説明

細胞診標本の作製方法及びそれにより作製された細胞診標本

【課題】 遠心分離操作を行なうことなく、簡便に、長期保存可能な細胞診標本を作製することができる、細胞診標本の作製方法及びそれにより作製された細胞診標本を提供すること。
【解決手段】 細胞診標本の作製方法は、被検細胞を含む細胞診検体を、前記被検細胞の大きさよりも小さな孔径を有するフィルターでろ過してフィルターの所定領域に前記被検細胞を付着させる工程と、前記被検細胞が付着したフィルターを、フィルターごと包埋剤で包埋して包埋剤ブロックを作製する工程と、前記被検細胞が付着した、フィルターの前記領域の断面が薄切標本の表面に現れる方向に、得られた包埋剤ブロックを薄切して薄切標本を作製する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞診標本の作製方法及びそれにより作成された細胞診標本に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、臨床検査の1つとして、喀痰・子宮膣部、頚管、内膜・泌尿器材料・擦過物、洗浄液、穿刺吸引液状検体(胸水、腹水、髄液、胆汁、リンパ節など)等の中に含まれる細胞を染色し、顕微鏡で観察する細胞診が行なわれている。通常、細胞診は、細胞診検体をスライドグラスに塗布し、染色後、検鏡することにより行なわれている。
【0003】
しかしながら、スライドガラス上に細胞診検体を塗布して観察する従来の細胞診では、細胞診検体中の細胞の密度が低い場合、顕微鏡下で観察しても細胞がなかなか見つからず、検査の効率が低く、検体によっては事実上、細胞診が不可能なものもある。また、1枚のスライドガラス上の標本は、通常、1種類の染色しか行うことができず、複数の染色方法により染色して検査したい場合には、複数枚のスライドガラスを作製する必要がある。さらに、作製した標本は長期保存が困難であり、研究や教育に用いるには不便である。
【0004】
一方、細胞密度の低い検体でも細胞診標本を作製することができ、かつ、長期保存可能な標本を作製することができる方法として、セルブロック法が開発された(非特許文献1)。この方法では、切断可能な可撓性のチューブに細胞診検体を入れ、それを遠沈管に入れて遠心分離し、沈降した細胞塊をパラフィン包埋し、それを可撓性チューブごと薄切して薄切標本を作製する。
【0005】
しかしながら、セルブロック法では、遠心分離操作が必要であり、不便である。さらに、パラフィン包埋操作は全て手作業で行なわなければならない。臨床検査センターでは、多数の病院や人間ドック等から送られてくる検体について決められた時間内に処理を行なわなければならず、操作の簡便さは重要である。また、細胞は遠心分離時に大きな力を受けるので、細胞が変形する恐れがあり、さらに細胞が密集してしまうので、観察しにくいという問題もある。
【0006】
【非特許文献1】「病理技術マニュアル6 細胞診とその技術」、日本病理学会編、1981、p37-56
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、遠心分離操作を行なうことなく、簡便に、長期保存可能な細胞診標本を作製することができる、細胞診標本の作製方法及びそれにより作製された細胞診標本を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、ろ紙を用いて細胞診検体を吸引ろ過することによりろ紙上に被検細胞を付着させ、ろ紙ごとパラフィン包埋してパラフィンブロックを作製し、被検細胞が付着したろ紙の断面が薄切標本の表面に現れる方向に、得られたパラフィンブロックを薄切して薄切標本を作製することにより、遠心分離操作を行なうことなく、簡便に、長期保存可能な細胞診標本を作製することができることを見出し本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、被検細胞を含む細胞診検体を、前記被検細胞の大きさよりも小さな孔径を有するフィルターでろ過してフィルターの所定領域に前記被検細胞を付着させる工程と、前記被検細胞が付着したフィルターを、フィルターごと包埋剤で包埋して包埋剤ブロックを作製する工程と、前記被検細胞が付着した、フィルターの前記領域の断面が薄切標本の表面に現れる方向に、得られた包埋剤ブロックを薄切して薄切標本を作製する工程を含む、細胞診標本の作製方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法により作製された細胞診標本を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、遠心分離操作を行なうことなく、簡便に、長期保存可能な細胞診標本を作製することができる、細胞診標本の作製方法が初めて提供された。本発明の方法によれば、包埋剤に包埋された細胞標本を簡便な操作で作製することができる。特に、包埋剤での包埋工程は、従来から組織標本の作製に広く用いられている市販のパラフィン包埋機等を用いて自動的に行うことができ、手間をかけずに簡便に行うことができる。さらに、作製した単一の包埋剤ブロックを複数回薄切することにより、単一の包埋剤ブロックから多数の薄切標本を容易に作製することができ、各薄切標本に対してそれぞれ異なる染色を行うことができ、非常に便利である。また、被検細胞は、遠心分離の場合のように大きな力を受けないので、細胞が変形したり、密集して観察しにくくなったりすることもない。従って、本発明は、細胞診に大いに貢献するものと期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
上記の通り、本発明の方法では、先ず、被検細胞を含む細胞診検体を、前記細胞の大きさよりも小さな孔径を有するフィルターでろ過してフィルターの領域上に前記細胞を付着させる。
【0012】
本発明の方法に供される細胞診検体は、検査しようとする被検細胞を含むものであれば何ら限定されるものではなく、喀痰・子宮膣部、頚管、内膜・泌尿器材料・擦過物、洗浄液及び穿刺吸引液状検体(胸水、腹水、髄液、胆汁、リンパ節など)並びにこれらの希釈物等を例示することができる。また、細胞診検体としては、被検細胞に加え、さらに検査対象となる組織片を含むものも好ましく用いることができる。組織片を含む場合、組織と細胞を同時に観察できる標本を作製することができ便利である。
【0013】
本発明の方法に用いられるフィルターとしては、被検細胞被検細胞の大きさよりも小さな孔径を有し、後の工程で、その断面が薄切標本の表面に現れる方向に薄切可能な材料で形成されているものであれば特に限定されない。好ましいフィルターとしては、ろ紙を挙げることができる。フィルターは、単一のものから成っていてもよいし、孔径の異なる複数のフィルターを積層してもよい。後者の場合には、細胞診検体中に含まれる細胞が、そのサイズにより分離される。これについては後でさらに詳しく述べる。単一のフィルターから成る場合、フィルターの平均孔径は、通常、1μm〜数十μm程度、好ましくは1μm〜10μm程度である。なお、フィルターの平面的な形状は、特に限定されるものではないが、後の工程で、汎用の自動包埋装置のカセットにセットすることができるように、長方形状が好ましい。
【0014】
ろ過は、通常のろ過でもよいが、操作の効率を高め、また、所望の形状の領域上に細胞診検体を施すことが容易になるように、吸引ろ過により行なうことが好ましい。吸引ろ過は、1又は複数の吸引孔が設けられた支持体上に前記フィルターを載置して行なうことが好ましい。例えば、図1に示すように、吸引孔が設けられた上面を有する吸引函に吸引ポンプやアスピレーターを接続した装置を用い、該吸引函の上面上にフィルターを載置して吸引ろ過を行うことができる。すなわち、図1に示す例では、吸引函10の上面10aに吸引孔12が設けられている。図示の例では吸引孔12が複数設けられているが、後述のように1つでもよい。上面10a上にはフィルター14が載置される。吸引函10は、アスピレーター又は吸引ポンプ16に管18を介して接続されている。吸引ろ過は、アスピレーター又は吸引ポンプ16を作動させて吸引函10内を陰圧にすると共に、フィルター14の、吸引孔12上の領域に、液状の細胞診検体20をスポイト22等により滴下することにより行うことができる。滴下する検体の量は特に限定されるものではなく、細胞診検体中の細胞の密度が高い場合には1滴でもよいし、細胞の密度が低い場合には、数滴ないし数十滴を滴下してもよい。なお、フィルター14は、細胞診検体を滴下する前に生理食塩水又は緩衝液で濡らしておくことが好ましい。
【0015】
細胞診検体は、細長い長方形(スリット状)や細長い楕円形のような、1つの方向に延びた形状で前記フィルター上に施すことが好ましい。細胞診検体の量が少ない場合は特にそうである。細胞診検体を1つの方向に延びた形状でフィルター上に施すことにより、被検細胞も1つの方向に延びた形状に分散してフィルターに付着する。後の工程で、被検細胞が付着している領域の長手方向が薄切標本の表面に現れる方向に薄切することにより、1枚の薄切標本の表面に、フィルターの長手方向の切断面及びその上に付着している細胞を出現させることができ、多数の細胞を観察することができるので有利である。細胞診検体を1つの方向に延びた形状で前記フィルター上に施すことは、吸引孔の形状を略長方形状若しくは楕円状のような1つの方向に延びた形状にするか又は複数の吸引孔を1つの方向に並べて配置することにより容易に行うことができる。これを図2に基づいて説明する。図2のAは、吸引孔12が細長い長方形状の場合を示している。この場合、液状の細胞診検体20を長方形の中央付近に滴下すると、細胞診検体20は、吸引孔12からの吸引力によって引かれ、長方形の長手方向に沿って引っ張られ、その結果、1つの方向に延びた形状で前記フィルター上に施される。図2のBは、複数の円形の吸引孔12を一列に並べたものであり、この場合も、中央の吸引孔上に細胞診検体を滴下すると、複数の吸引孔12からの吸引力によって引かれ、吸引孔12が並んでいる方向に沿って引っ張られ、その結果、1つの方向に延びた形状で前記フィルター上に施される。図2のCは、Bとほぼ同様であるが、Bにおける中央の吸引孔の直径を他の吸引孔よりも大きくした場合である。この場合も、Bの場合ほど細長くは延びないが、吸引孔12が並んでいる方向に沿って引っ張られ、その結果、1つの方向にある程度延びた形状で前記フィルター上に施される。なお、細胞診検体の量が十分にある場合には、図2のDに示すように、単に吸引孔を大きくしてもよい。この場合でも、薄切標本の表面には、被検細胞が付着しているフィルター14の長い切断面を出現させることができ、細胞診検体を1つの方向に延びた形状で前記フィルター上に施した場合と同様に多数の細胞を観察することができる。なお、細胞診検体をフィルター上に施す場合に、どの位置に吸引孔があるのかが容易にわかるように、吸引孔の上に位置する、検体を施すべき領域に印をつけておくと便利である。なお、図2中の矢印は、最後の工程における薄切の方向を示す。
【0016】
検体をろ過後、被検細胞が付着したフィルターを包埋剤で包埋し、包埋剤ブロックを作製する。これは、被検細胞中の水分を有機溶媒で置換することにより脱水し、フィルターを包埋剤の層で被覆し、次いで、包埋剤で被覆したフィルターをさらに包埋剤で包埋して包埋剤ブロックにすることにより行なうことが好ましい。
【0017】
上記脱水工程は、被検細胞と包埋剤との親和性を高めるために行なわれるものである。通常、メタノールやエタノールのような水と任意の割合で混じり合う有機溶媒と水との混合溶媒で被検細胞を処理する。混合溶媒中の有機溶媒の割合を段階的に上げながら、複数回混合溶媒で処理した後、100%濃度の前記有機溶媒で処理し、さらに、キシレンやクロロホルム等の有機溶媒で処理する。
【0018】
次いで、フィルターを包埋剤の層で被覆する。包埋剤としては、特に限定されず、公知の包埋剤、例えば光学顕微鏡で観察するための標本作製に常用されているパラフィンや、電子顕微鏡で観察するための標本作製に使用されているエポキシ樹脂やメチルメタクリレート樹脂等を用いることができる。なお、上記の脱水処理及び包埋剤の層で被覆する包埋処理は、組織標本の作製では周知の操作であり、本発明においてもこれらの周知の方法により行うことができる。また、脱水処理工程及び包埋工程を自動化した自動包埋装置が汎用されているので、本発明の方法では、このような汎用の自動包埋装置を用いて上記の脱水処理及びフィルターを包埋剤の層で被覆する包埋処理を行なうことができ、有利である。自動包埋装置を用いる場合、カセットにフィルターにセットし、装置を作動させるだけでよい。なお、カセットにセットする際、検体を保護するために、フィルターを、二つ折りにした薄いスポンジのシートやティッシュペーパーの間に挟んでセットすることが好ましい。
【0019】
次に、包埋剤の層で被覆したフィルターを、さらに包埋剤で包埋して包埋剤ブロックを得る。これは、例えば、鋳型の中にフィルターを保持した状態で、溶融した包埋剤を鋳型に流し込み、放冷等により固化させることにより容易に行うことができる。次の薄切工程で、ミクロトーム等の薄切装置を用いて容易に薄切することができるように、ブロックの形状は直方体であることが好ましい。薄切標本の表面に、フィルターの断面が現れるように薄切することを容易にするために、直方体の鋳型内で、フィルターを鉛直方向又は鉛直方向からずれた斜めの方向(鉛直方向からのずれは、好ましくは60度以下)に保持することが好ましい。フィルターを鉛直に保持して作製した包埋剤ブロックを、次の工程における薄切方向と共に図3に示す。図3中、14がフィルター、24が包埋剤、矢印が薄切方向を示す。なお、フィルターの保持は、例えば、鋳型の対向する側壁のそれぞれに一対の凸条を設け、それらの間にフィルターを挟んで保持すること等により容易に行うことができる。図4には、フィルターを鉛直に保持した場合と斜めに保持した場合を模式的に示す。図4中、14がフィルター、26がフィルター上に付着した被検細胞を含む標本試料、矢印が薄切方向である。図4から明らかなように、フィルターを斜めに保持した場合には、薄切後、標本試料が薄切標本上に現れる面積を大きくすることができ、より多数の被検細胞を観察することができる。なお、ブロックにするのは、被検細胞が付着している領域だけでよいので、ブロック化の前に、被検細胞が付着している領域を長方形状に切り出し、切り出したフィルターのみをブロック化してもよく、それにより使用する包埋剤の量を節約することができる。
【0020】
得られた包埋剤ブロックを鋳型から取り出し、フィルターごと薄切して薄切標本を得る。薄切は、被検細胞が付着した、フィルターの領域の断面が切片の表面に現れる方向に、得られた包埋剤ブロックを薄切する(図3参照)ことにより行なう。薄切は、薄切標本の作製に常用されているミクロトーム等の装置を用いて容易に行うことができる。薄切標本の厚さは、特に限定されないが、顕微鏡による観察に適した厚さであり、組織の薄切標本と同様、厚さ約3μm程度が好ましい。薄切標本は、包埋剤ブロックを薄切することにより作製され、かつ、薄切標本の厚さはブロックの厚さ(通常、数mm)よりもはるかに薄いので、1個のブロックから多数の薄切標本を切り出すことができる。これは本発明の非常に有利な特長の1つである。すなわち、細胞診では、細胞を種々の染色方法(例えば、ヘマトキシリン−エオジン染色(HE染色)や、酵素抗体法やFISH法等の特殊染色等)で染色することが望まれるが、本発明の方法によれば、1つのブロックから、同一の検体についての多数の薄切標本を容易に作製することができるので、各薄切標本について異なる染色方法を適用することが可能になる。
【0021】
得られた薄切標本には、公知の方法により、例えば、HE染色や、酵素抗体法やFISH法等の特殊染色等のような所望の染色を施すことができる。
【0022】
上記した方法において、フィルターとして、孔径が異なる複数のフィルターが積層されて成り、各フィルターの孔径は、小さな孔径のフィルターにより細胞診検体中の小さな細胞がろ過され、大きな孔径のフィルターにより細胞診検体中の大きな細胞がろ過されるように選択されるものを用いることにより、検体中の細胞をサイズによって分離した状態で標本化することができる。例えば、フィルターを、孔径が異なる3枚のフィルターが、下から孔径の小さな順に積層されたもので構成し、細胞診検体中の組織片及び/又は細胞塊が孔径の最も大きなフィルターによりろ過され、細胞診検体中の大型細胞が中間の孔径のフィルターによりろ過され、細胞診検体中の小型細胞が孔径の最も小さなフィルターによりろ過されるようにすることができる。この状態を図5に模式的に示す。図5は、例として、孔径の異なる3枚のろ紙を積層した場合を模式的に示しており、孔径はろ紙1、ろ紙2、ろ紙3の順に大きい。細胞診検体中の大型細胞は、ろ紙1の孔径よりも小さく、ろ紙2の孔径よりも大きい。細胞診検体中の小型細胞は、ろ紙2の孔径よりも小さくろ紙3の孔径よりも大きい。そうすると、組織片及び/又は細胞塊28は、ろ紙1の上に捕捉され、大型細胞は、ろ紙1とろ紙2の界面近傍に捕捉され、小型細胞はろ紙2とろ紙3の界面近傍に捕捉される。従って、組織片、大型細胞、小型細胞を分離した状態で、同時に観察することができる。このようなことが可能なことも本発明の有利な特長の1つである。なお、フィルターの枚数は3枚に限定されるものではなく、2枚以上であれば、検体中の細胞をサイズによって分離した状態で標本化することが可能である。
【0023】
また、上記した方法において、フィルターを生理食塩水や緩衝液に浸す作業、次にフィルターを吸引函上面に載置する作業、吸引ろ過作業を自動化することも可能である。
【0024】
以上のように、本発明の方法によれば、フィルター上の特定の領域に検体を任意の量だけ施すので、細胞診検体中の被検細胞の密度が低い場合でも、遠心分離操作を用いることなく細胞診が可能になる。また、本発明の方法によれば、包埋剤に包埋された細胞標本を簡便な操作で作製することができる。特に、包埋剤での包埋工程は、従来から組織標本の作製に広く用いられている市販のパラフィン包埋機等を用いて自動的に行うことができ、手間をかけずに簡便に行うことができる。さらに、作製した単一の包埋剤ブロックを複数回薄切することにより、単一の包埋剤ブロックから多数の薄切標本を容易に作製することができ、各薄切標本に対してそれぞれ異なる染色を行うことができ、非常に便利である。また、細胞診検体が、組織片をも含む場合には、組織片も同時に標本化されるので、組織片と細胞の両者を同時に観察することが可能になる。さらに、フィルターとして、孔径の異なるフィルターを積層して用いることにより、細胞診検体中の細胞や組織片を、サイズに従って分離することができ、それぞれをより明瞭に観察することができる。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0026】
細胞診検体として液状検体(胸水)を用いた。長方形状に切り出したろ紙(孔径5μm〔JIS規格P3801-2種〕)の中央部分に、高さ3mm、幅20mmの長方形の枠線(吸引孔の形状及び寸法と同じ)を描いた。ろ紙を生理食塩液に1〜2秒浸して湿らせた。吸引ろ過装置としては、図1に示すような、吸引函にアスピレーターを接続したものを用いた(ただし、吸引孔は長方形)。枠線の真下に吸引孔が位置するように、ろ紙を吸引函の上面上に載置し、アスピレーターを作動させた。この状態で、枠線の内側に、液状の細胞診検体を点着し、20〜30秒間吸引ろ過した。次に、2つ折りにした薄いスポンジシートの間にろ紙を挟み、組織標本のパラフィン包埋に汎用されている自動パラフィン標本作製器(ETP)のカセットにセットし、常法に従う自動化処理により脱水工程及びパラフィン包埋工程を行なった。ETPから取り出したろ紙から、上記枠線で囲まれた領域を切り出し、プラスチック製の鋳型に鉛直に保持し、パラフィンを流し込んで放冷することによりパラフィンブロックを作製した。パラフィンブロックの寸法は、高さ3mm、幅25mm、奥行き25mmであった。得られたパラフィンブロックをミクロトームで厚さ3μmに薄切した。なお、薄切の方向は、ろ紙の断面が薄切標本の表面に現れる方向、すなわち、ろ紙が鉛直に立つ方向にパラフィンブロックを置き、水平な方向に切断した。
【0027】
得られた薄切標本をHE染色して観察したところ、ろ紙の断面と共に、ろ紙に付着した、染色された細胞が観察され、満足に検査を行うことができた。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の方法における吸引ろ過に用いる装置及び方法を説明するための模式図である。
【図2】吸引函上面の吸引孔の形状及び配置の例を、液状の細胞診検体がフィルターに施される形状と共に示す図である。
【図3】包埋剤ブロックと薄切方向を模式的に示す図である。
【図4】フィルターを包埋剤でブロック化する際に、フィルターを鉛直に保持した場合と斜めに保持した場合の状態を、切断方向と共に模式的に示す図である。
【図5】孔径が異なる3枚のろ紙の積層物をフィルターとして用いた場合の状態を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0029】
10 吸引函
10a 吸引函上面
12 吸引孔
14 フィルター
16 アスピレーター又は吸引ポンプ
18 管
20 液状の細胞診検体
22 スポイト
24 包埋剤
26 被検細胞を含む標本試料
28 細胞診検体中の組織片及び/又は細胞塊
30 細胞診検体中の大型細胞
32 細胞診検体中の小型細胞


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検細胞を含む細胞診検体を、前記被検細胞の大きさよりも小さな孔径を有するフィルターでろ過してフィルターの所定領域に前記被検細胞を付着させる工程と、前記被検細胞が付着したフィルターを、フィルターごと包埋剤で包埋して包埋剤ブロックを作製する工程と、前記被検細胞が付着した、フィルターの前記領域の断面が薄切標本の表面に現れる方向に、得られた包埋剤ブロックを薄切して薄切標本を作製する工程を含む、細胞診標本の作製方法。
【請求項2】
前記ろ過が吸引ろ過である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記フィルターは、1又は複数の吸引孔が設けられた支持体上に載置され、前記細胞診検体は、前記吸引孔の真上に位置する領域又は該領域とその近傍の領域上に載せられる請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記吸引孔は、略長方形状若しくは楕円状であり、又は複数の吸引孔が1つの方向に並んでおり、前記細胞診検体は、1つの方向に延びた形状で前記フィルター上に施され、前記包埋剤ブロックは、前記被検細胞が付着している領域の長手方向が薄切標本の表面に現れる方向に薄切される請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記フィルターは、孔径が異なる複数のフィルターが積層されて成り、各フィルターの孔径は、小さな孔径のフィルターにより細胞診検体中の小さな細胞がろ過され、大きな孔径のフィルターにより細胞診検体中の大きな細胞がろ過されるように選択される請求項1ないし4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記フィルターは、孔径が異なる3枚のフィルターが、下から孔径の小さな順に積層されたものであり、細胞診検体中の組織片及び/又は細胞塊が孔径の最も大きなフィルターによりろ過され、細胞診検体中の大型細胞が中間の孔径のフィルターによりろ過され、細胞診検体中の小型細胞が孔径の最も小さなフィルターによりろ過される請求項5記載の方法。
【請求項7】
前記包埋剤ブロックを薄切する方向は、フィルターを垂直に立てた状態で水平に切る方向又はフィルターを斜めに立てた状態で水平に切る方向である請求項1ないし6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
包埋剤ブロックを作製する工程は、フィルター上に付着した被検細胞を脱水する工程と、フィルター上に包埋剤の被覆層を形成して被検細胞をフィルターと共に包埋する工程と、包埋後のフィルターをさらに包埋剤で包埋して包埋剤ブロックを得る工程とを含む、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記細胞診検体が、検査対象となる組織片をさらに含む請求項1ないし8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
単一の前記包埋剤ブロックを複数回薄切して複数枚の薄切標本を作製する請求項1ないし9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記フィルターがろ紙である請求項1ないし10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記包埋剤がパラフィンである請求項1ないし11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
請求項1ないし12のいずれか1項に記載の方法により作製された細胞診標本。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−208317(P2006−208317A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−24060(P2005−24060)
【出願日】平成17年1月31日(2005.1.31)
【出願人】(390037006)株式会社エスアールエル (29)
【Fターム(参考)】