説明

工作機械の熱変位補正方法および熱変位補正装置

【課題】工作機械の熱変形に対し信頼性の高い熱変位補正が可能な工作機械の熱変位補正方法および熱変位補正装置を提供すること。
【解決手段】第1熱変位推定処理は、第2熱変位推定処理よりも処理時間が短く、熱変位推定値にリアルタイム性があるため、工作物の加工開始から継続的に実行される(ステップS1〜S4)。一方、第2熱変位推定処理は、多くの情報を処理する必要があるため第1熱変位推定処理よりも処理時間が長いが、多くの情報を処理する分、熱変位推定値に信頼性があるため、工作物Wの加工開始から定期的に実行される(ステップS5〜S7)。これにより、第1熱変位推定処理による熱変位推定値を、第2熱変位推定処理による熱変位推定値で監視することができ、相互補完して熱変位推定値の信頼性を向上させることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械における熱変位補正方法および熱変位補正装置に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械は、制御装置により各駆動軸を位置制御することにより工作物の加工を行っている。この工作機械において、工具による加工やモータの回転等の内的要因による発熱および設置環境の室温変動等の外的要因による熱伝達により、構造体が熱変形することがある。構造体の熱変形は、加工位置に影響を及ぼすため、加工精度の低下を招来するおそれがある。
【0003】
そこで、例えば、特許文献1には、ニューラルネットワークの学習機能を利用して、工作機械における熱変位を高精度に補正する方法が開示されている。この方法は、工作機械の各部に配置された複数の温度測定手段の出力と、テーブル上に配置された位置測定手段の出力とから、ニューラルネットワーク理論に基づいて、各温度測定手段の出力に対応する工作機械の熱変位量を予測する教師データのテーブルを作成する。そして、工作物の加工時に、各温度測定手段の出力から、データテーブルに基づいて工作機械の熱変位量を予測する。その予測結果に基づいて工作機械の動きを補正する。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、ニューラルネットワークを用いて熱変位量を補正することにより高い加工精度を確保することができる工作機械が開示されている。この工作機械は、機械部の各要素部分に配置された温度センサからの温度情報を温度記憶手段に記憶し、また、この時の各軸の熱変位量を熱変位量記憶手段に記憶する。そして、温度記憶手段からの温度情報を入力し、熱変位量記憶手段から熱変位量を教師データとして入力し、ニューラルネットワークにて学習を行って関数を同定する。そして、実際の制御時には、関数および温度センサからの温度情報に基づいて機械部の熱変位量推論値を求め、この推論値に基づいて各軸の熱変位量の補正値を求める。この補正値に基づいて各軸の移動量を補正する。
【0005】
また、例えば、特許文献3には、ニューラルネットワークを用いて、工作物の生産性を低下させることなく、高い精度の熱変位補正が可能な熱変位補正装置が開示されている。この熱変位補正装置は、工作機械各部の温度センサから温度情報を受け、ニューラルネットワーク定数値を用いて工具と工作物との熱変位の補正量を演算する。教師データ記憶部から読み出した熱変位および温度情報を教師データとして学習することにより、ニューラルネットワーク定数値を調整する。そして、工作物の加工時に、各温度センサから温度情報を受け、ニューラルネットワーク定数値に基づいて工作機械の熱変位量を演算する。その演算結果に基づいて工作機械の動きを補正する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−8107号公報
【特許文献1】特開平7−75937号公報
【特許文献1】特開平11−114776号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の各特許文献に記載のニューラルネットワークを用いた熱変位補正では、未学習の教師データに対しては、数学的に熱変位補正の精度の保証が得られない。また、学習のノウハウが必要であり、過学習や局所解等により安定した学習結果が常に得られるとは限らない。また、熱変位箇所の寸法や物性値等の物理設計情報が何も盛り込まれておらず、あくまで測定データに対する数字合わせに過ぎないという問題がある。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、工作機械の熱変形に対し信頼性の高い熱変位補正が可能な工作機械の熱変位補正方法および熱変位補正装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(工作機械の熱変位補正方法)
(請求項1)本発明の工作機械の熱変位補正方法は、工作機械の所定部位に配置された温度センサからの温度情報に基づいて、前記工作機械の熱変位の推定が可能な少なくとも異なる2種類の熱変位推定処理を用いて、工作物の加工中に発生する前記工作機械の熱変位を補正する方法であって、前記2種類の熱変位推定処理のうち、処理時間が短時間の熱変位推定処理を前記工作物の加工開始から連続的に実行する第1熱変位推定処理実行工程と、前記2種類の熱変位推定処理のうち、処理時間が長時間の熱変位推定処理を前記工作物の加工開始から所定時間ごとに実行する第2熱変位推定処理実行工程と、前記第1熱変位推定処理実行工程にて得られる第1熱変位推定値と、前記第2熱変位推定処理実行工程にて得られる第2熱変位推定値との差を、予め記憶している前記工作機械の熱変位の許容範囲である閾値と比較する熱変位推定値比較工程と、前記熱変位推定値比較工程にて得られる熱変位推定値の差が前記閾値の範囲内のとき、前記第1熱変位推定値に基づいて、NCプログラムによる前記工作機械の移動体の指令位置に対する補正値を求める補正値演算工程と、前記補正値演算工程にて得られる前記補正値により前記指令位置を補正する補正工程と、前記熱変位推定値比較工程にて得られる熱変位推定値の差が前記閾値の範囲外のとき、前記工作物の加工を停止する加工停止工程と、を備える。
【0010】
(請求項2)また、前記第1熱変位推定処理実行工程にて実行される熱変位推定処理は、人工知能もしくは統計処理であり、前記第2熱変位推定処理実行工程にて実行される熱変位推定処理は、物理構造解析であるとよい。
【0011】
(工作機械の熱変位補正装置)
(請求項3)本発明の工作機械の熱変位補正装置は、少なくとも異なる2種類の熱変位の推定が可能な熱変位推定処理を用いて、工作物の加工中に発生する工作機械の熱変位を補正する装置であって、前記工作機械の所定部位に配置された温度センサと、前記温度センサからの温度情報に基づいて、前記2種類の熱変位推定処理のうち、処理時間が短時間の熱変位推定処理を前記工作物の加工開始から連続的に実行する第1熱変位推定処理実行手段と、前記温度センサからの温度情報に基づいて、前記2種類の熱変位推定処理のうち、処理時間が長時間の熱変位推定処理を前記工作物の加工開始から所定時間ごとに実行する第2熱変位推定処理実行手段と、前記工作機械の熱変位の許容範囲である閾値を記憶する閾値記憶手段と、前記第1熱変位推定処理実行手段にて得られる第1熱変位推定値と、前記第2熱変位推定処理実行手段にて得られる第2熱変位推定値との差を求め、前記閾値記憶手段に記憶されている前記閾値と比較する熱変位推定値比較手段と、前記熱変位推定値比較手段にて得られる熱変位推定値の差が前記閾値の範囲内のとき、前記第1熱変位推定値に基づいて、NCプログラムによる前記工作機械の移動体の指令位置に対する補正値を求める補正値演算手段と、前記補正値演算手段にて得られる前記前記補正値により前記指令位置を補正する補正手段と、前記熱変位推定値比較手段にて得られる熱変位推定値の差が前記閾値の範囲外のとき、前記加工を停止する加工停止手段と、を備える。
【発明の効果】
【0012】
(請求項1)本発明によると、第1熱変位推定処理は、第2熱変位推定処理よりも処理時間が短く、熱変位推定値にリアルタイム性があるため、工作物の加工開始から継続的に実行される。一方、第2熱変位推定処理は、多くの情報を処理する必要があるため第1熱変位推定処理よりも処理時間が長いが、多くの情報を処理する分、熱変位推定値に信頼性があるため、工作物Wの加工開始から定期的に実行される。これにより、第1熱変位推定処理による熱変位推定値を、第2熱変位推定処理による熱変位推定値で監視することができ、相互補完して熱変位推定値の信頼性を向上させることが可能となる。
【0013】
(請求項2)第1熱変位推定処理として、人工知能もしくは統計処理を行うことにより、リアルタイムに熱変位推定値を得ることができる。また、第2熱変位推定処理として、物理構造解析を行うことにより、信頼性の高い熱変位推定値を得ることができる。
【0014】
(請求項3)本発明の工作機械の熱変位補正装置によれば、上述した工作機械の熱変位補正方法における効果と同様の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施の形態に係る工作機械の全体構成を示す斜視図である。
【図2】図1の工作機械の概略構成および熱変位補正装置を示す図である。
【図3】図2の熱変位補正装置の動作を説明するためのフローチャートである。
【図4】第1および第2熱変位推定値と閾値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(1.工作機械の機械構成)
工作機械1の一例として、横型マシニングセンタを例に挙げ、図1および図2を参照して説明する。つまり、当該工作機械は駆動軸として、相互に直交する3つの直進軸(X,Y,Z軸)および鉛直方向の回転軸(B軸)を有する工作機械である。
【0017】
図1および図2に示すように、工作機械1は、ベッド10と、コラム20と、サドル30と、回転主軸40と、テーブル50と、ターンテーブル60と、複数の温度センサ70と、制御装置80と、熱変位補正装置90とから構成される。
【0018】
ベッド10は、ほぼ矩形状からなり、床上に配置される。ただし、ベッド10の形状派矩形状に限定されるものではない。このベッド10の上面には、コラム20が摺動可能な一対のX軸ガイドレール11a,11bが、X軸方向(水平方向)に延びるように、且つ、相互に平行に形成されている。さらに、ベッド10には、一対のX軸ガイドレール11a,11bの間に、コラム20をX軸方向に駆動するための、図略のX軸ボールねじが配置され、このX軸ボールねじを回転駆動するX軸モータ11cが配置されている。
【0019】
さらに、ベッド10の上面には、テーブル50が摺動可能な一対のZ軸ガイドレール12a,12bがX軸方向と直交するZ軸方向(水平方向)に延びるように、且つ、相互に平行に形成されている。さらに、ベッド10には、一対のZ軸ガイドレール12a,12bの間に、テーブル50をZ軸方向に駆動するための、図略のZ軸ボールねじが配置され、このZ軸ボールねじを回転駆動するZ軸モータ12cが配置されている。
【0020】
コラム20の底面には、一対のX軸ガイド溝21a,21bがX軸方向に延びるように、且つ、相互に平行に形成されている。コラム20は、ベッド10に対してX軸方向に移動可能なように、一対のX軸ガイド溝21a,21bが一対のX軸ガイドレール11a,11b上にボールガイド22a,22bを介して嵌め込まれ、コラム20の底面がベッド10の上面に密接されている。
【0021】
さらに、コラム20のX軸に平行な側面(摺動面)20aには、サドル30が摺動可能な一対のY軸ガイドレール23a,23bがY軸方向(鉛直方向)に延びるように、且つ、相互に平行に形成されている。さらに、コラム20には、一対のY軸ガイドレール23a,23bの間に、サドル30をY軸方向に駆動するための、図略のY軸ボールねじが配置され、このY軸ボールねじを回転駆動するY軸モータ23cが配置されている。
【0022】
コラム20の摺動面20aに対向するサドル30の側面30aには、一対のY軸ガイド溝31a,31bがY軸方向に延びるように、且つ、相互に平行に形成されている。サドル30は、コラム20に対してY軸方向に移動可能なように、一対のY軸ガイド溝31a,31bが一対のY軸ガイドレール23a,23bに嵌め込まれ、サドル30の側面30aがコラム20の摺動面20aに密接されている。
【0023】
回転主軸40は、サドル30内に収容された主軸モータ41により回転可能に設けられ、工具42を支持している。工具42は、回転主軸40の先端に固定され、回転主軸40の回転に伴って回転する。また、工具42は、コラム20およびサドル30の移動に伴ってベッド10に対してX軸方向およびY軸方向に移動する。なお、工具42としては、例えば、ボールエンドミル、エンドミル、ドリル、タップ等である。
【0024】
テーブル50は、ベッド10に対してZ軸方向に移動可能なように、一対のZ軸ガイドレール12a,12b上に設けられている。テーブル50の上面には、ターンテーブル60が鉛直方向のB軸回りで回転可能に支持されている。
ターンテーブル60は、ベッド10内に収容されたB軸モータ61により回転可能に設けられ、工作物Wを磁気吸着等により固定している。
【0025】
温度センサ70は、工作機械1の所定部位、すなわちベッド10、コラム20、サドル30、回転主軸40、テーブル50およびターンテーブル60の任意の部位に取付けられている。この温度センサ70としては、例えば、熱電対やサーミスタが用いられる。
【0026】
制御装置80は、主軸モータ41を制御して、工具42を回転させ、X軸モータ11c、Z軸モータ12c、Y軸モータ23c、およびB軸モータ61を制御して、工作物Wと工具42とをX軸方向、Z軸方向、Y軸方向およびB軸回りに相対移動することにより、工作物Wの加工を行う。また、制御装置80は、工作機械1の熱変位補正を行う熱変位補正装置90を備えている。ただし、熱変位補正装置90は、制御装置80の内部に備えるものに限られず、外部装置として適用することもできる。
【0027】
(2.熱変位補正の説明)
次に、熱変位補正装置90による熱変位の補正について説明する。熱変位補正装置90による熱変位補正は、工作物Wの加工中に行うもので、温度センサ70からの温度情報に基づいて、工作機械1の熱変位の推定が可能な異なる2種類の熱変位推定処理が用いられる。2種類の熱変位推定処理は、処理時間が比較的短時間の熱変位推定処理(第1熱変位推定処理)と、処理時間が比較的長時間の熱変位推定処理(第2熱変位推定処理)である。
【0028】
第1熱変位推定処理としては、人工知能もしくは統計処理があり、第2熱変位推定処理としては、物理構造解析がある。人工知能としては、例えば、ニューラルネットワーク、ファジィ推論、遺伝的アルゴリズム等のパターン認識があり、統計処理としては、例えば、重回帰、応答曲面法、クラスター分析等の統計処理がある。物理構造解析としては、例えば、有限要素法、境界要素法等がある。
【0029】
人工知能もしくは統計処理は、物理構造解析よりも処理時間が短く、熱変位推定値にリアルタイム性があるため、工作物Wの加工開始から継続的に実行される。一方、多くの情報を処理する必要があるため、人工知能もしくは統計処理よりも処理時間が長い物理構造解析は、熱変位推定値に信頼性があるため、工作物Wの加工開始から定期的に実行される。そして、人工知能もしくは統計処理による熱変位推定値を、物理構造解析による熱変位推定値で監視することにより、相互補完して熱変位推定値の信頼性を向上させることが可能となる。
【0030】
(3.熱変位補正装置の構成)
次に、熱変位補正装置90について、図2を参照して説明する。熱変位補正装置90は、第1熱変位推定処理実行部91と、第2熱変位推定処理実行部92と、閾値記憶部93と、熱変位推定値比較部94と、補正値演算部95と、補正部96と、加工停止部97とを備えて構成される。ここで、第1熱変位推定処理実行部91と、第2熱変位推定処理実行部92と、閾値記憶部93と、熱変位推定値比較部94と、補正値演算部95と、補正部96と、加工停止部97は、それぞれ個別のハードウエアによる構成することもできるし、ソフトウエアによりそれぞれ実現する構成とすることもできる。
【0031】
第1熱変位推定処理実行部91は、温度センサ70からの温度情報に基づいて、第1熱変位推定処理、例えば、ニューラルネットワークによる熱変位推定処理を工作物Wの加工開始から連続的に実行する。
第2熱変位推定処理実行部92は、温度センサ70からの温度情報に基づいて、第2熱変位推定処理、例えば、有限要素法による熱変位推定処理を工作物の加工開始Wから所定時間ごとに実行する。
【0032】
閾値記憶部93には、工作機械1の熱変位量の許容範囲である閾値が記憶されている。この閾値は、第1熱変位推定処理実行部91で得られる第1熱変位推定値と第2熱変位推定処理実行部92で得られる第2熱変位推定値との差の許容範囲である。この閾値は、図4に示すように、第2熱変位推定処理の実行時点t1,t2,t3・・・ごとに設定されている。
熱変位推定値比較部94は、第1熱変位推定処理実行部91にて得られる第1熱変位推定値と、第2熱変位推定処理実行部92にて得られる第2熱変位推定値との差を求め、閾値記憶部93に記憶されている閾値と比較する。
【0033】
補正値演算部95は、熱変位推定値比較部94にて得られる熱変位推定値の差が閾値の範囲内のとき、第1熱変位推定値に基づいて、加工指令位置に対する補正値を求める。
補正部96は、補正値演算部95にて得られる補正値により加工指令位置を補正する。
加工停止部97は、熱変位推定値比較部94にて得られる熱変位推定値の差が閾値の範囲外のとき、工作物Wの加工を停止する。
【0034】
(4.熱変位補正装置による処理)
次に、熱変位補正装置90による処理について、図3を参照して説明する。この熱変位補正装置90による処理は、加工中において実行可能である。
【0035】
図3に示すように、工作物Wの加工が開始されたら(ステップS1)、連続的に温度センサ70および図略の変位センサから、工作機械1の所定部位、すなわちベッド10、コラム20、サドル30、回転主軸40、テーブル50およびターンテーブル60の任意の部位の温度情報および変位情報を入力する(ステップS2)。そして、第1熱変位推定処理としてニューラルネットワークによる熱変位推定処理を実行し(ステップS3)、得られた第1熱変位推定値を記憶する(ステップS4)。この処理は、既知の技術によるものであり、以下に概略を説明する。
【0036】
上述の工作機械1の所定部位のニューラルネットワークの重み係数の初期値を設定する。そして、入力した温度情報と設定したニューラルネットワークの重み係数の初期値とから熱変位量を演算する。そして、入力した変位情報を教師データとして演算結果と比較し、推論誤差を算出する。推論誤差が大きい場合には、その誤差に対する重み係数の偏微分を求め、新たな重み係数を算出する。
【0037】
そして、推論誤差が十分に小さくなるまで上述の演算を繰り返す。推論誤差が十分に小さくなると、熱変位量を推論できたことになり収束する。そして、その時の重み係数をニューラルネットワークの重み係数として再設定する。以上により、第1熱変位推定処理が完了する。
【0038】
そして、予め設定されている第2熱変位推定処理を実行する所定時間が経過したか否かを判定し(ステップS5)、所定時間が経過していない場合には、ステップS2に戻って上述の処理を繰り返す。一方、所定時間が経過した場合には、第2熱変位推定処理として有限要素法による熱変位推定処理を実行し(ステップS6)、得られた第2熱変位推定値を記憶する(ステップS7)。この処理は、既知の技術によるものであり、以下に概略を説明する。
【0039】
工作機械1全体の3次元モデルデータや熱変形解析用の条件データを設定する。この3次元モデルデータは、例えば、3次元CADシステムを用いて作成された工作機械1全体の3次元形状データを微小要素に分割し、これを解析に必要なモデルデータとして変換したものである。また、条件データは、工作機械1を構成する材料固有の熱伝達率、線膨張係数、ヤング率、ポアソン比や比重等からなる物性値の他、材料と雰囲気との間の熱伝達率等である。
【0040】
そして、入力した温度情報と設定した3次元モデルデータおよび条件データとに基づいて、各微小要素ごとの温度分布を算出する。そして、算出した温度分布を基に各微小要素の熱変位量を算出し、さらに上述の工作機械1の所定部位の熱変位量を算出する。以上により、第2熱変位推定処理が完了する。
【0041】
そして、第1熱変位推定値と第2熱変位推定値との差を求め(ステップS7)、求めた差が閾値の範囲内であるか否かを判定する(ステップS8)。そして、求めた差が閾値の範囲内(例えば、図4に示す時点t1,t2での第1熱変位推定値と第2熱変位推定値との差D1,D2)である場合には、第1熱変位推定値に基づいて、回転主軸40の先端の指令位置に対する補正値を演算する(ステップS9)。
【0042】
そして、演算した補正値により回転主軸40の先端の指令位置を補正する(ステップS10)。つまり、補正値により制御装置80が出力する指令位置を補正指令位置に補正する。そして、熱変位補正をさらに実行するか否かを判定し(ステップS11)、熱変位補正をさらに実行する場合には、ステップS2に戻って上述の処理を繰り返し、熱変位補正を実行しない場合には熱変位補正プログラムを終了する。
【0043】
一方、ステップS8において、求めた差が閾値の範囲外(例えば、図4に示す時点t3での第1熱変位推定値と第2熱変位推定値との差D3)である場合には、工作物Wの加工を停止させ、熱変位補正プログラムを終了する。これにより、工作物Wが不良となることを防止することができる。このときは、ニューラルネットワークの重み係数を再設定した後に加工を再開する。
【0044】
(5.変形態様)
なお、上述した実施形態では、熱変位補正方法は、異なる2種類の熱変位推定処理を用いたが、3種類以上の熱変位推定処理を用いてもよく、さらに熱変位推定値の信頼性を向上させることが可能となる。
【符号の説明】
【0045】
1:工作機械
10:ベッド、 11a,11b:X軸ガイドレール、 11c:X軸モータ
12a,12b:Z軸ガイドレール、 12c:Z軸モータ
20:コラム、 21a,21b:X軸ガイド溝、 22a,22b:ボールガイド
23a,23b:Y軸ガイドレール、 23c:Y軸モータ
30:サドル、 31a,31b:Y軸ガイド溝
40:回転主軸、 41:主軸モータ、 42:工具
50:テーブル
60:ターンテーブル、 61:B軸モータ
70:温度センサ
80:制御装置
90:熱変位補正装置、 91:第1熱変位推定処理実行部
92:第2熱変位推定処理実行部、 93:閾値記憶部、 94:熱変位推定値比較部
95:補正値演算部、 96:補正部、97:加工停止部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工作機械の所定部位に配置された温度センサからの温度情報に基づいて、前記工作機械の熱変位の推定が可能な少なくとも異なる2種類の熱変位推定処理を用いて、工作物の加工中に発生する前記工作機械の熱変位を補正する方法であって、
前記2種類の熱変位推定処理のうち、処理時間が短時間の熱変位推定処理を前記工作物の加工開始から連続的に実行する第1熱変位推定処理実行工程と、
前記2種類の熱変位推定処理のうち、処理時間が長時間の熱変位推定処理を前記工作物の加工開始から所定時間ごとに実行する第2熱変位推定処理実行工程と、
前記第1熱変位推定処理実行工程にて得られる第1熱変位推定値と、前記第2熱変位推定処理実行工程にて得られる第2熱変位推定値との差を、予め記憶している前記工作機械の熱変位の許容範囲である閾値と比較する熱変位推定値比較工程と、
前記熱変位推定値比較工程にて得られる熱変位推定値の差が前記閾値の範囲内のとき、前記第1熱変位推定値に基づいて、NCプログラムによる前記工作機械の移動体の指令位置に対する補正値を求める補正値演算工程と、
前記補正値演算工程にて得られる前記補正値により前記指令位置を補正する補正工程と、
前記熱変位推定値比較工程にて得られる熱変位推定値の差が前記閾値の範囲外のとき、前記工作物の加工を停止する加工停止工程と、
を備える工作機械の熱変位補正方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記第1熱変位推定処理実行工程にて実行される熱変位推定処理は、人工知能もしくは統計処理であり、前記第2熱変位推定処理実行工程にて実行される熱変位推定処理は、物理構造解析である工作機械の熱変位補正方法。
【請求項3】
少なくとも異なる2種類の熱変位の推定が可能な熱変位推定処理を用いて、工作物の加工中に発生する工作機械の熱変位を補正する装置であって、
前記工作機械の所定部位に配置された温度センサと、
前記温度センサからの温度情報に基づいて、前記2種類の熱変位推定処理のうち、処理時間が短時間の熱変位推定処理を前記工作物の加工開始から連続的に実行する第1熱変位推定処理実行手段と、
前記温度センサからの温度情報に基づいて、前記2種類の熱変位推定処理のうち、処理時間が長時間の熱変位推定処理を前記工作物の加工開始から所定時間ごとに実行する第2熱変位推定処理実行手段と、
前記工作機械の熱変位の許容範囲である閾値を記憶する閾値記憶手段と、
前記第1熱変位推定処理実行手段にて得られる第1熱変位推定値と、前記第2熱変位推定処理実行手段にて得られる第2熱変位推定値との差を求め、前記閾値記憶手段に記憶されている前記閾値と比較する熱変位推定値比較手段と、
前記熱変位推定値比較手段にて得られる熱変位推定値の差が前記閾値の範囲内のとき、前記第1熱変位推定値に基づいて、NCプログラムによる前記工作機械の移動体の指令位置に対する補正値を求める補正値演算手段と、
前記補正値演算手段にて得られる前記前記補正値により前記指令位置を補正する補正手段と、
前記熱変位推定値比較手段にて得られる熱変位推定値の差が前記閾値の範囲外のとき、前記加工を停止する加工停止手段と、
を備える工作機械の熱変位補正装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−240137(P2012−240137A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−110538(P2011−110538)
【出願日】平成23年5月17日(2011.5.17)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】