説明

反応器及びその製造方法

【課題】高精度に作製された流路を基板上に有し、これにより、目的とするデバイス機能を存分に発揮できるとともに、量産に適したチップ型反応器を提供する。
【解決手段】チップ型反応器1は、ガラス基板11と樹脂フィルム層12とを備える。樹脂フィルム層12は、基板11上に配置され、且つ、試料用の流体を導入する複数の槽21,22及び当該複数の槽間を連通させる流路23を基板11上に形成する。樹脂フィルム層12は感光性樹脂で形成される。複数の槽21,22は、反応槽、廃液槽、及び、DNA吸着用のシリカ槽から成る。反応槽21と廃液槽22とを流路23を介して相互に連通させるとともに、当該流路23の途中にシリカ槽25を配置してDNA抽出に供する。反応槽21及び廃液槽22に電圧印加用の電極14がそれぞれ配設される。カバーガラス25がシリカ槽25に被せられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般的な化学反応や細胞からのDNA(deoxyribose nucleic acid)抽出などの生化学的反応のコントロールに用いられる反応器及びその製造方法に係り、とくに、複数の槽やそれらの槽を接続する流路を備えた微細構造のチップ型の反応器及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、遺伝子治療などに見られるように、DNA物質に関する研究が盛んになってきている。この研究には物質間反応の実験は必須である。この物質間反応を、微細構造を有する反応器で行うことにより、試薬や廃液量を減らすことができるとともに、温度コントロールや反応速度などのプロセスコントロールが容易になる。また、反応プロセスを微細構造へ落とし込むことによって、装置の小型化はもとより、処理の自動化・高速化をも容易に達成できる。したがって、微細構造を有する反応器を用いると、大容量セルを用いる場合よりも安全で効率の良い反応生成物の回収を行うことができる。
【0003】
このような反応器として、ガラス製または樹脂製の基板の上へ数百μm以下の微細な流路を形成した構造の反応器が知られている。この反応器の流路に試験用の溶液を導入して混合、分離などの反応を起こさせ、効率的に物質間反応をコントロールして反応物質などを得る手法は、マイクロリアクタ、μ−TAS、ラボオンチップなどと呼ばれ、様々な分野での応用研究、開発に使われている。
【0004】
具体的には、例えば、特許文献1(特開2004−033901号公報)には、分散粒子直径5nm以下の金属コロイド溶液を効率的に製造する方法として、流路幅500μm以下のマイクロリアクタを利用する方法が提案されている。また、特許文献2(特開2003−307521号公報)には、水質分析のためのサンプル調製を行うマイクロリアクタと分光分析器を組み合わせて、迅速かつ簡易的に水質調査を行う水質分析装置が提案されている。
【0005】
さらに、特許文献3(特開2003−280126号公報)には、均一な乳剤性能を有するハロゲン化銀写真乳剤を得るための方法として、微細な処理領域を有するマイクロリアクタを利用して反応の正確化、効率化を向上する手法が提案されている。特許文献4(特開2003−210956号公報)には、水中に効率よくオゾンを溶解させて高濃度のオゾン水を得るために、微細な溝状の流路(マイクロチャネル)内でオゾンガスを水へ吸収させるマイクロリアクタを備えた高濃度オゾン水製造装置が示されている。
【0006】
また一方で、かかる微細構造を有する反応器を生化学的な実験プロセスに応用して、細胞やDNA、RNA、たんぱく質などの生体物質の混合溶液に電界を印加し、その易動度の差によって物質を分離する電気泳動クロマトグラフィを応用した生体物質の分離技術が盛んに研究、開発されている。この分野は、特にチップ化技術が進んでいる。また、細胞の分解、分離などの作業をチップ上で行い、生体物質の抽出、検出などを行うマイクロリアクタも知られている。
【0007】
具体的な例として、特許文献5(特開平08−233778号公報)が挙げられる。この文献には、透明平板の表面へ流路および電極を構成し、周囲を絶縁材料性のフレームで囲い、流路内で溶液の電気泳動分離をさせるキャピラリ電気泳動チップが提案されている。また、特許文献6(特開平10−132783号公報)には、検出感度の向上を目的として、電気泳動機能をチップ上に構成し、同時に分離流路上へ光学検出機能を設けて溶液の分離、検出を同時に行う電気泳動チップが考案されている。
【0008】
さらに、特許文献7(特開平10−337173号公報)には、多数の生化学反応を同時に処理でき、タンパク質合成などの物質合成反応をチップ上で行えるようにした、生化学反応用のチップ型の反応器が開示されている。
【0009】
これらの反応器を構成する材料としては、ガラス、シリコンウェハまたは樹脂材料などが用いられており、それぞれ微細構造を得る方法も異なっている。
【0010】
ガラスを基板材料として用いる場合、微細構造を得るには、タイヤモンド工具などによる直接機械加工が一般的である。しかしながら、より効率的に微細パターンを得る手法が、例えば特許文献8(特開2003−299944号公報)で提案されている。これによれば、ガラス基板の表面に除去加工し易いガラス含有層を設け、任意の形状のハードマスクを用いたサンドブラスト加工によって流路パターンを作製するというものである。
【0011】
また、シリコンを基板に用いる場合には、従来の微細な半導体パターンを形成する方法と同様に、シリコンの異方性エッチングやマスクプロセスを用いた流路パターンの形成法が一般的になっている。
【0012】
さらに、樹脂材料で基板を構成する場合には、より量産的な製造方法が利用できる。例えば、特許文献9(特開2003−159696号公報)で提案されている如く、射出成型を用いて、流路パターンを樹脂基板に転写し、量産性を考慮した低コストの樹脂基板の化学マイクロデバイスが得られる。また、CD(compact disc)やDVD(Digital Versatile Disc)などの記録メディアの信号記録パターンの転写に利用されているインプリンティング技術を用いて、樹脂基板上に微細流路を作製する方法も利用されており、同形状の微細流路を大量に複製する方法として確立されている。また、PMMA(polymethylmethacrylate)やPDMS(Polydimethylsiloxane)などの樹脂材料を型上で硬化させて型の凹凸を転写した基板を得る手法も知られている。
【特許文献1】特開2004−033901号公報
【特許文献2】特開2003−307521号公報
【特許文献3】特開2003−280126号公報
【特許文献4】特開2003−210956号公報
【特許文献5】特開平08−233778号公報
【特許文献6】特開平10−132783号公報
【特許文献7】特開平10−337173号公報
【特許文献8】特開2003−299944号公報
【特許文献9】特開2003−159696号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上述した従来の各種のチップ型反応器の場合、それぞれの製造工程に依存した流路設計上の制約があるという問題がある。
【0014】
例えば、ガラス基板の直接加工は、ガラス特有の脆性から小さな曲率を有する部位を作成することが難しいという加工面の問題ある。この小曲率部位の作成上の困難さに加えて、コーナー及びエッジ形状に欠け等を発生させないように流路を設計する必要があることから、流路構造における流路の集積度が大幅に制限されるという問題もある。特に、流路幅を急拡大させたり、複数の流路を合流させたりして、反応をコントロールするチップ型反応器の場合、曲率の小さい(鋭角)形状が必要となるが、この形状を的確に実現することは難しい。
【0015】
また、異方性のシリコンエッチングなどのシリコンプロセスを用いる場合、エッチングによって除去される方向や壁面の角度(エッチング角度)が素材側で決定されるため、それに合わせて流路構造を設計せざるを得ないという制約がある。また、一般に実験室で行われているような湿式エッチングを行なう場合、流路の深さ、幅などを厳密に管理することが難しく、精度の良い微細パターンの作製が困難であるという問題に直面している。
【0016】
さらに、射出成型やインプリンティング、又は、樹脂を硬化させる手法を採用するときには、最初に、型となる微細パターンを作製する必要があり、製作工程がその分、複雑になる上に、流路を一度設計して型を作製した後のパターンの変更が難しいという不都合もある。
【0017】
このように、いずれの作製手法を用いた場合でも、流路パターンの設計作業の容易化、パターンの高精度化、流路集積度の向上、製作工程の簡単化、微細構造の小形化などに難点があり、これらを十分に満足させ得るチップ型反応器は提供できていない。
【0018】
このため、従来、DNAの取り出しにあっては、マイクロチューブと一般的に呼ばれる試験管形状の容器(約3センチ程度の長さの円筒状容器)を用いた市販のDNA採取キットが通常、使用されている。DNAの分析までの前処理として、一般には、試料から細胞膜の溶解、タンパク質の除去、残漬分離、ピックアップ・固定などの工程が必要であるが、これらの工程をカラムを用いて行なうので、操作が複雑になり、また人手も掛かる。このため、単一細胞からの抽出物を特定して解析したくても、カラムを用いているので、大量の試料がまとめて処理され、どの細胞から抽出されたものか判別できない。さらに、抽出したサンプルをそのまま分析に掛けたいのであるが、カラム内のサンプルを試料台に固定するまでに試料が破砕したり、分解したりするという不都合もある。
【0019】
かかる状況において、とくに、チップ型反応器の場合、流路設計の多様性によってデバイス機能が決定されるので、基板上に高精度な流路を有して、試料の分離、抽出、固定といった分析前の一連の基本操作を効率良く省力化して行ないたいとする要求がある。同時に、そのような基本操作を効率化できるチップ型反応器を量産して、DNA分析を援護し、バイオ技術をより促進させたいとする要求もある。
【0020】
本発明は、上述したDNA分析などの物質間反応の実験現場からの要求に応えようとするもので、高精度に作製された流路を基板上に有し、これにより、目的とするデバイス機能を存分に発揮できるとともに、量産に適したチップ型反応器を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上述した目的を達成するために、本発明によれば、物質間反応に供する反応器が提供される。この反応器は、基板と、この基板上に配置され、且つ、試料用の流体を導入する複数の槽及び当該複数の槽間を連通させる流路を前記基板上に形成する樹脂層とを備え、前記樹脂層を感光性樹脂で形成したことを特徴とする。
【0022】
好適には、前記基板はガラス材料により形成され、前記樹脂層をフィルム状の感光性樹脂で形成される。前記複数の槽は、例えば、細胞導入槽(例えば反応槽)、廃液槽、及び、吸着槽(例えばシリカパウダー槽)(さらに好適にはこれらに加えて抽出液槽及びサンプル採取槽(抽出槽ともいう))から成り、前記反応槽と前記廃液槽とを(抽出液槽及びサンプル採取槽も含む場合はこれら両槽間も)前記流路を介して相互に連通させるとともに、当該流路の途中に前記シリカパウダー槽を配置して例えばDNA抽出に供するように構成される。また、前記複数の槽は、例えば、細胞導入槽と廃液槽から成り、前記細胞導入槽と前記廃液槽とを前記流路を介して相互に連通させるとともに、当該流路の途中に細胞捕獲トラップを配置して、単一の細胞からのDNAもしくはその他の細胞内構成物質の抽出に供するように構成される。一例として、前記流路は、前記シリカパウダー槽を介して前記反応槽と前記廃液槽とを直線状に相互に連通させる直線流路である。また、前記流路は、前記細胞捕獲トラップを介して前記細胞導入槽と前記廃液槽とを直線状に相互に連通させる直線流路である。さらに好適には、前記細胞導入槽及び前記廃液槽に電圧印加用の電極をそれぞれ配設され、前記細胞導入槽及び前記廃液槽に電圧印加用の電極をそれぞれ配設される。また、少なくとも前記シリカパウダー槽にカバー部材を被着させてもよい。
【0023】
一方、本発明によれば、物質間反応に供する反応器の製造方法も提供される。この製造方法は、基板上の所定箇所に電極を形成し、前記電極を形成した前記基板上に感光性樹脂層を形成し、試料用の流体を導入する複数の槽及び当該複数の槽間を連通させる流路を描画したパターンマスクを前記感光性樹脂層に被せて露光し、露光した前記感光性樹脂層を現像することで前記複数の槽及び前記流路を前記基板上に形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、樹脂層により、試料用の流体を導入する複数の槽及び当該複数の槽間を連通させる流路を基板上に形成し、この樹脂層を感光性樹脂で形成したことから、従来のように、ガラスの直接加工、エッチングプロセス、または特殊なインプリント金型を用いる必要も無く、容易にチップ型反応器を作製することができる。また、複数の槽を結ぶ流路の途中DNA等の細胞内構成物質吸着用の吸着槽(例えばシリカパウダー槽)を設けることにより、小型で簡素な構造で済む細胞内構成物質抽出用のチップ型反応器を提供することができる。さらに、複数の槽を結ぶ流路の途中細胞捕獲用のトラップを設けることにより、単一の細胞を対象とした小型で簡素な構造で済むDNA等の細胞内構成物質抽出用のチップ型反応器を提供することができる。
【0025】
すなわち、少なくとも表面が感光性樹脂で形成された基板に対して、レーザビームなどによる直接描画や、マスクプロセスによる選択露光をすることで、任意の微細パターンを基板上へ転写でき、流路などを容易に形成することができる。したがって、インプリンティングや射出成型などのように、型を作製する必要がない。また、光学的に微細構造を作製できる感光性樹脂を用いることで、チップ型反応器に必要な流路構造を正確かつ容易に作成することができる。また、同時に感光性樹脂として耐アルカリ性を有する材料を選択することにより、生化学分野でも好適に使用可能なチップ型反応器を作成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、図1〜4を参照して、本発明のチップ型反応器に係る一つの実施の形態を説明する。なお、本実施形態にあっては、DNA抽出に用いる簡易型のチップ型反応器を例示するが、本発明に係るチップ型反応器は必ずしもDNA抽出用に限定されるものではなく、広く物質間反応の実験に用いる小形のチップ型反応器として実施することができる。
【0027】
図1及び2に、DNA抽出に用いる簡易型のチップ型反応器1の平面図及び断面図の模式的に示す。
【0028】
これらの図に示すように、本実施形態に係るチップ型反応器1は、ガラス製基板11と、この基板11の表面にラミネートした感光性樹脂フィルム層12と、この樹脂フィルム層12の表面に部分的に載置したカバーガラス13との3層構造を有し、さらに、ガラス性基板11と樹脂フィルム層12との間に部分的に膜状電極14,14を介挿させた積層構造になっている。
【0029】
このチップ型反応器1のサイズは、図1において幅10mm及び長さ20mmに形成されている。基板11は、幅幅10mm、長さ20mm、及び厚さ1mmに形成され、この基板11の表面に膜状電極14,14を部分的に形成した後、基板11の表面全体に感光性樹脂フィルム層12がラミネートされ、さらに、その樹脂フィルム層12の表面の中央部がカバー部材としてのカバーガラス13で部分的に被われる。
【0030】
ガラス製基板11の表面には、樹脂フィルム層12を露光することにより、そのフィルム層に沿って、図3に示すように、反応槽21、廃液槽22、微細流路23、及びシリカ槽25が形成されている。
【0031】
つまり、基板11の長手方向の一端寄りの所定位置には矩形状の反応槽21が形成され、この反応槽21に対向する、もう一端寄りの所定位置には同じく矩形状の廃液槽22が反応槽21に所定距離を置いて正対するように形成されている。反応槽21は細胞の分解および精製に用いられる。廃液槽22は廃液を回収するために形成されている。微細流路23は幅100μmで且つ所定長さを有する直線路であり、反応槽21および廃液槽22を相互に直線的に繋ぐように形成されている。すなわち、反応槽21および廃液槽22は微細流路23を介して相互に連通している。
【0032】
また、微細流路23の長手方向の中間部分には、DNA吸着用のシリカ槽(シリカパウダー槽)25が形成されている。このシリカ槽25は、反応槽21から廃液槽22に向かって微細流路23を流れる細胞分解溶液の中からDNAをトラップして取り出せる構造となっている。
【0033】
さらに、反応槽21および廃液槽22の底面の位置には、膜状電極14がそれぞれ配置されている。この膜状電極14は、それぞれ、各槽21(22)の底面面積を占有するとともに、その一部が微細流路23の側に張り出して成る面形状を有している。この膜状電極14の材料には、一例として、白金(Pt)が用いられる。この2つの膜状電極14の相互間には電圧が印加される。これにより、溶液に電界を掛けて、反応槽21の溶液やシリカ槽25の反応物質を輸送する駆動力を溶液に付加することができる。
【0034】
一方、カバーガラス13は、矩形状の保護用ガラスであり、シリカ槽25の表面を中心にした部分領域を覆うように配置される。このため、微細流路23の残りの部分、及び、両端の反応槽21、廃液槽22は露出されている。
【0035】
次に、上述したチップ型反応器1を構成する各コンポーネントに使用可能な材料等について説明する。
【0036】
基板1に用いるガラス材料としては、市販の硼珪酸ガラス(パイレックス(登録商標)、コード7740)を用いることができる。しかしながら、必ずしもこれに限定されるものではない。本実施形態のように生化学的な反応を行う場合には、表面の化学的清浄度や光学的な解析等への応用を考慮し、なるべく不純物の少ない素材を用いることが望ましい。また、反応生成物の基板表面への吸着特性などを考慮して、目的とするサンプルの特性に適合した表面処理を基板1の表面に施すようにしてもよい。また、基板1は必ずしもガラスである必要はなく、使用目的に適合した樹脂材料、シリコンウエハなど、その他の材料で形成してもよい。
【0037】
また、カバーガラス13としては、市販のカバーガラス(マツナミ社製マイクロカバーガラス 厚さ0.12〜0.17mm)を用いるが、この場合も同様に、別のガラス材料や樹脂材料などから任意のものを選択して使用することができる。
【0038】
さらに、感光性樹脂フィルム層12は、一般に半導体プロセス用として用いられている市販のネガ型ドライフィルムレジスト(感光層膜厚30μm、アルカリ現像タイプ)を用いることができる。上述したように、生化学的な用途については、感光処理後は耐アルカリ性に優れたレジスト材料を選択することが望ましい。
【0039】
さらに、膜状電極14は、白金(Pt)のスパッタ膜で形成できる。この膜状電極14は、チップ駆動時に印加される直流電位により、電極表面では電気化学反応を生じ、特に電界腐食によって電極が消耗されるため、電極材料としてはPt、Au、Agなどの、なるべく標準電極電位の高い(正の値を持つような)材料を選択することが望ましい。また、ITO(Indium Tin Oxide)などの透明電極を用いるとチップ型反応器の透明性が維持されるため、用途によっては、その方が望ましい。
【0040】
上述したチップ反応器1を用いてDNA抽出を行なうときの、チップ上で行う生化学的な操作について説明する。
【0041】
まず、反応槽21上に目的とする細胞を乗せ、変性剤及び細胞溶解液を投入し、細胞破砕溶液を生成させる。これを適宜TAEバッファなどですすぎながら、低分子量のRNAや脂質、細胞壁などを、廃液槽12へ輸送させる。このときの溶液の輸送駆動力は、反応槽21と廃液槽22の間にかける電界によって発生する電気泳動もしくは電気浸透流による。そのとき、シリカとDNAの結合条件を満たした条件下(pH、特定塩濃度など)で物質輸送を行い、シリカ槽25にDNAのみを吸着させる。この後、シリカとDNAの解離条件を満たした条件下でシリカ槽25からDNAを溶出させ、DNAを抽出する。
【0042】
(チップ型反応器の製造方法)
図4を参照して、チップ型反応器の製造方法を説明する。
【0043】
まず、洗浄したガラス基板1を用意し、この基板1の上にサブミクロンのオーダの厚さの膜状電極14を作製する(図5(a),(b)参照)。
【0044】
膜状電極14は、物理蒸着または化学蒸着によって作製するが、前述したように、電圧印加時には電極表面で電気化学的な反応(電界腐食やマイクロバブルの発生)が生じるため、できる限り表面欠陥(マイクロポア等)の少ない膜を作製することが望ましい。また、これらの電極は特に膜状である必要はなく、チップの構造を損なわない形状と大きさのバルク電極を用いることもでき、この場合には、電極寿命を長く確保できる。この電極作成には、パターン転写をマスクプロセス(リソグラフィ)を用いることができる。また、これらの膜状電極14の一部は露出しており、外部電極と導通できるようになっている。この膜状電極の好適な実施形態は、Ti/Ptの2層スパッタ膜からなり、厚さは約1μmである。
【0045】
膜状電極14を作製したガラス基板1の表面に、ラミネータを用いて感光性フィルム(樹脂)12を貼り付ける(図5(c)参照)。この感光性フィルム12の感光性樹脂材料には例えばネガ型を用いるが、ポジ型であってもよい。
【0046】
この感光性樹脂(樹脂フィルム層12)をラミネートするときのラミネート条件の目安の一例としては、ラミネート温度100℃、圧力0.5MPa、速度1.0m/min程度である。このとき、ガラス基板11と感光性フィルム12との間に粉塵等が存在すると流路の破損やフィルム剥離の原因となるため、クリーンルーム内や、クリーンベンチ内など、できる限り清浄な環境で行うことが望ましい。また、感光性フィルム12は自然光に含まれる紫外線によっても感光する場合があるので、作業は紫外光対策の施された環境か、自然光下で行う場合は迅速に作業を行い、作業中にフィルムが感光しないように配慮することが望ましい。また、膜と基板の間に気泡が混入するのを避けるため、フィルムにテンションをかけてラミネートすることが望ましい。
【0047】
次に、基板11上の感光性フィルム12を、マスク露光プロセスを用いて露光する(図5(d)、(e)参照)。
【0048】
これを詳述すると、最初に、パターンマスク31がフィルム12に貼り付けられる((図5(d))。このパターンマスク31は、例えばPET(ポリエチレンテレフタレート)から成るマスクで、図6に模式的に示すように、マスク領域の部分は黒色(図6の斜線部)で印刷され、それ以外の領域(図6の斜線以外の残りの領域)は透明になっている。これは、感光性フィルム12の樹脂材料がネガ型であるからであって、かかる材料がポジ型の場合には、図6に示すパターンマスク31の黒色・透明の関係は反対のパターンになる。
【0049】
次いで、パターンマスク31を露光装置で露光した後、現像する(図5(e))。この説明の例では、感光性フィルム12にはネガ型の感光性樹脂を用いているので、光が照射された領域、すなわちパターンマスク31の透明な領域に相当する樹脂部分は感光によって架橋し、現像処理しても溶けないで残る。これに対し、露光によって光が照射されない領域、すなわちパターンマスク31の黒色の領域に相当する樹脂部分は感光によって架橋していないので、現像処理により除去される。この結果、図3に示すように、反応槽21、廃液槽22、微細流路23、及びシリカ槽25に相当する部分が除去され、その周りの部分が壁部となって残留する。つまり、露光によって、各槽及び流路がガラス性基板2の上に、樹脂フィルム層12の層に沿って確実に作成される。反応槽21及び廃液槽22とを繋ぐ流路の好適なサイズは、流路幅が100μmであり、深さが60μmである。
【0050】
なお、一例として、露光装置にはKarl Suss社製のMJB3を用い、露光光源にはウシオ電機社製の超高圧水銀ランプUSH−350DP(発生波長領域:300〜600nm)を用いる。マスクとフィルム面を密着させて、1分間の露光後、1wt%の炭酸ナトリウム水溶液でアルカリ現像する。このとき、露光時間が長いと、光の周り込みによって流路内まで感光される場合がある。この場合は、感光された樹脂によって流路がふさがれチップ樹脂を阻害するため、微細な流路形状を正確に得るためには、露光条件を適宜設定する必要がある。
【0051】
これが済むと、図5には図示していないが、流路上のシリカ槽25にDNAを捕集するために、シリカ槽25にシリカを充填する。具体的には、球状のシリカパウダーを適量、シリカ槽25に挿入する。このとき、シリカの流出を防ぐため、樹脂などの不溶性特質によって、シリカを固定したフィルタを用いてもよい。また、シリカを主成分とする多孔性材料も好適に用いることができる。このときのシリカパウダーの量や粒子径を調整することで、DNAの捕集特性を変化させることができる。
【0052】
最後に、微細流路23の一部とシリカ槽25を覆うように、それらの上面にカバーガラス13を取り付ける(図5(f)参照)。これにより、チップ型反応器1が製造される。
【0053】
なお、上記実施例では核酸吸着槽として、シリカ槽を用いたが、これに限定されず、核酸の吸着・解離を制御できるものであれば、他のものでも好適に用いることができる。例えばシリカパウダーに代え、磁気粒子を用いることができる。
【0054】
本発明に係る第二の実施例を図7を用いて説明する。
【0055】
本実施例の、構成要素および作成プロセスは実施例1と同様である。
【0056】
構造および機能の相違点を以下に説明する。
【0057】
ガラス基板41上に感光性樹脂フィルム層42によって、基板の一方に細胞の分解および精製を行う反応槽51が設けてあり、その他方には廃液を回収するための廃液槽52を設置してある。この反応槽51および廃液槽52は幅100μmの微細流路53でつながれている。また、この微細流路53に対して直交する方向へ同様の微細流路56を介して抽出液槽54とサンプル採取槽55が設けてあり、微細流路53と微細流路56の交点にシリカ槽57が設けられている。4つの槽、すなわち反応槽51、廃液槽52、抽出液槽54、サンプル採取槽55には、個別に電圧を印加できるように薄膜電極81,82,83,84が設けてある。それぞれの薄膜電極は、各リードパターンによってチップ型反応器100の右端に集積されており、ここに図示しない電圧コントローラを接続して各電極間に電圧を印加できる構造になっている。
なお、図示省略しているが、例えばガラスでなるカバー部材が、少なくともシリカ槽57をおおい、他の槽は露出させるように樹脂フィルム層32上に取りつけられている。
【0058】
チップ型反応器100上で行う操作について説明する。反応槽51上に目的とする細胞を乗せ、変性剤と細胞溶解液を投入し、細胞破砕溶液を作製し、これを適宜TAEバッファなどですすぎながら低分子量のRNAや脂質、細胞壁などを廃液槽52へ輸送する。このときの輸送駆動力は、反応槽51および廃液槽52間、すなわち、薄膜電極81および82間にかける電界によって発生する電気泳動もしくは電気浸透流による。このとき、シリカと核酸の結合条件を満たした条件下(pH,特定塩濃度など)で物質輸送を行いシリカ槽57に目的物質(例えばDNA)のみを吸着させる。すなわち、電気泳動もしくは電気浸透流などの、電気的な輸送手段によって、低分子量の物質とDNAなどの目的物質などの高分子化合物とを分離することができる。
【0059】
その後、抽出液槽54にシリカと核酸の解離条件を満たした液を投入し、今度は、抽出液槽54とサンプル採取槽55間、すなわち薄膜電極83と薄膜電極84間へ電界を付与して、シリカ槽57に吸着した目的物質をサンプル採取槽55に溶出させ、採取する。
【0060】
このとき、抽出液槽54から、サンプル採取槽55への溶液の流れを安定化させるため、反応槽51と廃液槽52に取り付けた薄膜電極81および82には、薄膜電極83とある程度の電位を付与することがのぞましい。こうすることで、抽出液槽54からの抽出液の流れが反応槽51や廃液槽52の方向へ広がることなく、サンプル採取槽55へ到達できる。これによりサンプル抽出効率が向上する。
【0061】
本発明に係る第三の実施例を図8に基づいて説明する。本実施例は、単離した一つの細胞から、1セットのDNAもしくはその他の細胞内構成物質を抽出するためのものであり、作成プロセスは実施例1と同様である。構造および機能の相違点を以下に説明する。
【0062】
本発明に係る第三実施例のチップ型反応器200は、図8に示すように、ガラス製基板61と、このガラス製基板61上に流路を構成するための感光性樹脂材料層62によって構成されている。ガラス製基板61と感光性樹脂材料層62との間には、部分的に膜状電極64が介挿されている。この場合、必要に応じて感光性樹脂材料層62の上部の一部、あるいは全体をカバーガラス(カバープレート)63によって覆うことができる。
【0063】
このチップ型反応器200のサイズは、幅10mmおよび長さ20mmであり、ガラス製基板61は、厚さ1mmで市販のパイレックス(登録商標)ガラスを用いて構成されている。感光性樹脂材料層62は、化薬マイクロケム社製のネガ型フォトレジスト(商品名 SU−8−3050)を用いて構成されている。膜状電極64は、Tiを下地として表面をPt膜で覆った2層構造となっている。Tiを下地とすることでガラス基板との密着性を向上できる。また、その上に設ける膜としてPtを用いることにより、電極反応を抑制できる。
【0064】
感光性樹脂材料層62には、図9に示すように、細胞導入槽71、廃液槽72、メイン流路73、抽出液槽74、抽出槽75およびサブ流路76が形成されている。メイン流路73は、細胞導入槽71と廃液槽72とを結ぶ流路として形成されており、このメイン流路73には、メイン流路73の流路途中の交点78から一方のサブ流路76を介して抽出液槽74が接続されているとともに、交点78から他方のサブ流路76を介して抽出槽75が接続されている。メイン流路73のうち細胞導入槽71寄りには細胞捕獲トラップ77が設置されている。また、メイン流路73とサブ流路76との交点78には、特定の細胞内構成物質を吸着させるための物質を設置することもできる。例えば、DNAを抽出しようとする場合には、シリカを主成分とするフィルタ材料を設置するようにしてもよい。
【0065】
ガラス製基板61と感光性樹脂材料層62との間に介挿される膜状電極64は、図10に示すように、6種類の電極パターン141〜146で構成されている。各電極パターン141〜146は、チップ型反応器200の左端の部分で外部端子と接触できるように、感光性樹脂材料層62の左端側にその一部が露出した状態で集約されている。これら電極パターン141〜146のうち電極パターン141は廃液槽72に、電極パターン142は抽出液槽74に、電極パターン144は細胞注入槽71に、電極パターン146は抽出槽75にそれぞれ電荷を供給するための電極パターンとして構成され、電極パターン143、145は細胞捕獲トラップ77の細胞に電気刺激を与えるための電極パターンとして構成されている。図14は、図9の各槽のパターンに図10の電極パターンを重ね合わせた平面図である。図14に示すように、電極パターンは各槽のパターンに整合して、両者はお互いに平面視で重なっているので、電極パターンは各槽に対して選択的に電圧を加えることができる。
【0066】
次に、チップ型反応器200の使用手順について順次説明する。
【0067】
まず、チップ型反応器200内の各溶液槽および流路を作動流体(例えば、pH緩衝液など)で満たし、単離した細胞をピペッティングなどの適切な方法により細胞導入槽71に入れる。その後、細胞導入槽71に繋がっている電極パターン144と、廃液槽72に繋がっている電極パターン141との間に電界を発生させ、作動流体に細胞導入槽71から廃液槽72に向かう流体の動き(電気浸透流)を発生させる。この流れにより、細胞を細胞捕獲トラップ77へ誘導する。細胞を細胞捕獲トラップ77に導入した後、電極パターン143および145に電界を発生させ、細胞殻を破砕する。細胞殻の破砕の後、細胞内物質は細胞捕獲トラップ77を通過し、メイン流路73の交点78へと導入される。細胞内物質が交点78に導入される過程で、細胞内物質はその流動特性によって分離され、核酸部分が交点78を通過するタイミングで、抽出液槽74に繋がっている電極パターン142と抽出槽75に繋がっている電極パターン146との間に電界を発生させ、抽出液槽74から抽出槽75に向かう流れを発生させ、抽出槽75で核酸部分を抽出する。このとき、交点78へシリカフィルタを設置して核酸を吸着・解離する場合には、核酸抽出前に、抽出液槽74へは、pHの調整された抽出液を注入しておく。抽出槽75へ抽出された核酸は溶液ごと回収し、必要に応じて精製、PCRなどの処理を加えて分析に供される。または、抽出槽75へ着脱可能なマイカシートなどを設置しておき、そのまま分子間力顕微鏡などで可視化して分析することもできる。
【0068】
次に、細胞を一時捕獲する細胞捕獲トラップ77についてより詳細に説明する。
【0069】
細胞捕獲トラップ77では、細胞が破砕されずに通過することを妨げるために、流路の幅が部分的に少なくとも捕獲対象となる細胞の最小径よりも小さくなっている。しかしながら、ここで、細胞を効率的に捕獲するためには、捕獲時の細胞の変形に対しても対応できるように、捕獲部の流路幅を捕獲対象となる細胞の最小径の90%以下、好ましくは70%以下とすることが望ましい。捕獲部の流路幅が、これよりも大きいと、細胞は流体の動きに抑圧されて変形しながら捕獲部を通過してしまうことがある。一方、流路幅を小さくし過ぎると、微小な異物を捕獲してしまう他、目的物質である、細胞内物質の通過(核(DNA,RNA)、タンパク質など)を困難としてしまうため、捕獲対象となる細胞の最小径の10%以上、好ましくは20%以上とすることが望ましい。また、流路幅は階段状にすると、流体の連続的な流れを阻害し、局部的な渦流を発生させるため、細胞の捕獲を阻害する可能性がある。
【0070】
従って、捕獲部はできる限り流体の流れを混乱させぬよう、連続的な形状とすることが望ましい。考えられる代表的な流路形状を図11(a)〜(c)に示す。図11(a)に示す三角型の細胞捕獲部77aを有する細胞トラップをモデルとして、細胞捕獲部77aの流路幅を変えて、次の表1に示す実施例(1)〜(5)および比較例(1)〜(2)を作成した。捕獲対象の細胞は、ズッキーニの単離細胞(最小径約100μm)を用いた。この単離細胞は、ズッキーニの果肉を酵素処理して得られる細胞溶液から、適当なサイズの細胞をマイクロピペットで採取して得られる。このプロトプラストは、反応槽(後述の実施形態では細胞導入槽)に導入された。
【0071】
【表1】

【0072】
これらの実施例(1)〜(5)および比較例(1)〜(2)に、対象細胞を導入した場合の細胞捕獲確率(●)と細胞内部構成物質通過率(▲)とを纏めたものを図12に示す。図12の横軸は細胞流路の幅と細胞サイズ(径)との比をパーセンテージ(%)で表わし、縦軸の細胞捕獲確率は、細胞捕獲部(トラップ部)77aへ複数の細胞を流し、流した細胞の数量と捕獲できた細胞の個数との比を細胞捕獲確率としてパーセンテージ(%)で表わした。図12に示されるように、流路の幅と細胞サイズ(径)との比が90%以下、より好ましくは70%以下とすることで、細胞の通過は急激に減少し細胞の捕獲確率が高くなっている。また、逆に流路の幅と細胞サイズ(径)との比が10%以下になると、抽出対象である細胞内部構成物質の通過が難しくなり、チップの機能に障害となるおそれがある。
【0073】
また、細胞のサイズ分布が広く、流路幅を設定することが難しい場合には、図11(b)に示すような漏斗型の流路を有する細胞捕獲部77bにすることで、異なったサイズの細胞にも対応できる。このとき、細胞の破砕に電気刺激を用いるには、電極を漏斗型流路の両側へ設置する。こうすることで、細胞が細胞捕獲部77bのどの位置に捕獲されても電気刺激を与えることができる。このとき、対象となる細胞群の最大細胞と最小細胞の核寸法によって、漏斗の入口と出口の寸法を設定する必要がある。入口寸法を最大細胞の径に設定し、出口寸法を最小細胞の90%以下、望ましくは70%以下とする。また、捕獲後、破砕した細胞の内部物質を精製(分離)する目的で、図11(c)に示すように、細胞捕獲部(トラップ部)77cの流路極小部分を長手方向に延長することもできる。この場合、細胞内物質は延長部分で流動しやすさにより分離され、その後の処理のために好都合である。なお、図示省略するが、トラップ部の上流側を図11(b)のような漏斗状とするとともに、流路極小部分を図11(c)に示す如く延長するようにしてもよい。
【0074】
図10の細胞トラップ77に対応する電極部分は、図15に示すように、電極143と電極145とが互いに近接しながら離間される形態から成っている。電極143の先端は、小矩形の電極体143Aの複数(図15では二つ)に分割されている。電極145の先端も同様に、小矩形の電極体145Aに分割されていうる。これらの電極体は、互いに他方の電極の電極体の側に入り込んでいる。すなわち、電極143と電極145との対向部分200Aは、櫛状の電極が互いに他の電極と接することなく近づいて構成されている。これにより、この対向部分の電界強度を大きくできるように構成されている。
【0075】
図16は、細胞トラップ部77と、電極143と電極145との対向部分(図16(a),(c)では200Aで示す。)との位置関係を示したものである。対向部分は、トラップ部77の最も幅が狭くなっている部分よりも上流部分に少なくとも位置しており、上流部分で捕獲された細胞200Bに電界を与えることができる。なお、トラップ部の形状に合わせて電極同士の対向部分を適宜変更することができる。図16(b)では、トラップ部が漏斗状(テーパー状)に成っている事に合わせて、電極143の端部143Aと電極145の端部145Aの対向部分を、同一形状、類似形状、或いは相似形状にすれば良い。
【0076】
電極同士の対向部分には、外部電源から直流、交流、又はパルス状の電圧が印加される。気泡の発生や電極反応を抑制するため交流電圧であることが望ましい。電極間に発生した電界により、細胞が通電破砕される。細胞内物質は、流路を流れる際に、流動特性によって分離される。分子量の低い物質ほど流動し易く、分子量の大きい物質ほど流動しにくい。従って、目的とする物質(例えば核酸)が流路の交点(図9参照)を通るタイミングで、抽出液層から抽出層に作動液流を形成することにより、核酸を選択的に分離することができる。この分離操作をより確認しやすくするために、DNAを蛍光染色する。顕微鏡で確認しながら、核酸の分離・抽出が可能となる。核酸の流路内での流動特性に基づいて、核酸を他の細胞内容物と分離することができるために、核酸の捕獲剤としての既述のシリカパウダーなどは必ずしも必須ではない。なお、電極同士の対向部分に加えられる、電界の強度や、各槽に加えられる電界の強度は、細胞の破砕や、細胞内容物の輸送に適した好適な値が、適宜選択される。
【0077】
なお、図11(c)のように、細胞トラップ部を漏斗状にしたのは、様々な径を持った細胞を確実にトラップできるようにしたためである。また、トラップ部へ細胞が円滑に導入されるようにしたためである。
【0078】
次に、チップ中の流体を駆動するために必要な電界の強さについて更に詳説する。本チップ内の流体は主として電気浸透流(ガラス壁面と液体の界面に発生する電荷の局在層(電気二重層)が外部電界によって駆動されることで発生する流れ)を利用している。従って、電極間に生じる外部電界の強さによって、流量、流速などの流体の駆動特性が変化する。つまり、チップの機能を制御する上で電極間に生じる電界の強度は重要なパラメータである。
【0079】
本実施例におけるチップ型反応器200では、電極間に印加する直流電圧は10V以上、70V以下、より好ましくは30V以上、50V以下としている。印加電圧が70Vを越えると、電極表面から気泡が発生して、流体の流れを阻害する。逆に、印加電圧が10Vを下回ると、流路内の作動液に十分な駆動力を与えることができず、流体の流れが不安定になる。
【0080】
本実施例におけるチップ型反応器200における電圧の好ましい範囲(10V以上70V以下)は、チップの電極間隔(長手方向15mm、短手方向8mm)から計算すると、約7〜90V/cmの電界強度に相当する。
【0081】
発明の効果を確認するために、表2に示す実施例(1)〜(5)および比較例(1)〜(2)の条件で、チップ上での細胞駆動テストを行った。
【0082】
【表2】

【0083】
細胞駆動テストの結果を纏めたものを図13に示す。図13の横軸は印加した電極間電圧、縦軸は細胞の移動速度である。細胞の移動速度は、実施例(4)のときを1として標準化している。電極間電圧が5Vである比較例(1)の条件では、細胞は動かなかった。また、80Vである比較例(2)の条件では、液体にバブルが発生し、作動液自体の流れを阻害したため、細胞は流れなかった。実施例(1)〜(5)の範囲では、電極間電圧の変化に応じて細胞の移動速度も変化し、実用的な良い相関が得られた。
【0084】
ここで、上述した樹脂フィルム層12あるいは42を基板11にラミネートする工程において使用可能な感光性樹脂について様々な角度から説明する。
【0085】
この使用可能な感光性樹脂としては、一般的に知られている諸々の感光性高分子を適用でき、反応性モノマー、反応性オリゴマー、光開始剤、増感剤などを含んだ多成分系のもので、光照射による構造変化を経て化学的、物理的に安定した特性を維持できるものが望ましい。
【0086】
例えば、反応形態から分類すると、ポリケイ皮酸ビニルなどの光二重化型感光性高分子やジアゾ基やアジド基などの二官能性モノマー(反応性ラジカル)などによる光橋かけを利用したものや、アジド・ノボラック、o−ニトロベンジルコリン酸エステル・P(MMA−MAA)などの光変性(特にアルカリ可溶性の変化)を利用したもの、アクリルアミド、アクリロニトリル、アクリル酸、アクリル酸エステルなどのアクリロイル基を有するモノマーを光重合開始剤によりラジカル重合させたり、アリールジアゾニウム塩やスルホン酸エステルなどを利用して光カチオン重合を開始させたりする、光重合によるものなどが適している。また逆に、前述した如く、PMMA(ポリメチルメタクリレート)などの光崩壊性ポリマーのように、光による高分子の光崩壊や光解重合による低分子化を利用したポジ型(光照射部分が可溶化)の感光性高分子なども利用できる。
【0087】
特に、半導体製造工程などで、フォトレジスト材料として用いられているものとしては、シンナモイル基の光二量化により橋かけ構造を形成して不溶化するポリビニルシンナメートやポリイソプレンやポリブタジエンに光橋かけ剤を添加して得られるゴム系のレジスト、ノボラック樹脂にアジド化合物を加えて不溶化反応を発生させるノボラック樹脂・アジド系レジストなどを使用できる。
【0088】
また、本実施例のように、レジストを恒久的な構造材料(樹脂フィルム層12)として用いる場合、耐候性に優れた素材を選択する必要がある。また、使用する溶液に対する耐性を有することが望まれ、耐薬品性も重要となる。そこで、特にこれらの特性に優れた感光性ポリイミドなどを好適に用いることができる。
【0089】
フォトレジストの多くは溶液の状態で市販され、それを基板上にスピンコートなどの方法で塗布され、その後、乾燥もしくは焼成(アニール)等の処理を経てレジスト膜として形成されるが、光感光性樹脂をシート状にして、基板にラミネート(加熱圧縮)処理する方法もある。これらは、感光性レジストフィルムとして市販されており、このフィルムを基板11上へラミネートすることで、微細パターンを作成することができる。
【0090】
生化学的な分野では、環境に敏感な生体物質(細胞、たんぱく質、DNA、RNAなど)を扱うため、多くの場合、TAEバッファ(トリスアセテートとEDTAの混合溶液)などのpH緩衝液中で操作が行われる。これらの緩衝液は通常、弱アルカリ性(pH8.0程度)に設定される場合が多く、これら生化学プロセスを実行するチップ型反応器の場合には流路が耐アルカリ性の材料で形成されることが望ましい。しかしながら、上記の感光性樹脂の多くは、光橋かけや光重合反応を生じるような活性の高い分子鎖を有しており、耐薬品性はその他の樹脂生成物に比較して優れてはいない。また、半導体プロセスにおける利用を目的とした多くの感光性樹脂は、シリコンの強酸エッチングにおけるパッシベーションの役割を目的としており、逆にアルカリ側では可溶性を示す場合がある。
【0091】
特にアルカリ用途で耐性を有するレジスト膜としては、上記ポリイソプレンやポリブタジエンに光橋かけ剤としてビスアジト化合物を添加したゴム系のレジストや、ポリイミドをベースとした感光性ポリイミドなどを用いることができる。
【0092】
また、特開平08−311130号公報には、トリシクロデカン骨格を有するビニルエステル樹脂、トリシクロデカンジメチロールジアクリレートおよび光重合開始剤を必須成分として、耐アルカリ性に優れた感光性樹脂組成物が開示されており、これを使用することもできる。
【0093】
第三の実施例で用いたようなSU−8に代表されるエポキシ系の永久性レジストも好適に用いることができる。
【0094】
既述の実施形態において、細胞などの生体物質はpHの影響を強く受けるため、作動流体としてはpHが変化し難いpH緩衝液が使用される。TAEはその代表例である。さらに、植物の単離細胞(プロトプラスト)など、浸透圧によって破砕されやすいものでは、浸透圧を調整する事が望ましい。既述の植物(ズッキーニ)の単細胞を用いた実施形態では、浸透圧調整成分としてのd−マンニトールという糖の水溶液を使用した。
【0095】
以上説明したように、本実施形態に係るチップ型反応器1にあっては、感光性樹脂を微細流路23の構造材料として用いている。このため、従来のようなガラスの直接加工、エッチングプロセス、及び特殊なインプリント金型を用いる必要は無く、流路パターンの設計作業の容易化、パターンの高精度化、流路集積度の向上、製作工程の簡単化、微細構造の小形化などの要求を十分に満足させ得るチップ型反応器を提供することができる。すなわち、既述のくびれ部を形成する微細なパターンを機械加工により形成するのは至難であるが、本発明のように各槽や流路のパターン部を感光性樹脂を使用してフォトリソグラフィにより形成することで、くびれ部などの微細パターンを精度よく短時間で形成でき、量産にも適したものとなる。
【0096】
特に、DNA抽出にチップ型反応器1を使用する場合、従来のマイクロチューブと呼ばれる容器を用いる場合に比べて格段に優れた作用効果を発揮する。つまり、単に、操作が簡単化されて省力化を推し進めることが可能であることに止まらず、本実施形態のように、反応器としてチップ化することで、少量のサンプルを処理でき、どの細胞から抽出されたものであるか、すなわち単一細胞からの抽出物を特定してDNA解析に掛けることもできる。また、抽出したサンプルをそのまま、すなわち反応器ごと、試料台に固定することができ、サンプルの破砕や分解を防止することができる。すなわち、DNA解析に必要な分離、抽出、固定といった一連の基本操作を簡単に且つ高精度(微量対応化)に行なうことができる。また、かかるチップ型反応器1は、小型であるから扱い易く、また量産が可能になるから、安価に提供できる。
【0097】
またさらに、既述の第3の実施形態では、細胞を導入する導入槽において、細胞の破砕を行わず、代わりに流路に細胞がトラップされるくびれ部を設け、かつ、流路にトラップされた細胞を破砕するための電極を設けているので、導入層に、細胞を分解するための薬液を加える必要がない。これにより、抽出される核酸に不純物としての薬液が混入するおそれがなく、かつ、薬液の取扱に注意を要する事も不要になる。
【0098】
また、細胞破砕のタイミングを外部から制御することができ、目的とする細胞内構成物質の抽出作業を迅速化することができる。
【0099】
なお、図9に於ける62a,62b及び図10に於ける、64a,64bは、電極パターン上に形成される樹脂の各槽、及び流路のパターン露光の際に、マスクの位置あわせを行うためのアライメントマークである。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】本発明の一実施形態に係るチップ型反応器を模式的に示す平面図。
【図2】図1中のII−II線に沿った断面を模式的に示す断面図。
【図3】基板上に形成された各槽、流路、及び電極の相互間の位置関係を示す基板及び樹脂フィルム層の平面図。
【図4】図3中のIV−IV線に沿った断面を模式的に示す断面図。
【図5】実施形態に係るチップ型反応器の作製工程を説明する図。
【図6】パターンマスクの例を示す平面図。
【図7】本発明の第二の実施形態に係るチップ型反応器を模式的に示す平面図。
【図8】本発明の第三の実施形態に係るチップ型反応器の断面図。
【図9】基板上に形成された各槽、流路、及び電極の相互間の位置関係を示す感光性樹脂材料層の平面図。
【図10】膜状電極を構成する電極パターンの平面図。
【図11】チップに設けた細胞捕獲トラップの他の実施例を示す平面図。
【図12】実施例と比較例に対象細胞を導入したときの細胞捕獲確率と捕獲部の流路幅との関係を示す特性図。
【図13】実施例と比較例に対する細胞駆動テスト結果を示す図であって、電極間電圧と細胞の移動速度との関係を示す特性図。
【図14】図9の各槽のパターンに図10の電極パターンを重ね合わせた平面図である。
【図15】細胞トラップ部に位置する、電極同士の対向部分の拡大図である。
【図16】流路の細胞トラップ部と電極同士の対向部分の位置関係を説明する平面図である。
【符号の説明】
【0101】
1 チップ型反応器
11 ガラス基板
12 樹脂フィルム層
13 カバーガラス
14 膜状電極
21 反応槽
22 廃液槽
23 微細流路(流路)
25 シリカ槽
31 パターンマスク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
この基板上に配置され、且つ、試料用の流体を導入する複数の槽及び当該複数の槽間を連通させる流路を前記基板上に形成する樹脂層と、を備え、
前記樹脂層を感光性樹脂で形成したことを特徴とする反応器。
【請求項2】
前記基板はガラス材料により形成され、前記樹脂層をフィルム状の感光性樹脂で形成された、請求項1に記載の反応器。
【請求項3】
前記複数の槽は、細胞導入槽、廃液槽、及び、吸着槽とから成り、前記細胞導入槽と前記廃液槽とを前記流路を介して相互に連通させるとともに、当該流路の途中に前記吸着槽を配置して、抽出対象である細胞内構成物質を得るように構成した請求項2に記載の反応器。
【請求項4】
前記細胞導入槽が、細胞と当該細胞の破砕作用を持った薬液との反応を行う反応槽から構成されている、請求項3記載の反応器。
【請求項5】
前記流路は、前記吸着槽を介して前記細胞導入槽と前記廃液槽とを直線状に相互に連通させる直線流路である、請求項3に記載の反応器。
【請求項6】
少なくとも前記吸着槽にカバー部材を被着させた、請求項3乃至5のいずれか1項記載の反応器。
【請求項7】
前記複数の槽は、細胞導入槽と廃液槽から成り、前記細胞導入槽と前記廃液槽とを前記流路を介して相互に連通させるとともに、当該流路の途中に細胞捕獲トラップを配置して、DNAもしくはその他の細胞内構成物質の抽出に供するように構成した、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の反応器。
【請求項8】
前記トラップに捕獲された細胞を通電破砕するための電極部を当該トラップに対応させて設けた、請求項7記載の反応器。
【請求項9】
前記トラップをくびれ部を持つように形成し、このくびれ部のサイズを前記細胞導入槽に導入される細胞のサイズの10%以上90%以下にした、請求項7又は8記載の反応器。
【請求項10】
前記トラップを延長されたくびれ部を備える請求項7乃至9のいずれか1項記載の反応器。
【請求項11】
前記くびれ部の前記細胞導入槽側から前記廃液槽に向けて、径が徐々に小さくなる漏斗状又はテーパ状に形成されてなる、請求項9又は10記載の反応器。
【請求項12】
前記流路は、前記細胞捕獲トラップを介して前記細胞導入槽と前記廃液槽とを直線状に相互に連通させる直線流路である、請求項7に記載の反応器。
【請求項13】
前記細胞導入槽及び前記廃液槽に電圧印加用の電極をそれぞれ配設した、請求項1乃至12のいずれか1項記載の反応器。
【請求項14】
前記細胞導入槽と前記廃液槽とを前記流路を介して相互に連通させる第1流路の途中に第2の流路を交差させ、当該第2の流路に細胞内目的物質を前記第1流路から分離するための、抽出液槽及び抽出槽を備える、請求項3乃至13のいずれか1項に記載の反応器。
【請求項15】
物質間反応に供する反応器の製造方法において、
基板上の所定箇所に電極を形成し、
前記電極を形成した前記基板上に感光性樹脂層を形成し、
試料用の流体を導入する複数の槽及び当該複数の槽間を連通させる流路を描画したパターンマスクを前記感光性樹脂層に被せて露光し、
露光した前記感光性樹脂層を現像することで前記複数の槽及び前記流路を前記基板上に形成することを特徴とする反応器の製造方法。
【請求項16】
前記基板はガラス材料により形成され、前記樹脂層をフィルム状の感光性樹脂で形成したことを特徴とする請求項15に記載の反応器の製造方法。
【請求項17】
前記複数の槽は、細胞導入槽、廃液槽、及び、吸着槽から成り、前記細胞導入槽と前記廃液槽とを前記流路を介して相互に連通させるとともに、当該流路の途中に前記吸着槽を配置して細胞内構成物質抽出に供する請求項15に記載の反応器の製造方法。
【請求項18】
少なくとも前記吸着槽にカバーガラスを被着させる、請求項15乃至17の何れか一項に記載の反応器の製造方法。
【請求項19】
前記複数の槽は、細胞導入槽と廃液槽から成り、前記細胞導入槽と前記廃液槽とを前記流路を介して相互に連通させるとともに、当該流路の途中に細胞捕獲トラップを配置して、DNAもしくはその他の細胞内構成物質の抽出に供する請求項15に記載の反応器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2006−78475(P2006−78475A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−231249(P2005−231249)
【出願日】平成17年8月9日(2005.8.9)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】