説明

建物の制震構造

【課題】建物躯体の構成部材である跳ね出しスラブ(本設床スラブ)の重量を前記TMDの重錘(マス)に代用するなど、制震ユニット(制震装置)の設置部位に工夫を施すことにより、居住スペースを一切損なうことなく合理的で無駄のない、施工性に優れた建物の制震構造を提供する。
【解決手段】この建物の制震構造は、跳ね出し梁1と、同跳ね出し梁1の上にアイソレーター2を介して水平変位可能に設けられた跳ね出しスラブ3と、一端部が前記跳ね出し梁1に連結され、他端部が前記跳ね出しスラブ3に連結された減衰手段及び周期調整バネとからなる制震ユニット9が、建物10の外壁面に設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、地震、風等に起因して生じる建物の揺れ(震動)を抑制する建物の制震構造の技術分野に属し、更にいえば、居住スペースを損なうことなく制震機能を発揮できる建物の制震構造に関する。
【背景技術】
【0002】
建物の制震構造に関する技術は、新設建物、既存建物を問わず多数開示され実施されているが、地震、風等に起因して生じる建物の揺れを抑制する手段の一つとして、建物の頂部にチューンド・マス・ダンパー(以下、TMDという。)を設置した制震構造が知られている。
このTMDは、揺れに同調する重錘(マス)をバネとダンパーで連結したものであり、重錘の質量、バネのバネ定数、或いはダンパーの減衰係数を適宜調整して、地震、風等に起因して生じる建物の揺れに同調させることで震動エネルギーを吸収し、建物の応答を抑制させる装置である。
このTMDによって建物の制震を行う場合、TMDの重錘として、建物の総重量に対して所要の質量比を有するものを用いる必要があるため、TMDを建物の頂部(通常、最上階の室内)に設置するための広いスペースを確保する必要があり、その分、居住スペースが損なわれるという問題があった。このスペースは、TMDの設置スペースに加えて作業スペースを考慮すると、1フロア分の居住スペースが犠牲になる場合もある。
また、前記TMDを設置するのに必要十分な剛性を有するべく、コンクリートの補強工事等の大掛かりな工事を建物の頂部で行う必要があり、高所作業を余儀なくされ、施工性が悪く、コストが嵩むという問題もあった。
さらに、前記TMDを建物の頂部に1箇所のみ設置して実施する構成であるが故に、1次周期の震動にしか対応できないという問題もあった。
【0003】
この種のTMDを利用した建物の制震構造として、近年、スペースを有効利用する発明が開示されている(特許文献1参照)。
この特許文献1に係る発明は、同文献1の図1等に示したように、地盤2上に設置される建築構造物3と、この建築構造物3の屋上床4にアイソレータ5を介して水平方向Hに移動自在に設置されていると共に、植物6を直接的に植設できるようにされた屋上地盤7とを具備しており、建築構造物3の水平方向Hの振動に基づくその振動に対して位相差をもった屋上地盤7の水平方向Hの振動により、建築構造物3に対する水平方向Hの制震を行う技術である(請求項1等を参照)。
この発明によると、植物6を直接的に植設できるようにされた屋上地盤7を前記重錘に代用することで、居心地又は住み心地を向上させることができるので、スペースを有効利用していると云える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−70359公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に係る発明は、上記したように一応の効果は認められるものの、従来、有効利用できなかったスペースを植物6を植栽するスペースに改良したことに止まり、抜本的解決には至っておらず、居住スペースを損なうという問題は依然として解決されていない。
また、植物6を直接的に植設できるようにされた屋上地盤7は、大掛かりな構造(同文献1の段落[0027]、及び図1参照)で、且つ建築構造物3の屋上床4に設置する作業を屋外で実施せざるを得ない構成であるが故に、高所作業を余儀なくされ、施工性が悪く、コストが嵩むという問題も依然として解決されていない。
さらに、屋上地盤7を建築構造物3の屋上床4に1箇所のみ設置する構成なので、1次周期の震動にしか対応できないという問題も依然として解決されていない。
【0006】
本発明の目的は、建物躯体の構成部材である跳ね出しスラブ(本設床スラブ)の重量を前記TMDの重錘(マス)に代用するなど、制震ユニット(制震装置)の設置部位に工夫を施すことにより、居住スペースを一切損なうことなく合理的で無駄のない、施工性に優れた建物の制震構造を提供することにある。
本発明の次の目的は、前記制震ユニットを、建物の外壁面の全周および階層毎等に複数設け、各制震ユニットの減衰手段及び周期調整バネを各層の層間変位に対して震動エネルギーを吸収するように個別に調整することにより、建物に生じる高次周期の震動をフレキシブルに抑制(低減)することができる建物の制震構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記背景技術の課題を解決するための手段として、請求項1に記載した発明に係る建物の制震構造は、跳ね出し梁と、同跳ね出し梁の上にアイソレーターを介して水平変位可能に設けられた跳ね出しスラブと、一端部が前記跳ね出し梁に連結され、他端部が前記跳ね出しスラブに連結された減衰手段及び周期調整バネとからなる制震ユニットが、建物の外壁面に設けられていることを特徴とする。
【0008】
請求項2に記載した発明は、請求項1に記載した建物の制震構造において、前記制震ユニットが、前記建物の外壁面の全周に設置されていることを特徴とする。
【0009】
請求項3に記載した発明は、請求項1又は2に記載した建物の制震構造において、前記制震ユニットが、前記建物の階層毎に設けられていることを特徴とする。
【0010】
請求項4に記載した発明は、請求項3に記載した建物の制震構造において、前記制震ユニットの前記減衰手段及び周期調整バネが、建物に生じる高次周期の震動を抑制するように階層毎に調整して設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る建物の制震構造によれば、以下の効果を奏する。
1)従来、建物躯体の構成部材でしかなかった跳ね出しスラブ(本設床スラブ)の重量を、そのままTMDの重錘(マス)として利用することで、新規の重錘を別異に設ける必要がなく、居住スペースを損なう虞が一切ない。よって、合理的で無駄のない実施が可能となり、スペースの有効利用に大きく寄与することができる。
2)建物の頂部で大掛かりな設置工事をする必要も一切ないので、施工性に優れている。
3)制震ユニットを、構造設計に基づき震動エネルギーを効率よく抑制し得る部位(例えば、建物の外壁面の全周、及び階層毎)に複数設置でき、その減衰手段及び周期調整バネを、各層の層間変位に対して震動エネルギーを吸収できるように個別に調整して実施することもできるので、建物に生じる一次周期の震動のみならず、高次周期の震動をフレキシブルに抑制することができる。
4)制震ユニットを、建物の構造設計に応じて建物の外壁面の一側に設置して偏心に対しても有効に働かせることができる等、フレキシブルな震動設計が可能となる。
5)制震ユニットを、ベランダ、バルコニー等の室外に設置して実施するので、万一メンテナンスが必要となった場合でも室内に立ち入ることなく建物の外部からのメンテナンスが可能となる。
6)新設建物のみならず、既存建物の制震構造にも実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Aは、本発明に係る建物の制震構造の全体構造を模式的に示した立面図であり、Bは、同平面図である。
【図2】本発明に係る建物の制震構造の主要部を示した正面図である。
【図3】本発明に係る建物の制震構造を主要部を示した側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に、本発明に係る建物の制震構造の実施例を図面に基づいて説明する。
【0014】
図1〜図3は、請求項1に係る建物の制震構造の実施例を示している。
この建物の制震構造は、跳ね出し梁1と、同跳ね出し梁1の上にアイソレーター2を介して水平変位可能に設けられた跳ね出しスラブ3と、一端部が前記跳ね出し梁1に連結され、他端部が前記跳ね出しスラブ3に連結された減衰手段4及び周期調整バネ5とからなる制震ユニット9を、建物10の外壁面に設けて実施されている。
要するに、本発明に係る建物10の制震構造は、建物躯体の構成部材である跳ね出しスラブ3の重量を建物10の揺れに同調する重錘(マス)として利用することにより、居住スペースを損なうことなく制震効果を図る技術である。
【0015】
本実施例に係る前記制震ユニット9は、前記建物10の外壁面の全周(図示例では四方に4箇所)、且つ階層毎に(図示例では4段)設置して実施しているがこれに限定されず、構築する建物の平面形状、階層の数に応じて適宜設計変更される。また、建物10の各階層すべてに設置する必要はなく、複数階毎、或いは建物10の上部、又は下部に集約して設置するなど、構造設計に基づき震動エネルギーを抑制するのに好適な部位に設置して実施することもできる。勿論、建物10の構造設計に応じて建物10の外壁面の一側(例えば、図1中の右側部分)のみに設置して偏心に対しても有効に働かせるように実施することもできるし、図1B中の上下方向に2箇所、又は左右方向に2箇所に設置して実施することもできる。
【0016】
なお、図示例に係る建物10の制震構造は、新設建物で実施しているが、既存建物にも実施できる。例えば、外壁面がフラットな既存建物で実施する場合は、前記跳ね出し梁1及び跳ね出しスラブ3等を増築して実施できるし、前記跳ね出し梁1等の跳ね出し部を有する既存建物で実施する場合は、利用できる部位を残し、その他の部位を増築して実施することもできる。
以下、前記制震ユニット9の構成要素である跳ね出し梁1、アイソレーター2、跳ね出しスラブ3、減衰手段4、及び周期調整バネ5について順に説明する。
【0017】
前記跳ね出し梁1は、建物10の躯体の梁に連続するように設けられ、建物10の外壁面から外方へほぼ水平に突き出して構築されている。前記跳ね出し梁1の突き出し寸法等の大きさ、及び階層毎に設置する数量は、構築する跳ね出しスラブ3の重量および形状に応じて適宜設計変更される。
なお、図示例に係る跳ね出し梁1は、建物10の躯体の鉄骨梁に連続するように設けた鉄骨梁(H形鋼)6に鉄筋を配筋しコンクリートを打設した鉄骨鉄筋コンクリート造で実施しているがこれに限定されず、鉄筋コンクリート造で実施することもできるし、鉄骨造で実施することもできる。
【0018】
前記跳ね出し梁1の上に設置するアイソレーター2は、本実施例では、薄い鋼板とゴムとを交互に重合させることで、水平方向には柔らかく鉛直方向には硬い性質を有し、かつそれ自体で適正な減衰性能を有する積層ゴム2が好適に用いられる。
前記積層ゴム2は、前記跳ね出し梁1の上面に、溶接、ボルト等の接合手段で設置して実施している。また、図示例に係る積層ゴム2は、1体の跳ね出しスラブ1の上面に1個の割合で設置しているがこれに限定されず、構築する跳ね出しスラブ3を安定した状態で支持するのに好適な個数で実施される。
【0019】
前記跳ね出しスラブ3は、前記跳ね出し梁1とほぼ平行となる配置で、前記積層ゴム(アイソレーター)2の上面に水平変位可能に設置され、ベランダ、バルコニー等に利用される。
前記跳ね出しスラブ3は、建物10の外壁面との間に、構造設計に基づいて算出したクリアランスCを確保して水平変位可能に設置されている。なお、前記クリアランスCは、建物10の外壁面との間に形成するだけでなく、建物の戸数毎に断続的に設けてもよい。
また、前記跳ね出しスラブ3は、建物10の揺れに同調する重錘(マス)として利用されるので、その重量および形状は、建物の総重量に対する所要の質量比、制震ユニット9の使用個数等を考慮した構造設計に応じて適宜設計変更される。要するに、階層毎等に重量を適宜変更した構成でフレキシブルに実施することもできる。
【0020】
前記跳ね出し梁1と跳ね出しスラブ3との間に取付けられる減衰手段4は、水平振動を減衰させる機能を有するオイルダンパー、エアダンパー等の流体ダンパーが好適に用いられる。
前記跳ね出し梁1と跳ね出しスラブ3との間に取付けられる周期調整バネ5は、重錘として用いられる跳ね出しスラブ3の周期が建物10の揺れの周期と同調するようにバネ5の弾性力を設定し、建物10の揺れと跳ね出しスラブ3の揺れを共震(共振)させることで建物10を制震するのに供される。
なお、図示例に係る減衰手段4及び周期調整バネ5はそれぞれ、前記跳ね出しスラブ3の下面に垂れ下がる突出部3aと前記跳ね出し梁1との間にほぼ水平に設置して実施しているがこれに限定されず、各々の機能を適正に発揮する設置形態であればよい。
【0021】
要するに、上述した跳ね出し梁1、アイソレーター2、跳ね出しスラブ3、減衰手段4、及び周期調整バネ5から成る制震ユニット9は、地震、風等に起因して生じる建物10の揺れの周期に跳ね出しスラブ3の周期が同調して共震し、震動エネルギーを吸収する構成で実施されるのである。
【0022】
したがって、この制震ユニット9を設けた建物10の制震構造によれば、従来、建物躯体の構成部材でしかなかった跳ね出しスラブ(本設床スラブ)3の重量を、そのままTMDの重錘(マス)として利用することができるので、新規の重錘を別異に設ける必要がなく、居住スペースを損なう虞が一切ない。よって、合理的で無駄のない実施が可能となり、スペースの有効利用に大きく寄与することができる。
また、建物10の頂部で大掛かりな設置工事をする必要も一切ないので、施工性に優れている。
さらに、前記制震ユニット9を、構造設計に基づき震動エネルギーを効率よく抑制し得る部位(例えば、建物の外壁面の全周、及び階層毎)に複数設置でき、その減衰手段4及び周期調整バネ5を、各層の層間変位に対して震動エネルギーを吸収できるように個別に調整して実施することもできるので、建物に生じる一次周期の震動のみならず、高次周期の震動をフレキシブルに抑制することができる。
その他、前記制震ユニット9を、建物10の構造設計に応じて建物10の一側のみに設置して偏心に対しても有効に働かせることができる等、フレキシブルな震動設計が可能となる。
【0023】
以上に実施例を図面に基づいて説明したが、本発明は、図示例の限りではなく、その技術的思想を逸脱しない範囲において、当業者が通常に行う設計変更、応用のバリエーションの範囲を含むことを念のために言及する。
【符号の説明】
【0024】
1 跳ね出し梁
2 アイソレーター(積層ゴム)
3 跳ね出しスラブ
4 減衰手段(ダンパー)
5 周期調整バネ
6 鉄骨梁(H形鋼)
9 制震ユニット
10 建物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
跳ね出し梁と、同跳ね出し梁の上にアイソレーターを介して水平変位可能に設けられた跳ね出しスラブと、一端部が前記跳ね出し梁に連結され、他端部が前記跳ね出しスラブに連結された減衰手段及び周期調整バネとからなる制震ユニットが、建物の外壁面に設けられていることを特徴とする、建物の制震構造。
【請求項2】
前記制震ユニットが、前記建物の外壁面の全周に設置されていることを特徴とする、請求項1に記載した建物の制震構造。
【請求項3】
前記制震ユニットが、前記建物の階層毎に設けられていることを特徴とする、請求項1又は2に記載した建物の制震構造。
【請求項4】
前記制震ユニットの前記減衰手段及び周期調整バネが、建物に生じる高次周期の震動を抑制するように階層毎に調整して設けられていることを特徴とする、請求項3に記載した建物の制震構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−255324(P2010−255324A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−107415(P2009−107415)
【出願日】平成21年4月27日(2009.4.27)
【出願人】(000003621)株式会社竹中工務店 (1,669)
【Fターム(参考)】