説明

反応装置及び反応方法

【課題】低温で短時間かつ効率良く薄膜を酸化又は還元する反応装置及び反応方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る反応装置は、チャンバー3と、前記チャンバー内に配置され、薄膜が形成された基板1を保持する保持機構2と、極性溶媒のpHを調製するpH調製機構と、前記pH調製機構によってpHが調製された極性溶媒を加熱する加熱機構と、前記加熱機構によって加熱された前記極性溶媒を前記保持機構に保持された前記基板に供給する供給機構と、を具備し、前記pHが調製され且つ加熱された極性溶媒によって前記薄膜に酸化反応又は還元反応を起こさせることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、pHが調製された極性溶媒によって薄膜に酸化反応又は還元反応を起こさせる反応装置及び反応方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、圧電体等の酸化物の形成には、種々の作製技術が用いられて来た。例えば、超臨界法、水熱法、及びその両方の方法が、種々圧電体の単結晶の合成法として用いられている。中でもクオーツ単結晶は工業的に成功しており、腕時計等の発振子用途の圧電デバイスとして量産化されて久しい。近年では、IT産業の目覚ましい発展にともない大容量高密度メモリの開発が進められている。現在、メモリの主流であるDRAMにおいてセル面積を決定するキャパシタの微細化を目的として、従来のシリコン酸化膜に代わる材料として高誘電体絶縁膜が注目されている。チタン酸バリウム(BaTiO)はその候補のひとつの物質である。高結晶性でかつ数10nmのチタン酸バリウム微粒子は流通型超臨界水熱技術によって合成される(例えば特許文献1参照)。
【0003】
ここで、水熱合成法では、原料であるチタン水酸化物と水酸化バリウムを水熱処理することで、結晶性チタン酸バリウムを合成する(例えば非特許文献1参照)。水熱合成法では数10nmの微粒子が生成されるが、低温かつ高濃度のアルカリ性の条件下で反応させるため、チタン酸バリウムの結晶化度はかならずしも高くなく、表面や内部に水酸化物イオンを含む場合が多い。高濃度のアルカリの添加は、チタン酸バリウムの生成反応が、酸化チタンを中間生成物として経るためと、酸化チタンの溶解を促進するためである(例えば非特許文献2参照)。さらに、酸化チタンの溶解が律速となり、チタン酸バリウムを高い収率で得るためには数時間から数日の長時間の反応時間を必要とする。
【0004】
一方、機能性酸化物薄膜の形成には、スパッタ法、蒸着法やゾルゲル法で合成した原料溶液を用いたスピンコート法が広く知られている。しかしながら、従来の機能性酸化物薄膜形成方法は、全て最終的な酸化物の結晶性はRTA(急速加熱焼結装置)や管状炉等の熱エネルギーで直接結晶性を向上させる焼結炉によって為されて来た。例えば、前述のチタン酸バリウムを用いた誘電体絶縁膜は、前述の微粒子合成の他、従来よりゾルゲル法の薄膜技術を応用した手法が検討されている(例えば非特許文献3参照)。しかし、基板上に成膜する場合、チタン酸バリウムのプレカーサを塗布した後、結晶化のための800℃から1000℃の加熱が必要である。その加熱が基板材料やトランジスタへダメージを与えるため、基板に用いることができる材料は制限されて来たというのが、従来の技術である。
【0005】
さらに、ゾルゲル法は、原料にチタンアルコキシドとバリウムアルコキシドの混合溶液を還流操作により複合アルコキシドを作成した後に、徐々に塩との加水分解反応によって、アモルファスまたは部分的に結晶化したチタン酸バリウムのプレカーサを得、それをRTAや管状炉等の加熱酸化炉設備を用いて、800℃から1000℃で熱処理することで行われる(例えば特許文献2参照)。
【0006】
ここで、熱処理する前の非結晶性プレカーサは非常に結晶性が低いBaTiOであり、これらは、RTAや管状炉による熱処理によって、粒子成長、凝集体、多結晶体となり、目的とする酸化物以外の酸化物となる可能性もある。
【0007】
もう一度、ここで従来技術を纏めると、従来の酸化物形成技術として、超臨界法、水熱法は、機能性酸化物の単結晶や粉末等の作製技術として用いられて来た。一方、機能性酸化物からなる数100nmの膜厚の薄膜をMEMS、強誘電体メモリ、圧電デバイス、各種センサ素子等に採用するには、これまではスパッタ法、蒸着法やゾルゲル法による原料溶液を用いて、スピンコート法で形成する等の方法が広く検討されているが、最終的な結晶性は、RTAや管状炉等の熱エネルギーを直接与えて、結晶性を向上させて来たのが従来の技術である。
【0008】
【特許文献1】特開2003−261329
【特許文献2】特開平3−39014
【非特許文献1】Powder Tech., 110, 2(2000)
【非特許文献2】J. Eur. Ceram. Soc., 19, 973(1999)
【非特許文献3】Appl.Phys. Lett., 59, 3547(1991)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、前述した従来の流通型超臨界水熱技術は、全て単結晶や微粒子を合成するための技術であって、近年のIT産業の目覚ましい発展にともなう、半導体デバイスに用いられる酸化物薄膜形成技術に直接用いることができないのが課題である。
【0010】
また、従来の水熱合成法によってチタン酸バリウムを合成する方法では、酸化チタンの溶解が律速となり、チタン酸バリウムを高い収率で得るためには数時間から数日の長時間の反応時間を必要とすることも課題である。
【0011】
また、従来の酸化物薄膜形成方法は、結晶化のために800℃以上の加熱が必要であり、基板材料やトランジスタへダメージを与えるという課題がある。
【0012】
本発明は上記の課題に着目してなされたもので、上記のいずれかの課題を解決することを目的とする。
また、本発明の他の目的は、低温で短時間かつ効率良く薄膜を酸化又は還元する反応装置及び反応方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る反応装置は、チャンバーと、
前記チャンバー内に配置され、薄膜が形成された基板を保持する保持機構と、
極性溶媒のpHを調製するpH調製機構と、
前記pH調製機構によってpHが調製された極性溶媒を加熱する加熱機構と、
前記加熱機構によって加熱された前記極性溶媒を前記保持機構に保持された前記基板に供給する供給機構と、
を具備し、
前記pHが調製され且つ加熱された極性溶媒によって前記薄膜に酸化反応又は還元反応を起こさせることを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係る反応装置において、前記pH調製機構によってpHが調製された極性溶媒を加圧する加圧機構をさらに具備し、前記pHが調製され且つ加熱及び加圧された極性溶媒によって前記薄膜に酸化反応又は還元反応を起こさせることも可能である。
【0015】
また、本発明に係る反応装置において、前記加熱機構によって前記極性溶媒を500℃以下に加熱することも可能である。
また、本発明に係る反応装置において、前記加圧機構によって前記極性溶媒を5kg/cm以上に加圧することも可能である。
【0016】
また、本発明に係る反応装置において、前記基板に供給された前記極性溶媒を前記チャンバーの外に導き、その導かれた前記極性溶媒を再び前記チャンバー内に導入して循環させる循環機構をさらに具備することも可能である。
【0017】
また、本発明に係る反応装置において、前記基板に供給される前記極性溶媒が超臨界流体の状態であることも可能である。
【0018】
本発明に係る反応方法は、pH7超のアルカリ性に調製され且つ加熱された極性溶媒を、基板上に形成された薄膜に供給することにより、前記薄膜に酸化反応を起こさせることを特徴とする。
【0019】
本発明に係る反応方法は、pH7未満の酸性に調製され且つ加熱された極性溶媒を、基板上に形成された薄膜に供給することにより、前記薄膜に還元反応を起こさせることを特徴とする。
【0020】
また、本発明に係る反応方法において、前記極性溶媒は、水蒸気又は5kg/cm以上に加圧され且つ500℃以下の水蒸気であることも可能である。
また、本発明に係る反応方法において、前記極性溶媒は超臨界流体の状態であることも可能である。
また、本発明に係る反応方法において、前記極性溶媒には超音波の疎密波が導入されていることも可能である。
【0021】
本発明に係る反応装置は、200MPaの高圧下で使用可能なチャンバーと、
前記チャンバー内に配置され、酸化物薄膜の前駆体が形成された基板を保持する保持機構と、
前記基板を加熱する加熱機構と、
極性溶媒をpH7超pH14以下に調製するpH調製機構と、
前記極性溶媒を加熱又は加圧する加熱加圧機構と、
前記加熱加圧機構によって加熱又は加圧された極性溶媒を、前記保持機構に保持され且つ前記加熱機構で加熱された前記基板に供給する供給機構と、
を具備し、
前記供給機構によって供給された前記極性溶媒によって前記酸化物薄膜の前駆体の結晶化を行うことを特徴とする。
【0022】
また、本発明に係る反応装置において、前記酸化物薄膜の前駆体の結晶化を行う際に、前記チャンバー内を前記超臨界状態に保持する第1機構と、前記第1機構により上昇した圧力を逃がす第2機構と、前記チャンバー内の圧力を大気圧に戻す第3機構とをさらに具備することも可能である。
【0023】
また、本発明に係る反応装置において、前記pH調製機構でpHを調製する前の極性溶媒は、pHを中性又はアルカリ性の水、或いはアルコールであることも可能である。
また、本発明に係る反応装置において、前記pH調製機構は、極性溶媒をpH10以上pH14以下の強アルカリ性に調製する機構であることも可能である。
【0024】
また、本発明に係る反応装置において、前記加熱加圧機構は、前記極性溶媒を200℃以上500℃以下の温度範囲に加熱又は加圧する機構であることも可能である。
また、本発明に係る反応装置において、前記加熱加圧機構は、前記極性溶媒を1.5MPa以上50MPa以下の圧力範囲に加熱又は加圧する機構であることも可能である。
【0025】
また、本発明に係る反応装置において、前記酸化物薄膜の前駆体を結晶化させる際に、前記加熱機構によって前記基板を加熱する温度を200℃以上700℃以下の範囲とすることも可能である。
また、本発明に係る反応装置において、前記加熱加圧機構は、極性溶媒を超臨界状態又は亜臨界状態に加熱又は加圧する機構であることも可能である。
【0026】
また、本発明に係る反応装置において、前記極性溶媒を圧力一定条件の下で、前記加熱加圧機構によって超臨界状態又は亜臨界状態に温度変化させ、前記超臨界状態又は亜臨界状態とされた極性溶媒のイオン積変化を用いて前記酸化物薄膜の水熱酸化を促進させることも可能である。
【0027】
また、本発明に係る反応装置において、前記極性溶媒を温度一定条件の下で、前記加熱加圧機構によって超臨界状態又は亜臨界状態に圧力変化させ、前記超臨界状態又は亜臨界状態とされた極性溶媒のイオン積変化を用いて前記酸化物薄膜の水熱酸化を促進させることも可能である。
【0028】
また、本発明に係る反応装置において、前記チャンバー内に超音波の疎密波を導入する超音波導入装置をさらに具備することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明は、半導体の重要構成要素である電子材料のひとつである誘電体絶縁膜、及びMEMSや強誘電体メモリ、圧電体センサ、インクジェットヘッド等、種々機能性酸化物薄膜を用いたアクチュエーター、センサ、半導体デバイス等に使用可能なものである。
【0030】
本発明は前述した課題に着目してなされたもので、高結晶の機能性酸化物薄膜を、低温で短時間かつ効率良く製造することの出来る、超臨界水熱技術を薄膜の加熱酸化炉(焼結)技術に用いるという全く新規な機能性酸化物薄膜の製造方法を実現している。
【0031】
先ず、本発明が基本としている超臨界技術及び水熱法について簡単に説明した後、本発明による画期的な機能性酸化物薄膜の製造方法について述べることとする。
【0032】
本発明の機能性酸化物薄膜の製造方法を用いることにより、400℃で強誘電体PZT薄膜が良好な単一配向性を有する良好な結晶薄膜として得られる。これは画期的な本発明によるものであり、本発明の装置とプロセスにより、初めて超臨界法と水熱法を用いた、半導体プロセスに適用可能な機能性酸化物薄膜の加熱酸化炉装置が完成した。
【0033】
近年、エネルギー・資源の制約、環境負荷の制約を克服し持続的発展可能な社会を形成するため、従来の豊富な資源、エネルギーを消費して、大量の廃棄物を出す大量生産型製造プロセスからの抜本的な改革が望まれている。その背景の下、安全・無害な水および二酸化炭素を、温度・圧力の操作により超臨界状態とすることで、有害な有機溶媒・溶剤の代替として利用する超臨界流体技術は、グリーンケミストリー、環境保全、リサイクル技術、材料の製造・加工技術など様々な方面で注目されている。ここでは、超臨界流体を利用して、超臨界水や超臨界アルコールを晶析溶媒として、Si基板上で機能性酸化物を直接超臨界水熱合成する機能性酸化物薄膜加熱酸化技術について述べる。
【0034】
物質は、温度、圧力の変化により、気体、液体、固体の3つの状態で移り変わる。これは、分子間引力のエネルギーと分子運動のエネルギーのバランスで決まる。分子間ポテンシャルエネルギーは有限の値をもつのに対し、運動エネルギーは温度とともに無限に大きくなる。したがって、温度を上げていくと、ある温度(臨界温度)以上で、分子間引力に関係なく常に運動エネルギーが分子間エネルギーよりも優勢となり、その結果、液体と同じ程度の密度を有しながら、個々の分子は気体と同じように自由に運動している高密度気体状態となる。このように、臨界温度、臨界圧力も高い状態が超臨界流体である。
【0035】
一方、超臨界流体の担い手は、水や二酸化炭素等の地表や大気に存在する安全な物質を用いることが基本である。勿論、全ての化学物質が超臨界状態を有しているが、超臨界法の大きな特徴は、比較的安全な物質を超臨界状態にすることで、大きな溶解力、分解力、酸化力等を引き出すことで、自然に土に戻らない強酸や強アルカリ等を、必要最小限しか用いないことが大前提である。水や二酸化炭素といった安全な物質を超臨界状態にすると、非常に活性な媒体に変化し、これを最大限有効利用して、地球環境の悪化を防止するということは、今後不可欠であり、このことが本発明の最大の効果であるため、本項目の最初に述べることとする。
【0036】
図5は、純物質の温度−圧力線を示す図である。この図は、物質の存在状態と温度、圧力の関係を表している。物質は温度と圧力条件により、固体、液体、気体と様々な状態で存在し、且つ2つ以上の状態が共存する場合も多々ある。例えば、コップの中に水を入れておくと、コップの下の部分は液体水、上の部分には水蒸気と二つの状態が一緒に存在している。図5において、二つの状態が共存する温度と圧力は曲線AとBで示されている。曲線Aは液体と気体、曲線Bは液体と固体の共存曲線である。この曲線上の温度と圧力では二つの状態が一緒に存在するが、曲線からはずれると、例えば曲線Aにおいて圧力が上がって上に移動すると、今度は液体のみが存在することになる。曲線Aを高温側にたどっていくと臨界点にぶつかり、ここで曲線は終点である。超臨界流体とは臨界点の温度である臨界温度(Tc)と圧力の臨界圧力(Pc)を超えた領域、つまり終点を超えた斜線部分の流体のことを言う。この流体は高圧、場合によっては高温・高圧の流体である。例えば、液体から超臨界流体に変化していく様子を説明すると、臨界点は物質に固有の値であり、表1に示すように、水の臨界温度は、374℃、臨界圧力は、22.1MPaであり、メタノールの臨界温度は239℃、臨界圧力は8.1MPaである。
【0037】
【表1】

【0038】
これまで述べたように、超臨界流体とは、液体的な性質と気体的な性質を合わせ持った非常に濃い蒸気のことである。超臨界流体の代表的な物性値を、液体および気体と比較した結果を表2に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
超臨界流体の密度は液体の1/5〜液体並みであり、気体に比べて数百倍である。溶媒の密度が大きいほど物質を溶解する力が大きくなることから、超臨界流体は液体並みの溶解力を有している。一方、粘度は気体並みに低く、拡散係数は気体と液体の中間なので、超臨界流体は気体並みの大きな流動性を有している。これらの物性値から、超臨界流体は気体分子と同程度の大きな運動エネルギーを持ち、液体に匹敵する高い密度と溶解力を持った非常に活性な流体である。またこれらの物性値は温度や圧力を変えることによって液体に近い値から気体に近い値まで連続かつ大幅に変化させることが可能である。
【0041】
更に、超臨界状態の分子は均一に分散しているのではなく、分子が互いに集まっているところとあまり集まっていないところが存在することが知られている。このような単位体積あたりに存在する分子数(分子密度)の不均一性は「密度ゆらぎ」と呼ばれ、臨界点に近いほど大きくなる。この密度ゆらぎが超臨界流体中での反応の加速や溶解度の急激な増加に関与している。
【0042】
現在、超臨界流体を溶媒や反応物として利用する場合に、環境への負荷が少ないこと、化学的に安定なこと、安全、低コストなどの面から超臨界水、超臨界二酸化炭素、超臨界アルコール(メタノールやエタノール)が注目されている。
【0043】
次に、本発明では、超臨界水及び超臨界アルコール類を用いている為、どちらも極性を持った溶媒である。そこで水の超臨界状態を中心にその役割ついて説明する。水の臨界温度は374℃、臨界圧力は22.1MPaと高温高圧であり、この温度と圧力を超えると超臨界水となる。
【0044】
まず初めに水の密度を取り上げる。図6に水の圧力−密度−温度の関係を示す。図6の下側の上に凸形の曲線が、液体水とその時に共存する水蒸気の密度を示している。凸型の曲線の頂点(CP点と表示)が水の臨界点であり、その右側の曲線が液体水、左側が水蒸気の領域である。日常生活で私たちが手に触れる20℃の液体水の密度はほぼ1g/cm(図中のA点)、その時の水蒸気の密度は0.000017g/cm(図中のB点)である。温度を100℃まで上げた時の沸騰している液体水の密度は0.958g/cm(図中のC点)、その時の水蒸気の密度は0.0006g/cm(D点)である。図6からわかるように、温度を上げると液体水の密度は左方向(低密度側)、水蒸気の密度は右方向(高密度側)に動く。そして374℃、22.1MPaの時、液体水と水蒸気の密度はCP点で重なり、全く同じ0.322g/cmの値を示す。つまり液体水と水蒸気の密度差がなくなった結果、両方が完全に混じり合って均一の超臨界水を作ることとなる。さらに温度と圧力を上げて390℃、25MPaの超臨界水では密度は0.215g/cm(E点)、同じ25MPaの超臨界水で450℃まで温度を上げると0.109g/cm(F点)と、超臨界水の密度は液体水と水蒸気の間の値となり、温度が低く圧力が高いと液体水に近く、逆に温度が高く圧力が低いと水蒸気に近い値になる。そしてその値は温度と圧力により連続的に変化する。
【0045】
温度と圧力により大きく変化する重要な物性の2つ目は、誘電率(正確には比誘電率)である。水の誘電率における圧力と温度の依存性を図7に示す。誘電率は溶媒の極性の尺度で、誘電率が大きいほど極性が高くなり、酸、アルカリ、塩類といったイオン性の物質をよく溶かす。例えば室温、大気圧の液体水の誘電率は約80で、この時には食塩のような電解質をよく溶かすが、極性の低い油類(油脂の誘電率は2〜3程度)は溶解することは出来ない。一方、400℃、25MPaの超臨界水では3程度と極性の低い有機溶媒並の値(例えば室温、大気圧のベンゼンの誘電率は約2)となるため、誘電率の低い油類も容易に溶解する。
【0046】
逆に水を室温、大気圧から高温高圧にすることによって、今まで溶解していたものが溶解しなくなるということも起こる。図8に代表的な無機塩の高温高圧水中への溶解度の温度依存性を示す。ここで圧力は25MPaと水の臨界圧力を超えているので、横軸の温度が374℃を超えると超臨界水になる。一方、374℃以下では高温高圧の液体水として存在する。25℃、大気圧という身の回りに存在する液体水には35.9wt%容解する食塩(NaCl)も、500℃、25MPaの超臨界水中にはわずか150ppm(0.015wt%)しか溶けない。
【0047】
3つ目の温度と圧力により大きく変化する水の重要な物性はイオン積(Kw)である。水のイオン積の温度および圧力依存性を図9に示す。イオン積とは、混じり物がない純水がどの程度水素イオン(H)と水酸イオン(OH)に解離しているかを示す尺度である。
O ⇔ H+OH
【0048】
この値は水素イオンと水酸イオンの濃度の積、すなわちKw=〔H〕〔OH〕で定義され、室温、大気圧の液体水では10−14mol/kgである。言い換えると、10億分の2の水が解離し、水素イオンと水酸イオンを生成していることになる。イオン積が注目されるのは、水の解離によって生成した水素イオンや水酸イオンが反応を促進する触媒として働くからである。例えばイオン積が十分に大きいと、環境に悪影響を与える強酸や強アルカリを加えずに、水自身が生成する水素イオンや水酸イオンを触媒として使って、加水分解を行うことが可能になる。図9からわかるように、温度、圧力が高くなるとイオン積は増大し、250〜300℃付近の高温高圧の液体水で極大値の10−11mol/kgとなる。この時の水の解離度は1億分の6まで上昇し、室温の水の約30倍の値となる。この結果、300℃付近の高温高圧の液体水中では、水自身の解離により生成したこれらのイオンが触媒になり、有機物の加水分解や水和反応といった水が関与するイオン反応が加速される。さらに温度が上昇し、臨界点を少し超えた380℃、25MPaでは10−13.5と室温、大気圧の水のイオン積に近くなる。そして374℃以上の超臨界水では、イオン積は温度のみならず圧力によっても大きく変化する。図9からわかるように、温度が上がると減少し、圧力が上がると上昇する。
【0049】
金属塩水溶液を加熱すると、イオン反応平衡は水酸化物、酸化物側にシフトする。この平衡のシフトを利用した金属酸化物の合成法が水熱合成である。
AX+2HO ⇒ A(OH)2+2H+X ・・・(1)
AX+HO ⇒ AO+2H+X ・・・(2)
ここで、Aは、Pb、Bi、Ba、Ti、Nb、Zr、Zn、Mn、・・・に代表される、金属元素であり、Xは、NO、SO、F、Cl、Br、I、CO、・・・に代表される、非金属元素及び分子を示す。
【0050】
上記の式(1),(2)どちらの反応も加圧、加温条件下では、その時の条件に応じて、右側にシフトする。すなわち、上記式(1)の場合、水酸化物が合成され、上記式 (2)の場合、酸化物が合成される。
【0051】
上記の式(1),(2)それぞれにおいて反応が右側にシフトする駆動力は、水のイオン積が上昇することに起因する。つまり、イオン積が上昇する方向は、Hが増大する、すなわち式(1),(2)の右方向へのシフトを意味する。
【0052】
通常、上記の式(1),(2)は同時に起こり、その割合、すなわち、反応の右側へのシフトの結果、生じた酸化物と水酸化物の割合は、溶媒のpHに応じて、式(1)と式(2)のシフト量の違いが発生し、その違いに応じて決まるものである。
【0053】
以下にさらに詳細に説明する。
水のイオン積が上昇すると、前述したようにHOはHとOHに解離する。つまり、酸(H)とアルカリ(OH)が、同数だけ増加する。この時、上記の式(1),(2)は、どちらもが発生する可能性がある。
【0054】
ここで、例えば産業用途を考えた場合、どちらもが発生することは好ましくない。酸化物なら酸化物、水酸化物なら水酸化物が得られることが好ましい。
【0055】
そこで、水溶液中に酸又はアルカリを添加して、溶媒のpHを酸性かアルカリ性のどちらか一方にずらすことで、式(1)か式(2)のどちらか一方の反応のみが生ずるように反応場を設定する。
【0056】
まず、式(2)の酸化物合成の場合について説明する。
反応場水溶液のpHを7より大きくする。実際に水熱法で酸化物を合成する場合、pHを限りなく14に近づけて強アルカリ性に設定する。これにより、式(2)の反応を生じさせることができ、酸化物を得ることができる。この理由を以下に詳細に説明する。
【0057】
式(2)で反応が右にシフトすると、AOという酸化物と同時に、還元剤のHが生成される。通常、酸化物は、簡単にHによって、還元されることが知られている。つまり、AOとHは同時に存在せずに、A(OH)2へと速やかに変化する筈である。この時に、水溶液のpHが14、つまり強アルカリ性であった場合、即ち、OHを多く含む反応場の場合、式(2)の反応が右にシフトして発生したHは、溶媒中のOHと結合して、HOとなることで、AO酸化物の還元に寄与しなくなる。従って、AOとして安定に存在することとなる。また、このことが、式(2)の反応が右にシフトするのを更に促進する。つまり、式(2)によって発生した水素イオンHがHOとなって消費されることで、Hを合成する方向に式(2)はシフトされ、AOとHを合成する。
【0058】
ここで、HOがHとOHに解離することで、式(2)が右にシフトして、同時に、アルカリ性溶媒中のOHによって、HはHOとなるということを、同一溶液中で起こすことが可能な理由は、前述した水のイオン積について説明したとおりである。
【0059】
つまり、圧力、温度の上昇により、水のイオン積は上昇する。これに呼応して、上記の式(2)は、右方向に反応がシフトする。この際の水のイオン積(Kw)は、10−14mol/kgが、最大で10−11mol/kgに変化する程度である。つまり、水素イオン(H)と水酸イオン(OH)に解離する量が水の10億分の2から1億分の6へと増大する。すなわち、水のイオン積(Kw)が最大で30倍増大する。このため、式(2)が右へシフトする可能性が最大30倍増大する。しかし、水のイオン積が30倍増大した反応場であっても、水の大部分である1億分の(1億−6)は、HO分子として存在する。つまり、大部分がHO分子として存在する中に、解離したHとOHが存在することになる。
【0060】
以上の説明により、HOがHとOHに解離することで、式(2)が右にシフトして、同時に、アルカリ性溶媒中のOHによって、HはHOとなることで、益々、式(2)が右にシフトすることが理解できる。つまり、HOは、触媒として作用することが理解できる。
【0061】
次に、式(1)の水酸化物合成の場合について説明する。
反応場水溶液のpHを7より小さくする。実際には、pHを限りなく1に近づけて強酸性に設定する。これにより、式(1)の反応を生じさせることができ、水酸化物を得ることができる。この理由を以下に説明する。
【0062】
反応場水溶液のpHが7より小さい場合、即ち、酸性の場合、上記とは逆に、水酸化物A(OH)2が生成する。特に、pHが1に限りなく近い場合、即ち、強酸性の場合は、殆ど全てが、A(OH)2として存在することになる。つまり、AOが生成しても、同時に生成した水素イオンHによって、速やかに、AOは還元されて、A(OH)2へと変化する。水溶液を酸性とすること、即ち、Hを多く含むことにより、益々、AOとしては存在せずに、A(OH)2として存在することとなる。
【0063】
つまり、式(1)によって、生成したA(OH)2は、安定に存在し、且つ、式(2)によって生成したAOは、水溶液中のHによって還元され、A(OH)2と変化する。結果として、式(1)の反応が進行する。
【0064】
以上、述べてきたように、pHが、強酸性で1か、限りなく1に近い場合、式(1)によって、殆ど全ての生成物が、A(OH)2水酸化物として存在し、式(1)のみで反応は進行する。
【0065】
一方、pHが、強アルカリ性で14か、限りなく14に近い場合、式(2)によって、殆ど全ての生成物が、AO酸化物として存在し、式(2)のみで反応は進行する。
【0066】
また、pHが弱酸性又は弱アルカリ性の場合は、その強度に応じて、上記の式(1),(2)が、同時に進行し、酸化物と水酸化物がどちらも発生することになり、その時のpHに応じて、生成する酸化物と水酸化物の比率は異なることになる。
【0067】
また、水溶液のpHが中性の場合は、その反応駆動力が水のイオン化のみであり、水溶液中にHとOHが等しい濃度で存在することから、酸化物と水酸化物が、同時に1:1の割合で存在することとなる。加えて、その反応駆動力は、水の解離エネルギーのみとなる。
以上が水熱法により酸化物或いは水酸化物を合成するメカニズムである。
【0068】
核生成理論に基づけば、反応晶析における核生成速度は、生成物の生成速度と溶解度の比である過飽和度によって決まる。図10に超臨界条件での様々な金属塩の水熱反応速度(生成速度)を示す。矢印で示すように、金属塩種類によらず、400℃で速度定数(実験値)は亜臨界領域の値から補外した値よりも数桁ほど大きな値を示している。これは、超臨界条件では水の誘電率が著しく低下したためである。一方、もうひとつの支配因子である溶解度も、誘電率の低下にともなって極めて小さくなる。よって、超臨界水は短い時間で極めて高い過飽和度を与えることができる。すわなち、機能性酸化物薄膜の結晶化に非常に適した反応場であるといえる。
【0069】
これまで説明した二つの技術をベースに、全くこれまでとは異なった、本発明による機能性酸化物薄膜の製造技術とその反応装置について説明する。この反応装置は、酸化及び還元のいずれの反応も可能な装置である。
【0070】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
図1は、本発明の実施の形態による反応装置を示す構成図である。この反応装置は、基板(例えばSi基板)1の上に塗布された機能性酸化物薄膜を低温で結晶化することができる装置である。この装置は、例えば半導体プロセスに適用可能な超臨界流体による水熱法を用いた機能性酸化物薄膜形成用の装置である。
【0071】
反応装置は例えば200MPaの高圧下で使用可能なチャンバー3を有し、このチャンバー3内にはSi基板1を保持する保持部(保持機構)2が配置されている。この保持部2はSi基板1を加熱する基板加熱ヒーターを有している。Si基板1としては、酸化反応又は還元反応を行う薄膜が表面に形成されたものを用いることができ、例えば、白金等の貴金属薄膜上に機能性酸化物薄膜の前駆体(図示せず)が塗布されたものを用いることができる。このSi基板1は、予め保持部2の基板加熱ヒーターによって加熱保持されている。
【0072】
水やアルコールに代表される極性溶媒5とアルカリ性調製材を含む第1のpH調製材6をリアクタ供給用容器(混合容器)12内で混合することによりpH7を超えたアルカリ性にpH調製された極性溶媒4を、バルブV1、圧力計PG1、ポンプPUMP1、バルブV2、圧力計PG2、バルブV3、加熱ヒーター7、圧力計PG3を通過させて亜臨界状態とし、続けて保持部2の基板加熱ヒーターを通過させて超臨界状態と状態変化させる。この溶媒、即ちアルカリ性にpH調製された超臨界流体を、Si基板1上の前記機能性酸化物薄膜の前駆体に供給する。これにより、この前駆体に酸化反応を起こさせて機能性酸化物薄膜の結晶化を行うことができる。
【0073】
また、リアクタ供給用容器12は、そのリアクタ供給用容器12内の極性溶媒4がバルブV4、ポンプPUMP2、バルブV5を通してpH計18に供給され、このpH計18に供給された極性溶媒4が再びリアクタ供給用容器12内に戻される経路を有している。前記pH計18は、極性溶媒4のpHを測定するものである。
【0074】
また、Si基板1として還元反応を行う薄膜が表面に形成されたものを用いることもできる。水やアルコールに代表される極性溶媒5と酸性調製材を含む第2のpH調製材11をリアクタ供給用容器12内で混合することによりpH7より低い酸性にpH調製された極性溶媒4を、バルブV1、圧力計PG1、ポンプPUMP1、バルブV2、圧力計PG2、バルブV3、加熱ヒーター7、圧力計PG3を通過させて亜臨界状態とし、続けて保持部2の基板加熱ヒーターを通過させて超臨界状態と状態変化させる。この溶媒、即ち酸性にpH調製された超臨界流体を、Si基板1上の薄膜に供給する。これにより、この薄膜に還元反応を起こさせることができる。
【0075】
なお、超臨界状態の流体をSi基板1上に供給しているが、超臨界状態まで状態変化させなくてもアルカリ性又は酸性にpH調製され且つ加熱及び加圧された極性溶媒4、例えば水蒸気を基板1上に供給しても薄膜の酸化又は還元反応を起こさせることが可能である。つまり、超臨界状態に近づけるほどより低温で短時間かつ効率良く酸化又は還元反応を起こさせることができるが、薄膜の酸化又は還元反応であれば超臨界状態まで状態変化させなくても実用化が可能な程度に低温で短時間かつ効率良く酸化又は還元反応を起こさせることができる。
【0076】
以下に、超臨界流体による水熱法を用いた酸化反応又は還元反応を行う図1に示す反応装置について更に詳細に説明する。
【0077】
本装置は、チャンバー3と、極性溶媒5を収容する極性溶媒用容器13と、第1のpH調製材6を収容するpH調製材用容器14と、第2のpH調製材11を収容するpH調製材用容器15と、チャンバー3の下部に配置されたチャンバー3を加熱する第1の加熱ヒーター8と、チャンバー3の上部に配置されたチャンバー3を加熱する第2の加熱ヒーター10と、チャンバー3内に供給された極性溶媒をチャンバー3から排出して回収する回収用容器16と、前記回収機構16と前記チャンバー3との間に配置され、前記チャンバー3から排出された極性溶媒を冷却する冷却機構17と、を有している。
【0078】
極性溶媒用容器13は、バルブV12、ポンプPUMP4、バルブV13、圧力計PG8、バルブV14、配管を介してリアクタ供給用容器12に接続されている。また、pH調製材用容器14は、バルブV15、ポンプPUMP5、バルブV16、圧力計PG9、バルブV17、配管を介してリアクタ供給用容器12に接続されている。また、pH調製材用容器15は、バルブV18、ポンプPUMP6、バルブV19、圧力計PG10、バルブV20、配管を介してリアクタ供給用容器12に接続されている。また、リアクタ供給用容器12には圧力計PG11が接続されている。
【0079】
冷却機構17は、極性溶媒が通る配管に冷却水が供給されることで極性溶媒を冷却する機構であり、前記冷却水が入口INから導入され、WFM(耐熱用で切削切粉、溶接スパッタ等からの保護またノイズ対策として使用できる防水フレキシブルチューブ)、コンデンサ17aを通った冷却水が出口OUTから出される。
【0080】
また、本装置は超臨界状態を任意に保持する為の安全弁9を有し、この安全弁9は、チャンバー3内の過剰に上昇した圧力を逃がしたり、チャンバー3内を大気圧に戻すためのものである。
【0081】
次に、図1に示す反応装置の動作について説明する。
チャンバー3内に基板1を挿入し、この基板1を保持部2に保持させ、基板1を200℃以上700℃以下の温度範囲で加熱する。また、チャンバー3を第1及び第2の加熱ヒーター8,10によって所定の温度に加熱する。
【0082】
次いで、極性溶媒用容器13内の極性溶媒5をリアクタ供給用容器12に導入し、pH調製材用容器14内の第1のpH調製材6又はpH調製材用容器15内の第2のpH調製材11をリアクタ供給用容器12に導入する。これにより、リアクタ供給用容器12内で極性溶媒5のpH調製を行う。
【0083】
次いで、リアクタ供給用容器12内でpH調製された極性溶媒4を加熱ヒーター7によって加熱して所定温度及び所定圧力に調整し、この調整した極性溶媒をチャンバー3内の基板1に形成された薄膜に供給する。これにより、薄膜に酸化反応又は還元反応を起こさせることができる。このときの極性溶媒は、薄膜への処理内容によって種々の状態のもの、例えば、水蒸気からなる極性溶媒、500℃以下の温度の極性溶媒、200℃以上500℃以下の温度範囲の極性溶媒、5kg/cm以上の圧力の極性溶媒、超臨界状態の極性溶媒、亜臨界状態の極性溶媒、pH7超のアルカリ性に調製された極性溶媒、pH7未満の酸性に調製された極性溶媒、pH10以上pH14以下の強アルカリ性に調製された極性溶媒、1.5MPa以上50MPa以下の圧力範囲の極性溶媒などを用いることができる。
【0084】
次いで、チャンバー3内の極性溶媒は、安全弁9、圧力計PG4を介して冷却機構17に供給され、この冷却機構17によって所定温度以下まで冷却される。この冷却された極性溶媒は、圧力計PG5、バルブV6,V7,V8、圧力計PG6を介して回収用容器16によって回収される。この回収された回収用容器16内の極性溶媒は、バルブV9、ポンプPUMP3、バルブV10、圧力計PG7、バルブV11を通して、再びリアクタ供給用容器12内に導入される。これにより、極性溶媒を大気に触れることなく循環させることができる。
【0085】
また、上述した反応装置に、チャンバー3内に供給された昇温、加圧によってイオン積が増大した極性溶媒中に超音波振動装置19によって超音波振動を加えて超音波(疎密波)を導入することにより、疎密波の密の部分にプラス及びマイナスイオンを集中させることで、イオン密度を更に密に増大させ、反対に疎密波の疎の部分からは±イオン密度を相対的に減少させることができる。つまり、密の超音波領域にイオンが集中し、イオン濃度を増大させ、疎の超音波領域では、相対的にイオン濃度を減少させることで、超音波(疎密波)の導入により超臨界流体の超臨界状態を超えて、人工的にイオン積をより増大させる(超臨界状態を超えてpHを制御する)ことが可能となる。その結果、基板1に形成された薄膜に、より低温で短時間かつ効率良く酸化反応、又は還元反応を起こさせることができる。
【0086】
なお、前記超音波振動装置に代えて、上述した反応装置に、チャンバー3内に供給された極性溶媒に振動を加えるための打ち付け部材(図示せず)を取り付けても良い。つまり、前記打ち付け部材は、その先端を、駆動機構(図示せず)によってチャンバーに直接又は間接的に打ち付けることができるようになっている。この打ち付け部材をチャンバーに連続的に打ち付けることにより、チャンバー内の極性溶媒に超音波の疎密波を導入することができる。
【0087】
また、前記超音波振動装置に代えて、上述した反応装置に、チャンバー3内に供給された極性溶媒に振動を加えるためのバイブレータ(図示せず)を取り付けても良い。このバイブレータにより、チャンバー内の極性溶媒に超音波の疎密波を導入することができる。
【0088】
上述した反応装置を用いて機能性酸化物薄膜を結晶化(又は焼結)させた特性については、粉末X線回折および電子線回折像の解析により結晶構造を同定することで確認出来る。また、組成はICP法によって確認できる。機能性酸化物薄膜によって上部電極を被覆することで、キャパシタ構造とすることができ、それにより、D-Eヒステリシスループ、圧電定数d33、リーク電流密度等の電気的特性を評価することが出来る。
【実施例】
【0089】
次に実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
(実施例1)
図1の反応装置により、極性溶媒には超純水HOを用い、水の臨界温度374.3℃、臨界圧力22.12MPaを越える反応温度400℃、反応圧力25MPaで完全に水が超臨界流体となる条件とした。また、予備加熱温度として、水の亜臨界状態として、350℃、25MPaとした。
【0090】
市販のPZT(チタン酸ジルコンZn:Pb(Zr,Ti)O3)(Zr/Ti=52/48)のゾルゲル溶液にアルカリ性アルコールのジメチルアミノエタノールを1/2容積分だけ添加して、ゾルゲル溶液のpHを10とした後、Pt電極を被覆したSiウェハ上にスピンコートした。仮焼成150℃、仮焼成300℃、で2回塗布を行い、膜厚100nmのアモルファスPZT薄膜を形成した。
【0091】
その後、本基板を図1に示す反応装置のチャンバー2内に挿入して、基板温度300℃で保持した後、基板表面に400℃、25MPaで超臨界状態となった超臨界水蒸気を60秒間基板表面に射出した後、XRD評価を行ったところ、図2に示すように、(111)に単一配向した良好なPZT結晶薄膜が得られた。
【0092】
(実施例2)
図1の反応装置により、極性溶媒には超純水HOを用い、水の臨界温度374.3℃、臨界圧力22.12MPaを越える反応温度400℃、反応圧力25MPaで完全に水が超臨界流体となる条件とした。また、予備加熱温度として、水の亜臨界状態として、350℃、25MPaとした。
【0093】
市販のPZT(Zr/Ti=52/48)ゾルゲル溶液を、Pt電極を被覆したSiウェハ上にスピンコートした。仮焼成150℃、仮焼成300℃、で2回塗布を行い、膜厚100nmのアモルファスPZT薄膜を形成した。
【0094】
続けて、アルカリ性アルコールであるジメチルアミノエタノールに界面活性剤として洋菓子の乳化剤として用いられるグリセリン脂肪酸エステルの花王エマルゲン108ポリオキシエチレンラウリルエーテル一般洗浄剤である水溶性金属加工油用乳化剤の原液を水で1/2に薄めた後、ジメチルアミノエタノール中に容積比5:1で添加した。この時、この溶液のpHは12を示した。
【0095】
次にこの溶液をSiウェハ上にスピンコート法で一層塗布した後、自然乾燥させたものを作製した。
【0096】
その後、本基板を図1に示す反応装置のチャンバー2内に挿入して、基板温度300℃で保持した後、基板表面に400℃、25MPaで超臨界状態となった超臨界水蒸気を60秒間基板表面に射出した後、XRD評価を行ったところ、図3に示すように、(111)に単一配向した良好なPZT結晶薄膜が得られた。
【0097】
(実施例3)
極性溶媒溶媒として用いるエタノール中にジメチルアミノエタノールを容積比1:1で混合したものに、水HOを容積比で5%添加して、pH12とした後、本溶媒を図1の反応装置にセットし、350℃、20MPaで超臨界流体とした。
【0098】
次に、市販のPZT(Zr/Ti=52/48)ゾルゲル溶液を、Pt電極を被覆したSiウェハ上にスピンコートした。仮焼成150℃、仮焼成300℃で2回塗布を行い、膜厚100nmのアモルファスPZT薄膜を形成した。
【0099】
その後、本基板を図1の反応装置にセットして、基板温度300℃で保持した後、基板表面に350℃、20MPaで超臨界状態となった超臨界アルカリ性エタノール水蒸気を60秒間基板表面に射出した後、XRD評価を行ったところ、図3に示すように、(111)に単一配向した良好なPZT結晶薄膜が得られた。
【0100】
更に、脱ガス分析、重量スペクトル分析等により、薄膜成分を調査したところ、PZTの組成元素以外の元素は確認されなかった。このことは、従来の水熱法と異なり、NaOH等のアルカリ物質を用いることなく、エタノールアミン類に属するジメチルアミノエタノールというアルカリ性のアルコールを用いた為に、機能性酸化物薄膜の加熱酸化時に、全てH2O、N2、CO2等の気体成分に変化して、全て消化されたことで、機能性酸化物薄膜中に残渣として残らなかったものと考えられた。
【0101】
(実施例4)
次に、実施例4によるチタン酸バリウム(BaTiO)薄膜及びビスマスフェライト(BiFeO)薄膜の作製方法を説明する。
【0102】
まず、基板上に、酢酸バリウムとチタンテトラブトキシド原料をBa:Ti=1:1の等モル濃度で混合して調整した後、ジメチルアミノエタノール溶媒から成るゾルゲル溶液を基板上に塗布してなる、チタン酸バリウムの乾燥ゲル薄膜を厚さ200nmで形成した(サンプル1)。
【0103】
続けて、基板上に、ビスマスn−ブトキシド液体原料とエタノール中に溶解させた鉄(III)アセチルセトナート固体原料をBi:Fe=1:1の等モル濃度で混合して調整した後、ジメチルアミノエタノール溶媒から成るゾルゲル溶液を基板上に塗布してなる、ビスマスフェライトの乾燥ゲル薄膜を厚さ200nmで形成した(サンプル2)。
【0104】
ここで、用いられる基板は、どちらの薄膜塗布サンプルもシリコン(Si)に、酸化シリコン(SiO)、チタン(Ti)および白金(Pt)を、それぞれ、順に1μm、20nmおよび200nm積層した基板(Pt/Ti/SiO/Si基板)上に形成したものである。
【0105】
基板へのゾルゲル溶液の塗布は、スピンコート法で行われる。その場合、基板にゾルゲル溶液を滴下し、その基板を、例えば、回転数500rpmで3秒間、続いて、回転数4000rpmで15秒間回転させる。このゾルゲル溶液の塗布は、例えばディップ法等の他の方法を用いて行われても良い。
【0106】
次に、基板上に塗布されたゾルゲル溶液を乾燥させた。本実施例では、基板をオーブン内に設置することにより、基板上のゾルゲル溶液を、大気中で10分間、200℃に保持した。これにより、基板上に乾燥したゲル膜(乾燥ゲル膜)を生成した(サンプル1,2)。
【0107】
その後、本基板(サンプル1,2)を図1の反応装置にセットして、基板温度300℃で保持した後、基板表面に400℃、25MPaで超臨界状態となった超純水HO水蒸気を60秒間基板表面に射出した後、XRD評価を行ったところ、チタン酸バリウム(BaTiO)およびビスマスフェライト(BiFeO)の良好なペロブスカイト結晶薄膜が得られた。
【0108】
次に、本基板(サンプル1,2)のチタン酸バリウム(BaTiO)およびビスマスフェライト(BiFeO)の結晶薄膜上にそれぞれ100μmΦ、厚さ100nmのPt上部電極を蒸着法にて形成し、D−Eヒステリシス特性を評価したところ、角型性の良いヒステリシスループが観測された。
【0109】
以上を纏めて、上記実施の形態及び実施例の効果について、もう少し詳細に説明を行う。
【0110】
超臨界技術及び水熱反応技術を半導体技術に完全に適用可能な技術としたところが非常に画期的な発明であり、且つ、合理的である。何故ならば、超臨界状態は非常に拡散係数が大きく、薄膜の結晶化に非常に有効に働くからである。
【0111】
また、水熱法による酸化力の制御に不可欠なアルカリ添加には、エタノールアミン類を用いている。すなわち、アリカリ性のアルコールを用いることで、残渣は最終的に、H2O、N2、CO2に変化させることで、自然に負荷を余り掛けないことも、本発明の特徴である。
勿論、NaOHやKOHといった、強アルカリ材料を用いても、本発明は有効である。
【0112】
尚、本発明は上記実施の形態及び実施例に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】本発明の実施の形態による反応装置を示す構成図である。
【図2】実施例1で得られたPZT薄膜のXRDパターン。
【図3】実施例2で得られたPZT薄膜のXRDパターン。
【図4】実施例3で得られたPZT薄膜のXRDパターン。
【図5】純物質の温度−圧力線図。
【図6】水の圧力−密度−温度の関係を示す図。
【図7】水の誘電率の温度、圧力依存性を示す図。
【図8】高温高圧水中の無機塩の溶解度(25MPa)を示す図。
【図9】水のイオン積の温度、圧力依存性を示す図。
【図10】超臨界水中での水熱反応速度(アレニウスプロット)を示す図。
【符号の説明】
【0114】
1…基板、2…保持部(保持機構)、3…チャンバー、4,5…極性溶媒、6…第1のpH調製材、7…加熱ヒーター、8…第1の加熱ヒーター、9…安全弁、10…第2の加熱ヒーター、11…第2のpH調製材、12…リアクタ供給用容器、13…極性溶媒用容器、14,15…pH調製材用容器、16…回収用容器、17…冷却機構、17a…コンデンサ、18…pH計、19…超音波振動装置、V1〜V20…バルブ、PUMP1〜PUMP6…ポンプ、PG1〜PG11…圧力計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チャンバーと、
前記チャンバー内に配置され、薄膜が形成された基板を保持する保持機構と、
極性溶媒のpHを調製するpH調製機構と、
前記pH調製機構によってpHが調製された極性溶媒を加熱する加熱機構と、
前記加熱機構によって加熱された前記極性溶媒を前記保持機構に保持された前記基板に供給する供給機構と、
を具備し、
前記pHが調製され且つ加熱された極性溶媒によって前記薄膜に酸化反応又は還元反応を起こさせることを特徴とする反応装置。
【請求項2】
請求項1において、前記pH調製機構によってpHが調製された極性溶媒を加圧する加圧機構をさらに具備し、前記pHが調製され且つ加熱及び加圧された極性溶媒によって前記薄膜に酸化反応又は還元反応を起こさせることを特徴とする反応装置。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記加熱機構によって前記極性溶媒を500℃以下に加熱することを特徴とする反応装置。
【請求項4】
請求項2又は3において、前記加圧機構によって前記極性溶媒を5kg/cm以上に加圧することを特徴とする反応装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項において、前記基板に供給された前記極性溶媒を前記チャンバーの外に導き、その導かれた前記極性溶媒を再び前記チャンバー内に導入して循環させる循環機構をさらに具備することを特徴とする反応装置。
【請求項6】
請求項2乃至5のいずれか一項において、前記基板に供給される前記極性溶媒が超臨界流体の状態であることを特徴とする反応装置。
【請求項7】
pH7超のアルカリ性に調製され且つ加熱された極性溶媒を、基板上に形成された薄膜に供給することにより、前記薄膜に酸化反応を起こさせることを特徴とする反応方法。
【請求項8】
pH7未満の酸性に調製され且つ加熱された極性溶媒を、基板上に形成された薄膜に供給することにより、前記薄膜に還元反応を起こさせることを特徴とする反応方法。
【請求項9】
請求項7又は8において、前記極性溶媒は、水蒸気又は5kg/cm以上に加圧され且つ500℃以下の水蒸気であることを特徴とする反応方法。
【請求項10】
請求項7又は8において、前記極性溶媒は超臨界流体の状態であることを特徴とする反応方法。
【請求項11】
請求項7乃至10のいずれか一項において、前記極性溶媒には超音波の疎密波が導入されていることを特徴とする反応方法。
【請求項12】
200MPaの高圧下で使用可能なチャンバーと、
前記チャンバー内に配置され、酸化物薄膜の前駆体が形成された基板を保持する保持機構と、
前記基板を加熱する加熱機構と、
極性溶媒をpH7超pH14以下に調製するpH調製機構と、
前記極性溶媒を加熱又は加圧する加熱加圧機構と、
前記加熱加圧機構によって加熱又は加圧された極性溶媒を、前記保持機構に保持され且つ前記加熱機構で加熱された前記基板に供給する供給機構と、
を具備し、
前記供給機構によって供給された前記極性溶媒によって前記酸化物薄膜の前駆体の結晶化を行うことを特徴とする反応装置。
【請求項13】
請求項12において、前記酸化物薄膜の前駆体の結晶化を行う際に、前記チャンバー内を前記超臨界状態に保持する第1機構と、前記第1機構により上昇した圧力を逃がす第2機構と、前記チャンバー内の圧力を大気圧に戻す第3機構とをさらに具備することを特徴とする反応装置。
【請求項14】
請求項12又は13において、前記pH調製機構でpHを調製する前の極性溶媒は、pHを中性又はアルカリ性の水、或いはアルコールであることを特徴とする反応装置。
【請求項15】
請求項14において、前記pH調製機構は、極性溶媒をpH10以上pH14以下の強アルカリ性に調製する機構であることを特徴とする反応装置。
【請求項16】
請求項14又は15において、前記加熱加圧機構は、前記極性溶媒を200℃以上500℃以下の温度範囲に加熱又は加圧する機構であることを特徴とする反応装置。
【請求項17】
請求項14又は15において、前記加熱加圧機構は、前記極性溶媒を1.5MPa以上50MPa以下の圧力範囲に加熱又は加圧する機構であることを特徴とする反応装置。
【請求項18】
請求項12乃至17において、前記酸化物薄膜の前駆体を結晶化させる際に、前記加熱機構によって前記基板を加熱する温度を200℃以上700℃以下の範囲とすることを特徴とする反応装置。
【請求項19】
請求項12乃至18のいずれか一項において、前記加熱加圧機構は、極性溶媒を超臨界状態又は亜臨界状態に加熱又は加圧する機構であることを特徴とする反応装置。
【請求項20】
請求項19において、前記極性溶媒を圧力一定条件の下で、前記加熱加圧機構によって超臨界状態又は亜臨界状態に温度変化させ、前記超臨界状態又は亜臨界状態とされた極性溶媒のイオン積変化を用いて前記酸化物薄膜の水熱酸化を促進させることを特徴とする反応装置。
【請求項21】
請求項19において、前記極性溶媒を温度一定条件の下で、前記加熱加圧機構によって超臨界状態又は亜臨界状態に圧力変化させ、前記超臨界状態又は亜臨界状態とされた極性溶媒のイオン積変化を用いて前記酸化物薄膜の水熱酸化を促進させることを特徴とする反応装置。
【請求項22】
請求項1乃至6、12乃至21のいずれか一項において、前記チャンバー内に超音波の疎密波を導入する超音波導入装置をさらに具備することを特徴とする反応装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−36152(P2010−36152A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−204375(P2008−204375)
【出願日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【出願人】(595152438)株式会社ユーテック (59)
【Fターム(参考)】