説明

改質アラビアガムの製造方法

本発明は、アラビアガムの乳化力を効率よく高める方法、言い換えれば、乳化力に優れたアラビアガムを製造するための方法を提供する。さらに高い乳化力を有するように改質したアラビアガムを、飴状の塊になったり容器に付着するという問題や、極度に乾燥したり、焦げるといった不都合なく、取得する方法を提供する。当該方法は、アラビアガム(原料)を乾燥条件下、好ましくは乾燥減量3%以下の条件下で加熱処理することによって実施することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、改質アラビアガムの製造方法に関する。より詳細には、本発明は高い乳化力を有するアラビアガムを着色やケーキングすることなく製造する方法に関する。また、本発明はかかる製造方法によって得られる、着色等の不都合がなく乳化力が向上してなるアラビアガム(以下、「改質アラビアガム」という)、並びにその用途に関する。
【背景技術】
アラビアガムは、優れた乳化力を備え、さらに高濃度の溶液でも粘性が低いという特性を有することから、従来より食品や医薬品分野において広く乳化剤として使用されている天然高分子である。しかしながら、天然のアラビアガムをそのまま使用しても満足のいく乳化性能を発揮しないことも知られている。
また、アラビアガムは、アフリカのサハラ地帯に点在する様々な国から採集されるがゆえに各生育国における土壌や気候の相違、並びに樹齢の相違から、分子量や構成成分の組成においてかなりのバラツキがある。このため、こうした第一生産国から届けられる本来の状態(in its original state)のアラビアガム(本明細書においては、かかるアラビアガムを単に「アラビアガム」というか、「天然のアラビアガム」または「アラビアガム(原料)」といい、本発明の「改質アラビアガム」とは区別して用いる。)の機能や、これを用いた応用物(application products)には、一貫した性質が見られないという問題がある(Williams,P.A.and Phillips,G.O.,(2000)in Handbook of Hydrocolloids,Editors Williams,P.A.and Phillips,G.O.pp.155−168,Woodhead,London and New York)。
このため、上記アラビアガム(原料)そのもののバラツキのために生じる、製品のロット間での乳化力の不均衡さをできるだけ少なくし、乳化力を高めるための工夫が従来よりなされてきている。例えば、アラビアガムから金属イオンを除いてアラビン酸を取得し、これを加熱変性して乳化力を高める(改質する)方法(特開平02−49001号公報)、また、乾燥減量が50重量%以下のアラビアガムを60〜140℃で30分以上加熱して変性することにより乳化力を高める(改質する)方法(特開2000−166489号公報)が提案されている。
しかしながら、これらの方法では、加熱工程中にアラビアガムが褐変化する、溶融付着して飴状の塊になる、または焦げたりするという問題がある。褐変化は、その後、乳化剤として食品や化粧品など、特に見た目が重要視される製品に適用する際に大きな支障になる。またアラビアガムが溶融すると、容器に付着して取り出しにくくなるという問題が生じる。さらに飴状の塊になると、乳化剤として使用する際に粉砕して粉体として調製することが難しく、また水に溶解しにくくなるという問題がある。またアラビアガムが焦げると、臭いが生じたり、炭などの不溶物が生じたり、アラビアガムを溶かした溶液が黒っぽくなるという不都合が生じる。
なお、アラビアガムに関する文献としては、改質に関する上記文献の他、WO02/072862;特開昭58−183701号公報;中村幹雄他,薬剤学,Vol.42,No.1(1982)p.25−29;及びCarbohydrate Research,246(1993)p.303−318;を挙げることができる。
【発明の開示】
本発明は、上記の問題を軽減もしくは解消して、さらに優れた乳化力を備えるように改質してなるアラビアガムを製造する方法を提供することを目的とする。具体的には、本発明は、アラビアガムの乳化力を効率よく高める方法を提供すること、並びに高い乳化力を有するように改質したアラビアガムを、飴状の塊になったり容器に付着するという問題や焦げるという不都合なく、取得する方法を提供することを目的とする。
さらに本発明は、こうして得られた乳化力に優れた改質アラビアガム、並びに当該改質アラビアガムの乳化剤としての用途を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねていたところ、アラビアガムを乾燥条件下で加温処理することにより、上記目的を達成することができることを見いだした。
本発明はかかる知見に基づいて開発されたものであり、下記の態様を含むものである:
項1. アラビアカムを乾燥条件下で加熱する工程を有する、改質アラビアガムの製造方法。
項2. アラビアガムを、乾燥減量3%以下の条件下で加熱する工程を有する、改質アラビアガムの製造方法。
項3. 加熱温度が90〜180℃であることを特徴とする項1または2に記載の改質アラビアガムの製造方法。
項4. アラビアガムを乾燥減量3%以下になるまで乾燥し、次いで加熱する工程を有する、項1乃至3のいずれかに記載する改質アラビアガムの製造方法。
項5. アラビアガムの加熱を減圧条件下で行うことを特徴とする、項1乃至4のいずれかに記載する改質アラビアガムの製造方法。
項6. アラビアガムが1.5mm以下の平均粒径を有するものである項1乃至5のいずれかに記載の改質アラビアガムの製造方法。
項7. アラビアガムがスプレードライされたものである項1乃至6のいずれかに記載の改質アラビアガムの製造方法。
項8. 改質アラビアガムが、着色化が抑制されて乳化力が向上してなるものである項1乃至7のいずれかに記載の改質アラビアガムの製造方法。
項9. 項1乃至8のいずれかに記載される製造方法によって得られる改質アラビアガム。
項10. 項1乃至8のいずれかに記載される製造方法によって得られる改質アラビアガムを有効成分とする乳化剤。
項11. 項1乃至8のいずれかに記載される製造方法によって得られる改質アラビアガムを乳化剤として用いるエマルションの調製方法。
項12. エマルションが、精油、油性香料、油性色素、油溶性ビタミン、多価不飽和脂肪酸、動植物油、ショ糖酢酸イソ酪酸エステル、及び中鎖トリグリセライドよりなる群から選択される少なくとも1種の疎水性物質を分散質として有するO/W型またはW/O/W型のエマルションである項11に記載のエマルションの調製方法。
項13. 項11または12に記載される調製方法によって得られるエマルション。
項14. 精油、油性香料、油性色素、油溶性ビタミン、多価不飽和脂肪酸、動植物油、ショ糖酢酸イソ酪酸エステル、及び中鎖トリグリセライドよりなる群から選択される少なくとも1種の疎水性物質を分散質として有するO/W型またはW/O/W型のエマルションである項13に記載のエマルション。
項15. 項1乃至8のいずれかに記載される製造方法によって得られる改質アラビアガムの、乳化剤の調製のための使用。
項16. 項1乃至8のいずれかに記載される製造方法によって得られる改質アラビアガムの、エマルションの調製のための使用。
【図面の簡単な説明】
図1は、アラビアガム(原料)(Acacia senegal種)をGPC−MALLS法で分析した結果を示すクロマトグラムである。RI検出器によって求められたクロマトグラム(RIチャート)において、ベースラインからピークが立ち上がる部分(起点)からピークが降下してベースラインと交わる部分(終点)までの間でRI強度が極小となった点を境として、それより早く溶出したピーク画分をRIピーク画分1(ピーク1)、それより遅くに溶出したピーク画分をRIピーク画分2(ピーク2)とする。
図2は、試験例1の処理条件1〜3で処理して得られた各サンプルについて、125℃での加熱時間(1〜8hour)と乾燥減量(%)との関係を示した図である。
図3は、試験例1の処理条件1〜3で処理して得られた各サンプルについて、125℃での加熱時間(1〜8hour)と着色度との関係を示した図である。
図4は、試験例2において下記試料1)〜4)について、125℃での加熱による乾燥減量(%)と粒径(mm)との関係を示す図である。試料1)アラビアガム玉未粉砕物(粒径2〜100mm、平均粒径30mm)、試料2)アラビアガム玉粗粉砕物(粒径0.5〜15mm、平均粒径6mm)、試料3)アラビアガム玉粉砕物(粒径0.1〜2mm、平均粒径1.5mm)、試料4)アラビアガム玉微粉砕物(粒径0.038〜0.5mm、平均粒径0.083mm(83μm)。
図5は、試験例2において上記試料1)〜4)について、125℃での加熱による着色度と粒径(mm)との関係を示した図である。
図6は、試験例2において上記試料1)〜4)について、125℃での加熱による乳化力の向上(エマルションの平均粒子径(メジアン径)(μm))とアラビアガムの粒径(mm)との関係を示した図である。
【発明を実施するための最良の形態】
(1)改質アラビアガムの製造方法
本発明は、高い乳化力を有するアラビアガムを、着色化等の不都合が生じないようにしながら製造する方法に関する。言い換えれば、本発明はアラビアガムについて、着色化等の不都合を防止しながらその乳化力を高めるように改質する方法に関する。従って、本発明は「アラビアガムの改質方法」、「アラビアガムの乳化力を高める方法」、または「アラビアガムの改質(乳化向上)に際して着色化を抑制する方法」と言い換えることが可能である。
当該本発明の方法は、アラビアガムを乾燥条件下で加熱処理することによって実施することができる。
本発明の方法において、改質対象物(出発原料)として用いられるアラビアガム(原料)は、マメ科植物であるアカシア属のアカシア・セネガル(Acacia senegal)やアカシア・セイアル(Acacia seyal)またはこれらの同属植物の幹や枝から得られる天然滲出物である。または、アラビアガム(原料)として、これをさらに精製処理、脱塩処理または粉砕もしくはドライスプレーなどの加工処理を施したものであってもよい。
アラビアガム(原料)(Acacia senegal種)は、通常、エチオピアからセネガルにかけての北アフリカや西アフリカの各国(エチオピア、スーダン、セネガル、ナイジェリア、ニジェール、ガーナ)、ケニアやウガンダなど東アフリカの国々、アフリカのサハラ地帯、並びにナイル川支流の盆地地帯でも産出されるが、本発明においてはその由来を問うことなく、いずれの産地由来のものであってもよい。
また、アラビアガム(原料)は、その水分含量を特に制限するものではない。通常商業的に入手可能なアラビアガム(原料)の、105℃で6時間加熱乾燥することによって減少する水分量(乾燥減量)は、30重量%以下、好ましくは20重量%以下、より好ましくは15重量%以下である。本発明においても、このような水分含量(乾燥減量)を有するアラビアガム(原料)を任意に選択し使用することができる。
また通常、アラビアガム(原料)は、塊状物、玉状物、粗粉砕物、顆粒状、粒状、または粉末状の形態で入手することができる。本発明ではこれらの形態を特に制限するものではないが、短時間で均質に着色化を抑えた状態で改質(乳化力向上)されたアラビアガムを製造する目的からは、平均粒子径が1.5mm以下、特に1mm以下であることが望ましい。好ましくは平均粒子径0.5mm以下、より好ましくは0.2mm以下、例えば、0.01〜0.2mmの範囲の粉砕物、微粉砕物、顆粒状、粒状若しくは粉末状、または平均粒径が数十〜数百μm程度の微粉末状(スプレードライ粉末状物を含む)のものを好適に挙げることができる。
なお、本発明において「平均粒子径」(または「平均粒径」)は「篩い分け法(JIS Z 8815(1994))」(乾式法)に従って測定される幾何学径を意味する。具体的には、網目の大きさの異なる「試験用ふるい(JIS Z 8801(1994))」を8個使用し、網目の大きい順に上から重ね、その最上部の篩に測定対象のアラビアガム試料20gを量り入れた後、下記条件で振とうし、各篩に残った試料の重量(篩下累積重量)を測定する。縦軸に累積重量(%)を、横軸に篩の目開き(mm)の対数を目盛とする片対数グラフに得られた値をプロットし、目開きと累積重量の対数近似直線及び近似式を求め、累積重量が総量(20g)の50重量%を占める網目の目開きを、上記近似式より計算し、試料の平均粒径として求める。
<振とう条件>
振とう機器:電磁式振とう機MRK−RETAC(ミタムラ理研工業株式会社製)
振とう時間:15分間
振幅目盛:70
かかるアラビアガム(原料)の加熱方法としては、上記するようにアラビアガム(原料)を乾燥条件下で加熱する方法であればよく、その限りにおいて任意の方法を採用することができる。なお、ここで「アラビアガム(原料)を乾燥条件下で加熱する方法」とは、(1)アラビアガム(原料)が乾燥する条件下で加熱する方法、言い換えれば加熱と共に乾燥させる方法、並びに(2)アラビアガム(原料)を乾燥した状態で加熱する方法の両方を意味するものであり、本発明にはこれらのいずれもが含まれる。
なお、ここで「乾燥」とは、アラビアガムの乾燥減量を基準に評価することができる。「乾燥減量」とは、対象のアラビアガムを105℃で6時間加熱乾燥することによって減少する水分量(重量%)を意味し、通常、アラビアガムの水分含量、言い換えればアラビアガムの乾燥状態を示す指標として用いられる。アラビアガムの乾燥減量としては3%以下を好適に挙げることができる。アラビアガムの乾燥減量が3%以下であるとは、対象のアラビアガムを105℃で6時間加熱乾燥することによって減少する水分量が加熱乾燥前のアラビアガムの重量を100重量%とした場合に、その3重量%以下であること、すなわち対象とするアラビアガム100重量%中に含まれる水分含量(105℃で6時間加熱乾燥することによって減少する水分量)が3重量%以下であることを意味する。好ましいアラビアガムの乾燥減量は1%以下、より好ましくは0.3%以下である。
すなわち、本発明において「アラビアガム(原料)を乾燥条件下で加熱する方法」には、好適には、前述するように、(1)アラビアガム(原料)を、その乾燥減量が3%以下、好ましくは1%以下、より好ましくは0.3%以下になるように加熱する方法(言い換えれば、アラビアガム(原料)を加熱すると同時にかかる乾燥減量になるまで乾燥する方法)、並びに(2)アラビアガム(原料)を、予め乾燥減量3%以下、好ましくは1%以下、より好ましくは0.3%以下の状態にして、その状態で加熱する方法の両方が含まれる。
これらを実施するための具体的な方法は、上記の限りにおいて特に制限されるものではないが、例えば(1)の方法としては、アラビアガム(原料)を減圧条件下で加熱する方法、アラビアガムを低湿若しくは乾燥条件下で加熱する等の方法を挙げることができる。なお、アラビアガム(原料)を常圧若しくは常湿条件下で加熱することによって、当該アラビアガム(原料)の乾燥減量が3%以下になる方法も当該方法に含まれるが、常圧若しくは常湿条件下で乾燥減量を3%以下にする場合は、アラビアガム(原料)が水分の多い状態で長時間の加熱状態に曝されるため着色といった不都合が生じる場合がある。この点を考慮すると、前者の減圧条件下または低湿若しくは乾燥条件下での加熱が好ましい。
減圧条件下で加熱する方法において採用される「減圧条件」としては、アラビアガム(原料)が乾燥し得る条件、好適にはアラビアガム(原料)の乾燥減量を3%以下、より好ましくは1%以下、さらに好ましくは0.3%以下にすることのできる条件であれば特に制限されないが、通常約0.4気圧(約40530Pa)以下の条件、好ましくは約0.07気圧(約7093Pa)以下、より好ましくは約0.03気圧(約3040Pa)以下の条件を挙げることができる。
かかる減圧条件下での加熱については、水流ポンプや真空ポンプからの減圧ラインを付設した密閉容器中などに対象のアラビアガム(原料)を配置して、減圧状態で攪拌しながら加熱することによって実施することができる。簡易には、減圧下、ロータリーエバポレーターを回転させながら加熱することにより行うことができるが、工業的に利用可能な設備としては減圧乾燥機や真空乾燥機を挙げることができる。これらの装置では、水流ポンプや真空ポンプなどで容器内の圧力を低下させるとともにその内容物をスクリューなどにより均一に混合することができる。しかも、当該装置には、容器の外部のジャケットに蒸気を導入することによって内容物を加熱することができる装置も付設できるため、乾燥(水分除去)、混合及び加熱といった本発明の改質アラビアガムの製造方法を一度に行うことが可能である。さらに、当該装置によれば、加熱終了後は、容器の外部のジャケットに通水しながら内容物を混合することにより、改質して得られたアラビアガムを速やかに冷却することができる。
これらの具体的な装置の例としては、リボコーン(円錐型リボン真空乾燥機(RM−VD型):株式会社大川原製作所製)、真空タイプのナウタミキサNXV型(ホソカワミクロン株式会社製)、遊星運動型円錐型混合乾燥機SVミキサー(神鋼パンテック株式会社製)などを挙げることができる。
低湿若しくは乾燥条件下で加熱する方法において採用される「低湿若しくは乾燥条件下」は、アラビアガム(原料)が乾燥し得る条件、好適にはアラビアガム(原料)の乾燥減量を3%以下、より好ましくは1%以下、さらに好ましくは0.3%以下にすることのできる条件であれば特に制限されない。
なお、これらの方法において採用される加熱温度としては、制限されないが、90〜180℃以下、好ましくは100〜150℃、より好ましくは110〜140℃である。180℃を越えるような温度では、短時間の加熱でも着色度が高かったり、焦げ付いたりする問題があり、逆に90℃以下の温度ではそのような問題はないものの、改質して乳化力が向上するには長時間の加熱が必要となり、アラビアガムを短時間で効率よく改質することができない。適切な加熱時間は、加熱温度により異なるが、例えば、その目安として、100℃では5〜48時間程度、125℃では1〜8時間程度、150℃では15分〜2時間程度を挙げることができる。なお、採用される加熱時間は、アラビアガムの改質の程度、具体的にはアラビアガムの乳化力向上に、着色化等の外観変化(抑制)を考慮して、適宜調整設定することができる。
また上記(2)の方法としては、予めアラビアガム(原料)を乾燥処理して、好適には乾燥減量が3%以下、より好ましくは1%以下、さらに好ましくは0.3%以下になるまで乾燥させた後に、加熱処理する方法を挙げることができる。ここで事前の乾燥処理は特に制限されず、恒温器中などで放置することにより乾燥させることも可能であるが、より短時間で着色の少ない改質アラビアガムを作るためには、アラビアガム(原料)を減圧条件下で加熱乾燥するのが好ましい。
なお、乾燥処理において、採用する温度は特に制限されない。効率的に乾燥でき、しかも着色抑制して乳化力を向上してなる改質アラビアガムを取得するという本発明の目的・効果を損なわない方法であれば、乾燥処理を冷却条件下、加温若しくは加熱条件下で行ってもよく、これらの方法を特に制限するものではない。好ましい乾燥処理方法としては、アラビアガム(原料)を減圧下(例えば、約0.07気圧(約7093Pa)以下、好ましくは約0.03気圧(約3040Pa)以下)で100℃以下の条件で処理して乾燥する方法を挙げることができる。より好ましくは減圧下(例えば、約0.07気圧(約7093Pa)以下、好ましくは約0.03気圧(約3040Pa)以下)で40〜90℃の条件で10分〜1時間程度処理して乾燥する方法を挙げることができる。
なお、当該方法(2)において乾燥処理後に採用される加熱温度としては、制限されないが、(1)の方法と同様に、90〜180℃の範囲、好ましくは100〜150℃、より好ましくは110〜140℃の範囲を挙げることができる。また、加熱処理を行う湿度条件は特に制限されないが、乾燥状態が維持されるような減圧もしくは低湿(減湿)条件下であることが望ましい。
なお、当該方法において採用される加熱時間としては、加熱温度によって異なるため特に制限されないが、例えば、その目安として、100℃では5〜48時間程度、125℃では1〜8時間程度、150℃では15分〜2時間程度を挙げることができる。なお、採用される加熱時間は、アラビアガムの改質の程度、具体的にはアラビアガムの乳化力向上に、着色化等の外観変化(抑制)を考慮して、適宜調整設定することができる。
かかる条件での加熱処理によれば、対象とするアラビアガムについて着色化を有意に抑制しながら短時間で効率よくその乳化力を向上させることができる。
なお、上記(1)の方法、並びに(2)の方法のいずれも、少なくとも加熱処理を、窒素置換条件などの酸素のない条件下もしくは酸素が低減されてなる条件で行ってもよく、かかる条件での実施によって、得られるアラビアガムの着色をより一層抑制することができる。
上記本発明の方法によれば、原料として用いたアラビアガム(アラビアガム(原料))に比して、高い乳化力を発揮するように改質されてなるアラビアガムを製造取得することができる。さらに本発明の方法によれば、着色、着香またはケーキングなど、取り扱い上または添加剤として他製品に適用するにあたって支障になる不都合が有意に抑制された状態で、乳化力が改善向上された改質アラビアガムを製造取得することができる。
よって、本発明の製造方法によって得られる改質アラビアガムは、乳化剤等の添加剤として、特に食品、香粧品、医薬品若しくは医薬部外品など、特に色や臭いが問題となる製品に好適に使用することができる。よって、本発明の改質アラビアガムの製造方法は、前述の加熱処理工程に加えて、さらに、乳化剤等の添加剤として食品、香粧品、医薬品若しくは医薬部外品など各種製品に適用するために、必要なまたは好適な状態(組成または形態)に調製するための処理工程を備えていてもよい。
(2)乳化剤及びエマルションの調製方法
上記方法によって調製される改質アラビアガムは、その優れた乳化力において原料として用いた未処理のアラビアガム(原料)と明確に区別することができる。改質アラビアガムの乳化力は、通常それを用いてエマルションを調製した場合に、そのエマルションを形成する小滴(分散相)の平均粒子径が1μm以下、好ましくは0.8μm以下になることが好ましい。なお、ここで改質アラビアガムの乳化力の評価基準となるエマルションの調製方法、及びその平均粒子径の測定方法は、後述する試験例1(3)に記載する方法に従うことができる。
本発明の改質アラビアガムは、乳化剤として、特に食品、医薬品、医薬部外品、または香粧品の分野において、とりわけ経口的に摂取され得る製品の乳化剤として好適に使用することができる。具体的には、飲料、粉末飲料、デザート、チューイングガム、錠菓、スナック菓子、水産加工品、畜産加工品、レトルト食品などの飲食品等の乳化、錠剤等のコーティング材の乳化、油性香料の乳化、油性色素の乳化などに、乳化剤として好適に使用することができる。上記改質アラビアガムはそのまま溶液の状態または粒子状若しくは粉末状にして乳化剤として用いることもできるが、必要に応じてその他の担体や添加剤を配合して乳化剤として調製することもできる。この場合、使用される担体や添加剤は、乳化剤を用いる製品の種類やその用途に応じて、常法に従って適宜選択採用することができる。例えば、デキストリン、マルトース、乳糖等の糖類やグリセリン、プロピレングリコール等の多価アルコールと混合して使用することができる。
また、本発明は上記改質アラビアガムを乳化剤として使用するエマルションの調製方法を提供する。当該エマルションは、上記改質アラビアガムを乳化剤として使用して、分散質として疎水性物質を親水性溶媒中に分散安定化することによって調製することができる。ここでエマルションとしては、水中油滴(O/W)型やW/O/W型のエマルションを挙げることができる。
ここで乳化される疎水性物質は通常エマルション形態に供されるもの若しくはその必要性のあるものであれば特に制限されないが、好ましくは食品、医薬品、医薬部外品または香粧品分野で用いられるもの、より好ましくは経口的に用いられることが可能な(可食性)疎水性物質を挙げることができる。
具体的には、オレンジ、ライム、レモン及びグレープフルーツなどの柑橘系植物等の基原植物から得られる各種精油、ペパー、シンナモン及びジンジャーなどの基原植物からオレオレジン方式で得られるオレオレジン、ジャスミンやローズなどの基原植物からアブソリュート方式で得られるアブソリュート、その他、合成香料化合物、及び油性調合香料組成物などの油性香料;β−カロチン、パプリカ色素、リコピン、パーム油、カロチン、ドナリエラカロチン及びニンジンカロチンなどの油性色素;ビタミンA,D,E及びKなどの脂溶性ビタミン;ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸、及びγ−リノレン酸などの多価不飽和脂肪酸;大豆油、菜種油、コーン油及び魚油などの動植物油脂;SAIB(Sucrose Acetate isobutyrate:ショ糖酢酸イソ酪酸エステル)、またはC〜C12の中鎖トリグリセライドなどの加工食品用油脂及びこれら可食性油性材料の任意の混合物を例示することができる。
上記改質アラビアガムを用いたエマルションの調製方法は、特に制限されず、水中油滴(O/W)型エマルションまたはW/O/W型エマルションの調製に関する常法に従って、疎水性物質と親水性溶媒とを上記改質アラビアガムの存在下で、ホモジナイザーや高圧噴射などを利用して機械的に攪拌混合することによって行うことができる。より具体的には、下記の方法を例示することができる。
まず、改質アラビアガムを水等の親水性溶媒に溶解し、必要に応じて、遠心分離又はフィルタープレス等を利用した濾過など、適当な固液分離手段により不純物を除去して、アラビアガム水溶液を調製する。これに、目的の疎水性物質(例えば油脂、また予め油脂に香料や色素を溶解した混合液)を撹拌機等で混合し、予備乳化する。なお、この際、必要に応じてSAIB等の比重調整剤にて比重を調整してもよい。次いで得られた予備乳化混合液を、乳化機を利用して乳化する。
なお、ここで疎水性物質としては前述のものを例示することができるが、油性香料や油性色素を用いて乳化香料や乳化色素を調製する場合は、上記疎水性物質として予め油脂に油性香料や油性色素を溶解した混合液を用いることが好ましい。これによって、より乳化を安定化し、また成分の揮発を予防することができる。また油性香料や油性色素を溶解する油脂としては、特に制限されないが、通常、中鎖トリグリセライド(炭素数6〜12の脂肪酸トリグリセライド)、及びコーン油、サフラワー油、または大豆油などの植物油を用いることができる。
乳化に使用する乳化機としても、特に制限はなく、目的とするエマルションの粒子の大きさや、試料の粘度などに応じて適宜選択することができる。例えば、機械的に高圧のホモジナイザーの他、ディスパーミルやコロイドミルなどの乳化機を使用することができる。
乳化工程は、前述するように、親水性溶媒中に、攪拌下、疎水性物質を添加し、攪拌ペラを回転して予備乳化し、粒子径約2〜5μmの乳化粒子を調製した後、ホモジナイザーなどの乳化機を用いて微細で均一な粒子(例えば、平均粒子径1μm以下、好ましくは0.8μm以下)を調製することによって実施される。
なお、β−カロチンなどの色素の多くは、それ自身、結晶の状態でサスペンションとして存在する。したがって、これらの色素をエマルション(乳化色素)として調製するには、まず色素の結晶を適当な油脂と高温下で混合し溶解してから、親水性溶媒に添加することが好ましい。
斯くして改質アラビアガムを用いて調製されるエマルションは、通常(未処理)のアラビアガム(原料)を用いて調製したエマルションと比較して、粒子の粒度分布が均一であり、かつ、加熱や長期保存、経時変化などの虐待(過酷条件)により、エマルション粒子同士が、凝集したり、合一して粒子が劣化することが有意に抑制されており、非常に安定である。
【実施例】
以下、試験例及び実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例等に限定されるものではない。
試験例1
下記の3種類の処理条件で、アラビアガム(原料)(Acacia senegal)のスプレーパウダー(乾燥減量11.3%、粒径38〜300μm、平均粒径64μm)300gを処理し、得られたアラビアガムについて、乾燥減量(%)、着色度、乳化性〔平均粒子径(メジアン径)(μm)〕、重量平均分子量、アラビノガラクタン蛋白質の含量(AGP含量(%))、香味及び外観性状をそれぞれ下記の方法に従って評価した。
I.処理条件1
アラビアガム(原料)300gを1L容量のナス型フラスコに入れ、減圧下(約0.03気圧(約3040Pa))、ロータリーエバポレーターでゆっくり回転させながら、125℃で1〜8時間、加熱処理をする。
II.処理条件2
アラビアガム(原料)300gを1L容量のナス型フラスコに入れ、常圧下(1気圧(101325Pa))、ロータリーエバポレーターでゆっくり回転させながら、125℃で1〜8時間、加熱処理をする。
III.処理条件3
アラビアガム(原料)300gを1L容量のナス型フラスコに入れ、減圧下(約0.03気圧(約3040Pa))、ロータリーエバポレーターでゆっくり回転させながら、90℃で30分間加熱処理して、乾燥減量を3.6%にした後、常圧に戻し、125℃で1〜8時間、加熱処理をする。
<評価方法>
(1)乾燥減量(%)
測定対象のアラビアガムの重さを予め秤量しておき(重さA(g))、それを105℃で6時間、加熱乾燥した後に、再度その重さを秤量する(重さB(g))。加熱処理前の重さ(A(g))から減少した重さ(B−A(g))の割合(重量%)を、加熱処理前の重さ(B(g))を100重量%として換算する〔{(B−A(g))/B(g)}×100〕。
(2)着色度
測定対象のアラビアガム10gにイオン交換水90gを添加し、よく混合してアラビアガム10重量%水溶液を調製する。この溶液を光路長10mmの石英セルに入れ紫外可視分光光度計V−560(日本分光(株)製)を用いて透過光にて測定し、ハンター表色系(Lab表色系)の3刺激値を求め、√(a+b)を計算して着色度とした。
(3)乳化性
得られたアラビアガム25gに対し、水74.75gを添加、これに防腐目的で安息香酸ナトリウム0.13gとpH調整のためクエン酸0.12gを添加混合し、溶解してpH4.0に調整した25重量%アラビアガム水溶液を調製する。この各水溶液48gに、中鎖トリグリセライド(オクタン酸・デカン酸トリグリセライド、O.D.O(商品名、日清製油株式会社製))12gを添加混合し、100ml容スクリュー管に入れ、ポリトロンを使用して下記条件で乳化しエマルションを調製する。
<ポリトロン乳化条件>
乳化機:ポリトロンPT3000(KINEMATICA製)
ジェネレーターシャフト直径:12mm
回転数:25000rpm
乳化時間:5分
得られたエマルションについて、平均粒子径(メジアン径)(μm)を、粒度分布測定装置SALD−1100(レーザー回折式、島津製作所(株)製)を用いて測定する。なお、一般に乳化剤の乳化力は、調製されるエマルジョンの平均粒子径が小さいほど優れていると評価される(「アラビアゴムで乳化したO/Wエマルジョンの濁度比法による研究」、薬学雑誌、112(12)906−913,(1992))。
(4)重量平均分子量、及びAGP含量
アラビアガムの重量平均分子量及びAGP含量は、光散乱検出器(MALLS:Multi Angle Laser Light Scattering)、屈折率(RI)検出器及びUV検出器の3つの検出器をオンラインで接続したゲル濾過クロマトグラフィー(GPC−MALLS)の手法によって測定し、得られたデータをASTRA Version 4.5(Wyatt Technology)ソフトウエアにて処理することにより求めることができる。なお、当該GPC−MALLS手法によれば、光散乱検出器(MALLS)により分子量を、屈折率(RI)検出器により各成分の重量(組成比)を、さらにUV検出器により蛋白質を検出することができ、分子量既知の標準品と対比することなく分析成分の分子量並びに組成を求めることができる。その詳細な原理や特徴は、「Idris,O.H.M.,Williams,P.A.,Phillips,G.O.,;Food Hydrocolloids,12,375−388(1998)」に記載されている。
本発明で採用されるGPC−MALLSの測定条件は下記の通りである:
カラム :Superose(6HR)10/30(Pharmacia Biotech,Sweden)
流速 :0.5ml/分
溶出溶媒 :0.2M NaCl
試料の調製:分析試料を溶出溶媒(0.2M NaCl)にて希釈した後、0.45μmPTFEメンブランフィルタにて不溶物を除去した液を測定する。
試料濃度 :0.4%(W/V)
試料液注入量:100μl
dn/dc:0.141
温度 :室温
検出器 :1)MALLS(multi angle laser light scattering):DAWN DSP(Wyatt Technology社製,米国)、2)RI(屈折率)、3)UV(214nmでの吸収)。
<重量平均分子量>
上記条件で、RI検出器によって求められたクロマトグラム(RIチャート)において、ベースラインからピークが立ち上がる部分(起点)からピークが降下してベースラインと交わる部分(終点)までのチャート部を1ピークとしてデータ処理した場合(processed as one peak)に、重量換算で求めた分子量が本発明でいう「重量(換算)平均分子量」である。乳化力の増加に伴い、「重量(換算)平均分子量」も増加することから、乳化性を評価する一つの指標となるものである。
<AGP含量>
上記条件で測定したRIチャートを初めに溶出するRIピーク画分1(ピーク1:高分子溶出画分)とそれ以降に溶出するRIピーク画分2(ピーク2:低分子溶出画分)の2つに分けて、ASTRA Version 4.5(Wyatt Technology)ソフトウエアにてデータ処理した場合(processed as two peaks)、ピーク1の回収率(%Mass)が、GPC−MALLSに供したアラビアガム中に含まれるAGP含有量(重量%)に相当する。より具体的に、アラビアガム原料(Acacia senegal種)をGPC−MALLS法で分析した結果を示すクロマトグラム(図1)に基づいて説明すると、RIチャートのベースラインからピークが立ち上がる部分(起点)からピークが降下してベースラインと交わる部分(終点)までの間で、RI強度が極小となった点を境として、それより早く溶出したピーク画分が上記でいうRIピーク画分1(ピーク1)であり、それより遅くに溶出したピーク画分が上記でいうRIピーク画分2(ピーク2)である。アラビノガラクタン蛋白質(単に「AGP」という)は、その他アラビノガラクタン(AG)及びグリコプロテイン(GP)と併せてアラビアガムに含まれる3つの主要な構成成分の一つである。乳化力の増加に伴って、アラビアガム中のAGP含量が増加することから、アラビアガムの乳化性を評価する一つの指標となりえるものである。
(5)香味
アラビアガム試料10gに対してイオン交換水90gを添加混合し、アラビアガム10%水溶液を調製し、これを試飲し、香味を評価した。
(6)外観性状
アラビアガムの外観を目視によりそれに対応する未処理のアラビアガム(原料)と観察対比し、特に着色の程度や粉体物同士の付着(塊状化)等を評価した。
処理条件1で処理したアラビアガム(サンプル1−1,1−2,1−3,1−4,1−5)について得られた結果を表1、処理条件2で処理したアラビアガム(サンプル2−1,2−2,2−3,2−4,2−5)について得られた結果を表2、処理条件3で処理したアラビアガム(サンプル3−1,3−2,3−3,3−4,3−5)について得られた結果を表3に示す。



この結果をもとに、処理条件1〜3で処理して得られた各サンプルについて、加熱時間(1〜8hour)と乾燥減量(%)との関係、及び加熱時間(1〜8hour)と着色度との関係を評価した結果を図2及び3に示す。
図2で示されるように、処理条件1(減圧条件下での加熱処理)によれば、1時間以内にアラビアガムの乾燥減量が0%まで減少し、以後、加熱処理の間、乾燥減量0%の状態が維持されていた。また、処理条件3(乾燥減量3.6%に乾燥後、常圧条件下での加熱処理)によれば、加熱処理の間、乾燥減量3.6%以下の状態が維持されていた。一方、処理条件2(常圧条件下での加熱処理)によれば、加熱処理の間、アラビアガムの乾燥減量は徐々に減少したものの、5%以下に低減することはなかった。かかるアラビアガムの加熱処理における乾燥減量状態と着色度との関係を示す図3の結果から、アラビアガムの乾燥減量が低い程、すなわちアラビアガムが乾燥状態にあるほど、加熱処理による着色化が抑制できることが明らかになった。
試験例2
同じアラビアガム(Acacia senegal)の玉から調製した、粒径の異なる4種類のアラビアガム(原料)(下記試料)(乾燥減量14.5〜14.8%)300gをそれぞれ、125℃で3〜12時間加熱処理を行い、得られたアラビアガムについて、乾燥減量(%)、着色度、乳化性〔平均粒子径(メジアン径)(μm)〕、アラビノガラクタン蛋白質の含量(AGP含量(%))、香味及び外観性状を試験例1に記載する方法に従って測定した。また、重量回収率(%)、及び多分散性値(P)を、後述する方法で求めた。
◇試料:アラビアガム(原料):
1)アラビアガム玉未粉砕物(粒径2〜100mm、平均粒径30mm)
2)アラビアガム玉粗粉砕物(粒径0.5〜15mm、平均粒径6mm)
3)アラビアガム玉粉砕物(粒径0.1〜2mm、平均粒径1.5mm)
4)アラビアガム玉微粉砕物(粒径0.038〜0.5mm、平均粒径0.083mm(83μm))。
(1)重量回収率、及び多分散性値(P)
アラビアガムの重量回収率及び多分散性値(P)は、測定対象のアラビアガムを試験例1で説明した条件のGPC−MALLS法にかけ、得られたデータをASTRA Version 4.5(Wyatt Technology)ソフトウエアにて処理することにより求めることができる。
<重量回収率>
上記条件のGPC−MALLS法において、RI検出器によって求められたクロマトグラム(RIチャート)において、ベースラインからピークが立ち上がる部分(起点)からピークが降下してベースラインと交わる部分(終点)までのチャート部を1ピークとしてデータ処理した場合(processed as one peak)に、当該1ピーク全体の回収率を重量換算で示したものである。通常のアラビアガムや改質アラビアガムを測定した場合、上記1ピーク全体の重量回収率はほぼ100%になることが知られているが、過度に改質して水に溶解しないほど高分子になった成分(ハイドロゲルとも呼ばれる)については、GPC測定の試料調製の際、0.45μmのメンブラン濾過で不溶物として濾過されるため、1ピーク全体の重量回収率が低下するとともに、このような水に不溶性の高分子ハイドロゲルが生成すると、乳化性が低下することが知られている。
したがって、通常、アラビアガム原料を改質した場合、前述の重量平均分子量やAGP含量の増加により乳化性は向上するが、改質が進みすぎて乳化性の低下をもたらすハイドロゲルの生成の指標として重量回収率が用いられる。
<多分散性値(p)>
上記条件のGPC−MALLS法で分析したチャートを1ピークとしてデータ処理した場合、多分散性値(P)は個数(換算)平均分子量に対する重量(換算)平均分子量の比で表され、重量(換算)平均分子量/個数(換算)平均分子量を計算することによって求めることができ、分子量分布の均一性を示す尺度として用いられる。なお、個数(換算)平均分子量及び重量(換算)平均分子量は、GPC−MALLS法で得られたデータをASTRA Version 4.5(Wyatt Technology)ソフトウエアにて処理することにより求めることができる。P値が高いほど分子量分布がばらついた不均一な分布で、P値が低いほど分子量分布が均一であることを示す。P値が大きい場合は、分子量の分布は不均一で、ハイドロゲルが生成したり、乳化性の低下が見られるなど、アラビアガムの改質の程度や効率はあまりよくない。一方、P値が小さい場合は、分子量の分布は均一であり、ハイドロゲルも生成せず、明確な乳化性の向上が見られ、効率良く改質されていると考えられる。
結果を表4に示す。

この各試料1)〜4)について得られた結果をもとに、加熱による乾燥減量(%)と粒径(mm)との関係、及び加熱による着色度と粒径(mm)との関係を評価した結果をそれぞれ図4及び5に示す。図4で示されるように、アラビアガムは粒径が小さいほど、加熱によって速やかに乾燥された。また、図5に示されるように、粒径が小さいアラビアガムほど(特に粉砕物、微粉砕物)は速やかに乾燥されることによって着色化が有意に抑制されていた。
また、粒径(mm)と加熱によって改質される乳化性との関係を図6に示す。図6からわかるように、加熱処理するアラビアガム(原料)は粒径が小さいほど、乾燥が速やかに進む結果、着色が有意に抑制された状態で、良好に改質(乳化性が向上)する。
一方、加熱処理するアラビアガム(原料)の粒径が大きいほど、着色も進行しやすく、均一に改質(乳化性が向上)されない傾向が認められた。これは、粒径が大きいほどアラビアガム(原料)の粒の内部と外部(表面部)とで乾燥状態に差が出ることによるものと考えられる。アラビアガム(原料)の粒は、通常粒の表面は粒の内部に比して乾燥状態にある。すなわち、粒の内部は粒表面に比して水分含量が高い状態にあるため、それよりも水分含量が低い粒表面が適度に改質されて乳化性が向上するような条件で加熱処理すると、粒の内部は改質が進行し過ぎてしまい、逆にハイドロゲルが生成して乳化性が悪くなってしまう。このことは、表4のGPC−MALLSで分析した重量回収率(%)と多分散性値(P)でも表されており、粒の大きいものほどP値が大きくばらついた分子量分布となり、回収率の低下からハイドロゲルが生成したことがわかる。
試験例3
アラビアガム(原料)(Acacia senegal)玉微粉砕物(粒径38〜500μm、平均粒径83μm)(乾燥減量13.9%)300gを減圧(約0.03気圧(約3040Pa))条件下、125℃で1〜8時間加熱処理を行った。得られたアラビアガムについて、乾燥減量(%)、着色度、乳化性〔平均粒子径(メジアン径)(μm)〕、及びアラビノガラクタン蛋白質の含量(AGP含量(%))をそれぞれ試験例1に記載の方法に従って、また多分散性値(P)及び重量回収率(%)を試験例2に記載の方法に従って測定した。結果を表5に示す。

この結果から、乾燥条件下での加熱処理によって経時的にAGP含量が増加し、乳化が向上することがわかった。
試験例4
アラビアガムスプレーパウダー(粒径38〜300μm、平均粒径64μm:アラビアガム(Acacia senegal)玉を熱水中で攪拌溶解後、スプレードライにて噴霧乾燥して調製)(乾燥減量11.3%)300gを減圧(約0.03気圧(約3040Pa))条件下、125℃で1〜10時間加熱処理を行った。得られたアラビアガムについて、乾燥減量(%)、着色度、乳化性〔平均粒子径(メジアン径)(μm)〕、及びアラビノガラクタン蛋白質の含量(AGP含量(%))をそれぞれ試験例1に記載の方法に従って、また多分散性値(P)及び重量回収率(%)を試験例2に記載の方法に従って測定した。また、粘度(mPa・s)を下記のようにして測定した。
<粘度測定法>
アラビアガム試料10gを水90gに溶解して10重量%のアラビアガム水溶液を調製し、これを100ml容スクリュー管に入れ、20℃にてB型回転粘度計(BM型、株式会社トキメック製)にて、ローターNO.1、回転数60rpmの条件で粘度(mPa・S)を測定した。
結果を表6に示す。

この結果から、乾燥条件下での加熱処理によって経時的にAGP含量が増加し、乳化が向上することがわかった。
試験例5
アラビアガムスプレーパウダー(粒径38〜300μm、平均粒径64μm:アラビアガム玉を熱水中で攪拌溶解後、スプレードライにて噴霧乾燥して調製)(乾燥減量11.3%)300gを、1L容ナス型フラスコに入れ、減圧(約0.03気圧(約3040Pa))条件下、ロータリーエバポレーターでゆっくり回転させながら90℃で60分間加熱処理して、乾燥減量を0%にした後、さらに減圧(約0.03気圧(約3040Pa))条件下、下記の温度条件でロータリーエバポレーターでゆっくり回転させながら加熱処理した。
試料1)90℃、24時間
試料2)110℃、12時間
試料3)125℃、4時間
試料4)140℃、2時間
試料5)180℃、10分間
試料6)70℃、24時間
試料7)200℃、10分間。
結果を表7に示す。

上記の試験例のうち、試験例1のサンプル1−1〜1−5、試験例2の試料3)及び4)、試験例3の試料(3)−1〜(3)−5、試験例4の試料(4)−1〜(4)−6、試験例5の試料1)〜5)をそれぞれ使用して下記の実施例を実施した。
[実施例1] β−カロチン乳化製剤(乳化色素製剤)
<処方>
β−カロチン30%懸濁液 5(重量%)
中鎖トリグリセライド 10
改質アラビアガム 17
水 68
合 計 100 重量%
改質アラビアガム170gを水680gに溶解し、20重量%のアラビアガム水溶液を調製した。これを乳化剤として用いて、これに、予めβ−カロチン30%懸濁液50gに中鎖トリグリセライド(オクタン酸・デカン酸トリグリセライド、O.D.O(商品名、日清製油株式会社製))100gを配合して150℃にて加熱して溶解しておいた混合液を添加し、攪拌混合した。これをホモジナイザー(APV GAULIN社製)にて乳化し(圧力4.4Mpa(450kg/cm)でのホモジナイズを4回)、乳化色素製剤であるβ−カロチン乳化製剤を調製した。
[実施例2] オレンジ乳化香料(乳化香料)
<処方>
オレンジ香料 2(重量%)
中鎖トリグリセライド 13
改質アラビアガム 17
水 68
合 計 100 重量%
改質アラビアガム170gを水680gに溶解し、20重量%のアラビアガム水溶液を調製した。これを乳化剤として、これに、予めオレンジ香料20gと中鎖トリグリセライド(オクタン酸・デカン酸トリグリセライド、O.D.O(商品名、日清製油株式会社製))130gを室温下でよく混合して調製しておいた混合液を添加し、攪拌混合した。これをホモジナイザー(APV GAULIN社製)にて乳化し(圧力4.4Mpa(450kg/cm)でのホモジナイズを4回)、乳化香料であるオレンジ乳化香料を調製した。
[実施例3] DHA(ドコサヘキサエン酸)乳化製剤
<処方>
DHA20%含有魚油 5(重量%)
中鎖トリグリセライド 10
改質アラビアガム 17
水 68
合 計 100 重量%
改質アラビアガム170gを水680gに溶解し、20重量%のアラビアガム水溶液を調製した。これを乳化剤として、これに、予めDHA20重量%含有魚油50gと中鎖トリグリセライド(オクタン酸・デカン酸トリグリセライド、O.D.O(商品名、日清製油株式会社製))100gとの混合物を80℃に加熱し、混合して調製しておいた混合液を添加し、攪拌混合した。これをホモジナイザー(APV GAULIN社製)にて乳化し(圧力4.4Mpa(450kg/cm)でのホモジナイズを4回)、DHA乳化製剤を調製した。
[実施例4] レモン粉末香料
<処方>
レモンオイル 20(重量部)
改質アラビアガム 20
デキストリン 60
水 150
合 計 250 重量部
改質アラビアガム200gとデキストリン600gを水1500gに溶解し、アラビアガム水溶液を調製する。これを乳化剤として、これにレモンオイル200gを添加し、攪拌混合する。これをホモジナイザー(APV GAULIN社製)にて乳化する(圧力2.0Mpa(200kg/cm)でのホモジナイズを1回)。次いで、この溶液をスプレードライヤー(ANHYDRO社製)(インレット140℃、アウトレット80℃)にて噴霧乾燥し、レモン粉末香料950gを調製する。
【産業上の利用可能性】
本発明の方法によれば、アラビアガムを乾燥条件下で加熱処理することにより、加熱時にアラビアガムが着色したり、アラビアガム同士が付着して塊状になることを防止しながらも、効率よく乳化力が向上してなる改質アラビアガムを取得することができる。従って、本発明の方法は、塊状化、付着または着色など、その後の作業性や取り扱い性の低下または品質の低下を伴うことなく、乳化力が向上した改質アラビアガムを取得する方法として有用であるとともに、アラビアガムを改質してその乳化力を効率よく向上させる方法として有用である。
斯くして調製される本発明の改質アラビアガムは、精油、油性色素、油性香料、油溶性ビタミン等の各種の疎水性物質の乳化に好適に使用することができる。本発明の改質アラビアガムを用いて調製されるエマルションは、通常(未処理)のアラビアガムを用いて調製したエマルションと比較して、粒子の粒度分布が均一であり、かつ、加熱や長期保存、経時変化などの虐待(過酷条件)により、エマルション粒子同士が、凝集したり、合一して粒子が劣化することが有意に抑制されており、非常に安定である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アラビアガムを乾燥条件下で加熱する工程を有する、改質アラビアガムの製造方法。
【請求項2】
アラビアガムを、乾燥減量3%以下の条件下で加熱する工程を有する、請求項1に記載する改質アラビアガムの製造方法。
【請求項3】
加熱温度が90〜180℃であることを特徴とする請求項1に記載する改質アラビアガムの製造方法。
【請求項4】
アラビアガムを乾燥減量3%以下になるまで乾燥し、次いで加熱する工程を有する、請求項1に記載する改質アラビアガムの製造方法。
【請求項5】
アラビアガムの加熱を減圧条件下で行うことを特徴とする、請求項1に記載する改質アラビアガムの製造方法。
【請求項6】
加熱処理するアラビアガムが1.5mm以下の平均粒怪を有するものである請求項1に記載する改質アラビアガムの製造方法。
【請求項7】
加熱処理するアラビアガムがスプレードライされたものである請求項1に記載する改質アラビアガムの製造方法。
【請求項8】
改質アラビアガムが、着色化が抑制されて乳化力が向上してなるものである請求項1に記載する改質アラビアガムの製造方法。
【請求項9】
請求項1に記載される製造方法によって得られる改質アラビアガム。
【請求項10】
請求項1に記載される製造方法によって得られる改質アラビアガムを有効成分とする乳化剤。
【請求項11】
請求項1に記載される製造方法によって得られる改質アラビアガムを乳化剤として用いるエマルションの調製方法。
【請求項12】
エマルションが、精油、油性香料、油性色素、油溶性ビタミン、多価不飽和脂肪酸、動植物油、ショ糖酢酸イソ酪酸エステル、及び中鎖トリグリセライドよりなる群から選択される少なくとも1種の疎水性物質を分散質として有するO/W型またはW/O/W型のエマルションである請求項11に記載のエマルションの調製方法。
【請求項13】
請求項11に記載される調製方法によって得られるエマルション。
【請求項14】
精油、油性香料、油性色素、油溶性ビタミン、多価不飽和脂肪酸、動植物油、ショ糖酢酸イソ酪酸エステル、及び中鎖トリグリセライドよりなる群から選択される少なくとも1種の疎水性物質を分散質として有するO/W型またはW/O/W型のエマルションである請求項13に記載のエマルション。
【請求項15】
請求項1に記載される製造方法によって得られる改質アラビアガムの、乳化剤の調製のための使用。
【請求項16】
請求項1に記載される製造方法によって得られる改質アラビアガムの、エマルションの調製のための使用。

【国際公開番号】WO2005/026213
【国際公開日】平成17年3月24日(2005.3.24)
【発行日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513883(P2005−513883)
【国際出願番号】PCT/JP2004/013092
【国際出願日】平成16年9月2日(2004.9.2)
【出願人】(000175283)三栄源エフ・エフ・アイ株式会社 (429)
【Fターム(参考)】