説明

気体中の微量ヒ素の全量捕集法及び全量分析法

【課題】気体に含まれるガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物の全量を捕集し、大気レベルのヒ素濃度の測定を可能とする気体中の微量ヒ素の全量捕集方法及び全量分析方法を得る。
【解決手段】気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析するに際して、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物及び微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルター及びフッ素樹脂フィルターらなる捕集単位を複数段配置して捕集することを特徴とする気体中微量ヒ素の全量捕集方法及び全量分析法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気体中の微量ヒ素(砒素)の全量捕集法及び全量分析法に関し、より詳しくはる燃料ガス、排ガス、あるいは大気などの気体中の微量ヒ素化合物の全量を捕集する方法及びその全量を分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒ素は、自然界において普遍的に存在している。地殻や土壌中には硫化物や酸化物の形の無機ヒ素化合物として平均5ppm程度含まれ、河川水中にはそれら無機ヒ素化合物として1〜30ppm程度含まれ、海水中には無機ヒ素化合物、有機ヒ素化合物の総量として平均2ppm程度存在している。また、ヒ素は、生物圏にも微量存在し、陸上生物に比べて海洋生物に高濃度の有機ヒ素化合物が含まれていることが知られている。
【0003】
そのほか、化石燃料の燃焼時や各種金属の精錬、ごみの焼却時に発生する排ガス中の煤塵粒子中にも、ヒ素化合物が含まれていることが知られている。排ガス中のヒ素化合物は、主として揮発性のヒ化物(Arsenide)すなわち金属化合物であるが、三酸化二ヒ素などの揮発性のヒ素酸化物も含まれている。
【0004】
また、大気中には、それら自然界、例えば土壌の巻き上げや人為的な発生源、例えば排ガスに由来してヒ素化合物が含まれており、平成15年度の環境省の実績データによると、大気中に平均1.7ng/m3のヒ素化合物が存在していることが報告されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、排ガス、大気などの環境分野や燃料ガスなどのガス品質管理分野においては、それら気体中のヒ素の有無、それが有の場合、その程度を測定し把握することが必要である。ヒ素の分析を行うにあたって参考になる測定法として、JIS K 0083(1997)(非特許文献1)で定めた排ガス中のヒ素測定法及び環境省(旧環境庁)が示している大気中のヒ素測定法(非特許文献2)がある。
【0006】
【非特許文献1】JIS K 0083(1997)
【非特許文献2】環境庁「有害大気汚染物質測定方法マニュアル(平成9年2月)」
【0007】
そのうち、排ガス中のヒ素測定法(以下、適宜“JIS法”と言う。)は、被測定ガスを吸収液(過マンガン酸カリウム水溶液、本明細書中適宜“KMnO4水溶液”と言う。)に通過させる方法である。この方法は、吸収液を用いることから、流速が遅い(約60L/hr)ため、採取ガス量が少なくなり、大気濃度レベル(1ng/m3)の測定は不可能である。
【0008】
一方、大気中のヒ素測定法(以下、適宜“環境省法”と言う。)は、大気中のヒ素をハイボリュームサンプラーやローボリュームサンプラーを用いてフィルターによって採取し、その量を定量する方法である。この方法によれば、大流量の大気を長時間流すことによって、フィルターを通過させる大気量を稼ぎ、ばいじんを多量に捕集することで、大気レベルの微量のヒ素全量の測定も可能である。しかし、この方法は、フィルターで捕集される粒子状物質に含まれるヒ素化合物のみを定量し、ガス状のヒ素化合物やフィルターで捕集できない超微粒子中のヒ素化合物は定量できない。
【0009】
以上のように、JIS法では、採取ガス量が少ないため、大気濃度レベル(1ng/m3)の測定はできない。一方、環境省法では、ガス状ヒ素化合物は捕集できず、また超微粒子中のヒ素化合物は捕集できないため、大気に含まれるヒ素全量を把握しているとは言えない。
【0010】
大気中に存在するヒ素の存在形態は、一般に、大半が酸化物であり、粒子状物質となっている。ヒ素酸化物は、それ自体が粒子状であるほか、ばいじん等の粒子に含まれている場合もある。しかし、どの程度の粒子状物質にどれだけヒ素酸化物が含まれているのか、特に、PM2.5(=粒径2.5μm以下の粒子状物質)の微粒子中にどれだけヒ素化合物が存在しているかについては全く知見がない。
【0011】
さらに、大気や排ガスなどの環境ガス、あるいは燃料ガスなどの工業ガスの中には、ガス状のヒ素化合物が存在している可能性があり、現に、本発明者らは、予備実験等により、それらガス中に、フィルター孔径1μmのPTFEフィルターには捕捉されないものの、KMnO4水溶液には捕捉されたケースを経験している。
【0012】
そのような事情から、現在も、ヒ素の捕集方法、捕集ヒ素の前処理法の検討が続けられている。本発明者らは、その一環として、PTFEフィルター等を用いる環境省法では捕集できない、気体中のガス状ヒ素化合物や超微粒子中のヒ素化合物も捕集でき、しかも環境省法よりさらに高流速(1m3/hr以上)で捕集できる方法の開発を目指した。
【0013】
ここで、ヒ素に限らず、一般に、微量成分を測定する場合の定量下限は、(a)微量成分の捕集による濃縮、(b)採取した試料の前処理、(c)測定装置の感度の向上、の三つの要因の相乗効果により決まる。そこで、(a)微量成分の捕集による濃縮については、気体に含まれる微粒子中のヒ素化合物及びガス状ヒ素化合物が大流量で捕集できる捕集材、(b)捕集、採取した試料の前処理については、試料の分解から、定量までの前処理を現在の方法よりもコンタミネーションを防ぎ、高精度にすること、(c)測定装置の感度の向上については、現状の測定法をより高感度にするための測定法、の三つの条件、課題について検討した。
【0014】
そして、実証試験により、それらそれぞれの課題をクリアし、気体に含まれる、ガス状ヒ素化合物も、微粒子状ヒ素化合物も、微粒子中のヒ素化合物も捕集可能な捕集材を開発し、さらに捕集試料の前処理法を含む高感度測定法の検討を行うことで、上記(a)〜(c)の条件を満たす方法を開発することができた。
【0015】
すなわち、本発明は、気体に含まれる、ガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物の全量を捕集する方法を提供し、また、大気レベルのヒ素濃度の測定を可能とする気体中の微量ヒ素の全量分析法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明(1)は、気体中微量ヒ素の全量捕集方法である。そして、気体中の微量ヒ素化合物の捕集して分析するに際して、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルターにより捕集することを特徴とする。
【0017】
本発明(2)は、気体中微量ヒ素の全量捕集方法である。そして、気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析するに際して、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルター及びフッ素樹脂フィルターにより捕集することを特徴とする。
【0018】
本発明(3)は、気体中微量ヒ素の全量捕集方法である。そして、気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析するに際して、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルター及びフッ素樹脂フィルターからなる捕集単位を複数段配置して捕集することを特徴とする。後述のとおり、捕集単位は二段(すなわち二連)でも十分であるが、必要に応じて三段(三連)以上配置してもよい。
【0019】
本発明(4)は、気体中微量ヒ素の全量分析法である。そして、気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析するに際して、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルターにより捕集した後、該KMnO4担持のガラス繊維フィルター中のヒ素化合物を酸分解し、次いで、水溶液濃度を上げるために、酸分解後の水溶液を順次、下記(a)〜(e)の操作により濃縮することを特徴とする。
(a)酸分解水溶液にKMnO4水溶液を加える。
(b)、(a)で得た水溶液にアンモニア水を加えてpHを7〜8に調整する。
(c)、(b)の水溶液に還元剤である塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を滴下して生成沈殿側にヒ素化合物を移す。
(d)、(c)の沈殿物を濾過して残渣を集める。
(e)、(d)の残渣に過剰の塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を加えて残渣を溶解し、酸及び還元剤を加える。
【0020】
本発明(5)は、気体中微量ヒ素の全量分析法である。そして、気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析するに際して、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルター及びフッ素樹脂フィルターにより捕集した後、該KMnO4担持のガラス繊維フィルター及びフッ素樹脂フィルター中のヒ素化合物を酸分解し、次いで、水溶液濃度を上げるために、酸分解後の水溶液を順次、下記(a)〜(e)の操作により濃縮することを特徴とする。
(a)酸分解水溶液にKMnO4水溶液を加える。
(b)、(a)で得た水溶液にアンモニア水を加えてpHを7〜8に調整する。
(c)、(b)の水溶液に還元剤である塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を滴下して生成沈殿側にヒ素化合物を移す。
(d)、(c)の沈殿物を濾過して残渣を集める。
(e)、(d)の残渣に過剰の塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を加えて残渣を溶解し、酸及び還元剤を加える。
【発明の効果】
【0021】
本発明(1)〜(5)によれば、KMnO4担持のガラス繊維フィルターにより、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物の全量を捕捉、捕集し、KMnO4との反応により酸化物に変えることで捕集することができる。また、本発明(2)、(3)及び(5)のように、KMnO4担持のガラス繊維フィルターの後段にフッ素樹脂フィルターを配置することにより、二酸化ヒ素、三酸化ヒ素などの微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物をより完璧に捕集することができる。
【0022】
本発明によれば、大気、排ガス、あるいは燃料ガスなどの気体中の微量ヒ素化合物の全量を捕集して分析することにより、大気レベルのヒ素濃度(=測定定量下限がガス量50m3を採取したとき、1ng/m3)の測定が可能である。本発明は、排ガスや大気などの環境関連分野における気体中のヒ素の調査、燃料ガスなどの品質管理分野における気体中のヒ素の調査に利用することができる。本発明においては気体中の微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物をも捕集するが、それら微粒子の大きさに上限、下限はなく、いわゆる超微粒子も含まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明においては、大気、排ガス、あるいは燃料ガスなどの気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物及び微粒子中のヒ素化合物の捕集材として、KMnO4担時のガラス繊維フィルター(以下、適宜“KMnO4ガラス繊維フィルター”とも言う。)を用いることが重要である。このフィルターは、ガラス繊維にKMnO4水溶液を含浸し、乾燥することにより、ガラス繊維にKMnO4を担持することで構成される。この捕集材により、大気、排ガス、あるいは燃料ガスなどの気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物及び微粒子中のヒ素化合物をきわめて有効に捕集することができる。
【0024】
なお、特許第3471446号公報には、半導体製造工程のプロセスガスなどに含まれる金属不純物を強酸耐性材料である多孔質ガラスからなる多孔体により捕集することが開示されている。しかし、その多孔質ガラスからなる多孔体は、ガラス繊維とは製造方法、形状、構造、特性を異にし(非特許文献3)、また同公報で捕集すると言う金属不純物は、具体的にはFe、Al、Mn、Ni、Cu、Zn、Cr、あるいはそれらの化合物であり、ヒ素やヒ素化合物を捕捉するのでもない。
【0025】
【特許文献1】特許第3471446号公報
【非特許文献3】社団法人セラミックス協会編、1989年4月10日発行「セラミック工学ハンドブック」p.1150−1155、p.1188−1190
【0026】
以下、本発明を開発するに至るまでの経過を含めて、本発明を順次説明する。
【0027】
〈KMnO4水溶液法:JIS法〉
図1は、JIS法すなわちJIS K 0083(1997)で規定された排ガス中のヒ素分析法における試料採取装置である。ダクトを流れる排ガスは、水分凝縮を避けるため必要に応じて保温、加熱しながら、冷却槽中に配置された二個の吸収瓶に順次通された後、ガラスフィルター、乾燥管等を経て排出される。ダクトを流れる排ガスは真空ポンプで吸引される。
【0028】
各吸収瓶には、水素化ヒ素などのガス状ヒ素化合物の吸収液としてJIS K 8247で規定するKMnO4水溶液(KMnO4の0.5gを水に溶かして100mLとしたもの)を各50mLずつ収容し、冷却槽で0〜10℃に保持する。
【0029】
〈フィルター法:環境省法〉
環境省法すなわち、前述、環境庁「有害大気汚染物質測定方法マニュアル(平成9年2月) 第IV章 大気中のニッケルおよびヒ素の測定方法」に従い、大気中の浮遊粉じんをハイボリウムエアサンプラーを用いてフィルター上に捕集する。分粒装置を使用しないで全ての粒子を捕集し、捕集した試料をヒ素の分析に供する。この試料採取装置は図2に示す構造である。図2(a)のとおり、本装置はフィルターホルダA、ポンプB、流量測定部Cからなり、これらは保護ケースに収容、配置される。
【0030】
フィルターホルダーAは、捕集用フィルター4を保持した窓側のフレーム2、7、漏斗状部1からなる。図2(b)のとおり、捕集用フィルター4は、漏斗状部1に連なるフレーム2に支持されたステンレス製金網3上に配置される。図2(b)中、5はフッ素樹脂製テープ、6はパッキン、8は締付け具である。なお、環境省法では、捕集用フィルター4として、石英繊維製フィルター、フッ素樹脂製フィルター、ニトロセルロース製フィルター等を用いるとされているが、本実験ではフッ素樹脂の一種であるPTFEフィルターを使用した。
【0031】
〈本発明による方法:KMnO4ガラス繊維フィルター法〉
図3は、本発明によるヒ素化合物捕集に用いた試料採取装置である。図3のとおり、試料ガスラインに順次、一段目と二段目との二段(すなわち二連)のKMnO4ガラス繊維フィルター、乾式ガスメーターを配置した。また、各KMnO4ガラス繊維フィルターについては、順次、SUS304製ホルダー、PTFEパッキン、KMnO4ガラス繊維フィルター、PTFEフィルター、SUS304製サポート板及びSUS304製ホルダーをガス密に配して構成した。
【0032】
そのうち、KMnO4ガラス繊維フィルターは、ガラス繊維ろ紙(厚さ=0.74mm、直径=47mm、商品名=GA−200)に、KMnO4水溶液を含浸し、乾燥することでガラス繊維にKMnO4を担持したものである。
【0033】
本試料採取装置では、一段目のKMnO4ガラス繊維フィルターの後段と二段目のKMnO4ガラス繊維フィルターの後段にそれぞれPTFEフィルターを配しているが、PTFEフィルターは、気体に含まれる微粒子状ヒ素化合物、微粒子中のヒ素化合物のうちのごく一部がKMnO4ガラス繊維フィルターで捕捉できなかったときにも、それらをより完璧に捕捉するためのものである。
【0034】
以上の三方法により、試料ガス中ヒ素化合物の捕集試験を行った。この試料ガスは、ヒ素の標準試料から、水素化物発生装置により、水素化ヒ素(アルシン:AsH、沸点=−55℃)を発生させ、それをArガス中、約1.5μg/m3(ヒ素換算)となるように調製したものである。水素化ヒ素濃度をそのように高濃度としたのは、三方法による結果を比較しやすくするためである。捕集試験は、三方法とも、各流速ごとに3m3の試料ガスを通して実施した。
【0035】
〈捕集した試料の前処理法:酸分解〉
捕集した試料を前処理した。前処理法は、ICP分光分析法(誘導結合高周波プラズマ分光分析法、以下“ICP法”と言う。)により定量する前の処理であり、いずれもJIS法に準拠し、試料中の水素化ヒ素(ヒ素化合物)を硝酸及び硫酸を用いて完全分解する方法を適用した。前処理に供した捕集試料は、JIS法では二個の吸収瓶中のKMnO4水溶液、環境省法ではPTFEフィルター、本発明法では二連のKMnO4ガラス繊維フィルターである。
【0036】
なお、本発明法では二連のKMnO4ガラス繊維フィルターの各後段にPTFEフィルターを配置している。しかし、PTFEフィルターは、粒子状のヒ素化合物、粒子中のヒ素化合物の捕集には有効であるが、PTFEフィルターのみを用いる環境省法での試験結果(後述表2参照)から水素化ヒ素等のガス状ヒ素化合物の捕集効果はなく、且つKMnO4ガラス繊維フィルターの捕集効果の有無をみる上では無関係であるため、ここでの前処理の対象とはしていない。本発明の気体中の微量ヒ素の全量分析法において、KMnO4ガラス繊維フィルターの後段にPTFEフィルターを配してヒ素化合物を捕集する場合にはPTFEフィルターを含めて前処理することはもちろんである。
【0037】
また、上記酸分解に用いる硝酸は、ヒ素をICP法や原子吸光光度法で定量するに際して妨害となる。このため、水素化ヒ素を水溶液化した後、硝酸を追い出す操作が必要である。その追い出し操作にはケルダール分解法、すなわちケルダールフラスコを用いて、加熱しながら不溶解分を水溶液化するとともに、硝酸を追い出す作業を一貫して行う方法が最良と判断して採用した。前処理までの試験条件を纏めて表1に示している。なお、表1中“%”は“wt%”であり、この点、後述表4、表6及び表8においても同じである。
【0038】
【表1】

【0039】
前処理後の各試料ガスについてICP法により水素化ヒ素濃度を測定した。分析装置としてパーキンエルマ社製のICP装置(=ICP分光分析装置)を用いた。三方法における各捕集流速ごとの測定結果を表2に示している。なお、表2中“ヒ素濃度(μg/m3)”は、水素化ヒ素濃度をヒ素(元素)濃度に換算した値であり、この点、後述表7においても同じである。
【0040】
【表2】

【0041】
表2のとおり、環境省法では、PTFEフィルターのみを用いているが、この方法でのヒ素濃度は0.01μg/m3未満で、殆ど効果はなく、PTFEフィルターにはガス状ヒ素化合物である水素化ヒ素の捕集効果はないことを示している。JIS法では、KMnO4水溶液を用いているが、流速0.8L/minで1.3μg/m3、流速2.2L/minでは1.5μg/m3と、流速0.8L/minに比べて少しだけ向上する。しかし、流速2.3L/minでは1.3μg/m3となり、それ以上流速を上げても水素化ヒ素の捕集効果は向上しないことを示している。
【0042】
これに対して、本発明法によるヒ素濃度は、KMnO4水溶液を用いるJIS法のヒ素濃度に対して相対的に高く、捕集流速を速くすることでより良好な捕集効果を示している。すなわち、本発明法によると、流速2.0L/minでは1.2μg/m3であるが、流速4.5L/minで1.6μg/m3と向上し、流速9.0L/minでは1.9μg/m3となり、流速12.0L/minでも1.7μg/m3の値を示している。
【0043】
〈酸分解水溶液の濃縮法の検討〉
ここで、前記前処理法すなわちJIS法に準拠した通常の前処理法では、酸分解操作中の洗浄作業などに起因し、水溶液量として50mL以上となり、希薄な水溶液になってしまった。そこで、水溶液濃度を上げるために、以下(a)〜(e)の手順を基本にして、酸分解水溶液にヒ素化合物の沈殿を生成し、濃縮する方法を検討した。
(a)酸分解水溶液にKMnO4水溶液を加える。
(b)、(a)で得た水溶液にアンモニア水を加え、pHを7〜8に調整する。
(c)、(b)の水溶液に還元剤である塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を滴下して沈殿を生成させる(沈殿側にヒ素化合物を移す)。
(d)、(c)の沈殿物を濾過し、残渣を集める。
(e)、(d)の残渣に過剰の塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を加えて残渣を溶解し、次いで酸及び還元剤を加えて10mLにする。ここで、酸として硫酸を用い、還元剤として塩酸、ヨウ化カリウム及びL−アスコルビン酸を用いた。
【0044】
ヒ素標準試薬により一定量のヒ素(100μg:ヒ素換算)を含む水溶液を生成した。
(A) この水溶液について、上記(a)〜(e)のとおりの濃縮操作を実施し、残渣中のヒ素濃度を測定してヒ素の残渣側への濃縮効率を調べた。
(B) また、(b)の操作のアンモニア水による中和の効果を調べるため、アンモニア水を加えずに沈殿を生成させて濃縮する操作を行い、残渣中のヒ素濃度を測定し、ヒ素の残渣側への濃縮効率を調べた。
(C) さらに、(b)の操作で、pHを7〜8に調整するのに代えて、過剰のアンモニア水を添加して沈殿を生成させ、塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を加えずに、濃縮を行った場合の残渣中のヒ素濃度を測定し、ヒ素の残渣側への濃縮効率を調べた。
【0045】
これら(A)〜(C)のいずれの場合にも、水溶液量は、前記前処理法での50mLに対して10mLになっており、5倍に濃縮されている。表3はこれらの結果である。
【0046】
【表3】

【0047】
表3のとおり、(A)すなわち前述(a)〜(e)のとおりの濃縮操作では、ヒ素は、ほぼ100%残渣側に濃縮されている。
【0048】
一方、(B)の濃縮操作では、(A)の濃縮操作より残渣側への濃縮率が劣り、試験No.4〜6の各試験ごとにバラツキがあり、(C)の濃縮操作では、残渣側への濃縮率は最大91%強程度であり、濃縮率にもバラツキがあり安定しなかった。これらの原因として、(B)のように中和操作をしない場合は、沈殿粒子が小さく濾過しにくくなるという操作上の問題があり、また(C)の過剰のアンモニア水による沈殿生成の場合は、沈殿生成の速度が遅く、沈殿が十分に生成しないという問題があることが考えられる。
【0049】
以上の結果から、前述(A)すなわち(a)〜(e)のうち、(a)〜(b)のように酸分解水溶液にKMnO4水溶液を加えて得た水溶液にアンモニア水を加え、pHを7〜8に調整することが重要であり、当該(a)〜(b)の操作を含む(a)〜(e)の濃縮操作により、酸分解水溶液を、通常の(すなわちJIS法に準拠した通常仕様の)前処理法に比べて、5倍に濃縮できることが分かった。
【0050】
〈ヒ素の測定試験:ICP法〉
ヒ素化合物の捕集から、酸分解操作、濃縮操作までの以上の結果、知見を利用して、ICP法によるヒ素測定試験を実施した。前記試験と同じく、分析装置としてパーキンエルマ社製のICP装置を用いた。ICP装置に供するガス状ヒ素化合物である水素化ヒ素(水素化物)の発生条件を表4に示している。
【0051】
【表4】

【0052】
表4のとおり、測定時の個々の水素化物発生試薬、すなわちテトラヒドロホウ酸ナトリウムと塩酸(HCL)の濃度を、上記知見に基づき、通常の濃度の5倍とし、これに対応して、ICP装置への試料導入ポンプチューブの内径を変えて、試料導入量を通常の1/5とした。そして、これらの条件下で、ヒ素の測定を継続的に行った。図4に、本ヒ素の測定試験における捕集、酸分解、濃縮(KMnO4水溶液添加から定容まで)、水素化ヒ素発生、測定の工程を纏めて示している。
【0053】
図5は通常仕様の水素化物発生試薬導入の場合の発光強度、図6は通常仕様の5倍濃度の水素化物発生試薬導入の場合の発光強度である。なお、図5〜6中“● 0ppm”として示すグラフは水素化ヒ素を発生せずに測定したデータであり、いわゆるブランクテストに相当している。この点、図7における“● 0ppm”についても同じである。
【0054】
図5のとおり、通常の試薬による発生時の発光強度は約480(a.u.)であるのに対して、図6のとおり、5倍濃度試薬による発生時の発光強度は約2500(a.u.)である。このように、プラズマの安定性を損なわずに、同一濃度における発光強度を約5.5倍上昇できる。すなわち、5倍濃度試薬からの水素化物発生により、同一測定条件で、測定感度を5倍に向上させることができる。本実験では、酸分解水溶液を通常の5倍に濃縮したが、4〜6倍と言うように濃縮することで同一測定条件で、測定感度をその濃縮度に対応して向上させることができる。
【0055】
加えて、通常の水素化物発生試薬からの発生時のICP装置による定量では、瞬時の発光強度を測定しているが、試料導入方法の検討の一環として、試料導入中に、発光強度を継続的に検出することを可能とし、データーの再現性も得られることが明らかになった。このように、発光強度を継続的に検出し、そして発光強度を積算することにより、さらに感度、精度を向上させて定量を行うことが可能となった。
【0056】
〈ICP装置への試料導入前にクッションタンクを設けて実施した試験〉
上記実験では、試料として、水素化物発生装置からのArガスと発生水素化ヒ素ガスの混合ガスをICP装置へ導入している。これに対して、水素化物発生装置とICP分光分析装置との間にクッションタンク(吸収瓶:250mLドレッセル)を設けて、上記と同様に試験した。図7は、通常仕様の5倍濃度の水素化物発生試薬による発生水素化ヒ素ガスについて、クッションタンクを設けた場合における試験結果である。
【0057】
図7のとおり、水素化物発生装置からICP装置への導入ガス(Arガスと発生水素化ヒ素ガスの混合ガス)を、ICP装置に導入する前に、クッションタンクに通すことにより、ICP装置への導入ガス中の水素化ヒ素濃度が均一化され、測定強度のバラツキを小さくすることができる。
【0058】
すなわち、前述図6のとおり、通常の5倍濃度試薬にして発生させた水素化ヒ素ガスによる発光強度は約2500(a.u.)と大きいが、その強度にはバラツキがある。これに対して、図7のとおり、クッションタンクを設けることにより、ICP装置への水素化ヒ素の導入流量が安定化し、測定強度のバラツキを小さくすることができる。
【0059】
また、図8は、図7のデータを基に、濃度に対する発光強度の積算値をグラフ化した図である。図8のとおり、その積算値は0、1、5、10、20μg/Lの、0点を含む5点の相関関係についても直線的、すなわち1次である。このように、水素化ヒ素発生試薬濃度を通常の5倍とし、且つ、クッションタンクを設けることにより、1ppbレベルまで直線が引けるほど安定した測定が可能となることを示している。
【0060】
なお、これにより、実際の定量下限は1μg/Lよりもっと低濃度まで測定可能であるが、KMnO4ガラス繊維フィルターや酸分解操作、試薬まで含めると、これ以上感度を追求してもあまり意味がなく、本発明法のように1μg/Lレベルを正確に出せれば十分と考えられる。
【0061】
〈KMnO4ガラス繊維フィルターを用いた高速捕集試験〉
KMnO4担持のガラス繊維フィルターを用いて高速捕集試験を行った。図9は、本実験でガス状ヒ素(水素化ヒ素)を捕集するために使用した装置の概略である。本装置を使用し、水素化ヒ素を、流速毎分25Lで二連(すなわち二段)のKMnO4担持のガラス繊維フィルターに通した場合と、流速毎分50Lで二連のKMnO4担持のガラス繊維フィルターに通した場合とを実施した。表5はその結果である。なお、表5中“流速”の欄の値は実測値である。
【0062】
【表5】

【0063】
表5のとおり、流速25L/minでの捕集では、一段目でほぼ捕集され、二段目には捕集されない。これに対して、流速50L/minの捕集では、二段目にも全体の16%程度の水素化ヒ素が捕集、検出された。これは、KMnO4担持のガラス繊維フィルターで捕集された水素化ヒ素は、ガラス繊維フィルターに担持されたKMnO4と反応して吸着していると解されたが、フィルター通過速度が速いと、KMnO4と反応しきれないことを示している。しかし、上記事実から、大気レベルの測定は、採取ガス量を増やすことで可能である。また、KMnO4担持のガラス繊維フィルターを二段方式とすることにより、一段目に8割以上の水素化ヒ素の捕集が可能であり、二段目も通過してしまう水素化ヒ素量が回収効率で求められることを考慮すると、流速50L/min、二段方式(二連方式)での捕集で問題ないと解される。
【0064】
〈環境省法と本発明法による大気中のヒ素の捕集試験〉
PTFEフィルターによる環境省法とKMnO4担持のガラス繊維フィルターによる本発明法による大気中のヒ素化合物の捕集試験を実施した。環境省法では図2の装置を使用し、本発明法では図3の装置を使用した。試験条件は表6のとおりであり、表7はその試験結果である。この結果から、本実地試験でのサンプルにはガス状、微粒子状及び微粒子中のヒ素化合物は含まれていないことが分かった。
【0065】
【表6】

【0066】
【表7】

【0067】
以上の結果を基にし、本発明を利用する好ましい“気体中の微量ヒ素の全量捕集法及び全量分析法”、すなわち“サンプリング(=KMnO4担持のガラス繊維フィルター+PTFEフィルターによる気体中のヒ素化合物の捕集)→捕集試料の酸分解・溶液化(=捕集試料の前処理)→前処理済み試料のICP法による分析・定量”の工程例を示すと表8のようになる。
【0068】
【表8】

【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】JIS法による排ガス中のヒ素化合物試料採取装置を示す図
【図2】環境省法による大気中ヒ素化合物試料採取装置を示す図
【図3】本発明法によるヒ素化合物捕集用試料採取装置を示す図
【図4】ヒ素化合物の捕集、酸分解、濃縮、測定の工程を纏めて示した図
【図5】通常の水素化物発生試薬量の場合の結果を示す図
【図6】5倍の水素化物発生試薬量の場合の結果を示す図
【図7】クッションタンク設置前の水素化発生試薬5倍液についての試験結果を示す図
【図8】クッションタンク設置後の水素化発生試薬5倍液についての試験結果を示す図
【図9】〈KMnO4ガラス繊維フィルターを用いた高速捕集試験〉で使用した水素化ヒ素捕集用装置を示す図
【符号の説明】
【0070】
A フィルターホルダー
B ポンプ
C 流量測定部
1 ステンレス製金網
2、7 窓側のフレーム
3 漏斗状部
4 捕集用フィルター
5 フッ素樹脂製テープ
6 パッキン
8 締付け具


【特許請求の範囲】
【請求項1】
気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析するに際して、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物及び微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルターにより捕集することを特徴とする気体中微量ヒ素の全量捕集方法。
集方法。
【請求項2】
気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析するに際して、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物及び微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルター及びフッ素樹脂フィルターにより捕集することを特徴とする気体中微量ヒ素の全量捕集方法。
【請求項3】
気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析するに際して、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物及び微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルター及びフッ素樹脂フィルターからなる捕集単位を複数段配置して捕集することを特徴とする気体中微量ヒ素の全量捕集方法。
【請求項4】
気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析する方法であって、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物及び微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルターにより捕集した後、該KMnO4担持のガラス繊維フィルター中のヒ素化合物を酸分解し、次いで、水溶液濃度を上げるために、酸分解後の水溶液を順次、下記(a)〜(e)の操作により濃縮することを特徴とする気体中微量ヒ素の全量分析法。
(a)酸分解水溶液にKMnO4水溶液を加える。
(b)、(a)で得た水溶液にアンモニア水を加えてpHを7〜8に調整する。
(c)、(b)の水溶液に還元剤である塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を滴下して生成沈殿側にヒ素化合物を移す。
(d)、(c)の沈殿物を濾過して残渣を集める。
(e)、(d)の残渣に過剰の塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を加えて残渣を溶解し、酸及び還元剤を加える。
【請求項5】
気体中の微量ヒ素化合物を捕集して分析する方法であって、気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物及び微粒子中のヒ素化合物を、KMnO4担持のガラス繊維フィルター及びフッ素樹脂フィルターにより捕集した後、該KMnO4担持のガラス繊維フィルター及びフッ素樹脂フィルター中のヒ素化合物を酸分解し、次いで、水溶液濃度を上げるために、酸分解後の水溶液を順次、下記(a)〜(e)の操作により濃縮することを特徴とする気体中微量ヒ素の全量分析法。
(a)酸分解水溶液にKMnO4水溶液を加える。
(b)、(a)で得た水溶液にアンモニア水を加えてpHを7〜8に調整する。
(c)、(b)の水溶液に還元剤である塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を滴下して生成沈殿側にヒ素化合物を移す。
(d)、(c)の沈殿物を濾過して残渣を集める。
(e)、(d)の残渣に過剰の塩化ヒドロキシルアンモニウム水溶液を加えて残渣を溶解し、酸及び還元剤を加える。
【請求項6】
請求項4または5に記載の気体中微量ヒ素の全量分析法において、前記酸分解における酸分解試薬が硫酸、硝酸であることを特徴とする気体中微量ヒ素の全量分析法。
【請求項7】
請求項4または5に記載の気体中微量ヒ素の全量分析法において、酸分解後の水溶液試薬の濃度を通常の5倍の濃度にすることを特徴とする気体中微量ヒ素の全量分析法。
【請求項8】
KMnO4担持のガラス繊維フィルターからなることを特徴とする気体中のガス状ヒ素化合物、微粒子状ヒ素化合物及び微粒子中のヒ素化合物を捕集する捕集材。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−93385(P2007−93385A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−283118(P2005−283118)
【出願日】平成17年9月28日(2005.9.28)
【出願人】(000220262)東京瓦斯株式会社 (1,166)
【Fターム(参考)】