説明

広帯域アンテナ

【課題】電気放射体および磁気放射体を備え、高効率で、低損失の広帯域動作を実現することが可能な広帯域アンテナを提供する。
【解決手段】広帯域アンテナは、広帯域周波数範囲においてPxM放射パターンを発生するものであり、導電性の第1の平面と、第1の平面に形成されたT字状開口を有するスロットアンテナと、第1の平面に平行に配置されると共に、第1の平面に垂直で実質的に互いに平行な一対の脚部により支持された頂部を含むモノポールアンテナとを備え、スロットアンテナとモノポールアンテナとは間接的に結合されているものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PxM放射パターンを発生する広帯域アンテナに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、通信目的、特に超広帯域(UMB)通信や、電磁環境適合性(EMC)試験などでは、広い動作周波数範囲が用いられている。例えば、多くの商用あるいは軍事上の通信デバイスは、3MHzから30MHzの短波帯(HF)、30MHzから300MHzの超短波帯(VHF)、ものによっては300MHzから3GHzの極超短波帯(UHF))において動作する。これら帯域での通信の利点は、回折効果が小さくなり、壁,葉などの障害物を透過し、空中での通過損失や減衰を低減できることであり、そのため所定の電力レベルで長距離の伝播が可能となる。アンテナ素子の大きさと動作周波数とは相反する関係にあることから、HFやVHF帯の比較的低周波数帯の通信には比較的大きなサイズのアンテナ素子がしばしば用いられているが、取り扱いの便宜,耐久性の向上,空間的な制約などの観点からはアンテナ素子としては可能な限り小型であることが望ましい。
【0003】
このようなことから、多くの低周波用途(例えばモバイル通信)や高周波用途(例えばEMC試験)においては、電気的小型のアンテナが広く利用されている。より具体的には、電気的小型アンテナは、省スペース化および耐久性向上などを目的として低周波用途において利用されていると共に、EMC試験に必要な周波数レベルの確保などを目的として高周波用途において利用されている。この「電気的小型」とは、電気的に小さなアンテナ構造、すなわちアンテナから放射される電磁波の波長よりも小さな幾何学寸法を有する構造に由来している。定量的に説明すると、電気的小型アンテナの電気的構造は、一般に、半径r(=λ/2π)を有する円として定義される。ここで、λはアンテナから放射される電磁エネルギー(電磁波)の波長である。
【0004】
この電気的小型アンテナは、大きな放射品質係数(radiation quality factor)Qを有する傾向にある。この放射品質係数Qが大きいことは、放射エネルギーよりも著しく大きなエネルギーを貯蔵しやすい性質を表している。これにより、入力インピーダンスが大部分においてリアクタンス性(reactive)になるため、不可能とは言わないまでも、広範囲の帯域幅において入力時にインピーダンスを整合させることが困難になる。この大きな放射品質係数Qに起因して、抵抗損失が僅かであっても、放射効率が著しく低下してしまう(例えば、1%〜50%)。
【0005】
電気的小型アンテナの放射品質係数Qに関する既知の定量的限界予測によると、体積(球面体積)aを有する直線偏光全方向性アンテナ(linearly polarized, omnidirectional antenna )において実現可能な最小の放射品質係数Qは、次式(1)により表される。ここで、k=1/λであり、すなわちkは電磁放射に関与する波数である。次式(1)から明らかなように、放射品質係数Qは、電気的体積(a)の逆数に比例し、あるいは帯域幅に反比例する。
Q=(1/ka)+(1/k33 ) ………(1)
【0006】
特定のサイズを有する単一素子としての電気的小型アンテナに関して、広い帯域幅および高い放射効率を実現するためには、可能な限り体積(電気的小型アンテナの占有体積)を大きくする必要がある。この場合には、全体のサイズ(電気的に小型なサイズ)を維持したまま、実質的なアンテナサイズを大きくしてもよい。
【0007】
式(1)から導かれる放射品質係数Qの根本的限界を実現するためには、電気的小型アンテナにおいて、球面の外側において横磁気(TM01;transverse magnetic )モードまたは横電気(TE11;transverse electric )モードのみを励磁させなければならず、一方、球面の内側において電気エネルギーまたは磁気エネルギーを貯蔵してはならない。短い線状(電気)双極子が球面の外側においてTM01モードを励磁させている際に、その球面内においてエネルギーを貯蔵させない原則が満たされないと、式(1)から予測されるよりも放射品質係数Qが大きくなる(帯域幅が狭くなる)。
【0008】
一般に、電気双極子または磁気双極子などのアンテナ、すなわち双極子電界または双極子磁界を放射する全てのアンテナは、式(1)から導かれる関係に束縛される。これまでに多くの広帯域用途の双極子が設計されることにより、実際の放射品質係数Qが式(1)から導き出される値に近づきつつあるが、その値よりも小さな放射品質係数Qが得られる直線偏光全方向性アンテナを実現することは、現在のところ不可能である。しかしながら、上式(1)は、直線偏光全方向性アンテナの放射品質係数Qに関する根本的限界を表しているものの、その放射品質係数Qに関する下限を表しているわけではない。例えば、TM01モードおよびTE11モードと等しい放射強度で放射可能な複合アンテナでは、原理上、次式(2)から導き出される放射品質係数Qが得られ、より具体的には単独の電気双極子または磁気双極子からTM01モードまたはTE11モードにおいて放射される放射品質係数Qのほぼ半分の値が得られる。すなわち、複合アンテナのインピーダンス帯域幅は、単独の電気双極子または磁気双極子のインピーダンス帯域幅のほぼ2倍である。
Q=1/2[(2/ka)+(1/k33 )]・・・(2)
【0009】
電気双極子および磁気双極子を備えた理想的な複合アンテナでは、双極子モーメントが互いに直交するように電気双極子および磁気双極子が配置される。この複合アンテナは、理論的かつ数値的に試験されることにより、優れた性能を有するアンテナとして設計された。この種の複合アンテナは、電気双極子ベクトル(P)および磁気双極子ベクトル(M)が互いに直交する物理的関係に基づき、「PxMアンテナ」と呼ばれている。なお、PとMとの間のxは、上記した「PおよびMの直交状態」を表している。このPxMアンテナの特徴は、主に、任意の電気的サイズにおいて、有用な放射パターン(例えば、一方向性放射パターン)および狭いインピーダンス帯域幅が得られることである。上記したように、電気的小型アンテナであるPxMアンテナの放射品質係数Qは、単独の電気双極子または磁気双極子のQ値と比較してほぼ半分である。このPxMアンテナでは、Q値が小さいため、原理上は広帯域インピーダンス整合が改善されるが、そのPxMアンテナの実用化は問題とされており、未だ十分に研究されていない。
【0010】
なお、PxMアンテナに関して、例えば3:1のインピーダンス帯域幅比が得られると共に、狭い周波数範囲において所望の放射パターンが得られるものが開示されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第6329955明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のように、従来、相補的な電気放射体および磁気放射体により1つの放射構造を形成できることが提案されているものの、所望のPxM放射パターンを、高効率(例えば約85〜100%)で、広い周波数範囲にわたって維持できるアンテナ構成は現在のところ知られていない。
【0013】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので、その目的は、電気放射体および磁気放射体を備え、PxM放射パターンを高効率で、広い周波数範囲にわたって維持できる低損失の広帯域アンテナを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の広帯域アンテナは、広帯域周波数範囲においてPxM放射パターンを発生する広帯域アンテナであって、導電性の第1の平面と、第1の平面に形成されたT字状開口を有するスロットアンテナと、第1の平面に平行に配置されると共に、第1の平面に垂直で実質的に互いに平行な一対の脚部により支持された頂部を含むモノポールアンテナとを備え、スロットアンテナとモノポールアンテナとは間接的に結合されているものである。
【0015】
本発明の広帯域アンテナでは、スロットアンテナがT字状開口を有し、モノポールアンテナが上記一対の脚部から支持された頂部を有することにより、スロットアンテナおよびモノポールアンテナ間で広帯域(例えば3GHz〜11CHz)のインピーダンス整合が可能になる。
【0016】
本発明の広帯域アンテナでは、給電体の端部がリアクタンス整合網を構成する、1または2以上のリアクタンス性素子に終端されていることが好ましい。リアクタンス性素子は実質的に損失がないことから、本発明の広帯域アンテナでは、伝送損失のある抵抗性負荷を用いた従来技術に比べて放射効率が向上する。
【0017】
なお、「損失性」素子とは、固有抵抗,誘電体あるいは磁気手段などにより実質的に損失を招くなんらかの負荷を意味するものである。多くの従来技術では、給電体と接地平面との間に抵抗性負荷が組み込み、電気放射体と磁気放射体との不整合によって生じた反射を低減していた。しかし、抵抗性負荷は相当量の伝送損失を生ずるものであり、そのため従来では放射効率が悪いという問題があった。これに対して、リアクタンス性負荷は、実質的に損失はなく、PxMアンテナの放射効率を低下させることなく、電気放射体と磁気放射体との間の入力インピーダンスの差を縮小することができる。
【0018】
リアクタンス整合網は、例えば1または2以上の素子(例えば,キャパシタおよびインダクタ)により構成されており、これらは均一の伝送線によって相互に連結されている。複数のまとまった素子を含むリアクタンス性整合網は、一般に低周波数帯域動作のアンテナを実現するために用いられる。高周波帯域の場合には、リアクタンス性整合網は、均一の伝送線によって相互に連結された、開・短絡回路構成の複数のスタブ(分岐配線)によって実現することができる。但し、このリアクタンス整合網は、全ての場合に必要というわけではなく、電気放射体および磁気放射体の形状を調整することにより固有の広帯域インピーダンス整合が可能な場合には不要である。
【0019】
広帯域アンテナでは、電気放射体および磁気放射体のうちの少なくとも一方は傾斜部を有する構成とすることが望ましい。これによりPxM放射パターンが維持される範囲で、動作周波数を増加させると共に電気放射体と磁気放射体との入力インピーダンス整合をより改善できる。例えば、スロットアンテナ(磁気放射体)の形状を蝶ネクタイ状、これに対してモノポールアンテナ(電気放射体)の形状を円錐形あるいは三角形状とするものである。勿論、スロットアンテナおよびモノポールアンテナとしてはその他の形状のものでもよい。給電体は第1の平面の上に配置された伝送線により構成される。また、傾斜部を有するスロットアンテナとモノポールアンテナとの間のインピーダンス整合を改善するために、給電体は、第1の平面と結合した1または2以上のリアクタンス性素子の拡幅部において終端していることが望ましい。但し、アンテナ素子に傾斜部を有する構成の広帯域アンテナにはリアクタンス性素子はなくてもよい。
【0020】
また、電気放射体および磁気放射体のうちの少なくとも一方は屈曲部を含むことが望ましく、これにより電気放射体については入力インピーダンスを増加させ、磁気放射体については入力インピーダンスを低減させることができる。屈曲部を備えることは、固有のシリーズ分流周波数補償(series-shunt compensation )を得ることにもなり、これによって動作周波数範囲においてアンテナリアクタンスおよびサセプタンスをなくすことができる。本発明の広帯域アンテナでは、また、電気放射体および磁気放射体をそれぞれ単一屈曲部(singly-folded )とすることもできる。単一屈曲部を備えることにより、例えば、モノポールアンテナでは高い方へ(例えば約4倍)、スロットアンテナでは低い方(例えば約1/4倍)へのインピーダンス変換がなされる。
【0021】
スロットアンテナでは、エッチングまたは切削により第1の平面にT字状開口を形成することができる。モノポールアンテナでは、例えば導電性ストリップを折り曲げて、あるいは複数の導電性ストリップを組み合わせることにより、上記のような頂部と一対の脚部とを形成することができる。
【0022】
本発明の広帯域アンテナでは、スロットアンテナおよびモノポールアンテナに、端部負荷を備えるようにしてもよい。これにより、入力インピーダンス整合を改善でき、広帯域PxMアンテナについての放射品質係数Qおよび物理的高さを減少させることができる。端部負荷は、例えば、モノポールアンテナの頂部の互いに対向する一対の端部を、2つの脚部の外側側面を超えて拡がるような構成とすればよい。スロットアンテナでは、T字状開口の頂部の対向する端部に一対の端部開口を、これらが互いに実質的に平行となり、かつT字状開口の頂部に実質的に垂直となるように設けることにより、端部負荷とすることができる。
【0023】
本発明の広帯域アンテナでは、給電体が伝送線を含み、この伝送線をT字状開口内あるいはこのT字状開口のわずかに上部位置に配置すると共に、第1の平面にそって拡げることによりスロットアンテナを構成するようにすることが望ましい。
【0024】
本発明の広帯域アンテナは、また、これらアンテナを2組用意し、これらを背中合せに配置し、互いに位相を異ならせて駆動させることによって、放射零点の発生を抑制し、放射パターンを等方性に近いものとすることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る広帯域アンテナによれば、導電性の第1の平面に形成されたT字状開口を有するスロットアンテナと、第1の平面に平行に配置されると共に、第1の平面に垂直で実質的に互いに平行な一対の脚部により支持された頂部を含むモノポールアンテナとを備え、スロットアンテナとモノポールアンテナとが間接的に結合されるようにしたので、高効率で、低損失の広帯域動作が可能な広帯域アンテナを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係るPxMアンテナを表すもので、(A)は斜視図、(B)は平面図である。
【図2】本発明の第2の実施の形態に係るPxMアンテナを表すもので、(A)は斜視図、(B)は平面図である。
【図3】本発明の第3の実施の形態に係るPxMアンテナを表すもので、(A)は斜視図、(B)は平面図である。
【図4】本発明の第4の実施の形態に係るPxMアンテナ構成を表す平面図である。
【図5】PxMアンテナの放射パターンを表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明するが、具体的な説明に先立ちPxMアンテナおよびその問題点について説明する。
【0028】
PxMアンテナでは、図5に示したようにハート型のPxM放射パターン100が得られる。「PxMアンテナ」とは前述のように電気放射体および磁気放射体の組み合わせに由来する呼称であり、このPxMアンテナの利点は、PxM放射パターン100のように有用な放射パターンが得られる点、放射品質係数Qが小さくなる点、ならびにインピーダンス帯域幅が広くなる点などである。
【0029】
このPxMアンテナでは、仮想ホイヘンスソース(hypothetical Huygens source )の指向特性パターンが得られる。このルードビッヒ−3パターン(Ludwig-3 pattern)とも呼ばれる指向特性パターンは、最大放射強度の軸の周りを循環するハート型の直線偏光一軸指向性パターン(linearly-polarized unidirectional pattern )であり、いわゆる最大指向性パターンの部類に分類される。PxM放射パターン100は、図5に示したように、円(半径r)の周囲を転がる他の円の円周上の点によりトレースされるハート型の曲線パターンであり、極座標において次式(3)により表される。ここで、ρは中心(r=0,0)からの距離であり、θは角度である。
ρ=r* (1+cosθ) ………(3)
【0030】
超小型の一対の電気双極子および磁気双極子を同じ位置に配置(共配置)した理想的なPxMアンテナでは、双極子モーメントが互いに直交するということについて理論的および数値的な解析が試みられている。例えば、超小型の磁気双極子ループを超小型の電気線状双極子ループに直交するように結合できることは理論化されている。遠距離電磁界場では、同じ位置に配置された一対の双極子による電界は、おおよそ次式(4),(5)で表される。
【0031】
【数1】

【0032】
【数2】

【0033】
ここに、A,BはそれぞれTM01モードおよびTE11モードの重み係数、変数r,θ,φは標準球座標系(a standard right-hand spherical coordinate system)を構成している。A=η・Bのとき、アンテナの方位利得は次式(6)で表される。
【0034】
【数3】

【0035】
上式を極座標で示すと、ハート型の放射パターンが発生し、θ=90°,φ=90°の面において、約3.0dB(or4.77dBi)の最大利得が得られる。3.0dBの最大利得は、単独の電気双極子または磁気双極子によって得られる利得を超えている。よって、超小型の磁気双極子および電気双極子を同じ位置に配置すると、少なくとも理論的には、放射品質係数Qをおおよそ1/2とすることができ、個別の双極子で得られる利得よりも大きな3.0dB程度の利得を得ることができることになる。
【0036】
超小型の磁気双極子および電気双極子を共に同じ位置に配置すると、単方向(unidirectional)放射パターンを有し、上記のような利点があるものの、それだけでは実用的なアンテナとはいえない。その理由は、第1に、有限サイズの2つの素子を完全に同じ位置に配置することは不可能である。第2に、アンテナで有意な広帯域幅(例えばマルチプル オクターブス(multiple octaves))を実現するために、その動作周波数範囲において前述のような電気的小型であることが必要であるが、電気的小型で、広帯域動作をするアンテナを実現することは理論的にも容易ではない。
【0037】
PxMアンテナの広帯域動作のためには、電気放射体および磁気放射体の双極子モーメントは空間方位的に実質的に直交し、かつ動作周波数範囲において大きさおよび位相が実質的に等しくなければならない。しかし、分離した電気放射体および磁気放射体の大きさと位相との関係を計算または解析モデルで特定することは困難である。実用的には、このアンテナは、通常、単一の高周波(RF)源で駆動されるが、その有限の出力インピーダンスを、電気放射体および磁気放射体の結合体の入力インピーダンスに整合させなければならない。しかし、これは、電気放射体および磁気放射体の結合体では共振現象があるために極めて困難である。
【0038】
電気放射体および磁気放射体を結合するために、低損失の受動的給電体すなわち整合回路網が用いられている。しかし、2つの放射体の入力インピーダンスが周波数に伴って変化するために、そのような整合回路網を実現することは困難である。すなわち入力インピーダンスが変化すると、電気放射体および磁気放射体への供給電流を適当な大きさおよび位相に維持することが困難になる。電気放射体および磁気放射体を結合するために整合回路網を用いたとしても、残りの部分のインピーダンス不整合が放射効率およびアンテナ/整合回路網の電力伝送を制限し、それによりシステムの全体の効率を低下させる。従来、種々の整合回路網が提案されているものの、広帯域にわたって電気放射体および磁気放射体を効率よく動作させるものは今だ提案されておらず、従来技術を適用しても、PxMアンテナの放射品質係数Qを小さくし、帯域幅を改良することは困難であった。
【0039】
原理上、補助入力インピーダンスを有する電気放射体および磁気放射体を組み合わせることにより、PxMアンテナ200を広帯域において動作させることが可能である。例えば、スロットアンテナは、そのスロットアンテナと同様の寸法を有する電気単極子(または双極子)アンテナの「補完(complement)」であってもよい。バビネ(Babinet )の原理によると、無限大の導電性シートにおけるスロットアンテナの放射パターンは、電界および磁界が反転することを除き、補助単極子(または双極子)アンテナの放射パターンと同様である。スロットアンテナの入力インピーダンスおよびその補助単極子アンテナの入力インピーダンスは、次式(7)(ブッカーの式(Booker's equation ))により表される。ここで、Zslotはスロットアンテナの入力インピーダンス、Zmonopoleは補助単極子アンテナの入力インピーダンス、ηは環境媒質(surrounding medium)の固有インピーダンス(intrinsic impedance ;例えば、自由空間においてη=120π)である。すなわち、2つの補助アンテナ(スロットアンテナおよび補助単極子アンテナ)の入力インピーダンスは、互いに反比例する。従って、単一の放射構造を構成するために補助アンテナが組み合わされる場合、補助入力リアクタンス(complementary input reactance )は、広い周波数範囲において入力インピーダンスを整合させるためにキャンセルされ、あるいは減少される。
ZslotZmonopole=η2 /4 ………(7)
【0040】
このように、従来では、相補的な電気放射体および磁気放射体により単一の放射構造を形成できることが提示されているものの、単向性のPxM放射パターンを高効率(例えば約85〜100%)で、広い周波数範囲(例えば、帯域幅比1:n(nは2〜5))にわたって維持できるPxMアンテナ構成は、現在のところ知られていない。
【0041】
本実施の形態のPxMアンテナ200は、上述のようなPxM放射パターン100(図5)を、高効率で、特に3GHz〜11GHzの広い周波数範囲にわたって維持できるものである。以下、その構造について具体的に説明する。
【0042】
[第1の実施の形態]
図1(A),(B)は本発明の第1の実施の形態に係る広帯域アンテナ(PxMアンテナ200)の構成を表すものである。
【0043】
図1(A)に示したように、PxMアンテナ200は、主として、スロットアンテナ(磁気放射体)210、キャビティ230、導電性の給電体(フィーダ)240およびモノポールアンテナ(電気放射体)250を備えている。スロットアンテナ210は開口210aを有し、この開口210aは導電性の接地平面(第1の平面)220内に切削その他の方法により形成されている。給電体200は、接地平面220の上にかつ平行に配置されている。PxM放射パターン100(図5)を発生するために、スロットアンテナ210およびモノポールアンテナ250は直交する平面上にそれぞれ配置されており、互いに直交した磁気的および電気的双極子モーメントを発生するようになっている。すなわち、スロットアンテナ210が接地平面220に配置されるのに対し、モノポールアンテナ250はこの接地平面220に垂直な垂直面に配置されている。
【0044】
接地平面220は平坦な導電性層を有するものであり、このPxMアンテナ200からの放射エネルギーの波長に比べて比較的大きな面積を有している。この接地平面220は、種々の半導体製造技術(例えば,CVD(Chemical Vapor Deposition ) ,PVD(Physical Vapor Deposition ),電気めっきなど)を用いて、例えば半導体基板上に金属材料を堆積させることによって形成することができる。
【0045】
接地平面220は、電子デバイスの内部に固定された印刷配線基板または電子デバイス(例えば、ラップトップあるいはデスクトップコンピュータ,ハンドヘルドコンピュータ,DVDプレーヤーなどのポータブルまたはノンポータブルコンシューマデバイス)に挿入可能に構成されたリムーバブルカードの一部あるいは全体を利用するようにしてもよい。また、接地平面220は金属片を切断したものでもよく、あるいは、乗用車や航空機などの大型の構造の一部を構成している金属層を利用するようにしてもよい。接地平面220の具体的な材料としては、導電性の良好な材料、例えば銅(Cu),アルミニウム(Al),金(Au)やこれらの合金が挙げられる。勿論、これら材料に限定されるものではない。また、銅クラッドのPTFE(ポリテトラフルオロエチレン),FR−4(耐熱性ガラス基材エポキシ樹脂積層板)またはLTCC(低温焼結セラミックス)などの金属・誘電体積層構造によって接地平面220を構成するようにしてもよい。このような構成の接地平面220では、積層構造であること、およびリソグラフィ技術により形成できることから機械的強度が増加する。なお、接地平面220の作製方法や構成材料は、これに限られるものではない。
【0046】
接地平面220は有限の境界を有しており、ここでは矩形状となっている。勿論、接地平面220の境界形状は矩形に限るものではなく、スロットアンテナ210を形成することができる限り、どのような形状(例えば円形,楕円形,多角形など)でもよい。但し、角のない(滑らかな)形状を選択することが望ましい。接地平面220を角が丸まった、あるいは滑らかな外形を有するものとすることによって、角がある場合に縁にそって発生する電気的不連続、およびそれによって発生する放射回折の発生を抑制することができるからである。理想的な例では、接地平面220は無限に大きく、それゆえエッジ効果はスロットアンテナ210から発生する放射パターンを乱すことはない。しかし、現実には、接地平面220の大きさは有限であるため、その平面において放射零点(radiation null) の発生を招くこととなる。このような放射零点は、接地平面220の縁からの回折が低減され、あるいは除去されれば小さくすることができる。
【0047】
上記のような角を滑らかにすること、外形を滑らかにすること以外に、接地平面220に以下のような縁処理を施してもよい。すなわち、図1(A)にも示したように、接地平面220の縁に損失性の磁気材料層225を形成することによって、縁部分での回折を低減することができる。言い換えれば、有限の接地平面220での回折現象は、電流の流れを抑制できる材料により縁処理を施すことによって、低減あるいは除去することができる。好ましい材料としては、フェライトを主体とする材料が挙げられるが、損失性の磁気材料であれば、これに限られるものではない。
【0048】
接地平面220の縁処理の他の例として、傾斜性の固有抵抗、すなわち、接地平面220の縁の近傍に向けて増加するような固有抵抗を接地平面220に設けるようにしてもよい。具体的には、例えば、接地平面220の縁にイオンを打ち込むような表面処理をして縁での導電性を低減あるいは損なうようにする。また、例えばエッチングあるいは切り込みを形成するなどして接地平面220の構成材料を縁において取り除くことにより傾斜性の抵抗を形成するようにしてもよい。
【0049】
この接地平面220の裏面にはキャビィティ230が取り付けられている。キャビィティ230は導電性の側壁および底面を有しており、適宜の手段によりスロットアンテナ210を囲むように取り付けられている。接地平面220のスロットアンテナ210を囲む部分はこのキャビィティ230の上面を形成している。なお、このキャビィティ230は必ずしも必要というものではない。例えば、スロットアンテナ210は、接地平面220上に直接、磁気材料(例えば,異方性六方晶系フェライト)の層を形成することによっても実現できるので、このような場合には、開口210aや後述するような2つのキャビィティの張り合わせ(図4参照)が不要になる。
【0050】
キャビィティ230の形状は矩形状であるが、他の形状であってもよい。キャビィティ230の大きさ(面積,長さ)はスロットアンテナ210の大きさに応じて決定される。例えば、キャビィティ230の長さ(L)および幅(W)は、スロットアンテナ210の長さ(l)および幅(w)と同じ、あるいはそれ以上の大きさであることが望ましい。キャビィティ230の深さ(D)は、PxMアンテナ200の後方の表面からの放射を妨げ、前方方向への放射を強めるように決定される。例えば、キャビティ230の深さ(D)は、PxMアンテナ200から放射される電磁気エネルギーの波長λの1/4の大きさにする。但し、この深さ(D)は、適切であればこれよりも浅くあるいは深くしてもよい。
【0051】
給電体240は、接地平面220の上で空間距離(h)を隔てて、かつ接地平面220に平行に吊り下げられ、または支持されている。この空間距離(h)は、放射エネルギーの波長に比べて比較的小さくてよい。給電体240はスロットアンテナ210の中央に配置され、スロットアンテナ210の長さ方向に実質的に垂直な方向に延長されている。詳細は、後述するが、このPxMアンテナ200において対称性を有するPxM放射パターン100を発生するためには、このような配置が必要である。給電体240は、例えばマイクロストリップラインにより構成されているが、他の伝送媒体でもよい。マイクロストリップラインは、導電性材料からなる、比較的薄く,矩形状を有している。この給電体240はその一端がリアクタンス性負荷260に結合されている。
【0052】
リアクタンス性負荷260は、ここでは例えば給電体240の一端に付設あるいは一体的に形成された台形状の拡幅部260aにより構成されている。このリアクタンス性負荷260はリアクタンス整合網(図示せず)を通じて接地平面220に電気的に結合されている。リアクタンス性負荷260についてはリアクタンス整合網を実現するための付加的手段と共に後述する。給電体240の他端には入力コネクタ270が設けられ、外部の伝送ライン(例えば,同軸ケーブル)と電気的に結合されており、これにより給電体240に対して電流を供給するようになっている。なお、外部の伝送ラインを給電体240に直接結合するようにすれば、入力コネクタ270はなくてもよい。
【0053】
モノポールアンテナ250は、図1(B)に示したようにスロットアンテナ210の開口210aの中心線280,290が交差する位置において、給電体240の軸方向に沿って配置されている。このモノポールアンテナ250は、導電性材料からなる比較的薄いシートにより形成されている。導電性材料としては、銅(Cu),銀(Ag),アルミニウム(Al)などの金属層、金属と誘電体の積層構造(例えば、銅クラッドPTFE)などが挙げられる。モノポールアンテナ250の形状は例えば逆三角形状であり、傾斜部250aを有している。そして、このモノポールアンテナ250はその下部側の頂部において給電体240に電気的に結合されている。このように本実施の形態では、モノポールアンテナ250に傾斜部250aを設けることにより、所望の放射パターンを維持できる周波数範囲を広くでき、広帯域動作を改善することができる。加えて、モノポールアンテナ250に傾斜部250aを設けることにより、放射品質係数Qを小さくし、インピーダンス整合を改善することができると共に、より高いオーダーの共振を弁別することが可能になる。なお、このようなモノポールアンテナ250の傾斜部250aは、図1に示したものに限らず、他の構成のものでもよい。例えば、モノポールアンテナ250を導電性のシートあるいはワイヤメッシュにより、内部が中空あるいは埋まった円錐などの形状を有するものとしてもよい。
【0054】
スロットアンテナ210は、傾斜部250aを有するモノポールアンテナ250に対して接近配置され、相補的に結合されている。スロットアンテナ210は種々の形状をとりうるものであるが、例えば一対の三角形からなる蝶ネクタイ状のように同じく傾斜部210bを有するものとされ、傾斜部250aを有するモノポールアンテナ250に対して相補的な放射体となる。
【0055】
接地平面220が存在するために、共に傾斜部を有するスロットアンテナ210およびモノポールアンテナ250は互いに同様の役割を果たす。例えば、各々の放射体は約2オクターブのインピーダンス帯域幅が得られる。但し、このような電気放射体および磁気放射体のうちのどちらかの放射パターンが理想的な特性(形状,分極など)から外れている場合には、PxMアンテナ200の特性も理想的なものから外れたものとなる。そのためPxMアンテナ200を構成する各素子は、可能な限り電気放射体および磁気放射体として個別に動作することが望ましい。
【0056】
広い周波数範囲にわたってPxMパターンを維持するために、スロットアンテナ210およびモノポールアンテナ250それぞれの双極子モーメントは、空間方位的に実質的に直交したものであり、広い周波数範囲において大きさおよび位相が実質的に等しくなっている必要がある。これら電気放射体および磁気放射体が、電気双極子および磁気双極子のようにそれぞれ正しく動作すれば、各放射体の大きさおよび位相は適性なものとなり、遠距離電磁場(far field) で所望の特性を示すこととなる。基本的な電気双極子パターン単独では特定の位相中心を示す。すなわち、所定の周波数においての放射パターンの位相は方位(方向)が実質的に一定である。これは基本的な磁気双極子パターンにおいても同様である。そして、これら素子の遠距離電磁界パターンの位相が実質的に同じであれば、これら2つのパターンの結合からなる放射パターンは一定の位相パターンを示す。
【0057】
本実施の形態に係るPxMアンテナ200では、以下の理由により、広い周波数範囲にわたって、高効率でPxMパターン100を維持することができる。まず、本実施の形態では、給電体240の終端部は、従来技術で一般的に用いられている損失性負荷ではなく、リアクタンス性負荷260に結合されている。前述のように「損失性」の負荷は、抵抗的、誘電的あるいは磁気的な手段を通じて損失を発生させるものであればどのような負荷も含まれるが、従来では給電体と接地平面との間にこのような損失性負荷を設けることにより、個々の放射体の不整合に起因して発生する反射を低減するようにしていた。しかし、このような損失性負荷は無視できない損失を生ずるものであり、そのため従来のアンテナでは極めて放射効率が悪いと言う問題があった。これに対して、リアクタンス性負荷260は、実質的に損失は生じることはない。
【0058】
すなわち、本実施の形態では、給電体240と接地平面220との間にリアクタンス性負荷260を設けることにより、電気的および磁気的双極子モーメントを適切な大きさおよび位相の関係で維持することができ、これにより放射効率が向上する。
【0059】
所望のPxMパターン100を維持するために、本実施の形態では、リアクタンス性負荷260を用いることに加え、リアクタンス整合網を設けると共に、スロットアンテナ210、モノポールアンテナ250およびリアクタンス整合網を互に関連させて精密に整合させている。
【0060】
すなわち、本実施の形態では、リアクタンス性負荷260は給電体(マイクロストリップライン)240に、傾斜部260bを有する台形状の拡幅部260aを設けたものであり、給電体240と接地平面220との間でリアクタンス回路網を構成している。リアクタンス回路網は多数のリアクタンス性素子を含むものである。リアクタンス回路網は十分に整合性を有するものであるが、給電体240に傾斜部260bを有する拡幅部260aを設けたことにより付加的なパラメータが与えられることになる。このパラメータに応じてリアクタンス性負荷260のリアクタンス動作がなされる。例えば、拡幅部260aの大きさや傾斜部260bの傾斜度を調整することによってリアクタンス性負荷260のリアクタンス動作を変更できる。
【0061】
簡略化のため図示はしていないが、所望の動作周波数範囲およびアンテナの電気的サイスに応じて、リアクタンス性負荷260は多くの異なるリアクタンス整合回路網を含むことが望ましい。リアクタンス整合回路網は、例えば可聴周波数や低域無線周波数などの比較的低周波数帯域では、複数の素子の組み合わせ(例えば、複数のキャパシタまたは,キャパシタとインダクタとの組み合わせ)により容易に実現し得る。アンテナが目に見える程度のサイズを有するものであれば、これらの素子の組み合わせは一般に用いられている。しかし、特に、3GHz〜11GHzの帯域(UHF〜マイクロ波帯域)においては、アンテナを本実施の形態のよ・ち電気的小型にしければ、良好なキャパシタおよびインダクタを実現することは困難である。また、このような高周波数範囲においては、小型素子の組み合わせにより多くの電力が放散するのを避けるために、アンテナを電気的小型化とすると共に、所謂、分散整合網を用いることが望ましい。
【0062】
一例として、分散整合網は、一様な伝送ラインを経由して相互接続された開・短絡回路スタブ(open and short circuited stubs) を備えている。キャパシタやインダクタのように、開・短絡回路スタブはリアクタンス性素子、すなわち電気(例えば容量性)エネルギーや磁気(例えば誘導性)エネルギーの形でエネルギーを蓄積可能な素子である。スタブは、伝送線分野で知られており、整合目的のために、一端部で開(open)または短絡(short) 回路化され、1ポートリアクタンス性回路素子となっている。理想的な短絡回路スタブの入力インピーダンスは、虚数部分(リアクタンス性)であり、波長長さの1.25倍未満の周波数範囲において正(positive)である。一方、理想的な開回路スタブは、短絡回路スタブを補完するもので、同じく虚数部分であり、波長長さの1.25倍未満の周波数範囲において負(negative)の入力インピーダンスを示す。開・短絡回路スタブは、一様な伝送ラインを経由して結合されると、どのようなフィルタあるいはインピーダンス整合回路網トポロジーでもほぼ実現できるようになる。伝送ライン上で、傾斜部260bを有する拡幅部260a(リアクタンス性負荷260)を上記のようなスタブと結合させることによって分散整合網はより精密になる。
【0063】
本実施の形態のPxMアンテナ200は、例えば以下工程を経て製造される。まず、導電性の接地平面220に蝶ネクタイ状の開口210aを含むスロットアンテナ210を形成する。次に、開口210a内または開口210aの中心上に、終端部にリアクタンス性負荷260を有する給電体240を配置する。続いて、接地平面220に垂直な平面内にモノポールアンテナ250を配置すると共に、モノポールアンテナ250の一端を給電体240に取り付ける。このとき、給電体240を通じて給電されたときにモノポールアンテナ250およびスロットアンテナ210からそれぞれ発生した双極子モーメントが相互に作用してPxM放射バターン100が発生するように、モノポールアンテナ250を開口210aに間接的に結合させる。ここで、給電体240と接地平面220との間には、従来のような損失性素子を結合しないことは既述のとおりであり、これにより本実施の形態では、広帯域周波数範囲でPxM放射バターン100を維持できるものである。
【0064】
以下、本発明の他の実施の形態について説明する。
【0065】
[第2の実施の形態]
図2(A),(B)は本発明の第2の実施の形態に係るPxMアンテナ300の構成を表したものである。このような構成のPxMアンテナ300においても、第1の実施の形態と同様に、広い周波数範囲にわたって所望のPxMパターン100を維持することができる。本実施の形態では、モノポールアンテナおよびスロットアンテナの入力インピーダンス整合を改善し、リアクタンス整合網を簡素化するために、モノポールアンテナおよびスロットアンテナがそれぞれ屈曲部(または折曲部)を有する構成としたものである。
【0066】
図1に示したPxMアンテナ200と同様に、このPxMアンテナ300においても、導電性の接地平面320内に、切削または他の方法により形成されるスロットアンテナ310,キャビティ330、接地平面320に対して平行に配置された給電体340、および給電体340の一端に電気的に結合されたモノポールアンテナ(電気単極子)350を備えている。キャビティ330は、スロットアンテナ310を囲むようにして接地平面320の裏面に配置されている。
【0067】
接地平面320は図1に示した接地平面220と同様の構成を有しており、その大きさは放射エネルギーの波長に比べて比較的大きく、かつその表面は平坦となっている。接地平面320の製造方法としては、CVD,PVD,電気めっき,モールディング、切削などの方法が用いられるが、これらに限るものではない。接地平面320の外形は、矩形,円形,楕円形,多角形など種々の形状とすることができる。但し、角があると放射回折が発生するので、これを抑制するために、接地平面320を角が丸まった、あるいは滑らかな外形を有するものとすることが好ましい。更に、放射回折の発生を低減するために、接地平面320の角の部分を処理(例えば損失性の磁気材料層、傾斜抵抗)を施すようにしてもよい。
【0068】
スロットアンテナ310およびモノポールアンテナ350はそれぞれ屈曲部を有しており、これにより入力インピーダンスを互いに、またシステムインピーダンス(例えば約50Ω)に近づけて整合させることができるようになっている。スロットアンテナ310およびモノポールアンテナ350は外形的には多段に曲げられ、あるいは折り畳まれているように見えても、単一の屈曲構成を有する(singly-folded )と考えることができる。このように、屈曲部を有することにより、モノポールアンテナでは高い方へのインピーダンス変換(約4倍)がなされるのに対し、スロットアンテナでは低い方向へのインピーダンス変換(約1/4倍)がなされる。
【0069】
屈曲部の折り曲げの数をより多くあるいはより少なくするようにしてもよいが、図2に示したPxMアンテナ300のように、スロットアンテナ310およびモノポールアンテナ350をそれぞれ単一の屈曲構成を有するものとした場合には、モノポールアンテナ350をスロットアンテナ310に対して分流連結(in shunt)で配置すると、標準的なシステムのインピーダンスに比較的良好に整合することが分かった。
【0070】
スロットアンテナ310の屈曲部は、接地平面320に対して形成されたT字状開口310aにより構成されている。T字状開口310aの頂部部分とT字の脚部部分の長さは実質的に等しくなっている。T字状開口310aは、接地平面320をエッチングあるいは切削して、その脚部が頂部に対して90度の角度で交差するようにして形成される。但し、このT字状開口310aでは、必ずしも頂部と脚部が直角に交わる必要はない。すなわち、脚部が頂部に対して90度未満あるいはそれ以上の角度を有するように斜めに傾いたT字状のものとしてもよい。なお、スロットアンテナ310の形状は、対称的であればその他の形状としてもよい。
【0071】
給電体340は、例えば、接地平面320に対して平行になるようにT字状開口310a内に配置されている。給電体340の形状はT字状開口310aと相似形状をなしているが、異なる形状としてもよい。この給電体340は、例えば金属層、あるいは金属層と誘電体層との積層構造のような、導電性の比較的薄い層により平坦に形成されている。なお、この給電体340はスロットアンテナ310のT字状開口310a内に配置し、かつその表面が接地平面320の表面と同一面を構成していることが望ましいが、T字状開口310aのわずか上方に配置するようにしてもよい。
【0072】
給電体340の接地平面320への短絡を防止するため、すなわち給電体340が接地平面320に接触しないように、給電体340の大きさはスロットアンテナ310のT字状開口310aよりも小さくなっている。但し、給電体340をT字状開口310aのわずか上に吊り下げるようにすれば、給電体340をT字状開口310よりも小さく形成する必要はない。なお、図示しないが、給電体340には、直接に(例えば溶接により)あるいは間接的に(例えば入力コネクタを介して)結合された外部の伝送媒体から電力が供給されるようになっている。
【0073】
モノポールアンテナ350は、その頂部352が接地平面320に平行に配置されると共に長さの等しい2本の脚部354,356を備えている。すなわち、コの字状の屈曲部を有している。脚部354,356は互いに平行であり、かつ接地平面320に垂直となっている。一方の脚部354は、図2(B)に示したような2つの中心線380,390が交差する点(中心点)の上において給電体340に電気的に結合されている。他方の脚部356は中心点から外れていてもよいが、その形状および配置はできるだけ左右対称的であることが望ましい。対称的な形状から偏っていると、所望のPxMパターンを損なうものとなる。
【0074】
モノポールアンテナ350の頂部352および脚部354,356は導電性材料のストリップを個別に分離して作製され、溶接や接着剤などの種々の方法によって組み立てられる。導電性材料のストリップを90度の角度で2回折り曲げることにより,頂部352および脚部354,356が形成される。屈曲部を有するこのモノポールアンテナ350の主たる特徴は、その導電体(脚部354,356)同士を平行に配置したことであり、屈曲部分の幾何学構造は90度よりも大きくあるいは小さくなってもよい。このように本実施の形態では、モノポールアンテナ350およびスロットアンテナ310を屈曲部を備えた構成とすることによって、固有の広帯域インピーダンス変換が可能となると共に、リアクタンス補償が可能となる。
【0075】
キャビティ330は、図1に示したキャビティ230と同様の構成のものでもよいが、本実施の形態では、PxMアンテナ300からの放射パターンを改善し、近傍にある他の電子部品から分離するために、キャビティ330の底部を例えばフェライトを主体とした磁気材料(例えば異方性六方晶系フェライト)により被覆している。これにより高周波数範囲での放射特性が改善される。なお、キャビティ330の一部分を平らに埋め込むようにしてもよい。但し、このキャビティ330は必ずしも必須のものではない。
【0076】
本実施の形態のPxMアンテナ300では、モノポールアンテナ350およびスロットアンテナ310が互いに平行にまたは分流(in shunt)配置されており、標準的なシステムのインピーダンスに良好に整合する。すなわち、図2(A)に示したように、モノポールアンテナ350においては、2つの脚部354,356のうち一方の脚部354は、2つの中心線380,390が交差する点(中心点)の上において給電体340に電気的に結合されている。他方の脚部356は接地平面320に電気的に結合されている。このような構成により、屈曲部を有する2つの素子それら自身によってリアクタンス整合がなされたものとなる。素子を屈曲構成とすることは、素子自体にエネルギーを蓄積させることになり、それによって十分にリアクタンス補償をなすことができ、リアクタンス整合網を別途設ける必要がなくなる。屈曲部が1つで十分でない場合には、モノポールアンテナ350と接地平面320との間にまとまったあるいは分散した整合回路網を設けることにより、付加的にリアクタンス整合させることも可能である。
【0077】
ところで、高帯域のインピーダンス整合を容易にするために、モノポールアンテナ350およびスロットアンテナ310それぞれの入力インピーダンスは、動作周波数範囲において、互いにも良好に一致しているだけでなく、電力を供給する伝送媒体との間でも整合している必要がある。大部分の伝送媒体の固有のインピーダンスは比較的狭い。例えば、同軸伝送ラインの固有のインピーダンスは約50Ωである。極めて高い固有のインピーダンス、あるいは極めて低い固有のインピーダンスを有する伝送ラインを実現することは困難であり、そのためエネルギーを良好に伝送しないという問題がある。現在、インピーダンスレベルを変換するために多くの手段が存在しているが、従来、広い帯域幅にわたってシステム整合を実現することは困難であった。特に、スロットアンテナは、通常の同軸伝送ラインとインピーダンス整合させるのは難しい。例えば、前述のブッカーの式(7)は、モノポールアンテナおよびスロットアンテナの入力インピーダンスは、互いにおおよそ逆比例の関係で釣り合っているということを示している。共振で理想的な電気双極子インピーダンスが約75Ωであれば、理想的な磁気双極子インピーダンスは約473Ωである。このように、システムのインピーダンスが約50Ωであるとき、アンテナとの間で互いに整合させることは従来技術では著しく困難であった。
【0078】
これに対して、本実施の形態では、それぞれ屈曲部を備えることにより、モノポールアンテナ350およびスロットアンテナ310では広帯域において固有のインピーダンス変換が可能になる。屈曲部を備えることにより、モノポールアンテナ350では高い方へのインピーダンス変換が、逆にスロットアンテナ310では低い方向へのインピーダンス変換がなされる。スロットアンテナ310に屈曲部を設けた場合(singly-folded slot) には、例えば理想的なスロットインピーダンスの約1/4,すなわち120Ωが得られる。これに対して、モノポールアンテナ350の場合(singly-folded monopole) には、その入力インピーダンスは、例えば1/4波長単極子の入力インピーダンス(約37.5Ω)の4倍、すなわち約150Ωとなる。従って、このようなスロットアンテナ310が分流連結(in shunt)されたモノポールアンテナ350の結合入力インピーダンス(約67Ω)は、上記システムの入力インピーダンス(50Ω)にかなり良好に整合する。
【0079】
[第3の実施の形態]
図3(A),(B)は第3の実施の形態に係るPxMアンテナ300Aを表すものである。このPxMアンテナ300では、第2の実施の形態の屈曲部を有する構成に加えて、より入力インピーダンス整合を改善し、PxMパターン100を維持できる周波数範囲をより広くするために、端部負荷(end-loaded) を有する構成としたものである。なお、第2の実施の形態と同一構成要素については同一符号を付して、その説明は省略する。
【0080】
本実施の形態では、スロットアンテナ310およびモノポールアンテナ350ともに端部負荷を有するものであり、これにより広帯域放射特性が改善される。端部負荷はスロットアンテナ310およびモノポールアンテナ350のうちのいずれか一方に設けるようにしてもよいが、互いに補償できることからスロットアンテナ310およびモノポールアンテナ350の両方に設けることが望ましい。端部負荷は、スロットアンテナ310とモノポールアンテナ350との間のインピーダンス整合を改善すると同時に、PxMパターンを維持できる周波数範囲を広くするために設けられる。加えて、端部負荷を設けることは、モノポールアンテナ350の高さを低減でき、そのため多くのポータブルな通信デバイスのような空間的に制限のある箇所への組み込みが容易になる。
【0081】
モノポールアンテナ350に端部負荷を設けるには、その頂部352の対向する2つの端部352a,352bを脚部354,356の側面より外側になるよう延長させればよい。一方、スロットアンテナ310に端部負荷を設けるには、接地平面320内において一対の付加的な端部開口312,314を形成すればよい。ここでは、T字状開口310aの頂部部分の両端に形成されている。端部開口312,314はそれぞれ矩形状に形成され、かつT字の頂部部分に垂直で両者が平行になるように形成されている。なお、端部開口312,314の形状はその他の形状でもよいが、アンテナ全体を対称構造にできる形状であることが望ましい。
【0082】
なお、上記PxMアンテナ300,300Aの典型的な製造方法は、前述の説明から明らかであるので、その説明は省略する。勿論、他の方法によってもよい。
【0083】
以上説明した第1〜3の実施の形態に係るPxMアンテナ200,3000,300Aでは、約90%以上の効率の約2オクターブの動作帯域を示す。これらのPxMアンテナ200〜300Aの利点の1つは、損失性(抵抗性)の整合網を用いることなく、2種類の相補的アンテナ素子を結合できることである。そして、広い周波数範囲にわたって所望のPxMパターン100を維持するために、代わりに、傾斜部,屈曲部および端部負荷などを用いている。この場合、付加的なリアクタンス整合網は用いてもよいが、用いなくてもよい。このように、本実施の形態では、PxM放射パターン100の望ましい形状(例えばハート型)および利得レベル(例えば約4.77dBiゲイン)を維持できると共に、放射効率を広い周波数範囲において維持できる。
【0084】
ところで、上記第1〜3の実施の形態では、接地平面220,320の大きさが制限されているので、PxM放射パターン100において放射零点が必然的に発生することは既述のとおりである。しかし、この放射零点は、それぞれキャビィティを背面に備えたPxMアンテナ2組を背中合せに配置し、互いに位相を異ならせて駆動させることによってなくすことができる。
【0085】
[第4の実施の形態]
図4はそのような第4の実施の形態に係る構成を表したものである。すなわち、本実施の形態では、第2の実施の形態の接地平面(第1の平面)320に平行に同じく導電性の接地平面(第2の平面)320を備えており、この第2の平面に、第1の平面側と同様のT字状開口を有するスロットアンテナ310、第2の平面に垂直な垂直面にモノポールアンテナ350を配置すると共に、第2の平面の裏面にキャビティ(第2のキャビィティ)330を設け、これら2組のモノポール・スロットアンテナのキャビィティ330の裏面同士を張り合わせるものである。
【0086】
本実施の形態では、2組のモノポール・スロットアンテナが、例えば180°ハイブリッド回路網のようにバランスのとれた電源により駆動されると、全体のパターン(指向性)は極めて等方性に近いものとなる。すなわち、実質的にあらゆる方向へ電波を伝送し、かつあらゆる方向からの受信が可能になる。なお、このような構成は、先に説明した第1〜3のいずれの実施の形態のPxMアンテナ200,300,300Aのいずれにも適用できるものである。
【0087】
以上、第1〜第4の実施の形態を挙げて本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。具体的には、本発明に係る広帯域アンテナおよびその製造方法では、磁気放射体を導電性の第1の平面、電気放射体を第1の平面に垂直な垂直面にそれぞれ配置し、かつ電気放射体を給電体の一端に結合すると共に、電気放射体および磁気放射体を、動作周波数範囲においてPxM放射パターンを発生するように結合し、かつ給電体と第1の平面との間に損失性素子が結合されないようにして、高効率で、低損失の広帯域動作が可能な限り、自由に変更可能である。
【符号の説明】
【0088】
100…ハート型放射パターン、200,300,300A…PxMアンテナ、210,310…スロットアンテナ(磁気放射体)、210a…開口、210b…傾斜部、310a…T字状開口、220,320…接地平面(第1の平面)、230,330…キャビティ、240,340…給電体、250,350…モノポールアンテナ(電気放射体)、250a…傾斜部、260…リアクタンス性負荷、260a…拡幅部、270…入力コネクタ、352…頂部、354,356…脚部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
広帯域周波数範囲においてPxM放射パターンを発生する広帯域アンテナであって、
導電性の第1の平面と、
前記第1の平面に形成されたT字状開口を有するスロットアンテナと、
前記第1の平面に平行に配置されると共に、前記第1の平面に垂直で実質的に互いに平行な一対の脚部により支持された頂部を含むモノポールアンテナとを備え、
前記スロットアンテナと前記モノポールアンテナとは間接的に結合されている
ことを特徴とする広帯域アンテナ。
【請求項2】
更に、前記T字状開口内またはその上に給電体を有し、前記給電体は前記第1の平面に電気的に接触していない
ことを特徴とする請求項1記載の広帯域アンテナ。
【請求項3】
前記モノポールアンテナの一方の脚部は前記給電体の一端部に電気的に結合され、他方の脚部は前記第1の平面に電気的に結合されている
ことを特徴とする請求項2記載の広帯域アンテナ。
【請求項4】
前記モノポールアンテナの入力インピーダンスは、前記スロットアンテナの入力インピーダンスに近い値を有する
ことを特徴とする請求項3記載の広帯域アンテナ。
【請求項5】
更に、前記給電体と前記第1の平面との間に、リアクタンス整合網を形成するように結合された、1または2以上のリアクタンス性素子を有する
ことを特徴とする請求項4記載の広帯域アンテナ。
【請求項6】
前記モノポールアンテナの頂部は互いに対向する一対の端部を有し、前記端部はそれぞれ前記2つの脚部の外側側面を超えて拡がっている
ことを特徴とする請求項4記載の広帯域アンテナ。
【請求項7】
前記スロットアンテナは、前記第1の平面内の前記T字状開口の頂部の対向する端部に一対の端部開口を含み、前記一対の端部開口は互いに実質的に平行であり、かつ前記T字状開口の頂部に実質的に垂直である
ことを特徴とする請求項6記載の広帯域アンテナ。
【請求項8】
前記第1の平面は、誘電体層と前記誘電体層上に形成された金属層とを含み、前記T字 状開口および前記端部開口は前記金属層および誘電体層の厚み方向全体にわたって形成されている
ことを特徴とする請求項7記載の広帯域アンテナ。
【請求項9】
前記第1の平面は、電子デバイスに付設された印刷回路基板、または前記電子デバイス内に挿入可能に構成されたモバイルカードを構成している
ことを特徴とする請求項8記載の広帯域アンテナ。
【請求項10】
前記第1の平面は有限の大きさの境界を有し、その縁に前記境界に沿っての電流の流れおよび放射回折を抑制するための磁気材料層が形成されている
ことを特徴とする請求項9記載の広帯域アンテナ。
【請求項11】
前記第1の平面は有限の大きさの境界を有し、その縁に前記境界に沿っての電流の流れおよび放射回折を抑制するための傾斜性の固有抵抗が設けられている
ことを特徴とする請求項9記載の広帯域アンテナ。
【請求項12】
更に、前記第1の平面の底面に第1のキャビィティを有し、前記第1のキャビィティは前記第1の平面の裏面側において前記T字状開口を囲んでいる
ことを特徴とする請求項8記載の広帯域アンテナ。
【請求項13】
前記第1のキャビィティの内面の少なくとも一部は、前記第1の平面の裏面側からの放射放出を抑制するための損失性の磁気材料層で覆われている
ことを特徴とする請求項8記載の広帯域アンテナ。
【請求項14】
更に、前記第1の平面に平行な第2の平面と、
前記第2の平面に形成されたT字状開口を有するスロットアンテナと、
前記第2の平面に平行に配置されると共に、前記第2の平面に垂直で実質的に互いに平行な一対の脚部により支持された頂部を含むモノポールアンテナと、
前記第2の平面の底面に結合された第2のキャビィティとを備えると共に、
前記第2のキャビィティの裏面側表面が前記第1のキャビィティの裏面側表面に結合されている
ことを特徴とする請求項12記載の広帯域アンテナ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−253808(P2012−253808A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−178108(P2012−178108)
【出願日】平成24年8月10日(2012.8.10)
【分割の表示】特願2006−277406(P2006−277406)の分割
【原出願日】平成18年10月11日(2006.10.11)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】