説明

溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比高張力鋼材およびその製法

【課題】溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比高張力鋼材およびその製法を提供する。
【解決手段】C:0.03〜0.2%、Si:0.5%以下(0%を含まない)、Mn:1.0〜2.0%、およびN:0.01%以下(0%を含まない)を含み、P:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.015%以下(0%を含まない)、およびAl:0.01%以下(0%を含まない)を満足し、REM:0.001〜0.1%および/またはCa:0.0003〜0.005%と、Zr:0.001〜0.05%を夫々含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼材であって、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有し、且つ、全組織に占めるフェライト分率が4〜24%で残部がベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織であることを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比高張力鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に建築構造物などに使用される、低降伏比を示す590MPa以上の高張力鋼材であって、特に入熱量が30kJ/mm以上の溶接で熱影響を受ける部位(以下、「溶接熱影響部」または「HAZ」ということがある)の靭性を改善した鋼材、およびその製法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
主に建築構造物などに使用される鋼材に要求される特性は、近年益々厳しくなっており、とりわけ良好な靭性が求められている。これらの鋼材は、一般的に溶接にて接合されることが多いが、特にHAZは溶接時に熱影響を受けて靭性が劣化しやすいという問題がある。この靭性劣化は溶接時の入熱量が大きくなるほど顕著に現れ、その原因は溶接時の入熱量が大きくなるとHAZの冷却速度が遅くなり、焼入性が低下して粗大な島状マルテンサイトが生成することにあると考えられている。従ってHAZの靭性を改善するには、溶接時の入熱量を極力抑えればよいと考えられるが、溶接作業効率を高める上では、例えばエレクトロガスアーク溶接法、エレクトロスラグ溶接法およびサブマージアーク溶接法等といった溶接入熱量が30kJ/mm以上の大入熱溶接法の採用が望まれる。
【0003】
大入熱溶接法を採用した場合のHAZ靭性劣化を抑制する鋼材は、既にいくつか提案されている。例えば特許文献1には、鋼材中に微細なTiNを分散再析出させることで、大入熱溶接を行なったときのHAZで生じるオーステナイト粒の粗大化を抑制し、HAZ靭性の劣化を抑えた鋼材が提案されている。しかし本発明者らが検討したところ、溶接金属が1400℃以上の高温になると、HAZのうち特に溶接金属に近接した部位(以下、「ボンド部」ということがある)において、溶接時に受ける熱により上記TiNが固溶消失してしまい、HAZ靭性の劣化を十分に抑えることができないことが分かった。
【0004】
また特許文献2には、母材とHAZの靭性を向上させる技術として、鋼材に含まれる酸化物と窒化物の存在形態を制御することが開示されている。この文献には、TiとZrを組み合わせて使用することにより、微細な酸化物と窒化物を生成させて母材とHAZの靭性を向上させること、また、こうした微細な酸化物と窒化物を生成させるには、製造工程においてTi、Zrの順に添加すればよいことが開示されている。しかし本発明者らが検討したところ、HAZの靭性を更に高めるには酸化物量を増やせばよいが、上記特許文献2の技術において、酸化物量を増加させるためにTiやZrを多量に添加すると、TiやZrなどの炭化物が形成され、鋼材(母材)の靭性が却って低下することが分かった。
【0005】
ところで本発明者らは、溶接時に高温の熱影響を受けた場合でもHAZの靭性が劣化しない鋼材を特許文献3に先に提案している。この鋼材は、La23−SiO2系酸化物やCe23−SiO2系酸化物、La23−Ce23−SiO2系酸化物などの複合酸化物を鋼材中に分散させたものであり、この複合酸化物は、溶鋼中では液状で存在するため鋼中に微細分散し、しかも溶接時には熱影響を受けても固溶消失しないため、HAZの靭性を向上させる。上記特許文献3には、上記複合酸化物を生成させるため、溶存酸素量を調整した溶鋼へLaやCeを添加し、次いでSiを添加すればよいことも開示している。また特許文献3には、鋼材にTiを含有させて鋼材組織中にTiNを析出させることにより、HAZの靭性が更に高められること、またこうしたTiNを生成させるには、上記複合酸化物が生成した溶鋼へTiを添加すればよいことを開示している。
【0006】
ところで近年では、建築物が高層化、大スパン化するに伴い、従来の490MPa級鋼材からより強度の高い590MPa級高張力鋼材を使用する動きが強まっている。上記特許文献3の技術では、HAZ靭性の改善については取り組まれているが、建築用高張力鋼材で要求される低降伏比(YR≦80%)を具備した鋼材については検討されていない。
【0007】
一方、特許文献4には、微細な炭窒化物を分散させると共に、フェライトを一定量以上確保することで、引張強度590N/mm以上の鋼板で低降伏比を実現している。しかし上記鋼板が、入熱量:30kJ/mm以上の溶接を施した場合のHAZ靭性に優れているとは必ずしも言い難く、低降伏比とHAZ靭性の両特性に優れた鋼材の実現が切望されている。
【特許文献1】特公昭55−26164号公報(特許請求の範囲、第3頁等参照)
【特許文献2】特開2003−213366号公報(特許請求の範囲、段落0007、段落0008、段落0018、段落0023等参照)
【特許文献3】特開2005−48265号公報(特許請求の範囲、段落0013、段落0052、段落0056等参照)
【特許文献4】特許第2901890号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、入熱量が30kJ/mm以上の溶接を行った場合のHAZ靭性に優れると共に、590MPa以上の高強度域において80%以下の低い降伏比を示す鋼材、およびその製法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
即ち、上記課題を解決することのできた本発明に係る鋼材とは、
C:0.03〜0.2%(「質量%」の意味。以下同じ)、
Si:0.5%以下(0%を含まない)、
Mn:1.0〜2.0%、および
N :0.01%以下(0%を含まない)を含み、
P :0.02%以下(0%を含まない)、
S :0.015%以下(0%を含まない)、および
Al:0.01%以下(0%を含まない)を満足し、
REM:0.001〜0.1%および/またはCa:0.0003〜0.005%と、
Zr:0.001〜0.05%を夫々含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼材であって、
該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有し、且つ、
全組織に占めるフェライト分率が4〜24%で残部がベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織である点に要旨を有する。
【0010】
前記鋼材は、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、REMの酸化物および/またはCaOの合計が5%以上で、且つZrO2が5%以上を満足することが好ましい。
【0011】
前記鋼材は、更に他の元素として、Ti:0.08%以下(0%を含まない)を含むと共に、前記鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、Tiを含有することが好ましい。Tiを含むことによって溶接熱影響部の靭性を一層向上させることができるからである。上記の通り鋼材がTiを含む場合には、全酸化物の組成を測定したときに、Tiが0.3%以上であることが好ましい。
【0012】
前記鋼材は、更に他の元素として、
Cu:2%以下(0%を含まない)、
Ni:2%以下(0%を含まない)、
Cr:1.5%以下(0%を含まない)、
Mo:1%以下(0%を含まない)、
Nb:0.05%以下(0%を含まない)、
V :0.1%以下(0%を含まない)、および
B :0.005%以下(0%を含まない)
よりなる群から選ばれる1種以上の元素を含むものが好ましく、こうした元素を含有することで母材の強度を高めることができる。
【0013】
本発明に係る鋼材は、例えば溶存酸素量を0.0020〜0.010%の範囲に調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とZrを添加すれば製造できる。上記鋼材が特にTiを含む場合には、溶存酸素量を0.0020〜0.010%の範囲に調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、TiとZrを添加することが好ましい。この場合には、上記溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とZrを添加するに先立って、Tiを添加することが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、大入熱溶接において1400℃レベルの高温に達しても鋼材中に固溶消失しない組成の酸化物を、鋼材中に分散させるため、小〜中入熱溶接に限らず大入熱溶接においても、溶接熱影響部(HAZ)の靭性劣化を防止することができる。また、硬質のベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織の中に、適正量のフェライト相が混在する組織とすることで、上記HAZ靭性を損ねることなく、590MPa以上の高強度域において80%以下の低降伏比を示す鋼材が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明者らは、まず、HAZの靭性を高めるべく、上記特許文献3とは異なる組成の酸化物を鋼材中に分散させることによってHAZ靭性の向上を達成できないかについて検討を重ねた。その結果、REMおよび/またはCaと、Zrを鋼材に複合添加し、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2が含有するように調整すれば、溶接熱影響部の靭性を高めることができること、またこうした成分系に更にTiを複合添加することによって、前記鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、Tiを含有するように調整すれば、溶接熱影響部の靭性が一層向上することを見出した。また、上記酸化物によりHAZ靭性の向上を阻害させることなく、590MPa以上の高強度鋼板において80%以下の低い降伏比を達成させるには、硬質のベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織の中に軟質のフェライト相を適正量存在させればよいことを見出し、本発明を完成した。以下、上記本発明について詳述する。
【0016】
まず、本発明の鋼材は、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有するものである。この様に、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2が含まれるようにすれば、溶接時に熱影響を受けて1400℃レベルの高温になっても上記酸化物は固溶消失しないため、溶接時のHAZにおいてオーステナイト粒の粗大化を防止することができ、その結果として、REMやCa、Zrを夫々単独添加して酸化物を形成する場合よりもHAZの靭性をより改善することができる。
【0017】
しかも上記酸化物あるいは複合酸化物を組み合わせて鋼材中に含有させれば、鋼材中に含まれる全酸化物の絶対量を増大させることができ、鋼材(母材)の靭性劣化の原因となるREMの硫化物やCaの硫化物、或いはZr炭化物の生成を防止でき、結果として母材の靭性劣化を抑えつつHAZの靭性を向上させることができる。
【0018】
本発明の鋼材は、(a)REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有するか、あるいは(b)REMおよび/またはCaと、Zrを含む複合酸化物を含有するか、(c)REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有すると共に、REMおよび/またはCaと、Zrを含む複合酸化物を含有するものであればよい。REMおよび/またはCaと、Zrを含む複合酸化物とは、例えばREMとZrを含む複合酸化物、CaとZrを含む複合酸化物、REMとCaとZrを含む複合酸化物などが挙げられる。
【0019】
本発明の鋼材は、上述した酸化物の他に、更にTi酸化物を含有することが好ましい。即ち、前記鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、Tiを含有するものであればよい。Ti酸化物を含有することで、鋼材中に分散する酸化物量を更に増大させることができるため、HAZの靭性を一層向上させることができる。
【0020】
上記Ti酸化物は、鋼材中に単独酸化物(Ti)として含有していてもよいし、例えば上記複合酸化物(即ち、REMとZrを含む複合酸化物、CaとZrを含む複合酸化物、REMとCaとZrを含む複合酸化物)に包含されて複合酸化物として含有していてもよい。
【0021】
上記鋼材は、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、全酸化物に占めるREMの酸化物および/またはCaOの合計が5%以上で、且つ全酸化物に占めるZrO2が5%以上を満足することが好ましい。その理由は、HAZの靭性向上に寄与する酸化物量を確保するためである。REMの酸化物および/またはCaOの合計は10%以上であることが好ましく、より好ましくは15%以上、更に好ましくは20%以上である。一方、ZrO2は10%以上であることが好ましく、より好ましくは15%以上、更に好ましくは20%以上である。
【0022】
上記鋼材がTi酸化物を含有する場合は、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、Tiが0.3%以上を満足することが好ましい。より好ましくは1%以上、更に好ましくは3%以上、特に好ましくは5%以上、最も好ましくは10%以上である。
【0023】
本発明の鋼材は、該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2およびTiの合計が55%以上であることが好ましい。これらの酸化物の合計が55%未満では、HAZの靭性向上に寄与する酸化物量が不足し、HAZの靭性を充分に改善できないからである。より好ましくは60%以上、更に好ましくは65%以上である。
【0024】
なお、全酸化物の組成の残りの成分は特に限定されないが、例えばSiO2やAl23、MnOであればよい。SiO2やAl23、MnO以外の「その他」の成分は5%未満に抑えることが好ましい。
【0025】
鋼材に含まれる酸化物の組成は、鋼材の断面を例えばEPMA(Electron Probe X-ray Micro Analyzer;電子線マイクロプローブX線分析計)で観察し、観察視野内に認められる介在物を定量分析すれば測定できる。EPMAの観察は、例えば加速電圧を20kV,試料電流を0.01μA,観察視野面積を1〜5cm2とし、介在物の中央部での組成を特性X線の波長分散分光により定量分析する。
【0026】
分析対象とする介在物の大きさは、最大径が0.2μm以上のものとし、分析個数は少なくとも100個とする。
【0027】
分析対象元素は、Al,Mn,Si,Ti,Zr,Ca,La,CeおよびOとし、既知物質を用いて各元素のX線強度と元素濃度の関係を予め検量線として求めておき、分析対象とする介在物から得られたX線強度と前記検量線から分析対象とする介在物に含まれる元素濃度を定量し、酸素含量が5%以上の介在物を酸化物とする。但し、一つの介在物から複数の元素が観測された場合には、それらの元素の存在を示すX線強度の比から各元素の単独酸化物に換算して酸化物の組成を算出する。本発明の鋼材では、こうして個々の酸化物について得られた定量結果を平均したものを酸化物の平均組成とする。
【0028】
次に、本発明の鋼材(母材)における成分組成について説明する。本発明の鋼材は、REM:0.001〜0.1%および/またはCa:0.0003〜0.005%と、Zr:0.001〜0.05%を含有するところに特徴がある。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
【0029】
REM、CaおよびZrは、鋼材中にREMの酸化物やCaO、ZrO2、或いは複合酸化物を形成してHAZの靭性向上に寄与する元素である。本発明の鋼材では、REMとCaは夫々単独で用いても併用してもよい。
【0030】
REMを含有させる場合は、0.001%以上とすべきであり、好ましくは0.006%以上、より好ましくは0.010%以上である。しかし過剰に添加すると、REMの硫化物が生成して母材の靭性が劣化するため、0.1%以下に抑えるべきである。好ましくは0.09%以下であり、より好ましくは0.08%以下とする。なお、本発明において、REMとは、ランタノイド元素(LaからLnまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味であり、これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有させるのがよい。
【0031】
Caを含有させる場合は、0.0003%以上とすべきであり、好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.0008%以上である。しかし過剰に添加すると、粗大なCaの硫化物が生成して母材の靭性が劣化するため、0.005%以下に抑えるべきである。好ましくは0.004%以下であり、より好ましくは0.003%以下とする。
【0032】
Zrは、0.001%以上含有させるべきであり、好ましくは0.003%以上、より好ましくは0.005%以上である。しかし過剰に添加すると、粗大なZrの炭化物が生成して母材の靭性が劣化するため、0.05%以下に抑えるべきである。好ましくは0.04%以下であり、より好ましくは0.03%以下とする。
【0033】
本発明の鋼材は、REMおよび/またはCaと、Zrを含むほか、基本元素として、C:0.03〜0.2%、Si:0.5%以下(0%を含まない)、Mn:1.0〜2.0%、およびN:0.01%以下(0%を含まない)を含むものである。このような範囲を定めた理由は以下の通りである。
【0034】
Cは、鋼材(母材)の強度を確保するために欠くことのできない元素であり、こうした効果を発揮させるには、0.03%以上含有させる必要がある。好ましくは0.04%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。しかし0.2%を超えると、溶接時にHAZに島状マルテンサイトが多く生成してHAZの靭性劣化を招くばかりでなく、溶接性にも悪影響を及ぼす。従ってCは0.2%以下、好ましくは0.18%以下、より好ましくは0.15%以下に抑える必要がある。
【0035】
Siは、脱酸作用を有すると共に鋼材(母材)の強度向上に寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、0.02%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.1%以上含有させるのがよい。しかし0.5%を超えると、鋼材(母材)の溶接性や母材靭性が劣化するため、0.5%以下に抑える必要がある。好ましくは0.45%以下であり、より好ましくは0.4%以下に抑える。なお、HAZの更なる高靭性が求められる場合、Siは0.3%以下に抑えるのがよい。より好ましくは0.05%以下であり、更に好ましくは0.01%以下である。但し、このようにSi含有量を抑えるとHAZの靭性は向上するが、強度は低下する傾向があるため、他の強度増加元素の添加が必要となる。
【0036】
MnもSiと同様に脱酸および強度確保のために必要であり、構造部材としての最低強度を確保するには、1.0%以上とする。好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.3%以上である。しかし、2.0%を超えて過剰に含有させるとHAZ靭性が劣化するので、Mn量は2.0%以下とする。好ましくは1.8%以下であり、より好ましくは1.6%以下である。
【0037】
Nは、窒化物(例えば、ZrNやTiNなど)を析出する元素であり、該窒化物は溶接時にHAZに生成するオーステナイト粒の粗大化を防止してフェライト変態を促進するため、HAZの靭性を向上させるのに寄与する。こうした効果を有効に発揮させるには、0.002%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.003%以上である。Nは多いほどオーステナイト粒の微細化が促進されるため、HAZの靭性向上に有効に作用する。しかし0.01%を超えると、固溶N量が増大して母材の靭性が劣化する。従ってNは0.01%以下に抑える必要があり、好ましくは0.009%以下、より好ましくは0.008%以下とする。
【0038】
本発明の鋼材は、上記元素を含むほか、P:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.015%以下(0%を含まない)およびAl:0.01%以下(0%を含まない)を満たすものである。このような範囲を定めた理由は以下の通りである。
【0039】
Pは、偏析し易い元素であり、特に鋼材中の結晶粒界に偏析して靭性を劣化させる。従ってPは0.02%以下に抑制する必要があり、好ましくは0.018%以下、より好ましくは0.015%以下とする。
【0040】
Sは、Mnと結合して硫化物(MnS)を生成し、母材の靭性や板厚方向の延性を劣化させる有害な元素である。またSは、LaやCeと結合してLaSやCeSを生成し、酸化物の生成を阻害する。従ってSは0.015%以下に抑えるべきであり、好ましくは0.012%以下、より好ましくは0.008%以下、特に0.006%以下とする。
【0041】
Alは、脱酸力の強い元素であり、過剰に添加すると酸化物を還元して所望の酸化物を生成し難くなる。従ってAlは0.01%以下に抑える必要があり、好ましくは0.0090%以下、より好ましくは0.0080%以下とする。
【0042】
本発明で規定する含有元素は上記の通りであって、残部は鉄および不可避的不純物であり、該不可避的不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えば、MgやAs,Seなど)の混入が許容され得る。また、更に下記元素を積極的に含有させることも可能である。
【0043】
〈Ti:0.08%以下(0%を含まない)〉
Tiは、鋼材中にTi酸化物を生成してHAZの靭性向上に寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、Tiは0.005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.007%以上、更に好ましくは0.01%以上とする。しかし過剰に添加すると、酸化物が多量に生成し過ぎて鋼材(母材)の靭性を劣化させるため、0.08%以下に抑えるべきである。好ましくは0.07%以下であり、より好ましくは0.06%以下とする。
【0044】
本発明の鋼材には、強度を高めるために、Cu:2%以下(0%を含まない)、Ni:2%以下(0%を含まない)、Cr:1.5%以下(0%を含まない)、Mo:1%以下(0%を含まない)、Nb:0.05%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびB:0.005%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上の元素を含有させることも有効である。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
【0045】
〈Cu:2%以下(0%を含まない)〉
Cuは、鋼材を固溶強化させる元素であり、こうした効果を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.1%以上であり、更に好ましくは0.2%以上である。特に0.6%以上含有させると、固溶強化のほか、時効析出強化も発揮し、大幅な強度向上が可能となる。しかし2%を超えて含有させると、鋼材(母材)の靭性が低下するため、Cuは2%以下に抑えるのがよい。好ましくは1.8%以下であり、より好ましくは1.6%以下とする。
【0046】
〈Ni:2%以下(0%を含まない)〉
Niは、鋼材の強度を高めると共に、鋼材の靭性を向上させるのに有効に作用する元素であり、こうした作用を発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.1%以上であり、更に好ましくは0.2%以上とする。Niは多いほど好ましいが、高価な元素であるため経済的観点から2%以下に抑えることが好ましい。より好ましくは1.8%以下であり、更に好ましくは1.6%以下である。
【0047】
〈Cr:1.5%以下(0%を含まない)〉
Crを添加して強度を高めるには、0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.02%以上、更に好ましくは0.03%以上である。しかし1.5%を超えると溶接性が劣化するため、Crは1.5%以下に抑えることが好ましい。より好ましくは1.3%以下であり、更に好ましくは1.1%以下である。
【0048】
〈Mo:1%以下(0%を含まない)〉
Moを添加して強度を高めるには、0.01%以上含有させるのが望ましい。より好ましくは0.02%以上であり、更に好ましくは0.03%以上含有させるのがよい。但し、1%を超えると溶接性を悪化させるためMoは1%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.9%以下であり、更に好ましくは0.8%以下に抑えることが推奨される。
【0049】
〈Nb:0.05%以下(0%を含まない)〉
Nbを添加して強度を高めるには、0.005%以上含有させるのが好ましい。より好ましくは0.007%以上であり、更に好ましくは0.01%以上である。しかし0.05%を超えると炭化物(NbC)が析出して母材靭性が劣化するので、Nbは0.05%以下に抑えるのが好ましい。より好ましくは0.04%以下であり、更に好ましくは0.03%以下である。
【0050】
〈V:0.1%以下(0%を含まない)〉
Vを添加して強度を高めるには、0.005%以上含有させるのが望ましい。より好ましくは0.01%以上、更に好ましくは0.03%以上含有させるのがよい。しかし0.1%を超えると、溶接性が悪化する共に母材の靭性が劣化するため、Vは0.1%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.08%以下、更に好ましくは0.06%以下に抑えるのがよい。
【0051】
〈B:0.005%以下(0%を含まない)〉
Bは、鋼材の強度を高めると共に、溶接時に加熱されたHAZが冷却される過程において鋼中のNと結合してBNを析出し、オーステナイト粒内からのフェライト変態を促進させる。こうした効果を有効に発揮させるには、0.0003%以上含有させるのが好ましい。より好ましくは0.0005%以上であり、更に好ましくは0.0008%以上である。しかし0.005%を超えると、鋼材(母材)の靭性が劣化するため、Bは0.005%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.004%以下であり、更に好ましくは0.003%以下とするのがよい。
【0052】
また本発明において、高強度と低降伏比を両立させるには、金属組織を、全組織に占めるフェライトの分率が4〜24%で残部がベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織のものとする必要がある。
【0053】
図1は、フェライト分率と降伏比の関係を示すグラフであり、後述する実施例の結果を整理したものであるが、この図1より、降伏比:80%以下を達成するには、フェライト分率を4%以上とする必要あることがわかる。降伏比をより低下させるには、フェライト分率:7%以上が好ましく、より好ましくは10%以上である。
【0054】
一方、図2は、フェライト分率と引張強度(TS)の関係を示すグラフであり、後述する実施例の結果を整理したものであるが、この図2より、引張強度を590MPa以上に確実に高めるには、フェライト分率を24%以下とする必要があることがわかる。引張強度をより高めるには、フェライト分率を22%以下とすることが好ましく、より好ましくは20%以下である。
【0055】
尚、本発明でいう「残部がベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織」とは、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を76〜96%含み、該ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織および上記フェライト以外に、製造工程で不可避的に形成され得るその他の組織(セメンタイト、MA)を含む意図である。
【0056】
次に、本発明の鋼材を製造するに当たり、好適に採用できる製法について説明する。上述の通り、鋼材中に、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を適量含有させるには、後記の実施例から明らかなように、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを添加する直前の溶存酸素量を適切に制御する、即ち、溶存酸素量を適切に制御した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加することが大変有効である。該方法で製造すれば、REMやCa、Zrの添加量をある程度多くしても上記酸化物を確実に形成させることができ、結果としてREMの硫化物やCaの硫化物、或いはZrの炭化物の生成を防止することができるからである。
【0057】
このとき上記溶存酸素量が0.0020%未満では、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加しても、酸素量不足になるため、HAZの靭性向上に寄与する酸化物量を確保することができず、しかも酸化物を形成できなかったREMやCaが硫化物を形成したり、Zrが炭化物を形成して母材の靭性を劣化する。上記元素を複合添加する前の溶存酸素量は、0.0025%以上に調整することが好ましく、より好ましくは0.0030%以上である。しかし溶存酸素量が0.010%を超えていると、溶鋼中の酸素量が多すぎるため、溶鋼中の酸素と上記元素の反応が激しくなり溶製作業上好ましくないばかりか、粗大なREMの酸化物、Caの酸化物やZrO2が生成する。従って溶存酸素量は0.010%以下に抑えるべきであり、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.007%以下とする。
【0058】
上記REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加した後は、合金元素を添加して鋼材の成分を調整すればよい。
【0059】
なお、上記溶存酸素量を調整した溶鋼へ上記元素を添加するに当たっては、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加すればよく、例えばREMとCaを複合添加する場合には、(a)溶存酸素量を調整した溶鋼へREMとCaとZrを添加した後、合金元素を添加して鋼材の成分を調整してもよいし、(b)溶存酸素量を調整した溶鋼へREM(あるいはCa)とZrを添加した後、Ca(あるいはREM)以外の合金元素を添加して鋼材の成分を調整し、次いでCa(あるいはREM)を添加してもよい。
【0060】
上記溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加する手順は特に限定されず、例えば(a)REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を添加した後に、Zrを添加してもよいし、(b)Zrを添加した後に、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を添加してもよいし、(c)REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを同時に複合添加してもよい。REMとCaを複合添加する場合には、(d)REM(あるいはCa)を添加した後に、Zrを添加し、次いでCa(あるいはREM)を添加してもよいし、(e)REMとCaとZrを同時に複合添加してもよい。
【0061】
本発明の鋼材がTiを含む場合、溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加した後に、(a)鋼材の成分調整する際に併せてTiを添加してもよいし、(b)鋼材の成分調整した後に、Tiを添加してもよい。好ましくは溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、TiとZrを添加するのが好ましい。
【0062】
この場合、溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とZrを添加するに先立って、Tiを添加することが推奨される。溶存酸素量を調整した溶鋼へ、Tiを添加すれば、まずTiが形成されるが、Tiは溶鋼との界面エネルギーが小さいため、形成されたTiのサイズは微細になる。次いでREMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加することによってREMの酸化物やCaO、ZrO2が、上記Tiを生成核として成長するため、結果的に粒子の個数が増大し、オーステナイト粒の粗大化抑制効果が大きくなる。
【0063】
ところで、転炉や電気炉で一次精錬された溶鋼中の溶存酸素量は、通常0.010%を超えている。そこで本発明の製法では、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを複合添加する前、或いはTiを添加する前に、溶鋼中の溶存酸素量を上記範囲に調整する必要がある。溶存酸素量を調整する方法としては、例えばRH式脱ガス精錬装置を用いて真空C脱酸する方法や、SiやMn,Ti,Alなどの脱酸性元素を添加する方法などが挙げられ、勿論これらの方法を適宜組み合わせて溶存酸素量を調整しても良い。また、RH式脱ガス精錬装置の代わりに、取鍋加熱式精錬装置や簡易式溶鋼処理設備などを用いて溶存酸素量を調整しても良い。この場合、真空C脱酸による溶存酸素量の調整はできないため、溶存酸素量の調整にはSi等の脱酸性元素を添加する方法を採用すれば良い。Si等の脱酸性元素を添加する方法を採用するときは、転炉から取鍋へ出鋼する際に脱酸性元素を添加しても構わない。
【0064】
溶鋼へ添加するREMやCa,Zr,Tiの形態は特に限定されず、例えば、REMとして、純Laや純Ce,純Yなど、或いは純Ca,純Zr,純Ti、更にはFe−Si−La合金,Fe−Si−Ce合金,Fe−Si−Ca合金,Fe−Si−La−Ce合金,Fe−Ca合金,Ni−Ca合金などを添加すればよい。また、溶鋼へミッシュメタルを添加してもよい。ミッシュメタルとは、セリウム族希土類元素の混合物であり、具体的には、Ceを40〜50%程度,Laを20〜40%程度含有している。但し、ミッシュメタルには不純物としてCaを含むことが多いので、ミッシュメタルがCaを含む場合は本発明で規定する範囲を満足する必要がある。
【0065】
また、上記金属組織を得るには、上記成分組成を満たす鋼材を用い、製造過程において、加熱・熱間圧延の後に焼入れ、オーステナイト−フェライト二相域(以下、単に「二相域」という)での熱処理(焼入れ)および焼戻し処理を行うことが推奨される。
【0066】
図3は、焼入れ開始温度(図3では特に直接焼入れを行う場合の焼入れ開始温度)とフェライト分率の関係を示すグラフであり、後述する実施例の実験結果を整理したものである。この図3より、引張強度:590MPa以上を確実に達成すべくフェライト分率を24%以下に抑えるには、焼入れ開始温度をフェライト変態開始温度(Ar3)以上とするのがよいことがわかる。
【0067】
上記焼入れは、熱間圧延直後に焼入れを行う直接焼入れ(DQ)の他、熱間圧延材を用いてオフラインで焼入れ(RQ)を行ってもよい。尚、上記DQ処理の場合には、やり直しができないことから、上記RQ処理の場合よりも、上記焼入れ開始温度の厳格な温度管理が要求される。
【0068】
また、硬質のベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織の中に規定量のフェライト相を混在させるには、二相域での熱処理を行なうことが有効である。図4は、二相域(近辺)での熱処理温度とフェライト分率の関係を示すグラフであり、後述する実施例の実験結果を整理したものであるが、この図4より、降伏比:80%以下を達成すべくフェライトを4%以上確保するには、Ac1以上Ac3以下で熱処理する必要があることがわかる。尚、Ac1以上Ac3以下(二相域温度)で5分以上保持することが望ましい。
【0069】
上記二相域に加熱後は、焼入れ(例えばRQ)を行い、その後フェライト変態開始温度(Ac1)以下の温度で焼戻して鋼材の強度を調整すればよい。
【0070】
こうして得られる本発明の鋼材は、例えば橋梁や高層建造物、船舶などの構造物(特には高層建造物)の材料として使用でき、小〜中入熱溶接はもとより大入熱溶接においても、溶接熱影響部の靭性劣化を防ぐことができると共に、高強度と低降伏比の両立を図ることができる。
【実施例】
【0071】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0072】
溶銑を240トン転炉で一次精錬した後、該転炉から取鍋へ出鋼し、成分調整および温度調整しながら二次精錬を行った。ここで、取鍋では、下記表1に示す脱酸方法で、下記表1に示す溶存酸素量に調整した。その後、下記表1に示す順序で元素を添加した。次いで必要に応じて残りの合金元素を添加して最終的に下記表2に示す組成に調整した。なお、二次精錬にはRH式脱ガス精錬装置等を用いて脱Hや脱Sなどを行なった。また、表1における鋼種No.16の溶存酸素量「−」は、定量限界未満であることを示す。
【0073】
なお、表1において、LaはFe−La合金の形態で、CeはFe−Ce合金の形態で、REMはLaを50%程度とCeを25%程度含有するミッシュメタルの形態で、CaはNi−Ca合金、またはCa−Si合金、またはFe−Ca圧粉体の形態で、ZrはZr単体で、TiはFe−Ti合金の形態で、夫々添加した。また、表2中「−」は元素を添加していないことを示しており、「<」(未満)は元素を添加していないが不可避的に含まれていたため、定量限界未満の範囲で検出されたことを意味している。
【0074】
表2には、Ac1、Ac3およびAr3を併記する。該Ac1、Ac3およびAr3は、下記方法で測定したものである。
【0075】
〈冷却時フェライト変態開始温度(Ar3)の測定方法〉
加工フォーマスター試験片を1100℃に加熱して10秒間保持後、1000℃で累積圧下率25%の加工、更に900℃で累積圧下率25%の加工を施し、その後、800℃から冷却速度1℃/sで冷却し、冷却中に体積が膨張し始める温度をAr3変態温度として求めた。
【0076】
〈加熱時フェライト変態開始温度(Ac1)および加熱時フェライト変態終了温度(Ac3)の測定方法〉
加工フォーマスター試験片を加熱速度10℃/sで常温から1000℃まで加熱する過程において、体積が縮小し始める温度をAc1変態温度、更に加熱を続けて体積が膨張し始める温度をAc3変態温度とした。
【0077】
【表1】

【0078】
【表2】

【0079】
上記溶製後、連続鋳造して得られたスラブに熱間圧延を施した後、直接焼入れ(DQ)またはオフラインでの焼入れ(RQ)を行った。更にオーステナイト−フェライト二相域または該二相域近傍まで加熱し、次いで焼入れを行った後に、焼戻しを行って表3に示す板厚の鋼板を得た。上記熱間圧延における(仕上)圧延終了温度[圧延終了時のt(板厚)/4部位の温度]、焼入れ方法と焼入れ開始温度(焼入れ開始時のt/4部位の温度)、二相域(近辺)での熱処理温度(t/4部位の温度)、および焼戻し温度(t/4部位の温度)を表3に示す。
【0080】
尚、表3の圧延終了時のt/4部位の温度は、下記(1)〜(6)の要領で求めたものである。
(1)プロセスコンピュータにおいて、加熱開始から加熱終了までの雰囲気温度、在炉時間に基づき、鋼片の表面から裏面までの板厚方向の任意の位置の加熱温度を算出する。
(2)上記算出した加熱温度を用い、圧延中の圧延パススケジュールやパス間の冷却方法(水冷あるいは空冷)のデータに基づいて、板厚方向の任意の位置の圧延温度を差分法など計算に適した方法を用いて算出しつつ、圧延を実施する。
(3)鋼板表面温度は、圧延ライン上に設置された放射型温度計を用いて実測する(ただし、プロセスコンピュータ上においても計算を実施する)。
(4)粗圧延開始時、粗圧延終了時および仕上圧延開始時にそれぞれ実測した鋼板表面温度を、プロセスコンピュータ上の計算温度と照合する。
(5)粗圧延開始時、粗圧延終了時および仕上圧延開始時の計算温度と上記実測温度の差が±30℃以上の場合は、実測表面温度と計算表面温度が一致する様に再計算し、プロセスコンピュータ上の計算温度とする。
(6)上記計算温度の補正を行って、t/4部位の仕上圧延終了温度を求める。
【0081】
また、二相域(近辺)での熱処理温度(t/4部位の温度)は下記(1)(2)の要領で求めたものである。更に、焼入れ温度(焼入れ開始時のt/4部位の温度)および焼戻し温度(t/4部位の温度)も同様にして求めたものである。
(1)プロセスコンピュータにおいて、加熱開始から加熱終了までの雰囲気温度、在炉時間に基づき、鋼片の表面から裏面までの板厚方向の任意の位置の加熱温度を算出する。
(2)算出された計算温度から、t/4部位の温度を求める。
【0082】
上記の様にして得られた鋼板を用いて、引張試験、組織観察、EPMAによる介在物組成の調査、およびHAZ靭性の評価を、それぞれ下記の要領で実施した。
【0083】
〈引張試験〉
各鋼板のt(板厚)/4部位から、圧延方向に対して直角の方向にJISZ 2201の4号試験片を採取して、JISZ 2241の要領で引張試験を行ない、引張強度(TS)を測定した。そして、TSが590MPa以上でYRが80%以下のものを、引張特性に優れていると評価した。
【0084】
〈金属組織の観察〉
フェライト分率は下記の様にして測定した。
(i)圧延方向に平行で且つ鋼板表面に対して垂直な、鋼板表裏面を含む板厚断面を観察できるよう上記鋼板からサンプルを採取する。
(ii)湿式エメリー研磨紙(#150〜#1000)での研磨、またはそれと同等の機能を有する研磨方法(ダイヤモンドスラリー等の研磨剤を用いた研磨等)により、観察面の鏡面仕上を行う。
(iii)研磨されたサンプルを、3%ナイタール溶液を用いて腐食し、フェライト組織の結晶粒界を現出させる。
(iv)t(板厚)/4部位において、現出させた組織を100倍あるいは400倍の倍率で写真撮影し(本実施例では6cm×8cmの写真として撮影)、フェライト組織を黒色に着色する。
【0085】
次に、前記写真を画像解析装置に取り込む(前記写真の領域は、100倍の場合は600μm×800μm、400倍の場合は150μm×200μmに相当する)。画像解析装置への取り込みは、いずれの倍率の場合も、領域の合計が1mm×1mm以上となるよう取り込む(即ち、100倍の場合は上記写真を少なくとも6枚、400倍の場合は上記写真を少なくとも35枚取り込む)。
(v)画像解析装置において、写真毎に黒色の面積率を算出し、全ての写真の平均値をフェライト分率とする。
【0086】
尚、上記顕微鏡観察において、いずれの実施例においても、残部はベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織であることを確認した。
【0087】
〈介在物組成の調査〉
各鋼板のt(板厚)/4位置における横断面からサンプルを切り出した。切り出されたサンプル表面を島津製作所製「EPMA−8705(装置名)」を用いて600倍で観察し、最大径が0.2μm以上の析出物について成分組成を定量分析した。観察条件は、加速電圧を20kV,試料電流を0.01μA,観察視野面積を1〜5cm2,分析個数を100個とし、特性X線の波長分散分光により析出物中央部での成分組成を定量分析した。分析対象元素は、Al,Mn,Si,Ti,Zr,Ca,La,CeおよびOとし、既知物質を用いて各元素の電子線強度と元素濃度の関係を予め検量線として求めておき、次いで、前記析出物から得られた電子線強度と前記検量線からその析出物の元素濃度を定量した。
【0088】
得られた定量結果のうち酸素含量が5%以上の析出物を酸化物とし、平均したものを酸化物の平均組成とした。全酸化物の平均組成を下記表4に示す。なお、一つの介在物から複数の元素が観測された場合には、それらの元素の存在を示すX線強度の比から各元素の単独酸化物に換算して酸化物の組成を算出した。
【0089】
上記サンプル表面をEPMAで観察した結果、観察された酸化物は、REMおよび/またはCaとZrを含む複合酸化物、或いは更にTiを含む複合酸化物が大半であったが、単独酸化物としてREMの酸化物、CaO、ZrO2、Tiも生成していた。
【0090】
〈HAZ靭性の評価〉
次に、HAZの靭性を評価するため、入熱量30〜170kJ/mmでエレクトロスラグ溶接を行い、溶接継手を作製した。そして該溶接継手のボンド部にVノッチを入れたJISZ2242(2006)で規定の試験片を用いて、0℃でシャルピー衝撃試験を行い、吸収エネルギー(vE0)を測定した。実施例No.ごとに採取した3本の試験片の平均値を求め、vE0が150J以上のものをHAZ靭性に優れると評価した。
【0091】
測定結果を表3に併記する。
【0092】
【表3】

【0093】
【表4】

【0094】
表1〜4から次のように考察できる(尚、下記No.は、表3の実施例No.を示す)。No.1〜3、6〜17、20〜22は、本発明で規定する要件を満足する例であり、鋼材にREMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有しているため、溶接熱影響部の靭性が良好な鋼材が得られている。また、フェライト分率も本発明で規定する要件を満足しており、590MPa以上の強度と80%以下の降伏比を両立できている。
【0095】
一方、No.4、5、18、19、23〜31は、本発明で規定するいずれかの要件を外れる例である。特に、No.23〜30は、鋼材にREMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2の何れか一方を含有していないため、溶接熱影響部の靭性が劣っている。
【0096】
No.4、5、28、29は、フェライト分率が規定範囲を下回るため、降伏比が高くなっている。
【0097】
No.18、19、27は、フェライト分率が規定範囲を上回るため、高強度のものが得られていない。
【0098】
No.23は、Mnが不足しているため高強度を達成できていない。
【0099】
No.31は、MnおよびAlが過剰であり、溶存酸素量も少ないため、規定の酸化物を十分確保できず、HAZ靭性に劣っている。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】フェライト分率と降伏比の関係を示すグラフである。
【図2】フェライト分率と引張強度(TS)の関係を示すグラフである。
【図3】熱間圧延終了後の焼入れ開始温度とフェライト分率の関係を示すグラフである。
【図4】二相域(近辺)での熱処理温度とフェライト分率の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.03〜0.2%(「質量%」の意味。以下同じ)、
Si:0.5%以下(0%を含まない)、
Mn:1.0〜2.0%、および
N :0.01%以下(0%を含まない)を含み、
P :0.02%以下(0%を含まない)、
S :0.015%以下(0%を含まない)、および
Al:0.01%以下(0%を含まない)を満足し、
REM:0.001〜0.1%および/またはCa:0.0003〜0.005%と、
Zr:0.001〜0.05%を夫々含有し、
残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼材であって、
該鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有し、且つ、
全組織に占めるフェライト分率が4〜24%で残部がベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織であることを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比高張力鋼材。
【請求項2】
前記REMの酸化物および/またはCaOの合計が5%以上で、且つ前記ZrO2が5%以上を満足するものである請求項1に記載の鋼材。
【請求項3】
前記鋼材が、更に他の元素として、Ti:0.08%以下(0%を含まない)を含むと共に、前記鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定したときに、Tiを含有するものである請求項1または2に記載の鋼材。
【請求項4】
前記Tiが0.3%以上を満足するものである請求項3に記載の鋼材。
【請求項5】
前記鋼材が、更に他の元素として、
Cu:2%以下(0%を含まない)、
Ni:2%以下(0%を含まない)、
Cr:1.5%以下(0%を含まない)、
Mo:1%以下(0%を含まない)、
Nb:0.05%以下(0%を含まない)、
V :0.1%以下(0%を含まない)、および
B :0.005%以下(0%を含まない)
よりなる群から選ばれる1種以上の元素を含むものである請求項1〜4のいずれかに記載の鋼材。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の鋼材を製造する方法であって、
溶存酸素量を0.0020〜0.010%の範囲に調整した溶鋼へ、
REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrを添加することを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比高張力鋼材の製法。
【請求項7】
請求項3〜5のいずれかに記載の鋼材を製造する方法であって、
溶存酸素量を0.0020〜0.010%の範囲に調整した溶鋼へ、
REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、TiとZrを添加することを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた低降伏比高張力鋼材の製法。
【請求項8】
上記溶存酸素量を調整した溶鋼へ、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とZrを添加するに先立って、Tiを添加する請求項7に記載の製法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−247004(P2007−247004A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−73303(P2006−73303)
【出願日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】