説明

溶鋼のMg添加による処理方法

【課題】溶鋼中に浸漬させたランスを通して、Mgを高濃度で安定的に、かつ高い歩留まりのもとに添加することのできる方法を提供する。
【解決手段】溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通して、Mgを含有するワイヤーまたはロッドをキャリアガスとともに該溶鋼中に供給する方法において、Mgの添加速度を下記(1)式により定められる範囲とし、かつ、Mgの添加速度とキャリアガスの流量との比を下記(2)式に定められる範囲とすることを特徴とする溶鋼へのMgの添加方法。
2.0≦V≦70 ・・・・(1) 0.40≦R≦7.0 ・・・(2) ここで、Vは溶鋼1トン(t)当たりのMgの添加速度(g/t/min)を、また、RはMgの添加速度V(g/t/min)とキャリアガスの流量Q(Nl/min)との比(g/t/Nl)を表す。前記の方法は、タンディッシュ内の溶鋼に適用することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通して、Mgを含有するワイヤーまたはロッドをキャリアガスとともに溶鋼中に供給し、溶鋼中でのMgの歩留りを上昇させるとともにMg濃度を高位安定化させるための溶鋼中へのMgの添加方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼材特性の改善を目的として、鋼中へのMgの添加による処理が着目されている。例えば、自動車用素材として用いられる熱延鋼板は、軽量化による環境負荷の低減を目的として高強度化が図られている。自動車用の熱延鋼板は、使用される部位により要求される特性が異なり、高強度および高靱性であるとともに、良好な深絞り性、張り出し性、穴拡げ性、および曲げ性といった加工性をも具備することが要求される。これらの特性を向上させるためには、要求される特性のレベルに合わせて熱延鋼板の金属組織や析出物の形態を適正化することが必要である。このうち、析出物に関しては、そのサイズを微細化し、しかも鋼板内に均一に分散させることが重要である。
【0003】
また、自動車の足回り部分として使用される高強度の熱延鋼板における穴拡げ性を向上させる方法として、特許文献1に開示された技術がある。同技術は、フェライトと、ベイナイトを主体とする第二相とからなり、また鋼板中に介在物が総量で0.05%以下、かつA系+B系介在物が合計で0.01%以下であることを特徴とする穴拡げ性及びHAZ部疲労特性に優れた高強度熱延鋼板およびその製造方法に関するものである。また、特許文献2には、粒子径が0.005〜0.5μmの範囲にあるMgOまたは、MgOを含みAl23、SiO2、MnO、Ti23の1種もしくは2種以上の複合酸化物を1.0×103個〜1.0×107個/mm2の範囲で含み、鋼組織はフェライト組織を主とし、残ベイナイト組織とすることを特徴とする穴拡げ性と延性に優れた高強度熱延鋼板が開示されている。これらの技術では、いずれも溶鋼中にマグネシウム(Mg)を添加してMg化合物を生成させる方法が採用されている。
【0004】
ところで、Mgは沸点が1370Kであり、通常の溶鋼処理温度よりも低い。このため、一般的な合金で用いられる一括添加はもちろんのこと、Caなどの添加で用いられるインジェクション法やワイヤー添加法を用いても、Mg濃度を安定的に制御することは難しく、したがって、安定した品質を有する製品を安価に製造することが困難であった。
【0005】
【特許文献1】特開2003−3240号公報(特許請求の範囲および段落[0009])
【特許文献2】特開2001−342543号公報(特許請求の範囲および段落[0006]〜[0015])
【特許文献3】特開2005−169404号公報(特許請求の範囲および段落[0012]〜[0015])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、先に、特許文献3において溶融金属に効率よくMgを添加する方法を提案した。この方法によれば、従来法に比較してMg系介在物をより安定して制御することが可能となる。さらに、特許文献3にて述べたように、Mgを気相の状態で溶鋼に供給する場合には、溶鋼への吸収速度を制御することにより、さらに上記の効果を高められると考えられる。
【0007】
本発明は、上記の状況に鑑みてなされたものであり、その課題は、溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通して、Mgを含有するワイヤーまたはロッドをキャリアガスとともに該溶鋼中に供給する方法において、Mgの高い歩留りを確保しつつ、溶鋼中Mg濃度の高位安定化を達成するための適正な供給条件を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、その要旨は、下記の(1)および(2)に示される溶鋼へのMgの添加方法および(3)に示される溶鋼の連続鋳造方法にある。
【0009】
(1)溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通して、Mgを含有するワイヤーまたはロッドをキャリアガスとともに該溶鋼中に供給する方法において、
Mgの添加速度を下記(1)式により定められる範囲とし、かつ、Mgの添加速度とキャリアガスの流量との比を下記(2)式に定められる範囲とすることを特徴とする溶鋼へのMgの添加方法(以下、「第1発明」とも記す)。
【0010】
2.0≦V≦70 ・・・・・(1)
0.40≦R≦7.0 ・・・(2)
ここで、Vは溶鋼1トン(t)当たりのMgの添加速度(g/t/min)を、また、RはMgの添加速度V(g/t/min)とキャリアガスの流量Q(Nl/min)との比V/Q(g/t/Nl)を表す。
【0011】
(2)前記(1)において、タンディッシュ内の溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通して、Mgを含有するワイヤーまたはロッドをキャリアガスとともに該溶鋼中に供給することを特徴とする溶鋼へのMgの添加方法(以下、「第2発明」とも記す)。
【0012】
(3)前記(1)または(2)のいずれか1項に記載された溶鋼へのMgの添加方法を用いることを特徴とする溶鋼の連続鋳造方法(以下、「第3発明」とも記す)。
【0013】
本発明において、「Mgの添加速度」とは、純Mgの添加速度を意味し、他の金属との合金などの場合には、Mgの含有率(質量%)に基づいて求められる純Mgへの換算量を用いた添加速度を採用する。
【0014】
本発明者らは、前述の課題を解決するために、溶鋼中のMgの歩留りを向上させるとともにMg濃度の高位安定化を図ることのできるMgの添加方法を検討し、下記に示す知見を得て、上記の本発明を完成させた。
【0015】
溶鉄に気相から添加物質を効率よく吸収させる場合に、重要な因子となるのは気相中の添加物質の分圧である。本発明が対象とする溶鋼中へMgをキャリアガスとともにガスの状態(以下、「Mg(g)」とも記す)で吸収させる場合に、Mg(g)の分圧に影響するのは、Mg(g)量とArガス量との比率である。Mg(g)量とArガス量との比(以下、単に、「Mg(g)/Arガスの比」とも記す)が高ければMg(g)分圧は高くなり、溶鋼中へのMgの吸収速度は速くなる。例えば、Arガス流量が一定の条件でMgの添加速度(g/t/min)のみを大きくすれば、Mg(g)分圧は高くなる。しかしながら、以下の点で課題が残る。
【0016】
すなわち、第1の課題は、Mgの添加速度には上限が存在することである。Mg(g)/Arガスの比を増加させると、つまり、Arガスの流量を一定としてMgの添加速度を増大させると、溶鉄へのMg吸収速度は上昇するが、Mgの添加速度を過度に増大させると、気−液反応界面(すなわち、溶鉄とMg(g)との界面)における溶鉄側界面のMg吸着サイトが飽和し、かえって吸収速度が低下すると予測される。すなわち、Mgの添加速度には上限が存在すると推察される。
【0017】
第2の課題は、Mg(g)/Arガスの比には下限が存在することである。Mg(g)/Arガスの比を低下させると、つまり、Ar流量を一定としてMg添加速度を低下させると、Mgの吸収速度は低下すると予測される。特に、Mgの添加速度が過度に小さくなると、Mg(g)分圧の影響が生じる以前に、Mg(g)の溶鉄側界面への吸着が進行しなくなり、さらに一層吸収速度が低下する。
【0018】
以上の課題は、Mg(g)分圧と溶鉄への吸収速度との関係、正確には界面反応の機構が明確でないことから生じている。しかし、この関係を明らかにすることは容易ではない。なぜなら、Mg(g)分圧は溶鉄へのMgの吸収によっても変化するため、Mgの添加中にもMg(g)分圧は時々刻々と変化していること、および気−液界面での反応過程を理論的に予測できないことによる。また、Mgの添加中におけるMg(g)分圧の変化はMgの添加条件によっても相違するからである。
【0019】
上記の理由から、定性的な考察や試行錯誤的な試験によって適正条件を求めることは困難であり、したがって、Mgの添加方法に応じた系統的な基礎試験を行い、これに基づいて適正な操作条件を明らかにする必要がある。
【0020】
そこで、本発明者らは、以下に述べる基礎試験を行い、溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通してMgを含有するワイヤーまたはロッドをキャリアガスとともに溶鋼中に供給する方法における適正条件を明確にすることとした。
【0021】
基礎試験は以下の方法により行った。質量%で、C:0.002〜0.3%、Al:0.0004〜0.2%、Si:0.01〜0.35%、Mn:0.3〜2%、S:0.0035%未満なる成分組成を有する溶鋼180kgに、MgO耐火物製で、内直径が20mm、外直径が40mmの浸漬ランスを浸漬させ、浸漬ランスを通してArガスとともにMgを含有するワイヤーを供給添加した。Mgの添加後、溶鋼からサンプルを採取し、溶鋼中のMg濃度を測定した。Mgの添加速度は、キャリアガスであるArガスの供給流量を一定としてMgの供給速度を変化させることにより、また、Mgの添加速度とキャリアガスの流量との比は、Mgの供給速度を一定としてキャリアガスであるArガスの流量を変化させることにより、それぞれ変化させて調査した。
【0022】
本基礎試験では、溶鋼深さを45cmとし、浸漬ランスのノズル出口の深さ(溶鋼表面からランスのノズル出口までの距離)は15cmとした。また、Mgを含有するワイヤーの直径は3mmとし、ランス先端のノズル孔の直径は2〜5mmとした。ランス先端のノズル直径は、Mg含有ワイヤーの直径よりも細いが、本発明ではMgを気化させて溶鋼中に供給するので、特に問題とはならない。なお、溶鋼温度は1853〜1893Kとした。Mgの総添加量は60g/t(溶鋼濃度換算で60ppm相当)で一定とした。また、比較試験として、Mgを溶鋼に一括して添加する基礎試験を行い、溶鋼中のMg濃度が1ppmとなることを確認した。
【0023】
本発明では基礎試験により下記の(a)および(b)に示す各要因の影響を調査し、適正条件を把握した。なお、この結果は、大型の実生産設備にもそのまま拡張適用できるものである。なぜなら、本発明の方法は、気−液界面での現象を最適化するものであることから、溶鋼全体のバルク内物質移動により左右されることが殆どなく、したがって、溶鋼の流動などが関与する装置規模の影響を受けにくいからである。
【0024】
(a)溶鋼中のMg濃度に及ぼすMgの添加速度の影響
図1に、Mgの添加速度V(g/t/min)と溶鋼中のMg濃度(ppm)との関係を示す。同図の関係は、Arガスの流量を10Nl/minとしてMgの添加速度を変化させた試験結果を示している。
【0025】
同図の結果から、本添加方法によれば、Mgを一括して添加する方法よりも高いMg濃度を得ることができる。しかし、本添加方法においても、Mg濃度を高めることのできるMgの添加速度には一定の範囲が存在することがわかる。Mgの添加速度が過度に遅い場合には、Mg(g)の分圧が低く、溶鉄側界面へのMgの十分な吸着反応が進行しないため、溶鋼中のMg濃度は低位に留まる。一方、Mgの添加速度が速すぎる場合には、溶鉄側界面におけるMgの吸着サイトの飽和現象により、溶鋼中のMg濃度を十分に高めることができなくなるためと推察される。
【0026】
上記の結果から、本添加方法における適正なMgの添加速度は下記(1)式により示されることが判明した。
【0027】
2.0≦V≦70 ・・・・(1)
ここで、Vは溶鋼1t当たりのMgの添加速度(g/t/min)を表す。
【0028】
以上は、溶鉄側界面の現象に基づく条件であるので、Mg(g)の供給速度を制御するだけでは制御できない。よって、Arガスの流量によらず(1)式の関係を満足する必要がある。一方、(1)式により示される範囲内では、Mg(g)分圧によってMgの吸収速度が変化するので、Mg(g)/Arガスの比の適正範囲を把握する必要がある。
【0029】
(b)溶鋼中のMg濃度に及ぼすMg添加速度とキャリアガス流量との比の影響
図2に、溶鋼中のMg濃度に及ぼす、Mgの添加速度V(g/t/min)とキャリアガスであるArガスの供給流量Q(Nl/min)との比R(R=V/Q(g/t/Nl))の影響を示す。同図の関係は、Mgの添加速度Vを10(g/t/min)として、キャリアガスであるArガスの供給流量Qを変化させた試験結果を示している。
【0030】
同図の結果から、前記図1の場合と同様に、Mgの添加速度とキャリアガスの流量との比の値にも、溶鋼中のMg濃度を高められる適正範囲が存在し、その範囲は下記(2)式により表されることが判明した。
【0031】
0.40≦R≦7.0 ・・・(2)
ここで、RはMgの添加速度V(g/t/min)とキャリアガスの流量Q(Nl/min)との比V/Q(g/t/Nl)を表す。
【0032】
上記のRが小さいとMg(g)分圧が低下するため、溶鋼中のMg濃度が低下する。一方、Rが大きい場合はMg(g)分圧が上昇するため、溶鋼中のMg濃度は増加すると考えられたが、試験結果では低下した。この原因については定かではないが、以下のように推察される。すなわち、Arガスの流量が低下すると、Mg(g)分圧は高くなるが、その結果、本発明で意図するMg(s)→Mg(g)の正反応が十分に進行しなくなり、Mgの気化速度が遅くなる。このため、比較試験において行ったMgの一括添加に近い現象が生じたことによるものと推察される。
【0033】
なお、前述の溶鋼成分組成の範囲内において行った本基礎試験では、溶鋼中のMg濃度に及ぼす他の溶鋼成分組成の影響は認められなかった。これは、下記の理由による。すなわち、通常のMgの添加方法では、溶鉄にMgが溶解した後、溶鉄内で脱酸、脱硫などの化学反応が生じ、その後、この平衡関係にしたがってMg濃度が決まり、Mgの蒸発が起こる。このため、通常のMgの添加法では、他の溶鋼成分の影響を受けやすい。これに対して、本発明によるMgの添加方法のように、すでに気化状態にあるMg(g)を添加する場合には、気−液平衡により溶鉄側界面のMg濃度が決まるため、溶鉄中のMg濃度は気相条件の影響は受けるものの、溶鉄内における化学反応の影響は受けにくい。したがって、溶鋼中のMg濃度に及ぼす他の溶鋼成分の影響は生じにくくなる。
【0034】
一方、溶鉄へのMgの吸収速度は、溶鉄中のMg濃度の影響を受けると考えられる。特にMg添加前のMg濃度およびMg添加中のMg濃度が高い場合に、Mgの吸収速度は低下すると推察される。この吸収速度が低下する溶鉄中の限界Mg濃度は明確ではないが、本基礎試験の範囲内、すなわち溶鋼中のMg濃度が30ppm未満ではその影響は認められなかった。
【0035】
前記(1)に示す第1発明は、上記の溶鋼中へのMgの適正な添加条件に関する知見に基づいて完成されたものである。
【0036】
さらに、前記(2)に示す第2発明のとおり、本発明は、タンディッシュ内で行うことにより、Mg添加処理の一層安定した効果を発揮することができる。本発明は、Mgの添加処理の位置によらず、溶鋼中のMg濃度を効率よく高めることができるが、Mgは添加後にも再度徐々に蒸発する。そのため、本発明の効果をより高めるためには、添加から鋳造凝固までの時間は短い方が好ましく、したがって、本発明をタンディッシュ内において行うことにより、一層効果を高めることができる。
【0037】
また、前記(3)に示す第3発明のとおり、第1発明または第2発明のいずれかに規定される溶鋼へのMgの添加方法を用いて、溶鋼を連続鋳造することにより、Mg濃度が高位で安定化した製品をより安価に製造することができる。
【発明の効果】
【0038】
本発明のMgの添加方法によれば、溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通して、Mg含有ワイヤーまたはロッドを適正な供給条件下においてキャリアガスとともに溶鋼中に供給することにより、蒸発性の高いMgを高い歩留りのもとに、他の溶鋼成分の影響を最小限に抑えながら、溶鋼中に高濃度で安定して添加することができる。また、本発明の方法によりタンディッシュ内の溶鋼にMgを添加しながら連続鋳造することにより、Mg濃度が一層高位で安定化した鋳造製品をより安価に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
本発明の実施形態を、転炉精錬、RH脱ガス処理および連続鋳造からなるプロセスを例にとり以下に説明する。転炉から出鋼された溶鋼は、取鍋内に収容され、RH脱ガス装置へ移送されて、RH処理を施された後、連続鋳造機により鋳造される。本発明のMgの添加処理は、転炉からの出鋼後の取鍋内、RH脱ガス処理後の取鍋内、または連続鋳造におけるタンディッシュ内のいずれにおいて行ってもよいが、最も効果的に添加できるのは、第2発明に示したとおり、タンディッシュ内の溶鋼に添加する場合である。また、取鍋精錬において本発明の方法を実施する場合は、RH処理の終了後に行うことが好ましい。RH処理の前に本発明の方法を実施すると、RH処理における減圧処理の影響により、添加したMgが気相中に蒸発移行し、溶鋼中のMg濃度が低下してしまう。したがって、本発明の方法を取鍋にて行う場合は、RH処理などの減圧処理を行った後であって、かつ連続鋳造までの間に行うことが好ましい。
【0040】
以下に、本発明の実施形態を取鍋処理における実施形態とタンディッシュにおける実施形態とに分けて説明する。
【0041】
(1)取鍋処理における本発明法の実施形態
(1)−1 浸漬ランスのノズル出口深さおよびキャリアガスの種類
浸漬ランスのノズル出口の深さ(溶鋼表面からランスのノズル出口までの距離)Lは、1m以上とすることが好ましい。上記深さLが1m未満であると、溶鋼中におけるMg−Ar気泡の浮上時間、すなわち気泡と溶鋼との接触時間が短くなり、溶鋼によるMgの吸収反応が不安定となる場合があるからである。また、深さLは3m以下であることがさらに好ましい。Lが3mを超えて深くなると、溶鋼の静圧が高くなり、本発明の意図するMg(g)分圧の制御が難しくなるからである。
【0042】
キャリアガスとしては、不活性ガスを用いることが好ましい。ここで、不活性ガスとは、周期律表の18族元素のアルゴン、ヘリウム、ネオンなどを意味する。Mgは活性な元素であることから、キャリアガスとしてCO、窒素などのガスを使用した場合には、Mgとの反応が生じ、添加すべきMgのロスが生じるからである。
【0043】
(1)−2 浸漬ランスの構造
ランスの材質としては、Al23系、MgO系などの耐火物を用いることができるが、Zr23系耐火物を用いることが好ましい。これは、耐熱性に加えて、Mgと耐火物との反応が進行しにくいためである。
【0044】
また、ランスの内直径は30mm以下とすることが好ましく、20mm以下とすることがさらに好ましい。ランスの内直径が大きいとランス内におけるMg(g)とArガスとの混合が不十分となり、安定したMg(g)分圧を維持しにくくなるからである。また、ランスの肉厚は10〜30mmの範囲とすることが好ましく、10〜20mmの範囲がさらに好ましい。肉厚が10mm未満ではランスの耐久性が劣り、一方、肉厚が30mmを超えて厚くなると、ランス内の温度を上昇させにくくなり、Mgの気化が不十分となる場合があるからである。ランスの肉厚が10〜20mmの範囲内の場合には、Mgを極めて安定的に気化させることができる。
【0045】
なお、上記のランス構造は、タンディッシュにおいて本発明法を実施する場合においても適用できる。
【0046】
(1)−3 Mg含有ワイヤーの形態およびMgの添加量
添加するMgの形態としては、沸点が溶鋼温度以下の金属との合金、または金属Mgを用いることができるが、金属Mgを使用することが好ましい。また、Mgを含有するワイヤーの直径は1〜7mmの範囲とすることが好ましい。ワイヤーの直径が1mm未満では、Mgの気化速度が速くなり、浸漬ランスを含めた配管内の内圧が上昇する場合があり、一方、直径が7mmを超えて太くなると、Mgの気化が進行しにくくなるからである。なお、Mgの添加速度は、Mg含有ワイヤーの供給装置の供給速度を制御することにより調整することができる。
【0047】
Mgの添加量は、目標とする溶鋼中のMg濃度に応じて、また、スプラッシュの発生状況、許容処理時間に応じて任意に設定すればよいが、Mgの添加速度V、およびMgの添加速度とキャリアガス流量との比Rは、第1発明で規定される前記(1)式および(2)の関係を満足する範囲内とする必要がある。なお、Mgの添加量は実績から求めてもよいが、本発明の添加法におけるMgの歩留りは約50%であるので、この値に基づいて決定することもできる。
【0048】
Mgの添加中にその他の合金、もしくはフラックスを添加することは好ましくない。上記の物質を添加すると、Mgの添加中に取鍋内溶鋼の成分組成が不均一になり、Mgの安定した反応を維持することが難しくなるからである。
【0049】
(1)−4 取鍋スラグの成分組成
取鍋スラグ中のCaOとAl23の比は0.8〜2.5の範囲内が好ましく、1.0〜1.8の範囲がさらに好ましい。CaOとAl23の比が0.8未満または2.5を超えて高いと、スラグの流動性が低下し、溶鋼と空気とが直接接触する場合があるからである。上記の接触が起こると、溶鋼成分と平衡する酸素活量を超えて酸素活量が上昇するため、Mgの吸収反応が不安定となる。また、CaOとAl23の比が1.0〜1.8の範囲では、スラグの流動性に加えて脱硫能が増加するため、Mgの添加中に脱硫が進行し、さらに好ましい。
【0050】
なお、スラグ中の(FeO+MnO)の濃度は6質量%以下であることが好ましい。これは、スラグ中FeO、MnOによって、Mg添加中に再酸化による清浄度の低下が生じるためである。
【0051】
(2)タンディッシュにおける本発明法の実施形態
(2)−1 浸漬ランスのノズル出口深さ、キャリアガス流速およびガス種類
浸漬ランスのノズル出口の深さLは、15cm以上が好ましく、40cm以下がさらに好ましい。上記深さLが15cm未満であると、Mg−Ar気泡の浮上時間(気泡と溶鋼との接触時間)が短くなり、溶鋼へのMgの吸収反応が不安定となる場合があるからである。また、上記深さLが40cmを超えて深いと、ノズル部からの溶鋼の侵入が起こる場合があるからである。
【0052】
なお、上記の深さ15cmは、前述した取鍋の場合における深さ1mとは相違するが、これは下記の理由による。すなわち、取鍋およびタンディッシュを反応装置としての観点からみたとき、取鍋は回分式反応装置であるので、取鍋内の溶鋼全体にMgを供給するのが有利なことから、気泡と溶鋼との接触時間を長くする必要がある。一方、タンディッシュは連続式反応装置であるので、流通経路の一部をなすタンディッシュ内の溶鋼全体にMgを供給すればよく、したがって、気泡と溶鋼との接触時間は取鍋の場合に比して短くてもよいからである。
【0053】
浸漬ランス先端のノズル出口の開口径は、ノズル出口部における標準状態でのガスの線速度が10〜45Nm/sの範囲となるように定めることが好ましい。ガスの線速度が10Nm/min未満となると、ノズル孔が閉塞するおそれがあり、また、同線速度が45Nm/sを超えて大きくなると、溶鋼の攪拌が過剰になる場合があるからである。
【0054】
キャリアガスは、取鍋にて操作する場合と同様、不活性ガスを用いることが好ましい。Mgは活性な元素であることから、キャリアガスとしてCO、窒素などのガスを使用した場合には、Mgとの反応が生じ、添加すべきMg量にロスが生じるからである。
【0055】
(2)−2 Mg含有ワイヤーの形態およびMgの添加量
添加するMgの形態としては、沸点が溶鋼温度以下の金属との合金、または金属Mgを用いることができるが、金属Mgを使用することが好ましい。また、Mgを含有するワイヤーの直径は1〜5mmの範囲とすることが好ましい。上記直径が1mm未満では、Mgの気化速度が速くなりすぎて、配管内の内圧が上昇する場合があるからである。また、直径が5mmを超えて太くなると、Mgの気化が進行しにくくなる。なお、Mg添加速度はMg含有ワイヤーの供給速度を制御することにより調整することができる。
【0056】
Mgの添加量は目標とする溶鋼中のMg濃度に応じて、また、スプラッシュの発生状況などに応じて任意に設定すればよいが、Mgの添加速度V、およびMgの添加速度とキャリアガス流量との比Rは、第1発明で規定される前記(1)式および(2)の関係を満足する範囲内とする必要がある。
【0057】
なお、タンディッシュ内の溶鋼にMgを添加する場合は、取鍋内の溶鋼にMgを添加する場合とは異なり、タンディッシュ内を流れる溶鋼にMgを添加することになるため、溶鋼全体への添加速度ではなく、単位溶鋼量当たりの添加速度で考える必要がある。そこで、Mgの添加速度は下記の方法により求める。すなわち、鋳造速度をU(t/min)とすると、単位溶鋼量はU(t)となる。したがって、Mgを供給速度v’(g/min)で供給すると、本発明におけるMgの添加速度Vは、V=v’/U(g/t/min)となる。このVの値を第1発明に記載の添加速度Vとして用いる。また、鋳造時間の都合などにより、Vの値を第1発明に記載の(1)式および(2)式の範囲内に制御できない場合には、浸漬ランスの数を複数として、浸漬ランス一本当たりのVの値が上記(1)式および(2)式の関係を満足するようにすればよい。
【0058】
本発明は、Mgの添加位置におけるMg(g)分圧を制御することにより溶鋼中の高いMg濃度を得るものであるから、Mgの添加位置において第1発明で規定する条件を満足すればよい。
【0059】
また、タンディッシュでの添加位置は特に規定されるものではないが、タンディッシュの出口直上は避けることが好ましい。これは、タンデッィシュ出口付近においてキャリアガスの吹き込みが行われると、タンディッシュスラグが溶鋼中に巻き込まれ、スラグが浮上することなくモールド内に持ち込まれるからである。
【実施例】
【0060】
本発明に係る溶鋼のMg添加による処理方法の効果を確認するため、以下に示す試験を行い、その結果を評価した。
【0061】
溶鋼250トン(t)を転炉により精錬後、取鍋に出鋼し、その取鍋をRH脱ガス装置へ移送し、RH処理を施した。RH処理の開始直後に溶鋼中に各種合金を添加し、鋼成分組成および温度を所定範囲に調整した。代表的な成分組成は、質量%で、C:0.05〜0.06%、Al:0.005〜0.35%、Si:0.1〜0.3%、Mn:0.3〜0.8%およびS:20ppm未満である。その後、本発明の方法により、取鍋内またはタンディッシュ内の溶鋼にMgを6000g添加した。Mg含有ワイヤーは直径3mmとし、このワイヤーを、特許文献3などに示された一般的なワイヤー供給装置を用いて溶鋼中に供給した。キャリアガスにはArガスを使用し、また、浸漬ランス先端のノズル出口の開口径は4.5mmとした。
【0062】
取鍋内の溶鋼にMgを添加した試験では、溶鋼の深さ4mに対して、浸漬ランスのノズル出口の深さLは3mとし、取鍋スラグの(CaO/Al23)の値は1.2〜1.5、そして、スラグ中の(FeO+MnO)濃度は3.8質量%以下とした。
【0063】
また、タンディッシュ内の溶鋼にMgを添加した試験では、連続鋳造の鋳造速度を3.7〜4.1t/minとし、溶鋼深さが70cmの鋼浴中に、浸漬ランスのノズル出口の深さLが20cmとなるようにランスを挿入設置した。
【0064】
鋳片内のMg濃度は、鋳造スラブの定常鋳造部分において、鋳造方向に3000mm間隔で7箇所から分析用サンプルを採取し、これらの元素分析値を平均することにより求めた。また、Mgの濃度変動は、上記の方法で測定された各Mg濃度分析値の最大濃度差を、取鍋内溶鋼中にMgを一括して添加した場合の最大濃度差により除して指数化した。さらに、Mgの歩留りは、溶鋼内に供給したMgの全質量に対して、実際に測定されたスラブ中のMg濃度に基づいて算出される鋼中Mgの全質量が占める比率を求め、この値を、取鍋内溶鋼中にMgを一括して添加した場合の同比率により除して指数化した。
【0065】
表1に、Mgの添加速度、Mg添加速度とキャリアガス流量との比、およびMgの添加位置といった試験条件、およびMg濃度などの試験結果を示した。なお、取鍋内溶鋼中にMgを一括して添加した場合のMg濃度は2ppmであった。
【0066】
【表1】

【0067】
試験番号1〜14は、Mgの添加速度V(g/t/min)、およびMgの添加速度とキャリアガスの流量との比R(g/t/Nl)が前記(1)式および(2)式のいずれの関係をも満足する本発明例についての試験であり、試験番号15〜22は、(1)式および(2)式の少なくともいずれかの関係を満足しない比較例についての試験である。また、試験番号1〜8および18〜22は、取鍋内の溶鋼中にMgを添加した試験であり、試験番号9〜17は、タンディッシュ内の溶鋼中にMgを添加した試験である。
【0068】
本発明例の試験である試験番号1〜14では、Mg濃度が14〜18ppmと高く、また、鋳片内のMg濃度の変動も小さく、かつMgの歩留りが高い良好な結果が得られた。とりわけ、タンディッシュ内の溶鋼にMgを添加した試験番号9〜14では、取鍋内の溶鋼中にMgを添加した試験番号1〜8よりもMg濃度が高く、鋳片内のMg濃度の変動もさらに小さい極めて良好な結果が得られた。
【0069】
これに対して、比較例の試験である試験番号15〜22は、Mg濃度が8ppm以下と低く、鋳片内のMg濃度の変動は大きく、かつMgの歩留りが低い劣った結果となった。
【0070】
以上の結果から、取鍋内の溶鋼またはタンディッシュ内の溶鋼に本発明の方法を適用することにより、簡便な設備を用いた添加処理により鋼中のMg濃度を安定して高めることができることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明のMgの添加方法によれば、溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通して、Mg含有ワイヤーまたはロッドを適正な供給条件下においてキャリアガスとともに溶鋼中に供給することにより、蒸発性の高いMgを高い歩留りのもとに、他の溶鋼成分の影響を最小限に留めながら、溶鋼中に高濃度で安定して添加することができる。また、本発明の方法によりタンディッシュ内の溶鋼にMgを添加しながら連続鋳造することにより、Mg濃度が一層高位で安定化した鋳片をより安価に製造することができる。
【0072】
したがって、本発明の方法は、簡便な方法により溶鋼中のMg濃度を高めることのできるMgの添加方法およびMg濃度の高い鋳造製品を製造できる連続鋳造方法として、精錬および連続鋳造分野において広く適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】Mgの添加速度と溶鋼中のMg濃度との関係を示す図である。
【図2】キャリアガス流量に対するMg添加速度の比と溶鋼中のMg濃度との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通して、Mgを含有するワイヤーまたはロッドをキャリアガスとともに該溶鋼中に供給する方法において、
Mgの添加速度を下記(1)式により定められる範囲とし、かつ、Mgの添加速度とキャリアガスの流量との比を下記(2)式に定められる範囲とすることを特徴とする溶鋼へのMgの添加方法。
2.0≦V≦70 ・・・・・(1)
0.40≦R≦7.0 ・・・(2)
ここで、Vは溶鋼1トン(t)当たりのMgの添加速度(g/t/min)を、また、RはMgの添加速度V(g/t/min)とキャリアガスの流量Q(Nl/min)との比V/Q(g/t/Nl)を表す。
【請求項2】
請求項1において、タンディッシュ内の溶鋼に浸漬させた浸漬ランスを通して、Mgを含有するワイヤーまたはロッドをキャリアガスとともに該溶鋼中に供給することを特徴とする溶鋼へのMgの添加方法。
【請求項3】
請求項1または2のいずれか1項に記載された溶鋼へのMgの添加方法を用いることを特徴とする溶鋼の連続鋳造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−189975(P2008−189975A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−24362(P2007−24362)
【出願日】平成19年2月2日(2007.2.2)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】