非特許文献4】T. Enoki et. al., Chemical Physics Letters 348/1-2, 2001, 17
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1乃至4の技術は、いずれも、工業的生産に向くものではない。非特許文献1及び2の技術はは、グラファイト結晶から粘着テープで単層乃至数十層の「グラフェン積層体」を別の基体に張り付けた上、注意深く単層「グラフェン」を見つけ出す作業が必要である。非特許文献3の技術は6H−SiCウエハ表面を分解する際に、超高真空下に置かなければならず、生産性の向上が望めない。非特許文献4は一旦ダイアモンド微結晶を形成する必要がある上、1600℃もの高温処理を必要とする。
【0005】
本発明者らは、簡易な方法により十〜数十nmの厚さのグラファイトの薄膜(グラフェン積層体)を得ることが知られていないことに鑑み、化学気相成膜法(化学蒸着、CVD)によりグラファイトの薄い積層体(グラフェン積層体)を得ることを検討し、本発明の完成に至った。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に係る発明は、炭素源の熱分解により、単結晶グラファイト膜を製造する方法であって、第1の領域に配置された沸点又は昇華点が100℃以上の有機化合物を炭素源とし、第1の領域を加熱して有機化合物を蒸気化し、不活性ガスをキャリアガスとして加熱された第2の領域に有機化合物蒸気を導き、当該加熱された第2の領域において、有機化合物を基板上で熱分解することでグラファイト膜を得るものであり、有機化合物は、分子中に芳香環又は共役π結合を有さず、歪を有する炭素環を有することを特徴とする単結晶グラファイト膜の製造方法である。ここで、歪を有さない炭素環としては、平面構造の炭素の5員環、舟型又は椅子型の炭素の6員環が挙げられ、歪を有する炭素環としては、炭素の3員環、4員環、平面構造でない炭素の5員環を挙げることができる。
【0007】
また、請求項2に係る発明は、有機化合物は、構成元素が炭素、水素及び酸素であることを特徴とし、請求項3に係る発明は、有機化合物は、1分子中の酸素原子が2個以下であることを特徴とする。
また、請求項4に係る発明は、有機化合物は、多環構造を有し、炭素数が20以下であることを特徴とする。
【0008】
請求項5に係る発明は、基板は少なくともその表面全体に、鉄、コバルト、ニッケル又はこれらの合金或いはそれらの化合物、炭化ケイ素、又は白金その他の貴金属が形成されていることを特徴とする。
請求項6に係る発明は、第1の領域及び第2の領域は石英管内部に設けられることを特徴とする。
【0009】
請求項7に係る発明は、単結晶グラファイト膜の厚さは100nm以下であることを特徴とする。
また請求項8に係る発明は、単結晶グラファイト膜は、単層グラフェン又はグラフェンの100層以下の積層体であることを特徴とする。
また請求項9に係る発明は、有機化合物はショウノウであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
単結晶グラファイト膜を形成するための炭素源は、幅広い有機化合物を採用しうるが、何らかの反応性を有する有機化合物、特に炭素原子以外の原子が脱離反応をしやすいものが好ましいと言える。ここで、以下に示すように、歪を有する炭素環を有する有機化合物を採用すると、例えばベンゼン環を有する化合物を縮合させる場合と同程度に、基板上で容易に熱分解が生じることが分かった。この際、沸点が高い有機化合物を用いると、例えば固体の状態から、炭素源の供給速度を非常に小さくすることができる(請求項1)。
【0011】
炭素原子、水素原子及び酸素原子以外の原子が分子中になければ、熱分解時に複素環の形成を避けることが容易で、単結晶グラファイトを容易に得ることが可能である(請求項2)。酸素原子は1分子中に3個以上あると熱分解反応が複雑になる上、炭素が二酸化炭素として消費されやすくなるので好ましくない(請求項3)。1分子中の炭素原子数が20を越えると、蒸気圧が著しく低下し、基板上への供給速度が極端に遅くなり、好ましくない(請求項4)。
【0012】
基板は、いわゆる鉄族(鉄、コバルト、ニッケル)、白金その他の貴金属、或いは炭化ケイ素が好ましく、それらが少なくとも基板表面全体に形成されていることが好ましい(請求項5)。反応系は石英管内とすると、他の元素のグラファイト結晶への混入を避けやすい(請求項6)。
【0013】
本発明によれば、厚さは100nm以下の単結晶グラファイト膜を形成すること、或いは単層グラフェン又はグラフェンの100層以下の積層体を形成することが可能である(請求項7、8)。有機化合物はショウノウが特に良い(請求項9)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
炭素源として好ましい有機化合物としては、例えばショウノウ(camphor)、α−ピネンを主成分とするテレビン油(turpentine oil)を挙げることができる。これらはいずれも2環式の化合物である。
ショウノウ(camphor)は歪を有する2つの5員環を有しており、特に2つの4級炭素間の結合が反応性を有している。また、ケトンであって1分子中に酸素原子を1個有する。沸点は209℃である。
α−ピネンは反応性の高い4員環を有しており、また、1分子中に酸素原子は無く、炭素と炭素の2重結合を1つ有する。沸点は156℃である。
これらは各々クスノキ、マツから得られる環境にやさしい原料でも有る。
【0015】
この他、歪を有する炭素環、即ち、炭素の3員環、4員環、平面構造でない炭素の5員環を有する任意の有機化合物を用いることが可能である。
【実施例1】
【0016】
図1は本発明に係る単結晶グラファイト膜生成装置100の構成を示す構成図である。
図1に示されるように、長さ1m、直径50mmの石英管を用意してCVD反応容器1とした。これを水平に固定し、キャリアガスとしてアルゴン(Ar)を左側口1Lから導入し、右側口1Rから排出する。CVD反応容器1の中央よりも左側に第1の領域10を設け、右側に第2の領域20を設けた。各々独立した加熱装置15及び25により所定温度に保つ。
【0017】
CVD反応容器1の第1の領域10には炭素源となる有機化合物11としてショウノウ(camphor)を0.1〜1グラム、第2の領域20には、一辺2cmの正方形の3枚のニッケル(Ni)板21を配置させた。ニッケル(Ni)板21は、購入品をアセトン及びメタノール中で超音波洗浄し、乾燥させたほかは、特に処理を行わなかった。次にCVD反応容器1内部にアルゴンを一定量流しながら第2の領域を加熱して所定温度に到達させた。次に、第1の領域を100℃まで加熱してショウノウ(camphor)を蒸気化させて第2の領域のニッケル(Ni)板21上にCVDによりグラファイト膜を形成した。所定時間の成長の後、単結晶グラファイト膜生成装置100の全ての加熱装置15及び25を停止し、室温まで冷却してニッケル(Ni)板21上の生成物を観察した。ショウノウの量、温度条件を替えて4サンプルの実験をした結果を表1に示す。
【表1】

【0018】
表1のように、第1の領域10に配置させたショウノウ(camphor)が0.1又は0.25gと少量であり、第2の領域の温度が900℃と高い場合は、高分解能透過電子顕微鏡で20〜35層とその層数が確認可能な極めて薄いグラファイト膜が形成された。一方、ショウノウ(camphor)が0.7〜1gと多量であり、第2の領域の温度が700℃と低い場合は高分解能透過電子顕微鏡ではその層数が確認できない厚いグラファイト膜が形成された。尚、いずれのサンプルにおいても、Ni板21表面全体にグラファイト膜が形成されていた。
【0019】
サンプル2の生成物をNi板21から採取し、高分解能透過電子顕微鏡により撮影した写真を図2に示す。積層物の断面が観察された。層間距離はいずれも0.34nmであり、グラファイトの層間距離に一致した。また、エネルギー分散X線分析(EDAX)によれば、炭素のみが検出された。また、波長532nmの入射光による可視ラマン分析によって、広いDピークが1343〜1349cm-1に、比較的鋭いGピークが1578〜1581cm-1に、検出された。即ち、35層のグラフェン積層体が形成されていることが確認された。
【0020】
サンプル3の高分解能透過電子顕微鏡写真を図3の上段に、X線回折結果を図3の下段に示す。サンプル3の表面は凹凸が生じている。一方、X線回折結果からは、グラファイトの(0002)面の積層構造(グラフェンの積層構造)が確認され、アモルファスではなく、単結晶であることが確認された。尚図3下段のX線回折結果からは、基板であるニッケル板21の結晶構造に由来するピーク(Niの(111)面と(200)面)も見られた。
【0021】
また、SiC、鉄、コバルトをNi板21に替えて基体とした場合も同様に実験を行い、上記と同様に、ショウノウの供給速度が遅い場合に、グラフェン積層体を形成することができた。また、第2の領域の温度を500℃未満とした場合は、グラフェン積層体を形成することができなかった。
尚、石英管から成るCVD反応容器1の内面にも、グラファイトが析出したが、これらは多結晶(アモルファス)カーボンであった。
ショウノウが良い理由としては、有機化学反応で良く知られた、脱水反応又は脱水素反応により「ベンゼン環」の生成反応がNi板等で生じ、これが多数縮合する可能性も考えられる。
【0022】
〔グラフェン積層体を用いた電界効果トランジスタ〕
図4に、本発明により形成可能なグラフェン積層体29を用いた電界効果トランジスタ200及び300の構成例を示す。図4.Aは電界効果トランジスタ200の断面図である。導電性のシリコン基板26表面に酸化シリコン膜(絶縁層)27を形成し、その上にグラフェン積層体29を配置させ、例えば金から成る2つの電極28Dと28Sによりグラフェン積層体29の導通を可能とする。シリコン基板26裏面にゲート電位Gを、2つの電極28Dと28Sにソース電位Sとドレイン電位Dを印加すれば、電界効果トランジスタ200を作動させることができる。或いは、図4.Bのように、絶縁性のシリコン基板26i表面にグラフェン積層体29を配置させ、その上に酸化シリコン膜(絶縁層)27を形成し、例えば金から成る2つの電極28Dと28Sによりグラフェン積層体29の導通を可能とする。この際、酸化シリコン膜(絶縁層)27上に電極28Gを形成しておく。電極28Gにゲート電位Gを、2つの電極28Dと28Sにソース電位Sとドレイン電位Dを印加すれば、電界効果トランジスタ300を作動させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明は、極めて薄いグラフェン積層体或いは単層グラフェンを生成可能とするものであり、これにより形成されたグラフェン積層体或いは単層グラフェンを用いて、高移動度素子を形成することができる。単層グラフェンは非特許文献1及び2にあるようにバリスティック電荷移動、108A/cm2を越える電流、室温で30未満のオンオフ抵抗比を有し、「金属トランジスタ」としてその特性が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明に係る単結晶グラファイト膜生成装置100の構成を示す構成図。
【図2】サンプル2の高分解能透過電子顕微鏡写真図。
【図3】上段はサンプル3の高分解能透過電子顕微鏡写真図、下段はX線回折結果を示すグラフ図。
【図4】本発明により形成可能なグラフェン積層体29を用いた電界効果トランジスタ200の構成を示す断面図(4.A)と、電界効果トランジスタ300の構成を示す断面図(4.B)。
【符号の説明】
【0025】
1:石英管
10:第1の領域
11:炭素源となる有機化合物
15:第1の領域の加熱装置
20:第2の領域
21:Ni板
25:第2の領域の加熱装置
26:Si基板
27:SiO2膜(絶縁層)
28S、28D:金から成る電極
29:本発明により形成されたグラフェン積層体或いは単層グラフェン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素源の熱分解により、単結晶グラファイト膜を製造する方法であって、
第1の領域に配置された沸点又は昇華点が100℃以上の有機化合物を炭素源とし、
当該第1の領域を加熱して前記有機化合物を蒸気化し、不活性ガスをキャリアガスとして加熱された第2の領域に前記有機化合物蒸気を導き、
当該加熱された第2の領域において、前記有機化合物を基板上で熱分解することでグラファイト膜を得るものであり、
前記有機化合物は、分子中に芳香環又は共役π結合を有さず、歪を有する炭素環を有することを特徴とする単結晶グラファイト膜の製造方法。
【請求項2】
前記有機化合物は、構成元素が炭素、水素及び酸素であることを特徴とする請求項1に記載の単結晶グラファイト膜の製造方法。
【請求項3】
前記有機化合物は、1分子中の酸素原子が2個以下であることを特徴とする請求項2に記載の単結晶グラファイト膜の製造方法。
【請求項4】
前記有機化合物は、多環構造を有し、炭素数が20以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の単結晶グラファイト膜の製造方法。
【請求項5】
前記基板は少なくともその表面全体に、鉄、コバルト、ニッケル又はこれらの合金或いはそれらの化合物、炭化ケイ素、又は白金その他の貴金属が形成されていることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の単結晶グラファイト膜の製造方法。
【請求項6】
前記第1の領域及び前記第2の領域は石英管内部に設けられることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の単結晶グラファイト膜の製造方法。
【請求項7】
前記単結晶グラファイト膜の厚さは100nm以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の単結晶グラファイト膜の製造方法。
【請求項8】
前記単結晶グラファイト膜は、単層グラフェン又はグラフェンの100層以下の積層体であることを特徴とする請求項7に記載の単結晶グラファイト膜の製造方法。
【請求項9】
前記有機化合物はショウノウであることを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載の単結晶グラファイト膜の製造方法。

【図1】
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【図4】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−50228(P2008−50228A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−229947(P2006−229947)
【出願日】平成18年8月26日(2006.8.26)
【出願人】(591246908)
【Fターム(参考)】