説明

吐出用液体、吐出方法、液滴化方法、カートリッジ及び吐出装置

【課題】
蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含有する液を、熱エネルギーを付与して安定に吐出するための吐出用液体としての液体組成物、液滴化方法ならびに蛋白質液滴の利用に適した吐出方法及び吐出装置を提供すること。
【解決手段】
蛋白質及びペプチドの少なくとも1種の水溶液にベタイン骨格を有する化合物を添加して、熱エネルギーを付与して吐出する適性を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含む液体の液滴化に適した液体組成物及びその液滴化方法、並びにこの液滴化方法を用いた吐出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、蛋白質溶液を液滴として利用する試みが多くなされている。例えば薬物送達方法としての経粘膜投与を挙げられ、あるいは極微量の蛋白質のみ必要なことからバイオチップやバイオセンサーへの適用を挙げられる。また、生理活性物質のスクリーニングにおいても蛋白質の微小液滴を用いる方法が注目されている(特許文献1および非特許文献1、2参照)。
【0003】
近年では、蛋白質、特に酵素や生理活性を持つ有用な蛋白質は遺伝子組み換え技術により量産可能になりつつあり、蛋白質の新たな医薬としての探索や利用、および応用分野に対して蛋白質の液滴化は有用な手段となり得る。中でも、微小液滴を用いて患者に多彩な薬剤を投与する手段はその重要性を増しつつある。特に蛋白質やペプチドを始め、その他の生体物質を肺から投与する点で重要となっている。肺はその肺胞表面積が50〜140m2と広大であり、吸収障壁である上皮は0.1μmと非常に薄く、加えて酵素活性も消化管と比して小さいためにインスリンに代表される高分子ペプチド系薬物の注射に代わる投与ルートとして注目されてきた。
【0004】
一般に、薬物微小液滴の肺内沈着は、その空力学的粒子径に大きく依存することが知られており、中でも肺深部である肺胞への送達には、粒度分布が1〜5μmでかつ狭い液滴を、高い再現性で投与できる投与形態と安定な製剤の開発が必須となる。
【0005】
体内、特に呼吸器周囲に製剤を投与する方法が従来から幾つかあり、これらを例示する。懸濁物エアロゾル形態の定量噴霧吸入器(MDI)では、噴射剤として、不燃性、あるいは難燃性ガスを液化したものを利用し、単回噴射に供される、液化ガスの単位容量を規定することで、定量噴霧を可能としているが、上記の範囲での液滴径の制御には課題が残る上に、噴射剤が健康に対して良いとは言い難い。また、媒体として水やエタノールを用いる液剤の噴霧に利用される、スプレー方式の噴霧では、キャピラリーを介して、液剤を搬送用加圧気体とともに放出することで、細かな液滴に変換している。従って、原理的には、かかるキャピラリー流路に供給される液剤の液量を規定することで、噴霧量を制御することは可能であるが、液滴径の制御は難しい。
【0006】
特に、スプレー方式の噴霧では、液剤を細かな液滴に変換する過程で利用される加圧気体を、その後、噴霧された微細な液滴を搬送する気体の流れとしても使用するため、この搬送用の気流中に浮遊される微細な液滴の量(密度)を目的に応じて、変化させることが、構造上困難である。
【0007】
上記の粒度分布が狭い液滴を作製する方法として、インクジェット印刷に使用される類の原理に基づいた液滴生成器を使用して極めて微細な液滴を生成し、利用することが報告されている(例えば特許文献2、3)。ここで、当該種のインクジェット方式は、吐出する液体を小さな室に導き、液体に押出す力を与えて、オリフィスから液滴を吐出する。押出す方法は、例えば、薄膜抵抗器等の熱変換機を用いて、室上にあるオリフィスを通じて液滴を噴出する気泡を生成する(サーマルインクジェット方式)、ピエゾ振動子を用いて液体を直接室上にあるオリフィスから押出す(ピエゾインクジェット方式)、などが用いられる。室及びオリフィスはプリントヘッド素子に組み込まれ、このプリントヘッド素子は、液体の供給源に接続されると共に、液滴の吐出を制御するコントローラに接続されている。
【0008】
薬剤を肺から吸収させるにあたっては、特に上記の蛋白質製剤などでは投与量の精密な制御が必要であり、吐出量を制御できるインクジェット方式の原理に基づく液滴化は非常に好ましい形態である。加えて、液が確実に吐出していることが求められるにもかかわらず、表面張力や粘度を調整しただけの蛋白質溶液の吐出は不安定であり、再現性と効率が高い吐出が困難な場合があった。
【0009】
上記の蛋白質やペプチドをインクジェット方式の原理に基づいた液滴化に伴う問題点は、蛋白質の立体構造の脆弱な性質にあり、構造が破壊されると蛋白質の凝集及び分解を招く場合がある。インクジェット方式の原理に基づく液滴化の際に加わる物理的な力、例えば圧力、剪断力や微小液滴特有の高い表面エネルギーは、多くの蛋白質の構造を不安定にする(サーマルインクジェット方式を用いる場合にはこの他に熱を加えることになる)。特に、インクジェット方式の原理に基づく場合、長期の保存安定性は勿論、さらに上記の物理的作用が通常の攪拌や加熱処理などにより加わる剪断力や熱エネルギーより極端に大きく(例えばサーマルインクジェット方式の場合、瞬間的に300℃、90気圧の付加がかかると考えられている)、また同時に複数の物理的な力が加わるため、蛋白質の安定性は通常蛋白質を扱う状況よりも非常に低下しやすく、従来から用いられている蛋白質の安定化技術では不十分な場合があった。この問題が生じると、液滴を作成する際に蛋白質が凝集し、ノズル詰まりを生じさせるため、液滴の吐出が困難となる。
【0010】
さらに、肺吸入に適した大きさである1〜5μmの液滴は、現在市販されているプリンターの液滴径約16μmと比較して非常に小さいため、液滴にはより大きな表面エネルギーや剪断力が加わる。そのため、蛋白質を肺吸入に適した微小な液滴として吐出することは非常に困難なことである。
【0011】
上記のような様々な利用を考えた場合、蛋白質溶液を吐出する方法は、製造コストが低く、ノズルの高密度化が可能なサーマルインクジェット方式の原理に基づくことが好ましい。
【0012】
一方、蛋白質を安定化する方法として知られている、界面活性剤、グリセロール、種々の糖質、ポリエチレングリコールのような水溶性高分子、アルブミンなどを添加する方法は、サーマルインクジェット方式に基づく蛋白質を吐出する場合における吐出性能の向上にはほとんど或いは全く効果がない。
【0013】
サーマルインクジェット方式を用いて作成した液滴の肺吸入に関する液組成物については、表面張力を調節する化合物や保湿剤を添加する方法(例えば、特許文献4)が開示されている。ここでは、溶液の表面張力や粘度、保湿作用によって液滴化した溶液中の蛋白質の安定性が上昇するとして、界面活性剤やポリエチレングリコールなどの水溶性高分子を加えている。
【0014】
しかしながら、吐出の安定性についての記載はなく、さらに界面活性剤や水溶性高分子の添加は、蛋白質やペプチドの濃度が高くなると効果が不十分であり、添加物自体が吐出の安定性を阻害することもあった。また、界面活性剤は効果が全く認められないものが多く、表面張力や粘度あるいは保湿作用が吐出の安定性を規定しているわけではなかった。言い換えれば、前記の方法は蛋白質やペプチドをサーマルインクジェット方式で吐出する際、吐出安定化の一般的な方法ではなかった。
【0015】
既に説明したように、液状試料を微細に液滴化した上で、噴出する方法の一つとして、インクジェット技術が公知であり、特に、液滴化した上で噴出する液量に関して、極微量でも高い制御性を示すという特長を有している。このインクジェット方式の微細液滴噴出方式としては、ピエゾ圧電体素子などを利用する振動方式や、マイクロ・ヒーター素子を利用するサーマルインクジェット方式が知られている。ピエゾ圧電体素子などを利用する振動方式は、利用される圧電体素子の微小化に限界があり、単位面積当たりに設けられる噴出口の数が制限される。また、単位面積当たりに設けられる噴出口の数が多くなるに伴い、その作製に要するコストが急激に高くなる。それに対して、サーマルインクジェット方式では、利用するマイクロ・ヒーター素子の微小化は比較的に容易であり、ピエゾ圧電体素子などを利用する振動方式と比較して、単位面積当たりに設ける噴出口の数も多くでき、また、その作製に要するコストも遥かに低くできる。
【0016】
サーマルインクジェット方式を適用する際には、各噴出口から噴出される微細液滴の適切な噴霧状態と液量を制御するために、噴出される液の物性を調整する必要がある。すなわち、噴出される液状試料を構成する、溶媒の種類・組成、溶質濃度などの液組成に工夫を施すことで、目的とする微細液滴の液量を得られるように調製されている。
【0017】
さらには、サーマルインクジェット方式の原理に基づく液滴の噴出機構に関しても、様々な技術開発が進められており、通常のインクジェット・プリンターヘッドでは、噴出される個々の液滴の液量は数ピコリットル程度であるのに対し、その液量が、サブピコリットル、あるいはフェムトリットルオーダーの極めて微細な液滴が得られる噴出機構・方法の技術も開発されている(例えば特許文献5を参照)。例えば、数μmサイズの体細胞を、薬剤の塗布を施す対象物とする際に、噴出される個々の液滴として、前記の極めて微細な液滴を利用する必要が生じる場合も想定される。
【0018】
【特許文献1】特開2002−355025号公報
【特許文献2】米国特許第5894841号明細書
【特許文献3】特開2002−248171号公報
【特許文献4】国際公開第WO02/094342号パンフレット
【特許文献5】特開2003−154655号公報
【非特許文献1】Allain LR et. al.「Fresenius J. Anal. Chem.」 2001年、 371巻 p.146−150
【非特許文献2】Howard EI、Cachau RE 「Biotechniques」 2002年 33巻 p.1302-1306
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明は、蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含有する液滴を熱エネルギーを付与して安定に吐出するための吐出用液体としての液体組成物、並びに蛋白質液滴の利用に適した吐出方法及び吐出装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の吐出用液体は、蛋白質及びペプチドから選択された少なくとも1種と、ベタイン骨格を有する化合物と、液媒体と、を含有することを特徴とする吐出用液体である。
【0021】
本発明の吐出方法は、サーマルインクジェット方式の原理に基づいて上記の吐出用液体を液滴化して吐出させることを特徴とする吐出方法である。
【0022】
本発明の液体吐出用カートリッジは、上記の吐出用液体が収納されるタンクと、サーマルインクジェット原理に基づく吐出用ヘッドと、を有することを特徴とする液体吐出用カートリッジである。
【0023】
本発明の液体吸入用装置は、上記の前記カートリッジと、該カートリッジの有するサーマルインクジェット原理に基づいた吐出用ヘッドの液体吐出部から吐出される液体を利用者の吸入部位へ誘導するための流路部と開口部とを有することを特徴とする液体吸入用装置である。
【0024】
本発明の液体を液滴化する方法は、蛋白質およびペプチドの少なくとも1種を含む液体に熱エネルギーを付与して該液体を液滴化する方法であって、前記液体はベタイン構造を有する化合物を含有することを特徴とする液滴化方法である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含む溶液に、ベタイン構造を有する化合物を添加することで、熱エネルギーを付与して安定な吐出が可能である吐出用液体を得ることができる。また、この吐出用液体に更に界面活性剤を添加することで、吐出の安定性に対して相乗効果が得られ、より高い濃度の蛋白質溶液の吐出も可能である。蛋白質及びペプチドの少なくとも1種が薬効成分である場合には、この吐出用液体を、携帯型の吐出装置で吐出して液滴化し、それを吸入することによって薬効成分としての蛋白質及びペプチドの少なくとも1種が肺に到達して、さらに薬効成分が吸収され得る。また、上記の方法で基板上に吐出することによりバイオチップ、バイオセンサーの作製、センシング、生体物質のスクリーニングに利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明は、蛋白質及びペプチドの少なくとも1種を含有する液滴を熱エネルギーを付与して安定に吐出するための吐出用液体としての液体組成物、並びに蛋白質液滴の利用に適した吐出方法及び吐出装置を提供することを目的とするものである。
【0027】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0028】
本発明における蛋白質とは、アミノ酸が多数ペプチド結合でつながった、水溶液中に溶解または分散する任意のポリペプチドを意味する。また、本発明におけるペプチドとは、2つ以上のアミノ酸がペプチド結合でつながったアミノ酸数100以下のものを意味する。蛋白質及びペプチドは化学的に合成しても天然源から精製しても良いが、典型的には天然蛋白質及びペプチドの組換え体である。普通は蛋白質及びペプチド分子へのアミノ酸残基の共有結合によって蛋白質及びペプチドを化学的に改質し、それによって蛋白質及びペプチドの治療効果を長引かせるなど、効果の向上を図ることも可能である。
【0029】
本発明を実施する際には、液滴化することが望ましい各種蛋白質及びペプチドが使用され得る。最も典型的には、本発明による蛋白質及びペプチドの液滴化は治療上有用な蛋白質及びペプチドを肺に送達させるためである。例としてはカルシトニン、血液凝固因子、シクロスポリン、G−CSF、GM−CSF、SCF、EPO、GM−MSF、CSF−1のような各種造血因子、IL−1、IL−2、IL−3、IL−4、IL−5、IL−6、IL−7、IL−8、IL−9、IL−10、IL−11、IL−12のようなインターロイキン類、IGF類、M−CSF、チモシン、TNFおよびLIFを含めたサイトカイン類が挙げられる。使用し得るほかの治療効果を有する蛋白質には、血管作用ペプチド、インターフェロン類(アルファ、ベータ、ガンマまたは共通インターフェロン)、成長因子又はホルモン、例えばヒト成長ホルモン又は(ウシ、ブタまたはニワトリ成長因子のような)他の動物成長ホルモン、インスリン、オキシトシン、アンジオテオシン、メチオニンエンケファリン、サブスタンスP、ET−1、FGF、KGF、EGF、IGF、PDGF、LHRH、GHRH、FSH、DDAVP、PTH、バソプレッシン、グルカゴン、ソマトスタチン、等が含まれる。プロテアーゼ阻害剤、例えばロイペプチン、ペプスタチン、(TIMP−1、TIMP−2又は他のプロテイナーゼ阻害剤のような)メタロプロテイナーゼ阻害剤も使用される。BDNFやNT3のような神経成長因子も使用される。tPA、ウロキナーゼ及びストレプトキナーゼのようなプラスミノーゲン活性化因子も使用される。親蛋白質の主構造のすべてもしくは一部を有しており且つ親蛋白の生物学的諸性質の少なくとも一部を有している蛋白質のペプチド部分も使用される。アナログ、例えば置換又は欠陥アナログ、あるいはペプチド類似物のような改変アミノ酸、PEG、PVAなどの水溶性高分子で修飾された上記物質を含むものも使用される。前記の蛋白質が肺に送達できることは Critical Reviews in Therapeutic Drug Carrier Systems、12(2&3)(1995)で明らかにされている。
【0030】
さらに、バイオチップ、バイオセンサーの作製や蛋白質及びペプチドのスクリーニングなどの利用には、上記の蛋白質及びペプチドに加え、オキシダーゼ、リダクターゼ、トランスフェラーゼ、ハイドラーゼ、リアーゼ、イソメラーゼ、シンテターゼ、エピメラーゼ、ムターゼ、ラセアーゼなどの各種酵素、IgG、IgEなどの各種抗体及びレセプター、及びこれらの抗原、アレルゲン、シャペロニン、アビジン、ビオチンなど診断に用いられる蛋白質及びペプチド、固定化するための試薬で修飾された上記物質も使用され得る。
【0031】
前記の吐出用液体中に含有する蛋白質及びペプチドとしては、例えば分子量が0.5kDa〜150kDaの範囲のものを用いることができる。また、蛋白質及びペプチドから選択された少なくとも1種の含有量は、その目的や用途に応じて選択されるが、好ましくは、1ng/ml〜200mg/mlの範囲から選択される。
【0032】
液媒体としては水を主とすることが好ましく、媒体中の水比率は50%以上あることが望ましい。媒体の主成分である水の他にアルコールなどの水溶性有機溶剤や助剤を媒体として添加できる。
【0033】
熱エネルギーを付与するインクの吐出性の改善については、一般的に界面活性剤やエチレングリコールなどの溶剤を添加することが知られている。しかし、蛋白質及びペプチド溶液を吐出する場合には、これらを添加するだけでは吐出性の向上は認められず、新たな添加剤が必要であった。
【0034】
本発明者らは、鋭意研究を進めた結果、蛋白質及びペプチド溶液にベタイン骨格を有する化合物を添加した溶液が、熱エネルギーを付与して安定した液滴化に適していることを見出した。
【0035】
前記の熱エネルギーを付与して液滴を吐出する方法としては、米国特許第6234167号に開示されているチューブを加熱して該内部の液体を開口から吐出させる方法やサーマルインクジェット方式の原理に基づいた方法を例示できる。このサーマルインクジェット方式は、液体にヒーターで熱エネルギーを付与し、そのエネルギーで加熱発泡させて液存在空間端部開口から液滴を吐出する方法であり、前記のチューブ加熱に比例してヒーターを微少多数に分離させることで斑なく、高い液滴数精度を有する特徴がある。
【0036】
なお、以下の説明においてはサーマルインクジェット方式の原理に基づいた構成を中心に述べるが、サーマルインクジェット方式が最も吐出性向上を顕著に示すためであって、本発明においてピエゾ素子の振動圧を利用してノズル内の液体を吐出させるピエゾインクジェット方式を用いることも可能である。しかし、サーマルインクジェット方式を用いた場合、個々の液剤吐出ユニットについて、吐出口の口径、吐出に利用される熱パルスの熱量、それに用いるマイクロ・ヒーターなどのサイズ精度、再現性を高くすることが可能であり、このヘッド上に高密度に配置される多数の液剤吐出ユニット全体における狭い液滴径分布を達成することが可能である。また、製作コストが低く、ヘッドを頻繁に交換する必要がある、小型の装置が求められるといった本発明が多く利用される状況においては、サーマルインクジェット方式をより好適に用いられる。
【0037】
ベタイン化合物が吐出の安定性に大きく寄与する原因は次のように考えられる。ベタイン骨格は四級アンモニウムカチオンと有機酸アニオンを一分子中に近距離で併せ持ち、非常に水和性が高い。また、分子修飾も容易で、分子中に長鎖のアルキル基やアシル基を持たせられる。これより長鎖のアルキル基を有する化合物でも高い水和性を有する特徴がある。一方、蛋白質及びペプチドは疎水性が強く、水和安定化が困難である。ベタイン化合物中に前記の長鎖アルキル基やアシル基などの疎水基を有することで、該官能基が蛋白質やペプチド中の疎水部に作用し、且つ、水和性の高いカチオンとアニオンの水和力で蛋白質及びペプチドを水和安定化させ、蛋白質及びペプチド同士の作用を抑制することができる。この作用によりサーマルインクジェット方式の原理に基づいて吐出する際のエネルギー負荷に由来する蛋白質及びペプチドの変性、凝集を抑止でき、また、吐出を安定化することができる。
【0038】
本発明で使用されるベタイン骨格を有する化合物としては、下記式(1)で表される化合物が好ましい。
【0039】
【化1】

【0040】
ここで、式(1)中のR1は炭素数が6から18の間にある置換または無置換の任意のアルキル基であり、炭素数が8〜16の間にある飽和アルキルであることがより好ましい。
式(1)中のR2とR5は炭素数が1から6の間にある置換または無置換のアルキレン鎖であり、炭素数が1から4の間にあるアルキレン鎖であることがより好ましい。
式(1)中のR3とR4は炭素数が1から6の間にある任意のアルキル基またはアルキレン鎖で、R3とR4が連結して複素環を形成しても良い。
【0041】
上記の化合物としてジメチルジアルキルベタイン、ジエチルジアルキルベタイン、メチルエチルジアルキルベタインを例示でき、複素環として下記式(2)に示されるイミダゾリウムベタインなどを例示できる。
【0042】
【化2】

【0043】
式1および式2中のAは有機酸アニオンであり、カルボン酸基またはスルホン酸基であることがより好ましい。スルホン酸である場合はR5が水酸基を有することが好ましい。
【0044】
式(1)および式(2)中のX1とX2はカウンターイオンであり、X1についてはアニオン種であればよく無機および/または有機のアニオンから選ばれる少なくとも1種を有してよく、該カウンターイオンとしてハロゲンイオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、フッ化物イオン、水酸化物イオン、カルボン酸類イオン、硝酸類イオン、燐酸類イオン及び硫酸類イオンを好ましく例示でき、該カウンターイオンは同一でも異なってもよい。X2についてはカチオン種であれば良く、1価の金属イオン、金属酸化物イオン及び有機カチオンから選ばれる少なくとも1種を表し、該カウンターイオンは同一でも異なってもよい。
【0045】
式(1)のnは該骨格の繰り返し数であり、0または1である。nが0の場合は式(3)に示されるアルキルベタインであり、nが1の場合は式(4)または式(5)に示されるアルキルアミドアルキルベタインとなる。
【0046】
【化3】

【0047】
【化4】

【0048】
【化5】

【0049】
本発明で用いるベタイン化合物は、アルキルアミドアルキルベタイン及びそれらの塩類、ならびにそれらの誘導体を含むことができるが、アルキルアミドアルキルベタインであることがより好ましい。
【0050】
本願発明の吐出用液体の調整は、特に限定されないが、蛋白質およびペプチドの少なくとも1種を有し、且つ界面活性能を有するベタイン構造化合物と、水を主とする液媒体とその他の添加物成分から構成される組成の液体を、前記の各成分を混合して行う。混合液の形態は特に制限されず、溶解型、懸濁型、乳化型、分散型のいずれでもよく、溶解型でない場合の媒体中の懸濁あるいは乳化あるいは分散物の大きさはサブナノメートルスケールからマイクロメートルスケールまで用いることができる。
【0051】
本発明では、さらに、ベタイン骨格を有する化合物と界面活性剤とを共添加することで、添加物の濃度を大幅に減少しても吐出の安定性を保つことができることを発見した。ベタイン骨格を有する化合物1重量部に対して、界面活性剤を0.2〜1重量部添加することで、同じ蛋白質濃度の溶液に対するベタイン骨格を有する化合物の添加量を10分の1〜2分の1に減らすことができる。
【0052】
界面活性剤の効果はベタイン骨格を有する化合物とは異なり、蛋白質の変性を抑制する作用と、凝集した蛋白質を再溶解させる作用により吐出を安定化しているものと考えられる。これらの2つの異なる効果が組み合わせられることによって相乗効果が得られ、吐出の安定性が大幅に改善されると考えられる。界面活性剤単独では、これらの作用が大きくないために蛋白質の凝集を完全には抑制できず、吐出の安定性を確保できないと考えられる。
【0053】
本発明における界面活性剤とは、極性部分と非極性の部分との両方を一つの分子中に有する化合物であって、前記各部分を分子中に離れた局在領域に、当該界面活性剤が二つの非混和性相関の界面張力を界面での分子整列によって減少させ、かつミセルを形成し得るような性質を保有する化合物を意味する。
【0054】
使用され得る界面活性剤に制限はないが、例えばソルビタンモノカプリレート、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノパルミテート等のソルビタン脂肪酸エステル;グリセリンモノカプリレート、グリセリンモノミリテート、グリセリンモノステアレート等のグリセリン脂肪酸エステル;デカグリセリルモノステアレート、デカグリセリルジステアレート、デカグリセリルモノリノレート等のポリグリセリン脂肪酸エステル;ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンソルビタントリオレエート、ポリオキシエチレンソルビタントリステアレート等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル;ポリオキシエチレンソルビットテトラステアレート、ポリオキシエチレンソルビットテトラオレエート等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル;ポリオキシエチレングリセリルモノステアレート等のポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル;ポリエチレングリコールジステアレート等のポリエチレングリコール脂肪酸エステル;ポリオキシエチレンラウリルエーテル等のポリオキシエチレンアルキルエーテル;ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンプロピルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンセチルエーテル等のポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル;ポリオキシエチエレンノニルフェニルエーテル等のポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル;ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油(ポリオキシエチレン水素ヒマシ油)等のポリオキシエチレン硬化ヒマシ油;ポリオキシエチレンソルビットミツロウ等のポリオキシエチレンミツロウ誘導体;ポリオキシエチレンラノリン等のポリオキシエチレンラノリン誘導体;ポリオキシエチレンステアリン酸アミド等のポリオキシエチレン脂肪酸アミド等のHLB6〜18を有するもの;陰イオン界面活性剤、例えばセチル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸ナトリウム、オレイル硫酸ナトリウム等の炭素原子数8〜18のアルキル基を有するアルキル硫酸塩;ポリオキシエチレンラウリル硫酸ナトリウム等の、エチレンオキシドの平均付加モル数が2〜4でアルキル基の炭素原子数が8〜18であるポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩;ラウリルベンゼンスルホン酸ナトリウム等のアルキル基の炭素原子数が8〜18であるアルキルベンゼンスルホン酸塩;ラウリルスルホコハク酸エステルナトリウム等の、アルキル基の炭素原子数が8〜18のアルキルスルホコハク酸エステル塩;天然系の界面活性剤、例えばレシチン、グリセロリン脂質;スフィンゴミエリン等のフィンゴリン脂質;炭素原子数8〜18の脂肪酸のショ糖脂肪酸エステル等を典型的例として挙げることができる。本発明の吐出用液体(液体組成物)には、これらの界面活性剤の1種または2種以上を組み合わせて添加することができる。
【0055】
好ましい界面活性剤はポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルであり、特に好ましいのはポリオキシエチレン20ソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレン(4)ソルビタンモノオレート、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレン20ソルビタントリステアレート、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレン(5)ソルビタンモノオレート、ポリオキシエチレン20ソルビタントリオレートであり、最も好ましいのはポリオキシエチレン20ソルビタンモノラウレート及びポリオキシエチレン20ソルビタンモノオレートである。また、肺吸収用として特に好適なものは、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレン20ソルビタンモノオレートである。
【0056】
界面活性剤の添加濃度は、共存する蛋白質等にもよるが、例えばインスリンの場合には0.001〜20重量%添加することができる。また、界面活性剤はベタイン骨格を有する化合物1重量部に対して、0.2〜10重量部添加することが好ましい。
【0057】
本発明の実施形態において、微生物の影響を除去するために抗菌剤、殺菌剤、防腐剤を添加しても良い。本発明に用いるベタイン骨格を有する化合物にも前記の作用が見られるが、更に例えば、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンザトニウムのような4級アンモニウム塩類、フェノール、クレゾール、アニソール等のフェノール誘導体、安息香酸、パラオキシ安息香酸エステルのような安息香酸類、ソルビン酸などが挙げられる。
【0058】
本発明の実施形態において、凝集や析出などの保存時の物理的安定性を増加させるためにオイル、グリセリン、エタノール、尿素、セルロース、ポリエチレングリコール、アルギン酸塩を添加してもよく、また、変質や酸化防止などの化学的安定性を増加させるために、アスコルビン酸、クエン酸、シクロデキストリン、トコフェロールまたは他の抗酸化剤を添加しても良い。
【0059】
吐出用液体のpHを調整するために、緩衝剤を添加しても良い。例えば、アスコルビン酸、クエン酸、希塩酸、希水酸化ナトリウムなどの他、リン酸水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸二水素カリウム、PBS、Hepes、Trisなどの緩衝液を用いても良い。
【0060】
液体の等張化剤として、アミノエチルスルホン酸、塩化カリウム、塩化ナトリウム、グリセリン、炭酸水素ナトリウムを添加しても良い。
【0061】
矯味・矯臭剤としてグルコースやソルビトールといった糖類やアステルパームのような甘味剤、メントールや各種香料を添加しても良い。また、親水性のものだけでなく、疎水性の化合物やオイル様で用いても良い。
【0062】
本願発明の吐出用液体をバイオチップ、バイオセンサーの製造や蛋白質のスクリーニングに用いる場合には、現在市販されているインクジェットプリンターとほとんど同様のシステムを利用することができる。
【0063】
図1を用いて詳細に説明をする。吐出用液体をタンク1よりインクジェットヘッド3のノズル内に充填し、それぞれの目的に適した基板5に対し、該基板と該インクジェットヘッドのノズル面との距離を一定に保ちながら、該インクジェットヘッドを駆動させて吐出用液体を吐出させ、パターンを形成する。画像パターンを吐出することにより基板上にパターンを形成すればよいが、図2のようにスポットが互いに連結することがないようなパターンにすることが望ましい。
【0064】
本発明においては、必要に応じて、適用対象の噴霧液の使用目的に適合する種々の添加剤、例えば、表面調整剤、粘度調整剤、溶剤、保湿剤を適正量添加することができる。
【0065】
具体的には、配合可能な添加剤として、親水性バインダー、疎水性バインダー、親水性増粘剤、疎水性増粘剤、グリコール誘導体類、アルコール類、嬌味成分、矯臭成分および電解質を例示でき、これらより選ばれて単一でもよく、また混合物でもよい。
【0066】
なお、上記に例示した添加剤として利用する、各種の物質に関しては、治療用の液剤の調製に際し、添加可能な副次成分として、各国の薬局方などに記載されている、医薬用途のもの、あるいは、食品、化粧品において利用が許容されているものを用いることがより好ましい。
【0067】
上記の添加剤として、配合される各種の物質の添加比率は、対象となる蛋白質及びペプチドの種類に依って異なるが、一般に、各々重量で0.01%〜40%の範囲に選択することが好ましく、0.1%〜20%の範囲内とすることがより好ましい。また、上記の添加剤の添加量は種類や量および組合せによって異なるが、吐出性の観点から、前記の蛋白質及びペプチド1重量部に対して、0.5重量部から200重量部であることが好ましい。
【0068】
本発明にかかる噴霧装置は、熱エネルギーを付与して該液剤の微小液滴を吐出させることが可能な、サーマルインクジェット原理に基づいた吐出用ヘッド部を有し、該ヘッド部を構成する多数の液剤吐出ユニットを独立駆動可能な構成とすることが好ましい。その際、各液剤吐出ユニットの独立駆動に要する、複数の制御信号等の接続に供する電気接続部と、各液剤吐出ユニットとの間を繋ぐ配線とを一体化し、加えて、前記液剤を収納するタンクと、このタンクからサーマルインクジェット原理に基づいた吐出用ヘッドへ液剤を供給する手段として、液流路とを含めて、一体的に構成された液体噴霧用カートリッジの形態とすることが好ましい。
【0069】
図3に、かかる液体噴霧用カートリッジの全体構成の一例を模式的に示す。この図3に例示するカートリッジは、同一の基板上に、液剤を噴霧するヘッド部9と、液剤を充填するタンク7と、このタンク7からヘッド部9へと液剤を導く液流路8とが一体的に配置、作製されている。ヘッド部9の各液剤吐出ユニットの駆動を制御するコントローラと、ヘッド部9とは、内部の配線10が連結されている電気的接続部11を介して、駆動信号、制御信号などのやり取りを行う。
【0070】
その際、ヘッド部3は、吐出される微細な液滴個々の液量を、サブピコリットル、あるいは、フェムトリットルオーダーとし、その制御性にも優れている、特開2003-154655号公報に開示される、極微小の液滴吐出用ヘッドを利用することが好ましい。
【0071】
図1と図3とに示す事例では、噴霧される液剤は一種類であり、液剤を充填するタンクは一つとする構造となっている。なお、噴霧される液剤が二種類以上の場合は、適宜それに対応する液剤を充填するタンク複数を設け、サーマルインクジェット・ヘッドも液剤吐出ユニット複数種の集積化する構成とすることで、対応可能である。
【0072】
本発明にかかる吐出用液体をインクジェット方式を用いて、基板上に吐出する場合、被検出物質を含有した溶液を同パターンで該基板上に吐出することにより、基板と被検出物質を効率よく反応させることや、吐出量を変化させるだけで濃度変化をつけることも可能である。したがって、バイオチップ、バイオセンサーの作製、センシング、生体物質のスクリーニングに利用することができる。
【0073】
本発明にかかる吸入装置は、本発明にかかる噴霧方法の有する特徴である、液剤を細かな液滴に変換する過程と、噴霧された微細な液滴をその搬送用の気流中に混入する過程とを分離する吸入装置の形態の利点を生かしている。気流中に、治療目的に利用可能な本願発明の吐出用液体(液体組成物)を所定濃度で含有する液剤を噴霧し、この液剤の噴霧を投与対象者に吸入させる際、この吸入される気体中に含まれる、治療目的に利用可能な液体組成物中の薬剤化合物の量(単回投与当たりの用量)を随意に設定できる。その際、前記液剤の噴霧を行う噴霧機構として、単位面積当たり、微細な液滴の吐出口を高密度に配置するサーマルインクジェット原理に基づいた吐出用ヘッドを利用することで、使用者が携帯所持できるような小型化を行うことができる。
【0074】
肺吸入にこの上記吐出用液体を用いる場合、不可欠な部分は、本発明の処方物を粒度分布が1〜5μmで且つ狭い液滴を吐出しうる装置である。液滴を吐出するヘッド部分は着脱可能なカートリッジユニットであり、上記のようにこれについて図3を参照にして説明した。
【0075】
吐出のコントローラとなる吸入装置は、利用者が携帯して所持できるように構成されており、薬剤を粒子サイズが均一な液滴として定量吐出することを可能とした、利用者に吸入させる吸入器である。
【0076】
図4および図5を参照して、本発明で使用され得る吸入器の一例の概略について説明する。
【0077】
図4は、吸入器の外観を示す斜視図であり、15は吸入器本体、12はアクセスカバーで、これらによりハウジングを形成している。図5は、アクセスカバー12が開いた状態を図示したもので、アクセスカバー12が開くとヘッドカートリッジユニット16とマウスピース13が見えてくる。利用者の吸入動作によって、空気取り入れ口から空気がマウスピース13内に入り込み、ヘッドカートリッジユニット16のヘッド部9に設けた吐出口から吐出された薬剤と混合流体となり、人が咥える形状をなしているマウスピース出口へと向かう。マウスピースの先端を利用者が口内に挿入して歯で保持し咥え、息を吸込むことで、ヘッドカートリッジユニットの液体吐出部から液滴として吐出してくる薬液を効果的に吸引することができる。
【0078】
すなわち、この吸気部の構成が、噴霧機構で発生される、液剤の微少液滴が霧状に浮遊する気体を、投与対象者に吸入させる吸入機構に相当している。
【0079】
図4および図5には、医療目的で利用される吸入器を使用者が携帯所持できるように小型化した一例の構成を示す。吸入器本体15は、液体噴霧用カートリッジと、そのコントローラ、電源(電池)などを収納するハウジングに、吸入時に口にあてがうマウスピース13が装着されている。液体噴霧用カートリッジは、図3に例示するような、液剤タンクと一体化されたものであり、アクセスカバー12を開き、交換可能な構成となっている。図5は、アクセスカバー12が開いた状態を図示したもので、空気取り入れ口から流入する空気をマウスピース8内へ導く、管状の空気流路の途中に、ヘッドカートリッジユニット16が取り付けられている。このヘッドカートリッジユニット16のヘッド部において、サーマルインクジェット方式の原理に基づいて微細に液滴化して、噴霧される液剤は、この管状の空気流路内で空気の気流中に混合される。この吸入器では、マウスピース13を使用者が咥え、吸気することで、空気取り入れ口から空気が流入する方式が利用されている。
【0080】
図5に示す構成を採用することで、噴霧される液剤の微少液滴は、吸気とともに、投与対象者の咽喉、気管内部へと自然と到達可能な形態となっている。従って、噴霧される液剤の量(投与量)は、吸気される空気の容量の大小には依存せず、独立にコントロールされている。具体的には、ヘッドカートリッジユニット16のヘッド部には、特開2003−154655号公報に開示される極微小の液滴吐出用ヘッドを利用し、平均液滴径が3μm程度となる構成としている。
【実施例】
【0081】
まず、蛋白質溶液の吐出が困難であることのより一層の理解のため、蛋白質のみをサーマルインクジェット方式で吐出させた場合の吐出量を示す。蛋白質溶液はアルブミンをPBSに溶解させたものを用い、各濃度にてサーマルインクジェットプリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)製)を溶液が回収できるように改造したものを用いて吐出した。純水を同様に吐出したときの吐出量を100%として、各アルブミン溶液の吐出量を表した。結果を図6に示す。
【0082】
アルブミン濃度1μg/mLの低濃度でも吐出の安定性は完全ではなく、さらに蛋白質濃度が高くなると、徐々に吐出されなくなることがわかる。本発明の実施においては、さらに小さな液滴径で吐出しなければならず、蛋白質溶液の吐出は困難であることが考えられる。
【0083】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、これらの実施例は、より一層の深い理解のために示される具体例であって、本発明は、これらの具体例に何ら限定されるものではない。なお、「%」は重量%を示す。
【0084】
(実施例1〜12及び比較例1〜13)
(噴霧粒子径の確認)
あらかじめ吐出実験に用いる3μmのノズル径を持つヘッドカートリッジに30%エタノール水溶液を充填し、レーザー回折式粒度分布測定装置(スプレーテック、マルバーン社製)を用いて粒径および粒度分布を測定により確認したところ、確かに3μmにシャープな粒度分布を持つ液滴として検出された。
【0085】
(サーマルインクジェット方式の原理に基づいた蛋白質溶液の液滴化)
吐出用液体の作製手順は、予め適切な濃度のアルブミンを精製水中に溶解させ、さらに攪拌しながらベタイン骨格を有する化合物を加えた後、各物質の濃度を所望の濃度になるように精製水を用いて定容した。
【0086】
調製した吐出用液体を3μmのノズル径を持つ前記のヘッドカートリッジに充填し、吐出コントローラに接続した後、周波数20kHz、電圧12Vにて1秒間吐出を行い、3秒間インターバルを置いてから次の吐出を行った。吐出は、サーマルインクジェット方式の原理に基づいて行った。この吐出を50回繰り返し、吐出するかを目視にて確認した。50回吐出されたものを○、15回以上50回未満のものを△、15回未満のものを×として評価した。また、噴霧後の吐出液を回収し、吐出用液体を吐出前後でHPLC分析(測定条件:装置;日本分光、カラム;YMC−Pack Diol−200、500×8.0mmID、溶離液;0.1M KH2PO4−K2HPO4(pH7.0)0.2M NaCl含む、流量;0.7mL/分、温度;25℃、検出;UV 215nm)を行い吐出用液体の組成の変化を確認した。なお、以下に示す吐出試験には、上記の3μm径ノズルを持つヘッドカートリッジと吐出コントローラを用いて、上記の条件で行った。
【0087】
比較例として、純水、各種蛋白質溶液、及び本発明にかかる以外の物質を加えた吐出用液体を調製し、実施例と同様に吐出する実験を行った。なお、実施例、比較例で検討した処方、及び結果を下記表1に列挙した。
【0088】
【表1】

【0089】
比較例1の純水は蛋白質を含まないので安定に吐出したが、ベタイン化合物を含有しない比較例2〜13の蛋白質含有吐出用液体は、蛋白質の種類、添加物の有無に関わらず全く又はほとんど吐出しなかった。比較例11〜13に挙げた界面活性剤TWEEN類を添加した場合にはある程度は吐出されたが、十分な安定性はなかった。それに対し、実施例1〜12においては、吐出が正常に行われ、吐出が安定化していることがわかる。HPLC分析の結果、実施例1〜12において吐出前後でピーク位置の変化やピーク面積の変化はなく、液組成の変化も認められなかった。
【0090】
(実施例13および14)
(各種蛋白質への効果と添加物の濃度)
続いて、ベタイン骨格を有する化合物としてラウラミドプロピルベタインまたはコカミドプロピルベタインを選択し、各種蛋白質に所定の濃度にて添加した。これら吐出用液体を実施例1と同様の吐出実験により評価を行った。なお本実施例で検討した処方及び結果を下記表2に列挙する。
【0091】
【表2】

【0092】
蛋白質の濃度や種類により、必要な添加濃度は異なるが、アルキルアミドプロピルベタインを添加することによって各蛋白質ともサーマルインクジェット方式の原理に基づいた吐出が正常に行われており、アルキルアミドプロピルベタインがより少量で広範囲の蛋白質において効果を示すことが確認された。また、実施例13および14についてHPLC分析を行った結果、吐出前後でピークチャートに変化はなく、液組成に変化は認められなかった。
【0093】
(実施例15〜19)
(ベタイン骨格を有する化合物と界面活性剤による相乗効果)
蛋白質にベタイン骨格を有する化合物を添加した溶液に、さらに界面活性剤を加え、吐出用液体を調製した。これら吐出用液体を実施例1と同様の吐出実験により評価を行った。なお本実施例で検討した処方、及び結果を下記表3に列挙した。
【0094】
【表3】

【0095】
アルキルアミドプロピルベタインとTWEEN類を同時添加すると、ベタイン化合物単独の添加に比べて、非常に少量のベタイン化合物濃度にて蛋白質溶液を吐出することが可能であった。また、ベタイン化合物単独では吐出しなかった濃度においても吐出できた。全体の添加剤量においても大幅に減少できる。実施例15〜19についてHPLC分析を行った結果、吐出前後でピークチャートに変化はなく、液組成に変化は認められなかった。
【0096】
(実施例20)
(インクジェットプリンターを用いた抗体チップの作製及びセンシング)
図7に本実施例のモデル図を示す。Human IL2モノクローナル抗体、Human IL4モノクローナル抗体及びHuman IL6モノクローナル抗体をそれぞれ0.1〜500μg/mLの濃度に調製した。ここにラウラミドプロピルベタインを1%(w/w)となるように添加して吐出用液体とした。この液体をインクジェットプリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)製)のヘッドに充填し、Poly−L−Lysinコートスライドガラス上に吐出した。
【0097】
吐出後のガラスを4℃でインキュベートし、インキュベート後のガラスを1% BSAでマスキングした。マスキング後はよく洗浄し、抗体チップ基板とした。次に、チップと被検出物質であるリコンビナントIL2、IL4、IL6それぞれ1μg/mLを1.0% ラウラミドプロピルベタイン(w/w)、0.5% TWEEN20(w/w)、0.1% BSA(w/w)とともに調製した。この液体をインクジェットプリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)製)のヘッドに充填し、先ほどの基板上に同じパターンで吐出した。吐出後、基板上にカバーガラスをかけ、4℃で反応させた。反応後よく洗浄し、乾燥させた。
【0098】
次に試料と特異的な結合をする物質と基板を反応させ、続いてその物質の標識を行った。試料と特異的な結合をする物質としてビオチン標識されたそれぞれの抗体液(ビオチン化Human IL2モノクローナル抗体、ビオチン化Human IL4モノクローナル抗体及びビオチン化Human IL6モノクローナル抗体)を各1μg/mL、1.0% ラウラミドプロピルベタイン(w/w)、0.5% TWEEN20(w/w)、0.1%BSA(w/w)と最終濃度がなるように調製した後、インクジェットプリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)製)のヘッドに充填し、先ほどの基板上に同じパターンで吐出した。吐出後、基板上にカバーガラスをかけ、4℃で反応させた。反応後よく洗浄し、乾燥させた。
【0099】
標識のためにCy3ラベル化ストレプトアビジン 10μg/mLを1.0% ラウラミドプロピルベタイン(w/w)、0.5% TWEEN20(w/w)、0.1% BSA(w/w)と最終濃度がなるように調製した後、インクジェットプリンター(商品名PIXUS950i;キヤノン(株)製)のヘッドに充填し、先ほどの基板上に同じパターンで吐出した。吐出後、基板上にカバーガラスをかけ、4℃で反応させた。反応後よく洗浄し、乾燥させた。
【0100】
その後、反応後の基板に励起光を照射し、Cy3の発光量を透過波長532nmのフィルターを配置した蛍光スキャナーを用いて、蛍光シグナル量を測定した。その結果、サンプルの種類、濃度に応じた蛍光シグナルを検出することができた。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】蛋白質を基板上に吐出する方法の概略説明図である。
【図2】基板上に蛋白質を配列するパターンの一例である。
【図3】吸入器用ヘッドカートリッジユニットの概略説明図である。
【図4】吸入器斜視図である。
【図5】図4でアクセスカバーが開いた状態の斜視図である。
【図6】アルブミン溶液をサーマルインクジェット方式にて吐出したときの吐出量を示したグラフである。
【図7】実施例20の実験方法のモデル図である。
【符号の説明】
【0102】
1 タンク
2 液流路
3 ヘッド
4 液滴
5 基板
6 駆動コントローラ
7 タンク
8 液流路
9 ヘッド部
10 配線
11 電気接続部
12 アクセスカバー
13 マウスピース
14 電源ボタン
15 吸入器本体
16 ヘッドカートリッジユニット
17 基板
18 マスキング剤
19 被検物質と特異的な反応をする物質、蛋白質、ペプチド等
20 被検物質
21 被検物質と特異的な物質
22 標識

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛋白質およびペプチドの少なくとも1種を有する、熱エネルギーを付与して吐出させる吐出用液体において、
更に界面活性能を有するベタイン構造化合物と、水を主とする液媒体とを含有することを特徴とする、吐出用液体。
【請求項2】
前記ベタイン構造化合物が、下記式(1)に示される化合物である、請求項1に記載の吐出用液体。
【化1】

ここで、
R1:炭素数が6から18の間にある置換または無置換の任意のアルキル基
R2およびR5:炭素数が1から6の間にある任意のアルキレン鎖
R3およびR4:炭素数が1から6の間にある任意のアルキル基またはアルキレン鎖で、R3とR4が連結して複素環を形成しても良い
A:カルボン酸基またはスルホン酸基またはアニオン
X1およびX2:カウンターイオン
n:0または1
【請求項3】
前記ベタイン構造化合物が、アルキルアミドアルキルベタインおよびそれらの塩類、ならびにそれらの誘導体からなる群より選ばれる、少なくとも1種の化合物である、請求項1または2に記載の吐出用液体。
【請求項4】
前記蛋白質及びペプチドが、カルシトニン、インスリン類、グルカゴン類、インターフェロン類、プロテアーゼ阻害剤、サイトカイン類、成長ホルモン類、造血因子蛋白質、抗体およびこれらのアナログおよびこれらの誘導体から選ばれる物質である、請求項1〜3のいずれかに記載の吐出用液体。
【請求項5】
更に界面活性剤を含有する、請求項1〜4のいずれかに記載の吐出用液体。
【請求項6】
前記界面活性剤がポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルである、請求項5に記載の吐出用液体。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の吐出用液体をインクジェット方式の原理に基づいて吐出することを特徴とする、吐出方法。
【請求項8】
請求項7に記載の吐出用液体をサーマルインクジェット方式の原理に基づいて吐出することを特徴とする、吐出方法。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれかに記載の吐出用液体が収納されるタンクと、サーマルインクジェット方式の原理に基づく吐出用ヘッドと、を有することを特徴とする、液体吐出用カートリッジ。
【請求項10】
請求項9に記載の液体吐出用カートリッジと、該カートリッジの有する請求項8に記載の該ヘッドの液体吐出部から吐出される液体と該液体を搬送する気流とを誘導するための流路と、開口部と、を有することを特徴とする吐出装置。
【請求項11】
請求項10に記載の吐出装置が吸入目的のものであることを特徴とする吐出装置。
【請求項12】
蛋白質およびペプチドの少なくとも1種を有する液体に熱エネルギーを付与して該液体を液滴化する方法であって、
該液体は、更に界面活性能を有するベタイン構造化合物を含有することを特徴とする、液滴化方法。
【請求項13】
前記蛋白質及びペプチドが、カルシトニン、インスリン類、グルカゴン類、インターフェロン類、プロテアーゼ阻害剤、サイトカイン類、成長ホルモン類、造血因子蛋白質、抗体およびこれらのアナログおよびこれらの誘導体から選ばれる物質である、請求項12に記載の液滴化方法。
【請求項14】
更に界面活性剤を含有することを特徴とする、請求項12または13に記載の液滴化方法。
【請求項15】
前記熱エネルギーを付与して液滴化する方法が、サーマルインクジェット方式の原理に基づくことを特徴とする、請求項12〜14のいずれかに記載の液滴化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−273794(P2006−273794A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−98749(P2005−98749)
【出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】