説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】実機トランスに組上げた場合に、優れた低騒音性および低鉄損特性を発現するレ
ーザー照射または電子ビーム照射による磁区細分化処理を行った方向性電磁鋼板を提供す
る。
【解決手段】フォルステライト被膜および張力コーティングにより、鋼板に付与する合計
張力が、圧延方向で10.0MPa以上、圧延方向に対して直角方向で5.0MPa以上で、かつこれ
らの合計張力が、次式の関係を満足する。
1.0 ≦ A/B ≦ 5.0
A: 圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
B: 圧延方向に対して直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングに
よる合計張力

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスなどの鉄心材料に用いる方向性電磁鋼板およびその製造方法に関す
るものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用され、その磁化特性が優れているこ
と、特に鉄損が低いことが求められている。
そのためには、鋼板中の二次再結晶粒を、(110)[001]方位(いわゆる、ゴス方位)に高
度に揃えることや、製品鋼板中の不純物を低減することが重要である。しかしながら、結
晶方位の制御や、不純物を低減することは、製造コストとの兼ね合い等で限界がある。そ
こで、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一歪を導入し、磁区の幅を細分化して鉄損
を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、最終製品板にレーザを照射し、鋼板表層に高転位密度領域を
導入し、磁区幅を狭くすることで、鋼板の鉄損を低減する技術が提案されている。レーザ
ー照射を用いる磁区細分化技術は、その後改良され(特許文献2、特許文献3および特許
文献4などを参照)鉄損特性が良好な方向性電磁鋼板が得られるようになってきている。
また、特許文献5には、電子ビームの照射により磁区幅を制御する技術が提案されてい
る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭57−2252号公報
【特許文献2】特開2006−117964号公報
【特許文献3】特開平10−204533号公報
【特許文献4】特開平11−279645号公報
【特許文献5】特公平06−072266号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した種々の方向性電磁鋼板に対し、レーザーまたは電子ビームを照
射する磁区細分化処理を施して実機トランスに組上げた場合に、実機トランスの騒音が大
きくなるという問題があった。また、レーザーまたは電子ビームを照射する磁区細分化効
果により鉄損が低減されても実機トランスの鉄損がほとんど改善されない、すなわちビル
ディングファクター(BF)が極端に悪いといった問題も発生していた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、実機トランスに組上げた場合に、優れ
た低騒音性および低鉄損特性を得ることができる方向性電磁鋼板を、その有利な製造方法
と共に提供することを目的とする。
【0007】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、レーザー照射によ
る磁区細分化済みの方向性電磁鋼板であって、該フォルステライト被膜および該張力コー
ティングにより、鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上、圧延方向に対し
て直角方向で5.0MPa以上で、かつこれらの合計張力が、下記式の関係を満足することを特
徴とする方向性電磁鋼板。

1.0 ≦ A/B ≦ 5.0
A: 圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
B: 圧延方向に対して直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングに
よる合計張力
【0008】
2.表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、電子ビーム照射に
よる磁区細分化済みの方向性電磁鋼板であって、該フォルステライト被膜および該張力コ
ーティングにより、鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上、圧延方向に対
して直角方向で5.0MPa以上で、かつこれらの合計張力が、下記式の関係を満足することを
特徴とする方向性電磁鋼板。

1.0 ≦ A/B ≦ 5.0
A: 圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
B: 圧延方向に対して直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングに
よる合計張力
【0009】
3.方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施した
のち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち
、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最
終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを施し、該仕上げ焼鈍後または該張力コーテ
ィング後に、レーザー照射による磁区細分化処理を行う方向性電磁鋼板の製造方法におい
て、
(1) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(2) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(3) 最終仕上げ焼鈍工程の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下
に制御する、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【0010】
4.方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施した
のち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち
、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最
終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを施し、該仕上げ焼鈍後または該張力コーテ
ィング後に、電子ビーム照射による磁区細分化処理を行う方向性電磁鋼板の製造方法にお
いて、
(1) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(2) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(3) 最終仕上げ焼鈍工程の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下
に制御する、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、レーザーを用いた磁区細分化による鉄損低減効果が、実機トランスに
おいても効果的に維持されるため、実機トランスにおいて優れた低騒音性および低鉄損特
性を発現する方向性電磁鋼板を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について具体的に説明する。
本発明では、レーザー照射または電子ビーム照射による磁区細分化を行ったフォルステ
ライト被膜をそなえる方向性電磁鋼板を使用した実機トランスにおける、騒音の増大およ
びビルディングファクターの劣化を防止するために、鋼板に付与する張力を規定した。
【0013】
フォルステライト被膜をそなえる方向性電磁鋼板に対して、レーザー照射または電子ビ
ーム照射による磁区細分化を行った場合、レーザー照射または電子ビーム照射による熱歪
によって、フォルステライト被膜がダメージを受けるために磁歪特性が劣化する。そこで
、磁歪特性劣化を防止する方策について種々検討し、特に、鋼板に付与する張力に関して
詳細に調査した。その結果、圧延方向および圧延方向と直角をなす方向(以下、圧延直角
方向という)の双方に、5.0MPa以上の張力を付与することが、磁歪特性の劣化防止に有効
であることが分かった。
【0014】
ここで、鋼板に張力を付与する手段としては、フォルステライト被膜および張力コーテ
ィングの張力を利用する。
すなわち、圧延方向および圧延直角方向のいずれについても、フォルステライト被膜お
よび張力コーティングの合計張力を5.0MPa以上とすれば、上記した磁歪特性劣化の防止効
果が望める。なお、圧延直角方向では、張力コーティングによる張力向上があまり期待で
きないので、主としてフォルステライト被膜の張力を上げることにより、上記の合計張力
を5.0MPa以上とする。
【0015】
また、方向性電磁鋼板を製品として鉄損を評価するとき、励磁磁束は圧延方向成分のみ
であるので、鉄損を改善するためには圧延方向の張力を増大させれば良い。しかしながら
、方向性電磁鋼板を実機トランスに組上げた場合、励磁磁束は圧延方向成分だけでなく圧
延直角方向成分も有している。そのため、圧延方向だけでなく圧延直角方向の張力も鉄損
に影響を及ぼす。
そこで、本発明では、励磁磁束の圧延方向成分と圧延直角方向成分の割合で最適張力比
を定めることにした。具体的には次式(1)の関係を満足させることである。
1.0 ≦ A/B ≦ 5.0 ・・・(1)
A: 圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
B: 圧延直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
【0016】
さらに、上記した条件を満足しても、鋼板に付与する張力の絶対値が低い場合、鉄損の
劣化が避けられない。そこで、圧延方向および圧延直角方向における好適張力値について
検討したところ、圧延直角方向は5.0MPa以上とすればこと足りたものの、圧延方向につい
ては、フォルステライト被膜と張力コーティングによる合計張力を10.0MPa以上にする必
要があることが判明した。
【0017】
本発明において、フォルステライト被膜および張力コーティングの合計張力の求め方は
次のとおりである。
製品(張力コーティング塗布材)より、圧延方向の張力を測定する場合は圧延方向280m
m×圧延直角方向30mm、圧延直角方向の張力を測定する場合は圧延直角方向280mm×圧延方
向30mmのサンプルをそれぞれ切り出す。その後、片面のフォルステライト被膜と張力コー
ティングを除去し、その除去前後の鋼板反り量を測定して得られた反り量を、以下の換算
式(2)にて張力換算する。この方法で求めた張力は、フォルステライト被膜と張力コーテ
ィングを除去しなかった面に付与されている張力である。張力はサンプル両面に付与され
ているので、同一製品の同一方向の測定について2サンプルを用意し、上記方法で片面毎
の張力を求め、本発明ではその平均値をサンプルに付与されている張力とした。

【0018】
次に、本発明に従う方向性電磁鋼板の製造条件に関して具体的に説明する。
本発明において、方向性電磁鋼板用スラブの成分組成は、二次再結晶が生じる成分組成
であればよい。
また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であれ
ばAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であればMnとSeおよび/
またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビターを併用してもよい。この場合に
おけるAl、N、SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.01〜0.065質量%、N:0.005
〜0.012質量%、S:0.005〜0.03質量%、Se:0.005〜0.03質量%である。
【0019】
さらに、本発明は、Al、N、S、Seの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方
向性電磁鋼板にも適用することができる。
この場合には、Al、N、SおよびSe量はそれぞれ、Al:100 質量ppm以下、N:50 質量
ppm以下、S:50 質量ppm以下、Se:50 質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0020】
本発明の方向性電磁鋼板用スラブの基本成分および任意添加成分について具体的に述べ
ると次のとおりである。
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、0.08質量%を超えると製造工程中に磁
気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、0.08質量%
以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が
可能であるので特に設ける必要はない。
【0021】
Si:2.0〜8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0質
量%に満たないと十分な鉄損低減効果が達成できず、一方、8.0質量%を超えると加工性
が著しく低下し、また磁束密度も低下するため、Si量は2.0〜8.0質量%の範囲とすること
が好ましい。
【0022】
Mn:0.005〜1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素であるが、含有量が0.005質量%未満で
はその添加効果に乏しく、一方1.0質量%を超えると製品板の磁束密度が低下するため、M
n量は0.005〜1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0023】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、次に述べる元素を適宜含有させるこ
とができる。
Ni:0.03〜1.50質量%、Sn:0.01〜1.50質量%、Sb:0.005〜1.50質量%、Cu:0.03〜3.0
質量%、P:0.03〜0.50質量%、Mo:0.005〜0.10質量%およびCr:0.03〜1.50質量%のう
ちから選んだ少なくとも1種
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。しかしな
がら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.5質量%を超え
ると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する。そのため、Ni量は0.03〜1.5質量%
の範囲とするのが好ましい。
【0024】
また、Sn、Sb、Cu、P、MoおよびCrはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、
いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さく、一方、上記
した各成分の上限量を超えると、二次再結晶粒の発達が阻害されるため、それぞれ上記の
範囲で含有させることが好ましい。
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeであ
る。
【0025】
次いで、上記した成分組成を有するスラブは、常法に従い加熱して熱間圧延に供するが
、鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良い
し、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。
【0026】
さらに、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この時、ゴス組織を製品板において高度に発
達させるためには、熱延板焼鈍温度として800〜 1100℃の範囲が好適である。熱延板焼鈍
温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒した一次再結晶組織
を実現することが困難になり、二次再結晶の発達が阻害される。一方、熱延板焼鈍温度が
1100℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるために、整粒した一次再結晶組
織の実現が極めて困難となる。
【0027】
熱延板焼鈍後は、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施した後、再結晶焼
鈍を行い、焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤を塗布した後に、二次再結晶およびフォル
ステライト被膜の形成を目的として最終仕上げ焼鈍を施す。
【0028】
最終仕上げ焼鈍後には、平坦化焼鈍を行って形状を矯正することが有効である。なお、
本発明では、平坦化焼鈍前または後に、鋼板表面に絶縁コーティングを施す。ここに、こ
の絶縁コーティングは、本発明では、鉄損低減のために、鋼板に張力を付与できるコーテ
ィング(以下、張力コーティングという)を意味する。なお、張力コーティングとしては
、シリカを含有する無機系コーティングや物理蒸着法、化学蒸着法等によるセラミックコ
ーティング等が挙げられる。
【0029】
本発明おいて最も重要なことは、鋼板に付与する張力を圧延方向と圧延直角方向とで適
正に調整することである。ここに、圧延方向の張力に関しては、張力コーティングの塗布
量を調整することで制御可能である。すなわち、張力コーティングは、通常、焼付炉内に
おいて、鋼板が圧延方向に引っ張られた状態でコーティング液が塗布され、焼付けされる
。従って、圧延方向では鋼板が延ばされた状態かつ鋼板が熱膨張した状態でコーティング
材が焼き付けられることになる。
焼付け後、除荷されるとともに冷却されると、除荷による収縮や鋼板とコーティング材
の熱膨張率の差により、コーティング材に比べて鋼板がより収縮することになり、コーテ
ィング材が鋼板を引っ張る状態となることで鋼板に張力が付与される。
【0030】
一方、圧延直角方向については、焼付炉内で引っ張りを受けることはなく、むしろ、圧
延方向に引っ張られることで圧延直角方向には圧縮された状態となる。従って、そのよう
な圧縮状態と鋼板の熱膨張による伸びが相殺されるため、張力コーティングによって圧延
直角方向に付与される張力を上昇させることは困難である。
【0031】
そこで、本発明では、圧延直角方向のフォルステライト被膜の張力を向上させるために
、製造条件として以下の制御項目を設けた。
すなわち、
(a) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(b) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(c) 最終仕上げ焼鈍工程の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下
とすることである。
【0032】
最終仕上げ焼鈍はコイル状で行われるため、冷却時に大きな温度ムラが発生する。その
結果、鋼板の熱膨張量が場所によって異なるため、温度ムラによって応力が鋼板のさまざ
まな方向に付与される。すなわち、コイルを強く巻いている場合、鋼板間の空隙がなく、
フォルステライト被膜に大きな応力が付与されてしまい、被膜がダメージを受けてしまう

従って、被膜へのダメージを抑制するためには、鋼板間に少しの空隙を与えることで、
鋼板に発生する応力を低減すること、および冷却速度を低減して、コイル内の温度差を低
減することが有効なのである。
【0033】
以下、上記(a)〜(c)の制御により被膜のダメージが低減される理由を述べる。
焼鈍分離剤は、焼鈍中に水分やCO2などを放出し、塗布時より体積が減少する。体積が
減少するということは、そこに空隙が生まれることを意味しており、その結果として応力
緩和に有効であることが分かる。ここに、焼鈍分離剤の目付け量が少ないと空隙が不十分
であることから、目付け量を10.0g/m2以上に限定する。
【0034】
また、巻き取り張力を低減した場合、高張力で巻き取った場合よりも鋼板間に生じる空
隙が増える。その結果、発生する応力が低減される。ただし、巻き取り張力が低すぎると
コイルが崩れてしまうので低すぎるのも問題がある。従って、冷却時の温度ムラによって
発生する応力を緩和し、かつコイルが崩れない巻き取り張力条件としては、30〜150N/mm2
の範囲を規定した。
【0035】
さらに、最終仕上げ焼鈍時の冷却速度を低減すると、鋼板内の温度分布は低減されるた
め、コイル内応力は緩和される。応力緩和の観点からは、冷却速度は遅ければ遅いほどよ
いが、生産効率の観点からは好ましくなく、5℃/h以上とするのが好ましい。ここに、
本発明では、焼鈍分離剤の目付け量の制御と巻き取り張力の制御を組み合わせているので
、上限は50℃/hまで許容される。
このように、焼鈍分離剤目付け量、巻き取り張力および冷却速度のそれぞれの制御によ
って、応力が緩和され、結果として圧延直角方向のフォルステライト被膜の張力を向上さ
せることが可能になるのである。
【0036】
本発明では、上述した最終仕上げ焼鈍後または張力コーティング後の方向性電磁鋼板に
、いずれかの時点で鋼板表面にレーザーまたは電子ビームを照射することにより、磁区細
分化を施すものであり、その際、圧延方向および圧延直角方向でのフォルステライト被膜
と張力コーティング被膜の合計張力を前述のとおり制御することで、レーザー照射または
電子ビーム照射による熱歪付与効果による鉄損の向上が被膜の劣化による鉄損の低減と相
殺されることなく、十分な磁区細分化効果が得られる。
【0037】
本発明で照射するレーザーの光源としては、連続波レーザー、パルスレーザーのいずれ
でもよく、YAGレーザーやCOレーザー等の種類を選ばない。また、照射痕は線状で
も点状でも構わないが、これら照射痕の方向は、鋼板の圧延方向に対して、90°から45°
をなす方向であることが好ましい。
なお、最近使用されるようになってきたグリーンレーザーマーカーは、照射精度の面で
特に好適である。
【0038】
本発明で用いるグリーンレーザーマーカーにおけるレーザーの出力は、単位長さ当たり
の熱量として、5〜100J/m程度の範囲が好ましい。また、レーザービームのスポット径は
0.1〜0.5mm程度の範囲とし、圧延方向の繰返し間隔は1〜20mm程度の範囲とすることが好
ましい。
なお、鋼板に付与される塑性歪の深さは、10 〜 40μm程度とするのが好適である。
【0039】
本発明で電子ビームを照射する場合、10〜200kVの加速電圧、0.1〜100mAの電流、ビー
ム径は0.01〜0.5mmを用いて点状あるいは線状に施すのが効果的である。照射方向は圧延
方向を横切る方向、好適には圧延方向に対して45°〜90°の方向に、1〜20mm程度の間隔
で照射を施す。なお、鋼板に付与される塑性歪の深さは、10 〜 40μm程度とするのが好
適である。
【0040】
本発明において、上述した工程や製造条件以外については、従来公知のレーザーまたは
電子ビームを用いた磁区細分化処理を施す方向性電磁鋼板の製造方法を、適用することが
できる。
【実施例】
【0041】
〔実施例1〕
表1に示す成分組成になる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1450℃に加熱後、熱間圧延
により板厚:2.0 mmの熱延板としたのち、1050℃で120秒の熱延板焼鈍を施した。ついで
、冷間圧延により中間板厚:0.60mmとし、酸化度PH2O/PH2=0.35、温度:950℃、時間:10
0秒の条件で中間焼鈍を実施した。その後、塩酸酸洗により表面のサブスケールを除去し
たのち、再度、冷間圧延を実施して、板厚:0.23mmの冷延板とした。
【0042】
【表1】

【0043】
ついで、酸化度PH2O/PH2=0.45、均熱温度:830℃で300秒保持する脱炭焼鈍を施したの
ち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した。このとき表2に示すように、焼鈍分離剤
塗布量と焼鈍分離剤塗布後の巻き取り張力を変化させた。その後、二次再結晶と純化を目
的とした最終仕上げ焼鈍を1230℃、5hの条件で実施した。
この最終仕上げ焼鈍では、700℃以上の温度領域の冷却過程における平均冷却速度を変
化させた。そして、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる張力コーティ
ングを付与した。なお、圧延方向の張力は張力コーティングの塗布量を変化させることで
調整した。最後に、圧延方向と直角方向に照射幅:0.2mm、照射間隔:10mmでパルスレー
ザーを線状に照射する磁区細分化処理を施して製品とし、磁気特性および被膜張力を評価
した。次いで、各製品を斜角せん断し、500kVAの三相トランスを組み立て、50Hz、1.7T
で励磁した状態での鉄損および騒音を測定した。
上記した鉄損および騒音の測定結果を表2に併記する。
【0044】
【表2】

【0045】
表2に示したとおり、レーザーによる磁区細分化処理を施し、本発明の範囲を満足する
張力を有している方向性電磁鋼板を用いた場合、実機トランスの騒音は低く、またビルデ
ィングファクターの劣化も抑制され、極めて良好な鉄損特性が得られている。しかしなが
ら、本発明の範囲を逸脱した方向性電磁鋼板を用いた実機トランスは、低騒音および低鉄
損の両立が得られていない。
【0046】
〔実施例2〕
張力コーティングを付与するまでは実施例1と同じ手順で製造する。表3に、焼鈍分離
剤塗布量と焼鈍分離剤塗布後の巻き取り張力を示す。
ついで、圧延方向と直角方向に照射幅:0.18mm、照射間隔:5.0mmで電子ビームを線状
に照射する磁区細分化処理を施して製品とし、磁気特性および被膜張力を評価した。その
後、各製品を斜角せん断し、500kVAの三相トランスを組み立て、50Hz、1.7Tで励磁した
状態での鉄損および騒音を測定した。
上記した鉄損および騒音の測定結果を表3に併記する。
【0047】
【表3】

【0048】
表3に示したとおり、電子ビームによる磁区細分化処理を施し、本発明の範囲を満足す
る張力を有している方向性電磁鋼板を用いた場合、実機トランスの騒音は低く、またビル
ディングファクターの劣化も抑制され、極めて良好な鉄損特性が得られている。しかしな
がら、本発明の範囲を逸脱した方向性電磁鋼板を用いた実機トランスは、低騒音および低
鉄損の両立が得られていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、レーザー照射による磁
区細分化済みの方向性電磁鋼板であって、該フォルステライト被膜および該張力コーティ
ングにより、鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上、圧延方向に対して直
角方向で5.0MPa以上で、かつこれらの合計張力が、下記式の関係を満足することを特徴と
する方向性電磁鋼板。

1.0 ≦ A/B ≦ 5.0
A: 圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
B: 圧延方向に対して直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングに
よる合計張力
【請求項2】
表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、電子ビーム照射による
磁区細分化済みの方向性電磁鋼板であって、該フォルステライト被膜および該張力コーテ
ィングにより、鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上、圧延方向に対して
直角方向で5.0MPa以上で、かつこれらの合計張力が、下記式の関係を満足することを特徴
とする方向性電磁鋼板。

1.0 ≦ A/B ≦ 5.0
A: 圧延方向のフォルステライト被膜および張力コーティングによる合計張力
B: 圧延方向に対して直角方向のフォルステライト被膜および張力コーティングに
よる合計張力
【請求項3】
方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち
、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱
炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕
上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを施し、該仕上げ焼鈍後または該張力コーティン
グ後に、レーザー照射による磁区細分化処理を行う方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(2) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(3) 最終仕上げ焼鈍工程の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下
に制御する、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち
、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱
炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕
上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを施し、該仕上げ焼鈍後または該張力コーティン
グ後に、電子ビーム照射による磁区細分化処理を行う方向性電磁鋼板の製造方法において

(1) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(2) 焼鈍分離剤塗布後のコイル巻き取り張力を30〜150N/mm2の範囲とする、
(3) 最終仕上げ焼鈍工程の冷却過程における700℃までの平均冷却速度を50℃/h以下
に制御する、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。



【公開番号】特開2012−31498(P2012−31498A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−176102(P2010−176102)
【出願日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】