説明

硬質膜の成膜方法および硬質膜

【課題】密着性の向上および厚膜化が可能であり、耐摩耗性に優れる硬質膜およびその成膜方法を提供する。
【解決手段】中間層3と表面層4とからなる硬質膜1の成膜方法であって、基材2上に金属系材料を主体とする中間層3を形成する中間層形成工程と、中間層3の上にDLCを主体とする表面層4を形成する表面層形成工程とを有し、中間層3および表面層4は、スパッタリングガスとしてArガスを用いたUBMS装置を使用し、上記表面層形成工程は、炭素供給源として黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを併用し、アルゴンガスの導入量100に対する炭化水素系ガスの導入量の割合が1〜5、装置内真空度が0.2〜0.8Pa、基材2に印加するバイアス電圧が70〜150Vの条件下で、炭素供給源から生じる炭素原子を、中間層3上に堆積させてDLCを主体とする表面層4を形成する工程である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車部品や各種成形金型等の鉄系基材および超硬材等の機械部品等の耐摩耗性向上に寄与する硬質膜およびその製造法に関するものである。より詳細には、優れた耐摩耗性を有するダイヤモンドライクカーボン硬質膜を基材表面に密着性を高めて厚膜にコーティングすることで、部品の耐摩耗性を向上させるものである。
【背景技術】
【0002】
硬質カーボン膜は、一般にダイヤモンドライクカーボン(以下、DLCと記す)と呼ばれている硬質膜である。硬質カーボンはその他にも、硬質非晶質炭素、無定形炭素、硬質無定形型炭素、i−カーボン、ダイヤモンド状炭素等、様々な呼称があるが、これらの用語は明確に区別されていない。
【0003】
このような用語が用いられるDLCの本質は、構造的にはダイヤモンドとグラファイトが混ざり合った両者の中間構造を有するものである。DLC膜は、ダイヤモンドと同等に硬度が高く、耐摩耗性、固体潤滑性、熱伝導性、化学安定性等に優れることから、例えば、金型・工具類、耐摩耗性機械部品、研磨材、摺動部材、磁気・光学部品等の保護膜として利用されつつある。こうしたDLC膜を形成する方法として、スパッタリング法やイオンプレーティング法等の物理的蒸着(以下、PVDと記す)法、および化学的蒸着(以下、CVDと記す)法等が採用されている。例えば、アークイオンプレーティングのフィルタードアーク法で得られたDLC膜が知られている(特許文献1参照)。
【0004】
また、密着性に優れるDLC膜を形成するために、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング(以下、UBMSと記す)を利用する成膜方法が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−046144号公報
【特許文献2】特開2002−256415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1のフィルタードアーク法で成膜したDLC膜は、水素を含んでいないため、ダイヤモンド構造が支配的であり非常に硬い。そのため、密着性が不十分であり、剥離や亀裂が発生する懸念がある。特に、厚膜化を試みた場合に、上記剥離や亀裂が発生しやすい。また、フィルタードアーク法の場合、電磁気的空間フィルターを使用するため、装置が非常に高価である。また、イオン化された炭素原子の直進性が強いため、成膜領域が限定され、大型部品や小型品を多数個処理するのには適していない。
【0007】
また、特許文献2のUBMS法の場合、基材に対するDLC膜の密着性を向上することのみに主眼が置かれており、DLC膜の厚膜化方法や耐摩耗性の向上方法については言及されていない。特許文献1や特許文献2では、摺動部材の摺動面に成膜する場合などにおいて、十分な耐摩耗性を有し、剥離や亀裂が生じないDLC膜を成膜する方法は開示されていない。
【0008】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、密着性の向上および厚膜化が可能であり、耐摩耗性に優れる硬質膜およびその成膜方法を提供することを目的とする
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の硬質膜の成膜方法は、基材の表面に形成された中間層と表面層とからなる硬質膜の成膜方法であって、該成膜方法は、上記基材上に金属系材料を主体とする中間層を形成する中間層形成工程と、この中間層の上にDLCを主体とする表面層を形成する表面層形成工程とを有し、上記中間層形成工程および上記表面層形成工程において、上記中間層および上記表面層は、スパッタリングガスとしてアルゴン(以下、Arと記す)ガスを用いたUBMS装置を使用し、上記表面層形成工程は、炭素供給源として黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを併用し、上記アルゴンガスの上記装置内への導入量100に対する上記炭化水素系ガスの導入量の割合が1〜5であり、上記装置内の真空度が0.2〜0.8Paであり、上記基材に印加するバイアス電圧が70〜150Vである条件下で、上記炭素供給源から生じる炭素原子を、上記中間層上に堆積させて上記DLCを主体とする表面層を形成する工程であることを特徴とする。
【0010】
なお、基材に対するバイアスの電位は、アース電位に対してマイナスとなるように印加しており、バイアス電圧150Vとは、アース電位に対して基材のバイアス電位が−150Vであることを示す。
【0011】
また、この成膜方法は下記の物性を有する硬質膜を成膜するための方法であることを特徴とする。上記硬質膜は、表面粗さRa:0.01μm以下、ビッカース硬度Hv:780であるSUJ2焼入れ鋼を相手材として、ヘルツの最大接触面圧0.5GPaの荷重を印加して接触させ、0.05m/sの回転速度で30分間、上記相手材を回転させたときの該硬質膜の比摩耗量が150×10−10mm/(N・m)未満である。また、上記表面層形成工程において、540分の成膜時間で形成された上記表面層の膜厚が1.5μm以上である。
【0012】
上記炭化水素系ガスが、メタンガスであることを特徴とする。また、上記Arガスの導入量は、40〜150ml/minであることを特徴とする。
【0013】
上記表面層形成工程において、上記基材に印加するバイアス電圧を連続的または段階的に上昇させながら上記ダイヤモンドライクカーボンを主体とする表面層を形成することを特徴とする。
【0014】
上記基材が、超硬合金材料または鉄系材料からなることを特徴とする。また、上記中間層形成工程の前に、上記鉄系材料からなる上記基材の中間層形成表面に窒化処理を施す工程を有することを特徴とする。また、上記窒化処理がプラズマ窒化処理であることを特徴とする。また、上記窒化処理後の上記基材における中間層形成表面の硬さが、ビッカース硬さでHv1000以上であることを特徴とする。
【0015】
上記中間層形成工程において、少なくともクロム(以下、Crと記す)またはタングステン(以下、Wと記す)を含む金属系材料を用いて上記中間層を形成することを特徴とする。
【0016】
本発明の硬質膜は、上記成膜方法により成膜されることを特徴とする。また、上記硬質膜は、摺動部材の摺動面に使用されるものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の硬質膜の成膜方法は、基材の表面に形成された中間層と表面層とからなる硬質膜の成膜方法であって、基材上に金属系材料を主体とする中間層を形成する中間層形成工程と、この中間層の上にDLCを主体とする表面層を形成する表面層形成工程とを有し、中間層および表面層は、スパッタリングガスとしてArガスを用いたUBMS装置を使用し、表面層形成工程は、炭素供給源として黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを併用し、アルゴンガスの装置内への導入量100に対する炭化水素系ガスの導入量の割合が1〜5であり、装置内の真空度が0.2〜0.8Paであり、基材に印加するバイアス電圧が70〜150Vである条件下で、上記炭素供給源から生じる炭素原子を、中間層上に堆積させてDLCを主体とする表面層を形成する工程であるので、密着性の向上および厚膜化が可能となり、耐摩耗性に優れる硬質膜を成膜することができる。
【0018】
本発明の硬質膜は、上記成膜方法により成膜されるので、厚膜化が可能であり、耐摩耗性に優れる。具体的には、この硬質膜は、(1)表面粗さRa:0.01μm以下、ビッカース硬度Hv:780であるSUJ2焼入れ鋼を相手材として、ヘルツの最大接触面圧0.5GPaの荷重を印加して接触させ、0.05m/sの回転速度で30分間、相手材を回転させたときの比摩耗量が150×10−10mm/(N・m)未満であり、(2)表面層形成工程において、540分の成膜時間で形成された表面層の膜厚が1.5μm以上である。このため、本発明の硬質膜は、摺動部材の摺動面などに好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の硬質膜の構成を示す断面図である。
【図2】摩擦試験機を示す図である。
【図3】密着性評価基準を示す図である。
【図4】UBMS法の成膜原理を示す模式図である。
【図5】AIP機能を備えたUBMS装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明における硬質膜を図面に基づいて説明する。図1は本発明の成膜方法により得られる硬質膜の構成の一例を示す断面図である。図1に示すように、硬質膜1は、基材2の表面に形成された中間層3と表面層4とからなる。硬質膜1の物性としては、表面粗さRa:0.01μm以下、ビッカース硬度Hv:780であるSUJ2焼入れ鋼を相手材として、ヘルツの最大接触面圧0.5GPaの荷重を印加して接触させ、0.05m/sの回転速度で30分間、上記相手材を回転させたときの該硬質膜の比摩耗量が150×10−10mm/(N・m)未満であることが好ましい。また、硬質膜1の動摩擦係数は0.4以下であることが好ましい。
【0021】
表面層4の膜厚は、540分の成膜時間で1.5μm以上となることが好ましい。また、180分の成膜時間で1.0μm以上となることが好ましい。表面層4の膜厚が1.0μm未満であると耐摩耗性に劣るので好ましくない。
【0022】
本発明の成膜方法は、以上のような物性の硬質膜1を得るための成膜方法であり、(1)基材2上に金属系材料を主体とする中間層3を形成する中間層形成工程と、(2)この中間層3の上に所定条件でDLCを主体とする表面層4を形成する表面層形成工程とを有する。
【0023】
中間層形成工程および表面層形成工程において、中間層3および表面層4の形成は、スパッタリングガスとしてArガスを用いたUBMS装置を使用してなされる。UBMS装置を用いたUBMS法の成膜原理を図4に示す模式図を用いて説明する。図4に示すように、丸形ターゲット15の中心部と周辺部で異なる磁気特性を有する内側磁石14a、外側磁石14bが配置され、ターゲット15付近で高密度プラズマ19を形成しつつ、上記磁石14a、14bにより発生する磁力線16の一部16aがバイアス電源11に接続された基材12近傍まで達するようにしたものである。この磁力線16aに沿ってスパッタリング時に発生したArプラズマが基材12付近まで拡散する効果が得られる。このようなUBMS法により、基材12付近まで達する磁力線16aに沿ってArイオン17および電子が、通常のスパッタリングに比べてイオン化されたターゲット18をより多く基材12に到達させるイオンアシスト効果によって、緻密な膜(層)13を成膜できる。中間層形成工程および表面層形成工程では、中間層および表面層それぞれに応じたターゲット15を用いる。
【0024】
(1)中間層形成工程について説明する。
この工程は、基材上に金属系材料を主体とする中間層を形成する工程である。金属系材料としては、基材2との密着性を向上させるため、基材2に超硬合金材料または鉄系材料を用いる場合には、該基材2と相性のよい、Cr、Al、W、Ta、Mo、Nb、Si、Tiから選択される1種類以上の金属を含むことが好ましい。より好ましいのはCrおよびWである。
【0025】
中間層形成工程において、図1に示すように、中間層3は、金属層3aと、金属−炭素層3bとを含む層で構成することが好ましい。例えば、基材2の表面にCrを主体とする金属層3aを形成し、その上に金属−炭素層3bを形成する。図1では中間層3として2層構造を例示したが、必要に応じて、1層または3層以上の数の層からなるものであってもよい。
【0026】
また、金属−炭素層3bは、表面層4との密着性をさらに向上させるため、表面層4側へ炭素の組成比を増加させる組成傾斜層とすることが好ましい。この組成傾斜層は、ターゲットである金属および黒鉛に印加するスパッタ電力を調整することで、金属−炭素の組成を傾斜させて形成することができる。
【0027】
基材2の材質は、特に限定されず、例えば、超硬合金材料または鉄系材料を用いることができる。超硬合金材料としては、機械的特性が最も優れるWC−Co系合金の他に、切削工具として、耐酸化性を向上させた、WC−TiC−Co系合金、WC−TaC−Co系合金、WC−TiC−TaC−Co系合金などを挙げることができる。鉄系材料としては、炭素工具鋼、高速度工具鋼、合金工具鋼、ステンレス鋼、軸受鋼、快削鋼などを挙げることができる。本発明では、安価な鉄系材料を基材に用いた場合でも、その表面に硬質膜を成膜することができる。
【0028】
基材2として鉄系材料を使用する場合、基材2と中間層3との密着性を向上させるために、中間層形成工程の前に該基材の中間層形成表面に窒化処理を施す工程を組み入れることが好ましい。窒化処理としては、基材表面に密着性を妨げる酸化層が生じ難いプラズマ窒化処理を施すことが好ましい。また、表面に窒化層を形成された基材2はビッカース硬さでHv1000以上とすることが、中間層3との密着性を向上させるために好ましい。
【0029】
(2)表面層形成工程について説明する。
この工程は、中間層の上に所定条件でDLCを主体とする表面層を形成する工程である。具体的には、炭素供給源として黒鉛ターゲットを使用する。また、炭素供給源として、黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを所定割合で併用し、UBMS装置内(チャンバー内)の真空度が0.2〜0.8Paであり、基材2に印加するバイアス電圧が70〜150Vである条件で、上記炭素供給源から生じる炭素原子を、中間層3上に堆積させてDLCを主体とする表面層4を形成する工程である。各条件について以下に説明する。
【0030】
表面層4は、DLCを主体とする層であり、成膜時の炭素供給源として黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを併用する。この併用により、中間層に対する表面層の密着性を向上させることができる。炭化水素系ガスとしては、メタンガス、アセチレンガス、ベンゼン等で特に限定されないが、コストおよび取り扱い性の点からメタンガスが好ましい。
【0031】
炭化水素系ガスの導入量の割合は、ArガスのUBMS装置内(成膜チャンバー内)への導入量100に対して1〜5とする。この範囲とすることで、耐摩耗性を悪化させずに、密着性の向上が図れ、厚膜化が可能となる。
【0032】
スパッタリングガスであるArガスの導入量は40〜150ml/minであることが好ましい。より好ましくは50〜150ml/minである。さらにより好ましくは50〜100ml/minである。Arガス流量が40ml/min未満であると、Arプラズマが発生せず、DLC膜を成膜することができない場合がある。また、Arガス流量が150ml/minよりも多いと、逆スパッタ現象が起こり易くなるため、耐摩耗性が悪化し、厚膜化も困難となる。Arガス導入量が多いと、チャンバー内でAr原子と炭素原子の衝突確率が増す。その結果、DLC膜表面に到達するAr原子数が減少し、Ar原子によるDLC膜の押し固め効果が低下し、膜の耐摩耗性が悪化する。
【0033】
UBMS装置内(チャンバー内)の真空度は上記のとおり0.2〜0.8Paである。真空度は0.24〜0.45Paであることがより好ましい。真空度が0.2Pa未満であると、Arプラズマが発生せず、DLC膜を成膜することができない場合がある。また、真空度が0.8Paより高いと、逆スパッタ現象が起こり易くなり、耐摩耗性が悪化し、厚膜化も困難となる
【0034】
基材に印加するバイアス電圧は上記のとおり70〜150Vである。バイアス電圧は100〜150Vであることがより好ましい。バイアス電圧が70V未満であると、緻密化が進行せず、耐摩耗性が極端に悪化するので好ましくない。また、バイアス電圧が150Vをこえると、逆スパッタ現象が起こり易くなり、耐摩耗性が悪化し、厚膜化も困難となる。
【0035】
表面層形成工程において、表面層は、中間層(図1では、金属−炭素層3b)との密着性を向上させるために、中間層側から最表層側へ、徐々に硬度を上げていき、中間層と表面層の急激な硬度差をなくすことが好ましい。具体的には、表面層を、UBMS法において黒鉛ターゲットを用い、基材に対するバイアス電圧を連続的または段階的に上昇させながら成膜することで得られるDLC傾斜層とする。このDLC傾斜層の硬度が連続的または段階的に上昇するのは、DLC構造におけるグラファイト構造(sp)とダイヤモンド構造(sp)との構成比率が、バイアス電圧の上昇により後者に偏っていくためである。
【実施例】
【0036】
各実施例および比較例に用いた基材、UBMS装置、スパッタリングガスおよび中間層形成条件は以下のとおりである。
(1)基材材質:SUS440Cまたは超硬合金
(2)基材寸法;鏡面(Ra=0.005μm程度の)30mm角、厚さ5mm
(3)UBMS装置:神戸製鋼所製;UBMS202/AIP複合装置
(4)スパッタリングガス:Arガス
(5)中間層形成条件
Cr層:5×10−3Pa程度まで真空引きし、ヒータで基材を所定の温度でベーキングして、Arプラズマにて基材表面をエッチング後、UBMS装置にてCr層を形成した。
WC−C層:5×10−3Pa程度まで真空引きし、ヒータで基材をベーキングして、Arプラズマにて基材表面(または上記Cr層表面)をエッチング後、UBMS装置にてWCと黒鉛に印加するスパッタ電力を調整し、WCとCの組成比を傾斜させた。
【0037】
UBMS202/AIP複合装置の概要を図5に示す。図5はアークイオンプレーティング(以下、AIPと記す)機能を備えたUBMS装置の模式図である。図5に示すように、UBMS202/AIP複合装置は、円盤21上に配置された基材22に対し、真空アーク放電を利用して、AIP蒸発源材料20を瞬間的に蒸気化・イオン化し、これを基材22上に堆積させて被膜を成膜するAIP機能と、スパッタ蒸発源材料(ターゲット)23、24を非平衡な磁場により、基材22近傍のプラズマ密度を上げてイオンアシスト効果を増大することによって、基材上に堆積する被膜の特性を制御できるUBMS機能を備える装置である。この装置により、基材上に、AIP被膜および複数のUBMS被膜(組成傾斜を含む)を任意に組合わせた複合被膜を成膜することができる。
【0038】
実施例1、実施例4、実施例5、比較例1、比較例2、比較例4〜比較例6
表1に示す基材をアセトンで超音波洗浄した後、乾燥した。乾燥後、基材をUBMS/AIP複合装置(UBMS202/AIP複合装置:神戸製鋼所製)に取り付けた後、上述の中間層形成条件にて表1に示すCr層および/またはWC−C層を形成した。その上に表1に示す成膜条件にて表面層であるDLC膜を成膜し、硬質膜を有する試験片を得た。なお、表1における「真空度」は上記装置における成膜チャンバー内の真空度である。得られた試験片を以下に示す摩耗試験、ロックウェル圧痕試験および膜厚試験に供し、比摩耗量、動摩擦係数、密着性および膜厚を測定または評価した。結果を表1に併記する。
【0039】
<摩擦試験>
得られた試験片を、図2に示す摩擦試験機用いて摩擦試験を行なった。図2(a)は正面図を、図2(b)は側面図を、それぞれ表す。表面粗さRaが0.01μm以下であり、ビッカース硬度Hvが780であるSUJ2焼入れ鋼を相手材7として回転軸5に取り付け、試験片6をアーム部8に固定して所定の荷重9を図面上方から印加して、ヘルツの最大接触面圧0.5GPa、室温(25℃)下、0.05m/sの回転速度で30分間、試験片6と相手材7との間に潤滑剤を介在させることなく、相手材7を回転させたときに、相手材7と試験片6との間に発生する摩擦力をロードセル10により検出する。比摩耗量が150×10−10mm/(N・m)未満の場合、耐摩耗性に優れると評価して「○」印を、150×10−10mm/(N・m)以上、300×10−10mm/(N・m)以下の場合、耐摩耗性に劣ると評価して「△」印を、300×10−10mm/(N・m)をこえる場合、耐摩耗性に著しく劣ると評価して「×」印を、それぞれ記録する。また、動摩擦係数を記録する。
【0040】
<ロックウェル圧痕試験>
ダイヤモンド圧子を150kgの荷重で試験片基材に打ち込んだ際、その圧痕周囲の剥離発生状況を観察した。観察した剥離発生状況を図3に示す評価基準により、試験片の密着性を評価した。剥離発生量が図3(a)に示すように軽微であれば密着性に優れると評価して「○」印を、剥離が図3(b)に示すように部分的に発生している場合は密着性が劣ると評価して「△」印を、剥離が図3(c)に示すように全周に発生している場合は密着性に著しく劣ると評価して「×」印を記録する。
【0041】
<膜厚試験>
得られた試験片の膜厚を表面形状・表面粗さ測定器(テーラーホブソン社製:フォーム・タリサーフPGI830)を用いて測定した。膜厚は成膜部の一部にマスキングを施し、非成膜部と成膜部の段差から膜厚を求めた。
【0042】
実施例2、実施例3および比較例3
日本電子工業社製:ラジカル窒化装置を用いて表1に示すプラズマ窒素処理が施された基材(ビッカース硬さHv1000)をアセトンで超音波洗浄した後、乾燥した。乾燥後、基材をUBMS/AIP複合装置(UBMS202/AIP複合装置:神戸製鋼所製)に取り付けた後、上述の中間層形成条件にて表1に示すCr層およびWC−C層を形成した。その上に表1に示す成膜条件にて表面層であるDLC膜を成膜し、硬質膜を有する試験片を得た。得られた試験片を上述の摩耗試験、ロックウェル圧痕試験および膜厚試験に供し、比摩耗量、動摩擦係数、密着性および膜厚を測定または評価した。結果を表1に併記する。
【0043】
【表1】

【0044】
表1に示すように実施例1〜実施例5は、所定の条件下で成膜したため、耐摩耗性・密着性に優れるDLC膜を得ることができた。比較例1は、中間層に金属層を設けていないため、密着性が不十分であった。比較例2は、バイアス電圧が高いため、耐摩耗性が劣っていた。比較例3は、メタンガスを導入していないため、密着性が劣っていた。比較例4は、Arガス導入量が少ないため、Arプラズマを発生させることができず成膜できなかった。比較例5は、バイアス電圧が低いため、耐摩耗性が劣っていた。比較例6は、メタンガス導入量が多いため、密着性は良好であるが耐摩耗性が劣っていた。
【0045】
実施例6、実施例7、比較例7〜比較例12
表2に示す基材をアセトンで超音波洗浄した後、乾燥した。乾燥後、基材をUBMS/AIP複合装置(UBMS202/AIP複合装置:神戸製鋼所製)に取り付けた後、上述の中間層形成条件にて表2に示すCr層および/またはWC−C層を形成した。その上に表2に示す成膜条件にて表面層であるDLC膜を成膜し、硬質膜を有する試験片を得た。得られた試験片を上述の摩耗試験、膜厚試験および以下に示す厚膜化の評価に供し、比摩耗量、動摩擦係数および膜厚を測定または評価した。結果を表2に併記する。
【0046】
<厚膜化の評価>
表面層であるDLC膜の成膜時間540分の試験片に対して、膜厚が1.5μm以上の場合、厚膜化性能に優れると評価して「○」を、1.0〜1.5μmの場合、厚膜化性能に劣ると評価して「△」を、1μm未満の場合、厚膜化性能に著しく劣ると評価して「×」を記録する。
【0047】
比較例13
日本電子工業社製:ラジカル窒化装置を用いて表2に示すプラズマ窒素処理が施された基材(ビッカース硬さHv1000)をアセトンで超音波洗浄した後、乾燥した。乾燥後、基材をUBMS/AIP複合装置(UBMS202/AIP複合装置:神戸製鋼所製)に取り付けた後、上述の中間層形成条件にて表2に示すCr層およびWC−C層を形成した。その上に表2に示す成膜条件にて表面層であるDLC膜を成膜し、硬質膜を有する試験片を得た。得られた試験片を上述の摩耗試験、膜厚試験および厚膜化の評価に供し、比摩耗量、動摩擦係数および膜厚を測定または評価した。結果を表2に併記する。
【0048】
【表2】

【0049】
表2に示すように実施例6および実施例7は、所定の条件で成膜したため、耐摩耗性に優れる厚膜のDLC膜を得ることができた。比較例7は、耐摩耗性は優れているが、バイアス電圧が高いため厚膜化することができなかった。比較例8は、中間層に金属層を設けていないため、密着性が不十分であった。比較例9は、バイアス電圧が高いため、耐摩耗性が劣っており、かつ厚膜化することができなかった。比較例10は、バイアス電圧が低いため、耐摩耗性が劣っていた。比較例11は、Arガス導入量が少ないため、Arプラズマを発生させることができず成膜できなかった。比較例12は、メタンガス導入量が多いため、耐摩耗性が劣っていた。比較例13は、Arガス導入量が多く、かつバイアス電圧が高すぎるため、耐摩耗性が劣っており、かつ厚膜化することができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の硬質膜の成膜方法は、密着性の向上および厚膜化が可能であり、耐摩耗性に優れる硬質膜を成膜することができるので、軸受などの摺動部材の摺動面に硬質膜を成膜する際に好適に利用できる。
【符号の説明】
【0051】
1 硬質膜
2 基材
3 中間層
3a 金属層
3b 金属−炭素層
4 表面層
5 回転軸
6 試験片
7 相手材
8 アーム部
9 荷重
10 ロードセル
11 バイアス電源
12 基材
13 膜(層)
14a 内側磁石
14b 外側磁石
15 ターゲット
16 磁力線
16a 基材まで達する磁力線
17 Arイオン
18 イオン化されたターゲット
19 高密度プラズマ
20 AIP蒸発源材料
21 円盤
22 基材
23、24 スパッタ蒸発源材料(ターゲット)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に形成された中間層と表面層とからなる硬質膜の成膜方法であって、
該成膜方法は、前記基材上に金属系材料を主体とする中間層を形成する中間層形成工程と、この中間層の上にダイヤモンドライクカーボンを主体とする表面層を形成する表面層形成工程とを有し、
前記中間層形成工程および前記表面層形成工程において、前記中間層および前記表面層は、スパッタリングガスとしてアルゴンガスを用いたアンバランスド・マグネトロン・スパッタリング装置を使用し、
前記表面層形成工程は、炭素供給源として黒鉛ターゲットと炭化水素系ガスとを併用し、前記アルゴンガスの前記装置内への導入量100に対する前記炭化水素系ガスの導入量の割合が1〜5であり、前記装置内の真空度が0.2〜0.8Paであり、前記基材に印加するバイアス電圧が70〜150Vである条件下で、前記炭素供給源から生じる炭素原子を、前記中間層上に堆積させて前記ダイヤモンドライクカーボンを主体とする表面層を形成する工程であることを特徴とする成膜方法。
【請求項2】
前記硬質膜は、表面粗さRa:0.01μm以下、ビッカース硬度Hv:780であるSUJ2焼入れ鋼を相手材として、ヘルツの最大接触面圧0.5GPaの荷重を印加して接触させ、0.05m/sの回転速度で30分間、前記相手材を回転させたときの該硬質膜の比摩耗量が150×10−10mm/(N・m)未満であることを特徴とする請求項1記載の成膜方法。
【請求項3】
前記表面層形成工程において、540分の成膜時間で形成された前記表面層の膜厚が1.5μm以上であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の成膜方法。
【請求項4】
前記炭化水素系ガスが、メタンガスであることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の成膜方法。
【請求項5】
前記アルゴンガスの導入量は、40〜150ml/minであることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載の成膜方法。
【請求項6】
前記表面層形成工程において、前記基材に印加するバイアス電圧を連続的または段階的に上昇させながら前記ダイヤモンドライクカーボンを主体とする表面層を形成することを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載の成膜方法。
【請求項7】
前記基材が、超硬合金材料または鉄系材料からなることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項記載の成膜方法。
【請求項8】
前記中間層形成工程の前に、前記鉄系材料からなる前記基材の中間層形成表面に窒化処理を施す工程を有することを特徴とする請求項7記載の成膜方法。
【請求項9】
前記窒化処理が、プラズマ窒化処理であることを特徴とする請求項8記載の成膜方法。
【請求項10】
前記窒化処理後の前記基材における中間層形成表面の硬さが、ビッカース硬さでHv1000以上であることを特徴とする請求項8または請求項9記載の成膜方法。
【請求項11】
前記中間層形成工程において、少なくともクロムまたはタングステンを含む金属系材料を用いて前記中間層を形成することを特徴とする請求項1ないし請求項10のいずれか一項記載の成膜方法。
【請求項12】
請求項1ないし請求項11のいずれか一項記載の成膜方法により成膜されることを特徴とする硬質膜。
【請求項13】
前記硬質膜は、摺動部材の摺動面に使用されるものであることを特徴とする請求項12記載の硬質膜。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−68941(P2011−68941A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−220074(P2009−220074)
【出願日】平成21年9月25日(2009.9.25)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】