説明

液体搬送装置

【課題】液体を溢すことなく搬送し得る液体搬送装置を提供する。
【解決手段】液体搬送装置10は、液体を収容して、X−Y−Z直交座標上の始点Oから終点Pまで該液体を搬送するスプーン14と、スプーン14を支持して、スプーン14を移動させるアーム部26,30,34と、アーム部26,30,34を駆動する駆動部と、収容部14の搬送軌道CにおけるX−Y座標成分CX−Yが直線となるよう駆動部を制御する制御部18とを備える。制御部18は、スプーン14の搬送速度カーブにおけるX−Y座標成分が、加速段階と、等速段階と、減速段階とで構成されるよう前記駆動部を制御する。加速カーブSおよび減速カーブTは、加速時または減速時に液体に作用する作用力がスプーン14に満たされた液体の表面張力より小さくなるよう設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、液体搬送装置に関し、更に詳細には、収容部に収容した液体を溢すことなく搬送し得る液体搬送装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、医療や福祉現場において、介護者の負担を軽減するアシスト装置や被介護者の自立支援を目的とする自立支援ロボットの研究が盛んに行なわれている。特に食事は、毎日欠かすことのできない作業であるため、介護者、被介護者共に負担が大きく、食事を支援する様々な装置が研究・開発されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
ところが、これまでに提案されている食事支援装置は、構造的・機能的理由から、食事ができる品目が制限されたり、食事完了までに長時間を要することがあった。特に、スープや味噌汁、おかゆ等の液状の食物を、溢すことなく迅速に被介護者の口元まで運ぶことは困難であった。
【0004】
一方、液体の振動を抑制しつつ高速での液体搬送を可能とする液体搬送制御の研究は従来から多く行なわれている(下記文献参照)。従って、例えば、ハイブリッド整形法等の制震制御を前述した食事支援装置に適用すれば、液状の食物を溢さずに搬送することが可能になるとも思われる。
【特許文献1】特開平11−253504号公報
【非特許文献1】J. T. Feddema, et al., “Control for Slosh-Free Motion of an Open Container, IEEE Control Systems Magazine, Vol.17(1997), pp.29-36
【非特許文献2】K. Yano and K. Terashima, “Robust Liquid Container Transfer Control for Complete Sloshing Suppression, IEEE, Transaction on Control Systems Technology, Vol.9, no.3(2001),pp.483-493
【非特許文献3】K. Yano, S. Higashikawa and K. Terashima, “Motion Control of Liquid container Considering an Inclined Transfer Path, IFAC Journal of Control Engineering Practice, Vol.10,no.4(2002), pp.465-472
【非特許文献4】K. Yano and K. Terashima, “Sloshing Suppression Control of Liquid Transfer Systems Considering 3D Transfer Path,IEEE/ASME Transactions on Mechatronics, Vol.10,no.l(2005), pp.8-16
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ハイブリッド整形法は、容器(収容部)に余裕をもって液体が収容されている場合に効果を発揮するが、容器いっぱいに液体が満たされていると、加減速時の液面の僅かな変動(変位)によって液体が容器から溢れてしまう虞がある。特に、スプーン等の小型容器の場合には、搬送時の表面張力が大きく影響し、従来の制振制御法で液面の振動現象を的確に捉えることができず、液体を溢すことなく搬送することは不可能であると考えられる。
【0006】
そこで、本発明は、従来技術に内在する前記問題に鑑み、これらを好適に解決するべく提案されたものであって、収容部に収容した液体を溢すことなく搬送し得る液体搬送装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前述した課題を解決し、所期の目的を好適に達成するため、本発明に係る液体搬送装置は、
液体を収容して、X−Y−Z直交座標上の始点から終点まで該液体を搬送する収容部と、
前記収容部を支持して、該収容部を移動させるアーム部と、
前記アーム部を駆動する駆動部と、
前記収容部の搬送軌道におけるX−Y座標成分が直線となるよう前記駆動部を制御する制御部とを備え、
前記制御部は、前記収容部の搬送速度カーブにおけるX−Y座標成分が、所定の加速カーブで収容部を加速させる加速段階と、加速終了時での速度で収容部を移動させる等速段階と、所定の減速カーブで収容部を減速させる減速段階とで構成されるよう前記駆動部を制御し、
前記加速カーブおよび減速カーブは、加速時または減速時に液体に作用する作用力が前記収容部に満たされた液体の表面張力より小さくなるよう設定されていることを特徴とする。
請求項1の発明によれば、搬送時における収容部の加速カーブおよび減速カーブは、液体に作用する作用力が該液体の表面張力より小さくなるよう設定されているので、液体を溢すことなく終点まで搬送し得る。また、搬送速度カーブのX−Y座標成分は、液体への作用力が生じない等速段階を有しているので、全ての搬送軌道において加速・減速カーブを求める必要がなく、計算量を抑制し得る。しかも、搬送軌道のX−Y座標成分は直線になるよう制御されるので、3次元空間での液体搬送問題を液体の直線搬送制御問題として単純化することができ、加速・減速カーブの導出に必要な計算量を更に抑制し得る。
【0008】
請求項2に係る液体搬送装置では、前記減速カーブを、前記加速カーブを時間軸で反転させたカーブに設定した。
請求項2の発明によれば、減速カーブは加速カーブを時間軸で反転させたカーブに設定したので、減速カーブを計算により求める必要がなく、計算量を半減し得る。
【0009】
請求項3に係る液体搬送装置では、前記加速カーブのパラメータは、加速時の液体への作用力が前記表面張力より小さくなる制約条件下において、遺伝的アルゴリズムにより探索して求められる。
請求項3の発明によれば、加速カーブは、遺伝的アルゴリズムにより探索して求めたパラメータにより規定されるので、加速カーブの導出に要する計算量を抑制し得る。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る液体搬送装置によれば、収容部に収容した液体を溢すことなく搬送することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
次に、本発明に係る液体搬送装置につき、好適な実施例を挙げて、添付図面を参照しながら以下説明する。なお、実施例では、スプーンにより水やスープ等の液体を搬送して、使用者の食事を支援する液体搬送装置について説明することとする。
【実施例】
【0012】
実施例に係る液体搬送装置10は、図1に示す如く、6軸のマニピュレータ12と、該マニピュレータ12の先端にスプーン(収容部)14の柄部14aが着脱自在に装着される取付部16と、該マニピュレータ12の作動を制御する制御部18とを備える。また液体搬送装置10は、使用者により操作される操作スイッチ20を備えており、該操作スイッチ20を操作することで、マニピュレータ12の作動をON−OFFするようになっている。なお、マニピュレータ12の根本は、使用者が食事に使用するテーブル40に固定部22によって固定されている。
【0013】
前記マニピュレータ12は、固定部22側から順に、第1関節部24、第1アーム部26、第2関節部28、第2アーム部30、第3関節部32、第3アーム部34、第4関節部36および先端部38を備え、各回動部位に図示しない第1〜第6モータ(駆動部)が設けられている。そして、前記制御部18が第1〜第6モータを駆動制御することで、前記第1〜第3アーム部26,30,34が回動して、マニピュレータ12の自由度の高い動きを実現している。
【0014】
前記固定部22には、テーブル40に対して垂直な軸線を中心とした回動が可能な第1関節部24が取付けられ、該第1関節部24に、テーブル40の上面に対して水平な軸線を中心とした回動が可能な第1アーム部26が取付けられている。前記第1アーム部26の先端は、第2関節部28を介して第2アーム部30と連結しており、該第2アーム部30はテーブル40の上面に対して水平な軸線を中心とする回動が可能となっている。前記第2アーム部30の先端には、テーブル40の上面に対して水平な軸線を中心とする回動が可能な第3関節部32が取付けられている。この第3関節部32の端部32aには、第2アーム部30の長手方向に沿った軸線を中心とした回動が可能な第3アーム部34が取付けられている。すなわち、第3アーム部34は、前記テーブル40に対し上下方向に回動し得ると共に、第3アーム部34の長手方向に沿った軸線を中心とする回動(自転)が可能とされている。更に、前記第4関節部36は、第3アーム部34と先端部38とを連結し、該先端部38は、第3アーム部34の長手方向に沿った軸線を中心として回動し得るよう構成される。
【0015】
前記先端部38に装着される取付部16は、使用者が容易に把持し得る大きさの円柱形状とされている。取付部16の先端には、ドリルチャックの如き公知の把持機構が設けられ、該把持機構を介してスプーン14の柄部14aを取付部16に容易に着脱し得る構成となっている。前記取付部16に装着されるスプーン14は、食事に用いられる一般的なものが採用されており、搬送時に、受容部14bが常に水平姿勢に維持された状態で移動するようになっている。なお、本液体搬送装置10で溢すことなく搬送可能な液体としては、水やスープ、味噌汁等の液体の他、ゼリーやプリン等の液状体(流動食)も含まれる。
【0016】
前記操作スイッチ20は、作動開始ボタン20aおよび作動停止ボタン20bを備え、前記制御部18に電気的に接続されている。そして、使用者が作動開始ボタン20aを押すことで、操作スイッチ20は作動信号を制御部18へ送信し、制御部18がマニピュレータ12の作動を開始させるようになっている。また、使用者が作動停止ボタン20bを押すと、操作スイッチ20は、停止信号を制御部18へ送信し、該制御部18はマニピュレータ12を停止させる制御を行なう。但し、制御部18は、マニピュレータ12を直ちに停止させるのではなく、後述する減速カーブTに基づいてスプーン14を減速させつつ停止させるようになっている。なお、前記操作スイッチ20は、テーブル40の上面において操作者が操作し易い位置に設置される。
【0017】
前記制御部18は、前記各モータの作動を制御することで、所定の搬送軌道Cおよび搬送速度カーブVでスプーン14(液体)を搬送させるようになっている。ここで、前記制御部18によるマニピュレータ12の制御態様について説明するため、図2(a)に示す如きX−Y−Z直交座標空間を設定する。そして、液体を掬った状態のスプーン14の位置を始点O(原点)とし、該始点Oから所定間隔離間した点(例えば、使用者の口元)を終点Pに設定する。なお、説明の便宜上、終点P(スプーン14の停止位置)は、該終点PのX−Y座標成分PX-YがY軸上に位置するよう設定した。また、図2(b)に示すように、前記スプーン14は、柄部14aがX軸方向に延在する姿勢で搬送される。
【0018】
先ず始めに、スプーン14の搬送軌道Cは、次のように設定されている。前記制御部18は、スプーン14の搬送軌道CのX−Y座標成分CX−Yが、直線となるようマニピュレータ12を制御する。すなわち、図2(b)に示すように、スプーン14の搬送軌道CのX−Y座標成分CX−Yは、始点Oから終点PのX−Y座標成分PX−Yを結ぶY軸上の直線軌道を描く。但し、スプーン14の搬送軌道CをY−Z座標平面で見た場合、当該軌道は、曲線状(軌道C,C参照)であったり、始点Oと終点Pとを結ぶ直線状(軌道C参照)であってもよい。なお、スプーン14の搬送軌道C(搬送距離)は、使用者による停止指令(作動停止ボタン20bのON)のタイミングにより変化する。
【0019】
次に、制御部18は、加減速時に液体を溢さないようスプーン14を予め設定された搬送速度カーブVで搬送するよう各モータを制御する。ここで、Z軸方向への加速(減速)は、通常の食事動作の加速度程度であれば液体への作用は小さく、液面変動への影響は少ない。従って、スプーン14に対するZ軸方向への加減速については、無視することができる。すなわち、液体がスプーン14から溢れるか否かは、もっぱらY軸方向(X−Y座標平面方向)への加減速が問題となる。従って、スプーン14の搬送速度カーブVの設定に際しては、Y軸方向の成分(X−Y座標成分,以下、分解速度カーブVX−Yという)を設定すれば足りる。しかも、前述のように、スプーン14の搬送軌道CのX−Y座標成分CX−Yは直線であるので、3次元空間での液体搬送問題は、液体の直線搬送制御問題として単純化することができる(図2(b)参照)。
【0020】
図3は、実施例に係る液体搬送装置10に設定された分解速度カーブVX−Yおよび加速度の一例を示すグラフである。分解速度カーブVX−Yは、加速カーブSでスプーン14を加速させる加速段階と、加速終了時での速度(以下、目標分解速度Vという)でスプーン14を移動させる等速段階と、減速カーブTでスプーン14を減速させる減速段階とから構成される。前記加速カーブSは、加速時に加わる液体への作用力が、スプーン14いっぱいに満たされた液体の表面張力より小さくなるよう設定されている。後述するように、具体的な加速カーブSの導出は、液体の表面張力を破壊することなく、かつ分解速度カーブVX−Yの低下を極力抑えた制約条件(一般的な食事の動作速度(目標分解速度V)まで加速する)のもと、遺伝的アルゴリズムにより未知パラメータを探索することで行なう。
【0021】
前記加速段階において目標分解速度Vまで加速されたスプーン14は、等速段階に移行して、該目標分解速度Vで一定時間搬送される。この目標分解速度Vは、例えば、一般成人男性が食事をする際の動作速度に設定される。なお、等速段階の時間は、該分解速度カーブVX−Yが目標分解速度Vに到達してから使用者が前記作動停止ボタン20bを押すまでの時間となる(図3参照)。前記減速カーブTは、加速カーブSを時間軸で反転(線対称)させたカーブに設定されている。すなわち、スプーン14の分解速度カーブVX−Yは、減速段階において、加速時とは反対のパターンで減速し、これにより液体を溢すことなく停止することが可能となる。従って、図3に示すように、分解速度カーブVX−Yのグラフは左右対称となっている。なお、搬送速度カーブVのZ軸方向の成分は、通常の食事の動作速度に準ずる範囲内で適宜加減速され、前記スプーン14が終点Pの高さ位置に到達したときに0となる。なお、前記制御部18には、スプーン14の形状、液体の種類等に応じて、複数の搬送軌道Cおよび搬送速度カーブV(分解速度カーブVX-Y)パターンが記憶されている。
【0022】
(実施例の作用について)
次に、実施例に係る液体搬送装置10の作用について説明する。使用者がマニピュレータ12の取付部16を把持し、作動指令を制御部18に与えると、先ず始めに、制御部18は第1〜第6モータを作動させて、図示しない容器から液体をスプーン14で掬う。液体を掬ったスプーン14は、水平姿勢となって始点Oで待機する。次いで、使用者が操作スイッチ20の作動開始ボタン20aを押すと、制御部18が予め設定された搬送速度カーブVで、スプーン14を移動させる。すなわち、制御部18が各モータを制御して、スプーン14の搬送軌道CにおけるX−Y座標成分CX−YがY軸方向に沿って直線となるようスプーン14を搬送させる。また、制御部18は、加速カーブSに基づいてスプーン14の分解速度カーブVX−Yを加速させる。このとき、加速カーブSは、加速時に液体に作用する作用力がスープの表面張力より小さくなるよう設定されているので、加速時に液体がスプーン14から溢れることはない。
【0023】
加速段階において、スプーン14の分解速度カーブVX−Yが目標分解速度Vまで加速されると(図3参照)、制御部18は、各モータを制御して、スプーン14を目標分解速度Vで等速移動させる(等速段階へ移行)。そして、使用者が前記操作スイッチ20の作動停止ボタン20bを押すと、前記制御部18は、スプーン14の分解速度カーブVX−Yを前記減速カーブTに基づいて減速させる。ここで減速カーブTは、加速カーブSを時間軸で反転させたカーブであるので、当該減速カーブTによる液体の作用力が、該液体の表面張力を超えることはない。従って、液体を溢すことなくスプーン14を減速させることができる。そして、減速カーブTにより減速されたスプーン14は、使用者の口元付近(終点P)で停止する。なお、終点Pに到達すると、制御部18は各モータを制御してスプーン14の姿勢を傾けて、使用者が液体を口内へ入れ易くする。
【0024】
(加速カーブSの算出手法について)
次に、前記加速カーブSの具体的な算出手法について、以下説明する。ここでは、スプーン14上の液体の挙動解析に流体解析ソフトFLOW−3Dを用い、液体の自由表面計算をVOF(Volume of Fluid, C.W.Hirt, B.D.Nichols, “Volume of Fluid(VOF) Methods for the Dynamics of Free Boundaries”, Journal of Computational Physics, Vol.39(1981), pp.201-255)法に基づいて行なった。また、複雑なスプーン14の幾何形状は、体積率技法の一種であるFAVOR(Fractional Area Volume Obstacle Representation)関数を用いて認識した。液体搬送装置10として、安川電機製の6自由度マニピュレータを採用した。本装置の仕様を表1に、またスプーン14の受容部14bの形状および寸法を図4に示す。本シミュレータのメッシュ幅については、1回の解析時間が15分程度となるよう設定した。そのときのシミュレーション領域におけるメッシュパラメータを表2に示す。この場合、総メッシュ数は、175000である。
【表1】

【表2】

【0025】
液体としては通常の水道水を採用し、液量はスプーン14に擦り切れいっぱい入る4.7×10−3[l]とした。解析時のシミュレーションパラメータを表3に示す。なお、水道水の接触角については、スプーン14の形状が複雑であるため、シミュレーション解析を行なうことで決定した。
【表3】

以上の条件に基づく液体解析シミュレータを構築して、前記加速カーブSの導出を行なう。
【0026】
先ず、加速カーブSについて、分解速度カーブVX−Yを表す式(数1)を微分した式(数2)に示す関数を用いて定式化する。ここで、tは時間、a(i=0〜n)は定数であり、計算時間と解析精度とのバランスを考慮して、n=7とした。但し、この次数nは7に限定されず、n=6以下や、n=8以上としてもよい。
【数1】

【数2】

次に、搬送の初期条件および加速終了時間tにおける終端条件を考慮して、v(0)=0.0[m/s],a(0)=0.0[m/s2],v’’(0)=0.0[m/s3],f(t)=V(目標分解速度)[m/s],a(t)=0.0[m/s2],v’’(t)=0.0[m/s3]とする。
結果として、これらの条件から式(数3)〜式(数6)を得ることができる。
【数3】

【数4】

【数5】

【数6】

探索する未知パラメータはt,V,a,aの4つとなる。ここで、Vは、あらかじめモーションキャプチャを用いて一般成人男性が食事をする際の動作を計測し、物(液体)を掬ってから口元に持ってくるまでの平均的な速度を解析により求めた。その結果、V=0.37[m/s]とした。目標分解速度Vをこのような値に設定することで、スプーン14の搬送速度Vの低下が極力抑えられる。
【0027】
パラメータ最適化のために、本問題を式(数7)に示すようにペナルティ項を用いた制約付きの最適化問題に定式化する。
【数7】

【数8】

【数9】

ここで、式(数8)について、tは時間、Pは時間tにおける位置、Tは製定時間、Pは加速終了時点の位置(終点P)である。式(数9)のペナルティJは、制約条件を満たさなかった場合にω=10(k=1,2,・・・)を与える。制約条件には、速度が正となるための式(数10)、6自由度マニピュレータの各軸の速度制約を満たすための式(数11)、液体を溢さないための式(数12)を用い、これらをペネルティ関数として表現した。ここで、式(数12)は前述した流体解析シミュレータを援用して評価を行なう。
【数10】

【数11】

【数12】

【0028】
次に、加速カーブSの最適解を導出する。ここでは、マニピュレータの根元に原点を設定し、(X,Y,Z)=(0.45,0.00,0.30)[m]の位置を始点O、Y軸方向に0.30[m]移動した(X,Y,Z)=(0.45,0.30,0.30)[m]の位置を終点Pと設定し、最適化問題を解いた。このとき、遺伝的アルゴリズムのパラメータは表4のように設定した。
【表4】

【0029】
得られた最適化の結果を図5に示す。結果として、13代目で1.42[s]に収束した。求まった速度カーブ(加速段階の分解速度カーブVX−Y)と加速カーブSを図6に示す。このとき各パラメータはt=0.62[s],a=−14.808,a=25.073,a=12.407,a=−37.692,a=16.365となった。また、図7に、6自由度マニピュレータ12における各軸の角速度を示す。ここでグラフの上限下限は、6自由度マニピュレータ12の最大速度制約を表しており、これより、6自由度マニピュレータ12の制約の範囲内で搬送を行えていることが分かる。図8はシミュレーション結果を示しており、液体を溢すことなく搬送できていることが分かる。
【0030】
(液体搬送実験)
次に、上記手法で得られた加速カーブS(減速カーブT)を用いた溢流防止制御系(本手法)による液体搬送実験を行なった。比較例として、比例制御による位置決め制御系およびハイブリッド整形法による振動制御系による液体搬送実験を行ない、本手法との対比を行なう。各制御手法による制御実験結果の搬送軌道、速度カーブおよび加速度カーブを図9に示す。また、各実験における実際のスプーンの液体挙動を図10〜図12に示す。ここで、図9の実線、破線、一点鎖線は夫々溢流防止制御、ハイブリッド整形法および比例制御による実験結果を示している。図12に示されるように、本手法により得られた加速カーブS(減速カーブT)で搬送した場合、比較例と搬送時間は同じであるのに拘わらず、液体を溢すことなく搬送できていることが分かる。一方、図10および図11に示すように、ハイブリッド整形法および比例制御により得られた加速(減速)カーブでは、搬送時に液体がスプーンから溢れてしまっている(図10,図11の丸印参照)。
【0031】
以上に説明したように、実施例に係る液体搬送装置10によれば、通常の食事動作に近い速度で液体を溢すことなく使用者の口元まで搬送することができる。また、分解速度カーブVX−Yの加速カーブSのみを設定すれば、全搬送軌道Cにおける加速・減速カーブを求める必要はないので、計算時間の大幅な短縮を実現し得る。しかも、搬送軌道CのX−Y座標成分CX−Yを直線とすることで、3次元空間での液体搬送問題を液体の直線搬送制御問題として単純化することができ、計算量を更に抑制し得る。また、加速カーブSは、遺伝的アルゴリズムにより探索して求めたパラメータにより規定されるので、加速カーブSを導出する際の計算時間を抑制し、一般的なコンピュータでの算出が可能となる。
【0032】
なお、実施例で説明した液体搬送装置10は、食事支援を目的とする装置であったが、本発明に係る液体搬送装置としては、食事支援に限定される訳ではなく、例えば、産業ロボット等、各種用途の装置として応用可能である。また、実施例では、収容部としてスプーン14を採用したが、液体を収容し得るものであれば、皿やレンゲ等であってもよい。更に、実施例の減速カーブTは、加速カーブSを時間軸で反転させたカーブとしたが、減速カーブTについて別途導出し、加速カーブSとは異なる減速パターンで分解速度カーブVX−Yを減速させるようにしてもよい。実施例の液体搬送装置10では、液体の表面張力を考慮して、該表面張力を超えないよう加速カーブSおよび減速カーブTを設定した。しかしながら、表面張力に加えて、液体の粘性や重量等に基づく液体の内向きの力(液体が溢れないよう内側に働く力)を超えないよう速度カーブSおよび減速カーブTを設定してもよい。
【0033】
実施例では、液体搬送装置10のON−OFFは、操作スイッチ20により操作するようにした。しかしながら、例えば、マニピュレータ12の取付部16等に感知センサーを設け、使用者が取付部16に触れたときにマニピュレータ12が自動で作動し、使用者が取付部16から手を離したときに、マニピュレータ12が自動で減速して停止するようにしてもよい。また、スプーン14の終点Pを固定しておき、使用者が作動の開始指令をするだけでマニピュレータ12が一定の搬送軌道Cでスプーン14を搬送し、終点Pで停止する構成としてもよい。更に、液体搬送装置10に使用者の口元(終点P)を認識して、始点Oから終点Pまでの距離を自動的に計測する搬送距離計測手段を設けることも可能である。そして、この搬送距離認識手段により計測された搬送距離に基づいて、制御部18が前記等速段階の時間(すなわち、等速で搬送する距離)を調整し、スプーン14を終点Pで自動的に停止させることも可能である。この場合、使用者はマニピュレータ12に停止指令を与える必要がなく、スプーン14は使用者の口元で自動的に停止する。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例に係る液体搬送装置の全体構成を示す斜視図である。
【図2】スプーンの搬送軌道を示す説明図であって、(a)は搬送軌道をX−Y−Z座標で示し、(b)は搬送軌道のX−Y座標成分を示す。
【図3】スプーンの分解速度カーブおよび加速度を示すグラフである。
【図4】スプーンの受容部の寸法を示す説明図であって、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は側面図を示す。
【図5】最適化の結果を示すグラフである。
【図6】最適化により導出された加速段階の分解速度カーブおよび加速カーブを示すグラフである。
【図7】マニピュレータの各軸の角速度を示すグラフである。
【図8】液体搬送のシミュレーション結果を示す図である。
【図9】各制御手法による制御実験結果を示すグラフであって、(a)は搬送軌道、(b)は速度カーブ、(c)は加速度カーブを示す。
【図10】比例制御による液体搬送実験の結果を示す写真である。
【図11】ハイブリッド整形法による液体搬送実験の結果を示す写真である。
【図12】本手法による液体搬送実験の結果を示す写真である。
【符号の説明】
【0035】
14 スプーン(収容部),18 制御部,26 第1アーム部
30 第2アーム部,34 第3アーム部,C 搬送軌道
X−Y 搬送軌道のX−Y座標成分,O 始点,P 終点,S 加速カーブ
T 減速カーブ,V 搬送速度カーブ,V 目標分解速度
X−Y 分解速度カーブ(搬送速度カーブのX−Y座標成分)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を収容して、X−Y−Z直交座標上の始点(O)から終点(P)まで該液体を搬送する収容部(14)と、
前記収容部(14)を支持して、該収容部(14)を移動させるアーム部(26,30,34)と、
前記アーム部(26,30,34)を駆動する駆動部と、
前記収容部(14)の搬送軌道(C)におけるX−Y座標成分(CX-Y)が直線となるよう前記駆動部を制御する制御部(18)とを備え、
前記制御部(18)は、前記収容部(14)の搬送速度カーブ(V)におけるX−Y座標成分(VX-Y)が、所定の加速カーブ(S)で収容部(14)を加速させる加速段階と、加速終了時での速度(V1)で収容部(14)を移動させる等速段階と、所定の減速カーブ(T)で収容部(14)を減速させる減速段階とで構成されるよう前記駆動部を制御し、
前記加速カーブ(S)および減速カーブ(T)は、加速時または減速時に液体に作用する作用力が前記収容部(14)に満たされた液体の表面張力より小さくなるよう設定されている
ことを特徴とする液体搬送装置。
【請求項2】
前記減速カーブ(T)は、前記加速カーブ(S)を時間軸で反転させたカーブに設定されている請求項1記載の液体搬送装置。
【請求項3】
前記加速カーブ(S)のパラメータは、加速時の液体への作用力が前記表面張力より小さくなる制約条件下において、遺伝的アルゴリズムにより探索して求められる請求項2記載の液体搬送装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−58184(P2010−58184A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−224130(P2008−224130)
【出願日】平成20年9月1日(2008.9.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16〜20年度、文部科学省、地域科学技術振興施策、委託研究(知的クラスター創成事業、岐阜・大垣地域ロボティック先端医療クラスター)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【Fターム(参考)】