説明

熱制御金型、および、その製造方法

【課題】ひけのない熱制御層を形成し、所期の断熱効果と、金型として充分な精度を得ることができ、かつ、金型として熱履歴を受けても熱制御層にひけが生じる恐れがない熱制御金型を提供する。
【解決手段】金属で構成される金型内部に樹脂からなる熱制御層が形成されている熱制御金型であって、前記金型の熱制御層形成部内面に第1の微細な凹凸と、該第1の微細な凹凸にさらに微細な第2の凹凸と、が設けられ、かつ、前記熱制御層にこれら微細な凹凸に対応する凹凸が設けられている熱制御金型。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細構造を有する立体の光学素子の成形にも応用できる熱制御金型に関する。
【背景技術】
【0002】
たとえば図7に第三角法投射図をモデル的に示すような、微細な段差状の回折形状パターンを有する回折光学素子(回折レンズ)などの光学素子は、サブミクロンの微細構造を有するとともに、極めて高い型忠実性が求められる。
【0003】
たとえば、図7に示した回折レンズ用回折光学素子の場合、長手方向長さが約12mm、短手方向長さが約4mm、レンズ厚さが約3mmである。回折部の段差パターンは、一段の高さが1.5μm、段差幅は中心部で約200μm、端部に行くに従って徐々に狭くなり、最端部で約10μmとなる。段差数は約100段程度となっており、全体としての凹部の深さが約150μmである。回折レンズの凸部側は、曲率半径(R)が約25mmの非球面形状となっている。
【0004】
このような光学素子成形に当たっては高度な温度制御をおこなう、あるいは、普通の成形よりも長い時間をかける、などの対策が講じられてきた。
【0005】
しかしながら、これらのコスト高となる対策なしで、高精度な成形を可能とする技術が強く求められていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、本発明者らは、特許第3880032号公報(特許文献1)、特開2002−184046公報(特許文献2)などで光ディスク基板成形用スタンパに関して提案されている断熱層を光学素子の成形用金型に応用する検討を行った。
【0007】
しかしながら、薄く、かつ、平面状の光ディスクとは異なり、光学素子には様々な立体構造のものがあり、かつ、射出成形で成形される光学素子はスタンパで形成される光ディスクに比べ、比較的ないし数段、高い成形精度が求められることが多い上、光ディスクの円縁部など低い精度で充分な部分がなく、その全体、すなわち端部に至るまで高い成形精度が求められる場合が多い等、スタンパで培われた技術をこの分野に応用するには技術的に格段に高いハードルがあった。
【0008】
ここで、金型に樹脂からなる熱制御層を形成するためには3つの方法が考えられた。
【0009】
樹脂ブロックを機械的に加工して所定の形にして金型の金属内に埋め込む方法(ブロック加工法)、樹脂シートを所定の形に切断して金型の金属内に埋め込む方法(シート加工法)、さらに、金型の所定箇所に空洞部を設け、この空洞部に液体状にした樹脂を導入、あるいは、液状の樹脂前駆体を導入したのち樹脂化させる方法である熱制御層成形法。
【0010】
しかしながら、ブロック加工法は埋め込み可能な形状とする必要があって凹凸の自由度がなく、シート加工法も立体形状への対応が困難であり、三番目の熱制御層成形法を採用することとなった。
【0011】
ここで、実際の光学素子成形時に求められる耐熱性、および、耐久性を勘案すると、熱制御層は一般的な熱可塑性樹脂でなく、ポリイミド、ポリアミドイミドなどの耐熱性の高い樹脂から構成する必要がある。
【0012】
これらの耐熱性の高い樹脂から熱制御層を形成するためには、これら樹脂の液状の前駆体または前駆体の溶媒溶液、あるいは、樹脂の溶媒溶液いわゆる樹脂ワニス空洞部に導入したのち、加熱により樹脂とする(例:液状のポリイミド前駆体のイミド化を加熱により完了させてポリイミド樹脂とする)、あるいは溶媒を除去する。
【0013】
このとき、熱制御層が体積収縮し、言わば、「ひけが生じた」状態となり、予期した断熱効果が得られない、あるいは、生じた空間により回折光学素子の成形に必要な金型精度が維持できなくなることがわかった。さらに、金型製作時にひけが生じていなくても、成形に用いた結果、熱履歴によりひけが生じ、同様の問題を引き起こす恐れがあった。
【0014】
ここで、本発明は、ひけのない熱制御層を形成し、所期の断熱効果と、金型として充分な精度を得ることができ、かつ、金型として熱履歴を受けても熱制御層にひけが生じる恐れがない熱制御金型を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の熱制御金型は請求項1に記載の通り、金属で構成される金型内部に樹脂からなる熱制御層が形成されている熱制御金型であって、前記金型の熱制御層形成部内面に第1の微細な凹凸と、該第1の微細な凹凸にさらに微細な第2の凹凸と、が設けられ、かつ、前記熱制御層にこれら微細な凹凸に対応する凹凸が設けられていることを特徴とする熱制御金型である。
【0016】
本発明の熱制御金型の製造方法は、上記課題を解決するために、請求項2に記載の通り、金型本体部の型パターン成形側の面に熱制御層形成凹部を形成する熱制御層形成凹部形成工程、該熱制御層形成凹部の内部に熱制御層形成液を導入して樹脂からなる熱制御層を形成する熱制御層形成工程、前記熱制御層が形成された前記型パターン成形側の面上に金属層を形成する金属層形成工程、および、前記金属層表面に型パターンを形成する型パターン形成工程をこの順で行う熱制御金型の製造方法において、無光沢電解めっきによって形成された無光沢金属めっき層を湿式エッチングすることによって、前記熱制御層形成凹部内に第1の微細な凹凸と、該第1の微細な凹凸にさらに微細な第2の凹凸と、が設けられていることを特徴とする熱制御金型の製造方法である。
【0017】
また、請求項3に記載の熱制御金型の製造方法は、請求項2に記載の熱制御金型の製造方法において、前記無光沢電解めっきが、無光沢電解ニッケルめっきであることを特徴とする。
【0018】
また、請求項4に記載の熱制御金型の製造方法は、請求項2または請求項3に記載の熱制御金型の製造方法において、前記熱制御層形成凹部が、金型本体部の型パターン成形側の面側が狭い逆テーパー状に形成されていることを特徴とする。
【0019】
また、請求項5に記載の熱制御金型の製造方法は、請求項2ないし請求項4のいずれか1項に記載の熱制御金型の製造方法において、前記熱制御層形成工程後に、前記熱制御層が形成された前記型パターン成形側の面を機械加工により削る機械加工工程を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明の熱制御金型は、前記金型の熱制御層形成部内面に第1の微細な凹凸と、該第1の微細な凹凸にさらに微細な第2の凹凸と、が設けられ、かつ、前記熱制御層にこれら微細な凹凸に対応する凹凸が設けられているために、耐久性が高く、特別な温度制御を必要とせずに、所期の断熱効果と、高い精度を達成でき、かつ、成型タクトを大幅に短縮することができるので、型忠実性の高い成形品を安価に、かつ、容易に得ることができる。また、同時に、金型温度を低く設定することができるために成形サイクルの短縮を実現することができ、生産性アップによる成形品のコストダウンや、金型温度を低く設定することによる熱エネルギーの削減というメリットを得ることもできる。
【0021】
本発明の熱制御金型の製造方法によれば、前記熱制御層形成凹部内に第1の微細な凹凸と、該第1の微細な凹凸にさらに微細な第2の凹凸と、が設けられているために、熱制御層形成凹部と熱制御層の樹脂との間に強いアンカー効果(投錨効果)が発揮され、体積収縮が起きても金型本体部と熱制御層との間の空隙発生が確実に防止される。このようにひけの発生があらかじめ防止されているので、ひけのない熱制御層を形成し、所期の断熱効果と、金型として充分な精度を得ることができ、かつ、金型として熱履歴を受けても熱制御層にひけが生じる恐れがない熱制御金型を得ることができ、延いては、型忠実性の高い成形品を安価に、かつ、容易に得ることができる。
【0022】
請求項3に記載の熱制御金型の製造方法によれば、前記無光沢電解めっきが、無光沢電解ニッケルめっきである構成により、湿式エッチングにより均一で微細な凹凸形状が形成され、金型本体部と熱制御層との間の密着強度がより高まり、結果として耐久性の高い熱制御金型が得られる。
【0023】
請求項4に記載の熱制御金型の製造方法によれば、前記熱制御層形成凹部が、金型本体部の型パターン成形側の面側が狭い逆テーパー状に形成されていることにより、熱制御層が前記熱制御層形成凹部の底側に押さえ込まれるためにこの底部と熱制御層との剥離が効果的に防止され、高い密着強度が得られ、耐久性の高い熱制御金型とすることができる。
【0024】
請求項3に記載の熱制御金型の製造方法によれば、前記熱制御層形成工程後に、前記熱制御層が形成された前記型パターン成形側の面を機械加工により削る機械加工工程を行うので、金型本体部の型パターン成形側の面側に樹脂のひけが生じた場合であっても、そのひけによる金型内の空隙の発生を防止することができ、所期の断熱効果と、金型として充分な精度を得ることができるとともに空隙による金型精度の低下を防止することができるので所定の精度の成形品を成型することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明に係る熱制御金型の製造方法の一例を示すモデル図(その1)である。(a)熱制御層形成凹部形成後の状態を示す図である。(b)無光沢金属めっき層を施した状態を示す図である。(c)湿式エッチングしている状態を示す図である。(d)熱制御層形成凹部内に熱制御層形成液を導入している状態を示す図である。
【図2】本発明に係る熱制御金型の製造方法の一例を示すモデル図(その2)である。(a)熱制御層形成凹部2内へ熱制御層形成液5を導入し終わった状態を示す図である。(b)樹脂層形成後の状態を示す図である。(c)機械加工工程後の状態(熱制御層成形後)の状態を示す図である。(d)大気圧プラズマ処理中の状態を示す図である。
【図3】本発明に係る熱制御金型の製造方法の一例を示すモデル図(その3)である。(a)導電被膜形成工程中の状態を示す図である。(b)金属層形成工程終了の状態)を示す図である。(c)型パターン形成工程終了後の状態(本発明に係る熱制御金型が完成)を示す図である。
【図4】(a)無光沢電解ニッケルめっきを行った表面の状態を示す顕微鏡写真である。(b)(a)の状態のモデル断面図である。
【図5】(a)湿式エッチングした無光沢金属ニッケルめっき面の顕微鏡写真である。(b)(a)の状態のモデル断面図である。
【図6】本発明に係る熱制御金型を用いた成形方法を示すモデル図である。
【図7】微細な段差状の回折形状パターンを有する回折光学素子の第三角法投射モデル図である。
【図8】STAVAXに対して湿式エッチングを施した表面の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を、図面を参照して説明する。
【0027】
まず、金型本体部1の型パターン成形側の面1aにフライス盤や研削盤などの加工機械を用いて熱制御層形成凹部2を形成する(熱制御層形成凹部形成工程。熱制御層形成凹部形成後の状態をモデル的に図1(a)に示す)。この例では、熱制御層形成凹部2が、金型本体部の型パターン成形側の面1a側が狭い逆テーパー状に形成されている。
【0028】
金型本体部の材質としては、加工性が良好で、比較的硬度の高い金属材料であれば、特に制限はないが、SK材、SKH材、STAVAXなどが好ましい。
【0029】
熱制御層形成凹部2の大きさとしては、充分な熱制御効果を得るために、成形する光学素子(この例では回折レンズ)の大きさよりも大きいものとする。
【0030】
熱制御層形成凹部2の深さは、所望の熱制御層厚さに対して熱制御層形成液の乾燥や硬化によって減少する体積を見込んだ量を勘案して決定すれば、熱制御層形成液が熱制御層形成凹部からあふれ出すことがない。このとき後述の機械加工工程での切削加工量をできるだけ小さくなるようにすれば、機械加工工程での効率が上昇する。
【0031】
本実施例では熱制御層形成凹部2の形成方法として精密切削加工等の機械加工を採用したが、他に研削加工等も利用できる。型パターン成形側の面1a側の加工寸法としては、成形する光学素子の大きさよりも一回り大きいサイズとすることで、充分な熱制御効果が確保される。また、熱制御層形成凹部2の底面は図1(a)では平面状となっているが、必要に応じて立体形状とすることができる。
【0032】
この例における熱制御層形成凹部2は、金型本体部の型パターン成形側の面1a側が狭い逆テーパー状に形成されている(図1(a)参照)。この逆テーパー形状によって熱制御層5bを押さえ込み、熱制御層形成凹部2からの剥離を防止できる。逆テーパーの角度は、あまり深いと形成が困難で、浅すぎると押さえ込みの効果が低下するので、30°から60°の範囲とするのが好ましい。
【0033】
次いで、熱制御層形成凹部2内部を含む型パターン成形側の面1aに無光沢電解ニッケルめっきによって形成された無光沢金属めっき層(この例では無光沢ニッケルめっき層)3を形成する。無光沢金属めっき層形成後の状態を図1(b)にモデル的に示す。
【0034】
ここで、ニッケルめっき層以外に用いられるめっき層としては、銅めっき層などが挙げられるが、ニッケルめっき層であると次工程の湿式エッチングに対して、ある程度の耐薬品性を持っているために、好ましい。
【0035】
ここで、無光沢金属めっき層を形成することが必要であり、光沢金属めっきを用いた場合には後述するアンカー効果が充分に得られない。
【0036】
また、めっき層を形成しない場合、金型材料として主に使われているSK材、SKH材、STAVAXのような材料は、一種類の物質のみの純粋な材料ではないため、結晶粒塊が不均一で、これらをエッチングすると不均一なエッチング面となり(STAVAXに対して湿式エッチング(5wt%の酸化第二鉄溶液を用いたエッチング)を施した表面の顕微鏡写真を図8に示す)、この面に樹脂層を形成すると場所によって密着強度が異なり、均一な密着強度が得るのが難しい。また、機械的な粗面化加工を行っても、同様に結晶粒界の不均一さから、均一に粗面化するための加工条件を出すのが難しいため、やはり均一な密着強度が得づらい。
【0037】
さらに、無光沢金属めっき層を構成する金属めっきとしてはニッケルめっき、銅めっきなどが一般に利用されているが、後工程の湿式エッチング時に、適度な耐久性を持ちつつ表面に微細な凹凸形状を形成できるので、無光沢のニッケルめっきであることが好ましい。
【0038】
ここで、図4(b)にSTAVAXからなる金型本体部に無光沢電解ニッケルめっきを行った表面の状態を示すモデル断面図を示す。このとき、ニッケルめっき表面から熱制御層形成凹部内2に突出する凸部3aが形成される。無光沢ニッケルは、材質はほぼ純ニッケルで結晶粒子径も均一である。そのため、後工程の湿式エッチングによって形成される微細な凹部は、大きさに極端に差が無な単位面積内においてほぼ均一分布しており、このため、樹脂からなる熱制御層との密着強度も場所によってばらつくことがなく、良好かつ強固な密着が得られる。
【0039】
上記めっきの際に用いるめっき浴としては市販の一般的な無光沢めっき剤をそのまま用いて行うことができる。
【0040】
無光沢ニッケルめっき層形成に先立ち、本例では金型本体を脱脂洗浄、酸洗浄したのち、次工程で形成される電解ニッケル層の密着性を高めることを目的にニッケルストライクめっきを行った。このとき、市販のストライク浴、または、塩化ニッケル200g/Lおよび塩酸100mL/Lのストライク浴を用いて、浴温20〜30℃、電流密度3〜5A/dm2、1〜3分間通電してストライクめっきを行ってもよい。
【0041】
次いで、上記処理の終了した金型本体を、表1に組成と条件を示しためっき浴の電鋳槽に入れ、たとえば3分間〜5分間、0.2A/dm2未満の弱電流密度で通電し、金型本体表面をニッケル電解液に馴染ませて濡れ性を向上させ、ピット発生や電鋳時剥離を防ぐようにする。弱通電終了後に通電電流値を上昇させ、最終的に、10A/dm2〜20A/dm2程度まで電流値を上昇させてから一定に保ち、所定の膜厚(50〜100μm程度)を得るまで通電を続ける。このとき、得られるめっき金属層の厚さは、後のエッチングによる凹凸形状を形成できればよいので、厚くする必要はなく、上記の膜厚程度でよい。このように形成された無光沢ニッケルめっき層表面の粗さは、Raで3〜5μm、Rzで10〜15μmの範囲内となり、適度な粗さを持つようになる。
【0042】
【表1】

【0043】
次いで無光沢金属ニッケルめっき層3を湿式エッチングする(湿式エッチング中の状態をモデル的に図1(c)に示す。図中符号4はエッチング液)。
【0044】
湿式エッチングにより無光沢めっきで形成された高低差のある単純な山谷の形状(第1の微細な凹凸)に加えそこに微細な凹凸孔形状(第1の微細な凹凸に設けられたさらに微細な第2の凹凸形状)が追加されてより高いアンカー効果が得られる。
【0045】
このような湿式エッチングは、無光沢めっきで形成された第1の微細な凹凸に対し、さらに微少な凹凸を設けることのできるエッチング液であることが必要であり、そのようなものとしては、塩化第二鉄(塩化鉄(III))または塩化第二銅(塩化鉄(II))の水溶液を用いて行うが、環境への有害性の低さから、塩化第二鉄を使用することが好ましい。
【0046】
具体的には、塩化第二鉄5〜10wt%の水溶液を用い、温度20〜30℃、エッチング時間1〜3分間の条件で行う。スプレーやパドルによる強い物理的攪拌を行うと、過度にエッチングが進行してしまうために、エッチング液中への浸漬し、このとき緩い回転攪拌を行う。このとき、上記無光沢金属ニッケルめっき層が形成された金型本体を、エッチング不要部のマスキングを行う。
【0047】
上記工程のエッチングによって、めっき層表面の状態は、粗面めっきで生じた第1の微細な凹凸形状に加えてさらに微細な第2の凹凸形状が形成される。エッチング終了後は、エッチング液が残留しないようによく水洗する。
【0048】
エッチング後には、図5(b)のモデル断面図によって示されているように熱制御層形成凹部内に、前記熱制御層形成後に該熱制御層内部に入り込むアンカー凸部3a’(第1の微細な凹凸にさらに微細な第2の凹凸が形成されてなる)が形成されている。
【0049】
また、酸素プラズマエッチングやアルゴンガスエッチング、またはハロゲン系ガスなどの腐食性ガスを用いた乾式エッチングでは表面が均一に減るようなエッチングであり、第2の凹凸形状が得られず、そのためにアンカー効果が得られない。
【0050】
このような湿式エッチング後、必要に応じて洗浄・乾燥させ、次いで、図1(d)、および図2(a)にモデル的に示すように熱制御層形成凹部2内に熱制御層形成液5を導入する。
【0051】
熱制御層形成液5としては前述の通り、ポリイミドなどの樹脂の液状の前駆体または前駆体の溶媒溶液を用いてもよいが、ポリアミドイミドの樹脂ワニス(商品名:東洋紡績製バイロマックス)を用いることが好ましい。この材料は、ポリアミドイミドを溶剤に溶解させて流動性のある樹脂ワニス状にしたもので、既にイミド化が完了したものである。そのため、一般的なポリイミド前駆体材料のように300℃以上の高温での閉環イミド化の必要がなく、使い勝手が良い。
【0052】
前記粗面金属めっき層が形成された金型本体の熱制御層形成凹部2へ、あらかじめ乾燥硬化によって目減りする溶媒の量、及び、次工程の機械加工による除去分を見込んで、乾燥硬化後に設定の熱制御層厚さを上回り、かつ、熱制御層形成凹部2からあふれないような量の上記樹脂ワニスを、たとえば、精密ディスペンサによって定量滴下する。滴下後、真空デシケーターなどの減圧可能な容器内へ収納し、減圧雰囲気内(0.1〜0.01気圧程度)で一定時間(1〜5分)減圧処理し、樹脂ワニスの脱気とともに、熱制御層形成凹部壁面の逆テーパー部及びエッチングによる凹凸部への上記樹脂ワニスの浸透をはかる。その後、取出し、加熱乾燥(たとえば200℃、40分)させて樹脂層5aを形成する(図2(b)参照)。なお、上記樹脂ワニスの乾燥時に、液溜まり部壁面部の樹脂ワニスが持ち上がって高くなったり、樹脂ワニスの粘度が高い場合には樹脂ワニス表面が平坦にならず高さにむらができる場合があるが、次の工程の機械加工によって平坦化されるため問題ない。
【0053】
このとき、熱制御層形成凹部2の内部にはアンカー部3a’が形成されているので、樹脂に体積減少が生じても熱制御層形成凹部2と樹脂層5aとの間に空隙が生じることはなく、密着した状態が維持される。
【0054】
ここで、樹脂の体積減少が大きく、所定の厚さが得られにくい場合にはあらかじめ熱制御層形成凹部2を大きく(深く)形成して熱制御層形成凹部2内部に導入できる熱制御層形成液5の量を多くし、熱制御層5b形成後に、熱制御層5aが形成された型パターン成形側の面1aおよび樹脂層5a表面を機械加工により削る機械加工工程を行って所定の厚さの熱制御層5bを得ることで対応できる(図2(c)参照)。また、このような機械加工工程によって、熱制御層5bの厚さむらを解消することができ、より精度の高い熱制御が可能となる。なお、機械加工によって立体形状にすることもできるので、熱制御層5bの厚さも制御することができる。
【0055】
この機械加工は、研削または切削加工で行うが、切削加工の場合熱制御層形成凹部2外周部が金属製のために金属のバリが樹脂熱制御層側に食い込む可能性があるために、切削加工ではなく研削加工で行うことが好ましい。また加工表面は、鏡面にはせず、梨地状とすると表面積がその分増えるため、次の導電皮膜形成時に密着性が高まる。
【0056】
ここで、熱制御層5bの厚さとしては求められる断熱特性、用いる樹脂などによって大きく異なる可能性はあるが、通常0.05mm以上0.3mm以下である。
【0057】
このように得られた型パターン成形側の面1aと熱制御層5b表面を、たとえば大気圧プラズマ処理などにより、次工程で形成される導電皮膜との密着性を向上させる(図2(d)参照)。
【0058】
大気圧プラズマ処理を採用するのは、簡便な方法でありながら、樹脂表面の活性度を高めることができ、かつ、その効果が長時間持続するためである。この処理によって、未処理の場合(約3〜4N/cm)と比較して6〜8倍の密着強度(約25N/cm)を得られるようになる。他の表面改質方法として、酸素プラズマエッチング処理、紫外線/オゾン処理、等があるが、これらは酸素濃度や処理時間などのパラメータを最適化しないと、逆に密着強度を低下させてしまうために処理の効果が確実でなく好ましくない。
【0059】
このように密着性が向上された型パターン成形側の面1aと熱制御層5b表面とに、すなわち、熱制御層が形成された前記型パターン成形側の面に対して、導電被膜層6を形成する(導電被膜形成工程、図3(a)参照)。
【0060】
導電皮膜形成方法としては、アルゴンガス等による導電物質(金属等)のスパッタリング法やイオンプレーティング法、その他に金属蒸着法、無電解めっき法、があり、それぞれ利用できるが、界面剥離の問題を考えた場合、被積層対象物に金属粒子が深く浸透し、皮膜密着性が高いスパッタリング法やイオンプレーティング法が望ましい。
【0061】
ここで、スパッタリング法では、広い面積に均一な成膜が可能で、イオンプレーティング法では、飛び出した原子分子状の粒子に電界をかけて加速することによって、より高い密着性を得ることが可能である。
【0062】
スパッタリングの条件としては、たとえば、到達真空度:2〜8×10-3Pa、アルゴンリーク圧:0.3〜1.5Pa、DCパワー:200〜700Wでニッケルをスパッタリングする。
【0063】
導電皮膜の膜厚は、20nmを下回ると膜形成が困難となり、200nmを超えると内部応力によるクラックが発生するために、20nm以上200nmの範囲とすることが好ましい。
【0064】
このように形成された導電皮膜を利用して、型パターン成形側の面1a上に金属層7を形成する。この金属層は、実際の金型部であるために電鋳により比較的厚く、たとえば、0.1mm〜0.3mmの厚さに、金属層7を形成する(金属層形成工程、図3(b)参照)。
【0065】
金属層を形成する金属としては、ニッケルや銅、またはクロムなどが挙げられ、この中でニッケルは高速電解めっきでの厚付けが可能で、かつ比較的皮膜の硬度が高く低応力であるので、ニッケルであることが好ましい。
【0066】
ニッケル層の場合、ニッケルの電解めっきによって形成する。用いる電解めっき浴の諸元としては、表1に示すものが挙げられる。
【0067】
めっき浴に付けた後3分間〜5分間、0.2A/dm2未満の弱電流密度で通電し、導電皮膜をニッケル電鋳液に馴染ませて濡れ性を向上させ、ピット発生や電鋳時剥離を防ぐようにする。弱通電終了後に通電電流値を上昇させ、最終的に、10A/dm2〜20A/dm2程度まで電流値を上昇させてから一定に保ち、所定の電鋳膜厚(200〜250μm程度)を得るまで通電を続ける。
【0068】
この金属層7形成後に金属層7表面に回折レンズの回折部に相当する型パターンを精密切削加工等で施して型パターン形成部7aを形成し(型パターン形成工程。図3(c)。)、本発明の熱制御金型10を得る。
【0069】
このような、熱制御金型は図6にモデル的に示すように、たとえば対となるような金型Kとともに射出成形機の金型としてセットされて、形成されたキャビティ内に溶融樹脂が導入され、成形品が冷却後型開きされて取り出される。このような金型セットはたとえば光学素子の成形に用いられるが、このとき、スタンパ成形時の金型内圧力の2倍程度の圧力(たとえば80MPa)を受ける。しかし、上述のように熱制御層形成凹部2と熱制御層5bとの間に空隙がないので、型パターン形成部7aがその圧力で変形する(へこむ)ことなく、また、成形時の熱を受けて、熱制御層形成凹部2と熱制御層5bとの間にはがれが生じてその結果として型パターン形成部7aが変形する(ふくれる)こともない。このため、成形品の成形精度は高く、また、熱制御金型Aの寿命は長い。
【実施例】
【0070】
以下に実施例を示す。
【0071】
<基礎検討>
サンプルA:STAVAXの研削仕上げ面(Raで0.5μm、Rzで4μm)。
【0072】
サンプルB:STAVAXの研削仕上げ面に、塩化ニッケル200g/Lおよび塩酸100mL/Lのストライク浴を用いて、浴温25℃、電流密度5A/dm2で、1分間通電してストライクめっきを行い、ついで、スルファミンサン酸ニッケル500g/L、ホウ酸35g/L、ビット防止剤ビット防止剤(日鉱商事社製UP−S)2mlからなるニッケルめっき浴を用い、めっき浴浸漬後、5分間、0.2A/dm2の弱電流密度で通電したのち通電電流値を上昇させ、最終的に、15A/dm2程まで電流値を上昇させてから一定に保ち、所定の膜厚(200μm程度)を得るまで通電を続け得た、無光沢めっき層(表面の粗さは、Raで4μm、Rzで15μm)の表面。
【0073】
サンプルC:サンプルBの無光沢めっき層に対して塩化第二鉄6wt%の水溶液を用い、温度30℃、エッチング時間:2分間の条件で湿式エッチングをおこない、熱制御層形成後に熱制御層内部に入り込むアンカー凸部を形成した面(図5(a)に示した表面)。
【0074】
ここで、図4(a)にサンプルBの面、すなわち、第1の微細な凹凸が形成された面、の顕微鏡写真を、図5(a)にサンプルCの面、すなわち、第1の微細な凹凸にさらに微細な第2の凹凸が形成された面、の顕微鏡写真を、それぞれ示す。
【0075】
上記サンプルA〜Cの3つの面に対して、ポリアミドイミドの樹脂ワニス(商品名:東洋紡績製バイロマックス)を最終厚さが0.15mmmmとなるように塗布し、溶剤を除去したのち、ピール試験をJIS規格 C 6481に従って実施した(n=4〜5)。結果を表2に示す。
【0076】
【表2】

【0077】
表2により、サンプルAおよびBの面では、最大値と最小値とのばらつきが大きく(平均値に対して±60〜77%)、密着強度が安定していないことがわかる。それに対して、アンカー凸部が形成されたサンプルCの面では、平均値そのものがサンプルA、Bよりも格段に大きく、強度のばらつきも平均値に対して±23%と小さくなっており、安定的に高い密着強度が得られていることがわかる。
【0078】
<実施例>
図7にモデル的に示す微細な段差状の回折形状パターンを有する回折光学素子を製造する金型を作製した。
【0079】
STAVAXの金型本体のパターン成形側の面に対して研削によって、図1(a)にモデル的に示す熱制御層形成凹部2を形成した。熱制御層形成凹部2の深さは1mm、パターン成形側の面側の直径は1mm、逆テーパー形状角度は60°とした。
【0080】
次いで、上記サンプルC同様にして、熱制御層形成凹部2内部にアンカー凸部を形成し、次いで、この熱制御層形成凹部2内部ポリアミドイミドの樹脂ワニスを導入し、10分間の減圧処理(0.05気圧)後、加熱乾燥(200℃、40分)させて樹脂層を形成した。
【0081】
さらにパターン成形側の面を研削して、熱制御層の厚さを0.15mmとし、次いでパターン成形側の面にN2(窒素)アシストガス、50m3/min、印加電圧150V、処理時間1分間の条件で大気圧プラズマ処理を行ったのち、スパッタリングにより厚さ100nmのニッケル導電薄膜層を積層した。
【0082】
この導電薄膜層を利用して、スルファミンサン酸ニッケル500g/L、ホウ酸35g/L、ビット防止剤(日鉱商事製UP-S)2mlからなるニッケルめっき浴を用い、めっき浴浸漬後、5分間、0.2A/dm2の弱電流密度で通電したのち通電電流値を上昇させ、最終的に、15A/dm2程まで電流値を上昇させてから一定に保ち、所定の膜厚(200μm程度)を得るまで通電を続け、ニッケルめっき層を得た。
【0083】
このニッケルめっき層に対して研削加工により、回折光学素子の回折面に相当する型パターンを形成し、本願発明に係る金型αを13個作製した。
【0084】
金型αと同様にして、ただし、湿式エッチングを行わずに金型β、および、無光沢ニッケルめっきおよび湿式エッチングを行わずに金型γをそれぞれ13個得た。
【0085】
得られた金型をそれぞれ、10個ずつ切断して内部を詳細に観察したところ、金型βでは2個、金型γでは7個ずつ、それぞれ、熱制御層形成凹部と熱制御層との間に空隙が生じていたが、金型αでは空隙の発生はなかった。
【0086】
さらに、金型α、βおよびγを図6にモデル的に示したように対となる金型とともに、射出成形機の金型としてそれぞれセットして、形成されたキャビティ内に、溶融樹脂(日本ゼオン製ZEONEX。シクロオレフィンポリマー)を導入して、回折光学素子の成形を行った(成形条件、310℃、金型温度、80℃、射出圧力:80MPa)。
【0087】
このとき、熱制御層を設けていない従来型の金型での成形時と比較して、金型自体の加温温度を従来型の金型使用時よりも20〜30℃下げても、樹脂充填中に樹脂温度が流動状態を持つ温度以下に下がるのを防止でき、かつ、充填終了後は速やかに成形品の温度を取り出し可能温度まで下げることできたため、従来型の金型では3分以上かかっていた成形タクトを1分以下にまで短縮することが可能となった。
【0088】
ここで本発明に係る熱制御金型αを用いて、上記成形タクトで射出成形を実施した回折光学素子では、光学特性(複屈折)の悪化はなく(±100nm以下)、またヒケや充填不足等の成形不良も発生せず、5万ショットを超えても界面剥離を起こすことは無く、まだ使用可能であった。
【0089】
しかし、熱制御金型β、γでは、数千〜1万ショット程度で金型が変形して使用不可となり、これら金型をチェックしたところ、熱制御層形成凹部と熱制御層との間に空隙が生じて金型表面が膨らんでいた。
【符号の説明】
【0090】
1 金型本体部
1a 型パターン成形側の面
2 熱制御層形成凹部2
3 無光沢金属めっき層
4 エッチング液
5 熱制御層形成液
6 導電被膜層
7 金属層
10 本発明に係る熱制御金型
【先行技術文献】
【特許文献】
【0091】
【特許文献1】特許第3880032号公報
【特許文献2】特開2002−184046公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に樹脂からなる熱制御層が形成されている熱制御金型であって、前記金型の熱制御層形成部内面に第1の微細な凹凸と、該第1の微細な凹凸にさらに微細な第2の凹凸と、が設けられ、かつ、前記熱制御層にこれら微細な凹凸に対応する凹凸が設けられていることを特徴とする熱制御金型。
【請求項2】
金型本体部の型パターン成形側の面に熱制御層形成凹部を形成する熱制御層形成凹部形成工程、該熱制御層形成凹部の内部に熱制御層形成液を導入して樹脂からなる熱制御層を形成する熱制御層形成工程、前記熱制御層が形成された前記型パターン成形側の面上に金属層を形成する金属層形成工程、および、前記金属層表面に型パターンを形成する型パターン形成工程をこの順で行う熱制御金型の製造方法において、
無光沢電解めっきによって形成された無光沢金属めっき層を湿式エッチングすることによって、前記熱制御層形成凹部内に第1の微細な凹凸と、該第1の微細な凹凸にさらに微細な第2の凹凸と、が設けられていることを特徴とする熱制御金型の製造方法。
【請求項3】
前記無光沢電解めっきが、無光沢電解ニッケルめっきであることを特徴とする請求項2に記載の熱制御金型の製造方法。
【請求項4】
前記熱制御層形成凹部が、金型本体部の型パターン成形側の面側が狭い、逆テーパー状に形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱制御金型の製造方法。
【請求項5】
前記熱制御層形成工程後に、前記熱制御層が形成された前記型パターン成形側の面を機械加工により削る機械加工工程を行うことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の熱制御金型の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−62844(P2011−62844A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−213269(P2009−213269)
【出願日】平成21年9月15日(2009.9.15)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】