圧電薄膜素子及び圧電薄膜デバイス
【課題】リーク電流が少なく、且つ駆動による圧電定数の劣化が少ない圧電薄膜素子及び圧電薄膜デバイスを提供する。
【解決手段】基板1上に、下部電極2と、組成式(K1−xNax)NbO3で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜3と、上部電極4とを有する圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜3の組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲であり、X線回折測定での(001)面のロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲である。
【解決手段】基板1上に、下部電極2と、組成式(K1−xNax)NbO3で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜3と、上部電極4とを有する圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜3の組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲であり、X線回折測定での(001)面のロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を用いた圧電薄膜素子及び圧電薄膜デバイスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧電体は種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工され、特に圧電素子に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや、逆に圧電素子の変形により発生する電圧を検知するセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、優れた圧電特性を有する鉛系材料の誘電体、特に組成式:Pb(Zr1−xTix)O3で表されるPZT系のペロブスカイト型強誘電体がこれまで広く用いられており、通常個々の元素からなる酸化物を焼結することにより形成されている。現在、各種電子部品の小型化、高性能化が進むにつれ、圧電素子においても小型化、高性能化が強く求められるようになった。
【0003】
しかしながら、従来からの製法である焼結法を中心とした製造方法により作製した圧電材料は、その厚みを薄くするにつれ、特に厚みが10μm程度の厚さに近づくにつれて、材料を構成する結晶粒の大きさに近づき、その影響が無視できなくなる。そのため、特性のばらつきや劣化が顕著になるといった問題が発生し、それを回避するために、焼結法に変わる薄膜技術等を応用した圧電体の形成法が近年研究されるようになってきた。最近、シリコン基板上にスパッタリング法で形成したPZT薄膜が、高速高精細のインクジェットプリンタヘッド用アクチュエータの圧電薄膜として実用化されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
一方、PZTから成る圧電焼結体や圧電薄膜は、鉛を60〜70重量%程度含有しているので、生態学的見地および公害防止の面から好ましくない。そこで、環境への配慮から鉛を含有しない圧電体の開発が望まれている。現在、様々な非鉛圧電材料が研究されているが、その中に、組成式:(K1−xNax)NbO3(0<x<1)で表されるニオブ酸カリウムナトリウム(以降、「KNN」とも記す)がある。このKNNは、ペロブスカイト構造を有する材料であり、非鉛の材料としては良好な高い圧電特性を示すため、非鉛圧電材料の有力な候補として期待されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−286953号公報
【特許文献2】特開2007−19302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、高い圧電定数を有する従来のKNN薄膜にあっては、しばしば、KNN薄膜の上下に配置される上部電極と下部電極との間にリーク電流が流れてしまう、つまり、KNN薄膜の絶縁性が維持できないという問題が起こる。圧電薄膜を適用する素子の種類や仕様によるが、一般的なアクチュエータに適用する場合、上下電極間に50kV/cmの電界を印加した際のリーク電流が1.0×10−7A/cm2以下である必要がある
と言われている。また、圧電薄膜を用いてアクチュエータを作製した時、多数回の圧電動作によって徐々に圧電定数が低下するという問題もある。これも適用する素子や仕様によるが、一般的に、初期の圧電定数を基準とした時、1億回駆動した後の圧電定数の値の劣化率が10%未満である必要があると言われている。
【0007】
本発明は、リーク電流が少なく、且つ駆動による圧電定数の劣化が少ない圧電薄膜素子及び圧電薄膜素子を用いた圧電薄膜デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は次のように構成されている。
本発明の第1の態様は、基板上に、組成式(K1−xNax)NbO3で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を有する圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜の組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲であり、X線回折測定での(001)面のロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲である圧電薄膜素子である。
【0009】
本発明の第2の態様は、第1の態様の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、擬立方晶である。
【0010】
本発明の第3の態様は、第1の態様の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向している。
【0011】
本発明の第4の態様は、第1〜第3の態様のいずれかの圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、(K+Na)/Nb組成比が0.7以
上0.94以下である。
【0012】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれかの圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜の前記基板側に下部電極を有し、前記圧電薄膜の前記基板とは反対側に上部電極を有する。
【0013】
本発明の第6の態様は、第5の態様の圧電薄膜素子において、前記下部電極は、白金からなり、かつ(111)面方位に優先配向している。
【0014】
本発明の第7の態様は、第5または第6の態様の圧電薄膜素子と、前記圧電薄膜素子の前記下部電極と前記上部電極の間に接続された電圧印加手段または電圧検出手段とを備えた圧電薄膜デバイスである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、リーク電流が少なく且つ駆動による圧電定数の劣化が少ない圧電薄膜素子及び圧電薄膜デバイスが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る圧電薄膜素子の一実施形態の構造を示す断面図である。
【図2】本発明に係る圧電薄膜素子の他の実施形態の構造を示す断面図である。
【図3】本発明に係る圧電薄膜デバイスの一実施形態を示す概略構成図である。
【図4】KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブの半値幅と、KNN薄膜の結晶粒の状態およびKNN薄膜の特性との関係を説明するための図である。
【図5】実施例の圧電薄膜素子のX線回折パターン(2θ/θスキャン)であって、(a)は実施例4のX線回折パターン、(b)は実施例14のX線回折パターンを示す図である。
【図6】比較例の圧電薄膜素子のX線回折パターン(2θ/θスキャン)であって、(a)は比較例6のX線回折パターン、(b)は比較例12のX線回折パターンを示す図である。
【図7】実施例の圧電薄膜素子のX線回折測定によるKNN(001)面のロッキングカーブ(ωスキャン)であって、(a)は実施例7のKNN(001)面ロッキングカーブ、(b)は実施例11のKNN(001)面ロッキングカーブを示す図である。
【図8】比較例の圧電薄膜素子のX線回折測定によるKNN(001)面のロッキングカーブ(ωスキャン)であって、(a)は比較例6のKNN(001)面ロッキングカーブ、(b)は比較例11のKNN(001)面ロッキングカーブを示す図である。
【図9】実施例および比較例の圧電薄膜素子を用いて作製したアクチュエータの構成および圧電特性評価方法を説明する概略構成図である。
【図10】KNN(001)面ロッキングカーブの半値幅と50kV/cm電界印加時のリーク電流との関係を示すグラフである。
【図11】KNN(001)面ロッキングカーブの半値幅と1億回駆動後の劣化率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明に係る圧電薄膜素子及び圧電薄膜デバイスの実施形態を説明する。
【0018】
[一実施形態の圧電薄膜素子]
図1は、本発明の一実施形態に係る圧電薄膜素子の構造を示す断面図である。
圧電薄膜素子は、図1に示すように、基板1上に、下部電極2と、組成式(K1−xNax)NbO3(以下、「KNN」と略称する)で表されるアルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト構造を有する圧電薄膜3と、上部電極4とが順次形成されている。
【0019】
基板1は、Si(シリコン)基板、Si基板表面に酸化膜を有する表面酸化膜付きSi基板、或いはSOI(Silicon On Insulator)基板を用いるのが好ましい。Si基板には、例えば、Si基板表面が(100)面方位の(100)面Si基板が用いられたりするが、(100)面とは異なる面方位のSi基板でも勿論よい。また、基板1には、石英ガラス基板、GaAs基板、サファイア基板、ステンレスなどの金属基板、MgO基板、SrTiO3基板などを用いてもよい。
【0020】
下部電極2は、Pt(白金)からなり、かつPt膜が(111)面方位に優先配向しているPt電極が好ましい。基板1上に形成したPt膜は、自己配向性のために(111)面方位に配向しやすい。また、(111)面方位に自己配向したPt膜は、柱状構造の多結晶となるため、Pt膜上に形成される圧電薄膜3も、Pt膜の結晶構造を引き継いで、柱状構造の多結晶の薄膜となる。下部電極2の材料は、Pt以外に、Ptを含む合金、Au(金)、Ru(ルテニウム)、Ir(イリジウム)、またはSrRuO3、LaNiO3などの金属酸化物を用いてもよい。下部電極2は、スパッタリング法、蒸着法などを用いて形成する。なお、基板1と下部電極2との間に、下部電極2の密着性を高めるために、密着層を設けてもよい。
【0021】
圧電薄膜3は、Na/(K+Na)比率である組成比xが、0.4≦x≦0.7の範囲にあり、X線回折測定でのKNN(001)面のロッキングカーブ(ωスキャン)の半値幅(半値全幅;FWHM(Full Width at Half Maximum))が0.5°以上2.5°以下の範囲にある。更に、圧電薄膜3は、擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向しているのがより好ましい。また、圧電薄膜3は、膜厚1μm以上10μm以下、KNN薄膜を構成する結晶粒の平均粒径0.05μm以上1.0μm以下とするのが好ましい。KNN薄膜である圧電薄膜3の形成方法には、スパッタリング法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、PLD(Pulsed Laser Deposition)法、ゾルゲル法などが挙げられる。
【0022】
上部電極4は、下部電極2と同様に、Pt、Auなどをスパッタリング法、蒸着法、メッキ法、金属ペースト法などを用いて形成すればよい。上部電極4の材料は特に限定され
ない。
【0023】
(K1−xNax)NbO3圧電薄膜3の組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲にあり、圧電薄膜3が擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向している上記構造の圧電薄膜素子を多数試作して特性を評価した。その結果、上部電極4と下部電極2との間のリーク電流の大きさ及び圧電薄膜素子を多数回駆動した後の圧電定数の劣化率が、KNN薄膜のX線回折測定での(001)面ロッキングカーブ(ωスキャン)の半値幅と密接な関係があることが分かった。
【0024】
具体的には、X線回折測定でのKNN(001)面のロッキングカーブの半値幅が0.
5°より小さい時にリーク電流が大きくなり、上記半値幅が2.5°より大きい時に駆動
後の圧電定数の劣化率が大きくなることが分かった。このことから、KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲の時に、リーク電流が小さく、しかも駆動後の圧電定数の劣化率も小さい圧電薄膜素子が実現できることが分かった。
【0025】
次に、X線回折測定でのKNN(001)面のロッキングカーブの半値幅の値によって、圧電薄膜素子のリーク電流、駆動後の圧電定数の劣化率が変化する理由を説明する。
【0026】
図4に、KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブの半値幅と、KNN薄膜の結晶状態との関係を示す。組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲にあり、結晶構造が擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向しているKNN薄膜は、図4に示すような、ペロブスカイト構造を有する主に柱状の結晶粒から構成される多結晶となっている。ここで、柱状の結晶粒とは、図4(a)に示すように、(001)面に垂直な向き(図中、矢印で示す)に、細長く成長した縦長の単結晶のことである。
【0027】
KNN(001)面ロッキングカーブの半値幅が小さい多結晶では、図4(b)に示すように、柱状の各結晶粒の方向が揃っている状態にある。この状態では、隣接する結晶粒と結晶粒との境界(結晶粒界)が揃っていて、電流リークが起こりやすくなる。また、圧電動作は(001)面に垂直な方向に結晶粒が伸縮することでなされるが、柱状の結晶粒の方向が揃っている状態では、圧電動作は全ての結晶粒が同じように伸縮するので無理な負荷がかからず、多数回駆動後の圧電定数の劣化が少なく長寿命となる。
【0028】
KNN(001)面ロッキングカーブの半値幅が大きい多結晶では、図4(c)に示すように、柱状の各結晶粒の方向がばらついている状態にある。この状態では、隣接する結晶粒と結晶粒との境界は乱れていて、電流リークは起こり難くなる。また、柱状の結晶粒の方向がばらついている状態では、圧電動作は結晶粒が微妙に違った方向に伸縮するので、局所的に無理な負荷がかかり、多数回駆動後の圧電定数の劣化が多くなり寿命が短くなる。
以上の理由から、KNN(001)面のロッキングカーブの半値幅を0.5°以上2.5°以下の範囲にすることで、高い圧電定数を有するKNN薄膜において、リーク電流と圧電動作後の圧電定数の低下との両方の問題を改善することができる。
【0029】
我々が主に検討・試作している、基板1を加熱した状態で行うRFマグネトロンスパッタ法による成膜方法では、KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブ半値幅は、ターゲット表面の磁場の強さ(具体的には、ターゲットとターゲット下に設置されたマグネットとの距離)や、Ptの下部電極2の(111)面の配向具合に強く影響されることが分かっている。
我々が使用しているスパッタ装置では、ターゲット表面磁場を弱くすることで(001)面ロッキングカーブの半値幅は小さくなる傾向がある。また、Ptの下部電極2の(1
11)配向が強くなると(001)面ロッキングカーブの半値幅は小さくなる傾向がある。本発明に規定するKNN(001)面ロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲は、ターゲット表面磁場の強度(ターゲットとターゲット下に設置されたマグネットとの距離)を制御・調整することで実現できる。マグネットには、サマリウムコバルト(Sm2Co17)を用いた。また、Ptの下部電極2の(111)面の配向状況を変えることによっても実現できる。Pt下部電極となるPt薄膜を(111)面方位に高配向にするには、Pt薄膜のスパッタ成膜温度を高くすること、Pt薄膜のスパッタ成膜時のO2分圧を小さくすること(O2分圧0.1%以下)、Pt薄膜の下のTi密着層を
設ける場合にはTi密着層の厚さを薄くすること、などで実現される。
【0030】
[他の実施形態の圧電薄膜素子]
図2に、本発明の他の実施形態に係る圧電薄膜素子の断面構造を示す。この圧電薄膜素子は、図1に示す上記実施形態の圧電薄膜素子と同様に、基板1上に、下部電極2、圧電薄膜3、上部電極4を有すると共に、図2に示すように、基板1は、その表面に酸化膜5が形成された表面酸化膜付き基板であり、酸化膜5と下部電極2との間には、下部電極2の密着性を高めるための密着層6が設けられている。
酸化膜付きの基板1は、例えば、酸化膜付きSi基板であり、酸化膜付きSi基板では、酸化膜5は、熱酸化により形成されるSiO2膜、CVD法により形成されるSi酸化膜がある。また、密着層6には、Ti、Taなどが用いられ、スパッタリング法などで形成される。
【0031】
なお、上記実施形態で述べた圧電薄膜素子の圧電薄膜3は、0.4≦x≦0.7、(001)面ロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲にある単層のKNN薄膜であったが、圧電薄膜3には、上記範囲内にあるKNN薄膜が複数層あっても、或いは上記範囲内にあるKNN薄膜以外に、例えば、上記範囲内にないKNN薄膜などのペロブスカイト構造を有する薄膜が設けられていてもよい。また、KNNの圧電薄膜3に、K、Na、Nb、O以外の元素、例えば、Li、Ta、Sb、Ca、Cu、Ba、Ti等を5原子数%以下で添加してもよく、この場合にも、同様の効果が得られる。
【0032】
また、KNN圧電薄膜の(K+Na)/Nb組成比を、0.7以上0.94以下となるように成膜することで、良好な特性を得ることができる。
通常、(K+Na)/Nb=1であるストイキオメトリー組成、或いはストイキオメトリー組成に近い組成を有するKNN膜が作製されるが、今回、意図的にストイキオメトリー組成のKNN膜に比べて、KやNaが少ないKNN膜を作製してみたところ、ストイキオメトリー組成付近のKNN膜と比べて圧電定数が大きくなることを見出した。圧電定数が向上するメカニズムの詳細は明らかではないが、(K+Na)/Nb組成比を1よりも小さくすることで、結晶として理想的なストイキオメトリー組成のKNN膜に対して適度の不安定要因が導入されることとなり、電界による結晶格子伸縮(圧電動作)が起こりやすくなったと推測される。(K+Na)/Nb組成比が0.7以上0.94以下のKNN薄膜は、ペロブスカイト型の擬立方晶構造を有し、(001)面方位に優先配向していた。なお、(K+Na)/Nb組成比が0.7よりも小さくなると、KNN膜の絶縁性が著し
く劣化し、リーク電流が桁違いに増大してしまうため、圧電薄膜素子としての利用は困難であることも分かった。
(K+Na)/Nb組成比が0.7以上0.94以下のKNN薄膜を作製する方法としては、ストイキオメトリー組成と比べてKやNaが少ない、すなわち(K+Na)/Nbが1よりも小さいターゲットを用いてスパッタリングする方法がある。また、(K+Na)/Nb=1付近のターゲットを用いた場合でも、スパッタ成膜の際の基板温度を一般的に用いられる温度よりも高めの温度(例えば700℃以上)にすることでも作製できる。
【0033】
[圧電薄膜素子を用いた圧電薄膜デバイス]
図3に、本発明に係る圧電薄膜デバイスの一実施形態の概略的な構成図を示す。圧電薄膜デバイスは、図3に示すように、所定の形状に成形された圧電薄膜素子10の下部電極2と上部電極4の間に、少なくとも電圧検出手段または電圧印加手段11が接続されている。
下部電極2と上部電極4の間に、電圧検出手段11を接続することで、圧電薄膜デバイスとしてのセンサが得られる。このセンサの圧電薄膜素子10が何らかの物理量の変化に伴って変形すると、その変形によって電圧が発生するので、この電圧を電圧検出手段11で検出することで各種物理量を測定することができる。センサとしては、例えば、ジャイロセンサ、超音波センサ、圧カセンサ、速度・加速度センサなどが挙げられる。
また、圧電薄膜素子10の下部電極2と上部電極4の間に、電圧印加手段11を接続することで、圧電薄膜デバイスとしてのアクチュエータが得られる。このアクチュエータの圧電薄膜素子10に電圧を印加して、圧電薄膜素子10を変形することによって各種部材を作動させることができる。アクチュエータは、例えば、インクジェットプリンタ、スキャナー、超音波発生装置などに用いることができる。
なお、本発明の圧電薄膜素子は、表面弾性波デバイスなどにも適用することができる。
【実施例】
【0034】
次に、本発明の具体的な実施例を説明する。
以下に述べる実施例1〜20および比較例1〜14の圧電薄膜素子は、上記図2に示す実施形態と同様の断面構造を有し、熱酸化膜(5)を有するSi基板(1)上に、Ti密着層(6)と、Pt下部電極(2)と、KNN圧電薄膜(3)と、Pt上部電極(4)とが積層されている。
【0035】
[KNN薄膜の成膜]
実施例および比較例におけるKNN圧電薄膜の成膜方法を説明する。基板には熱酸化膜付きSi基板((100)面方位、厚さ0.525mm、熱酸化膜の厚さ200nm、サ
イズ20mm×20mm)を用いた。まず、基板上にRFマグネトロンスパッタリング法で、Ti密着層(膜厚2nm)、Pt下部電極((111)面優先配向、膜厚200nm)を形成した。Ti密着層とPt下部電極は、基板温度100〜350℃、放電パワー200W、導入ガスAr、Ar雰囲気の圧力2.5Pa、成膜時間は、Ti密着層では1〜
3分、Pt下部電極では10分の条件で成膜した。
続いて、Pt下部電極の上に、RFマグネトロンスパッタリング法で(K1−xNax)NbO3薄膜を3μm形成した。(K1−xNax)NbO3圧電薄膜は、Na/(K+Na)=0.425〜0.730の(K1−xNax)NbO3焼結体をターゲットに用い、基板温度700℃、放電パワー100W、導入ガスAr、Ar雰囲気の圧力1.3P
aの条件で成膜した。KNN膜のスパッタ成膜時間は膜厚がほぼ3μmになるように調整して行った。KNN薄膜のKNN(001)ロッキングカーブの半値幅は、ターゲットの下にあるマグネットとターゲットの距離を15mm〜35mmの範囲で変更することで制御した。
【0036】
表1に、実施例1〜20および比較例1〜14における、KNN薄膜の組成比x(EDX(エネルギー分散型X線分光分析)によるK、Naの原子数%の測定値から算出)、マグネット表面とターゲット表面との距離(mm)、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅(°)、圧電定数d31(−pm/V)、KNN薄膜に50kV/cmの電界印加時のリーク電流(×10−7A/cm2)、1億回駆動後の圧電定数d31の劣化率(%)の一覧を示す。
【0037】
【表1】
【0038】
実施例のより具体的な製造条件の一例として、実施例12の場合の製造条件を次に記載する。
Si基板:(100)面、厚さ0.525mm、サイズ20×20mm、熱酸化膜20
0nm
Ti密着層:2nm
Pt下部電極:200nm、(111)配向
Ti密着層およびPt下部電極の成膜条件:基板温度150℃、放電パワー200W、Ar100%雰囲気、Ar圧力2.5Pa
KNN圧電薄膜:3μm、(001)配向、Na/(K+Na)=0.619、(K+
Na)/Nb=0.880
KNN圧電薄膜の成膜条件:ターゲット組成 Na/(K+Na)=0.650、(K
+Na)/Nb=1.000、基板温度700℃、放電パワーl00W、Ar100%雰
囲気、Ar圧力1.3Pa、マグネット−ターゲット間距離27.5mm、ターゲット−基板間距離100mm、サマリウムコバルトマグネット使用
【0039】
[KNN薄膜のX線回折測定(2θ/θスキャン)]
上記により形成した実施例1〜20、比較例1〜14のKNN薄膜に対して、X線回折
測定(2θ/θスキャン)を行い、結晶構造、配向状況の調査を行った。一例として、図5(a)に実施例4のX線回折パターン、図5(b)に実施例14のX線回折パターンを示す。また、図6(a)に比較例6のX線回折パターン、図6(b)に比較例12のX線回折パターンを示す。なお、図5、図6の縦軸は、カウント数の自然対数である。これら実施例および比較例のKNN薄膜は完全なペロブスカイト構造になっており、結晶構造は擬立方晶であり、KNN(001)面方位に優先配向していることが分かる。また、Pt下部電極も(111)優先配向になっていることが分かる。他の実施例、比較例についても回折ピーク角度や強度に多少の違いはあるが、ほぼ同様の回折パターンを示していた。
【0040】
[KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブの半値幅]
上記により形成した実施例1〜20、比較例1〜14のKNN薄膜に対して、X線回折測定(KNN(001)面のロッキングカーブ(ωスキャン))を行った。一例として、実施例7と実施例11のKNN(001)面のロッキングカーブを図7(a)、(b)に、比較例6と比較例11のKNN(001)面のロッキングカーブを図8(a)、(b)にそれぞれ示す。得られたロッキングカーブはPseudo−Voigt関数でフィッティングした後、半値幅を読み取った。図7、図8において、測定したロッキングカーブを実線で、フィッティングしたPseudo−Voigt関数の曲線を一点鎖線で示す。全ての実施例、比較例のロッキングカーブの半値幅を表1に示す。
表1から、概ね、マグネットとターゲットの距離が小さくなる程、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅が小さくなり、マグネットとターゲットの距離が大きくなる程、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅が大きくなる傾向が確認できる。多少、この傾向から外れている例があるのは、下部Pt電極の(111)面配向の状況の差(厳密な制御が難しい)やKNN膜のNa組成(組成比x)の違いによると考えられる。なお、実施例では、KNN薄膜の(K+Na)/Nb組成比を0.7以上0.94以下となるように成膜した。
【0041】
[アクチュエータの試作および圧電特性の評価]
KNN薄膜の圧電定数d31を評価するために、図9に示す構成のユニモルフカンチレバーを試作した。まず、上記実施例および比較例のKNN薄膜の上にPt上部電極(膜厚20nm)をRFマグネトロンスパッタリング法で形成した後、長さ20mm、幅2.5
mmの短冊形に切り出し、KNN圧電薄膜を有する圧電薄膜素子20を作製した。次に、この圧電薄膜素子20の長手方向の一端をクランプ21で固定することで簡易的なユニモルフカンチレバーを作製した(図9(a))。このカンチレバーの上部電極4と下部電極2との間のKNN圧電薄膜3に、図示省略の電圧印加手段によって電圧を印加し、KNN圧電薄膜3を伸縮させることでカンチレバー(圧電薄膜素子20)全体を屈伸させ、カンチレバー先端を上下方向に往復動作させるという、圧電薄膜素子20を用いたアクチュエータを構成した。このときのカンチレバーの先端変位量Δを、レーザードップラ変位計22からレーザー光Lをカンチレバーの先端に照射して測定した(図9(b))。圧電定数d31は、カンチレバー先端の変位量Δ、カンチレバーの長さ、基板と薄膜の厚さとヤング率、および印加電圧から算出される。KNN圧電薄膜のヤング率は104GPaを用い、印加電界100kV/cmの時の圧電定数d31を測定した。圧電定数d31の算出は、文献(T.Mino, S. Kuwajima, T.Suzuki, I.Kanno, H.Kotera, and K.Wasa, Jpn. J. Appl. Phys., 46(2007), 6960)に記載の方法で行った。圧電定数d31の測定結果を表1
に示す。
【0042】
また、上下電極間に電圧を印加した際のリーク電流を測定することで、電流−電圧特性を調べた。絶縁性良し悪しの目安として、50kV/cmの電界をKNN膜に印加した際に流れるリーク電流の値を読み取った。一般的に、1×10−7(A/cm2)以下であれば絶縁性に問題がないと判断できる。また、0〜20Vのユニポーラのsin波(周波数1kHz)を上下電極間に連続で印加することで、カンチレバーを連続駆動させ、1億
回駆動後の圧電定数d31を測定した。本明細書では、{(「初期の圧電定数d31」−「1億回駆動後の圧電定数d31」)/「初期の圧電定数d31」}×100を1億回駆動後の劣化率(%)と定義した。50kV/cmの電界印加時のリーク電流、1億回駆動後の劣化率を表1に示す。また、表1に基づいて、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅と50kV/cm電界印加時のリーク電流との関係をプロットしたグラフを図10に示し、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅と1億回駆動後の劣化率との関係をプロットしたグラフを図11に示す。
表1、図10、図11より、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅が0.5°よ
り小さい時にリーク電流が大きくなり、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅が2.5°より大きい時に1億回駆動後の劣化率が大きくなることが分かった。このことから
、KNN薄膜の(001)ロッキングカーブ半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲の時に、リーク電流が1.0×10−7(A/cm2)以下と小さく、1億回駆動後の劣化率
も10%未満と小さい圧電薄膜素子が実現できることが分かる。ちなみに、圧電定数d31はKNN(001)ロッキングカーブの半値幅が増加するのに伴い、なだらかに増加する傾向があった。
【0043】
なお、上記実施例では、基板には20mm×20mmサイズのSi基板を用いたが、より大面積のSi基板、例えば、4インチや6インチサイズの基板を用いてもよい。4インチや6インチサイズの基板を用いる場合には、KNN薄膜の面内均一性を向上するために、基板を自公転させながら成膜したり、基板温度に関しては、複数の異なるヒータ加熱ゾーンを設け、例えば6インチの基板では、基板中心から半径方向に2インチの領域、2インチから4インチの領域、4インチから6インチの領域で加熱温度を段階的にコントロールして成膜するのがよい。また、基板サイズにあわせて、スパッタリングターゲットと基板との間の距離を100mmから150mmへと長くすることで大面積の基板上に均質に成膜が可能となる。大面積の基板を用いた場合でも、KNN薄膜の(001)ロッキングカーブの半値幅が0.5゜以上2.5゜以下の範囲において、リーク電流値が1.0×10
−7(A/cm2)以下と小さく、1億回駆動後の劣化率も10%未満と小さい素子が得
られることが確認できた。
【0044】
上記実施例における圧電薄膜素子の構造解析には、大面積のX線検出域を持つ2次元検出器を搭載したX線回折装置であるBruKerAXS社製の「D8 DISCOVER
with GADDS」を用いた。
【符号の説明】
【0045】
1 基板
2 下部電極
3 圧電薄膜
4 上部電極
5 酸化膜
6 密着層
10 圧電薄膜素子
11 電圧検出手段または電圧印加手段
20 圧電薄膜素子
21 クランプ
22 レーザードップラ変位計
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を用いた圧電薄膜素子及び圧電薄膜デバイスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧電体は種々の目的に応じて様々な圧電素子に加工され、特に圧電素子に電圧を加えて変形を生じさせるアクチュエータや、逆に圧電素子の変形により発生する電圧を検知するセンサなどの機能性電子部品として広く利用されている。アクチュエータやセンサの用途に利用されている圧電体としては、優れた圧電特性を有する鉛系材料の誘電体、特に組成式:Pb(Zr1−xTix)O3で表されるPZT系のペロブスカイト型強誘電体がこれまで広く用いられており、通常個々の元素からなる酸化物を焼結することにより形成されている。現在、各種電子部品の小型化、高性能化が進むにつれ、圧電素子においても小型化、高性能化が強く求められるようになった。
【0003】
しかしながら、従来からの製法である焼結法を中心とした製造方法により作製した圧電材料は、その厚みを薄くするにつれ、特に厚みが10μm程度の厚さに近づくにつれて、材料を構成する結晶粒の大きさに近づき、その影響が無視できなくなる。そのため、特性のばらつきや劣化が顕著になるといった問題が発生し、それを回避するために、焼結法に変わる薄膜技術等を応用した圧電体の形成法が近年研究されるようになってきた。最近、シリコン基板上にスパッタリング法で形成したPZT薄膜が、高速高精細のインクジェットプリンタヘッド用アクチュエータの圧電薄膜として実用化されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
一方、PZTから成る圧電焼結体や圧電薄膜は、鉛を60〜70重量%程度含有しているので、生態学的見地および公害防止の面から好ましくない。そこで、環境への配慮から鉛を含有しない圧電体の開発が望まれている。現在、様々な非鉛圧電材料が研究されているが、その中に、組成式:(K1−xNax)NbO3(0<x<1)で表されるニオブ酸カリウムナトリウム(以降、「KNN」とも記す)がある。このKNNは、ペロブスカイト構造を有する材料であり、非鉛の材料としては良好な高い圧電特性を示すため、非鉛圧電材料の有力な候補として期待されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−286953号公報
【特許文献2】特開2007−19302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、高い圧電定数を有する従来のKNN薄膜にあっては、しばしば、KNN薄膜の上下に配置される上部電極と下部電極との間にリーク電流が流れてしまう、つまり、KNN薄膜の絶縁性が維持できないという問題が起こる。圧電薄膜を適用する素子の種類や仕様によるが、一般的なアクチュエータに適用する場合、上下電極間に50kV/cmの電界を印加した際のリーク電流が1.0×10−7A/cm2以下である必要がある
と言われている。また、圧電薄膜を用いてアクチュエータを作製した時、多数回の圧電動作によって徐々に圧電定数が低下するという問題もある。これも適用する素子や仕様によるが、一般的に、初期の圧電定数を基準とした時、1億回駆動した後の圧電定数の値の劣化率が10%未満である必要があると言われている。
【0007】
本発明は、リーク電流が少なく、且つ駆動による圧電定数の劣化が少ない圧電薄膜素子及び圧電薄膜素子を用いた圧電薄膜デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は次のように構成されている。
本発明の第1の態様は、基板上に、組成式(K1−xNax)NbO3で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を有する圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜の組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲であり、X線回折測定での(001)面のロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲である圧電薄膜素子である。
【0009】
本発明の第2の態様は、第1の態様の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、擬立方晶である。
【0010】
本発明の第3の態様は、第1の態様の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向している。
【0011】
本発明の第4の態様は、第1〜第3の態様のいずれかの圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、(K+Na)/Nb組成比が0.7以
上0.94以下である。
【0012】
本発明の第5の態様は、第1〜第4の態様のいずれかの圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜の前記基板側に下部電極を有し、前記圧電薄膜の前記基板とは反対側に上部電極を有する。
【0013】
本発明の第6の態様は、第5の態様の圧電薄膜素子において、前記下部電極は、白金からなり、かつ(111)面方位に優先配向している。
【0014】
本発明の第7の態様は、第5または第6の態様の圧電薄膜素子と、前記圧電薄膜素子の前記下部電極と前記上部電極の間に接続された電圧印加手段または電圧検出手段とを備えた圧電薄膜デバイスである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、リーク電流が少なく且つ駆動による圧電定数の劣化が少ない圧電薄膜素子及び圧電薄膜デバイスが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る圧電薄膜素子の一実施形態の構造を示す断面図である。
【図2】本発明に係る圧電薄膜素子の他の実施形態の構造を示す断面図である。
【図3】本発明に係る圧電薄膜デバイスの一実施形態を示す概略構成図である。
【図4】KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブの半値幅と、KNN薄膜の結晶粒の状態およびKNN薄膜の特性との関係を説明するための図である。
【図5】実施例の圧電薄膜素子のX線回折パターン(2θ/θスキャン)であって、(a)は実施例4のX線回折パターン、(b)は実施例14のX線回折パターンを示す図である。
【図6】比較例の圧電薄膜素子のX線回折パターン(2θ/θスキャン)であって、(a)は比較例6のX線回折パターン、(b)は比較例12のX線回折パターンを示す図である。
【図7】実施例の圧電薄膜素子のX線回折測定によるKNN(001)面のロッキングカーブ(ωスキャン)であって、(a)は実施例7のKNN(001)面ロッキングカーブ、(b)は実施例11のKNN(001)面ロッキングカーブを示す図である。
【図8】比較例の圧電薄膜素子のX線回折測定によるKNN(001)面のロッキングカーブ(ωスキャン)であって、(a)は比較例6のKNN(001)面ロッキングカーブ、(b)は比較例11のKNN(001)面ロッキングカーブを示す図である。
【図9】実施例および比較例の圧電薄膜素子を用いて作製したアクチュエータの構成および圧電特性評価方法を説明する概略構成図である。
【図10】KNN(001)面ロッキングカーブの半値幅と50kV/cm電界印加時のリーク電流との関係を示すグラフである。
【図11】KNN(001)面ロッキングカーブの半値幅と1億回駆動後の劣化率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明に係る圧電薄膜素子及び圧電薄膜デバイスの実施形態を説明する。
【0018】
[一実施形態の圧電薄膜素子]
図1は、本発明の一実施形態に係る圧電薄膜素子の構造を示す断面図である。
圧電薄膜素子は、図1に示すように、基板1上に、下部電極2と、組成式(K1−xNax)NbO3(以下、「KNN」と略称する)で表されるアルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト構造を有する圧電薄膜3と、上部電極4とが順次形成されている。
【0019】
基板1は、Si(シリコン)基板、Si基板表面に酸化膜を有する表面酸化膜付きSi基板、或いはSOI(Silicon On Insulator)基板を用いるのが好ましい。Si基板には、例えば、Si基板表面が(100)面方位の(100)面Si基板が用いられたりするが、(100)面とは異なる面方位のSi基板でも勿論よい。また、基板1には、石英ガラス基板、GaAs基板、サファイア基板、ステンレスなどの金属基板、MgO基板、SrTiO3基板などを用いてもよい。
【0020】
下部電極2は、Pt(白金)からなり、かつPt膜が(111)面方位に優先配向しているPt電極が好ましい。基板1上に形成したPt膜は、自己配向性のために(111)面方位に配向しやすい。また、(111)面方位に自己配向したPt膜は、柱状構造の多結晶となるため、Pt膜上に形成される圧電薄膜3も、Pt膜の結晶構造を引き継いで、柱状構造の多結晶の薄膜となる。下部電極2の材料は、Pt以外に、Ptを含む合金、Au(金)、Ru(ルテニウム)、Ir(イリジウム)、またはSrRuO3、LaNiO3などの金属酸化物を用いてもよい。下部電極2は、スパッタリング法、蒸着法などを用いて形成する。なお、基板1と下部電極2との間に、下部電極2の密着性を高めるために、密着層を設けてもよい。
【0021】
圧電薄膜3は、Na/(K+Na)比率である組成比xが、0.4≦x≦0.7の範囲にあり、X線回折測定でのKNN(001)面のロッキングカーブ(ωスキャン)の半値幅(半値全幅;FWHM(Full Width at Half Maximum))が0.5°以上2.5°以下の範囲にある。更に、圧電薄膜3は、擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向しているのがより好ましい。また、圧電薄膜3は、膜厚1μm以上10μm以下、KNN薄膜を構成する結晶粒の平均粒径0.05μm以上1.0μm以下とするのが好ましい。KNN薄膜である圧電薄膜3の形成方法には、スパッタリング法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法、PLD(Pulsed Laser Deposition)法、ゾルゲル法などが挙げられる。
【0022】
上部電極4は、下部電極2と同様に、Pt、Auなどをスパッタリング法、蒸着法、メッキ法、金属ペースト法などを用いて形成すればよい。上部電極4の材料は特に限定され
ない。
【0023】
(K1−xNax)NbO3圧電薄膜3の組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲にあり、圧電薄膜3が擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向している上記構造の圧電薄膜素子を多数試作して特性を評価した。その結果、上部電極4と下部電極2との間のリーク電流の大きさ及び圧電薄膜素子を多数回駆動した後の圧電定数の劣化率が、KNN薄膜のX線回折測定での(001)面ロッキングカーブ(ωスキャン)の半値幅と密接な関係があることが分かった。
【0024】
具体的には、X線回折測定でのKNN(001)面のロッキングカーブの半値幅が0.
5°より小さい時にリーク電流が大きくなり、上記半値幅が2.5°より大きい時に駆動
後の圧電定数の劣化率が大きくなることが分かった。このことから、KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲の時に、リーク電流が小さく、しかも駆動後の圧電定数の劣化率も小さい圧電薄膜素子が実現できることが分かった。
【0025】
次に、X線回折測定でのKNN(001)面のロッキングカーブの半値幅の値によって、圧電薄膜素子のリーク電流、駆動後の圧電定数の劣化率が変化する理由を説明する。
【0026】
図4に、KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブの半値幅と、KNN薄膜の結晶状態との関係を示す。組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲にあり、結晶構造が擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向しているKNN薄膜は、図4に示すような、ペロブスカイト構造を有する主に柱状の結晶粒から構成される多結晶となっている。ここで、柱状の結晶粒とは、図4(a)に示すように、(001)面に垂直な向き(図中、矢印で示す)に、細長く成長した縦長の単結晶のことである。
【0027】
KNN(001)面ロッキングカーブの半値幅が小さい多結晶では、図4(b)に示すように、柱状の各結晶粒の方向が揃っている状態にある。この状態では、隣接する結晶粒と結晶粒との境界(結晶粒界)が揃っていて、電流リークが起こりやすくなる。また、圧電動作は(001)面に垂直な方向に結晶粒が伸縮することでなされるが、柱状の結晶粒の方向が揃っている状態では、圧電動作は全ての結晶粒が同じように伸縮するので無理な負荷がかからず、多数回駆動後の圧電定数の劣化が少なく長寿命となる。
【0028】
KNN(001)面ロッキングカーブの半値幅が大きい多結晶では、図4(c)に示すように、柱状の各結晶粒の方向がばらついている状態にある。この状態では、隣接する結晶粒と結晶粒との境界は乱れていて、電流リークは起こり難くなる。また、柱状の結晶粒の方向がばらついている状態では、圧電動作は結晶粒が微妙に違った方向に伸縮するので、局所的に無理な負荷がかかり、多数回駆動後の圧電定数の劣化が多くなり寿命が短くなる。
以上の理由から、KNN(001)面のロッキングカーブの半値幅を0.5°以上2.5°以下の範囲にすることで、高い圧電定数を有するKNN薄膜において、リーク電流と圧電動作後の圧電定数の低下との両方の問題を改善することができる。
【0029】
我々が主に検討・試作している、基板1を加熱した状態で行うRFマグネトロンスパッタ法による成膜方法では、KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブ半値幅は、ターゲット表面の磁場の強さ(具体的には、ターゲットとターゲット下に設置されたマグネットとの距離)や、Ptの下部電極2の(111)面の配向具合に強く影響されることが分かっている。
我々が使用しているスパッタ装置では、ターゲット表面磁場を弱くすることで(001)面ロッキングカーブの半値幅は小さくなる傾向がある。また、Ptの下部電極2の(1
11)配向が強くなると(001)面ロッキングカーブの半値幅は小さくなる傾向がある。本発明に規定するKNN(001)面ロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲は、ターゲット表面磁場の強度(ターゲットとターゲット下に設置されたマグネットとの距離)を制御・調整することで実現できる。マグネットには、サマリウムコバルト(Sm2Co17)を用いた。また、Ptの下部電極2の(111)面の配向状況を変えることによっても実現できる。Pt下部電極となるPt薄膜を(111)面方位に高配向にするには、Pt薄膜のスパッタ成膜温度を高くすること、Pt薄膜のスパッタ成膜時のO2分圧を小さくすること(O2分圧0.1%以下)、Pt薄膜の下のTi密着層を
設ける場合にはTi密着層の厚さを薄くすること、などで実現される。
【0030】
[他の実施形態の圧電薄膜素子]
図2に、本発明の他の実施形態に係る圧電薄膜素子の断面構造を示す。この圧電薄膜素子は、図1に示す上記実施形態の圧電薄膜素子と同様に、基板1上に、下部電極2、圧電薄膜3、上部電極4を有すると共に、図2に示すように、基板1は、その表面に酸化膜5が形成された表面酸化膜付き基板であり、酸化膜5と下部電極2との間には、下部電極2の密着性を高めるための密着層6が設けられている。
酸化膜付きの基板1は、例えば、酸化膜付きSi基板であり、酸化膜付きSi基板では、酸化膜5は、熱酸化により形成されるSiO2膜、CVD法により形成されるSi酸化膜がある。また、密着層6には、Ti、Taなどが用いられ、スパッタリング法などで形成される。
【0031】
なお、上記実施形態で述べた圧電薄膜素子の圧電薄膜3は、0.4≦x≦0.7、(001)面ロッキングカーブの半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲にある単層のKNN薄膜であったが、圧電薄膜3には、上記範囲内にあるKNN薄膜が複数層あっても、或いは上記範囲内にあるKNN薄膜以外に、例えば、上記範囲内にないKNN薄膜などのペロブスカイト構造を有する薄膜が設けられていてもよい。また、KNNの圧電薄膜3に、K、Na、Nb、O以外の元素、例えば、Li、Ta、Sb、Ca、Cu、Ba、Ti等を5原子数%以下で添加してもよく、この場合にも、同様の効果が得られる。
【0032】
また、KNN圧電薄膜の(K+Na)/Nb組成比を、0.7以上0.94以下となるように成膜することで、良好な特性を得ることができる。
通常、(K+Na)/Nb=1であるストイキオメトリー組成、或いはストイキオメトリー組成に近い組成を有するKNN膜が作製されるが、今回、意図的にストイキオメトリー組成のKNN膜に比べて、KやNaが少ないKNN膜を作製してみたところ、ストイキオメトリー組成付近のKNN膜と比べて圧電定数が大きくなることを見出した。圧電定数が向上するメカニズムの詳細は明らかではないが、(K+Na)/Nb組成比を1よりも小さくすることで、結晶として理想的なストイキオメトリー組成のKNN膜に対して適度の不安定要因が導入されることとなり、電界による結晶格子伸縮(圧電動作)が起こりやすくなったと推測される。(K+Na)/Nb組成比が0.7以上0.94以下のKNN薄膜は、ペロブスカイト型の擬立方晶構造を有し、(001)面方位に優先配向していた。なお、(K+Na)/Nb組成比が0.7よりも小さくなると、KNN膜の絶縁性が著し
く劣化し、リーク電流が桁違いに増大してしまうため、圧電薄膜素子としての利用は困難であることも分かった。
(K+Na)/Nb組成比が0.7以上0.94以下のKNN薄膜を作製する方法としては、ストイキオメトリー組成と比べてKやNaが少ない、すなわち(K+Na)/Nbが1よりも小さいターゲットを用いてスパッタリングする方法がある。また、(K+Na)/Nb=1付近のターゲットを用いた場合でも、スパッタ成膜の際の基板温度を一般的に用いられる温度よりも高めの温度(例えば700℃以上)にすることでも作製できる。
【0033】
[圧電薄膜素子を用いた圧電薄膜デバイス]
図3に、本発明に係る圧電薄膜デバイスの一実施形態の概略的な構成図を示す。圧電薄膜デバイスは、図3に示すように、所定の形状に成形された圧電薄膜素子10の下部電極2と上部電極4の間に、少なくとも電圧検出手段または電圧印加手段11が接続されている。
下部電極2と上部電極4の間に、電圧検出手段11を接続することで、圧電薄膜デバイスとしてのセンサが得られる。このセンサの圧電薄膜素子10が何らかの物理量の変化に伴って変形すると、その変形によって電圧が発生するので、この電圧を電圧検出手段11で検出することで各種物理量を測定することができる。センサとしては、例えば、ジャイロセンサ、超音波センサ、圧カセンサ、速度・加速度センサなどが挙げられる。
また、圧電薄膜素子10の下部電極2と上部電極4の間に、電圧印加手段11を接続することで、圧電薄膜デバイスとしてのアクチュエータが得られる。このアクチュエータの圧電薄膜素子10に電圧を印加して、圧電薄膜素子10を変形することによって各種部材を作動させることができる。アクチュエータは、例えば、インクジェットプリンタ、スキャナー、超音波発生装置などに用いることができる。
なお、本発明の圧電薄膜素子は、表面弾性波デバイスなどにも適用することができる。
【実施例】
【0034】
次に、本発明の具体的な実施例を説明する。
以下に述べる実施例1〜20および比較例1〜14の圧電薄膜素子は、上記図2に示す実施形態と同様の断面構造を有し、熱酸化膜(5)を有するSi基板(1)上に、Ti密着層(6)と、Pt下部電極(2)と、KNN圧電薄膜(3)と、Pt上部電極(4)とが積層されている。
【0035】
[KNN薄膜の成膜]
実施例および比較例におけるKNN圧電薄膜の成膜方法を説明する。基板には熱酸化膜付きSi基板((100)面方位、厚さ0.525mm、熱酸化膜の厚さ200nm、サ
イズ20mm×20mm)を用いた。まず、基板上にRFマグネトロンスパッタリング法で、Ti密着層(膜厚2nm)、Pt下部電極((111)面優先配向、膜厚200nm)を形成した。Ti密着層とPt下部電極は、基板温度100〜350℃、放電パワー200W、導入ガスAr、Ar雰囲気の圧力2.5Pa、成膜時間は、Ti密着層では1〜
3分、Pt下部電極では10分の条件で成膜した。
続いて、Pt下部電極の上に、RFマグネトロンスパッタリング法で(K1−xNax)NbO3薄膜を3μm形成した。(K1−xNax)NbO3圧電薄膜は、Na/(K+Na)=0.425〜0.730の(K1−xNax)NbO3焼結体をターゲットに用い、基板温度700℃、放電パワー100W、導入ガスAr、Ar雰囲気の圧力1.3P
aの条件で成膜した。KNN膜のスパッタ成膜時間は膜厚がほぼ3μmになるように調整して行った。KNN薄膜のKNN(001)ロッキングカーブの半値幅は、ターゲットの下にあるマグネットとターゲットの距離を15mm〜35mmの範囲で変更することで制御した。
【0036】
表1に、実施例1〜20および比較例1〜14における、KNN薄膜の組成比x(EDX(エネルギー分散型X線分光分析)によるK、Naの原子数%の測定値から算出)、マグネット表面とターゲット表面との距離(mm)、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅(°)、圧電定数d31(−pm/V)、KNN薄膜に50kV/cmの電界印加時のリーク電流(×10−7A/cm2)、1億回駆動後の圧電定数d31の劣化率(%)の一覧を示す。
【0037】
【表1】
【0038】
実施例のより具体的な製造条件の一例として、実施例12の場合の製造条件を次に記載する。
Si基板:(100)面、厚さ0.525mm、サイズ20×20mm、熱酸化膜20
0nm
Ti密着層:2nm
Pt下部電極:200nm、(111)配向
Ti密着層およびPt下部電極の成膜条件:基板温度150℃、放電パワー200W、Ar100%雰囲気、Ar圧力2.5Pa
KNN圧電薄膜:3μm、(001)配向、Na/(K+Na)=0.619、(K+
Na)/Nb=0.880
KNN圧電薄膜の成膜条件:ターゲット組成 Na/(K+Na)=0.650、(K
+Na)/Nb=1.000、基板温度700℃、放電パワーl00W、Ar100%雰
囲気、Ar圧力1.3Pa、マグネット−ターゲット間距離27.5mm、ターゲット−基板間距離100mm、サマリウムコバルトマグネット使用
【0039】
[KNN薄膜のX線回折測定(2θ/θスキャン)]
上記により形成した実施例1〜20、比較例1〜14のKNN薄膜に対して、X線回折
測定(2θ/θスキャン)を行い、結晶構造、配向状況の調査を行った。一例として、図5(a)に実施例4のX線回折パターン、図5(b)に実施例14のX線回折パターンを示す。また、図6(a)に比較例6のX線回折パターン、図6(b)に比較例12のX線回折パターンを示す。なお、図5、図6の縦軸は、カウント数の自然対数である。これら実施例および比較例のKNN薄膜は完全なペロブスカイト構造になっており、結晶構造は擬立方晶であり、KNN(001)面方位に優先配向していることが分かる。また、Pt下部電極も(111)優先配向になっていることが分かる。他の実施例、比較例についても回折ピーク角度や強度に多少の違いはあるが、ほぼ同様の回折パターンを示していた。
【0040】
[KNN薄膜の(001)面ロッキングカーブの半値幅]
上記により形成した実施例1〜20、比較例1〜14のKNN薄膜に対して、X線回折測定(KNN(001)面のロッキングカーブ(ωスキャン))を行った。一例として、実施例7と実施例11のKNN(001)面のロッキングカーブを図7(a)、(b)に、比較例6と比較例11のKNN(001)面のロッキングカーブを図8(a)、(b)にそれぞれ示す。得られたロッキングカーブはPseudo−Voigt関数でフィッティングした後、半値幅を読み取った。図7、図8において、測定したロッキングカーブを実線で、フィッティングしたPseudo−Voigt関数の曲線を一点鎖線で示す。全ての実施例、比較例のロッキングカーブの半値幅を表1に示す。
表1から、概ね、マグネットとターゲットの距離が小さくなる程、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅が小さくなり、マグネットとターゲットの距離が大きくなる程、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅が大きくなる傾向が確認できる。多少、この傾向から外れている例があるのは、下部Pt電極の(111)面配向の状況の差(厳密な制御が難しい)やKNN膜のNa組成(組成比x)の違いによると考えられる。なお、実施例では、KNN薄膜の(K+Na)/Nb組成比を0.7以上0.94以下となるように成膜した。
【0041】
[アクチュエータの試作および圧電特性の評価]
KNN薄膜の圧電定数d31を評価するために、図9に示す構成のユニモルフカンチレバーを試作した。まず、上記実施例および比較例のKNN薄膜の上にPt上部電極(膜厚20nm)をRFマグネトロンスパッタリング法で形成した後、長さ20mm、幅2.5
mmの短冊形に切り出し、KNN圧電薄膜を有する圧電薄膜素子20を作製した。次に、この圧電薄膜素子20の長手方向の一端をクランプ21で固定することで簡易的なユニモルフカンチレバーを作製した(図9(a))。このカンチレバーの上部電極4と下部電極2との間のKNN圧電薄膜3に、図示省略の電圧印加手段によって電圧を印加し、KNN圧電薄膜3を伸縮させることでカンチレバー(圧電薄膜素子20)全体を屈伸させ、カンチレバー先端を上下方向に往復動作させるという、圧電薄膜素子20を用いたアクチュエータを構成した。このときのカンチレバーの先端変位量Δを、レーザードップラ変位計22からレーザー光Lをカンチレバーの先端に照射して測定した(図9(b))。圧電定数d31は、カンチレバー先端の変位量Δ、カンチレバーの長さ、基板と薄膜の厚さとヤング率、および印加電圧から算出される。KNN圧電薄膜のヤング率は104GPaを用い、印加電界100kV/cmの時の圧電定数d31を測定した。圧電定数d31の算出は、文献(T.Mino, S. Kuwajima, T.Suzuki, I.Kanno, H.Kotera, and K.Wasa, Jpn. J. Appl. Phys., 46(2007), 6960)に記載の方法で行った。圧電定数d31の測定結果を表1
に示す。
【0042】
また、上下電極間に電圧を印加した際のリーク電流を測定することで、電流−電圧特性を調べた。絶縁性良し悪しの目安として、50kV/cmの電界をKNN膜に印加した際に流れるリーク電流の値を読み取った。一般的に、1×10−7(A/cm2)以下であれば絶縁性に問題がないと判断できる。また、0〜20Vのユニポーラのsin波(周波数1kHz)を上下電極間に連続で印加することで、カンチレバーを連続駆動させ、1億
回駆動後の圧電定数d31を測定した。本明細書では、{(「初期の圧電定数d31」−「1億回駆動後の圧電定数d31」)/「初期の圧電定数d31」}×100を1億回駆動後の劣化率(%)と定義した。50kV/cmの電界印加時のリーク電流、1億回駆動後の劣化率を表1に示す。また、表1に基づいて、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅と50kV/cm電界印加時のリーク電流との関係をプロットしたグラフを図10に示し、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅と1億回駆動後の劣化率との関係をプロットしたグラフを図11に示す。
表1、図10、図11より、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅が0.5°よ
り小さい時にリーク電流が大きくなり、KNN(001)ロッキングカーブの半値幅が2.5°より大きい時に1億回駆動後の劣化率が大きくなることが分かった。このことから
、KNN薄膜の(001)ロッキングカーブ半値幅が0.5°以上2.5°以下の範囲の時に、リーク電流が1.0×10−7(A/cm2)以下と小さく、1億回駆動後の劣化率
も10%未満と小さい圧電薄膜素子が実現できることが分かる。ちなみに、圧電定数d31はKNN(001)ロッキングカーブの半値幅が増加するのに伴い、なだらかに増加する傾向があった。
【0043】
なお、上記実施例では、基板には20mm×20mmサイズのSi基板を用いたが、より大面積のSi基板、例えば、4インチや6インチサイズの基板を用いてもよい。4インチや6インチサイズの基板を用いる場合には、KNN薄膜の面内均一性を向上するために、基板を自公転させながら成膜したり、基板温度に関しては、複数の異なるヒータ加熱ゾーンを設け、例えば6インチの基板では、基板中心から半径方向に2インチの領域、2インチから4インチの領域、4インチから6インチの領域で加熱温度を段階的にコントロールして成膜するのがよい。また、基板サイズにあわせて、スパッタリングターゲットと基板との間の距離を100mmから150mmへと長くすることで大面積の基板上に均質に成膜が可能となる。大面積の基板を用いた場合でも、KNN薄膜の(001)ロッキングカーブの半値幅が0.5゜以上2.5゜以下の範囲において、リーク電流値が1.0×10
−7(A/cm2)以下と小さく、1億回駆動後の劣化率も10%未満と小さい素子が得
られることが確認できた。
【0044】
上記実施例における圧電薄膜素子の構造解析には、大面積のX線検出域を持つ2次元検出器を搭載したX線回折装置であるBruKerAXS社製の「D8 DISCOVER
with GADDS」を用いた。
【符号の説明】
【0045】
1 基板
2 下部電極
3 圧電薄膜
4 上部電極
5 酸化膜
6 密着層
10 圧電薄膜素子
11 電圧検出手段または電圧印加手段
20 圧電薄膜素子
21 クランプ
22 レーザードップラ変位計
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、組成式(K1−xNax)NbO3で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を有する圧電薄膜素子において、
(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜の組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲であり、X線回折測定での(001)面のロッキングカーブの半値幅が0.5°以上
2.5°以下の範囲である圧電薄膜素子。
【請求項2】
請求項1記載の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、擬立方晶である圧電薄膜素子。
【請求項3】
請求項1記載の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向している圧電薄膜素子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、(K+Na)/Nb組成比が0.7以上0.94以下である圧電薄膜素子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜の前記基板側に下部電極を有し、前記圧電薄膜の前記基板とは反対側に上部電極を有する圧電薄膜素子。
【請求項6】
請求項5に記載の圧電薄膜素子において、前記下部電極は、白金からなり、かつ(111)面方位に優先配向している圧電薄膜素子。
【請求項7】
請求項5または6に記載の圧電薄膜素子と、前記圧電薄膜素子の前記下部電極と前記上部電極の間に接続された電圧印加手段または電圧検出手段とを備えた圧電薄膜デバイス。
【請求項1】
基板上に、組成式(K1−xNax)NbO3で表されるアルカリニオブ酸化物系ペロブスカイト構造の圧電薄膜を有する圧電薄膜素子において、
(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜の組成比xが0.4≦x≦0.7の範囲であり、X線回折測定での(001)面のロッキングカーブの半値幅が0.5°以上
2.5°以下の範囲である圧電薄膜素子。
【請求項2】
請求項1記載の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、擬立方晶である圧電薄膜素子。
【請求項3】
請求項1記載の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、擬立方晶であり、(001)面方位に優先配向している圧電薄膜素子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜は、(K+Na)/Nb組成比が0.7以上0.94以下である圧電薄膜素子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の圧電薄膜素子において、(K1−xNax)NbO3で表される前記圧電薄膜の前記基板側に下部電極を有し、前記圧電薄膜の前記基板とは反対側に上部電極を有する圧電薄膜素子。
【請求項6】
請求項5に記載の圧電薄膜素子において、前記下部電極は、白金からなり、かつ(111)面方位に優先配向している圧電薄膜素子。
【請求項7】
請求項5または6に記載の圧電薄膜素子と、前記圧電薄膜素子の前記下部電極と前記上部電極の間に接続された電圧印加手段または電圧検出手段とを備えた圧電薄膜デバイス。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−146623(P2011−146623A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−7942(P2010−7942)
【出願日】平成22年1月18日(2010.1.18)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年1月18日(2010.1.18)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】
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