説明

球状体の表面処理用治具、球状体の表面処理方法および球状部品の製造方法

【課題】球状体の温度を正確に把握しつつ、表面の全域に対して表面処理を実施することを可能とする球状体の表面処理用治具、球状体の表面処理方法および球状部品の製造方法を提供する。
【解決手段】球状体の表面処理用治具である治具1は、球状体が固定されて保持される第1固定部11Aおよび第2固定部11Bと、球状体が案内されつつ転動することが可能な転がり案内部12とを備えている。そして、第1固定部11Aと第2固定部11Bとは転がり案内部12により接続されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、球状体の表面処理用治具、球状体の表面処理方法および球状部品の製造方法に関し、より特定的には、表面の全域に対して表面処理を実施することを可能とする球状体の表面処理用治具、球状体の表面処理方法および球状部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
球状体に対して表面改質処理、コーティング処理などの表面処理を実施する場合、当該球状体を浮上させた状態で表面処理を実施しない限り、球状体と当該球状体を保持する治具などの支持部材とが接触した状態で表面処理が実施されることとなる。その結果、球状体の表面のうち、当該支持部材と接触する領域(接触領域)においては表面処理が十分に進行しないおそれがある。特に、接触領域が大きい場合や、接触領域以外の領域(非接触領域)からの拡散などによる接触領域における表面処理の進行が期待できない場合などにおいては、表面の全域に対して表面処理を実施することができないという問題が生じる。
【0003】
一方、球状体を浮上させた状態で表面処理を実施することにより、球状体の表面の全域に対して表面処理を実施することが可能となる。しかし、球状体を浮上させた状態で表面処理を実施する場合、処理コストが上昇し、また球状体の数量、大きさ、重量などが制限されるという問題がある。
【0004】
これに対し、球状体を転動あるいは回転させつつ表面処理を実施する球状体の表面処理方法が提案されている(たとえば特許文献1〜3参照)。これにより、表面の全域に対して表面処理を実施することができる。
【特許文献1】特開平9−209117号公報
【特許文献2】特開2003−73807号公報
【特許文献3】特開2003−59695号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
球状体の表面処理においては、球状体の温度が表面処理の速度や品質に影響を与える場合が多い。この場合、球状体の温度が測定されつつ表面処理が実施されることが好ましい。しかしながら、上述のように球状体を転動あるいは回転させつつ表面処理を実施する方法では、表面処理の進行中に球状体の温度を正確に把握することが難しいという問題がある。
【0006】
そこで、本発明の目的は、球状体の温度を正確に把握しつつ、表面の全域に対して表面処理を実施することを可能とする球状体の表面処理用治具、球状体の表面処理方法および球状部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に従った球状体の表面処理用治具は、球状体が固定されて保持される複数の固定部と、球状体が案内されつつ転動することが可能な転がり案内部とを備えている。そして、当該複数の固定部は転がり案内部により接続されている。
【0008】
本発明の球状体の表面処理用治具を用いることにより、以下のような手順で表面処理を実施することができる。まず複数の固定部のうち一の固定部において球状体を保持しつつ表面処理を実施する。このとき、球状体は当該固定部において固定されて保持されているため、球状体の温度を正確に測定し、把握することができる。その後、転がり案内部を球状体が転動するように球状体を移動させ、転がり案内部により上記一の固定部に接続された他の固定部において球状体を保持する。そして、当該他の固定部において球状体を保持しつつ表面処理を実施する。このときも、球状体は当該他の固定部において固定されて保持されているため、球状体の温度を正確に測定し、把握することができる。また、一の固定部において保持されている場合と他の固定部において保持されている場合とで、球状体における表面処理用治具との接触領域を変化させることができるため、球状体の表面の全域に対して表面処理を実施することが可能となる。以上のように、本発明の球状体の表面処理用治具によれば、球状体の温度を正確に把握しつつ、表面の全域に対して表面処理を実施することを可能とする球状体の表面処理用治具を提供することができる。
【0009】
上記球状体の表面処理用治具においては、転がり案内部は溝とすることができる。これにより、転がり案内部において種々の大きさの球状体を転動させることが可能となるとともに、たとえばプラズマ窒化などの球状体と他の部材との間に電圧を印加する表面処理が実施された場合でも、転がり案内部におけるホローカソード(中空陰極)の発生を抑制することができる。
【0010】
上記球状体の表面処理用治具においては、転がり案内部は貫通孔とすることができる。これにより、球状体の表面処理用治具における転がり案内部の形成が容易となる。
【0011】
上記球状体の表面処理用治具において好ましくは、ベース部材と、ベース部材上に配置され、上記固定部および転がり案内部を含む保持部材と、ベース部材に対する上記転がり案内部の傾斜を変化させる傾斜調整部材とを備えている。
【0012】
これにより、表面処理を実施するための処理室の底面にベース部材を載置し、傾斜調整部材を動作させることにより、一の固定部において保持された球状体を、転がり案内部を転動させて他の固定部まで移動させることができる。また、傾斜調整部材の動作を処理室の外部から制御可能としておくことにより、処理室内の雰囲気や圧力を維持した状態で球状体を移動させることが可能となり、球状体の表面処理を効率よく実施することができる。
【0013】
上記球状体の表面処理用治具において好ましくは、3以上の固定部を備えている。これにより、球状体の表面処理を3回以上に分けて実施することが可能となり、より確実に球状体の表面の全域に対して表面処理を実施することができる。
【0014】
本発明に従った球状体の表面処理方法は、球状体を治具により支持する工程と、治具により支持された球状体に対して表面処理を実施する工程とを備えている。そして、表面処理を実施する工程は、球状体の第1の領域を治具により支持しつつ、球状体の表面処理を実施する工程と、球状体の第1の領域とは異なる第2の領域を治具により支持しつつ、球状体の表面処理を実施する工程とを含んでいる。
【0015】
本発明の球状体の表面処理方法においては、表面処理を実施する工程において、まず球状体の第1の領域を治具により支持しつつ、球状体の表面処理を実施する。このとき、球状体は第1の領域が治具により支持されて固定されているため、球状体の温度を正確に測定し、把握することができる。その後、球状体の第2の領域を治具により支持しつつ、球状体の表面処理を実施する。このとき、球状体は第2の領域が治具により支持されて固定されているため、球状体の温度を正確に測定し、把握することができる。また、第1の領域において支持されている場合と第2の領域において支持されている場合とで、球状体における治具との接触領域を変化させることができるため、球状体の表面の全域に対して表面処理を実施することが可能となる。以上のように、本発明の球状体の表面処理方法によれば、球状体の温度を正確に把握しつつ、表面の全域に対して表面処理を実施することを可能とする球状体の表面処理方法を提供することができる。
【0016】
上記球状体の表面処理方法において好ましくは、球状体に対して表面処理を実施する工程では、球状体の温度が測定されつつ表面処理が実施される。
【0017】
これにより、球状体の温度を適切に制御しつつ表面処理を実施することが可能となるため、所望の表面処理の速度や品質を安定して得ることができる。
【0018】
上記球状体の表面処理方法においては、球状体は導電体からなっているものとし、球状体に対して表面処理を実施する工程では、球状体と球状体に対向して配置される部材との間に電圧が印加されつつ球状体の表面処理が実施されてもよい。
【0019】
球状体と球状体に対向して配置される部材との間に電圧が印加されつつ実施される表面処理、たとえばプラズマ窒化処理、プラズマ浸炭処理、PVD(Physical Vapor Deposition;物理蒸着)、CVD(Chemical Vapor Deposition;化学蒸着)などにおいては、球状体の温度が把握されつつ処理が実施されることが望ましい。そのため、本発明の球状体の表面処理方法を好適に適用することができる。
【0020】
上記球状体の表面処理方法においては、表面処理はプラズマ窒化処理であってもよい。プラズマ窒化処理においては、球状体の温度調整が重要であるため、本発明の球状体の表面処理方法を特に好適に適用することができる。
【0021】
上記球状体の表面処理方法において好ましくは、球状体に対して表面処理を実施する工程では、球状体同士の間隔が30mm以上となるように複数の球状体が治具により支持されつつ、当該複数の球状体に対して同時に表面処理が実施される。
【0022】
複数の球状体が同時に表面処理されることにより、効率よく球状体の表面処理を実施することができる。一方、プラズマ窒化処理を実施する場合、球状体同士の間隔が30mm未満になると球状体同士の間にホローカソード状態が形成されるおそれがあり、球状体の温度調整が困難となる。そのため、球状体同士の間隔が30mm以上となるように、複数の球状体が治具により支持されつつ表面処理が実施されることにより、容易に効率よく球状体の表面処理を実施することができる。
【0023】
上記球状体の表面処理方法において好ましくは、第1の領域を支持しつつ表面処理を実施する工程よりも後であって、第2の領域を支持しつつ表面処理を実施する工程よりも前に、治具に対して球状体を転動させることにより、球状体を、第1の領域において支持される位置から第2の領域において指示される位置にまで治具に対して移動させる工程をさらに備えている。
【0024】
これにより、球状体において治具により支持される領域を容易に変化させることが可能となり、効率よく表面の全域に対して表面処理を実施することができる。
【0025】
上記球状体の表面処理方法において好ましくは、上記治具は、上述の本発明に従った球状体の表面処理用治具である。上述の本発明に従った球状体の表面処理用治具を使用することにより、上記本発明の球状体の表面処理方法を容易に実施することができる。
【0026】
本発明に従った球状部品の製造方法は、球状の成形体を準備する工程と、成形体の表面処理を実施する工程とを備えている。そして、当該表面処理は、上記本発明に従った球状体の表面処理方法を用いて実施される。
【0027】
本発明の球状部品の製造方法によれば、球状体の温度を正確に把握しつつ、表面の全域に対して表面処理を実施することを可能とする上記本発明の球状体の表面処理方法を用いて表面処理が実施されることにより、良好に表面処理が実施された球状部品を製造することができる。
【0028】
上記球状部品の製造方法においては、球状部品は、転がり軸受の転動体であってもよい。良好に表面処理が実施された球状部品を製造することが可能な本発明の球状部品の製造方法は、表面全域の品質が重要な転がり軸受の転動体の製造方法として好適である。
【発明の効果】
【0029】
以上の説明から明らかなように、本発明の球状体の表面処理用治具、球状体の表面処理方法および球状部品の製造方法によれば、球状体の温度を正確に把握しつつ、表面の全域に対して表面処理を実施することを可能とする球状体の表面処理用治具、球状体の表面処理方法および球状部品の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰り返さない。
【0031】
(実施の形態1)
以下、本発明の一実施の形態である実施の形態1について説明する。図1は、実施の形態1における球状部品の製造方法の概略を示すフローチャートである。また、図2は、実施の形態1における球状体の表面処理用治具の構成を示す概略平面図である。また、図3は、図2の線分III−IIIに沿う概略断面図である。また、図4および図5は、球状体の表面処理用治具の動作を説明するための概略図である。なお、図4および図5は、図3と同じ側から見た球状体の表面処理用治具の側面図に相当する。
【0032】
図1を参照して、実施の形態1における球状部品の製造方法においては、まず、工程(S10)として球状体準備工程が実施される。具体的には、工程(S10)においては、たとえば転がり軸受の転動体(玉軸受の玉)の形状(球状)に成形加工され、焼入焼戻処理が実施された成形体が準備される。成形体の素材としては、たとえば鋼であるAMS規格5630(AISI規格440C、JIS規格SUS440C)、AMS規格6490(AISI規格M50)、AMS規格5626(AISI規格T1、JIS規格SKH2)などを採用することができる。
【0033】
次に、工程(S20)〜(S50)として、工程(S10)において準備された球状の成形体の表面処理を実施する表面処理工程が実施される。本実施の形態においては、表面処理として、プラズマ窒化が実施される。具体的には、まず、工程(S20)として球状体支持工程が実施される。この工程(S20)においては、プラズマ窒化を実施するための処理室の内部に載置された実施の形態1における球状体の表面処理用治具により、当該成形体が支持される。ここで、実施の形態1における球状体の表面処理用治具について説明する。
【0034】
図2〜図5を参照して、実施の形態1における球状体の表面処理用治具としての治具1は、ベース部材23と、ベース部材23上に配置された板状の保持部材21と、ベース部材23と保持部材21とを接続する固定脚24および伸縮脚30とを備えている。固定脚24は、ベース部材23からベース部材23の主面に対して交差する方向に突出するように設置されるとともに、接続部25において保持部材21に接続されている。また、固定脚24と保持部材21とは接続部25において互いに回動可能に接続されており、後述するように伸縮脚30が伸縮した場合でも、固定脚24と保持部材21との接続を維持することが可能となっている。伸縮脚30は、ベース部材23から固定脚24と同じ側に突出するように設置され、円筒状の中空部を有するシリンダ部26と、シリンダ部26の中空部に少なくともその一部が挿入され、長手方向に移動可能に支持されたロッド部27とを含んでいる。ロッド部27と保持部材21とは接続部32において互いに回動可能に接続されており、後述するように伸縮脚30が伸縮した場合でも、伸縮脚30と保持部材21との接続を維持することが可能となっている。ロッド部27のうちシリンダ部26の中空部に挿入されている領域が大きい状態では図4に示すように伸縮脚30の長さは固定脚24よりも短くなり、図5に示すようにシリンダ部26から露出する領域が大きい状態では伸縮脚30の長さは固定脚24よりも長くなる。このように、伸縮脚30は伸縮自在に構成されており、ベース部材23に対する保持部材21の転がり案内部(後述する)の傾斜を変化させる傾斜調整部材として機能する。
【0035】
板状の形状を有する保持部材21には、図2および図3を参照して、当該保持部材21を厚み方向に貫通するとともに、平面的に見て互いに平行な方向に延在する直線状の長穴形状を有する複数の貫通孔22が形成されている。貫通孔22は、互いに平行な方向に延びる一対の壁面を有する転がり案内部12と、転がり案内部12の両端に形成され、円弧状の壁面を有する第1固定部11Aおよび第2固定部11Bとを備えている。この貫通孔22上に球状体が載置されると、第1固定部11Aおよび第2固定部11Bにおいて球状体を固定可能であるとともに、球状体は転がり案内部12を案内されつつ転動することができる。すなわち、治具1は、球状体が固定されて保持される複数の(2つの)固定部としての第1固定部11Aおよび第2固定部11Bと、球状体が案内されつつ転動することが可能な転がり案内部12とを備えている。そして、第1固定部11Aと第2固定部11Bとは転がり案内部12により接続されている。
【0036】
次に、上記治具1を用いた工程(S20)の具体的手順について説明する。図2〜図5を参照して、まずプラズマ窒化が実施されるプラズマ窒化炉の処理室の底壁上に、当該底壁にベース部材23が接触するように、治具1が設置される。次に、工程(S10)において準備された球状の成形体91が、各貫通孔22上に載置される。各貫通孔22上には、成形体91が1つずつ載置される。載置される成形体91の直径は、転がり案内部12の幅よりも大きいものとされる。ここで、工程(S20)では、図4に示すように、伸縮脚30の長さが固定脚24の長さよりも短い状態とされる。その結果、成形体91は、図2〜図4を参照して、第1固定部11Aに接触する位置に固定され、成形体91の第1の接触部が治具1により支持される。
【0037】
次に、図1を参照して、工程(S30)として第1プラズマ窒化工程が実施される。この工程(S30)では、たとえばAMS6490からなる球状の成形体91がプラズマ窒化される。具体的には、工程(S20)において治具1に支持された成形体91が、圧力50Pa以上1000Pa以下の窒素と水素との混合ガス雰囲気中において、放電電圧50V以上600V以下、放電電流0.001A以上300A以下の条件下で350℃以上500℃以下の温度域に1時間以上50時間以下保持された後、冷却されることによりプラズマ窒化される。つまり、工程(S30)においては、成形体91の第1の領域を治具1により支持しつつ、成形体91のプラズマ窒化処理が実施される。また、工程(S30)においては、成形体91の温度が測定されるとともに、当該温度が上記範囲となるように調整され、かつ上記範囲の放電電圧および放電電流が達成されるように、成形体91と成形体91に対向して配置される部材である電極との間に電圧が印加されつつ成形体91のプラズマ窒化処理が実施される。
【0038】
次に、工程(S40)として球状体移動工程が実施される。この工程(S40)では、治具1に対して成形体91を転動させることにより、成形体91を、第1の領域において支持される位置から第2の領域において指示される位置にまで治具1に対して移動させる。具体的には、図2〜図5を参照して、工程(S40)では、図4に示すように、伸縮脚30の長さが固定脚24の長さよりも短い状態から、図5に示すように、伸縮脚30の長さが固定脚24の長さよりも長い状態に伸縮脚30の長さが調整される。その結果、成形体91は、転がり案内部12を転動して移動して第2固定部11Bに到達する。そして、成形体91は、第2固定部11Bに接触する位置に固定され、成形体91の第2の接触部が治具1により支持される。
【0039】
次に、工程(S50)として第2プラズマ窒化工程が実施される。この工程(S50)では、成形体91の第1の領域とは異なる第2の領域が治具1により支持される点を除き、工程(S30)と同様に成形体91のプラズマ窒化処理が実施される。以上の工程により、実施の形態1における表面処理工程が終了する。そして、実施の形態1における球状部品としての転がり軸受の転動体の製造方法は、その後必要に応じて表面の研磨などが実施される仕上げ工程が実施されることにより完了する。
【0040】
本実施の形態における球状体の表面処理用治具としての治具1を用いた球状体の表面処理方法、および球状部品としての転がり軸受の転動体の製造方法においては、工程(S30)において、第1固定部11Aで成形体91が保持されつつプラズマ窒化が実施される。このとき、成形体91は第1固定部11Aにおいて固定されて保持されているため、成形体91の温度を正確に測定し、把握することができる。その後、工程(S40)において、転がり案内部12を転動するように成形体91が移動し、転がり案内部12により第1固定部11Aに接続された第2固定部11Bで成形体91が保持される。そして、工程(S50)において、第2固定部11Bで成形体91が保持されつつプラズマ窒化が実施される。このときも、成形体91は第2固定部11Bにおいて固定されて保持されているため、成形体91の温度を正確に測定し、把握することができる。また、工程(S30)と工程(S50)とで、成形体91における治具1との接触領域を変化させることができるため、成形体91の表面の全域に対してプラズマ窒化を実施することができる。
【0041】
その結果、本実施の形態における球状体の表面処理用治具としての治具1を用いた球状体の表面処理方法、および球状部品としての転がり軸受の転動体の製造方法によれば、球状体である成形体91の温度を正確に把握しつつ表面の全域に対してプラズマ窒化が実施され、良好に表面処理が実施された転がり軸受の転動体を製造することができる。
【0042】
なお、工程(S20)〜(S50)においては、各貫通孔22上には、成形体91が複数個ずつ載置されてもよいが、上述のように1個ずつ載置されることにより成形体91同士の衝突を回避することが容易となり、より確実に成形体91の表面全体をプラズマ窒化処理することができる。また、本実施の形態における治具1の上記固定脚24および伸縮脚30と保持部材21との接続部の構造は、上記機能を発揮可能な種々の構造を採用することができるが、たとえば固定脚24および伸縮脚30側に球状の嵌合部が形成されるとともに、保持部材21側に当該嵌合部が嵌合する球状の中空領域が形成された構造を採用することができる。
【0043】
また、良好なプラズマ窒化処理が球状体(成形体91)に対して実施されているか否かについては、球状体の表層における窒化深さの均一性によって評価することができる。具体的には、球状体の表層における窒化深さの最も大きい値と最も小さい値との差を最も大きい値で除した上で100を乗じた値(以下、窒化深さの差(%))が、たとえば50%以下となる程度に窒化深さの均一性が確保されていることが好ましい。
【0044】
ここで、窒化深さは、たとえば断面における硬度分布の測定、窒素濃度分布の測定、断面における腐食組織(ミクロ組織)の観察などの方法により測定することができる。
【0045】
断面における硬度分布の測定では、たとえばプラズマ窒化処理が完了した球状体を表面に垂直な断面(平面)で切断し、当該断面において表面から中心に向かう方向に硬度分布を測定する。そして、所定値以上の硬度を有する領域の厚み、あるいは母材(窒化されていない領域)に対して所定値以上硬度の高い領域の厚みを窒化深さと考えることができる。
【0046】
また、窒素濃度分布の測定では、たとえば上記硬度分布の測定と同様の球状体の断面における窒素濃度分布をEPMA(Electron Probe Micro Analyser)により調査し、所定の濃度(たとえば0.1質量%)以上となっている厚みを窒化深さと考えることができる。この窒素濃度分布は、プラズマ窒化処理が完了した球状体を表面に垂直な方向にスパッタリングしつつ、GDS(GD−OES)分析(Glow Discharge Optical Emission Spectroscopy;グロー放電分光分析)により、測定することもできる。
【0047】
さらに、断面における腐食組織(ミクロ組織)の観察では、たとえば上記硬度分布の測定と同様の球状体の断面を硝酸濃度3〜10質量%程度のナイタル(硝酸アルコール溶液)にて腐食する。このとき、窒化層は母材に比べて濃く腐食される(腐食され易い)ため、腐食された断面を光学顕微鏡やSEM(Scanning Electron Microscope;走査型電子顕微鏡)により観察して、窒化深さを測定することができる。
【0048】
(実施の形態2)
次に、本発明の他の実施の形態である実施の形態2について説明する。図6は、実施の形態2における球状体の表面処理用治具の構成を示す概略断面図である。図6は、実施の形態1における図3に相当する保持部材21の断面図である。
【0049】
実施の形態2における球状体の表面処理用治具を用いた球状体の表面処理方法、および球状部品としての転がり軸受の転動体の製造方法は、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施され、同様の効果を奏する。しかし、実施の形態2における治具1の保持部材21には、実施の形態1の貫通孔22に代えて、溝28が形成されている点で実施の形態1とは異なっている。つまり、実施の形態2における治具1の保持部材21には、底壁を有する複数の溝28が互いに平行に並べて形成されている。実施の形態2における治具1を用いることにより、転がり案内部12において種々の大きさの成形体91を転動させることが可能となるとともに、プラズマ窒化に際して転がり案内部12におけるホローカソードの発生を抑制することができる。
【0050】
(実施の形態3)
次に、本発明のさらに他の実施の形態である実施の形態3について説明する。図7は、実施の形態3における球状体の表面処理用治具の構成を示す概略平面図である。また、図8は、実施の形態3における球状部品の製造方法の概略を示すフローチャートである。なお、図7は、実施の形態1における図2に相当する平面図である。
【0051】
実施の形態3における球状体の表面処理用治具を用いた球状体の表面処理方法、および球状部品としての転がり軸受の転動体の製造方法は、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施され、同様の効果を奏する。しかし、実施の形態3における治具1の保持部材21には、実施の形態1における貫通孔22とは異なった形状の貫通孔29が形成されている。
【0052】
すなわち、実施の形態3における保持部材21には、図7を参照して、当該保持部材21を厚み方向に貫通するとともに、平面的に見てL字状の形状を有する複数の貫通孔29が、複数個形成されている。貫通孔29は、円弧状の壁面を有し、平面的に見て一直線状に存在しないように配置された3つの固定部である第1固定部11A、第2固定部11Bおよび第3固定部11Cと、第1固定部11Aと第2固定部11Bとを接続する転がり案内部12と、第2固定部11Bと第3固定部11Cとを接続する転がり案内部12とを備えている。そして、第1固定部11Aと第2固定部11Bとを接続する転がり案内部12同士、および第2固定部11Bと第3固定部11Cとを接続する転がり案内部12同士が互いに平行になるように、複数の貫通孔29は並べて配置されている。なお、実施の形態3においては、保持部材21がベース部材23に対して伸縮脚と固定脚とを組み合わせて、あるいは複数の伸縮脚のみで支持されることにより、治具1は以下のように動作することができる。
【0053】
次に、実施の形態3における球状部品としての転がり軸受の転動体の製造方法について説明する。図8を参照して、実施の形態3における転がり軸受の転動体の製造方法では、まず、実施の形態1の場合と同様に工程(S10)が実施される。次に、工程(S20)についても、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施される。このとき、工程(S20)においては、ベース部材23と第1固定部11Aとの距離が第2固定部11Bとの距離よりも小さくなるように、伸縮脚30の長さが調整される。これにより、成形体91は、第1固定部11Aに接触する位置に固定され、成形体91の第1の接触部が治具1により支持される。
【0054】
次に、工程(S30)が実施の形態1と同様に実施された後、工程(S40)として第1球状体移動工程が実施される。この工程(S40)では、ベース部材23と第1固定部11Aとの距離が第2固定部11Bとの距離よりも大きくなるように、伸縮脚30の長さが調整される。これにより、成形体91は、転がり案内部12を転動して移動して第2固定部11Bに到達する。そして、成形体91は、第2固定部11Bに接触する位置に固定され、成形体91の第2の接触部が治具1により支持される。
【0055】
次に、工程(S50)が実施の形態1と同様に実施された後、工程(S60)として第2球状体移動工程が実施される。この工程(S60)では、ベース部材23と第3固定部11Cとの距離が第1固定部11Aおよび第2固定部11Bとの距離よりも小さくなるように、伸縮脚30の長さが調整される。これにより、成形体91は、転がり案内部12を転動して移動して第3固定部11Cに到達する。そして、成形体91は、第3固定部11Cに接触する位置に固定され、成形体91の第3の接触部が治具1により支持される。その後、工程(S70)として、第3プラズマ窒化工程が実施される。この工程(S70)は、工程(S30)および(S50)と同様に実施することができる。以上の工程により、実施の形態3における表面処理工程が終了する。そして、実施の形態3における球状部品としての転がり軸受の転動体の製造方法は、その後必要に応じて表面の研磨などが実施される仕上げ工程が実施されることにより完了する。
【0056】
実施の形態3における球状体の表面処理用治具を用いた球状体の表面処理方法によれば、成形体91のプラズマ窒化処理が3回に分けて実施されるため、より確実に球状体の表面の全域に対してプラズマ窒化層を形成することができる。また、実施の形態3における転がり軸受の転動体の製造方法によれば、より良好なプラズマ窒化層が形成された転がり軸受の転動体を製造することができる。
【0057】
(実施の形態4)
次に、本発明のさらに他の実施の形態である実施の形態4について説明する。図9は、実施の形態4における球状体の表面処理用治具の構成を示す概略平面図である。なお、図9は、実施の形態1における図2に相当する平面図である。
【0058】
実施の形態4における球状体の表面処理用治具は、基本的には実施の形態3の場合と同様の構成を有し、同様の効果を奏する。しかし、実施の形態4における治具1の保持部材21には、実施の形態3における貫通孔22とは異なった形状の貫通孔の貫通孔31が形成されている。
【0059】
すなわち、実施の形態4における保持部材21には、図9を参照して、当該保持部材21を厚み方向に貫通するとともに、平面的に見てT字状の形状を有する複数の貫通孔31が、複数個形成されている。貫通孔31は、円弧状の壁面を有し、平面的に見てT字形状の端部に配置された3つの固定部である第1固定部11A、第2固定部11Bおよび第3固定部11Cと、第1固定部11Aと第3固定部11Cとを接続する転がり案内部12と、第1固定部11Aと第3固定部11Cとを接続する転がり案内部12と第2固定部11Bとを接続する転がり案内部12とを備えている。そして、平面的に見てT字形状が同じ向きになるように、複数の貫通孔31はマトリックス状に並べて配置されている。
【0060】
そして、実施の形態4においては、実施の形態3の場合と同様に、成形体91が順次第1固定部11A、第2固定部11Bおよび第3固定部11Cにおいて固定して保持されつつ、プラズマ窒化処理が実施される。これにより、実施の形態3の場合と同様に、実施の形態4における球状体の表面処理用治具を用いた球状体の表面処理方法によれば、成形体91のプラズマ窒化処理が3回に分けて実施されるため、より確実に球状体の表面の全域に対してプラズマ窒化層を形成することができる。また、実施の形態4における転がり軸受の転動体の製造方法によれば、より良好なプラズマ窒化層が形成された転がり軸受の転動体を製造することができる。
【0061】
なお、上記実施の形態においては、L字形状およびT字形状の貫通孔が保持部材21に形成される場合について説明したが、貫通孔に代えて同様の形状の溝を採用してもよい。また、上記実施の形態においては保持部材21が有する固定部が2つの場合および3つの場合について説明したが、たとえば貫通孔または溝がN字形状に形成されることにより固定部が4つ形成されてもよいし、M字形状に形成されることにより固定部が5つ形成されてもよい。さらに、本実施の形態においては、表面処理としてプラズマ窒化処理が実施される場合について説明したが、本発明を適用可能な表面処理はこれに限られず、たとえばプラズマ浸炭処理、PVD処理、CVD処理などであってもよい。
【0062】
また、上記実施の形態においては、傾斜調整部材としての伸縮脚30の伸縮により球状体が複数の固定部間を移動する場合について説明したが、本発明の球状体の表面処理方法はこれに限られず、球状体の表面処理用治具自体が傾斜させられることにより球状体が移動してもよいし、他の治具により球状体が移動させられてもよい。また、本実施の形態においては、球状体が複数の固定部間を転動することにより移動して、治具との接触領域が変化する場合について説明したが、球状体は必ずしも転動する必要はなく、治具との接触領域が異なるように、複数回の表面処理が実施されればよい。さらに、上記実施の形態においては、本発明の球状部品の製造方法により製造される球状部品として、転がり軸受の転動体を例に説明したが、製造可能な球状部品はこれに限られず、等速ジョイントの転動体、直動案内装置の転動体などを製造することができる。
【0063】
ここで、上記実施の形態において製造される転がり軸受の転動体を備えた転がり軸受としては、たとえば以下に説明する深溝玉軸受を採用することができる。図10は、本発明の一実施の形態における転がり軸受である深溝玉軸受の構成を示す概略断面図である。
【0064】
図10を参照して、深溝玉軸受5は、環状の外輪51と、外輪51の内側に配置された環状の内輪52と、外輪51と内輪52との間に配置され、円環状の保持器54に保持された転動体としての複数の玉53とを備えている。外輪51の内周面には外輪転走面51Aが形成されており、内輪52の外周面には内輪転走面52Aが形成されている。そして、内輪転走面52Aと外輪転走面51Aとが互いに対向するように、外輪51と内輪52とは配置されている。さらに、複数の玉53は、内輪転走面52Aおよび外輪転走面51Aに接触し、かつ保持器54により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。以上の構成により、深溝玉軸受5の外輪51および内輪52は、互いに相対的に回転可能となっている。
【0065】
ここで、玉53には、上記実施の形態における転がり軸受の玉が採用される。そのため、深溝玉軸受5は、長寿命な転がり軸受となっている。
【実施例1】
【0066】
以下、本発明の実施例1について説明する。鋼球に対するプラズマ窒化処理を実施した場合における本発明の効果を確認する実験を行なった。実験の手順は以下の通りである。
【0067】
まず、本発明の範囲外である従来のプラズマ窒化処理方法を実施した。具体的には、焼入処理および焼戻処理されたAMS6490製の鋼球を、当該鋼球と3点において接触する治具に載置して、圧力200〜300Paの窒素および水素ガスの混合雰囲気中において430℃に加熱し、10時間保持する条件でプラズマ窒化した(比較例)。一方、上記実施の形態1における球状体の表面処理方法と同様の方法により、比較例と同様の鋼球に対してプラズマ窒化を実施した。プラズマ窒化は、第1プラズマ窒化工程、第2プラズマ窒化工程ともに圧力200〜300Paの窒素および水素ガスの混合雰囲気中において430℃に加熱し、5時間保持する条件下で実施した(実施例A)。さらに、上記実施の形態2における球状体の表面処理方法と同様の方法により、比較例と同様の鋼球に対してプラズマ窒化を実施した。プラズマ窒化は、第1プラズマ窒化工程、第2プラズマ窒化工程ともに圧力200〜300Paの窒素および水素ガスの混合雰囲気中において450℃に加熱し、2時間保持する条件下で実施した(実施例B)。
【0068】
そして、比較例については治具に接触していた領域(治具接触部)および治具に接触していなかった領域(非接触部)、実施例Aおよび実施例Bについては第1プラズマ窒化工程において治具と接触していた領域(1回目接触部)、第2プラズマ窒化工程において治具と接触していた領域(2回目接触部)、および第1プラズマ窒化工程および第2プラズマ窒化工程において治具と接触していなかった領域(非接触部)における深さ方向の硬さ分布を測定した。
【0069】
次に、実験結果について説明する。図11は、比較例における鋼球の深さ方向の硬さ分布を示す図である。また、図12は、実施例Aにおける鋼球の深さ方向の硬さ分布を示す図である。また、図13は、実施例Bにおける鋼球の深さ方向の硬さ分布を示す図である。ここで、図11〜図13において、横軸は鋼球の表面からの深さ、縦軸は硬さ(ビッカース硬さ)を示している。また、図11において、中実の丸印は治具接触部、中空の丸印は非接触部の直下における硬さの測定値を示している。さらに、図12および図13において、中実の丸印は1回目接触部、中空の丸印は2回目接触部、中実の三角印は非接触部の直下における硬さの測定値を示している。
【0070】
図11を参照して、本発明の範囲外である従来のプラズマ窒化方法が実施された鋼球は、非接触部においてはプラズマ窒化処理が適切に進行し、表層部に内部よりも硬度の高い良好な窒化層が形成されていることが分かる。しかし、治具接触部においては、表層部の硬度がほとんど上昇しておらず、窒化層の形成が不十分であることが確認される。これは、治具接触部ではプラズマ窒化がほとんど進行しないため、従来のプラズマ窒化方法では、鋼球の表面全体を十分に硬化させることができないことを示している。
【0071】
一方、図12および図13を参照して、本発明の実施例Aおよび実施例Bでは、非接触部に比べて1回目接触部および2回目接触部の表層部の硬度が僅かに低いものの、ほぼ遜色ない硬度分布となっている。以上の実験結果より、本発明の球状体の表面処理方法によれば、球状体の温度を正確に把握しつつ表面の全域に対して表面処理を実施できることが確認された。
【実施例2】
【0072】
以下、本発明の実施例2について説明する。プラズマ窒化処理における球状体同士の好ましい間隔を調査する実験を実施した。実験の手順は以下の通りである。
【0073】
まず、長さ60mm、高さ100mm、厚み10mmのS45C(JIS規格機械構造用炭素鋼)製の板を準備し、プラズマ窒化炉の処理室内に装入して、上記実施例Bの場合と同様の条件でプラズマ窒化を実施した。このとき、当該板を1枚のみ装入した場合と、3枚装入した場合との2通りのプラズマ窒化を実施した。いずれの場合も、温度制御用に板を別途1枚装入し、温度制御用の板の温度が450℃となるようにプラズマ窒化炉の出力を調節した。また、3枚装入した場合については、当該板同士の間隔を5mm〜50mmの範囲で5段階変化させた。そして、それぞれの場合について、板の温度を測定した。
【0074】
次に、実験の結果を説明する。図14は、実施例2の実験結果を示す図である。図14において、横軸は板を3枚装入した場合の板の間隔を示しており、縦軸は板の温度を示している。また、丸印は、板を3枚装入した場合における板の温度の測定値を示している。さらに、破線は、板を1枚のみ装入した場合における板の温度の測定値を示している。
【0075】
図14を参照して、板同士の間隔が5mmとなるように板を3枚装入した場合、板の温度は1050℃以上にまで上昇している。これは、板同士の間隔が小さかったため、ホローカソード状態が形成されたことによるものと考えられる。そして、板同士の間隔が広くなるにつれて板の温度は低下し、間隔が30mmである場合、板を1枚のみ装入した場合に近い温度となった。さらに、間隔が50mmである場合、板の温度は板を1枚のみ装入した場合とほぼ同じ温度となった。このことから、上述のように200〜300Paあるいはそれ以上の圧力下でプラズマ窒化処理を実施する場合、被処理物である球状体の間隔を30mm以上とすることにより、温度の調整が容易となり、50mm以上とすることにより、温度の調整がより容易となると考えられる。
【実施例3】
【0076】
本発明の球状体の表面処理方法を用いて複数回に分けてプラズマ窒化された球状体における、プラズマ窒化の回数と窒化深さの差との関係の解析を行なった。まず、AISI規格M50からなる直径7/8インチの球状体を準備し、上記実施の形態1の工程(S30)まで、すなわち球状体を治具により支持しつつ1回のプラズマ窒化処理を行なう工程を実施した。そして、この球状体を表面に垂直な断面で切断し、当該断面を研磨した後、腐食液としてナイタルを使用して断面を腐食した。
【0077】
図15は、プラズマ窒化された球状体の断面の光学顕微鏡写真である。図15においては、球状体の表面付近が撮影されており、濃く腐食されている領域が窒化層に相当する。一方、図15において、領域αは、上記1回のプラズマ窒化処理において球状体を支持する治具と接触していた領域に相当する。図15を参照して、治具と接触していた領域αにおいては、窒化層はほとんど形成されておらず、窒化深さはほぼ0となっている。
【0078】
一方、プラズマ窒化処理による鋼の窒化は、近似的には拡散律速であると考えることができる。この場合、1回のプラズマ窒化により得られる窒化深さDは、以下の式(1)で表すことができる。
【0079】
D=A×t1/2…(1)
ここで、tは窒化処理時間、Aは定数である。そして、複数回のプラズマ窒化が実施される場合、1回目のプラズマ窒化により窒化されなかった領域が、2回目以降のプラズマ窒化により毎回窒化されると仮定すると、複数回のプラズマ窒化が実施された場合における窒化回数と窒化深さの差(%)との関係は以下のようになる。
【0080】
図16は、複数回のプラズマ窒化が実施された場合における窒化回数と窒化深さの差との関係を示す図である。図16において、横軸は窒化回数、縦軸は窒化深さの差を示している。
【0081】
図16を参照して、窒化深さの差は窒化回数の増加に伴って急激に減少した後、その減少は緩やかになることが分かる。ここで、転がり軸受の玉などの一般的な球状体に要求される特性を考慮すると、窒化深さの差は50%以下とすることが求められる。このことから、窒化回数は2回以上とすることが好ましいといえる。一方、プラズマ窒化処理に許容される一般的な熱処理コストを考慮すると、窒化回数が5回を超えることは好ましくないと考えられる。また、図16を参照して、窒化回数が5回の時点において、窒化深さの差は10%程度となっており、転がり軸受の玉などの一般的な球状体に要求される特性を考慮すると、すでに十分な窒化深さの均一性が確保されていると考えられる。したがって、窒化回数は、5回以下とすることが好ましいといえる。
【0082】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明の球状体の表面処理用治具、球状体の表面処理方法および球状部品の製造方法は、表面の全域に対して表面処理を実施することが求められる球状体の表面処理用治具、球状体の表面処理方法および球状部品の製造方法に、特に有利に適用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】実施の形態1における球状部品の製造方法の概略を示すフローチャートである。
【図2】実施の形態1における球状体の表面処理用治具の構成を示す概略平面図である。
【図3】図2の線分III−IIIに沿う概略断面図である。
【図4】球状体の表面処理用治具の動作を説明するための概略図である。
【図5】球状体の表面処理用治具の動作を説明するための概略図である。
【図6】実施の形態2における球状体の表面処理用治具の構成を示す概略断面図である。
【図7】実施の形態3における球状体の表面処理用治具の構成を示す概略平面図である。
【図8】実施の形態3における球状部品の製造方法の概略を示すフローチャートである。
【図9】実施の形態4における球状体の表面処理用治具の構成を示す概略平面図である。
【図10】本発明の一実施の形態における深溝玉軸受の構成を示す概略断面図である。
【図11】比較例における鋼球の深さ方向の硬さ分布を示す図である。
【図12】実施例Aにおける鋼球の深さ方向の硬さ分布を示す図である。
【図13】実施例Bにおける鋼球の深さ方向の硬さ分布を示す図である。
【図14】実施例2の実験結果を示す図である。
【図15】プラズマ窒化された球状体の断面の光学顕微鏡写真である。
【図16】窒化回数と窒化深さの差との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0085】
1 治具、5 深溝玉軸受、11A 第1固定部、11B 第2固定部、11C 第3固定部、12 転がり案内部、21 保持部材、22,29,31 貫通孔、23 ベース部材、24 固定脚、25,32 接続部、26 シリンダ部、27 ロッド部、28 溝、30 伸縮脚、51 外輪、51A 外輪転走面、52 内輪、52A 内輪転走面、53 玉、54 保持器、91 成形体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
球状体が固定されて保持される複数の固定部と、
前記球状体が案内されつつ転動することが可能な転がり案内部とを備え、
前記複数の固定部は前記転がり案内部により接続されている、球状体の表面処理用治具。
【請求項2】
前記転がり案内部は溝である、請求項1に記載の球状体の表面処理用治具。
【請求項3】
前記転がり案内部は貫通孔である、請求項1に記載の球状体の表面処理用治具。
【請求項4】
ベース部材と、
前記ベース部材上に配置され、前記固定部および前記転がり案内部を含む保持部材と、
前記ベース部材に対する前記転がり案内部の傾斜を変化させる傾斜調整部材とを備えた、請求項1〜3のいずれか1項に記載の球状体の表面処理用治具。
【請求項5】
3以上の前記固定部を備えた、請求項1〜4のいずれか1項に記載の球状体の表面処理用治具。
【請求項6】
球状体を治具により支持する工程と、
前記治具により支持された前記球状体に対して表面処理を実施する工程とを備え、
前記表面処理を実施する工程は、
前記球状体の第1の領域を前記治具により支持しつつ、前記球状体の表面処理を実施する工程と、
前記球状体の前記第1の領域とは異なる第2の領域を前記治具により支持しつつ、前記球状体の表面処理を実施する工程とを含んでいる、球状体の表面処理方法。
【請求項7】
前記球状体に対して表面処理を実施する工程では、前記球状体の温度が測定されつつ前記表面処理が実施される、請求項6に記載の球状体の表面処理方法。
【請求項8】
前記球状体は導電体からなっており、
前記球状体に対して表面処理を実施する工程では、前記球状体と前記球状体に対向して配置される部材との間に電圧が印加されつつ前記球状体の表面処理が実施される、請求項6または7に記載の球状体の表面処理方法。
【請求項9】
前記表面処理はプラズマ窒化処理である、請求項6〜8のいずれか1項に記載の球状体の表面処理方法。
【請求項10】
前記球状体に対して表面処理を実施する工程では、前記球状体同士の間隔が30mm以上となるように複数の前記球状体が前記治具により支持されつつ、複数の前記球状体に対して同時に表面処理が実施される、請求項9に記載の球状体の表面処理方法。
【請求項11】
前記第1の領域を支持しつつ表面処理を実施する工程よりも後であって、前記第2の領域を支持しつつ表面処理を実施する工程よりも前に、前記治具に対して前記球状体を転動させることにより、前記球状体を、前記第1の領域において支持される位置から前記第2の領域において指示される位置にまで前記治具に対して移動させる工程をさらに備えた、請求項6〜10のいずれか1項に記載の球状体の表面処理方法。
【請求項12】
前記治具は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の球状体の表面処理用治具である、請求項6〜11のいずれか1項に記載の球状体の表面処理方法。
【請求項13】
球状の成形体を準備する工程と、
前記成形体の表面処理を実施する工程とを備え、
前記表面処理は、請求項6〜12のいずれか1項に記載の球状体の表面処理方法を用いて実施される、球状部品の製造方法。
【請求項14】
前記球状部品は転がり軸受の転動体である、請求項13に記載の球状部品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図16】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−111920(P2010−111920A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−285737(P2008−285737)
【出願日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】