説明

密封装置

【課題】水に対する密封性能を確保しつつ、シール本体とスリンガとの間における摺動抵抗を低減することが可能となる密封装置を提供する。
【解決手段】回転軸2と固定輪3との間に形成される環状空間Sに装着され、当該環状空間Sの軸方向外側からの水の浸入を防止する。スリンガ11とシール本体12とを備えている。スリンガ11は、回転軸2に取り付けられる円筒部21と、この円筒部21から中間部材23を介して径方向に延びているフランジ部22とを有する。シール本体12は、フランジ部22の側面22aに摺接可能なサイドリップ35を有する。中間部材23は、軸方向外側から水に濡れるとフランジ部22をサイドリップ35側へ変位させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相対回転可能でかつ同心状に配置された内側部材と外側部材との間に形成される環状空間に装着される密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車などの車両に搭載され車輪を回転可能に支持する車輪用転がり軸受装置は、同心状に配置された径方向内側の回転軸(内側部材)と径方向外側の固定輪(外側部材)とを備えており、これら回転軸と固定輪との間に介在する転動体(玉)により、固定輪に対して回転軸が回転可能となる。
そして、回転軸と固定輪との間に形成される環状空間の軸方向両端部に、密封装置が装着されており、この密封装置は、環状空間の軸方向外側から、転動体が設けられている内側へ、泥水が浸入するのを防止している。
【0003】
このような密封装置は、例えば特許文献1に開示されているように、回転軸に取り付けられるスリンガと、固定輪に取り付けられるシール本体とを備えている。スリンガは、回転軸に嵌合される円筒部と、この円筒部から径方向外側に延びている円環板状のフランジ部とを有しており、断面L字形である。シール本体は、前記円筒部の外周面に摺接可能なラジアルリップと、前記フランジ部の側面に摺接可能なサイドリップとを有している。
【0004】
この密封装置において、軸方向外側からの泥水の浸入を防止するためには、シール本体のリップをスリンガに所定の締め代で接触させる必要があるが、この締め代が過大となると、当該リップによるスリンガへの押圧力が大きくなる。この場合、密封装置における摺動抵抗が高くなり、固定輪と回転軸との間で生じる回転抵抗(回転トルク)が大きくなってしまう。
そこで、密封装置における摺動抵抗を低減するために、特許文献2に記載の密封装置が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−161858号公報(図1参照)
【特許文献2】特開2009−127658号公報(図3参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2に記載の密封装置では、シール本体として、径方向外側の第1のアキシャルリップ、径方向内側の第2のアキシャルリップ、及び、ラジアルリップを有している。そして、第2のアキシャルリップとラジアルリップとを一体的な構造としており、ラジアルリップがスリンガに対して非接触の状態となるようにしている。
【0007】
この特許文献2に記載の密封装置によれば、特許文献1に記載の密封装置よりも摺動抵抗が低くなり、固定輪と回転軸との間で生じる回転抵抗を低減することが可能となる。
しかし、近年、車両における燃費の向上を目的として、車輪用転がり軸受装置における回転抵抗のさらなる低減が要求されており、この車輪用転がり軸受装置に装着される密封装置においても、シール本体とスリンガとの間における摺動抵抗を低減することが必要とされている。
【0008】
なお、密封装置における摺動抵抗を低減するためにはシール本体のリップとスリンガとの間の締め代を小さくすればよいが(又は隙間をあければよいが)、この場合、密封性能の低下へと繋がる。すなわち、密封装置では、摺動抵抗の低減と密封性能の向上とは相反する関係にある。
【0009】
そこで、本発明では、水に対する密封性能を確保しつつ、シール本体とスリンガとの間における摺動抵抗を低減することが可能となる密封装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、相対回転可能でかつ同心状に配置される内側部材と外側部材との間に形成される環状空間に装着され、当該環状空間の軸方向外側からの水の浸入を防止する密封装置であって、前記内側部材及び前記外側部材のうちの一方の部材に取り付けられる円筒部と、この円筒部から中間部材を介して径方向に延びている円環板状のフランジ部とを有するスリンガと、前記内側部材及び前記外側部材のうちの他方の部材に取り付けられ、前記フランジ部の側面に摺接可能なサイドリップを有するシール本体とを備え、前記中間部材は、軸方向外側から水に濡れると前記フランジ部を前記サイドリップ側へ変位させる部材であることを特徴とする。
【0011】
本発明によれば、軸方向外側から浸入しようとする水によって中間部材が濡れると、中間部材は、フランジ部をサイドリップ側へ変位させるので、このフランジ部に対してサイドリップは所定の締め代で摺接し、水の浸入を防止することができる。そして、水の浸入がない場合、つまり、中間部材が濡れていない状態では、中間部材はフランジ部をサイドリップ側へ変位させず、サイドリップとフランジ部との間の摺動抵抗を低減する(又はゼロとする)ことができる。以上より、浸入しようとする水に対する密封性能を確保しつつ、シール本体のサイドリップとスリンガのフランジ部との間における摺動抵抗を低減することが可能となる。
【0012】
また、前記中間部材は、水膨張ゴムであるのが好ましい。この場合、スリンガの軸方向外側まで水が到来し、水膨張ゴムがその水分を含むと、水膨張ゴムのうちの軸方向外側の部分が内側の部分に比べて大きく膨張し、フランジ部を軸方向内側、すなわち、サイドリップ側へ倒すことができる。
【0013】
また、前記水膨張ゴムと前記フランジ部とは、径方向に突き合わせ状となって接合され、前記フランジ部の接合面は、前記水膨張ゴムが当該接合面を軸方向外側から内側へ押すことが可能となるテーパ面であるのが好ましい。
この場合、水膨張ゴムのうちの軸方向外側の部分が水に濡れると、当該軸方向外側の部分が内側の部分に比べて大きく膨張することとなり、この偏った膨張により、フランジ部側の接合面は、水膨張ゴムによって軸方向内側へ押され、当該フランジ部をサイドリップ側へ確実に変位させることが可能となる。
【0014】
また、前記水膨張ゴムと前記フランジ部とは、径方向に突き合わせ状となって接合され、前記フランジ部の接合面は、前記水膨張ゴムが当該接合面を軸方向外側から内側へ押すことが可能となる段付き面であるのが好ましい。
この場合も、水膨張ゴムのうちの軸方向外側の部分が水に濡れると、当該軸方向外側の部分が内側に比べて大きく膨張することとなり、この偏った膨張により、フランジ部側の接合面は、水膨張ゴムによって軸方向内側へ押され、当該フランジ部はサイドリップ側へ確実に変位することが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の密封装置によれば、水が浸入しようとすると、フランジ部をサイドリップ側へ変位させることで、水に対する密封性能を確保しつつ、水の浸入がない場合には、サイドリップとフランジ部との間の摺動抵抗を低減する(又はゼロとする)ことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の密封装置が装着されている回転機器の実施の一形態を示す縦断面図である。
【図2】密封装置(第1実施形態)の断面図である。
【図3】密封装置(第1実施形態)の断面図であり、水膨張ゴムが変形した状態を示している。
【図4】第1実施形態の密封装置における水膨張ゴム及びその周囲の形状を説明する説明図である。
【図5】水膨張ゴム及びその周囲の形状の変形例(第2実施形態)を示す説明図である。
【図6】密封装置の摺動抵抗についての実験結果を示したグラフである。
【図7】密封装置の他の実施形態(第3実施形態)を示す断面図である。
【図8】密封装置のさらに他の実施形態(第4実施形態)を示す断面図である。
【図9】密封装置のさらに他の実施形態(第5実施形態)を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の密封装置が装着されている回転機器の実施の一形態を示す縦断面図である。本実施形態の回転機器は、車両に搭載され車輪を回転可能に支持する車輪用転がり軸受装置1であり、この転がり軸受装置1は、同心状に配置された径方向内側の回転軸(内側部材)2と径方向外側の固定輪(外側部材)3とを備えている。
【0018】
固定輪3は円筒形状の部材であり、車体側の懸架装置40に固定される部材である。回転軸2は、軸本体部5と、この軸本体部5の端部に外嵌している環状の内輪部材6とからなる。これら固定輪3と回転軸2との間に転動体(玉)4が介在しており、固定輪3と回転軸2とは同心状に配置され、固定輪3に対して回転軸2は回転可能となる。
【0019】
そして、本発明の密封装置は、固定輪3と回転軸2との間に形成されている環状空間Sの軸方向両端部に装着されており、各密封装置は、この環状空間Sの軸方向外側から、転動体4が設けられている軸方向内側(軸受部)へ、水(泥水)が浸入するのを防止する。なお、以下の実施形態において、密封装置を基準として、環状空間Sの軸方向外側を外部側A1(A2)と呼び、軸方向内側を内部側Bと呼ぶ。
【0020】
具体的に説明すると、車両内側(右側)に設けられている密封装置10は、外部側A1から内部側Bへ泥水が浸入するのを防止する。そして、車両外側(左側)に設けられている密封装置9は、外部側A2から内部側Bへ泥水が浸入するのを防止する。
なお、車両内側に設けられている密封装置10と、車両外側に設けられている密封装置9とは(左右で反対向きとなっているが)同じ構成であり、以下において、車両内側に設けられている密封装置10を説明する。
【0021】
図2は、密封装置10の断面図である。この密封装置10は、泥水が外部側A1から内部側Bへ侵入するのを防止する機能を有していると共に、内部側Bに設けられている(転動体4用の)潤滑剤が外部側A1へ漏れるのを防止する機能も有している。
【0022】
密封装置10は、内輪部材6の外周面6aに取り付けられ回転軸2と一体回転するスリンガ11と、固定輪3の内周面3aに固定されているシール本体12とを備えている。
スリンガ11は、全体が環状の部材であり、内輪部材6の外周面6aに嵌合されている円筒部21と、中間部材23と、フランジ部22とを有している。スリンガ11及びシール本体12それぞれは、周方向同じ断面形状を有している。
【0023】
円筒部21は、直線円筒形状である筒本体部21aと、この筒本体部21aの外部側A1の端部から径方向外向きに屈曲している屈曲部21bとを有している。フランジ部22は、円環板形状であり、屈曲部21bの径方向外側の端部から、中間部材23を介して、さらに径方向外側へ延びて設けられている。これにより、スリンガ11は断面略L字形となる。スリンガ11は、円筒部21とフランジ部22とが一つの金属部材から一体的に構成されているのではなく、径方向内側と外側とに分断されており、中間部材23が円筒部21とフランジ部22とを連結している構成である。
【0024】
円筒部21とフランジ部22とは、例えば金属製からなるが、中間部材23は、後に説明するが弾性部材からなる。本実施形態では、中間部材23は水膨張ゴム23からなり、水膨張ゴム23と円筒部21との接合、及び、水膨張ゴム23とフランジ部22との接合は、例えば加硫による接着、焼き付け等による。
【0025】
シール本体12は、全体が環状の部材であり、断面略L字形の環状の芯金31と、この芯金31に固定されているシール部材32とを有している。芯金31は、金属製の環状部材であり、固定輪3の内周面3aに嵌合している円筒形状の筒部31aと、この筒部31aの内部側Bの端部から径方向内向きに屈曲している環状板部31bとを有している。
【0026】
シール部材32は、合成ゴム(例えば、アクリロニトリル−ブタジエンゴム(NBR)、フッ素ゴム(FKM))等の弾性部材からなり、加硫による接着、焼き付け等により芯金31に固定されている。
シール部材32は、芯金31の筒部31aの内周側及び環状板部31bの外部側A1及び径方向内側を覆う本体部32aを有しており、さらに、この本体部32aの内周側から内輪部材6側でかつ外部側A1へ延伸している主ラジアルリップ(以下、主リップという)33と、本体部32aの内周側から内輪部材6側でかつ内部側Bへ延伸している副ラジアルリップ(以下、副リップという)34と、本体部32aの径方向途中部から外部側A1へ斜めに延伸しているサイドリップ35とを有している。
【0027】
シール本体12及びスリンガ11を環状空間Sに組み付けた状態で、主リップ33の先端は筒本体部21aの外周面21cに摺接し、副リップ34の先端は筒本体部21aの外周面21cとの間に隙間をあけて対向しており、これらにより内部側Bの潤滑剤が外部側A1へ漏れるのを防止している。主リップ33の基部は先端部よりも薄くなっており、径方向の変位を容易としている。これにより、主リップ33と筒本体部21aとの間に生じる摺動抵抗が小さくなるようにしている。
【0028】
また、サイドリップ35の先端35aは、フランジ部22の内部側Bの側面22aと対向しており、後に説明する中間部材23の機能により、当該側面22aと摺接可能である。そして、このサイドリップ35の先端35aとフランジ部22の側面22aとの間において、外部側A1から泥水が内部側Bへ侵入するのを防止する。なお、主リップ33は、外部側A1から泥水が内部側Bへ侵入するのを防止する機能も有している。
【0029】
スリンガ11の中間部材23は、外部側A1から水に濡れると、その径方向外側にあるフランジ部22をサイドリップ35側へ変位させる(倒れさせる)部材であり、本実施形態の中間部材23は、水膨張ゴムである。
本実施形態では、図2に示しているように、工場組み立て時、及び、この水膨張ゴム23が泥水で濡れていない状態(乾燥状態)では、フランジ部22の側面22aとサイドリップ35の先端35aとの間には隙間gが形成されている。これによりフランジ部22とサイドリップ35との摺動抵抗をゼロとすることが可能となる。
しかし、この水膨張ゴム23が泥水で濡れると、図3に示しているように、水膨張ゴム23が変形することにより、フランジ部22は内部側Bへ倒れ、フランジ部22の側面22aとサイドリップ35の先端35aとの前記隙間g(図2参照)は消失し、所定の締め代が生じる。
【0030】
なお、工場組み立て時、及び、この水膨張ゴム23が水に濡れていない状態において、本実施形態では、フランジ部22の側面22aとサイドリップ35の先端35aとの間に隙間gが形成されている場合を説明したが、この隙間gはゼロであってもよい。または、フランジ部22の側面22aとサイドリップ35の先端35aとの間に(例えば0.5ミリ未満の)僅かな締め代を有していてもよく、この程度の締め代があってもフランジ部22とサイドリップ35との摺動抵抗は微小であり、転がり軸受装置1(図1参照)における回転抵抗の増加にほとんど影響を与えない。
【0031】
上記のとおり水膨張ゴム23が水(泥水)に濡れると、フランジ部22を内部側Bへ変位させる(倒れさせる)のは、以下の理由による。すなわち、スリンガ11の外部側A1まで泥水が到来し、水膨張ゴム23がその泥水の水分を含むと、水膨張ゴム23のうちの外部側A1の部分が内部側Bの部分に比べて大きく膨張するため(伸張するため)、これにより、フランジ部22を内部側B、すなわち、サイドリップ35側へ倒すことができる。
【0032】
水膨張ゴム23は、ニトリルゴムなどのゴム材を主成分とし、吸水ポリマーを添加したものであることから、水分を含むことにより、当該水分を含んだ部分が膨張する。なお、本実施形態の車輪用転がり軸受装置1において、浸入しようとする程度の少量の水(泥水)は、水膨張ゴム23において十分に吸収され、水膨張ゴム23を通過して内部側Bへしみ出ることはない。また、水膨張ゴム23は、乾燥すると元の形状に復帰することができる。
【0033】
水膨張ゴム23全体における吸水ポリマーの添加率(重量比)は、50〜70重量%とするのが好ましい。添加率が50重量%未満であると吸水反応が鈍く、フランジ部22を傾ける機能が弱くなるおそれがあり、70重量%を超えるとゴム材の成分が少なくなって、加硫接着不足などの製造上の問題が発生するおそれがある。
【0034】
この水膨張ゴム23及びその周囲の形状について、図4により説明する。
水膨張ゴム23は、円筒部21の屈曲部21bの径方向端部と接合されている第1接合部24と、フランジ部22の径方向端部と接合されている第2接合部25と、第1接合部と第2接合部25とを連結している連結部26とを有している。
第1接合部24は、屈曲部21bの径方向端面28と密着接合されている本体部分24aと、この本体部分24aから外部側A1へはみ出し、屈曲部21bの一部を外部側A1から覆うはみ出し部24bを有している。
第2接合部25はフランジ部22の径方向端面27と密着接合されている本体部分25aと、この本体部分25aから外部側A1へはみ出し、フランジ部22の一部を外部側A1から覆うはみ出し部25bを有している。
【0035】
水膨張ゴム23の連結部26は、屈曲部21bの径方向端面28及びフランジ部22の径方向端面27の厚さ(軸方向寸法)よりも薄く形成されている。そして、第1接合部24、第2接合部25及び連結部26により、水膨張ゴム23は、外部側A1に向かって開口している凹部を有する凹形状である。なお、本実施形態では、屈曲部21bの径方向端面28と、フランジ部22の径方向端面27との軸方向寸法は同じである。そして、連結部26の厚さ(軸方向寸法)を変更することにより、水膨張ゴム23の膨張時におけるフランジ部22の倒れ量(変位量)を調整することができる。
【0036】
また、水膨張ゴム23の第1接合部24の本体部分24aと、円筒部21の屈曲部21bとは、径方向に突き合わせ状となって接合されており、当該本体部分24aとの接合面となっている円筒部21の径方向端面28は、軸方向に直線的な円筒形状である。
これに対して、水膨張ゴム23の第2接合部25の本体部分25aと、フランジ部22とは、径方向に突き合わせ状となって接合されているが、当該本体部分25aとの突き合わせ接合面となっているフランジ部22の径方向端面27は、外部側A1が内部側Bよりも直径が大きいテーパ面である。このテーパ面は、水膨張ゴム23の第2接合部25が径方向端面27を軸方向外側から内側へ斜めに押すことが可能となる面となる。このテーパ面により、水膨張ゴム23の第2接合部25の本体部分25aを、径方向端面27(接合面)よりも外部側A1に位置させることができる。
【0037】
この接合構造によれば、水膨張ゴム23のうちの外部側A1の部分P1(図4のハッチ部分)が水に濡れると、当該部分P1が他方側の部分P2に比べて大きく膨張する(伸張する)こととなり、この偏った膨張により、フランジ部22の径方向端面27(接合面)は、水膨張ゴム23の本体部分25aによって内部側Bへ斜めに押され、当該フランジ部22をサイドリップ35側へ確実に傾かせることが可能となる。
【0038】
また、図5は、水膨張ゴム23及びその周囲の形状の変形例を示す説明図である。
図4の実施形態では、フランジ部22の接合面(径方向端面27)をテーパ形状としたが、図5では、外部側A1と内部側Bとで直径が異なる径違い段付き面としている。つまり、水膨張ゴム23の第2接合部25の本体部分25aと、フランジ部22とは、径方向に突き合わせ状となって接合されており、当該本体部分25aとの接合面となるフランジ部22の径方向端面127は、外部側A1が内部側Bよりも直径が大きい段付き面である。この段付き面は、水膨張ゴム23の第2接合部25が径方向端面127を軸方向外側から内側へ押すことが可能となる面となる。この段付き面により、水膨張ゴム23の一部29を、フランジ部22の径方向端面127(接合面)よりも外部側A1に位置させることができる。
【0039】
この接合構造においても、水膨張ゴム23のうちの外部側A1の部分P1が水に濡れると、当該部分P1が他方側の部分P2に比べて大きく膨張する(伸張する)こととなり、この偏った膨張により、フランジ部22側の径方向端面127(接合面)は、水膨張ゴム23の本体部分25aによって内部側Bへ押され、当該フランジ部22をサイドリップ35側へ確実に傾かせることが可能となる。
【0040】
図6は、図2に示した密封装置10(実施例)の摺動抵抗についての実験結果を示したグラフである。図2中の従来例は、前記特許文献1に記載のものである。このグラフは実施例及び従来例の密封装置における摺動抵抗(回転抵抗)をトルクとして測定したものである。図6に示しているように、実施例によれば、従来例の1/4程度のトルクとなり、摺動抵抗(回転抵抗)が小さくなっている。
【0041】
図7は、密封装置10の他の実施形態を示す縦断面図である。図2に示した実施形態と比較して異なる点は、中間部材(水膨張ゴム)23の形状であり、その他については同じである。
図7の水膨張ゴム23は、径方向に沿って直線的な形状であり、フラットな水膨張ゴム23を、フランジ部22(及び屈曲部21b)の軸方向の板厚内に収めた形態である。特に本実施形態では、水膨張ゴム23の厚さ(軸方向寸法)は、フランジ部22(及び屈曲部21b)の厚さと同じである。このため、外部側A1及び内部側Bそれぞれにおいて、水膨張ゴム23の側面と、フランジ部22の側面(及び屈曲部21bの側面)とは、凹部を有していない連続した滑らかな形状となる。
【0042】
図8は、密封装置10のさらに他の実施形態を示す断面図である。図2に示した実施形態と比較して特に異なる点は、シール部材32の形状及びスリンガ11の形状である。
図8のシール部材32は、芯金31の筒部31aの内周側及び環状板部31bの外部側A1及び径方向内側を覆う本体部32aを有している。さらに、シール部材32は、図2の実施形態と同様に、本体部32aの径方向途中部から外部側A1へ斜めに延伸している第1のサイドリップ35を有している。そして、図8のシール部材32は、第1のサイドリップ35よりも径方向内側に位置し、外部側A1へ斜めに延伸している第2のサイドリップ36を有している。
【0043】
そして、シール本体12及びスリンガ11を環状空間Sに組み付けた状態で、第2のサイドリップ36の先端36aは、円筒部21(屈曲部21b)の側面に摺接し、第2のサイドリップ36の中間角部36bは、筒本体部21aの外周面21cとの間に隙間をあけて対向している。これにより内部側Bの潤滑剤が外部側A1へ漏れるのを防止している。
また、第1のサイドリップ35の先端35aは、フランジ部22の内部側Bの側面22aと対向しており、水膨張ゴム23の機能により、当該側面22aと摺接可能である。
この実施形態では、径方向について、第1のサイドリップ35の先端35aと第2サイドリップ36の先端36aとの間に、水膨張ゴム23が位置する構成となる。
【0044】
図9は、密封装置10のさらに他の実施形態を示す断面図である。図2に示した実施形態と比較して特に異なる点は、シール部材32の形状及びスリンガ11の形状である。
図9のシール部材32は、芯金31の筒部31aの内周側及び環状板部31bの外部側A1及び径方向内側を覆う本体部32aを有している。さらに、シール部材32は、本体部32aの径方向内側部から外部側A1へ斜めに延伸している第1のサイドリップ35と、本体部32aの径方向内側部から内部側Bへ斜めに延伸している第2のサイドリップ36とを有している。
【0045】
スリンガ11は、円筒部21と、水膨張ゴム(中間部材)23と、フランジ部22とを有している。円筒部21は、直線円筒形状である筒本体部21aと、この筒本体部21aの外部側A1の端部から径方向外向きに屈曲している第1の屈曲部21bと、この筒本体部21aの内部側Bの端部から径方向外向きに屈曲している第2の屈曲部21dとを有している。
【0046】
そして、シール本体12及びスリンガ11を環状空間Sに組み付けた状態で、第2のサイドリップ36の先端36aは、第2の屈曲部21dの側面に摺接しており、内部側Bの潤滑剤が外部側A1へ漏れるのを防止している。
また、第1のサイドリップ35の先端35aは、フランジ部22の内部側Bの側面22aと対向しており、水膨張ゴム23の機能により、当該側面22aと摺接可能である。
この実施形態では、第1のサイドリップ35と第2サイドリップ36とが、軸方向両側に斜めに向けて突出した形態となる。
なお、この実施形態では、シール本体12をスリンガ11に組み込んだ後で、スリンガ11の内部側Bを径方向外側に折り曲げて(かしめて)第2の屈曲部21dを形成する。
【0047】
前記図7、図8及び図9それぞれに示した密封装置10においても、水膨張ゴム23は、外部側A1から水に濡れるとフランジ部22をサイドリップ35側へ変位させる部材である。つまり、水膨張ゴム23のうちの外部側A1の部分P1が水に濡れると、当該部分P1が他方側の部分P2に比べて大きく膨張する(伸張する)こととなり、この偏った膨張により、フランジ部22の径方向端面27(接合面)は、水膨張ゴム23によって内部側Bへ斜めに押され、当該フランジ部22をサイドリップ35側へ確実に傾かせることが可能となる。
【0048】
以上の前記各実施形態に係る密封装置10によれば、外部側A1から浸入しようとする泥水によって水膨張ゴム23が濡れると、この水膨張ゴム23は、フランジ部22をサイドリップ35側へ傾かせるので、サイドリップ35の先端35aはフランジ部22に対して所定の締め代で摺接し、泥水の浸入を防止することができる。
そして、水の浸入がない場合、つまり、水膨張ゴム23が濡れていない状態では、フランジ部22はサイドリップ35側へ傾かず、サイドリップ35の先端35aとフランジ部22との間の摺動抵抗を低い状態とする(又はゼロとする)ことができる。
【0049】
さらに、水膨張ゴム23が水分を含むと、水膨張ゴム23自体の硬さが低下するため、サイドリップ35の先端35aがフランジ部22に摺接しても、このフランジ部22を弾性的に支持している水膨張ゴム23がクッションの作用を奏し、フランジ部22とサイドリップ35との締め代を均一に保つことができ、また、その締め代が生じている状態でも、摺動抵抗の増加はほとんど発生しない。
【0050】
以上の密封装置10を備えた車輪用転がり軸受装置1(図1参照)によれば、内部側Bへと泥水が浸入しようとすると、フランジ部22をサイドリップ35側へ変位させることで、泥水に対する密封性能を確保することができ、また、水の浸入がない場合には、サイドリップ35とフランジ部22との間の摺動抵抗を低減する(又はゼロとする)ことで、固定輪3(外側部材)に対する回転軸2(内側部材)の回転抵抗の低減に貢献することができる。
さらに、密封装置10のサイドリップ35における摺動抵抗が低減される(又はゼロとなる)ことから、サイドリップ35の摩耗が抑えられ長寿命化が可能となる。
【0051】
本発明の密封装置は、図示する形態に限らず本発明の範囲内において他の形態のものであってもよく、図1に示した実施形態では、径方向内側の部材(回転軸2)が回転し、径方向外側の部材(固定輪3)が固定状態(静止状態)である場合を説明したが、外側部材が回転してもよい。そして、スリンガ11とシール本体12との取り付け対象を、前記実施形態と反対としてもよい。つまり、スリンガ11を外側部材に取り付け、シール本体12を内側部材に取り付けてもよい。
また、前記実施形態では中間部材23を、水膨張ゴムとして説明したが、ゴム以外であってもよく、水を含むと膨張する樹脂であってもよい。
【符号の説明】
【0052】
2:回転軸(内側部材)、 3:固定輪(外側部材)、 9:密封装置、 10:密封装置、 11:スリンガ、 12:シール本体、 21:円筒部、 22:フランジ部、 22a:側面、 23:水膨張ゴム(中間部材)、 27:径方向端面(テーパ面)、 33:主リップ(ラジアルリップ)、 35:サイドリップ、 127:径方向端面(段付き面)、 A1:外部側、 A2:外部側、 B:内部側、 S:環状空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対回転可能でかつ同心状に配置される内側部材と外側部材との間に形成される環状空間に装着され、当該環状空間の軸方向外側からの水の浸入を防止する密封装置であって、
前記内側部材及び前記外側部材のうちの一方の部材に取り付けられる円筒部と、この円筒部から中間部材を介して径方向に延びている円環板状のフランジ部と、を有するスリンガと、
前記内側部材及び前記外側部材のうちの他方の部材に取り付けられ、前記フランジ部の側面に摺接可能なサイドリップを有するシール本体と、
を備え、
前記中間部材は、軸方向外側から水に濡れると前記フランジ部を前記サイドリップ側へ変位させる部材であることを特徴とする密封装置。
【請求項2】
前記中間部材は、水膨張ゴムである請求項1に記載の密封装置。
【請求項3】
前記水膨張ゴムと前記フランジ部とは、径方向に突き合わせ状となって接合され、前記フランジ部の接合面は、前記水膨張ゴムが当該接合面を軸方向外側から内側へ押すことが可能となるテーパ面である請求項2に記載の密封装置。
【請求項4】
前記水膨張ゴムと前記フランジ部とは、径方向に突き合わせ状となって接合され、前記フランジ部の接合面は、前記水膨張ゴムが当該接合面を軸方向外側から内側へ押すことが可能となる段付き面である請求項2に記載の密封装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−251637(P2012−251637A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−126367(P2011−126367)
【出願日】平成23年6月6日(2011.6.6)
【出願人】(000167196)光洋シーリングテクノ株式会社 (57)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】