説明

繊維シート成形体

【課題】低歪み、低応力領域、即ち、衝撃が小さい場合は、十分な耐衝撃性を有し、衝撃が大きい場合は、変形し易く、容易に破断には至らない繊維シート成形体を提供する。
【解決手段】本発明の繊維シート成形体1は、天然繊維製シート基材11(ラミー等からなる。)と合成繊維製シート基材12(ポリアミド繊維及び/又はポリエステル繊維等からなる。)とが積層され、天然繊維製シート基材11を構成する天然繊維111間、合成繊維製シート基材12を構成する合成繊維121間、及び天然繊維製シート基材11と合成繊維製シート基材12との間が、リグニンとエポキシ樹脂との混合物の硬化物2により結着されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維シート成形体に関する。更に詳しくは、本発明は、低歪み、低応力領域では十分な剛性を有し、その後、略一定の応力下に歪みが増大する領域があり、次いで、応力の増加とともに歪みも増大するという挙動をするため、低歪み、低応力領域、即ち、衝撃が小さい場合は、十分な耐衝撃性を有し、衝撃がより大きい場合は、変形し易く、容易に破断には至らない繊維シート成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両、建材、電気機器等の広範な製品分野で、強度が大きく、且つ優れた耐衝撃性等を有する金属材料からなる成形品が各種部品などとして用いられている。しかし、近年の車両等に対する軽量化の要請に応えるため、軽量でありながら十分な強度等を有する樹脂材料を代替材料として用いることが検討されている。この樹脂材料は、ブロー成形、圧縮成形、射出成形等の各種の方法により成形することができ、例えば、車両のシートバックフレームの一部を構成する部材として用いられている(例えば、特許文献1参照。)。また、天然繊維からなるシートを樹脂バインダを用いて一体にプレス成形してなる繊維成形体も知られている(例えば、特許文献2参照)。更に、樹脂材料のみでは強度等が不足する場合は、ガラス繊維等の無機繊維を配合し、所謂、繊維強化樹脂として用いられている。
【0003】
【特許文献1】特開2005−103002号公報
【特許文献2】特開2008−213370号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に記載されたシートバックフレーム構造では、一部に樹脂成形品からなるシートバックフレーム部材を使用し、要求される強度及び剛性を確保するため、極めて複雑な構造のシートバックフレーム構造となっている。また、従来、シートバックフレーム等の用途では、ポリカーボネートとABS樹脂との併用といった高価な樹脂の使用が検討されており、より安価な樹脂を用いることによるコスト低減が必要とされている。
【0005】
更に、特許文献2に記載された繊維成形体では、ケナフ等の天然繊維のみが用いられており、応力の増加に追随して十分に変形することができず、耐衝撃性等が低下することが懸念される。また、繊維強化樹脂を用いた場合は、十分な強度及び剛性等を有する成形体などとすることはできるものの、ガラス繊維等が配合されているため、樹脂の再利用ができず、廃棄も容易ではない。例えば、焼却炉により燃焼させて処分する場合、ガラス繊維は燃焼せず、溶融して焼却炉の内壁等に付着し、炉の寿命が低下することがある。
【0006】
本発明は前記の状況に鑑みてなされたものであり、衝撃が小さい場合は、十分な耐衝撃性を有し、衝撃が大きい場合は、変形し易く、容易に破断には至らない繊維シート成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下のとおりである。
1.天然繊維シート基材と合成繊維シート基材とが積層され、該天然繊維シート基材を構成する天然繊維間、該合成繊維シート基材を構成する合成繊維間、及び該天然繊維シート基材と該合成繊維シート基材との間が、リグニンとエポキシ樹脂との混合物の硬化物により結着されていることを特徴とする繊維シート成形体。
2.前記天然繊維及び前記合成繊維は、いずれも長繊維である前記1.に記載の繊維シート成形体。
3.前記天然繊維がラミーであり、前記合成繊維がポリアミド繊維及び/又はポリエステル繊維である前記2.に記載の繊維シート成形体。
4.前記天然繊維シート基材、前記合成繊維シート基材、前記リグニン及び前記エポキシ樹脂の合計を100質量%とした場合に、該リグニンと該エポキシ樹脂との合計は25〜50質量%である前記1.乃至3.のうちのいずれか1項に記載の繊維シート成形体。
5.前記リグニンと前記エポキシ樹脂との合計を100質量%とした場合に、該リグニンは40〜80質量%であり、該エポキシ樹脂は20〜60質量%である前記1.乃至4.のうちのいずれか1項に記載の繊維シート成形体。
6.前記天然繊維シート基材の両面に、前記合成繊維シート基材が積層された前記1.乃至5.のうちのいずれか1項に記載の繊維シート成形体。
7.前記合成繊維シート基材の両面に、前記天然繊維シート基材が積層された前記1.乃至5.のうちのいずれか1項に記載の繊維シート成形体。
【発明の効果】
【0008】
本発明の繊維シート成形体によれば、低歪み、低応力領域で十分な剛性を有する天然繊維シート基材と、応力の増加とともに歪みが増大して変形し易く、且つ容易には破断しない合成繊維シート基材とが、エポキシ樹脂を硬化剤としてリグニンが硬化されてなる硬化物により結着されているため、低歪み、低応力領域、即ち、衝撃が小さい場合は、十分な耐衝撃性を有し、衝撃がより大きい領域では、変形し易く、容易に破断には至ることがない。そのため、車両、建材、電気機器等の広範な製品分野において、特に、外部から衝撃が加わることがある部材等として有用である。また、天然繊維及びリグニンはともに地球環境にとって好ましい原材料である。更に、繊維間及び両シート基材間を結着させるためのリグニンとエポキシ樹脂は、溶媒の配合を特に必要とせずに用いることができるため、溶媒を除去する操作を必要とせず、作業環境の面で好ましいとともに、溶媒を除去するための熱エネルギーを必要としない。
また、天然繊維及び合成繊維が、いずれも長繊維である場合は、低歪み、低応力領域においてより十分な降伏強度を有し、且つ応力の大きい領域では変形し易く、容易に破断には至らない繊維シート成形体とすることができる。そのため、低歪み、低応力領域ばかりでなく、より応力の大きい領域においても破断等を十分に抑えることができる。
更に、天然繊維がラミーであり、合成繊維がポリアミド繊維及び/又はポリエステル繊維であって、これらがいずれも長繊維である場合は、特に、低歪み、低応力領域における降伏強度が大きく、応力が大きくなったときは十分に変形して容易に破断することがなく、より優れた耐衝撃性等を有する繊維シート成形体とすることができる。
また、天然繊維シート基材、合成繊維シート基材、リグニン及びエポキシ樹脂の合計を100質量%とした場合に、リグニンとエポキシ樹脂との合計が25〜50質量%である場合は、天然繊維間、合成繊維間、及び両シート基材間を強固に結着させることができ、耐衝撃性等に特に優れた繊維シート成形体とすることができる。
更に、リグニンとエポキシ樹脂との合計を100質量%とした場合に、リグニンが40〜80質量%である場合は、リグニン粉末をエポキシ樹脂に均一に分散させ、含有させることができ、且つ強度の大きい硬化物とすることができるため、耐衝撃性等に特に優れた繊維シート成形体とすることができる。
また、天然繊維シート基材の両面に、合成繊維シート基材が積層された場合、及び合成繊維シート基材の両面に、天然繊維シート基材が積層された場合は、エポキシ樹脂を硬化剤としてリグニンを硬化させるとともに、成形体とするときの熱プレス時に、シート基材の反り等の変形を抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の繊維シート成形体1は、天然繊維シート基材11と合成繊維シート基材12とが積層され、天然繊維シート基材11を構成する天然繊維111間、合成繊維シート基材12を構成する合成繊維121間、及び天然繊維シート基材11と合成繊維シート基材12との間が、エポキシ樹脂を硬化剤としてリグニンが硬化されてなる硬化物2により結着されており、天然繊維シート基材11、合成繊維シート基材12及び硬化物2によって一体に強固に形成されている(図1参照)。
【0010】
[1]繊維シート成形体
前記「天然繊維シート基材」は、天然繊維を用いてシート状に形成された基材であり、天然繊維を用いてなること及びシート状であることを除いて特に限定はされない。天然繊維シート基材は、天然繊維を用いてなる織布でもよく、不織布でもよく、縦糸と横糸とを積層した積層構造のシート基材でもよい。織布は、平織、綾織、朱子織等のいずれの織布でもよく、加工費がより安価であるため平織の織布であることが好ましい。また、不織布は、湿式法により製造された不織布でもよいし、ケミカルボンド法、サーマルボンド法等の乾式法により製造された不織布でもよいし、ニードルパンチ法、スパンボンド法、メルトブロー法等の各種の方法により製造された不織布でもよい。更に、積層構造のシート基材は、縦糸と横糸とが略直交するように配設され、積層されたシート基材である。この天然繊維シート基材の形成には、天然繊維のみを用いてもよく、ポリアミド繊維等の合成繊維などの他の繊維を併用してもよいが、他の繊維を用いる場合、繊維の全量を100質量%とした場合に、他の繊維は10質量%以下、特に5質量%であることが好ましい。
【0011】
前記「天然繊維」も特に限定されず、各種の天然繊維を用いることができる。この天然繊維としては、植物性天然繊維及び動物性天然繊維のいずれも使用することができるが、栽培に要するコストが安価であるため植物性天然繊維が好ましい。植物性天然繊維としては、ラミー(苧麻)、リネン(亜麻)、ケナフ(洋麻)、アバカ(マニラ麻)、ヘネケン(サイザル麻)、ジュート(黄麻)、ヘンプ(大麻)、ヤシ、パーム、コウゾ、ミツマタ、バガス等が挙げられる。また、動物性天然繊維としては、絹、羊毛、アンゴラ、カシミア、モヘヤ等が挙げられる。天然繊維としては、これらの繊維のうちの1種のみ用いてもよく、2種以上を併用してもよいが、1種のみ用いられることが多い。この天然繊維の繊度は特に限定されず、用途等によって適宜の繊度の繊維を用いることが好ましい。例えば、車両のシートバックフレームを構成する樹脂フレーム体である場合、繊度は3.5〜4.5デシテックス、特に3.8〜4.2デシテックスであることが好ましい。
【0012】
天然繊維は長繊維でもよく、短繊維でもよいが、繊維シート成形体の、特に低応力、低歪み領域における降伏強度を向上させることができる長繊維が好ましい。そのため、天然繊維としては、長繊維であるラミーが好ましく、天然繊維シート基材としては、ラミーを用いた織布、特に平織の織布からなるシート基材がより好ましい。また、短繊維である場合は、そのまま用いて不織布とすることもでき、紡績糸とし、これを用いて織布又は積層構造のシート基材とすることもできる。紡績糸である場合も、繊度は前記の範囲内であることが好ましい。
【0013】
前記「合成繊維シート基材」は、合成繊維を用いてシート状に形成された基材であり、合成繊維を用いてなること及びシート状であることを除いて特に限定はされない。合成繊維シート基材は、特に、応力が高い領域で変形し易く、且つ容易には破断しない繊維シート成形体とするためのシート基材であるため、このシート基材としては、合成繊維を用いてなる織布が用いられる。この織布は、平織、綾織、朱子織等のいずれの織布でもよく、加工費がより安価であるため平織の織布であることが好ましい。合成繊維シート基材の形成には、合成繊維のみを用いてもよく、ラミー等の天然繊維などの他の繊維を併用してもよいが、他の繊維を用いる場合、繊維の全量を100質量%とした場合に、他の繊維は10質量%以下、特に5質量%であることが好ましい。
【0014】
前記「合成繊維」も特に限定されず、各種の合成繊維を用いることができる。この合成繊維としては、ナイロン6繊維、ナイロン66繊維等のポリアミド系繊維、ポリエチレンテレフタレート繊維、ポリブチレンテレフタレート繊維、ポリトリメチレンテレフタレート繊維等のポリエステル系繊維、ポリアクリル系繊維、ポリプロピレン繊維等のポリオレフィン系繊維などが挙げられる。合成繊維としては、これらの繊維のうちの1種のみ用いてもよく、2種以上を併用してもよいが、1種のみ用いられることが多い。この合成繊維の繊度は特に限定されず、用途等によって適宜の繊度の繊維を用いることが好ましい。例えば、車両のシートバックフレームを構成する樹脂フレーム体である場合、繊度は300〜400デシテックス、特に340〜360デシテックスであることが好ましい。
【0015】
合成繊維としては、強度が大きく、優れた耐久性等を有するポリアミド系繊維及びポリエステル系繊維等が好ましく、ポリアミド系繊維とポリエステル系繊維とを併用することもできる。この合成繊維は、溶融紡糸法、湿式防止法、乾式紡糸法等の紡糸法により、フィラメント(長繊維)又はステープル(短繊維)として製造されるが、合成繊維シート基材の製造には、フィラメントを用いる。
【0016】
前記「リグニン」は、高等植物の木化に関与する物質であり、複雑な三次元編目構造を有する高分子フェノール化合物である。本発明では、どのような方法により収穫され、また、どのような方法により処理されたリグニンも特に限定されることなく使用することができ、例えば、パルプ生産時に副生される蒸解溶出液を原料とするリグニン等を用いることができる。また、フェノール誘導体の存在下に、リグノセルロース物質からリグニンを単離するときに、フェノール誘導体がリグニンが有する分子鎖と化学結合して安定化(グラフト化)されたフェノール化リグニンを用いることもできる。リグニンは、所謂、生分解性を有し、これを廃棄した場合、白色腐朽菌等により低分子化され、その後、Sphingomonas paucimobilis SYK-6などのバクテリアにより分解されて無機化するため、リグニンは地球環境の観点で好ましい物質である。
【0017】
前記「エポキシ樹脂」は、リグニンを硬化させる硬化剤として作用するものであり、各種のエポキシ樹脂を特に限定されることなく用いることができる。このエポキシ樹脂としては、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂等のビスフェノール型エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂、フェノールノボラック型エポキシ樹脂等のノボラック型エポキシ樹脂、環状脂肪族型エポキシ樹脂、長鎖脂肪族型エポキシ樹脂、グリシジルエステル型エポキシ樹脂、アミノフェノール型エポキシ樹脂等のグリシジルアミン型エポキシ樹脂、イソシアネート系エポキシ樹脂、ダイマー酸変性エポキシ樹脂、ニトリルゴム変性エポキシ樹脂、ウレタン変性エポキシ樹脂などが挙げられる。これらのエポキシ樹脂は1種のみ用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0018】
天然繊維シート基材及び合成繊維シート基材と、リグニン及びエポキシ樹脂との質量割合は特に限定されないが、天然繊維シート基材、合成繊維シート基材、リグニン及びエポキシ樹脂の合計を100質量%とした場合に、リグニンとエポキシ樹脂との合計が25〜50質量%であることが好ましい。この質量割合は、リグニンとエポキシ樹脂との合計が25〜35質量%、特に26〜33質量%であることがより好ましい。リグニンとエポキシ樹脂との合計が26〜33質量%であれば、繊維間及びシート基材間を結着する硬化物が過少となって、繊維シート成形体に空隙が発生することがなく、且つ合成繊維シート基材により発現される繊維シート成形体の伸びが損なわれることもない。
【0019】
更に、リグニンとエポキシ樹脂との質量割合は、リグニンが十分に硬化し、強度の大きい硬化物が形成される限り特に限定されないが、リグニンとエポキシ樹脂との合計を100質量%とした場合に、リグニンが40〜80質量%であることが好ましい。この質量割合は、リグニンが45〜75質量%、特に50〜70質量%であることがより好ましい。リグニンが40〜80質量%であれば、熱プレス等により繊維シート成形体を製造するときに、硬化したリグニンにより、繊維シート成形体の強度を十分に向上させることができ、且つ反応せずに残存するリグニン及び/又はエポキシ樹脂を十分に低減させることができ、残存するエポキシ樹脂等により繊維シート成形体に空隙が発生することもない。
【0020】
混合物には、必要に応じて各種の添加剤を配合することができる。そのような添加剤としては、例えば、リグニンの硬化を促進するための硬化促進剤の他、酸化防止剤、紫外線吸収剤、滑剤、難燃剤、難燃助剤、軟化剤、繊維シート成形体の耐衝撃性及び耐熱性等を向上させるための無機又は有機の各種充填剤、帯電防止剤、着色剤、可塑剤、粘度調整剤等が挙げられる。これらの添加剤のうちで、硬化促進剤としては、酸無水物、アミン化合物、イミダゾール化合物、及びオクチル酸亜鉛、オクチル酸錫等の金属塩などが挙げられる。
【0021】
[2]繊維シート成形体の製造
天然繊維間、合成繊維間、及び天然繊維シート基材と合成繊維シート基材との結着は、両シート基材に、リグニンとエポキシ樹脂との混合物を含浸させ、その後、積層し、又は両シート基材を積層し、その後、リグニンとエポキシ樹脂との混合物を含浸させ、次いで、積層シートを加熱し、リグニンを硬化させることによりなされる。
【0022】
前記「混合物」は、粉体であるリグニンと液状のエポキシ樹脂とを混合してなる混合物である。混合方法は特に限定されず、粉体と液状物との混合に用いられる一般的な混合装置を用いて混合することができる。この混合装置としては、例えば、遊星式ミキサ、ヘンシェルミキサ、ライカイ機、プラネタリーミキサ、ボールミル、媒体攪拌ミル、ジェットミル等の各種の混合装置が挙げられる。また、リグニンとエポキシ樹脂とをより十分に、且つより均一に混合するため、混合時に溶媒を配合することもできる。この溶媒は、混合物を両シート基材に含浸させるときの、操作のし易さ、及び均一な含浸等のために、混合物に含有されたままにしておいてもよく、両シート基材に含浸させる前に混合物から除去しておいてもよい。
【0023】
また、混合装置によりリグニンとエポキシ樹脂とを混合するとき、粉体であるリグニンと、液状ではあるものの粘度がそれほど低くはないエポキシ樹脂との間のせん断による発熱によって昇温するため、特に加温を必要とすることなく、均一な混合が促進される。そのため、混合は常温(例えば、25〜35℃)で開始すればよいが、必要であれば加温して混合をより促進させることもできる。但し、加温する場合、混合物の温度が80℃以上とならないようにする必要がある。混合物の温度が80℃を越えると、リグニンの硬化が開始されてしまうためである。従って、混合時の混合物の温度は25〜35℃であることが好ましく、25〜30℃であることがより好ましい。
【0024】
前記「含浸」の方法も特に限定されず、混合物が収容された容器にシート基材を浸漬させる、シート基材に混合物を吹き付ける等により塗布する、などの各種の方法が挙げられる。更に、この含浸は所定寸法のシート基材毎になされるバッチ式でもよく、長尺のシート基材を供給しながら、連続的に含浸させる方法でもよい。また、混合物の各々のシート基材への含浸及びそれぞれのシート基材の積層は、それぞれのシート基材に予め混合物を含浸させ、その後、積層してもよく、各々のシート基材を積層し、その後、この積層シートに混合物を含浸させてもよいが、全てのシート基材に混合物を均一に、且つ十分に含浸させるためには、それぞれのシート基材に混合物を含浸させ、その後、積層することが好ましい。
【0025】
更に、混合物をシート基材に含浸させる場合に、混合物の粘度が高く、混合物をシート基材に均一に含浸させることが容易ではない場合は、前記のように、溶媒を配合して粘度を低下させた溶液又は分散液として含浸させることもできるが、この場合、溶媒を除去する工程が必要となるため、溶媒は配合しないことが好ましい。また、混合物の粘度が高いときは、混合物を加熱して粘度を低下させ、必要に応じてシート基材も加熱し、均一な含浸を促進することもできる。
【0026】
繊維シート成形体は、混合物が含浸された天然繊維シート基材と、混合物が含浸された合成繊維シート基材とを、各々所定枚数重ね合わせ、又は天然繊維シート基材と合成繊維シート基材とを、それぞれ所定枚数重ね合わせ、混合物を含浸させ、その後、この積層シートを用いて、リグニンが硬化しない温度、例えば、常温(15〜35℃)でプリプレグとし、次いで、このプリプレグを、所定形状のキャビティを有し、且つ所定温度に調温された成形型に配置し、加熱加圧することにより製造することができる。
【0027】
また、繊維シート成形体は、積層シートを、所定温度に調温された成形型に配置し、加熱加圧することにより製造することもできる。更に、繊維シート成形体は、積層シートを予め所定温度に加熱し、その後、常温(15〜35℃)又は低温に調温された成形型に配置し、加圧することにより製造することもできる。成形時の温度及び積層シートを予め加熱するときの温度は、少なくともリグニンが硬化する温度である必要があり、通常、160℃以上であり、180℃以上であることが好ましい。一方、この温度は、繊維を熱劣化させないため、及び熱エネルギーコストを低減させるため、220℃以下、特に200℃以下とすることが好ましい。
【0028】
天然繊維シート基材と合成繊維シート基材とは、エポキシ樹脂を硬化剤としてリグニンが硬化されてなる硬化物により結着されて一体化され、繊維シート成形体が形成されるが、この繊維シート成形体を構成する両シート基材の各々の積層数及び複数層が積層されるときの積層順は特に限定されず、繊維シート成形体の用途等によって設定することができる。両シート基材のそれぞれの積層数は1枚でもよいし、複数枚でもよく、積層数が同じでもよく、異なっていてもよい。更に、積層順は、交互でもよく、順不同でもよく、複数層の各々のシート基材が交互に積層されていてもよい。
【0029】
前記のように、両シート基材の積層数及び積層順等は特に限定されないが、繊維シート成形体は、天然繊維シート基材の両面に合成繊維シート基材が積層されて形成される、又は合成繊維シート基材の両面に天然繊維シート基材が積層されて形成されることが好ましい(図5参照)。天然繊維と合成繊維とは熱膨張率に差があるため、一面側が天然繊維シート基材であり、他面側が合成繊維シート基材である場合、熱プレス時に熱膨張率の差によって、例えば、平板な繊維シート成形体であるときは反りが生じ(図6参照)、平板ではない形状の繊維シート成形体であるときは、所定形状及び所定寸法の成形体が得られないことがあるが、前記のように一方のシート基材を他方のシート基材により挟み込む形態とすることにより、反りを抑えることができ、所定形状及び所定寸法の繊維シート成形体とすることができる。
【0030】
この場合、各々のシート基材の積層数は特に限定されず、中間層となるシート基材と両表面側となるシート基材のそれぞれの積層数は、反り等を抑えることができる限り、同じでもよく、異なっていてもよい。また、両表面側となるシート基材の各々の積層数も、反り等を抑えることができる限り、同じでもよく、異なっていてもよい。
【0031】
[3]繊維シート成形体の用途等
本発明の繊維シート成形体の用途は特に限定されず、車両、建材、電気機器等の広範な製品分野で、強度が大きく、優れた耐衝撃性等を有する金属材料からなる成形品の代替品として用いることができる。この繊維シート成形体は樹脂製であるため、軽量であり、強度の大きい金属成形体と比べて厚くする必要があること等を勘案しても、製品の軽量化の要請に十分に応えることができる。特に、軽量化の要請が強い車両の部材(車両の後部シートの側面図である図2参照)として有用であり、例えば、シートの構成部材のうちで大きな重量を占めるシートバックフレーム、特に後部シートのシートバックフレームを構成する樹脂フレーム体、ヘッドレストフレーム及びシートクッションフレーム等として有用である。
【0032】
繊維シート成形体は、前記のように各種の用途において用いられるため、その厚さも特に限定されず、用途等によって適宜の厚さとすることができる。繊維シート成形体の厚さは、通常、2.8〜8.4mm、特に4.56〜4.82mmとすることができ、繊維シート成形体の厚さが4.56〜4.82mmであれば、多くの用途において十分な強度等を有する部材として用いることができる。
【0033】
また、繊維シート成形体が車両のシートバックフレームを構成する樹脂フレーム体である場合(図3参照)、従来の金属フレーム体では、シートに座った人にフレームの硬さを感じさせないようにするため、シートバックパッドを厚くする必要があり、これは軽量化及びコストの面で不利であったが、本発明の繊維シート成形体を用いた樹脂フレームは、人の荷重等、負荷された荷重によってフレームが後方に撓むため(図4参照)、座った人が受けるフレームの硬さによる違和感が軽減される。そのため、シートバックパッドを、金属フレーム体であるときと比べて16〜20%薄くすることができ、軽量化及びコストの面で有利である。
パッドを薄くことができる割合(%)=[(金属フレーム体であるときのパッドの厚さ−樹脂フレーム体であるときのパッドの厚さ)/金属フレーム体であるときのパッドの厚さ]×100
【0034】
更に、後部シートのシートバックフレームのように、その後方にラゲッジスペースが設けられている場合(図2参照)、急停止したとき等に積載物が前方側へ移動し、シートバックに衝突して通常より大きな荷重が加わることがある。このような場合、樹脂フレーム体は、絶対的な強度は金属フレーム体と比べて低いものの、そのものが撓むことにより衝撃を吸収し、積載物の破損を抑制することができ、シートバックフレームの破損も抑えることができる。
【0035】
前記のように、樹脂フレーム体が撓むことにより、積載物の前方側への移動による衝撃を吸収し、且つ樹脂フレーム体そのものが容易に破損しないようにするためには、天然繊維シート基材の片面に合成繊維シート基材が積層された繊維シート成形体を使用し、天然繊維シート基材がラゲッジスペース側、合成繊維シート基材が人が座る側となる樹脂フレーム体とすることが好ましい。このように人が座る側に合成繊維シート基材が配置されるようにすることで、より撓み易く、且つ容易に破損することのない樹脂フレーム体とすることができる。尚、この場合、天然繊維と合成繊維との熱膨張率の差により、樹脂フレーム体に反りが生じることがあるため、この反りを勘案して、各々のシート基材の積層数等を調整することが好ましい。
【実施例】
【0036】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
実施例1
ラミー繊維を平織りした織物(天然繊維シート基材である。)、及びポリアミド長繊維を平織りした織物(合成繊維シート基材である。)を、60質量%のリグニンと40質量%のエポキシ樹脂との混合物に、常温で所定の樹脂量になるまで浸漬し、各々のシート基材に混合物を含浸させた。尚、ポリアミド製織物、ラミー製織物、リグニン及びエポキシ樹脂の合計を100質量%とした場合に、リグニンとエポキシ樹脂の合計は30質量%である。
【0037】
その後、リグニンとエポキシ樹脂との混合物が含浸されたラミー製織物の両面に、同じく混合物が含浸されたポリアミド製織物を積層して積層シートとし、この積層シートを、200℃に調温された成形型の上型と下型との間に配置し、2MPaの圧力で10分間熱プレスし、リグニンを硬化させて厚さ4.56mmの繊維シート成形体を製造した。この繊維シート成形体には反りは見られず、JIS K 7113により引張試験をしたところ、応力70MPa、伸び2.5%の初期段階を経て、伸び18%までは応力に大きな変化はなく、その後、伸びとともに応力が緩やかに上昇し、破断時の応力は150MPa、伸びは28%であった。この結果は、ポリカーボネートとABS樹脂との樹脂混合物を用いて同様にして製造した繊維シート成形体の特性を上回っており、本発明の繊維シート成形体は車両のシートバックフレームを構成する樹脂フレーム体として十分に使用可能であることが推察される。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、車両、建材、電気機器等の広範な製品分野で利用することができ、本発明の繊維シート成形体は、強度が大きく、優れた耐衝撃性等を有する各種部材、特に車両のシートバックフレームを構成する樹脂フレーム体等として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】繊維シート成形体の断面図である。
【図2】車両の後部シートを左側方からみた側面図である。
【図3】図2の車両の後部シートのA−A断面における断面図である。
【図4】図3の車両の後部シートに人が座ったときにシートバックパッドとともに樹脂フレーム体が後方側に撓んだ様子を表す説明図である。
【図5】合成繊維シート基材の両面に天然繊維シート基材が積層され、反りを生じていない繊維シート成形体の斜視図である。
【図6】合成繊維シート基材の片面に天然繊維シート基材が積層され、反りを生じている繊維シート成形体の斜視図である。
【符号の説明】
【0040】
1;繊維シート成形体、11;天然繊維シート基材、111;天然繊維、12;合成繊維シート基材、121;合成繊維、2硬化物、100;車両の後部シート、101;シートバック、101a;シートバックフレームを構成する樹脂フレーム体、102;シートバックパッド、103;表皮材、104;金属パイプ、105;シートクッション、S;ラゲッジスペース、P;ラゲッジスペースのボディ側の仕切り板。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然繊維シート基材と合成繊維シート基材とが積層され、該天然繊維シート基材を構成する天然繊維間、該合成繊維シート基材を構成する合成繊維間、及び該天然繊維シート基材と該合成繊維シート基材との間が、リグニンとエポキシ樹脂との混合物の硬化物により結着されていることを特徴とする繊維シート成形体。
【請求項2】
前記天然繊維及び前記合成繊維は、いずれも長繊維である請求項1に記載の繊維シート成形体。
【請求項3】
前記天然繊維がラミーであり、前記合成繊維がポリアミド繊維及び/又はポリエステル繊維である請求項2に記載の繊維シート成形体。
【請求項4】
前記天然繊維シート基材、前記合成繊維シート基材、前記リグニン及び前記エポキシ樹脂の合計を100質量%とした場合に、該リグニンと該エポキシ樹脂との合計は25〜50質量%である請求項1乃至3のうちのいずれか1項に記載の繊維シート成形体。
【請求項5】
前記リグニンと前記エポキシ樹脂との合計を100質量%とした場合に、該リグニンは40〜80質量%である請求項1乃至4のうちのいずれか1項に記載の繊維シート成形体。
【請求項6】
前記天然繊維シート基材の両面に、前記合成繊維シート基材が積層された請求項1乃至5のうちのいずれか1項に記載の繊維シート成形体。
【請求項7】
前記合成繊維シート基材の両面に、前記天然繊維シート基材が積層された請求項1乃至5のうちのいずれか1項に記載の繊維シート成形体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−131830(P2010−131830A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−309050(P2008−309050)
【出願日】平成20年12月3日(2008.12.3)
【出願人】(000241500)トヨタ紡織株式会社 (2,945)
【出願人】(000110321)トヨタ車体株式会社 (1,272)
【Fターム(参考)】