説明

流体機械のシール装置

【課題】流体機械の回転体とケーシング側との間の隙間を高圧側から低圧側へ流体が漏洩するのを防止するシール装置において熱収縮による影響の除去し、漏れ量の極小化等を図る。
【解決手段】シール装置25Bはウエアリング31とフローティングリング32を備える。ウエアリング31に設けた貫通孔31aの孔周壁と羽根車5Bのマウスリング部19の外周面との間の隙間35よりも、フローティングリング32に設けた貫通孔32aの孔周壁とマウスリング部19の外周面との間の隙間36を狭く設定している。スパイラル型構造のフローティングリング32を使用することにより、径方向よりも熱収縮による影響が大きい周方向で熱収縮を吸収し、マウスリング部19との接触を防止・低減させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポンプ、水車、コンプレッサ、ガスタービン等の流体機械において、ケーシングと回転体との間の隙間を通ってケーシング内の高圧領域から低圧領域へ流体が漏洩するのを防止するシール装置に関する。
【背景技術】
【0002】
流体機械の主軸や羽根車等の回転体とケーシングとの間のシール装置として、例えば特許文献1に記載されているようなものが知られている。そのシール装置には、ケーシング側に固定されたウエアリングの内周面と回転体の外周面との間に隙間が形成されている。前記隙間の高圧領域側では、ウエアリングに環状収容溝を形成し、その環状収容溝に薄厚かつ幅狭の無端状のフローティングリングを収容することで、前記隙間を可能な限り微小に設定し、流体が隙間を介して高圧側から低圧側へ漏洩するのを防止している。
【0003】
特許文献2に示す遠心式ポンプのウエアリング部構造では、ウエアリング部の材料を可撓性材料とし、このウエアリング部を構成する羽根車のマウスリング又はケーシングのライナリング部の一方を断面V字状又はベローズ状にして、ポンプ運転時に発生する圧力で撓ませることにより、ポンプ回転軸と同じ軸方向の間隔を接触可能なまでに小さくし、流体が隙間を介して高圧側から低圧側へ漏洩するのを防止している。
【0004】
特許文献3に示すポンプ等のウエアリングリングでは、同一半径上にあるウエアリングリングの隙間を高圧水入口部から出口部の間にウエアリングリングのほぼ中央部より下流側の隙間が上流側よりやや大きくなるよう少なくとも2種類以上変化させて、流体が隙間を介して高圧側から低圧側へ漏洩するのを防止している。
【0005】
特許文献4に示すフローティングリングシールでは、フローティングリングの2つの半径方向端面と、回転部品のディスク及びリング室の、半径方向の2つの壁面との間隙が狭くなっている2つの調整間隙を有している。フローティングリングが軸方向に移動することにより、一方の調整間隙が広くなると、他方の調整間隙が狭くなり、その結果フローティングリングの両端面に作用する軸方向の力が変わる。両調整間隙によって、フローティングリングは軸方向力が平衡する位置を保ち、作動状態においてもリング室の壁面に接触しない位置を保つ。従って、フローティングリングは他のいずれにも当接しないので、軸の回転速度が非常に大きい場合にも使用可能であり、そのような方法により流体が隙間を介して高圧側から低圧側へ漏洩するのを防止している。
【0006】
しかし、従来のこれらのシール装置には以下の問題がある。
【0007】
まず、特許文献1に示す記載のシール装置には、フローティングリングの熱収縮に起因する問題がある。フローティングリングに使用する樹脂の熱収縮率が大きく、低温下では熱収縮したフローティングリングが、回転体と接触する。その結果、フローティングリングの摩耗が起こり、機能及び耐久性低下の原因となる。
【0008】
特許文献2に示す遠心式ポンプのウエアリング部構造では、ウエアリング素材をゴムやプラスチックで製作するために金型などが必要となり、コストが高いことが問題となる。
【0009】
特許文献3に示すポンプ等のウエアリングリングでは、ウエアリングリングの摩耗により機能が低下することが問題となる。
【0010】
特許文献4に示すフローティングリングシールでは、フローティングロングに段が付いた形状で加工に困難さを伴うこと、および回転部品がさらにディスクを必要とすることが問題となる。
【0011】
【特許文献1】特開2007−162655号公報
【特許文献2】特開平11−257287号公報
【特許文献3】特開平08−219089号公報
【特許文献4】特許2583194号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、流体機械のケーシングと回転体との間の隙間を通ってケーシング内の高圧領域から低圧領域へ流体が漏洩するのを防止するシール装置において、比較的簡易な構造による製造やメンテナンスの容易性を実現しつつ、漏れ量の極小化、熱収縮による影響の除去、及び摩耗の抑制等を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するための手段として、本発明の流体機械のシール装置は、流体機械のケーシングと回転体との間の隙間を通って前記ケーシング内の高圧領域から低圧領域へ流体が漏洩するのを防止するシール装置において、前記ケーシングに固定され、前記高圧領域側と前記低圧領域側を貫通して前記回転体が差し込まれた主貫通孔が形成され、かつ前記主貫通孔の孔周壁と前記回転体の外周面との間に第1の隙間が形成されている、一体構造の主リングと、前記主リングの前記主貫通孔の前記高圧領域側の部分の前記孔周壁に形成された環状収容溝に収容され、ループの巻き数が軸方向に2以上のスパイラル型一体構造であり、前記高圧領域側と前記低圧領域側を貫通して前記回転体が差し込まれる前記主貫通孔の直径よりも小さい直径を有する補助貫通孔が形成され、かつ前記補助貫通孔の孔周壁と前記回転体の前記外周面との間に前記第1の隙間よりも狭い第2の隙間が形成されている、薄厚補助リングと、を備えるようにした。
【0014】
主リングと別体の薄厚補助リングを備えるので、この薄厚補助リングに形成された補助貫通孔の直径を主リングに形成された主貫通孔の直径よりも大幅に小さくし、第2の隙間を第1の隙間よりも大幅に狭くできる。その結果、第1及び第2の隙間を通って高圧領域から低圧領域へ漏洩する流体の漏れ量を極小化できる。この漏れ量の極小化によって漏れ損失を低減し、流体機械の効率を向上できる。
【0015】
主リングと別体の薄厚補助リングを備え、主リングに形成された主貫通孔の孔周壁と回転体の外周面の間の隙間(第1の隙間)よりも、薄厚補助リングに形成された補助貫通孔の孔周壁と回転体の外周面の間の隙間(第2の隙間)を狭く設定している。その結果、回転体と主リング(主貫通孔の孔周壁)との接触を防止できる。
【0016】
薄厚補助リング側の第2の隙間よりも主リング側の第1の隙間が低圧領域側にあり、第1の隙間は第2の隙間よりも広い。そのため、高圧領域側から低圧領域側に向けて第1の隙間を流れる流体の流速が低減されるので、主リングの摩耗(主貫通孔の孔周壁の摩耗)を防止できる。
【0017】
主リングと薄厚補助リングはいずれも複数の部品を組み立てた構造ではなく、単一の部品からなる一体構造であるので簡単に組み付けることができる。また、薄厚補助リングはスパイラル型一体構造であるので、薄厚補助リングの一端を回転体を支持する主軸に回転させながら巻き付けるようにしてその全体が主軸を包囲するようにさせた後、薄厚補助リングの2つのループを重ね合わせて1つにし、それを撓ませて主リングの環状収容溝に嵌め込むことでその流体機械を分解することなく、主リングに対して薄厚補助リングの取り付け及び取り外しを簡単にすることができる。従って、本発明のシール装置は製造及びメインテナンスが容易である。
【0018】
スパイラル型一体構造の薄厚補助リングを使用することで、周方向、径方向のいずれにも拘束力をなくすことができるため、径方向への収縮量は極めて少なく、相対的にはるかに長い長手方向である周方向への熱による収縮量が大きくなる。その結果、熱収縮による収縮量が多い周方向で熱収縮を吸収し、回転体との接触を防止・低減させる。
【0019】
前記第2の隙間の寸法と、前記環状収容溝の底壁と前記薄厚補助リングの外周との間に形成された第3の隙間の寸法との和が、前記第1の隙間よりも小さいことが好ましい。
【0020】
薄厚補助リングは、最大で第3の隙間の寸法に相当する距離だけ環状収容溝内を回転部材の軸線と直交する方向(径方向)に移動できる。回転体が薄厚補助リングに接触ないしは衝突しても、この移動により薄厚補助リングの損傷や摩耗を低減できる。一方、回転体で押された薄型補助リングが回転部材の回転方向に対して直交する方向に移動しても、回転体が主リング(主リング貫通孔の孔周壁)に衝突する前に薄板補助リングの外周が環状収容溝の底壁に当接する。従って、回転体と主リングの衝突による振動の発生や、回転体と主リングの焼き付けは確実に防止できる。
【0021】
前記薄厚補助リングの前記ループの厚みに前記巻き数を乗じたものが、前記環状収容溝の互いに対向する一対の側壁間の距離より小さく、かつ、前記ループの厚みに前記巻き数に1を加えたものを乗じたものが前記距離より大きいことが好ましい。
【0022】
環状収容溝の側壁間の距離と薄厚補助リングのループの巻き数に対応した厚みの差に相当する距離だけ回転体の軸線方向に移動可能な状態で、薄厚補助リングのそれぞれのループが重なり合ったスパイラル型一体構造の薄厚補助リングを環状収容溝内に収容することができる。
【0023】
前記主貫通孔の前記薄厚補助リングの前記低圧側に臨む部分に拡径部が形成されていることが好ましい。この拡径部の寸法や形状を変えることで、前述の薄厚補助リングを主リングに押圧する力を調整できる。従って、拡径部の寸法や形状の調節により、回転体の振動に対する減衰摩擦力を調節できる。
【0024】
前記主貫通孔の前記孔周壁に表面粗度を増大させる加工が施されていることが好ましい。主貫通孔の孔周壁と回転体の外周面との間の隙間である第1の隙間における流体摩擦抵抗が増すので、第1及び第2の隙間を通って高圧領域から低圧領域へ漏洩する流体の漏れ量をより一層低減し、漏れ損失をさらに低減して流体機械の効率を一層向上できる。この種の加工としては、例えばローレット加工があるが流体摩擦抵抗を充分に増すことができる加工であれば、特に限定されない。
【発明の効果】
【0025】
本発明の流体機械のシール装置は、比較的簡易な構造で製造やメンテナンスが容易でありながら、漏れ量の極小化、熱収縮による影響の除去、及び摩耗の抑制等を図ることができる。特に、スパイラル型構造の薄圧補助リングを使用することにより、径方向よりも熱収縮による影響が大きい周方向で熱収縮を吸収し、回転体との接触を防止・低減させる。その結果、薄圧補助リングの機能及び耐久性が低下することがなくなり、シール装置の機能を十分に発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
図1は本発明の実施形態に係るシール装置を備える2段式の遠心ポンプ1を示す。この遠心ポンプ1のケーシング2内にはインターブシュ3で仕切られた2つの渦巻室4A,4Bが形成されている。渦巻室4A,4Bには、それぞれ1段目の羽根車5Aと2段目の羽根車5Bが左右対称の姿勢で配置されている。これらの羽根車5A,5Bは、水平方向に延びる主軸6に固定されている。主軸6はケーシング2を貫通して延びている。ケーシング2には一対の軸受ブラケット7A,7Bが固定され、これらの軸受ブラケット7A,7Bに収容された軸受8A,8Bにより主軸6の両端が回転自在に支持されている。また、主軸6がケーシング2を貫通する部分には封止用のグランドパッキン9A,9Bが配設されている。主軸6の図において右側の端部が原動機(図示せず。)に接続されている。
【0027】
原動機により主軸6が回転すると、渦巻室4A,4B内で羽根車5A,5Bが回転する。吸込口11から渦巻室4Aに流入した水は1段目の羽根車5Aで加圧された後、模式的に示す流路12を通って渦巻室4Bに流入する。渦巻室4Bに流入した水は2段目の羽根車5Bでさらに加圧された後、吐出口13から吐出される。
【0028】
羽根車5A,5Bは、主軸6に固定されたボス部15と、ボス部15から主軸6の径方向に延びる円形の主板16を備える。主板16には、複数の羽根17の基端側が固定されている。また、これらの羽根17の先端側は側板18で連結されている。側板18は外周が円形で、その中央には両端開口の円筒状で主板16から離れる方向に突出するマウスリング部19を備える。マウスリング部19で囲まれた開口が羽根車入口21を構成している。また、主板16と側板18の外周に挟まれた部分が羽根車出口22を構成している。主板16及び側板18は主軸6と同軸に配置されている。従って、主軸6の軸線Lは主板16及び側板18の回転中心でもある。渦巻室4A,4B内の水は羽根車入口21から回転する羽根車5A,5Bに吸い込まれ、羽根17で加圧されて羽根車出口22から吐出される。従って、渦巻室4A,4Bは、羽根車入口21側が低圧領域4aで羽根車出口22側が高圧領域4bとなっている。
【0029】
シール装置25A,25Bは、渦巻室4A,4B内の水が高圧領域4bから低圧領域4aへ漏洩するのを防止する。具体的には、シール装置25A,25Bは、ケーシング2と羽根車5のマウスリング部19の外周面との隙間を通って渦巻室4A,4B内の高圧領域4bの水が低圧領域4aへ漏洩するのを防止する。1段目の渦巻室4Aに配設されたシール装置25Aと2段目の渦巻室4Bに配設されたシール装置25Bは、構造も機能も同一であり、図において左右方向の取り付け姿勢のみが異なる。以下、2段目の渦巻室4Bに配設されたシール装置25Bについて詳細に説明する。
【0030】
図2、図4、及び図6をさらに参照すると、シール装置25Bはその外周がケーシング2にねじ止めで固定されたウエアリング(主リング)31と、このウエアリング31に対して主軸6の軸線Lに対して直交する方向及び軸線Lが延びる方向にある程度移動可能な状態で取り付けられたフローティングリング(薄厚補助リング)32とからなる。ウエアリング31は、例えばステンレス鋼、鋳鉄、青銅鋳物等からなり、多数の部品を組み立てた構造ではなく、単一の部品からなる一体構造である。一方、フローティングリング32は、摺動性能と耐磨耗性に優れ、かつある程度弾性的変形性を有する材料からなる。例えば、4フッ化エチレン(PTFE)等のフッ素樹脂やポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアミド樹脂等の各種の合成樹脂、硬質ゴム、軽金属、皮革等をフローティングリング32の材料として使用できる。本実施形態では、4フッ化エチレン(PTFE)を採用している。ウエアリング31と同様に、フローティングリング32は多数の部品を組み立てた構造ではなく、単一の部品からなる一体構造である。
【0031】
ウエアリング31は全体として薄厚の環状であり、低圧領域4a側の端面(図において左側の端面)から高圧領域4b側の端面(図において右側の端面)まで貫通する断面円形の貫通孔(主貫通孔)31aが形成されている。この貫通孔31aには高圧領域4b側から羽根車5Bのマウスリング部19が差し込まれている。また、貫通孔31aの高圧領域4b側の部分の孔周壁、詳細には貫通孔31aの孔周壁のうちウエアリング31の高圧領域4b側の端面近傍の部分には、環状収容溝31bが形成されており、この環状収容溝31bにフローティングリング32が収容されている。貫通孔31aのフローティングリング32の低圧領域4a側の端面に臨む部分、すなわち貫通孔31aの孔周壁と環状収容溝31bの一対の側壁のうち低圧領域4a側の側壁との接続部分には、低圧領域4a側から高圧領域4b側に向けて径が漸増する面取部31cが形成されている。符号δで示すように、環状収容溝31bの底壁からの環状収容溝31bの高圧領域4b側の側壁の突出量は、フローティングリング32の環状収容溝31bからの脱落防止に必要な最小限の量に設定されている。
【0032】
図3(A)に示すように、フローティングリング32はウエアリング31よりも大幅に薄厚のデユポン社製細帯であり、幅一定、厚さ一定である。フローティングリング32の端面は、平板の略矩形断面がフローティングリング32の軸方向内側に斜めに向くように切断されている。それぞれの端面の先端と先端との距離は、0より大きな値Zとなるように設けられている。フローティングリング32は、その細帯がスパイラル状に巻かれたスパイラル型一体構造である。本実施形態におけるスパイラル型とは、立体的に同じループ33が一方の仮想末端と他方の仮想先端とで連続して同じパターンを繰り返し、螺旋状に伸長しているものをいう。ここでいうループ33とは、環状の1つのユニットをいう。ループ33を環中心に対して正面から見た場合、仮想先端34aと仮想末端34bが同一点となるような略円の形状をしている。ループ33を側面から見た場合、例えば、あるループ33の仮想先端34aとそれに隣接するループ33の仮想先端34aは、1つのユニットに相当する距離(ピッチ)dだけ前進又は後退した位置にある。隣接するループ33は、軸方向に対して互いに重なり合う位置関係にある。ループ33の内縁及び外縁は、環中心に対して正面から見た場合、それぞれ略円形である。スパイラル型一体構造とは、一体化した要素が前述した構造をとったものをいう。本実施形態でのフローティングリング32のループの巻き数は、軸方向に2である。図2に示すように、低圧領域4a側の端面(図において左側の端面)から高圧領域4b側の端面(図において右側の端面)まで貫通する断面円形の貫通孔(補助貫通孔)32aが形成されている。この貫通孔32aを高圧領域4b側から羽根車5Bのマウスリング部19が貫通している。図3(B)及び図3(C)に示すように、フローティングリング32は、まず最初にスパイラル形状のループのそれぞれを互いに重ね合わせるようにして1つのループとし、それ自体を撓ませることでウエアリング31の高圧領域4b側の端面から環状収容溝31bに嵌め込まれている。
【0033】
次に、ウエアリング31及びフローティングリング32の寸法について詳述する。この寸法の説明では、貫通孔31a、貫通孔32a、及びマウスリング部19が同軸であるものとする。
【0034】
ウエアリング31の貫通孔31aの直径Dm1は、羽根車5Bのマウスリング部19の直径(外径)Dよりも大きく設定されている。従って、貫通孔31aの孔周壁とマウスリング部19の外周面との間には、直径Dm1と直径Dの差に相当する幅Cを有する環状の隙間(第1の隙間)35が形成されている。また、面取部31cの高圧領域4b側の端部は、貫通孔31aの直径Dm1よりも大きい直径Dを有する。さらに、前述のように環状収容溝31bの高圧領域4b側の側壁の突出量δは最小限に設定されているので、ウエアリング31の高圧領域4b側の端面における貫通孔31aの開口部は、貫通孔31aの他の部分(面取部31cを含む)の直径Dm1,Dよりも大幅に大きい直径Dm3を有する。
【0035】
フローティングリング32の貫通孔32aの直径Da1は、羽根車5Bのマウスリング部19の直径Dよりも大きく設定されている。従って、貫通孔32aの孔周壁とマウスリング部19の外周面との間には、直径Da1と直径Dの差に相当する幅Cを有する環状の隙間(第2の隙間)36が形成されている。貫通孔32aの直径Da1は貫通孔31aの直径Dm1よりも小さく設定されている。従って、隙間36の幅Cは隙間35の幅Cよりも狭い。
【0036】
フローティングリング32の外径(直径)Da2は、ウエアリング31に形成された環状収容溝31bの底壁の直径Dm2よりも小さく設定されている。従って、環状収容溝31bの底壁とフローティングリング32の外周との間には幅C(隙間36の幅Cよりも充分大きい。)を有する環状の隙間(第3の隙間)37が形成されている。従って、フローティングリング32は、最大で隙間37の幅Cに相当する距離だけ軸線Lに直交する方向(フローティングリング32自体の径方向)に移動できる。隙間35の幅Cは、隙間36の幅Cと隙間37の幅Cの和よりも大きく設定されている。換言すれば、幅C,C,Cには以下の式(1)の関係がある。
【0037】
【数1】

【0038】
フローティングリング32のループ33の厚みtに巻き数を乗じたものtは、環状収容溝31bの互いに対向する一対の側壁間の距離tより小さくなるように設定されている。換言すれば、環状収容溝31bの互いに対向する一対の側壁間の距離tはフローティングリング32のループ33の厚みtに巻き数を乗じたものtよりも大きく設定されている。従って、フローティングリング32は距離tと厚みtの差に相当する距離だけ軸線L方向(フローティングリング32自体の厚み方向)に移動できる。
【0039】
図4を参照すると、貫通孔31aの孔周壁、具体的には貫通孔31aの孔周壁のうち面取部31cよりも低圧領域4aの部分には、ローレット加工38を施して表面粗度を増大させ、隙間35を通る水に作用する流体摩擦抵抗を増大させている。なお、図4では図示の単純化のために貫通孔31aの孔周壁の周方向の一部にのみローレット加工38を図示しているが、実際には貫通孔31aの孔周壁の周方向の全体にローレット加工38が施されている。このローレット加工38は図5(A)に示すように四角形の凹部38aを線状の突起38bが取り囲むものでも、図5(B)に示すように三角形の凹部38aを線状の凸部38bが取り囲むものでもよい。また、隙間35を通る水に作用する流体摩擦抵抗を充分に増大できれば、ローレット加工38以外の加工で貫通孔31aの孔周壁の表面粗度を増大させてもよい。
【0040】
次に、遠心ポンプ1の運転中にシール装置25Bがどのようにシール機能を発揮するかを説明する。
【0041】
前述のようにフローティングリング32は径方向にある程度移動可能であるので、回転するマウスリング部19に対して流体静力学的な釣り合い位置に自律的に移動してこの位置を維持する。この釣り合い位置では、フローティングリング32の貫通孔32aの孔周壁とマウスリング部19の外周面との間には、全周にほぼ等しい幅Cの隙間36が形成される。
【0042】
また、前述のようにフローティングリング32は厚み方向にも移動可能であり、高圧領域4b側の端面と低圧領域4a側の端面に作用する圧力の圧力差により生じる押圧力Faにより、高圧領域4b側から低圧領域側4aへ向けて押圧される。その結果、図7に示すように、フローティングリング32は環状収容溝31bの一方の側壁(図において左側の側壁)に押し付けられる。押圧力Faは以下の式(2)で表される。
【0043】
【数2】

【0044】
この式(2)において、Pは高圧領域4bの圧力で、Pは面取部31cの圧力である。
【0045】
式(2)を参照すれば明らかなように、押圧力Faは面取部31cの圧力Pを変えることで調節できる。また、面取部31cの圧力は面取部31cの図において右端部の直径D(低圧領域4a側から高圧領域4b側へ向けての拡径の割合)を変えることで調節できる。従って、押圧力Faは面取部31cの寸法や形状を変更することで簡単に調節できる。
【0046】
高圧領域4bの圧力Pと低圧領域4aの圧力Pの差圧により、高圧領域4bから低圧領域4aに向けて水の漏れが生じる。この漏洩する水は、高圧領域4bからまずフローティングリング32の貫通孔32aとマウスリング部19との間の隙間36に流入し、さらに面取部31cからウエアリング31の貫通孔31aとマウスリング部19との間の隙間35を通って低圧領域4aへ流れる。シール装置25Bは、ウエアリング31とは別体のフローティングリング32を備え、このフローティングリング32に形成された第2貫通孔の直径Da1をウエアリング31に形成された貫通孔31aの直径Dm1よりも小さく設定し、隙間36を隙間35よりも狭く設定している(幅C,C)。その結果、高圧領域4bから隙間36と隙間35を経て低圧領域4aへ漏洩する流体の漏れ量を極小化できる。この漏れ量の極小化によって漏れ損失を低減し、遠心ポンプ1の効率を向上できる。また、貫通孔31aの孔周壁にローレット加工38を施すことで隙間35を流れる水に作用する流体摩擦抵抗を増大させているので、高圧領域4bから低圧領域4aへ漏洩する水の漏れ量をより一層低減できる。その結果、漏れ損失がさらに低減され、効率が一層向上する。
【0047】
高圧領域4b側に位置するフローティングリング32の隙間36の幅Cよりも、低圧領域4a側に位置するウエアリング31の隙間35の幅Cが広いので、隙間35を流れる水の流速が低減される。この点について説明すると、一般に流体の流速Vは単位時間当たりの体積流量Qを断面積Aで除した商であるので(V=Q/A)、隙間36における流速Vと隙間35における流速Vには以下の式(3)の関係がある。
【0048】
【数3】

【0049】
この式(3)において、Aは隙間36の断面積で、Aは隙間35の断面積である。前述のように隙間36の幅Cは隙間35の幅Cよりも小さく、断面積Aは断面積Aよりも小さいので、隙間35における流速Vは隙間36における流速Vよりも遅い。このように隙間35における流速Vを低減することにより、ウエアリング31の貫通孔31aの孔周壁の摩耗を防止できる。一般に摩耗量は流速の5乗に比例するので、流速Vの低減によりウエアリング31の摩耗を効果的に防止できる。また、隙間35の低圧領域側の出口付近における水の流速が低減されるので、この部分で急激な圧力低下が生じず、キャビテーションの発生を防止できる。
【0050】
ウエアリング31の隙間35の幅Cよりもフローティングリング32の隙間36の幅Cを狭く設定しているので、マウスリング部19はウエアリング31に接触する前に、まずフローティングリング32に接触する。しかし、フローティングリング32は前述のように最大で隙間37の幅Cに相当する距離だけ径方向に移動できるので、この移動によりフローティングリング32の損傷や摩耗を低減できる。一方、隙間35の幅Cは、隙間36の幅Cと隙間37の幅Cの和よりも大きく設定しているので、マウスリング部19で押されたフローティングリング32が径方向に移動しても、図8に示すように、マウスリング部19がウエアリング31の貫通孔31aの孔周壁に衝突する前に、フローティングリング32の外周が環状収容溝31bの底壁に当接する。従って、マウスリング部19とウエアリング31の衝突よる振動の発生や、マウスリング部19とウエアリング31のかじりないし焼き付けを確実に防止できる。
【0051】
一般に、樹脂が収縮する場合、いずれの方向にも同じように収縮するが、仮にフローティングリングが無端の環状であるとすると、周方向での拘束力が大きいので周方向への収縮量が極めて少なくなる一方、径方向での拘束力は小さいので径方向への収縮量が多くなり、マウスリング部19との接触が発生する。しかしながら、スパイラル型形状のフローティングリング32を使用することで、周方向、径方向のいずれにも拘束力をなくすことができるため、径方向への収縮量は極めて少なく、相対的にはるかに長い長手方向である周方向への熱による収縮量が大きくなる(スパイラル型形状のフローティングリング32を一本の細長い帯と考えた場合)。その結果、熱収縮による収縮量が多い周方向で熱収縮を吸収し、マウスリング部19との接触を防止・低減させる。
【0052】
フローティングリング32は高圧領域4bと低圧領域4aの差圧による押圧力Fで環状収容溝31bの側壁に押し付けられているので、マウスリング部19がフローティングリング32に接触すると、この押圧力Fに比例する摩擦力Fν(Fν=μ×F:μは摩擦係数)がフローティングリング32とウエアリング31との間に生じ、この摩擦力Fνはフローティングリング32の径方向の移動に対する抵抗となる。その結果、フローティングリング32はマウスリング部19の振動に対して減衰摩擦力として機能し、マウスリング部19の振動を低減する。また、フローティングリング32がマウスリング部19の回転により、いわゆる連れ回りするのをこの摩擦力Fνで自動的に防止できる。前述のように押圧力Fは面取部31cの寸法や形状で調節できるので、摩擦力Fνも面取部31cの寸法や形状で簡単に調節できる。
【0053】
ウエアリング31とフローティングリング32はいずれも複数の部品を組み立てた構造ではなく、単一の部品からなる一体構造であり、次のようにすることで簡単に組み付けることができる。まず最初に、遠心ポンプ1のケーシング2の上下2つ割り各部分のうち、下部分を据え付け、その下部分に接続される配管を連結しておく。フローティングリング32の2つのループ33を重ね合わせて1つにし、それを撓ませてウエアリング31の環状収容溝31bに嵌め込む。その下部分において、ウエアリング31の環状収容溝31bが、羽根車5Aの側板18側に位置するようにしてウエアリング31を軸受ブラケット7A側の渦巻室4Aの中に、また、ウエアリング31の環状収容溝31bが、羽根車5Bの側板18側に位置するようにしてウエアリング31を軸受ブラケット7B側の渦巻室4Bの中に置いておく。次に、主軸6を軸受ブラケット7Aの軸受8A、ウエアリング31、羽根車5A、インターブシュ3、羽根車5B、ウエアリング31、軸受ブラケット7Bの軸受8Bの順に挿入させる。その際、羽根車5Aの主板16側のボス部15と羽根車5Bの主板16側のボス部15は、インターブシュ3を介して連結する。羽根車5A,5Bは、それぞれ軸受ブラケット7A,7Bとは反対側に位置する渦巻室4A,4Bに収容されるようにする。主軸6の一端は軸受ブラケット7Aの軸受8Aにより、主軸6の他端は軸受ブラケット7Bの軸受8Bにより支持されるようにする。グランドパッキン9A,9Bは、主軸6を軸受8A,8Bで支持する前に予め巻いておく。主軸6の軸受ブラケット7A側の端部と原動機(図示せず。)を接続する。次に、フローティングリング32が収容されたウエアリング31,31をマウスリング部19,19に嵌合させ、ウエアリング31をケーシング2にネジで固定する。最後に、ケーシング2の上部分を下部分に合うようにして、ネジで固定する。このようにして、シール装置25A,25Bを備える遠心ポンプ1を組み付ける。図3(C)に示すように、フローティングリング32のそれぞれの端面の先端と先端と間に距離Zを設けているので、フローティングリング32のループ33の巻き数が、フローティングリング32上のいずれの点においても2以下となり、フローティングリング32の厚みは環状収容溝31bの幅より必ず小さくなる。よって、フローティングリング32をウエアリング31の環状収容溝31bに容易に組み付けることができる。従って、シール装置25Bは製造が容易である。また、フローティングリング32の摩耗等により交換が必要であれば、ケーシング2の上部分のネジを外し、上部分を取り外す。次に、ケーシング2に固定されているウエアリング31のネジを外し、ウエアリング31を軸受ブラケット7A,7B側の渦巻室4A,4Bに移動させる。フローティングリング32を撓ませてウエアリング31の環状収容溝31bから抜き出し、フローティングリング32の一端を主軸6の径方向に引き抜くことにより、簡単に取り外すことができる。そして、フローティングリング32の一端を回転させながら主軸6に巻き付けるようにしてその全体が主軸6を包囲するようにさせる。フローティングリング32の2つのループ33を重ね合わせて1つにし、それを撓ませてウエアリング31の環状収容溝31bに嵌め込むことでウエアリング31にフローティングリング32を組み付けることができる。この点でシール装置25Bは簡単にメンテナンスを行うことができる。
【0054】
本発明は実施形態のものに限定されず、種々の変形が可能である。例えば、本発明は遠心ポンプ以外の他の方式ポンプや、コンプレッサ、ガスタービン等のポンプ以外の他の流体機械にも適用できる。また、本発明は、ブッシュの内部のシール、回転軸がケーシングを貫通する部分等にも適用できる。さらに、フローティングリング32のループ33の巻き数を3以上にし、かつ、環状収容溝の互いに対向する一対の側壁間の距離をその厚みに対応したものにしてもよい。さらにまた、図9に示すように実施形態の面取部31cに代えて、貫通孔31aの環状収容溝31bと接続する部分に段差部31dを設けてもよい。さらにまた、フローティングリング32の断面形状が、矩形(平板の断面形状)でなく、円(線材等の断面形状)であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の実施形態にかかるシール装置を備える遠心ポンプを示す断面図。
【図2】図1の部分IIの部分拡大図。
【図3】図3(A)はフローティングリングのスパイラル形状を示す斜視図、図3(B)はスパイラル形状のループのそれぞれを互いに重ね合わせるようにして1つのループとしたフローティングリングの正面図、図3(C)は図3(B)の側面図。
【図4】ウエアリング及びフローティングリングを示す分解斜視図。
【図5】図5(A)はウエアリングのローレット加工の一例を示す部分拡大図、図5(B)はウエアリングのローレット加工の他の例を示す部分拡大図。
【図6】図4の矢印VIから見たウエアリングの部分拡大図。
【図7】シール装置の部分拡大図(フローティングリングがウエアリングに押圧された状態)。
【図8】シール装置の部分拡大図(フローティングリングの外周がウエアリングに当接した状態)。
【図9】シール装置の代案を示す部分拡大断面図。
【符号の説明】
【0056】
1 遠心ポンプ
2 ケーシング
3 インターブシュ
4A,4B 渦巻室
4a 低圧領域
4b 高圧領域
5A,5B 羽根車
6 主軸
7A,7B 軸受ブラケット
8A,8B 軸受
9A,9B グランドパッキン
11 吸込口
12 流路
13 吐出口
15 ボス部
16 主板
17 羽根
18 側板
19 マウスリング部
21 羽根車入口
22 羽根車出口
25A,25B シール装置
31 ウエアリング(主リング)
31a 貫通孔(主貫通孔)
31b 環状収容溝
31c 面取部
32 フローティングリング(薄厚補助リング)
32a 貫通孔(補助貫通孔)
33 ループ
34a 仮想先端
34b 仮想末端
35 隙間(第1の隙間)
36 隙間(第2の隙間)
37 隙間(第3の隙間)
38 ローレット加工
38a 凹部
38b 凸部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体機械のケーシングと回転体との間の隙間を通って前記ケーシング内の高圧領域から低圧領域へ流体が漏洩するのを防止するシール装置において、
前記ケーシングに固定され、前記高圧領域側と前記低圧領域側を貫通して前記回転体が差し込まれた主貫通孔が形成され、かつ前記主貫通孔の孔周壁と前記回転体の外周面との間に第1の隙間が形成されている、一体構造の主リングと、
前記主リングの前記主貫通孔の前記高圧領域側の部分の前記孔周壁に形成された環状収容溝に収容され、ループの巻き数が軸方向に2以上のスパイラル型一体構造であり、前記高圧領域側と前記低圧領域側を貫通して前記回転体が差し込まれる前記主貫通孔の直径よりも小さい直径を有する補助貫通孔が形成され、かつ前記補助貫通孔の孔周壁と前記回転体の前記外周面との間に前記第1の隙間よりも狭い第2の隙間が形成されている、薄厚補助リングと、
を備える、流体機械のシール装置。
【請求項2】
前記第2の隙間の寸法と、前記環状収容溝の底壁と前記薄厚補助リングの外周との間に形成された第3の隙間の寸法との和が、前記第1の隙間よりも小さい、請求項1に記載の流体機械のシール装置。
【請求項3】
前記薄厚補助リングの前記ループの厚みに前記巻き数を乗じたものが、前記環状収容溝の互いに対向する一対の側壁間の距離より小さく、かつ、前記ループの厚みに前記巻き数に1を加えたものを乗じたものが前記距離より大きい、請求項1又は請求項2に記載の流体機械のシール装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−299724(P2009−299724A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−152537(P2008−152537)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【出願人】(000152170)株式会社酉島製作所 (89)
【Fターム(参考)】