説明

糖脂質含有組成物、その用途およびその製造方法

本発明の糖脂質含有組成物は、例えばホウレン草(Spinacia oleracea L.)から簡便な方法で精製することができ、モノガラクトシルジアシルグリセロール、ジガラクトシルジアシルグリセロール、およびスルホキノボシルジアシルグリセロールの3種類の糖脂質を高い割合で含有する。この糖脂質含有組成物は、DNA合成酵素阻害活性、癌細胞増殖抑制活性、抗腫瘍活性といった有用な生理活性を有するが、リパーゼ処理によって更に強い生理活性が得られ、例えば抗癌作用または癌予防効果をもつ機能性食品などに有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬および食品(特に機能性食品)への利用が可能な有用な生理活性を有する糖脂質含有組成物、その用途およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
真核生物のDNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)は、これまでα、β、γ、δ、ε、ζ、η、θ、ι、κ、λ、μ、及びσの13種類のDNA合成酵素が知られている。これらのDNA合成酵素群は、細胞の増殖、分裂、分化などに関与しているが、α型はDNA複製、β型は修復と組換え、δ型及びε型は複製と修復の双方を担うといった具合にタイプによって異なる機能を有することが知られている。
【0003】
このようにDNA合成酵素は細胞の増殖等に関与することから、その酵素活性を阻害するDNA合成酵素阻害物質は、例えば、癌に対して癌細胞の増殖抑制作用を示し、エイズに対してHIV由来逆転写酵素に対する阻害作用を示し、あるいは免疫担当細胞において抗原に対する特異的抗体産生を抑制する免疫抑制作用を示すことが考えられる。また、DNA合成酵素の活性を阻害することで細胞周期に影響を与え、細胞死(アポトーシス)を誘導する作用を示すことも考えられる。このため、DNA合成酵素阻害物質を、抗癌剤(制癌剤)、エイズ治療剤、抗ウイルス剤、免疫抑制剤、アポトーシス誘導剤などとして利用することが期待されており、同物質を利用し、種々の癌、エイズ等のウイルス疾患、免疫疾患など各種疾患の予防・治療に効果のある医薬品の開発、さらには同様の効果を有する機能性食品の開発が期待されている。
【0004】
例えば、DNA合成酵素阻害活性を有する紅藻類由来の糖脂質が、抗癌剤、HIV由来逆転写酵素阻害剤、免疫抑制剤として有用であることが報告されている(下記特許文献1参照)。現在、DNA合成酵素阻害剤として、ジデオキシTTP(ddTTP)、N−メチルマレイミド、ブチルフェニル−dGTPなどが知られている(下記非特許文献1参照)。また植物由来の糖脂質であるスルホキノボシルアシルグリセロールにもDNA合成酵素阻害作用が見出されている(下記特許文献2参照)。
【0005】
さらに、ウニより見出された糖脂質スルホキノボシルモノアシルグリセロール(SQMG)の抗腫瘍効果、ホウレン草(Spinacia oleracea L.)から精製されたモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)、ジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)、スルホキノボシルジアシルグリセロール(SQDG)など各種糖脂質のDNA合成酵素阻害活性についても報告されている(下記非特許文献2・3参照)。
【0006】
【特許文献1】特開平11−106395号公報
【特許文献2】特開2000−143516号公報
【非特許文献1】Annual Review of Biochemistry,1991,60,513−552頁
【非特許文献2】Jpn.J.Cancer Res.,2002,93,85−92頁
【非特許文献3】Biochemical Pharmacology,2003,65,259−267頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
最近は、生活習慣病など種々の疾病に対する予防・改善効果をもつものとして機能性食品に注目が集まっている。機能性食品は、AHCC(Active Hexose−Correlated Compound)、サメ軟骨、あるいはアガリクスなどといった天然成分を含み、この天然成分の生理活性により人の免疫力や自然治癒力を高め、病気の予防・改善を図るものである。そこで、上述のDNA合成酵素阻害活性を有する天然物由来の糖脂質を、医薬のみならず、このような機能性食品へ適用することが考えられるが、従来のこれら糖脂質の精製方法は各々の糖脂質を単独に精製するものであるため、精製が比較的煩雑で時間がかかる上、収量も少なく、機能性食品への利用には不向きであった。
【0008】
本発明は、上記の事情に鑑み、天然物から簡便な操作で効率よく得られ、しかも有用な生理活性を有する糖脂質を高収量かつ高純度に含有する糖脂質含有組成物を提供すること、およびその用途と製造方法を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の課題に鑑み鋭意研究を進めた結果、(1)製造条件を工夫することにより、後述の3種類の糖脂質を高収量かつ高純度に含有する糖脂質含有組成物を原料(ホウレン草)から簡便な方法で製造し得ること、(2)得られた糖脂質含有組成物は、DNA合成酵素阻害活性、癌細胞増殖抑制活性、in vivoにおける抗腫瘍活性といった有用な生理活性を有すること、(3)上記糖脂質含有組成物をリパーゼ処理することにより少なくともモノアシルグルセロールタイプの2種類の糖脂質を含有する糖脂質含有組成物が得られ、当該組成物はさらに強力なDNA合成酵素阻害活性、癌細胞増殖抑制活性、抗腫瘍活性を有すること、等を見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、産業上有用な下記A)〜L)の発明を含むものである。
A)海藻または陸生植物から精製され、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルジアシルグリセロール、ジガラクトシルジアシルグリセロール、およびスルホキノボシルジアシルグリセロールを含有する糖脂質含有組成物(以下、特に「第1の糖脂質含有組成物」という場合がある)。
B)上記第1の糖脂質含有組成物をリパーゼ処理することにより得られ、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルモノアシルグリセロール、およびスルホキノボシルモノアシルグリセロールを含有する糖脂質含有組成物(以下、特に「第2の糖脂質含有組成物」という場合がある)。
C)上記第1又は第2の糖脂質含有組成物を有効成分とするDNA合成酵素阻害剤。
D)上記第1又は第2の糖脂質含有組成物を有効成分とする抗癌剤。
E)上記第1又は第2の糖脂質含有組成物を有効成分とする医薬用組成物。
F)上記第1又は第2の糖脂質含有組成物を含む食用組成物。
G)海藻または陸生植物を原料として、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルジアシルグリセロール、ジガラクトシルジアシルグリセロール、およびスルホキノボシルジアシルグリセロールを含有する糖脂質含有組成物を製造する方法。
H)上記G)記載の方法により製造された糖脂質含有組成物をリパーゼ処理することにより、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルモノアシルグリセロール、およびスルホキノボシルモノアシルグリセロールを含有する糖脂質含有組成物を製造する方法。
I)上記G)記載の方法において、疎水クロマトグラフィーを用いて植物抽出物(海藻または陸生植物からの抽出物の意味。以下同じ。)から糖脂質画分を精製する工程を含む方法。
J)上記I)記載の方法において、糖脂質の溶出にエタノール等のアルコールまたはアセトン等の有機溶媒を用い、50%〜75%の含水有機溶媒にて水溶性物質を溶出後、85%〜100%の含水有機溶媒もしくは有機溶媒にて糖脂質を溶出する工程を含む方法。
K)上記G)記載の方法において、植物抽出物を得る前に、植物を40℃〜80℃の温水で洗浄し、水溶性成分を除去する工程を含む方法。
L)上記G)記載の方法において、原料にホウレン草(Spinacia)等の緑黄色野菜を使用する方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の第1および第2の糖脂質含有組成物はいずれも、DNA合成酵素阻害活性、癌細胞増殖抑制活性、抗腫瘍活性といった有用な生理活性を有し、DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤その他の医薬用組成物および食用組成物(食品または食品添加物)に利用できる。しかも、本発明の糖脂質含有組成物は、海藻または陸生植物から簡便な操作で効率よく製造することができ、高収量であるので大量かつ安価に生産することも可能であり、機能性食品などに好適に用いることができ、例えば抗癌作用、癌予防効果をもつ機能性食品として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】(a)〜(e)は、本発明の糖脂質含有組成物に含まれる各種糖脂質の化学構造を示す図である。
【図2】本発明の第1の糖脂質含有組成物の製造方法を説明する図である。
【図3】本発明の第1の糖脂質含有組成物に含まれる成分を薄層クロマトグラフィーにより解析した結果を示す図である。
【図4】本発明の第1の糖脂質含有組成物のDNA合成酵素α阻害活性を調べた結果を示すグラフである。
【図5】本発明の第1の糖脂質含有組成物の癌細胞増殖抑制活性を調べた結果を示すグラフである。
【図6】本発明の第2の糖脂質含有組成物に含まれる成分を薄層クロマトグラフィーにより解析した結果を示す図である。
【図7】本発明の第1および第2の糖脂質含有組成物のDNA合成酵素阻害活性を調べた結果を示すグラフである。
【図8】本発明の第1および第2の糖脂質含有組成物の癌細胞増殖抑制活性を調べた結果を示すグラフである。
【図9】本発明の第1および第2の糖脂質含有組成物のin vivo抗腫瘍活性を調べた結果を示すグラフである。
【図10】図9と同じくin vivo抗腫瘍活性を調べた結果を示す図であり、(a)は生理食塩水を投与した場合の結果、(b)は第2の糖脂質含有組成物を投与した場合の結果である。
【図11】ヒト子宮癌細胞(HeLa)を移植したヌードマウス(balb/c,−/−)において、本発明の糖脂質含有組成物のin vivo抗腫瘍活性を調査した結果を示すグラフである。
【図12】マウス由来の肉腫細胞(S−180)を移植したICRマウスにおいて、本発明の糖脂質含有組成物を経口投与した場合のin vivo抗腫瘍活性を調査した結果を示すグラフである。
【図13】第1の糖脂質含有組成物をリパーゼ処理することにより、第2の糖脂質含有組成物を製造する方法を説明する図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の一形態について説明する。
(1)本発明の糖脂質含有組成物およびその製造方法
前述のとおり、本発明の第1の糖脂質含有組成物は、海藻または陸生植物から精製され、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルジアシルグリセロール、ジガラクトシルジアシルグリセロール、およびスルホキノボシルジアシルグリセロール(以下、これら糖脂質をそれぞれ「MGDG」、「DGDG」、「SQDG」と略称する)を含有するものである。また、本発明の第2の糖脂質含有組成物は、本発明の第1の糖脂質含有組成物をリパーゼ処理することにより得られ、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルモノアシルグリセロール、およびスルホキノボシルモノアシルグリセロール(以下、これら糖脂質をそれぞれ「MGMG」、「SQMG」と略称する)を含有するものである。
【0014】
図1の(a)〜(e)には、それぞれ、上記MGDG、DGDG、SQDG、MGMG、SQMGの化学構造が示される。図中、R〜Rは互いに独立した脂肪酸であり、好ましくは炭素数14〜22の飽和脂肪酸または一価もしくは多価の不飽和脂肪酸である。飽和脂肪酸としては、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸等を例示でき、不飽和脂肪酸としては、パルミトオレイン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸(ω3)、ジホモガンマリノレン酸、オクタデカテトラエン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸等を例示できる。なお、各糖脂質におけるグリセロール骨格の1位と2位の構成脂肪酸の種類は特に限定されるものではなく、ジアシルグルセロールタイプの糖脂質においては、両脂肪酸は同じものであっても、異なるものであってもよい。
また、各糖脂質は薬学的に許容され得る塩の状態であってもよい。このような塩としては、フッ化水素酸塩、塩酸塩などのハロゲン化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの無機酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、スルホン酸塩、有機酸塩、およびアミノ酸塩が挙げられ、好適には塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩を挙げることができる。
【0015】
本発明の第1の糖脂質含有組成物は、例えば以下の方法によりホウレン草(Spinacia)から抽出・精製することができる。まず、原料には市販のホウレン草(Spinacia oleracea L.)を使用し、図2に示すように、その乾燥物100gを細断した後、水溶性成分をできるだけ除去するために、60℃の温水1Lで2回洗浄する。次に、濾紙を使用して濾過後、水分を除去し、得られた固形物(残渣)に1Lのエタノールを加え、撹拌しながら60℃で還流抽出を2回行う。抽出液は濾過後、減圧下で濃縮を行うことで、ホウレン草のオイル状抽出物が得られる。実際、この方法により乾燥ホウレン草100gからオイル状抽出物20.5gが得られた。
【0016】
次に、得られた抽出物を70%エタノール溶液(エタノールと水の体積比が70:30の溶液。以下同様。)に溶解した後、逆相クロマトグラフィーにより糖脂質画分を精製し、本発明の第1の糖脂質含有組成物を得る。本発明者が行った方法では、上記抽出物を70%エタノール溶液に溶解した後、これを疎水クロマトグラフィー用樹脂500g(ダイヤイオンHP−20、三菱化学社製)に注入し、その後、70%エタノールで未吸着物質を洗浄・溶出した画分I(水溶性画分、13.0g)、95%エタノールで溶出される画分II(糖脂質画分すなわち本発明の糖脂質含有組成物、6.5g)、クロロホルムで溶出される画分III(クロロフィル(葉緑素)を含む色素画分、1.0g)の3つに分画した。
【0017】
上記画分II、すなわち本発明の糖脂質含有組成物に含まれる成分を薄層クロマトグラフィーにより解析した結果、MGDG、DGDGおよびSQDGの3つの糖脂質が含まれていることが確認された(図3参照)。また、分析の結果、上記糖脂質画分(画分II)250mgには、MGDGが84.7mg(33.9%)、DGDGが35.0mg(14.0%)、SQDGが92.3mg(36.9%)含まれていた。このように、本発明の第1の糖脂質含有組成物において、MGDG、DGDGおよびSQDGの3つの糖脂質の含有量は好ましくは重量比70%以上、より好ましくは75%以上、さらに好ましくは80%以上である。
【0018】
さらに、上記糖脂質画分(画分II)のDNA合成酵素阻害活性およびヒト癌細胞増殖抑制活性を検討したところ、上記糖脂質画分はDNA合成酵素αを阻害し、ヒト胃癌細胞株NUGC−3細胞の増殖を抑制し、in vivoにおける抗腫瘍活性も認められた(図4、図5および図9〜図12参照)。なお、これら実験の詳細については、後述の実施例で説明する。
【0019】
このように、本発明の糖脂質含有組成物は上記方法によりホウレン草から抽出・精製することができるが、上記製造方法に限定されるものではなく、種々の変更が可能である。例えば、上記画分IIの精製方法では原料にホウレン草(Spinacia oleracea L.)を使用したが、これに限らず他の植物または海藻を原料に使用してもよい。好ましくは、他の緑黄色野菜(小松菜、クレソン、パセリ、ブロッコリー、ピーマン等)や大麦の葉等の陸生植物、藍藻類(Anabaena variabilis、Anacystis nidulans、Spirulina platensis:スピルリナ等)、紅藻類(Porphyra yezoensis:スサビノリ、Gelidium amansii:マクサ、Gigartina tenella:スギノリ、Gracilaria verrucosa:オゴノリ等)、褐藻類(Undaria pinnatifida:ワカメ、Hizikia fusiformis:ヒジキ、Laminaria japonica:マコンブ、Sargassum horneri:アカモク等)または緑藻類(Chlamidomonas sp.:クラミドモナスの一種、Enteromorpha sp.:アオサの一種、Chlorella sp.:クロレラ等)に属する藻の藻体を挙げることができる。
【0020】
これらいずれか一つ又は複数の原料を必要に応じて細断ないしは粉砕し、ヘキサン、クロロホルム、アセトン、メタノール、エタノール等の脂質成分抽出用有機溶媒を用いて抽出処理し、該抽出液から溶媒を除去して全脂質を得る。ついで、シリカゲル、アルミナ、セファデックス、逆相吸着剤(オクタデシルシリル化シリカゲル等)、イオン交換樹脂、合成吸着剤等を用いたカラムクロマトグラフィーで分画処理して濃縮画分を採取し、さらに必要に応じて濃縮精製し、目的物である本発明の糖脂質含有組成物を調製することができる。さらに、得られた糖脂質含有組成物を後述のようにリパーゼ処理することによって、モノアシルグリセロールタイプの糖脂質を含有する本発明の第2の糖脂質含有組成物を調製することができる。
【0021】
より具体的に、植物から本発明の糖脂質含有組成物を製造する方法として2つの好ましい方法について説明すると、第1の方法では、まず植物の乾燥物を細断して、温水、好ましくは40℃〜80℃(より好ましくは50℃〜70℃)で洗浄する。その後、濾過により水分を除去し、得られた固形物(残渣)に50%以上のエタノール溶液もしくはエタノールを加え、撹拌しながら40℃〜80℃(より好ましくは50℃〜70℃)で還流抽出を行う。抽出液を濾過後、減圧下で濃縮を行い、得られた抽出物を50%〜75%のエタノール溶液に溶解し、疎水性クロマトグラフィー樹脂に注入する。そして水−エタノールの混合比において段階的に溶出を行う。まず50%〜75%のエタノール溶液では樹脂に吸着しない水溶性物質が溶出され、それに続く85%以上のエタノール溶液(またはアセトンなどの有機溶媒)によって、糖脂質など脂溶性物質が溶出される。さらに脂溶性色素や脂肪酸などを除去して糖脂質画分を精製してもよいが、85%〜100%エタノール溶液で溶出することによって糖脂質だけを効率よく分画することが可能である。本発明者が行った前述の画分IIの精製方法も基本的にこの第1の方法であり、簡易迅速に高純度かつ高収量で本発明の糖脂質含有組成物を調製する方法として好ましい方法である。
【0022】
第2の方法は、まず植物の乾燥物を細断して、含水アセトンもしくはアセトンを加え、撹拌しながら30℃〜50℃で還流抽出を行う。抽出液は濾過後、減圧下で濃縮を行い、得られた抽出物を含水アセトン溶液に溶解し、イオン交換樹脂(SK1Bイオン交換樹脂(三菱化学社製)など)に注入する。水−アセトンの混合比において段階的に溶出を行うことにより、糖脂質含有画分は例えば95%以上のアセトン溶液による溶出によって得ることができる。
【0023】
本発明者が行った前述の画分IIの精製方法は、(1)粗抽出物(オイル状抽出物)を得る前に、温水抽出すなわち温水で洗浄することにより水溶性成分をできるだけ事前除去して、糖脂質含有組成物の精製を容易にしたこと、(2)疎水クロマトグラフィーを用いたこと、(3)エタノール溶液で糖脂質画分を溶出させるときの水−エタノールの比率を厳密に検討したこと、を特徴としている。上記(1)については、植物(ホウレン草)を60℃の温水1Lで2回洗浄し、水溶性成分を除去したが、40℃〜80℃の温水で洗浄してもよい。また、温水の量、洗浄回数などは原料の量などに応じて適宜設定すればよい。上記(2)については、三菱化学社製のダイヤイオンHP−20を使用したが、他の樹脂等を使用して疎水(逆相)クロマトグラフィーを行ってもよい。上記(3)については、70%エタノール溶液で水溶性画分(画分I)を溶出後、95%エタノール溶液で糖脂質画分(画分II)を溶出したが、この方法以外に、エタノール等のアルコールまたはアセトン等の有機溶媒を用い、50%〜75%(より好ましくは65%〜75%)の含水有機溶媒にて水溶性物質を溶出後、85%〜100%(より好ましくは92%〜98%)の含水有機溶媒もしくは有機溶媒にて糖脂質を溶出してもよい。
【0024】
後述のように、上記方法により得られた画分IIには、DNA合成酵素阻害活性および癌細胞増殖抑制活性などの活性が認められる一方、単なるエタノール抽出液(前記オイル状抽出物)にはこのような活性は認められず、水溶性画分(画分I)および色素画分(画分III)にもこのような活性は認められなかった。これらの実験結果から、水溶性画分または色素画分に活性妨害物質(マスキング物質)の存在する可能性が想定され、もしそうであれば、上記の方法により糖脂質画分を精製し、活性妨害物質を取り除くことは非常に有効な方法といえる。また、上記の方法により本発明の糖脂質含有組成物を製造することは、(1)各々の糖脂質を精製するよりも簡便であり、(2)各々の糖脂質を精製するよりも収量が多く、(3)精製した糖脂質よりも機能性食品として利用しやすい、などの利点がある。
【0025】
本発明の第1の糖脂質含有組成物において、MGDG、DGDGおよびSQDGの各々が含まれる割合は特に限定されるものではない。これら3つの糖脂質の含有比は原料となる植物・海藻によっても異なり、例えばホウレン草の場合、通常これら糖脂質の含有比は、MGDG:DGDG:SQDG=およそ1:2.15:1.75(およそ20:43:35)である。他の野菜などの場合はこれら糖脂質の含有比はかなり異なるものがある。本発明者が行った実験結果によると、SQDGの比率が高い糖脂質画分はDNA合成酵素阻害活性が強いので、SQDG含量が多い方が好ましい。
【0026】
本発明の糖脂質含有組成物に含まれる各糖脂質の脂肪酸鎖の種類についても特に限定されるものではないが、脂肪酸鎖は比較的長い(例えば炭素数16以上)ほうが好ましく、不飽和脂肪酸鎖における二重結合の数は1つまたは2つであるときにDNA合成酵素阻害活性が高いので、両者いずれかであることが好ましい。
【0027】
前述のとおり、本発明の第1の糖脂質含有組成物において、MGDG、DGDGおよびSQDGの3つの糖脂質の含有量は好ましくは重量比70%以上、より好ましくは75%以上、さらに好ましくは80%以上であり、糖脂質以外の成分はできる限り含まれていないことが好ましい。もっとも、抗酸化活性のあるフラボノイド化合物(カテキンやポリフェノールなどの脂溶性成分)は脂肪酸の二重結合の酸化を防ぐ性質を有するので、本発明の糖脂質含有組成物は同化合物などの物質を含むものであってもよい。
【0028】
さらに、以上説明した製法により得られた本発明の第1の糖脂質含有組成物をリパーゼ処理することにより、モノアシルグリセロールタイプの糖脂質を含有する本発明の第2の糖脂質含有組成物を製造することができる。
【0029】
本発明者が行った方法は、図13に示すように、上記糖脂質画分(画分II)10mg/mlおよびブタ膵臓リパーゼ10mg/mlを反応液(0.2M Tris−HCl(pH7.6)、0.25M CaCl)において37℃、20分間振とう反応させ、糖脂質をリパーゼにより加水分解し、その後6NのHClで反応を止める。次にn−ブタノール(n−BuOH)と水で分配することにより、糖脂質はn−ブタノール層へ、リパーゼは水層へ移動するので、リパーゼ分解された糖脂質を含有する本発明の第2の糖脂質含有組成物を調製することができる。
【0030】
薄層クロマトグラフィーにより解析した結果、リパーゼ反応後の上記糖脂質含有組成物には、MGMGおよびSQMGの2つの糖脂質が含まれ、リパーゼ反応前の画分II中の糖脂質MGDG・SQDGは、リパーゼ加水分解反応により、それぞれMGMG・SQMGに分解された。一方、DGDGは、リパーゼにより加水分解されず、リパーゼ反応後の上記糖脂質含有組成物中にも検出された(図6参照)。
【0031】
このように、本発明の第1の糖脂質含有組成物をリパーゼ処理することにより得られた本発明の第2の糖脂質含有組成物についてDNA合成酵素阻害活性などを検討したところ、DNA合成酵素阻害活性、癌細胞増殖抑制活性、抗腫瘍活性のいずれにおいても第1の糖脂質含有組成物に比べて高い活性が認められた(図7〜図9参照)。したがって、本発明の第2の糖脂質含有組成物は、DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤(制癌剤)、機能性食品などの各用途に、より有効なものといえる。
【0032】
なお、本発明の第1の糖脂質含有組成物から第2の糖脂質含有組成物を得るためのリパーゼ処理は、図13に示される方法に限定されるものではなく、他の公知のリパーゼ処理によって第2の糖脂質含有組成物を製造してもよい。
【0033】
本発明の第1および第2の糖脂質含有組成物を工業生産する場合は、以上説明した方法を工業生産により適したものとするため各工程の具体的方法に適宜変更を加えてもよい。例えば、疎水クロマトグラフィーによる糖脂質画分の精製工程においては、カラム法(クロマト樹脂を筒状のカラムに詰めて上から組成物溶液を流す方法)のほかに、バッチ法(組成物溶液の中にクロマト樹脂を入れてかき混ぜる方法)が工業化に有利であると考えられる。また、リパーゼ処理については、酵素(リパーゼ)溶液を組成物溶液に加えて攪拌しながら反応させる方法のほかに、リパーゼを固定化したカラムに組成物を流して反応させる、いわゆる「固定化酵素」を用いる精製方法が大量生産には有利であると考えられる。
【0034】
(2)本発明の糖脂質含有組成物の用途
上述した本発明の第1および第2の糖脂質含有組成物はいずれも、DNA合成酵素阻害活性、癌細胞増殖抑制活性、抗腫瘍活性といった有用な生理活性を有することから、DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤(制癌剤)として利用可能であり、特に機能性食品などに好適に用いることができ、例えば抗癌作用または癌予防効果をもつ機能性食品として利用できる。
【0035】
また、本発明の第1および第2の糖脂質含有組成物は、DNA合成酵素阻害活性を有することから、抗癌剤以外の医薬(医薬用組成物)への利用、機能性食品以外の食用組成物(食品または食品添加物)としての利用も可能であり、癌のほかエイズの発症、進行を予防する作用あるいは治療効果、また臓器移植時等の免疫抑制作用をねらいとして利用することができ、とりわけ前述したエイズ治療剤、抗ウイルス剤、免疫抑制剤、アポトーシス誘導剤などとして有用である。このように、本発明の糖脂質含有組成物は、癌、エイズその他のウイルス感染症、免疫疾患などに対する予防あるいは治療のための手段として利用し得るものである。
【0036】
一例として、DNA合成酵素阻害剤であるアジドチミジンのような既に市販の臨床薬によっても、エイズに対して治療効果をもたらし得ることは実証されている(日本医薬情報センター編、株式会社薬事時報社発行、「1996年度版 医療薬 日本医薬品集」、第599頁)。
【0037】
次に、本発明の糖脂質含有組成物を配合してなる医薬用組成物および食用組成物について説明する。本発明の糖脂質含有組成物は必要に応じてさらに精製した後、これをそのまま、あるいは慣用の医薬製剤担体とともに医薬用組成物となし、動物およびヒトに投与することができる。医薬用組成物の剤形としては特に制限されるものではなく必要に応じて適宜選択すればよいが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の経口剤、注射剤、坐剤等の非経口剤が挙げられる。投与量は、通常、成人で糖脂質の重量として1日あたり20mg以上〜600mg以下を数回に分けて服用するのが適当である。
【0038】
本発明において錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤としての経口剤は、例えば、デンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を用いて常法に従って製造される。これらの製剤中の糖脂質の配合量は特に限定されるものではなく適宜設計できる。この種の製剤には本発明の糖脂質含有組成物の他に、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を適宜に使用することができる。
【0039】
ここに、結合剤としてデンプン、デキストリン、アラビアゴム末、ゼラチン、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、結晶セルロース、エチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール等を例示できる。崩壊剤としてはデンプン、ヒドロキシプロピルスターチ、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、カルボキシメチルセルロース、低置換ヒドロキシプロピルセルロース等を例として挙げることができる。界面活性剤の例としてラウリル硫酸ナトリウム、大豆レシチン、蔗糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル等を挙げることができる。滑沢剤では、タルク、ロウ類、水素添加植物油、蔗糖脂肪酸エステル、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸アルミニウム、ポリエチレングリコール等を例示できる。流動性促進剤では、軽質無水ケイ酸、乾燥水酸化アルミニウムゲル、合成ケイ酸アルミニウム、ケイ酸マグネシウム等を例として挙げることができる。また、糖脂質含有組成物は懸濁液、エマルション剤、シロップ剤、エリキシル剤としても投与することができ、これらの各種剤形には、矯味矯臭剤、着色剤を含有させてもよい。
【0040】
非経口剤として本発明の所望の効果を発現せしめるには、患者の年齢、体重、疾患の程度により異なるが、通常、成人で糖脂質の重量として1日あたり1〜60mgの静注、点滴静注、皮下注射、筋肉注射が適当である。この非経口投与剤は常法に従って製造され、希釈剤として一般に注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、大豆油、トウモロコシ油、プロピレングリコール等を用いることができる。さらに必要に応じて、殺菌剤、防腐剤、安定剤を加えてもよい。また、この非経口剤は安定性の点から、バイアル等に充填後冷凍し、通常の凍結乾燥処理により水分を除き、使用直前に凍結乾燥物から液剤を再調製することもできる。さらに必要に応じて、等張化剤、安定剤、防腐剤、無痛化剤を加えてもよい。これら製剤中の糖脂質含有組成物の配合量は特に限定されるものではなく任意に設定できる。その他の非経口剤の例として、外用液剤、軟膏等の塗布剤、直腸内投与のための坐剤等が挙げられ、これらも常法に従って製造される。
【0041】
本発明の糖脂質含有組成物の他の好適な用途は食用組成物である。即ち、本発明の糖脂質含有組成物は必要に応じてさらに精製した後、これをそのまま液状、ゲル状あるいは固形状の食品、例えばジュース、清涼飲料、茶、スープ、豆乳、サラダ油、ドレッシング、ヨーグルト、ゼリー、プリン、ふりかけ、育児用粉乳、ケーキミックス、粉末状または液状の乳製品、パン、クッキー等に添加したり、必要に応じてデキストリン、乳糖、澱粉等の賦形剤や香料、色素等とともにペレット、錠剤、顆粒等に加工したり、またゼラチン等で被覆してカプセルに成形加工して健康食品や栄養補助食品、機能性食品等として利用できる。
【0042】
これらの食品類あるいは食用組成物における本発明の糖脂質含有組成物の配合量は、当該食品や組成物の種類や状態等により一律に規定しがたいが、約0.01〜50重量%、より好ましくは0.1〜30重量%である。配合量が0.01重量%未満では経口摂取による所望の効果が小さく、50重量%を超えると食品の種類によっては風味を損ない、または当該食品を調製できなくなる場合がある。
【実施例】
【0043】
以下、図面を参照しながら本発明の実施例について説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0044】
〔実施例1:本発明の第1の糖脂質含有組成物(糖脂質画分)の精製〕
本実施例では、図2に示される方法により、原料のホウレン草(Spinacia oleracea L.)から本発明の第1の糖脂質含有組成物を精製した。まず、市販ホウレン草の乾燥物100gを細断した後、水溶性成分をできるだけ除去するために、60℃の温水1Lで2回洗浄した。次に、濾紙を使用して濾過後、水分を除去し、得られた固形物(残渣)に1Lのエタノールを加え、撹拌しながら60℃で還流抽出を2回行った。抽出液は濾過後、減圧下で濃縮を行い、ホウレン草のオイル状抽出物20.5gを得た。
【0045】
次に、得られた上記抽出物を70%含水エタノール溶液に溶解し、疎水クロマトグラフィー用樹脂500g(ダイヤイオンHP−20、三菱化学社製)に注入した。その後、70%エタノールで未吸着物質を洗浄・溶出した画分I(水溶性画分、13.0g)、95%エタノールで溶出される画分II(糖脂質画分すなわち本発明の糖脂質含有組成物、6.5g)、クロロホルムで溶出される画分III(色素画分、1.0g)の3つに分画した。
【0046】
図3は、上記画分I〜IIIに含まれる成分を薄層クロマトグラフィーにより解析した結果を示す図である。薄層クロマトグラフィーは、シリカゲルプレートの開始点に試料2μgを添加して、クロロホルム:メタノール=3:1で展開後、50%硫酸スプレー・110℃加熱で検出した。図中、レーン1〜4は、それぞれ、エタノール抽出液(上記オイル状抽出物のこと。以下同じ。)、画分III、画分I、画分IIの検出結果である。同図に示すように、レーン4の画分IIには、MGDG、DGDGおよびSQDGの3つの糖脂質が含まれていることが分かった。一方、画分Iおよび画分IIIではこれら糖脂質はいずれも検出されなかった。
【0047】
次にシリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて、糖脂質画分である画分IIからMGDG、DGDGおよびSQDGを単離・精製した。その結果、糖脂質画分250mgには、MGDGが84.7mg(33.9%)、DGDGが35.0mg(14.0%)、SQDGが92.3mg(36.9%)含まれていることが分かった。さらに、精製したMGDG、DGDG、SQDGについてH−NMRおよび13C−NMRを使用して構造の確認と純度の検定を行った結果、MGDG、DGDG、SQDGともに化学構造を確認でき、純度はいずれも95%以上であった。
【0048】
〔実施例2:上記糖脂質画分のDNA合成酵素阻害活性〕
上記方法により得られた糖脂質画分(画分II)すなわち本発明の第1の糖脂質含有組成物のDNA合成酵素阻害活性を調べた。DNA合成酵素には哺乳動物由来のDNA合成酵素α、βを使用した。より詳細には、DNA合成酵素αは、牛胸腺の抽出液を抗体カラムクロマトグラフィーで精製した標品を、DNA合成酵素βは、ラットのDNA合成酵素β遺伝子を導入した組換え大腸菌を培養後、破砕して精製した標品を用いた。
【0049】
上記DNA合成酵素α、βに対する阻害作用の測定には、一般的なDNA合成酵素反応系(日本生化学会編、新生化学実験講座2,核酸IV、東京化学同人、第63頁〜66頁)を用いた。すなわち、放射性同位元素で標識した[H]−TTPを含む系においてDNA合成反応を行い、放射比活性を生成物(合成DNA鎖)量の指標とするものである。阻害率は、(a)コントロールでの合成DNA量、(b)調査対象のホウレン草画分(またはエタノール抽出液)存在下での合成DNA量について、
(a−b)/a×100=阻害率(%)
として評価した。得られた結果を図4に示す。同図は、DNA合成酵素αに対する阻害結果を示すグラフであり、図中、三角印はエタノール抽出液存在下での阻害結果、菱形印、丸印、四角印はそれぞれ画分I〜III存在下での阻害結果である。同図に示すように、画分IIには強いDNA合成酵素α阻害活性が認められ、画分IIの50%阻害濃度(IC50)はおよそ40μg/mlであった。一方、エタノール抽出液、画分IおよびIIIは、DNA合成酵素αを殆ど阻害しなかった。
【0050】
〔実施例3:上記糖脂質画分のヒト癌細胞増殖抑制活性〕
次に、上記ホウレン草各画分およびエタノール抽出液が癌細胞増殖抑制作用を有するかどうかを検討した。実験には、ヒト胃癌細胞株であるNUGC−3細胞を使用し、種々の濃度のホウレン草画分(またはエタノール抽出液)を添加してインキュベーションし、48時間後、各場合における癌細胞の生存率を通常のMTTアッセイにより決定した。
【0051】
その結果を図5に示す。図中、三角印はエタノール抽出液存在下での増殖抑制結果、菱形印、丸印、四角印はそれぞれ画分I〜III存在下での増殖抑制結果である。同図に示すように、画分IIにはヒト胃癌細胞に対する強い増殖抑制活性が認められたが、エタノール抽出液、画分IおよびIIIには増殖抑制活性は認められなかった。この結果はDNA合成酵素α阻害活性の実験結果とよく符合するものであった。
【0052】
〔実施例4:上記糖脂質画分のリパーゼ処理による第2の糖脂質含有組成物の精製〕
以下の方法により、上記糖脂質画分(画分II)をリパーゼ処理し、第2の糖脂質含有組成物を精製した。
図13に示すように、糖脂質画分(画分II)10mg/mlおよびブタ膵臓リパーゼ10mg/mlを反応液(0.2M Tris−HCl(pH7.6)、0.25M CaCl)において37℃、20分間振とう反応させ、糖脂質をリパーゼにより加水分解し、ジアシルグリセロールタイプのものからモノアシルグリセロールタイプのものを生成し、その後6NのHClで反応を止めた。
【0053】
次にn−ブタノール(n−BuOH)と水で分配することにより、糖脂質はn−ブタノール層へ、リパーゼは水層へ移動するので、リパーゼ分解された糖脂質(本発明の第2の糖脂質含有組成物)を精製することができる。
【0054】
図6は、糖脂質画分(画分II)のリパーゼ反応前(第1の糖脂質含有組成物)およびリパーゼ反応後(第2の糖脂質含有組成物)にそれぞれ含まれる成分を、図3と同様に薄層クロマトグラフィーにより解析した結果を示す図である。図中、レーン1はリパーゼ反応前、レーン2はリパーゼ反応後の検出結果である。同図に示すように、レーン2の第2の糖脂質含有組成物には、MGMGおよびSQMGの2つの糖脂質が含まれ、第1の糖脂質含有組成物中の糖脂質MGDG・SQDGは、リパーゼ加水分解反応により、それぞれMGMG・SQMGに分解された。一方、DGDGは、リパーゼにより加水分解されず、第2の糖脂質含有組成物中にも検出された。
【0055】
〔実施例5:第2の糖脂質含有組成物のDNA合成酵素阻害活性およびヒト癌細胞増殖抑制活性〕
図4の実験と同様の方法により、リパーゼ処理前の糖脂質画分(第1の糖脂質含有組成物)およびリパーゼ処理後の糖脂質画分(第2の糖脂質含有組成物)のDNA合成酵素阻害活性を調べ、両者を比較した。その結果を図7に示す。図中、黒丸印は、DNA合成酵素αに対するリパーゼ処理前の糖脂質画分、黒四角印は、DNA合成酵素αに対するリパーゼ処理後の糖脂質画分、白丸印は、DNA合成酵素βに対するリパーゼ処理前の糖脂質画分、白四角印は、DNA合成酵素βに対するリパーゼ処理後の糖脂質画分、の各阻害結果を示すものである。
【0056】
同図に示すように、リパーゼ処理前およびリパーゼ処理後のいずれの糖脂質画分も、DNA合成酵素βよりDNA合成酵素αに対してより強いDNA合成酵素阻害活性を有していた。また、リパーゼ処理後の糖脂質画分(即ち、第2の糖脂質含有組成物)のほうが、リパーゼ処理前の糖脂質画分(即ち、第1の糖脂質含有組成物)よりもDNA合成酵素αおよびβを強く阻害した。
【0057】
次に、図5の実験と同様の方法により、リパーゼ処理前の糖脂質画分(第1の糖脂質含有組成物)およびリパーゼ処理後の糖脂質画分(第2の糖脂質含有組成物)のヒト癌細胞増殖抑制作用を調べ、両者を比較した。その結果を図8に示す。図中、黒丸印はリパーゼ処理前の糖脂質画分、黒四角印はリパーゼ処理後の糖脂質画分の結果である。同図に示すように、リパーゼ処理後の糖脂質画分(即ち、第2の糖脂質含有組成物)のほうが、リパーゼ処理前の糖脂質画分(即ち、第1の糖脂質含有組成物)よりもヒト胃癌細胞(NUGC−3)の増殖を強く抑制・阻害した。
【0058】
以上のように、リパーゼ処理した第2の糖脂質含有組成物のほうが、リパーゼ処理していない第1の糖脂質含有組成物に比べて、DNA合成酵素阻害活性およびヒト癌細胞増殖抑制活性いずれも強かった。
【0059】
〔実施例6:本発明の第1および第2の糖脂質含有組成物の抗腫瘍活性〕
さらに、上記第1および第2の糖脂質含有組成物のin vivo抗腫瘍活性を調査した。実験動物にはシリアン(ゴールデン)ハムスターを用い、同ハムスターへ黒色腫(Melanotic No.179,D1−179)片を皮下移植して、一週間定着させてから、糖脂質含有組成物を生理食塩水に溶かして、一日おきに10mg/kgを皮下注射により投与して、腫瘍体積を測定した。その結果を図9および図10に示す。
【0060】
図9のグラフ中、白四角印はコントロールであり、生理食塩水を投与した場合の結果、黒三角印、黒丸印、黒菱形印は、それぞれ、エタノール抽出液、リパーゼ処理前の糖脂質画分(第1の糖脂質含有組成物)、リパーゼ処理後の糖脂質画分(第2の糖脂質含有組成物)、を投与した場合の結果である。DNA合成酵素阻害活性およびヒト癌細胞増殖抑制活性と同様に、抗腫瘍活性についても第2の糖脂質含有組成物のほうが第1の糖脂質含有組成物よりも強かった。また、図10の(a)は生理食塩水を投与した場合の結果、(b)は第2の糖脂質含有組成物を生理食塩水に溶かして投与した場合の結果であり、リパーゼ処理した第2の糖脂質含有組成物を投与したハムスターでは腫瘍の肥大化は強く抑制された。
【0061】
また、ヒト由来の腫瘍をマウスに移植した実験により、本発明の糖脂質含有組成物のin vivo抗腫瘍活性を調査した。図11は、ヒト子宮癌細胞(HeLa)を移植したヌードマウス(balb/c,−/−)において、本発明の糖脂質含有組成物のin vivo抗腫瘍活性を調査した結果である。実験は、ヌードマウス(balb/c,−/−)へヒト由来の子宮癌細胞(HeLa)を皮下注射により移植後、17日目に腫瘍体積が25mmになったところで、3日に1回、ホウレン草の画分II(第1の糖脂質含有組成物)またはリパーゼ処理後の画分II(第2の糖脂質含有組成物)を生理食塩水に溶かして皮下注射することにより行った。生理食塩水には5mg/mlの割合で本発明の糖脂質含有組成物を溶かし、1回当たり、本発明の糖脂質含有組成物を10mg/kgマウスに投与した。その結果、図11に示すように、生理食塩水だけを注射したコントロールと比べて、ホウレン草の画分IIおよびリパーゼ処理後の画分IIを注射したマウスでは腫瘍肥大化の抑制が見られた。また、ホウレン草の画分IIよりもリパーゼ処理後の画分IIの方がより強い抗腫瘍活性が認められた。
以上の結果より、本発明の糖脂質含有組成物は、ヒト由来の腫瘍に対してもハムスター由来の腫瘍と同様に抑制活性が認められることから、健康食品の開発などに有用である。
【0062】
次に、本発明の糖脂質含有組成物を経口投与した場合にもin vivo抗腫瘍活性が認められるか調査した。図12は、マウス由来の肉腫細胞(S−180)を移植したICRマウスにおいて、本発明の糖脂質含有組成物を経口投与した場合のin vivo抗腫瘍活性を調査した結果である。実験は、マウス由来の肉腫細胞(S−180)を皮下注射により移植後、4日目に腫瘍体積が100mmになったところで、毎日1回、ホウレン草の画分II(第1の糖脂質含有組成物)を生理食塩水に溶かして経口投与することにより行った。生理食塩水には5mg/mlの割合で本発明の糖脂質含有組成物を溶かし、1回当たり、本発明の糖脂質含有組成物を70mg/kgマウスに投与した。その結果、図12に示すように、生理食塩水だけを飲ませたコントロールと比べて、ホウレン草の画分IIを経口投与したマウスでは6日目から有意な抗腫瘍活性が観察され、30日でほぼ腫瘍が消失した。
以上の結果より、本発明の糖脂質含有組成物は、飲料水などとして経口投与する抗癌機能性食品の開発などに有用である。
【0063】
〔実施例7:医薬用組成物、あるいは、食用組成物の試作〕
上記の方法により調製した本発明の糖脂質含有組成物150mg、精製大豆油125mg、ミツロウ15mgおよびビタミンE10mgを窒素ガス雰囲気下で約40℃に加温し、十分に混合して均質な液状物とした。これをカプセル充填機に供給して1粒内容量300mgのゼラチン被覆カプセル製剤を試作した。この製剤は医薬用組成物または食用組成物として利用できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0064】
以上のように、本発明の糖脂質含有組成物は、DNA合成酵素阻害活性、癌細胞増殖抑制活性、抗腫瘍活性といった有用な生理活性を有することから、DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤(制癌剤)として利用可能であり、特に機能性食品などに好適に用いることができ、例えば抗癌作用または癌予防効果をもつ機能性食品として利用できるほか、前述したとおり、他の医薬用組成物および食用組成物(食品または食品添加物)としても利用できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海藻または陸生植物から精製され、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)、ジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)、およびスルホキノボシルジアシルグリセロール(SQDG)を含有する糖脂質含有組成物。
【請求項2】
請求項1記載の糖脂質含有組成物をリパーゼ処理することにより得られ、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルモノアシルグリセロール(MGMG)、およびスルホキノボシルモノアシルグリセロール(SQMG)を含有する糖脂質含有組成物。
【請求項3】
請求項1または2記載の糖脂質含有組成物を有効成分とするDNA合成酵素阻害剤。
【請求項4】
請求項1または2記載の糖脂質含有組成物を有効成分とする抗癌剤。
【請求項5】
請求項1または2記載の糖脂質含有組成物を有効成分とする医薬用組成物。
【請求項6】
請求項1または2記載の糖脂質含有組成物を含む食用組成物。
【請求項7】
海藻または陸生植物を原料として、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)、ジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)、およびスルホキノボシルジアシルグリセロール(SQDG)を含有する糖脂質含有組成物を製造する方法。
【請求項8】
請求項7記載の方法により製造された糖脂質含有組成物をリパーゼ処理することにより、少なくとも糖脂質としてモノガラクトシルモノアシルグリセロール(MGMG)、およびスルホキノボシルモノアシルグリセロール(SQMG)を含有する糖脂質含有組成物を製造する方法。
【請求項9】
請求項7記載の方法において、疎水クロマトグラフィーを用いて植物抽出物から糖脂質画分を精製する工程を含む方法。
【請求項10】
請求項9記載の方法において、糖脂質の溶出にエタノール等のアルコールまたはアセトン等の有機溶媒を用い、50%〜75%の含水有機溶媒にて水溶性物質を溶出後、85%〜100%の含水有機溶媒もしくは有機溶媒にて糖脂質を溶出する工程を含む方法。
【請求項11】
請求項7記載の方法において、植物抽出物を得る前に、植物を40℃〜80℃の温水で洗浄し、水溶性成分を除去する工程を含む方法。
【請求項12】
請求項7記載の方法において、原料にホウレン草(Spinacia)等の緑黄色野菜を使用する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【国際公開番号】WO2005/027937
【国際公開日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【発行日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514037(P2005−514037)
【国際出願番号】PCT/JP2004/013432
【国際出願日】平成16年9月15日(2004.9.15)
【出願人】(503218182)
【Fターム(参考)】