説明

缶用鋼板およびその製造方法

【課題】イーシ゛ーオーフ゜ン缶の材料として好適である高強度高加工性缶用鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.070%以上0.080%未満、Si:0.003%以上0.10%以下、Mn:0.51%以上0.60%以下等を含有し、圧延方向断面において、平均結晶粒径が5μm以上、結晶粒の展伸度が2.0以下であり、板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の断面の平均ビッカース硬度から、表面から板厚の1/8の深さまでの間の断面の平均ビッカース硬度を引いた硬度差が10ポイント以上、および/又は板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の断面の最大ビッカース硬度から、表面から板厚の1/8の深さまでの間の断面の最大ビッカース硬度を引いた硬度差が20ポイント以上、引張強度が500MPa以上、破断伸びが10%以上であることを特徴とする高強度高加工性缶用鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度であり、かつ、高い加工性を有する缶用鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
飲料缶や食缶に用いられる鋼板のうち、蓋や底、3ピース缶の胴、絞り缶などには、DR(Double Reduce)材と呼ばれる鋼板が用いられる場合がある。焼鈍の後に再度冷間圧延(二次冷間圧延)を行うDR材は、圧延率の小さい調質圧延のみを行うSR(Single Reduce)材に比べて板厚を薄くすることが容易であり、薄い鋼板を用いることにより製缶コストを低減することが可能となる。
DR材は焼鈍後に冷間圧延を施すことで加工硬化が生じるため、薄くて硬い鋼板であるが、DR材は延性に乏しいため、SR材に比べて加工性に劣る。
【0003】
また、飲料缶、食缶の蓋としては、EOE(Easy Open End)が広く使用されている。EOEを製造する際には、タブを取り付けるためのリベットを張り出し加工および絞り加工によって成形する必要があり、この加工に要求される材料の延性は、引張試験における約10%の伸びに相当する。
【0004】
また、3ピース飲料缶の胴材は、筒状に成形された後、蓋や底を巻き締めるために両端にフランジ加工を施されるため、同じく缶胴端部にも約10%の伸びが要求される。
【0005】
一方、製缶素材としての鋼板は板厚に応じた強度が必要とされ、DR材の場合は薄くすることによる缶強度を確保するために、約500MPa以上の引張強度が必要とされる。
【0006】
従来用いられてきたDR材では、上記のような延性と強度を両立することは困難であり、EOEや飲料缶の胴材にはSR材が用いられてきた。しかし、現在、コスト低減の観点から、EOEや飲料缶の胴材に対してもDR材を適用する要求が高まっている。さらに、この材料は2ピース缶胴、DI(Drawn and Ironed)缶、DRD(Draw-Redraw)缶、エアゾール缶およびボトムエンドなどの缶用鋼板の素材としても用いることができる。
【0007】
これらを受けて、特許文献1には、低炭素鋼を一次冷間圧延率85%以下にてDR材を製造することにより、r値が高く、フランジ加工性に優れた鋼板の製造方法が開示されている。
【0008】
特許文献2には、低炭素鋼焼鈍工程において窒化処理を施すことにより、硬度と加工性を両立するDR材の製造方法が開示されている。
【0009】
特許文献3には、C:0.01〜0.08%、Mn:0.05〜0.50%、Al:0.01〜0.15%を含有する鋼スラブを、Ar変態点以下の熱間仕上げ圧延を行い、次いで冷間圧延を行った後、連続焼鈍により再結晶焼鈍を施し、その後5〜10%の圧下率でスキンパスして得た板厚0.21mm未満の薄鋼板を用いて、スコア残厚/鋼板厚の比が0.4以下となるスコア加工を行うイージーオープン缶用蓋の製造方法が開示されている。
【0010】
特許文献4には、C:0.04〜0.08%、Si:0.03%以下、Mn:0.05〜0.50%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Al:0.02〜0.10%、N:0.008〜0.015%を含有し、鋼板中の(N total−N as AlN)量が、0.007%以上で、かつ圧延方向の全伸び値をX、平均値をYで表した場合に、X≧10%かつY≧−0.05X+1.4の関係を満たす場合に、バッチ焼鈍DR鋼板同等以上の優れたフランジ加工性を有する溶接缶用連続焼鈍DR鋼板および製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭63−7336号公報
【特許文献2】特開2004−323905号公報
【特許文献3】特開昭62−96618号公報
【特許文献4】特開2007−177315号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記従来技術は、いずれも以下に示す問題点がある。
【0013】
特許文献1に記載の製造方法では、一次冷間圧延率を小さくする必要があるため、熱間圧延の仕上げ厚の制約により、極薄の鋼板は製造できない。熱間圧延の仕上げ厚を小さくすると、仕上げ圧延温度が低くなり、所定の温度に保つことが困難である。
【0014】
特許文献2に記載の製造方法では、再結晶が終了した後に窒化処理を施す必要があるため、連続焼鈍工程において窒化処理を施す場合でもラインスピードの低下や加熱炉長の増加などのコスト増が避けられない。
【0015】
特許文献3および特許文献4に記載の製造方法ではMn量が0.05〜0.50wt%と低く抑えられており、薄肉化による耐圧強度確保のための高強度化に対応することが出来ない。
【0016】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたもので、蓋、底、3ピース缶胴および2ピース缶胴、DI缶、DRD缶、エアゾール缶およびボトムエンドなどに適用可能であり、特にEOEの材料として好適である高強度高加工性缶用鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行い下記の知見を得た。
【0018】
高強度材で延性を確保するには、適切な量のCを添加して強度を付与しつつ、一次冷間圧延の最終スタンドの圧延率を向上して表層にひずみを導入した後、焼鈍で表層のフェライト粒を粗大化させ、かつ、表層の窒化を抑制するために焼鈍雰囲気中のアンモニアガスを0.020vol%未満に抑制し、二次冷間圧延率を適切な範囲に制限して、鋼板の表層を軟質化することで、強度と延性を両立することが可能である。
【0019】
また、熱間圧延後の巻き取り温度が高いと、析出するセメンタイトが粗大となり、局部伸びが低下するため、巻き取り温度も適切な温度範囲に制限する必要がある。
【0020】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0021】
第一の発明は、質量%で、C:0.070%以上0.080%未満、Si:0.003%以上0.10%以下、Mn:0.51%以上0.60%以下、P:0.001%以上0.100%以下、S:0.001%以上0.020%以下、Al:0.005%以上0.100%以下、N:0.010%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、圧延方向断面において、平均結晶粒径が5μm以上、結晶粒の展伸度が2.0以下であり、板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の断面の平均ビッカース硬度から、表面から板厚の1/8の深さまでの間の断面の平均ビッカース硬度を引いた硬度差が10ポイント以上、および/又は板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の断面の最大ビッカース硬度から、表面から板厚の1/8の深さまでの間の断面の最大ビッカース硬度を引いた硬度差が20ポイント以上、引張強度が500MPa以上、破断伸びが10%以上であることを特徴とする高強度高加工性缶用鋼板である。
【0022】
第二の発明は、前記結晶粒径に関して、表面から板厚の1/8の深さまでの間の平均結晶粒径から、板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の平均結晶粒径を引いた平均結晶粒径差が1μm以上であることを特徴とする第一の発明に記載の高強度高加工性缶用鋼板である。
【0023】
第三の発明は、前記窒素量に関して、板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の平均N量から、表面から板厚の1/8の深さまでの間の平均N量を引いた平均N量差が10ppm以上であることを特徴とする第一の発明または第二の発明に記載の高強度高加工性缶用鋼板である。
【0024】
第四の発明は、直径1μm以下0.02μm以上の窒化物に関し、表面から板厚の1/8の深さまでの間の平均窒化物数密度よりも、表面から板厚の1/4の深さまでの間の平均窒化物数密度が大きいことを特徴とする第一の発明乃至第三の発明のいずれかに記載の高強度高加工性缶用鋼板である。
【0025】
第五の発明は、前記直径1μm以下0.02μm以上の窒化物に関し、表面から板厚の1/20の深さまでの間の平均窒化物数密度を、表面から板厚の1/4の深さまでの間の平均窒化物数密度で割った値が1.5より小さいことを特徴とする第一の発明乃至第四の発明のいずれかに記載の高強度高加工性缶用鋼板である。
【0026】
第六の発明は、前記炭素量に関して、鋼中固溶Cの量が51ppm以上であることを特徴とする第一乃至第五の発明のいずれかに記載の高強度高加工性缶用鋼板である。
【0027】
第七の発明は、質量%で、C:0.070%以上0.080%未満、Si:0.003%以上0.10%以下、Mn:0.51%以上0.60%以下、P:0.001%以上0.100%以下、S:0.001%以上0.020%以下、Al:0.005%以上0.100%以下、N:0.010%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる鋼を連続鋳造によりスラブとし、熱間圧延を行った後に620℃未満の温度で巻き取り、次いで、トータルで86%以上の一次冷間圧延率で、一次冷間圧延の最終スタンドの冷間圧延率が30%以上の圧延を行い、引き続きアンモニアガスが0.020vol%未満の雰囲気中で焼鈍を行い、次いで、20%以下の圧延率で二次冷間圧延を行うことを特徴とする高強度高加工性缶用鋼板の製造方法である。
【0028】
なお、本明細書において、鋼の成分を示す%は、すべて質量%である。
また、板厚の3/8の深さとは、表面から板厚中心方向に板厚の3/8の距離を隔てた位置を示す。その他の、板厚の4/8の深さ、板厚の1/8の深さ、板厚の1/4の深さ、板厚の1/20の深さも同様である。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、引張強度が500MPa以上でかつ破断伸びが10%以上の高強度高加工性缶用鋼板を得ることができる。その結果、鋼板の加工性向上により、EOEのリベット加工時や3ピース缶のフランジ加工時に割れを生じず、板厚の薄いDR材による製缶が可能となり、缶用鋼板の大幅な薄肉化が達成される。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の缶用鋼板は、引張強度が500MPa以上でかつ破断伸びが10%以上の高強度高加工性缶用鋼板である。そして、このような鋼板は、0.070%以上0.080%未満のCを含有する鋼を用いて、熱間圧延後の巻き取り温度および二次冷間圧延率を適正な条件に設定することにより、製造することが可能となる。
【0031】
本発明の缶用鋼板の成分組成について説明する。
【0032】
C:0.070%以上0.080%未満
本発明の缶用鋼板においては、二次冷間圧延率を抑えて伸びを確保する一方、C量を高めとすることで高強度を発揮する。C量が0.070%未満であると、鋼板の薄肉化による顕著な経済効果を得るために必要な引張強度500MPaが得られない。したがって、C量は0.070%以上とする。一方、C量が0.080%以上では過剰に硬質となり、加工性を確保したまま二次冷間圧延で薄い鋼板を製造することが不可能となる。したがって、C量の上限は0.080%未満とする。
【0033】
Si:0.003%以上0.10%以下
Si量が0.10%を超えると、表面処理性の低下、耐食性の劣化等の問題を引き起こすので、上限は0.10%とする。一方、0.003%未満とするには精錬コストが過大となるため、下限は0.003%とする。
【0034】
Mn:0.51%以上0.60%以下
Mnは、Sによる熱延中の赤熱脆性を防止し、結晶粒を微細化する作用を有し、望ましい材質を確保する上で必要な元素である。さらに薄肉化した材料で缶強度を満足するには材料の高強度化が必要である。この高強度化に対応するためにはMn量は0.51%以上の添加が必要である。一方、Mnを多量に添加し過ぎると、耐食性が劣化し、また鋼板が過剰に硬質化するので、上限は0.60%とする。
【0035】
P:0.001%以上0.100%以下
Pは、鋼を硬質化させ、加工性を悪化させると同時に、耐食性をも悪化させる有害な元素である。そのため、上限は0.100%とする。一方、Pを0.001%未満とするには脱リンコストが過大となる。よって、下限は0.001%とする。
【0036】
S:0.001%以上0.020%以下
Sは、鋼中で介在物として存在し、延性の低下、耐食性の劣化をもたらす有害な元素である。そのため、上限は0.020%とする。一方、Sを0.001%未満とするには脱硫コストが過大となる。よって、下限は0.001%とする。
【0037】
Al:0.005%以上0.100%以下
Alは、製鋼時の脱酸材として必要な元素である。添加量が少ないと、脱酸が不十分となり、介在物が増加し、加工性が劣化する。含有量が0.005%以上であれば十分に脱酸が行われているとみなすことができる。一方、含有量が0.100%を超えると、アルミナクラスターなどに起因する表面欠陥の発生頻度が増加する。よって、Al量は0.005%以上0.100%以下とする。
【0038】
N:0.010%以下
Nは多量に添加すると、熱間延性が劣化し、連続鋳造においてスラブの割れが発生する。よって、上限は0.010%とする。なお、N量を0.001%未満とするには精錬コストが過大となるので、N量は0.001%以上とすることが好ましい。
なお、残部はFeおよび不可避的不純物とする。
【0039】
次に、本発明の缶用鋼板の機械的性質について説明する。
【0040】
引張強度は500MPa以上とする。引張強度が500MPa未満であると、製缶素材としての鋼板の強度を確保するために、顕著な経済効果が得られるほど鋼板を薄くすることができない。よって、引張強度は500MPa以上とする。
【0041】
破断伸びは10%以上とする。破断伸びが10%未満であると、EOEに適用した場合のリベット加工の際に割れを生じる。また、3ピース缶胴に適用した場合でも、フランジ加工の際に割れを生じる。したがって、破断伸びは10%以上とする。
【0042】
なお、上記引張強度および上記破断伸びは「JIS Z 2241」に示される金属材料引張試験方法により測定することができる。
【0043】
次に、本発明の缶用鋼板の結晶粒について説明する。
【0044】
圧延方向断面における平均結晶粒径は5μm以上とする。本発明の缶用鋼板の最終的な機械的性質には結晶粒の状態が大きく影響する。圧延方向断面における平均結晶粒径が5μm未満であると、鋼板の伸びが不足し、加工性を損なうことになる。
【0045】
また、圧延方向断面における結晶粒の展伸度を2.0以下とする。展伸度とは、「JISG0202」に示されるように、加工によってフェライト結晶粒が展伸された度合いを表す値である。圧延方向断面における結晶粒の展伸度が2.0を超えると、フランジ加工性やネック加工性に重要な圧延直角方向の伸びが不足する。二次冷間圧延の圧延率とともに
展伸度は増加するが、20%程度までの二次冷間圧延率で上記の展伸度に抑えるためには、鋼が0.070%以上のCを含んでいる必要がある。すなわち、Cが0.070%未満であると熱間圧延後に析出するセメンタイト粒の数が少なくなり、結果的に固溶Cが多く残存する。固溶Cは焼鈍時の粒成長を抑えるため、一次冷間圧延によって扁平した結晶粒の形状が残存し、展伸度は大きくなる。
なお、上記圧延方向断面における平均結晶粒径および上記圧延方向断面における結晶粒の展伸度は「JIS G 0551」に示される結晶粒度の顕微鏡試験方法により測定することができる。
【0046】
なお、注釈がない場合は、特に、鋼板の表裏面を区別しない。
【0047】
ビッカース硬度は「JIS Z 2244」に示される硬度試験方法により測定することができる。鋼板断面における板厚方向の硬度分布が適当に評価できるように荷重10gfでのビッカース硬度試験を行う。測定は各10箇所を行い、測定された値の平均値を、それぞれの断面平均硬度とする。また、ビッカース硬度測定のうち最大のものを、断面ビッカース最大硬度とする。
【0048】
硬度差:10ポイント以上、20ポイント以上について
表層が硬質化した場合は強度が高くなるが、硬質な表層で軟質な中央層が挟まれるため、板全体が拘束されて伸びが低下し、くびれが発生しやすくなり加工性が低下する。表層が軟質で中央層が硬質な場合は板の中央層のみが拘束されるため強度が高く、伸びの低下とくびれが発生しない高強度高加工性鋼板が得られる。断面平均硬度の差が10ポイント未満以内、および/又は断面最大硬度が20ポイント未満以内では、板全体が均質な硬度のため、現行の材料と何ら変わりは無く、高強度高加工性鋼板を得ることは出来ない。断面平均硬度の差が10ポイント以上、および/又は断面最大硬度が20ポイント以上とすることで引張強度が500MPa以上、破断伸びが10%以上とすることが出来る。
【0049】
板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の平均N量は板厚の3/8の深さまで電解研磨を実施したサンプルを燃焼法を用いてN量を測定した。表面から板厚の1/8の深さまでの平均N量は、サンプルの片面をテープシールした後、シュウ酸を用いて表面から板厚の1/8の深さまで化学研磨し、残ったサンプルを燃焼法を用いてN量を測定した。
【0050】
平均N量差:10ppm以上について
平均N量差が10ppm未満では、板全体が均質なN量のため、表層のN量が低下することによる軟質化は期待できず、現行の材料と何ら変わりは無く、高強度高加工性鋼板を得ることは出来ない。平均N量の差が10ppm以上とすることで引張強度が500MPa以上、破断伸びが10%以上とすることが出来る。
【0051】
窒化物の数密度は所定の位置までシュウ酸などで化学研磨した後、SPEED法を用いて10μm電解し、抽出レプリカを作製して、TEMを用いて1μm四方の単位視野あたりの窒化物の個数を測定した。窒化物は、EDXを用いて分析を行い同定した。
固溶C量は内部摩擦のピークより算出した。
【0052】
平均窒化物数密度比:1.5以下について
平均窒化物数密度比が1.5以上では、表層の窒化物数密度が大きくなり、窒化物による析出強化が発生するため軟質化は期待できず、現行の材料と何ら変わりは無く、高強度高加工性鋼板を得ることは出来ない。平均窒化物数密度比を1.5より小さくすることで引張強度が500MPa以上、破断伸びが10%以上とすることが出来る。
【0053】
次に、本発明の缶用鋼板の製造方法について説明する。
本発明の高強度高加工性缶用鋼板は、連続鋳造によって製造された上記組成からなる鋼スラブを用い、熱間圧延を行った後に620℃未満の温度で巻き取り、次いで、86%以上の一次冷間圧延率で、一次冷間圧延の最終スタンドの冷間圧延率が30%以上の圧延を行い、引き続きアンモニアガスが0.020vol%未満の雰囲気中で焼鈍を行い、次いで、20%以下の圧延率で二次冷間圧延を行うことで作成する。
【0054】
通常は一回の冷間圧延のみでは顕著な経済効果が得られるような薄い板厚とすることは困難である。すなわち、一回の冷間圧延で薄い板厚を得るには圧延機への負荷が過大であり、設備能力によっては不可能である。例えば、最終板厚を0.15mmとする場合には、熱間圧延後の板厚を2.0mmとすると、92.5%と大きな一次冷間圧延率が必要となる。
【0055】
また、冷間圧延後の板厚を小さくするために熱間圧延の段階で通常よりも薄く圧延することも考えられるが、熱間圧延の圧延率を大きくすると、圧延中の鋼板の温度低下が大きくなり、所定の仕上げ圧延温度が得られなくなる。さらに、焼鈍前の板厚を小さくすると、連続焼鈍を施す場合は、焼鈍中に鋼板の破断や変形等のトラブルが生じる可能性が大きくなる。これらの理由により、本発明においては焼鈍後に二回目の冷間圧延を施し、極薄の鋼板を得ることとする。
【0056】
熱間圧延後の巻取り温度:620℃未満
熱間圧延後の巻取り温度が620℃以上であると、形成するパーライト組織が粗大となり、これが脆性破壊の起点となるために局部伸びが低下して10%以上の破断伸びが得られない。よって、熱間圧延後の巻取り温度は620℃未満とする。より好ましくは、560℃〜620℃である。
【0057】
一次冷間圧延率:86%以上
一次冷間圧延率が小さい場合、最終的に極薄の鋼板を得るために熱間圧延と二次冷間圧延の圧延率を大きくする必要がある。熱間圧延率を大きくすることは上述の理由から好ましくなく、二次冷間圧延率は後述する理由により制限する必要がある。以上の理由により、一次冷間圧延率を86%未満とすると製造が困難となる。したがって、一次冷間圧延率は86%以上とする。より好ましくは、90〜92%である。
【0058】
一次冷間圧延の最終スタンド圧延率:30%以上
鋼板の表層を粗大粒として軟質化するためには最終スタンドの圧延率を大きくして、鋼板表層に歪を導入することによって、焼鈍時のフェライト粒成長を促進する必要がある。中心層と比較して表層の結晶粒径を1μm粗大化させるには、一次冷間圧延の最終スタンド圧延率を30%以上とすることが必要である。
【0059】
焼鈍
焼鈍では、表層の窒化を抑制するために、雰囲気中のアンモニアガスの濃度を0.020vol%未満とすることが必要である。好ましくは0.018vol%以下であり、より好ましくは0.016vol%以下である。また、焼鈍により再結晶が完了する必要がある。操業効率および薄鋼板の焼鈍中の破断防止の観点から均熱温度は600〜750℃とすることが好ましい。
【0060】
二次冷間圧延率:20%以下
二次冷間圧延率は20%以下とする。二次冷間圧延率を20%超えとすると、二次冷間圧延による加工硬化が過大となり、10%以上の破断伸びが得られなくなる。したがって、二次冷間圧延率は20%以下とする。好ましくは15%以下、より好ましくは、10%以下である。
【0061】
二次冷間圧延以降は、めっき等の工程を常法通り行い、缶用鋼板として仕上げる。
【実施例】
【0062】
表1に示す成分組成を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼を実機転炉で溶製し、連続鋳造法により鋼スラブを得た。得られた鋼スラブを1250℃で再加熱した後、表2に示す条件で熱間圧延、一次冷間圧延を施した。熱間圧延の仕上げ圧延温度は890℃とし、圧延後には酸洗を施している。次いで、一次冷間圧延の後、均熱温度630℃、均熱時間25秒の連続焼鈍および表2に示す条件で二次冷間圧延を施した。
以上により得られた鋼板にSnめっきを両面に連続的に施して、片面Sn付着量2.8g/mのぶりきを得た。試験結果を表2、表3に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
【表3】

【0066】
以上により得られためっき鋼板(ぶりき)に対して、210℃、10分の塗装焼付け相当の熱処理を行った後、引張試験を行った。引張試験は、JIS5号サイズの引張試験片を用いて、引張速度10mm/minで引張強度(破断強度)および破断伸びを測定した。
また、めっき鋼板のサンプルを採取し、圧延方向断面における、平均結晶粒径および結晶粒の展伸度を測定した。圧延方向断面における平均結晶粒径および結晶粒の展伸度は、鋼板の垂直断面を研磨しナイタルエッチングにより粒界を現出させた上で、「JISG 0551」に記載の直線試験線による切断法により測定した。
【0067】
耐圧強度の測定は、板厚0.21mmのサンプルを63mmΦの蓋に成形したのち、63mmΦの溶接缶胴に巻締めて取り付け、缶内部に圧縮空気を導入し、缶蓋が変形したときの圧力を測定した。内部の圧力が0.20MPaでも缶蓋が変形しなかったときを◎、内部の圧力を0.19MPaまで上昇させても缶蓋が変形せず、内部の圧力が0.20MPaでは缶蓋が変形したものを○、0.19MPa以下で缶蓋が変形したときを×とした。
【0068】
成形性は、JIS B 7729に規定された試験機を用いて、JIS Z 2247に規定された方法で試験を実施した。
エリクセン値(貫通割れ発生時の成形高さ)が6.5mm以上を◎、6.5mm未満で6.0mm以上を○、6.0mm未満を×とした。
【0069】
表1〜表3より発明例であるNo.6〜No.12および18は強度に優れており、極薄の缶用鋼板として必要な引張強度500MPa以上を達成している。また、加工性にも優れており、蓋や3ピース缶胴の加工に必要な10%以上の伸びを有している。
【0070】
一方、比較例のNo.1は、C含有量が少なすぎるため、引張強度が不足している。また、比較例のNo.2は、C含有量が多すぎるため、二次冷間圧延により延性が損なわれ、破断伸びが不足している。比較例のNo.3はMn含有量が少なすぎるため、引張強度が不足している。比較例のNo.4は、Mn含有量が多すぎるため、二次冷間圧延により延性が損なわれ、破断伸びが不足している。また、比較例のNo.5は、N含有量が多すぎるため、二次冷間圧延により延性が損なわれ、破断伸びが不足している。
【0071】
比較例のNo.13は、巻取り温度が高すぎるため、結晶粒が粗大化し強度が不足している。比較例のNo.14は、最終スタンドの二次冷間圧延率が小さすぎるため、平均結晶粒径が大きく、中央層の平均結晶粒径が大きく、強度が不足している。比較例のNo.15は、二次冷間圧延率が大きすぎるため、二次冷間圧延により延性が損なわれ、破断伸びが不足している。比較例のNo.16、No.17は、焼鈍雰囲気中のアンモニアガスの濃度が高すぎるため、表層が硬質化することにより延性が損なわれ、破断伸びが不足している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.070%以上0.080%未満、Si:0.003%以上0.10%以下、Mn:0.51%以上0.60%以下、P:0.001%以上0.100%以下、S:0.001%以上0.020%以下、Al:0.005%以上0.100%以下、N:0.010%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、圧延方向断面において、平均結晶粒径が5μm以上、結晶粒の展伸度が2.0以下であり、板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の断面の平均ビッカース硬度から、表面から板厚の1/8の深さまでの間の断面の平均ビッカース硬度を引いた硬度差が10ポイント以上、および/又は板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の断面の最大ビッカース硬度から、表面から板厚の1/8の深さまでの間の断面の最大ビッカース硬度を引いた硬度差が20ポイント以上、引張強度が500MPa以上、破断伸びが10%以上であることを特徴とする高強度高加工性缶用鋼板。
【請求項2】
前記結晶粒径に関して、表面から板厚の1/8の深さまでの間の平均結晶粒径から、板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の平均結晶粒径を引いた平均結晶粒径差が1μm以上であることを特徴とする請求項1に記載の高強度高加工性缶用鋼板。
【請求項3】
前記窒素量に関して、板厚の3/8の深さから板厚の4/8の深さまでの間の平均N量から、表面から板厚の1/8の深さまでの間の平均N量を引いた平均N量差が10ppm以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度高加工性缶用鋼板。
【請求項4】
直径1μm以下0.02μm以上の窒化物に関し、表面から板厚の1/8の深さまでの間の平均窒化物数密度よりも、表面から板厚の1/4の深さまでの間の平均窒化物数密度が大きいことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の高強度高加工性缶用鋼板。
【請求項5】
前記直径1μm以下0.02μm以上の窒化物に関し、表面から板厚の1/20の深さまでの間の平均窒化物数密度を、表面から板厚の1/4の深さまでの間の平均窒化物数密度で割った値が1.5より小さいことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の高強度高加工性缶用鋼板。
【請求項6】
前記炭素量に関して、鋼中固溶Cの量が51ppm以上であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の高強度高加工性缶用鋼板。
【請求項7】
質量%で、C:0.070%以上0.080%未満、Si:0.003%以上0.10%以下、Mn:0.51%以上0.60%以下、P:0.001%以上0.100%以下、S:0.001%以上0.020%以下、Al:0.005%以上0.100%以下、N:0.010%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる鋼を連続鋳造によりスラブとし、熱間圧延を行った後に620℃未満の温度で巻き取り、次いで、トータルで86%以上の一次冷間圧延率で、一次冷間圧延の最終スタンドの冷間圧延率が30%以上の圧延を行い、引き続きアンモニアガスが0.020vol%未満の雰囲気中で焼鈍を行い、次いで、20%以下の圧延率で二次冷間圧延を行うことを特徴とする高強度高加工性缶用鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2011−137223(P2011−137223A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−268084(P2010−268084)
【出願日】平成22年12月1日(2010.12.1)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】