説明

塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板

【課題】 塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】 質量%で、Cr:10.0〜25.0%を含有し、平均r値が1.4以上、全伸びが30%以上であるフェライト系ステンレス鋼板基材あるいはCr:10.0〜25.0%を含有し、全伸びが45%以上、加工硬化率が400N/mm2以下であるオーステナイト系ステンレス鋼板基材の表面に、5〜13%のSiを含有し残部が不可避的不純物およびAlからなるめっき層を付着量5g/m2以上80g/m2以下で形成させ、めっき層と地鉄の間に形成される合金層の厚みが5.0μm未満であり、めっき層の上に可溶型樹脂および可溶型樹脂に対して質量%で1〜30%の潤滑機能付与剤で構成される摩擦係数0.15以下の潤滑皮膜を有することを特徴とする塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩害環境における耐食性に優れた自動車燃料タンク用の表面処理ステンレス鋼板および燃料タンクに関する。
【背景技術】
【0002】
昨今の環境保護やライフサイクルコスト低減のニーズから、燃料タンクや燃料パイプなどの燃料系部品でも燃料透過防止性、長寿命化といった特性が要求される。
自動車用の燃料タンクあるいは燃料パイプには、米国の法規制で15年間もしくは15万マイル走行の間の長期寿命保証が義務付けられ、これを満たすための燃料系部品が、めっき普通鋼材、樹脂、ステンレス鋼の3素材について開発されてきている。
【0003】
めっき普通鋼材、樹脂、ステンレス鋼の3素材のうち、樹脂についてはリサイクル性が問題であり、めっき普通鋼材については将来普及される可能性が高いバイオ燃料に対する耐久性が懸念される嫌いがある。一方、ステンレス鋼に関しては、鉄系素材としてのリサイクル容易性やバイオ燃料に対する十分な耐食性を有する利点があり、既に燃料パイプ用の素材として実用化されてきている。
【0004】
しかしながら、ステンレス鋼の短所は、現時点では、塩害環境における耐食性が必ずしも十分とは言えないと評価されている点にある。すなわち、融雪塩に曝される場合を模擬した実験室促進試験において、SUS436Lなどのフェライト系ステンレス鋼では隙間構造部あるいは溶接構造部において隙間腐食が生じ、SUS304Lなどのオーステナイト系ステンレス鋼では溶接部などで応力腐食割れが生じるとの問題がある。
【0005】
この問題を克服するため、いくつかの防食技術が開発されてきた。
例えば、特開2003−277992号公報(特許文献1)では、フェライト系ステンレス鋼板を素材として成形した燃料タンクの表面にカチオン電着塗装を施したり、溶接部に限定してジンクリッチ塗装を施したり、あるいは鋼板素材としてAlめっき層、Znめっき層あるいはZnとFe,Ni,Co,Mg,Cr,SnおよびAlの内の1種以上との合金からなるめっき層を形成させた鋼板を適用するといった防食方法が開示されている。
【0006】
また、特開2004−115911号公報(特許文献2)では、ステンレス鋼板を素材として成形した燃料タンクにZn含有量70%以下のZn含有塗料を塗布した燃料タンクが提示されている。
また、特開2003−221660号公報(特許文献3)では、溶融アルミめっきを施した特定材質を有するフェライト系あるいはオーステナイト系のステンレス鋼板を素材として成形加工された燃料タンクが提示されている。
【0007】
しかしながら、カチオン電着塗装は被塗物を塗料溶液に浸漬して電着させる方法であり、給油管には実際に適用されている技術であるが、給油管のような小物は別にしても燃料タンクのように大きな浮力が生じるものに対しては適用困難であるとの問題がある。また、隙間開口量が小さく奥行きが大きい形状の隙間に対しては必ずしも十分な防食効果が得られないとの問題もある。
【0008】
また、ジンクリッチペイントに関してはカソード防食効果によって隙間内部の腐食を抑制することができるが、この種のZn含有塗料はZnを多量に含有し樹脂成分が相対的に少ないため、一般塗料に比べて塗膜密着性に劣る嫌いがある。特に過酷な塩害腐食試験において塗膜にブリスターが生成されたり、極端な場合には塗膜が剥離するという問題が生じる場合がある。塗膜密着性を改善しようとすれば、Zn含有量を低減するのが一手段となるが、これを行えば本来目的とするカソード防食効果が大きく毀損されてしまうとの問題がある。
【0009】
一方、アルミめっきステンレス鋼板を素材とする場合、燃料タンクや燃料パイプに成形加工する段階で、めっき層の剥離が生じるという問題がある。長期防錆を目的としためっき層は犠牲防食効果を発現し得るAlやZnを主成分とするのが常套で、めっき付着量を高める必要性から一般には溶融めっきが適用されるが、溶融めっき時に形成される合金層が脆いために、タンクのプレス加工の如き過酷な塑性加工が加えられると合金層に亀裂が生じ、これを起点としてめっき層が剥離して十分な防錆効果が得られないとの問題がある。また、合金層の脆弱性はプレス加工における割れにつながるとの問題もある。
【0010】
【特許文献1】特開2003−277992号公報
【特許文献2】特開2004−115911号公報
【特許文献3】特開2003−221660号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、塩害環境下での耐食性に優れた自動車燃料タンク用のステンレス鋼板素材の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、種々のステンレス鋼について塩害腐食試験を行った結果、燃料タンクに存在する付属部品の締結や溶接によって導入される隙間構造部あるいは溶接やロウ付けによる熱影響部における局部腐食問題を克服するには犠牲陽極を用いたカソード防食が不可欠であると判断し、その最も実用的な手段として、溶融アルミめっきステンレス鋼材を適用するのが有効であるとの結論を得た。
【0013】
めっき層の主成分となるAlは、塩害環境において素材に対してカソード防食効果を奏する金属元素で、同様の効果を奏するZnなどに比べて消耗寿命が長いという利点があり、長期防錆という本発明の目的に最も有用なめっき金属種であると評価できた。また、めっき方法としては、長期防錆に必要とされる付着量を確保できる溶融めっき法が工業的に確立されているという点も実用性を高める大きな利点として評価できた。さらに、溶融めっきによって必然的に形成される合金層が、基材が普通鋼の場合と異なり、ステンレス鋼基材に対しては犠牲防食効果を奏することを知見し、単なるめっき層の防食効果に加えて、めっき層が消失した後にも合金層の存在によって犠牲防食効果が確保できる点も利点として評価できた。
【0014】
しかしながら、アルミめっき層とステンレス基材の間に形成される合金層が脆いため、めっき鋼材に塑性加工を加えると、合金層に生じる亀裂を起点としてめっき剥離が生じてしまい、十分な防錆性が得られなくなってしまう。
本発明者らは、めっき剥離の現象を精査した結果、合金層に生じる複数の亀裂が合金層内部あるいは合金層と地鉄の界面あるいは合金層とめっき層との界面において連結、合体して、めっき剥離に至ることを究明した。このような合金層の脆弱性に起因する問題に対して、従来は合金層厚みを小さくすることで回避されてきたが、燃料タンクのプレス成形の加工条件は極めて過酷であり、合金層厚みを極小化するだけでは問題が解消されないことを知見した。
【0015】
そこで、本発明者らは、合金層自体の要因以外に解決策を見出すベく研究した結果、亀裂の発生、成長が合金層に付加される応力によって支配されることを明確化し、工具と被加工素材の界面における摩擦力を塑性加工が加えられている間中ずっと低レベルに維持することが肝要であり、塑性加工時における摩擦係数低減の最も有効かつ現実的な手段として、めっき層上への潤滑皮膜の形成を想起した。本発明者らが種々検討した結果、アルミめっきステンレス鋼に適した潤滑皮膜の要件が明らかになり、この要件を満たす潤滑皮膜を適用することによって始めて、めっき剥離問題を解消することができるとの知見を得た。
【0016】
しかしながら、単に摩擦係数が十分に低いだけの潤滑皮膜では、必ずしも満足すべき耐食性が得られなかったり、プレス成形後の溶接やロウ付けの工程で作業性の問題が生じたりした。すなわち、溶接やロウ付け工程でタンクシェルに潤滑皮膜が残留していると、潤滑皮膜は熱分解されヒュームが生じて作業環境を悪化させるのみならず、鋼板表層に浸炭が起こって粒界腐食が生じるようになった。この問題を解消するには、プレス成形後の溶接やロウ付けの工程の前の段階で除去する必要があり、その除去作業が比較的簡便な手法で容易に達成できることが必要であった。これに対して、本発明者らは、潤滑皮膜の除去性について検討を行い、温水スプレーといった容易な手法で除去可能な潤滑皮膜組成を選定することにしたのである。
【0017】
一方、本発明者らは、溶接やロウ付け工程前の潤滑皮膜の除去の容易性について検討した過程において、皮膜の除去性が皮膜の下地に対する密着性にも依存することを知見した。プレス加工時の潤滑機能を重視すれば潤滑皮膜の密着性が重要で、これを向上させるためにクロメート処理などの化成処理を施すのが常套である。しかしながら、クロメート処理を施すことによって皮膜とクロメートの水素結合ができて温水スプレーで皮膜を完全に除去するのが困難になることがわかった。そこで、潤滑皮膜はめっき層に直接形成させることとし、化成処理を施さずとも十分な密着性を確保できる潤滑皮膜組成を選定することにしたのである。
【0018】
さらに、合金層の有害性は、単にめっき層剥離を起こして防錆性を劣化させるだけでなく、過酷な条件でプレス加工を行うと基材にも割れが繋がって、プレス成形自体が不可能となる場合があった。このため、割れ抵抗性の点から必要となる基材の材質条件を解明し、これに加えて前記した合金層厚み低減と可溶型潤滑皮膜形成の要素を重畳させることによって初めて、満足すべき防錆性を有する燃料タンクが得られることを見出した。
【0019】
本発明は前記知見に基づいて構成したものであり、その要旨は以下の通りである。
(1)質量%で、Cr:10.0〜25.0%を含有し、平均r値が1.4以上、全伸びが30%以上であるフェライト系ステンレス鋼板基材あるいはCr:10.0〜25.0%を含有し、全伸びが45%以上、加工硬化率が400N/mm2以下であるオーステナイト系ステンレス鋼板基材の表面に、5〜13%のSiを含有し、残部が不可避的不純物およびAlからなるめっき層を付着量5g/m2以上80g/m2以下で形成させ、めっき層と地鉄の間に形成される合金層の厚みが5.0μm未満であり、めっき層の上に可溶型樹脂および可溶型樹脂に対して質量%で1〜30%の潤滑機能付与剤で構成される摩擦係数0.15以下の潤滑皮膜を有することを特徴とする塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。
【0020】
(2)潤滑皮膜が、可溶型樹脂と可溶型樹脂に対して質量%で1〜30%の潤滑機能付与剤と前記可溶型樹脂に対して質量%で30%以下のシリカ粒子で構成されることを特徴とした前記(1)に記載の塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。
(3)潤滑皮膜における可溶型樹脂が、カルボキシル基もしくはスルホン酸基を分子中に含有する可溶型ポリウレタン水性組成物であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。
【0021】
(4)潤滑皮膜における潤滑機能付与剤が、ポリオレフィンワックス、フッ素系ワックス、パラフィン系ワックス、ステアリン酸系ワックスの1種または2種以上からなることを特徴とした前記(1)から(3)のいずれかに記載の塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。
(5)潤滑皮膜の厚みが0.5〜5.0μmの範囲にあることを特徴とする前記(1)から(4)のいずれかに記載の塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板にある。
【発明の効果】
【0022】
以上述べたように、本発明によって、塩害環境下での耐食性に優れた燃料タンク用素材鋼板が得られるので、産業上の効果は大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明における燃料系部品用の素材としては、Cr:10.0〜25.0%を含有するフェライト系もしくはオーステナイト系のステンレス鋼板とする。Crは素材の耐食性を支配する主要元素であり、10.0%を下回ると耐食性が不十分となる。当該鋼板には後述のアルミめっきが施され合金層が形成されるが、この合金層は脆く亀裂が生じ易いため、合金層と鋼板地鉄が共に腐食環境に曝される場合が生じる。たとえば、長期にわたって塩害環境に曝されれば、めっき層が全て消耗され尽くし合金層が露出した状態になるが、この時の合金層には地鉄に達する亀裂が含まれている。このような状態においても、合金層より地鉄が電気化学的に貴になっていれば合金層が選択的に腐食されて地鉄が防食されることになる。
【0024】
この電気化学的条件を満たすための地鉄のCr含有量の下限が10.0%である。一方、Crは固溶強化元素であり25.0%を越えて含有させると、素材の延性が劣化して十分な加工性が得られなくなる。このため、素材のCr含有量は10.0〜25.0%に限定する。Cr以外の合金元素、例えばNi,Mo,Cu,Ti,Nbなどについては、公知の技術に従って適宜含有させて良い。ただし、これらの元素を含有させる場合でも、Cr量としては前記範囲を満たすことを必要条件とする。
【0025】
前記のCrを含有する鋼板は、溶融アルミめっきが施されるものとする。Alは塩害環境において基材に対してカソード防食効果を及ぼすため、めっき金属における主成分として位置付ける。しかしながら、Al単独のめっき組成では、合金層が成長してめっき剥離を招来するので適量のSiを含有させる。合金層の成長を抑止するSiの適正量は5〜13%であり、望ましくは8〜11%である。
【0026】
めっき層の付着量としては、5〜80g/m2が適正範囲である。付着量が少なすぎると満足すべき防錆性が得られず、付着量が多過ぎると合金層厚みが増大してめっき剥離を起こし、かえって防錆性が劣化するためである。なお、ここで規定するめっき付着量は片面に対する付着量であり、測定対象面をシールテープでマスキングしためっき板試料を10%NaOH溶液に浸漬して、測定対象面の反対面のめっき層のみを溶解した後に、シールテープを剥離して重量測定し、その後再度10%NaOH溶液に浸漬して測定対象面のめっき層を溶解した後、再度重量測定を行い、これら重量変化から求めるものとして定義する。
【0027】
溶融めっき時に不可避的に形成される合金層は延性に乏しく、加工によってめっき剥離の起点となる亀裂が生じる。これを可及的に抑止するには合金層厚みを極小化する必要があり、本発明では厚みが5.0μm以下であることを必要条件とする。なお、ここで言う合金層厚みは、めっき板の断面における任意の10視野について倍率500の光学顕微鏡観察によって得られる測定値の平均値として定義する。
前記のアルミめっき鋼板には、摩擦係数が0.15以下となる潤滑皮膜を形成させる。摩擦係数が0.15を越える場合には、潤滑特性が不十分のため合金層の亀裂を起点としためっき層剥離が生じるため満足すべき耐食性が得られない。
【0028】
潤滑皮膜の組成としては、所定の摩擦係数が得られることは言うに及ばず潤滑膜の樹脂成分が温水やアルカリ水に溶解されることで、プレス加工などの冷間成形の後でかつ溶接やロウ付け施工の前の段階で、容易に除去できることが必要である。有機物である潤滑皮膜は、溶接やロウ付けによる昇熱によって分解されて熱影響部に浸炭が起こり粒界腐食感受性が高まって長期耐食性を劣化させる懸念がある。また、昇熱による皮膜の分解生成物はヒュームとなり異臭を発生させるため、溶接あるいはロウ付けの作業環境を清浄に管理する必要が生じる。このような問題を解消するには、溶接やロウ付けに先立って潤滑皮膜を除去すればよく、プレス加工後に温水やアルカリ水を用いて洗浄する程度の簡便な手段で潤滑皮膜が除去できることが必要である。
【0029】
このような可溶性潤滑皮膜としては、その樹脂成分としてポリエチレングリコール系、ポリプロピレングリコール系、ポリビニルアルコール系、アクリル系、ポリエステル系、ポリウレタン系などの樹脂水分散体あるいは水溶性樹脂の中から選定して適用すれば得られるが、高度の成形性あるいは密着性を確保する目的に合致する可溶性樹脂成分としては、カルボキシル基もしくはスルホン酸基を分子中に含有する可溶型ポリウレタン水性組成物が最も有効である。可溶型ポリウレタン水性組成物は、1分子当たり少なくとも2個のイソシアネート基を有する化合物と、1分子当たり少なくとも2個の水酸基を有する化合物と、分子内に少なくとも1個以上の水酸基などの活性水素基を有し、かつカルボキシル基、スルホン酸基等の酸基を含有する化合物を反応させて、水に溶解もしくは分散させることによって得られる。
【0030】
1分子当たり少なくとも2個のイソシアネート基を有する化合物としては、テトラメチレンジイソシネートや1,2−ブチレンジイソシネートなどの脂肪族ジイソシネート、1,3−シクロペンタンジイソシネートや3−イソシネートメチル−3,5,5−トリメチルシクロヘキシルイソシネートなどの脂環族ジイソシネート、p−フェニレンジイソシネートや1,5−ナフタレンジイソシネートなどの芳香族ジイソシネート、1,3−キシリレンジイソシアネートや1,3−ビス(1−イソシネート−1−メチルエチル)ベンゼンなどの芳香脂肪族ジイソシネートなどが使用できる。
【0031】
1分子当たり少なくとも2個の水酸基を有する化合物としては、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、ポリエーテルエステルポリオール、ポリエステルアミドポリオール、アクリルポリオール、ポリカーボネートポリオールなどが使用できる。これら化合物の分子量は、皮膜強度などの性能、イソシネート基との反応速度、製造作業性などの点から、200から10000が好ましい。さらに、皮膜性状最適化のためウレタン結合濃度を調節する目的から、ジエチレングリコール、トリエチレングリコールなどのグリコール類を混合してもよい。
【0032】
分子内に少なくとも1個以上の水酸基などの活性水素基を有し、かつカルボキシル基、スルホン酸基等の酸基を含有する化合物としては、フェノールスルホン酸、スルホ安息香酸などのスルホン基含有化合物、アジピン酸、ジメチロールプロピオン酸などのカルボキシル基含有化合物、およびこれらの誘導体、あるいはこれらを共重合して得られるポリエステルポリオールが使用できる。可溶型ポリウレタン水性組成物を水に溶解または分散させるには、カルボキシル基、スルホン酸基を中和すればよい。中和剤としては、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物やアミン類が使用できる。添加方法としては、ポリウレタンプレポリマーに直接添加してもよいし、ポリウレタンプレポリマーを溶解、分散させる際の水に添加しておいてもよい。
【0033】
前記の可溶型ポリウレタン水性組成物をバインダー成分とした可溶型潤滑皮膜における潤滑機能付与剤としては、ポリオレフィン系ワックス、フッ素樹脂系ワックス、パラフィン系ワックス、ステアリン酸系ワックスのうち1種または2種以上からなるものが使用できる。これらワックス樹脂は粒子として使用するが、その平均粒径は10μm以下であることが望ましい。粒径が大きいと、皮膜の連続性や均一性が損なわれ安定した潤滑効果が得られにくくなるためである。また、これらワックス成分の皮膜中の含有量としては、前記の可溶型ポリウレタン水性組成物の固形分に対して1〜30質量%の範囲であることが望ましい。1%を下回ると所定の潤滑効果が得られず、30%を超えると皮膜強度が低下してカジリが生じたりする。
【0034】
さらに、前記可溶型潤滑皮膜には第3成分としてシリカ粒子を含有させてもよい。シリカ粒子は皮膜強度を向上させてカジリなどを抑止するのに有用である。シリカ粒子としては、水分散コロイダルシリカなどが適用できる。粒径は、1次粒径として2〜30nm、2次凝集粒径として100nm以下が望ましく、含有量としては前記の可溶型ポリウレタン水性組成物の固形分に対して30質量%以下であることが望ましい。多量に含有させると皮膜の延展性が低下するため、かえってカジリが生じ易くなるためである。
【0035】
次に、潤滑皮膜の厚みについては、薄過ぎれば潤滑効果が不十分となるので、ある程度の厚みが必要であり、0.5μmが必要下限膜厚として管理するのが望ましい。上限については、プレス加工などの冷間成形の後でかつ溶接やロウ付け工程の前に除去できない非可溶型潤滑皮膜の場合には、潤滑皮膜の残留が溶接性やロウ付け性を劣化させる主因となるので規制すべきであり、5μmを上限膜厚とするのが望ましい。一方、溶接やロウ付けの前に除去できる可溶型潤滑皮膜の場合は、厚過ぎると皮膜除去に時間がかかったり使用するアルカリ液の劣化を早めるなど、皮膜除去工程に悪影響を与えるので、5μmを上限としておくのが望ましい。
【0036】
前記した潤滑皮膜は、めっき層上に直接形成させるものとする。前記した組成の可溶性樹脂からなる潤滑皮膜はめっき層に対して十分な密着性を有するためクロメート処理などの化成処理による密着性向上対策が不要であるだけでなく、むしろ化成処理を施すことによって潤滑皮膜と化成処理皮膜の間に水素結合が形成されて潤滑皮膜の完全除去が困難になるためである。潤滑皮膜の形成手段としては、特に規定するものではないが、膜厚を均一に制御する観点からロールコートが望ましい。
【0037】
前記アルミめっき鋼板の基材の材質特性は、プレス成形性の点から、基材がフェライト系ステンレス鋼の場合は、平均r値が1.4以上、全伸びが30%以上の2要件、基材がオーステナイト系ステンレス鋼の場合は、全伸びが45%以上、加工硬化率が400N/mm2 以下、の2要件を共に満たすことを必要条件とする。これらのうち1要件でも満足されない鋼板は、潤滑皮膜が形成されていても合金層割れやめっき剥離が生じる部位で鋼板自体が割れに至り燃料タンクとしての成形ができなくなるためである。
【0038】
なお、前記材質特性はJISZ2201に規定される13B号試験片を用いた引張試験によって求められる。全伸びは、引張試験前後の標点間距離の変化量から求めるものとする。平均r値は、(rL+rC+2rD)/4で定義し、rL、rC、rDは、それぞれ、圧延方向、圧延方向と直交する方向、圧延方向に対して45度の方向のランクフォード値である。加工硬化率は、30%および40%の引張歪を付与したときの応力をそれぞれ測定して2点間の勾配を算出することによって求める。
【0039】
ただし、前記の材質特性を満たしても、前記した潤滑皮膜が形成されない場合には、合金層割れを起点としためっき層剥離の問題を克服できないだけでなく、燃料タンクや燃料パイプへの成形加工自体が困難となる。これらの問題を解消する手段として、前記したアルミめっきステンレス鋼板に適した潤滑皮膜の存在が必要不可欠となるのである。
【0040】
前記要件を満たしたアルミめっきステンレス鋼潤滑鋼板素材は、プレス加工やシーム溶接、スポット溶接、プロジェクション溶接といった溶接やロウ付け、あるいは金具の取り付けなどの通常の成形、組立工程を経て燃料タンクに成形される。ただし、プレス加工が終了した後で且つ溶接やロウ付けの前の段階において、温水やアルカリ水を用いた潤滑皮膜除去工程が含まれる。
【0041】
成形された燃料タンクは、車種によっては車体に搭載した状態で燃料タンクが外部から見える場合があるため、意匠性の点から黒色塗装を施してもよい。また、溶接やロウ付けによってアルミめっきが蒸発してめっき層が損傷を受けるので、当該部位の耐食性をより確実なものにする目的で部分的に補修塗装を施してもよい。塗装方法としては、スプレー法などの既存の方法で十分である。
【実施例】
【0042】
実施例に基づいて、本発明をより詳細に説明する。
表1に示す組成のフェライト系ステンレス鋼A、オーステナイト系ステンレス鋼B、および比較鋼Cのスラブから熱延―熱延板焼鈍−酸洗−1回目冷延−中間焼鈍−2回目冷延−仕上焼鈍の工程を通して板厚0.8mmの鋼板を製造した。熱延板焼鈍は900〜1000℃の範囲で変化させ、冷延圧下率は累積で70〜85%の範囲で変化させ、中間焼鈍、仕上焼鈍は750〜1000℃の範囲で変化させて材質特性を変化させた。この鋼板より試験片を採取して引張試験を行い表2に示す材質特性を把握した。
【0043】
【表1】

【0044】
この鋼板に対して、ガスワイプの条件を制御して付着量を変化させた溶融アルミめっきを施した。めっき浴温度は660〜720℃とした。めっき金属は、不可避的不純物以外の成分としてSiを含むAl主体の組成とした。Si含有量、めっき浴温度、めっき付着量を変えることによって合金層厚みを変化させた。この溶融Alめっき板よりφ100mmのサンプルを打ち抜いて、測定対象面をシールテープでマスキングしためっき板試料を10%NaOH溶液に浸漬して、測定対象面の反対面のめっき層のみを溶解した後に、シールテープを剥離して再度φ70mmに打ち抜いた試料板の重量を測定した後、10%NaOH溶液に浸漬して測定対象面のめっき層を溶解した後、再度重量測定を行い、これら重量変化から片面のめっき付着量を求めた。合金層厚みは、めっき板の断面について光学顕微鏡観察を行って求めた。倍率500で任意の10視野について観察し、その平均値を求めて、これを合金層厚みとした。
【0045】
前記のアルミめっき鋼板への可溶型潤滑皮膜形成は、次のように実施した。
攪拌機、ジムロート冷却器、窒素導入管、シリカゲル乾燥管、温度計を備えた4つ口フラスコに、3−イソシアネートメチル−3,5,5−トリメチルシクロヘキシルイソシアネート87.11g、1,3−ビス(1−イソシアネート−1−メチルエチル)ベンゼン31.88g、ジメチロールプロピオン酸41.66g、トリエチレングリコール4.67g、アジピン酸、ネオペンチルグリコール、1,6−ヘキサンジオールからなる分子量2000のポリエステルポリオール62.17g、溶剤としてアセトニトリル122.50gを加え、窒素雰囲気下で70℃に昇温し4時間攪拌してポリウレタンプレポリマーのアセトニトリル溶液を得た。このポリウレタンプレポリマー液346.71gを、水酸化ナトリウム12.32gを639.12gの水に溶解した水溶液にホモデイスパーを用いて分散、エマルション化し、これに2−[(2−アミノエチル)アミノ]エタノール12.32gを水110.88gで希釈した溶液を添加して鎖伸長反応させ、さらに50℃、150mmHgの減圧下でポリウレタンプレポリマー合成時に使用したアセトニトリルを留去することによって、溶剤を実質的に含まない、酸値69、固形分濃度25%、粘度30mPa・sのポリウレタン水性組成物を得た。
【0046】
このポリウレタン水性組成物に、軟化点110℃平均粒径2.5μmの低密度ポリエチレンワックス、平均粒径3.5μmのポリテトラフルオロエチレンワックス、融点105℃平均粒径3.5μmの合成パラフィンワックス、平均粒径5.0μmのステアリン酸カルシウムワックス、1次平均粒径20nm加熱残分20%のコロイダルシリカの中から1種または2種を配合して塗料とした。ポリウレタン水性組成物に対するワックス成分の配合比率を変化させて、形成される潤滑皮膜の摩擦係数を変化させることにした。この塗料を、前記アルミめっき鋼板にロールコート法で塗装して板温80℃で焼付けて可溶型潤滑皮膜を形成させた。膜厚は種々変化させ、赤外線膜厚計で測定した。また、非可溶型潤滑皮膜については、日本パーカライジング製潤滑塗料パルトップTD908をロールコート法で前記アルミめっき鋼板に塗布して形成させた。
【0047】
このようにして製造された潤滑塗装アルミめっき鋼板を、プレス成形試験に供した。図1は、プレス成形試験に用いたタンクの形状を示した図である。アッパーシェル1およびロアーシェル2を別々にプレスした後、両者のフランジ部分3を合わせて破線部分にシーム溶接4を施した状況を示したものである。実際のタンクは、この後、ポンプリテーナー、バルブリテーナー、燃料入口パイプなどの部品が溶接やロウ付けで接合されて仕上げられるが、図1は、この最終形状の一歩手前の状況を示したものである。
【0048】
アッパーシェル1、ロアーシェル2の両シェルには、タンクの剛性を高める凹み、タンク吊り下げバンドを架ける部位への凹み、車体に接する部位における突起などが随所に形成させた。成形高さは両シェルともに約150mmとした。アッパー側の方がロアー側より形状が複雑で加工条件が厳しい。また、一部の比較例において、潤滑皮膜を形成させていない素材鋼板を用いてプレス成形試験を行ったが、この場合にはプレス油を塗布して供試した。
【0049】
このプレス成形試験後のアッパー、ロアーの両プレス品で、基材割れおよびめっき剥離の有無を評価した。基材割れが生じたものについては以降の試験を中止し、割れが見られなかったケースについては、50℃の温水スプレーで潤滑皮膜の除去処理を施した。潤滑皮膜の残留有無は、アッパーおよびロアーの2つのプレス品の一部から採取したサンプルについて赤外分光法でスペクトルを取ってC−H吸収の吸光度を測定する方法とアッパーおよびロアーの全体に対してメチルバイオレットを指示薬としたアセトン溶液を噴霧して染色の有無を観察する方法の2法で評価した。いずれかの方法で残留が示唆された場合は不合格と評価し、いずれの方法においても残留が見られなかったものは合格と評価した。その後、アッパーおよびロアーの2つのプレス品を合わせて形成されるフランジ部分に対して抵抗溶接法によるシーム溶接を施し、タンク成形品とした。なお、前記プレス品において、非可溶型潤滑皮膜が適用されていたものについては温水スプレーによる潤滑皮膜除去の工程を省略した。
【0050】
このタンク成形品のシーム溶接部分には、タンク外面側に隙間開口量が約0.5mm、隙間奥行き約15mmの溶接隙間構造が形成されていた。当該隙間構造部を含む形でシーム溶接部より、図2に示すカットサンプルを採取しタンク内面側および端面をシールした後、塩害腐食試験に供した。腐食試験の内容としては、5%NaCl溶液噴霧、35℃×2Hr→強制乾燥60℃×4Hr→湿潤(相対湿度90%)50℃×2Hrの複合サイクル試験を600サイクルにわたって繰り返し、その後シーム溶接隙間構造部を解体、除錆して隙間内部における腐食深さを顕微鏡焦点深度法で計測した。
【0051】
図2は、腐食試験に用いたシーム溶接隙間構造部のカットサンプルの形状を示す図である。図に示す符号5は、シーム溶接ナゲットを示し、6は、熱影響部を示す。なお、一部の供試材については、アルミめっきの後にクロメート処理を施した。付着量は20mg/m2とした。また、一部の供試材については、シーム溶接を施した後のタンクにスプレー塗装(塗料としてアイシン化成製エマルタ5600を用い、膜厚を25μmとした)を施した。
【0052】
試験条件および試験結果を表2に示す。
No.1〜11の本発明例では、基材の割れやめっき剥離を生じることなくプレス加工ができ、プレス成形後の皮膜除去も可能である。加えて、成形タンクの溶接隙間構造部において従来問題となっていたフェライト系鋼の隙間腐食、オーステナイト系鋼の応力腐食割れが防止でき、本発明の目的とした満足すべき優れた耐食性が達成できている。
【0053】
一方、比較例No.12は、潤滑皮膜におけるワックス成分の含有量が本発明の要件を外れており、比較例No.13は、シリカが含有量が本発明の要件を外れており、比較例No.14、15、18は、合金層厚み、またはめっき付着量のいずれかの要件の1つまたは2つが本発明の条件を外れており、比較例No.23、24は、めっき組成の要件と合金層の要件が共に本発明の条件を外れている。このため、プレス加工において、めっき剥離が生じて、腐食試験で満足すべき耐食性が発揮されなかった。また、比較例No.22は、鋼成分の要件が本発明の範囲を外れているため、満足すべき耐食性が得られなかった。
【0054】
比較例No.16、17、21はアルミめっき鋼板の材質の要件が本発明の範囲をはずれているため、プレス成形において基材割れを防止できなかった。比較例No.19は潤滑皮膜におけるワックス含有量が少な過ぎたため本発明の要件とする所定の摩擦係数が得られず、プレス成形で割れが生じた。また、比較例No.25、26は、鋼成分、材質、めっき、合金層、潤滑皮膜の要件が本発明の範囲にあるが、潤滑皮膜とめっき層の間にクロメート処理が存在したため、プレス後の潤滑皮膜の除去が不完全となり、このために粒界腐食が発生し満足すべき耐食性が得られなかった。
【0055】
また、比較例No.27、28は、潤滑皮膜が非可溶性であるため、皮膜が除去できず満足すべき耐食性が得られなかった。また、比較例No.20は潤滑皮膜を形成しなかった場合のプレス成形の問題を確認したものであり、比較例No.29、30は、アルミめっきを施さない場合のフェライト系鋼の隙間腐食あるいはオーステナイト系鋼の応力腐食割れの問題を確認したものである。
【0056】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】プレス成形試験に用いたタンクの形状を示した図である。
【図2】腐食試験に用いたシーム溶接隙間構造部のカットサンプルの形状を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
1 アッパーシェル
2 ロアーシェル
3 フランジ部分
4 シーム溶接
5 シーム溶接ナゲット
6 熱影響部


特許出願人 新日鐵住金ステンレス株式会社


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:10.0〜25.0%を含有し、平均r値が1.4以上、全伸びが30%以上であるフェライト系ステンレス鋼板基材あるいはCr:10.0〜25.0%を含有し、全伸びが45%以上、加工硬化率が400N/mm2以下であるオーステナイト系ステンレス鋼板基材の表面に、5〜13%のSiを含有し、残部が不可避的不純物およびAlからなるめっき層を付着量5g/m2以上80g/m2以下で形成させ、めっき層と地鉄の間に形成される合金層の厚みが5.0μm未満であり、めっき層の上に可溶型樹脂および可溶型樹脂に対して質量%で1〜30%の潤滑機能付与剤で構成される摩擦係数0.15以下の潤滑皮膜を有することを特徴とする塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。
【請求項2】
潤滑皮膜が、可溶型樹脂と可溶型樹脂に対して質量%で1〜30%の潤滑機能付与剤と前記可溶型樹脂に対して質量%で30%以下のシリカ粒子で構成されることを特徴とした請求項1記載の塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。
【請求項3】
潤滑皮膜における可溶型樹脂が、カルボキシル基もしくはスルホン酸基を分子中に含有する可溶型ポリウレタン水性組成物であることを特徴とする請求項1または2に記載の塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。
【請求項4】
潤滑皮膜における潤滑機能付与剤が、ポリオレフィンワックス、フッ素系ワックス、パラフィン系ワックス、ステアリン酸系ワックスの1種または2種以上からなることを特徴とした請求項1から3のいずれかに記載の塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。
【請求項5】
潤滑皮膜の厚みが0.5〜5.0μmの範囲にあることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の塩害環境での耐食性に優れた自動車用燃料タンク用表面処理ステンレス鋼板。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−191775(P2007−191775A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−13345(P2006−13345)
【出願日】平成18年1月23日(2006.1.23)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】