説明

無機化合物被覆鋼材

【課題】従来の被覆鋼材に比べ、冷熱繰り返しのような温度変化が大きい環境に置かれた場合であっても、被覆層の剥離及び亀裂の発生を有効に抑制することができ、十分な耐久性を有する無機化合物被覆鋼材を提供することにある。
【解決手段】素地鋼材と、該素地鋼材上に、硫黄または珪素を含有し、亜鉛を含有しない無機化合物ベースの被覆層とを有し、前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、該被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質を所定量含有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として土木・建築用の資材に適用される無機化合物被覆鋼材であり、温度が時間とともに大きく変動する環境に適用される、特に亜鉛を含有しない無機化合物ベースの被覆層を有する無機化合物被覆鋼材である。
【背景技術】
【0002】
一般的に、石油類の水素化脱硫工程で回収される単体硫黄は供給過剰であり、この有効活用方法として、各種の骨材と混合して成型物を製造し、特許文献1及び特許文献2で示すような土木建築用資材として使用する例がある。これらは固化後の圧縮強度もほぼコンクリートと同等である。これらの発明は、いずれもコンクリートを単体で利用する場合の代替としての土木建築材料用資材とするもので、鋼材と組み合わせることを特徴とする土木建築用資材のことは触れられていない。
【0003】
発明者らは、これらの硫黄混合物を鋼材に被覆した場合、冷熱繰り返しのような温度変化が大きい環境に置かれると、硫黄混合物からなる被覆層と鋼材が剥離または被覆層に亀裂が生じるという問題があることを確認した。
【0004】
被覆層に生じる亀裂を抑制する方法として、特許文献3に示すように、所定のアルキルシリケート樹脂と亜鉛末を含有する被覆層を用い、被覆層のゲルタイムを短くすることで被覆層の発砲や亀裂を防止するという方法が挙げられる。しかし、特許文献3の方法は、鋼材に被覆層を塗布することによって生じる亀裂についての抑制方法であり、本発明で問題としている冷熱繰り返しによって発生する被覆層の剥離及び被覆層の亀裂について抑制することはできない。
【特許文献1】特開平8−59326号公報
【特許文献2】特許第3436736号公報
【特許文献3】特開2004−359800号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、素地鋼材と、該素地鋼材上に、硫黄または珪素を含有し、亜鉛を含有しない無機化合物ベースの被覆層とを有し、前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、所定の物質を所定量含有することで、冷熱繰り返しのような温度変化が大きい環境に置かれた場合であっても、被覆層の剥離及び亀裂の発生を有効に抑制することができ、十分な耐久性を有する無機化合物被覆鋼材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、珪素または硫黄を主成分とする無機化合物被覆鋼材が、冷熱繰り返しのような温度変化が大きい環境に置かれた場合に、被覆層が素地鋼材から剥離したり、被覆層に亀裂が生じる問題について鋭意検討し、その原因として、前記被覆層と前記鋼材の熱膨張率が異なるため、熱応力が被覆層に作用する結果、前記被覆の剥離または亀裂が生じること、及び前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、該被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質を所定量含有することで、前記素地鋼材との熱膨張率の差により生じる前記被覆層の剥離及び亀裂の発生を有効に抑制できることを見出した。
【0007】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、その要旨は以下の通りである。
(1)素地鋼材と、該素地鋼材上に、硫黄または珪素を含有し、亜鉛を含有しない無機化合物ベースの被覆層とを有し、前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、該被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質を所定量含有する無機化合物被覆鋼材。
【0008】
(2)前記熱応力低減物質は、ヤング率が3GPa以上の樹脂、エラストマーまたはゴムのいずれかであることを特徴とする上記(1)記載の無機化合物被覆鋼材。
【0009】
(3)前記熱応力低減物質の含有量は、5〜80体積%であることを特徴とする上記(2)記載の無機化合物被覆鋼材。
【0010】
(4)前記熱応力低減物質は、線膨張率が12×10-6/K以下のフィラーであることを特徴とする上記(1)記載の無機化合物被覆鋼材。
【0011】
(5)前記フィラーは、繊維状または鱗片状を有し、鋼材面に平行になるように配設することを特徴とする上記(4)記載の無機化合物被覆鋼材。
【0012】
(6)前記フィラーの含有量は、5〜80体積%であることを特徴とする上記(4)または(5)記載の無機化合物被覆鋼材。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、素地鋼材と、該素地鋼材上に、硫黄または珪素を含有し、亜鉛を含有しない無機化合物ベースの被覆層とを有し、前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、該被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質を所定量含有することで、冷熱繰り返しのような温度変化が大きい環境に置かれた場合であっても、被覆層の剥離及び亀裂の発生を有効に抑制することができ、十分な耐久性を有する無機化合物被覆鋼材の提供が可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の構成と限定理由を説明する。
この発明に従う無機化合物被覆鋼材は、素地鋼材と、該素地鋼材上に、硫黄または珪素を含有し、亜鉛を含有しない無機化合物ベースの被覆層とを有し、前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、該被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質を所定量含有する無機化合物被覆鋼材である。
【0015】
(素地鋼材)
本発明の無機化合物被覆鋼材の母材となる素地鋼材としては、例えば、炭素鋼、低合金鋼及びステンレス鋼等が挙げられる。用途について特に限定はないが、土木建築資材に適用できるのもの、例えば、鉄筋、鋼管、鋳鉄管、鋼板(厚板など)、形鋼等が好ましい。また、
素地鋼材に予め表面処理を施していてもよく、必要に応じて、ブラスト、ケレン、酸洗等を施してもよい。
【0016】
(被覆層)
本発明の被覆層は、前記素地鋼材上に、硫黄または珪素を含有し、亜鉛を含有しない無機化合物ベースの被覆層とを有し、前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、該被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質を所定量含有する被覆層を形成する。
【0017】
無機化合物ベースの被覆層は、硫黄に、ジシクロペンタジエン及び/またはそのオリゴマーを混合したもの、または珪素を含有するものが挙げられ、亜鉛や亜鉛化合物を含有しない無機樹脂層である。硫黄または珪素からなる被覆層とすると、有機樹脂による被覆層に比べ、耐候性や耐傷付き性に優れているものの、前記素地鋼材との熱膨張率の差により生じる被覆層の剥離及び亀裂が発生する可能性があるため、本発明では前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、該被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質を所定量含有させることにより、前記被覆層の剥離及び亀裂の発生を抑制することができる。また、被覆層の膜厚は、鋼材の用途にもよって異なり、例えば土木・建築用の資材に用いる場合、0.1〜30mm程度であることが好ましい。
【0018】
本発明者らは、珪素または硫黄ベースの無機化合物被覆鋼材を温度変化が大きい環境に置いた場合、被覆層と素地鋼材の熱膨張率が通常は大きく(10倍程度)異なるため、熱応力が発生して前記被覆層に作用することが、前記被覆層の剥離及び亀裂を引き起こす原因であることに着目し、熱応力による前記被覆層の剥離及び亀裂を抑制できる方法について鋭意研究を行った。
【0019】
その結果、少なくとも前記被覆層中で最も熱応力の影響を受ける素地鋼材表面側に、該記被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質物質を所定量含有させることで、前記無機化合物被覆鋼材が温度変化の大きい環境に置かれた場合であっても、熱応力の作用を最小限に止め、前記被覆層の剥離及び亀裂を抑制できることを見出した。
【0020】
ここで、前記熱応力低減物質とは、前記被覆層中に含有することで熱応力を低減できる物質なら特に限定はないが、例えば前記被覆層のヤング率を低くすることによって熱応力の低減が可能な点で、ヤング率が3GPa以下の樹脂、エラストマーまたはゴムのいずれかであることが好ましい。前記樹脂は、例えば、ポリエチレン及びポリプロピレンに代表される汎用樹脂や、ポリエステル及びポリアミドに代表されるエンジニアリングプラスチックなどが挙げられ、前記エラストマーは、例えば、スチレン-ブタジエン-スチレンブロックコポリマー(SBS)やスチレン-イソプレン-スチレンブロックコポリマー(SIS)などの熱可塑性エラストマーなどが挙げられ、前記ゴムは、例えば、スチレンブタジエンゴム(SBR)及びイソプレンゴムに代表される汎用ゴムや、二トリルゴム(NBR)、アクリルゴム(ACM)及びエチレンプロピレンゴム(EPDM)等の特殊ゴムが挙げられる。さらに、前記熱応力低減物質は、前記被覆との親和性を向上させるために、前記樹脂等を酸変性させることもできる。
【0021】
また、前記樹脂、エラストマーまたはゴムのいずれかである熱応力低減物質の含有量は、5〜80体積%であることが好ましい。5体積%未満では、被覆層の剥離や割れを抑制することができなくなり、80体積%超えると被覆を形成できなくなるためである。
【0022】
また、前記熱応力低減物質は、線膨張率が12×10-6/K以下のフィラーであることが好ましい。前記素地鋼材との熱膨張の差を小さくすることにより、熱応力を低減させることが可能となるからである。ここで、前記フィラーは、線膨張率が12×10-6/K以下となるような、被覆層よりも熱膨張率が小さい物質であればよく、鋼材の熱膨張率に近いものがより好ましい。前記フィラーに用いる材料としては、タルク、クレー、ウォラスナイト、マイカ(雲母)、チタン酸カリウム及びガラス繊維、炭素繊維などが挙げられる。
【0023】
さらに、前記被覆層の剥離及び亀裂の発生は、前記鋼材面に平行な方向の熱歪みが最も影響を及ぼすため、前記フィラーは、繊維状、針状または鱗片状を有し、鋼材面に平行になるように配設することが好ましい。特にアスペクト比(長さ/直径、または直径/厚さ)が30以上であるものが好ましく、ここでいう長さ、直径、厚さは光学顕微鏡または電子顕微鏡で観察して、任意の100個について平均値を求めたものである。
また、前記フィラーを鋼材面に平行になるように配設する理由としては、ランダムに分散させて配設するよりも少ない添加量で高い効果を有することができるためである。前記フィラーを鋼材面に平行に配設する方法としては、例えば、溶融状態の硫黄や硬化前の流動状態のアルキルシリケート樹脂などにフィラーを混合・分散させた後、鋼材表面に剪断力を付与しながら塗布することで、剪断方向にフィラーを配設する方法がある。
【0024】
また、前記フィラーの含有量は、5〜80体積%であることが好ましい。5%未満では、熱応力を低減する効果を十分に発揮することができず、80%超えでは、前記被覆層を形成することができないためである。さらに、前記繊維状フィラーの長さが100μm以上である場合は、長さが100μm未満の繊維状フィラー及び鱗片状のフィラーに比べより熱歪を低減することができるため、前記フィラーの含有量を少なくすることが可能である。
【0025】
また、本発明の無機化学被覆鋼材は、主として鋼材と被覆層との密着性向上のために、中間層を形成することができる。中間層は、主として鋼材との密着性向上のために形成され、例えば、プライマー、酸変性などにより接着性を付与させた樹脂、化成皮膜、クロメート被膜、カップリング処理等が挙げられる。密着性を向上するものであればどのようなものでも支障はないが、密着性だけでなく耐食性を向上できるものが好ましい。密着性と耐食性の点からエポキシ樹脂及び/又はポリウレタン等からなるプライマーを含有することがより好ましい。また、接着性をさらに向上させるために、酸変性などにより接着性を付与させた樹脂等をプライマーの上に積層させて使用するとさらに好ましい。
【0026】
上述したところは、この発明の実施形態の一例を示したにすぎず、請求の範囲において種々の変更を加えることができる。
【実施例】
【0027】
本発明の実施例について説明する。
(実施例1)
実施例1は、スチールグリッドブラストにより表面を十点平均粗さ(Rz)で50μm程度にしたサイズ100mm×l00mm×6mmの熱延鋼板(素地鋼材)(JIS SS400相当)を型枠中に設置し、硫黄65体積%とジシクロペンタジエン5体積%を150℃にて溶融し、そこにポリプロピレン樹脂30%を混合したしたものを鋼板上に注入した後、室温まで冷却して5mm厚さの被覆層を有する無機化合物被覆鋼材を得た。
【0028】
(実施例2)
実施例2は、熱延鋼板を型枠中に設置し、アルキルシリケート樹脂50体積%とマイカ50体積%を混合したしたものを鋼板上に注入した後、20℃、相対湿度60%で48時間保持して硬化させて0.1mmの厚さの被覆層を有する無機化合物被覆鋼材を得たこと以外は、実施例1と同様の工程により実施した。
【0029】
(実施例3)
実施例3は、熱延鋼板を型枠中に設置し、アルキルシリケート樹脂80体積%とマイカ20体積%を混合したしたものを鋼板上に注入したものを、JIS-K5400に準拠したアプリケーターを用いて被覆層に鋼材面と平行に剪断力を付与しながら乾燥膜厚100μmになるように塗布した後、20℃、相対湿度60%で48時間保持して硬化させて0.1mmの厚さの被覆層を有する無機化合物被覆鋼材を得たことこと以外は、実施例1と同様の工程により実施した。
【0030】
(実施例4)
実施例4は、熱延鋼板を型枠中に設置し、その上にガラスクロス30体積%を積層し、そこに硫黄65体積%とジシクロペンタジエン5体積%を150℃にて溶融したものを鋼板上に注入した後、室温まで冷却して5mmの厚さの被覆層を有する無機化合物被覆鋼材を得たことこと以外は、実施例1と同様の工程により実施した。
【比較例】
【0031】
(比較例1)
比較例1は、被覆層中にポリプロピレン樹脂を混合しないこと以外は、実施例1と同様の工程により無機化合物被覆鋼材を得た。
【0032】
(比較例2)
比較例2は、マイカ30質量%を混合しないこと以外は、実施例3と同様の工程により無機化合物被覆鋼材を得た。
【0033】
以上のようにして得られた各無機化合物被覆鋼材について、発明の効果を調べるための試験を行った。本実施例で行った試験の評価方法を以下に示す。
【0034】
(評価方法)
被覆層の状態(熱応力による被覆層の剥離及び亀裂の有無)について、上記で作製した各無機化合物被覆鋼板を、以下の温度環境のサイクルを50サイクル繰り返した後、被覆の剥離及び/または亀裂の有無について確認を行った。
−30℃(1時間)→20℃(30分間)→60℃(1時間)→20℃(30分間)
【0035】
上記各試験の評価結果を表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1によれば、実施例1〜4の無機化合物被覆鋼材は、いずれも被覆層の剥離がなく、耐候性及び硬度についても、良好な値が得られることがわかった。また、比較例1及び2の無機化合物被覆鋼材は、耐候性及び硬度については良好な値を有するものの、いずれも被覆層が全て剥離していることがわかった。この結果、本発明による無機化合物被覆鋼材については、温度変化が大きい環境に置かれた場合であっても、被覆層の剥離及び亀裂の発生を抑制できていることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明によれば、素地鋼材と、該素地鋼材上に、硫黄または珪素を含有し、亜鉛を含有しない無機化合物ベースの被覆層とを有し、前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、該被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質を所定量含有することで、冷熱繰り返しのような温度変化が大きい環境に置かれた場合であっても、被覆層の剥離及び亀裂の発生を有効に抑制することができ、十分な耐久性を有する無機化合物被覆鋼材の提供することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
素地鋼材と、該素地鋼材上に、硫黄または珪素を含有し、亜鉛を含有しない無機化合物ベースの被覆層とを有し、前記被覆層中の少なくとも素地鋼材表面側に、該被覆層と前記素地鋼材の熱膨張率の差によって発生する熱応力を低減する物質を所定量含有する無機化合物被覆鋼材。
【請求項2】
前記熱応力低減物質は、ヤング率が3GPa以下の樹脂、エラストマーまたはゴムのいずれかであることを特徴とする請求項1記載の無機化合物被覆鋼材。
【請求項3】
前記熱応力低減物質の含有量は、5〜80体積%であることを特徴とする請求項2記載の無機化合物被覆鋼材。
【請求項4】
前記熱応力低減物質は、線膨張率が12×10-6/K以下のフィラーであることを特徴とする請求項1記載の無機化合物被覆鋼材。
【請求項5】
前記フィラーは、繊維状または鱗片状を有し、鋼材面に平行になるように配設することを特徴とする請求項4記載の無機化合物被覆鋼材。
【請求項6】
前記フィラーの含有量は、5〜80体積%であることを特徴とする請求項4または5記載の無機化合物被覆鋼材。

【公開番号】特開2008−246813(P2008−246813A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−90280(P2007−90280)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】