説明

情報記録媒体用ガラス基板およびその製造方法

【課題】垂直磁気記録方式等、次世代の情報記録媒体基板用途としての物性を備え、とりわけ、動的な環境下での使用を前提とした次世代の情報記録媒体用基板として適用しうるガラス基板を提供すること。特に本発明の目的は基板表面の硬度が十分に高く、比重と機械的強度のバランスを備え、高速回転化や落下衝撃に耐え得る高強度を有し、砒素成分やアンチモン成分を実質的に使用せずともガラス素地の泡やプレス時のリボイルの発生がなく、ダイレクトプレス法に適した生産性の高い情報記録媒体用ガラス基板を提供すること。
【解決手段】 酸化物基準の質量%で、SiO:52〜67%、およびAl:3〜15%、およびP:0.2〜8%、の各成分を含有し、ヤング率が85GPa以上であり、比重が、2.60以下であり、ヤング率の比重に対する比(ヤング率/比重)が33.0以上であることを特徴とする情報記録媒体用ガラス基板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報磁気記録媒体用ガラス基板に関する。
特に本発明は、将来の情報磁気記録媒体の高密度化に対応し、低比重、高ヤング率、ビッカース硬度に優れ、かつ、加工後の表面粗度が極めてスムーズであり、ヘッド摺動特性にも優れた、将来の情報記録媒体基板用途として必要な物性を備えたガラス基板を提供するものである。
【0002】
尚、本発明において「情報記録媒体」とは、パーソナルコンピュータのハードディスクとして使用される、固定型ハードディスク、リムーバル型ハードディスク、もしくはカード型ハードディスク、デジタルビデオカメラ、デジタルカメラ、もしくはオーディオ用ハードディスク、カーナビ用ハードディスク、携帯電話用ハードディスクまたは各種電子デバイス用ハードディスクにおいて使用可能な情報磁気記録媒体を意味する。
【背景技術】
【0003】
近年、パーソナルコンピュータのマルチメディア化への対応のため、また、デジタルビデオカメラ、デジタルカメラ、携帯型のオーディオ装置で動画や音声等の大きなデータが扱われるようになり、大容量の情報磁気記録装置が必要となっている。その結果、情報磁気記録媒体は年々高記録密度化の要求が高まっている。
【0004】
これに対応するべく、垂直磁気記録方式の採用、量産化が進められている。この垂直磁気記録方式においては、従来よりも優れた基板の耐熱性、表面の平滑性が求められている。また従来、情報磁気記録装置はパーソナルコンピュータ用途など静的な環境下で使用されることが殆どであったが、近年においては携帯型オーディオ装置等に代表されるように動的な環境下で使用されることが多くなっている。この為、次世代の情報記録媒体用基板は、スピンドルモーターへの負担を軽減するための低比重化と、ディスクのクラッシュを防止するための高い機械的強度を有することが従来にもまして重要になっている。しかし低比重であることと高い機械的強度、優れた量産性を有することは相反する関係にあり、動的な環境下の使用を考慮した次世代の情報記録媒体用基板においては、これらの要素をどのようにバランスさせるかの研究が行われている。
【0005】
情報記録媒体用基板に用いられる材料としてはAl合金、ガラス、結晶化ガラスなどがあるが、ガラス、結晶化ガラスはAl合金よりもビッカース硬度が高い等の点で優位である。また、結晶化ガラスは一般的にガラスよりもヤング率が高いという点で優位である。しかしながら、近年、加工後の表面平滑性がより高いレベルで求められ、結晶化ガラスでは求められる表面平滑性が得られにくくなりつつある。一方、従来のガラス基板は次世代の情報記録媒体用基板に求められるヤング率を十分に満足するものではなく、さらには現在確立された加工技術を適用しても、所望の表面性状が得られない場合がある。
【0006】
また、ガラス材料を使用する場合、厚さ1mm以下のディスク状基板を低コストで製造するために、溶融ガラスを直接プレスするダイレクトプレス法が用いられている。
ダイレクトプレス法においては、ガラスを溶融する際に、溶融ガラスから泡を除くために清澄剤として砒素やアンチモン成分が使用されていたが、近年、人体及び環境に対して悪影響を及ぼす恐れがあるとして、その含有量を低減、あるいは使用しないことが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
特許文献1には、ガラスからなる情報記録媒体用基板が開示されているが、ビッカース硬度が充分でなく、次世代の情報記録媒体用基板用途として要求される物性を十分に満足するものではない。また、ヤング率の比重に対する比も低い傾向にある。
【0008】
特許文献2には、磁気ディスク用結晶化ガラスが提示されているが、当該結晶化ガラスは析出結晶とガラス素地の間に加工差やエッチングレート差が生じてしまうため、現在求められるRa<2Åレベルの表面性状を充分満足することができない。
【特許文献1】特開2005−302289号公報
【特許文献2】特開2001−19467号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、垂直磁気記録方式等に代表される次世代の情報記録媒体基板用途としての物性を備え、とりわけ、動的な環境下での使用を前提とした次世代の情報記録媒体用基板として適用しうるガラス基板を提供することにある。特に本発明の目的は基板の表面硬度が十分に高く、比重と機械的強度のバランスを備え、高速回転化や落下衝撃に耐え得る高強度を有し、人体及び環境に対して悪影響をおよぼすおそれのある砒素成分やアンチモン成分を実質的に使用せずともガラス素地の泡やプレス時のリボイルの発生がなく、ダイレクトプレス法に適した生産性の高い情報記録媒体用ガラス基板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意試験研究を重ねた結果、ガラスを構成する特定の成分の含有範囲、比重およびヤング率、ヤング率の比重に対する比(ヤング率/比重によって求める値であり、材料の変形しにくさを表す)を特定範囲の値とすることで、次世代の情報記録媒体用基板として適用しうることを見いだした。加えて、磁気ヘッドの低浮上化に対応可能な極めて平滑な基板表面を有し、ドライブ搭載時の落下強度にも優れている(>1200G)ことを見出した。より具体的には、本発明は以下のようなものを提供する。
【0011】
(構成1)
酸化物基準の質量%で
SiO:52〜67%、および
Al:3〜15%、および
:0.2〜8%、の各成分を含有し、ヤング率が85GPa以上であり、比重が、2.60以下であり、ヤング率の比重に対する比(ヤング率/比重)が33.0以上であることを特徴とする情報記録媒体用ガラス基板。
(構成2)
酸化物基準の質量%で
LiO:2.9〜8%の成分を含有し、
MgO、CaO、ZnO、ZrOおよびTiOの合計量が5〜20%であり、
CeOおよび/またはSnOの合計量が:0.05〜1%であることを特徴とする構成1に記載の情報記録媒体用ガラス基板。
(構成3)
酸化物基準の質量%で
MgO:0〜20%、および/または
CaO:0〜10%、および/または
ZnO:0〜10%、および/または
ZrO:0〜13%、および/または
TiO:0〜16%、および/または
:0〜6%、および/または
NaO:0〜10%、および/または
O:0〜7%、
の各成分を含有する構成1または2に記載の情報記録媒体用ガラス基板。
(構成4)
酸化物基準でAs成分およびSb成分およびCl、NO、SO2−、F成分を含有しないことを特徴とする構成1から3のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板。
(構成5)
酸化物基準でBaO成分またはSrO成分を含有しないことを特徴とする構成1から4のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板。
(構成6)
前記情報記録媒体用ガラス基板の端面から中心方向に内部へ5μmまでの領域におけるLiO成分の酸化物基準による含有割合α%と、
前記情報記録媒体用ガラス基板の2つの主表面から厚み方向へ5μm以上内部の領域であって前記基板の端面から中心方向に内部へ5μmを超える領域のLiO成分の酸化物基準による含有割合β%の比率α/βが1以下であることを特徴とする構成1から5のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板。
(構成7)
表面粗度Ra(算術平均粗さ)が2Å以下であることを特徴とする構成1から6のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板。
(構成8)
構成1から7のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板を用いた情報記録媒体。
(構成9)
酸化物基準の質量%で
SiO:52〜67%、および
Al:3〜15%、および
:0.2〜8%、
の各成分を含有するガラス基板を作製する工程と、
前記ガラス基板の表面に存在するアルカリイオンを他のイオンに置換してイオン交換領域を作製する工程と、
前記ガラス基板の2つの主表面に存在するイオン交換領域を削除する工程を有する情報記録媒体用ガラス基板の製造方法。
(構成10)
前記置換は表面層に存在するアルカリ成分よりもイオン半径の大きなアルカリ成分で置換することにより形成されてなる構成9に記載の情報記録媒体用ガラス基板の製造方法。
(構成11)
前記ガラス基板を加熱、その後急冷することによって表面に圧縮応力層を形成する構成10に記載の情報記録媒体用ガラス基板の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、次世代の情報記録媒体用基板として適用しうる比重およびヤング率、ビッカース硬度等の物性を備えることができる。特に、次世代の情報記録媒体用基板として動的な環境下での使用を前提とした比重と機械的強度のバランスを備え、高速回転化や落下衝撃に耐え得る高強度を有している。さらには現在確立された研磨等の加工技術を適用する事によって、極めて平滑な表面性状を得ることができる。また、人体及び環境に対して悪影響を及ぼす恐れのある砒素成分やアンチモン成分を不使用としながらも清澄可能かつ、ダイレクトプレス成形等の場合にリボイル発生を抑制し得る、従来よりも優れた効果を奏するガラス基板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施例5、6、8、44の温度−粘度グラフであり、縦軸は粘度(dPa・s)の対数logηの値であり、横軸は球引上げ式粘度計が示すガラスの温度(℃)である。
【図2】本発明の情報記録媒体用基板の研磨表面をAFM(原子間力顕微鏡)にて観察した像(3μm視野)である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明について、具体的な実施態様について説明する。
本明細書において本発明のガラス基板とは、アモルファスガラス基板を総称し、このガラス基板を構成する各組成成分について述べるとき、特に記載が無い場合は、各成分の含有量は酸化物基準の質量%で示す。ここで、「酸化物基準」とは、本発明のガラスの構成成分の原料として使用される酸化物、炭酸塩等が溶融時にすべて分解され表記された酸化物へ変化すると仮定して、ガラス中に含有される各成分の組成を表記する方法であり、この生成酸化物の質量の総和を100質量%として、ガラス中に含有される各成分の量を表記する。
【0015】
本発明の情報記録媒体用ガラス基板に用いられるガラスはSiO成分、Al成分成分を下記の特定範囲の割合で含有する。
【0016】
本発明者らは、スピンドルモーターにかかる負荷を低減し、次世代の情報記録媒体用基板として適用しうる比重と機械的強度のバランスを得るために、本発明のガラスの組成範囲においてはガラスの比重を2.60以下とすることが好ましいことを見いだした。前記のバランスをより良くするためには比重を2.595以下とすることが最も好ましい。一方、比重が2.20を下回ると、本発明のガラス組成範囲においては所望の剛性を有する基板は実質上得難いため、比重を2.20以上とすることが好ましく、2.30以上とすることがより好ましく、2.35以上とすることが最も好ましい。
【0017】
ヤング率について述べる。前記のように、記録密度およびデータ転送速度を向上するために、情報記録媒体ディスク基板の高速回転化が進行しているが、この傾向に対応するには、基板材は高速回転時の撓みによるディスク振動を防止すべく、高剛性、低比重でなければならない。また、ヘッドの接触やリムーバブル記録装置のような携帯型の記録装置に用いた場合においては、それに十分耐え得る機械的強度、高ヤング率、表面硬度を有する事が好ましく、本発明のガラスの組成範囲においてはヤング率を85GPa以上とすることにより、他の物性も同時に満足することが可能である。このヤング率は85.5GPa以上であることがより好ましく、86GPa以上であることが最も好ましい。
【0018】
ところが、単に高剛性であっても比重が大きければ、高速回転時にその重量が大きいことによって撓みが生じ、振動を発生する。逆に低比重でも剛性が小さければ、同様に振動が発生することになる。加えて重量増加により、消費電力が増加してしまう問題がある。また比重を低くし過ぎると、結果として所望の機械的強度を得ることが難しくなる。したがって、高剛性でありながら低比重という一見相反する特性のバランスを取らなければならず、その好ましい範囲はヤング率[GPa]/比重で表わされる値が33.0以上であり、より好ましい範囲は33.5以上であり、最も好ましい範囲は33.9以上である。なお、比弾性率の値は高いほど良いため、上限値は特に規定されない。
【0019】
SiO成分は、ガラス網目構造を形成し、化学的安定性の向上や低比重化を達成するためにも必須の含有成分である。その量が52%未満では、得られたガラスの化学的耐久性が乏しく、かつ、他成分含有量の増加に伴い比重が高くなる傾向にあるので、含有量の下限は52%であることが好ましく、53%がより好ましく、54%が好ましい。また、67%を超えると粘性の上昇に伴い溶解、プレス成形が困難になり易く、また、材料の均質性や清澄効果が低下しやすくなるので、含有量の上限は67%とすることが好ましく、66%がより好ましく、65%が最も好ましい。
【0020】
Al成分は、ガラスの安定化、化学的耐久性向上にも寄与する重要な成分であるが、その量が3%未満ではその効果に乏しいので、含有量の下限は3%であることが好ましく、4%がより好ましく、5%が最も好ましい。また15%を超えるとかえって溶解、成形性、耐失透性が悪化し、また、均質性や清澄効果が低下しやすくなるので、含有量の上限は、15%とすることが好ましく、14%がより好ましく、13%が最も好ましい。
【0021】
成分は、ガラスのクラック進展を抑制する効果を奏するため、ビッカース硬度の上昇に寄与することができる。かつ、低粘性化に寄与するとともにSiOとの共存により原ガラスの溶融、清澄性を向上する。これらの効果を得るためには含有量の下限を少なくとも0.2%とする必要がある。これらの効果をより得やすくするためには含有量の下限を0.3%とすることがより好ましく、0.5%とすることが最も好ましい。しかしながら、この成分を過剰に添加するとガラス化し難くなり、失透や分相が発生しやすくなるので、含有量の上限は8%とすることが好ましく、6%がより好ましく、4%が最も好ましい。
【0022】
LiO成分は、ガラスの低粘度化、成形性向上、均質性向上、化学強化を促進させるためには添加が好ましい成分である一方、情報記録媒体基板用途としては化学的耐久性が重要となるため、アルカリ成分溶出量は最小限に抑制しなければならない。従って、LiO成分の含有量の下限は2.9%が好ましく、3.0%がより好ましい。LiO成分の含有量の上限は8%とするのか好ましく、7.5%とするのがより好ましく、7%とするのが最も好ましい。
【0023】
TiO、ZrO、MgO、CaO、ZnOの各成分は総じてガラスの比重上昇を極力抑制しながらもヤング率向上に寄与する成分であり、本発明者らはこれらの成分の合計量を特定の範囲に調整することによって、所望のヤング率の比重に対する比の値が得やすくなることを見いだした。すなわち、これらの成分から選ばれる1種以上の合計量が20%を超えると、比重値が大きくなりすぎてしまう。また、それらの合計量が10%に満たないとヤング率及びヤング率の比重に対する比を満足できなくなる。したがって、これら成分の合計の含有量の上限は20%が好ましく、より好ましくは19%であり、さらに好ましい上限値は18%である。また、下限は5%が好ましく、より好ましくは11%であり、さらに好ましくは12%である。
【0024】
MgO、CaO、ZnO成分は、ガラスの低比重化およびヤング率向上に寄与する成分であり、ガラスの低粘性化にも有効であるので任意成分として添加することができる。しかし、MgOが20%、CaOが10%、またはZnOが10%を超えると、原ガラスの比重が高くなり所望のガラスを得にくくなる。したがって、これらの成分の含有量の上限は、MgOが20%、CaOが10%、ZnOが10%であり、より好ましい上限値はMgOが18%、CaOが8%、ZnOが7%であり、さらに好ましい上限値はMgOが15%、CaOが6%、ZnOが5%である。
【0025】
ZrO成分はガラスのヤング率向上、化学的耐久性の向上に寄与し、任意で添加することができるが、この成分の添加量が11%を超えると溶け残りやZrSiO(ジルコン)が発生しやすく、かつ、ガラス比重が高くなるので、含有量の上限は13%とすることが好ましく、10%がより好ましく、9%が最も好ましい。
【0026】
TiO成分はガラスのヤング率向上、低粘性化、化学的耐久性の向上に寄与する成分として任意に添加することができる。しかし、この成分の添加量が16%を超えるとガラスの比重値が高くなり、更にはガラス化が困難になるため、含有量の上限は16%とすることが好ましく、13%がより好ましく、12%が最も好ましい。
【0027】
成分はガラスの低粘性化に寄与し、溶解、成形性を向上するので、任意成分として添加することができる。しかしこの成分が6%を超えると機械的特性を満足することが困難になり、かつ、原ガラスが分相しやすくガラス化が困難になるので、含有量の上限を6%とすることが好ましい。より好ましい上限値は5.5%である。
【0028】
NaO成分およびKO成分は、LiO成分と同様にガラスの低粘度化、成形性向上、均質性向上をもたらす成分であるが、LiO成分と比較してガラスの比重を大きくしてしまう。しかしながら、LiO成分よりもイオン半径が大きいため、Liよりも基板からのアルカリマイグレーションの影響が少なく、平均線膨張係数を高く設計しやすい効果を有するためにLiO成分と共に含有して良い。この場合であっても、アルカリ成分溶出量を必要最小限にしなければならない。従って、NaO成分の含有量の上限は10%が好ましく、9%がより好ましく、8%が最も好ましい。また、KO成分の含有量の上限は7%とするのか好ましく、5%とするのがより好ましく、3%とするのが最も好ましい。
【0029】
BaO成分やSrO成分は、ガラスの低粘性化と化学的耐久性向上、機械的向上に有効な成分としてMgO、CaO、ZnOと同様の働きをする反面、同様の効果を奏するMgO、CaO、ZnOよりもガラス比重が高くなる傾向にあるため、極力含有しないことが好ましい。
【0030】
情報記録媒体用基板に要求される物性を維持しつつ、高い清澄効果を得るためには、主たる清澄成分として、SnO成分、CeO成分から選ばれる1種以上の成分を含有することが好ましい。高い清澄効果を得るためには、酸化物基準でSnO成分、CeO成分、または両者の合計の含有量の下限が0.05%であることが好ましく、0.1%であることがより好ましく、0.15%であることが最も好ましい。
一方、機械的強度を維持しつつ、比重を低くし、高い清澄効果を得て、かつダイレクトプレス時のリボイル抑制効果を高めるためには、SnO成分またはCeO成分から選択される1種以上の含有量の上限は1%が好ましく、0.7%がより好ましく、0.5%が最も好ましい。
【0031】
As成分やSb成分およびCl、NO、SO2−、F成分は清澄剤として作用するが、環境上有害となりうる成分であり、その使用は控えるべきである。本発明のガラスはAs成分やSb成分を含有しなくても清澄効果を得る事ができるし、これら成分と本願の清澄剤成分を添加した場合、清澄剤同士で清澄効果が相殺されてしまうことになる。
【0032】
Gd、La、Y、Nb、Ga3、WO成分はガラスの低粘性化、ヤング率向上による機械的特性の向上、耐熱性向上に寄与するため、任意成分として添加することができるが、添加量の増加は比重の上昇や原料コストの上昇も招く。従って、その量はこれら成分のうち1種以上の合計量が5%までで充分であり、合計量が5%を超えると比重及びヤング率、比剛性率を満足できなくなる。したがって、これら成分の合計量の上限は5%とすることが好ましく、4%がより好ましく、3%が最も好ましい。
【0033】
ガラスの着色成分として用いられるV、Cu、Mn、Cr、Co、Mo、Ni、Fe、Te、Pr、Nd、Er,Eu、Sm等の成分は、それらの成分に起因する蛍光特性を利用してガラスの種類を判別し、製造所等において他の種類のガラスとの混合防止目的のために添加させることが可能であるが、比重の上昇、原料コスト上昇、ガラス形成能力の低下を招くため、その量はこれら成分のうち1種以上の合計量が5%までで充分である。従って、これら成分の合計量の上限は酸化物基準で5%とすることが好ましく、4%がより好ましく、3%が最も好ましい。
【0034】
本発明のガラス基板は、Liよりイオン半径の大きい他の成分と置換することにより、表面に存在するLi含有量を減少させることで、基板表面に成膜した磁性膜へのアルカリマイグレーションによるダメージを抑制することができる。
特にアルカリマイグレーションの原因となるのは磁性膜等が成膜されない基板の端面部からのアルカリ成分溶出が原因となることが多い。
このため特に基板端面部付近のLi含有量を減少させることが好ましく、前記情報記録媒体用ガラス基板の端面から中心方向に内部へ5μmまでの領域(以下「端面領域」という)におけるLiO成分の酸化物基準による含有割合α%と、前記情報記録媒体用ガラス基板の2つの主表面から厚み方向へ5μm以上内部の領域であって前記基板の端面から中心方向に内部へ5μmを超える領域(以下「内部領域」という)のLiO成分の酸化物基準による含有割合β%の比率α/βがα/β≦1であることが好ましい。
実際の測定においては例えば端面領域と内部領域における一部のガラスをサンプリングしLi含有量をICP−AES法による方法を主として用いればよい。
【0035】
実際の製造においては研磨加工後の基板をイオン交換処理により、Liを他の成分、例えばNaやKに置換することによりLiO成分の含有割合を上記のものとすることができる。この場合、ガラス基板の2つの主表面はLiO成分がイオン交換により内部領域と比較して少ない状態でも良いが、基板全体の比重を考慮すると2つの主表面のLiO成分含有割合は内部領域と同等であることが好ましい。
この状態とするためには、ブランクスを端面加工した後、イオン交換処理によりLiを他の成分、例えばNaやKに置換し、その後に2つの主表面を研磨加工により除去し基板とすれば良い。
【0036】
また、本発明のガラス基板は表面に圧縮応力層を設けることにより、機械的強度をより向上させる効果を得られる。
【0037】
圧縮応力層の形成方法としては、例えば圧縮応力層形成前のガラス基板の表面層に存在するアルカリ成分よりもイオン半径の大きなアルカリ成分とで交換反応させることによる化学強化法がある。また、ガラス基板を加熱し、その後急冷する熱強化法、ガラス基板の表面層にイオンを注入するイオン注入法がある。
【0038】
化学強化法としては、例えばカリウム又はナトリウムを含有する塩、例えば硝酸カリウム(KNO)、硝酸ナトリウム(NaNO)またはその複合塩の溶融塩に300〜600℃の温度にて0.5〜12時間浸漬する。これにより、基板表面付近のガラス成分に存在するリチウム成分(Liイオン)がLiよりもイオン半径の大きなアルカリ成分であるナトリウム成分(Naイオン)もしくはカリウム成分(Kイオン)との交換反応、または、基板表面付近のガラス成分に存在するナトリウム成分(Naイオン)よりもイオン半径の大きなアルカリ成分であるカリウム成分との交換反応が進行し、これにより結晶化ガラスの容積増加が起こりガラス基板表面層中に圧縮応力が発生し、その結果、衝撃特性の指標であるリング曲げ強度が増加する。
【0039】
熱強化法については特に限定されないが、例えばガラス基板を、300℃〜600℃に加熱した後に水冷および/または空冷等の急速冷却を実施することにより、ガラス基板の表面と内部の温度差によって生じる圧縮応力層を形成することができる。尚、上記化学処理法と組み合わせることにより圧縮応力層をより効果的に形成することができる。
【0040】
本発明のガラス基板については、熔融にて得られた室温のガラスバルク体を熱処理によりガラスの内部に分相もしくは結晶を生成させることで、機械的強度やヤング率を向上させることもできる。結晶化ガラスを製造するには、上記の各成の原料を含有するガラス原料を溶融・急冷して原ガラスを作成し、該原ガラスを熱処理し核形成工程を行い、この核形成工程の後に核形成工程より高い温度で熱処理することにより結晶成長工程を行う。
【0041】
また、本発明の情報記録媒体用基板を作製するためには、上記の条件で作製した溶融ガラスを下型に滴下し、上下型でプレスすることによってディスク状に成形し、必要に応じ形状加工を施し、公知の方法でラッピング加工、研磨加工を施せば良い。本発明によれば、現在確立された研磨等の加工方法を用いることにより、Raで2Å以下の表面性状を得ることができる。また、研磨加工時の残留研磨材除去のために,例えばフッ酸等の酸やアルカリで洗浄した場合においてもRaで2Å以下の表面性状を維持することができる。
【0042】
本発明の情報記録媒体用ガラス基板はより具体的には以下の方法で製造する。
まず、上記の組成範囲のガラス構成成分を有する様に酸化物、炭酸塩、硝酸塩等の原料を混合し、白金や石英等の坩堝を使用した通常の溶解装置を用いて、ガラス融液の粘度が1.5〜3.0dPa・sとなる温度で溶解する。
次にガラス融液の温度を、粘度が1.0〜2.3dPa・s、好ましくは1.2〜2.2dPa・sとなる温度まで昇温し、ガラス融液内に泡を発生させ撹拌効果を引き起こし均質度を向上させる。
その後、ガラス融液の温度を、粘度が1.8〜2.6dPa・s、好ましくは2.0〜2.5dPa・sとなる温度まで降温し、ガラス内部に発生していた泡の消泡、清澄を行い、その後この温度を維持する。
【0043】
次にプレス成形型の上型の温度を300±100℃、好ましくは300±50℃、下型の温度をガラスのTg±50℃、好ましくはTg±30℃に設定する。
さらに坩堝からプレス成型形へガラスを導くためのガラス流出パイプの温度を、ガラスの粘度が2.0〜2.6dPa・s、好ましくは2.1〜2.5dPa・sとなる温度に設定し、前記下型上に所定量のガラスを滴下し、上型と下型を接近させプレスし、ガラス成形体を得る。
情報記録媒体用基板の製造においては、1枚あたりのコスト低減が求められるため、プレススピード150〜700mm/sec、サイクルタイム(プレス開始後次のプレス開始までの時間)1〜2secという高速でプレスするが、このようなプレス時の衝撃においても本発明のガラスを使用し、ガラス融液の温度と製造装置の温度を上記の様に管理することで、プレス時のリボイルの発生を抑制することが可能となる。
【0044】
次に平均粒径5〜30μmの砥粒にて約10分〜60分ラッピングし、内外径加工の後平均粒径0.5μm〜2μmの酸化セリウム等の遊離砥粒を用いて約30分〜60分間研磨し、情報記録媒体用基板を得ることができる。ラッピング及び研磨工程に関しては上記に限らず公知の方法を適宜用いて良い。
【実施例】
【0045】
次に本発明の好適な実施例について説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0046】
本発明の上記実施例のガラスは、いずれも酸化物、炭酸塩の原料を混合し、これを石英製もしくは白金製の坩堝を用いて約1200〜1400℃の温度で溶解し原料となるバッチを溶け残りが発生しないよう充分溶解した後、約1350〜1500℃の温度に昇温後、1,450〜1,250℃の温度まで降温し、ガラス内部に発生していた泡の消泡、清澄化を行った。その後、温度を維持したまま所定量のガラスを流出しダイレクトプレス方式により上型の温度を300±100℃、下型の温度をTg±50℃に設定した上、ディスク状に成形して、冷却しガラス成形体を得た。次いで得られたガラス成形体を上述の方法でラッピングおよび研磨、研磨剤除去のためのフッ酸洗浄を行い、情報記録媒体用の基板を得た。この時の基板の表面粗度Ra(算術平均粗さ)はすべて2Å以下であった。なお、表面粗度Ra(算術平均粗さ)は原子間力顕微鏡(AFM)にて測定した。
【0047】
表1〜表8に実施例1〜44および比較例1〜2のガラス組成(質量%)、プレス成形後の基板の比重、ビッカース硬度、ヤング率、ヤング率の比重に対する比(ヤング率/比重)、25℃〜100℃における平均線膨張係数を示す。
また、本発明のガラスの温度−粘度グラフを図1に示す。
ガラスの粘度測定は球引上げ式粘度計(有限会社オプト企業製BVM−13LH)を用いて測定した。
また、平均線膨張係数はJOGIS(日本光学硝子工業会規格)16−2003「光学ガラスの常温付近の平均線膨張係数の測定方法」に則り、温度範囲を25℃から100℃に換えて測定した値をいう。
比重はアルキメデス法、ヤング率は超音波法を用いて測定した。
ビッカース硬度は対面角が136°のダイヤモンド四角すい圧子を用いて、試験面にピラミッド形状のくぼみをつけたときの荷重(N)を、くぼみの長さから算出した表面積(mm)で割った値で示した。(株)明石製作所製微小硬度計MVK−Eを用い、試験荷重は2.94(N)、保持時間15(秒)で行った。



























【0048】
【表1】





















【0049】
【表2】





















【0050】
【表3】





















【0051】
【表4】





















【0052】
【表5】





















【0053】
【表6】





















【0054】
【表7】






















【0055】
【表8】
















【0056】
(実施例45)
実施例8の2.5インチHDD用研磨基板(65φ×0.635mmt)を400℃の硝酸カリウムと硝酸ナトリウムの混合塩(KNO:NaNO=1:3)に0.25時間浸漬し、表面に圧縮応力層を形成した。この基板はリング曲げ強度が圧縮応力層形成前(260MPa)の4倍に向上していることが確認された。なお、リング曲げ強度とは、直径が65mmで厚み0.635mmの薄い円板状試料を作成し、円形の支持リングと荷重リングにより該円板状試料の強度を測定する同心円曲げ法で測定した曲げ強度をいう。
【0057】
(実施例46)
実施例44の2.5インチHDD用研磨基板(65φ×0.635mmt)をに400℃の硝酸カリウムと硝酸ナトリウムの混合塩(KNO:NaNO=1:3)に0.5時間浸漬し、表面に圧縮応力層を形成した。この基板はリング曲げ強度が圧縮応力層形成前(270MPa)の8倍に向上していることが確認された。
【0058】
(実施例47)
実施例8の2.5インチHDD用研磨基板(65φ×0.635mmt)を300℃〜600℃に加熱した後に空冷法で急速冷却を実施し、表面に圧縮応力層を形成した。この基板はリング曲げ強度が向上していることが確認された。
【0059】
(実施例48)
また、実施例34の2.5インチHDD用研磨基板(65φ×0.635mmt)を公知の方法で作製し、400℃の硝酸カリウムと硝酸ナトリウムの混合塩(KNO:NaNO=1:3)に0.25時間浸漬し、表面に圧縮応力層を形成した。この基板はリング曲げ強度が圧縮応力層形成前(250MPa)の3〜6倍に向上していることが確認された。
【0060】
(実施例49)
実施例44のガラス組成について2.5インチHDD用研磨基板(65φ×0.635mmt)を公知の方法で化学強化処理工程を含む研磨工程を経て作製し、基板表面をAFMにて3μm視野にて観察したところ、Ra1.4Å、Rq1.8Å、Rmax15.5Å、マイクロウェービネス(μWa)0.72Åであり、次世代HDD用基板に求められる表面性状として極めて優れていることが確認された。
【0061】
マイクロウェービネス(μWa)は、磁気記録媒体の電磁変換特性に影響を与える要素のひとつであり。電磁変換特性を優れたものにするためには、前記マイクロウェービネスは、Ra同様低減が必要である。
マイクロウェービネスの測定は、基板上下面の0°、90°、180°、270°方向における周方向において、光干渉法(装置名;Micro XAM)によりバンドパスフィルター 50〜200nmの条件にて実施すれば良い。
【0062】
(実施例50)
また、上記の実施例により得られた基板に、DCスパッタ法により、クロム合金下地層、コバルト合金磁性層を成膜し、さらにダイヤモンドライクカーボン層を形成し、次いでパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を塗布して、情報磁気記録媒体を得た。
【0063】
本発明の磁気記録媒体用基板等の基板は、面記録密度を大きくすることができ、記録密度の向上するために基板自体を高回転化しても、撓みや変形が発生することがなく、この回転による振動が低減され、振動や撓みによるデータ読み取りのエラー数(TMR)を低下させることになる。その上、耐衝撃特性に優れているため、特にモバイル用途等の情報記録媒体としてヘッドクラッシュ、基板の破壊が発生しにくく、その結果、優れた安定動作性を示すこととなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物基準の質量%で、
SiO:52〜67%、および
Al:3〜15%、および
:0.2〜8%、の各成分を含有し、ヤング率が85GPa以上であり、比重が、2.60以下であり、ヤング率の比重に対する比(ヤング率/比重)が33.0以上であることを特徴とする情報記録媒体用ガラス基板。
【請求項2】
酸化物基準の質量%で、
LiO:2.9〜8%の成分を含有し、
MgO、CaO、ZnO、ZrOおよびTiOの合計量が5〜20%であり、
CeOおよび/またはSnOの合計量が:0.05〜1%であることを特徴とする請求項1に記載の情報記録媒体用ガラス基板。
【請求項3】
酸化物基準の質量%で、
MgO:0〜20%、および/または
CaO:0〜10%、および/または
ZnO:0〜10%、および/または
ZrO:0〜13%、および/または
TiO:0〜16%、および/または
:0〜6%、および/または
NaO:0〜10%、および/または
O:0〜7%、
の各成分を含有する請求項1または2に記載の情報記録媒体用ガラス基板。
【請求項4】
酸化物基準でAs成分およびSb成分およびCl、NO、SO2−、F成分を含有しないことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板。
【請求項5】
酸化物基準でBaO成分またはSrO成分を含有しないことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板。
【請求項6】
前記情報記録媒体用ガラス基板の端面から中心方向に内部へ5μmまでの領域におけるLiO成分の酸化物基準による含有割合α%と、
前記情報記録媒体用ガラス基板の2つの主表面から厚み方向へ5μm以上内部の領域であって前記基板の端面から中心方向に内部へ5μmを超える領域のLiO成分の酸化物基準による含有割合β%の比率α/βが1以下であることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板。
【請求項7】
表面粗度Ra(算術平均粗さ)が2Å以下であることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の情報記録媒体用ガラス基板を用いた情報記録媒体。
【請求項9】
酸化物基準の質量%で
SiO:52〜67%、および
Al:3〜15%、および
:0.2〜8%、
の各成分を含有するガラス基板を作製する工程と、
前記ガラス基板の表面に存在するアルカリイオンを他のイオンに置換してイオン交換領域を作製する工程と、
前記ガラス基板の2つの主表面に存在するイオン交換領域を削除する工程を有する情報記録媒体用ガラス基板の製造方法。
【請求項10】
前記置換は表面層に存在するアルカリ成分よりもイオン半径の大きなアルカリ成分で置換することにより形成されてなる請求項9に記載の情報記録媒体用ガラス基板の製造方法。
【請求項11】
前記ガラス基板を加熱、その後急冷することによって表面に圧縮応力層を形成する請求項10に記載の情報記録媒体用ガラス基板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−198679(P2010−198679A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−41515(P2009−41515)
【出願日】平成21年2月24日(2009.2.24)
【出願人】(000128784)株式会社オハラ (539)
【Fターム(参考)】