説明

操舵制御装置

【課題】ステアバイワイヤ制御(SBW)からパワーステアリング式機械的ステア制御(EPS)への切り替え時、制御周期が長すぎることが原因で発生するステア振動を防止し得るステアリング制御を提供する。
【解決手段】要求制御周期の短いEPS制御の制御周期を、SBW制御の長い要求制御周期(5msec)と同じ長さにした場合、SBW制御からEPS制御への遷移時に、EPS制御が、要求制御周期よりも長い周期で開始されるため、或る制御タスクが完了してから次の制御タスクへ移行するまでの時間的な「ずれ」が大きくなり、ステア振動を生ずる。そこで、制御周期(5msec)内にSBW→EPS状態遷移判定タスクAおよびEPS制御実行タスクEを設定するとき、タスクEをタスクAの終了に同期して開始するよう設定し、EPS制御のためのパワーステアリング制御が開始された時、上記時間的な「ずれ」をなくしてステア振動を防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステアリングホイールなどによるステアリング操作を電気信号に変換し、操向綸の転舵機構をこの電気信号に応答して作動させることにより操向綸の転舵を行うようにした、所謂ステアバイワイヤ式操舵制御装置の改良提案に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種の操舵制御装置としては従来、例えば特許文献1に記載のようなものが知られている。
この操舵制御装置は、ステアリングホイールなどによるステアリング操作が入力される操舵部と、操向綸を転舵する転舵部との間を切り離しておき、操舵部へのステアリング操作を電気信号に変換し、転舵部をこの電気信号に応答して作動させることで操向綸の転舵を行うものである(ステアバイワイヤ状態)。
【0003】
上記操舵制御装置は更に、操舵制御系の失陥によっても操舵不能にならないようにするフェールセーフ対策のため、上記操舵部と転舵部との間を断接可能なメカニカルバックアップ機構を具える。
通常は当該メカニカルバックアップ機構の解放により操舵部および転舵部間を切り離して、上記のステアバイワイヤ状態での操舵制御を実行するが、操舵制御系の失陥時におけるフェールセーフ対策に当たっては、メカニカルバックアップ機構の結合により操舵部および転舵部間を機械的に結合する。
そして、操舵部へのステアリング操作に転舵部をパワーステアリング型式(転舵アクチュエータによる助勢下)に応動させることで操向綸の転舵を行い得るようになし(パワーステアリング式機械的ステア状態)、これにより操舵制御系の失陥時も操舵不能になることのないようにする。
【0004】
特許文献1には更に、以下のような技術も提案されている。
車輪転舵角が大きくなるほど車輪転舵に必要なパワーが大きくなることから、ステアバイワイヤ状態で車輪転舵を司る転舵モータ(パワーステアリング式機械的ステア状態では車輪転舵のパワーアシストを司る)の定格出力は、ステアバイワイヤ状態で車輪を最大転舵したときの要求出力に対応させる必要がある。
しかし、最大転舵角にするような走行状況はそれほど多くなく、それにもかかわらず転舵モータの定格出力を最大転舵角での要求出力に対応した大出力にするのでは、コスト的にもスペース的にも不利である。
【0005】
そこで、転舵モータの定格出力を最大転舵角での要求出力よりも小さなものとなし、その代わりに、最大転舵角付近ではステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態に状態遷移させ、これにより最大転舵角付近における転舵モータの出力不足を補償する技術である。
なお、最大転舵角付近でなくなったときは、パワーステアリング式機械的ステア状態からステアバイワイヤ状態に戻す、逆向きの状態遷移を行わせるのはいうまでもない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−224709号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし一般的には、車輪転舵角が最大転舵角付近に入ったり、最大転舵角付近から出たりしたことで、一時的にステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移や、逆方向の状態遷移が行われた場合において、当該状態遷移の前後で制御周期を切り替えることが行われることはなく、状態遷移の前(ステアバイワイヤ状態)と後(パワーステアリング式機械的ステア状態)とで制御周期が同じであるのが普通である。
上記した従来の操舵制御装置にあっても、これに関する特別な記載がないことから、ステアバイワイヤ状態とパワーステアリング式機械的ステア状態との間での状態遷移の前後における制御周期は同じであると考えるのが常識的であり、そのため以下のような問題を生ずる。
【0008】
つまり、ステアバイワイヤ状態での操舵制御に当たっては、転舵制御処理や、操舵反力制御処理や、各処理を行うコントローラ間での通信処理や、状態遷移診断処理など多くの処理を各コントローラ間で同期して行う必要があるため、すべての処理を滞りなく完了させるために長い制御周期(例えば5msec程度)を必要とする。
これに対し、パワーステアリング式機械的ステア状態での操舵制御は、その性質上、また操舵時における違和感やショックが発生しないようにする操舵性能の確保に鑑み、制御周期を比較的短く(例えば1msec程度)する必要がある。
【0009】
かようにステアバイワイヤ状態での要求制御周期と、パワーステアリング式機械的ステア状態での要求制御周期とが異なるにもかかわらず、従来の操舵制御装置のように一時的な状態遷移の前後で制御周期が同じであるのでは、
(1) ステアバイワイヤ状態での制御周期を、パワーステアリング式機械的ステア状態での短い要求制御周期に合わせて短くするか、若しくは、
(2)パワーステアリング式機械的ステア状態での制御周期を、ステアバイワイヤ状態での長い要求制御周期に合わせて長くするかの、いずれかの方策を採用することとなる。
【0010】
しかし、ステアバイワイヤ状態での制御周期を短くする前者の方策(1)では、ステアバイワイヤ状態での操舵制御に際して行うべき多くの処理を全て当該短い制御周期内に完了させなければならず、実現不可能であったり、実現可能であったとしても、コントローラに高性能なものを用いる必要があって、コスト的に実現困難である。
【0011】
そのため、パワーステアリング式機械的ステア状態での制御周期を長くする後者の方策(2)のほうが実際的である。
しかしこの方策(2)では、ステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への一時的な状態遷移時に、パワーステアリング式機械的ステア状態での操舵制御が、ステアバイワイヤ状態の要求制御周期に対応した長い制御周期(パワーステアリング式機械的ステア状態の要求制御周期よりも長い制御周期)で行われることとなる。
【0012】
この場合、ステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への一時的な状態遷移時において、パワーステアリング式機械的ステア状態での操舵制御が、その要求制御周期よりも長い制御周期で開始されるため、或る制御タスクが完了してから次の制御タスクへ移行するまでの時間的な「ずれ」が大きくなる。
かように制御タスク間の時間的な「ずれ」が大きいと、制御タスク間での制御指令値が段差を持ったものになることから、パワーステアリング制御が振動的なものとなってしまい、操舵力が振動的に変化させる所謂ステア振動を生ずるという問題があった。
【0013】
本発明は、パワーステアリング式機械的ステア状態での制御周期を長くする上記の方策(2)を踏襲したことで、上記した一時的な状態遷移時にパワーステアリング式機械的ステア状態での操舵制御が、その要求制御周期よりも長い制御周期で開始されることになっても、
ステアバイワイヤ状態の制御周期内に配置する、パワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移判定処理の配置と、当該状態遷移判定に呼応して行うべきパワーステアリング式機械的ステア状態のためのパワーステアリング制御処理の配置とに工夫を凝らすことで、
パワーステアリング制御が振動的なものになることがなく、上記ステア振動に関する問題を解消し得るようにした操舵制御装置を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この目的のため、本発明による操舵制御装置は、以下のごとくにこれを構成する。
先ず、本発明の前提となる操舵制御装置を説明するに、これは、
ステアリング操作が入力される操舵部と、操向綸を転舵する転舵部と、これら操舵部および転舵部間を機械的に断接可能なメカニカルバックアップ機構とを具える。
【0015】
そして操舵制御装置は、上記メカニカルバックアップ機構の解放により上記操舵部および転舵部間を切り離し、操舵部へのステアリング操作に関した信号に応答して転舵部を作動させることで上記操向綸の転舵を行うステアバイワイヤ状態と、
上記メカニカルバックアップ機構の結合により上記操舵部および転舵部間を機械的に結合して、操舵部へのステアリング操作に転舵部をパワーステアリング型式に応動させることで上記操向綸の転舵を行うパワーステアリング式機械的ステア状態との間で状態遷移が可能なものである。
【0016】
本発明は、かかる操舵制御装置に対し、
上記ステアバイワイヤ状態で制御周期ごとに上記パワーステアリング式機械的ステア状態へ遷移する条件が整って当該状態遷移を行うべきか否かを判定する状態遷移判定処理と、
該状態遷移判定処理によるステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移判定の終了に同期して、パワーステアリング式機械的ステア状態のためのパワーステアリング制御を開始させる機械的ステア制御の開始処理とを設定した構成に特徴づけられる。
【発明の効果】
【0017】
かかる本発明の操舵制御装置によれば、ステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移のための状態遷移判定処理と、これによるステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移判定の終了に同期して、パワーステアリング式機械的ステア状態のためのパワーステアリング制御を開始させる機械的ステア制御の開始処理とを設定するため、
上記ステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移判定の終了に確実に同期して、パワーステアリング式機械的ステア状態のためのパワーステアリング制御が開始され、実行されることとなる。
【0018】
このため、ステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移時に、パワーステアリング式機械的ステア状態での操舵制御が、その要求制御周期よりも長い制御周期で開始されても、
当該状態遷移時における制御タスク間の時間的な「ずれ」が大きくなることがなく、従って、これら制御タスク間での制御指令値が大きな段差を持ったものにならず、上記のパワーステアリング制御が振動的なものになるのを回避し得て、前記したステア振動の問題を解消することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施例になる操舵制御装置を具えたステアバイワイヤ制御システムを、その制御系と共に示す概略システム図である。
【図2】図1におけるステアバイワイヤ制御システムのステアバイワイヤ状態とパワーステアリング式機械的ステア状態との間における状態遷移図である。
【図3】図2における状態遷移に際して実行すべき制御プログラムの半部を示すフローチャートである。
【図4】図2における状態遷移に際して実行すべき制御プログラムの残部を示すフローチャートである。
【図5】パワーステアリング式機械的ステア状態からステアバイワイヤ状態への切り替え時における操舵トルク演算値の時系列変化を示し、 (a)は、従来の一般的な操舵制御装置による操舵トルク演算値の時系列変化を示すタイムチャート、 (b)は、図1〜4に示した実施例の操舵制御装置による操舵トルク演算値の時系列変化を示すタイムチャートである。
【図6】図1〜4に示した実施例の操舵制御装置において、ステアバイワイヤ制御周期およびパワーステアリング式機械的ステア制御周期を決定するための制御プログラムを示すフローチャートである。
【図7】図3,4に示す状態遷移制御プログラムを、ステアバイワイヤ制御周期およびパワーステアリング式機械的ステア制御周期内のタスクとして示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。
<第1実施例>
図1は、本発明の第1実施例になる操舵制御装置を具えたステアバイワイヤ制御システムを、その制御系と共に示す概略システム図である。
図示のステアバイワイヤ(SBW)制御システムは、運転者が操作するステアリングホイール1と、操向綸2を転舵するステアリングギヤなどの転舵機構3との間を機械的に結合せずに切り離し、運転者によるステアリング操作に関した電気信号に応答して転舵機構3を作動させることにより、操向綸2を転舵するものである。
よって、ステアリングホイール1は本発明における操舵部に相当し、転舵機構3は本発明における転舵部に相当する。
【0021】
そのため図1のステアバイワイヤ制御システムにおいては、ステアリングホイール1に結合して操舵角センサ4、操舵トルクセンサ5、操舵反力センサ6、および操舵反力モータ7を設け、
転舵機構3の入力軸に結合して第1転舵モータ11および第1転舵角センサ12と、第2転舵モータ13および第2転舵角センサ14と、転舵絶対角センサ15とを設ける。
【0022】
操舵角センサ4はステアリングホイール1の操舵角を検出し、操舵トルクセンサ5はステアリングホイール1の操舵トルクを検出し、操舵反力センサ6は、操舵反力モータ7がステアリングホイール1に作用させている操舵反力を検出するものである。
また第1転舵モータ11および第2転舵モータ13はそれぞれ個々に、転舵機構3を介して操向綸2を転舵し、第1転舵角センサ12および第2転舵角センサ14はそれぞれ、第1転舵モータ11および第2転舵モータ13の回転量から車輪転舵角を検出するものであり、
転舵絶対角センサ15は、転舵機構3の中立位置からの入力軸回転量を基に車輪転舵角絶対値を検出するものである。
【0023】
ステアバイワイヤ制御システムは前記したごとく、運転者が操作するステアリングホイール1と、操向綸2を転舵するステアリングギヤなどの転舵機構3との間を機械的に結合せず、切り離しておき、運転者によるステアリング操作に関した電気信号に応答して転舵機構3を作動させることにより、操向綸2を転舵するが、
操舵制御系の失陥時も操舵不能になることのないようにするフェールセーフ対策のため、操舵部であるステアリングホイール1と、転舵部である転舵機構3との間を、クラッチ16および操舵力伝達部17より成るメカニカルバックアップ機構により機械的に結合可能となす。
【0024】
上記フェールセーフ対策が必要なときは、クラッチ16の締結により、このクラッチ16および操舵力伝達部17より成るメカニカルバックアップ機構を介してステアリングホイール1および転舵機構3間を結合し、操向綸2を機械的に転舵可能にする(機械的ステア状態)。
【0025】
第1転舵コントローラ21は、第1転舵角センサ12からの車輪転舵角信号や、通信線22からの各種入力情報を基に第1転舵モータ11を作動させ、これにより、
上記フェールセーフ対策不要時はステアバイワイヤ状態で操向綸2を転舵し(SBW制御)、上記フェールセーフ対策要求に起因した機械的ステア時はパワーステアリング制御下に操向綸2の当該機械的転舵を行わせる(パワーステアリング式機械的ステア状態「EPS制御」)。
【0026】
第2転舵コントローラ23は、第2転舵角センサ14からの車輪転舵角信号や、通信線22からの各種入力情報を基に第2転舵モータ13を作動させ、これにより、
上記フェールセーフ対策不要時はステアバイワイヤ状態で操向綸2を転舵し(SBW制御)、上記上記フェールセーフ対策要求に起因した機械的ステア時はパワーステアリング制御下に操向綸2の当該機械的転舵を行わせる(パワーステアリング式機械的ステア状態「EPS制御」)。
【0027】
上記ステアバイワイヤ状態での転舵角制御(SBW制御)に当たっては例えば、ステアリングホイール操舵角と、車速などに応じて設定されるステアリングギヤ比との乗算により求めた転舵角指令値と、転舵絶対角センサ15で検出した車輪転舵角絶対値(実転舵角)との偏差から、転舵モータ11,13の転舵トルク目標値を求め、これらを転舵モータ制御指令値として転舵モータ11,13の駆動制御に資する。
【0028】
操舵反力コントローラ24は、操舵反力センサ6からの操舵反力信号や、通信線22からの各種入力情報を基に操舵反力モータ7を作動させ、これにより、上記ステアバイワイヤ状態およびパワーステアリング式機械的ステア状態においてステアリングホイール1への操舵反力を適切なものとなす。
操舵反力制御に当たっては例えば、操舵角センサ4で検出した実操舵角に操舵反力ゲインを掛けて操向綸2の転舵状態に応じた操舵反力トルクを設定し、これを操舵反力モータ7の駆動制御に資する。
【0029】
第1転舵コントローラ21は更に、第1転舵モータ11に係わる第1転舵制御系の失陥を判定する用もなし、第2転舵コントローラ23は更に、第2転舵モータ13に係わる第2転舵制御系の失陥を判定する用もなし、操舵反力コントローラ24は更に、操舵反力モータ7に係わる操舵反力制御系の失陥を判定する用もなす。
これら両転舵制御系および操舵反力制御系の失陥判定から、メカニカルバックアップ機構のクラッチ16を締結してパワーステアリング式機械的ステア状態となすフェールセーフ対策が必要であるか否かが決定され、このフェールセーフ対策が必要なとき、クラッチ断接ライン25からの信号によりクラッチ16を締結させて、操向綸2をパワーステアリング式機械的ステア状態で転舵させる。
【0030】
<恒久的な状態遷移>
以下、上記のフェールセーフ対策が必要になって、ステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への恒久的な状態遷移が行われるケースを、図2に基づき詳細に説明する。
両転舵制御系および操舵反力制御系が正常である場合、ブロックa(正常時SBW制御)に示すように、第1転舵コントローラ21、第2転舵コントローラ23および操舵反力コントローラ24が、2個の転舵モータ11,13および操舵反力モータ7によりステアバイワイヤ状態で操向綸2を転舵制御(2Motor SBW制御)する。
【0031】
第1転舵コントローラ21が第1転舵モータ11に係わる第1転舵制御系の失陥を判定するか、若しくは、第2転舵コントローラ23が第2転舵モータ13に係わる第2転舵制御系の失陥を判定する場合、ブロックb(1Motor SBW制御)に示すように、正常な転舵制御系に係わる第1転舵コントローラ21または第2転舵コントローラ23と、操舵反力コントローラ24とが、正常な転舵制御系に係わる転舵モータ11または13、および操舵反力モータ7によりステアバイワイヤ状態で操向綸2を転舵制御(1Motor SBW制御)する。
【0032】
つまり、第1転舵モータ11に係わる第1転舵制御系および第2転舵モータ13に係わる第2転舵制御系の一方が正常であれば、他方の転舵制御系が失陥しても、操舵反力モータ7に係わる操舵反力制御系が失陥していない限り、正常な転舵制御系に係わる第1転舵モータ11または第2転舵モータ13と、操舵反力モータ7とによる1Motor SBW制御が可能であり、メカニカルバックアップ機構のクラッチ16を締結してパワーステアリング式機械的ステア状態となすフェールセーフ対策が不要であることから、当該1Motor SBW制御を行わせる。
【0033】
ブロックaでの正常時2Motor SBW制御中に操舵反力モータ7による操舵反力制御系が失陥した場合、第1転舵モータ11に係わる第1転舵制御系および第2転舵モータ13に係わる第2転舵制御系がともに正常であっても、操舵反力が無制御となってステアバイワイヤ(SBW)制御が不能であり、機械的ステア状態となすフェールセーフ対策が必要である。
そのため図2にブロックc(2Motor EPS制御)として示すように、メカニカルバックアップ機構のクラッチ16を締結してステアリングホイール1および転舵機構3間を機械的に結合することにより操向綸2を機械的ステア状態にすると共に、正常な転舵制御系に係わる転舵モータ11および13によりパワーステアリング制御することで、操向綸2をパワーステアリング式機械的ステア制御(2Motor EPS制御)により転舵する。
【0034】
なお、かかるブロックcでの2Motor EPS制御中に、第1転舵コントローラ21が第1転舵モータ11に係わる第1転舵制御系の失陥を判定するか、若しくは、第2転舵コントローラ23が第2転舵モータ13に係わる第2転舵制御系の失陥を判定する場合、ブロックd(1Motor EPS制御)に示すごとく、正常な転舵制御系に係わる第1転舵コントローラ21または第2転舵コントローラ23により、当該コントローラに係わる転舵モータ11または13を用いたパワーステアリング制御下に、操向綸2をパワーステアリング式機械的ステア制御(1Motor EPS制御)により転舵する。
【0035】
ブロックbでの1Motor SBW制御中に操舵反力モータ7による操舵反力制御系が失陥した場合、第1転舵モータ11に係わる第1転舵制御系および第2転舵モータ13に係わる第2転舵制御系の一方が正常であっても、操舵反力が無制御となってステアバイワイヤ(SBW)制御が不能であり、機械的ステア状態となすフェールセーフ対策が必要である。
そのため図2にブロックd(1Motor EPS制御)として示すように、メカニカルバックアップ機構のクラッチ16を締結してステアリングホイール1および転舵機構3間を機械的に結合することにより操向綸2を機械的ステア状態にすると共に、正常な転舵制御系に係わる転舵モータ11または13によりパワーステアリング制御することで、操向綸2をパワーステアリング式機械的ステア制御(1Motor EPS制御)により転舵する。
【0036】
なお、ブロックaでの正常時SBW制御(2Motor SBW制御)中に、ステアバイワイヤ(SBW)制御を不能するような特定の通信が失陥した時は、ブロックa(2Motor SBW制御)から直接ブロックd(1Motor EPS制御)へと状態遷移させ、メカニカルバックアップ機構のクラッチ16を締結してステアリングホイール1および転舵機構3間を機械的に結合することにより操向綸2を機械的ステア状態にすると共に、正常な転舵制御系に係わる転舵モータ11または13によりパワーステアリング制御することで、操向綸2をパワーステアリング式機械的ステア制御(1Motor EPS制御)により転舵する。
【0037】
ブロックdでの1Motor EPS制御中に、これまで正常であった他方の転舵制御系も失陥してしまった場合は、いずれの転舵モータ11,13によるパワーステアリング制御も行い得ないことから、
ブロックe(直結操舵「操舵力アシスト無し」)へと状態遷移し、操向綸2をステアリングホイール1への操舵力のみで非パワーステアリング式機械的ステア制御(直結操舵「操舵力アシスト無し」)により転舵する。
【0038】
<一時的な状態遷移>
以上は、転舵制御系や操舵反力制御系の失陥に伴う恒久的な状態遷移であるが、本実施例においては、以下に説明するように一時的な状態遷移をも行うものとする。
操向綸2の転舵角が大きくなるほど車輪転舵に必要なパワーが大きくなることから、ステアバイワイヤ「SBW」状態で車輪転舵を司る転舵モータ11,13(パワーステアリング式機械的ステア「EPS」状態では車輪転舵のパワーアシストを司る)の定格出力は、ステアバイワイヤ状態で車輪を最大転舵したときの要求出力に対応させる必要がある。
しかし、最大転舵角にするような走行状況はそれほど多くなく、それにもかかわらず転舵モータ11,13の定格出力を最大転舵角での要求出力に見合うような大出力にするのでは、コスト的にもスペース的にも不利である。
【0039】
そこで、転舵モータ11,13の定格出力を最大転舵角での要求出力よりも小さなものとなし、その代わりに、最大転舵角付近ではステアバイワイヤ(SBW)状態からパワーステアリング式機械的ステア(EPS)状態に状態遷移させ、これにより最大転舵角付近における転舵モータ11,13の出力不足を補償するようになし、
最大転舵角付近でなくなったときは、パワーステアリング式機械的ステア(EPS)状態からステアバイワイヤ(SBW)状態に戻すようになす。
【0040】
かかる、ステアバイワイヤ(SBW)状態およびパワーステアリング式機械的ステア(EPS)状態間での一時的な状態遷移を、図2に基づき以下に説明する。
ブロックaでの正常時SBW制御(2Motor SBW制御)中に、操向綸2が最大転舵角付近に転舵された場合は、上記の理由から転舵モータ11,13の定格出力では出力不足であるため、図2に二点鎖線矢印で示すごとくブロックc(2Motor EPS制御)へと状態遷移させる。
【0041】
このブロックc(2Motor EPS制御)では、メカニカルバックアップ機構のクラッチ16を締結してステアリングホイール1および転舵機構3間を機械的に結合することにより操向綸2を機械的ステア状態にすると共に、
正常な転舵制御系に係わる転舵モータ11および13によりパワーステアリング制御することで、操向綸2をパワーステアリング式機械的ステア制御(2Motor EPS制御)により転舵し、上記した転舵モータ11,13の出力不足を補償することができる。
【0042】
操向綸2が最大転舵角付近に転舵されなくなったときは、上記した転舵モータ11,13の出力不足が解消されるため、ブロックcの2Motor EPS制御から図2に二点鎖線矢印で示すごとくブロックaの正常時SBW制御(2Motor SBW制御)に戻す状態遷移を行う。
【0043】
ブロックbでの1Motor SBW制御中に、操向綸2が最大転舵角付近に転舵された場合も、上記の理由から正常な転舵系に係わる転舵モータ11または13の定格出力では出力不足であるため、図2に二点鎖線矢印で示すごとくブロックd(1Motor EPS制御)へと状態遷移させる。
このブロックd(1Motor EPS制御)では、メカニカルバックアップ機構のクラッチ16を締結してステアリングホイール1および転舵機構3間を機械的に結合することにより操向綸2を機械的ステア状態にすると共に、
正常な転舵制御系に係わる転舵モータ11または13によりパワーステアリング制御することで、操向綸2をパワーステアリング式機械的ステア制御(1Motor EPS制御)により転舵し、上記した正常な転舵制御系に係わる転舵モータ11または13の出力不足を補償することができる。
【0044】
操向綸2が最大転舵角付近に転舵されなくなったときは、上記した転舵モータ11または13の出力不足が解消されるため、ブロックdの1Motor EPS制御から図2に二点鎖線矢印で示すごとくブロックbの1Motor SBW制御に戻す状態遷移を行う。
【0045】
ステアバイワイヤ(SBW)状態およびパワーステアリング式機械的ステア(EPS)状態間での一時的な状態遷移としては、上記のごとく操向綸2が最大転舵角付近に転舵されたり、最大転舵角付近でなくなった場合における一時的な状態遷移のほかに、
操舵制御装置のシステム電圧が一時的に異常低下してステアバイワイヤ制御を狙い通りに遂行し得なくなったり、かかるシステム電圧の一時的な異常低下が解消されてステアバイワイヤ制御を狙い通りに遂行し得るようになった場合に行われる一時的な状態遷移がある。
【0046】
この場合の一時的な状態遷移を図2に基づき概略を説明する。
ブロックaでの正常時SBW制御(2Motor SBW制御)中に、システム電圧が異常低下した場合は、ステアバイワイヤ制御を狙い通りに遂行し得ないことから、図2に二点鎖線矢印で示すごとくブロックc (2Motor EPS制御)へと状態遷移させ、
メカニカルバックアップ機構のクラッチ16を締結してステアリングホイール1および転舵機構3間を機械的に結合することにより操向綸2を機械的ステア状態にすると共に、正常な転舵制御系に係わる転舵モータ11および13によりパワーステアリング制御することで、操向綸2をパワーステアリング式機械的ステア制御(2Motor EPS制御)により転舵するよう切り替える。
【0047】
システム電圧の異常低下が解消されたときは、ステアバイワイヤ制御を狙い通りに遂行し得ることから、ブロックcの2Motor EPS制御から図2に二点鎖線矢印で示すごとくブロックaの正常時SBW制御(2Motor SBW制御)に戻す状態遷移を行う。
【0048】
ブロックbでの1Motor SBW制御中にシステム電圧が異常低下した場合も、ステアバイワイヤ制御を狙い通りに遂行し得ないことから、図2に二点鎖線矢印で示すごとくブロックd(1Motor EPS制御)へと状態遷移させ、
メカニカルバックアップ機構のクラッチ16を締結してステアリングホイール1および転舵機構3間を機械的に結合することにより操向綸2を機械的ステア状態にすると共に、正常な転舵制御系に係わる転舵モータ11または13によりパワーステアリング制御することで、操向綸2をパワーステアリング式機械的ステア制御(1Motor EPS制御)により転舵するよう切り替える。
【0049】
システム電圧の異常低下が解消されたときは、ステアバイワイヤ制御を狙い通りに遂行し得ることから、ブロックdの1Motor EPS制御から図2に二点鎖線矢印で示すごとくブロックbの1Motor SBW制御に戻す状態遷移を行う。
【0050】
<一時的な状態遷移の問題点>
上記のように、操向綸2の最大転舵時やシステム電圧の異常低下時などの特定条件に応じステアバイワイヤ状態から一時的にパワーステアリング式機械的ステア状態へと状態遷移させる場合において、状態遷移の前(ステアバイワイヤ状態)と後(パワーステアリング式機械的ステア状態)とで制御周期が同じであると、以下のような問題を生ずる。
【0051】
つまり、SBW状態での操舵制御(SBW制御)に当たっては、転舵制御処理や、操舵反力制御処理や、各処理を行うコントローラ間での通信処理や、状態遷移診断処理など多くの処理を各コントローラ間で同期して行う必要があるため、これら全ての処理を完了させるために長い制御周期(例えば5msec程度)を必要とする。
これに対し、EPS状態での操舵制御(EPS制御)は、その性質上、また操舵時における違和感やショックが発生しないようにする操舵性能の確保に鑑み、制御周期を比較的短く(例えば1msec程度)する必要がある。
【0052】
かようにSBW制御の要求制御周期と、EPS制御の要求制御周期とが異なるにもかかわらず、従来より一般的に行われているように一時的な状態遷移の後も制御周期が同じであるのでは、
(1) SBW制御の制御周期を、EPS制御の短い要求制御周期に合わせて短くするか、若しくは、
(2)EPS制御の制御周期を、SBW制御の長い要求制御周期に合わせて長くするかの、いずれかの方策を採用することとなる。
【0053】
しかし、SBW制御の制御周期を短くする前者の方策(1)では、SBW制御に際して行うべき多くの処理を全て当該短い制御周期内に完了させなければならず、実現不可能であったり、実現可能であったとしても、高性能なコントローラを用いる必要があって、コスト的に実現困難である。
【0054】
そのため、EPS制御の制御周期を長くする後者の方策(2)のほうが実際的であるが、この方策では、SBW制御からEPS制御への一時的な状態遷移時に、EPS制御が、SBW制御の要求制御周期に対応した長い制御周期(EPS制御の要求制御周期よりも長い制御周期)で行われることとなる。
【0055】
この場合、SBW制御からEPS制御への一時的な状態遷移時において、EPS制御が、その要求制御周期よりも長い制御周期で開始されるため、或る制御タスクが完了してから次の制御タスクへ移行するまでの時間的な「ずれ」が大きくなる。
かように制御タスク間の時間的な「ずれ」が大きいと、制御タスク間での制御指令値が段差を持ったものになることから、パワーステアリング制御が振動的なものとなってしまい、操舵力が振動的に変化させる所謂ステア振動を生ずるという問題が懸念される。
【0056】
<状態遷移制御>
本実施例では、EPS制御の制御周期を長くする上記の方策(2)を踏襲したことで、SBW制御からEPS制御への一時的な状態遷移時にEPS制御が、その要求制御周期よりも長い制御周期で開始されることになっても、
パワーステアリング制御が振動的なものになることがないようにして、上記ステア振動に関する問題を解消し得るよう、当該一時的な状態遷移を、図3,4に示す制御プログラムにより実行する。
【0057】
図3,4に示す制御プログラムは、上記した一時的な状態遷移を、それ以外の状態遷移(恒久的な状態遷移を含む)と併せて、以下のごとくに遂行するものである。
先ずステップS1において状態遷移判定処理、つまり前記した操舵反力制御系の失陥判定、前記した第1,2転舵制御系の失陥判定、最大転舵角付近か否かの判定、システム電圧の異常低下判定を行う。
【0058】
ステップS2においては、ステップS1で操舵反力制御系の失陥判定があったか否かをチェックし、ステップS3においては、ステップS1で最大転舵角付近判定またはシステム電圧異常低下判定があったか否かをチェックする。
ここでステップS3は後述の説明から明らかなように、本発明における状態遷移判定処理に相当する。
【0059】
ステップS2で操舵反力制御系の失陥がないと判定し、且つ、ステップS3で最大転舵角付近でもなく、システム電圧の異常低下もないと判定する場合、ステップS4において、ステップS1での第1,2転舵制御系の失陥判定結果を基に、これら第1,2転舵制御系が共に失陥したか否かをチェックする。
【0060】
ステップS4で第1,2転舵制御系が共に失陥していると判定しない場合、つまり第1,2転舵制御系の双方、または少なくとも一方が正常であると判定する場合、ステップS5において、正常な第1,2転舵制御系を用いた、図2のブロックaでの2Motor SBW制御、または、正常な一方の転舵制御系を用いた、図2のブロックbでの1Motor SBW制御へ状態遷移するよう指令を発する。
この指令に呼応して次のステップS6では、当該2Motor SBW制御の開始処理または1Motor SBW制御の開始処理を実行し、更にステップS7において引き続き、これら2Motor SBW制御または1Motor SBW制御を実行した後、制御をステップS1に戻す。
【0061】
なおステップS4で第1,2転舵制御系が共に失陥していると判定する場合、SBW制御が不能であるし、機械的ステア状態でのパワーステアリング制御も不能であることから、ステップS8において、図2のブロックeでの直結操舵「操舵力アシスト無し」へと状態遷移させた後、制御をステップS1に戻す。
【0062】
ステップS2で操舵反力制御系の失陥がないと判定しても、ステップS3で最大転舵角付近、若しくはシステム電圧異常低下時であると判定する場合、ステップS11において、第1,2転舵制御系が共に失陥したか否かをチェックする。
ステップS11で第1,2転舵制御系が共に失陥していると判定しない場合、つまり第1,2転舵制御系の双方、または少なくとも一方が正常であると判定する場合、
ステップS12において、正常な第1,2転舵制御系を用いた、図2のブロックcでの2Motor EPS制御、または、正常な一方の転舵制御系を用いた、図2のブロックdでの1Motor EPS制御へ一時的に状態遷移するよう指令を発する。
【0063】
この指令に呼応して次のステップS13では、当該一時的な2Motor EPS制御の開始処理または一時的な1Motor EPS制御の開始処理を実行し、これにより、ステップS3で最大転舵角付近、若しくはシステム電圧異常低下時であると判定するとき、直ちに当該一時的なEPS制御が開始されるようになす。
従ってステップS13は、本発明における機械的ステア制御の開始処理に相当する。
更にステップS14において、引き続きこれら一時的な2Motor EPS制御または一時的な1Motor EPS制御を遂行させる。
【0064】
上記した一時的な2Motor EPS制御または一時的な1Motor EPS制御中に、ステップS15では、図2のブロックa(2Motor SBW制御)またはブロックb(1Motor SBW制御)への復帰判定のための情報、つまり最大転舵角付近でなくなったのを判定するための情報、および、システム電圧の異常低下が解消されたのを判定するための情報を取得する。
【0065】
次のステップS16においては、これらブロックa(2Motor SBW制御)またはブロックb(1Motor SBW制御)へ復帰するに当たって必要な演算処理を行う。
当該SBW制御復帰用演算に際しては、EPS制御時におけるステアリングホイール1の操舵トルクおよび操向綸2の転舵トルクと、SBW制御復帰時におけるステアリングホイール操舵トルクおよび車輪転舵トルクとの間に、図5(a)に例示するようなトルク段差が生ずる場合であっても、このトルク段差が生じないよう、
SBW制御への状態遷移瞬時t1におけるトルク初期値を図5(b)に例示するごとく設定すると共に、SBW制御への復帰後もステアリングホイール操舵トルクおよび車輪転舵トルクの演算値を補正して、ステアリングホイール操舵トルクおよび車輪転舵トルクが図5(b)に例示するごとく徐々にSBW制御演算値に近づくようにする。
【0066】
ステップS17においては、ステップS15で取得した情報を基に最大転舵角付近でなくなり、且つ、システム電圧の異常低下が解消されたか否かの判定、つまり図2のブロックa(2Motor SBW制御)またはブロックb(1Motor SBW制御)へ復帰する条件が整ったか否かの判定を行う。
SBW制御への復帰条件が整うまでの間は、制御をステップS14に戻し、ここで上記した一時的な2Motor EPS制御または一時的な1Motor EPS制御を引き続き実行し、
ステップS17でSBW制御への復帰条件が整ったと判定するとき、制御をステップS4〜ステップS7のループに進めることにより、ステップS6で直ちに2Motor SBW制御または1Motor SBW制御を開始させると共に、引き続きステップS7において、ステップS16での前記演算結果を用いつつ、これら2Motor SBW制御または1Motor SBW制御を遂行する。
【0067】
なおステップS11で第1,2転舵制御系が共に失陥していると判定する場合、SBW制御が不能であるし、機械的ステア状態でのパワーステアリング制御も不能であることから、ステップS18において、図2のブロックeでの直結操舵「操舵力アシスト無し」へと状態遷移させた後、制御をステップS1に戻す。
【0068】
ステップS2で操舵反力制御系が失陥したと判定する場合、転舵制御系が正常であったとしてもSBW制御が不能であるため、制御をステップS21に進めて、以下のごとくに恒久的なESP制御への状態遷移を行う。
ステップS21においては、第1,2転舵制御系が共に失陥したか否かをチェックする。
ステップS21で第1,2転舵制御系が共に失陥していると判定しない場合、つまり第1,2転舵制御系の双方、または少なくとも一方が正常であると判定する場合、
ステップS22において、正常な第1,2転舵制御系を用いた、図2のブロックcでの2Motor EPS制御、または、正常な一方の転舵制御系を用いた、図2のブロックdでの1Motor EPS制御へ恒久的に状態遷移するよう指令を発する。
【0069】
この指令に呼応して次のステップS23では、当該恒久的な2Motor EPS制御の開始処理または恒久的な1Motor EPS制御の開始処理を実行し、更にステップS24において引き続き、これら恒久的な2Motor EPS制御または恒久的な1Motor EPS制御を実行し、制御をステップS1に戻す。
【0070】
なおステップS21で第1,2転舵制御系が共に失陥していると判定する場合、SBW制御が不能であるし、機械的ステア状態でのパワーステアリング制御も不能であることから、
ステップS18において、図2のブロックeでの直結操舵「操舵力アシスト無し」へと状態遷移させた後、制御をステップS1に戻す。
【0071】
<作用効果>
図3,4につき上述した状態遷移制御によれば、例えば図6に示すようにして決定したSBW制御周期およびEPS制御周期内にそれぞれ、図3のステップS3に対応したSBW→EPS状態遷移判定タスク(タスクA)、および、ステップS13,S14に対応したEPS制御実行タスク(タスクE)が、図7に例示するごとくに設定されることとなり、以下の作用効果を得ることができる。
【0072】
先ず、図6に示すSBW制御周期およびEPS制御周期の決定要領を説明する。
ステップS31においては、EPS制御にとって、その性質上、また操舵時における違和感やショックが発生しないようにする操舵性能を確保する上で必要な、前記した短い要求制御周期n(例えば1msec程度)を決定する。
【0073】
次のステップS32においては、SBW制御の制御周期Nを、EPS制御の短い要求制御周期nの逓倍となるよう決定する。
ここで逓倍数としては、SBW制御の制御周期が、SBW制御を汎用的な低価格のコントローラでも確実に遂行可能な制御周期(例えば5msec程度)となるような逓倍数を用い、例えば逓倍数=5とする。
【0074】
次のステップS33においては、EPS制御の制御周期を、ステップS32で決めたSBW制御の制御周期N(例えば5msec程度)と同じ制御周期に決定する。
【0075】
図3のステップS3に対応したSBW→EPS状態遷移判定タスク(タスクA)、つまり最大転舵角付近またはシステム電圧異常低下時であってSBW制御からEPS制御へと一時的に状態遷移すべきと判定するSBW→EPS状態遷移判定タスク(タスクA)を、図6により決定したSBW制御周期(5msec)ごとに、図7のごとく設定する場合について説明すると、
ステップS3 でのSBW→EPS状態遷移判定に呼応して実行されるステップS13,S14に対応したEPS制御実行タスク(タスクE)は、図7に示すごとく各EPS制御周期内に対し、SBW→EPS状態遷移判定タスク(タスクA)の終了に同期して開始されるよう設定されることとなる。
【0076】
なお、かようにSBW→EPS状態遷移判定タスク(タスクA)の終了に同期してEPS制御実行タスク(タスクE)が開始されるようEPS制御実行タスク(タスクE)を設定するために、各EPS制御周期内には、SBW制御周期内におけるタスクA〜Dのうち、EPS制御実行タスク(タスクE)と同期するタスクB以外のタスクA,C,Dと同様な仮想タスクA,C,Dを設定する。
しかして、EPS制御周期内に設定したこれら仮想タスクA,C,Dは、実際に実行する訳ではなく、上記のごとくSBW→EPS状態遷移判定タスク(タスクA)の終了に同期してEPS制御実行タスク(タスクE)が開始されるようEPS制御実行タスク(タスクE)を設定する目的のために設定しただけのものである。
【0077】
かかるSBW制御周期(5msec)内へのSBW→EPS状態遷移判定タスク(タスクA)の設定、および、EPS制御周期(5msec)内へのEPS制御実行タスク(タスクE)の設定により、本実施例にあっては、
図7に矢Fで例示するSBW→EPS状態遷移判定の終了に確実に同期して、EPS制御のためのパワーステアリング制御が開始され、実行されることとなる。
【0078】
このため、SBW制御からEPS制御への一時的な状態遷移時に、EPS制御のためのパワーステアリング制御が、その要求制御周期よりも長い制御周期で開始されても、
当該状態遷移時における制御タスク間の時間的な「ずれ」が大きくなることがなく、従って、これら制御タスク間での制御指令値が大きな段差を持ったものにならない。
従って、上記のパワーステアリング制御が振動的なものとなるのを回避し得て、前記したステア振動の問題を解消することができる。
【0079】
しかも本実施例においては、ステップS3でのSBW→EPS状態遷移判定に呼応してステップS13,S14で一時的な2Motor EPS制御または一時的な1Motor EPS制御が行われる間に、ステップS15で2Motor SBW制御(図2のブロックa)または1Motor SBW制御(図2のブロックb)への復帰判定のための情報(最大転舵角付近でなくなったのを判定するための情報、および、システム電圧の異常低下が解消されたのを判定するための情報)を取得し、ステップS17でこれら情報を基に2Motor SBW制御(図2のブロックa)または1Motor SBW制御(図2のブロックb)へ復帰する条件が整ったか否かを判定するため、以下の作用効果を奏し得る。
【0080】
つまり図7に示すごとく、EPS制御実行タスク(タスクE)内で同時並行して、EPS制御からSBW制御への復帰判定(EPS→SBW状態遷移判定)用の情報取得、および当該判定を行うこととなり、
EPS制御からSBW制御への復帰判定(EPS→SBW状態遷移判定)を速やかに、且つ正確に行うことができる。
【0081】
また本実施例においては図3のステップS16で、2Motor SBW制御(図2のブロックa)または1Motor SBW制御(図2のブロックb)への復帰に当たって必要な以下の演算を行い、この演算結果を、当該復帰時に実行すべきステップS7でのSBW制御に資するため、以下の作用効果を奏し得る。
つまり、ステップS16でのSBW制御復帰用演算に際し、EPS制御時におけるステアリングホイール1の操舵トルクおよび操向綸2の転舵トルクと、SBW制御復帰時におけるステアリングホイール操舵トルクおよび車輪転舵トルクとの間にトルク段差が生じないよう、
図5(b)に例示するごとくSBW制御への状態遷移瞬時t1におけるトルク初期値を、その直前値近辺の値に設定すると共に、SBW制御への復帰後もステアリングホイール操舵トルクおよび車輪転舵トルクの演算値を補正して、ステアリングホイール操舵トルクおよび車輪転舵トルクが図5(b)に例示するごとく徐々にSBW制御演算値に近づくようにするため、
EPS制御からSBW制御への復帰および当該復帰直後において、ステアリングホイール操舵トルクおよび車輪転舵トルクの急変を回避することができ、EPS制御からSBW制御への復帰を滑らかに遂行させることができる。
【0082】
<第2実施例>
なお上記第1実施例では、EPS制御の制御周期が終始、SBW制御の制御周期と同じである場合について説明したが、本発明においては、EPS制御の制御周期をSBW制御の制御周期と異ならせることができる。
【0083】
この場合、図3のステップS2で操舵反力制御系が失陥したと判定して制御を図4のステップS21〜ステップS24に進める恒久的なSBW→EPS状態遷移時は、EPS制御の制御周期をSBW制御の制御周期以上の長い周期となし、
図3のステップS2およびステップS3で操舵反力制御系は正常であるが、最大転舵角付近またはシステム電圧異常低下時であると判定して制御を図3のステップS12〜ステップS14に進める一時的なSBW→EPS状態遷移時は、EPS制御の制御周期をSBW制御の制御周期未満の短い周期となすのがよい。
【0084】
かように操舵反力制御系の失陥に伴う恒久的なSBW→EPS状態遷移時に、EPS制御の制御周期をSBW制御の制御周期以上の長い周期とする場合、
当該長いEPS制御周期によりEPS制御時の操舵性能が低下することとなり、運転者はかかる操舵性能の低下を感じて、操舵反力異常による恒久的なSBW→EPS状態遷移があったことを継続的に認識することができる。
【0085】
また、上記のごとく最大転舵角付近またはシステム電圧異常低下に伴う一時的なSBW→EPS状態遷移時に、EPS制御の制御周期をSBW制御の制御周期未満の短い周期とする場合、
当該短いEPS制御周期によりEPS制御時の操舵性能が高められることから、運転者はかかる操舵性能の向上により、一時的なSBW→EPS状態遷移時に不可避な操舵性能の低下を感じないですむこととなり、商品性の低下を防止することができる。
【0086】
なおEPS制御の制御周期をSBW制御の制御周期と異ならせる上記の着想は、EPS制御からSBW制御に復帰する逆方向の状態遷移時にも同様に適用して、同様な作用効果が奏し得られるようにすることができる。
【符号の説明】
【0087】
1 ステアリングホイール(操舵部)
2 操向綸
3 転舵機構(転舵部)
4 操舵角センサ
5 操舵トルクセンサ
6 操舵反力センサ
7 操舵反力モータ
11 第1転舵モータ
12 第1転舵角センサ
13 第2転舵モータ
14 第2転舵角センサ
15 転舵絶対角センサ
16 クラッチ(メカニカルバックアップ機構)
17 操舵力伝達部(メカニカルバックアップ機構)
21 第1転舵コントローラ
22 通信線
23 第2転舵コントローラ
24 操舵反力コントローラ
25 クラッチ断接ライン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステアリング操作が入力される操舵部と、操向綸を転舵する転舵部と、これら操舵部および転舵部間を機械的に断接可能なメカニカルバックアップ機構とを具え、
該メカニカルバックアップ機構の解放により前記操舵部および転舵部間を切り離し、操舵部へのステアリング操作に関した信号に応答して転舵部を作動させることで前記操向綸の転舵を行うステアバイワイヤ状態と、
前記メカニカルバックアップ機構の結合により前記操舵部および転舵部間を機械的に結合して、操舵部へのステアリング操作に転舵部をパワーステアリング型式に応動させることで前記操向綸の転舵を行うパワーステアリング式機械的ステア状態との間で状態遷移が可能な操舵制御装置において、
前記ステアバイワイヤ状態で制御周期ごとに前記パワーステアリング式機械的ステア状態へ遷移する条件が整って当該状態遷移を行うべきか否かを判定する状態遷移判定処理と、
該状態遷移判定処理によるステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移判定の終了に同期して、パワーステアリング式機械的ステア状態のためのパワーステアリング制御を開始させる機械的ステア制御の開始処理とを設定したことを特徴とする操舵制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の操舵制御装置において、
前記機械的ステア制御の開始処理は、前記ステアバイワイヤ状態への遷移条件に係わる情報の取得処理を含むものであることを特徴とする操舵制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の操舵制御装置において、
前記状態遷移判定処理が、操舵制御系の失陥に伴う恒久的なステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移であると判定するとき、前記パワーステアリング式機械的ステア状態の制御周期を、前記ステアバイワイヤ状態の制御周期以上の長い周期となし、
前記状態遷移判定処理が、操舵制御系の状態変化に呼応した一時的なステアバイワイヤ状態からパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移であると判定するとき、前記パワーステアリング式機械的ステア状態の制御周期を、前記ステアバイワイヤ状態の制御周期未満の短い周期となすよう構成したことを特徴とする操舵制御装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の操舵制御装置において、
前記パワーステアリング式機械的ステア状態から前記ステアバイワイヤ状態への復帰時は、ステアバイワイヤ制御値を直前の機械的ステア制御値に近い初期値から最終的なステアバイワイヤ制御値まで所定の時系列変化をもって変化させるよう構成したことを特徴とする操舵制御装置。
【請求項5】
ステアリング操作が入力される操舵部と、操向綸を転舵する転舵部と、これら操舵部および転舵部間を機械的に断接可能なメカニカルバックアップ機構とを具えた操舵制御装置において、
該メカニカルバックアップ機構の解放により前記操舵部および転舵部間を切り離し、操舵部へのステアリング操作に関した信号に応答して転舵部を作動させることで前記操向綸の転舵を行うステアバイワイヤ状態から、
前記メカニカルバックアップ機構の結合により前記操舵部および転舵部間を機械的に結合して、操舵部へのステアリング操作に転舵部をパワーステアリング型式に応動させることで前記操向綸の転舵を行うパワーステアリング式機械的ステア状態への状態遷移に際し、
前記ステアバイワイヤ状態で制御周期ごとに前記パワーステアリング式機械的ステア状態へ遷移する条件が整って当該状態遷移を行うべきか否かを判定し、
該状態遷移を行うべきとの判定の終了に同期して、パワーステアリング式機械的ステア状態のためのパワーステアリング制御を開始させることを特徴とする操舵制御方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−25857(P2011−25857A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−174986(P2009−174986)
【出願日】平成21年7月28日(2009.7.28)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】