説明

同期機制御装置

【課題】トルクと磁束とを独立して操作できるような電流制御系の構成するとともに、高速駆動時のような同期機の電気角周波数(回転速度)に対する電力変換手段のキャリア周波数の比が小さく、電流フィードバック制御が困難となる条件下においても、電機子鎖交磁束に基づいたトルク指令生成とトルク指令への追従性の向上を図る。
【解決手段】 同期機1の運転条件に応じて、磁束指令生成器5から出力される磁束指令と磁束演算器6から出力される推定電機子鎖交磁束とを切り換えて電機子鎖交磁束を出力するとともに、第2の電圧指令生成器32の出力の有効無効を切り換える信号を出力する磁束設定器8と、磁束指令と推定電機子鎖交磁束との差分に基づいて磁化電流指令を生成する磁化電流指令生成器9とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、同期機を回転駆動する電力変換手段を備えた同期機の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転子に永久磁石を有する永久磁石同期電動機や回転子の磁気的突極性を利用してトルクを発生させるリラクタンス電動機等の同期機をインバータ等の電力変換手段を有する同期機制御装置にて制御する際、従来は回転子に対して一定の位相方向に電機子電流ベクトルが向くように制御することが広く行われている。例えば、従来の永久磁石同期機では、電機子電流ベクトルを回転子の永久磁石磁束軸と直交する方向に制御し、所望のトルクに比例して電機子電流ベクトルの絶対値を制御する。
【0003】
また、前記リラクタンス電動機は、電機子電流ベクトルの絶対値と発生トルクとが比例せず、従来の制御方式では高精度なトルク制御が難しいことが知られている。さらに、永久磁石同期電動機の回転速度が上昇すると、永久磁石磁束による誘起電圧に起因して電機子電圧が上昇し、該誘起電圧がインバータ等の電力変換手段の出力可能な電圧を超えるため、これを防ぐため永久磁石磁束軸方向に弱め電流と呼ばれる負の電機子電流ベクトルを発生させて電機子鎖交磁束を小さくする弱め磁束制御が行われる。ただし、弱め電流が同じでも発生トルクが異なると電機子電圧は変化するため、変動するトルクに対して電機子電圧を所望の値に制御することは、従来の制御方式は困難であった。
【0004】
このような同期機制御装置の一例として、トルク指令と磁束指令とから電機子電流指令のトルク成分であるトルク電流指令を演算するトルク電流演算器、電機子電流が電力変換器の電流制限値を越えないよう電機子電流指令の磁化成分である磁化電流指令と前記電流制限値とに基づいて発生可能なトルク電流指令最大値とを発生するトルク電流制限生成器、前記トルク電流指令最大値に基づいてトルク電流指令に制限を加えるリミッタの3つの構成要素とから成るトルク電流指令生成器と、該トルク電流指令生成器からのトルク電流指令に基づいて磁束指令を演算する磁束指令生成器と、同期機の電機子電流または電機子電流および電機子電圧に基づいて電機子鎖交磁束を演算する磁束演算器と、磁束指令と前記電機子鎖交磁束とが一致するように磁化電流指令を作成してトルク電流指令生成器に入力する磁束制御器とを備えるものがある。これは、磁束指令と磁化電流指令とを参照しながらトルク電流指令を算出することで電力変換器の出力電流の制限を考慮するとともに、トルク電流指令を参照しながら磁束指令を算出するので、前記の出力電流制限によるトルク電流指令の変動を反映した好適な磁束指令を生成することを可能とするものである。(例えば特許文献1)
【0005】
また、同様な制御装置の他の一例として、同期機の位置検出器(回転角センサ)からの回転子位置、あるいは、位置検出器を用いることなく同期機を制御する位置センサレス制御方式適用による推定回転子位置に基づいて回転速度を演算する速度演算器と、速度演算器からの回転速度とインバータへの電圧指令とから磁束絶対値と磁束位相とを演算する磁束推定器と、同期機の電流検出手段(電流センサ)からの電流検出値と磁束位相とからトルク電流帰還値を演算する座標変換器と、トルク指令と磁束絶対値とからトルク電流指令を演算する電流指令演算器と、トルク電流帰還値がトルク電流指令に一致するようにインバータの出力電圧を制御する電流制御器とを備えるものがある。これは、トルク電流を直接制御することで正確なトルク制御を実現し、また、電動機電流を制御対象とすることで電流値の監視が可能となり、電力変換器の能力を最大限に活用しながら正確なトルク制御を可能とするものである。(例えば特許文献2)
【0006】
また、同様な制御装置の他の一例として、同期機の電流を検出する電流検出手段と、この電流検出手段から得られた電流を角周波数で回転する回転二軸座標(以下dq軸と称す)上の電流へ座標変換する座標変換器と、dq軸上の電流指令にdq軸上の電流が追従するようにdq軸上の電圧指令を出力する電流制御器と、電流制御器から得られたdq軸上の電圧指令を三相電圧指令へ座標変換する座標変換器と、dq軸上の電流とdq軸上の電圧指令とに基づいて角周波数と同期電動機の推定電流と推定回転子磁束と推定回転速度とを演算する適応オブザーバ(適応観測手段)と、電圧指令に基づいて同期機に電圧を印加するインバータを備えるものがある。
これは、位置検出器を用いることなく同期機の駆動を可能とするものである。(例えば特許文献3、4)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4531751号公報(図1及びその説明)
【特許文献2】特開2007−143351号公報(図1、図6及びその説明)
【特許文献3】国際公開WO2002/091558号(図1、図6及びその説明)
【特許文献4】国際公開WO2010/109528号(図5、図8及びその説明)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1ないし特許文献2においては、所望の電流指令と検出した同期機の電流との誤差に基づいて比例積分制御(PI制御)を行い、同期機の電流を所望の電流指令に追従させるための電圧指令を得るといった電流制御器による電流フィードバック制御を行うことが前提となっている。電流フィードバック制御を行うことは同期機の電流を所望の電流指令に追従させるのには好適であるが、高速駆動時のような同期機の電気角周波数(回転速度)に対してインバータ等の電力変換手段のキャリア周波数の比が小さい場合等、同期機の各相に印加される交流電圧1周期に対する電力変換手段のスイッチング素子のスイッチング回数が少なくなると、同期機の電流を所望の電流指令に追従させるために必要な電圧指令の更新を行うことが困難となる。よって、電流フィードバック制御を行う際、電流制御応答が低下したり、同期機の電流が乱れるたりする可能性がある。また、特許文献1の場合、電流フィードバック制御を無効にすると、磁束制御が所望の動作をせず、同期機の電機子鎖交磁束が好適に演算された磁束指令の通りに追従することが困難となり、所望のトルクを出力できない可能性がある。
【0009】
また、特許文献3、4においては、dq軸上で電流制御器を構成しており、リラクタンストルクを利用するリラクタンス電動機を駆動する場合、あるいは同期機を高速回転で駆動する場合に用いられるd軸方向の電流(以下d軸電流と称す)を積極的に用いる制御方式を適用した際、電機子電流の大きさと発生トルクが比例せず、制御性が劣化する等の課題があり、特許文献1ないし特許文献2と同様なトルクと磁束とを独立して操作できる電流制御系あるいは電圧指令生成系の構成とするのが望ましい。
【0010】
この発明は、前述のような実情に鑑みてなされたもので、ことを目的とするものである。
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであり、電流フィードバック制御を行える運転条件では、トルクと磁束とを独立して操作できるような電流制御系を構成し、運転目的に応じた好適な磁束指令に追従するように磁束制御を行うとともに、高速駆動時のような同期機の電気角周波数(回転速度)に対する電力変換手段のキャリア周波数の比が小さいといったような、電流フィードバック制御が困難となる運転条件でも、電機子鎖交磁束に基づいたトルク指令生成とトルク指令への追従性の向上を図ることが可能な同期機制御装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明に係る同期機制御装置は、トルク指令と同期機の電機子鎖交磁束とから電流指令のトルク成分であるトルク電流指令を演算するトルク電流指令生成器と、前記同期機の回転速度と前記電機子鎖交磁束とから第1の電圧指令を生成する第1の電圧指令生成器と、前記電流指令の磁化成分である磁化電流指令と前記トルク指令と前記同期機1の出力電流とに基づいてフィードバック制御を行い、第2の電圧指令を生成する第2の電圧指令生成器とから構成され、前記第2の電圧指令生成器の出力の有効無効を切り換えられる電圧指令生成器と、前記電圧指令生成器の出力である電圧指令に基づいて前記同期機に電圧を印加する電力変換手段と、前記トルク電流指令と前記同期機の回転速度とに基づいて磁束指令を演算する磁束指令生成器と、前記同期機の出力電流と前記電圧指令に基づいて前記同期機の推定電機子鎖交磁束と回転速度とを推定する磁束演算器と、前記同期機の出力電流を検出する電流検出手段とを備えた同期機制御装置であって、前記同期機の運転条件に応じて、前記磁束指令生成器から出力される前記磁束指令と前記磁束演算器から出力される推定電機子鎖交磁束とを切り換えて前記電機子鎖交磁束を出力するとともに、前記第2の電圧指令生成器の出力の有効無効を切り換える信号を出力する磁束設定器と、前記磁束指令と前記推定電機子鎖交磁束との差分に基づいて前記磁化電流指令を生成する磁化電流指令生成器とを備えていることを特徴とするものである。
【0012】
また、この発明に係る同期機制御装置は、トルク指令と同期機の電機子鎖交磁束とから電流指令のトルク成分であるトルク電流指令を演算するトルク電流指令生成器と、前記同期機の回転速度と前記電機子鎖交磁束とから第1の電圧指令を生成する第1の電圧指令生成器と、前記電流指令の磁化成分である磁化電流指令と前記トルク指令と前記同期機の出力電流とに基づいてフィードバック制御を行い、第2の電圧指令を生成する第2の電圧指令生成器とから構成され、前記第2の電圧指令生成器の出力の有効無効を切り換えられる電圧指令生成器と、前記電圧指令生成器の出力である電圧指令に基づいて前記同期機に電圧を印加する電力変換手段と、前記トルク電流指令と前記同期機の回転速度とに基づいて磁束指令を演算する磁束指令生成器と、前記同期機の出力電流と前記電圧指令に基づいて前記同期機の推定電機子鎖交磁束を推定する磁束演算器と、前記同期機の出力電流を検出する電流検出手段と、前記同期機の回転子位置を検出する位置検出器と、前記同期機の回転子位置に基づいて同期機の回転速度を演算する速度演算器とを備えた同期機制御装置であって、前記同期機の運転条件に応じて、前記磁束指令生成器から出力される前記磁束指令と前記磁束演算器から出力される推定電機子鎖交磁束とを切り換えて前記電機子鎖交磁束を出力するとともに、前記第2の電圧指令生成器の出力の有効無効を切り換える信号を出力する磁束設定器と、前記磁束指令と前記推定電機子鎖交磁束との差分に基づいて磁化電流指令を生成する磁化電流指令生成器とを備えていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、同期機の回転子位置を検出する位置検出器の有無に関係なく、同期機のトルクと磁束とを独立して操作可能な制御系を構成する。電流フィードバック制御を行える運転条件では、運転目的に応じた好適な磁束指令に追従するように磁束フィードバック制御を行いつつ、実電機子鎖交磁束との誤差が小さく推定値より安定した値が得られる磁束指令値に基づいてトルク指令や電圧指令を生成する。また、電流フィードバック制御を行うことが困難となる運転条件では、磁化電流指令生成器で磁束フィードバック制御を行えないことから、実電機子鎖交磁束に近い推定電機子鎖交磁束に基づいて前記指令を生成する。このような構成にすることで、制御性が良好かつ、所望のトルク指令に追従したトルクを出力可能にするといった従来にない顕著な効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】この発明の実施の形態1を示す図で、同期機1と同期機制御装置を含めた同期機制御システムの一例を示す構成図である。
【図2】位相ρの定義と、位相ρとトルクとの関係を示した図である。
【図3】同期機(主に永久磁石同期機)のベクトル図である。
【図4】この発明の実施の形態1を示す図で、電圧指令生成器3の一例を示す構成図である。
【図5】この発明の実施の形態1を示す図で、磁束演算器6の一例を示す構成図である。
【図6】この発明の実施の形態1を示す図で、磁束設定器8の一例を示す構成図である。
【図7】この発明の実施の形態2を示す図で、同期機1と同期機制御装置を含めた同期機制御システムの他の例を示す構成図である。
【図8】この発明の実施の形態2を示す図で、磁束演算器6aの構成の一例を示す図である。
【図9】この発明の実施の形態2を示す図で、磁束演算器6aとは異なる磁束演算器6bの構成の一例を示す図である。
【図10】この発明の実施の形態2を示す図で、電流検出手段7を用いない(使用できない)場合の同期機1と同期機制御装置を含めた同期機制御システムの例を示す構成図である。
【図11】この発明の実施の形態2を示す図で、磁束設定器8とは異なる磁束設定器8aの構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1における、同期機1と同期機制御装置とを含めた同期機制御システムを示すものである。
以下、本発明の実施の形態1における、同期機1を駆動する同期機制御装置の構成および、構成要素の機能について説明する。
【0016】
まず、インバータをはじめとする電力変換手段4と同期機1の電機子巻線とが接続され、以下の構成で得られる電圧指令に基づいて電力変換手段4は同期機1に電圧を印加し、同期機1を駆動する。その結果、同期機1の電機子巻線に出力電流が発生する。
【0017】
同期機1の出力電流である電機子巻線の電流は電流センサをはじめとする電流検出手段7によって検出される。なお、電流検出手段7は、同期機1が三相回転機の場合、同期機1の三相の出力電流の内、全相の出力電流を検出する構成、あるいは、1つの相(例えばw相)の出力電流iwについては、検出した2つの相の出力電流iu、ivを用いてiw=−iu−ivの関係から求めるようにして、2つの相の出力電流を検出する構成でも良い。
【0018】
磁束演算器6は、電流検出手段7で検出した同期機1の出力電流iu、iv、iwと、三相電圧指令Vu*、Vv*、Vw*とに基づいて同期機1の回転速度ω、回転子位置θ、(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|、(推定)電機子鎖交磁束位相∠Φを推定する。磁束演算器6の詳細な構成は後述する。
【0019】
なお、以下の説明において、(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|、(推定)電機子鎖交磁束位相∠Φを総称して「推定電機子鎖交磁束」と称することとする。
【0020】
本発明では、電機子電流の制御は、前記特許文献1、2同様に電機子鎖交磁束Φの方向(γ軸)およびその直交方向(δ軸)の2軸上で行う。このため、同期機1の出力電流iu、iv、iwを、座標変換器10bにおいてγδ軸上の電流iγ、iδに変換する。(座標変換器での演算式は後述)該変換で得られるγ軸電流iγが同期機1の磁化成分である磁化電流に、δ軸電流iδが同期機1のトルク発生に寄与するトルク電流にそれぞれ相当する。
【0021】
電圧指令生成器3は、γδ軸上の電流iγ、iδを電圧指令生成器3の外部から入力される所望の電流指令iγ*、iδ*に一致させるようにγδ軸上の電圧指令vγ*,vδ*を出力する。前記特許文献1、2では、電圧指令生成器3に電流制御器を適用しており、電流フィードバック制御を行うことが前提となっている。電流フィードバック制御を行うことは同期機1の出力電流を所望の電流指令に追従させるのには好適であるが、高速駆動時のような同期機の電気角周波数(回転速度)に対して電力変換手段4のキャリア周波数の比が小さい場合等、同期機の各相に印加される交流電圧1周期に対する電力変換手段のスイッチング素子のスイッチング回数が少なくなると、同期機1の電流を所望の電流指令に追従させるために必要な電圧指令の更新を行うことが困難となる。よって、同期機1の出力電流を所望の電流指令に追従させるのが困難となるような運転条件も少なからず存在する。
【0022】
本発明では、このような電流フィードバック制御が困難となる運転条件に対応するため、電圧指令生成器3において、電流フィードバック制御が困難な運転条件では、電流フィードバック制御を無効とし、第1の電圧指令のみを生成して電圧フィードフォワード制御を行うようにした。
【0023】
なお、電圧指令生成器3の詳細な構成と、電流フィードバック制御の有効無効の切り換えに関しては後述する。電圧指令生成器3から出力されるγδ軸上の電圧指令vγ*、vδ*は、座標変換器10aにより三相電圧指令Vu*、Vv*、Vw*に変換した上で、電力変換手段4に出力され、電力変換手段4は三相電圧指令Vu*、Vv*、Vw*に基づいて同期機1に三相電圧Vu、Vv、Vwを印加する。
【0024】
一方、トルク電流指令生成器2は、同期機制御装置外部から与えられたトルク指令τ*よりγ軸電流(磁化電流)指令iγ*と同期機1の電機子鎖交磁束Φs(Φsの定義の詳細については後述)とを参照しながらδ軸電流(トルク電流)指令iδ*を算出する。
【0025】
磁束指令生成器5は、δ軸電流指令iδ*から、磁束演算器6で得られる回転速度ωを参照しながら、磁束指令Φ*を算出する。
【0026】
また、加算器51aは、磁束演算器6より出力された(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|を磁束指令Φ*から減じて磁束誤差ΔΦを算出し、磁化電流指令生成器9は、磁束誤差ΔΦが0になるよう調整するために磁束誤差ΔΦに基づいてγ軸電流指令iγ*を生成する。
【0027】
これらトルク電流指令生成器2、磁束指令生成器5、磁化電流指令生成器9、磁束演算器6の詳細を以下順に説明する。
【0028】
トルク電流指令生成器2ではδ軸電流指令iδ*を以下の考え方に基づいて生成する。電機子鎖交磁束とγ軸とが一致するように制御が行われるとすると、同期機1の発生するトルクτとδ軸電流iδとの間には(1)式の関係がある。
【数1】

【0029】
よって、トルク電流指令生成器2ではまず、(1)式のトルクτをトルク指令τ*に置き換えた式により、(2)式のδ軸電流指令iδ*を算出する。
【数2】

【0030】
ただし、同期機1に通電可能な電流は電力変換手段4の仕様等に依存する電流制限値imaxに制限されることが多く、電流制限値imaxとγ軸電流指令iγ*に基づいてδ軸電流指令iδ*を制限しても良い。なお、本制限を施した場合、δ軸電流指令iδ*の上限値iδ*maxは、(3)式となる。
【数3】

【0031】
磁束指令生成器5では、入力されたδ軸電流指令iδ*に対して好適な磁束指令Φ*を出力する。その概念について図2、3に基づいて以下に説明する。
【0032】
回転子に永久磁石を有する永久磁石同期機、回転子の磁気的突極性を利用してトルクを発生させるリラクタンス電動機等の同期機や界磁磁束が一定である界磁巻線を有する界磁巻線型同期機においては、図2に示すように、絶対値一定の電流ベクトルiの(回転子)d軸からの位相ρを変化させると、同図(b)に示すように、トルクが最大となる位相が存在する。なお、一般的に同期機1が回転子に永久磁石や界磁巻線等の界磁手段を有する場合、界磁手段が発生する磁束のN極方向をd軸、これに直交する軸をq軸と定めており、以下の説明もこれに従う。
【0033】
永久磁石同期機のようなd軸よりq軸のインダクタンスが大きい逆突極性のモータの場合を一例として上げると、図3に示すように、電流ベクトルの位相ρが90°より大きいある角度でトルクが最大になる。鉄心の磁気飽和がなければ、この好適な電流位相ρは、電機子電流の大きさに拘わらず一定であるが、実機では、磁気飽和によりインダクタンスが変化するため、好適な電流位相ρは、リラクタンストルクに起因して電機子電流の大きさにより変化する。電機子電流が小さい状態では磁気飽和が発生せず、位相ρは90°より大きく(例えば110°程度)にした方が、電流ベクトルiが絶対値一定の条件下ではトルクが大きくなる。電機子電流を大きくして電流ベクトル絶対値の条件を変えると、主に電流が流れているq軸方向に磁気飽和が発生し、q軸インダクタンスLqとd軸インダクタンスLdとの差が小さくなり、このため位相ρを小さく(例えば100°程度に)した方が、トルクが大きくなるケースがある。
【0034】
ここで、この好適電流位相状態での、電機子電流と磁束の関係について考える。
【0035】
同期機(主に永久磁石同期機)のベクトル図を図3に示すが、電機子鎖交磁束Φsは、電流ベクトルiにより生じる電機子反作用磁束Φaと界磁(永久磁石)磁束Φmとの合成で表され、この電機子鎖交磁束Φsに直交する方向をδ軸とすれば、電流ベクトルiのδ軸方向成分がδ軸電流iδである。
【0036】
したがって、電機子電流絶対値と該絶対値より決まる好適電流位相ρからなる電流ベクトルiが決まれば、δ軸電流iδおよび電機子鎖交磁束Φsの絶対値が一意に決定されることになる。このことから、トルク最大条件においては、δ軸電流iδと電機子鎖交磁束絶対値|Φs|との間に一対一の関係が成り立つことが分かる。なお、これまで示した電機子鎖交磁束絶対値|Φs|の決定に際し、電力変換手段4の仕様によって制限される電圧制限値については考慮していない。
【0037】
磁束指令生成器5は、δ軸電流iδと電機子鎖交磁束絶対値|Φs|との関係を前記考え方に基づいて求めて、これらの関係を数式やテーブルデータの形で格納した上で、入力されたδ軸電流指令iδ*に従い好適な電機子鎖交磁束絶対値である好適な磁束指令(中間値)Φ**を出力する。なお前記の説明では、発生トルクが最大となるようにδ軸電流指令iδ*と磁束指令(中間値)Φ**とを関係付けたが、運転目的や性能目標に応じて、所望の性能が最大となるようなδ軸電流指令iδ*と磁束指令(中間値)Φ**との関係付けを行えば、その目的に応じた運転特性が得られる。例えば、効率最大となるようなδ軸電流指令iδ*と磁束指令(中間値)Φ**との関係付けを行う場合は、鉄損の影響を考慮するために同期機1の回転速度ωをも参照し、回転速度ωが上昇すると磁束指令(中間値)Φ**を下げる調整を行えば、より特性を向上させることも可能となる。
【0038】
ただし、磁束指令(中間値)Φ**は電力変換手段4の仕様等によって制限される電圧制限値については考慮していないため、電力変換手段4が出力可能な電圧に基づいて、同期機1の回転速度ωに応じた磁束指令最大値をΦ*maxを算出し、磁束指令(中間値)Φ**を磁束指令最大値Φ*maxに制限した磁束指令Φ*を磁束指令生成器5の出力とする。
【0039】
なお、前記のように電流制限値imaxとγ軸電流指令iγ*に基づいてδ軸電流指令iδ*を制限する場合、トルク電流指令生成器2と磁束指令生成器5との間で計算が循環的になる。すなわち、トルク指令τ*→(トルク電流指令生成器2)→トルク電流指令iδ*→(磁束指令生成器5)→磁束指令Φ*→(トルク電流指令生成器9)→トルク電流指令iδ*‥、いうループが出来ており、入力されたトルク指令τ*に対するトルク電流指令iδ*および磁束指令Φ*を確定するには、トルク電流指令生成器2および磁束指令生成器5の演算を繰
り返し行い収束させる必要があり、演算処理が困難となる。
【0040】
対策として、実際の装置で前記処理をマイコンによって所定の演算周期で行う際において、例えば、トルク電流指令生成器2が使用する磁束指令Φ*として前回(1演算周期前)の演算結果を用い、該指令値を用いて計算したδ軸電流指令iδ*によって磁束指令生成器5が今回の磁束指令Φ*を算出する、あるいは、磁束指令生成器5において、磁束指令Φ*の値を適切なフィルタを通して出力すること等により演算処理の安定性を高める方法があり、実際の装置に適用しても良い。
【0041】
次に、磁化電流指令生成器9について説明する。
【0042】
磁化電流指令生成器9は、前記の通り磁束誤差ΔΦが0になるよう調整するために、磁束誤差ΔΦに基づいてγ軸電流指令iγ*を生成する。γ軸電流iγは同期機1の磁化成分である磁化電流であることから、γ軸電流により電機子鎖交磁束を操作することができる。具体的には、磁化電流の増減量と電機子鎖交磁束の増減量はγ軸方向インダクタンスLγを比例係数にして比例関係となり、磁束誤差ΔΦが0になるよう調整するための制御器としては直達項を持たない積分器が好適であり、(4)式のような積分制御演算を用いて、γ軸電流指令iγ*を生成する。
【数4】

(4)式において、sはラプラス演算子であり、1/sは1回の時間積分を意味する。また、Kfは積分ゲインである。
【0043】
ただし、前記の通り電流フィードバック制御が困難な運転条件では、γ軸電流iγの電流(フィードバック)制御系で磁束誤差ΔΦを抑え込むことは困難であり、磁束誤差ΔΦ=0として(4)式の積分演算を停止しても良い。または、γ軸電流指令iγ*を0にしても良い。
【0044】
次に、電圧指令生成器3について説明する。
【0045】
図4は、電圧指令生成器3の構成図である。本発明の電圧指令生成器3では、前記の通り、電流制御が困難となる運転条件にも対応できるように、電流フィードバック制御が困難となる運転条件では、電流フィードバック制御を無効とし、第1の電圧指令のみを生成して電圧フィードフォワード制御を行うようにする。
【0046】
第1の電圧指令生成器31では、γδ軸上の電流指令iγ*、iδ*、同期機1の回転速度ω(電気角周波数換算)、電機子鎖交磁束Φsとに基づいて、(5)式により第1の(γδ軸上の)電圧指令(電圧フィードフォワード制御項)vγ1、vδ1を生成する。
【数5】

【0047】
第2の電圧指令生成器32では、加減算器51cで演算されるγδ軸上の電流指令iγ*、iδ*とγδ軸上の(同期機1の出力)電流iγ、iδとの偏差に基づいて(6)式の比例積分制御(PI制御)をPI制御器33にて行い、第2の(γδ軸上の)電圧指令(電流フィードバック制御項)vγ2、vδ2を生成する。
【数6】

Kpγは電流制御γ軸比例ゲイン、Kiγは電流制御γ軸積分ゲイン、Kpδは電流制御δ軸比例ゲイン、Kiδは電流制御δ軸積分ゲインである。前記の通り、電流制御が困難となる運転条件では、(6)式の電流フィードバック制御を無効とし、vγ2=vδ2=0とする。
【0048】
電流フィードバック制御を無効とする方法に関して、本発明では、電流フィードバック制御の有効無効を後述の磁束設定器8にて判定し、該制御の有効無効の判定結果を電流制御有効無効切換フラグFLとして出力した上で、該フラグFLに基づいて、電圧指令生成器3に内包する第2の電圧指令生成器32(電流フィードバック制御項)の出力の有効無効をスイッチ34aにより切り換える構成とした。図4に示すように、第2の電圧指令生成器32の出力を無効とする時は、vγ2=vδ2=0となるようにスイッチ34aを切り換える。
勿論、電流フィードバック制御の有効無効を判定する機能を磁束設定器8ではなく電圧指令生成器3に内包しても良い。
【0049】
加減算器51bにて、電圧指令生成器3の出力である(最終的な)γδ軸上の電圧指令vγ*、vδ*を(7)式に基づいて生成する。
【数7】

【0050】
次に、磁束演算器6について説明する。
【0051】
磁束演算器6は、電流検出手段7で検出した同期機1の出力電流iu、iv、iwと、三相電圧指令Vu*、Vv*、Vw*とに基づいて同期機1の回転速度ω、回転子位置θ、(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|、(推定)電機子鎖交磁束位相∠Φを推定する。図5は、磁束演算器6の構成図の一例である。
【0052】
ただし、同期機1の回転子位置θとは、同期機1のu相電機子巻線を基準にとった軸に対するd軸方向の角度のことを指し、(推定)電機子鎖交磁束位相∠Φも同様にu相電機子巻線を基準にとった軸に対する(推定)電機子鎖交磁束の方向(γ軸方向)の角度を指す。
【0053】
磁束演算器6は、同期機モデル21、偏差増幅器22、ゲイン設定器23、速度推定器24とから構成される適応オブザーバ20と、積分器25、電機子鎖交磁束換算器26、および複数の座標変換器、加減算器とから構成されている。なお、適応オブザーバ20の構成は前記特許文献3、4と同様の構成である。
【0054】
まず、座標変換器(10c、10d)によって、同期機1の出力電流iu、iv、iwを回転子位置θに基づいてdq軸上の電流id、iqに、γδ軸上の電圧指令vγ*、vδ*を座標変換器10aで座標変換することで得られる三相電圧指令Vu*、Vv*、Vw*を回転子位置θに基づいてdq軸上の電圧指令Vd*、Vq*に変換する。勿論、電圧指令生成器3から出力されるγδ軸上の電圧指令Vγ*、Vδ*から直接dq軸上の電圧指令Vd*、Vq*に変換する構成でも良い。
【0055】
同期機モデル21は、dq軸上の電圧指令Vd*、Vq*と、後述の推定回転速度ωr0と、偏差f1、f2、f3、f4とに基づいて、d軸推定電流id0、q軸推定電流iq0、推定電機子反作用磁束のd軸成分pds、推定電機子反作用磁束のq軸成分pqs、推定回転子磁束のq軸成分pqr、回転速度(電気角周波数)ωを求める。同期機モデル21における演算式は(8)式〜(10)式で表され、(8)式の両辺を積分することで、前記pds、pqs、pdrが得られる。なお、(9)式の演算は、推定回転子磁束のq軸成分pqrが零になるように回転速度(電気角周波数)ωを演算することに相当し、これは、推定回転子磁束ベクトルの方向をd軸に一致させることと同意であることから、推定回転子磁束のq軸成分pqrは0となる。
【数8】

【数9】

【数10】

ここで、Ld:d軸方向のインダクタンス(以下、d軸インダクタンスと称す)、Lq:q軸方向のインダクタンス(以下、q軸インダクタンスと称す)、id0:d軸推定電流、iq0:q軸推定電流、f1、f2、f3、f4は後述の(12)式に基づいて算出する偏差である。
【0056】
加減算器51dは、d軸推定電流id0からd軸電流idを減算したd軸電流偏差errdと、q軸推定電流iq0からq軸電流iqを減算したq軸電流偏差errqを算出する。速度推定器24は、d軸推定回転子磁束pdr、q軸電流偏差errqに基づいて、(11)式により推定回転速度ωr0を出力する。
【数11】

ここで、Kp0:比例ゲイン、Ki0:積分ゲインである。
【0057】
ゲイン設定器23は、推定回転速度ωr0に基づいて、電流偏差増幅ゲインh11、h12、h21、h22、h31、h32、h41、h42を出力する。これらのゲイン(の一部)は、推定回転速度ωr0に応じて好適な値が変わることが知られており、予め、安定に前記pds、pqs、pdrが得られるように推定回転速度ωr0の変化を考慮しながら設計しておく。
【0058】
なお、適応オブザーバ20の構成は前記特許文献3、4と同様の構成であり、電流偏差増幅ゲインh11、h12、h21、h22、h31、h32、h41、h42を前記特許文献3、4に基づいて設計しても、本発明を好適に実施できることから、これらのゲインの設計根拠、設計方法の詳細については省略する。
【0059】
偏差増幅器22は、(12)式に基づいてdq軸各々の電流偏差errd、errqを電流偏差増幅ゲインh11、h12、h21、h22、h31、h32、h41、h42により増幅し、偏差f1、f2、f3、f4を算出する。
【数12】

【0060】
積分器25は、回転機モデル21から出力される回転速度(電気角周波数)ωを積分して回転子位置θを出力する。
【0061】
前記適応オブザーバ20は、dq軸上の電流id、iqと同軸上電圧指令Vd*、Vq*とに基づいて、回転速度(電気角周波数)ωと推定電流id0、iq0とdq軸上の推定回転子磁束pdr、pqrと推定回転速度ωr0とを演算するdq軸上で構成した適応オブザーバであるが、該オブザーバ以外に、静止二軸上で適応オブザーバを構成する方式、または、状態変数を推定電流id0、iq0以外の変数にする適応オブザーバを構成する方式であっても、前記モデルと同じ機能を有する回転機モデル21を構築することが可能である。
【0062】
電機子鎖交磁束換算器26は、まず、推定電機子反作用磁束のdq軸上の成分pds、pqs、推定回転子磁束のdq軸上の成分pdr、pqr(ただし、pqr=0)とから、推定電機子鎖交磁束のd軸成分pd0、q軸成分pq0を(13)式に基づいて算出する。
【数13】

【0063】
(13)式で得られた推定電機子鎖交磁束のd軸成分pd0、q軸成分pq0から(14)式、(15)式に基づいて(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|と(推定)電機子鎖交磁束位相∠Φとを算出し、出力する。
【数14】

【数15】

【0064】
次に、本発明の特徴である磁束設定器8について説明する。まず、磁束設定器8の構成の概要を一通り説明した上で、同期機制御装置に磁束設定器8を備えることの目的と、磁束設定器8の構成要素である運転条件判定部80について説明する。
【0065】
図6は、磁束設定器8の構成図である。
前記の通り、電流フィードバック制御が困難な運転条件では、電流フィードバック制御を無効として電圧フィードフォワード制御のみを行うようにするために、まず、後述の運転条件に基づいて電流フィードバック制御の有効無効を運転条件判定部80にて判定し、該判定結果を電流制御有効無効切換フラグFLとして出力する。また、併せて、該制御の有効無効の判定結果に基づいて、他の制御構成の演算において同期機1の電機子鎖交磁束Φsとして使用する値として、磁束指令生成器5から出力される磁束指令Φ*と磁束演算器6から出力される(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|とを切り換えて出力する。
【0066】
これらの動作を実現するための方法として、図6では、運転条件判定部80での判定結果に応じて、スイッチ34bにて同期機1の電機子鎖交磁束Φsとして使用する値の切り換え、スイッチ34cにて電流制御有効無効切換フラグFL設定の切り換えを行う例を示している。ただし、前記スイッチ34b、34cは運転条件判定部80での判定結果に応じて出力を切り換える手段の一例を示したものであり、必ずしも切り換え手段としてスイッチに拘る必要は無く,前記の切り換え動作を実現するスイッチ以外の別の手段を用いても良い。
【0067】
以上が、磁束設定器8の構成の概要であるが、次に磁束設定器8を備えることの目的について説明する。
【0068】
電流フィードバック制御有効時は、磁化電流指令生成器9の出力γ軸電流指令iγ*に基づいた該電流フィードバック制御(すなわち、磁束フィードバック制御)の動作により磁束誤差ΔΦが0になるよう制御されるため、実際の電機子鎖交磁束との誤差が小さく、(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|より特に過渡時において安定した値が得られる磁束指令Φ*が、他の制御構成の演算で使用する同期機1の電機子鎖交磁束Φsの値として好適となる。しかし、電流フィードバック制御無効時は、γ軸電流iγの電流(フィードバック)制御系で磁束誤差ΔΦを抑え込むことが困難となり、磁束指令Φ*と実際の電機子鎖交磁束との間に誤差が生じる可能性がある。そのような条件下では、磁束指令Φ*より(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|が他の制御構成の演算で使用する同期機1の電機子鎖交磁束Φsの値として好適となる。
【0069】
このことから、トルク電流指令生成器2における(2)式に基づいたδ軸電流指令iδ*生成と、電圧指令生成器3の第1の電圧指令生成器31における(5)式に基づいた第1の(γδ軸上の)電圧指令(電圧フィードフォワード制御項)vγ1、vδ1生成の際、該生成に使用する同期機1の電機子鎖交磁束Φsの値を、前記好適となる条件に従って、磁束指令Φ*と(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|とを切り換えることが望ましく、磁束設定器8はこの切り換え動作を実現するためにある。
【0070】
また、電流フィードバック制御無効時に(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|を他の制御構成の演算における同期機1の電機子鎖交磁束Φsの値として使用すると、以下のメリットがある。
【0071】
まず、電流フィードバック制御無効時における適応オブザーバ20の動作について考える。電流フィードバック制御無効時は、vγ*=vγ1,vδ*=vδ1であり、γδ軸上の電圧指令Vγ*、Vδ*とdq軸上の電圧指令Vd*、Vq*との間には(16)式の関係があることから、dq軸上の電圧指令Vd*、Vq*は(17)式で表され、定常状態における適応オブザーバ20の演算式は(18)式、(19)式となる。
【数16】

【数17】

【数18】

【数19】

【0072】
(17)式において、添え字の*は指令値、添え字のobは適応オブザーバ演算に使用する設定値とする。(例えば、Ldobは、適応オブザーバ演算に使用するLdの設定値を意味する。)
【0073】
(18)、(19)式において、電流フィードバック制御無効時は回転速度ωが十分高い条件であると仮定する。この仮定の下では、固定子巻線抵抗での発生電圧の影響を微小(すなわち、Rob≒0)と見なせる。さらに、定常状態であると仮定すると微分項(d/dt項)が0、かつ、ω≒ωr0と見なせることから(18)式は(20)式、(17)式は(21)式となる。
【数20】

【数21】

【0074】
ここで、γδ軸上の電圧指令Vγ*、Vδ*を演算する際に用いる電機子鎖交磁束Φsに対する(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|の誤差をΦserrとすると、(13)式と(15)式の関係より、(22)式、(23)式が成り立つ。
【数22】

【数23】

【0075】
(20)式〜(23)式の関係を整理すると、(24)式が得られる。
【数24】

【0076】
(25)式においてΦserr≠0、すなわち、Φs≠|Φ|の場合、id0≠id、iq0≠iqとなるために適応オブザーバにおいて電流推定誤差が生じる。よって、電流フィードバック制御無効時においてΦs=|Φ|、すなわち、γδ軸上の電圧指令Vγ*、Vδ*を演算する際に用いる電機子鎖交磁束Φsとして(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|を用いることが望ましいことが分かる。
【0077】
さらに、インダクタンス等のパラメータ変動発生時の適応オブザーバ20の動作について考える。界磁(永久磁石)磁束Φmを有する同期機1の状態方程式は、実電機子反作用磁束のd軸成分Φds、実電機子反作用磁束のq軸成分Φqs、dq軸上の実電圧Vd、Vqとを用いて表すと(25)式となる。
【数25】

【数26】

【0078】
定常状態を考え、オブザーバのときと同様に近似すると(27)式のようになる。(R=0、微分項(d/dt項):0)
【数27】

【0079】
ここで、dq軸上の電圧指令Vd*、Vq*の通りにdq軸上の実電圧Vd、Vqが出力されていると仮定し、(27)式と、(20)式において電流推定誤差が無い(id0=id、iq0=iq)とした場合の適応オブザーバの定常状態の近似式(28)式とから、(29)式、(30)式が導出できる。
【数28】

【数29】

【数30】

Ldob−Ld=ΔLd(適応オブザーバ演算に使用するLdの設定値とLd真値との誤差相当)とすると、二次側d軸磁束推定値pdrは(31)式となる。
【数31】

また、Lqob−Lq=ΔLq(適応オブザーバ演算に使用するLqの設定値とLq真値との誤差相当)とすると、0=ΔLq・Iqとなることがわかる。
【0080】
一方、電機子鎖交磁束Φsはγ軸上の値であり、前記の通り、電流フィードバック制御無効時においてはΦs=|Φ|が選択される。また、(13)式、(19)式、(31)式の関係から、電流推定誤差が無い(id0=id、iq0=iq)とした場合の(推定)電機子鎖交磁束のd軸成分pd0、q軸成分pq0は(32)式で与えられる。
【数32】

【0081】
電流フィードバック制御無効時の電機子鎖交磁束Φsの値として用いられる|Φ|の値は、(32)式を(14)式に代入することで得られる値となる。この時、トルク指令τ*は(推定)電機子鎖交磁束|Φ|の値、すなわち(32)のpd0、pq0の値に基づいて生成されることから、同期機1の発生するトルクτとトルク指令τ*相当量は(33)式となる。(33)式から、適応オブザーバ演算に使用するLd、Lqの設定値とLd、Lqの真値との誤差ΔLd、ΔLqの影響を受けないことが分かる。
【数33】

【0082】
したがって、電流フィードバック制御無効時に(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|を、δ軸電流指令iδ*生成演算と、γδ軸上の電圧指令(電圧フィードフォワード制御項)vγ1、vδ1生成演算とにおける同期機1の電機子鎖交磁束Φsとして使用すれば、適応オブザーバ演算に使用するLd、Lqの設定値とLd、Lqの真値との誤差ΔLd、ΔLqに影響されずに、制御性が良好かつ、所望のトルク指令に追従したトルクを出力できる。
【0083】
次に、磁束設定器8の構成要素である運転条件判定部80において、運転条件に基づいて電流フィードバック制御の有効無効を判定する方法について説明する。
【0084】
まず、該判定基準として好適なものとして、同期機1の回転速度ωがある。
図6に示すように、運転条件判定部80に同期機1の回転速度(電気角周波数)ωを入力する。同期機1の回転速度ωが上昇するに従い、電力変換手段4が同期機1に印加する三相電圧Vu、Vv、Vwの周波数も上昇するため、同期機の電流を所望の電流指令に追従させて良好な電流フィードバック制御を行うためには、電力変換手段4のキャリア周波数を大きくし、電力変換手段4のスイッチング素子のスイッチング回数を多くして、細やかな電流制御を行う必要がある。
ただし、電力変換手段4のキャリア周波数の上限は、電力変換手段4のスイッチング素子の特性等に依存することから、スイッチング素子の特性等を勘案した上で設定するキャリア周波数範囲内で、電流フィードバック制御が安定に動作する速度範囲を予め求めておき、同期機1の回転速度ωが前記速度範囲を超えた場合に電流フィードバック制御を無効とする判定を行う。
【0085】
このように、電流フィードバック制御の有無を切り換える同期機の運転条件を同期機1の回転速度ωとすることで、電流フィードバック制御が困難となる高速回転時において、適切に電流フィードバック制御を無効とすることができる効果が得られる。
【0086】
また、他の判定基準として好適なものとして、同期機1の回転速度ωに対する電力変換手段4のキャリア周波数の比がある。図6に示すように、運転条件判定部80に同期機1の回転速度ωを入力する点は、同期機1の回転速度ωに基づいて該判定を行う場合と同じであるが、該判定において電力変換手段4のキャリア周波数を考慮する。
【0087】
同じ回転速度条件でも、電力変換手段4のキャリア周波数の設定により、同期機の各相に印加される交流電圧1周期に対する電力変換手段のスイッチング素子のスイッチング回数が変わるため、電流フィードバック制御の安定性が変わる。よって、電力変換手段4のキャリア周波数の設定が逐次変わるような場合、同期機1の回転速度ωのみでは無く、同期機1の回転速度ωに対する電力変換手段4のキャリア周波数の比に基づいて電流フィードバック制御の有効無効を判定する方が望ましい。このようにすれば、電力変換手段4のキャリア周波数が大きいときは、電流フィードバック制御の有効無効を切り換える速度を高くし、逆に、電力変換手段4のキャリア周波数が小さいときは、電流フィードバック制御の有効無効を切り換える速度を低くすることが可能となる。
【0088】
このように、電流フィードバック制御の有無を切り換える同期機の運転条件を同期機の回転速度に対する電力変換手段のキャリア周波数の比に基づいた条件とすることで、電流フィードバック制御が困難となる高速回転時において、適切に電流フィードバック制御を無効にすることができるとともに、キャリア周波数の設定に応じて、電流フィードバック制御の有効無効を切り換える回転速度を適切に変更できる効果が得られる。
【0089】
また、他の判定基準として好適なものとして、同期機1の回転速度ω対する同期機制御装置の演算処理周波数の比がある。運転条件判定部80に同期機1の回転速度ωを入力する点は、同期機1の回転速度ωに基づいて該判定を行う場合と同じであるが、該判定において同期機制御装置の演算処理周波数、具体的には、同期機制御装置に係わる演算処理を行うマイクロコンピュータの演算処理周期(の逆数)を考慮する。
【0090】
通常、同期機制御装置に係わる演算処理を行うマイクロコンピュータは、マイクロコンピュータのスペックや演算処理負荷に基づいて適切に設定される演算処理周期毎に制御演算処理を行い、制御における指令等の演算結果を出力する。同期機1の制御における電圧指令生成器3で生成する電圧指令の更新周期もマイクロコンピュータの演算処理周期に依存する。よって、同期機制御装置に係わる演算処理を行うマイクロコンピュータの演算処理周期(この逆数が同期機制御装置の演算処理周波数)に応じて、前記電圧指令の更新周期が変わり、更新周期が短い程、細やかな電流制御が行うことや、電力変換手段4のキャリア周波数の上限を上げることが可能になる。このため、同じ回転速度条件でも、同期機制御装置の演算処理周波数が変わると、電流フィードバック制御の安定性が変わる。
【0091】
よって、同期機制御装置における演算処理を行うマイクロコンピュータの処理周波数が演算処理負荷の変化に応じて変わる場合、同期機1の回転速度(電気角周波数)ωのみでは無く、同期機1の回転速度ωに対する同期機制御装置の演算処理周波数の比に基づいて電流フィードバック制御の有効無効を判定する方が望ましい。
【0092】
このようにすれば、同期機制御装置の演算処理周波数が大きいときは、電流フィードバック制御の有効無効を切り換える速度を高くし、逆に、同期機制御装置の演算処理周波数が小さいときは、電流フィードバック制御の有効無効を切り換える速度を低くすることが可能となる。
【0093】
このように、電流フィードバック制御の有無を切り換える同期機の運転条件を同期機の回転速度対する同期機制御装置の演算処理周波数の比に基づいた条件とすることで、電流フィードバック制御が困難となる高速回転時において、適切に電流フィードバック制御を無効にすることができるとともに、同期機制御装置における演算処理を行うマイクロコンピュータの処理周波数(演算処理負荷によって適切に設定される)に応じて、電流フィードバック制御の有効無効を切り換える回転速度を適切に変更できる効果が得られる。
【0094】
以上が、本発明の特徴である磁束設定器8の説明である。
【0095】
これまでの本発明の実施の形態1の説明において、座標変換器10a〜dにおける演算については示しておらず、ここで該座標変換演算について説明する。
【0096】
座標変換器10a〜dにおける演算式は、(34)式〜(37)式となる。
【数34】

【数35】

【数36】

【数37】

【0097】
ただし、電圧に係わる座標変換(座標変換器10aの(34)式、10dの(37)式での演算)において、電流検出手段7で検出された同期機1の出力電流iu、iv、iwの値に基づく制御演算が電力変換手段4から出力される三相電圧Vu、Vv、Vwに反映されるまでの制御演算遅れ時間(無駄時間)を考慮し、下記変換位相∠Φ、θに対し、前記制御演算遅れ時間に基づく位相補正量θd分補正した位相で座標変換しても良い。
【0098】
また、本発明の実施の形態1において、何らかのトラブルで、同期機1の回転子位置θの推定ができなかった場合に、磁束設定器8が第2の電圧指令生成器32の出力を無効として、周知のV/F一定制御等を用いて電圧フィードフォワード制御を行うようにしても良い。一例として、同期機1の回転子位置θの推定ができなかったことを、同期機1の回転速度(推定値)ωの変化等から判定し(例えば、通常運転では発生しない回転速度(推定値)ωの急激な変化を検知する等)、電力変換手段4において過電流発生等の異常がない場合、電流フィードバック制御を無効にした上で、該トラブル発生直前の同期機1の回転速度ωを保持しておき、保持した回転速度に基づいて、電圧指令生成器3の第1の電圧指令生成器31で電圧フィードフォワード制御項vγ1、vδ1を演算、出力するようにする。
その際、座標変換等に用いる同期機1の回転子位置θの値は、保持した回転速度を積分することで、仮の回転子位置を生成し、仮の回転子位置に基づいて座標変換等を行えば良い。
【0099】
このようにすれば、万が一、同期機1の回転子位置θが何らかのトラブルによりできなかった場合に、電流フィードバック制御を行わず、さらに同期機の回転子位置を用いない制御を行うことで、駆動性能は正常時より劣るものの最低限の運転継続が可能になる。
【0100】
また、本発明の実施の形態1において、一旦電流フィードバック制御を無効にした後、電流フィードバック制御を有効にする場合に、第2の電圧指令生成器32に備わるPI制御器33をリセットするようにしても良い。
【0101】
これは、電流フィードバック制御を無効にした際、PI制御器33の積分演算項の値が保持され、電流フィードバック制御を有効にした際、保持された積分演算項の値が第2の電圧指令生成器32として出力され、電圧指令生成器3からの電圧指令出力値が急変する可能性があり、これを防止する目的でPI制御器33をリセットし、電流フィードバック制御を有効にした直後の第2の電圧指令生成器32の出力を零にする。
このようにすれば、電流フィードバック制御を無効から有効に切り換えた際に、該切り換えの影響を受けることなく運転継続できる効果が得られる。
【0102】
以上が、本発明の実施の形態1における同期機制御装置の説明である。
【0103】
本発明によれば、同期機1のトルクと磁束とを独立して操作可能な制御系を構成する。電流フィードバック制御を行える運転条件では、運転目的に応じた好適な磁束指令に追従するように磁束フィードバック制御を行いつつ、実電機子鎖交磁束との誤差が小さく推定値より安定した値が得られる磁束指令値に基づいてトルク指令や電圧指令を生成する。また、電流フィードバック制御を行うことが困難となる運転条件では、磁化電流指令生成器で磁束フィードバック制御を行えないことから、実電機子鎖交磁束に近い推定電機子鎖交磁束に基づいて前記指令を生成する。このような構成にすることで、回転子位置を検出する位置検出器を備えることなく、制御性が良好かつ、所望のトルク指令に追従したトルクを出力できる効果がある。
【0104】
また、本発明の実施の形態1において、回転子位置の推定ができなかった場合に、電流フィードバック制御を行わず、さらに同期機の回転子位置を用いない制御を行うことで、回転子位置検出ができなくても運転を継続することが可能となる効果がある。
【0105】
また、本発明の実施の形態1において、一旦電流フィードバック制御を有効から無効に切り換えた後、再度電流フィードバック制御を有効にした際に、第2の電圧指令生成器のPI制御器をリセットすれば、電流フィードバック制御を有効無効の切り換えの前後で、切り換えの影響を受けることなく運転継続できる効果がある。
【0106】
実施の形態2.
図7は、本発明の実施の形態2における、同期機1と同期機制御装置とを含めた同期機制御システムを示すものである。
【0107】
先の実施の形態1では、磁束演算器6において同期機1の回転速度ω、回転子位置θを推定する位置検出器を備えない形態について説明したが、本実施の形態2では、磁束演算器6において同期機1の回転速度ω、回転子位置θを推定せず、同期機1の回転子位置θを位置検出器11にて検出し、検出した回転子位置θに基づいて速度演算器12にて同期機1の回転速度ωを演算する構成とした。
以下、実施の形態1と異なる部分(位置検出器11、速度演算器12、磁束演算器6a)を中心に説明し、同一部分については、適宜説明を省略する。
【0108】
位置検出器11は、周知のレゾルバやエンコーダ等を用いて同期機1の回転子位置θを検出する。速度演算器12は、検出した回転子位置θに基づいて微分演算を行い、同期機1の回転速度(電気角周波数)ωを算出する。
【0109】
磁束演算器6に関しては、先の実施の形態1と同じ適応オブザーバ20を有する構成でも構わないが、本実施の形態2では、回転速度ω、回転子位置θを推定する機構が不要となるため、磁束演算器6を以下のような構成にしても良い。
【0110】
図8は、本発明の実施の形態2における、磁束演算器6aの構成図の一例である。磁束演算器6aは適応オブザーバ20の代わりに電流型磁束演算器61を有する。
【0111】
図8において、座標変換器10cは前記(36)式に基づいて、同期機1の出力電流iu、iv、iwを回転子位置θに基づいてdq軸上の電流id、iqに変換する。電流型磁束演算器61では、dq軸上の電流id,iqより(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|、(推定)電機子鎖交磁束位相∠Φを算出し、出力する。
【0112】
界磁(永久磁石)磁束Φmを有する同期機1において、電流と実電機子鎖交磁束との間に(38)式に示す関係が成立する。ここで、実電機子鎖交磁束のd軸成分をΦd、実電機子鎖交磁束のq軸成分をΦqとする。
【数38】

なお、界磁(永久磁石)磁束がない同期機ではΦm=0となる。
【0113】
電流型磁束演算器61では、(38)式で得られる推定電機子鎖交磁束のd軸成分pd0、q軸成分pq0から前記(14)式、(15)式に基づいて、(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|、(推定)電機子鎖交磁束位相∠Φを算出し、出力する。
【0114】
なお、(38)式の演算に用いるdq軸インダクタンスLd、Lqは磁気飽和のために同期機1の出力電流により値が変化することが知られており、予め出力電流(例えばdq軸上の電流id、iq)とdq軸インダクタンスとの関係を数式あるいはテーブルの形で記憶しておき、出力電流に応じてを変化させることにより、インダクタンス変動による磁束推定の誤差を低減できるような構成にしても良い。
また、図7において、前記磁束演算器6aの代わりに以下に示す磁束演算器6bを用いても良い。
【0115】
図9は、本発明の実施の形態2における、磁束演算器6bの構成図の一例である。磁束演算器6bは前記磁束演算器6aにおける電流型磁束演算器61の代わりに電圧型磁束演算器62を有する。
【0116】
図9において、座標変換器10dは前記(37)式に基づいて、三相電圧指令Vu*、Vv*、Vw*を回転子位置θに基づいてdq軸上の電圧指令Vd*、Vq*に変換する。
【0117】
速度演算器12は、検出した回転子位置θに基づいて微分演算を行い、同期機1の回転速度(電気角周波数)ωを算出する。
【0118】
電圧型磁束演算器62では、dq軸上の電圧指令Vd*、Vq*とdq軸上の電流id,iqより(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|、(推定)電機子鎖交磁束位相∠Φを算出し、出力する。
【0119】
界磁(永久磁石)磁束Φmを有する同期機1において、電圧、電流と実電機子鎖交磁束との間に(39)式に示す関係が成立する。
【数39】

【0120】
なお、(39)式において、電流の変化が緩やかである場合にはラプラス演算子sを含む項は無視してもよく、この場合(39)式は以下の(40)式のように変形される。なお、(39)式から(40)式への変形に際し、実際の演算に則してdq軸上の電圧Vd、Vqをdq軸上の電圧指令Vd*、Vq*に、実電機子鎖交磁束のd軸成分Φd、q軸成分Φqを推定電機子鎖交磁束のd軸成分pd0、q軸成分pq0に置き換えている。
【数40】

【0121】
(40)式において、固定子巻線抵抗Rがその他の項に比較して小さい場合には、これを含む項を無視しても良い。この場合、同期機1の出力電流に関する情報は不要となる。
また、固定子巻線抵抗Rは、同期機1の温度によって変化するので、同期機1の温度を検出して固定子巻線抵抗Rの値を補正する構成にしても良い。
【0122】
なお、磁束演算器6a、6bの演算において、同期機1の出力電流iu、iv、iwは電流検出手段7による検出値を、三相電圧は電圧指令Vu*、Vv*、Vw*を使用しているが、前者に電圧指令生成器3に入力される電流指令を電流指令iγ*、iδ*を三相電流(指令)に換算した値を、後者に周知の手段で三相電圧を検出し、検出した三相電圧検出値を用いても良い。さらに、磁束演算器6bのような電圧より(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|、(推定)電機子鎖交磁束位相∠Φを求める演算は、回転子位置θを用いずに行うようにしても良い。
例えば、三相電圧指令Vu*、Vv*、Vw*より三相電流iu,iv,iwによる固定子巻線抵抗Rでの電圧降下分を減じた値を極座標変換して、その絶対値を回転速度(電気角周波数)ωで除した値を(推定)電機子鎖交磁束絶対値|Φ|、その位相から90°を減じた(ω>0の場合)あるいは90°を加えた(ω<0の場合)ものを電機子鎖交磁束位相∠Φとすればよく、この方法は計算がより簡便となる。
【0123】
図8に示した電流型磁束演算器61を有する磁束演算器6aは、回転速度にかかわらず磁束の推定が可能であるが、(38)式に示すように磁束推定にインダクタンス値を使用するので、磁気飽和等による同期機1の特性の変動の影響を受けやすい。一方、図9に示した電圧型磁束演算器62を有する磁束演算器6bは、(40)式に基づいて磁束推定する場合は、インダクタンス値を用いないので同期機1の特性の変動の影響を受けにくいが、回転速度が小さく電機子電圧が低い場合には、推定精度が低下することがある。
これらの問題を解決する方法として、電流型磁束演算器61と電圧型磁束演算器62とを併用して、回転速度が小さい領域では電流型磁束演算器61を主に使用し、回転速度ωが上昇すると電圧型磁束演算器62を主に使用するように、磁束演算器を切り換える、あるいは回転速度ωを参照した重み付けを行いながら前記2種類の磁束演算器の出力を平均化するなどの方法を用いても良い。
【0124】
また、本発明の実施の形態2では、回転子位置θを検出する位置検出器を備えており、同期機1の出力電流に関する情報が不要な電圧型磁束演算器62を有する磁束演算器6bが適用できることから、同期機1の電流検出手段7の異常を検出した際に、磁束設定器8が第2の電圧指令生成器32の出力を無効とする信号を出力する、すなわち電流フィードバック制御を無効にした状態で、同期機1の出力電流に関する情報を用いずに運転継続を行うようにしても良い。このようにすれば、同期機1の電流検出手段7に異常が生じた場合でも、同期機1の出力電流の情報を用いずに同期機1を駆動し続けることが可能となる。
【0125】
図10は、本発明の実施の形態2における、電流検出手段7を用いない(使用できない)場合の同期機1と同期機制御装置を含めた同期機制御システムを示す構成図である。
【0126】
図10において、図1同様に同期機1の電流検出手段7を構成要素として含むが、電流検出手段7の異常により使用できないとの仮定で、電流検出手段7に係わる部分を省略して記載している。
また、電流検出手段7の異常を示す電流検出手段異常信号を後述する磁束設定器8aへ入力する構成にしている。
【0127】
まず、電流検出手段7に何らかの異常を検出した場合に、前記の電圧型磁束演算器62を有する磁束演算器6bに磁束推定が行われるようにする。
電圧型磁束演算器62を有する磁束演算器6bに磁束推定以外の磁束演算器を使用していた場合は、使用する磁束演算器を、電圧型磁束演算器62を有する磁束演算器6bに切り換えるような構成にすれば良い。
さらに、電圧指令生成器3の第2の電圧指令生成器32の出力を無効とする電流制御有効無効切換フラグFLを磁束設定器8から出力する。
【0128】
これを実現するための構成として、図11に前記磁束設定器8とは異なる磁束設定器8aの構成図の一例を示す。
【0129】
磁束設定器8aは、電流フィードバック制御の有効無効を判定する際、前記磁束設定器8と同様な同期機1の回転速度ωの条件(あるいは回転速度ωが係わる条件)に加えて、電流検出手段7の異常を示す前記電流検出手段異常信号を判定条件とする運転条件判定部80aを備える。同期機1の回転速度ωに関係なく、電流検出手段7に何らかの異常を検出すれば、磁束設定器8aは、第2の電圧指令生成器32の出力を無効とする電流制御有効無効切換フラグFLを出力する。
【0130】
電圧指令生成器32の出力を無効とする電流制御有効無効切換フラグFLを受けて、電圧指令生成器3は、第2の電圧指令生成器32(電流フィードバック制御項)の出力がvγ2=vδ2=0となるようにする。
【0131】
ここで、前記電流検出手段異常信号は、例えば、電流検出手段7に何らかの異常を検出した場合に、電流検出手段7本体から出力するような構成、あるいは、同期機制御装置における演算処理を行うマイクロコンピュータが演算処理の過程の中で、電流が関係する演算結果の異常に基づいて、電流検出手段7に何らかの異常が発生したと検出して、該マイクロコンピュータから出力するような構成等が考えられる。
【0132】
このような方法で、電流検出手段7の異常を検出した際に、電流フィードバック制御を行わないようにすることで、電流検出手段7の異常を検出しても、同期機1の出力電流の情報用いずに運転を継続することが可能となる。
【0133】
また、本発明の実施の形態1で示した、同期機1の回転子位置θが推定(本実施の形態では検出)できなかった場合の処理、電流フィードバック制御を無効から有効にした際の処理は、本発明の実施の形態2においても勿論適用可能である。
【0134】
以上が、本発明の実施の形態2における同期機制御装置の説明である。
【0135】
本発明によれば、回転子位置を検出する位置検出器を備える場合も、本発明の実施の形態1同様に、トルクと磁束とを独立して操作可能な制御系を構成する。電流フィードバック制御を行える運転条件では、運転目的に応じた好適な磁束指令に追従するように磁束フィードバック制御を行いつつ、実電機子鎖交磁束との誤差が小さく推定値より安定した値が得られる磁束指令値に基づいてトルク指令や電圧指令を生成する。また、電流フィードバック制御を行うことが困難な運転条件では、磁化電流指令生成器で磁束フィードバック制御を行えないことから、実電機子鎖交磁束に近い推定電機子鎖交磁束に基づいて前記指令を生成する。このような構成にすることで、回転子位置を検出する位置検出器を備える場合においても、制御性が良好かつ、所望のトルク指令に追従したトルクを出力できる効果がある。
【0136】
また、本発明の実施の形態2において、回転子位置を検出する位置検出器を備えていることから、電流検出手段の異常を検出した際に、電流フィードバック制御を行わないようにすることで、電流検出手段の異常を検出しても、同期機の出力電流の情報用いずに運転を継続することが可能となる効果が得られる。
【0137】
なお、各図中、同一符合は同一または相当部分を示す。
【符号の説明】
【0138】
1 同期機、
2 トルク電流指令生成器、
3 電圧指令生成器、
4 電力変換手段、
5 磁束指令生成器、
6、6a、6b 磁束演算器、
7 電流検出手段、
8、8a 磁束設定器、
9 磁化電流指令生成器、
10a〜d 座標変換器、
11 位置検出器、
12 速度演算器、
20 適応オブザーバ、
21 同期機モデル、
22 偏差増幅器、
23 ゲイン設定器、
24 速度推定器、
25 積分器、
26 電機子鎖交磁束換算器、
31 第1の電圧指令生成器、
32 第2の電圧指令生成器、
33 PI制御器、
34a〜c スイッチ、
51a〜g 加減算器、
61 電流型磁束演算器、
62 電圧形磁束演算器、
80、80a 運転条件判定部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トルク指令と同期機の電機子鎖交磁束とから電流指令のトルク成分であるトルク電流指令を演算するトルク電流指令生成器と、
前記同期機の回転速度と前記電機子鎖交磁束とから第1の電圧指令を生成する第1の電圧指令生成器と、前記電流指令の磁化成分である磁化電流指令と前記トルク指令と前記同期機の出力電流とに基づいてフィードバック制御を行い、第2の電圧指令を生成する第2の電圧指令生成器とから構成され、前記第2の電圧指令生成器の出力の有効無効を切り換えられる電圧指令生成器と、
前記電圧指令生成器の出力である電圧指令に基づいて前記同期機に電圧を印加する電力変換手段と、
前記トルク電流指令と前記同期機の回転速度とに基づいて磁束指令を演算する磁束指令生成器と、
前記同期機の出力電流と前記電圧指令に基づいて前記同期機の推定電機子鎖交磁束と回転速度とを推定する磁束演算器と、
前記同期機の出力電流を検出する電流検出手段と
を備えた同期機制御装置であって、
前記同期機の運転条件に応じて、前記磁束指令生成器から出力される前記磁束指令と前記磁束演算器から出力される推定電機子鎖交磁束とを切り換えて前記電機子鎖交磁束を出力するとともに、前記第2の電圧指令生成器の出力の有効無効を切り換える信号を出力する磁束設定器と、
前記磁束指令と前記推定電機子鎖交磁束との差分に基づいて前記磁化電流指令を生成する磁化電流指令生成器と
を備えていることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項2】
トルク指令と同期機の電機子鎖交磁束とから電流指令のトルク成分であるトルク電流指令を演算するトルク電流指令生成器と、
前記同期機の回転速度と前記電機子鎖交磁束とから第1の電圧指令を生成する第1の電圧指令生成器と、前記電流指令の磁化成分である磁化電流指令と前記トルク指令と前記同期機の出力電流とに基づいてフィードバック制御を行い、第2の電圧指令を生成する第2の電圧指令生成器とから構成され、前記第2の電圧指令生成器32の出力の有効無効を切り換えられる電圧指令生成器と、
前記電圧指令生成器の出力である電圧指令に基づいて前記同期機に電圧を印加する電力変換手段と、
前記トルク電流指令と前記同期機の回転速度とに基づいて磁束指令を演算する磁束指令生成器と、
前記同期機の出力電流と前記電圧指令に基づいて前記同期機の推定電機子鎖交磁束を推定する磁束演算器と、
前記同期機の出力電流を検出する電流検出手段と、
前記同期機の回転子位置を検出する位置検出器と、
前記同期機の回転子位置に基づいて同期機の回転速度を演算する速度演算器と
を備えた同期機制御装置であって、
前記同期機の運転条件に応じて、前記磁束指令生成器から出力される前記磁束指令と前記磁束演算器から出力される推定電機子鎖交磁束とを切り換えて前記電機子鎖交磁束を出力するとともに、前記第2の電圧指令生成器の出力の有効無効を切り換える信号を出力する磁束設定器と、
前記磁束指令と前記推定電機子鎖交磁束との差分に基づいて磁化電流指令を生成する磁化電流指令生成器と
を備えていることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の同期機制御装置において、前記同期機の出力電流を検出する前記電流検出手段の異常を検出した際、前記磁束設定器が第2の電圧指令生成器の出力を無効とする信号を出力することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3の何れか一に記載の同期機制御装置において、前記同期機の運転条件とは、前記同期機の回転速度に基づいた条件であることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項5】
請求項1から請求項3の何れか一に記載の同期機制御装置において、前記同期機の運転条件とは、前記同期機の回転速度に対する前記電力変換手段のキャリア周波数の比に基づいた条件であることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載の同期機制御装置において、前記同期機の運転条件とは、前記同期機の回転速度対する同期機制御装置の演算処理周波数の比に基づいた条件であることを特徴とする同期機制御装置。
【請求項7】
請求項1から請求項6の何れか一に記載の同期機制御装置において、前期同期機の回転子位置の推定あるいは検出ができなかった場合に、前記磁束設定器が前記第2の電圧指令生成器の出力を無効とする信号を出力することを特徴とする同期機制御装置。
【請求項8】
請求項1から請求項7の何れか一に記載の同期機制御装置において、前記第2の電圧指令生成器は入力の比例積分を行うPI制御器を備え、前記第2の電圧指令生成器の出力を有効から無効に切り換えた後、再度該出力を有効にする際、前記PI制御器をリセットすることを特徴とする同期機制御装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−222959(P2012−222959A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−86255(P2011−86255)
【出願日】平成23年4月8日(2011.4.8)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】