説明

有機半導体材料

【課題】簡便な成膜プロセスにより作製した薄膜が良好な電荷移動度を示す、空気中の酸素に対して安定な液晶性半導体材料を提供する。
【解決手段】下記一般式(I)で表される化合物又はその混合物を主成分とする液晶性有機半導体材料。


(式中、A1〜A12はそれぞれ独立に、水素原子又はフッ素原子を示し、R1及びR2はそれぞれ独立に、水素原子、フッ素原子、シアノ基、トリフルオロメチル基又は、炭素数1〜20のアルキル基、アルコキシ基、アルキルスルファニル基、アルコキシメチル基、アルコキシカルボニル基若しくはアルキルカルボニルオキシ基を示す。nは0又は1である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶性を有するフェニルアセチレン系化合物を主成分とする有機半導体材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機半導体材料は、有機薄膜トランジスターなどの有機デバイスを構成する重要な部材であるが、この有機材料には共役系オリゴマー等の共役系化合物が用いられ、有機デバイスの性能や作製はその化合物の特性に大きく依存する。このため、実用化においては、半導体薄膜の電荷移動度だけでなく、薄膜作製のプロセスや化合物の酸素に対する安定性などに関しても条件を満たすことが求められている。現在、材料開発の研究は実用化に向けて精力的に進められている。
【0003】
ペンタセンなどのアセン系化合物(縮合多環状化合物)やチオフェン環を連結したオリゴチオフェン系化合物は、これまでに最も詳細に研究されており、オリゴチオフェン4〜6量体の蒸着膜及びペンタセンやルブレンなどの単結晶は、実用化の観点からは十分高い電荷移動度を示すことが報告されている(非特許文献1,2)。しかし、これらの化合物は空気中で酸化されやすいため、デバイスの性能が急速に劣化するとの指摘がある(非特許文献3,4)。加えて、有機溶媒に難溶であるため、成膜プロセスに制限がある。
【0004】
一方、単環且つ非ヘテロ環であるベンゼン環を基盤とする共役系化合物において、ベンゼン環とアセチレン結合を交互に連結したオリゴフェニレンエチニレンでは、4量体及び5量体(これらは有機溶媒に難溶である)の蒸着膜がそれぞれ、0.001、0.045cm/Vsの電荷移動度を示すことが報告されている(非特許文献5,6)。この系においては、成膜プロセスの改善及び電荷移動度の向上が求められている。
【0005】
オリゴフェニレンエチニレンにおいて、無置換体のものでは、2量体(ベンゼン環2個とアセチレン結合1個からなる、1,2−ジフェニルアセチレン)及び3量体(ベンゼン環3個とアセチレン結合2個からなる、1,4−ビス(フェニルエチニル)ベンゼン)が有機溶媒に可溶であるため、これらの誘導体を用いれば、簡便な成膜プロセスである塗布法などの溶液プロセスが可能となる。しかしながら、一般に、これまでの蒸着膜の電荷移動度の研究から、同種の共役系オリゴマーにおいては、共役長を短くすると電荷移動度は小さくなることが知られているため(非特許文献1,5〜7)、これら2量体及び3量体では、4量体の電荷移動度0.001cm/Vsを大幅に下回ることが予測され、有機半導体材料としての良好な電荷移動度を示すものを得るのは、通常困難であると考えられていた。そのため、これら2量体及び3量体は、有機半導体材料として検討されてこなかった。
【0006】
一方、これら共役系骨格の短いものにおいては、1,4−ビス(フェニルエチニル)ベンゼン自身が液晶性を示すため(非特許文献8)、末端に様々な置換基を持った液晶化合物や側方にフッ素原子が置換した液晶化合物が合成されている(特許文献1、非特許文献9〜17)。また、1,2−ジフェニルアセチレン化合物においても、柔軟鎖や極性基の導入により液晶性を示すものが知られている(非特許文献18〜21)。
【0007】
一般に、液晶化合物を用いると、すなわち、液晶性を利用した簡便な成膜プロセスにより、良質な分子配向薄膜を作製できることが知られている(非特許文献22)。これまでに、上述のフェニルアセチレン系の液晶化合物において、幾つかのものが分子配向薄膜において高複屈折を示すことが知られているものの(特許文献1、非特許文献16,17,20,21)、有機半導体材料としての有用性は未だ検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公平6−62458
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Adv.Mater.,2003,15,917−922
【非特許文献2】Mater.Today,2007,10,20−27
【非特許文献3】J.Mater.Chem.,2005,15,3026−3033
【非特許文献4】Chem.Soc.Rev.,2010,39,2643−2666
【非特許文献5】Jpn.J.Appl.Phys.,2006,45,L1331−L133
【非特許文献6】Chem.Commun.,2007,2278−2280
【非特許文献7】Chem.Phys.Lett.,2008,452,110−114
【非特許文献8】Liq.Cryst.,1996,20,287−292
【非特許文献9】Polym.Bulletin,1990,23,177−184
【非特許文献10】Liq.Cryst.,1991,10,229−242
【非特許文献11】J.Mater.Chem.,1995,5,219−221
【非特許文献12】Chem.Commun.,1999,20,2493−2494
【非特許文献13】Chem.Mater.,2000,12,472−480
【非特許文献14】J.Mater.Chem.,2005,15,690−697
【非特許文献15】Liq.Cryst.,2008,35,119−132
【非特許文献16】Appl.Phys.Lett.,1999,74,344−346
【非特許文献17】Liq.Cryst.,2001,28,1375−1387
【非特許文献18】Tetrahedron,1981,37,2815−2821
【非特許文献19】Chem.Mater.,1991,3,107−115
【非特許文献20】J.Mater.Chem.,2000,10,1555−1563
【非特許文献21】Liq.Cryst.,1993,13,301−305
【非特許文献22】液晶ディスプレイのすべて(工業調査会),1993,9−41
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は従来の技術における上記した実状に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明の目的は、簡便な成膜プロセスにより作製した薄膜が良好な電荷移動度を示す、空気中の酸素に対して安定な液晶性半導体材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、特定構造を有し、液晶性を示す化合物の薄膜が高い電荷移動度を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、次のような特徴を有するものである。
(1)下記一般式(I)で表される化合物又はその混合物を主成分とする液晶性有機半導体材料。
【化1】

(式中、A1〜A12はそれぞれ独立に、水素原子又はフッ素原子を示し、R1及びR2はそれぞれ独立に、水素原子、フッ素原子、シアノ基、トリフルオロメチル基又は、炭素数1〜20のアルキル基、アルコキシ基、アルキルスルファニル基、アルコキシメチル基、アルコキシカルボニル基若しくはアルキルカルボニルオキシ基を示す。nは0又は1である。)
(2)前記有機半導体材料は分子配向していることを特徴とする(1)に記載の有機半導体材料。
(3)前記(1)又は(2)に記載の有機半導体材料から成る有機半導体薄膜。
(4)前記(1)又は(2)に記載の有機半導体材料を含む有機デバイス。
(5)前記(3)に記載の有機半導体薄膜を備える有機半導体デバイス。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、簡便な成膜プロセスにより、空気中の酸素に対して安定で、良好な電荷移動度を示す有機半導体薄膜を提供することができる。したがって、この半導体薄膜を利用すると、有機薄膜トランジスターなどの良好な有機デバイスを低コストで製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は1,4−ビス(フェニルエチニル)ベンゼン骨格の構造的特徴を示した図。
【図2】図2は自己組織化により分子配向している例を示した模式図。
【図3】図1は化合物1の薄膜の偏光顕微鏡写真。(a)135℃、(b)95℃。(実施例2)
【図4】図2は化合物1の薄膜(135℃)のタイムオブフライト過渡電流波形を示した図。(実施例4)
【図5】図3は化合物1の薄膜(95℃)のタイムオブフライト過渡電流波形を示した図。(実施例4)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の有機半導体材料は、一般式(I)で表されるフェニルアセチレン系化合物又はその混合物を主成分とするものである。
【0016】
前記一般式(I)において、A1〜A12はそれぞれ独立に、水素原子又はフッ素原子を示し、A1〜A12は全て水素原子又はフッ素原子であってもよい。A1〜A12が全てフッ素原子でない場合は、対称性が高くなるように偶数のフッ素原子が置換していることが好ましい。
【0017】
前記一般式(I)において、R1及びR2はそれぞれ独立に、水素原子、フッ素原子、シアノ基、トリフルオロメチル基又は、炭素数1〜20のアルキル基、アルコキシ基、アルキルスルファニル基、アルコキシメチル基、アルコキシカルボニル基若しくはアルキルカルボニルオキシ基である。これらは、化合物の熱的性質、すなわち液晶相の発現・安定性及び融点・透明点に加えて、有機溶媒に対する溶解性及び2種類以上の化合物の混合性(相溶性)などを制御するためのものである。R1及びR2のアルキル基、アルコキシ基、アルキルスルファニル基、アルコキシメチル基、アルコキシカルボニル基及びアルキルカルボニルオキシ基は、直鎖でも分岐鎖であってもよい。
【0018】
本発明に係る一般式(I)で表される1,4−ビス(フェニルエチニル)ベンゼン化合物(n=1)は、種々の方法により製造することができる。例えば、非特許文献9,11,15,17、又はInorg.Chimica Acta,1994,200,289−296に開示されている合成法に準じて、下記製造例1及び2に示す方法で製造することができる。
【0019】
<製造例1>
【化2】

【0020】
すなわち、パラジウムトリフェニルホスフィン錯体/ヨウ化銅などのPd含有触媒の存在下、室温〜90℃の温度において1〜24時間反応させるカップリング反応(例えば、ソノガシラ反応など)により、エチニル置換ベンゼン(2a)と1−ブロモ−4−ヨードベンゼン(3)から1−フェニル−2−(4−ブロモフェニル)アセチレン(4)を得、これとエチニル置換ベンゼン(2b)から1,4−ビス(フェニルエチニル)ベンゼン化合物(Ib)を製造することができる。その反応には、溶媒としてトリエチルアミンなどのアミンを用いることが望ましい。ソノガシラ反応については、Chem.Rev.,2000,100,1605−1644に詳しく説明されている。
【0021】
1とR2が同一の置換基である化合物(Ia)については、例えば、下記製造例2に示す方法で製造することができる。
【0022】
<製造例2>
【化3】

【0023】
すなわち、エチニル置換ベンゼン(2a)とジヨード置換ベンゼン(3)とをパラジウムトリフェニルホスフィン錯体/ヨウ化銅などのPd含有触媒の存在下、室温〜90℃の温度において1〜24時間反応させるカップリング反応により化合物(Ia)を製造することができる。
【0024】
エチニル置換ベンゼン(2a,2b)は、例えば、非特許文献16に開示されている合成法に準じ、ブロモ又はヨード置換ベンゼン誘導体とトリメチルシリルアセチレンとを反応させた後、アルカリ条件下で処理する方法などにより製造できる。
【0025】
本発明に係る一般式(I)で表される1,2−ジフェニルアセチレン化合物(n=0)は、種々の方法により製造することができる。例えば、非特許文献19又は20に開示されている合成法に準じ、下記製造例3示す方法により製造することができる。
【0026】
<製造例3>
【化4】

【0027】
すなわち、エチニル置換ベンゼン(2a)とブロモ置換ベンゼン(2c)とをパラジウムトリフェニルホスフィン錯体/ヨウ化銅などのPd含有触媒の存在下、室温〜90℃の温度において1〜24時間反応させるカップリング反応により化合物(Ic)を製造することができる。
【0028】
本発明の有機半導体材料は、前記一般式(I)で表される化合物を単一で、又は混合物として用いる。単一で用いる場合は、その化合物が液晶化合物でなければならないが、混合物として用いる場合は、混合物が液晶性を示せば良く、混合物中の化合物が全て液晶化合物である必要はない。例えば、非特許文献12に開示されているように、液晶化合物と非液晶化合物の1:1の混合物が液晶性を示せば良い。
【0029】
単一のもので液晶性を示すものとしては、例えば、非特許文献9に開示されている化合物(A1〜A12=水素原子、R1=R2=OC715(ヘプチルオキシ基)、n=1)などが挙げられる。この化合物は、再結晶により得られたものはフレーク状の結晶であるが、加熱過程において、68℃で結晶相1から結晶相2への相転移、128℃で結晶相2から結晶相3への相転移、177℃で結晶相3からスメクチック相への相転移、179℃でスメクチック相からネマチック相への相転移、223℃でネマチック相から等方相(液体)への相転移を起こす。また、冷却過程においては、加熱過程の相転移が可逆的に起こる。
【0030】
また、本発明においては、有機半導体材料は、前記一般式(I)で表される化合物又は混合物を主成分とする材料であっても良い。この場合も液晶性を示すことは必須であるが、主成分は好ましくは90%以上(より好ましくは、95%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上)である。主成分以外の成分としては、ベンゼン環などの芳香環を含む共役系骨格を有する液晶化合物等が挙げられる。
【0031】
ここで、液晶とは、固体(結晶相ともいう)と液体(等方相ともいう)との中間的な状態である物質のことである。液晶状態においては、分子全体が液体のような流動性を示しながら、結晶に似た構造上の規則性を有する。物質を固体状態から加熱して液体状態にする際、液晶状態を経由する場合、又は液体状態を冷却して固体状態にする際、液晶状態を経由する場合、物質は「液晶性を示す」という。物質が液晶状態となるのは、加熱及び冷却の両過程において、又は冷却過程のみにおいてである。
【0032】
通常、物質が液晶状態になる時、すなわち、液晶相を形成する時、分子の並び方における構造上の規則性の違いによって、液晶相はネマチック相とスメクチック相に区別され、スメクチック相は学術的にはさらにA、B、C等と区別される。ここでは、単にスメクチック相と記載している。また、液晶相を形成する物質においては、結晶相が1つではない場合がある(分子パッキング、すなわち分子の位置及び配向が異なる)。ここでは、非特許文献9に従って、上述のように、1、2、3を付けて区別している。
【0033】
液晶性の有無の判定は、偏光顕微鏡による光学組織の観察及び示差走査熱量測定により行うことができる。前者の方法では、ガラス板に試料をのせ、これを加熱・冷却装置(例えば、メトラー社のホットステージ)を用いて加熱又は冷却しながら、試料の状態を偏光顕微鏡により観察する。この時、物質が液晶状態になると、すなわち、スメクチック相やネマチック相を形成すると、その液晶相に特有の光学組織(模様)を観察することができる。等方相(液体)では光学組織は消失する(暗視野となる)。光学組織が形成された温度、光学組織が変化した温度、光学組織が消失した温度を読み取ると、液晶相の判別ができ、かつ相転移温度を決めることができる。後者の方法では、相転移の温度及び熱量を測定できる。結晶と液体との間に液晶相があれば、それがピークとして現れる。また、結晶−結晶相転移は、その変化が小さいため、偏光顕微鏡による目視では見落としやすいが、この熱量測定ではその有無も容易に判定できる。
【0034】
本発明の有機半導体材料における前記一般式(I)で表される化合物は、空気中の酸素に対して非常に安定である。したがって、以下に示す成膜プロセス(液晶プロセス及び溶液プロセス)は空気中で行うことができる。窒素などの不活性ガス雰囲気装置(グローブボックスなど)は必要としない。
【0035】
本発明において、前記一般式(I)で表されるフェニルアセチレン系化合物を良好な有機半導体材料とするためには、分子配向薄膜を作製する必要があるが、このような薄膜は液晶プロセスにより作製できる。例えば、室温で結晶状態のものを透明点(液体に相転移する温度)まで加熱して、ラビング処理した2枚の基板から成るセルに吸入し、徐々に冷却してネマチック相やスメクチック相などの液晶相を経由して薄膜状態とする方法により作製できる。冷却速度は、毎分5℃以下、好ましくは毎分1〜2分程度である。
【0036】
また、本発明に係る前記一般式(I)で表されるフェニルアセチレン系化合物は、メタノールやエタノール等の低炭素数のアルコールを除き、通常の有機溶媒、例えば、シクロヘキサン、トルエン、クロロベンゼン、ジクロロメタン、クロロホルム、テトラヒドロフランなどに可溶である。とりわけ、ジクロロメタンやクロロホルム等のハロゲン化炭化水素に対する溶解度は良好である。このため、塗布法などの溶液プロセスにより目的とする薄膜を作製できる。例えば、クロロホルム溶液を表面処理を施した基板に塗布後、乾燥させる(溶媒を除く)ことにより、薄膜が得られる。成膜後、必要に応じてアニールすることにより、膜に欠陥部分があれば消失できる。アニール時間は、2時間以下、好ましくは10分〜1時間程度である。
【0037】
本発明に係るフェニルアセチレン系化合物は、芳香族環が単環かつ非ヘテロ環のベンゼン環であり、しかもその数が少ないにもかかわらず、良好な電荷移動度を示すものである。これは、該フェニルアセチレン系化合物を主成分とする有機材料が液晶性を示す場合、以下のことが要因となり、分子間において共役系骨格のパイ軌道が効果的に重なっている(共役系骨格が効果的にスタッキングしている)ことによるものと推測される。
・ベンゼン環がアセチレン結合を介して連結しており、共平面構造を有する。すなわち、図1に示されているように、ベンゼン環の面は共に同じ平面上にある。
・共役系骨格の長軸とアセチレン炭素−炭素結合の方向が一致しており、すなわち、図1のように、共役系骨格の長軸とアセチレン結合の方向が共平面において重なっており、共役系骨格が直線性を有する。
・上述の構造的特徴をもつ分子が自己組織化能を有する(図2は自己組織化により分子が配向している例の模式図である。分子は重なっているが、図の4層に限らない)。
【0038】
2つのベンゼン環が直結したビフェニルにおいては、その二面角が15〜30度であることが知られている。ベンゼン環の両オルト位(2位及び6位)の水素原子ともう1つのベンゼン環の両オルト位の水素原子との間に立体反発があるため、2つのベンゼン環は共平面構造をとることはできない。アセチレン結合を介してベンゼン環を連結すると、ビフェニルでの立体反発は解消され、共平面構造をとることができる。アセチレン結合により両オルト位の水素原子が離れるためである。共役系骨格が共平面構造を有すると、図2のように分子がスタッキングし、その結果、良好な電荷移動度が得られる。
【0039】
電荷移動度の高いオリゴチオフェンやペンタセンにおいても共役系骨格は平面性を有している。しかしながら、これらの化合物では最高被占軌道(HOMO)のエネルギーレベルが高いため、これが高い電荷移動度の主要な因子であると考えられていた。HOMOエネルギーレベルの高さの順は化合物の色で大まかに判断できる。結晶の色が無色、黄、橙、赤、紫、青であれば、HOMOエネルギーレベルもその順に従って高い。オリゴチオフェンやペンタセンは橙色や紫色を呈するが、本発明に係るフェニルアセチレン系化合物は無色である。これまで無色である化合物は電荷移動度の研究対象として重要視されていなかったが、本発明の電荷移動度の結果は共役系骨格の平面性の重要性を示すものである。
【0040】
本発明に係るフェニルアセチレン系化合物においては、共役系骨格の平面性に加えて、直線性も重要な因子である。共役系骨格の対称性が極めて高いため、スタッキングしている分子間において、パイ軌道が効果的に重なることができる。これは、良好な電荷移動度を示すことに大きく貢献しているはずである。
【0041】
本発明でいう「自己組織化」とは、ファンデルワールス力やパイ−パイスタッキング力等に基づく分子間相互作用によって、分子が自ら、分子長軸が同じ方向を向いて並ぶ(すなわち、配向・配列する)ことにより、分子全体が構造上の規則性を有する組織体となること意味する。分子間相互作用は分子固有のものであり、共役系骨格の長さや置換基などの分子構造を変えることにより、ある程度まで制御可能である。適度な分子間相互作用を持たせることにより、自己組織化が可能となり、物質に液晶状態を持たせることができるが、分子間相互作用が弱すぎたり強すぎたりすると、自己組織化ができず、物質は液晶性を示さない。
【0042】
本発明に係るフェニルアセチレン系化合物は、前記一般式(I)においてnは0又は1であるが、好ましくはn=1である。n=1の共役系骨格は、n=0よりも長い分、より効果的にスタッキングすることができる。一方、n=1よりも長い共役系骨格では、すなわちn≧2の場合、化合物は液晶性を示さないため、上述の自己組織化を利用した成膜プロセス(液晶プロセス及び溶液プロセス(アニール処理を含む))により分子配向薄膜を作製することはできない。
【0043】
本発明の有機半導体材料から成る有機半導体薄膜は、0.001cm/Vs以上、好ましくは0.01cm/Vs以上、より好ましくは0.03cm/Vs以上、さらに好ましくは0.1cm/Vs以上の良好な電荷移動度を示すことから、有機薄膜トランジスターや有機薄膜光電変換素子、有機電界発光素子などの有機デバイスにおいて、電荷輸送層として用いることができる。
【0044】
例えば、有機薄膜トランジスターにおいては、本発明の有機半導体薄膜は、活性層の役割を担うことができる。トランジスターは、基板、絶縁体層、電荷輸送層(活性層)、ソース電極、ドレイン電極及びゲート電極から成り、具体的には、Pioneer R&D,2005,15(2),62−69に開示されている、(a)トップコンタクト型、(b)ボトムコンタクト型、(c)トップ&ボトムコンタクト型及び(d)縦型静電誘導型などの構造を有するものである。いずれの構造体においても、活性層の分子は、共役系骨格のスタッキング方向がソース電極からドレイン電極への方向(電荷の移動方向)と同じになるように並んでいることが望ましい。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら制限されるものではない。
【0046】
(実施例1)
〔化合物1(A1〜A12=H、R1=R2=OC715、n=1)の製造〕
化合物1は、A1〜A12が水素原子、R1とR2が同一の置換基であるため、製造例2を用いて製造した。
【化5】

【0047】
窒素雰囲気下、1−エチニル−4−へプチルオキシベンゼン1.00 g(4.62mmol)と1,4−ジヨードベンゼン0.700g(2.12 mmol)の混合物にピペリジン50mLを加えた。これにジクロロビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(II)125mg(0.178mmol)とヨウ化銅(I)66mg(0.35mmol)を加え、室温で15時間撹拌した。反応混合物にヘキサン100mL/ジクロロメタン50mLと塩化アンモニウム水溶液を加えた。有機層を水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、減圧下で溶媒を留去した。残留物をジクロロメタン/エタノールから再結晶し、化合物1を0.931g(収率87%)得た。化合物1の純度はH−NMRスペクトル及びTLC分析より99%以上であった。
化合物1:白色結晶、相転移温度(℃):結晶相1(68)結晶相2(128)結晶相3(177)スメクチック相(179)ネマチック相(223)等方相、1H NMR(CDCl3):δ=0.90(t,6H),1.24−1.40(m,12H),1.40−1.50(m,4H),1.72−1.85(m,4H),1.79(m,4H),3.97(t,4H),6.87(d,4H),7.45(d,4H),7.46(s,4H);13C NMR(CDCl3):δ=14.10,22.62,26.00,29.07,29.21,31.79,68.11,87.88,91.28,114.58,114.90,123.10,131.32,133.07,159.38.
【0048】
(実施例2)
〔有機半導体薄膜の作製〕
有機半導体薄膜は、2枚の透明電極付きガラス基板から成るサンドイッチ型セル(EHC社の評価用セル、電極:インジウム・スズ酸化物(ITO)、ITO膜厚:約300Å、セル間隔:10μm)を用いて作製した。電極間において分子長軸が電極面(基板面)に平行になるように分子を並べるため、セル内側の両電極表面はポリエステル繊維のロール(直径:58mm、回転数:600rpm)によるラビング処理(3回)が施されている。
【0049】
空気中で、セルを225℃に加熱し、化合物1を液体状態でセルに吸入した。その後、セルを毎分3℃の速度で225℃から室温まで冷却した。分子の配向状態は偏光顕微鏡により調べた。図3(a),(b)はそれぞれ、135℃(結晶相3)と95℃(結晶相2)における顕微鏡写真である。境界線で囲まれた領域(例えば、ドメイン1)において分子は同方向に配向しており、領域サイズ(例えば、ドメイン1:幅0.1mm、長さ1mm)はセル間隔(10μm)よりも十分大きい。これは、電極間において分子配向の乱れは無く、電荷移動度の測定に良好な薄膜であることを示している。
【0050】
(実施例3)
空気中での酸素劣化の加速試験として、以下の試験を行った。空気中、化合物1の結晶(3mg)をスライドガラスにのせ、190℃(ネマチック相)に加熱し、ヘラでならした後、100℃に冷却し、この温度で24時間放置した。この試料を顕微鏡で観察したが、酸化劣化に起因する黄褐色物は見られなかった。加えて、このものは加熱及び冷却過程において、酸化劣化の試験なしの結晶と同じ温度で相転移が起こった。これらの結果は、化合物1が空気中の酸素に対して非常に安定であることを示している。
【0051】
(実施例4)
〔電荷移動度の測定〕
実施例2において作製した有機半導体薄膜の電荷移動度は、タイムオブフライト法により測定した。すなわち、薄膜に1×103〜1×104V/cmまでの電場を印加し、Nd:YAGレーザー(波長1064nm)を励起源とする波長可変レーザーによって正電極側から波長345nmのパルス光の照射を行い、発生した電流波形をデジタルオシロスコープで記録した。
【0052】
図4は、化合物1の135℃(結晶相3)におけるタイムオブフライト過渡電流波形である。この図は、印加電場(2×103、5×103、1×104V/cm)の変化に応じて、電流波形がどのように変化するかを示している。いずれの場合においても、電流の減衰曲線に屈曲点が見られる。平坦部分が終わり減衰が始まる時間(トランジットタイム)から、正電荷移動度を求めることができる。いずれの電場条件においても、0.033cm2/Vsという比較的高い値が得られた。
【0053】
図5は、化合物1の95℃(結晶相2)におけるタイムオブフライト過渡電流波形である(電場:1×103、2×103、4×103V/cm)。図2と同様に、電流波形に屈曲点が見られ、トランジットタイムから正電荷移動度を求めることができる。いずれの電場条件においても、0.12cm2/Vsという高い値が得られた。
【0054】
上述の結晶相3及び結晶相2の電荷移動度の値は、フェニルアセチレン系骨格の構造的特徴(ベンゼン環が共平面構造を有し、かつ、骨格が直線性を有する)及び分子の自己組織化能を反映し、共役系骨格が効果的にスタッキングしていることによるものと推測される。また、結晶相2の値は結晶相3よりも高いが、結晶相2では分子間のパイ軌道の重なりがより大きくなるように分子が並んでいると考えられる。これらの結果は、縮合多環やヘテロ環を使わずにベンゼン環とアセチレン結合を連結した共役系骨格を用いて、良好な電荷移動度を実現できることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の有機半導体材料は、有機薄膜トランジスターや有機薄膜光電変換素子、有機電界発光素子などの有機デバイスの電荷輸送層として使用することができる。すなわち、光学系及び電子系デバイスの分野において、有機エレクトロニクス材料としての使用が可能である。また、本発明に係るフェニルアセチレン系化合物は有機溶媒に可溶であることから、プリンテッドエレクトロニクス用の有機半導体材料としての使用も可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表される化合物又はその混合物を主成分とする液晶性有機半導体材料。
【化1】

(式中、A1〜A12はそれぞれ独立に、水素原子又はフッ素原子を示し、R1及びR2はそれぞれ独立に、水素原子、フッ素原子、シアノ基、トリフルオロメチル基又は、炭素数1〜20のアルキル基、アルコキシ基、アルキルスルファニル基、アルコキシメチル基、アルコキシカルボニル基若しくはアルキルカルボニルオキシ基を示す。nは0又は1である。)
【請求項2】
前記有機半導体材料は分子配向していることを特徴とする請求項1に記載の有機半導体材料。
【請求項3】
前記請求項1又は2に記載の有機半導体材料から成る有機半導体薄膜。
【請求項4】
前記請求項1又は2に記載の有機半導体材料を含む有機デバイス。
【請求項5】
前記請求項3に記載の有機半導体薄膜を備える有機半導体デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−33823(P2013−33823A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−168600(P2011−168600)
【出願日】平成23年8月1日(2011.8.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】