説明

回転部材用物理量測定装置

【課題】工作機械の主軸に加わるアキシアル荷重を測定するのに、通常運転時には測定値の信頼性を十分に確保でき、しかも、非常時には迅速且つ適切な対応を可能にできる構造を実現する。
【解決手段】演算器14がセンサの出力信号を処理した処理信号を取り出す為に、互いに並列の信号伝達回路15a、15bを設ける。そして、一方の信号伝達回路15aに、カットオフ周波数が低いローパスフィルタ16aを、他方の信号伝達回路15bに、カットオフ周波数が高いローパスフィルタ16bを、それぞれ設ける。通常時には、前記一方の信号伝達回路15aを通過した、第一の処理信号を利用して制御を行い、事故発生時には、他方の信号伝達回路15bを通過した、第二の処理信号を利用して制御又は対応を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、フライス盤、マシニングセンタ等の各種工作機械の主軸の如く、荷重を受けつつ高速で回転する回転軸等の回転部材に加わる荷重、或いはこの回転部材の変位量等の物理量を測定する為の、回転部材用物理量測定装置の改良に関する。具体的には、通常運転時に於ける測定精度を確保しつつ、非常時に適切な対応を行い易い構造を実現する事を目的としている。
【背景技術】
【0002】
工作機械の主軸は、先端部に刃物等の工具を固定した状態で高速回転し、加工台上に固定した被加工物に、切削等の加工を施す。前記主軸を回転自在に支持したヘッドは、この被加工物の加工の進行に伴って、所定方向に所定量だけ移動し、この被加工物を、所定の寸法及び形状に加工する。この様な加工作業時、前記ヘッドの移動速度を適正にする事が、加工能率を確保しつつ、前記工具の耐久性及び前記被加工物の品質を確保する為に必要である。前記移動速度が速過ぎると、前記工具に無理な力が加わり、この工具の耐久性が著しく損なわれるだけでなく、前記被加工物の表面性状が悪化したり、著しい場合にはこの被加工物に亀裂等の損傷が発生する。逆に、前記移動速度が遅過ぎると、前記被加工物の加工能率が徒に悪化する。
【0003】
前記ヘッドの移動速度の適正値は一定ではなく、工具の種類(大きさ)、被加工物の材質や形状により大きく変わる為、前記移動速度を一定としたまま、この移動速度を適正値に維持する事は難しい。この為、前記工具を固定した主軸に加わる荷重を測定する事により、前記移動速度を適正値に調節する事が、従来から知られている。即ち、工具により被加工物に切削等の加工を施す際には、加工抵抗により、この工具及びこの工具を固定した主軸に荷重が加わる。この加工抵抗、延いてはこの主軸に加わる荷重は、前記移動速度が速くなる程大きくなり、逆に、この移動速度が遅くなる程小さくなる。そこで、前記荷重が所定範囲に収まる様に、前記移動速度を調節すれば、この移動速度を適正範囲に収める事ができる。
【0004】
又、この移動速度等、他の条件を同じとした場合に前記荷重は、前記工具の切削性(切れ味)が劣化する程大きくなる。そこで、前記移動速度との関係で前記荷重の大小を観察すれば、前記工具が寿命に達した事を知る事ができて、寿命に達した不良工具で加工を継続する事による、歩留まりの悪化を防止できる。又、前記荷重を、前記移動速度等、他の加工条件と関連付けて継続的に観察する事により、最適な加工条件を見出して、省エネルギ化や工具の長寿命化に繋げる事もできる。更に、継続的観察により、工具破損等の事故発生時に、その原因を特定する事もできる。
【0005】
この様な目的で、工作機械の主軸等の回転軸に加わる荷重(切削抵抗)を測定する為の装置として従来から、例えば特許文献1に記載された構造のものが知られている。この特許文献1に記載された荷重測定装置は、水晶圧電式の荷重センサを複数個、荷重の作用方向に対して直列に配置し、これら各荷重センサの測定信号に基づいて、切削工具を支持固定した回転軸に加わる荷重(切削抵抗)を測定する様に構成している。この様な特許文献1に記載された荷重測定装置の場合、高価な水晶圧電式の荷重センサを使用する為、荷重測定装置全体としてのコストが嵩む事が避けられない。
【0006】
一方、特許文献2〜4には、水晶圧電式の荷重センサに比べて低コストで調達できる、磁気式の被検出リングとセンサとにより構成する、荷重測定装置付転がり軸受ユニットに関する発明が記載されている。例えば特許文献2の段落[0066]〜[0068]には、図8に示す様な被検出リング(トーンホイール或いはエンコーダ)1を使用して、この被検出リング1を同心に支持した回転部材の軸方向に関する変位量、延いてはこの回転部材に加わるアキシアル荷重を測定する技術が記載されている。後述する本発明の実施の形態の構造は、前記被検出リング1と同様の特性を有する被検出リングを使用して、工作機械の主軸の軸方向変位量、更に必要に応じてこの主軸に加わるアキシアル荷重を測定するものである。そこで、先ず、前記被検出リング1の形状、並びに、この被検出リング1を使用して、軸方向変位量及びアキシアル荷重を測定する原理に就いて説明する。
【0007】
前記被検出リング1は、鋼板等の磁性金属板を円筒状に形成して成るもので、それぞれが1対ずつの透孔2a、2bから成る、複数の被検出用特性変化組み合わせ部3、3を、周方向に関して等間隔に配置している。この様な各被検出用特性変化組み合わせ部3、3を構成する前記各透孔2a、2bの、前記被検出リング1の軸方向に対する傾斜方向は、互いに逆向きとしている。従って、前記各被検出用特性変化組み合わせ部3、3を構成する、それぞれ1対ずつの透孔2a、2bの周方向に関するピッチ(間隔)は、前記アキシアル荷重の測定方向に一致する、前記被検出面の幅方向に関して漸次変化している。この為、前記被検出リング1のうち、被検出面である外周面の磁気特性は、前記各透孔2a、2bの存在により、円周方向に関して変化している。又、この円周方向に関して前記磁気特性が変化するパターン(後述するパルス周期比δ/Lに対応する、円周方向に亙る特性変化状況)は、前記測定すべきアキシアル荷重の作用方向に関する位置である、前記被検出リング1の軸方向位置が異なると、互いに異なるものとなる。
【0008】
上述の様な被検出リング1は、工作機械の主軸の如き回転部材の一部に、この回転部材と同心に(この回転部材の回転中心と共通する回転中心を有する状態で)固定する。又、この回転部材に隣接する部分に設けられた静止部材の一部で前記被検出リング1の外周面に対向する部分にセンサを設けている。これら被検出リング1の外周面とセンサの検出部とは、微小隙間を介して近接対向させており、この被検出リング1の回転に伴って前記センサの出力信号が変化する様にしている。この為に、例えばこのセンサとして、ホール素子、磁気抵抗素子等の磁気検出素子と永久磁石とを組み合わせた、磁気検知式のものを使用する。
【0009】
前記回転部材と共に前記被検出リング1が回転すると、前記センサがこの被検出リングの外周面を走査する。この被検出面の磁気特性は、前述の様に、前記各透孔2a、2bの存在により円周方向に変化している為、前記被検出リング1の回転に伴って前記センサの出力信号が変化する。例えば、このセンサの検出部がこの被検出リング1の外周面のうち、図9の(A)の鎖線イ位置を走査すると、このセンサの出力信号が、この図9の(B)に示す様に変化する。この図9の(B)で、円周方向に隣り合う1対の透孔2a、2bに基づいて発生する1対のパルス間の周期を部分周期δ1とする。又、円周方向に隣り合う1対の被検出用特性変化組み合わせ部3、3のうちで、互いに対応する(傾斜方向が同じである)透孔2a、2a(又は2b、2b)に基づいて発生する1対のパルス間の周期を全周期L1とする。前記センサの検出部が前記鎖線イ位置を走査する場合には、前記部分周期δ1と前記全周期L1との比であるパルス周期比δ1/L1は、比較的小さな(0に近い)値となる。これに対して、前記センサの検出部が図9の(A)の鎖線ロ位置を走査すると、このセンサの出力信号が、この図9の(C)に示す様に変化する。そして、部分周期δ2と全周期L2との比(パルス周期比δ2/L2)は、比較的大きな(1に近い)値となる。以上の説明では、走査位置に伴ってパルス周期比の大小が変化する方向が、分子となる部分周期δとして、同じ被検出用特性変化組み合わせ部3を構成する1対の透孔2a、2bに関するパルス間の周期を採用した場合に就いて述べた。分子となる部分周期として、円周方向に隣り合う被検出用特性変化組み合わせ部3、3を構成し、互いに逆方向に傾斜した(円周方向に隣り合う)1対の透孔2a、2bに関するパルスの周期を採用した場合には、前記パルス周期比の大小が変位する方向が、上述した場合とは逆になる。
【0010】
何れにしても、前記センサの出力信号に関するパルス周期比δ/Lは、このセンサの検出部が走査する、前記被検出リング1の外周面の軸方向位置により変化する。そして、この軸方向位置は、被検出リングを固定した回転部材の軸方向変位により変化する。又、この回転部材が、予圧を付与された転がり軸受により回転自在に支持されていた場合、この回転部材の軸方向変位量は、この回転部材に加わるアキシアル荷重の大きさに応じて変化する。言い換えれば、この回転部材に加わるアキシアル荷重と、この回転部材の軸方向変位量との間には、反復・再現性のある相関関係が存在する。そして、この相関関係は、転がり軸受の分野で広く知られている弾性接触理論により計算で求められる他、実験によっても求められる。従って、前記センサの出力信号を処理する為の演算器に、前記相関関係を勘案した、前記アキシアル荷重を算出する為の式を組み込んだソフトウェアをインストールしておけば、前記演算器により、前記パルス周期比δ/Lに基づいて、前記回転部材に加わるアキシアル荷重を算出できる。
【0011】
例えば、前記回転部材を工作機械の主軸とし、外周面に図8〜9に示す様な被検出用特性変化組み合わせ部3、3を形成した被検出リング1を前記主軸に外嵌固定すると共に、工作機械のハウジング(主軸頭)にセンサを支持固定すれば、この主軸に加わるアキシアル荷重を測定可能になる。そして、この主軸の移動速度を適正範囲に収めたり、この主軸の先端部に支持した工具の寿命を判定したり、最適な加工条件を求めて省エネルギ化や工具の長寿命化に繋げたり、事故発生時にその原因を特定したりできる。
【0012】
ところで、上述の様にして、例えば主軸に加わるアキシアル荷重を測定する為の測定装置を構成した場合でも、信頼性の高い測定を行う場合には、前記センサの出力信号や、この出力信号を処理して軸方向変位を表す信号とした処理信号に、フィルタリング処理を施す必要がある。即ち、この出力信号中には、様々なノイズが混入する為、このノイズを除去してから前記演算器に送り込むか、或いは、この演算器による処理を施した処理信号中のノイズを除去しないと、このノイズに起因して、前記アキシアル荷重等の測定値に、無視できない程の誤差を生じる可能性がある。そこで、前記センサから前記演算器に前記出力信号を送る為の、又は、この演算器による処理を施した処理信号を送る為の信号伝達回路の途中に適宜のフィルタを設け、前記出力信号又はこの処理信号中に混入したノイズを除去する事が望ましい。この様な場合に使用できるフィルタとしては、ローパスフィルタ、バンドパスフィルタ、適応フィルタ等が、採用可能である。
【0013】
例えば、ローパスフィルタを使用する事により、前記被検出用特性変化組み合わせ部3、3を形成した被検出リング1の回転によっては出現しない様な高周波成分を、前記出力信号中より除去してから、前記演算器に送り込む。但し、ローパスフィルタは、カットオフ周波数により、検出可能な(通過して前記演算器又はこの演算器よりも後方に設けられる制御器に送り込まれる)出力信号の周波数レンジが変わるだけでなく、応答性も変わる。即ち、カットオフ周波数が低いローパスフィルタの場合には、比較的周波数の低いノイズまで除去できる為、ノイズがアキシアル荷重の測定結果に及ぼす悪影響を、解消乃至僅少に抑えて、信頼性の高い測定を行える代わりに、応答性が悪い。これに対して、カットオフ周波数が高いローパスフィルタの場合には、応答性が良好である代わりに、比較的周波数の低いノイズを通過させる為、ノイズがアキシアル荷重の測定値に悪影響を及ぼし易く、測定結果の信頼性確保が難しくなる。例えば、周波数が10Hzのノイズ成分が存在する場合に、カットオフ周波数が8〜9Hz程度である、カットオフ周波数が低いローパスフィルタを使用すれば、前記ノイズ成分を除去して、測定結果の信頼性確保を図れる。
【0014】
工作機械の主軸の回転速度は運転状況に伴って変化し、ノイズ成分の周波数に関してもそれに伴って変化する場合がある。この場合でもカットオフ周波数可変式のローパスフィルタを使用し、前記主軸の回転速度に応じてこのカットオフ周波数を変化させれば、通常の運転状態である限り、ノイズ成分を除去して、測定結果の信頼性確保を図れる。又、通常運転時には、測定結果に関して信頼性を確保する事が重要で、特に高い応答性を確保する必要はなく、ローパスフィルタの応答性が悪い事は、特に問題とはならない。以上の事から明らかな通り、主軸の移動速度を適正範囲に収めたり、工具の寿命を判定したり、省エネルギ化や工具の長寿命化に繋げたりする為には、前記ローパスフィルタとして、特に応答性の高いものを使用する必要はない。
【0015】
但し、非常時の対応を適切に行わせる為には、前記ローパスフィルタとして応答性が高いものを使用する必要がある。例えば、主軸の移動速度が速過ぎたり、主軸の移動方向が不正であったりした場合には、この主軸の先端部に支持固定した工具が被加工物に衝突する可能性がある。そして、衝突した場合には、前記主軸に、瞬間的に過大な荷重(ピーク荷重)が加わる。前記衝突により工作機械の各部が損傷するのを防止する為には、このピーク荷重を検出して、この衝突の直後に前記主軸を緊急停止させる必要がある。この様な場合には、前記ローパスフィルタの応答性が高い事が必要になる。更に、緊急停止が間に合わない等により工作機械が故障した場合には、この工作機械のユーザーからの要請により、同じくメーカーの技術者が対応する事になる。その際、主軸から工具が取り外されていた上、ユーザー側の作業者からメーカー側の技術者への状況説明が適切に行われないと、メーカー側の技術者が故障の原因を特定できず、適切な修理等を行えなくなる可能性がある。この様な場合にも、前記主軸に加わる荷重の情報がメモリに記録されていれば、メーカー側の技術者が故障の原因を特定して、適切な修理等を行い易くなる。この様な場合にも、前記メモリに前記ピーク荷重を記録する為には、前記ローパスフィルタの応答性が高い事が必要になる。以上の事から明らかな通り、工具が被加工物に衝突する様な、非常時の対応を適切に行わせる為には、前記ローパスフィルタとして応答性が高いものを使用する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2002−187048号公報
【特許文献2】特開2006−317420号公報
【特許文献3】特開2008−39155号公報
【特許文献4】特開2008−64731号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、例えば工作機械の主軸に加わるアキシアル荷重を測定するのに利用した場合に、通常運転時には測定値の信頼性を十分に確保でき、しかも、非常時には迅速且つ適切な対応を可能にできる回転部材用物理量測定装置を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の回転部材用物理量測定装置は、ハウジングと、回転部材と、被検出リングと、センサと、演算器とを備える。
このうちのハウジングは、例えば工作機械の主軸頭(ヘッド)等であり、回転しない。
又、前記回転部材は、例えば工作機械の主軸であり、それぞれが予圧を付与された複数の転がり軸受により前記ハウジングの内側に、回転自在に支持されている。
又、前記被検出リングは、前記回転部材の一部に支持固定されたもので、この回転部材と同心の被検出面を有する。
又、前記センサは、検出部をこの被検出面に対向させた状態で、前記ハウジングに支持されている。
更に、前記演算器は、前記センサの出力信号を処理するもので、この出力信号の位相に関する情報に基づいて、前記回転部材に関する物理量を求める機能を有する。
【0019】
特に、本発明の回転部材用物理量測定装置に於いては、前記演算器が前記出力信号を処理した処理信号を取り出す為の処理信号取り出し部分、又は、前記センサから前記演算器に前記出力信号を送る出力信号送信部分に、それぞれが前記処理信号又はこの出力信号を後方に送る機能を備えた複数の信号伝達回路を、互いに並列に設けている。又、これら各信号伝達回路に、これら各信号伝達回路中を送られる前記処理信号又は前記出力信号中に含まれるノイズを除去する為のフィルタを設けている。そして、これら各信号伝達回路中に設けた各フィルタの特性を、互いに異ならせている。
【0020】
上述の様な本発明の回転部材用物理量測定装置を実施する場合に好ましくは、請求項2に記載した発明の様に、前記処理信号又は前記出力信号に対応する物理量を、前記各信号伝達回路を送られるこの処理信号又はこの出力信号毎に、経過時間と関連付けて記録するメモリを備える。
【0021】
又、上述の様な本発明の回転部材用物理量測定装置を実施する場合に、具体的には、請求項3に記載した発明の様に、前記被検出リングの被検出面に複数の被検出用特性変化組み合わせ部を、周方向に関して等間隔に、それぞれ前記物理量の測定方向に一致する前記被検出面の幅方向に形成する。そして、前記各被検出用特性変化組み合わせ部は、この幅方向に対する傾斜方向が互いに異なる1対の特性変化部を、前記被検出リングの周方向に離隔した状態で設けたものとする。
又、前記センサは、前記各被検出用特性変化組み合わせ部を構成する前記各特性変化部が前記検出部が対向する部分を通過する瞬間に、出力信号を変化させるものとする。
更に、前記演算器は、円周方向に隣り合う1対の特性変化部に基づいて発生する1対のパルス間の周期である部分周期と、円周方向に隣り合う1対の被検出用特性変化組み合わせ部の対応する特性変化部に基づいて発生する、別の1対のパルス間の周期である全周期との比であるパルス周期比に基づいて、前記物理量を求める。
【0022】
又、本発明の回転部材用物理量測定装置を実施する場合に、具体的には、請求項4に記載した発明の様に、前記被検出面を、前記被検出リングの外周面とする。又、前記物理量を、前記回転部材の軸方向に加わるアキシアル荷重とする。
更には、請求項5に記載した発明の様に、前記各フィルタを、カットオフ周波数が互いに異なる、複数種類のローパスフィルタとする。
【発明の効果】
【0023】
上述の様に構成する本発明の回転部材用物理量測定装置によれば、例えば工作機械の主軸に加わるアキシアル荷重を測定するのに適用した場合に、通常運転時には測定値の信頼性を十分に確保でき、しかも、非常時には、迅速且つ適切な対応を行える。
例えば、各信号伝達回路に、カットオフ周波数が互いに異なるローパスフィルタを設置し、通常運転時にはカットオフ周波数が低いローパスフィルタを通過した処理信号又は出力信号に基づく測定値により回転部材の運転状態を制御すれば、この測定値に関する信頼性を確保しつつ、この回転部材を安定して運転できる。これに対して、カットオフ周波数が高いローパスフィルタを通過した処理信号又は出力信号に基づく測定値により前記回転部材の運転を制御したり、この測定値を記録しておけば、非常事態が発生した瞬間に、この回転部材の運転を迅速に停止したり、前記測定値を、故障の原因特定等に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の対象となる構造の1例を示す断面図。
【図2】図1のX部拡大図。
【図3】被検出リングを取り出して示す斜視図。
【図4】センサユニットを取り出して、先端のセンサ装着部を被覆していない状態(A)と被覆した状態(B)とで示す斜視図。
【図5】センサ部分を略示する模式図。
【図6】センサの出力信号を演算器に送る信号伝達回路部分を示す回路図。
【図7】センサの出力信号の波形と、この出力信号が第一のフィルタを通過した後の波形と、同じく第二のフィルタを通過した後の波形とを示す線図。
【図8】従来から知られている被検出リングの斜視図。
【図9】この被検出リングを利用してアキシアル荷重を測定できる理由を説明する為の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1〜6により、本発明の実施の形態の1例に就いて説明する。本例の構造は、工作機械の主軸4に加わるアキシアル荷重を測定する構造に本発明を適用した場合に就いて示している。この為に本例の構造では、工作機械のハウジング(主軸頭)5の内径側に前記主軸4を、多列転がり軸受ユニット6により回転自在に支持すると共に、電動モータ7により、前記主軸4を回転駆動自在としている。前記多列転がり軸受ユニット6を構成する複数個の転がり軸受8a〜8dのうち、先端寄りに配置した2個の転がり軸受8a、8bと、基端寄りに配置した2個の転がり軸受8c、8dとには、互いに逆向きの接触角を付与すると共に、これら各転がり軸受8a〜8dに、予圧を付与している。これにより、前記主軸4を前記ハウジング5に対して、ラジアル荷重及び両方向のアキシアル荷重を支承する状態で、がたつきなく、回転自在に支持している。前記工作機械の運転時には、前記主軸4の先端部(図1の左端部)に固定した工具(図示省略)を、高速で回転しつつ被加工物に押し付け、この被加工物に、切削等の加工を施す。この様にして加工を施す際に、前記主軸4には、この被加工物に前記工具を押し付ける事の反作用として、各方向の荷重が加わる。図1に示した本例の構造では、このうち、前記主軸4の軸方向に一致する、前記アキシアル荷重に基づく、この主軸4の軸方向の変位量(更に必要に応じてこのアキシアル荷重)を求められる様にしている。
【0026】
この為に本例の構造の場合には、前記主軸4の中間部先端寄り部分で、前記多列転がり軸受ユニット6を構成する転がり軸受8b、8c同士の間に、図3に示す様な被検出リング1aを外嵌固定すると共に、前記ハウジング5に、図2、4に示す様なセンサユニット9を支持固定している。このうちの被検出リング1aは、内輪間座を兼ねるもので、鋼等の磁性金属により造り、全体を円筒状としている。そして、被検出面である前記被検出リング1aの外周面に、複数の被検出用特性変化組み合わせ部3a、3aを、周方向に関して等間隔に形成している。これら各被検出用特性変化組み合わせ部3a、3aは、前記被検出リング1aの軸方向に対する傾斜方向が互いに異なる1対の特性変化部である、それぞれが直線状の凹溝13a、13bを、前記被検出リング1aの周方向に離隔した状態で設けている。又、この様な凹溝13a、13bを形成した、この被検出リング1aの外周面に、前記センサユニット9の検出部を近接対向させている。そして、このセンサユニット9の出力信号中に含まれる、パルスの間隔(パルス周期)に関する情報に基づいて、前記主軸4の軸方向に関する変位量を求め、更に必要に応じて、この主軸4に作用するアキシアル荷重を求める様にしている。
【0027】
本例の回転部材用物理量測定装置の場合には、コスト低減及び小型化の面から、単一のセンサ10の出力信号のパルス周期比δ/L(部分周期/全周期)により、前記被検出リング1a(を固定した前記主軸4)に関する物理量(軸方向に関する変位量とアキシアル荷重との一方又は双方)を求める様にしている。この為に使用する前記センサ10は、前記被検出リング1aの外周面に存在する、前記各凹溝13a、13bの存在に基づいて出力信号が変化するもので、ホールIC、磁気抵抗素子等の磁気検出素子である。又、前記センサ10の背面(前記被検出リング1aの外周面と対向する検出部と反対側の面)に、永久磁石11を配置し、これらセンサ10と永久磁石11とを、合成樹脂製のホルダ12の先端部に包埋保持している。この永久磁石11の着磁方向は、前記センサ10が前記被検出リング1aの被検出面に対向している方向とする。以上の構成を採用している為、これらセンサ10と被検出リング1aとの、この被検出リング1aの軸方向に関する相対変位に伴って、前記パルス周期比δ/Lがずれる。このパルス周期比δ/Lに基づいて、前記主軸4に加わるアキシアル荷重を求める原理に就いては、前述の図8〜9で説明した通りである。即ち、前記センサの出力信号を演算器14(図6参照)に送る。すると、この演算器14が、予めインストールされたソフトウェア中の式により、前記パルス周期比δ/Lに基づいて、前記主軸4の軸方向に関する変位量を求め、更に、必要に応じて、この主軸4に加わるアキシアル荷重を求める。
【0028】
特に、本例の回転部材用物理量測定装置の場合には、図6に示す様に、前記演算器14が前記出力信号を処理した処理信号を取り出す為の処理信号取り出し部分に、1対の信号伝達回路15a、15bを、互いに並列に設けている。これら両信号伝達回路15a、15bは、それぞれが前記処理信号を、前記工作機械の制御器に向けて後方に送る機能を備えている。即ち、本例の場合には、前記演算器14が前記センサ10からの出力信号に基づいて、前記被検出リング1aの、軸方向に関する変位量を算出し、この変位量を表す処理信号を、前記工作機械の制御器に送る様にしている。この処理信号が表す、前記被検出リング1aの軸方向に関する変位量と、前記主軸4に加わるアキシアル荷重との間には相関関係があるので、前記制御器は、この変位量に基づいて直接、或は、この変位量を前記アキシアル荷重に換算してから、前記主軸4の送り速度を調節したり、事故発生時には、この主軸4を緊急停止させる。
【0029】
又、前記両信号伝達回路15a、15bの途中に、それぞれローパスフィルタ16a、16bを設けている。これら両ローパスフィルタ16a、16bは、何れも、前記処理信号のうち、設定値(カットオフ周波数)よりも低い周波数成分のみを前記制御器に向けて送り出す(前記処理信号中から、設定値以上の周波数成分を除去する)ものであるが、カットオフ周波数が互いに異なる。即ち、一方のローパスフィルタ16aのカットオフ周波数は比較的低い(例えば5Hz程度である)のに対して、他方のローパスフィルタ16bのカットオフ周波数は比較的高い(例えば20Hz程度である)。
【0030】
上述の様に、カットオフ周波数が互いに異なるローパスフィルタ16a、16bを設けた、前記両信号伝達回路15a、15bを送られる処理信号のうち、カットオフ周波数が低いローパスフィルタ16aを設けた信号伝達回路15aを送られる第一の処理信号は、例えば前記工作機械の主軸4の送り速度を制御したり、この主軸4の先端部に固定した工具の寿命を判定する為に利用する。これに対して、カットオフ周波数が高いローパスフィルタ16bを設けた信号伝達回路15bを送られる第二の処理信号は、例えば、前記工作機械の運転時の事故の有無を見張る為に利用する。この為に、この第二の処理信号を(好ましくは前記第一の処理信号と合わせて)、前記工作機械の制御器に付属させたメモリに、経過時間(運転時刻)と関連付けて記録する。
【0031】
上述の様に構成する本例の構造によれば、工作機械の主軸4に加わるアキシアル荷重に基づく軸方向変位を測定する事に関して、通常運転時には測定値の信頼性を十分に確保でき、しかも、非常時には、迅速且つ適切な対応を行える。先ず、前記軸方向変位の測定値の信頼性確保に関しては、通常運転時に、前記カットオフ周波数が低いローパスフィルタ16aを通過した第一の処理信号に基づいて前記軸方向変位を算出する事により、実現できる。この点に就いて、前記主軸4に、図7の実線αで示す様な軸方向変位が生じた場合に就いて説明する。尚、図7の実線αは、厳密には前記主軸4の実際の軸方向変位そのものを示すものではなく、この実際の軸方向変位を、本例の物理量測定装置とは異なる、高精度ではあるが高価な別のセンサ(小野測器社製/接触式変位計/GS−7710A)により測定した結果を示している。この測定結果には、不可避な誤差が含まれてはいるものの、その誤差の程度は非常に小さい。この為、以下の説明では、前記実線αを、前記主軸4の実際の軸方向変位を示す信号として取り扱う事にする。この主軸4に、この実線αで示す様な軸方向変位が生じた場合に、前記センサ10の出力信号に基づいて前記演算器14が算出した、前記主軸4の軸方向変位を表す信号(図7には図示せず)中に、許容範囲を超える様な大きなノイズが混入している場合には、その信号をそのまま前記主軸4の送り量等の制御に利用しても、適切な制御を行えない。但し、この様な場合でも、前記第一の処理信号は、図7の破線βに示す様に平滑化されたものとなり、混入していたノイズがほぼ除去されたものとなる。従って、前記第一の処理信号を前記主軸4の送り量等の制御に利用すれば、適切な制御を行える。
【0032】
但し、図7の実線αと破線βとの立ち上がり部(横軸で24秒の近傍部分)を比較すれば分かる様に、前記カットオフ周波数が低いローパスフィルタ16aを通過した、前記第一の処理信号は、実際の軸方向変位を示す信号に対する応答遅れが大きくなる(レスポンスが悪い)。この為、この第一の処理信号によっては、非常時に迅速且つ適切な対応を行う事は難しい。即ち、前記主軸4の先端部に設けた工具が被加工物に勢い良く衝突する等によりこの主軸4に衝撃荷重が加わる様な事故が発生すると、この主軸4の軸方向位置が、前記立ち上がり部で表される様に、急激に変化する。故障時にこの主軸4を緊急停止させたり、或いは、修理作業の際に事故の原因を特定したりする為には、前記立ち上がり部で表される急激な変化を検出する必要がある。ところが、この立ち上がり部で前記実線αと前記破線βとのずれが大きくなっている事から分かる様に、前記第一の処理信号では、前記事故の際に適切な対応が難しい場合が考えられる。
【0033】
そこで、本例の構造の場合には、前記第二の処理信号に基づいて、前記事故の際の対応を行う様にしている。カットオフ周波数が高い前記ローパスフィルタ16bを設けた信号伝達回路15bを送られる、前記第二の処理信号は、図7の鎖線γで示す様に変化する。この図7の実線αと鎖線γとの立ち上がり部を比較すれば分かる様に、前記カットオフ周波数が高いローパスフィルタ16bを通過した、前記第二の処理信号は、前記第一の処理信号(破線β)に比べてノイズの除去量が少なくなってはいるものの、ノイズのレベルは許容範囲内に収められており、しかも実際の軸方向変位を示す信号に対する応答遅れが小さい(レスポンスが良い)。この為、この第二の処理信号によって、非常時に、緊急停止等の、迅速且つ適切な対応を行う事が可能になる。又、この第二の処理信号を、前記制御器に付属したメモリに記録しておけば、修理作業の際に事故の原因を特定する事が容易になる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
図示の例では、互いにカットオフ周波数が異なる1対のローパスフィルタを、演算器と、工作機械の制御器との間に設けている。これに対して、ローパスフィルタ等の、それぞれが信号中に含まれるノイズを除去する為のフィルタを、センサと演算器との間に設ける事もできる。勿論、この場合には、センサと演算器との間に、それぞれがこのセンサの出力信号を演算器に送り込む為の、複数の信号伝達回路を、互いに並列に設ける。更に、各信号伝達回路の途中に設けるフィルタとしては、ローパスフィルタに限らず、バンドパスフィルタ、適応フィルタ等、ノイズ除去用の各種フィルタを採用できる。又、その出力信号或は処理信号がフィルタリングの対象となるセンサ、及び、このセンサの検出部をその被検出面に対向させる被検出リングは、図示の様な構造のものに限らず、前述の特許文献2〜4に記載された様な、各種構造のものを採用できる。更には、測定の対象となる変位や荷重に関しても、軸方向変位やアキシアル荷重に限らず、径方向変位やラジアル荷動とする事もできる。この場合には、被検出リングの被検出面を、軸方向側面とする。
【符号の説明】
【0035】
1、1a 被検出リング
2a、2b 透孔
3、3a 被検出用特性変化組み合わせ部
4 主軸
5 ハウジング
6 多列転がり軸受ユニット
7 電動モータ
8a、8b、8c、8d 転がり軸受
9 センサユニット
10 センサ
11 永久磁石
12 ホルダ
13a、13b 凹溝
14 演算器
15a、15b 信号伝達回路
16a、16b ローパスフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転しないハウジングと、それぞれが予圧を付与された複数の転がり軸受により、このハウジングの内側に回転自在に支持された回転部材と、この回転部材の一部に支持固定された、この回転部材と同心の被検出面を有する被検出リングと、検出部をこの被検出面に対向させた状態で前記ハウジングに支持されたセンサと、このセンサの出力信号を処理する演算器とを備え、この演算器は、この出力信号の位相に関する情報に基づいて、前記回転部材に関する物理量を求める機能を有するものである回転部材用物理量測定装置に於いて、
前記演算器が前記出力信号を処理した処理信号を取り出す為の処理信号取り出し部分、又は、前記センサから前記演算器に前記出力信号を送る出力信号送信部分に、それぞれが前記処理信号又はこの出力信号を後方に送る機能を備えた複数の信号伝達回路を、互いに並列に設けると共に、これら各信号伝達回路に、これら各信号伝達回路中を送られる前記処理信号又は前記出力信号中に含まれるノイズを除去する為のフィルタを設けており、これら各信号伝達回路中に設けた各フィルタの特性を互いに異ならせている事を特徴とする回転部材用物理量測定装置。
【請求項2】
前記処理信号又は前記出力信号に対応する物理量を、前記各信号伝達回路を送られるこの処理信号又はこの出力信号毎に、経過時間と関連付けて記録するメモリを備える、請求項1に記載した回転部材用物理量測定装置。
【請求項3】
前記被検出リングの被検出面は、複数の被検出用特性変化組み合わせ部を、周方向に関して等間隔に、それぞれ前記物理量の測定方向に一致する前記被検出面の幅方向に形成しており、前記各被検出用特性変化組み合わせ部は、この幅方向に対する傾斜方向が互いに異なる1対の特性変化部を、前記被検出リングの周方向に離隔した状態で設けたものであり、
前記センサは、前記各被検出用特性変化組み合わせ部を構成する前記各特性変化部が前記検出部が対向する部分を通過する瞬間に出力信号を変化させるものであり、
前記演算器は、円周方向に隣り合う1対の特性変化部に基づいて発生する1対のパルス間の周期である部分周期と、円周方向に隣り合う1対の被検出用特性変化組み合わせ部の対応する特性変化部に基づいて発生する、別の1対のパルス間の周期である全周期との比であるパルス周期比に基づいて、前記物理量を求めるものである、請求項1〜2のうちの何れか1項に記載した回転部材用物理量測定装置。
【請求項4】
前記被検出面が、前記被検出リングの外周面であり、前記物理量が、前記回転部材の軸方向に加わるアキシアル荷重である、請求項1〜3のうちの何れか1項に記載した回転部材用物理量測定装置。
【請求項5】
前記各フィルタが、カットオフ周波数が互いに異なる、複数種類のローパスフィルタである、請求項1〜4のうちの何れか1項に記載した回転部材用物理量測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−78227(P2012−78227A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−224219(P2010−224219)
【出願日】平成22年10月1日(2010.10.1)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】