説明

弾性表面波装置および弾性表面波装置の特性調整方法

【課題】 弾性表面波の生成に用いられる材料を変更することなく、弾性表面波装置の通過特性を向上させる。
【解決手段】 圧電体1の裏面に裏面電極2を形成するとともに、圧電体1上に弾性表面波Wを励振するIDT電極3を形成し、IDT電極3と裏面電極2との間に直流バイアス電源D1を接続し、圧電体1の深さ方向に電界Eを印加しながら、弾性表面波Wを圧電体1に励振させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は弾性表面波装置および弾性表面波装置の特性調整方法に関し、特にSAW(Surface Acoustic Wave)発振器に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
弾性表面波は、電磁波よりも約10-5遅い速度で固体中を伝播するため、素子の小型・高密度化が可能であるとともに、伝播損失が小さくQ値の高い素子が作成できることから、通信用クロック発振器やフィルタなどの分野で利用が拡大している。
また、例えば、非特許文献1には、弾性表面波ディバイス用薄膜材料、薄膜多層構造におけるSAW伝播特性計算および薄膜SAW VIFフィルタについての研究報告が開示されている。
【非特許文献1】三露常男、黄地謙三、小野周佑、山崎攻、和佐清孝「薄膜弾性表面波ディバイス」、National Technical Report Vol.22No.6 Dec.1976.pp905−923
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、弾性表面波ディバイスには挿入損失が存在し、挿入損失を減らすためには弾性表面波ディバイス用薄膜材料に制約がかかるという問題があった。
そこで、本発明の目的は、弾性表面波の生成に用いられる材料を変更することなく、弾性表面波の通過特性を向上させることが可能な弾性表面波装置および弾性表面波装置の特性調整方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上述した課題を解決するために、本発明の一態様に係る弾性表面波装置によれば、圧電体に弾性表面波を発生させるIDT電極と、前記圧電体の深さ方向にバイアス電圧を印加するバイアス電圧印加手段とを備えることを特徴とする。
これにより、圧電体の表層に存在するキャリアを圧電体の裏面側に寄せた状態で、弾性表面波に圧電体に伝播させることができる。このため、圧電体を伝播する弾性表面波のエネルギーがキャリアによって吸収されることを抑制することができ、弾性表面波のエネルギーの損失を低減することができる。この結果、弾性表面波の生成に用いられる材料を変更することなく、弾性表面波の通過特性を向上させることが可能となり、弾性表面波装置の挿入損失を減らすことができる。
【0005】
また、本発明の一態様に係る弾性表面波装置によれば、前記IDT電極を介して前記圧電体にバイアス電圧を印加することを特徴とする。
これにより、圧電体を伝播する弾性表面波に影響を及ぼすことなく、圧電体の深さ方向にバイアス電圧を印加することができ、弾性表面波装置を正常に動作させることを可能としつつ、弾性表面波装置の挿入損失を減らすことができる。
【0006】
また、本発明の一態様に係る弾性表面波装置によれば、前記圧電体の裏面に形成され、前記バイアス電圧が印加される裏面電極をさらに備えることを特徴とする。
これにより、弾性表面波が伝播する領域全体にバイアス電圧を印加することが可能となり、圧電体を伝播する弾性表面波に影響を及ぼすことなく、弾性表面波装置の挿入損失を減らすことができる。
【0007】
また、本発明の一態様に係る弾性表面波装置によれば、前記IDT電極とは別に配置され、前記バイアス電圧が印加される上面電極をさらに備えることを特徴とする。
これにより、IDT電極に入力される信号に影響を及ぼすことなく、圧電体の深さ方向にバイアス電圧を印加することができ、弾性表面波装置の挿入損失を減らすことができる。
【0008】
また、本発明の一態様に係る弾性表面波装置によれば、前記バイアス電圧は、前記弾性表面波の1/2波長以上の深さの空乏層が前記圧電体に形成されるように設定されることを特徴とする。
これにより、バイアス電圧を適正化することができる。
また、本発明の一態様に係る弾性表面波装置によれば、集積回路が搭載された半導体チップ上に積層された薄膜圧電体と、前記薄膜圧電体に弾性表面波を発生させるIDT電極と、前記圧電体の深さ方向にバイアス電圧を印加するバイアス電圧印加手段とを備えることを特徴とする。
【0009】
これにより、薄膜圧電体を伝播する弾性表面波のエネルギー損失を効果的に低減させつつ、半導体チップ上に弾性表面波装置を集積化することができる。このため、弾性表面波装置の実装面積を低減させつつ、弾性表面波装置の挿入損失を低減させることが可能となるとともに、弾性表面波装置の低価格化を図ることができる。
また、本発明の一態様に係る弾性表面波装置によれば、前記半導体チップの配線層を用いて形成され、前記バイアス電圧が印加される裏面電極をさらに備えることを特徴とする。
【0010】
これにより、配線層の形成工程とは別に裏面電極の形成工程を別途追加することなく、弾性表面波が伝播する領域全体にバイアス電圧を印加することが可能となり、製造工程の増大を抑制しつつ、弾性表面波装置の挿入損失を減らすことができる。
また、本発明の一態様に係る弾性表面波装置の特性調整方法によれば、弾性表面波装置を構成する圧電体の深さ方向にバイアス電圧を印加しながら、前記圧電体に弾性表面波を伝播させることを特徴とする。
【0011】
これにより、圧電体を伝播する弾性表面波のエネルギー損失を低減することが可能となり、弾性表面波の生成に用いられる材料を変更することなく、弾性表面波装置の挿入損失を減らすことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態に係る弾性表面波装置について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の第1実施形態に係る弾性表面波装置の概略構成を示す断面図である。
図1(a)において、圧電体1の裏面には裏面電極2が形成されるとともに、圧電体1上には弾性表面波Wを励振するIDT(インターデジタルトランスデューサ)電極3が形成されている。なお、IDT電極3は、互いにかみ合うように配置された1組の櫛形電極にて構成することができる。また、圧電体1としては、例えば、水晶、LiNbO3、Bi12GeO20などの単結晶材料、PZT、PCMなどのセラミック材料、ZnO膜、AlN膜などの圧電薄膜材料などを用いることができる。
【0013】
そして、IDT電極3と裏面電極2との間に直流バイアス電源D1を接続し、圧電体1の深さ方向に電界Eを印加しながら、弾性表面波Wを圧電体1に励振させる。ここで、圧電体1の深さ方向に電界Eを印加すると、圧電体1に存在するキャリアe-が圧電体1の裏面側に寄せられ、圧電体1の表層に空乏層4が形成される。このため、弾性表面波Wが圧電体1の表層に励振された場合においても、圧電体1を伝播する弾性表面波Wのエネルギーがキャリアe-によって吸収されることを抑制することができ、弾性表面波Wのエネルギーの損失を低減することができる。この結果、弾性表面波Wの生成に用いられる材料を変更することなく、弾性表面波Wの通過特性を向上させることが可能となり、弾性表面波装置の挿入損失を減らすことができる。例えば、バイアス電圧を印加しながら圧電体1に弾性表面波Wを伝播させる方法をフィルタに適用すれば、フィルタの低損失化を図ることが可能となる。また、バイアス電圧を印加しながら圧電体1に弾性表面波Wを伝播させる方法を発振器に適用すれば、発振器の低消費電力化を図ることが可能となる。
【0014】
なお、弾性表面波Wの波長をλとすると、バイアス電圧は、1/2λ以上の深さの空乏層4が圧電体1に形成されるように設定することが好ましい。
図2は、図1の弾性表面波装置の挿入損失を従来例と比較して示す図である。
図2において、弾性表面波装置のSパラメータ(通過特性)を計測すると、バイアス電圧を印加した時の弾性表面波装置の挿入損失IL2は、バイアス電圧を印加しない時の弾性表面波装置の挿入損失IL1に比べて減少することが判る。
【0015】
図3は、本発明の第2実施形態に係る弾性表面波装置の概略構成を示す回路図である。
図3において、SAW発振器には弾性表面波装置W1が設けられている。ここで、弾性表面波装置W1には、弾性表面波を圧電体に励振するIDT電極が設けられるとともに、弾性表面波を反射する反射器電極が設けられている。また、IDT電極が配置された圧電体の裏面には、裏面電極が形成されている。そして、弾性表面波装置W1の櫛形電極間には、帰還ループを構成するインバータN1が接続され、弾性表面波装置W1およびインバータN1にてSAW発振器を構成することができる。また、弾性表面波装置W1の櫛形電極間には抵抗R1が接続されるとともに、弾性表面波装置W1の前段および後段には、コンデンサC1b、C1b´がそれぞれ接続されている。さらに、弾性表面波装置W1の各櫛形電極には、コンデンサC1b、C1b´をそれぞれ介してコンデンサC1a、C1a´が接続されている。さらに、弾性表面波装置W1のIDT電極には、インダクタL1を介して直流バイアス電源D11が接続されている。なお、直流バイアス電源D11は、弾性表面波装置W1のIDT電極のいずれか一方にのみ接続するようにしてもよいし、弾性表面波装置W1のIDT電極の双方に接続するようにしてもよい。また、直流バイアス電源D11は、固定電圧源でもよいし、可変電圧源でもよい。
【0016】
そして、弾性表面波装置W1のIDT電極を介して弾性表面波装置W1に直流バイアスを印加しながら、弾性表面波装置W1からの高周波出力をインバータN1を介して帰還させることにより、所定の発振周波数で動作させることができる。ここで、弾性表面波装置W1からの高周波出力はインダクタL1によって漏れることを防止することができ、弾性表面波装置W1の動作に影響を及ぼすことなく、弾性表面波装置W1に直流バイアスを印加することができる。このため、弾性表面波装置W1を正常に動作させることを可能としつつ、弾性表面波のエネルギーの損失を低減することができ、弾性表面波装置W1の挿入損失を減らすことができる。
【0017】
図4は、本発明の第3実施形態に係る弾性表面波装置の概略構成を示す回路図である。
図4において、SAW発振器には弾性表面波装置W2が設けられている。ここで、弾性表面波装置W2には、弾性表面波を圧電体に励振するIDT電極が設けられるとともに、弾性表面波を反射する反射器電極が設けられている。また、IDT電極が配置された圧電体の裏面には、裏面電極が形成されている。そして、弾性表面波装置W2の櫛形電極間には、帰還ループを構成するインバータN2が接続され、弾性表面波装置W2およびインバータN2にてSAW発振器を構成することができる。また、弾性表面波装置W2の櫛形電極間には抵抗R2が接続されるとともに、弾性表面波装置W2の前段および後段には、コンデンサC2b、C2b´がそれぞれ接続されている。さらに、弾性表面波装置W2の各櫛形電極には、コンデンサC2b、C2b´をそれぞれ介してコンデンサC2a、C2a´が接続されている。さらに、弾性表面波装置W2のIDT電極には、インダクタL2が接続されるとともに、弾性表面波装置W2の裏面電極には直流バイアス電源D12が接続されている。なお、インダクタL2は、弾性表面波装置W2のIDT電極のいずれか一方にのみ接続するようにしてもよいし、弾性表面波装置W2のIDT電極の双方に接続するようにしてもよい。また、直流バイアス電源D12は、固定電圧源でもよいし、可変電圧源でもよい。
【0018】
そして、弾性表面波装置W2の裏面電極を介して弾性表面波装置W2に直流バイアスを印加しながら、弾性表面波装置W2からの高周波出力をインバータN2を介して帰還させることにより、所定の発振周波数で動作させることができる。ここで、弾性表面波装置W2からの高周波出力はインダクタL2によって漏れることを防止することができ、弾性表面波装置W2の動作に影響を及ぼすことなく、弾性表面波装置W2に直流バイアスを印加することができる。このため、弾性表面波装置W2を正常に動作させることを可能としつつ、弾性表面波のエネルギーの損失を低減することができ、弾性表面波装置W2の挿入損失を減らすことができる。
【0019】
図5は、本発明の第4実施形態に係る弾性表面波装置の概略構成を示す断面図である。
図5において、半導体チップ21には素子形成領域22が設けられ、素子形成領域22にはトランジスタ、抵抗、容量などの素子が形成されている。なお、半導体チップ21を構成する半導体材料としては、例えば、Si、Ge、SiGe、SiC、SiSn、PbS、GaAs、InP、GaP、GaNまたはZnSeなどを用いることができる。また、素子形成領域22が設けられた半導体チップ21上には層間絶縁膜23が形成され、層間絶縁膜23には、素子形成領域22に接続された配線層24が形成されている。また、層間絶縁膜23上には、配線層24に接続されたパッド電極25が形成されている。そして、素子形成領域22に形成された素子および配線層24にて、図3のインバータN1、N2、抵抗R1およびコンデンサC1a、C1a´、C1b、C1b´などを構成することができる。なお、図3のインダクタL1は、半導体チップ21に形成するようにしてもよいし、外付けするようにしてもよい。
【0020】
そして、層間絶縁膜23上には、裏面電極26が形成されている。そして、裏面電極26が形成された層間絶縁膜23上には、パッド電極25を避けるようにして、薄膜圧電体層27が成膜されている。そして、薄膜圧電体層27上には、薄膜圧電体層27に弾性表面波を発生させるIDT電極28が形成され、図3の弾性表面波装置W1を構成することができる。なお、薄膜圧電体層27の材質としては、例えば、ZnOなどを用いることができる。そして、パッド電極25を介してIDT電極28を素子形成領域22に接続することにより、SAW発振器を構成することができる。
【0021】
そして、裏面電極26またはIDT電極28を介して薄膜圧電体層27の深さ方向にバイアスを印加しながら、薄膜圧電体層27に弾性表面波を発生させることができる。これにより、薄膜圧電体層27を伝播する弾性表面波のエネルギー損失を効果的に低減させつつ、半導体チップ21上に弾性表面波装置を集積化することができる。このため、弾性表面波装置の実装面積を低減させつつ、弾性表面波装置の挿入損失を低減させることが可能となるとともに、弾性表面波装置の低価格化を図ることができる。
【0022】
また、バイアス電圧が印加される裏面電極26は、半導体チップ21の配線層24を用いて形成することができる。これにより、配線層24の形成工程とは別に裏面電極26の形成工程を別途追加することなく、弾性表面波が伝播する領域全体にバイアス電圧を印加することが可能となり、製造工程の増大を抑制しつつ、弾性表面波装置の挿入損失を減らすことができる。
【0023】
なお、上述した実施形態では、IDT電極または裏面電極にバイアス電圧を印加する方法について説明したが、バイアス電圧を印加する電極をIDT電極上に設けるようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の第1実施形態に係る弾性表面波装置の概略構成を示す断面図。
【図2】図1の弾性表面波装置の挿入損失を従来例と比較して示す図。
【図3】本発明の第2実施形態に係る弾性表面波装置の概略構成を示す回路図。
【図4】本発明の第3実施形態に係る弾性表面波装置の概略構成を示す回路図。
【図5】本発明の第4実施形態に係る弾性表面波装置の概略構成を示す断面図。
【符号の説明】
【0025】
1 圧電体、2 裏面電極、3、28b IDT電極、4 空乏層、W1、W2 弾性表面波装置、R1、R2 抵抗、C1a、C1a´、C1b、C1b´、C2a、C2a´、C2b、C2b´ コンデンサ、N1、N2 インバータ、L1、L2 インダクタ、D11、D12 直流バイアス電源、21 半導体基板、22 素子形成領域、23 層間絶縁膜、24 配線層、25 パッド電極、26 裏面電極、27 ZnO層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体に弾性表面波を発生させるIDT電極と、
前記圧電体の深さ方向にバイアス電圧を印加するバイアス電圧印加手段とを備えることを特徴とする弾性表面波装置。
【請求項2】
前記IDT電極を介して前記圧電体にバイアス電圧を印加することを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項3】
前記圧電体の裏面に形成され、前記バイアス電圧が印加される裏面電極をさらに備えることを特徴とする請求項1または2記載の弾性表面波装置。
【請求項4】
前記IDT電極とは別に配置され、前記バイアス電圧が印加される上面電極をさらに備えることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の弾性表面波装置。
【請求項5】
前記バイアス電圧は、前記弾性表面波の1/2波長以上の深さの空乏層が前記圧電体に形成されるように設定されることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項記載の弾性表面波装置。
【請求項6】
集積回路が搭載された半導体チップ上に積層された薄膜圧電体と、
前記薄膜圧電体に弾性表面波を発生させるIDT電極と、
前記圧電体の深さ方向にバイアス電圧を印加するバイアス電圧印加手段とを備えることを特徴とする弾性表面波装置。
【請求項7】
前記半導体チップの配線層を用いて形成され、前記バイアス電圧が印加される裏面電極をさらに備えることを特徴とする請求項6記載のSAW発振器。
【請求項8】
弾性表面波装置を構成する圧電体の深さ方向にバイアス電圧を印加しながら、前記圧電体に弾性表面波を伝播させることを特徴とする弾性表面波装置の特性調整方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−279799(P2006−279799A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−98815(P2005−98815)
【出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】