説明

注射薬と粘稠成分でなる注射薬組成物

【課題】注射部位での薬剤濃度を高めて薬効を高めると共に、毒性を緩和することができる注射薬組成物を提供する。
【解決手段】注射薬組成物は、注射薬に、ヒアルロン酸ナトリウムからなる粘稠成分として加えてなっている。特に、粘稠成分が、動物または植物由来のヒアルロン酸ナトリウムであり、その一部または全部がヒアルロン酸ナトリウム架橋体であってもよい。注射薬組成物の粘度は、代表的に25℃において3.05PA・s、8,3PA・s、17,5PA・sのいずれかである

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、注射薬と粘稠成分でなる注射薬組成物に関し、特に局所的な作用を大きくした注射薬と粘稠成分でなる注射薬組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
注射薬の多くは、水と同じ流動性をしている。あるものは、油の粘度をしている。
【0003】
人体に投与される薬剤は、一般に局所的にも全体的にも毒性をもち、その結果、ある種の薬剤は、コントロールできない毒性の故に、局所的にも使用できなくなっている。注射薬においても、使用目的である治療効果と共に、ネガティブな毒性を有していて使用上の限界となっている。
【0004】
人体組織に注射される全ての液体薬剤は、組織内で血液、細胞外液、細胞液など生体液で希釈され、局所での薬効作用を望んでいる場合には不利である。そこで、その薬剤の使用にあたって、注入量を多くして薬効を得ることが要求されるが、注入量を多くすると毒性を高めてしまい、毒性が先に限界に達してしまうという問題に直面することになる。
【0005】
従って、“如何にして、毒性を高めずに薬剤効果を高めるか?”ということが問題となる。この問題は、特に歯科麻酔において経験することで、期待する効果を出すために、麻酔作用のある主薬剤と共に、血管に作用する成分、一般にアドレナリンを加えている。
【0006】
アドレナリンは、人体器官により分泌されているカテコールアミンである。注射薬に、このような血管に作用する成分を加えて注射すると、注射された領域で血管収縮を起し、血管の容積を小さくして血液量を減らして、血液による希釈を少なくし、目的とする薬効成分の濃度を高めることになる。
【0007】
このように人体組織への薬剤の拡散を遅くすることで、人体に対する毒性も小さくできる。すなわち、血管に作用する成分により、麻酔作用を高め、持続性のあるものとし、同時に毒性を少なくすることができる。
【0008】
一方、アドレナリンは、組織に注入されると組織の壊死を起すことがあり、長く続くと害がある。一般的に、アドレナリンは、最初血圧を下げるが、その後血圧を上げ、脈数も多くなって気分が悪くなる。また、心臓への影響も心配される。同時に、アドレナリンの保存に加えられた防腐剤や酸化防止剤によるアレルギーの問題もある。
【0009】
血管に作用する成分であるアドレナリンやノルアドレナリンのネガティブ効果は、特許文献1〜5に記載されている。これらの特許文献によると、アドレナリンのもつネガティブ効果に対処するために、歯科麻酔溶液中に加えるアドレナリンの一部あるいは全てを、別のカテコールアミン類に代替している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許公開2006/0189572明細書
【特許文献2】米国特許公開2006/0216245明細書
【特許文献3】米国特許登録6,075,059明細書
【特許文献4】米国特許登録6,008,256明細書
【特許文献5】米国特許登録4,963,345明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は、注射部位での薬剤濃度を高めて薬効を高めると共に、毒性を緩和することができる注射薬組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記問題を解決すべく本発明の注射薬組成物は、注射薬に、ヒアルロン酸ナトリウムからなる粘稠成分を加えてなっている。特に、粘稠成分が、動物または植物由来のヒアルロン酸ナトリウムであり、その一部または全部がヒアルロン酸ナトリウム架橋体であってもよい。注射薬組成物の粘度は、代表的に25℃において3.05PA・s、8,3PA・s、17,5PA・sのいずれかとする
【発明の効果】
【0013】
局所注射薬にヒアルロン酸ナトリウムを粘稠成分として加えることにより、注射された薬剤の拡散を抑えることができ、それ故、局所での薬剤濃度を高め、同時に薬剤による毒性を緩和することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
注射薬溶液の人体組織への拡散を小さくするのは、その溶液の粘度を増すことで達成できる。そこで、本発明では、注射薬に、ヒアルロン酸ナトリウムを粘稠成分として加えている。溶液の拡散は、溶液の粘度によって決まり、溶液の粘度が高い程拡散が小さくなる。そこで、上記した歯科麻酔などの場合には、アドレナリンの代りに粘稠成分を加えるのが有効な方法である。
【0015】
アドレナリンは化学的に作用するのに対し、粘稠成分は機械的に作用している。粘稠成分は、機械的な作用の他に、次の規準を満たすものでなくてはならない。
1)生体に適合し、人体組織に発熱を伴わない。
2)如何なる人体組織に対しても、注射時に痛みを伴わない。
3)薬剤が骨皮層組織を通るのを妨げない。
4)完全に人体組織に吸収される。
【0016】
ヒアルロン酸ナトリウムは、上記規準を満たした優れた粘稠成分である。粘稠成分を配合したことで、本発明の注射薬組成物は、溶液粘度が高くするなり、通常の水溶液状注射液に比べて注射された部位から遠くへの拡散が抑えられる。従って、患者が感じる体全体の麻痺感、不快感は少なくなる。
【0017】
ヒアルロン酸ナトリウムは、動物あるいは植物に由来しており、生体に適合した吸収性のものである。特許文献1では、硫酸コンドロイチンとヒドロキシメチルセルロースを組み合わせて、リドカインに配合している。しかし、本発明の注射薬組成物では、一種類の粘稠成分しか用いていない。ヒアルロン酸ナトリウムは、ヒアルロン酸から誘導され、硫酸コンドロイチンと同じようにムコ多糖類である。
【0018】
注射薬の吸収性は、持続性と関連し、より高い粘度にして持続性を改善できる。この考えに基づいて、ヒアルロン酸ナトリウムは、一部あるいは全てにヒアルロン酸ナトリウム架橋体を使用することも有効である。ヒアルロン酸ナトリウム架橋体を用いることで、麻酔薬の吸収性を高め、薬効の持続性を長くすることができる。
【0019】
本発明の注射薬組成物におけるヒアルロン酸ナトリウムの配合割合、および注射薬組成物の使用分野は、限定されるものではない。注射薬組成物の使用目的に合わせた粘度とするように、ヒアルロン酸ナトリウムの配合割合を任意に決めることができる。
【0020】
本発明の注射薬組成物は、さらに従来からの血管収縮剤を配合して、粘稠成分の機械的作用と、血管収縮剤の化学的作用の2つの作用を組合せて、薬剤の拡散を抑えることもできる。
【0021】
また、注射薬組成物は、さらに別の添加剤を加えることができ、この添加剤は、防腐剤、酸化防止剤の一方あるいは両方であることができる。
【実施例】
【0022】
1. 臨床実験に用いた注射液:
(以下の実施例では、本発明の注射薬組成物を「粘稠注射液」とし、従来のタイプを含めた総称を「注射液」と記す。)
臨床実験は、2重量%のリドカイン(lidocaine)、4重量%のアルチカイン(articaine)、3重量%のメピバカイン(mepivacaine)、4重量%のプリロカイン(prilocaine)をそれぞれ含む通常用いられている麻酔薬剤で行った。
【0023】
粘稠注射液は、これらの麻酔薬剤それぞれに、粘稠成分としてヒアルロン酸ナトリウムの配合割合を変えて加え、種々の粘度に調製して実験に用いた。粘稠注射液は、さらに、それぞれの麻酔薬剤に体液と等張となる塩化ナトリウム等張溶液(生理食塩水;0.9重量%)を加え、一回の使用量1.8mLとした。塩化ナトリウムに代えて、塩化カリウムも使用し得る。
【0024】
ここでは、3種の粘稠注射液を調製し、それぞれ麻酔技術に用いた。粘稠注射液は、25℃においてレオメーターで粘度を測定し、パスカル・秒(PA・s)で表した。
【0025】
以下、実験に用いた粘稠注射液を示すが、本発明は、この例に制限するものではないのはいまでもない。粘稠注射液は、その粘度によって大きく特徴つけられる。
【0026】
粘稠注射液−1;ヒアルロン酸ナトリウム1mLと、9%アルチカイン0.8mlLの混合物で、粘度(25℃)が17,5PA・s、pHが6.2である。この粘稠注射液は、主として神経遮断麻酔や軟組織を目的としている。
【0027】
粘稠注射液−2;ヒアルロン酸ナトリウム0.9mL、9%アルチカイン0.8mlLと、生理食塩水0.1mLの混合物で、粘度(25℃)が8.3PA・s、pHが5.75である。この粘稠注射液は、主としてパラアピカール(paraapicales)、密でない骨組織内の板間層(diploiques)の麻酔を目的としている。
【0028】
粘稠注射液−3;ヒアルロン酸ナトリウム0.8mL、9%アルチカイン0.8mlLと、生理食塩水0.2mLの混合物で、粘度(25℃)が3.05PA・s、pHが5.27である。この粘稠注射液は、主として板間層(diploiques)や槽内中隔(intraseptales)の麻酔を目的としている。
【0029】
これらの粘稠注射液は、上記のアルチカインに代えて、リドカイン、メピバカイン、ピロカインのそれぞれを同じ割合で用いてもできる。
得られた上記粘稠注射液のpHは、従来の溶液より0.7高い。これは、細胞毒性を弱める上で有利である。
【0030】
上記とは別に、比較の注射液として、通常の麻酔薬剤にアドレナリンを0.0050mg/mL(1/2,000重量%)、あるいは0.01mg/mL(1/1,000重量%)加えて準備した。これらの溶液は、外科手術に用いられ、出血時間の短縮するに使用できるものである。
【0031】
2. 臨床テスト
これらの粘稠注射液を、種々の麻酔技術〔パラアピカール(paraapicales)、トロンキュレール(tronculaires)、イントラリガメンテール(intraligamentaires)、オステオセントラール(osteocentrale)、およびトランスコルチケール(transcorticale)〕で、粘稠剤なしの従来の注射液〔メピバカイン(mepivacaine)、リドカイン(lidocaine)。アルチカイン(articaine)〕、およびこれにアドレナリンを1/2,000重量%と1/1,000重量%加えた注射液を、それぞれ同じ量を用いて比較した。
【0032】
この結果、同じ麻酔技術で、粘稠注射液の麻酔持続時間は、血管作用のない注射液に比べて2倍になり、アドレナリン1/2,000重量%、1/1,000重量%を加えた注射液と同じであった。
【0033】
この比較テストから、本発明の粘稠注射液は、アドレナリンを加えた注射液と薬効、持続時間が同じレベルであり、アドレナリンに代えてヒアルロン酸ナトリウムからなる粘稠成分を使用できることがわかった。
【0034】
歯科麻酔で得られた結果では、麻酔の持続時間は、実用の最も強力な麻酔溶液と同じであり、カテコールアミンの全てを吸収性の粘稠成分で代替できる。これは、歯科麻酔とは異なる他の注射薬にも適用できることである。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の注射薬組成物は、注射薬に粘稠成分を加えて薬剤の拡散を抑えており、これにより、注射した局所での薬剤濃度を高め、同時に薬剤による毒性を緩和できる。この考え方は、薬剤の作用を局所に絞り、拡散による毒性を少なくしたいという分野に広く適用できる。その例が、腫瘍や化膿部位の治療があり、患部の局所治療に本発明の注射薬組成物が注射薬として使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
注射薬に、ヒアルロン酸ナトリウムからなる粘稠成分を加えてなることを特徴とする注射薬組成物。
【請求項2】
前記粘稠成分が、動物または植物由来のヒアルロン酸ナトリウムであることを特徴とする請求項1に記載の注射薬組成物。
【請求項3】
前記粘稠成分が、ヒアルロン酸ナトリウム架橋体、あるいはヒアルロン酸ナトリウムとヒアルロン酸ナトリウム架橋体の混合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の注射薬組成物。
【請求項4】
前記注射薬組成物が、25℃において3.05PA・s、8,3PA・s、17,5PA・sのいずれかの粘度であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の注射薬組成物。
【請求項5】
前記注射薬組成物が、歯科用麻酔薬であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の注射薬組成物。
【請求項6】
前記注射薬組成物が、さらに血管収縮作用のある薬剤を含むことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の注射薬組成物。
【請求項7】
前記注射薬組成物が、さらに添加剤を含むことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の注射薬組成物。
【請求項8】
前記添加剤が、防腐剤、酸化防止剤の一方あるいは両方であることを特徴とする請求項7に記載の注射薬組成物。

【公開番号】特開2012−12395(P2012−12395A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−146983(P2011−146983)
【出願日】平成23年7月1日(2011.7.1)
【出願人】(509296247)
【Fターム(参考)】