説明

窒化物半導体発光素子の製造方法

【課題】結晶性に優れ、発光効率が高く、逆耐圧特性の経時劣化が少ない窒化物半導体発光素子の製造方法を提供すること。
【解決手段】基板上に窒化物半導体からなるn型層、発光層およびp型層をこの順序で積層させ、発光層は井戸層を該井戸層よりもバンドギャップエネルギーが大きい障壁層で挟んだ量子井戸構造とした、量子井戸構造の発光層を有する窒化物半導体発光素子の製造方法において、障壁層の成長工程が、井戸層の成長温度よりも50℃以上高い一定温度で障壁層Cを成長する工程と、当該障壁層Cを成長する工程の後に、井戸層の成長温度と同じ一定温度で障壁層Eを成長する工程とを含み、さらに前記障壁層Cを成長する工程の前に、井戸層の成長温度と同じ一定温度で障壁層Aを成長する工程を含むことを特徴とする窒化物半導体発光素子の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化物半導体、窒化物半導体発光素子、発光ダイオード、レーザー素子、ランプおよびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、短波長の光を発光する発光素子用の半導体材料として、窒化物半導体材料が注目を集めている。窒化物半導体は、一般にサファイア単結晶を始めとする種々の酸化物結晶やIII−V族化合物半導体結晶等を基板として、その上に有機金属気相化学反応法(MOCVD法)やエピタキシー法(MBE法)あるいは水素化物気相エピタキシー法(HVPE法)等によってn型層、発光層およびp型層等が積層される。
【0003】
現在、工業レベルで最も広く採用されている化合物半導体の結晶成長方法は、有機金属気相化学反応法(MOCVD法)である。この方法では、例えば、サファイア、SiC、GaN、AlN等の基板を設置した反応管内にIII族の有機金属化合物とV族の原料ガスを供給し、温度700℃〜1200℃程度の領域でn型層、発光層およびp型層を成長させる。
【0004】
そして、各半導体層の成長後、基板もしくはn型層に負極を形成し、p型層に正極を形成することによって発光素子を得ることができる。
【0005】
従来の発光層は、発光波長を調整する為に組成を調整したInGaNを用い、これをInGaNよりバンドギャップの高い層で挟むダブルへテロ構造や、量子井戸効果を使う多重量子井戸構造が使われている。
【0006】
従来の多重量子井戸構造については、例えば、III−V族のGaN系発光素子であるInGaN−GaNからなる量子井戸構造が知られている(非特許文献1)。この量子井戸構造の成長方法については、まず基板温度を1000℃に保持し、高温での障壁層を形成し、続いて基板温度を下げて保持し、InGaNからなる井戸層を形成する。そして、前記障壁層と前記井戸層を交互に成長し、発光層を形成している。
【0007】
同種の技術において、昇温しながら障壁層を成長させること、積層中に高速で成長させること、およびキャリアガスを窒素から水素へ変更すること等が知られている(特許文献1)。この技術では発光効率の向上、発光層の形成時間の短縮化により製造コストを低減すること、および昇温しながら成長することによるInの昇華防止などを利点としている。
【0008】
上述の方法で積層した発光素子は、逆耐圧(P−N接合を持つ発光素子に対し、逆方向に10μAの電流を流すために必要とする電圧の絶対値)がエージング(発光素子に対し順方向に30mAの電流を流し、一定時間保持の前後で発光素子の逆耐圧を測定、本明細書に記載の実験では、0時間、20時間、40時間後に測定を行なっている)において経時的に劣化を起こすという問題がある。
【0009】
また、上記従来技術に開示された方法で積層した発光素子では、所望する発光強度に足りず、さらなる高効率化が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−43618号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】エフ・ショルツ(F.Scholz)等、「GaInN−GaN多重量子井戸構造の構造特性の研究(Investigation on Structural Properties of GaInN-GaN Multi Quantum Well Structures)」、phys.stat.sol.(a)、第180巻、2000年、p.315
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、逆耐圧が経時劣化を起こさず、初期の良好な逆耐圧を維持する窒化物半導体素子を提供することである。
【0013】
また、本発明の別の目的は、良好な発光強度を有し、効率の良い窒化物半導体を提供することである。
【0014】
さらに、本発明の別の目的は、良好な逆耐圧を維持しつつ、順方向の駆動電圧の低い窒化物半導体素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は下記の各発明を提供する。
(1)基板上に窒化物半導体からなるn型層、発光層およびp型層をこの順序で積層させ、発光層は井戸層を該井戸層よりもバンドギャップエネルギーが大きい障壁層で挟んだ量子井戸構造とした、量子井戸構造の発光層を有する窒化物半導体発光素子の製造方法において、障壁層の成長工程が、井戸層の成長温度よりも50℃以上高い一定温度で障壁層Cを成長する工程と、当該障壁層Cを成長する工程の後に、井戸層の成長温度と同じ一定温度で障壁層Eを成長する工程とを含み、さらに前記障壁層Cを成長する工程の前に、井戸層の成長温度と同じ一定温度で障壁層Aを成長する工程を含むことを特徴とする窒化物半導体発光素子の製造方法。
【0016】
(2)障壁層の成長工程が、さらに井戸層の成長温度から昇温しながら障壁層Bを成長する工程を含むことを特徴とする上記(1)に記載の窒化物半導体発光素子の製造方法。
【0017】
(3)井戸層の成長温度が600℃以上1000℃以下であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の窒化物半導体発光素子の製造方法。
【0018】
(4)井戸層がGaInNからなることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の窒化物半導体発光素子の製造方法。
【0019】
(5)障壁層がGaInNまたはGaNからなることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか一項に記載の窒化物半導体発光素子の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、井戸層の成長に適した基板温度で井戸層を成長した後に、障壁層の成長温度を制御することにより、半導体の結晶性に優れ、発光効率が高く、逆耐圧特性の劣化が少ない窒化物半導体発光素子を形成することができる。
【0021】
また、成長温度を制御しつつ、井戸層および/または障壁層にn型ドーパントをドープすることにより、逆耐圧特性を維持しつつ、駆動電圧が低い窒化物半導体発光素子を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例1における窒化物半導体発光層の量子井戸構造成長温度プロファイルを示す図である。
【図2】実施例2における窒化物半導体発光層の量子井戸構造成長温度プロファイルを示す図である。
【図3】比較例1における窒化物半導体発光層の量子井戸構造成長温度プロファイルを示す図である。
【図4】比較例2における窒化物半導体発光層の量子井戸構造成長温度プロファイルを示す図である。
【図5】実施例1および2におけるエージング結果を示す図である。
【図6】比較例1および2におけるエージング結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、基板上に窒化物半導体からなるn型層、発光層およびp型層を有し、発光層が井戸層と前記井戸層よりもバンドギャップエネルギーが大きい障壁層とを有する量子井戸構造の窒化物半導体において、その量子井戸構造を特定の温度条件で製造することを特徴とする。
【0024】
図1は、本発明の一例である実施例1における窒化物半導体発光層の量子井戸構造成長温度プロファイルを示す図である。この成長温度プロファイル中、井戸層(6)に引き続いて低温で成長開始される障壁層(1)を以降「障壁層A」、昇温過程で成長される障壁層(2)を「障壁層B」、高温度で実質的に保持されながら成長される障壁層(3)を「障壁層C」、温度降下中に成長される障壁層(4)を「障壁層D」、温度降下後に実質的に低温に保持させながら成長する障壁層(5)を「障壁層E」と表記する。
【0025】
本発明の窒化物半導体において、その組成はn型層、発光層およびp型層の各層において従来公知の如何なる組成のものも使用できる。通常、一般式InxAlyGa1-x-yN(0≦x<1、0≦y<1、0≦x+y<1)で表わされる組成のものが、各層においてそれぞれ特定の組成比で用いられる。n型層およびp型層には一般式AlyGa1-yN(0≦y<1)で表わされる組成が好ましい。その構造も従来公知の如何なる構造のものでも使用できる。通常の構造としては、発光層をp型層とn型層で挟む構造を持ち、p型層、n型層の一部に電極を設けるコンタクト層を設けても良い。p型層とn型層に接した電極から電流の注入を行い発光させる。
【0026】
本発明の窒化物半導体において、基板には、サファイア、SiC、GaN、AlN、Si、ZnO等その他の酸化物基板等従来公知の如何なるものでも使用できる。好ましくはサファイアである。基板上に窒化物半導体をエピタキシャル成長させるために、バッファ層(GaNバッファ、AlNバッファ、SiNバッファ、AlGaNバッファ等)を設けておいてもよい。
【0027】
本発明の窒化物半導体において、発光層はバンドギャップエネルギーの小さい井戸層をバンドギャップエネルギーの大きい障壁層で挟み込んだ量子井戸構造が好ましい。井戸層と障壁層からなる量子井戸構造のペア数(井戸層および障壁層の組を1ペアとする)としては、特に制限はないが、通常は1から100、好ましくは1から50、より好ましくは1から20である。100より大きいと通常生産性が落ちるので好ましくない。
【0028】
井戸層の組成はInx1Ga1-x1N(0≦x1≦0.5)が所望の波長を得るために好ましい。x1は、0.01より大きいことがさらに好ましく、特に好ましくは0.05より大きくする。そうすることにより所望の波長が得られやすくなる。障壁層の組成はInx2Ga1-x2N(0≦x2<x1)がキャリアの閉じ込め効果の点で好ましい。x1とx2との差(x1-x2)は0.01より大きいことが好ましく、0.05より大きいとさらに好ましい。この差が0.01より小さいとキャリアの閉じ込めができない。また、x2は0.1より小さいことが特に好ましい。
【0029】
また、井戸層および/または障壁層にn型ドーパントを含有させることができる。n型ドーパントを含有するか否かにかかわらず、従来例よりも高効率の発光が得られる。n型ドーパントを含有した場合、輝度は若干低下するものの、駆動電圧が大幅に低下する。例えば電流20mAで、駆動電圧は0.4V程度低下する。特に、障壁層がn型ドーパントを含有する場合、駆動電圧の低下効果は大きい。
【0030】
n型ドーパントとしては、従来公知のn型ドーパントを何ら制限なく用いることができる。例えば、シリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、錫(Sn)、硫黄(S)、セレン(Se)およびテルル(Te)等が挙げられる。なかでもシリコン(Si)およびゲルマニウム(Ge)が好ましい。
【0031】
n型ドーパントの含有量は、用いるドーパントの種類によって異なるが、通常1×1016cm-3以上で5×1019cm-3以下が好ましい。この範囲であれば、輝度はあまり低下せず、駆動電圧が大幅に低下する。
【0032】
n型ドーパントの濃度(含有量)は井戸層および/または障壁層全体に亙って一様でもよいが、井戸層および/または障壁層において濃度を周期的に変化させることができる。周期的に変化させた場合、各層の表面平坦性が改良されるので好ましい。周期的に変化させる場合、ドーパントの供給を3〜30秒間隔で切り替えることが好ましく、より好ましくは5〜20秒間隔である。周期数がこの範囲内であれば、上述の効果が発揮される。
【0033】
濃度を周期的に変化させる場合、高濃度層が上述の範囲の含有量であればよい。低濃度層の含有量はさらに少なくてもよい。むしろアンドープが表面平坦性の改良に優れ、駆動電圧が低下するという点で好ましい。高濃度層および低濃度層のそれぞれの厚さは、通常0.1〜0.2nmの範囲が好ましい。この範囲内で低濃度層が高濃度層よりも厚い方が、ドーパント含有層で発生するピットをアンドープ層が埋めて、優れた平坦性が得られるので好ましい。
【0034】
本発明において、障壁層を形成させる際の温度は重要である。本発明の障壁層は、井戸層よりも高い温度で形成された障壁層Cおよび障壁層Cよりも低温で形成された障壁層Eの少なくとも2層がこの順序で積層されている。これらの層のどちらかを欠くと逆耐圧特性の経時劣化を防ぎ得ない。
【0035】
井戸層の温度範囲は600℃から1000℃が好ましく、さらに好ましくは650℃から950℃であり、特に好ましくは700℃から800℃である。井戸層の温度が600℃より低い場合には結晶性の悪化を招き、温度が1000℃より高い場合は所望のIn濃度を得ることが出来ない。障壁層Cの温度範囲は650℃から1300℃が好ましく、さらに好ましくは700℃から1250℃であり、特に好ましくは750℃から1200℃である。障壁層Cの温度が650℃より低い場合は結晶性の悪化を招き、1300℃より高い場合は井戸層へのダメージが懸念される。障壁層Eの温度範囲は600℃から1250℃が好ましく、さらに好ましくは650℃から1000℃であり、特に好ましくは700℃から900℃である。障壁層Eの温度が600℃より低い場合は半導体の結晶性が悪化するため好ましくない。1250℃より高い場合は逆耐圧特性の経時劣化を防ぎ得ない。
【0036】
井戸層と障壁層Cの温度差としては、実効温度で50℃以上300℃以下が好ましく、さらに好ましくは100℃以上であり、特に好ましくは150℃以上である。また、障壁層Cと障壁層Eの温度差としても、実効温度で50℃以上300℃以下が好ましく、さらに好ましくは100℃以上であり、特に好ましくは150℃以上である。井戸層と障壁層Cの温度差もしくは障壁層Cと障壁層Eの温度差が50℃より小さい場合は本発明による高発光効率は得られず、エージングによる逆耐圧の低下防止効果も弱くなる。さらに温度差が300℃より大きい場合は井戸層にダメージを与え、発光効率が低くなる。
【0037】
また、障壁層CおよびEを成長させる際に、温度を変更しつつ(例えば障壁層Cを一定温度に保たず変温させながら)成長することによっても、障壁層Cの温度が障壁層Eの温度よりも高い限り、同様に優れた発光効率と逆耐圧の低下防止効果が得られる。
【0038】
さらに、障壁層Cよりも低温で成長させた障壁層Aを、障壁層Cの手前に設けた障壁層A、障壁層Cおよび障壁層Eがこの順序で積層した3層構造にすると、高い発光強度が得られるので好ましい。この場合、障壁層Aの温度と障壁層Cの温度との差の好ましい範囲は、障壁層Eと障壁層Cとの場合の好ましい範囲と同様である。
【0039】
また、障壁層Cを形成するための昇温工程および障壁層Eを形成するための降温工程においても障壁層を成長させて、それぞれ障壁層Bおよび障壁層Dを形成してもよい。障壁層Bおよび障壁層Dを形成させた場合、高い発光強度が得られるので好ましい。
【0040】
本発明による量子井戸構造をなすために適当な井戸層の膜厚範囲は1nmから8nmが好ましく、さらに好ましくは1nmから6nmであり、特に好ましくは1nmから4nmである。1nm未満では良い発光強度が得られないので好ましくなく、8nmより大きいと井戸層の閉じ込め効果が得られないので好ましくない。障壁層A〜Eの合計膜厚範囲は3nmから40nmが好ましく、さらに好ましくは3nmから30nmであり、特に好ましくは3nmから20nmである。40nmより大きいと順方向の電流特性に悪影響を及ぼすため好ましくない。3nm未満ではキャリアの閉じ込め効果が不十分となるので好ましくない。障壁層Cおよび障壁層Eの厚さはそれぞれ少なくとも1nmあることが好ましい。障壁層Cが1nmより小さいと発光強度が十分でなく、障壁層Eが1nmより小さいと逆耐圧の経時劣化防止効果が十分でない。他の障壁層の厚さは、障壁層全体が上記の範囲に入るように適宜決めればよい。
【0041】
本発明の窒化物半導体を作る方法としては、有機金属気相成長(MOCVD)法が好ましいが、他に分子線エピタキシー法(MBE法)あるいは水素化物気相エピタキシー法(HVPE法)等従来公知の如何なる方法を用いてもよい。
【0042】
MOCVD法はこの技術分野でよく知られており、従来公知の如何なる条件で行なってもよい。
【0043】
例えば、キャリアガスとして水素または窒素を用いて、窒素源としてアンモニア(NH3)またはヒドラジンを用いることができる。III族元素源としては、トリメチルガリウム(TMG)、トリエチルガリウム(TEG)、トリメチルアルミニウム(TMA)およびトリメチルインジウム(TMI)等を用いることができる。これら原料ガスの圧力は用いる装置によって異なるが一般に20kPa〜120kPaである。
【0044】
また、n型ドーパントの原料としては、Si源として例えばモノシラン(SiH4)等が使用できる。Ge源としてはゲルマンガス(GeH4)や、テトラメチルゲルマニウム((CH34Ge)やテトラエチルゲルマニウム((C254Ge)等の有機ゲルマニウム化合物を利用できる。MBE法では、元素状のゲルマニウムもドーピング源として利用できる。例えば、MOCVD法では、Geドープn型窒化ガリウム層は、サファイア基板上に、(CH34Geを使用して形成する。p型ドーパントとしてはジメチル亜鉛(Zn(CH32)またはシクロペンタジエニルマグネシウム(Cp2Mg)等を用いることができる。
【実施例】
【0045】
以下に、本発明に係わる窒化物半導体について実施例に基づいて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0046】
(実施例1)
本実施例1では、MOCVD法を用いて、サファイア基板上にバッファ層およびn型層を形成し、その上に多重量子井戸構造を積層させ、さらにMgをドープしたp型GaN層を積層して窒化物半導体を作製した。
【0047】
上記のGaN層を含む窒化物半導体の作製は、MOCVD法を用いて以下の手順で行なった。まず、サファイア基板を、誘導加熱式ヒータのRFコイルの中に設置された石英製の反応炉の中に導入した。サファイア基板は、加熱用のカーボン製サセプター上に載置した。基板載置後、反応炉内を真空引きしてガスを排出し、窒素ガスを流通して反応炉内をパージした。窒素ガスを10分間に渡って流通した後、誘導加熱式ヒータを作動させ、10分をかけて基板温度を1170℃に昇温した。基板温度を1170℃に保ったまま、水素ガスと窒素ガスを流通させながら9分間放置して、基板表面のサーマルクリーニングを行った。サーマルクリーニングを行っている間に、反応炉に接続された原料であるトリメチルガリウム(TMG)、シクロペンタジエニルマグネシウム(Cp2Mg)の入った容器(バブラ)の配管に水素キャリアガスを流通して、バブリングを開始した。各バブラの温度は、温度を調整するための恒温槽を用いて一定に調整しておいた。バブリングによって発生した原料の蒸気は、GaN層の成長工程が始まるまでは、キャリアガスと一緒に除外装置への配管へ流通させ、除外装置を通して系外へ放出した。サーマルクリーニングの終了後、誘導加熱式ヒータを調節して基板の温度を510℃に降温し、窒素からなるキャリアガスのバルブを切り替え、反応炉内への窒素の供給を開始した。その10分後に、TMGの配管およびアンモニアガスの配管のバルブを切り替え、TMGとアンモニアを反応炉内へ供給し、GaNからなるバッファ層を基板上に形成した。約10分間に渡ってバッファ層の成長を行ったあと、TMGの配管のバルブを切り替えて、TMGの供給を停止し、バッファ層の成長を終了した。
【0048】
バッファ層を形成した後、n型層を積層した。まず、基板の温度を1060℃に昇温させた。昇温中、バッファ層が昇華しないように、キャリアガスである窒素と水素に加えてアンモニアガスを反応炉内に供給した。その後1150℃に昇温し、温度が安定したのを確認した後、TMGの配管のバルブを切り替え、これらの原料の蒸気を含む気体を反応炉内へ供給して、バッファ層上にGaN層の成長を行った。約1時間に渡って上記のGaN層の成長を行ったあと、SiH4の配管バルブを切り替え、SiドープされたGaN層を約1時間に渡って成長させた。その後バルブ操作により、成長を中断し、800℃まで降温し、トリエチルガリウム(TEG)、トリメチルインジウム(TMI)およびアンモニアガスのバルブ操作によりIn0.04Ga0.96Nからなるクラッド層を成長させた。
【0049】
この後、本発明に関わる量子井戸構造の発光層を積層した。図1は本実施例に関わる量子井戸構造の温度の成長プロファイルを示す。
【0050】
基板の温度を800℃に維持したままで、キャリアガスとして窒素(14リットル/分)を使用し、アンモニア(14リットル/分)およびTEG(30cc/分)を供給して、GaNからなる量子井戸構造の障壁層Aを1分間成長させた。その後1000℃まで2分間掛けて昇温させつつ、障壁層Bを成長させ、1000℃にて2分間保持しつつ障壁層Cを成長させた。その後800℃に2分間掛けて降温しながら障壁層Dを成長させ、最後に800℃で4分間保持しつつ障壁層Eを成長させた。(以後量子井戸構造の最初の障壁層を障壁層1と記載する、同様に最初の井戸層を井戸層1、次の障壁層を障壁層2、以下順次障壁層3,4,5とする。)
【0051】
その後800℃の温度を維持した状態でさらにTMI(30cc/分)を3分間供給し、In0.07Ga0.93Nからなる量子井戸構造の井戸層1を成長させた。
【0052】
同様の手順を5回繰り返すことで、井戸層5まで成長させた後、さらに障壁層6を成長させ、多重量子井戸構造を作成した。原料ガスの供給圧力は50kPaであった。
【0053】
このようにして、5層の井戸層からなる量子井戸構造を形成した後、温度を1,050℃まで加熱し、バルブ操作によりTMG、Cp2Mgおよびアンモニアガスを供給し、p型のGaN層を成長させて本発明の窒化物半導体を作製した。
【0054】
GaN層の成長を終了した後、誘導加熱式ヒータを制御して、基板の温度を室温まで20分掛けて降温した。降温中は、反応炉内の雰囲気を成長中と同じようにアンモニアと窒素と水素から構成したが、基板の温度が400℃となったのを確認後、アンモニアと水素の供給を停止した。その後、窒素ガスを流通しながら基板温度を室温まで降温し、作製した窒化物半導体を大気中に取り出した。
【0055】
以上の工程により、GaNバッファ層を有するサファイア基板上に、厚さ2μmからなるアンドープのGaN層、厚さ2μmからなるSiドープのn型GaN層、厚さ0.2μmからなるInGaNクラッド層、厚さ7nmからなる障壁層と厚さ3nmからなる井戸層を組み合わせた多重量子井戸構造の発光層、および厚さ150nmからなるp型GaN層が順次積層された本発明の窒化物半導体を得た。
【0056】
この半導体のSiドープのn型GaN層に負極を、p型GaN層に正極をそれぞれこの技術分野でよく知られた慣用の手段により設けて窒化物半導体発光素子を作製した。
【0057】
この発光素子に順方向で30mAの電流を流し、スタート時、20時間後および40時間後に逆耐圧(P−N接合を持つ発光素子に対し、逆方向に10μAの電流を流すために必要とする電圧の絶対値)を測定するエージングテストを行なった。その結果を図5に示す。図中、1〜5が本実施例のサンプルである。40時間後でも逆耐圧の劣化は全く観察されなかった。
【0058】
また、電流20mAでの発光は、発光波長462nm、順方向電圧3.4mVおよび出力6.0mWであり、優れた発光効率を示した。
【0059】
さらに、この発光素子に慣用の手段によりリード線を設け、また、蛍光体を有するカバーを設けることにより、発光ダイオード、レーザー素子およびランプを作製した。
【0060】
(実施例2)
In0.04Ga0.96Nからなるクラッド層の成長後すぐに昇温を始め、2分間掛けて1000℃まで昇温し、障壁層Bを形成して障壁層Aを形成しなかったこと以外は実施例1と同様に窒化物半導体および窒化物半導体発光素子を作製した。図2に本実施例に関わる量子井戸構造の温度の成長プロファイルを示す。
【0061】
図5中、6〜10が本実施例のサンプルであり、実施例1と同様に40時間後でも逆耐圧の劣化は全く観察されなかった。
【0062】
また、電流20mAでの発光は、発光波長462nm、順方向電圧3.4mVおよび出力5.5mWであり、優れた発光効率を示した。
【0063】
(実施例3)
障壁層を成長させる際にTMA(2cc/分)をさらに添加し、Al0.03Ga0.97Nからなる障壁層としたこと、および井戸層を成長させる際にTMIの流量を10cc/分とし、In0.03Ga0.97Nからなる井戸層としたこと以外は実施例1と同様に窒化物半導体および窒化物半導体発光素子を作製した。
【0064】
得られた発光素子を実施例1と同様に評価したところ、40時間後でも逆耐圧の劣化は全く観察されなかった。また、電流20mAでの発光は、発光波長395nm、順方向電圧3.4mVおよび出力6.5mWであり、紫外の発光においても優れた発光効率を示した。
【0065】
(実施例4)
本実施例では、実施例1におけるSiドープのn型GaN層をGeドープのn型GaN層としたこと以外は実施例1と同様の窒化物半導体および窒化物半導体発光素子を作製した。
【0066】
Geドープn型GaN層は以下の如く形成した。実施例1におけるSiH4の代わりに、テトラメチルゲルマニウム(以下(CH34Ge)を流通し、その後流通を停止するサイクルを100回繰り返し、厚さ2.0μmのGe濃度が周期的に変化するGeドープn型GaN層を形成した。それ以外は全て実施例1と同様に窒化物半導体および窒化物半導体発光素子を作製した。
【0067】
得られた発光素子を実施例1と同様に評価したところ、40時間後でも逆耐圧の劣化は全く観察されなかった。また、電流20mAでの発光は、発光波長461nm、順方向電圧3.4mVおよび出力5.4mWであり、優れた発光効率を示した。
【0068】
(実施例5)
本実施例では、実施例1におけるSiドープのn型GaN層を実施例4と同様にGeドープのn型GaN層にしたこと、およびGaNからなる厚さ7nmの障壁層をGeドープGaNからなる厚さ16nmの障壁層にしたこと以外は実施例1と同様の窒化物半導体および窒化物半導体発光素子を作製した。なお、障壁層のGeドープ濃度は5×1017cm-3になるようにした。
【0069】
障壁層の形成は、Geドープ濃度が5×1017cm-3になるようにテトラエチルゲルマニウム(TEGe)をさらに添加したこと、障壁層Cおよび障壁層Eの成長時間をそれぞれ8分としたこと以外は実施例1と同様に行なった。
【0070】
得られた発光素子を実施例1と同様に評価したところ、40時間後でも逆耐圧の劣化は全く観察されなかった。また、電流20mAでの発光は、発光波長461nm、順方向電圧3.0mVおよび出力5.0mWであり、優れた発光効率を示した。
【0071】
(比較例1)
In0.04Ga0.96Nからなるクラッド層の成長までは実施例1と同じである。その後すぐに、キャリアガスとして窒素を使用してアンモニアおよびTEGを供給しつつ昇温を始め、2分間掛けて1000℃まで昇温し、アンドープのGaNからなる障壁層Bを形成し、障壁層Aは形成しなかった。次いで1000℃で9分間保持して障壁層Cを成長させた。
【0072】
次にTEGの供給を止め、基板の温度を800℃まで降温し、障壁層Dは形成しなかった。800℃になった時点でTEGの供給を再開すると同時にTMIも供給して、3分間この温度に維持して、InGaNからなる量子井戸構造の最初の井戸層を成長させ、障壁層Eは形成しなかった。
【0073】
その後TMIの供給を止めて1000℃まで昇温させ、障壁層2の障壁層Bを成長させた。同様の手順を5回繰り返すことで、井戸層5まで成長させた後、障壁層6を成長させ、多重量子井戸構造を作製した。原料ガスの流量および圧力は実施例1と同じである。図3に本比較例に関わる量子井戸構造の温度の成長プロファイルを示す。
【0074】
このようにして、5層の井戸層からなる量子井戸構造を形成し、その後p型のGaN層を形成して、窒化物半導体を作製した。この窒化物半導体に実施例1と同様に負極と正極を設けて窒化物半導体発光素子とした。
【0075】
実施例1と同様に、この窒化物半導体発光素子のエージングテストを行なった。その結果を図6に示す。図中、1〜5が本比較例のサンプルである。この図から明らかなとおり、20時間後には逆耐圧が大幅に劣化した。
【0076】
また、電流20mAでの発光は、発光波長463nm、順方向電圧3.5mVおよび出力3.0mWであった。
【0077】
(比較例2)
障壁層C形成後、1000℃から800℃に降温する際にもTEGの供給を続けて障壁層Dを形成すること以外は、比較例1と同様に窒化物半導体および窒化物半導体発光素子を作製した。図4に本比較例に関わる量子井戸構造の温度の成長プロファイルを示す。
【0078】
図6中、6〜10が本比較例のサンプルであり、比較例1と同様に20時間後には逆耐圧が大幅に劣化した。また、電流20mAでの発光は、発光波長461nm、順方向電圧3.4mVおよび出力3.0mWであった。
【0079】
(比較例3)
Siドープのn型GaN層およびアンドープGaNからなる障壁層を実施例5と同様にそれぞれGeドープのn型GaN層およびGeドープGaNからなる障壁層にしたこと以外は比較例1と同様に窒化物半導体および窒化物半導体発光素子を作製した。
【0080】
得られた発光素子を実施例1と同様に評価したところ、比較例1に比べ逆耐圧の劣化は抑えられたが各実施例に比べては劣化した。また、電流20mAでの発光は、発光波長463nm、順方向電圧3.3Vおよび出力3.0mWであった。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明によって提供される窒化物半導体は発光素子用材料として有用であり、これを用いて得られた発光素子は、青色発光素子として各種インジケーター等の電子機器に有用である。
【符号の説明】
【0082】
1 障壁層A
2 障壁層B
3 障壁層C
4 障壁層D
5 障壁層E
6 井戸層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に窒化物半導体からなるn型層、発光層およびp型層をこの順序で積層させ、発光層は井戸層を該井戸層よりもバンドギャップエネルギーが大きい障壁層で挟んだ量子井戸構造とした、量子井戸構造の発光層を有する窒化物半導体発光素子の製造方法において、障壁層の成長工程が、井戸層の成長温度よりも50℃以上高い一定温度で障壁層Cを成長する工程と、当該障壁層Cを成長する工程の後に、井戸層の成長温度と同じ一定温度で障壁層Eを成長する工程とを含み、さらに前記障壁層Cを成長する工程の前に、井戸層の成長温度と同じ一定温度で障壁層Aを成長する工程を含むことを特徴とする窒化物半導体発光素子の製造方法。
【請求項2】
障壁層の成長工程が、さらに井戸層の成長温度から昇温しながら障壁層Bを成長する工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の窒化物半導体発光素子の製造方法。
【請求項3】
井戸層の成長温度が600℃以上1000℃以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化物半導体発光素子の製造方法。
【請求項4】
井戸層がGaInNからなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の窒化物半導体発光素子の製造方法。
【請求項5】
障壁層がGaInNまたはGaNからなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の窒化物半導体発光素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−238971(P2011−238971A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−182842(P2011−182842)
【出願日】平成23年8月24日(2011.8.24)
【分割の表示】特願2004−289955(P2004−289955)の分割
【原出願日】平成16年10月1日(2004.10.1)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】