説明

真空チャック

【課題】吸着物の表面に対し周辺部が相対的に湾曲しているシート状被吸着物であっても、その全体を吸着パッドの表面に沿って確実に位置決め保持する真空チャックを提供する。
【解決手段】シート状被吸着物の周辺部を位置決め保持する吸着パッドの表面の部位に吸気領域VEを設定し、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1を、吸気領域を除く吸着パッドの表面の単位面積あたりのコンダクタンスCn2より大きくすることにより、周辺部が吸着パッドの表面から離れていても、吸気領域VEを通過する通気量を増加いさせて表面への吸着力を増加させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密閉された背面側を真空ポンプで減圧し、表面から背面に連通する多数の空隙を介して吸着パッドの表面に載置される被吸着物を吸着して位置決めする真空チャックに関し、更に詳しくは、巻き癖の残る等の原因で一部が吸着パッドの表面から離れて載置されるシート状被吸着物を確実に吸着パッドの表面に沿って位置決めする真空チャックに関するものである
【背景技術】
【0002】
被吸着物を吸引する吸着パッドの表面に対して背面側を真空ポンプで減圧し、表面と背面に連通する貫通孔を介して作業対象の被吸着物を吸引して保持する真空チャックでは、表面側の大気圧に対して背面側の背圧を真空に近い圧力に保つ必要がある。このような真空チャックは、被吸着物が吸着面である表面全体を覆わないと、貫通孔の一部が表面に開口し、貫通孔を通して外気が流入し、表面側と背面側との差圧が充分にとれないので、所定の吸着力が得られないという問題があった。
【0003】
そこで、吸着パッドの表面側と背面側に連通する多数の貫通孔を細径として、貫通孔全体のコンダクタンスを低下させた真空チャックが特許文献1、特許文献2で知られている。これらの従来の真空チャックによれば、一部の貫通孔が被吸着物に覆われずに表面に開口しても、貫通孔を通して表面から背面側に流れる流量が制限され、表面側と背面側との差圧を一定に保つことができ、表面の一部に載置される被吸着物であっても所定の吸着力で表面上に位置決め保持することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実公昭43−16175号公報
【0005】
【特許文献2】特許第2693720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の従来の吸着パッドを用いた真空チャックは、工作物への加工工程において、工作物を吸着パッドの表面上に一時的に位置決め保持する用途で用いられるが、工作物がロール等から引き出された可撓性シートである場合には、巻き癖が残り、吸着パッドの表面に載置したときにその先端部が上方に反り、真空チャックの表面に沿って平坦に位置決めできないという問題が生じた。
【0007】
工作物である被吸着物を吸着する吸着力は、吸着パッドの表面側の大気圧P1と真空ポンプで吸引する背面側の気圧P2との差圧ΔPに比例し、この差圧ΔPは、真空ポンプの到達圧力をPu、排気効率をSe、吸着パッドのコンダクタンスをCとして、
ΔP=(P1−Pu)・Se/(Se+C)・・・(6)式
で表される。
【0008】
しかしながら、吸着パッドの表面全体を被吸着物が覆うことがなく、一定の暴露面積を有する上述の真空チャックでは、背面側の気圧P2を低下させるのに限界があり、先端部の反りを吸着パッドの表面まで吸引する充分な吸着力が得られなかった。
【0009】
(6)式における吸着パッドのコンダクタンスCを低下させることにより、反った先端部を吸着するまでの吸着力が得られると考えられていたが、上記差圧ΔPから得られる被吸着物の吸着力は、被吸着物が吸着パッドの表面に表れる貫通孔の開口を覆う条件の下で算定される値であるので、上方に反り、吸着パッドの表面から離れた可撓性シートの先端部は、コンダクタンスCを低下させても表面まで吸着させることができず、可撓性シートへの加工の障害となっていた。
【0010】
また、吸着パッドが円筒体であるサクションロールにより平坦な可撓性シートを円筒の外周面に沿って位置決め保持する場合にも、吸着パッドの表面から可撓性シートの先端部が離れた状態で載置されるので、サクションロールの外周面まで吸着させることができないことがあった。
【0011】
従って、表面の一部に載置される被吸着物であっても所定の吸着力で表面上に位置決め保持することが可能な上記従来の真空チャックであっても、吸着パッドの表面へ載置する際に、一部に表面と隙間が生じているようなシート状被吸着物については、その全体を吸着パッドの表面に沿って吸着し位置決め保持することができないという課題が残されていた。
【0012】
本発明は、このような従来の問題点を考慮してなされたものであり、吸着物の表面に対し周辺部が相対的に湾曲しているシート状被吸着物であっても、その全体を吸着パッドの表面に沿って確実に位置決め保持する真空チャックを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述の目的を達成するため、請求項1に記載の真空チャックは、側面の全体が密閉され、多数の空隙により表面と背面が連通する多孔性基板からなる吸着パッドを備え、密閉された吸着パッドの背面側を真空ポンプで減圧し、吸着パッドの表面に載置されるシート状被吸着物を空隙を介して吸引し、前記表面に沿って位置決め保持する真空チャックであって、シート状被吸着物の周辺部を位置決め保持する吸着パッドの表面の部位に吸気領域を設定し、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1を、吸気領域を除く吸着パッドの表面の単位面積あたりのコンダクタンスCn2より大きくしたことを特徴とする。
【0014】
シート状被吸着物の周辺部下方の吸気領域では、単位面積あたりのコンダクタンスCn1が大きいので、吸着パッドの空隙へ流れる流量が増加し、シート状被吸着物の周辺部と吸着パッドの表面に隙間があっても、シート状被吸着物は、吸気領域の表面側から背面側へ流れる風圧により吸気領域の表面に押し付けられ、表面に沿って位置決め保持される。
【0015】
シート状被吸着物の周辺部を位置決め保持する吸気領域は、吸着パッドの表面全体の一部であるので、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1を、吸気領域を除く吸着パッドの表面の単位面積あたりのコンダクタンスCn2より大きくしても、背面側の気圧P2を減圧し、表面の一部に暴露領域(被吸着物で覆われない領域)が発生している状態で、シート状被吸着物を位置決め保持する充分な吸着力が得られる。
【0016】
請求項2の真空チャックは、吸着パッドが、表面が凸曲面で湾曲する多孔性基板からなり、シート状被吸着物の先端部を位置決め保持する吸着パッドの表面の部位に吸気領域を設定し、吸着パッドの表面に載置される平坦なシート状被吸着物を、凸曲面の表面に沿って位置決め保持することを特徴とする。
【0017】
平坦なシート状被吸着物の先端部と吸着パッドの表面に隙間があっても、シート状被吸着物の先端部が、吸気領域の表面側から背面側へ流れる風圧により吸気領域の表面に押し付けられ、凸曲面である表面に沿って位置決め保持される。
【0018】
請求項3の真空チャックは、吸着パッドが多数の空隙が略等密度に形成され、吸気領域に設定した吸着パッドの背面に多数の第1凹溝が凹設されたことを特徴とする。
【0019】
吸着パッドの空隙は、ほぼ等密度に形成され、第1凹溝が凹設された部位は、表面と背面側の第1凹溝の内頂面との厚さが他の部分に比べて薄く、吸気領域での表面と背面を連通する空隙の平均距離がその平均厚さに比例して短くなるので、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1は、吸気領域を除く他の部分の単位面積あたりのコンダクタンスCn2より大きくなる。
【0020】
請求項4の真空チャックは、吸気領域に設定した吸着パッドの背面に、複数の第1凹溝と交差し、交差する第1凹溝間を連通する第2凹溝が凹設されていることを特徴とする。
【0021】
吸気領域の表面と第1凹溝と第2凹溝の内頂面との厚さが吸気領域以外の部分に比べて薄くなるので、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1は、吸気領域を除く他の部分の単位面積あたりのコンダクタンスCn2より大きくなる。
【0022】
請求項5の真空チャックは、吸着パッドが多孔質セラミック基板であることを特徴とする。
【0023】
吸着パッドが多孔質セラミック基板からなるので、表面と底面を連通する1μm乃至20μmの微小径の空隙が高密度で形成され、吸着パッドのコンダクタンスCn1、Cn2を容易に低下させて、暴露領域が発生していてもシート状被吸着物を位置決め保持する吸着力を発生させることができる。
【発明の効果】
【0024】
請求項1の発明によれば、巻き癖が残り、周辺部が上方に反ったシート状被吸着物を、吸着パッドの平坦な表面に沿って確実に位置決め保持することができ、また、平坦なシート状被吸着物を凸曲面に湾曲する吸着パッドの表面に沿って確実に位置決め保持することができる。
【0025】
請求項2の発明によれば、吸着パッドが円筒体や円筒体の一部の多孔性基板から構成されていても、平坦なシート状被吸着物を確実に円筒状の表面に沿って吸着して位置決め保持できる。従って、サクションロールに吸着パッドを用いれば、搬送される平坦な可撓性フィルムをその表面に沿って確実に位置決め支持することができる。
【0026】
請求項3の発明によれば、吸気領域に、第1凹溝を形成する簡単な加工で、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1を、吸気領域を除く吸着パッドの表面の単位面積あたりのコンダクタンスCn2より大きくすることができる。
【0027】
吸着パッドの全体を薄くせず、表面から第1凹溝を凹設するだけなので、吸着パッドの強度を保ちつつ、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1を大きくすることができる。
【0028】
第1凹溝は吸着パッドの背面から凹設され、吸気領域の表面に凹溝が形成されないので、第1凹溝の凹設部位で吸着力が増加しても、シート状被吸着物を屈曲させたり、シート状被吸着物にサクションマークを残さずに位置決め保持することができる。
【0029】
請求項4の発明によれば、複数の第1凹溝間を第2凹溝によって連通するので、吸気領域での吸着力のばらつきが減少し、シート状被吸着物を屈曲させずに位置決め保持することができる。
【0030】
請求項5の発明によれば、吸着パッドをセラミック基板で形成するので、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1を大きくするために、薄型化したり、多数の凹溝を凹設しても、充分な強度が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】図1は、本発明の一実施の形態に係る真空チャック1にシート状被吸着物Wを載置した状態を示す説明図である。
【図2】図2は、吸着パッド2の斜め下方からみた斜視図である。
【図3】吸着パッド2の部分省略背面図である。
【図4】図3のA−A線端面図である。
【図5】図3のB−B線端面図である。
【図6】図6は、真空チャック1の吸引動作を示す説明図である。
【図7】図7は、吸着パッド2へシート状被吸着物Wを載置した状態の吸引動作を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の一実施の形態に係る真空チャック1を図1乃至図7の各図を用いて説明する。真空チャック1は、可撓性シートWへ印刷や配線などの加工を施す間に、可撓性シートWを一時的に表面上に位置決め保持する目的で印刷機やプリント基板製造装置の一部の機構として組み込まれたもので、特に図1に示すように、円筒ドラム11に巻回された帯状の可撓性シートから所定長に裁断された可撓性シートWの位置決め保持に適している。すなわち、円筒ドラム11や送りローラ7等で巻き癖が残り、送り方向の先端部Wfが湾曲して上方に反った可撓性シートWであっても、吸着して表面に沿って位置決め保持する。
【0033】
真空チャック1は、可撓性シートWを背面側から吸着してその表面上に位置決め保持する吸着パッド2と、吸着パッド2の全ての側面を密封し、吸着パッド2の背面側を外気と遮断した減圧室3とするチャック本体4と、減圧室3に連通する排気路から排気する真空ポンプ5と、真空ポンプ5の排気効率Seを検出する為に単位時間あたりの排気量を検出する流量計6を備えているが、流量計6は、排気量を検出した後は、取り除いても良い。
【0034】
吸着パッド2は、多孔質セラミック基板で形成され、本実施の形態では、平均孔径が10μmの空隙がその内部に等密度で形成され、気孔率nが35%のセラミック基板を用いている。内部に無数の空隙が相互に連続して形成されることにより、単位面積あたりで表面と背面を連通する多数の貫通孔が並列に形成されているものとし、吸着パッド2の表面と背面間のコンダクタンスを検討できる。
【0035】
ここで、気孔率nとは、吸着パッド2の単位体積あたりの空隙の体積の比であるが、表面側から背面側に連通する空隙が吸着パッド2内に等密度で形成されているものすれば、吸着パッド2表面の単位面積(例えば1平方センチメートル)に対し、単位面積内に開口する空隙の総開口面積の比率も、空隙の形状と大きさから定まる定数で気孔率nに比例するので、ここでは、空隙の表面への開口率を気孔率nで表す。セラミック焼結技術を用いれば、平均孔径が1乃至200μmの範囲で、気孔率nを10乃至60%の範囲で多孔質セラミック基板を形成することができるが、気孔率nを20%未満とすると、貫通孔の一部が閉塞し、算定した吸着力が得られない場合があり、また、60%以上とすると、空隙が増加して強度が劣化し、破損する恐れがある。
【0036】
図2に示すように、可撓性シートWの上方に反って載置される周辺部(ここでは、送り方向の先端部Wf)の下方の吸着パッド2の表面の領域は、吸気領域VEと設定され、吸気領域VEの単位面積あたりのコンダクタンスCn1を、その他の吸着パッド2の単位面積あたりのコンダクタンスCn2に対して大きい値としている。
【0037】
吸気領域VEの単位面積あたりのコンダクタンスCn1を他の領域に比べて増大させる手段として、吸気領域VEの吸着パッド2の厚さを薄くする、吸気領域VEの気孔率nを上げて空隙の平均孔径を拡大させる等の種々の方法があるが、本実施の形態では、吸着パッド2の吸気領域VEを設定した背面に、複数の横凹溝8と横凹溝8に直交する複数の縦凹溝9を凹設し、吸気領域VEの平均単位面積あたりのコンダクタンスCn1を増大させている。
【0038】
すなわち、図3乃至図5に示す横凹溝8と縦凹溝9が凹設された部位では、表面と凹溝の内頂面との距離が、吸気領域VE以外の吸着パッド2の表面と背面との距離Lに対して短く、コンダクタンスは、表面と背面を連通する空隙の距離に反比例する。従って、凹溝8、9が凹設された部位の単位面積あたりのコンダクタンスが増加し、吸気領域VEの全体での単位面積あたりの平均コンダクタンスCn1も増大する。
【0039】
厚みがLである多孔質セラミック基板に凹溝8、9を凹設することによる吸気領域VEの平均厚みをL、厚みがLの吸気領域VE以外の吸着パッド2の単位面積あたりのコンダクタンスをCn2として、吸気領域VEの平均単位面積あたりのコンダクタンスCn1は、Cn1=(L/L)・Cn2であり、L/Lをk(0<k<1)とおけば、
Cn1=Cn2/k・・(1)式
で表される。
【0040】
(1)式において、kは、0<k<1の実数であるので、(1)式は、凹溝8、9を凹設することによる吸気領域VEの平均単位面積あたりのコンダクタンスCn1が、吸気領域VE以外の領域の単位面積あたりの平均コンダクタンスCn2に比べて増大することを示している。尚、本明細書では、特に説明上の必要がある場合を除き、吸気領域VEの全体での単位面積あたりの平均コンダクタンスCn1を単位面積あたりのコンダクタンスCn1と、吸気領域VE以外の全体の領域の単位面積あたりの平均コンダクタンスCn2を、単位面積あたりのコンダクタンスCn2として説明する。
【0041】
吸着パッド2に等密度で空隙が形成されているので、単位面積あたりの表面と背面をそれぞれ並列に連通する空隙の数は一定であり、吸気領域VE全体のコンダクタンスC1は、吸気領域VEの表面積をSとして、C1=Cn1・Sと、吸気領域VE以外の吸着パッド2のコンダクタンスC2は、吸気領域VE以外の表面積をSとして、C2=Cn2・Sでそれぞれ表される。従って、凹溝8、9を凹設することよる吸着パッド2全体のコンダクタンスC’は、C’=Cn1・S+Cn2・Sとなり、S/Sをk(0<k<1)とおいて、(1)式を代入すれば、
C’=Cn2・S・(k+k)/k・・(2)式
で表される。
【0042】
一方、吸気領域VEに凹溝8、9を凹設しない場合の吸着パッド2のコンダクタンスCは、C=Cn2・(S+S)であり、S=S・kであるので、(2)式を用いて、
C’/C=(k+k)/(k+k・k)・・(3)式
で表される。
【0043】
(3)式において、kは0<k<1の実数であるので、(3)式の分母と分子を比較すれば、k+k>k+k・kであるので、(3)式は、凹溝8、9を凹設した吸着パッド2のコンダクタンスC’が、凹溝8、9を凹設しない吸着パッド2のコンダクタンスCに比べて増大することを示す。
【0044】
図6に示すように、多孔質セラミック基板からなる吸着パッド2を用いて、真空チャック1の減圧室3から到達圧力Puの真空ポンプ5で排気したときの減圧室3内の圧力(以下、背圧という)P2は、空隙が気体分子の平均自由行程λより直径が充分に小さい円筒であると仮定し、一般に、
【0045】
【数1】

【0046】
で表される。(4)式において、P1は、吸着パッド2の表面側の大気圧、Seは、流量計6で計測される真空ポンプ5の排気効率、rは、円筒の半径、Lは円筒の長さ、kはボルツマン定数、Tは絶対温度、mは気体分子の質量、qは、吸着パッド2全体の表裏を連通する空隙の数、q1は、可撓性シートWで覆われる吸着パッド2の空隙数である。
【0047】
(4)式中の
【0048】
【数2】

【0049】
は、凹溝8、9を凹設しない場合の吸着パッド2のコンダクタンスCを表し、また、図6に示すように、可撓性シートWが載置されていない状態でq1は0であるので、
(4)式は、
P2=(Pu+P1・C/Se)/(1+C/Se)・・・(5)式
で表される。
【0050】
(5)式を用いて、大気圧P1と背圧P2との差圧ΔPは、
ΔP=P1−P2=(P1−Pu)・Se/(Se+C)・・・(6)式
となる。
【0051】
また、図6に示すように、吸気領域VEに凹溝8、9を凹設し、全体のコンダクタンスがC’である吸着パッド2を用いて、遮られる減圧室3から到達圧力Puの真空ポンプ5で同一の排気効率Seで排気したときの背圧P2’は、
P2’=(Pu+P1・C’/Se)/(1+C’/Se)・・・(5)’式
となり、大気圧P1と背圧P2’との差圧ΔP’は、
ΔP’=P1−P2’=(P1−Pu)・Se/(Se+C’)・・・(7)式
となる。
【0052】
(6)式と(7)式から、
ΔP’/ΔP=(Se+C)/(Se+C’)・・・(8)式
であり、(8)式に(3)式を代入してC’を消去すれば、
ΔP’/ΔP=(Se+C)/[Se+C・(k+k)/(k+k・k)]・・・(9)式
となり、分母のCの係数(k+k)/(k+k・k)が1以上の実数であることから、凹溝8、9を凹設することによって差圧ΔP’が減少することが示されている。
【0053】
吸気領域VEの単位面積あたりで表面から背面に吸気される通気量Qn’は、コンダクタンスの定義から、Qn’=ΔP’・Cn1で表され、同様に凹溝8、9を凹設しない領域での単位面積あたりで表面から背面に吸気される通気量Qnは、Qn=ΔP・Cn2で表されるので、
Qn’/Qn=ΔP’・Cn1/ΔP・Cn2・・・(10)式
となり、(10)式に(1)式と(9)式を代入して整理すれば、(10)式は、
Qn’/Qn=(Se+C)/[k・Se+C・(k+k)/(1+k)]・・・(11)式
で表される。ここで、分母と分子のSeの係数を比較すれば、1>kであり、分母と分子のCの係数を比較すれば、1>(k+k)/(1+k)であり、いずれも分母の係数が小さい。従って、凹溝8、9を凹設することにより差圧ΔP’が減少するものの、通気量Qn’は逆に増加し、その風圧により吸気領域VEで上方に反った可撓性シートWの先端部Wfを吸引し、確実に表面に沿って位置決め保持することができる。
【0054】
つまり、吸着パッド2の表面から離れた被吸着物Wを吸着させるには、その離れた部位での吸着バッドの単位面積あたりのコンダクタンスを上げて、大気圧P1と背圧P2との差圧ΔPを増加させて吸着力を増加させることがその対策と考えられていたが、本願の発明者による鋭意研究の結果、差圧ΔPを上昇させての吸着力の増大は、表面に被吸着物Wが密着していることを前提とするもので、表面から離れた被吸着物Wを吸着させるには、むしろその部位のコンダクタンスを低下させて、全体の差圧ΔPが低下しても通気量Qnを増大させることが必要であることを見出した。
【0055】
ただし、本実施の形態によれば、背圧P2’との差圧ΔP’が低下することにより、吸着パッド2の表面に沿って可撓性シートWを密着させた後の吸着力も低下するので、以下、可撓性シートWを表面に沿って位置決め保持する為の単位面積あたりの最小吸着力をFminとして、最小吸着力Fmin以上の吸着力Fを得るために吸着パッド2に求められる条件について説明する。
【0056】
図7に示すように、背圧がP2’となった吸着パッド2の表面に、可撓性シートWの全体が載置されると、可撓性シートWにより覆われた空隙の開口において、鉛直方向に大気圧P1と背圧P2’との差圧ΔP’を受け、可撓性シートWは、可撓性シートWにより覆われた全ての空隙の開口面積の総和S2に差圧ΔP’を乗じた吸着力Fを受ける。
【0057】
可撓性シートWの吸着パッド2の表面への投影面積をS1とすれば、気孔率nから上記総和S2は、S1・nであり、可撓性シートWの吸着力Fは、
F=nS1・ΔP’・・・(12)式
で表され、可撓性シートWの単位面積あたりの吸着力Fnは、
Fn=F/S1=n・ΔP’・・・(13)式
となる。
【0058】
更に、(13)式のΔP’に(7)式を代入すれば、可撓性シートWの単位面積あたりの吸着力Fnは、
Fn=n・(P1−Pu)・Se/(Se+C’)・・・(14)式
となる。(14)式において、P1は、大気圧、Puは、真空ポンプ5の到達圧力として既知であり、Seは、図1に示す可撓性シートWを載置しない状態で単位時間中に流量計6で計測される流量を真空ポンプ5の排気効率として計測できるので、(14)式から、気孔率nとコンダクタンスC’の吸着パッド2による単位面積あたりの吸着力Fnが得られる。
【0059】
ここで、吸着パッド2全体のコンダクタンスC’は、表面に可撓性シートWが載置されていない状態での値であるので、投影面積がS1の可撓性シートWで一部の空隙の開口が覆われると増加し、単位面積あたりの吸着力Fnは更に増大する。
【0060】
従って、可撓性シートWの有無に関わらず、表面に沿った単位面積あたりの吸着力Fnは、可撓性シートWが載置されない状態での(14)式から算定される吸着力Fnを下回ることはなく、真空チャック1の可撓性シートWを吸着保持するために必要な単位面積あたりの最小吸着力Fminとすれば、
Fmin≦n・(P1−Pu)・Se/(Se+C’)・・・(15)式
を満たす気孔率nとコンダクタンスC’の吸着パッド2を選定すれば、可撓性シートWの大きさにかかわらず、可撓性シートWを確実に位置決め保持することが可能な真空チャック1とすることができる。ここで、単位面積あたりの最小吸着力Fminは、可撓性シートWの厚みや比重によっても異なるが、例えば、可撓性シートWへの作業中に吸着パッド2上で位置ずれせずに吸着保持するための最小吸着力Fminとして、大気圧P1の3/10の33kPaとする。
【0061】
また、吸着パッド2の表面への投影面積がS1である可撓性シートWを位置決め保持する為に必要な最小吸着力をF’とすれば、
F’=Fmin・S1≦n・S1・(P1−Pu)・Se/(Se+C’)・・・(16)式
を満たす気孔率nとコンダクタンスC’の吸着パッド2を選定することにより、可撓性シートWを確実に位置決め保持することができる。
【0062】
(実施例)
気孔率nが35%で大きさが100mm平方、厚さが5mmの多孔質セラミック基板の可撓性シートWの先端部が載置される横幅95mm、縦幅15mmの領域を吸気領域VEに設定し、吸気領域VEの背面側から、図2乃至図5に示すように、6本の多数の横凹溝8と9本の縦凹溝9を交差させて凹設し、吸着パッド2とした(以下、吸着パッドAという)。図4に示すように、横凹溝8は、幅1mm、深さ3mmで背面側から表面に向けて凹設され、各横凹溝8間は2mmピッチの等間隔となっている。また、縦凹溝9も、幅1mm、深さ3mmで背面側から表面に向けて凹設され、各縦凹溝9は、12mmの等ピッチで各横凹溝8に直交し、横凹溝8間を連通させている。
【0063】
このように吸気領域VEに多数の横凹溝8と縦凹溝9を凹設することにより、凹溝8、9が凹設された部位での内頂面と表面との間隔(厚さ)は、2mmとなり、吸気領域VE全体の平均の厚みが薄くなるので、厚さ5mmである吸気領域VE以外の単位面積あたりのコンダクタンスCn2に比べて、吸気領域VEの単位面積あたりのコンダクタンスCn1が大きくなる。
【0064】
実施例である吸着パッドAの比較例として、吸着パッドAと同材質で大きさが100mm平方、厚さが2mmの多孔質セラミック基板からなる吸着パッド2(以下、吸着パッドB)と、吸着パッドAと同材質で大きさが100mm平方、厚さが5mmの多孔質セラミック基板からなる吸着パッド2(以下、吸着パッドC)を用意した。従って、吸着パッドBの単位面積あたりのコンダクタンスCn3は、コンダクタンスCn2より大きく、吸着パッドCの単位面積あたりのコンダクタンスは、Cn1となり、吸着パッド2全体のコンダクタンスCは、吸着パッドC、吸着パッドA、吸着パッドBの順に大きくなる。
【0065】
上記3種類の吸着パッドA、吸着パッドB、吸着パッドC毎に、それぞれチャック本体4に載置して全ての側面をチャック本体4で密封し、減圧室3から到達圧力Puが−96kPaの真空ポンプ5により、排気効率Seを200L/分で排気した。
【0066】
始めに、吸着パッド2の表面に被吸着物Wを載置しない状態で、各背圧P2を測定し、吸着パッドAが−69kPa、吸着パッドBが−55kPa、吸着パッドCが−75kPaであり、吸着パッド2全体のコンダクタンスCが大きくなるほど、大気圧P1と背圧P2との差圧ΔPが減少する上記(6)式の結果を示している。
【0067】
次に、シート状被吸着物Wとして、幅15mm、長さ120mm、厚さ1mmのPVC板からなる可撓性シートWを用い、吸着パッドAについては、可撓性シートWを吸気領域VEと鉛直方向で重なるように吸気領域VEの上方に配置し、長手方向の一側を吸気領域VEから引き上げて、その状態での吸着力Fを測定した。また、吸着パッドBと吸着パッドCについては、同じ可撓性シートWを、吸気領域VEに相当する表面の領域の上方に配置し、長手方向の一側を表面から引き上げて、同様の姿勢での吸着力Fを測定した。すなわち、各吸着パッドA、B、Cに、周辺部が上方に反った可撓性シートWが載置される状態を疑似的に再現し、その状態で上方に反った可撓性シートW周辺部を吸着パッド2の表面へ吸着させる方向に働く力を吸着力Fとして測定した。
【0068】
その結果、吸着パッドAによる吸着力Fが208gf、吸着パッドBによる吸着力Fが204gf、吸着パッドCによる吸着力Fが115gfであり、吸気領域VEの単位面積あたりのコンダクタンスCn1を大きくした吸着パッドAと、吸気領域VEに相当する領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn3を更に大きくした吸着パッドBを吸着パッド2としたときに、反り返った周辺部を表面側に吸着する大きな吸着力Fが働くことが明らかとなった。
【0069】
続いて、一側を表面から引き上げた可撓性シートWを、吸着パッド2の表面に沿って密着させた状態で測定した各背圧P2は、吸着パッドAが−75kPa、吸着パッドBが−57kPa、吸着パッドCが−74kPaであった。
【0070】
これらの測定結果から、吸着パッドAと吸着パッドBが、表面から離れた可撓性シートWの周辺部の吸着には有効であるが、吸着パッドBは、全体のコンダクタンスCも大きくなるので、背圧P2が充分に低下せず、可撓性シートWの全体が表面に沿って配置された後は、位置決め保持するための吸着力が不充分となり、また、全体が薄型化するので、強度も劣化する。
【0071】
本発明の実施例にかかる吸着パッドAによれば、可撓性シートWの一部が吸着パッドAの表面から上方に沿った状態で載置されても、表面まで吸着する充分な吸着力が得られるとともに、可撓性シートWの全体を表面に沿って吸着した後は、残る吸着パッドAの表面が可撓性シートWが覆われていない状態であっても、吸着位置で可撓性シートWの位置決め保持するのに充分な吸着力が得られる。また、吸気領域VEを設定した一部の領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1を増大させるだけなので、全体を薄型化せずに所定の強度が得られる。
【0072】
上述の実施の形態は、平坦な吸着パッド2の表面に、周辺部が上方に湾曲する可撓性シートWを吸着して位置決め保持する真空チャックで説明したが、吸着パッドを構成する多孔性基板が円筒体若しくは円筒体の一部であり、表面が凸曲面に湾曲する吸着パッド上に平坦な可撓性シートWが搬送され、平坦な可撓性シートWを吸着パッドの表面に沿って胃決め保持する真空チャックへも適用できる。この真空チャックでは、平坦な可撓性シートWの先端部に対応する吸着パッドの表面の部位に吸気領域を設定し、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタスCn1を他の表面領域の単位面積あたりのコンダクタスCn2より大きくなるようにする。
【0073】
また、上述の実施の形態では、吸着パッド2として多孔質セラミック基板を用いたが、多孔性基板であれば、種々の材質、構造の基板を吸着パッド2とすることができる。
【0074】
吸気領域VEを設定する吸着パッド2の領域は、シート状被吸着物の上方に反った周辺部が配置されると予想される部位であり、図示した吸着パッド2の表面の領域に限らず、他の位置であってもよく、また、異なる2箇所以上の位置に吸気領域VEを設定してもよい。
【0075】
また、吸気領域VEでの単位面積あたりのコンダクタンスCn1を大きくする手段としては、凹溝を凹設する上記手段に限らず、吸気領域VE全体の厚さを薄くしたり、空隙の密度を低下させたり、また、吸気領域VEを除く多孔性基板に対して個々の空隙の内径が大きい多孔性基板や気孔率nが高い多孔性基板を、吸気領域VEに相当する部位に一体に接合するものであってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、半導体、液晶、プリント配線基板などの製造装置や印刷機の作業工程で周辺部に巻き癖の残るシート状被吸着物を表面に位置決め保持する真空チャックや平坦な可撓性シートをその表面に沿って位置決め保持するサクションロールに適している。
【符号の説明】
【0077】
1 真空チャック
2 吸着パッド
3 減圧室
5 真空ポンプ
6 流量計
W シート状被吸着物(可撓性シート)
Se 排気効率
Pu 到達圧力
P1 大気圧
P2 背圧
VE 吸気領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
側面の全体が密閉され、多数の空隙により表面と背面が連通する多孔性基板からなる吸着パッドを備え、密閉された吸着パッドの背面側を真空ポンプで減圧し、吸着パッドの表面に載置されるシート状被吸着物を空隙を介して吸引し、前記表面に沿って位置決め保持する真空チャックであって、
シート状被吸着物の周辺部を位置決め保持する吸着パッドの表面の部位に吸気領域を設定し、吸気領域の単位面積あたりのコンダクタンスCn1を、吸気領域を除く吸着パッドの表面の単位面積あたりのコンダクタンスCn2より大きくしたことを特徴とする真空チャック。
【請求項2】
吸着パッドは、表面が凸曲面で湾曲する多孔性基板からなり、シート状被吸着物の先端部を位置決め保持する吸着パッドの表面の部位に吸気領域を設定し、吸着パッドの表面に載置される平坦なシート状被吸着物を、凸曲面の表面に沿って位置決め保持することを特徴とする請求項1に記載の真空チャック。
【請求項3】
吸着パッドは、多数の空隙が略等密度に形成され、吸気領域に設定した吸着パッドの背面に多数の第1凹溝が凹設されたことを特徴とする請求項1または請求項2のいずれか1項に記載の真空チャック。
【請求項4】
吸気領域に設定した吸着パッドの背面に、複数の第1凹溝と交差し、交差する第1凹溝間を連通する第2凹溝が凹設されていることを特徴とする請求項3に記載の真空チャック。
【請求項5】
吸着パッドが多孔質セラミック基板であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の真空チャック。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−176852(P2012−176852A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−41912(P2011−41912)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(398046921)株式会社ナノテム (11)
【Fターム(参考)】