説明

回転機の制御装置

【課題】ブートストラップ回路を用いたシステムにおいて、モデル予測制御を適用する場合、高電位側のドライブユニットDUの電源となるコンデンサC*(*=u,v,w)の電圧が低下することで、高電位側のスイッチング素子S*pを適切に駆動することができなくなるおそれがあること。
【解決手段】制御装置20は、モデル予測制御によって、インバータINVの8通りの操作状態のうち、制御量とその指令値との差を最小とする操作状態を選択し、これに基づき、インバータINVを操作する。ただし、低電位側のスイッチング素子S*nのオフ状態が所定期間継続すると、強制的にスイッチング素子Sun、Svn,Swnをオン状態とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直流電圧源の正極および負極のそれぞれに回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路について、該直流交流変換回路のスイッチング素子をオン・オフ操作することで前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する回転機の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の制御装置としては、例えば下記特許文献1に見られるように、インバータの操作状態を様々に設定した場合についての3相電動機の電流をそれぞれ予測し、予測される電流と指令電流との偏差を最小化することのできる操作状態となるように、インバータを操作するいわゆるモデル予測制御を行うものが提案されている。これによれば、インバータの操作状態に基づき予測される電流の挙動を最適化するようにインバータが操作されるため、過渡時における指令電流への追従性を良好なものとすることができる。このため、モデル予測制御は、車載主機としてのモータジェネレータの制御装置等、過渡追従特性として特に高い性能が要求される用途にとっては、有用性が高いと考えられる。
【0003】
ところで、上記インバータは、直流電圧源の正極をモータジェレータに接続する高電位側のスイッチング素子と、直流電圧源の負極をモータジェレータに接続する低電位側のスイッチング素子とを備えている。これらスイッチング素子としてNチャネルMOS電界効果トランジスタやIGBTを用いる場合、スイッチング素子の出力端子の電位に対して開閉制御端子の電位を可変操作することで、スイッチング素子がオン・オフ操作される。そしてこの場合、低電位側のスイッチング素子の出力端子の電位は固定電位となる一方、高電位側のスイッチング素子の出力端子の電位は、低電位側のスイッチング素子のオン・オフによって変動する。このため、高電位側のスイッチング素子をオン・オフするための駆動回路の電源の電位については、絶えず変動することとなる。
【0004】
高電位側のスイッチング素子の駆動回路についての上記変動する電位を有する電源の一つとしては、下記特許文献2に見られるように、ブートストラップ回路によって構成されるものがある。これは、低電位側のスイッチング素子がオンとなる場合に、これに直列接続される高電位側のスイッチング素子の出力端子を基準電位とするコンデンサを低電位側のスイッチング素子用の電源で充電する回路である。これによれば、コンデンサの充電エネルギによって、高電位側のスイッチング素子の駆動回路を駆動することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−228419号公報
【特許文献2】特開2010−158117号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ただし、上記ブートストラップ回路を用いたハードウェア手段にモデル予測制御を適用する場合、高電位側の駆動回路用のコンデンサの電圧が低下することで、高電位側のスイッチング素子を適切に駆動することができなくなるおそれがある。これは、モデル予測制御では、周知の三角波PWM処理とは違い、低電位側のスイッチング素子がオン状態となるか否かが成り行き任せとなるためである。このため、低電位側のスイッチング素子のオフ状態が継続されることで、コンデンサの充電がなされず、コンデンサの電圧が過度に低下するおそれがある。
【0007】
本発明は、上記課題を解決する過程でなされたものであり、その目的は、直流電圧源の正極および負極のそれぞれに回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路について、該直流交流変換回路のスイッチング素子をオン・オフ操作することで前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する回転機の新たな制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以下、上記課題を解決するための手段、およびその作用効果について記載する。
【0009】
請求項1記載の発明は、直流電圧源の正極および負極のそれぞれに回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路について、該直流交流変換回路のスイッチング素子をオン・オフ操作することで前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する回転機の制御装置において、前記スイッチング素子を駆動する駆動回路は、前記正極に接続するスイッチング素子および前記負極に接続するスイッチング素子のいずれか一方の電流の流通経路の一対の端部のいずれかを基準電位とする直流電圧源の電力を、前記いずれか一方のオン期間において前記いずれか他方の駆動回路の電源となるコンデンサに充電するブートストラップ回路を備えるものであり、固定座標系における電圧ベクトルにて表現される前記直流交流変換回路の操作状態を仮設定した場合の前記制御量を予測する予測手段と、該予測手段によって予測される制御量に基づき、該予測される制御量に対応する操作状態を評価し、評価の高い操作状態を前記直流交流変換回路の操作状態として決定する決定手段と、該決定された操作状態となるように前記直流交流変換回路を操作する操作手段と、前記コンデンサの充電電圧が低下する状況下、該コンデンサに対応する前記いずれか一方がオン状態となる操作状態を前記決定手段に強制決定させる強制手段と、を備えることを特徴とする。
【0010】
上記決定手段によって決定される操作状態は、必ずしもコンデンサを充電するものとは限らないため、コンデンサの電圧が過度に低下するおそれがある。この点、上記発明では、強制手段を備えることで、こうした事態を回避する。
【0011】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、前記強制手段は、前記いずれか他方のスイッチング素子がオン状態とされる継続時間が規定時間以上となることに基づき、前記強制決定させる処理を行なうことを特徴とする。
【0012】
いずれか他方のスイッチング素子がオン状態とされることで対応するコンデンサの電荷が放電状態となる。上記発明では、この点に鑑み、いずれか他方のスイッチング素子がオン状態とされる期間が長い場合に、コンデンサの充電電圧が低下する状況であると判断する。
【0013】
請求項3記載の発明は、請求項2記載の発明において、前記強制的に選択させる処理は、前記回転機の各端子に接続される前記いずれか一方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態を強制決定させる処理であることを特徴とする。
【0014】
上記発明では、強制手段の処理を簡素化することができる。また、制御量とその指令値との差の変化速度は、変調率の低い領域においては、ゼロ電圧ベクトル時において有効電圧ベクトル時と比較して小さくなる。このため、少なくとも低変調率においては、強制手段によって強制決定される操作状態を用いたことによる制御量の誤差を抑制することもできる。
【0015】
請求項4記載の発明は、請求項1記載の発明において、前記強制決定させる処理は、前記回転機の各端子に接続される前記いずれか一方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態を強制決定させるものであり、前記強制手段は、前回の強制決定させる処理の実行時からの経過時間を計時する計時手段を備え、該計時手段によって計時される時間が規定時間となることに基づき、前記強制決定する処理を再度行なうことを特徴とする。
【0016】
上記発明では、強制決定させる処理の実行時からの経過時間が長くなることでコンデンサの電圧が低下する状況であると判断する。このため、強制手段の処理を簡素化することができる。また、制御量とその指令値との差の変化速度は、変調率の低い領域においては、ゼロ電圧ベクトル時において有効電圧ベクトル時と比較して小さくなる。このため、少なくとも低変調率においては、強制手段によって強制決定される操作状態を用いたことによる制御量の誤差を抑制することもできる。
【0017】
請求項5記載の発明は、請求項3または4記載の発明において、前記強制手段は、前記決定手段によって決定される操作状態が前記回転機の各端子に接続される前記いずれか他方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態であることを条件に、該決定を無効とし、前記回転機の各端子に接続される前記いずれか一方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態を強制決定させることを特徴とする。
【0018】
いずれか他方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態といずれか一方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態とは、回転機に印加される電圧としてはいずれも等しい。上記発明では、この点に鑑み、上記条件を設けた。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】第1の実施形態にかかるシステム構成図。
【図2】同実施形態にかかる操作信号の生成処理に関するブロック図。
【図3】同実施形態にかかるインバータの操作状態を表現する電圧ベクトルを示す図。
【図4】同実施形態にかかるモデル予測制御の処理手順を示す流れ図。
【図5】第2の実施形態にかかるモデル予測制御の処理手順を示す流れ図。
【図6】第3の実施形態にかかるモデル予測制御の処理手順を示す流れ図。
【図7】第4の実施形態にかかる操作信号の生成処理に関するブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<第1の実施形態>
以下、本発明にかかる回転機の制御装置を産業用ロボットに搭載されるモータジェネレータ10の制御装置に適用した第1の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0021】
図1に、本実施形態にかかるモータジェネレータの制御システムの全体構成を示す。産業用ロボットのアクチュエータとしてのモータジェネレータ10は、3相の永久磁石同期モータである。ここでは、モータジェネレータ10として、表面磁石同期機(SPMSM)を想定している。
【0022】
モータジェネレータ10は、インバータINVを介してMG用バッテリ12に接続されている。インバータINVは、スイッチング素子S*p,S*n(*=u,v,w)の直列接続体を3組備えており、これら各直列接続体の接続点がモータジェネレータ10のU,V,W相にそれぞれ接続されている。これらスイッチング素子S*#(*=u,v,w;#=p,n)として、本実施形態では、絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)が用いられている。そして、これらにはそれぞれ、ダイオードD*#が逆並列に接続されている。
【0023】
本実施形態では、モータジェネレータ10やインバータINVの状態を検出する検出手段として、以下のものを備えている。まずモータジェネレータ10の回転角度(電気角θ)を検出する回転角度センサ14を備えている。また、モータジェネレータ10の各相を流れる電流iu,iv,iwを検出する電流センサ16を備えている。更に、インバータINVの入力電圧(電源電圧VDC)を検出する電圧センサ18を備えている。
【0024】
上記各種センサの検出値は、制御装置20に取り込まれる。制御装置20では、これら各種センサの検出値に基づき、インバータINVを操作する操作信号を生成し、インバータINVを構成するスイッチング素子S*#のそれぞれに接続されるドライブユニットDUに出力する。ここで、インバータINVのスイッチング素子S*#を操作する信号が、操作信号g*#である。
【0025】
ドライブユニットDUは、駆動対象とするスイッチング素子S*#の出力端子(エミッタ)に対する開閉制御端子(ゲート)の電位差を操作することで、駆動対象とするスイッチング素子をオン・オフ駆動する。このドライブユニットDUは、駆動対象とするスイッチング素子S*#の出力端子(エミッタ)の電位を基準電位として動作するものである。このため、下側アームのスイッチング素子S*nを駆動対象とするものは、同一の電位を基準として動作するものとなる。これに対し、上側アームのスイッチング素子S*pを駆動対象とするものは、同一レッグの下側アームのスイッチング素子S*nのオン・オフに応じて動作電位が変動する。
【0026】
こうした点に鑑み、本実施形態では、下側アームのスイッチング素子S*nを駆動対象とするドライブユニットDUについては、同一のドライブ用電源22とする。ドライブ用電源22は、スイッチング素子S*nのエミッタを基準電位とする直流電圧源である。これに対し、上側アームのスイッチング素子S*pのそれぞれを駆動対象とするドライブユニットDUについては、スイッチング素子S*pのそれぞれのエミッタに接続されたコンデンサC*(*=u,v,w)を直流電圧源として用いる。これらコンデンサC*は、ドライブ用電源22によって充電されるものである。すなわち、コンデンサC*のそれぞれには、抵抗体26およびダイオードDb*を介してドライブ用電源22の電荷が充電可能とされている。ここで、ダイオードDb*は、コンデンサC*からドライブ用電源22への正の電荷の流出を阻止して且つ、ドライブ用電源22からコンデンサC*への正の電荷の充電を許容する整流手段である。
【0027】
こうした構成によれば、スイッチング素子S*nがオンとなることで、コンデンサC*の負極電位がドライブ用電源22の負極電位まで低下するため、コンデンサC*の充電電圧がドライブ用電源22の端子電圧よりも低い場合、コンデンサC*を充電することができる。
【0028】
図2に、上記制御装置20による処理を示す。
【0029】
制御装置20は、モータジェネレータ10のトルクを要求トルクTrに制御すべく、インバータINVを操作する。詳しくは、要求トルクTrを実現するための指令電流とモータジェネレータ10を流れる電流とが一致するように、インバータINVを操作する。すなわち、本実施形態では、モータジェネレータ10のトルクが最終的な制御量となるものであるが、トルクを制御すべく、モータジェネレータ10を流れる電流を直接の制御量として、これを指令電流に制御する。特に、本実施形態では、モータジェネレータ10を流れる電流を指令電流に制御すべく、インバータINVの操作状態を複数通りのそれぞれに仮設定した場合についてのモータジェネレータ10の電流を予測し、予測される電流に基づき仮設定した操作状態を評価する。そして評価の高いものをインバータINVの実際の操作状態として採用するモデル予測制御を行う。
【0030】
詳しくは、上記電流センサ16によって検出された相電流iu,iv,iwは、dq変換部30において、回転座標系の実電流id,iqに変換される。また、上記回転角度センサ14によって検出される電気角θは、速度算出部32の入力となり、これにより、回転速度(電気角速度ω)が算出される。一方、指令電流設定部34は、要求トルクTrを入力とし、dq座標系での指令電流idr,iqrを出力する。これら指令電流idr,iqr、実電流id,iq、及び電気角θは、モデル予測制御部40の入力となる。モデル予測制御部40では、これら入力パラメータに基づき、インバータINVの操作状態を規定する電圧ベクトルViを決定し、操作部36に入力する。操作部36では、入力された電圧ベクトルViに基づき、上記操作信号g*#を生成してインバータINVに出力する。
【0031】
ここで、インバータINVの操作状態を表現する電圧ベクトルは、図3に示す8つの電圧ベクトルとなる。例えば、低電位側のスイッチング素子Sun,Svn,Swnがオン状態となる操作状態(図中、「下」と表記)を表現する電圧ベクトルが電圧ベクトルV0であり、高電位側のスイッチング素子Sup,Svp,Swpがオン状態となる操作状態(図中、「上」と表記)を表現する電圧ベクトルが電圧ベクトルV7である。これら電圧ベクトルV0,V7は、モータジェネレータ10の全相を短絡させるものであり、インバータINVからモータジェネレータ10に印加される電圧がゼロとなるものであるため、ゼロ電圧ベクトルと呼ばれている。これに対し、残りの6つの電圧ベクトルV1〜V6は、上側アーム及び下側アームの双方にオン状態となるスイッチング素子が存在する操作パターンによって規定されるものであり、有効電圧ベクトルと呼ばれている。なお、図3(b)に示すように、電圧ベクトルV1、V3,V5のそれぞれがU相、V相、W相の正側にそれぞれ対応している。
【0032】
次に、モデル予測制御部40の処理の詳細について説明する。先の図2に示す操作状態設定部41では、インバータINVの操作状態を仮設定する。ここで仮設定されるインバータINVの操作状態は、先の図3に示した電圧ベクトルV0〜V7のそれぞれによって表現されるものである。dq変換部42では、操作状態設定部41によって設定された電圧ベクトルをdq変換することで、dq座標系の電圧ベクトルVdq=(vd,vq)を算出する。こうした変換を行うべく、操作状態設定部41における電圧ベクトルV0〜V7を、例えば、先の図3において、「上」を「VDC/2」として且つ「下」を「−VDC/2」とすることで表現すればよい。この場合、例えば、電圧ベクトルV0は、(−VDC/2、−VDC/2、−VDC/2)となり、電圧ベクトルV1は、(VDC/2、−VDC/2、−VDC/2)となる。
【0033】
予測部43では、電圧ベクトル(vd、vq)と、実電流id,iqと、電気角速度ωとに基づき、インバータINVの操作状態を操作状態設定部41によって設定される状態とした場合の電流id,iqを予測する。ここでは、下記(c1)、(c2)にて表現される電圧方程式を、電流の微分項について解いた下記の状態方程式(式(c3)、(c4))を離散化し、1ステップ先の電流を予測する。
vd=(R+pLd)id −ωLqiq …(c1)
vq=ωLdid +(R+pLq)iq +ωφ …(c2)
pid
=−(R/Ld)id +ω(Lq/Ld)iq +vd/Ld …(c3)
piq
=−ω(Ld/Lq)id−(Rd/Lq)iq+vq/Lq−ωφ/Lq…(c4)
ちなみに、上記の式(c1)、(c2)において、抵抗R、微分演算子p、d軸インダクタンスLd,q軸インダクタンスLqおよび電機子鎖交磁束定数φを用いた。
【0034】
上記電流の予測は、操作状態設定部41によって仮設定される複数通りの操作状態のそれぞれについて行われる。
【0035】
一方、操作状態決定部44では、予測部43によって予測された予測電流ide,iqeと、指令電流idr,iqrとを入力として、インバータINVの操作状態を決定する。ここでは、操作状態設定部41によって設定された操作状態のそれぞれを評価関数Jによって評価し、評価のもっとも高かった操作状態を選択する。この評価関数Jとして、本実施形態では、評価が低いほど値が大きくなるものを採用する。具体的には、評価関数Jを、指令電流ベクトルIdqr=(idr,iqr)と、予測電流ベクトルIdqe=(ide,iqe)との差の内積値に基づき算出する。これは、指令電流ベクトルIdqrと予測電流ベクトルIdqeとの各成分の偏差が正、負の双方の値となりうることに鑑み、値が大きいほど評価が低いことを表現するための一手法である。これにより、指令電流ベクトルIdqrと予測電流ベクトルIdqeとの各成分の差が大きいほど、評価が低くなる評価関数Jを構築することができる。
【0036】
こうして決定された操作状態に基づき、操作部36では、操作信号g*#を生成して出力する。
【0037】
ところで、上記モデル予測制御によれば、評価関数Jによって定量化される評価が最も高い操作状態が選択されることから、低電位側のスイッチング素子S*nが定期的にオン操作される保証がない。これは、コンデンサC*が定期的に充電される保証がないことを意味する。そして、コンデンサC*の充電がなされないことでコンデンサC*の充電電圧が低下すると、ドライブユニットDUを適切に駆動することができなくなることが懸念される。
【0038】
そこで本実施形態では、以下の態様にてモデル予測制御を行なうことでこうした問題を回避する。
【0039】
図4に、本実施形態にかかるモデル予測制御の処理手順を示す。この処理は、所定の制御周期Tcでくり返し実行される。
【0040】
この一連の処理では、まずステップS10において、電気角θ(n)と、実電流id(n),iq(n)とを検出するとともに、前回の制御周期で決定された電圧ベクトルV(n)を出力する。続くステップS12においては、1制御周期先における電流(ide(n+1),iqe(n+1))を予測する。これは、上記ステップS10によって出力された電圧ベクトルV(n)によって、1制御周期先の電流がどうなるかを予測する処理である。ここでは、上記の式(c3)、(c4)にて表現されたモデルを前進差分法にて制御周期Tcで離散化したものを用いて、電流ide(n+1)、iqe(n+1)を算出する。この際、電流の初期値として、上記ステップS10において検出された実電流id(n),iq(n)を用いるとともに、dq軸上の電圧ベクトルとして、電圧ベクトルV(n)を、上記ステップS10において検出された電気角θ(n)に「ωTc/2」を加算した角度によってdq変換したものを用いる。
【0041】
続くステップS14においては、低電位側のスイッチング素子S*nがオフであるか否かを判断する。そして、低電位側のスイッチング素子S*nがオフである場合、ステップS16においてスイッチング素子S*nのオフ時間を計時するカウンタCN*をインクリメントする一方、オフでない場合、ステップS18において、カウンタCN*を初期化する。なお、上記ステップS14〜S18の処理は、実際には、スイッチング素子Sun,Svn,Swnのそれぞれについて各別に行なわれる。
【0042】
上記ステップS16,S18の処理が完了する場合、ステップS20において、各コンデンサC*に対応するカウンタCN*が全て所定値よりも小さいか否かを判断する。この処理は、コンデンサC*の充電電圧が過度に低下していないか否かを判断するためのものである。ここで、所定値は、コンデンサC*を強制的に充電することが要求される閾値である。
【0043】
ステップS20において否定判断される場合、すなわち、各コンデンサC*に対応する放電カウンタの中に所定値以下のものがあると判断される場合、ステップS22において、コンデンサC*の充電電圧が過度に低下したとして、次回の電圧ベクトルV(n+1)を、評価関数Jによらずに、電圧ベクトルV0に強制的に設定するとともに、カウンタCN*を初期化する。
【0044】
一方、ステップS20において肯定判断される場合には、ステップS24において、各電圧ベクトルV0〜V7の評価関数Jを算出する。すなわち、電圧ベクトルV0〜V7の全てについて評価関数Jが算出されるまで(ステップS24:YES)、次回の制御周期における電圧ベクトルを仮設定した場合のそれぞれについて、2制御周期先の電流を予測する処理を行う。ここで、ステップS26では、まず次回の制御周期における電圧ベクトルV(n+1)を仮設定し、上記ステップS12と同様にして予測電流ide(n+2)、iqe(n+2)を算出する。ただし、ここでは、電流の初期値として、上記ステップS12において算出された予測電流ide(n+1),iqe(n+1)を用いるとともに、dq軸上の電圧ベクトルとして、電圧ベクトルV(n+1)を、上記ステップS10において検出された電気角θ(n)に「3ωTc/2」を加算した角度によってdq変換したものを用いる。そして、これら予測電流ide(n+2),iqe(n+2)毎に、評価関数Jを算出する。
【0045】
続くステップS28においては、次回の制御周期における電圧ベクトルV(n+1)を、上記評価関数Jを最小化する電圧ベクトルに決定する。ステップS22,S28の処理が完了する場合、ステップS30において、変数n,n+1等をデクリメントする。なお、ステップS30の処理が完了する場合には、この一連の処理を一旦終了する。
【0046】
このように、本実施形態では、電圧ベクトルV0を強制的に採用する処理を設けることで、コンデンサC*の充電電圧が過度に低下する事態を好適に回避することができる。ここで、電圧ベクトルV0を強制的に採用する場合、モータジェネレータ10を流れる電流と指令電流idr,iqrとの乖離を大きくするおそれがある。ただし、電圧ベクトルV0を強制的に採用する処理がなされるのが基本的に低回転速度時であることなどから、この乖離の拡大は、無視しうるものとなっている。すなわち、低回転速度時においては、インバータINVの変調率が小さい。一方、dq座標系における誤差edqの変化速度ベクトルは、インバータINVの出力電圧の基本波成分と現在採用されている電圧ベクトル(瞬時電圧)との差によって表現される。ここで、ゼロ電圧ベクトルが採用される場合、上記差は、基本波成分そのものとなる。そして変調率が小さい場合、基本波成分が瞬時電圧と比較して小さいため、ゼロ電圧ベクトルとした場合の誤差edqの変化速度は、コンデンサC*を充電可能な有効電圧ベクトルを採用する場合と比較して、小さくなる。
【0047】
なお、電圧ベクトルV0を強制的に採用する処理がなされるのが基本的に低回転速度時となるのは、高回転速度となる場合、制御周期Tcと電気角の一回転に要する時間との差が縮まることによって、短時間のうちにスイッチング素子S*nがオンとなる操作状態が採用されやすくなるためである。すなわち、モデル予測制御といえども、1電気角周期の期間において下側アームのスイッチング素子に継続してオンとならないものが生じるような選択はなされ難い。
<第2の実施形態>
以下、第2の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
【0048】
図5に、本実施形態にかかるモデル予測制御の処理手順を示す。この処理は、たとえば所定周期でくり返し実行される。なお、図5において、先の図4に示した処理に対応するものについては、便宜上同一のステップ番号を付している。
【0049】
この一連の処理では、ステップS12の処理の後、ステップS32において、前回の強制的な操作状態の設定処理がなされてからの時間を計時するカウンタCNが所定値であるか否かを判断する。この処理は、コンデンサC*に充電電圧が過度に低下するものが生じうるか否かを簡易的に判断するものである。ここで、所定値は、コンデンサC*の充電電圧がドライブユニットDUの動作を保証できない電圧となるまでに要する最短時間よりも短く設定することが望ましい。そして、所定値でないと判断される場合、ステップS36において、カウンタCNをインクリメントする。これに対し、ステップS32において肯定判断される場合、ステップS34において、次回の電圧ベクトルV(n+1)を電圧ベクトルV0として且つカウンタCNを初期化する。
【0050】
これにより、所定周期(所定値×Tc)で電圧ベクトルV0が強制的に選択され、スイッチング素子S*nが充電されることとなる。
<第3の実施形態>
以下、第3の実施形態について、先の第2の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
【0051】
図6に、本実施形態にかかるモデル予測制御の処理手順を示す。この処理は、たとえば所定周期でくり返し実行される。なお、図6において、先の図4に示した処理に対応するものについては、便宜上同一のステップ番号を付している。
【0052】
この一連の処理では、ステップS28において次回の電圧ベクトルV(n+1)を決定した後、ステップS40において、カウンタCNが第1の閾値Tth1以上であるか否かを判断する。そして、第1の閾値Tth1よりも小さいと判断される場合、ステップS42において、カウンタCNの値が第1の閾値Tth1よりも小さい第2の閾値Tth2以上であって且つ次回の電圧ベクトルV(n+1)がV7であるか否かを判断する。ここで、第1の条件は、コンデンサC*に充電電圧が過度に低下するものが生じうるか否かを簡易的に判断するものである。一方、第2の条件は、電圧ベクトルV0に変更しても制御性の低下が生じない条件である。すなわち、電圧ベクトルV7と電圧ベクトルV0とでは、モータジェネレータ10の各相に印加する電圧に相違が生じない。なお、第2の閾値Tth2は、コンデンサC*の充電電圧がドライブユニットDUの動作を保証できない電圧となるまでに要する最短時間よりも短く設定することが望ましい。
【0053】
そして、ステップS42において否定判断される場合、ステップS44においてカウンタCNをインクリメントする一方、ステップS42において肯定判断される場合、ステップS46において次回の電圧ベクトルV(n+1)を電圧ベクトルV0に変更する。そして、上記ステップS46の処理が完了する場合や、ステップS40において肯定判断される場合には、ステップS48においてカウンタCNを初期化する。
【0054】
なお、上記ステップS44,S48の処理が完了する場合には、ステップS30に移行する。
<第4の実施形態>
以下、第4の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
【0055】
本実施形態では、トルクと磁束とを直接の制御量とし、これらの指令値と予測値とを入力としてインバータINVの操作状態を決定する。
【0056】
図7に、上記制御装置20による処理を示す。なお、図7において、先の図2に示した処理に対応する処理については、便宜上同一の符号を付している。
【0057】
図示されるように、トルク/磁束予測部60は、予測電流ide,iqeに基づき、モータジェネレータ10の磁束ベクトルΦとトルクTとを予測する。ここで、磁束ベクトルΦ=(Φd、Φq)は、下記の式(c5)、(c6)にて予測され、トルクTは、下記の式(c7)にて予測される。
【0058】
Φd=Ld・id+φ …(c5)
Φq=Lq・iq …(c6)
T=P(Φd・iq−Φq・id) …(c7)
ちなみに、上記の式(c7)においては、極対数Pを用いている。
【0059】
一方、磁束マップ62では、要求トルクTrに基づき、指令磁束ベクトルΦrを設定する。ここで、指令磁束ベクトルΦrは、要求トルクTrを満たすもののうち、例えば最小の電流で最大のトルクが得られる最大トルク制御を実現する等の要求によって設定されるものである。
【0060】
操作状態決定部44aでは、予測トルクTeと要求トルクTrとの差と、予測磁束ベクトルΦeと指令磁束ベクトルΦrとの各成分の差とに基づき制御量とその指令値との乖離度合いを定量化し、乖離度合いが最小となる電圧ベクトルを採用する。ここでの定量化は、これらの差の2乗のそれぞれに重み係数a、b(a≠b、a≠0、b≠0)を乗算した値同士の和に基づき決定される。ここで、重み係数a、bは、トルクと磁束との大きさが相違することに鑑みたものである。すなわち例えば、トルクの数値の方が大きくなる単位設定をする場合、トルク偏差の方が大きくなりやすいため、重み係数a、bを用いない場合には、磁束の制御性が低い電圧ベクトルであっても、評価がさほど低くならない等のデメリットの生じるおそれがある。このため、重み係数a、bを、評価のための複数の入力パラメータの絶対値の大きさの相違を補償する手段として用いる。
<その他の実施形態>
なお、上記各実施形態は、以下のように変更して実施してもよい。
【0061】
「強制手段について」
上記第3の実施形態において、カウンタCNのリセット条件から、第1の閾値Tth1以上となる旨の条件をはずしてもよい。
【0062】
上記第1の実施形態において、カウンタCN*が所定値以上となる場合、スイッチング素子S*nがオン状態となる操作状態のなかで評価関数J(edq)が最小となるものを選択するようにしてもよい。
【0063】
上記第1の実施形態において、カウンタCN*の中に所定値以上となるものが生じる場合、電圧ベクトルV7が選択されることを条件に、次回の電圧ベクトルV(n+1)を電圧ベクトルV0に強制的に決定してもよい。
【0064】
「仮設定される操作状態について」
電圧ベクトルV0〜V7の全てに限らず、たとえば、モータジェネレータ10の端子のうちスイッチング状態の切り替え端子数が「1」以下となるものや、「2」以下となるものであってもよい。こうした設定の場合、電圧ベクトルV7の選択と電圧ベクトルV0の選択とが同等でなくなるため、電圧ベクトルV7が選択されることを条件に、次回の電圧ベクトルV(n+1)を電圧ベクトルV0に強制的に決定する処理の有効性が高まる。
【0065】
「予測手段について」
次回の電圧ベクトルV(n+1)によって生じる制御量のみを予測するものに限らない。たとえば、数制御周期先の更新タイミングにおけるインバータINVの操作による制御量まで順次予測するものであってもよい。
【0066】
「決定手段について」
たとえば、上記第1の実施形態において、予測電流ide(n+2)と指令電流idr(n+2)との差と、予測電流iqe(n+2)と指令電流iqr(n+2)との差との加重平均処理値を、乖離度合いの評価対象とするパラメータとしてもよい。要は、乖離度合いが大きいほど評価が低くなることを定量化すべく、乖離度合いと評価との間に正または負の相関関係があるパラメータによって定量化すればよい。
【0067】
「制御量について」
指令値と予測値とに基づきインバータINVの操作を決定するために用いる制御量としては、トルクおよび磁束と、電流とのいずれかに限らない。例えば、トルクのみまたは磁束のみであってもよい。また例えば、トルクおよび電流であってもよい。ここで、制御量を電流以外とする場合等において、センサによる直接の検出対象を電流以外としてもよい。
【0068】
上記各実施形態では、回転機の究極の制御量(予測対象であるか否かにかかわらず、最終的に所望の量とされることが要求される制御量)を、トルクとしたが、これに限らず、例えば回転速度等としてもよい。
【0069】
「直流交流変換回路を構成するスイッチング素子について」
IGBTに限らず、たとえば、MOS電界効果トランジスタ等の電界効果トランジスタであってもよい。ここでは、Nチャネルに限らず、Pチャネルであってもよい。ただし、PチャネルMOS電界効果トランジスタは、入力端子(ソース)に対する開閉制御端子(ゲート)の電位を操作することでオン・オフ操作されるものであるため、高電位側のスイッチング素子S*pの電源をドライブ用電源22とし、低電位側のスイッチング素子S*nの電源をコンデンサC*とする。
【0070】
「回転機について」
3相回転機に限らない。たとえば5つの端子のそれぞれの巻線が互いに接続された5相回転機等、4相以上の回転機であってもよい。
【0071】
また、上記各実施形態では、回転機の各端子に接続される固定子巻線同士がスター結線されるものを想定したが、これに限らず、デルタ結線されるものであってもよい。
【0072】
回転機としては、埋め込み磁石同期機に限らず、表面磁石同期機や、界磁巻線型同期機等、任意の同期機であってよい。更に、同期機にも限らず、誘導モータ等、誘導回転機であってもよい。
【0073】
回転機としては、産業用ロボットに搭載されるものに限らない。たとえば、車両の主機として用いられるものであってもよい。
【0074】
「そのほか」
直流電圧源としては、MG用バッテリ12に限らず、例えばMG用バッテリ12の電圧を昇圧するコンバータの出力端子であってもよい。
【符号の説明】
【0075】
10…モータジェネレータ、12…MG用バッテリ(直流電圧源の一実施形態)、20…制御装置(回転機の制御装置の一実施形態)、22…ドライブ用電源、Cu、Cv,Cw…コンデンサ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電圧源の正極および負極のそれぞれに回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路について、該直流交流変換回路のスイッチング素子をオン・オフ操作することで前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する回転機の制御装置において、
前記スイッチング素子を駆動する駆動回路は、前記正極に接続するスイッチング素子および前記負極に接続するスイッチング素子のいずれか一方の電流の流通経路の一対の端部のいずれかを基準電位とする直流電圧源の電力を、前記いずれか一方のオン期間において前記いずれか他方の駆動回路の電源となるコンデンサに充電するブートストラップ回路を備えるものであり、
固定座標系における電圧ベクトルにて表現される前記直流交流変換回路の操作状態を仮設定した場合の前記制御量を予測する予測手段と、
該予測手段によって予測される制御量に基づき、該予測される制御量に対応する操作状態を評価し、評価の高い操作状態を前記直流交流変換回路の操作状態として決定する決定手段と、
該決定された操作状態となるように前記直流交流変換回路を操作する操作手段と、
前記コンデンサの充電電圧が低下する状況下、該コンデンサに対応する前記いずれか一方がオン状態となる操作状態を前記決定手段に強制決定させる強制手段と、
を備えることを特徴とする回転機の制御装置。
【請求項2】
前記強制手段は、前記いずれか他方のスイッチング素子がオン状態とされる継続時間が規定時間以上となることに基づき、前記強制決定させる処理を行なうことを特徴とする請求項1記載の回転機の制御装置。
【請求項3】
前記強制的に選択させる処理は、前記回転機の各端子に接続される前記いずれか一方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態を強制決定させる処理であることを特徴とする請求項2記載の回転機の制御装置。
【請求項4】
前記強制決定させる処理は、前記回転機の各端子に接続される前記いずれか一方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態を強制決定させるものであり、
前記強制手段は、前回の強制決定させる処理の実行時からの経過時間を計時する計時手段を備え、該計時手段によって計時される時間が規定時間となることに基づき、前記強制決定する処理を再度行なうことを特徴とする請求項1記載の回転機の制御装置。
【請求項5】
前記強制手段は、前記決定手段によって決定される操作状態が前記回転機の各端子に接続される前記いずれか他方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態であることを条件に、該決定を無効とし、前記回転機の各端子に接続される前記いずれか一方のスイッチング素子の全てがオン状態とされる操作状態を強制決定させることを特徴とする請求項3または4記載の回転機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−244797(P2012−244797A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−113350(P2011−113350)
【出願日】平成23年5月20日(2011.5.20)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】