説明

浸漬塗工方法と浸漬塗工装置、及び電子写真感光体

【課題】塗布開始端での膜垂れ(塗工上端部に生じる薄膜部)の発生を防止して均一な膜厚の塗膜を被塗工基体上に形成することができる浸漬塗工方法を提供する。
【解決手段】円筒状基体としてのドラムを塗工槽内の塗工液に浸漬し、次いで被塗工基体を塗工液から引上げて被塗工基体上に塗膜を形成する浸漬塗工方法において、ドラムの上端部分について、引上げ速度をドラム引上げ距離の増加とともに低下させる。減速の態様としては、引上げ速度が指数関数に従って加速度的に低下するものが好ましい。また、上記減速操作の終了した時点で、ドラムの上端部を除く下方部の引上げに工程に移行するが、この工程ではドラムの引上げ速度を一定に維持する。本発明によれば、ドラム全長にわたって塗膜厚さが均一な電子写真感光体を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は浸漬塗工方法及び装置、並びに電子写真感光体に関し、詳しくは、被塗工基体に塗工液を塗布した際、膜垂れが殆ど生じないか、生じたとしてもその膜垂れが短い(被塗工基体の引上げ方向に沿う、膜垂れの長さ)浸漬塗工方法及び装置に関する浸漬塗工方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
被塗工基体を塗工液中に浸漬し、つづいてこの塗工液液面に対して垂直に引上げて塗布する方法は、浸漬塗工方法として知られている。そして、この浸漬塗工方法は電子写真感光体の代表的な製造方法としても利用されている。しかし、浸漬塗工方法により塗布された塗膜の上方部分には、それよりも下方の安定膜厚よりも膜厚が薄くなる部分(膜垂れ)が発生することがある。この部分は電子写真感光体としての特性が規格を満足しないので、膜垂れを短くする(円筒状基体の場合、その軸線方向の寸法を短くする)方法が各種検討されている。
近年においては、感光体の径や長さについて少量多品種化の傾向が進んでおり、特に、従来に比べて、感光体の軸方向端部にごく近い部位まで、膜厚の均一性が求められてきている
【0003】
例えば、特許文献1の発明では、被塗工基体の引上げを最初が速く、終りにおいては遅くなるように引上げ速度を変化させつつ行う方法が採られているが、膜タレを短くする効果は充分でなく、また膜厚のうねりが発生しやすい。
なお、特許文献1には実施例として、円筒状基体を容器内の塗工液中に浸漬し、ついでこの塗工容器を下降させる浸漬塗工方法において、初速度13mm/s(秒)、その後毎秒0.15mm/sずつ速度を減じながら上記塗工容器を下降させるものが記載されている。
【0004】
また、特許文献2では、被塗工基体を塗工槽中の塗工液に浸漬し、次いで被塗工基体の上端部を液面上の空気に所定時間露出させるように一旦引上げてから再浸漬させ、その後被塗工基体を再度塗工液から引上げることにより、被塗工基体上に塗膜を形成する方法が採られているが、膜厚のうねりが発生しやすい。
【0005】
また、特許文献3、特許文献4及び特許文献5に開示された発明では、塗布工程中に塗工槽内あるいは塗工液表面近傍の溶媒蒸気濃度を減少させる方法が採られているが、気体を送気あるいは排気する際に気流ムラが発生しやすく、膜厚の被塗工基体周方向ムラが発生しやすい。
【0006】
また、特許文献6、特許文献7及び特許文献8に記載の発明では、周方向に均一な気流を発生させながら塗布を行う方法が採られているが、膜垂れの短縮の効果に限界がある。
さらに、特許文献9に記載された発明では、被塗工物表面の塗膜に上昇気流を当てることで塗工液面周囲に負圧を発生させ、この負圧に基づいて外気を液面周囲に吸引させる方法が採られているが、塗工装置の複雑化や同時多数本浸漬塗工方法への対応性に問題が残る。
【0007】
その他、膜垂れを短くする方法の一つとして、浸漬塗布を行う際に使用する被塗工物保持治具に送気手段を設け、この送気手段から気体の送気を行う方法が知られているが、この方法で塗布を行う場合であっても、送気気流ムラがあると塗膜上に周方向膜厚ムラが発生し、製品不良になる。
【0008】
また近年、環境問題への対応から、ハロゲン系溶剤の使用が規制または禁止されているが、現在、塗工液に使用しているハロゲン系溶剤を非ハロゲン系溶剤に変更すると、塗工液の沸点が上昇する等の理由により、塗膜上端部に膜厚の薄い部分(膜垂れ)が発生するという問題がある。さらに、電子写真感光体を用いた複写機、プリンターあるいはファクシミリなどにおいては、電子写真感光体の繰り返し使用に伴って感光体塗膜が摩滅して薄くなり、それが感光体の寿命を定めることになっている場合がある。
【0009】
この問題に対して、電子写真感光体を高耐久化するために、感光体塗膜を構成する樹脂成分を耐摩耗性に優れた高分子化合物に変更すること、或いは電荷輸送剤を高分子化して耐摩耗性を持たせることなどが試みられている。電子写真感光体の高耐久化法としてこのような方法をとった場合、従来の塗工液処方と同じ固形分濃度では塗工液粘度が上昇するため、固形分濃度を下げて塗工しなければならないが、この場合には、塗工時に塗膜上端付近での膜垂れが多くなるという問題がある。
【0010】
【特許文献1】特開昭57−5048号公報
【特許文献2】特開2002−82454号公報
【特許文献3】特開昭59−127049号公報
【特許文献4】特開昭59−174844号公報
【特許文献5】特開平2−4470号公報
【特許文献6】特開昭59−225771号公報
【特許文献7】特開昭60−227261号公報
【特許文献8】特開平5−111656号公報
【特許文献9】特開平4−219169号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明の第1の課題はこのような問題点を解決し、塗布開始端での膜垂れ(塗工上端部に生じる薄膜部)の発生を防止して均一な膜厚の塗膜を被塗工基体上に形成することができる浸漬塗工方法及び浸漬塗工装置を提供すること、特に電子写真感光体の製造に適した上記浸漬塗工方法及び浸漬塗工装置を提供することにある。
【0012】
また、本発明の第2の課題は、塗工液の溶剤として非ハロゲン系溶剤を使用した場合に発生する膜垂れを抑制することができる浸漬塗工方法及び浸漬塗工装置を提供することにある。
【0013】
また、本発明の第3の課題は、耐摩耗性に優れた高分子化合物を含有する電子写真感光体用塗工液、或いは電荷輸送剤として高分子電荷輸送剤を含有する電子写真感光体用塗工液を塗工する時に発生する膜垂れを抑制することができる浸漬塗工方法及び浸漬塗工装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
請求項1に係る発明は、被塗工基体を塗工槽内の塗工液に浸漬し、次いで被塗工基体を塗工液から引上げて被塗工基体上に塗膜を形成する浸漬塗工方法において、前記被塗工基体の上端部分について引上げる速度を引上げ距離の増加とともに減速させることを特徴とする浸漬塗工方法である。
【0015】
上記減速の態様としては、例えば以下のものが挙げられる。
(1)後記する図6に示すように、引上げ速度が、引上げ距離の増加に対して一次比例の関係を維持しながら(直線的に)順次低下させるもの。この場合、引上げ距離の増加に対する減速割合は一定で、一次関数の勾配に相当する。
(2)後記する図7に示すように、引上げ速度が、引上げ距離の増加に対して加速度的に低下するもの。この減速態様では、引上げ距離の増加に対する減速割合は漸減する。その具体例としては、指数関数に従う減速が挙げられ、この場合、引上げ開始後間もない時点では急激に減速し、引上げ距離の増加とともに減速の程度が緩やかになり、減速操作が終了する時点で、被塗工基体の上端部分についての引上げが終わり、ついで被塗工基体下方部の引上げ工程に移行する。
【0016】
請求項2に係る発明は、請求項1において、塗工引上げ距離に対する被塗工基体上端部の引上げ速度の減速操作を、指数関数に従って行うことを特徴とする。
この指数関数の一例としては、Xを減速距離(塗工開始からの減速比で塗工する塗工距離:これは図7における「上端部引上げ距離」に対応する)とし、Yを減速比とするとき、下記の数式
Y=1.2903*X-0.0792
(ただし、* は乗算記号)で表されるものが挙げられる。
【0017】
請求項3に係る発明は、被塗工基体上端部の引上げにつづいて、被塗工基体上端部を除く被塗工基体下方部の引上げ操作を一定の引上げ速度Vcで行うことを特徴とする請求項1または2に記載の浸漬塗工方法である。
このように、被塗工基体上端部を除く被塗工基体下方部の引上げ操作を一定の引上げ速度Vcで行うのは、この部分での塗膜膜厚を均一にするためである。
【0018】
請求項4に係る発明は、前記被塗工基体の上端部分について引上げ速度Vtを、塗工引上げ距離の増加とともに減速させるに際しては、この減速比をVtのVcに対する比:Vt/Vcで定義したとき、
前記減速比を1.15以上、1.25以下とし、かつ、引上げ速度の減速操作を行う被塗工基体上端部の長さLa(減速塗工の塗工距離、図6および図7を参照)を25mm以上、50mm以下とすることを特徴とする請求項3に記載の浸漬塗工方法である。また、上記減速比は1.20及びその直近とすることが、上記長さLaは25mm及びこれよりもわずかに長いことが、それぞれ特に好ましい。
上記数値限定により、塗工液の液ダレを抑え、より均一な膜厚を安定して得ることができる。
【0019】
請求項5に係る発明は、塗工液の溶剤が非ハロゲン系溶剤であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の浸漬塗工方法である。
【0020】
請求項6に係る発明は、塗工液(塗布液)が電子写真感光体作製用の塗工液であることを特徴とする請求項5に記載の浸漬塗工方法である。
【0021】
請求項7に係る発明は、電子写真感光体形成用塗工液が、
(1)高分子化合物、低分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液、(2)高分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液、(3)高分子化合物、高分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液、または(4)高分子化合物、低分子電荷輸送剤、高分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液であることを特徴とする請求項5に記載の浸漬塗工方法である。
【0022】
請求項8に係る発明は、高分子化合物が耐摩耗性を有する高分子化合物であることを特徴とする請求項7に記載の浸漬塗工方法である。
【0023】
請求項9に係る発明は、被塗工基体保持手段により被塗工基体を塗工槽中の塗工液に浸漬し、次いで被塗工基体を塗工液から引上げて被塗工基体上に塗膜を形成する浸漬塗工装置において、前記被塗工基体保持手段は、被塗工基体の上端部分について引上げ速度を、塗工引上げ距離の増加とともに減速させるための、引上げ速度調整機構を備えていることを特徴とする浸漬塗工装置である。
【0024】
請求項10に係る発明は、前記被塗工基体保持手段が、塗工引上げ距離に対する被塗工基体上端部の引上げ速度の減速操作を、指数関数に従って行うことを特徴とする請求項9に記載の浸漬塗工装置である。
【0025】
請求項11に係る発明は、感光体ドラム基体を請求項1〜8のいずれかに記載の浸漬塗工方法により処理することを特徴とする電子写真感光体の製造方法である。
【0026】
請求項12に係る発明は、請求項9の製造方法により得られたことを特徴とする電子写真感光体である。
【0027】
なお、上記では、被塗工基体を塗工槽中の塗工液に浸漬し、次いで被塗工基体を塗工液から引上げて被塗工基体上に塗膜を形成する浸漬塗工方法および装置としたが、本発明では、被塗工基体の上下位置を固定し、塗工槽を上下移動することにより、塗工液に対する被塗工基体の浸漬・引上げ操作を行うこともできる。したがって、本発明の浸漬塗工装置では、被塗工基体の引上げ速度調整機構に替えて、塗工槽の昇降速度調整機構を設けることで、被塗工基体の上端部分について、塗工槽に対する「相対的引上げ速度」を引上げ距離の増加とともに減速させるように構成してもよい。
また、本発明では、被塗工基体の上端部分について、塗工槽に対する引上げ速度を、引上げ時間の経過とともに減速させるように構成することもできる。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係る浸漬塗工方法および装置によれば、塗布開始端での膜垂れ(塗工上端部に生じる薄膜部)の発生を防止し、均一膜厚の塗膜を被塗工基体上に形成することができる。
特に、塗工液の溶剤として非ハロゲン系溶剤を使用した場合、あるいは塗工液として電子写真感光体形成用塗工液を用いた場合に、塗布開始端での膜垂れ(塗工上端部に生じる薄膜部)の発生を防止し、均一膜厚の塗膜を被塗工基体上に形成することができる。
すなわち、被塗工基体上端部の引上げを速い速度で開始し、順次速度が低下するように引上げ速度を変化させることにより、塗布開始端での膜垂れ(塗工上端部に生じる薄膜部)が防止される。
請求項2に係る発明では、塗工引上げ距離に対する被塗工基体上端部の引上げ速度の減速操作を、指数関数に従って行うことにより、塗工上端部に生じる薄膜部の防止効果が特に高まり、被塗工基体全体にわたって高度に均一な膜厚の塗膜を形成することができる。
【0029】
本発明によれば、塗工液の溶剤として非ハロゲン系溶剤(請求項4)を使用しても、塗膜上端部に膜厚の薄い部分(膜垂れ)が発生するのを防止することが可能であるから、環境保護に寄与することができる。
【0030】
請求項9の浸漬塗工装置では、引上げ速度調整機構の作動態様を適宜に設定することで、請求項1〜4のいずれかに係る浸漬塗工方法を実施することができる。
【0031】
請求項12の電子写真感光体により、高性能の現像装置を構成することができ、請求項12の電子写真感光体をセットした電子写真方式の画像形成装置によれば、電子写真感光体の長さ全体にわたって均一濃度の画像を安定して形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明の実施の形態を、必要に応じ図面を参照しながら説明する。
本発明では、被塗工基体上端部の引上げ速度は、減速操作が終わって一定の引上げ速度となった時のこの一定引上げ速度よりも早くするが、減速の態様としては、被塗工基体の引上げ距離(塗工引上げ距離)に対して一次関数に従う減速(減速の割合が塗工引上げ距離に比例する=引上げ距離の増大に対する減速の割合が一定)も可能であるが、減速の程度が引上げ距離の増大とともに減少すること、つまり、引上げ開始直後は引上げ速度が急激に低下するが、引上げ距離の増大とともに引上げ速度が緩やかに低下することが好ましく、その具体例としては、上記した指数関数に従う減速が好ましい。
【0033】
図1は、本発明の実施形態に係る浸漬塗工装置(以下、塗工装置という場合がある)の全体構成を示す概略図である。
まず、図1について説明する。この塗工装置は塗布液(塗工液)2を貯留する円筒状の塗工槽10と、この塗工槽の上端部からオーバーフローした塗布液を受けるオーバーフロー液受け(オーバーフロー槽)9と、これを介してオーバーフロー液を、リターン配管3を介して回収するとともに、この回収塗布液の粘度等を均一化して塗布液を調製する塗布液タンク(循環槽)5が配備されている。塗布液タンク5は塗布液供給配管6を介して塗工槽10の底部に接続されている。この塗布液供給配管6には、塗布液タンク5内の塗布液を塗工槽10に戻す送液ポンプ7と、この送液ポンプからの塗布液中の異物を除去するフィルター11とが配備されている。塗布液タンク5には、塗布液攪拌用の攪拌機4が設けられている。
【0034】
また、上記塗工槽10の近傍には、円筒状の被塗工基体であるドラム1の保持手段として、ドラム昇降装置8が設置されている。この昇降装置8は、ドラム1を保持して塗工槽10内の塗布液2に浸漬し、次いでドラムを塗布液から引上げるためのもので、ドラム1の塗工引上げ距離に対するドラム1上端部の引上げ速度の減速操作を指数関数に従って行うものである。この指数関数では、塗工引上げ距離が長くなればなるほど、引上げ速度が加速度的に低下するようになっている。
【0035】
そのために、この昇降装置8はボールねじ機構8bと、これを駆動するモータを備えた駆動機構8aと、ボールねじ機構8bに取り付けられた昇降アーム8cと、このアームの下方部に設けられたドラム1支持用の支持部材8dとを備えている。また、上記駆動機構8aには、ドラム1上端部の引上げ速度の減速操作など、昇降アーム8cの昇降速度を制御するべく上記モータの回転速度を調整するためのモータ制御機構(図略)が配備されている。このようにドラム1は、昇降アーム8cの昇降によりドラム1の上下動操作が行われる。
【0036】
図2は図1の浸漬塗工装置におけるドラム引上げ工程を示す説明であって、引上げ開始時の状態を示すものである。図3は、図2の状態から引上げを開始し、ドラム上端部の引上げを終了した瞬間の状態を示す説明図である。図4は、図3の状態からドラム上端部以外の部分(ドラム下方部)の引上げを開始し、該ドラム下方部の引上げを終了した瞬間の状態を示す説明図である。
【0037】
上記浸漬塗工装置では、図2に示すようにドラム1の上端を支持部材8dで支持し、一旦昇降装置8によりドラム1全体を塗工槽10内の塗布液2に浸漬する。ついで、図3に示すとおりドラム1上端部の引上げ操作を開始する。この場合の引上げ速度は上記したとおりである。さらに、図4に示すように、均一の引上げ速度でドラム1下方部(上端部以外の部分)の引上げ操作を行う。このようにしてドラム1に付着した塗布液は、塗工槽10の塗布液液面上の大気に曝されることにより、塗布液中の溶剤が揮散して粘性が上昇し、最終的に、ドラムの長手方向全体にわたって均一膜厚の塗膜が形成される。
引上げ(塗工)によってドラム表面に付着したWet膜は、重力により上記のように溶剤が揮発しながら、かつ重力で垂れなくなるまで垂れることで、均一なレベリングが得られる(膜厚の均一性向上)。
【0038】
本発明において、塗工液の溶剤として用いられる非ハロゲン系溶剤としては、トルエン等の芳香族炭化水素系溶剤、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル系溶剤、メチルエチルケトン等のケトン系溶剤などを挙げることができる。電子写真感光体形成用塗工液としては、高分子化合物と低分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液、高分子電荷輸送剤と溶剤からなる塗工液、高分子化合物と高分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液、または高分子化合物と低分子電荷輸送剤と高分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液などを挙げることができる。
本発明においては、塗工液の粘度は380〜500mPa・sが好ましい。また本発明では、被塗工基体の直径が30〜100mm、長さが242〜485mである場合に、特に好ましい結果が得られている。
【0039】
電子写真感光体形成用塗工液に用いられる高分子化合物としては、耐摩耗性に優れた高分子化合物が好ましく、例えばビスフェノールAタイプのポリカーボネート、ビスフェノールZタイプのポリカーボネートなどが挙げられ、また溶媒としては塩化メチレン等のハロゲン系溶剤、トルエン等の芳香族系溶剤、テトラヒドロフラン、ジオキサン等の環状エーテル系溶剤が挙げられる。本発明の浸漬塗工方法によれば、特に、耐摩耗性に優れた高分子化合物を含有する電子写真感光体用塗工液、或いは電荷輸送剤として高分子電荷輸送剤を含有する電子写真感光体用塗工液を塗工する場合においても、膜垂れの発生を抑制し均一な膜厚の感光体塗膜を被塗工基体上に形成することができる。
【0040】
本発明によるドラム引上げ方法を、従来方法と比較して説明する。図5は従来技術に係る被塗工基体の引上げ態様を説明するグラフである。この場合、ドラム引上げ速度Vはドラム引上げ距離(塗工引上げ距離)に対し変化せず一定値であり、この値は上端部を除く部分についての引上げ速度に等しい。
図6は、本発明の一実施形態に係る被塗工基体の引上げ態様を説明するグラフである。この場合、ドラム引上げ速度Vはドラム引上げ距離(塗工引上げ距離)に対し直線的に低下し(Va→Vc)、その下限値は、上端部を除く部分についての引上げ速度に等しい(図3、図4を参照)。すなわち、図6は、引上げ開始時点での引上げ速度をVa、上端部を除く(下方部)の引上げ速度(一定値)をVcとしたとき、上端部の引上げ操作では上端部引上げ速度Vtを、VaからVcまで一定の割合で低下させるものである。この場合、グラフ上では上端部引上げ速度Vtが引上げ距離に対して直線的に低下する。
【0041】
図7は、本発明の別の実施形態に係る被塗工基体の引上げ態様を説明するグラフである。この図において、ドラム引上げ速度Vはドラム引上げ距離(塗工引上げ距離)に対し指数関数的に低下し、その下限値は、上端部を除く部分についての引上げ速度に等しい(図3、図4を参照)。すなわち、図7は、引上げ開始時点での引上げ速度をVa、上端部を除く(下方部)の引上げ速度(一定値)をVcとしたとき、上端部の引上げ操作では上端部引上げ速度Vtを、VaからVcまで指数関数的に低下させるものである。この場合、引上げ速度Vtの変化を示す曲線に対する接線の傾きが漸減する。
【0042】
上記のような本発明によれば、膜垂れ部の膜厚が補われる結果、塗布開始端での膜垂れ(塗工上端部に生じる薄膜部)の発生が防止され、塗布開始端での膜垂れ(塗工上端部に生じる薄膜部)の発生が確実に防止される。上記図6に従う引上げ操作によってもある程度良好な結果が得られるが、図7に従う引上げ操作によれば、特に優れた結果が得られ、ドラム1の引上げ方向全体について高度に均一な膜厚の塗膜を形成することができる。また、本発明によれば、厚膜を得るために高粘度の塗工液を用いる必要がないことから、引上げ速度を遅くして生産効率の低下を招くこともないという効果がある。
【実施例】
【0043】
以下に、本発明の実施例及び、比較例について具体的に説明する。
[実施例1〜9及び比較例1に共通の条件]
外径30mm、長さ250mmのアルミニウム製円筒状基体に、可溶性ナイロン(アラミンCM−8000、東レ社製)の5wt%メタノール溶液を浸漬塗布し、100℃で10分間乾燥させて厚さ0.3μmの下引き層を形成した。
次いで、電荷発生剤10重量部、ポリビニルブチラール7重量部、テトラヒドロフラン145重量部をボールミルに入れ、72時間ミリングし、これにシクロヘキサノン200重量部を加えて1時間分散を行い、更にシクロヘキサノンで希釈した電荷発生層塗布液を、上記下引き層を有するアルミニウム製円筒状基体上に浸漬塗布し、100℃で10分間乾燥させて厚さ約0.1μmの電荷発生層を形成した。
【0044】
次に、電荷輸送剤7重量部及びポリカーボネート(パンライトC−1400、帝人社製)10重量部をテトラヒドロフラン83重量部に溶解して電荷輸送層塗布液を調製した。
この電荷輸送層塗布液を図1に示す浸漬塗工装置の塗工槽10及び塗工液タンク5に入れ、上記の電荷発生層が形成されたアルミニウム製円筒状基体(ドラム1)を昇降装置8で保持して塗布液中に降下させて浸漬させた。次いで、ドラムを塗工液から引上げることにより、ドラム1に塗膜を形成した。
この場合、上記塗布液の粘度は450mPa・sであった。また、引上げ操作時の上記減速比Yは、前出の数式
Y=1.2903*X-0.0792
に従うものとした(ただし、X:0〜25mm、Y:1〜1.20)。
さらに、塗布液の液ダレは光干渉式膜厚計(大塚電子MPDC−1100)により、塗工表面は表面形状測定器(東京精密 表面形状測定器Suefcom1200)により、それぞれ測定した。
【0045】
[実施例1]
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、上端部の引上げ速度を図6のように減速させながら塗工して電荷輸送層を形成したところ、上端部の膜垂れも少なく、塗膜の均一性は良好であった。その後、このドラムを乾燥機に入れて120℃で30分間乾燥させ、電荷輸送層が形成されたアルミニウム製円筒状基体を得た。なお、減速させながら引上げる際の減速比を1.20、減速させる塗工距離を25mmとした。
【0046】
[比較例1]
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、上端部の引上げる速度を図5のように、引上げ距離全体にわたって引上げ速度を一定にした以外は、実施例1と同様にして電荷輸送層を形成した。その結果、上端部における膜厚の膜垂れが大きくなった。
【0047】
[実施例2]
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、上端部の引上げ速度を図7のように減速させながら引上げて電荷輸送層を形成した点以外は実施例1と同様に行ったところ、上端部の膜垂れも少なく、塗膜の均一性は極めて良好であった。
【0048】
[実施例3、実施例4]
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、上端部の引上げ速度を図6のように減速させながら塗工するとともに、減速比を1.15(実施例3−1)、1.20(実施例3−2)、1.25(実施例3−3)に振って電荷輸送層を形成した。その結果、上端部の膜垂れは少なく、塗膜の均一性は良好であった。
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、上端部の引上げ速度を図7のように減速させながら塗工するとともに、減速比を1.15(実施例4−1)、1.20(実施例4−2)、1.25(実施例4−3)に振って電荷輸送層を形成した。その結果、上端部の膜垂れは非常に少なく、塗膜の均一性は極めて良好であった。
【0049】
[実施例5]
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、上端部の引上げ速度を図7のように減速させながら塗工するとともに、減速比を1.10として電荷輸送層を形成した。その結果、上端部の膜垂れは少なく、塗膜の均一性は実施例3と同様に良好であった。
【0050】
[実施例6]
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、上端部の引上げ速度を図6のように減速させながら塗工するとともに、減速比を1.30、1.35に振って電荷輸送層を形成した。その結果、上端部の膜厚の垂れは防止できたものの、膜厚分布の均一性は実施例3よりも低くなった。
【0051】
[実施例7]
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、図7のように減速させるとともに、減速させる引上げ塗工距離を25mmと、50mmに振って電荷輸送層を形成した。その結果、上端部の膜垂れは非常に少なく、塗膜の均一性は極めて良好であった。
【0052】
[実施例8]
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、図6のように減速させるとともに、減速させる引上げ塗工距離を15mmと、20mmに振って電荷輸送層を形成した。その結果、上端部の膜厚の垂れは防止できたものの、膜厚分布の均一性はそれほど高くなかった。
【0053】
[実施例9]
前記ドラム1を塗工液から引上げる際に、図6のように減速させるとともに、減速させる引上げ塗工距離を55mmと、65mmに振って電荷輸送層を形成した。その結果、上端部の膜厚の垂れは防止できたものの、膜厚分布の均一性はそれほど高くなかった。
【0054】
以上のように、本発明の浸漬塗工方法及び浸漬塗工装置によれば、塗布開始端での膜垂れ(塗工上端部に生じる薄膜部)の発生を防止して、均一膜厚の塗膜を被塗工基体上に形成することができる。また、本発明の浸漬塗工方法及び装置によれば、溶剤として非ハロゲン系溶剤を使用した塗工液を塗工する場合、あるいは耐摩耗性に優れた高分子化合物を含有する電子写真感光体用塗工液、または電荷輸送剤として高分子電荷輸送剤を含有する電子写真感光体用塗工液を塗工する場合において、塗布開始端での膜垂れ(塗工上端部に生じる薄膜部)の発生を防止して、均一膜厚の塗膜や感光層を被塗工基体上に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の実施形態に係る浸漬塗工装置の全体構成を示す概略図である。
【図2】図1の浸漬塗工装置におけるドラム引上げ工程を示す説明図であって、引上げ開始時の状態を示すものである。
【図3】図2の状態から引上げを開始し、ドラム上端部の引上げを終了した瞬間の状態を示す説明図である。
【図4】図3の状態からドラム上端部以外の部分(ドラム下方部)の引上げを開始し、該ドラム下方部の引上げを終了した瞬間の状態を示す説明図である。
【図5】従来技術に係る被塗工基体の引上げ態様を説明するグラフである。
【図6】本発明の一実施形態に係る被塗工基体の引上げ態様を説明するグラフである。
【図7】本発明の別の実施形態に係る被塗工基体の引上げ態様を説明するグラフである。
【符号の説明】
【0056】
1 ドラム(円筒状基体)
2 塗布液(塗工液)
3 リターン配管
4 攪拌機
5 塗布液タンク
6 塗布液供給配管
7 送液ポンプ
8 (ドラム)昇降装置
8a 駆動機構
8b ボールねじ機構
8c 昇降アーム
8d 支持部材
9 オーバーフロー液受け(オーバーフロー槽)
10 塗工槽
11 フィルター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被塗工基体を塗工槽内の塗工液に浸漬し、次いで被塗工基体を塗工液から引上げて被塗工基体上に塗膜を形成する浸漬塗工方法において、前記被塗工基体の上端部分について引上げ速度を、塗工引上げ距離の増加とともに減速させることを特徴とする浸漬塗工方法。
【請求項2】
塗工引上げ距離に対する被塗工基体上端部の引上げ速度の減速操作を、指数関数に従って行うことを特徴とする請求項1に記載の浸漬塗工方法。
【請求項3】
被塗工基体上端部の引上げにつづいて、被塗工基体上端部を除く被塗工基体下方部の引上げ操作を一定の引上げ速度Vcで行うことを特徴とする請求項1または2に記載の浸漬塗工方法。
【請求項4】
前記被塗工基体の上端部分について引上げ速度Vtを、塗工引上げ距離の増加とともに減速させるに際しては、この減速比をVtのVcに対する比:Vt/Vcで定義したとき、
前記減速比を1.15以上、1.25以下とし、かつ、引上げ速度の減速操作を行う被塗工基体上端部の長さ(減速塗工の塗工距離)を25mm以上、50mm以下とすることを特徴とする請求項3に記載の浸漬塗工方法。
【請求項5】
塗工液の溶剤が非ハロゲン系溶剤であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の浸漬塗工方法。
【請求項6】
塗工液が電子写真感光体作製用の塗工液であることを特徴とする請求項5に記載の浸漬塗工方法。
【請求項7】
電子写真感光体形成用塗工液が、
(1)高分子化合物、低分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液、(2)高分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液、(3)高分子化合物、高分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液、または(4)高分子化合物、低分子電荷輸送剤、高分子電荷輸送剤及び溶剤からなる塗工液であることを特徴とする請求項6に記載の浸漬塗工方法。
【請求項8】
高分子化合物が耐摩耗性を有する高分子化合物であることを特徴とする請求項7に記載の浸漬塗工方法。
【請求項9】
被塗工基体保持手段により被塗工基体を塗工槽中の塗工液に浸漬し、次いで被塗工基体を塗工液から引上げて被塗工基体上に塗膜を形成する浸漬塗工装置において、前記被塗工基体保持手段は、被塗工基体の上端部分について引上げ速度を、塗工引上げ距離の増加とともに減速させるための、引上げ速度調整機構を備えていることを特徴とする浸漬塗工装置。
【請求項10】
前記被塗工基体保持手段は、塗工引上げ距離に対する被塗工基体上端部の引上げ速度の減速操作を、指数関数に従って行うことを特徴とする請求項9に記載の浸漬塗工装置。
【請求項11】
前記被塗工基体としての感光体ドラム基体を請求項1〜8のいずれかに記載の浸漬塗工方法により処理することを特徴とする電子写真感光体の製造方法。
【請求項12】
請求項11の製造方法により得られたことを特徴とする電子写真感光体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−62131(P2008−62131A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−240164(P2006−240164)
【出願日】平成18年9月5日(2006.9.5)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】