説明

流体動圧軸受モータおよび情報記録再生装置

【課題】軸体支持部との隙間に充填された液体の動圧により軸体を回転自在に支持する流体動圧軸受モータにおいて、高速回転化、回転精度の向上をさらに図ることができるようにする。
【解決手段】軸体25、軸体支持部27およびロータハブ21の少なくともいずれか1つが、重量比でC:0.003〜0.08%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.1〜0.5%、P:0.05〜0.15%、S:0.15〜0.45%、Cr:17〜20%、Ni:0.08〜0.50%、Mo:0%より大きく0.50%以下、Cu:0.50〜1.00%、O:0.01〜0.05%を含有し、残部がFeおよび不可避的に混入する不純物からなるフェライト系ステンレス鋼から構成されている流体動圧軸受モータ5を提供する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、軸体支持部と軸体との隙間に充填された液体の動圧により軸体または軸体支持部を回転自在に支持する流体動圧軸受モータ、およびこの流体動圧軸受モータを備えた記録媒体駆動装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来、据え置き型のパーソナルコンピュータや携行可能なノートパソコン等の端末装置に搭載されるハードディスク装置(以下、HDDと呼ぶ。)には、磁気ディスク、光ディスク等の情報記録媒体を所定の回転速度で駆動するモータが設けられている。
上記用途のモータとしては、軸受部に所謂流体動圧軸受を用いたモータが用いられている。すなわち、例えば、HDDにおいては、情報記録媒体の記録密度が益々高くなる傾向にあり、これに伴って情報記録媒体の回転速度および回転精度を高めることが要求されている。この要求に応えるためには、高速回転の軸受特性に優れた流体動圧軸受モータを用いることが適している。なお、近年では、HDDを携帯電話機やデジタルカメラ等の小型の情報家電にも搭載できるように、この流体動圧軸受モータに対する小型化、薄型化の要求も高まっている。
【0003】
この流体動圧軸受モータは、環状の永久磁石を固定すると共に情報記録媒体を取り付けるロータハブと、永久磁石の内周面に対向して配されたステータコイルと、ステータコイルに対してロータハブを回転自在に支持する流体動圧軸受部とを備えている。
流体動圧軸受部は、軸体と、軸体を回転自在に挿入する軸体挿入穴を有する有底円筒状の軸体支持部と、軸体の表面と軸体挿入穴との隙間に充填される潤滑油とから構成されている。軸体の表面や、これに対向する軸体挿入穴の内壁面には動圧発生溝が形成されている。
また、ステータコイルは、軸体支持部の外周面側に固定されている。そして、ロータハブは、この軸体に一体的に固定されており、軸体と共にステータコイルおよび軸体支持部に対して回転できるようになっている。
なお、潤滑油としては、エステル系、鉱油系、ポリアルファオレフィン(PAO)系のものが一般的に使用されている。
【0004】
この流体動圧軸受モータを構成する軸体、軸体支持部、ロータハブ等の各部材に使用される材料は、耐食性、対摩耗性の観点から、ステンレス鋼が多く用いられている。ただし、ロータハブおよび軸体に関しては、情報記録媒体の材料とほぼ同等の線膨張係数を有する材料であることが必要であるため、フェライト系ステンレス鋼であるSUS430Fが一般的に用いられている。
また、これら各部材は、流体動圧軸受モータの小型化・薄型化に伴って、高い寸法精度が要求されるため、各部材を構成する材料には、被削性、圧延加工性、伸延加工性に優れていることが要求されている。なお、被削性、圧延加工性、伸延加工性の改善は、製品コストの削減にも非常に有効である。
また、軸体と軸体支持部との隙間は、動圧を発生させる部分に相当するため、軸体の外径寸法に対して特に高い精度が要求されていたが、SUS430Fでは、切削加工による寸法管理が困難であったため、切削加工の後に研削加工を行っていた。
【0005】
以上のことから、従来では、流体動圧軸受モータ用の材料として、SUS430Fの構成に硫黄(S)、鉛(Pb)、テルル(Te)、マンガン(Mn)を添加すると共に、炭素(C)の含有量を下げ、被削性、圧延加工性に優れたステンレス鋼を採用している(例えば、特許文献1参照。)。なお、ステンレス鋼に添加されるSおよびMnは、マンガンサルファイト(MnS)として材料中に存在している。
【0006】
【特許文献1】
特開2001−298899号公報(第2頁)
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、ステンレス鋼に添加されるPbには、エステル系、鉱油系、ポリアルファオレフィン(PAO)系からなる潤滑油をゲル化させる触媒作用がある。このことから、従来の流体動圧軸受モータを高温で長時間使用する状態においては、潤滑油の粘度が徐々に上昇して軸受抵抗の増大を招くため、流体動圧軸受モータの駆動力に要する消費電力が増大すると共に、情報記録媒体の回転性能が劣化するという問題があった。特に、Pbの触媒作用により潤滑油がゼリー状になった場合には、流体動圧軸受部が焼き付いて流体動圧軸受モータの信頼性が低下するという問題があった。
【0008】
さらに、ステンレス鋼中に存在するMnSは、空気中の水分(HO)と反応しやすく、その量に応じて硫化水素(HS)ガスを多量に発生するものであるため、ステンレス鋼が腐食しやすいという問題があった。
また、前述のHSガスの粒子が情報記録媒体に付着するため、情報記録媒体に記録を書き込む際、もしくは、情報記録媒体から記録を読み出す際に不具合が生じるという問題があった。特に、情報記録媒体が磁気ディスクである場合には、磁気ディスクおよび磁気ヘッドの表面に形成された金属磁性膜を侵食してHDDの記録再生性能が劣化するという問題があった。
【0009】
なお、このステンレス鋼の腐食現象、および磁気ディスク、磁気ヘッドの侵食現象は反応式により、以下のように表される。
アウトガスの発生は、MnS+2HO→Mn(OH)2+HS、である。そして、磁気ディスクに与える影響とは、Cu+2HS→CuS生成、である。ここで、銅(Cu)は、前述の金属磁性膜に含まれるものである。そして、CuSは、電気の不良導体であるため電気的接触を劣化させることになる。
【0010】
また、上述の侵食現象を防止するために、ステンレス鋼の表面に被膜を形成して、HSガスの発生を防止するものも提案されているが、小型化・薄型化が要求されている流体動圧軸受モータの各部品に被膜を形成することは困難であり、製品コストが高くなるという問題があった。
さらに、最近では環境保護が問題として取り上げられているため、毒性の強いPbやTeは、将来的に全廃物質として使用ができなくなる可能性が高いという問題があった。
【0011】
この発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、高速回転化、回転精度の向上を図ることができ、かつ、環境性に優れた流体動圧軸受モータ、およびこれを備えた情報記録再生装置を提供することを目的としている。
【0012】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
本発明の流体動圧軸受モータは、略円柱状に形成された円柱部を有する軸体と、該軸体を収容するための軸体挿入穴を有する軸体支持部と、前記軸体と前記軸体挿入穴との間に形成される隙間に液体を充填してなると共に、前記軸体と軸体支持部とをその軸線回りに相対的に回転させた際に前記液体を集めて動圧を発生する動圧発生溝を前記軸体の表面または前記挿入穴の内壁面の少なくとも一方に形成した動圧発生部と、前記軸体または前記軸体支持部のいずれか一方に、固定もしくは一体的に形成されたロータハブとを備えた流体動圧軸受モータであって、前記軸体、前記軸体支持部および前記ロータハブの少なくともいずれか1つが、重量比でC:0.003〜0.08%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.1〜0.5%、P:0.05〜0.15%、S:0.15〜0.45%、Cr:17〜20%、Ni:0.08〜0.50%、Mo:0%より大きく0.50%以下、Cu:0.50〜1.00%、O:0.01〜0.05%を含有し、残部がFeおよび不可避的に混入する不純物からなるフェライト系ステンレス鋼から構成されていることを特徴とする。
【0013】
上述した各元素の重量比を規定した理由を以下に記述する。
Cを0.003〜0.08%としたのは、Cは、基地に固溶されて硬さを上昇させる元素であるが、0.003%以下の場合には、硬さが不十分となり、製鋼精錬時のコストが著しく増大するためである。また、0.08%よりも大きい場合には、Cr23、Cr、Cr、FeC、(Cr,Fe)23等の炭化物の析出量が増加し、有効Cr量の減少による耐食性が劣化するためである。
【0014】
Siを0.05〜0.50%としたのは、Siは、製鋼精錬時に脱酸元素として添加されるものであるが、0.05%未満の場合には、脱酸剤としての効果が薄くなるためである。また、0.5%よりも大きい場合には、材料としての靭性が低下し、軸体、軸体支持部およびロータハブの加工性が劣化するためである。
【0015】
Mnを0.1〜0.5%としたのは、Mnは、快削鋼において、被削性向上に寄与する硫化物系介在物であるMnSを生成するために添加されるが、0.1%未満の場合には、ステンレス鋼の被削性が低下するためである。また、0.5%よりも大きい場合には、HSガスの発生量が多くなり、ステンレス鋼が腐食しやすくなるためである。
【0016】
Pは、製鋼精錬の際に混入する不純物元素であるが、ステンレス鋼に固溶することにより、材料の被削性を向上させる有効な元素である。そして、このPを0.05〜0.15%としたのは、0.05%未満の場合には、被削性の効果得られないためであり、0.15%より大きい場合には、粒界偏析などにより耐食性、被削性、靭性が劣化するためである。
Sは、MnやCrの元素とともにサルファイドを生成し、これが鋼中に分散して存在することによって、切削抵抗を低減して工具寿命を改善する元素である。そして、このSを0.15〜0.45%としたのは、0.15%未満の場合には、切削抵抗が大きくなり、工具寿命の改善を十分に行うことができないためである。また、0.45%よりも大きい場合には、軸体、軸体支持部およびロータハブの機械的強度の劣化を招き、熱間加工性を害するためである。
【0017】
Crは、酸化保護皮膜の生成により耐食性を向上させ、かつ、前述のSと化合してCrSを作り硫化物の化学的安定度を向上させる元素である。そして、このCrを17〜20%としたのは、17%未満の場合には、流体動圧軸受モータを構成する材料としては十分な耐食性が得られないためである。また、20%よりも大きい場合には、熱間加工性が劣化し、靭性の低下が著しくなるためである。Niを0.08〜0.50%としたのは、Niは、耐食性を向上させる元素であるが、0.08%未満の場合には、耐食性の効果が十分に得られないためである。また、0.5%よりも大きい場合には、熱間加工温度域でフェライト相が不安定になり、熱間加工性が悪化するためである。
Moを0%より大きく0.50%以下としたのは、Moが耐食性の向上に非常に有効な元素であるため、その重量比を0%よりも大きくしている。また、Moは非常に高価であるため、流体動圧軸受モータの製造コストの削減を考慮して、その重量比を0.50%以下としている。
【0018】
Cuは、被削性を向上させると共に、耐食性、特に還元性酸環境中での耐食性を向上させる元素である。そして、このCuを0.50〜1.00%としたのは、0.50%以下の場合には、被削性の効果を十分に発揮できないためである。また、1.00%よりも大きい場合には、粒界偏析などにより耐食性、加工性、靭性が劣化し、焼鈍時の硬さの上昇を招くためである。
Oは、製鋼精錬時に不可避的に溶鋼中に存在し、一般にはSi、Mn、Al等により脱酸される元素であるが、Alの酸化物(Al)は、前述した硫化物や酸化物(SiO)の生成時の核になり、これら硫化物および酸化物がフェライト系ステンレス鋼の被削性を向上させるために有用であることから、0.010%以上としている。一方、0.050%以上の場合には、多量の酸化物を生成し過ぎて、逆に被削性が低下するため、Oを0.010〜0.050%としている。
【0019】
以上のことから、この発明に係る流体動圧軸受モータによれば、被削性に優れるCuおよびOを新たに添加することにより、毒性の強いPbやTeを含まないフェライト系ステンレス鋼により、寸法精度の高い軸体や軸体支持部やロータハブを容易に形成することができる。
【0020】
また、流体動圧軸受モータにおいて、前記フェライト系ステンレス鋼のMnとSとの重量比が、0.6≦Mn/S≦2.0であることを特徴とする。
この発明に係る流体動圧軸受モータによれば、ステンレス鋼を構成するMnおよびSは、いずれも被削性向上のために必要な元素であるが、Mn/Sを0.6〜2.0としたのは、2.0よりも大きい場合には、硫化物中のMn量が過剰に増大するため、Crの含有量が減少して硫化物自体の耐食性を十分に得られないためである。すなわち、硫化物であるMnSが増大するため、空気中のHOと反応してHSガスが発生しやすくなり、軸体、軸体支持部やロータハブが腐食しやすくなるためである。また、0.6よりも小さい場合には、Mnの含有量が不足してステンレス鋼の被削性が低下するためである。
【0021】
また、本発明に係る情報記録再生装置は、前記流体動圧軸受モータを備え、前記ロータハブに、薄板状の情報記録媒体を支持する固定部が設けられていることを特徴とする。
この発明に係る情報記録再生装置によれば、HSガスの発生、所謂アウトガスの発生を抑えることができるため、記録面となる情報記録媒体の表面にHSガスの粒子が付着することを抑制できる。また、情報記録媒体が磁気ディスクである場合には、HSガスの発生によって磁気ディスクや磁気ヘッドの表面に形成される金属磁性膜が侵食されること抑制できる。
【0022】
【発明の実施の形態】
図1から図3はこの発明に係る一実施形態を示す図である。図1に示すように、この実施の形態に係るHHD(情報記録再生装置)1は、HDD1の筐体を構成するベース部材3と、このベース部材3に取り付けられるモータ(流体動圧軸受モータ)5、およびヘッドスタックアッセンブリー(HSA)7とを備えている。モータ5は、ステータコイル11およびロータ部13を備えている。
ステータコイル11は、ベース部材3に固定されており、環状に形成されたヨーク14と、ヨーク14の内周面側に突出して形成された複数のコア15と、各コア15に巻き付けられたコイル17とから構成されている。コイル17は、図示しない電源と電気的に接続されており、コア15およびコイル17により交番磁界を形成できるようになっている。
【0023】
ロータ部13は、有底略円筒状に形成されるロータハブ21と、ロータハブ21を回転自在に支持する流体動圧軸受部23とを備えている。そして、流体動圧軸受部23は、図2に示すように、軸体25と、この軸体25を挿入する軸体挿入穴27aを有し、有底略円筒状に形成されたスリーブ27と、軸体25と軸体挿入穴27aとの隙間に充填された潤滑油(液体)29とを備えている。この潤滑油29には、従来と同様に、エステル系、鉱油系、ポリアルファオレフィン(PAO)系からなるものが使用されている。
【0024】
軸体25は、略円柱状に形成されたラジアル軸部(円柱部)26と、ラジアル軸部26の一端部に円板状に形成されたスラスト軸部28とを備えており、これらラジアル軸部26とスラスト軸部28とは一体的に形成されている。なお、ラジアル軸部26の他端部には、中心軸線A1方向にネジ穴26bが形成されている。
スリーブ27は、ベース部材3に固定されており、軸体挿入穴27aを構成する貫通孔27bを備えたスリーブ本体31と、貫通孔27bの一端部側を閉塞するカウンタープレート33とを備えている。
貫通孔27bの一端部側には、スラスト軸部28が挿入可能となるように、段部27cが形成されている。また、貫通孔27bの他端部側とラジアル軸部26との間にはキャピラリーシールが施されており、このキャピラリーシールにより軸体25と軸体挿入穴27aとの隙間から潤滑油29が漏出しないようになっている。
【0025】
ラジアル軸部26の外周面(表面)26a、スラスト軸部28の軸方向端面(表面)28a,28bや、これら外周面26aおよび端面28aに対向する軸体挿入穴27aの内壁面27d,27e、およびカウンタープレート33の表面33aには、潤滑油29を集めるための動圧発生溝24が形成されており、この動圧発生溝24は、軸体25を中心軸線A1回りに回転させた際に、潤滑油29を所定の隙間に集めて動圧を発生させる。そして、この動圧が軸受の役割を果たし、スリーブ27に対して軸体25を回転可能に支持するようになっている。
【0026】
ロータハブ21は、図1に示すように、有底略円筒状に形成されており、その底壁部37の中央部には、中心軸線A1を中心とした貫通孔37aが形成されている。このロータハブ21は、この貫通孔37aにラジアル軸部26の他端部を嵌め込むことにより軸体25に固定されることになる。この底壁部37の周縁から突出する円筒壁部39の外周面39aには、環状に形成された永久磁石41が固定されている。
永久磁石41は、環状に複数の磁極を配列し、これら各磁極の磁束方向が永久磁石41の径方向と一致する所謂ラジアル異方性のネオジウム磁石となっている。この永久磁石41は、ロータハブ21に固定された状態において、その外周面41aとコア15の先端面15aとの間に一定の隙間を有するように位置している。したがって、ステータコイル11において交番磁界を発生させた際には、この交番磁界が永久磁石41に作用してロータハブ21および軸体25が、中心軸線A1回りに回転することになる。
【0027】
ロータハブ21の底壁部37の周縁には、薄板の円盤状に形成された磁気ディスク(情報記録媒体)91を支持するための段部(固定部)37bが形成されている。すなわち、この段部37bに磁気ディスク91の中央に形成された中央孔91aを嵌め込むように形成されている。また、軸体25に形成されたネジ穴26bを利用してクランプ部材36が軸体25にネジ止めされており、段部37bと共に磁気ディスク91を挟み込んでいる。この段部37bおよびクランプ部材36により、磁気ディスク91がロータハブ21に固定され、ロータハブ21および軸体25と共に中心軸線A1回りに回転できるようになっている。
【0028】
HSA7は、磁気ヘッド45、およびこの磁気ヘッド45を所定の位置に位置決めする揺動手段47とを備えている。磁気ヘッド45の表面には、金属磁性膜が形成されており、磁気ディスク91の情報を記録すると共に磁気ディスク91に記録された情報を再生できるようになっている。なお、磁気ディスク91の表面91bおよび裏面91cにも金属磁性膜が形成されており、これにより表面91bおよび裏面91cに情報を記録できるようになっている。
【0029】
揺動手段47は、ベース部材3に固定されており、スイングアーム51を備えている。このスイングアーム51は、中心軸線A2を中心に揺動するようになっており、その先端部51aが、磁気ディスク91の表面91bおよび裏面91cに沿って中央孔91aの周縁部と外周側の周縁部との間で移動可能となっている。なお、前述の磁気ヘッド45は、磁気ディスク91の表面91bおよび裏面91cに対向して位置するように、スイングアーム51の先端部51aに固定されている。
【0030】
また、ステータコイル11と、磁気ヘッド45および磁気ディスク91との間には、円板状に形成された薄板の磁気遮蔽板53が設けられている。この磁気遮蔽板53は、ステータコイル11において発生する交番磁界が磁気ヘッド45や磁気ディスク91に到達することを防止するものであり、ベース部材3に固定されている。
【0031】
以上のように、HDD1を構成する部材のうち、軸体25、スリーブ27、ロータハブ21および磁気遮蔽板53は、表1中に示す実施例のNo.1〜6の化学成分を有するフェライト系ステンレス鋼から形成されている。なお、実施例5,6は、実施例1〜4にセレン(Se)を添加したものである。
【0032】
【表1】

【0033】
なお、この表1には、従来使用していたフェライト系ステンレス鋼の化学成分も示されている。すなわち、従来例のNo.7は、SUS430Fであり、従来例のNo.8〜10は、SUS430Fの構成からCの含有量を減らす共に、Pb、Teを添加したものである。
また、比較例のNo.11,12は、MnとSとの重量比Mn/Sに関して実施例のNo.1〜6と異っており、いずれもMn/Sが2以上となっている。
これら実施例のNo.1〜6、従来例のNo.7〜10および比較例のNo.11,12について、HDD1を構成する部材の被削性、およびHDD1を構成する部材として必要な化学的性質について、以下の評価試験を行った。その結果を表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
各部材の被削性は、切削加工後の部材表面の面粗度(Rz)、切削加工時における切削抵抗および切り屑の排出性により評価を行った。なお、切り屑の排出性は、切削加工の際に排出される切り屑を観察し、切り屑の長さやカール形状、チップ形状等の切り屑の形状によりその優劣を判断した。
ここでの切削加工は、直径14.9mmである円柱状のステンレス鋼を用い、工具幅4.5mmの超硬バイトにより突切加工を行った。また、この突切加工の試験条件は、切削油を使用せず、切削速度を70m/min、送り速度を0.05mm/revとした。
【0036】
また、部材の化学的性質は、HSガスの発生に伴う部材の耐食性、部材から発生するHSガスによる磁気ディスク91の表面91a、裏面91bの侵食性(以下、耐アウトガス性と呼ぶ。)、および毒性の強いPb、Teの有無による環境性により評価を行った。
ここで、耐食性に関する試験は、脱脂・純水洗浄した試験片を温度85℃、湿度85%の恒温槽に1週間入れた後に、試験片表面の腐食状態を目視により観察して、その優劣を判断した。
また、耐アウトガス性に関する試験は、脱脂・純水洗浄した約1インチ角の試験片を磨いた銅線と共に洗浄したガラス瓶に入れて密封し、温度80℃の恒温槽に24時間入れた後に、銅線の変化(硫黄成分による変色)を目視により観察して、その優劣を判断した。
【0037】
この表2の結果によれば、実施例1〜6は、面粗度に関して、0.3μm前後の値となっており良好な結果が得られた。また、切削抵抗が少なく、従来例7と同等の良好な結果が得られた。さらに、切り屑が長めのカール形状となっているため、切り屑排出性に関して従来例7よりも良好な結果が得られた。
これは、被削性向上に寄与するCrSやMnS等の硫化物系介在物に加えて、CuおよびOをステンレス鋼中に添加したためである。すなわち、ステンレス鋼にCuおよびOを添加した場合には、硫化物系介在物の結晶粒が小さくステンレス鋼中にほぼ均一に分散するため、ステンレス鋼の被削性の向上を図ることができる。
また、実施例1〜6においては、銅線の変化が視認されなかったため、良好な耐食性を有することが確認できた。これは、重量比Mn/Sを2以下に抑えてMnSの含有量を減少させているためであり、これにより、ステンレス鋼を腐食するHSガスの発生が抑制されている。さらに、良好な耐アウトガス性を有する結果が得られたが、これは、前述のHSガスの発生を抑制できるため、HSガスの粒子が磁気ディスク91の表面91aや裏面91bに付着することを防止できる。また、このHSガスによって磁気ヘッド45および磁気ディスク91の金属磁性膜が侵食されることも防止できる。
【0038】
なお、実施例5,6は、面粗度に関して実施例1〜4よりも低い値を示しており、Seを添加することにより加工性の向上を図れることが分かる。
すなわち、Seは、所謂快削性元素であり、Mn等の元素とともにセレナイドを生成する元素である。このセレナイドがステンレス鋼中に分散して存在する場合には、切削抵抗をさらに小さくして被削面の粗さを低減させ、工具寿命を改善できる。ただし、Seの添加量が重量比で0.30%よりも大きくした場合には、被削性改善効果が飽和になり、また、熱間加工性を阻害するようになる。また、0.10%よりも小さくした場合には、被削性を向上させる効果が得られないためである。したがって、Seの重量比は、0.10〜0.30%とすることが望ましい。
【0039】
これに対して、従来例8は、環境性を除いて、ほぼ良好な結果が得られているものの、毒性の強いPb、Teが含まれているため、環境上好ましくない。
従来例9,10は、毒性の強いPb、Teが含まれているため、環境上好ましくないことに加え、面粗度が大きい。これは、ステンレス鋼中の硫化物系介在物の結晶粒が大きくその分布が不均一となり、被削性が低下するためである。
また、比較例11,12は、環境性、コストに関しては良好な結果が得られているが、部材の耐食性、および耐アウトガス性に関しては、実施例1〜6や従来例7〜10に対して劣っている。これは、Mn/S比が2以上であることから、耐食性および耐アウトガス性を低下させるHSガスの発生が多くなるためである。
【0040】
さらに、従来例7は、切削抵抗、切り屑排出性、環境性、コストに関して良好な結果が得られているが、面粗度、耐食性、耐アウトガス性に関しては、実施例1〜6よりも劣っている。これは、前述したように、ステンレス鋼中の硫化物系介在物の結晶粒が実施例1〜6よりも大きいためにその分布が不均一となり、また、Mn/Sが2以上であることから耐食性および耐アウトガス性を低下させるHSガスの発生が多くなるためである。
【0041】
また、上記の実験に加え、実施例4、従来例7および従来例10について、超硬バイトによりロータハブ21の貫通孔37aを形成する切削加工試験を行い、貫通孔37aの内径寸法を測定した結果を図3に示す。
なお、この切削加工の試験条件は、切削油を使用し、切削速度を65m/min、送り速度を0.01mm/revとし、目標とする貫通孔37aの内径寸法を3.5mmとした。また、内径寸法の測定については、連続して1000個の貫通孔37aを形成した後に、20個の貫通孔37aを形成し、この20個の貫通孔37aの内径寸法を測定した。
【0042】
この測定結果によれば、従来例7により形成した貫通孔37aの内径寸法は、目標寸法3.5mmに対して1μm以上のズレが発生している上、加工毎のばらつきも大きい。この結果からは、切削抵抗が大きく、超硬バイトの損傷が大きいことを示しており、従来例7の被削性が悪いことが分かる。
これに対して、実施例4および従来例10により形成した貫通孔37aの内径寸法は、目標寸法3.5mmに対して0.5μm以下のズレに収まっている上、加工毎のばらつきも小さい。したがって、これら実施例4および従来例10は、いずれも優良な被削性を有すると共に、切削抵抗の低減により工具寿命を改善していることもわかる。
【0043】
上記のように、このモータ5によれば、被削性に優れるP、Cu、Oを添加したステンレス鋼によって、寸法精度の高い軸体25、スリーブ27およびロータハブ21を形成でき、特に高い加工精度を要するラジアル軸部26の直径の寸法管理を切削加工のみにより行うことができるという効果を奏する。
このため、毒性の強いPbやTeを添加することなく、モータ5の小型化・薄型化を図っても回転速度や回転精度を容易に高めることができる。また、被削性が向上するため、モータ5の製造コストも削減できる。
ただし、Pの重量比を0.05%未満としたり、Cuの重量比を0.50%未満とした場合には、被削性の向上が不十分である。また、Pの重量比を0.15%より大きくしたり、Cuの重量比を1.00%より大きくした場合には、粒界偏析等によって耐食性、被削性、靭性が劣化するため、Pを0.05〜0.15%とし、Cuを0.50〜1.00%とすることが好ましい。また、Oの重量比を、0.010%未満または0.050%とした場合には、被削性の向上が不十分となるため、Oを0.010〜0.050%とすることが好ましい。
【0044】
また、これら軸体25、スリーブ27およびロータハブ21が、PbやTeを含まないフェライト系ステンレス鋼により形成されるため、環境性の向上を図ったモータ5を製造できる。
さらに、エステル系、鉱油系、ポリアルファオレフィン(PAO)系からなる潤滑油29を使用しても、潤滑油29に触れる軸体25、スリーブ27にPbが含まれていないため、潤滑油29の劣化を防止してモータ5の回転精度・回転性能の劣化を防ぐことができ、その信頼性を向上させることができる。
【0045】
また、軸体25、スリーブ27およびロータハブ21が、0.6≦Mn/S≦2.0以下のフェライト系ステンレス鋼から形成されているため、被削性を損なうことなく、ステンレス鋼中に存在するMnS成分が減少し、HSガスの発生を抑制できる。したがって、軸体25、スリーブ27やロータハブ21の耐食性を向上させて、長期間にわたってモータ5を使用することができる。
さらに、このモータ5をHDD1に設けた場合には、HSガスの発生を抑制して耐アウトガス性を向上できるため、磁気ディスク91の表面にHSガスの粒子が付着し、磁気ヘッド45および磁気ディスク91の金属磁性膜が侵食されることを防止できる。
【0046】
また、ステータコイル11と磁気ヘッド45および磁気ディスク91との間に配される磁気遮蔽板53が、ヒステリシスが少なく鉄損の小さい実施例1〜6のフェライト系ステンレス鋼から形成されているため、磁気ヘッド45および磁気ディスク91にステータコイル11の交番磁界の影響が及ぶことが無い。以上のことから、磁気ディスク91に記録を書き込む際、もしくは、磁気ディスク91から記録を読み出す際の不具合を防止することができる。
さらに、この磁気遮蔽板53は、耐食性および耐アウトガス性に優れるため、長期間にわたって安定して使用することが可能となり、HDD1の信頼性向上を図ることができる。
さらに、軸体25は、被削性に優れているステンレス鋼により形成されているため、HDD1の小型化を図っても、磁気ディスク91の固定に利用する軸体25のネジ穴26bも容易に形成することが可能となる。
【0047】
なお、上記の実施形態においては、軸体25とスリーブ27との隙間に潤滑油29を充填するとしたが、これに限ることはなく、少なくとも液体によりスリーブ27に対してロータハブ21および軸体25を回転自在とする構成であればよい。したがって、例えば、潤滑油29の代わりに水を使用するとしてもよい。
また、磁気ディスク91に限ることはなく、例えば、光ディスクであってもよい。この構成の場合には、スイングアーム51の先端部51aには、磁気ヘッド45の代わりに、光ディスクに情報を記録すると共に光ディスクに記録された情報を再生する光ピックアップを設ければよい。また、この場合には、磁気遮蔽板53を特に設けなくても構わない。
【0048】
また、軸体25とロータハブ21とは、各々別個に形成するとしたが、図4に示すように、実施例1〜6のフェライト系ステンレス鋼を用いて一体的に形成するとしても構わない。すなわち、実施例1〜6のステンレス鋼の場合には、被削性に関して優れているため、軸体25とロータハブ21とを一体的に形成しても加工精度を向上させることができ、ロータハブ21に対する軸体25の直角度の精度をも大幅に向上させることができる。
したがって、上記の構成の場合には、ロータハブ21とスリーブ27との隙間R1の寸法精度を向上させることもできる。このことから、互いに対向するロータハブ21の底面37aやスリーブ27の他端部側の端面27fに動圧発生溝を形成すると共に、この隙間R1に潤滑油29を満たして、スラスト方向(中心軸線A1方向)の軸受部を構成しても良い。
【0049】
また、この軸受部を構成する場合には、スラスト軸部28やこれに対向する軸体挿入穴27aの内壁面に動圧発生溝を形成する必要が無くなる。したがって、軸体25を構成するラジアル軸部26およびスラスト軸部28を一体的に形成する必要がなくなり、各々別個に形成してもよい。すなわち、例えば、ラジアル軸部26の一端部側に突出部26cを形成すると共に、スラスト軸部28に突出部26cに嵌合する貫通孔28cを形成しても構わない。
また、軸体25をスリーブ27に対して回転させるとしたが、これに限ることはなく、スリーブを軸体に対して回転させるとしても良い。すなわち、例えば、軸体をベース部材3に固定し、軸体を軸体挿入穴に入れるようにスリーブを重ねる。この場合には、スリーブに磁気ディスクや光ディスクを固定するためのロータハブを取り付ける、もしくは、一体的に形成すればよい。
【0050】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
【0051】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の流体動圧軸受モータによれば、被削性に優れるP、S、CuおよびOを添加したステンレス鋼によって寸法精度の高い軸体や軸体支持部やロータハブを形成できるため、モータの小型化・薄型化を図っても、モータの回転速度や回転精度を容易に高めることができる。また、被削性が向上するため、モータの製造コストも削減できる。
また、軸体や軸体支持部やロータハブが、毒性の強いPbやTeを含まないフェライト系ステンレス鋼により形成されるため、環境性に優れたモータを製造できる。
【0052】
さらに、液体がエステル系、鉱油系、ポリアルファオレフィン(PAO)系の潤滑油であっても、潤滑油に触れる軸体や軸体支持部を、Pbを含まないステンレス鋼により形成できるため、潤滑油の劣化を防止して流体動圧軸受モータの回転精度・回転性能の劣化を防ぐことができ、その信頼性を向上させることができる。
また、軸体、軸体支持部やロータハブを、0.6≦Mn/S≦2.0以下のフェライト系ステンレス鋼から形成することにより、被削性を損なうことなく、ステンレス鋼中に存在するMnS成分が減少し、HSガスの発生を抑制できる。したがって、軸体、軸体支持部やロータハブの耐食性を向上させて、長期間にわたってモータを使用することができる。
【0053】
また、この流体動圧軸受モータを情報記録再生装置に設けた場合には、HSガスの発生を防止できるため、情報記録媒体にHSガスの粒子が付着することを防止して、情報記録媒体に記録を書き込む際、もしくは、記録媒体から記録を読み出す際の不具合を防止することができる。すなわち、情報記録再生装置の耐アウトガス性を向上させることができる。また、情報記録媒体が磁気ディスクである場合には、磁気ディスク表面が侵食されることを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 この発明の一実施形態に係るモータを備えたHDDを示す断面図である。
【図2】 図1のHDDにおいて、流体動圧軸受部を示す拡大断面図である。
【図3】 切削加工により形成したロータハブの貫通孔の内径寸法を比較するグラフである。
【図4】 他の実施形態に係るHDDにおいて、流体動圧軸受部を示す拡大断面図である。
【符号の説明】
1 HDD(情報記録再生装置)
5 モータ(流体動圧軸受モータ)
21 ロータハブ
24 動圧発生溝
25 軸体
26 ラジアル軸部(円柱部)
26a 外周面(表面)
27 スリーブ(軸体支持部)
27d,27e 内壁面
28a,28b 端面(表面)
29 潤滑油(液体)
37b 段部(固定部)
91 磁気ディスク(情報記録媒体)
A1 中心軸線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
略円柱状に形成された円柱部を有する軸体と、該軸体を収容するための軸体挿入穴を有する軸体支持部と、前記軸体と前記軸体挿入穴との間に形成される隙間に液体を充填してなると共に、前記軸体と軸体支持部とをその軸線回りに相対的に回転させた際に前記液体を集めて動圧を発生する動圧発生溝を前記軸体の表面または前記挿入穴の内壁面の少なくとも一方に形成した動圧発生部と、前記軸体または前記軸体支持部のいずれか一方に、固定もしくは一体的に形成されたロータハブとを備えた流体動圧軸受モータであって、
前記軸体、前記軸体支持部および前記ロータハブの少なくともいずれか1つが、重量比でC:0.003〜0.08%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.1〜0.5%、P:0.05〜0.15%、S:0.15〜0.45%、Cr:17〜20%、Ni:0.08〜0.50%、Mo:0%より大きく0.50%以下、Cu:0.50〜1.00%、O:0.01〜0.05%を含有し、残部がFeおよび不可避的に混入する不純物からなるフェライト系ステンレス鋼から構成されていることを特徴とする流体動圧軸受モータ。
【請求項2】
前記フェライト系ステンレス鋼のMnとSとの重量比が、0.6≦Mn/S≦2.0であることを特徴とする請求項1に記載の流体動圧軸受モータ。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の流体動圧軸受モータを備え、前記ロータハブに、薄板状の情報記録媒体を支持する固定部が設けられていることを特徴とする情報記録再生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−194256(P2006−194256A)
【公開日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−122092(P2003−122092)
【出願日】平成15年4月25日(2003.4.25)
【出願人】(000002325)セイコーインスツル株式会社 (3,629)
【出願人】(503066815)株式会社研都エンジニアリング (3)
【Fターム(参考)】