説明

回転工具の実切削距離算出方法、実切削距離算出のためのコンピュータプログラム、切削力予測方法及び工具経路修正装置

【課題】大型の被削物であっても実切削距離を高精度に算出することができるようにする。
【解決手段】被削物を切削する回転工具の実切削距離を算出する回転工具の実切削距離算出方法であって、工具による加工前の被削物の形状、工具の切れ刃形状、及び工具の送りによる移動経路の情報を含む所定データを入力するデータ入力ステップと、データ入力ステップの後、工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する微小切れ刃生成ステップC1と、仮想の微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する上記微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得る実切削距離算出ステップC4〜C8とを含むことを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばボールエンドミルのような回転工具の実切削距離算出方法、実切削距離算出のためのコンピュータプログラム、切削力予測方法及び工具経路修正装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えばプレス製品などの製造に用いられる金型は、CAM(computer aided manufacturing)で作成された工具の移動経路を示す座標値などを含むデータ(NCデータ)に基づいて回転工具を移動させ、被削物を切削加工することによって製作されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
上記のような切削加工を行う工具の摩耗は、実際に被削物を切削した距離である実切削距離に依存することが知られている。例えば、ボールエンドミルを用いた切削加工の場合、切れ刃の部位によって実切削距離が異なることから、摩耗量も部位によって異なることになる。
【0004】
このことに鑑み、特許文献1では、切れ刃の部位毎に経路長や切削長、すなわち実切削距離を算出して工具の摩耗量を演算し、摩耗量に基づいて工具経路の修正や、工具摩耗のアラーム、工具交換を行う工作機械の制御方法が提案されている。
【0005】
しかし、一般に金型のような自由曲面の切削加工においては、加工箇所によって切削領域が異なるため、実切削距離を算出することは困難である。
【0006】
これまでに、金型のような自由曲面における実切削距離を算出する方法としては、次の方法が提案されている(例えば非特許文献1参照)。この文献に開示されている方法によれば、まず、被削物全体の形状をZ−mapモデル(XY格子上にZ方向の高さをもつデータ表現方法)で表現し、工具1回転毎に、仮想的に複数に分割された工具の切れ刃によって削り取られる被削物の形状を算出し、この被削物の形状から、加工開始した時点における工具の回転角度と、加工終了した時点における工具の回転角度とを得て、それら2点を結ぶ円弧長さを実切削距離として算出するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3099286号公報
【特許文献2】特開2010−237843号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】砥粒加工学会誌Vol.53,No.3,2009 pp162〜167「ボールエンドミル摩耗分布予測システムの開発」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記非特許文献1の方法では、実切削距離の算出精度が被削物形状のZ−mapモデルの格子間隔に依存する。つまり、Z−mapモデルの格子間隔を小さくすればするほど実切削距離の精度を高めることができる。しかし、Z−mapモデルの格子間隔を小さくすると格子数が増えることになり、その分、要求されるメモリ容量が増大する。特に、大きな金型を切削する場合には、格子間隔を小さくして高い算出精度を得ることは現実的には困難であると考えられる。
【0010】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、大型の被削物であっても実切削距離を高精度に算出することができるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明では、仮想の微小切れ刃を生成し、所定の微小角度回転する毎に、微小切れ刃が被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を順次積算するようにした。
【0012】
第1の発明は、被削物を切削する回転工具の実切削距離を算出する回転工具の実切削距離算出方法であって、上記工具による加工前の被削物の形状、該工具の切れ刃形状、及び該工具の送りによる移動経路の情報を含む所定データを入力するデータ入力ステップと、上記データ入力ステップの後、上記工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する微小切れ刃生成ステップと、上記仮想の微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、上記被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する上記微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得る実切削距離算出ステップとを含むことを特徴とするものである。
【0013】
この構成によれば、微小切れ刃が切削中か否かを判定することにより実切削距離を得ることができる。切削中の判定は、微小切れ刃位置が、それまでの工具移動軌跡の外側にあることと、加工前の被削物形状の内側にあることを判定すればよく、工具が移動することによって変化する複雑な被削物形状の情報を持つ必要がない。従って、非特許文献1のようなZ−mapモデルを作成する場合に比べて、高精度な実切削距離の算出を少ないメモリ容量で行うことが可能になる。
【0014】
第2の発明によれば、第1の発明において、上記実切削距離算出ステップでは、上記工具の移動経路上の所定位置における上記切れ刃の通過軌跡と、当該所定位置の直前までの工具掃引体と、上記被削物とを、それぞれ被削物の側から上記工具を望む所定の視野範囲において描画し、上記描画された画像の切れ刃の通過軌跡が手前に表示されている画素領域を、切削領域として検出し、上記切削領域に基づいて上記仮想の微小切れ刃が上記被削物を切削しているか否か判定することを特徴とするものである。
【0015】
この構成によれば、グラフィックスハードウエアを用いて、切れ刃の通過軌跡と、直前までの工具掃引体と、被削物とを描画し、このとき、被削物の側から見て切れ刃の通過軌跡が手前に表示されている画素領域を切削領域として検出することになり、この切削領域に基づいて仮想の微小切れ刃が切削中であるか否か判定することが可能になる。
【0016】
第3の発明によれば、被削物を切削する回転工具の実切削距離算出のためのコンピュータプログラムであって、上記工具による加工前の被削物の形状、該工具の切れ刃形状、及び該工具の送りによる移動経路の情報を含む所定データを入力するデータ入力ステップと、上記データ入力ステップの後、上記工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する微小切れ刃生成ステップと、上記仮想の微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、上記被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する上記微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得る実切削距離算出ステップとを含むことを特徴とするものである。
【0017】
この構成によれば、コンピュータにインストールして動作させることにより、第1の発明と同様に、高精度な実切削距離の算出を少ないメモリ容量で行うことが可能になる。
【0018】
第4の発明によれば、被削物を切削する回転工具の切削力予測方法であって、上記工具による加工前の被削物の形状、該工具の切れ刃形状、及び該工具の送りによる移動経路の情報を含む所定データを入力するデータ入力ステップと、上記データ入力ステップの後、上記工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する微小切れ刃生成ステップと、上記仮想の微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、上記被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する上記微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得る実切削距離算出ステップと、上記実切削距離算出ステップの後、上記実切削距離の関数として予め設定された関係式を用いて上記工具による切削力を予測する切削力予測ステップとを含むことを特徴とするものである。
【0019】
この構成によれば、高精度な実切削距離に基づいて工具の切削力を予測することが可能になるので、切削力の予測結果が正確な値になる。
【0020】
第5の発明は、回転する工具によって切削される被削物の加工誤差を予測し、その予測結果に基づいて工具経路を修正する装置であって、上記工具による加工前の被削物の形状、該工具の切れ刃形状、及び該工具の送りによる移動経路の情報を含む所定データを入力するデータ入力手段と、上記データ入力手段の後、上記工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する微小切れ刃生成手段と、上記仮想の微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、上記被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する上記微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得る実切削距離算出手段と、上記実切削距離算出手段の後、上記実切削距離の関数として予め設定された関係式を用いて上記工具による切削力を予測する切削力予測手段と上記切削力予測手段で得た切削力による工具のたわみに基づいて加工誤差を予測する加工誤差予測手段と、上記加工誤差予測手段で得られた加工誤差の予測値に基づいて、加工誤差が小さくなるように工具の移動経路を修正する経路修正手段とを備えていることを特徴とするものである。
【0021】
この構成によれば、仮想の微小切れ刃毎に実切削距離を得て、工具による切削力を予測し、その切削力による工具のたわみに基づいて加工誤差を予測するようにしたので、切削の進行によって工具が摩耗しても、それに対応した切削力を得て、工具のたわみを得ることが可能になる。そして、その得られた工具のたわみに基づいて加工誤差が正確に得られるようになる。
【発明の効果】
【0022】
第1、3の発明によれば、仮想の微小切れ刃を生成し、この微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得るようしたので、高精度な実切削距離の算出を少ないメモリ容量で行うことができる。
【0023】
第2の発明によれば、グラフィックスハードウエアを用いて高速で、かつ、高精度な実切削距離の算出を行うことができる。
【0024】
第4の発明によれば、切削力を正確に予測できる。
【0025】
第5の発明によれば、工具の摩耗により切削力が増大することを考慮して加工誤差を予測することができるので、加工誤差の予測結果が正確なものとなる。この予測した加工誤差に基づいて工具経路を修正することにより、加工誤差を低減して加工後の修正に要する工数、時間を削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】加工面として残る箇所を検出するための描画方法の説明図である。
【図2】工具掃引体の説明図である。
【図3】描画された画像に表示される最終的な加工面の説明図である。
【図4】処理の全体的な流れを示すフローチャートである。
【図5】パス毎に切削される領域があるかどうかを判断する方法の説明図である。
【図6】工具1回転中の切削力及び工具たわみの説明図である。
【図7】切れ刃形状のモデル化及び微小切削力の説明図である。
【図8】実切削距離及び切削力の算出要領を示すフローチャートである。
【図9】微小回転時における実切削距離の算出要領の説明図である。
【図10】切削力と加工誤差の予測の具体的な手順のフローチャートである。
【図11】工具経路の修正方法の説明図である。
【図12】実施例のモデル、工具、被削材及び切削条件を示す図である。
【図13】微小切れ刃毎の実切削距離の計算結果を示す図である。
【図14】切削力係数の算出方法の説明図である。
【図15】従来方法及び本発明の加工誤差予測値を示す図である。
【図16】従来方法及び本発明の加工誤差を示す図である。
【図17】特許文献2の図11に相当する図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0028】
(システムの概要)
この実施形態にかかる実切削距離算出方法に用いられる装置は、汎用のワークステーションの他、一般的なパーソナルコンピュータなどによって構成することができる。このコンピュータ装置に、後述する各ステップを実行させる所要のプログラムをインストールして実行させることにより、例えば金型の切削加工における誤差を高速に予測することができる。図示は省略するが、コンピュータ装置には例えばハードディスクドライブ等の記憶装置が備えられる他に、ディスプレイ等の画像表示装置やキーボード、マウス等の入力デバイスが接続されている。
【0029】
また、この実施形態のコンピュータ装置は、3次元の描画を高速に行うためのグラフィックスハードウエアを備えている。これは例えばGPU(Graphics Processing Unit)と呼ばれ、3次元の多面体形状を高速で描画するためのものであり、そのために必要となる幾何演算のうち、CPU(Central Processing Unit)ではリアルタイムな処理が難しい座標変換、投影、陰面消去、最近点算出などの処理を並列計算する能力を有している。
【0030】
グラフィックスハードウエアは、例えばボード、カード又は他の装置として構成されて、コンピュータ装置に実装されていてもよいし、チップセットに内蔵されていてもよい。また、場合によってはコンピュータ装置とは別体に構成することもできる。
【0031】
次に一例として、NC3軸加工機にボールエンドミルを取り付けて、金型の切削加工を行う場合について説明する。一般的に3軸加工機においては、テーブルなどに固定した被削物をエンドミルなどの工具によって切削するものであり、工具はその回転軸心、即ち工具軸を上下方向(Z軸方向)に向けて駆動部に取り付け、その下端の切れ刃の位置決めを、水平面(X−Y平面)を含めた直交3軸について数値制御(NC)によって行う。
【0032】
そうして工具をその移動経路のデータ(NCデータ)に基づいて移動させると、経路上の或る位置で工具の1刃送りによって切削された領域の一部が次の1刃送りによって削り取られるとともに、そうして送られる工具の1つの経路における切削領域も、隣接する後の経路における切削によって削り取られることになり、加工終了時に加工面として残る領域はかなり小さくなってしまう。この最終的な加工面の領域は、重複する工具経路のうちの最も下側(Z値が最小値)の部位になる。
【0033】
そこで、図1に示すように、NCデータとして設定されている工具経路P(移動経路)上において加工誤差を予測する位置における工具M、即ちその切れ刃の通過軌跡を、該工具の回転軸心上に中心を有する半球面によって表すとともに、その位置の1刃分送り(送り速度/(工具回転数×刃数))の手前までの工具掃引体T1と、1刃分送り以降の工具掃引体T2と、被削物形状Wとを、それぞれ仮想の多面体として表して、下方(Z軸の負方向)からの所定の視野範囲において描画する。
【0034】
なお、工具はその切れ刃が1回転する間にも送られるので、厳密には切れ刃の通過軌跡は半球面ではないともいえる。しかし、一般的に工具径に対してその送り速度は非常に小さいことから、切れ刃の通過軌跡は近似的に半球面とみなしてよい。
【0035】
また、工具掃引体T1,T2は、工具Mをその回転軸心の周りに回転させながら、工具経路Pに沿って移動させたときの掃引形状を表すもので、図2に示すように半円柱形状と半球形状とを組み合わせて構成する。このとき、多面体化による誤差を小さくするための従来公知の手法(例えば特開2009−020671号公報を参照)が有効である。さらに、被削物形状Wはその下面を除いて、例えばSTLデータのように多数の三角形で近似した多面体として表すことができる。
【0036】
そうして描画する際に工具Mには、工具掃引体T1,T2とも被削物形状Wとも違う色情報(画素情報であり、詳しくは後述する)を与えておく。また、視点は、図示のように全ての工具掃引体T1,T2、被削物形状WよりもZ軸負方向に設定し、視線の方向はZ軸+方向とする。視野の中心は、加工誤差の予測位置における工具Mの回転軸心と一致させ、視野の範囲は縦横共に工具Mの直径とする(図3を参照)。こうして設定された視野範囲Vは、Z軸方向に長い直方体状となる。
【0037】
その視野範囲において描画される画像に表示されるのは、グラフィックスハードウエアの陰面消去機能によって最も下側のものだけになるから、この画像において工具Mの色が表示されている画素領域から、加工終了後に残る加工面の範囲を推定することが可能になる。こうして切削領域のうちから最終的な加工面を検出できれば、この加工面の創成点(創成位置)を以下に述べるように特定し、工具軸心との位置関係から工具回転角度(回転角位置)および工具接角度(回転軸心方向の位置)を求めて、これにより工具Mのたわみや形状誤差に起因する加工誤差を算出することができる。
【0038】
−処理の流れ−
図4には、まず、この実施形態における加工誤差予測のための処理の全体的な流れを示す。最初のステップA1はデータ入力ステップ(データ入力手段)である。データ入力ステップでは、必要なパラメータとして工具種類、工具径、切れ刃形状などの工具仕様をはじめ各種情報をコンピュータ装置1に入力する。工具の切れ刃形状は、例えば図7(b)のように工具の下側から見た写真などを用いて同定する。切削力の計算に用いられる切削力係数(比切削抵抗)の決定方法については後述する。
【0039】
工具たわみを計算するための剛性データについては静剛性或いは動剛性のいずれかを用いるが、動剛性を用いる方が正確な工具たわみを予測することが可能である。動剛性は、例えばインパルスハンマーを用いて工具先端を加振し、これによる工具先端の振動を加速度センサやレーザドップラー振動計などにより測定して、FFT解析装置によりX方向およびY方向の工具のコンプライアンス伝達関数(動剛性の逆数)を得る。
【0040】
また、工具の形状誤差については、実際にそれを回転させながらその回転軸心に直交するいくつかの断面(工具軸断面)において工具径、即ち、切れ刃の通過軌跡の直径を計測などし、予め理想的な形状とのずれを工具の回転軸心方向の位置(具体的には後述する工具接角度q)に対応付けて記憶したテーブルを作成しておく。或いは、切削力の影響の無視できる樹脂製被削物などの加工を行って、このときの加工誤差を測定することによって形状誤差を同定することもできる。
【0041】
また、データ入力ステップでは、被削物(素材)形状データ(CADデータやブロック形状など)とCAMから出力された工具経路(NCデータ)も入力する。工具経路は、多数のパス(行)により構成され、それらは直線移動経路(NCデータのG01)と円弧移動経路(NCデータのG02,G03)とがあるが、以下では直線移動のパスを想定して説明する。円弧移動のパスについては微小直線経路の集合として取り扱うことができる。
【0042】
この例では加工誤差の予測を行う工程として、加工品質を決定づける仕上げ加工工程を想定している。一般に、仕上げ加工前には中仕上げ加工が行われるため、仕上げ加工における1つのパスにおいては加工状態があまり変化しないと考えられる。そこで、1つのパス内で1箇所の加工誤差の予測を行う方法について説明する。なお、連続するパス同士で角度変化が小さい場合や移動距離が短い場合は、いくつかのパスを1つにまとめてもよいし、反対に移動距離が長い場合にはさらに分割してもよい。
【0043】
そうして所定のデータが入力された後に、次のステップA2において、工具経路の1つのパス毎(1行毎)に、実際に切削の行われる箇所があるかどうか判断する。これは、1つのパス内でも非切削中と切削中とが混在している場合に、切削中の箇所で加工誤差を予測するためである。具体的には図5(a)に示すように、着目するパスの工具掃引体T0と、それまでの工具掃引体T1と、被削物形状Wとを、それぞれ異なる色でもって下方から描画し、同図(b)に示すように、着目するパスの工具掃引体T0の色の画素領域があれば、ここを切削される領域と判断する。
【0044】
そうして切削される領域のない場合は、このパスについて以降の処理は行わずリターンして、次のパスについての判断に移る一方、切削される領域があればその内部の所定の1点(例えば重心や中心付近)を加工誤差の予測位置に設定する。こうすれば、1つのパス内に切削する箇所としない箇所とが混在していても、その切削しない箇所において誤って加工誤差の予測を行うような心配はない。
【0045】
また、前記の図5(b)に一例として示したように、描画する視野の横幅を工具直径とし、縦方向はパスの長さとし、工具送り方向を上向きとして描画したときに、図においては前記切削される領域の表示される幅の範囲内に、加工の際の切削領域および加工面の領域が存在することから、以降の処理においてはその範囲内に存在する工具掃引体、被削物形状のみを描画するようにしてもよく、また、色情報の読み取りもその範囲内でのみ行うようにしてもよい。こうすれば処理の高速化が図られる。
【0046】
そして、前記のように設定した加工誤差の予測位置において、続くステップA3において、工具の1刃送りによる切削領域を検出し、この領域を切削する際に工具に作用する切削力を算出する(詳細は後述する)。この切削力と工具の動剛性などから運動方程式を解いて、図6(b)のような工具回転角と工具たわみとの関係を求め、以下に述べるように特定した加工面創成点における工具たわみから加工誤差を算出する(ステップA4)。また、加工面創成点における工具形状誤差からも加工誤差を算出する。
【0047】
そのような加工誤差の算出を工具経路の最初のパスから最後のパスまで行い、経路全体の加工誤差の予測結果をディスプレイ上に表示するとともに、この誤差とは反対向きに修正した工具経路を出力する。こうして工具経路を修正することで(ステップA5)、加工誤差を補償する工具経路を出力することができ、切削加工の精度が向上する。
【0048】
なお、前記の処理は、コンピュータ装置1において、予め記憶された所要のプログラム(加工誤差予測のためのコンピュータプログラム)が実行されることにより実現されるものである。このプログラムは、例えばCD−ROM等の記憶媒体に記憶して提供することができる。
【0049】
図4の切削力算出ステップA3と加工誤差算出ステップA4について図10のフローチャートに基づいて説明する。まず、図10のステップS1、S2において、特許文献2に記載されている方法で、切削領域を得る。具体的には、図17(特許文献2の図11に相当)に示すように、NCデータとして設定されている工具経路P(移動経路)上において加工誤差を予測する位置における工具M、すなわち、その切れ刃の通過軌跡を、該工具の回転軸心上に中心を有する半球面によって表すとともに、その位置の1刃分送り(送り速度/(工具回転数×刃数))の手前までの工具掃引体T1と、被削物形状Wとを、それぞれ仮想の多面体として表して、下方(Z軸の負方向)からの所定の視野範囲において描画する。このとき、工具Mの通過軌跡が表示される箇所が切削領域となる。
【0050】
次の切削力算出ステップS3について図8に示すフローチャートに基づいて詳細に説明する。図8のフローチャートでは、工具が1回転するときの実切削距離と切削力の計算要領の流れを示している。図8のステップC1では、工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する。ステップC1が微小切れ刃生成ステップ(微小切れ刃生成手段)である。このステップでは、工具の切れ刃を微小切れ刃の集合としてモデル化する。
【0051】
その後、図8のステップC2に示すように工具回転角は細分化して微小回転角毎に、そして、ステップC3に示すように微小切れ刃毎に処理をすすめていく。この微小回転角はiとして番号を付しておき、また、ステップC3に示すように微小切れ刃にはjとして番号を付しておく。
【0052】
そして、ステップC4において、微小切れ刃が切削領域内にあるかどうかによって、微小切れ刃が切削中かどうかを判定する。
【0053】
上記判定に基づいて切削中であると判定されれば、ステップC5に進んで微小回転時の送り量を考慮して線分長Δclを算出する。
【0054】
線分長Δclの算出要領は図9に示す。すなわち、現在の微小切れ刃位置を始点、微小角度回転した後の切れ刃位置を終点とする曲線長、あるいは、線分長を計算して、これをΔclとする。工具は微小回転する間に送られて移動もするので、この移動量を考慮して求める方が望ましい。その後、ステップC6に進んで、それまでの実切削距離cl[j]に線分長Δclを加えて実切削距離cl[j]を求める。ステップC6は、実切削距離算出ステップ(実切削距離算出ステップ手段)である。
【0055】
そして、ステップC7で、得られた各微小切れ刃に作用する微小切削力を積算して算出する。
【0056】
微小切削力を算出するための関係式としては、従来、次式(1)のものが利用されている。
【0057】
dFt=(Kte+Ktc・at)wt
dFr=(Kre+Krc・at)wt ・・・(1)
dFa=(Kae+Kac・at)wt
【0058】
ここで、dFtは、主分力、dFrは工具中心方向切削力、dFaはこの2方向と直交する方向の力、atは切り取り厚さ、wtは切削幅(微小切れ刃の長さに相当)である。
【0059】
Kte,Kre,Kae,Ktc,Krc,Kacは、切削力係数であり、主に被削材と工具の組み合わせで決定する値で、予め準備しておく必要のある係数である。また、切削力係数のうち、Kte,Kre,Kaeは、エッジフォース(刃先力)などと呼ばれ、主に刃先にかかる係数であり、刃先の丸みに影響することが知られている。
【0060】
本実施形態では、切削の進行に伴って切削力が変化することを考慮して、次式(2)のように関係式を実切削距離clの関数として表す。
【0061】
dFt=(Ktes+Ktec・cl+Ktc・at)wt
dFr=(Kres+Krec・cl+Krc・at)wt ・・・(2)
dFa=(Kaes+Kaec・cl+Kac・at)wt
【0062】
本式(2)では、エッジフォース成分を固定成分(Ktes,Kres,Kaes)と実切削距離に比例する成分(Ktec,Krec,Kaec)とに分けて、切削の進行により、エッジフォース成分が変化することを考慮している。
【0063】
これら9つの切削力係数は、実際の切削力の測定値や、FEM(Finite Element Method)シミュレーションなどを用いた予測値から決定することができる。また、材質の近い被削材や工具で決定した係数を使用することもできる。
【0064】
切削力の測定値から算出する場合は、実切削距離の異なる2つ以上の切削力測定値を用いて、予測値と測定値との誤差の2乗和が小さくなるように、最適化手法を用いて切削力係数を決定する。最も単純な方法としては、まず、工具の新品のときの切削力を測定する。工具の新品のときは、実切削距離はほぼ0とみなせるので、cl=0として切削力の予測を行い、Ktes,Kres,Kaes,Ktc,Krc,Kacの6つの係数を決定する。次に、実際に切削に使用し、実切削距離の分かった摩耗した工具を用いて切削力を測定する。そして、新品の工具で決定した6つの係数は固定しておき、残りの3つの係数Ktec,Krec,Kaecを決定する。
【0065】
FEMシミュレーションを用いる場合は、新品状態の工具形状をモデル化して、切り取り厚さを変化させて切削力シミュレーションを行うことにより、Ktes,Kres,Kaes,Ktc,Krc,Kacを決定する。
【0066】
次に、ある実切削距離における工具形状をモデル化して、同様にシミュレーションを行うことにより、Ktec,Krec,Kaecを決定する。
【0067】
ここでは、エッジフォース成分のみを実切削距離の1次関数で表しているが、切り取り厚さに比例する切削力係数(Ktc,Krc,Kac)についても実切削距離の関数としてもよい。また、さまざまな実切削距離による測定値や予測値を用いて、これらによく合うように1次関数以外の関数を用いることや、切削距離によって摩耗進行速度が変化することを考慮して切削距離によって異なる関数を利用することも可能である。また、工具の摩耗は、切削速度や切込み量などにも依存するので、それらの関数として表してもよい。
【0068】
式(2)を用いて算出した微小切削力を、全ての微小切れ刃について加算することにより、ある瞬間の切削力が得られる。ステップC7は、切削力予測ステップ(切削力予測手段)である。
【0069】
また、これを微小回転角毎に1回転分繰り返すことによって、1回転中の切削力と微小切れ刃毎の実切削距離が得られる。
【0070】
ステップC8では全ての微小切れ刃について終了したか否かを判定し、全ての微小切れ刃について終了した場合には、ステップC9に進んで工具1回転分が終了したか否かを判定する。工具1回転分が終了したら、ステップC10に進み、工具1回転中の微小切れ刃毎の実切削距離cl[j]及び工具1回転中の切削力F[i]を得て、このフローを終了する。
【0071】
なお、工具1回転毎に全ての工具経路の実切削距離を計算してもよいが、1つの工具経路(NCデータの1ブロック)では、切削の状態がほぼ変わらないものと仮定すると、以下のように工具経路毎の実切削距離を概算することも可能である。
【0072】
まず、1つの工具経路長のうち、実際に切削が行われている工具経路長Lを求める。この工具経路長Lは、図5(b)に示す切削される領域の上下方向の長さである。次に、この長さLだけ工具が進むときの工具の回転回数nを送り速度F、工具回転数Sから算出する(n=S×L/F)。
【0073】
そして、1回転中の実切削距離に回転回数nを乗ずることにより、1つの工具経路における実切削距離を算出する。尚、距離としては、ここで示したように実際の工具の切れ刃が被削材を擦過する距離である実切削距離を用いる方が望ましいが、工具が移動する工具経路長を用いることもできる。
【0074】
上記のようにして図10に示すフローチャートのステップS3が終了し、ステップS3に続くステップS4では、前記工具の1回転中の切削力(Fx(t),Fy(t))と、工具の動剛性の逆数であるコンプライアンス伝達関数(Gx(ω),Gy(ω))とから、応答である1回転中の工具たわみ(Dx(t),Dy(t))を算出する。運動方程式を解くためには例えばルンゲクッタ法などの数値解析法を用いることができる。なお、一般に応答は自由振動と強制振動との和になるが、切削力が数回転、同じ状態で工具に作用すると仮定すれば強制振動のみを考慮すればよい。
【0075】
このとき、切削力をFFT処理した結果F(ω)と、コンプライアンス伝達関数G(ω)との積とから、工具たわみをFFT処理した結果D(ω)=G(ω)F(ω)を得て、その後、これを逆FFT処理することにより、工具1回転中の工具たわみ、即ち工具軸周りの回転角位置(工具回転角度)とたわみ量との関係を高速に算出することができる。
【0076】
−加工面創成点および加工誤差−
そうして切削力を算出する一方で、ステップS5では、加工誤差の予測位置から工具の1刃送り後以降の工具掃引体T2を書き加える(図1を参照)。こうして書き加えた工具掃引体T2によって被削物形状Wの一部が削り取られるとともに、切削領域の一部も削除され、それらが陰面消去されることで、工具の色が表示される画素領域は非常に小さくなる。
【0077】
この画素領域が加工終了後に残る加工面を表しており、ステップS6では色情報から加工面を検出する。なお、被削物形状の領域外は考慮しなくてよいので、被削物形状のXY領域内のみ全ての画素の色情報を読み取って、そのうちから工具の色情報を識別する。色情報としては一般的にR,G,B,Aの4つの情報が利用できるので、そのうちの一つ(例えばA)に工具を認識するための情報を与えておけばよい。
【0078】
続いてステップS7では、後述するように視野を修正するどうか判別して、必要があれば(YES)ステップS8にて視野を修正した上で、前記ステップS1,S5のように工具Mやその掃引体T1,T2、被削物形状Wなどを描画して(再描画)前記ステップS6に戻る一方、必要がなければ(NO)ステップS9に進み、前記検出した加工面の情報からこれを切削するときの切れ刃の位置である加工面創成点を特定して、この創成点における工具回転角度θ、工具接角度qおよび加工面法線ベクトルnを算出する。
【0079】
すなわち、この例では上述したように金型の仕上げ加工を想定しており、仕上げ加工においては所定の表面粗さ以下となるように、細かいピッチで工具経路が作成されるため、加工面として残る画素領域は前記のように非常に小さなものとなる。よって、この画素領域内の或る1点を代表点として、この点を加工する瞬間の工具たわみや工具形状誤差から、加工誤差が決定されると考えることができる。
【0080】
そこで、例えば前記のように検出した加工面の画像領域における座標(X,Y座標)の平均値を創成点とし、工具先端の切れ刃の通過軌跡を表す半球面上において、工具回転角度0°の切れ刃位置から創成点Cまでの工具回転角度θを求めるとともに、この創成点Cから当該半球の中心に向かう線分が工具の回転軸心となす角度である工具接角度qを求める。また、その創成点Cから半球の中心に向かうベクトルが、加工面の法線ベクトルnとなる。
【0081】
それら工具回転角度θや工具接角度qは創成点Cの座標、即ち工具軸との位置関係から計算することもできるが、この実施形態では、工具の画素の色情報、例えばR,Gにそれぞれ工具回転角度θ、工具接角度qの情報を与えておき、コンピュータ装置1のコマンドで画素の色情報を読み取るだけで、直ちにかつ正確に工具回転角度θや工具接角度qが求まるようにしている。
【0082】
すなわち、工具を表す半球面上の各画素は、その色情報Rの値が工具回転角度θの変化に応じて徐々に変化する。また、色情報Gの値は、半球の中心から工具軸心に沿って下端に向かうに連れて、つまり工具接角度qの変化に応じて徐々に変化するようになっている。
【0083】
そのため、例えば前記のように検出した加工面の画像領域における各画素の色情報R,Gを読み取り、その平均を求めることによって直ちに、加工面創成点Cにおける工具の回転角度θや接角度qを求めることができる。また、加工面の画像領域における座標(X,Y座標)の平均値を創成点Cとし、この点Cの色情報R,Gから工具の回転角度θや接角度qを求めることもできる。
【0084】
そうして加工面創成点Cにおける工具回転角度θが求まれば、前記ステップS4にて求めた工具回転角度θとたわみ量との関係(図6(b)を参照)から創成点での工具たわみ量を求め、この工具たわみ量と加工面法線ベクトルとから加工面法線方向の加工誤差を算出できる(ステップS10)。具体的には加工面創成点における工具たわみベクトル(並進方向のみ考慮する場合は、(Dx(X方向たわみ),Dy(Y方向たわみ),0)と加工面法線単位ベクトルとの内積を計算すればよい。
【0085】
並行してステップS11では、前記の工具接角度qにおける工具形状誤差を用いて、これに起因する加工誤差を算出する。これは、前記のように求めた加工面創成点における工具接角度qに対応する工具の形状誤差を、予め測定して記憶してあるテーブルを用いて算出すればよい。
【0086】
なお、この例では前記の如く、工具たわみや工具形状誤差を加工面における創成点1点の情報から算出しているが、実際に加工面を切削しているときの工具回転角度θや工具接角度qは或る範囲を持っているから、この角度毎に加工誤差を算出してもよいし、この範囲内での最大値、或いは平均値などから加工誤差を算出してもよい。つまり、工具たわみなどを算出するために特定する加工面創成位置は1点に限るものでなく、或る程度の広さを持った範囲であってもよい。
【0087】
−視野の修正−
次に、前記ステップS8における視野の修正について具体的に説明する。これは一例として、前記ステップS5において工具掃引体T2を書き加えたときに画像に工具Mの色が表示されないときの対応方法である。工具Mの色が表示されないのは、最終的に加工面として残る箇所がない場合と、その箇所が描画の際の1画素に満たない場合とがある。すなわち、この例のように下方から視ると、被削物の側壁などを加工している場合には加工面をその法線に対し斜めに視ることになるから、加工面として残る箇所があってもその画素領域が非常に小さくなってしまい、1画素に満たないこともあるのである。
【0088】
このような場合の対応方法として、加工誤差の予測に先立つ切削領域の検出結果(ステップS2)を利用する。すなわち、上述したように最終的に加工面として残る箇所は切削領域に含まれており、この切削領域は加工面の領域に比べて広いので、これが表示されないことは考えなくてよい。そこで、切削領域があるにも拘わらず加工面が表示されないときには、その切削領域の法線方向に近づくように視点を移動させ、横から視て画像を描画することにより、加工面の画素領域を拡大する。
【0089】
或いは、視点はそのままでも切削領域に向かって視野を絞り、1画素当たりの面積を縮小して分解能を上げることにより、言い換えると切削領域を拡大して描画することによって加工面が表示されるようにする。これらのいずれかの手法で視点ないし視野範囲を修正することによって、加工面の見落としを防止できる。
【0090】
なお、工具接角度qが大きくなれば、加工面が表示されていてもその画素数は少なくなるので、計算誤差が大きくなるとも考えられる。そこで、Z軸負方向からの画像において工具(切れ刃の通過軌跡)の外周付近に切削領域があり、工具接角度qが大きいと考えられる場合(例えば60°を超える場合)には、加工面が見える見えないに拘わらず、前記と同様に視点を変更したり拡大して表示したりすることで、より高精度な算出を行える。
【0091】
この例ではステップS1において、加工誤差の予測位置における工具Mと、その手前までの工具掃引体T1と、被削物形状Wとを描画し、その後のステップS5において予測位置以降の工具掃引体T2を描き加えるようにしている。
【0092】
また、ステップS6は、前記ステップS5において工具掃引体T2が描き加えられた後に画像平面において工具Mが表示されている画素領域を、加工終了後も残る加工面として検出する加工面検出ステップに相当し、ステップS9〜S11は、その加工面の創成点を特定して、ここにおける工具の形状誤差やたわみ量から加工誤差を推定演算する加工誤差を予測するステップ(手段)に相当する。
【0093】
(工具経路の修正)
最後に工具経路の修正について簡単に述べる。NCデータにおいて工具経路は通常、X,Y,Zの直交座標系の多数の構成点を結ぶ直線、或いは円弧によって指定されており、上述したように予測した加工誤差と反対の向きに構成点を移動させれば、工具経路を適切に修正することができる。すなわち、この実施形態において加工誤差は、工具経路を構成する多数のパスのそれぞれについて算出しており、図11に示すように、修正する構成点はその前後のパスの交点であるから、前後2つのパスにおける加工誤差の予測結果を用いて構成点を修正すればよい。
【0094】
具体的には、まず、前後2つのパスのそれぞれで、加工誤差の大きさ(正負有り)を有し加工面法線方向の加工誤差ベクトルE(i),E(j)を考え、この加工誤差ベクトルE(i),E(j)と大きさが等しく、逆向きの修正基準ベクトルE'(i),E'(j)を算出する。そして、それらの和の向きに修正ベクトルE'(i+j)の向きを設定する。この修正ベクトルE'(i+j)の大きさは、修正による前後2つのパスの移動と各々の修正基準ベクトルE'(i),E'(j)との差ができるだけ小さくなるように決定すればよい。なお、円弧移動経路の場合は、直線移動工具経路の集合としてこれらの計算を行い、最小2乗法などを用いて修正円弧を求めることにより、修正することができる。つまり、本実施形態にかかる装置は、加工誤差の予測値に基づいて加工誤差が小さくなるように工具経路を修正する経路修正手段を備えている。尚、この経路修正手段は本装置から省き、他の装置に搭載してもよい。
【0095】
以上説明したように、この実施形態によれば、微小切れ刃が切削中か否かのみを判定することによって、実切削距離を算出することができる。従って、非特許文献1のようなZ−mapモデルを作成する場合に比べて、高精度な実切削距離の算出を少ないメモリ容量で行うことができる。
【0096】
また、工具の摩耗により切削力が増大することを考慮して加工誤差を予測することができるので、加工誤差の予測結果が正確なものとなる。この予測した加工誤差に基づいて工具経路を修正することにより、加工誤差を低減して加工後の修正に要する工数、時間を削減することができる。また、予測結果を用いて工具交換の適切なタイミングを設定することもできる。
【0097】
(他の実施形態)
本発明に係る加工誤差の予測の具体的な手法は前記実施形態のものに限定されず、例えば加工誤差の予測は金型の仕上げ加工工程に限らず、荒加工工程や中仕上げ加工工程にも適用できる。その場合は、1つの直線移動経路中の加工状態を判断して、加工状態によって予測箇所を増やすようにしてもよい。勿論、金型以外の種々の切削加工に適用することもできる。
【0098】
また、工具の画素に持たせる情報は工具回転角度θ、工具接角度qに限らず、別の形式の座標情報でもよい。一例として色情報Rに工具接角度qを持たせる一方、GにはX座標、BにはY座標としてもよい。さらに、色情報ではなく他の画素情報も利用可能である。
【0099】
また、前記の実施形態では、加工誤差を予測する位置の工具Mと被削物形状Wとの他に、その予測位置の1刃送り手前までの工具掃引体T1と、1刃送り後以降の工具掃引体T2とを描画するようにしており、これが基本であるが、工具掃引体T1,T2は、例えば2〜3刃送り手前までのものや2〜3刃送り以降のものとしてもよい。
【0100】
さらに、前記の実施形態では、加工に用いる工具として主にボールエンドミルを想定して説明しており、この場合は切れ刃の通過軌跡を近似的に半球面で表すことになるが、勿論、ボールエンドミル以外の回転工具(例えばラジアスエンドミル、スクエアエンドミルなど)も想定される。この場合に、切れ刃の通過軌跡はその形状に応じた種々の形状に近似されるが、いずれも工具の回転軸心を中心とする軸対称形状となる。また、当然ながら、工具掃引体も工具の形状に応じて構成される。
【実施例】
【0101】
以下に、この実施形態の予測装置を用いて実際に、切削加工の誤差を予測した例について説明する。実施したのは図12に示すような金型モデルの加工であり、加工方法は、いわゆる等高線加工ダウンカットであり、上から下(底部)へ順に加工していく方法である。加工終了時の微小切れ刃毎の実切削距離の計算結果を図13に示す。
【0102】
実施例にかかる工具は、ラジアスエンドミル(チップ式)、径は20mm、長さは120mm、先端部のRは1mm、刃数は2枚である。また、被削材の材質はS55C、大きさは100×80×深さ100mmである。
【0103】
切削条件としては、主軸回転数は2700min−1、送り速度は1300mm/min、切込みNdは0.2mm、Z方向ピッチAdは0.5mm、切削様式は上記した等高線ダウンカット、切削油はドライである。
【0104】
加工誤差の予測は以下の3通りで行った。
1.従来方法1
従来方法1は、上記特許文献2の方法を用いた予測方法であり、切削力及び工具形状が摩耗によって変化しないものとして予測する方法である。
2.従来方法2
従来方法2は、上記特許文献2及び特許文献3を組み合わせた予測方法であり、切削力は摩耗によって変化せず、工具形状が摩耗によって変化するとして予測する方法である。
3.本発明
従来方法2に加えて、切削力が工具の摩耗によって変化することを考慮して予測する方法である。すなわち、従来方法1,2は切削力の計算に式(1)を使用しているが、本発明では、式(2)を使用して計算している。
【0105】
尚、切削力係数は、加工前後の切削力の測定値を用いて、新品工具と摩耗した工具とで予側値と測定値とが一致するように決定した(図14参照)。この実施例で使用する工具は、ねじれ角0゜の工具であり、Faの成分の力は無視できるため、この係数(Kaes,Kac,Kaec)は0として、他の6つの係数を決定した。
【0106】
また、特許文献3で示されている摩耗量(工具形状の変化量)は、加工前と加工後の回転中の工具径を、複数断面で測定して、それらの差からそれぞれの箇所での摩耗量を求め、摩耗量が実切削距離に比例して増大すると仮定して予測した。図15に加工誤差の測定値と予測値とを示す。
【0107】
この結果、従来方法1、2では、切削が進行するにつれて予測精度が悪化しており、従来方法2のように工具の摩耗による切削力の変化を考慮せず、形状変化のみを考慮して求めたとしても、予測精度は低い。本発明では、切削開始から終了まで精度良く誤差を予測できる。
【0108】
また、図16には、予測結果をもとにして工具経路を修正して加工した結果を示している。CAMから出力されたNCデータでそのまま加工したもの(修正無し)では、最大加工誤差が48.8μmであり、従来方法1によって工具経路を修正したものでは最大加工誤差27.7μmであるのに対し、本発明にかかる方法で修正した工具経路で加工すると、6.9μmの誤差となっており、高精度な加工が行えることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0109】
以上説明したように、本発明は、例えば金型等を製造する場合に適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被削物を切削する回転工具の実切削距離を算出する回転工具の実切削距離算出方法であって、
上記工具による加工前の被削物の形状、該工具の切れ刃形状、及び該工具の送りによる移動経路の情報を含む所定データを入力するデータ入力ステップと、
上記データ入力ステップの後、上記工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する微小切れ刃生成ステップと、
上記仮想の微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、上記被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する上記微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得る実切削距離算出ステップとを含むことを特徴とする回転工具の実切削距離算出方法。
【請求項2】
請求項1に記載の回転工具の実切削距離算出方法において、
上記実切削距離算出ステップでは、
上記工具の移動経路上の所定位置における上記切れ刃の通過軌跡と、当該所定位置の直前までの工具掃引体と、上記被削物とを、それぞれ被削物の側から上記工具を望む所定の視野範囲において描画し、
上記描画された画像の切れ刃の通過軌跡が手前に表示されている画素領域を、切削領域として検出し、
上記切削領域に基づいて上記仮想の微小切れ刃が上記被削物を切削しているか否か判定することを特徴とする回転工具の実切削距離算出方法。
【請求項3】
被削物を切削する回転工具の実切削距離算出のためのコンピュータプログラムであって、
上記工具による加工前の被削物の形状、該工具の切れ刃形状、及び該工具の送りによる移動経路の情報を含む所定データを入力するデータ入力ステップと、
上記データ入力ステップの後、上記工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する微小切れ刃生成ステップと、
上記仮想の微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、上記被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する上記微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得る実切削距離算出ステップとを含むことを特徴とする回転工具の実切削距離算出のためのコンピュータプログラム。
【請求項4】
被削物を切削する回転工具の切削力予測方法であって、
上記工具による加工前の被削物の形状、該工具の切れ刃形状、及び該工具の送りによる移動経路の情報を含む所定データを入力するデータ入力ステップと、
上記データ入力ステップの後、上記工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する微小切れ刃生成ステップと、
上記仮想の微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、上記被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する上記微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得る実切削距離算出ステップと、
上記実切削距離算出ステップの後、上記実切削距離の関数として予め設定された関係式を用いて上記工具による切削力を予測する切削力予測ステップとを含むことを特徴とする切削力予測方法。
【請求項5】
回転する工具によって切削される被削物の加工誤差を予測し、その予測結果に基づいて工具経路を修正する装置であって、
上記工具による加工前の被削物の形状、該工具の切れ刃形状、及び該工具の送りによる移動経路の情報を含む所定データを入力するデータ入力手段と、
上記データ入力手段の後、上記工具の切れ刃を仮想的に複数の微小な刃に分割して仮想の微小切れ刃を生成する微小切れ刃生成手段と、
上記仮想の微小切れ刃が所定の微小角度回転する毎に、上記被削物を切削しているか否か判定し、切削していると判定されたときには、微小角度の回転によって移動する上記微小切れ刃の移動距離を求め、この移動距離を切削加工開始時点から順次積算して実切削距離を得る実切削距離算出手段と、
上記実切削距離算出手段の後、上記実切削距離の関数として予め設定された関係式を用いて上記工具による切削力を予測する切削力予測手段と
上記切削力予測手段で得た切削力による工具のたわみに基づいて加工誤差を予測する加工誤差予測手段と、
上記加工誤差予測手段で得られた加工誤差の予測値に基づいて、加工誤差が小さくなるように工具の移動経路を修正する経路修正手段とを備えていることを特徴とする工具経路修正装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−54431(P2013−54431A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−190591(P2011−190591)
【出願日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【出願人】(591079487)広島県 (101)
【Fターム(参考)】