説明

多重クラッチ装置

【課題】油圧室に一端を臨ませるピストンを付勢する付勢手段をそれぞれ備えるとともに単一の油圧クラッチアウタを共通に備える複数の油圧クラッチが、各油圧室に作用する油圧の独立制御に応じた断・接作動を可能として各ピストンの作動方向と同一方向に延びる軸線を有する出力軸の軸線方向に並設されて成る多重クラッチ装置において、出力軸の半径方向でのコンパクト化を図る。
【解決手段】各油圧クラッチ30A,31Aの付勢手段38,48が、出力軸20,21を囲繞しつつ該出力軸20,21の軸線方向に並んで配置される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油圧室、該油圧室に一端を臨ませるピストン、ならびに前記油圧室の容積を縮小する側に前記ピストンを付勢する付勢手段をそれぞれ個別に備えるとともに伝達すべきトルクが入力される単一の油圧クラッチアウタを共通に備える複数の油圧クラッチが、前記各油圧室に作用する油圧の独立制御に応じた断・接作動を可能として、前記各ピストンの作動方向と同一方向に延びる軸線を有する出力軸の軸線方向に並設されて成る多重クラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
このような多重クラッチ装置は、特許文献1で既に知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−343666号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、多重クラッチ装置の各油圧クラッチがそれぞれ備える付勢手段相互の干渉を回避するために、上記特許文献1で開示されたものでは、出力軸の半径方向に沿って相互に異なる位置に各付勢手段が配置される構造となっている。しかるにこのような付勢手段の配置では、各油圧クラッチの油圧室の形状に影響を与えるだけでなく、出力軸の半径方向に複数の付勢手段を配置するためのスペースを確保する必要があるので多重クラッチ装置の半径方向での大型化を招いてしまう。
【0005】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、出力軸の半径方向でのコンパクト化を図った多重クラッチ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明は、油圧室、該油圧室に一端を臨ませるピストン、ならびに前記油圧室の容積を縮小する側に前記ピストンを付勢する付勢手段をそれぞれ個別に備えるとともに伝達すべきトルクが入力される単一の油圧クラッチアウタを共通に備える複数の油圧クラッチが、前記各油圧室に作用する油圧の独立制御に応じた断・接作動を可能として、前記各ピストンの作動方向と同一方向に延びる軸線を有する出力軸の軸線方向に並設されて成る多重クラッチ装置において、前記各油圧クラッチの付勢手段が、前記出力軸を囲繞しつつ該出力軸の軸線方向に並んで配置されることを第1の特徴とする。
【0007】
また本発明は、第1の特徴の構成に加えて、一対の油圧クラッチが前記出力軸の軸線方向に並設され、両油圧クラッチがそれぞれ備える付勢手段が、前記出力軸の軸方向から見たときに少なくとも一部が重なるように配置されることを第2の特徴とする。
【0008】
本発明は、第1または第2の特徴の構成に加えて、前記各油圧クラッチの1つである特定の油圧クラッチが備える特定のピストンの内周部に、前記出力軸を同軸に囲繞する円筒状のボス部が一体に設けられ、前記出力軸の軸方向に移動し得るリング状のリテーナの一側面が前記ボス部の端部に当接され、前記特定の油圧クラッチが備える特定の前記付勢手段の一端が、前記リテーナの他側面に当接されることを第3の特徴とする。
【0009】
本発明は、第3の特徴の構成に加えて、前記ボス部の外周に、前記特定のピストンとは異なる他のピストンの内周部が相対摺動可能に支持され、前記他のピストンを付勢すべく当該ピストンに一端を当接させた他の付勢手段の他端を受ける受け部材が、前記他のピストンから遠ざかる側の移動を不能として前記ボス部の端部外周に支持されることを第4の特徴とする。
【0010】
本発明は、第1〜第4の特徴の構成のいずれかに加えて、前記クラッチアウタとは別体に形成される円筒部材が、前記ボス部を軸方向摺動可能に嵌装せしめるようにして前記出力軸を同軸に囲繞するように配置されるとともに、前記クラッチアウタとともに回転するようにして該クラッチアウタに結合もしくは係合されることを第5の特徴とする。
【0011】
さらに本発明は、第4の特徴の構成に加えて、前記各ピストンに個別に対応した油圧室に発生する遠心油圧を相殺する油圧を前記他のピストンに作用せしめるようにして前記各ピストンに共通な単一のキャンセラー室を備えることを第6の特徴とする。
【0012】
なお実施の形態の第1メインシャフト20および第2メインシャフト21が本発明の出力軸に対応し、実施の形態の伝動筒軸24が本発明の円筒部材に対応し、実施の形態の第1および第2クラッチばね38,48が本発明の付勢手段に対応する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の第1の特徴によれば、複数の油圧クラッチの付勢手段が出力軸を囲繞しつつ該出力軸の軸線方向に並んで配置されるので、出力軸の半径方向で相互に異なる位置に各付勢手段を配置した従来の多重クラッチ装置に比べて、多重クラッチ装置を半径方向でコンパクト化することができる。
【0014】
また本発明の第2の特徴によれば、出力軸の軸方向から見たときに少なくとも一部が重なるように一対の付勢手段が配置されるので、出力軸の半径方向で両付勢手段が占める占有面積を小さくし、多重クラッチ装置を半径方向でより一層コンパクト化することができる。
【0015】
本発明の第3の特徴によれば、特定の油圧クラッチが備える特定のピストンの内周側のボス部の端部にリテーナの一側面が当接し、特定の付勢手段の一端がリテーナの他側面に当接するようにして、特定の油圧クラッチの付勢手段を特定のピストンに対して軸方向にオフセットした位置に配置することで、複数の付勢手段を出力軸の軸線方向に並べて配置するスペースを確保することができる。
【0016】
本発明の第4の特徴によれば、ボス部の外周に他のピストンの内周部が相対摺動可能に支持され、前記他のピストンに一端を当接させた他の付勢手段の他端を受ける受け部材が他のピストンから遠ざかる側の移動を不能としてボス部の端部外周に支持されるので、上記第3の特徴の構成と相まって、複数の付勢手段を出力軸の軸線方向に並べて配置することができる。
【0017】
本発明の第5の特徴によれば、油圧クラッチアウタとは別体である円筒部材が出力軸を同軸に囲繞するように配置され、その円筒部材にボス部が軸方向摺動可能に嵌装され、油圧クラッチアウタに円筒部材が結合もしくは係合されるので、回転マスを減らして軽量化したい油圧クラッチアウタをたとえば比較的軽量な鉄系金属や軽金属製とし、摺動性および剛性が必要とされる円筒部材をたとえば高剛性の鉄系金属で形成するようにして、軽量化と、剛性および作動性との両方を満足する多重クラッチ装置を得ることができる。
【0018】
さらに本発明の第6の特徴によれば、特定の油圧クラッチが備える特定のピストンに、他の油圧クラッチのピストンが摺動可能に嵌合され、内側のピストンに単一のキャンセラー室で生じた油圧を作用せしめるようにしており、各ピストンに個別に対応した油圧室の油圧が直列で発生することを利用して、各油圧クラッチにおける遠心油圧を相殺するための油圧を単一のキャンセラー室で発生する油圧でこと足りるようにして構造を簡素化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例1のエンジンの側面図である。
【図2】図1の2−2線拡大断面図である。
【図3】実施例2の図2に対応した縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態を、添付の図面を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0021】
本発明の実施例1について図1および図2を参照しながら説明すると、先ず図1において、車両に搭載されるエンジンのエンジン本体11は、クランクシャフト17を回転自在に支承するクランクケース12と、前上がりに傾斜して該クランクケース12の前側上部に結合されるシリンダブロック13と、該シリンダブロック13の上部に結合されるシリンダヘッド14と、シリンダヘッド14の上部に結合されるヘッドカバー15とを備え、前記クランクケース12の下部にオイルパン16が結合される。
【0022】
図2を併せて参照して、前記クランクケース12の右側面には、クランクケース12の一部を覆うクランクケースカバー18が結合されており、このクランクケースカバー18に、出力軸である第1メインシャフト20の一端部が回転自在に支承され、他の出力軸である第2メインシャフト21が、第1メインシャフト20を同軸に囲繞しつつ、複数のニードルベアリング22…を介して、第1メインシャフト20に相対回転自在に支承される。
【0023】
第1および第2メインシャフト20,21と、それらのメインシャフト20,21と平行な軸線を有するカウンタシャフト(図示せず)との間には、選択的に確立可能な複数変速段のギヤ列(図示せず)が設けられる。
【0024】
円筒部材である円筒状の伝動筒軸24が第2メインシャフト21を同軸に囲繞するように配置される。この伝動筒軸24および第2メインシャフト21間にはニードルベアリング25が介装されており、伝動筒軸24は、第2メインシャフト21に相対回転自在に支承される。前記伝動筒軸24には、クランクシャフト17からの回転動力が一次減速装置26、ダンパばね28および伝動部材29を介して入力されるものであり、円板状に形成される伝動部材29の内周部は伝動筒軸24に相対回転不能に結合され、一次減速装置26の一部を構成する被動ギヤ27が前記ダンパばね28を介して前記伝動部材29に連結される。
【0025】
前記クランクシャフト17からのトルクが伝達される前記伝動筒軸24と、第1および第2メインシャフト20,21との間には、複数のクラッチが第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並設されて成る多重クラッチ装置、この実施例では第1および第2油圧クラッチ30A,31Aが第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並設されて成る多重クラッチ装置が設けられる。
【0026】
第1油圧クラッチ30Aは、前記伝動筒軸24および第1メインシャフト20間に設けられ、第2油圧クラッチ31Aは、前記伝動筒軸24および第2メインシャフト21間に設けられるものであり、第1および第2油圧クラッチ30A,31Aは、伝達すべきトルクが前記伝動筒軸24から入力される単一のクラッチアウタ32を共通に備える。
【0027】
前記クラッチアウタ32は、前記伝動部材29にクランクケースカバー18側から対向するリング板状の端壁部32aと、第1および第2メインシャフト20,21と同軸の円筒状に形成されつつ前記端壁部32aの外周に連設されてクランクケースカバー18側に延びるアウタ側円筒部32bとを一体に有して、たとえば軽量な鉄系金属か、アルミニウム合金等の軽金属によって有底円筒状に形成されるものであり、前記端壁部32aの内周部が、たとえば鉄系金属で形成される前記伝動筒軸24の外周部に、たとえば溶接したり、伝動筒軸24の一部を埋封したりするようにして相対回転不能に結合される。
【0028】
第1油圧クラッチ30Aは、前記伝動筒軸24に相対回転不能に結合される前記クラッチアウタ32と、該クラッチアウタ32におけるアウタ側円筒部32bの開口端側の端部内に同軸に挿入される第1インナ側円筒部33aを有して第1メインシャフト20に固定される第1クラッチインナ33と、前記クラッチアウタ32のアウタ側円筒部32bに相対回転不能に係合される複数枚の第1摩擦板34…と、第1クラッチインナ33の第1インナ側円筒部33aに相対回転不能に係合されるとともに第1摩擦板34…と交互に配置される複数枚の第2摩擦板35…と、相互に重なって配置される第1および第2摩擦板34…,35…のうちクラッチアウタ32の開口端側の端部に配置される摩擦板(この実施例では第2摩擦板35)に対向してクラッチアウタ32のアウタ側円筒部32bに相対回転不能に係合される第1受圧板36と、第1および第2摩擦板34…,35…を第1受圧板36との間に挟んでクラッチアウタ32のアウタ側円筒部32bおよび伝動筒軸24に液密かつ摺動可能に嵌合されるとともに伝動筒軸24およびクラッチアウタ32との間に第1油圧室39を形成する第1ピストン37と、第1油圧室39の容積を縮小する側に第1ピストン37を付勢する第1の付勢手段としてのコイル状の第1クラッチばね38とを備え、クラッチアウタ32におけるアウタ側円筒部32bの開口端部内周にはクランクケース18側から受圧板36の外周に係合する止め輪40が装着される。
【0029】
第2油圧クラッチ31Aは、第1油圧クラッチ30Aと前記一次減速装置26の被動ギヤ27との間に配設されるものであり、前記クラッチアウタ32と、該クラッチアウタ32のアウタ側円筒部32b内に同軸に挿入される第2インナ側円筒部43aを有して第2メインシャフト21に固定される第2クラッチインナ43と、クラッチアウタ32のアウタ側円筒部32bに相対回転不能に係合される複数枚の第3摩擦板44…と、第2クラッチインナ43の第2インナ側円筒部43aに相対回転不能に係合されるとともに第3摩擦板44…と交互に配置される複数枚の第4摩擦板45…と、相互に重なって配置される第3および第4摩擦板44…,45…のうちクラッチアウタ32の開口端側の端部に配置される摩擦板(この実施例では第4摩擦板45)に対向してクラッチアウタ32のアウタ側円筒部32bに相対回転不能に係合される第2受圧板46と、第3および第4摩擦板44…,45…を第2受圧板46との間に挟んで第1油圧クラッチ30Aの第1ピストン37に液密かつ摺動可能に嵌合されるとともに第1ピストン37との間に第2油圧室49を形成する第2ピストン47と、第2油圧室49の容積を縮小する側に第2ピストン47を付勢する第2の付勢手段としてのコイル状の第2クラッチばね48とを備える。
【0030】
第1油圧クラッチ30Aの第1ピストン37は、伝動筒軸24の外周に液密にかつ摺動可能に嵌装される円筒状の第1ボス部37aと、クラッチアウタ32の端壁部32aに対向するとともに内周部が第1ボス部37aに連設される第1端板部37bと、第1端板部37bの外周に連設されるとともにクラッチアウタ32のアウタ側円筒部32bに液密にかつ摺動可能に嵌合される第1外周円筒部37cとを一体に有して有底の二重円筒状に形成される。また第2油圧クラッチ31Aの第2ピストン47は、第1ボス部37aの外周に液密にかつ摺動可能に嵌装される円筒状の第2ボス部47aと、第1ピストン37の第1端板部37bに対向するとともに内周部が第2ボス部47aに連設される第2端板部47bと、第2端板部47bの外周に連設されるとともに第1ピストン37の第1外周円筒部37cに液密にかつ摺動可能に嵌合される第2外周円筒部47cとを一体に有して有底の二重円筒状に形成される。
【0031】
第2クラッチインナ43の第2インナ側円筒部43aは、第1ピストン37の第1外周円筒部37c内に同軸に配置されており、第3摩擦板44…および第4摩擦板45…は、第1外周円筒部37cおよび第2インナ側円筒部43a間で相互に対向するように配置される。而して第3摩擦板44…の外周の周方向に間隔をあけた複数箇所には係合突部44a…が一体に突設され、第2受圧板46の外周にも前記係合突部44a…に対応した係合筒部46aが一体に突設されており、第1外周円筒部37cの周方向に間隔をあけた複数箇所に設けられて軸方向に延びる開口部51…を貫通した前記係合突部44a…,46aが、クラッチアウタ32におけるアウタ側円筒部32bに係合される。また第1外周円筒部37cの開口端側内周には、第2油圧クラッチ31Aにおける第2受圧板46の外周に第2ピストン47とは反対側から係合する止め輪50が装着される。
【0032】
伝動筒軸24の第2クラッチインナ43側端部外周には、リング板状に形成される壁部材52の内周部が摺動可能に嵌装されており、第2クラッチインナ43側から前記壁部材52の内周部に係合する止め輪53が伝動筒軸24の第2クラッチインナ43側端部外周に装着される。また前記壁部材52の外周部にはリング状のシール部材54が装着されており、このシール部材54は、第2ピストン47における第2外周円筒部47cの内周に摺動可能に摺接される。
【0033】
この壁部材52と、前記伝動筒軸24、第1ピストン37および第2ピストン47との間には、第1および第2油圧室39,49に発生する遠心油圧を相殺する油圧を第2ピストン47に作用せしめるようにして第1および第2ピストン37,47に共通である単一のキャンセラー室55が形成され、第1および第2クラッチばね38,48は、第1および第2メインシャフト20,21を囲繞しつつ第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並んでキャンセラー室55に収容される。
【0034】
第1および第2油圧クラッチ30A,31Aの1つである特定の油圧クラッチにおける特定ピストンの内周部、この実施例では第1油圧クラッチ30Aにおける第1ピストン37の内周部には、第1および第2メインシャフト20,21を同軸に囲繞する円筒状のボス部37aが一体に設けられており、第1および第2メインシャフト20,21の軸方向に移動することを可能として内周部が伝動筒軸24の外周に摺動可能に嵌装されるリング状のリテーナ56が前記キャンセラー室55内に収容され、該リテーナ56の一側面内周部が前記ボス部37aの端部に当接され、第1クラッチばね38の一端が前記リテーナ56の他側面に当接され、第1クラッチばね38の他端は前記壁部材52に当接される。
【0035】
また第1ピストン37における第1ボス部37aの外周には、第2ピストン47の内周部である第2ボス部47aが相対摺動可能に支持され、第2ピストン47を付勢すべく当該第2ピストン47に一端を当接させた第2コイルばね48の他端を受ける受け部材57が、第2ピストン47から遠ざかる側の移動を不能として第1ボス部37aの端部外周に支持される。すなわち受け部材57に第2ピストン47とは反対側から当接、係合する止め輪58が第1ボス部37aの端部外周に装着される。
【0036】
而して第1および第2クラッチばね38,48は、第1および第2メインシャフト20,21の軸方向から見たときに少なくとも一部が重なるようにして、第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並設される。
【0037】
このような多重クラッチ装置において、第1油圧室39に油圧が作用すると、第1ピストン37は第1クラッチばね38のばね力に抗して、第1および第2摩擦板34…,35…を前記第1受圧板36との間に挟圧する側に移動し、第1および第2摩擦板34…,35…が摩擦係合することでクラッチアウタ32および第1クラッチインナ33間、すなわち伝動筒軸24および第1メインシャフト20間で動力が伝達されることになる。この際、第2ピストン47も第1ピストン37とともに軸方向に移動するが、第2受圧板46に第2ピストン47と反対側から当接、係合する止め輪50も第1ピストン37とともに移動するので、第2油圧クラッチ31Aにおいて第3および第4摩擦板44…,45…が摩擦係合することはない。
【0038】
また第2油圧室49に油圧が作用すると、第2ピストン47は、第2クラッチばね48のばね力に抗して第3および第4摩擦板44…,45…を第2受圧板46との間に挟圧する側に移動し、第3および第4摩擦板44…,45…が摩擦係合することでクラッチアウタ32および第2クラッチインナ43間、すなわち伝動筒軸24および第2メインシャフト21間で動力が伝達されることになる。また第2ピストン47にばね力を作用せしめる第2クラッチばね48と、第1ピストン37にばね力を作用せしめる第1クラッチばね38とは相互に独立しており、第1および第2油圧室39,49の油圧が相互に影響を及ぼすことはない。
【0039】
ところで第1および第2油圧クラッチ30A,31Aの回転に応じて第1および第2油圧室39,49内の作動油には遠心力が作用するが、前記キャンセラー室55内の作動油にも同様に遠心力が作用するので、第1および第2ピストン37,47の軸方向推進力が前記遠心力に対応した分だけ増大するのは避けられる。
【0040】
第1メインシャフト20には、その一端部を開放するとともに一次減速装置26に対応する部分で内端部を閉じた中心孔62が同軸に設けられており、第1メインシャフト20に対応する部分でクランクケースカバー18には、該クランクケースカバー18との間に第1油圧供給室63を形成する第1キャップ64が締結されるとともに、クランクケースカバー18および第1キャップ64との間に第2油圧供給室65を形成する第2キャップ66が締結される。またクランクケースカバー18の内面側には、第1メインシャフト20の一端部を挿入せしめる凹部67が設けられており、第1油圧クラッチ30Aの第1クラッチインナ33と、前記クランクケースカバー18における前記凹部67の開口端部との間にシール付きのボールベアリング68が介装されるので、クランクケースカバー18、第1メインシャフト20の一端部および第1クラッチインナ33および前記ボールベアリング68によって油室69が形成される。
【0041】
前記クランクケースカバー18には、一端を第1油圧供給室63に通じさせた第1パイプ70の一端部が挿通、支持され、第1パイプ70の他端は第2油圧クラッチ31Aに対応する部分まで前記中心孔62に挿入される。また第1キャップ64には、一端を第2油圧供給室65に通じさせて第1パイプ70内を同軸に貫通する第2パイプ71の一端部が挿通、支持される。而して第1パイプ70の他端外周に固定された環状の第1シール部材72が中心孔62の内周に弾発保持され、第2パイプ72の他端外周に固定された環状の第2シール部材73が中心孔62の内周に弾発保持されており、第2パイプ71の外周と、中心孔62の内周および第1パイプ70の内周との間には、第1油圧供給室63に通じる環状の第1油路74が形成され、第2油圧供給室65に通じる第2油路75が第2パイプ71の内周および中心孔62の内周により形成され、第1パイプ70の外周および中心孔62の内周間には油室69に通じる環状の第3油路76が形成される。而して第1油路74は第2油圧室49に連通され、第2油路75は第1油圧室39に連通され、第3油路76はキャンセラー室55に連通される。
【0042】
図1に注目して、前記オイルパン16内に配置されるオイルストレーナ78を介してオイルパン16内の作動油を吸入する第1および第2オイルポンプ79,80が、クランクシャフト17からの動力伝達によって駆動されるようにしてクランクケース12の下部に配設されており、第1オイルポンプ79から吐出される作動油は第1および第2油圧クラッチ30A,31Aの作動を制御するために用いられ、第2オイルポンプ80から吐出される油は、エンジン本体11の各部潤滑に用いられる。
【0043】
前記クランクケースカバー18の下部にはオイルフィルタ81が配設されるものであり、第1オイルポンプ79から吐出される作動油はオイルフィルタ81に導かれ、このオイルフィルタ81で浄化された作動油はクランクケースカバー18に設けられる第4油路82に導かれる。この第4油路82は、図1で示すように、クランクシャフト17および第1メインシャフト20間で上下に延びるようにしてクランクケースカバー18に設けられる。またクランクケースカバー18の上部には、第1油圧クラッチ30Aにおける第1油圧室39ならびに第2油圧クラッチ31Aにおける第2油圧室49にの油圧を制御する油圧制御装置83が配設されており、第4油路82は油圧制御装置83に接続される。
【0044】
第1供給室63には、クランクケースカバー18に設けられた第5油路84を介して油圧制御装置83で制御された油圧が導かれ、第2油圧供給室65には、クランクケースカバー18に設けられた第6油路85を介して油圧制御装置83で制御された油圧が導かれる。また前記油圧制御装置83で制御されるとともに該油圧制御装置83に内蔵されたオリフィス(図示せず)で絞られた作動油が、クランクケースカバー18に設けられた第7油路86を介して油室69に導かれる。
【0045】
次にこの実施例1の作用について説明すると、クランクシャフト17からのトルクが伝達される伝動筒軸24と、第1および第2メインシャフト20,21との間には、第1および第2油圧クラッチ30A,31Aが第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並設されて成る多重クラッチ装置が設けられており、第1油圧クラッチ30Aの第1クラッチばね38と、第2油圧クラッチ31Aの第2クラッチばね48とが第1および第2メインシャフト20,21を囲繞しつつ、第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並んで配置されるので、第1および第2メインシャフト20,21の半径方向で相互に異なる位置に各クラッチばねを配置した従来の多重クラッチ装置に比べて、多重クラッチ装置を半径方向でコンパクト化することができる。
【0046】
また第1クラッチばね38および第2クラッチばね48は、第1および第2メインシャフト20,21の軸方向から見たときに少なくとも一部が重なるように配置されるので、第1および第2メインシャフト20,21の半径方向で第1および第2クラッチばね38,48が占める占有面積を小さくし、多重クラッチ装置を半径方向でより一層コンパクト化することができる。
【0047】
また第1および第2油圧クラッチ30A,31Aの1つである第1油圧クラッチ30Aにおける第1ピストン37の内周部には、第1および第2メインシャフト20,21を同軸に囲繞する円筒状のボス部37aが一体に設けられており、第1および第2メインシャフト20,21の軸方向に移動することを可能として内周部が伝動筒軸24の外周に摺動可能に嵌装されるリング状のリテーナ56の一側面内周部が前記ボス部37aの端部に当接され、第1クラッチばね38の一端が前記リテーナ56の他側面に当接されるので、第1油圧クラッチ30Aの第1クラッチばね38を第1ピストン37に対して軸方向にオフセットした位置に配置することで、第1および第2クラッチばね38,48を第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並べて配置するスペースを確保することができる。
【0048】
また第1ピストン37における第1ボス部37aの外周には、第2ピストン47の内周部である第2ボス部47aが相対摺動可能に支持され、第2ピストン47を付勢すべく当該ピストン47に一端を当接させた第2コイルばね48の他端を受ける受け部材57が、第2ピストン47から遠ざかる側の移動を不能として第1ボス部37aの端部外周に支持されるので、第1および第2クラッチばね38,48を第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並べて配置するスペースを確保することができることと相まって第1および第2クラッチばね38,48を第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並べて配置することができる。
【0049】
さらにクラッチアウタ32とは別体に形成される伝動筒軸24が、前記ボス部37aを軸方向摺動可能に嵌装せしめるようにして第1および第2メインシャフト20,21を同軸に囲繞するように配置され、クラッチアウタ32とともに回転するようにして該クラッチアウタ32に結合されるので、回転マスを減らして軽量化したいクラッチアウタ32をたとえば軽量な鉄系金属や軽金属製とし、摺動性および剛性が必要とされる伝動筒軸24をたとえば高剛性の鉄系金属で形成するようにして、軽量化と、剛性および作動性との両方を満足する多重クラッチ装置を得ることができる。
【0050】
さらに第1および第2油圧室39,49に発生する遠心油圧を相殺する油圧を第1および第2ピストン37,47に共通である単一のキャンセラー室55から第2ピストン47に作用せしめるようにしており、各ピストン37,47に個別に対応した油圧室39,49の油圧が直列で発生することを利用して、各油圧クラッチ30A,31Aにおける遠心油圧を相殺するための油圧を単一のキャンセラー室55で発生する油圧でこと足りるようにして構造を簡素化することができる。
【実施例2】
【0051】
図3を参照しながら本発明の実施例2について説明するが、実施例1に対応する部分には同一の参照符号を付して図示するのみとし、詳細な説明は省略する。
【0052】
この多重クラッチ装置は、第1および第2油圧クラッチ30B,31Bが第1および第2メインシャフト20,21の軸線方向に並設されて成るものであり、第1および第2油圧クラッチ30B,31Bに共通である単一のクラッチアウタ92は、リング板状の端壁部92aと、第1および第2メインシャフト20,21と同軸の円筒状に形成されつつ前記端壁部92aの外周に連設されてクランクケースカバー18側に延びるアウタ側円筒部92bとを一体に有して、たとえばアルミニウム合金等の軽金属によって有底円筒状に形成され。前記端壁部92aが、一次減速装置26の減速ギヤ26にダンパばね28を介して連結される。
【0053】
一方、たとえば鉄系金属で形成される円筒部材94が第2メインシャフト21を同軸に囲繞するように配置される。この円筒部材94および第2メインシャフト21間にはニードルベアリング25が介装されており、円筒部材94は、第2メインシャフト21に相対回転自在に支承される。而して前記クラッチアウタ92の内周部に設けられた係合凹部92c…に前記円筒部材94に設けられた係合突部94a…が係合されており、クラッチアウタ92が円筒部材94に相対回転不能に係合される。
【0054】
第1油圧クラッチ30Bは、前記クラッチアウタ92と、クラッチアウタ92におけるアウタ側円筒部92bの開口端側の端部内に同軸に挿入される第1インナ側円筒部33aを有して第1メインシャフト20に固定される第1クラッチインナ33と、クラッチアウタ92のアウタ側円筒部92bに相対回転不能に係合される複数枚の第1摩擦板34…と、第1クラッチインナ33の第1インナ側円筒部33aに相対回転不能に係合されるとともに第1摩擦板34…と交互に配置される複数枚の第2摩擦板35…と、相互に重なって配置される第1および第2摩擦板34…,35…のうちクラッチアウタ92の開口端側の端部に配置される摩擦板(この実施例では第2摩擦板35)に対向してクラッチアウタ92のアウタ側円筒部92bに相対回転不能に係合される第1受圧板36と、第1および第2摩擦板34…,35…を第1受圧板36との間に挟んでクラッチアウタ92のアウタ側円筒部92bおよび前記円筒部材94に液密かつ摺動可能に嵌合されるとともに円筒部材94およびクラッチアウタ92との間に第1油圧室39を形成する第1ピストン37と、第1油圧室39の容積を縮小する側に第1ピストン37を付勢する第1の付勢手段としてのコイル状の第1クラッチばね38とを備え、クラッチアウタ92におけるアウタ側円筒部92bの開口端部内周にはクランクケース18側から受圧板36の外周に係合する止め輪40が装着される。また第1ピストン37が内周側で一体に有する円筒状のボス部37aは、前記円筒部材94の外周に軸方向摺動可能に嵌装される。
【0055】
第2油圧クラッチ31Bは、第1油圧クラッチ30Bと前記一次減速装置26の被動ギヤ27との間に配設されるものであり、前記クラッチアウタ92と、該クラッチアウタ92のアウタ側円筒部92b内に同軸に挿入される第2インナ側円筒部43aを有して第2メインシャフト21に固定される第2クラッチインナ43と、クラッチアウタ92のアウタ側円筒部92bに相対回転不能に係合される複数枚の第3摩擦板44…と、第2クラッチインナ43の第2インナ側円筒部43aに相対回転不能に係合されるとともに第3摩擦板44…と交互に配置される複数枚の第4摩擦板45…と、相互に重なって配置される第3および第4摩擦板44…,45…のうちクラッチアウタ92の開口端側の端部に配置される摩擦板(この実施例では第4摩擦板45)に対向してクラッチアウタ92のアウタ側円筒部92bに相対回転不能に係合される第2受圧板46と、第3および第4摩擦板44…,45…を第2受圧板46との間に挟んで第1油圧クラッチ30Bの第1ピストン37に液密かつ摺動可能に嵌合されるとともに第1ピストン37との間に第2油圧室49を形成する第2ピストン47と、第2油圧室49の容積を縮小する側に第2ピストン47を付勢する第2の付勢手段としてのコイル状の第2クラッチばね48とを備える。
【0056】
この実施例2によっても上記実施例1と同様の効果を奏することができる。
【0057】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明を逸脱することなく種々の設計変更を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0058】
20・・・出力軸である第1メインシャフト
21・・・出力軸である第2メインシャフト
24・・・円筒部材である伝動筒軸
30A,30B,31A,31B・・・油圧クラッチ
32,92・・・クラッチアウタ
37,47・・・ピストン
37a・・・ボス部
38,48・・・付勢手段であるクラッチばね
39,49・・・油圧室
55・・・キャンセラー室
56・・・リテーナ
57・・・受け部材
94・・・円筒部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油圧室(39,49)、該油圧室(39,49)に一端を臨ませるピストン(37,47)、ならびに前記油圧室(39,49)の容積を縮小する側に前記ピストン(37,47)を付勢する付勢手段(38,48)をそれぞれ個別に備えるとともに伝達すべきトルクが入力される単一のクラッチアウタ(32,92)を共通に備える複数の油圧クラッチ(30A,31A;30B,31B)が、前記各油圧室(39,49)に作用する油圧の独立制御に応じた断・接作動を可能として、前記各ピストン(37,47)の作動方向と同一方向に延びる軸線を有する出力軸(20,21)の軸線方向に並設されて成る多重クラッチ装置において、前記各油圧クラッチ(30A,31A;30B,31B)の付勢手段(38,48)が、前記出力軸(20,21)を囲繞しつつ該出力軸(20,21)の軸線方向に並んで配置されることを特徴とする多重クラッチ装置。
【請求項2】
一対の油圧クラッチ(30A,31A;30B,31B)が前記出力軸(20,21)の軸線方向に並設され、両油圧クラッチ(30A,31A;30B,31B)がそれぞれ備える付勢手段(38,48)が、前記出力軸(20,21)の軸方向から見たときに少なくとも一部が重なるように配置されることを特徴とする請求項1記載の多重クラッチ装置。
【請求項3】
前記各油圧クラッチ(30A,31A;30B,31B)の1つである特定の油圧クラッチ(30A,30B)が備える特定のピストン(37)の内周部に、前記出力軸(20,21)を同軸に囲繞する円筒状のボス部(37a)が一体に設けられ、前記出力軸(20,21)の軸方向に移動し得るリング状のリテーナ(56)の一側面が前記ボス部(37a)の端部に当接され、前記特定の油圧クラッチ(30A,30B)が備える特定の前記付勢手段(38)の一端が、前記リテーナ(56)の他側面に当接されることを特徴とする請求項1または2記載の多重クラッチ装置。
【請求項4】
前記ボス部(37a)の外周に、前記特定のピストン(37)とは異なる他のピストン(47)の内周部が相対摺動可能に支持され、前記他のピストン(47)を付勢すべく当該ピストン(47)に一端を当接させた他の付勢手段(48)の他端を受ける受け部材(57)が、前記他のピストン(47)から遠ざかる側の移動を不能として前記ボス部(37a)の端部外周に支持されることを特徴とする請求項3記載の多重クラッチ装置。
【請求項5】
前記クラッチアウタ(32,92)とは別体に形成される円筒部材(24,94)が、前記ボス部(37a)を軸方向摺動可能に嵌装せしめるようにして前記出力軸(20,21)を同軸に囲繞するように配置されるとともに、前記クラッチアウタ(32,92)とともに回転するようにして該クラッチアウタ(32,92)に結合もしくは係合されることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の多重クラッチ装置。
【請求項6】
前記各ピストン(37,47)に個別に対応した油圧室(39,49)に発生する遠心油圧を相殺する油圧を前記他のピストン(47)に作用せしめるようにして前記各ピストン(37,47)に共通な単一のキャンセラー室(55)を備えることを特徴とする請求項4記載の多重クラッチ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−276172(P2010−276172A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131265(P2009−131265)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】