説明

発熱抵抗体膜その製造方法、それを用いたインクジェットヘッドおよびその製造方法

【課題】インクジェット記録ヘッド用の発熱抵抗体について上述した諸問題を解決し、高品位な記録画像を長期にわたって得ることを可能にする発熱抵抗体を有するインクジェットヘッドとその製造方法を提供することにある。
【解決手段】RuSiONで表わされる材料からなる発熱抵抗体膜を、インクを吐出するために利用される熱エネルギーを発生する発熱抵抗体に用いたインクジェット装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紙、プラスチックシート、布、物品等を包含する記録保持体に対して、例えばインク等の機能性液体等を吐出することにより文字、記号、画像等の記録、印刷等を行うインクジェットヘッドを構成する発熱抵抗体膜、その製造方法、それを用いたインクジェットヘッドおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
紙、プラスチックシート、布、物品等を包含する記録保持体に対して、例えばインク等の機能性液体等を吐出することにより文字、記号、画像等の記録、印刷等を行うインクジェット記録装置は、インクを微小な液滴として吐出口から高速で吐出することにより、高精細な画像の高速記録を行うことができるという特徴を有している。特に、インクを吐出するために利用されるエネルギー発生手段として電気熱変換体を用い、この電気熱変換体が発生する熱エネルギーによって生ずるインクの発泡を利用してインクを吐出する方式のインクジェット記録装置は、画像の高精細化、高速記録化、記録ヘッド及び装置の小型化やカラー化に適していることから近年注目されている。(例えば米国特許第4723129号及び米国特許第4740796号参照)。
【0003】
図1は、インクジェット記録に使用されるヘッドの基板要部の一般的な構成を示し、図2は、図1のインク流路に相当する部分のX−X’線で切断したインクジェット記録ヘッド用基体2000の模式的断面図である。
【0004】
図1に示すインクジェット記録ヘッドは、基板1004上に複数の吐出口1001が設けられ、各々の吐出口1001は、基板1004に形成された、インクを吐出するための熱エネルギーを発生する電気熱変換素子1002がインク流路1003に設けられている。電気熱変換素子1002は、主に発熱抵抗体1005及びこれに電力を供給するための電極配線1006並びにこれらを保護する絶縁膜1007により構成される。
【0005】
各インク流路1003は複数の流路壁1008が一体的に形成された天板を、基板1004上の電気熱変換素子等との相対位置を画像処理等の手段により位置合わせしながら接合することで形成される。各インク流路1003は、その吐出口1001と反対側の端部が共通液室1009と連通しており、この共通液室1009にはインクタンク(図示せず)から供給されるインクが貯留される。
【0006】
共通液室1009に供給されたインクは、ここから各インク流路1003に導かれ、吐出口1001近傍でメニスカスを形成して保持される。この時、電気熱変換素子1002を選択的に駆動させることにより、その発生する熱エネルギーを利用して熱作用面上のインクを急激に加熱沸騰させ、この時の衝撃力によってインクを吐出させる。
【0007】
図2は、図1のX−X’断面図で、シリコン基板2001、熱酸化膜2002からなる蓄熱層を示すものであり、蓄熱機能2003を兼ねるSiO膜、SiN膜等からなる層間膜、発熱抵抗層2004、Al、Al−Si、Al−Cu等の金属配線2005、SiO膜、SiN膜等からなる保護層2006、発熱抵抗層2004の発熱に伴う化学的、物理的衝撃から保護膜2006を守るための耐キャビテーション膜2007、発熱抵抗層2004の熱作用部2008から形成されている。
【0008】
これらのインクジェット記録装置の記録ヘッドに用いられる発熱抵抗体としては、以下のような特性が要求される。
1.発熱抵抗体として熱応答性に優れ、瞬時にインクの吐出を可能とする。
2.高速及び連続の駆動に対して、抵抗値変化が少なく、インクの発泡状態が安定している。
3.耐熱性、熱応力性に優れ、寿命が長く信頼性が高い。
【0009】
これらの要求を満たすインクジェットヘッドに使用される発熱抵抗層として特開平7−125218号公報には、発熱抵抗体材料にTaN膜を用いる構成が開示されている。
【0010】
このTaN膜における特性安定性、特に長期繰り返し記録時の抵抗変化率は、TaN膜の組成と強い相関関係が有り、中でもTaN0.8hexを含む窒化タンタルで構成された発熱抵抗体は、上記長期繰り返し記録時の抵抗変化率が少なく吐出安定性に優れているものである。
【特許文献1】米国特許第4723129号
【特許文献2】米国特許第4740796号
【特許文献3】特開平7−125218号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
インクジェット記録装置においては、近年、装置の高画質化、高速記録等の高機能化がますます要求されている。
【0012】
このうち、高画質化に対しては、ヒーター(発熱抵抗体)のサイズを小さくすることにより、1ドット当りの吐出量を少なくし小ドット化により画質を向上する方法がある。
【0013】
また、高速記録を行うためには、これまでよりさらにパルスを短くした駆動を行うことにより、駆動周波数を上げる方法がある。
【0014】
しかしながら、図3(a)のヒーターサイズの差異による各種駆動条件の関係説明図に示されるように、高画質化に対応するためヒーターサイズを小さくした構成で、高周波数でヒーターを駆動させるためには、シート抵抗値を大きくする必要がある。
【0015】
図3(a)は、駆動電圧が一定の時にヒーターサイズが大きい(A)と、ヒーターサイズが小さい(B)の駆動パルス幅に対する発熱抵抗体のシート抵抗値および電流値の変化を示す。また、同様にして駆動パルス幅が一定の時のヒーターサイズが大きい(A)と、ヒーターサイズが小さい(B)の駆動電圧に対する発熱抵抗体のシート抵抗値および電流値の関係を図3(b)に示す。
【0016】
図3(a)および図3(b)に示されるように、ヒーターサイズを小さくした時に、従来と同一条件で駆動させるためにはシート抵抗値を大きくする必要がある。また、エネルギーの関係から、シート抵抗値を大きくし、駆動電圧を高くして駆動させる方法で電流値が少なくなり、省エネが達成できる。特に、発熱抵抗体を複数配置した構成の場合はその効果は大きくなる。
【0017】
ところが、前述したように現在インクジェット記録ヘッドに用いられているHfB2、TaN、TaAlもしくはTaSiN等の発熱抵抗体の比抵抗値は、200〜800μΩcm程度である。発熱抵抗体の製造安定性、吐出の特性安定性等を考慮すると、発熱抵抗体の膜厚は40nm程度が限界と考えられる。この場合、シート抵抗値は200Ω/□が限界となる。従って、それ以上のシート抵抗値を得ようとすると、現在発熱抵抗体に用いられている上述の材料を使用することは難しくなる。
【0018】
現在発熱抵抗体に用いられているHfB2、TaN、TaAlもしくはTaSiN等を用いて場合、更なる短パルス駆動による熱応答性に優れ、高いシート抵抗値を持ったインクジェット記録ヘッド用の発熱抵抗体を得るには限界があった。
【0019】
このため、記録画像の高精細化に伴い、ヒーターサイズを小さくすることにより小さなインク滴を記録するためには、現在発熱抵抗体に用いられているHfB2、TaN、TaAlもしくはTaSiN等を用いた発熱抵抗体を使用する限りにおいては、電流値が増加し、発熱による問題が発生する場合があり、所望の特性をもったインクジェットヘッドが得られない場合があった。
【0020】
本発明の主たる目的は、従来のインクジェット記録ヘッド用の発熱抵抗体について上述した諸問題を解決し、高品位な記録画像を長期にわたって得ることを可能にする発熱抵抗体を有するインクジェットヘッドとその製造方法を提供することにある。
【0021】
本発明の他の目的は、記録画像の高精細化に対応した小ドット化や高速記録に対応した高速駆動においても、吐出が安定した発熱抵抗体を有するインクジェットとその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明において発熱抵抗体は、組成比がRu:15〜30at%、Si:35〜60at%、O:1〜10at%、N:10〜50at%であり、これらで100at%となるか、またはほぼ100at%となることを特徴とする発熱抵抗体膜であり、インクを吐出するために利用される熱エネルギーを発生する複数の発熱抵抗体を有するインクジェットヘッドにおいて、発熱抵抗体が、上記構成の発熱抵抗体膜であることを特徴とするインクジェット装置である。
【0023】
なお、この発熱抵抗体膜は、その所望とする特性が損なわれない範囲で、上記の原子以外の痕跡程度の他の元素を含有するもの、すなわち、Ru、Si、O及びNの合計量がほぼ100%となるものでもよい。例えば、材料を構成する全原子の数に対するRu、Si、O及びNの合計原子数(Ru+Si+O+N)の割合は、99.5原子%以上が好ましく、99.9原子%以上がより好ましい。
【0024】
すなわち、薄膜の表面や内部は反応領域中のガスを取り込んだりすることがあ るが、このような表面や内部のわずかなArなどガスの取込みによってその効果 が低下するものではない。このような不純物としては、例えばArを始めとして、 C、B、NaおよびClから選択される少なくとも一つの元素を挙げることができる。
【0025】
更に本発明は、インクを吐出するインク吐出口と、インクを吐出するために利用される熱エネルギーを発生する複数の発熱抵抗体と、該発熱抵抗体を内包するとともに前記インク吐出口に連通するインク流路と、を有するインクジェットヘッドの製造方法において、上記構成の発熱抵抗体薄膜が、窒素ガス、酸素ガス、及びアルゴンガスからなる混合ガス雰囲気中で、RuSiをターゲットとした反応性スパッタリング法により形成することを特徴とするインクジェットヘッドの製造方法である。
【発明の効果】
【0026】
本発明では、上記構成の薄膜を発熱抵抗体として用いることでシート抵抗を高くすることができる。この結果、面積を小さくしても高いシート抵抗が得られ、短いパルスで駆動できる。さらに、この材料を用いた発熱抵抗体は、短パルスで駆動した場合にも、所望の耐久性が維持され、高品位の記録画像を長期にわたって提供することが可能となった。これはTCR特性が正でかつ非常に小さい値であることが大きく寄与していると考えられる。そのためインクジェットヘッドだけではなく、他のサーマルヘッド等のヒーター材料として使用することも可能である。
【0027】
本発明による発熱抵抗体を用いたインクジェット記録ヘッドは、発熱抵抗体のサイズを小さくすることにより、1ドット当りの吐出量を少なくした小ドット化に対応した高抵抗の発熱抵抗特性を可能とし、短いパルスで連続的に駆動した場合にも、所望の耐久性が得られ、エネルギー効率が高く、発熱を抑制して省エネルギーを可能にするとともに、高品位の記録画像を提供することができる。
【0028】
本発明によるインクジェット記録ヘッドの製造方法によると、上記効果を有する液体吐出ヘッド用基体および液体吐出ヘッドを製造することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
インクジェットヘッド用のヒーターとして更なる高抵抗化が要求されている。このようなヒーターの高抵抗化のニーズを満足させるためには新規な高抵抗材料を適用すること必要である。
【0030】
これまでのインクジェット用ヒーターに適用した時に優れた材料をまとめてみると、TaSiN、CrSiNに代表されるように金属シリサイドに窒素が結合した材料系に優れたものが多いことがわかる。
【0031】
これらの観点からさらに金属シリサイドについて、比抵抗等の物性を調査した結果RuSi1.5がインクジェット用のヒーター材料として使えるのではないかと予想した。
【0032】
RuSi1.5は結晶構造を調査したがはっきりわからない。また比抵抗は2400μΩcmである。
【0033】
このようにRuSi1.5の比抵抗は、金属シリサイド単体としても大きく、さらにこの材料に窒素を取り込むことにより比抵抗が大きくできる可能性がある。
問題は比抵抗が大きい材料の耐久性がどうなのか確認する必要がある。
【0034】
そこで実際にRuSiN膜についてRuSiターゲットを用いて反応性スパッタにより成膜してその特性を評価した。
【0035】
図5にその結果を示す。これはRuSiN膜をスパッタ法で形成した時の、窒素分圧と比抵抗の相関をあらわしている。このグラフからわかるように、RuSiN膜は窒素分圧10%で3000μΩcmあり、さらに窒素分圧を増加させることにより比抵抗を上げることが可能である。また窒素分圧12%で成膜した膜のTCRを評価したところ、−570ppm/℃程度と非常に小さいことがわかった。これらのことから、RuSiN膜は比抵抗が高いものでも、耐久性が非常に優れた膜であることがわかった。
【0036】
ところで、我々はこのRuSiN膜について、窒素分圧が6%の条件で成膜した場合の特性再現性について検討した。その結果同一条件での成膜を30回連続で繰り返した結果、比抵抗値が最大+12%程度ばらつく事を見出した。この現象について原因究明を行ったところ、成膜した膜中から酸素が検出され、この酸素量のばらつきがそのまま比抵抗のばらつきになることが判明した。これは真空に排気した時のバックグランド中に存在しているH2Oが分解して膜中に取り込まれると考えられるが、このバックグランドが変動した場合このH2O量が変動してその結果として酸素量のばらつきとなる。そこで我々はRuSiN膜を成膜する時に1.0〜2.0%程度の酸素を添加することで、膜中の酸素量を制御できることを実験的に検証することが出来た。さらに、酸素を添加した条件で繰り返し成膜した場合の比抵抗値の再現性は、酸素を添加しない場合にくらべ向上して、ばらつきの程度が5%前後に改善することが分かった。
【0037】
本発明の発熱抵抗体膜は、RuSiONで表せる材料を発熱抵抗体として用いたものである。本発明のRuSiONは、RuSiターゲットを用いて、アルゴンガス中に窒素ガスと酸素ガスとを添加することで得ることができる。この際酸素ガスは、1.0〜2.0%程度を添加することが好ましい。
【0038】
反応性スパッタリング法により形成されたRuSiONは、その後熱処理することが好ましい。熱処理することにより、RuSiON膜中にRuSi1.5からなる金属シリサイドが生成され、この金属間化合物が熱的に安定であることや、TCRが小さいことで耐久性が更に向上している。これらの事から、RuとSiの組成比としては、1:1.5〜2に近いことが好ましく、Ru:15〜30at%、Si:35〜60at%、O:1〜10at%、N:10〜50at%であることがより好ましい。
【0039】
熱処理は、スパッタ時の基板温度を400℃程度まで昇温し、成膜速度を遅くする、あるいは成膜後400℃程度の高温で温度処理を行うあるいはRuSiN膜を発熱抵抗体として用いたインクジェットヘッドを用いて描画する際に印加するパルスと同等の条件のパルスを発熱抵抗体に印加することで行うこともできる。
【0040】
RuSiN膜を形成後、例えば、フォトレジストをマスクにエッチングすることで所望の形状にした後、互いに絶縁された1対の電極層端部間にReSiN膜を露出させることで、1対の電極が所定の間隔を持った発熱抵抗体素子が形成される。
【0041】
以下に、本発明の実施の形態を、複数の実施例に基づいて詳細に説明する。但し、本発明は、以下に説明する各実施例のみに限定されるものでなく、本発明の目的を達成し得るものであれば他の用途に使用される抵抗体薄膜にも適用できることは勿論である。
【実施例】
【0042】
次に本発明の詳細について、図面を参照して説明する。
【0043】
本発明の一実施例に係わるインクジェットヘッドを、図1を用いて説明する。図1は、インクジェットヘッドのインクを発泡させる発熱部の基板要部の概略平面図であり、図2は、図1のX−X’に沿って基板面に垂直に切断した時の模式的な切断面部分図である。
【0044】
本発明実施例における発熱抵抗体2004は、各種成膜法で作製可能であるが一般的には電源として高周波(RF)電源、または直流(DC)電源を用いたマグネトロンスパッタリング法により形成される。
【0045】
図4は、上記発熱抵抗層2004を成膜するスパッタリング装置の概要を示す。図4に示すスパッタリング装置は、あらかじめ所定の組成に作製されたRu−Siからなるターゲット4001、平板マグネット4002、基板への成膜を制御するシャッター4011、基板ホルダー4003、基板4004およびターゲット4001と基板ホルダー4003に接続された電源4006で構成されている。
【0046】
さらに、図4に示すスパッタリング装置は、成膜室4009の外周壁を囲んで設けられた外部ヒーター4008を有している。該外部ヒーター4008は、成膜室4009の雰囲気温度を調節するのに使用される。基板ホルダー4003の裏面には、基板の温度制御を行う内部ヒーター4005が設けられている。基板4004の温度制御は、外部ヒーター4008を併用して行うことが好ましい。
図4の装置を用いたRuSiON膜の成膜は、以下の様に行われる。
【0047】
まず、不図示の排気ポンプを用いて排気用バルブ4007を用いて成膜室4009を1×10-5〜1×10-6Paまで排気する。次いで、アルゴンガスと窒素ガス及び酸素ガスからなる混合ガスを、マスフローコントローラー(不図示)を介してガス導入口4010から成膜室4009に導入する。この時、上記基板温度及び雰囲気温度が所定の温度になるように内部ヒーター4005、外部ヒーター4008を調節する。
【0048】
次に、電源4006からターゲット4001にパワーを印加してスパッタリング放電を行い、シャッター4011を調節して、基板4004の上に薄膜を形成させる。
【0049】
上記発熱抵抗体の成膜は、RuSiからなる合金ターゲットを用いた反応性スパッタリング法で形成する方法について説明した。
【0050】
本実施例においては、図4に示した装置を使用し、上述した成膜方法により各種の成膜条件で本発明の発熱抵抗体膜を作製した。
<実施例1>
以下、本発明の具体的な第1の実施例について説明する。
【0051】
図2において、一部既述のように、シリコン基板2001上に熱酸化により膜厚1.8μmの蓄熱層2002を形成し、更に蓄熱層を兼ねる層間膜2003として、SiO2膜をプラズマCVD法により膜厚1.2μmに形成した。次に、発熱抵抗層2004としてRuSiON膜を膜厚40nm形成した。
【0052】
この時のガス流量は、Arガス72sccm、N2ガス7sccm、酸素ガス1sccmとし、ターゲットRu29Si71に投入するパワーは400Wとし、基板温度200℃で行った。
【0053】
更に、熱作用部2008で発熱抵抗層2004を加熱するための金属配線2005として、Al−Cu膜を550nmスパッタリング法により形成した。
【0054】
これを、フォトリソ法を用いて感光体によりパターン形成し、Al−Cu層を取り除いた15μm×40μmの熱作用部2008を形成した。保護膜2006としては、プラズマCVD法によりSiN膜を1μmの膜厚に形成した。本実施例ではこの時基板温度400℃で約1時間保持することで熱処理を兼ねた。最後に耐キャビテーション層2007としてスパッタリング法によりTa膜を膜厚200nm形成し、本発明の基体を得た。上記形状の発熱抵抗層のシート抵抗値は、710Ω/□であった。TCR特性は−450ppm/℃程度である。
【0055】
またRuSiONの組成比はRu:22at%、Si:42at%、N:32at%、O:4at%であった。
<比較例1>
発熱抵抗層2004を、次のように変更する以外は、実施例1と同様に作製することにより比較例1の基体を得た。すなわち、Taターゲットを用いた反応性スパッタリング法により膜厚100nmのTaN0.8膜を形成した。この時のガス流量は、Arガス64sccm、N2ガス16sccm、窒素ガス分圧20%とし、Taターゲットへの投入パワー350W、基板温度200℃で行った。発熱抵抗層のシート抵抗値は25Ω/□であった。
<評価1>
上記実施例1及び比較例1として作製された基体を用いて、インクを吐出する発泡電圧Vthを求めた。このVthに対して、1.2Vth(発泡電圧の1.2倍)を駆動電圧として、駆動パルス幅2μsec.で駆動させた時の電流値を測定した。
【0056】
すなわち、実施例1では、Vth=37V、電流値は28mAであったのに対し、比較例1ではVth=9.9V、電流値は120mAであった。この結果から、本発明の実施例1と比較例1の基体を比較すると、電流値は比較例に比べ約1/4となっている。実際のヘッド形態では、同時に駆動させる発熱抵抗体数は複数あるので、比較例に比べてはるかに消費電力が少なくなり、省エネ効果が得られることが理解されよう。
更に、以下の条件で発熱抵抗体を駆動させ、破断パルスによる熱ストレス耐久評価をおこなった。
【0057】
発熱抵抗体の駆動条件を下記に示す。
【0058】
駆動周波数:15KHz
駆動電圧:発泡電圧×1.2、駆動パルス幅:1μsec.
その結果、比較例では6.0×107パルスで破断したのに対し、実施例1では2.8×109パルスまで破断しなかった。このように、本発明の実施例の基体では短いパルス駆動に対しても十分耐えられることがわかる。
<実施例2>
発熱抵抗層2004を、次のように変更する以外は、前記実施例1と同様に作製することにより、図2で示される基体2000を得た。すなわち、成膜時に導入するガスの分圧を変更した。Arガス70.3sccm、N2ガス8.4sccm、酸素ガス1.3sccmに変えて導入し、反応性スパッタリング法により膜厚40nmのRuSiON膜を形成した。ターゲット投入パワーは、Ru29Si71ターゲットに350Wとし、基板温度200℃で行った。発熱抵抗層のシート抵抗値は1100Ω/□であった。TCR特性は−590ppm/℃である。
【0059】
またRuSiONの組成比はRu:19at%、Si:40at%、N:38at%、O:3at%であった。
<評価2>
評価1と同様にして、以上の実施例2で作製された基体の評価を行った。
その結果、実施例2の基体ではVth=39V、電流値は15mAであった。
また、破断パルスによる熱ストレス耐久評価では、1.0×109パルスまで破断しなかった。
【0060】
評価1の結果と同じように、実施例2も、電流値が少なく省エネ効果に優れ、短いパルス駆動を行った場合でも耐久性に優れているものである。
<インクジェット用特性評価>
さらに、インクジェット記録ヘッド用基体の発熱抵抗体としての特性を評価するため、上述の実施例と同様にして図4に示した装置を使用し、上述した成膜方法により実施例1.2ともう1つ異なる成膜条件でRuSiON膜を有するインクジェット記録ヘッドを作成し、その特性を評価した。
<実施例3>
本実施例によるインクジェット特性としての評価を行う試料の基板は、Si基板あるいは既に駆動用のICを作り込んだSi基板を用いる。
【0061】
Si基板の場合は、熱酸化法、スパッタ法、CVD法などによって膜厚1.8μmのSiO2の蓄熱層2002(図2)を形成し、ICを作り込んだSi基板も同様にその製造プロセス中で、SiO2の蓄熱層を形成しておく。
【0062】
次に、スパッタ法、CVD法などによってSiO2からなる膜厚1.2μmの層間絶縁膜2003を形成した。次いで、RuSiターゲットを用いたスパッタリング法により発熱抵抗層2004を形成した。ターゲットに投入するパワーは100Wとし、ガス流量は実施例1の条件で、基板温度400℃で行った。これは、成膜速度を非常に遅くして膜の結晶化を促進するためである。また基板温度もこのため400℃と高く設定した。
【0063】
電極配線2005としてAl膜を550nmスパッタリング法により形成した。次に、フォトリソ法を用いてパターン形成し、Al膜を取り除いた20μm×30μmの熱作用部2008を形成した。次に保護膜2006としてプラズマCVD法によって、SiNから成る膜厚1μmの絶縁体を形成した。次に耐キャビテーション層2007としてスパッタリング法によりTa膜を膜厚230nm形成し、フォトリソ法により図1に示すような本発明のインクジェット用基体を作製した。
【0064】
このようにして作製された基体を用いてSST試験を行った。このSST試験とは、駆動周波数15KHz、駆動パルス幅1μsec.のパルス信号を与え、吐出を開始する発泡開始電圧Vthを求める。その後、印加電圧をVthから0.05V毎に上げていきながら、駆動周波数15KHzでそれぞれ1×105パルスを断線するまで印加し、この断線した時の破断電圧Vbを求める。この発泡開始電圧Vthと破断電圧Vbとの比を破断電圧比Kb(=Vb/Vth)と呼ぶ。この破断電圧比Kbが大きいほど発熱抵抗体の耐熱性に優れていることを示す。評価の結果、Kb=1.50が得られた。
【0065】
次に、駆動電圧Vop=1.3×Vthにおいて、駆動周波数15KHz、駆動パルス幅1μsec.、1.0×109パルスの連続したパルスを印加し、初期の発熱抵抗体の抵抗値R0、パルス印加後の抵抗値Rとした時、抵抗値変化率(R−R0)/R0を求めた(CST試験)。その結果、抵抗値変化率ΔR/R0=+3.5%(ΔR=R−R0)が得られた。
<実施例4>
本実施例によるインクジェット特性としての評価を行う試料の基板は、実施例3と同様にSi基板あるいは既に駆動用のICを作り込んだSi基板を用いる。
【0066】
Si基板の場合は、熱酸化法、スパッタ法、CVD法などによって膜厚1.8μmのSiO2の蓄熱層2002(図2)を形成し、ICを作り込んだSi基板も同様にその製造プロセス中で、SiO2の蓄熱層を形成しておく。
【0067】
次に、スパッタ法、CVD法などによってSiO2からなる膜厚1.2μmの層間絶縁膜2003を形成した。次いで、RuSiターゲットを用いたスパッタリング法により発熱抵抗層2004を形成した。ターゲットに投入するパワーは350Wとし、ガス流量は実施例1の条件で、基板温度200℃で行った。
【0068】
電極配線2005としてAl−Si膜を550nmスパッタリング法により形成した。次に、フォトリソ法を用いて法を用いて感光体からなるパターン形成し、Al−Si膜を取り除いた20μm×30μmの熱作用部2008を形成した。次に保護膜2006としてプラズマCVD法によって、SiNからなる膜厚1μmの絶縁体を形成した。この場合も基板温度を400℃で約1時間保持することで熱処理を兼ねた。次に耐キャビテーション層2007としてスパッタリング法によりTa膜を膜厚230nm形成し、フォトリソ法により図1に示すような本発明のインクジェット用基体を作製した。
【0069】
このようにして作製された基体を用いてSST試験を行った。このSST試験とは、駆動周波数15KHz、駆動パルス幅1μsec.のパルス信号を与え、吐出を開始する発泡開始電圧Vthを求める。その後、印加電圧をVthから0.05V毎に上げていきながら、駆動周波数15KHzでそれぞれ1×105パルスを断線するまで印加し、この断線した時の破断電圧Vbを求める。この発泡開始電圧Vthと破断電圧Vbとの比を破断電圧比Kb(=Vb/Vth)と呼ぶ。この破断電圧比Kbが大きいほど発熱抵抗体の耐熱性に優れていることを示す。評価の結果、Kb=1.55が得られた。
【0070】
次に、駆動電圧Vop=1.3×Vthにおいて、駆動周波数15KHz、駆動パルス幅1μsec.、1.0×109パルスの連続したパルスを印加し、初期の発熱抵抗体の抵抗値R0、パルス印加後の抵抗値Rとした時、抵抗値変化率(R−R0)/R0を求めた(CST試験)。その結果、抵抗値変化率ΔR/R0=+4.1%(ΔR=R−R0)が得られた。
<実施例5>
発熱抵抗層2004を実施例2に示すような条件で形成する以外は実施例4と同様にしてインクジェットヘッド用基体を作製した。また、この基体を用いて実施例4と同様にしてSST試験、CST試験を行った。この場合は耐久試験前に熱処理として駆動電圧Vop=1.4×Vth、駆動周波数15KHz、駆動パルス1μsec、1.0×103パルスを印加した。
【0071】
その結果、Kb=1.58が得られた。次に、駆動電圧Vop=1.3×Vthにおいて、駆動周波数15KHz、駆動パルス幅1μsec.、1.0×109パルスの連続したパルスを印加し、初期の発熱抵抗体の抵抗値R0、パルス印加後の抵抗値Rとした時、抵抗値変化率(R−R0)/R0を求めた(CST試験)。その結果、抵抗値変化率ΔR/R0=+4.3%(ΔR=R−R0)が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明のインクジェットヘッドの基板を示す概略平面図である。
【図2】図1をX−X■の一点鎖線で垂直に切断したときの基板の断面図である。
【図3】ヒーターサイズの違いによる各種駆動条件を説明する図である。
【図4】本発明のインクジェット記録ヘッド用基体の各層を成膜する成膜装置である。
【図5】RuSiN膜の窒素分圧と比抵抗との相関をしめすグラフである。
【符号の説明】
【0073】
1001 吐出口
1002 電気熱変換素子
1003 インク流路
1004 基板
1005 発熱抵抗体
1006 電極配線
1007 絶縁膜
1008 流路壁
1009 共通液室
2000 基体
2001 シリコン基板
2002 蓄熱層
2003 層間膜
2004 発熱抵抗層
2005 金属配線
2006 保護層
2007 耐キャビテーション膜
2008 熱作用部
4001 ターゲット
4002 平板マグネット
4003 基板ホルダー
4004 基板
4005 内部ヒーター
4006 電源
4007 排気ポンプ
4008 外部ヒーター
4009 成膜室
4010 ガス導入口
4011 シャッター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成比がRu:15〜30at%、Si:35〜60at%、O:1〜10at%、N:10〜50at%であり、これらで100at%となるか、またはほぼ100at%となることを特徴とする発熱抵抗体膜。
【請求項2】
インクを吐出するために利用される熱エネルギーを発生する複数の発熱抵抗体を有するインクジェットヘッドにおいて、前記発熱抵抗体が請求項1に記載の発熱抵抗体膜であることを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項3】
インクを吐出するインク吐出口と、インクを吐出するために利用される熱エネルギーを発生する複数の発熱抵抗体と、該発熱抵抗体を内包するとともに前記インク吐出口に連通するインク流路と、を有するインクジェットヘッドの製造方法において、
前記請求項1または2に記載の発熱抵抗体薄膜を、窒素ガス、酸素ガス、及びアルゴンガスからなる混合ガス雰囲気中で、RuSiをターゲットとして反応性スパッタリング法により形成することを特徴とするインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の発熱抵抗体膜を形成後、熱処理を行うことを特徴とするインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項5】
前記熱処理が、前記発熱抵抗体膜にインクジェットヘッドに実際に使用する電気パルスと同等の電気パルスを印加することを特徴とするインクジェットヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−168169(P2006−168169A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−363196(P2004−363196)
【出願日】平成16年12月15日(2004.12.15)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】