説明

差圧式二重イオントラップ質量分析計およびその使用方法

【課題】質量分析計の分解能を上げること
【解決手段】二連イオントラップ質量分析計は、それぞれ比較的高い圧力と低い圧力に維持された、隣接する第1の二次元イオントラップと第2の二次元イオントラップとを含む。高圧が有利な機能(冷却およびフラグメント化)は第1のトラップ内で実行でき、低圧が有利な機能(アイソレート化および分析スキャン)は第2のトラップ内で実行できる。ポンピング制限を行い、2つのトラップの間に差圧を維持できるようにする小さい開口部を有するプレートレンズを通して、第1のトラップと第2のトラップの間でイオンを移動させることができる。この二連イオントラップ質量分析計の差圧環境によって、イオン捕捉およびフラグメント化効率を損なうことなく、高分解能の分析スキャンモードを使用することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般的には質量スペクトロメータに関し、より詳細には、質量スペクトロメータシステムで使用するための差圧式二次元二連イオントラップ質量分析計に関する。
【背景技術】
【0002】
二次元の四重極イオントラップ質量分析計(リニアイオントラップとも称される)は、質量スペクトロメータ技術で周知であり、種々の化合物を分析するための有益で、かつ広く使用されるツールとなっている。一般的に説明すると、二次元イオントラップは、4本の細長い電極の一組から成り、イオンをトラップの内部に径方向に閉じ込めるよう、これら電極には所定の位相関係で無線周波数(RF)トラッピング電圧が印加される。ロッド電極の端部部分および/またはロッド電極の長手方向外側に位置する電極に適当な直流(DC)オフセットを印加することにより、イオンの軸方向の閉じ込めを行うことができる。ビア氏外に付与された米国特許第5,420,425号に記載されているように、イオントラップの長手方向中心軸線に対して直交するラジアル方向またはハガー氏に付与された米国特許第6,177,668号に記載されているように、長手方向中心軸線に対して平行な軸方向のいずれかに、トラップの内側から関連する検出器へイオンを質量順に導入することによって、トラップされたイオンの質量スペクトルを得ることができる。二次元イオントラップの大きなイオン容積、より大きいトラッピング容量およびより高いトラッピング効率は、高い感度および増加した数のマルチステージのイオン選択およびフラグメント化を実行するための能力を含む(従来の三次元イオントラップよりも)大きな性能上の利点を提供している。
【0003】
イオントラップ質量分析計を成功裏に作動させるには、トラップの内部にバッファガス(一般にヘリウム)を添加しなければならない。バッファガス(当技術分野ではダンピングガスまたは衝突ガスとも種々に称される)は、2つの主要目的のために働く。第1の目的は、バッファガスは衝突によってイオンの運動エネルギーを減少させることである。運動エネルギーをこのように減少させることは、トラップへ注入されるイオンをトラップするだけでなく、質量分析前にイオンクラウドを運動学的に冷却(ダンピング)すると共に、(軸方向かつ径方向の双方に)空間的に集中させる上で不可欠であり、この結果、有効な質量スペクトル分解能および感度を得る。第2の目的は、バッファガスが存在することによりタンデム質量スペクトル分析(MS/MSまたはMSn)による衝突によってアクティベートされた解離(CAD)を介し、イオンを効率的にフラグメント化することである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、イオン解離および質量順の導入プロセス中にイオンとバッファガスが衝突することは、分解能を低下させ、質量の精度を制限する化学的質量シフトを生じさせるという双方の理由から、質量スペクトル性能に有害となり得る。機器設計者はこれまで分解能および質量精度に及ぶ悪影響を最小にしながら、適当なトラッピング/冷却およびフラグメント化作用を生じさせるバッファガス圧力(一般に1〜5ミリトールの間)を選択することにより、これら悪影響を低減する試みを行って来た。このような「圧力と妥協する」アプローチの結果、全般的に満足できる機器の性能が得られたが、最近、より低い圧力での有利な作動モードに関心がある。0.908の安定制限値よりも多少低いマチュー(Mathieu)パラメータqの値で、イオンを共鳴状態で導入することにより、より高い分解能が得られることが分かっている。このような分解能の上昇は、より急速なスキャンレートとも妥協することができる。すなわち、より高速で、標準的な技術を使って得られる分解能に等価的な分解能を有する質量スペクトルを得ることができ、よってサンプルスループットを高め、および/または完了できるMSnサイクルの数を多くすることができる。更に、qの小さい値での導入は、質量レンジスキャンが拡張されること、および導入レートを高め、および/またはより高い質量対電荷比(m/z)分解能を提供するために、より高次の共鳴を使用できることを含む他の利点も提供する。所定のイオントラップ内で、かつ所定の条件下で小さくされたq導入値と共に大幅に増加し得る化学的に依存する質量シフトの問題は、小さいqでの共鳴導入の使用に対する潜在的な障害を提供し得る。バッファガスの圧力を低下させることにより、化学的に依存する質量シフトを少なくすることができるが、このようにすることは、イオンをトラップし、冷却する能力、およびCAD機構を介してイオンを効率的にフラグメント化する能力にかなりの悪影響が及ぶ。
【0005】
小さいqの共鳴導入を特別に解決していない、カワト外に付与された米国特許第6,960,762号は、バッファガスが存在することから生じる欠点を防止するようになっている従来の三次元イオントラップへの適合化について述べている。このカワト外の装置では、バッファガスが制御可能に(パルスバルブを介して)イオントラップの内部に加えられ、イオンを捕捉するために圧力を最適な値へ上昇させている。イオンがトラップに注入された後に、不活性ガスの流れが低減または終了され、したがって、イオントラップ内部の圧力は質量順次スキャンのために最適な値まで低下される。カワトほかの装置は2つの圧力の間で切り換えを行うことにより、優れた捕捉効率およびスキャン分解能の双方を得ていることが報告されている。しかしながら、イオントラップ圧力を繰り返し変更し、安定化するのに必要な時間は、質量分析サイクル全体の時間を大幅に長くし、特に高容量のイオントラップが使用される場合は、サンプルのスループットを低下させる。
【0006】
少なくとも1つの従来技術の参考文献が、異なる機能のためにトラップ内の圧力を別々に最適化する二連トラップ質量スペクトロメータアーキテクチャについて開示している。すなわちゼレガ外(「二連四重極イオントラップ質量スペクトロメータ」、Int. J. Mass Spectrometry 190/191 (1999年) 59~68)は、二連イオントラップ質量スペクトロメータについて述べており、このスペクトロメータは約10-4トールの圧力で作動する第1の三次元四重極イオントラップ(「準備セル」と称される)から成り、このトラップは、約10-7トールの圧力で作動する第2の三次元四重極イオントラップ(「質量分析セル」と称される)に結合されている。この質量スペクトロメータでは、準備セルの内部でイオンが発生され、このイオンは不活性ガス原子との衝突によって冷却され、イオンクラウドが占める容積を小さくする。次に、(閉じ込め電圧をオフにし、端部キャップに適当なDC電圧を印加することにより)準備セルからエンドキャップのうちの1つにある小さい開口部を通して、イオンが導入され、イオンは質量分析セルまで移動し、このセルで入口開口部を通ってセルの内部容積部内に導入される。質量分析セル内でトラップされるイオンの質量対電荷比は、軌跡分析によるトラップされたイオンのセキュラ周波数の測定に基づく複雑な技術によって測定され、この技術では所定時間の間、トラップ内にイオンが閉じ込められ、(出口開口部を通して)検出器へ導入され、トラップ内部と検出器との間のイオンの飛行時間を示すイオン信号を発生する。この技術は、閉じ込め時間の関数としてのイオン信号の分析を必要とするので、完全な質量スペクトルを得るには、数回の質量分析サイクルを実行しなければならない。ゼレガ外の論文に開示されている質量分析技術の複雑さだけでなく、質量スペクトルを発生するのに数回、質量分析サイクルを実行しなければならないことも、この装置の商業的な使用を不利にしている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
おおまかに説明すれば、本発明の一実施形態に係わる二連トラップ質量分析計は、異なる圧力で作動する隣接する第1二次元四重極イオントラップと第2二次元四重極イオントラップとを含む。第1のイオントラップは、CADプロセスにより効率的なイオントラッピング、運動力学的/空間的冷却およびフラグメント化を促進するよう、例えばヘリウムの5.0×10-4〜1.0×10-2トールの範囲内にある比較的高い圧力に維持される内部容積を有する。少なくとも1つのイオン光学的要素を通して第2のイオントラップの内部に冷却された(更に光学的にフラグメント化された)イオンが移動され、第2のイオントラップは第1のイオントラップ圧力に対して(例えばヘリウムの1.0×10-5〜2.0×10-4トールの範囲内の)かなり低いバッファガス圧力に維持されている。第2のイオントラップ内の低圧力は、匹敵するm/z分解能を維持しながら、高分解能の質量スペクトルの収集および/またはより高いスキャンレートの使用を促進し、化学的に依存する質量シフトの許容できないレベルを生じることなく、小さいqの共鳴導入の利用も可能にする。更に、低圧領域は、より高い分解能のイオンアイソレーションも可能にする。
【0008】
二連トラップ質量分析計の特定の実現例では、第1のイオントラップと第2のイオントラップは、共通する真空チャンバ内に存在し、これらトラップの間の差圧は、2つのトラップを分離するトラップ間プレートの開口の形態をとり得る、ポンピング制限部によって維持される。所望するバッファガス圧力を発生するために、導管を介して第1のイオントラップの内側にヘリウムのようなバッファガスを追加することができる。第1のイオントラップと第2のイオントラップの双方は、従来の分割された双曲ロッド構造を有することができ、第2のイオントラップのロッド電極ペアの中心部分には、スロットを設けることができ、このスロットを通して質量スペクトルの収集のための検出器へイオンを導入することが可能となっている。双方のイオントラップの電極にRF電圧を印加するのに、単一の共用する無線周波数(RF)コントローラを使用できる。イオントラップ内のイオンの軸方向の閉じ込め、およびトラップ間でのイオンの移動は、適当なDC電圧をロッド電極部分および/またはトラップ間レンズ、および第1のイオントラップの前端部および第2のイオントラップの後方端部の軸方向外側に位置するレンズに印加することによって達成できる。
【0009】
上記記載の二連トラップ質量分析計は、多数の異なるモードで作動できる。あるモードでは、第1のイオントラップ内でイオンをトラップし、冷却し、次に質量分析のために第2のイオントラップへ移動させる(「質量分析」なる用語は、本明細書はトラップされたイオンの質量対電荷比の測定を示すよう使用する)。別のモードでは、第1のトラップ内でイオンをトラップし、冷却し、当該質量対電荷範囲の外側にあるすべてのイオンを第1のトラップから導入することにより、フラグメント化のために前駆イオンを選択(アイソレート)する。CAD技術によれば、次に前駆イオンを運動力学的に励起し、これらイオンはバッファガスとエネルギー衝突し、生成イオンを発生する。生成イオンは次に、質量分析のために第2のイオントラップへ送られる。更に別の作動モードは、第2のイオントラップでの高分解能のアイソレートのためのポテンシャルを利用する。このモードでは、第1のイオントラップ内にイオンをトラップし、冷却し、次に第2のイオントラップへ送る。次に、当該質量対電荷範囲外のすべてのイオンを導入することにより、第2のイオントラップ内で前駆イオンをアイソレートする。第2のイオントラップ内の圧力は低圧となっているので、従来、より高い圧力で得られるよりも高い分解能および高い効率(前駆イオンの損失が少ない)でアイソレートを実行でき、より高い特異性で前駆イオン種を選択できる。次に第2のイオントラップへ前駆イオンを戻し、その後、上記CAD技術でフラグメント化する。次にこの結果得られた生成イオンを質量分析のために第2のイオントラップ内へ送る。この作動モードの変形例では、前駆イオンは、(ロッド電極および/またはトラップ間レンズに適当なDC電圧を印加することにより)第2のイオントラップから第1のイオントラップへ移動する間、高速度に加速され、従来の三連ステージの四重極質量フィルタ機器の衝突セル内で生じるフラグメント化パターンに近似するフラグメント化パターンを発生する。生成イオンを発生するためにCAD技術の代わりに、またはCAD技術に加えて、光解離、電子移動解離(ETD)、電子捕捉解離(ECD)およびプロトン移動反応(PTR)を含むが、これらに限定されない他の公知の解離または反応技術を使用してもよい。次に生成イオンは、質量分析のために第2のイオントラップ内に戻すことができる。
【0010】
本発明の上記実施形態および他の実施形態は、質量分析計に、比較的高い圧力と低い圧力の領域を設けることにより、更に、より高い圧力が好ましい機能(冷却およびフラグメント化)を高圧領域で実行し、低圧が好ましい他の機能(アイソレート化および質量順のスキャン)を低い圧力領域で実行することにより、従来技術のイオントラップ質量分析計の制限を解消または低減するものである。
【0011】
添付図面は次のとおりである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態に係わる差圧式二連イオントラップ質量分析計を含む質量スペクトロメータのシンボル図である。
【図2】差圧式二連イオントラップ質量分析計の部品を示すシンボル図である。
【図3】図2の差圧式二連イオントラップ質量分析計を作動させるための第1方法のステップを示すフローチャートである。
【図4】第1のイオントラップ内でイオンを解離させ、フラグメント化するように、図2の差圧式二連イオントラップ質量分析計を作動させるための第2方法のステップを示すフローチャートである。
【図5】第2のイオントラップ内でイオンを解離させ、第1のイオントラップ内でフラグメント化するように、図2の差圧式二連イオントラップ質量分析計を作動させるための第3方法のステップを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、本発明の一実施形態に従って差圧式二連イオントラップ質量分析計を実施できる質量スペクトロメータ100の部品を示す。この質量スペクトロメータ100の所定の特徴および構成は、説明のための例として示したものであり、この差圧式二連イオントラップ質量分析計を特定の環境における実施例に限定するものと見なしてはならないことが理解できよう。エレクトロスプレーイオンソース105の形態をとり得るイオンソースは、分析材料、例えば液体クロマトグラフ(図示せず)からの分離液からイオンを発生する。これらイオンはイオンソースチャンバ110(このチャンバは、エレクトロスプレーソースのために、一般に大気圧またはほぼ大気圧に保持される)から順次圧力が低くなっている数個の中間チャンバ120、125および130を通して、差圧式二連イオントラップ質量分析計140が位置する真空チャンバ135までトランスポートされる。四重極RFイオンガイド145および150、八重極RFイオンガイド155、スキマー160および静電レンズ165および170を含む多数のイオン光学部品により、イオンソース105から質量分析計140への、イオンの効率的なトランスポートが容易となっている。イオンソースチャンバ110と第1中間チャンバ120との間では、イオン移動チューブ175を介してイオンをトランスポートでき、イオン移動チューブ175は、残留溶剤を蒸発させ、溶剤−分析物クラスターを分解するように加熱されている。中間チャンバ120、125および130、並びに真空チャンバ135は、内部を所望する値の真空圧に維持するよう、ポンプの適当な配置により減圧されるようになっている。一例では、中間チャンバ120は機械式ポンプのポート180に連通し、中間チャンバ125および130、並びに真空チャンバ130は、マルチステージ、マルチポートのターボ分子ポンプの対応するポート185、190および195に連通している。
【0014】
質量スペクトロメータ100の種々の部品の作動は、制御およびデータシステム(図示せず)により命令され、このシステムは一般に、汎用プロセッサおよび特殊プロセッサと、アプリケーション固有の回路およびソフトウェア並びにファームウェア命令の組み合わせから構成される。制御およびデータシステムは、データ収集およびポスト収集データ処理サービスも行う。
【0015】
質量スペクトロメータ100は、エレクトロスプレーイオンソース用に構成されているものとして示されているが、マトリックスアシストレーザー脱離/イオン化(MALDI)ソース、大気圧化学イオン化(APCI)ソース、大気圧光イオン化(APPI)ソース、電子イオン化(EI)ソースまたは化学的イオン化(CI)イオンソースを含むが、これらに限定されない任意の数のパルス状または連続状イオンソース(またはこれらの組み合わせ)と連動させて、この二連イオントラップ質量分析計140を使用できる。
【0016】
図2は、本発明の一実施例に係わる二連イオントラップ質量分析計140の主要部品の略図である。この二連イオントラップ質量分析計140は、互いに隣接して位置する第1の四重極トラップ205と、第2の四重極トラップ210とを含む。以下に説明する記載を検討すれば明らかとなる理由から、第1の四重極イオントラップ205を高圧トラップ(HPT)と称し、第2の四重極イオントラップ210を低圧トラップ(LPT)と称す。HPT205とLPT210の相対的な位置を記述するために本明細書で使用する「隣接する」なる用語は、HPT205とLPT210とが接近して位置していることを示すが、2つのトラップの間に1つ以上のイオン光学的要素を設置することを排除するものではなく、実際に好ましい実施形態では、かかるイオン光学的要素を必要とすると理解できよう。
【0017】
二次元四重極イオントラップにおけるロッド電極の幾何学的形状および位置については、文献、例えば上記米国特許第5,420,425号だけでなく、シュバルツ氏外著、「二次元四重極イオントラップ質量スペクトロメータ」(J. Am. Soc. Mass Spectrom. 13:659(2002年))に広範に検討されているので、これら特徴の詳細な説明は不要であり、省略した。一般的に説明すれば、二次元四重極イオントラップはトラップの内部のまわりに配置された4本のロッド電極から構成できる。これらロッド電極は2つのペアとなるように配置され、各ペアは、トラップの長手方向中心軸線を横断するように対向する。RF電圧を印加する際に、純粋な四重極電界に密に近似するよう、各ロッドにはトラップの内側を向いた切頭双曲面が形成されている。別の実現例では、製造の複雑さおよびコストを下げるために、双曲電極の代わりに丸い(円形)か、または平面状(フラットな)電極に置換できるが、かかるデバイスは一般的に、より限られた性能しか提供しない。好ましい実施例では、各ロッド電極は3つの電気的にアイソレートされた部分に分割され、これら部分は中心部分にまたがる前方端部部分後方端部部分から成る。ロッド電極をこのように分割したことにより、これら部分の各々に異なるDC電圧を印加することが可能となり、よってイオンがトラップの長さの一部にわたって延びる容積部分内に主に含まれることが可能となる。例えば中心部分に対し、端部部分に印加されるDC電圧を上げることにより、トラップの内部の中心容積部(この部分はロッド電極の中心部分とほぼ長手方向に共通に延びる)内に正のイオンを集中させることができる。
【0018】
明瞭にするために、図2ではHPT205およびLPT210に対して1つの電極ペアしか示していない。HPT205は、各々が前方端部部分250と、中心部分225と、後方端部部分230とに分割されている複数のロッド電極215を含む。同様に、LPT210は、各々が前方端部部分240と、中心部分245と、後方端部部分250とに分割されたロッド電極235を含む。ロッド電極235の中心部分245には、当業者に周知の態様でスロット設けることができ、このスロットを介して分析スキャン中に検出器255へイオンをラジアル方向に導入することが可能となっている。ロッド電極内にスロットが存在することによって、トラッピング電界内に所定の、より大きい電界成分が誘導され得るが、このことは、機器の性能に望ましくない影響を与え得ることが知られている。これら効果は、電極ペアの1つを伸長する(それら電極ペアの電極間の間隔を広げる)ことにより、電極の表面の幾何学的形状を変えることによって、または電極に印加されるRF電圧をアンバランスにすることによって、解消するか、または最小にすることができる。一般に、これら電極のうちの2つにしかスロットが設けられず(すなわち電極の対向するペアの双方の電極にスロットが適合される)、LPT210の所定の実現例では、4本のすべてのロッド電極内にスロットが形成された構造を使用することもできる。HPT205は、分析スキャンには使用されないので、電極215の中心部分225にスロットを設ける必要はなく、よってHPT205は実質的に純粋な四重極トラッピング電界を発生できる。しかしながら、大きさが実質的に純粋な四重極電界から逸脱するような結果を生じさせるHPT205における電極の幾何学的形状および間隔を使用することが望ましく、例えば共鳴アクティーブ化効率を改善または保存し、より低いm/zイオン導入およびより高いm/zイオン導入に対して、別個のxおよびyアイソレーション波形により、アイソレーション分解能を改善し、および/または(例えばより機械加工が困難であり、かつ高価である双曲形状の電極の代わりに、丸いロッド形状に置換することにより)製造コストを低減することが望ましい。したがって、HPT205に対する最適な電極形状は、機能、性能およびコストを考慮して決定される。
【0019】
LPT210の好ましい実施形態は、ラジアル(直交とも称される)導入による分析スキャンをするように構成されているが、二連イオントラップ質量分析計の他の実施形態は、米国特許第6,177,668号において、ハガー氏が教示した態様の軸方向のスキャンによって分析スキャンをするように、LPT210を構成してもよい。かかる構成では、好ましい実施形態のように、LPTの径方向外側ではなく、LPTの軸方向外側に検出器が位置する。
【0020】
二連イオントラップ質量分析計140は、HPT205の前方、HPT205とLPT210との間、LPT210の後方にそれぞれ位置する前方レンズ260、トラップ間レンズ265および後方レンズ270を更に含む。これらレンズ構造体は、種々の機能、例えばHPT205内へのイオンに対するゲート操作、HPT205とLPT210との間でイオンを移動させること、およびトラップ内にイオンを軸方向に閉じ込めるのをアシストすることを実行するように作動できる。各レンズは、制御可能な大きさのDC電圧を印加する開口部を有する導電性プレートの形態をとり得る。後により詳細に説明するように、前方レンズ260の開口部275およびトラップ間レンズ265の開口部280は、比較的小さい直径(一般に約0.15cm(0.060インチ)および約0.20cm(0.080インチ))をそれぞれ有し、HPT205の内部の圧力をLPT210内および質量分析計140の外側の真空チャンバ135の位置にある圧力に対して大幅に高くすることができる。後方レンズ270の開口部285は、一般に他のレンズの開口部に対してかなり大きい直径(例えば約1.27cm(0.500インチ))を有し、LPT210内の圧力を質量分析計140の外側の領域内の圧力に近い値に維持することを容易にする。本明細書に説明し、図示したプレートレンズ構造の代わりに、他の適当なレンズ構造に置換することもできる。より詳細に説明すれば、トラップ間レンズ265は、他の実現例ではRFレンズ、マルチ要素レンズシステムまたはショートマルチポールを含むことができる。更にレンズのうちの1つ以上と他の物理的構造体とを組み合わせ、任意の程度のポンピング制限をすることも可能であると理解すべきである。
【0021】
前方レンズ260、トラップ間レンズ265および後方レンズ270には、全体に管状をした密閉体290が係合し、シールされ、HPT205およびLPT210のための密閉体を形成している。このような構造によって、2つのトラップ間および各トラップと外部領域との間の連通を種々の開口部を通過して生じる流れに制限することにより、HPT205およびLPT210内を所望する圧力にすることを可能にしている。密閉体290には、導入されたイオンが検出器255を通過できるようにするための細長い開口部を設けることができる。密閉体290は、HPT205およびLPT210の双方のまわりに延びる一体的構造体として示されているが、二連トラップ質量分析計140の他の実現例は、密閉体が2つ以上の部品(例えばHPT205を囲む第1部分とLPT210を囲む第2部分、またはHPT205とLPT210の双方を囲む第1部分とHPT205しか囲まない第2部分)から形成されるような構造体を利用することもできる。かかる構造体は、ポンピングコンダクタンスの仕様に合わせるのを容易にできる。側壁290を貫通する導管292を通して、HPT205の内部にバッファガス、一般にヘリウムが添加される。HPT205およびLPT210内に維持される圧力は、バッファガスの流量、レンズの絞り275、280および285のサイズ、真空チャンバ135の圧力、(内部に形成された絞りを含む)密閉体290の構造および真空チャンバ135のためのポンピングポートの関連するポンピング速度195に応じて決まる。二連トラップ質量分析計140の代表的な実現例では、HPT205内の圧力は、ヘリウムの5.0×10-4〜1.0×10-2トールの範囲内の値に維持され、LPT210内の圧力はヘリウムの1.0×10-5〜3.0×10-3トールの範囲の値に維持される。(現時点で想到されるように)より好ましくは、HPT205の圧力はヘリウムの1.0×10-3〜3.0×10-3トールの範囲内とし、LPT210の圧力はヘリウムの1.0×10-4〜1.0×10-3の範囲内とする。このように、これら圧力は(HPTトラップ205内での)冷却およびフラグメント化の機能のため、および(LPTトラップ210内での)アイソレート化および分析スキャンのために、別々に最適化される。上記圧力の範囲は単なる例として示したにすぎないと理解すべきであり、発明の範囲を特定の圧力またはレンジもしくは複数の圧力での作動に制限するものと見なすべきではない。
【0022】
RF/ACコントローラ295により、HPT205およびLPT210の電極には、メインRF(トラッピング)電圧および(共鳴解消、アイソレーションおよびCADのための)補助AC電圧を含む発振電圧が印加される。機器の複雑さおよび製造コストを低減するために、双方のトラップに同じ発振電圧を印加するよう、HPT205およびLPT210を、共用するRF/ACコントローラに並列に接続できる。しかしながら、トラップ内で異なる機能を同時に実行させたいような所定の応用例があり得る。例えばLPTがイオンの早期に累積されたグループの分析スキャンを実行する間にHPT205内に到達したイオンを累積し、冷却することに対しデューティサイクルを大きくしたいことがある。このような応用例は、HPT205およびLPT210に異なるRF/AC電圧を印加することを必要とし、これを行うには、2つのトラップに対して別個のRF/ACコントローラを使用しなければならない。DCコントローラ297および298により、HPT205およびLPT210の電極にそれぞれDC電圧が印加される。上記のように、トラップの長手方向の一部にわたって延びる容積部内、例えば中心部分に対応する中心容積部内にイオンを集中するのに、トラップの端部部分と中心部分に異なるDCバイアス電圧を印加することが知られている。
【0023】
二連トラップ質量分析計の他の実現例は、図1に示された構造に対してLPTおよびHPTの位置を切り換えることができると認識すべきである。かかる実現例では、イオンソースから到達するイオンは、図3〜5を参照して以下に説明するように、まずLPTを通過してHPTに進入し、ここでトラップされ、運動力学的に冷却(更にオプションとしてフラグメント化)され、その後、質量分析(またはアイソレーション)のためにLPTへ戻される。
【0024】
図3〜5は、分析物質の質量分析のために二連イオントラップ質量分析計140を作動させる種々の方法を示す。これら方法は、本発明の質量分析計をどのように有利に使用できるかの例として示されていると理解すべきであり、発明を特定の作動モードに限定するものと解してはならない。まず最初に図3のステップ310を参照すると、イオンソース105で発生され、種々のイオン光学的部品を通ってトランスポートされるイオンは、HPT205の内側容積部内に累積される。前方レンズ260へ印加されるDC電圧を調節することにより、HPT205に進入するイオンのゲート操作を行うことができる。HPT205内に十分な数のイオンが累積された後に(累積時間の長さは適当な自動利得制御技術によって決定できると理解すべきである)、前方レンズ260に印加されるDC電圧を変え、HPT205に更に別のイオンが進入することを防止する。当技術分野で知られているように、(より詳細には、2つのロッドペアに反対の位相の発振電圧を印加することによる)ロッド電極215に印加されるRF電圧を使用するラジアル閉じ込めと端部部分220および230、中心部分225、前方レンズ260およびトラップ間レンズ265に印加されるDC電圧を使用する軸方向の閉じ込めとの組み合わせにより、HPT205内の累積されたイオンのトラッピングを行う。後方端部部分230および/またはトラップレンズ265に印加されるDC電圧は、イオンがHPT205からLPT210へ移動するのを防止する潜在的なバリアを形成する。バッファガスとの衝突によりイオンの冷却を行うのに十分な時間(この時間は一般に1〜5ミリ秒の長さである)、HPT205内にトラップされたイオンが保持される。
【0025】
二連イオントラップ質量分析計140の差圧構造は、意図しないフラグメント化を生じることなく、脆弱なイオン(例えば電子のイオン化により発生したn−アルカンのイオン)を捕捉できる能力に関して、従来技術よりもかなりの利点を提供できることが理解できよう。イオントラップへの入口に到達するイオンは、トラップが通常のバッファガス圧力で作動しているときに一般にリニアトラップの長手方向を1回通過して戻る間に、衝突によって除去される運動エネルギー量を越える運動エネルギー拡散量を一般に有する。この結果、導入されたイオンの一部は従来のイオントラップの内側から外へバウンドされ、よって導入効率を下げると共に、質量分析に利用できるイオンの数を減少させる。導入効率は、従来のイオントラップではバッファガス圧力を高めることによって改善できるが、上記のように、より高いバッファガス圧力での作動は分析スキャンおよびアイソレーションの分解能に悪影響を与える。導入効率は、衝突ごとにより大きいエネルギーが失われるよう、導入されるイオンを加速することによっても改善できる。しかしながら、より高い運動エネルギーまでイオンを加速することは、脆弱なイオンの、より望ましくないフラグメント化も生じさせる。HPT205およびLPT210にそれぞれイオン捕捉機能と分析スキャン機能とを効果的に分離する二連イオントラップ質量分析計140の構造によってHPT205内でより高いバッファガス圧力を使用し、分析スキャンの分解能または速度と妥協することなく、良好な衝突エネルギー除去およびその結果として得られる良好な捕捉効率を促進できる。
【0026】
累積および冷却ステップの後に、冷却されたイオンはLPT210の内部容積部へ移動される(ステップ320)。2つのトラップの間でのイオンの移動は、LPT210内での2つのトラップ間の潜在的バリアを除くと共に、このLPT210への潜在的な井戸を形成するように、トラップ間レンズ265(および可能な場合にはロッド電極215および/またはロッド電極235の1つ以上の部分)へ印加されるDC電圧を変えることによって実行される。次に、イオンはHPT205の内部から開口部275を通ってLPT210の内部に流れる。イオンの運動エネルギーを実質的に高めることなく、および/またはフラグメント化を生じさせるようなエネルギー衝突を受けないように移動ステップを実行することが一般に望ましい。LPT210内でのイオンのラジアル方向および軸方向の閉じ込めは、ロッド電極235に印加されるRF電圧および端部部分240、250、中心部分245、トラップ間レンズ265、ならびに後方レンズ270に印加されるDC電圧によってそれぞれ実行される。
【0027】
イオンがLPT210内に移動し、この内部にトラップされた後に、質量スペクトルを得るように検出器255へ質量順にイオンを導入することにより、分析スキャンを実行する(ステップ330)。スロットの設けられたロッド電極ペア(例えばロッド電極235)の両端に発振共鳴励起電圧を加え、ロッド電極に印加される主要RF(トラッピング)電圧の振幅をランプ関数に従って変化させることにより、二次元の四重極イオントラップ内で従来通り質量順の導入を行う。イオンはそれらの質量対電荷比の大きさで、関連する励起電界と共鳴状態となる。共鳴状態で励起されたイオンは、軌跡振幅を順次増加する。この増加量は、最終的にはLPT210の内側寸法を越え、イオンを検出器255に導入させ、検出器255はこれに応答し、導入されたイオンの数を示す信号を発生する。この信号は、質量スペクトルを発生するよう更に処理できるように、データシステムへ送られる。
【0028】
イオンが共鳴状態で導入されるマチューパラメータqの値は、共鳴励起電圧の周波数に応じて決まる。背景技術の章で以前説明したように、現在、m/zスキャンレンジを拡張しながら、より高い分解能を得て、および/またはより高速のスキャンレートを可能にするよう、qが比較的小さい値でイオンを共鳴状態で導入することに関心がある。イオンは質量不安定性限度よりも低いqの作動的に有効な値(例えば0.05〜0.90の間)でイオンを共鳴状態で導入することができるが、小さいqの共鳴導入は0.6≦q≦0.83の範囲内で生じることがより好ましい。一部がトラッピングRF電圧の周波数の整数分の1(例えばq=0.64では、共鳴周波数はトラッピングRF電圧の周波数の4分の1である)となっている共鳴状態が存在する共鳴導入を行うために、qの値を選択することによって、分解能を更なに強化するかまたはスキャン速度を増加させることができることが知られている(例えばフランツェン氏に付与された米国特許第6,297,500号および同第6,831,275号を参照)。本発明の二連イオントラップ質量分析計は、LPT210の低圧環境内で分析スキャンを実行し、よって分解能を低下させ、かつ生じ得る場合には、化学的質量シフトのレベルをより高くする、スキャニングプロセス中の多数回のイオンとバッファガスの衝突を防止することにより、小さいqの共鳴導入の実用的な利用を可能にするものである。
【0029】
本明細書では、比較的小さい値のqで分析スキャンを実行することを説明するが、ステップ330は、本発明の範囲から逸脱することなく、より大きい値のq(例えばq=0.88)で従来通り実行することもできると認識すべきである。更に、本発明の一部の実施形態は、ラジアル方向ではなく軸方向にイオンを質量順に導入することができる。
【0030】
図4は、二連イオントラップ質量分析計140を使用するMS/MS分析を実行する方法のステップを示すフローチャートである。ステップ410では、図3のフローチャートのステップ310を参照してこれまで説明したのと実質的に同じ態様で、HPT205内でイオンを累積し、冷却する。次にステップ420では、当該レンジ内にある質量対電荷比を有する前駆イオンをHPT205内でアイソレートする。当該質量対電荷比の範囲は、例えば所定の基準を使ってあらかじめ取得した質量スペクトルを分析することにより、データに依存するプロセスによって自動的に決定できる。前駆イオンのアイソレーションは、前駆イオンの長期周波数に対応する周波数ノッチを有するブロードバンドの励起信号をロッド電極215に印加することにより、当技術分野で知られている態様で達成できる。これによって、前駆イオンをHPT205内に維持しながら、(ロッド電極215の間のギャップを通過する導入、または電極表面への衝突のいずれかにより)当該レンジ外の質量対電荷比を有するイオンの実質的にすべてを、運動力学的に励起し、HPT205から除去できる。
【0031】
ステップ430では、ステップ420で前に選択された前駆イオンをフラグメント化し、生成イオンを発生する。フラグメント化は前駆イオンの長期周波数に一致する周波数を有する励起電圧をロッド電極215に印加し、前駆イオンを運動力学的に励起し、これら前駆イオンがバッファガスとエネルギー的に衝突するよう、従来のCAD技術によって達成できる。シュバルツ氏に付与された米国特許第6,949,743号に記載されており、パルス化q解離(PQD)と称されるCAD技術の変形例を従来のCADの代わりに使用してもよい。このPQD技術では、より高いエネルギーの衝突アクティーブ化を考慮した、運動力学的な励起前またはその間に、RFトラッピング電圧を高め、次に励起電圧の終了後の短い遅延時間後に、RFトラッピング電圧を下げ、トラップ内に比較的小さい質量の生成イオンを維持する。光解離、電子捕捉解離(ECD)および電子移動解離(ETD)を含む他の適当な解離技術を使って、ステップ430でイオンをフラグメント化することもできる。生成イオンは、HPT205内で所定の時間の間冷却し、運動エネルギーを減少させ、イオンをトラップの中心線に合焦することができる。MSn分析を実行するよう、アイソレートおよびフラグメント化の多数のステージを実行するのに、ステップ420および430を1回以上繰り返すことができると理解すべきである。例えば当該生成イオンは、MS3の分析を可能にするように、HPT205内で更にアイソレート化し、フラグメント化してもよい。
【0032】
次にステップ440では、ステップ430で形成された生成イオンを、図3のステップ320を参照してこれまで説明したのと実質的に同じ態様で、LPT210へ移動させる。ステップ450では、LPT210は、ステップ330を参照してこれまで説明したように、生成イオンの分析スキャンを実行し、生成イオンの質量スペクトルを発生する
【0033】
図5は、二連イオントラップ質量分析計140を使用してMS/MS分析を実行するための別の方法のステップを示すフローチャートである。図4の方法と対照的に、HPT205ではなく、LPT210内で前駆イオンのアイソレーションを実行する。図3のステップ310を参照してこれまで説明したのと同じ態様で、HPT205内でまずイオンを累積し、冷却する(ステップ510)。次に、ステップ320を参照してこれまで説明したように、LPT210へ冷却したイオンを移動する(ステップ520)。ステップ530では、LPT210内で前駆イオンをアイソレートする。当該質量対電荷比の範囲の長期周波数に対応する周波数ノッチを有するノッチ付きブロードバンド信号を、ロッド電極235に印加することにより、LPT210内での前駆イオンのアイソレート化を行うことができる。バッファガス圧力をより低くすると、イオンの有効な数を維持しながら、周波数ノッチの幅を比較的狭くできるアイソレート波形を使用することが可能となり、よって前駆イオンのm/z選択性をより大きくできる。したがって、より低いバッファガス圧力に起因し、LPT210内でより高いアイソレート分解能を得ることができる。
【0034】
ステップ530でアイソレート化された前駆イオンを、その後、HPT205に戻す。トラップ間レンズ260(更に可能な場合にはロッド電極および/またはロッド電極235の1つ以上の部分)に印加されるDC電圧を変えることにより、LPT210からHPT205へのイオンの移動を実行し、2つのトラップの間の潜在的なバリアを除き、HPT205内に潜在的な井戸を形成できる。次にイオンは、LPT210の内部から開口部280を通ってHPT205の内部へ流れ、その内部にトラップされる。
【0035】
次にステップ550で、図4のステップ430を参照してこれまで説明したように、生成イオンを発生するように、適当な解離技術により、HPT205内にトラップされている前駆イオンをフラグメント化する。LPT210内のバッファガス圧力は、衝突に基づく効率的な解離方法には不適当であるので、LPT210内ではなく、HPT205内でフラグメント化を実行することが理解できよう。バッファガスの原子または分子との衝突(光解離)に依存しない解離方法を行うために、LPT210内でフラグメント化を実行し、アイソレート化された前駆イオンをHPT205に戻さなくてもよいようにすることができる。
【0036】
アイソレート化およびフラグメント化の多数のステージを実行するのに、ステップ520〜550を1回以上繰り返すことができる。例えば当該生成イオンをLPT210へ移動させ、この内部にアイソレート化し、次にHPT205に戻し、フラグメント化を行い、MS3の分析を可能にすることができる。
【0037】
上記CAD技術の変形例では、移動ステップ540中にイオンを高速度まで加速することにより、ステップ550でフラグメント化を達成できる。このフラグメント化は、LPT210の前方端部部分240、トラップ間レンズ265およびHPT205の後方端部部分230に印加されるDC電圧を、HPT205の他の電極に対して上昇させることにより(更にイオンがHPT205内に軸方向に閉じ込められた状態のままとなることを保証するよう、前方レンズ260内に印加されるDC電圧を上昇させることにより)、正の分析イオンに対して実行できる。加速されたイオンは、HPT205内のバッファガスと高速度で衝突し、三連の四重極質量スペクトロメータまたは同様な機器の衝突セル内で生じるフラグメント化に類似するフラグメント化を発生する。このフラグメント化モードに対し、より質量の大きいバッファガスを使用することにより、衝突ごとの内部エネルギーの取り込みをより多くすることが可能であるので、HPT205内で窒素(28amu)またはアルゴン(40amu)のような、より多量のバッファガスを使用することが好ましい。従来のイオントラップでは高圧(一般に2×10-5トールよりも高い圧力)の窒素およびアルゴンは望ましくないと理解すべきである。その理由は、かかる条件はm/z分析プロセスの性能が犠牲となるからである。本発明の実施形態の二連トラップ構造を使用すれば、m/zスキャンにおける性能を低下することなく、CADのためにより重いバッファ/ターゲット/衝突ガスを使用することが可能となっている。
【0038】
再びHPT205で形成される生成イオンを所定の時間の間冷却し、運動エネルギーを低下させ、これらイオンをトラップの中心線に合焦することができる。次にステップ560では、図3のステップ320を参照してこれまで説明したのと実質的に同じ態様で、ステップ550で形成された生成イオンをLPT210へ移動する。ステップ570では、LPT210がステップ330を参照してこれまで説明したように、生成イオンの分析スキャンを実行し、生成イオンの質量スペクトルを発生する。
【0039】
図4および5を参照してこれまで説明したMS/MS方法は、HPT205内のフラグメント化を実行するが、低圧環境内で、より効率的に実行される光解離のような所定の解離技術も存在する。この性質の解離技術に対しては、HPT205内ではなく、LPT210内でフラグメント化ステップを実行することが好ましい。
【0040】
二連イオントラップ質量分析計の一実施形態のこれまでの説明では、LPTには1組の検出器が設けられていること、および質量スペクトルを取得するための分析スキャンの間に、検出器に対し、イオンが質量順に導入されることを仮定している。別の実施形態では、導入されるイオンの一部またはすべてを下流側の質量分析計(この分析計は、例えばオービットラップ質量分析計、フーリエ変換/イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)分析計、またはタイムオブフライト(TOF)質量分析計の形態をとり得る)に向けることができ、この分析計では、導入されたイオン(LPTと下流の質量分析計との間に衝突セルまたは反応セルが介在されている場合には、それらのフラグメント)の質量スペクトルを従来の手段で得るようになっている。マカロフ外を発明者とするPCT公開番号第WO2004/08380号に記載されているタイプの平面状のイオンガイド/衝突セルをかかるコンフィギュレーションで使用し、LPTから下流の質量分析計にイオンを効率的に移動させ、HPTの中心電極部分内のスロットから生じるリボン状のイオンビームを細い円形ビームに合焦することができ、この細い円形ビームを下流側の質量分析計の入口により容易に加えることができる。
【0041】
以上で、本発明の詳細な説明を参照し、本発明について説明したが、これまでの説明は本発明を説明するためのものであり、特許請求の範囲に記載されている発明の範囲を限定するものではない。他の特徴、利点および変形例は、特許請求の範囲内に含まれるものである。
【符号の説明】
【0042】
100 スペクトロメータ
105 イオンソース
120,125,130 中間チャンバ
135 真空チャンバ
140 差圧式二連イオントラップ質量分析計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量スペクトロメータの作動中に第1圧力に維持される内部領域を有し、イオンを受け、閉じ込め、冷却するようになっている第1の二次元四重極イオントラップと、
前記第1のイオントラップに隣接するように位置し、前記質量スペクトロメータの作動中に前記第1圧力よりも実質的に低い第2圧力に維持される内部領域を有する第2の二次元四重極イオントラップとを備え、この第2のイオントラップは、前記第1二次元イオントラップから移動されたイオンを受け、閉じ込め、これらイオンを検出器に質量順に導入し、質量スペクトルを発生させるようになっており、
更に前記第1のイオントラップと前記第2のイオントラップとの間に配置され、両イオントラップの間のイオンの移動を制御する少なくとも1つのイオン光学的要素とを備える、質量スペクトロメータのための二連トラップ質量分析計。
【請求項2】
前記第1のイオントラップは、イオンを生成イオンにフラグメント化し、前記生成イオンはその後、質量分析のために前記第2のイオントラップへ移動される、請求項1に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項3】
フラグメント化の前に、前記第1のイオントラップ内で前駆イオンをアイソレートする、請求項2に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項4】
前記第2のイオントラップ内で前駆イオンをアイソレートし、フラグメント化のために前記第1のイオントラップへ戻すように移動させる、請求項2に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項5】
前記第2のイオントラップから前記第1のイオントラップへ移動する間、前記前駆イオンを高速度に加速し、前記前駆イオンが前記第1のイオントラップ内のバッファガスの分子または原子とエネルギー衝突を受けるようにする、請求項4に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項6】
前記第1のイオントラップは、衝突によりアクティベート化された解離によりイオンをフラグメント化する、請求項2乃至4の何れか1項に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項7】
前記第1圧力は、ヘリウムの1.0×10-3〜3.0×10-3トールである、請求項1乃至6の何れか1項に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項8】
前記第2圧力は、ヘリウムの1.0×10-4〜1.0×10-3トールである、請求項1乃至7の何れか1項に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項9】
前記第1のイオントラップおよび前記第2のイオントラップは、共通真空チャンバ内に存在する、請求項1乃至8の何れか1項に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項10】
前記少なくとも1つのイオン光学的要素は、開口部を有する静電プレートレンズを含み、前記開口部は、前記第1のイオントラップと前記第2のイオントラップとの間の差圧を可能にするポンピング制限を行う、請求項1乃至9の何れか1項に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項11】
前記イオンを前記第2のイオントラップから質量順にラジアル方向に導入する、請求項1乃至10の何れか1項に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項12】
前記イオンを0.6〜0.83の間のqの値で質量順に導入する、請求項1乃至11の何れか1項に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項13】
前記イオンを0.05〜0.9の間のqの値で質量順に導入する、請求項1乃至11の何れか1項に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項14】
前記第1のイオントラップの前方に位置する前方レンズと、前記第2のイオントラップの後方に位置する後方レンズとを更に含む、請求項1乃至13の何れか1項に記載の二連トラップ質量分析計。
【請求項15】
分析物質からイオンを発生するためのイオンソースと、
二連トラップ質量分析計へイオンをトランスポートするためのイオン光学系とを備え、前記二連トラップ質量分析計は、
質量スペクトロメータの作動中に第1圧力に維持される内部領域を有し、イオンを受け、閉じ込め、冷却するようになっている第1の二次元四重極イオントラップと、
前記第1のイオントラップに隣接するように位置し、前記質量スペクトロメータの作動中に前記第1圧力よりも実質的に低い第2圧力に維持される内部領域を有する第2の二次元四重極イオントラップとを備え、この第2のイオントラップは、前記第1二次元イオントラップから移動されたイオンを受け、閉じ込め、これらイオンを検出器に質量順に導入し、質量スペクトルを発生させるようになっており、
更に前記第1のイオントラップと前記第2のイオントラップとの間に配置され、両イオントラップの間のイオンの移動を制御する少なくとも1つのイオン光学的要素とを備える、質量スペクトロメータ。
【請求項16】
前記第1のイオントラップは、イオンを生成イオンにフラグメント化し、前記生成イオンはその後、質量分析のために前記第2のイオントラップへ移動される、請求項15に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項17】
フラグメント化の前に、前記第1のイオントラップ内で前駆イオンをアイソレートする、請求項16に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項18】
前記第2のイオントラップ内で前駆イオンをアイソレートし、フラグメント化のために前記第1のイオントラップへ戻すように移動させる、請求項16に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項19】
前記第2のイオントラップから前記第1のイオントラップへ移動する間、前記前駆イオンを高速度に加速し、前記前駆イオンが前記第1のイオントラップ内のバッファガスの分子または原子とエネルギー衝突を受けるようにする、請求項18に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項20】
前記第1のイオントラップは、衝突によりアクティベート化された解離によりイオンをフラグメント化する、請求項16乃至19の何れか1項に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項21】
前記第1圧力は、ヘリウムの1.0×10-3〜3.0×10-3トールである、請求項15乃至20の何れか1項に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項22】
前記第2圧力は、ヘリウムの1.0×10-4〜1.0×10-3トールである、請求項15乃至21の何れか1項に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項23】
前記第1のイオントラップおよび前記第2のイオントラップは、共通真空チャンバ内に存在する、請求項15乃至22の何れか1項に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項24】
前記少なくとも1つのイオン光学的要素は、開口部を有する静電プレートレンズを含み、前記開口部は、前記第1のイオントラップと前記第2のイオントラップとの間の差圧を可能にするポンピング制限を行う、請求項15乃至23の何れか1項に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項25】
前記イオンを前記第2のイオントラップから質量順にラジアル方向に導入する、請求項15乃至24の何れか1項に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項26】
前記イオンを0.6〜0.83の間のqの値で質量順に導入する、請求項15乃至25の何れか1項に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項27】
前記第1のイオントラップの前方に位置する前方レンズと、前記第2のイオントラップの後方に位置する後方レンズとを更に含む、請求項15乃至26の何れか1項に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項28】
前記イオンを0.05〜0.9の間のqの値で質量順に導入する、請求項15乃至25の何れか1項に記載の質量スペクトロメータ。
【請求項29】
分析物質からイオンを発生するためのイオンソースと、
二連トラップ質量分析計へイオンをトランスポートするためのイオン光学系とを備え、前記二連トラップ質量分析計は、
質量スペクトロメータの作動中に第1圧力に維持される内部領域を有し、イオンを受け、閉じ込め、冷却するようになっている第1の二次元四重極イオントラップと、
前記第1のイオントラップに隣接するように位置し、前記質量スペクトロメータの作動中に前記第1圧力よりも実質的に低い第2圧力に維持される内部領域を有する第2の二次元四重極イオントラップとを備え、この第2のイオントラップは、前記第1二次元イオントラップから移動されたイオンを受け、閉じ込め、これらイオンを検出器に質量順に導入し、質量スペクトルを発生させるようになっており、
更に前記第1のイオントラップと前記第2のイオントラップとの間に配置され、両イオントラップの間のイオンの移動を制御する少なくとも1つのイオン光学的要素とを備え、
前記質量スペクトロメータは、更に
前記第2の二次元四重極イオントラップから導入されたイオンを受けるか、または前記導入されたイオンから誘導されるイオンをフラグメント化するように位置し、前記導入されたイオンまたは生成イオンの質量スペクトルを取得するようになっている第2質量分析計とを更に備える、質量スペクトロメータ。
【請求項30】
前記第2のイオントラップは、光解離によりイオンをフラグメント化する、請求項2に記載の二連トラップ質量分析計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2010−514103(P2010−514103A)
【公表日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−541565(P2009−541565)
【出願日】平成19年12月12日(2007.12.12)
【国際出願番号】PCT/US2007/087286
【国際公開番号】WO2008/118231
【国際公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【出願人】(501192059)サーモ フィニガン リミテッド ライアビリティ カンパニー (42)
【Fターム(参考)】