説明

真空成膜用マスク治具およびその製造方法

【課題】真空成膜用マスク治具を、表面が侵食されにくく、かつ変形もせず、クリーニングによって繰り返し使用可能なものとする。
【解決手段】被成膜物質に対して真空成膜する際に成膜面の前面に配置される真空成膜用マスク治具であって、この真空成膜用マスク治具がFe34主体の鉄系酸化物被膜で覆われたフェライト系ステンレスからなり、このフェライト系ステンレスがその標準含有元素であるCrよりも強還元性元素である3族元素、4族元素、5族元素、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直接変換型のデジタルX線センサーなどの電子デバイス作製プロセスに用いられる真空成膜用マスク治具およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、真空成膜を利用したデバイス開発・生産が盛んに行われており、真空成膜を用いて規定のエリアに配置された基板上に機能性材料を形成した様々な電子デバイスが製造され、各種分野に提供されている。
【0003】
例えば、近年デジタルX線センサーの普及が加速しているが、なかでも直接X線を光電変換するSeやSe化合物(以下、Se類ともいう)を用いた直接変換型のデジタルX線センサーは、X線を一旦可視光に変換するシンチレーターを用いた間接型のデジタルX線センサーと比べて、高精細高画質の撮影・記録が可能であるため、近年急速な発展を成し遂げている。このような医療機器分野においては将来における更なる普及のために、低価格・高信頼性への要望が高まっている。その実現のための一つの手法として、生産ライン中における結晶欠陥抑制による歩留まり向上・品質向上があげられ、優れた機能を持った直接変換型のデジタルX線センサーの更なるコストダウンと製品信頼性向上が期待されている。
【0004】
直接変換型のデジタルX線センサー生産ライン中の結晶欠陥発生原因には様々な要素が挙げられるが、特に内部または外部からの大きな結晶欠陥の核発生が大きな要因として挙げられる。例えば光電変換材料にはSe類が主に用いられるが、Se類自体が非常に融点・ガラス転移点が低いために成膜中の温度分布により容易に一部が結晶化し、巨大結晶欠陥の起点となる場合がある。
【0005】
また、真空成膜によって多層膜を形成して製造する場合は、機能上の理由から、各層で成膜領域が異なる場合が少なくない。このような成膜領域が異なる多層膜を形成する場合には、下層の膜を形成した後に、真空チャンバを大気開放して、成膜領域を規定するマスク治具を交換して、その後、上層の成膜を行なうのが通常である。この際、成膜エリアを規定するマスク治具には大量のSe類が付着するが、コスト上の観点からマスク治具は繰り返しクリーニングして使用することが望ましい。しかし、マスク治具は成膜エリアに最も近い部分であり、クリーニングが不十分な場合にはここから一度成膜したSe類が離脱して成膜エリアに付着し、やはり大きな結晶欠陥の核となる場合がある。
【0006】
マスク治具からのSe類のクリーニング方法には様々な方式があり、(1)物理的に削ったり叩いたりして除去する方法、(2)熱膨張差や結晶化時の体積変形を利用する方法、(3)真空中で加熱して蒸発させる方法(例えば特許文献1)、(4)高圧の温水で物理的に軟化させて除去する方法(例えば特許文献2)などが挙げられる。
【0007】
しかし、(1)は当然に完全なクリーニング法としては採用できるものではなく、また(2)や(4)の方法でも残渣が発生して完全なクリーニングは難しく、結晶欠陥の要因となる可能性がある。最も理想的なのは(3)の真空中で加熱蒸発させる方法であり、この方法によれば物理的に残渣を完全に除去することが可能である。
【0008】
ところで、被成膜物質に対して真空成膜する際に成膜面の前面にマスク治具を配置し、Se類を真空成膜し、その後にマスク治具をクリーニングしようとする場合、そのマスク治具の素材が大きく影響してくる。例えば、特許文献1に記載されているように、Al素材でマスク治具を形成する場合には精密加工が可能であり、真空加熱蒸発によりSe類をクリーニング除去することが可能であるものの、Al素材は熱に弱く、150℃以下の加熱温度でひずみ変形を起こしてしまうという問題がある。従って、精密加工品であるマスク治具をAl素材で形成するのはクリーニングという観点からは望ましくない。
【0009】
マスク治具表面に付着したSe類を、真空中で完全に蒸発させるクリーニング方法では250℃程度の温度が必要であり、これに耐えうるためには、その特性やコストの関係上ステンレス製のマスク治具が好ましい。とりわけ、ステンレスの中でもSUS430を代表とするNiを含まないフェライト系ステンレスは加工性に優れ、精密加工が必要な真空成膜用のマスク治具に好適である。
【0010】
しかし、フェライト系ステンレスをそのまま真空成膜用マスク治具に使用するとSe類などの侵食性の高い材料を用いる場合、真空中で加熱蒸発させるクリーニングでは完全に侵食されて使用することができない。また、フェライト系ステンレスは、表面凹凸を滑らかにし発塵を抑える目的で無電界Niメッキを施すことが行われることがあるが、Niメッキは比較的低い温度でSe類と容易に反応してしまうため、反応しやすい材料を真空成膜する場合のマスク治具には不向きである。
【0011】
フェライト系ステンレスの耐食性を向上させる方法として、特許文献3にはMoを含有させて耐食性を向上させる方法が、特許文献4には、ステンレスの母体中にSiを含有させ、非常に高温で熱処理することによってSi主体の酸化物被膜を形成する方法が記載されている。
【特許文献1】特開昭55−149949号公報
【特許文献2】特開昭59−18104公報
【特許文献3】特開平3−219055号公報
【特許文献4】特開平7−62520号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、特許文献3記載の方法では、粒界のCr欠乏を防ぎ、粒界からの腐食を防ぐものであるため、粒界からの急速な腐食進行を防ぎ、腐食を若干遅らせる効果はあるものの、Seなど侵食性の高い材料からステンレス自身の腐食を防ぐものではない。また、特許文献4に記載の方法は、ステンレスを非常に高温で熱処理するため、ステンレスの変形が懸念される。
【0013】
本発明はこのような事情に鑑みなされたものであって、精密加工が可能であって、例えばSe類といった物質と反応しにくく、真空加熱によりSe類を蒸発させるクリーニング方法でも表面が侵食されにくく、かつ変形もせず、クリーニングをすることによって繰り返し使用可能な真空成膜用マスク治具およびその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の真空成膜用マスク治具は、被成膜物質に対して真空成膜する際に成膜面の前面に配置される真空成膜用マスク治具であって、該真空成膜用マスク治具がFe34(マグネタイト)主体の鉄系酸化物被膜で覆われたフェライト系ステンレスからなり、該フェライト系ステンレスがその標準含有元素であるCrよりも強還元性元素である3族元素(Sc,Y,ランタノイド,アクチノイド)、4族元素(Ti,Zr,Hf)、5族元素(V,Nb,Ta)、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むものであることを特徴とするものである。なお、以下、3族元素、4族元素、5族元素は上記括弧書きで示す元素を意味し、この記載は省略して、単に3族元素、4族元素、5族元素ともいう。
前記Fe34主体の鉄系酸化物被膜の厚みは3nm以上であることが好ましい。
【0015】
前記鉄系酸化物被膜中に前記強還元性元素を0.1mol%以上含むことが好ましい。
前記強還元性元素は、相対的に前記鉄系酸化物被膜の表面側に多く存在することが好ましい。ここで、相対的に前記鉄系酸化物被膜の表面側に多く存在するとは、前記鉄系酸化物被膜が接する前記強還元性元素を含むフェライト系ステンレス側よりも表面(反対側の面)の濃度が相対的に多いことを意味する。
【0016】
前記真空成膜用マスク治具は、SeまたはSe化合物の真空成膜に用いられることが好ましい。
特に、前記真空成膜は真空蒸着であることが好ましい。
【0017】
本発明の真空成膜用マスク治具の製造方法は、フェライト系ステンレスの標準含有元素であるCrよりも強還元性元素である3族元素、4族元素、5族元素、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むフェライト系ステンレスを酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成するものである。
【0018】
本発明の真空成膜用マスク治具を、前記鉄系酸化物被膜中に前記強還元性元素を0.1mol%以上含むように製造する1つの態様としては、前記強還元性元素を含むフェライト系ステンレスに、前記強還元性元素を含む有機物もしくは有機金属類を前記フェライト系ステンレスに塗布した後、酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成することが好ましい。
【0019】
本発明の真空成膜用マスク治具を、前記鉄系酸化物被膜中に前記強還元性元素を0.1mol%以上含むように製造する別の態様としては、前記強還元性元素を含むフェライト系ステンレスに、前記強還元性元素を含む有機物もしくは有機金属類を揮発させ、前記フェライト系ステンレスを前記揮発雰囲気かつ酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成することが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の真空成膜用マスク治具は、被成膜物質に対して真空成膜する際に成膜面の前面に配置される真空成膜用マスク治具であって、この真空成膜用マスク治具がFe34主体の鉄系酸化物被膜で覆われたフェライト系ステンレスからなり、このフェライト系ステンレスがその標準含有元素であるCrよりも強還元性元素である3族元素、4族元素、5族元素、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むものであるため、例えばSeやSe化合物といった侵食性物質と反応しにくく、これらの侵食性物質をブロックすることができ、真空加熱によりSe類を蒸発させるクリーニング方法でも表面が侵食されにくく、かつ変形もせず、クリーニングをすることによって繰り返し使用可能なものとすることができる。
【0021】
また、本発明の真空成膜用マスク治具の製造方法は、フェライト系ステンレスの標準含有元素であるCrよりも強還元性元素である3族元素、4族元素、5族元素、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むフェライト系ステンレスを酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成するので、上記強還元性元素を含むフェライト系ステンレスを変形させることなく、その表面にFe34を主体とする鉄系酸化物被膜が成長させることが可能となり、高信頼性かつ低コストのデバイスを生産するプロセスを実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の真空成膜用マスク治具およびその製造方法をさらに詳細に説明する。本発明の真空成膜用マスク治具は、真空成膜用マスク治具がFe34主体の鉄系酸化物被膜で覆われたフェライト系ステンレスからなり、このフェライト系ステンレスがその標準含有元素であるCrよりも強還元性元素である3族元素、4族元素、5族元素、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むものであり、上記強還元性元素含むフェライト系ステンレスを酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成することによって製造することができる。ここで、上記強還元性元素を0.1mol%以上含むものとしたのは、上記強還元性元素の量がフェライト系ステンレス中に0.1mol%以上含まれていれば、不純物ではなく意図的に添加させたものと判断することができるためでる。
【0023】
本発明に用いられるフェライト系ステンレスは、Niを含まず、安定したフェライト相を形成するステンレスであって、3族元素、4族元素、5族元素、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むものであれば、特に限定されることなく用いることができるが、中でもFeとCrにTiを含有するSUS430LXは、加工性やコストの点で優れるとともに、Ti含有による耐食性向上が期待できるため特に好ましい。また、Alを含有するSUS405や、Nbを含有するSUS436JILなどにおいても同様の耐食性向上効果を得ることが可能である。
【0024】
本発明の真空成膜用マスク治具は、上記強還元性元素含むフェライト系ステンレスを酸化雰囲気中(大気中等の酸素存在下雰囲気)で、ステンレスが変形しない150℃〜350℃程度の比較的温度が低い温度領域において、ステンレスを長時間、好ましくは1〜10時間、より好ましくは3〜5時間加熱することによって、フェライト系ステンレス表面に相対的にFe34を多く含む鉄系酸化物被膜を形成することができる。そして、この鉄系酸化物被膜が真空成膜によって真空成膜用マスク治具に対してバリア層として機能する結果、侵食性物質をブロックすることが可能となり、クリーニングをすることで真空成膜用マスク治具を繰り返し使用可能なものとすることができる。
【0025】
なお、鉄系酸化物被膜の厚みは1nm以上、侵食性物質のブロック効果の観点からは3nm以上であることがより好ましい。なお、Fe34主体の鉄系酸化物被膜とは、鉄系酸化物被膜にFe34が50モル%以上含まれる被膜であることを意味する。鉄系酸化物被膜におけるFe34の含有量はラマン分光によって分析することができる。
【0026】
また、この鉄系酸化物被膜にはフェライト系ステンレスの標準含有元素であるCrよりも有意に酸化されやすい様々な材料を添加することによって鉄系酸化物被膜をより強化することが可能である。具体的には、フェライト系ステンレスの標準含有元素であるCrよりも強還元性の元素である3族元素、4族元素、5族元素、Al、Si、Pである。表1に元素別1元素当たりの酸化物標準生成エンタルピー(生成熱)一覧(文献値)を示す。
【0027】
【表1】

【0028】
表1から、3族、4族、5族元素およびAl、Si、PではCrより標準生成エンタルピーが大きく、強還元性(酸化しやすい)であることが推測され、その酸化物の結合エネルギーはCr系の酸化物より明らかに大きいことが期待される。なお、3族のScとLaAcは文献値の記載がないが、3族、4族、5族元素が強還元性であることは外殻電子の構造から推測され、3族のYやLaと同様に標準生成エンタルピーが大きく、強還元性であることが推測される。
【0029】
CaやBなども標準生成エンタルピーは比較的大きいが、Crとほぼ同等であり、効果は限定的である。従って、フェライト系ステンレスの鉄系酸化物被膜の耐食性強化のためには、Crより明らかに還元性の強い3族、4族、5族元素およびAl、Si、Pの添加が非常に有効であることがわかる。
【0030】
また、フェライト系ステンレスにおける不純物の知見から、これらの元素の量が鉄系酸化物被膜中に0.1mol%以上含まれていれば、不純物ではなく意図的に添加させたものと判断することができ、鉄系酸化物被膜をより強化することが可能である。さらに、これらの元素をマスク治具の鉄系酸化物被膜中の相対的に表面側に多く存在させることによって、容易に酸素と結びついて強固な酸化物となり、耐食性をより向上させることが期待できる。
【0031】
このように、鉄系酸化物被膜中にのみ、強還元性元素を0.1mol%以上含むように製造するためには、強還元性元素を上記強還元性元素含むフェライト系ステンレスと一緒に加熱処理すればよく、例えば、強還元性元素を含む有機物もしくは有機金属類をフェライト系ステンレスに塗布し、酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成する方法や、強還元性元素を含む有機物もしくは有機金属類を揮発させ、フェライト系ステンレスを揮発雰囲気下かつ酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成する方法によって製造することができる。
【0032】
強還元性元素を含む有機物もしくは有機金属類としては、例えばヒドロキシ基がケイ素原子に結合した化合物であるシラノール(Me3SiOH、Me2Si(OH)−Si(OH)Me2)のような有機金属化合物を含有する有機溶剤や、各種強還元性元素の金属アルコキシド、例えば、アルミニウムアルコキシド、チタンアルコキシド、タンタルアルコキシドなどの金属アルコキシドが好適に用いられる。
【0033】
本発明のマスク治具は、様々な機能異性材料を真空成膜する成膜に用いることができるが、特に直接型デジタルX線センサーの光電変換材料として用いられる侵食性が高く揮発性の高いアモルファスSe及びSe化合物、例えばアモルファスSeの結晶化防止用の耐熱層などに用いられるAs2SeなどのようなSe化合物の真空成膜においては、特に侵食が激しいため、このような侵食性物質を真空成膜する場合に好適に用いることが可能である。
【0034】
本発明のマスク治具は真空成膜方法に広く用いることが可能であり、例えば真空蒸着、RFスパッタリング、イオンビームスパッタ、イオンプレーティング、EB蒸着、プラズマCVD、MO−CVD、レーザーアブレーションなどに適用可能である。とりわけ、直接型デジタルX線センサーなどに用いられる極めて厚いアモルファスSe厚膜などの作製においては、マスク治具に対するSeの蒸着が激しいため、真空蒸着の場合に特に好適に用いることが可能である。
【0035】
本発明のマスク治具は、上記のように侵食性物質と反応しにくく、これらの侵食性物質をブロックすることができ、真空加熱により表面が侵食されにくく、かつ変形もしないため、様々なクリーニングが可能であるが、最も好ましいのは真空中で加熱・蒸発させる方法であり、これによって侵食性物質を物理的に完全に除去することが可能である。また、熱膨張差や結晶化時の体積変形を利用した方法と組み合わせてもよく、例えば最初に侵食性物質の結晶化温度、Se及びSe化合物であれば120℃程度の結晶化温度で体積変形を利用して大まかに剥離し、残った残渣を真空中で加熱して蒸発除去してもよい。この方法はマスク治具表面にもダメージが非常に少なく、最も理想的である。
【0036】
本発明のマスク治具の一実施の態様を示す概略平面図を図1に、本発明のマスク治具を用いた蒸着装置の概略模式図を図2に示す。図1に示すマスク治具10は、被蒸着物質に対して蒸着する際に蒸着面の前面に配置されるもので、大きな開口部11を2箇所有している。そして、基板ホルダ13によって保持された被蒸着物質である2枚の基板が蒸着面の前面に配置されるように、開口部11と位置合わせされた状態でセットされるものである。
【0037】
そして、図2に示す蒸着装置20の上部にセットされる。蒸着装置20は真空チャンバ21と、この真空チャンバ21内に配置されている基板12を保持する基板ホルダ13と、蒸着材料22(成膜材料、例えば上記の説明のようなSe類)がセットされる蒸発源23と、蒸発源23を加熱蒸発させるための加熱蒸発手段(図示せず)とから構成されており、基板ホルダ13の下面に保持されている基板12の表面に蒸着材料を蒸着させる装置である。なお、蒸発源23の上部には蒸発蒸気を制御するための制御板(メッシュ等)24が設けられている。
【0038】
本発明においては、マスク治具10の表面10aがFe34主体の鉄系酸化物被膜によって覆われているので(なお、鉄系酸化物被膜中に強還元性元素を0.1mol%含む態様のマスク治具においては、マスク治具10の表面10aの濃度が、基板ホルダ13側のマスク治具10よりも濃度が高いことが好ましい)、真空蒸着によって蒸着材料を蒸発させてもマスク治具10の表面10aが侵食されにくく、かつ変形もせず、クリーニングをすることによって繰り返して使用することが可能である。
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0039】
(実施例1)
フェライト系のステンレスSUS430LXを用い、精密加工をして240mm×300mmサイズのガラス基板2枚がセット可能なように形成した後、表面をミリング後にRmax=2μm以内になるように研磨を行った。これをアルコール洗浄した後、大気中200℃で5時間の加熱処理(アニール)を行いマスク治具を作製した。
【0040】
(実施例2)
実施例1において、大気中300℃で5時間アニールした以外は実施例1と同様にしてマスク治具を作製した。
【0041】
(比較例1)
フェライト系のステンレスSUS430LXを用い、精密加工をして240mm×300mmサイズのガラス基板2枚がセット可能なように形成してマスク治具を作製した(表面処理、アニール処理なし)。
【0042】
比較例1,実施例1および2のマスク治具の鉄系酸化物被膜のオージェ電子分光(AES分析)結果をそれぞれ図3,4および5に、ラマン分光による分析結果を図6に示す。なお、図3,4,5および6の図面中に記載のRT(室温)、200℃、300℃はそれぞれ、アニールした温度を示している。図4および5と、図3との比較から大気中の加熱によって鉄系酸化物被膜の厚みが増し、実施例1(図4)においては、酸素半減値で約5nm程度の鉄系酸化物被膜ができていることが、実施例2(図5)においては、酸素半減値で10nm以上の鉄系酸化物被膜ができていることがわかる。また図6より、大気中加熱によってFe34主体の鉄系酸化物被膜が形成されていることがわかり、加熱処理温度の上昇によってFe34のピークが強くなり、鉄系酸化物被膜が成長していくのがわかる。さらに図6から明らかなように、形成された鉄系酸化物被膜はFe34を多く含んでいることが看取される。
【0043】
(クリーニング評価)
実施例1および2で作製したマスク治具に、単純マトリックスの電気信号取り出し電極を設けた240mm×300mmサイズのガラス基板を2枚セットして、耐熱層としてAs2Se3を、光電変換層としてSeを、総計500μm程度、真空中で蒸着成膜を行った。成膜後、基板を取り外し、マスク治具のクリーニングを行った。マスク治具のクリーニングは(1)加熱結晶化による体積変形剥離、(2)真空中加熱による蒸発クリーニング、の2段階に分けて行った。まず、大気中150℃に昇温、1時間保持し、Se及びSe化合物の結晶化による体積変形を利用してSe及びSe化合物の大半を剥離した。加熱結晶化によって大半のSe及びSe化合物は剥離できたが、外周部に残渣が残った。この残渣が残ったマスクを真空中で250℃、3時間保持して残ったSe及びSe化合物を完全に蒸発させた。蒸着後と真空加熱クリーニング後のマスク表面の様子を目視で観察したところ、完全に残渣が消えていた。
【0044】
(Se蒸着後のAES分析評価)
比較例1のマスク治具と、実施例1のマスク治具にSeを蒸着して、直接真空中で加熱蒸発させた時のAES分析結果を図7および図8に示す。図7から明らかなように、比較例1のマスク治具では、Seが深く進入してFeと反応しており、完全に腐食していることがわかる。また、目視による表面状態では腐食により大きな凹凸があり、また腐食物の離脱も認められ、マスク治具として繰り返し使うには問題のあるレベルであった。一方、図8から明らかなように、実施例1のマスク治具においてはSeが表面から2nm程度のところで留まって、それ以上深く侵食していないことがわかる。また、目視による表面状態では腐食により凹凸や、腐食物の離脱は認められなかった。
【0045】
ここで、図9に膜厚別の真空加熱蒸着後のSe進入深さを示す。Se蒸着膜厚が厚いほど真空加熱蒸着後のSe進入深さは深くなるが、Se膜厚が薄い場合には検知できないレベルとすることができる。従って、加熱結晶化して体積変形で大半のSe及びSe化合物を除去した後に、真空中で加熱蒸発させてクリーニングを行っても、マスク治具表面に殆どダメージが無いことが推定される。
【0046】
以上の実施例においては、フェライト系ステンレスであるSUS430LXを精密加工した後、大気中で200℃×5hr加熱処理して5nm程度のFe34主体の鉄系酸化物被膜を設けたマスク治具を使用した例を挙げたが、鉄系の酸化物被膜にステンレスの主成分であるCrより強還元性元素を添加することで、より酸化物被膜の強度を高めることが可能である。強還元性元素が添加されることによって、鉄系酸化物被膜形成時の酸化雰囲気加熱中に容易に強還元性元素が酸素と結びつき、鉄系酸化物被膜を強化することが可能である。
【0047】
図10にシラノールと一緒に熱処理することによって、SUS430鉄系酸化物被膜中にSiが添加されたマスク治具のオージェ電子分光分析結果を示す。図10から明らかなように、鉄系酸化物被膜表面にSiが多く含まれていることがわかり、これによって鉄系酸化物被膜の強化を向上させることが可能である。
【0048】
このマスク治具にSeを厚く蒸着させた時のSe進入深さを図11に示す。図11から明らかなように、Se蒸着膜厚が厚くても、Siが添加されている場合のSe進入深さは、Siが含まれていない場合の鉄系酸化物被膜よりも浅くなっており、Siが添加されていない場合と比べて耐食性が向上していることがわかる。
【0049】
なお、本実施例においては、マスク治具の材料として、FeとCrにTiを含有するフェライト系ステンレスであるSUS430LXを用いたが、マスク治具材料のフェライト系ステンレスとしては、SUS430LX以外に、上記で説明したSUS405、SUS436JILなど、3族元素(Sc,Y,ランタノイド,アクチノイド)、4族元素(Ti,Zr,Hf)、5族元素(V,Nb,Ta)、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むフェライト系ステンレス材料を各種用いても同様の効果を得ることが可能である。
【0050】
以上のように、本発明のマスク治具は成膜後にマスク治具に付着した材料を真空中で加熱蒸発クリーニングしてもマスク治具表面が腐食されにくいため、マスク治具を完全にクリーニングした状態で繰り返し使用することが可能になる。従ってこのマスク治具の採用によって、非常に発塵の少ない状態で蒸着工程を繰り返し行うことができ、デバイス上の欠陥防止による信頼性向上や、歩留まり向上によるコスト低減効果が期待でき、従来よりも高信頼性の直接型デジタルX線センサーを歩留まり良く安価に生産することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明のマスク治具の一実施の態様を示す概略平面図
【図2】本発明のマスク治具を用いた蒸着装置の概略模式図
【図3】無処理のマスク治具表面のオージェ電子分光分析結果
【図4】実施例1のマスク治具表面のオージェ電子分光分析結果
【図5】実施例2のマスク治具表面のオージェ電子分光分析結果
【図6】熱処理温度別のマスク治具表面ラマン分析結果
【図7】比較例1のマスク治具のクリーニング後の表面オージェ電子分光分析結果
【図8】実施例1のマスク治具のクリーニング後の表面オージェ電子分光分析結果
【図9】Se蒸着厚みとSe進入深さとの関係を示すグラフ
【図10】Si添加の鉄系酸化物被膜を設けたマスク治具のクリーニング後の表面オージェ電子分光分析結果
【図11】Si添加の鉄系酸化物被膜を設けたマスク治具におけるSe蒸着厚みとSe進入深さとの関係を示すグラフ
【符号の説明】
【0052】
10 マスク治具
11 開口部
12 基板
13 ホルダ
20 蒸着装置
21 真空チャンバ
22 蒸着材料
23 蒸発源
24 制御板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被成膜物質に対して真空成膜する際に成膜面の前面に配置される真空成膜用マスク治具であって、該真空成膜用マスク治具がFe34主体の鉄系酸化物被膜で覆われたフェライト系ステンレスからなり、該フェライト系ステンレスがその標準含有元素であるCrよりも強還元性元素である3族元素、4族元素、5族元素、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むものであることを特徴とする真空成膜用マスク治具。
【請求項2】
前記Fe34主体の鉄系酸化物被膜の厚みが3nm以上であることを特徴とする請求項1記載の真空成膜用マスク治具。
【請求項3】
前記鉄系酸化物被膜中に前記強還元性元素を0.1mol%以上含むことを特徴とする請求項1または2記載の真空成膜用マスク治具。
【請求項4】
前記強還元性元素が、相対的に前記鉄系酸化物被膜の表面側に多く存在することを特徴とする請求項3記載の真空成膜用マスク治具。
【請求項5】
前記真空成膜用マスク治具が、SeまたはSe化合物の真空成膜に用いられることを特徴とする請求項1〜4いずれか1項記載の真空成膜用マスク治具。
【請求項6】
前記真空成膜が真空蒸着であることを特徴とする請求項1〜5いずれか1項記載の真空成膜用マスク治具。
【請求項7】
被成膜物質に対して真空成膜する際に成膜面の前面に配置される真空成膜用マスク治具の製造方法であって、フェライト系ステンレスの標準含有元素であるCrよりも強還元性元素である3族元素、4族元素、5族元素、Al、Si、Pのうち少なくとも1つを0.1mol%以上含むフェライト系ステンレスを酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成することを特徴とする真空成膜用マスク治具の製造方法。
【請求項8】
前記強還元性元素を含むフェライト系ステンレスに、前記強還元性元素を含む有機物もしくは有機金属類を前記フェライト系ステンレスに塗布した後、酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成することを特徴とする請求項7記載の真空成膜用マスク治具の製造方法。
【請求項9】
前記強還元性元素を含むフェライト系ステンレスに、前記強還元性元素を含む有機物もしくは有機金属類を揮発させ、前記フェライト系ステンレスを前記揮発雰囲気かつ酸化雰囲気中、150℃以上350℃以下で焼成することを特徴とする請求項7記載の真空成膜用マスク治具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−74022(P2010−74022A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−242007(P2008−242007)
【出願日】平成20年9月22日(2008.9.22)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【復代理人】
【識別番号】100111040
【弁理士】
【氏名又は名称】渋谷 淑子
【Fターム(参考)】