説明

樹脂組成物、摺動部材及び摺動装置

【課題】潤滑油や作動油などの潤滑剤存在下で好適に使用され、低摩擦係数と優れた耐摩耗性を併有する樹脂組成物、これを摺動部位に適用した摺動部材、この摺動部材を適用した摺動装置及び自動車用ピストンを提供すること。
【解決手段】ポリアミド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂及びエポキシ樹脂から成る群より選ばれた少なくとも1種の母材樹脂と、表面エネルギーが200〜400μN/cmであり、且つ波長600nmにおける可視光透過率が10%以上であるフッ素樹脂と、モース硬度が1〜2である黒鉛と、を含有する樹脂組成物。
樹脂組成物を含有して成る被膜を基材の摺動部位の少なくとも一部に備える摺動部材。
摺動部材を備え、摺動部材が潤滑剤の存在下で摺動する摺動装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低摩擦係数と優れた耐摩耗性を併有する樹脂組成物、摺動部材及び摺動装置に係り、更に詳細には、潤滑油や作動油などの潤滑剤存在下で好適に使用される樹脂組成物、これを摺動部位に適用した摺動部材、この摺動部材を適用した摺動装置及び自動車用ピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関においては、高回転、高圧縮比、軽量化及び燃費向上が、従来にも増して強く要求されている。
このような要求を実現するためには、摺動部位においてはフリクション低減及び耐摩耗性・耐焼付き性の向上が必要となってきている。
【0003】
また、摺動部位の低フリクション化や耐摩耗性・耐焼付き性向上を実現するための一つの方策として、従来より、ポリアミドイミド、ポリイミド、エポキシ等のバインダー及び二硫化モリブデン、グラファイト、ポリテトラフルオロエチレン等の固体潤滑剤を配合してなる潤滑塗料をコーティングする方法が採用されている。
【0004】
具体的には、ポリアミドイミド及びポリイミドのうち少なくとも一方をバインダーとして50〜73wt%、これに固体潤滑剤としてポリテトラフルオロエチレンを3〜15wt%、二硫化モリブデンを20〜30wt%、及びグラファイトを2〜8wt%の範囲で、合計27〜50wt%の固体潤滑剤を添加することを特徴とした摺動用樹脂組成物が開示されている(特許文献1参照。)。
【0005】
また、ポリアミドイミド樹脂と、エポキシシランおよびエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種の塗膜改質剤と、窒化珪素およびアルミナから選ばれる少なくとも1種の硬質粒子と、を有する乾性被膜潤滑剤よりなる被膜層が、母材の摺動面となる表面の少なくとも一部に形成されており、母材の摺動面となる表面の少なくとも一部が、表面粗さが十点平均粗さで8〜18μmRzとなるように条痕を有する摺動部材が開示されている(特許文献2参照。)。
【特許文献1】特許第3017626号明細書
【特許文献2】特開2004−149622号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1に記載の摺動用樹脂組成物にあっては、摺動部位のフリクション低減を、主にポリテトラフルオロエチレンを添加することによって達成しているが、潤滑油存在下では、ポリテトラフルオロエチレンは樹脂組成物の親油性を阻害するため、濡れ性確保の観点から添加量が制限される。
このためフリクション低減効果には限界があり、更なるフリクション低減効果を得るのは困難な状況である。
【0007】
また、上記特許文献2に記載の乾性被膜潤滑剤よりなる被膜層により、摺動部材の耐摩耗性は向上するが、摺動部材のフリクションは母材樹脂の摩擦係数に依存することから、フリクション低減のためには、ポリテトラフルオロエチレン、二硫化モリブデン、グラファイト等の固体潤滑剤を添加する必要があり、フリクションという観点においては、依然として不十分なものであった。
【0008】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、潤滑油や作動油などの潤滑剤存在下で好適に使用され、低摩擦係数と優れた耐摩耗性を併有する樹脂組成物、これを摺動部位に適用した摺動部材、この摺動部材を適用した摺動装置及び自動車用ピストンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、ポリアミド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂及びエポキシ樹脂から成る群より選ばれた少なくとも1種の母材樹脂と、表面エネルギーが200〜400μN/cmであり、且つ波長600nmにおける可視光透過率が10%以上であるフッ素樹脂と、モース硬度が1〜2である黒鉛と、を含有する樹脂組成物を用いることなどにより、上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明の樹脂組成物は、母材樹脂とフッ素樹脂と黒鉛とを含有して成る樹脂組成物であり、かかる母材樹脂は、ポリアミド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂及びエポキシ樹脂から成る群より選ばれた少なくとも1種を含有し、かかるフッ素樹脂は、そのフッ素樹脂の表面エネルギーが200〜400μN/cmであり、且つそのフッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率が10%以上であり、かかる黒鉛は、その黒鉛のモース硬度が1〜2であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の摺動部材は、上記本発明の樹脂組成物を含有して成る被膜を基材の摺動部位の少なくとも一部に備えることを特徴とする。
このような摺動部材の具体的な一態様としては、例えば樹脂組成物を含有して成る被膜をピストンのスカート部に適用して成る自動車用ピストンなどを挙げることができる。
【0012】
更に、本発明の摺動装置は、上記本発明の摺動部材を備える摺動装置であって、かかる摺動部材が潤滑剤の存在下で摺動することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、母材樹脂とフッ素樹脂と黒鉛とを含有して成り、該母材樹脂は、ポリアミド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂及びエポキシ樹脂から成る群より選ばれた少なくとも1種を含有し、該フッ素樹脂は、該フッ素樹脂の表面エネルギーが200〜400μN/cmであり、且つ該フッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率が10%以上であり、該黒鉛は、該黒鉛のモース硬度が1〜2である樹脂組成物を用いることなどとしたため、潤滑油や作動油などの潤滑剤存在下で好適に使用され、低摩擦係数と優れた耐摩耗性を併有する樹脂組成物、樹脂組成物を摺動部位に適用した摺動部材、この摺動部材を適用した摺動装置及び自動車用ピストンを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の樹脂組成物について詳細に説明する。本明細書及び特許請求の範囲において、「%」は特記しない限り質量百分率を表すものとする。
【0015】
上述の如く、本発明の樹脂組成物は、母材樹脂とフッ素樹脂と黒鉛とを含有して成る。
そして、かかる母材樹脂は、ポリアミド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂又はエポキシ樹脂、及びこれらの任意の組合わせに係る母材樹脂を含有する。
また、かかるフッ素樹脂は、そのフッ素樹脂の表面エネルギーが200〜400μN/cmであり、且つフッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率が10%以上である。
更に、かかる黒鉛は、その黒鉛のモース硬度が1〜2である。
【0016】
ここで、含有する母材樹脂としては、樹脂組成物を形成した際に、使用環境に応じた耐熱性を有していることが望ましい。
例えば、自動車用内燃機関に適用する場合には、自動車用内燃機関の部品は、部品温度が150℃程度に上昇することから、150℃以上の耐熱性を有することが望ましい。
かかる150℃以上の耐熱性を有するか否かを測定するには、例えばISO75で規定される1.8MPa応力作用下での熱変形温度が非強化状態で150℃以上であるか否かを測定すればよい。
【0017】
また、詳しくは後述するが、本発明の樹脂組成物は、その使用態様の1つとして、基材の摺動部位の少なくとも一部を被覆して用いる場合があるので、例えばエアースプレーやスクリーン印刷、ディッピングなどによるコーティングによって被膜化が容易な母材樹脂材料であることが望ましい。
【0018】
これらの条件を満たす母材樹脂として、代表的には、上述したような熱可塑性樹脂であるポリアミド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、又は熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂などを挙げることができる。なお、これらを適宜混合させても共重合させてもよい。
【0019】
また、ガラス転移温度が250℃以上と耐熱性が高く、分子鎖中に架橋構造を有するため被膜が強固であり、更に基材との密着性に優れているという観点からは、ポリアミドイミド樹脂を母材樹脂として含有させることが望ましい。
【0020】
母材樹脂としてポリアミドイミド樹脂を適用する場合には、乾燥ないし焼成して被膜化する前においてポリアミドイミド樹脂材料は、その数平均分子量が1000〜10000であることが好ましく、2000〜8000であることがより好ましく、4000〜8000であることが更に好ましい。
【0021】
数平均分子量が1000未満の場合は、分子鎖の絡み合いが少ないため、樹脂組成物の耐摩耗性が低下する場合がある。
一方、数平均分子量が10000を越える場合は、ポリアミドイミド樹脂の母材樹脂としての摩擦係数が高くなり、その結果、樹脂組成物の摩擦係数が高くなることがある。また、樹脂組成物の基材との密着性が低下し、剥離が発生し易くなることがある。
【0022】
また、含有するフッ素樹脂は、表面エネルギーが200〜400μN/cmであり、且つ波長600nmにおける可視光透過率が10%以上であることを要する。
【0023】
一般的に、潤滑油や作動油などの潤滑剤の表面エネルギーは250〜350μN/cm程度である。一方、フリクション低減のために適用される一般的なフッ素樹脂の表面エネルギーは170〜200μN/cm程度であることから、潤滑条件下で一般的なフッ素樹脂を適用した場合は、油との親和性が悪化するため、フッ素樹脂を含有させても無潤滑条件下のようなフリクション低減効果は得られない。
そこで、本発明においては、フッ素樹脂の表面エネルギーを上記200〜400μN/cmの範囲へと改質することによって、好ましくは表面エネルギーを250〜350μN/cmの範囲へと改質することによって、油膜生成、及び油中添加剤の吸着等が阻害されることがなくなり、油膜と固体潤滑材の相乗効果を発揮することができる。
【0024】
また、フッ素樹脂はフリクションが低いために耐摩耗性が劣っており、一般的なフッ素樹脂を含有させた場合には、フッ素樹脂が存在する部位周辺が選択的に摩耗し、結果として樹脂組成物全体の摩耗量が増加する傾向がみられる。
【0025】
フッ素樹脂の耐摩耗性を改善するためには、結晶サイズを縮小することが有効である。即ち、結晶サイズを縮小化することにより、結晶の流動性が増大して相手材への移着が容易となり、移着膜生成が促進され、耐摩耗性を改善することができる。また、摩耗粉サイズが縮小することによっても耐摩耗性を改善することが可能となる。
【0026】
結晶サイズの大小に関しては、可視光透過率で判別することが可能であり、例えば、上述したように、フッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率を10%以上とすることによって、十分な耐摩耗性を得ることができる。
【0027】
上述の如き、表面エネルギーが200〜400μN/cm、且つ波長600nmにおける可視光透過率が10%以上であるフッ素樹脂は、例えば酸素分圧が1333Pa以下の不活性ガス雰囲気下、そのフッ素樹脂原料の融点以上に加熱し、フッ素樹脂原料に電離性放射線を1〜10kGyの範囲で照射し、その後、酸素存在下で熱エネルギーを付与することによって得ることができる。
【0028】
なお、上記の改質したフッ素樹脂は、従来のフッ素樹脂と比較して不飽和結合量が増加しており、樹脂組成物に添加して用いた場合に、フッ素樹脂の分子鎖中の不飽和結合が母材樹脂の例えば官能基と反応することによって、母材樹脂とフッ素樹脂の密着性が向上するという副次的な効果も発現する。
【0029】
また、本発明の樹脂組成物においては、含有するフッ素樹脂は平均粒径が1〜50μmのフッ素樹脂粒子であることが好ましく、平均粒径が1〜30μmのフッ素樹脂粒子であることがより好ましい。
フッ素樹脂粒子の平均粒径が1μm未満の場合には、母材樹脂中に均一に分散させることが困難となり、一方で、平均粒径が50μmを超える場合には、粗大粒子となるために、母材樹脂の強度、特に衝撃強度及び疲労強度を低下させる可能性がある。
【0030】
更に、本発明の樹脂組成物においては、フッ素樹脂の含有量が、当該樹脂組成物全量を基準として5〜40%であることが好ましく、10〜30%であることがより好ましい。
フッ素樹脂の含有量が5%未満の場合には、十分なフリクション低減効果が得られないことがあり、一方で、含有量が40%を越える場合には、これ以上フッ素樹脂を含有させてもフリクション低減効果が飽和するとともに、機械的強度が低いフッ素樹脂の含有量が増えるため、樹脂組成物の機械的特性が大幅に低下してしまうことがある。
【0031】
一方、含有する黒鉛は、モース硬度が1〜2であることを要する。
【0032】
母材樹脂中に上述の如きフッ素樹脂のみを含有させた場合には、母材樹脂よりも低硬度であるフッ素樹脂が存在することにより、耐摩耗性が低下してしまう。
そこで、本発明においては、低フリクションと耐摩耗性の確保を両立するため、母材樹脂中に上述のフッ素樹脂と共に上記のモース硬度1〜2である黒鉛を含有させることを要する。
また、黒鉛は母材樹脂に比較して高硬度であり、特定の結晶面におけるせん断強度が低いことから、一般的に低フリクションと耐摩耗性の確保の観点から充填材として添加されるケースが多いが、本発明においては黒鉛のモース硬度を1〜2と規定する。
黒鉛のモース硬度を1未満にした場合は、耐摩耗性の向上効果が殆どなく、一方で、モース硬度が2を超える場合には、黒鉛が摺動相手材へ食い込むためフリクションが増大するとともに、特に摺動相手材がアルミニウム合金等の軟質金属の場合には、相手材の磨耗を促進してしまうからである。
【0033】
また、本発明の樹脂組成物においては、含有する黒鉛は、平均粒径が1〜30μmの黒鉛粒子であることが好ましく、平均粒径が1〜10μmの黒鉛粒子であることがより好ましい。
黒鉛粒子の平均粒径が1μm未満の場合には、母材樹脂中に均一に分散させることが困難となり、一方で、平均粒径が30μmを超える場合には、粗大粒子となるために、母材樹脂の強度、特に衝撃強度及び疲労強度を低下させる可能性があり、また樹脂組成物の平滑性が低下してフリクションが悪化することがある。
【0034】
更に、本発明の樹脂組成物においては、含有する黒鉛の形状は、樹脂組成物を薄肉にすることで配向方向を制御可能な鱗片状であることが望ましい。
鱗片状の黒鉛粒子を摺動方向と平行に配向させることにより、フリクション低減が可能になるだけでなく、黒鉛粒子のエッジが露出し難くなるために、相手材攻撃性が減少する。
なお、鱗片状の黒鉛粒子の場合には、レーザー回折式粒度分析計を用いて平均粒径を規定すればよい。
【0035】
更にまた、本発明の樹脂組成物においては、黒鉛の含有量が、当該樹脂組成物全量を基準として2〜40%であることが好ましく、2〜10%であることがより好ましい。
黒鉛の含有量が2%未満の場合には、耐摩耗性の改善効果が認められず、一方で、黒鉛の含有量が40%を越える場合には、樹脂組成物の平滑性が低下するために、フリクションが増大し、フッ素樹脂を含ませたことによるフリクション低減効果が消失することがある。
【0036】
次に、本発明の摺動部材及び摺動装置について詳細に説明する。
上述の如く、本発明の摺動部材は、上記本発明の樹脂組成物を含有して成る被膜を基材の摺動部位の少なくとも一部に備えるものである。
このような被膜を形成することにより、摺動させる際の摩擦係数を低減し、耐摩耗性を向上させることができる。また、摺動部位の全面に被膜を形成してもよい。
ここで、「基材」としては、特に限定されるものではないが、例えば鉄基合金やアルミニウム合金などの金属やポリエーテルエーテルケトンやポリフェニレンスルフィドなどの樹脂、カーボン繊維強化プラスチックなどの炭素材等を用いることができる。
上述したように、本発明の摺動部材は、その一態様として、例えばピストンのスカート部に適用して成る自動車用ピストンを挙げることができ、他の態様として、例えば軸受や人工関節の摺動部分などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0037】
更に、本発明の摺動部材においては、被膜の膜厚は2〜70μmとすることが好ましく、2〜50μmとすることがより好ましい。
膜厚が2μm未満の場合には、十分な耐久性を保持することが困難である一方、膜厚が70μmを超える場合には、均質な被膜を作製することが困難となるからである。
【0038】
更にまた、本発明の摺動部材においては、摺動部位の表面粗さが、最大表面粗さRzで15μm以下であることが、本発明の樹脂組成物の耐摩耗性をより効果的に発揮することができるという観点から好ましく、10μm以下であることがより好ましく、8μm以下であることが特に好ましい。
摺動部位の表面粗さが、最大表面粗さRzで15μmを超える場合には、凸部頂点での接触面圧が高くなり、樹脂組成物の摩耗量が増大してしまうからである。
【0039】
また、本発明の摺動装置は、上記本発明の摺動部材を備える装置で、この摺動部材を潤滑剤の存在下で摺動させるものである。
ここで、「潤滑剤」としては、例えば、従来公知の潤滑油や作動油を好適に用いることができ、グリース、水、アルコールなど添加して用いることができるが、特に摩擦調整剤を添加した潤滑油を用いることが望ましい。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)
<フッ素樹脂粉末の準備>
テトラフルオロエチレンのモールディングパウダー(旭硝子社製、G163)に、酸素分圧133Pa、窒素分圧106657Paの雰囲気、350℃加熱条件のもとで電子線(加圧電圧2MeV)を照射線量100kGyで照射し、テトラフルオロエチレンを改質し、その後、平均粒径が10μmとなるまでジェットミルで粉砕して、テトラフルオロエチレン改質粉末を得た。これをフッ素樹脂粉末1とした。
【0042】
<樹脂組成物前駆体の準備>
N−メチル−2−ピロリドン(NMP)を溶媒とし、イソシアネート法で合成したポリアミドイミド樹脂材料(数平均分子量:6000)75質量部に対して、上記フッ素樹脂粉末1を20質量部、黒鉛粉末(人造黒鉛、モース硬度:2、平均粒径:4μm、形状:鱗片状)を5質量部添加し、ビーズミルで30分間撹拌して、樹脂組成物前駆体を得た。これを樹脂組成物前駆体1とした。
【0043】
<摺動部材の作製>
上記樹脂組成物前駆体1を、基材である脱脂済みのアルミニウム合金AC8A製プレート(25×75×15mm、長手方向の最大表面粗さRz=10μm)に膜厚が20±5μmとなるようにエアースプレーで塗布し、空気中、180℃で60分間焼成し、樹脂組成物の被膜を形成して、本例の摺動部材を得た。
なお、得られた樹脂組成物の被膜において、フッ素樹脂の表面エネルギーが280μN/cmであることを水とヨウ化メチレンの接触角測定により確認し、フッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率が23%であることをJIS K7361の方法により確認し、黒鉛のモース硬度が2であることをモース硬度試験機により確認した。
【0044】
(実施例2)
<樹脂組成物前駆体の準備>
NMPを溶媒とし、イソシアネート法で合成したポリアミドイミド樹脂材料(数平均分子量:2000)69質量部に対して、上記フッ素樹脂粉末1を20質量部、黒鉛粉末(人造黒鉛、モース硬度:2、平均粒径:4μm、形状:鱗片状)を6質量部、ポリエーテルエーテルケトン樹脂粉末(ビクトレックスエムシー社製、450PF、平均粒径:3μm)5質量部添加し、ビーズミルで30分間撹拌して、樹脂組成物前駆体を得た。これを樹脂組成物前駆体2とした。
【0045】
<摺動部材の作製>
上記樹脂組成物前駆体2を用いた以外は、実施例1の摺動部材の作製と同じ操作を繰り返して、本例の摺動部材を得た。
なお、得られた樹脂組成物の被膜において、実施例1と同様の方法で、フッ素樹脂の表面エネルギーが280μN/cmであり、フッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率が23%であり、黒鉛のモース硬度が2であることを確認した。
【0046】
(比較例1)
<樹脂組成物前駆体の準備>
NMPを溶媒とし、イソシアネート法で合成したポリアミドイミド樹脂材料(数平均分子量:2000)65質量部に対して、ポリテトラフルオロエチレン粉末(旭硝子社製、L150J(乳化重合タイプ)、平均粒径:10μm)を10質量部、二硫化モリブデン粉末(住鉱潤滑剤社製、平均粒径1.5μm)を20質量部、黒鉛粉末(人造黒鉛、モース硬度:2、平均粒径:4μm、形状:鱗片状)を5質量部添加し、ビーズミルで30分間撹拌して、樹脂組成物前駆体を得た。これを樹脂組成物前駆体3とした。
【0047】
<摺動部材の作製>
上記樹脂組成物前駆体3を用いた以外は、実施例1の摺動部材の作製と同じ操作を繰り返して、本例の摺動部材を得た。
なお、得られた樹脂組成物の被膜において、実施例1と同様の方法で、フッ素樹脂の表面エネルギーが190μN/cmであり、フッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率が0%であり、黒鉛のモース硬度が2であることを確認した。
【0048】
(比較例2)
<樹脂組成物前駆体の準備>
NMPを溶媒とし、イソシアネート法で合成したポリアミドイミド樹脂材料(数平均分子量:2000)80質量部に対して、ポリテトラフルオロエチレン粉末(旭硝子社製、L150J(乳化重合タイプ)、平均粒径:10μm)を10質量部、アルミナ粉末(アドマテックス社製、A0−900H、平均粒径:5μm)を10質量部添加し、ビーズミルで1時間撹拌して、樹脂組成物前駆体を得た。これを樹脂組成物前駆体4とした。
【0049】
<摺動部材の作製>
上記樹脂組成物前駆体4を用いた以外は、実施例1の摺動部材の作製と同じ操作を繰り返して、本例の摺動部材を得た。
なお、得られた樹脂組成物の被膜において、実施例1と同様の方法で、フッ素樹脂の表面エネルギーが190μN/cmであり、フッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率が0%であることを確認した。
【0050】
(比較例3)
<樹脂組成物前駆体の準備>
NMPを溶媒とし、イソシアネート法で合成したポリアミドイミド樹脂材料(数平均分子量:6000)80質量部に対して、上記フッ素樹脂粉末1を20質量部添加し、ビーズミルで30分間撹拌して、樹脂組成物前駆体を得た。これを樹脂組成物前駆体5とした。
【0051】
<摺動部材の作製>
上記樹脂組成物前駆体5を用いた以外は、実施例1の摺動部材の作製と同じ操作を繰り返して、本例の摺動部材を得た。
なお、得られた樹脂組成物の被膜において、実施例1と同様の方法で、フッ素樹脂の表面エネルギーが280μN/cmであり、フッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率が23%であることを確認した。
【0052】
[評価試験]
(摩擦試験)
本発明の樹脂組成物の摩擦特性を把握するため、実施例1〜3並びに比較例1及び2の摺動部材の摩擦試験をエンジンオイル滴下条件下で実施した。
【0053】
摩擦特性の測定には、往復動するプレート上に円柱状試験片を押し当てる方式の往復動摩擦試験機(協和技研、FRICTION ANALYZER RTF−3)を使用した。摺接する相手材には、硬度がロックウェル硬さで95〜103HRB、表面粗さが中心線平均粗さで0.2μmRa程度のFCA材を用い、相手材形状は直径8mm、高さ25mmの円柱状とした。
一方、摺動面に滴下するエンジンオイルには日産純正エンジンオイルのSJストロングセーブXMスペシャル 5W−30を用いた。
【0054】
図1は、摩擦試験の概要を示す説明図である。同図に示すように、摩擦試験を実施するに当たり、樹脂組成物で被覆したアルミニウム合金AC8A製プレート1を往復動するスライド台10にプレートの長手方向が矢印Aで示すスライド台移動方向と平行となるように取り付け、FCA製円柱状試験片20を試験片の長手方向がスライド台移動方向に直交するように取り付けた。
【0055】
次に、上部から矢印Bで示す980Nの垂直荷重をFCA製試験片(圧子)20に付与し、FCA製試験片と樹脂組成物の圧接部にエンジンオイルを2cc滴下した。
樹脂組成物で被覆したアルミニウム合金AC8A製プレートを設置したスライド台の移動量は50mmとし、移動速度は1.0m/secとした。摩擦試験は、合計18000サイクル実施し、試験開始から3000サイクル毎に1往復した際の摩擦係数の波形を測定器に取り込み、静摩擦係数及び動摩擦係数を求めた。静摩擦係数の経時変化を図2に示す。
【0056】
図2より、実施例1及び2並びに比較例3については、比較例1及び2よりも静摩擦係数が低下する。これは、樹脂組成物中に含まれる表面エネルギーが200〜400μN/cmであり、且つ波長600nmにおける可視光透過率が10%以上であるフッ素樹脂がオイル潤滑下においても固体潤滑剤として有効に機能しているためと考えられる。
【0057】
次に、動摩擦係数の経時変化を図3に示す。図3より、実施例1及び2並びに比較例3については、静摩擦係数と同様に、比較例1及び2よりも低下する傾向が認められる。実施例1及び2並びに比較例3の動摩擦係数が低下しているのは、樹脂組成物中に含まれる表面エネルギーが200〜400μN/cmであり、且つ波長600nmにおける可視光透過率が10%以上であるフッ素樹脂が相手材に移着膜を生成するとともに、その移着膜の親油性が高いためと考えられる。
【0058】
(摩耗試験)
また、18000サイクル終了後に樹脂組成物で被覆したアルミニウム合金AC8A製プレートの摺動部位の両端部及び中央部において、移動方向に対し直角方向の表面粗さを測定し、樹脂組成物の摩耗深さを求めた。摩擦試験後の摩耗深さの測定結果を表1に示す。
【0059】
【表1】

【0060】
表1より、実施例1及び2については、モース硬度が1〜2である黒鉛を添加することにより、比較例3よりも樹脂組成物の摩耗が抑制されている。
特に、実施例2については更にポリエーテルエーテルケトン樹脂を含有させたため、実施例1に比較してフリクションを低減させつつ、耐摩耗性も向上させることが可能になっている。
【0061】
一方、比較例1では、一般的なポリテトラフルオロエチレンを含有させたため、黒鉛を含有させたにもかかわらず、テトラフルオロエチレン含有部が選択的に摩耗し、結果的に樹脂組成物全体の摩耗が促進され、実施例1及び2に比較して摩耗深さが増大したと考えられる。
【0062】
また、比較例2については、樹脂組成物自体の摩耗量は抑制されているが、FCA製円柱状試験片の頂点部分に縦傷が発生した。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】摩擦試験の概要を示す説明図である。
【図2】静摩擦係数の経時変化を示すグラフである。
【図3】動摩擦係数の経時変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0064】
1 プレート
10 スライド台
20 円柱状試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材樹脂とフッ素樹脂と黒鉛とを含有して成る樹脂組成物であって、
上記母材樹脂は、ポリアミド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂及びエポキシ樹脂から成る群より選ばれた少なくとも1種を含有し、
上記フッ素樹脂は、該フッ素樹脂の表面エネルギーが200〜400μN/cmであり、且つ該フッ素樹脂の波長600nmにおける可視光透過率が10%以上であり、
上記黒鉛は、該黒鉛のモース硬度が1〜2である、ことを特徴とする樹脂組成物。
【請求項2】
上記フッ素樹脂は平均粒径1〜50μmのフッ素樹脂粒子であることを特徴とする請求項1に記載の樹脂組成物。
【請求項3】
上記フッ素樹脂は平均粒径1〜30μmのフッ素樹脂粒子であることを特徴とする請求項1に記載の樹脂組成物。
【請求項4】
上記フッ素樹脂の含有量が、当該樹脂組成物全量を基準として5〜40%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の樹脂組成物。
【請求項5】
上記フッ素樹脂の含有量が、当該樹脂組成物全量を基準として10〜30%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の樹脂組成物。
【請求項6】
上記黒鉛は平均粒径1〜30μmの黒鉛粒子であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つの項に記載の樹脂組成物。
【請求項7】
上記黒鉛は平均粒径1〜10μmの黒鉛粒子であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つの項に記載の樹脂組成物。
【請求項8】
上記黒鉛は鱗片状の黒鉛粒子であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つの項に記載の樹脂組成物。
【請求項9】
上記黒鉛の含有量が、当該樹脂組成物全量を基準として2〜40%であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1つの項に記載の樹脂組成物。
【請求項10】
上記黒鉛の含有量が、当該樹脂組成物全量を基準として2〜10%であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1つの項に記載の樹脂組成物。
【請求項11】
上記母材樹脂は、少なくともポリアミドイミド樹脂を含有し、該ポリアミドイミド樹脂は数平均分子量が1000〜10000であるポリアミドイミド樹脂材料を焼成して成るものに由来することを特徴とする請求項1〜10のいずれか1つの項に記載の樹脂組成物。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1つの項に記載の樹脂組成物を含有して成る被膜を基材の摺動部位の少なくとも一部に備えたことを特徴とする摺動部材。
【請求項13】
上記被膜の厚みが2〜70μmであることを特徴とする請求項13に記載の摺動部材。
【請求項14】
上記摺動部位の表面粗さが、最大表面粗さRzで15μm以下であることを特徴とする請求項13又は14に記載の摺動部材。
【請求項15】
請求項13〜15のいずれか1つの項に記載の摺動部材を備える摺動装置であって、
上記摺動部材が潤滑剤の存在下で摺動することを特徴とする摺動装置。
【請求項16】
請求項13〜15のいずれか1つの項に記載の摺動部材をピストンスカート部に適用して成ることを特徴とする自動車用ピストン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−169426(P2007−169426A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−368095(P2005−368095)
【出願日】平成17年12月21日(2005.12.21)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【出願人】(591213173)住鉱潤滑剤株式会社 (42)
【Fターム(参考)】