説明

耐久性に優れる被覆工具およびその製造方法

【課題】 切削工具や冷間および温熱間における鍛造、プレス加工といった金属の塑性加工に使用される工具において耐久性に優れる被覆工具およびその製造方法を提供する。
【解決手段】基材表面に皮膜を被覆した被覆工具であり、該皮膜は、硬度が30GPa以上であるAlCr系の窒化物または炭窒化物の硬質皮膜と、該硬質皮膜と基材の界面にある中間皮膜からなり、該中間皮膜は膜厚が2〜40nm、結晶粒子の平均幅が40nm以下のTiの金属、またはTiの窒化物、炭化物、炭窒化物の何れかからなる被覆工具である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具や鍛造、プレス加工等の塑性加工に使用される耐久性に優れる被覆工具およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具や金型の工具には、耐熱性や耐摩耗性を向上させ工具寿命を改善するために、基材表面をTi、Al、Cr等の窒化物、炭窒化物、酸化物等の硬質皮膜で被覆した被覆工具が適用されている。中でも、AlCr系の窒化物の硬質皮膜は、1,000℃以上でも高い耐熱性と耐摩耗性を併せ持ち、その成膜手法としては、イオンプレーティング法で成膜する手法(特許文献1、2)、アークイオンプレーティング法で成膜する手法(特許文献3、4)、およびスパッタリング法で成膜する手法(特許文献5、6)がそれぞれ提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−025566号公報
【特許文献2】特開2003−321764号公報
【特許文献3】特開2005−271132号公報
【特許文献4】特開2006−26783号公報
【特許文献5】特開2000−144378号公報
【特許文献6】特開2005−344148号公報
【特許文献7】特開2007−136597号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら近年では、切削工具や鍛造、プレス金型等の塑性加工用金型の使用環境は、被加工材の高硬度化、加工時間の高速化、潤滑剤を使用しない乾式化等への対応が併せて要求されているため、年々過酷となっている。そのため、高い耐熱性と耐摩耗性を示す従来のAlCr系窒化物の硬質皮膜を採用した被覆工具であっても、近年の苛酷な使用環境下では、基材と硬質皮膜の密着性が必ずしも十分ではない場合がある。
そこで、特許文献7のように中間皮膜を設けることは、密着性を確保するには有効である。しかし、工具の使用環境によっては、密着性を確保するための中間皮膜を設けたとしても、アークイオンプレーティング法で成膜した皮膜内部に存在するドロップレットや、スパッタリング法で成膜した皮膜内部に含有され易い空隙等の皮膜内部の欠陥が起点となって、破壊や損傷が突発的に発生する場合があるという課題があった。
【0005】
本発明は、切削工具や冷間、温熱間における鍛造、プレス加工といった金属の塑性加工に使用される工具において、皮膜密着性および皮膜内部の欠陥を減少させて、突発的な皮膜破壊や損傷をも総合的に改善した、耐久性に優れる被覆工具およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、硬質皮膜と基材との間に極薄な膜厚の中間皮膜を設けた上で、その中間皮膜の結晶粒子の幅を一定に制御することで、基材と硬質皮膜の密着力が格段に高まり、さらには、中間皮膜の直上で成長する硬質皮膜の柱状粒子が極めて緻密化されて、皮膜内部の欠陥が少なくなり、工具の耐久性が格段に向上することを見出した。
【0007】
すなわち本発明は、基材表面に皮膜を被覆した被覆工具であり、該皮膜は、硬度が30GPa以上であるAlCr系の窒化物または炭窒化物の硬質皮膜と、該硬質皮膜と基材との界面にある中間皮膜からなり、該中間皮膜は膜厚が2〜40nm、結晶粒子の平均幅が40nm以下のTiの金属、またはTiの窒化物、炭化物、炭窒化物の何れかからなる耐久性に優れる被覆工具である。中間皮膜は、Tiの窒化物であることが好ましい。
硬質皮膜は、Siを含有することが好ましい。さらに、前記硬質皮膜は、Tiを含有することが好ましい。
硬質皮膜の断面組織は基材表面に対して垂直方向に成長した柱状粒子の集合からなり、該柱状粒子の平均幅が0.3μm以下であることが好ましい。
【0008】
本発明の硬質皮膜は、中間皮膜直上の第1硬質皮膜と、該第1硬質皮膜直上の第2硬質皮膜からなり、該第1硬質皮膜は、金属成分の組成が(AlCrTi)[但し、原子%で、X+Y+Z=100、50<X<75、20≦Y<50、0<Z≦10]の窒化物または炭窒化物、該第2硬質皮膜は、金属成分の組成が(AlCrSi)[但し、原子%でU+V+W=100、50<U<75、20≦V<50、0<W≦10]の窒化物または炭窒化物であることが好ましい。さらに、第1硬質皮膜は、金属成分としてSiを10原子%以下含むことが好ましい。さらに、第2硬質皮膜は、金属成分としてTiを10原子%以下含むことが好ましい。
第2硬質皮膜の断面組織は基材表面に対して垂直方向に成長した柱状粒子の集合からなり、該柱状粒子の平均幅が0.3μm以下であることが好ましい。
【0009】
硬質皮膜は表面からのX線回折で立方晶B1構造の結晶構造を示し、その面指数のうち(111)に最大強度を示し、(111)の回折強度をI(111)、(200)の回折強度をI(200)、(220)の回折強度をI(220)としたとき、I(111)>I(220)>I(200)を満たし、かつI(111)/I(220)>2.0を満足することが好ましい。さらに、立方晶B1構造の格子定数が0.414nmより大きいことがより好ましい。
【0010】
上述した本発明の被覆工具は、基材直上に、カソードの最大出力を0.1〜0.2MWでTiターゲットを用いたスパッタリング法により、膜厚が2〜40nm、結晶粒子の平均幅が40nm以下のTiまたはTiの窒化物、炭化物、炭窒化物の何れかからなる中間皮膜を形成し、次いで、該中間皮膜の直上に、基材に印加する負圧のバイアス電圧を100〜140Vで、AlCr系ターゲットを用いたスパッタリング法により、AlCr系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を被覆する耐久性に優れる被覆工具の製造方法で得ることができる。中間皮膜の被覆では、Tiの窒化物を形成することが好ましい。
さらに、硬質皮膜の被覆では、組成の異なる2種類のAlCr系ターゲットを用いて、中間皮膜直上の第1硬質皮膜と、該第1硬質皮膜直上の第2硬質皮膜を形成することが好ましい。そして、第2硬質皮膜の被覆では、金属成分としてSiを含んだAlCr系ターゲットを用いることが好ましい。
さらに、基材に印加する負圧のバイアス電圧を、120V〜140Vとすることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明により提供される被覆工具は、耐熱性と耐摩耗性に優れる緻密で微細なAlCr系皮膜の硬質皮膜が基材との密着性にも優れる。そして、該被覆工具は、切削工具や冷間、温熱間における鍛造、プレス加工といった金属の塑性加工に使用される場合の耐久性に優れ、極めて優れた工具寿命を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】試料番号2の透過型電子顕微鏡による硬質皮膜の断面写真の一例を示す。(図中の直線は、表面から0.5μmの位置にある柱状粒子の幅を測定するために引いたものである。)
【図2】試料番号1の透過型電子顕微鏡による中間皮膜の断面観察写真の一例を示す。(図中の番号は、組成分析した部分を示す。)
【図3】試料番号1の中間皮膜の断面観察写真の模式図を示す。
【図4】試料番号6の透過型電子顕微鏡による中間皮膜の断面観察写真の一例を示す。(図中の記号と番号は、組成分析した部分を示す。)
【図5】試料番号6の中間皮膜の断面観察写真の模式図を示す。
【図6】試料番号2のX線回折プロファイルを示す。
【図7】試料番号2の皮膜表面の走査電子顕微鏡観察写真と破断面のイオン励起2次電子像の一例を示す。
【図8】試料番号7の皮膜表面の走査電子顕微鏡観察写真と破断面のイオン励起2次電子像の一例を示す。
【図9】試料番号13の皮膜表面の走査電子顕微鏡観察写真と破断面のイオン励起2次電子像の一例を示す
【図10】試料番号2の高周波グロー放電発光分析によるプロファイルを示す図である。
【図11】試料番号7の高周波グロー放電発光分析によるプロファイルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者等は、苛酷な使用環境下においても皮膜剥離や欠損が発生せず、耐摩耗性と耐熱性に優れるAlCr系の窒化物または炭窒化物の皮膜特性が発揮されるように、基材と硬質皮膜の密着性を高めると同時に、硬質皮膜の内部に存在する欠陥をも低減させる手法について鋭意研究した。
【0014】
基材と硬質皮膜の密着性を改善するのに中間皮膜を設けることは有効である。本発明者等は、中間皮膜が硬質皮膜の組織形態に及ぼす影響を調査する中で、中間皮膜の直上で成長していく硬質皮膜の柱状組織は、中間皮膜の内部に存在する結晶粒子の粒子幅が大きくなるほど、粗大に成長する傾向にあることを見出した。つまり、中間皮膜にある結晶粒子の幅を均一に微細にしていくことで、その直上で成長する硬質皮膜の柱状組織が微細で緻密となり易く、密着性を確保した上で、硬質皮膜の全体で空隙等の欠陥が少なくなる。
【0015】
そして、本発明者等は、中間皮膜を被覆する際にターゲットへ投入する最大出力を従来になく極めて高く設定することで、中間皮膜の結晶粒子の幅が極めて微細になることを見出した。そして、優れた密着性を確保した上で、硬質皮膜の内部欠陥も低減した、耐久性に極めて優れた被覆工具とすることができた。
【0016】
まず、本発明における中間皮膜の構成について説明する。
TiまたはTiの窒化物、炭化物、炭窒化物の皮膜はいずれも鋼や超硬合金との親和性および密着性に極めて優れ、且つ、AlCr系皮膜との密着性にも優れる。そのため、これらを、基材とAlCr系の窒化物または炭窒化物との間に設ける中間皮膜として最適である。
本発明の中間皮膜は、TiまたはTiの窒化物、炭化物、炭窒化物のいずれであっても良いが、中でもTiの窒化物は耐熱性に優れ、窒素を含有する硬質皮膜との密着性にも優れているので好ましい。
【0017】
本発明の中間皮膜は、その膜厚と結晶粒子の幅を制御することが最も重要となる。中間皮膜の膜厚を2〜40nmにすることで、基材と硬質皮膜の密着性を十分に確保することができる。薄すぎると、基材と硬質皮膜の密着性を十分に確保することができない。また、厚すぎると、その直上で成長する硬質皮膜の柱状粒子が粗大となり易く、密着性も低下する傾向にあり、過酷な使用環境下での工具の耐久性が十分ではなくなる。
中間皮膜の膜厚は3nm以上および/または30nm以下であることがより好ましく、さらに好ましくは、5nm以上および/20nm以下である。
本発明の中間皮膜の膜厚は、透過型電子顕微鏡による観察により評価することができる。さらに、マッピング等の組成分析を行うことで、基材と中間皮膜と硬質皮膜とのそれぞれの界面が明確となり、中間皮膜の膜厚をより正確に測定することができる。
【0018】
中間皮膜の結晶粒子の平均幅を40nm以下にすることで、中間皮膜の直上から硬質皮膜が微細で極めて緻密に成長していくため、基材との密着性を改善できる。そして、硬質皮膜の全体で空隙が極めて少なくなるので耐久性が優れる皮膜となる。粗大になると、その大きな結晶粒子の平均幅に従って、硬質皮膜が成長していくので、硬質皮膜の柱状粒子幅が大きくなる。そして、柱状粒子間の隙間も大きくなることで空隙が発生し易くなり、密着性が低下し、耐久性も乏しい皮膜となる。中間皮膜の結晶粒子の平均幅は、20nm以下であると、硬質皮膜の全体がより緻密化し、密着性も向上するので耐久性が優れて好ましい。さらには、10nm以下であることが好ましい。さらには、5nm以下である。
中間皮膜の結晶粒子の平均幅の測定は、透過型電子顕微鏡を用いて、膜厚方向に対して垂直方向にある結晶粒子の幅から測定する。観測時の電子線の入射方向によって、結晶粒子の見え方が異なり、格子像の連続性およびコントラストの違いとして個々の結晶粒子を識別することができる。しかし、観察倍率が低いと、個々の結晶粒子を識別して結晶粒子の幅を正確に測定するのが困難となる。そのため、観察倍率は、格子像の連続性およびコントラストの差異を明確に確認できる倍率である、400万倍程度とする。そして、連続する50個以上の結晶粒子を測定することで、それらの測定値の平均値が収束していくことを確認したので、連続する50個の結晶粒子から中間皮膜の結晶粒子の平均幅を求めた。
【0019】
続いて硬質皮膜について説明する。硬質皮膜は、耐熱性と耐摩耗性に優れる皮膜種であるAlCr系の窒化物または炭窒化物として、硬度を30GPa以上にすることで、いっそうの耐摩耗性が付与される。より好ましくは35GPa以上であり、さらに好ましくは40GPa以上である。
ここで、本発明において、AlCr系の窒化物または炭窒化物は、金属成分の内、AlとCrの合計が原子%で70原子%以上の皮膜をいう。高い耐熱性と耐摩耗性が両立できるように、金属成分の内、AlとCrの合計が原子%で80%以上であることが好ましい。また、耐熱性が優れるAl含有量がCr含有量よりも多いほうが好ましい。
本発明の硬質皮膜の膜厚は1〜10μmであることが好ましい。薄すぎると耐久性が低下する。厚すぎると破壊が発生し易くなる。そして、基材との密着強度、表面の平滑性も考慮すれば、2μm以上および/または5μm以下がより好ましい。
【0020】
硬質皮膜は、金属成分としてSiを含むことで、硬質皮膜の結晶粒子が微細化して硬質皮膜の硬度が向上するため、工具の耐摩耗性が向上して好ましい。
硬質皮膜は、金属成分としてTiを含むことで、硬質皮膜の硬度が向上するため、工具の耐摩耗性が向上して好ましい。
【0021】
硬質皮膜の、垂直方向に成長した柱状粒子の平均幅を0.3μm以下とすることで、硬質皮膜の全体がより緻密化となり、工具の使用中における皮膜表面からの粒子の脱落が抑制され好ましい。また、粒子が脱落した場合でも、個々の柱状粒子が微細であるため、突発的な皮膜の破壊には至らない。
硬質皮膜の柱状粒子の平均幅がこれよりも大きくなると、高負荷がかかる苛酷な使用環境下では、硬質皮膜の粒子の脱落が発生し易くなり、工具寿命が短くなる。
硬質皮膜の柱状粒子の幅は、透過型電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡による断面観察から測定することができる。測定箇所は、皮膜表面から深さが0.5μmの位置とした。そして、連続する50個以上の柱状粒子の幅を観察することで、それらの幅の平均値が収束していくことを確認したので、連続する50個の柱状粒子から硬質皮膜の柱状粒子の平均幅を求めた。
【0022】
密着性および耐摩耗性と耐熱性を高い次元で満たすために、硬質皮膜のSiとTiの添加量を調整して、中間皮膜の直上の第1硬質皮膜と、第1硬質皮膜の直上の第2硬質皮膜とで組成を変更することが好ましい。
この時、中間皮膜の直上の第1硬質皮膜は、金属成分の組成が(AlCrTi)[但し、原子%で、X+Y+Z=100、50<X<75、20≦Y<50、0<Z≦10]の窒化物または炭窒化物であることが好ましい。
AlCr系の窒化物または炭窒化物として、一定以上の耐摩耗性と耐熱性を両立させるためには、Alの含有量を50<X<75、Crの含有量を20≦Y<50とする。
Alの含有量がこれよりも少ないと耐熱性が低下する傾向にあり、これよりも多くなると耐摩耗性が低下する傾向にある。より好ましくは原子%で、55以上および/または70以下である。
Crの含有量が20≦Y<50の範囲を外れると耐摩耗性が低下する傾向にある。
そして、中間皮膜の直上の第1硬質皮膜では、Tiを10原子%以下含有することで、Tiを含む中間皮膜との密着性がより向上する。さらに、Tiを含有することで耐摩耗性もより高まる。これよりも多くなると、耐熱性が低下し易くなる。
【0023】
表面側の第2硬質皮膜は、金属成分の組成が(AlCrSi)[但し、原子%で、U+V+W=100、50<U<75、20≦V<50、0<W≦10]の窒化物または炭窒化物であることが好ましい。
AlCr系の窒化物または炭窒化物として、一定以上の耐摩耗性と耐熱性を両立させるために、第2硬質皮膜も、Alの含有量を50<X<75、Crの含有量を20≦Y<50とする。より好ましくは原子%で、55以上および/または70以下である。
そして、Siを10原子%以下含有することで、結晶粒子が微細化され硬質皮膜の硬度が向上するので、工具の耐摩耗性が向上する。そして、個々の結晶粒子が微細化されるので、結晶粒子の脱落による皮膜損傷が発生し難くなる。これよりも多くなると、硬質皮膜の靭性が低下する。表面側の硬質皮膜では、耐摩耗性と靭性が高いレベルで両立していることが好ましく、そのためには、Siの含有量は8原子%以下であることが好ましい。さらには、5原子%以下であることがより好ましい。
【0024】
さらに、第1硬質皮膜は、耐摩耗性をより向上させるために、金属成分としてSiを10原子%以下含むことが好ましい。これよりも多くなると皮膜全体の靭性が低下する。
第2硬質皮膜は、耐摩耗性をより向上させるために、金属成分としてTiを10原子%以下含むことが好ましい。これよりも多くなると皮膜全体の耐熱性が低下する。より好ましくは5原子%以下である。
【0025】
硬質皮膜を、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜とで構成する場合でも、硬質皮膜の総膜厚は、1〜10μmであることが好ましい。この場合、第1硬質皮膜と第2硬質皮膜の膜厚の比は、第1硬質皮膜が5〜25%、第2硬質皮膜が75〜95%であることが好ましい。
【0026】
本発明の硬質皮膜は、Cukαを線源に用いたX線回折で、立方晶構造の36.0〜40.0に(111)面に対応するピーク、42.0〜46.0に(200)面に対応するピーク、62.0〜66.0に(220)面に対応するピークが観測され易い。
本発明者は、これらの配向強度が一定の関係にあるとき、硬質皮膜はより緻密で高硬度となり、工具の耐久性がより向上することを見出した。つまり、本発明の硬質皮膜の(111)の回折強度をI(111)、(200)の回折強度をI(200)、(220)の回折強度をI(220)としたとき、配向強度をI(111)>I(220)>I(200)とし、かつ、I(111)/I(220)>2.0とすることが好ましい。
これらの好ましい配向は、皮膜組成や成膜条件を調整することで得られる。特に、配向強度比の関係は成膜条件の影響を受けやすい傾向にある。
本発明例の中でも好ましい配向にするには、ターゲットへ投入する最大電力を制御して、中間皮膜の結晶粒子の平均幅を10nmより小さくすることが好ましい。より好ましくは5nm以下である。そして、硬質皮膜を第1硬質皮膜と第2硬質皮膜とで構成し、それぞれの成膜で、基材に印加する負圧のバイアス電圧を120Vより大きくすることで得られ易い。より好ましくは140Vである。
そして、上記の好ましい成膜条件であっても、第1硬質皮膜および第2硬質皮膜のAlの含有量をそれぞれ55原子%以上とし、さらに、それぞれの皮膜でTiおよび/またはSiを含有することが好ましい。
【0027】
結晶構造が上記の関係を満たした上で、硬質皮膜の立方晶構造の(111)面から算出した格子定数が大きくなることで、皮膜内部の残留応力がより高くなり、硬度が上昇する。そして、立方晶構造の(111)面から算出した格子定数が0.414nmより大きい場合、硬質皮膜はより緻密で高硬度となり易く、優れた耐摩耗性を発揮する傾向にあり好ましい。
【0028】
本発明の被覆工具を切削工具や金型として使用する場合、硬質皮膜の表面が平滑である方が使用時の抵抗が少なく好ましい。そして、本発明の硬質皮膜をスパッタリング法で成膜する場合、ドロップレットの発生が極めて少なく、平滑な皮膜を得ることができ、JIS−B−0601(2001)による表面粗さが、算術平均粗さRaで0.06μm以下、最大高さRzが1.0μm以下の好ましい表面状態とすることができる。
【0029】
本発明の採用する硬質皮膜は、特定の中間皮膜を有するAlCr系の窒化物または炭窒化物であることでその特性を発揮できる。よって、例え硬質皮膜の一部が酸化物、硼化物、硫化物の形態をとったとしても、特定の中間皮膜を有するAlCr系の窒化物または炭窒化物の優れた特性が著しく阻害されることはなく、本発明の作用効果は発揮される。
【0030】
本発明においては、中間皮膜の膜厚を極めて薄く制御にすることに加えて、その結晶粒子の平均幅も微細に制御する必要がある。ただし、従来の成膜方法では、結晶粒子の平均幅を微細にしようと膜厚を薄くした中間皮膜を設けたとしても、連続した結晶構造からなる結晶粒子が、大きく成長する場合があった。そこで、中間皮膜の被覆時には、ターゲットに投入する最大電力を従来になく高くすることで結晶粒子が微細化されることを見出した。具体的には、Tiターゲットを用いたスパッタリング法で、ターゲットへ投入する最大出力を0.1〜0.2MWとすることで、中間皮膜の結晶粒子の平均幅を40nm以下と極めて微細にすることができる。より好ましくは0.12MW以上である。
ターゲットへの投入電力を高くするためには、瞬間的に極めて高い電力を印加することができる、HPPMS(ハイパワーパルスマグネトロンスパッタ法)を使用することができる。
HPPMSを使用する場合、ターゲット表面での異常放電が発生し易くなる。そこで、平均出力を2kW程度として、20μs程度の極短時間の間でのみ高い電力を瞬間的に投入し、さらに、ターゲットへ投入する直流電流をパルス状に周期変化させることで異常放電を抑制することが好ましい。
【0031】
ただし、ターゲットへ投入する最大電力の時間を極めて短くして、さらにパルス状に電力を投入すれば、成膜レートが極めて低く生産性が悪くなる。さらに、硬質皮膜の成膜にまで、極めて高い最大電力を投入するのは、装置への負荷が極めて大きくなる。本発明者は鋭意研究し、基材の直上にある中間皮膜の結晶粒子の平均幅を一定以下に制御すれば、その直上の硬質皮膜の柱状粒子が中間皮膜の結晶粒子の平均幅に従って微細化することを見出した。そのため、硬質皮膜の成膜に使用するターゲットには、瞬間的に極めて高い電力を投入せずに、通常の数kW程度の平均電力を投入するだけでもよい。
そして、硬質皮膜の被覆では、AlCr系ターゲットを用いたスパッタリング法により、基材に印加する負圧のバイアス電圧を100〜140Vとする手法を用いることで、硬質皮膜が微細で緻密となり、AlCr系の窒化物または炭窒化物の硬度を30GPa以上にすることができる。
さらに、硬質皮膜の被覆では、組成の異なる2種類のAlCr系ターゲットを用いて、中間皮膜直上の第1硬質皮膜と、該第1硬質皮膜直上の第2硬質皮膜を形成することで、単層の硬質皮膜よりも密着性および耐摩耗性と耐熱性をより高めることができるので好ましい。そして、第2硬質皮膜の被覆では、金属成分としてSiを含有したAlCr系ターゲットを用いることで、皮膜表面の組織が微細化して耐摩耗性が向上し、さらに粒子の脱落も抑制され易いので好ましい。
【0032】
本発明の硬質皮膜は、塑性加工用金型や切削工具としての使用を考慮すると、基材となる金属材質は、冷間ダイス鋼、高速度鋼、超硬合金が好ましい。そして、HPPMSの様に、成膜時のエネルギーが高い場合、基材の表面が内部に比して、炭素が濃化した領域を形成し易くなる。そして、中間皮膜の成分が基材の表面の炭素と化合物を形成する傾向にあり、密着力が高まり好ましい。
【実施例1】
【0033】
基材に、WC結晶粒径が0.4μm、Co含有量が6質量%、V含有量が0.1質量%の超微粒超硬合金製を用いて、外径が5mmの2枚刃ボールエンドミルと、直径20mm、厚さ5mmの鏡面加工を施した試験片の2種類を用意した。これらの基材を、炭化水素系の溶剤中で超音波洗浄し、脱脂したものにつき、以下で説明する表面処理を施して、本発明および比較例となる試料番号1〜14を作製した。試験片は皮膜の特性評価に使用し、ボールエンドミルは切削試験に使用した。
【0034】
成膜手段には、基材にバイアス電圧を印加するスパッタリング法を採用し、中間皮膜、第1硬質皮膜、第2硬質皮膜を同一チャンバー内で連続して成膜するために、成膜装置はスパッタ蒸発源を5機搭載した。そのうちの1機を中間皮膜用、2機を第1硬質皮膜用、2機を第2硬質皮膜用とした。
中間皮膜用のスパッタ電源(カソード1)は、Tiターゲットを設置した。
第1硬質皮膜用のスパッタ電源(カソード2、3)には、Al65Cr35ターゲット
を2機設置した(化学式は原子による比率、以下同様)。
第2硬質皮膜用のスパッタ電源(カソード4、5)には、Al55Cr43Si2ターゲットを2機設置した。
なお、スパッタターゲットのサイズは縦500mm、横88mmである。
【0035】
スパッタ電源とバイアス電源には直流電源を用いた。そして、カソード1には、パルスモジュールを設置し、平均出力2kW、1周期あたりの放電時間20μsと一定とし、各試料により周波数、最大出力、放電時間を変化させて中間皮膜を成膜した。
【0036】
バイアス電源は、基材に接続され、独立して基材に負のバイアス電圧を印加する。基材は、毎分2回転で自転しかつ、固定冶具とサンプルホルダーを介して公転する。基材とターゲット表面間の距離は50mmとした。導入ガスは、Ar、Kr、Nを用い、ガス供給ポートから導入した。
【0037】
まず成膜装置内のヒーターにより基材温度が500℃になった状態で90分間の加熱を行い、真空容器(チャンバー)内の圧力が4×10−3Paに達した後、Arガスを真空容器内に導入し、炉内の圧力を0.2Paとした。そして、基材に−200Vの直流バイアス電圧を印加し、Arイオンによる基材のクリーニングを10分間実施した。
【0038】
中間皮膜にTiの窒化物を被覆する試料番号1〜7、9〜12、14では、容器内の圧力を1×10−3Paに真空排気して、基材の温度を450℃の一定とし、一定流量のArガス295ml、Krガス200mlのもとで、容器内の圧力が580mPaになるようにNガスを導入した。
そして、バイアス電圧を−100V、アノード電圧を−90Vに設定し、カソード1にパルス状に電力を供給して、中間皮膜を被覆した。続いて、カソード2、3にそれぞれ4kWのスパッタ電力を供給して、第1硬質皮膜を被覆した。
続いて、カソード1の電力供給を停止させ、そして、カソード2の電力供給を継続した状態で、カソード4、5に夫々4kWのスパッタ電源を供給して、60分間保持し、第2硬質皮膜を被覆した。
なお、試料番号7では、パルスモジュラーを使用せずに通常のスパッタリング法で中間皮膜を被覆した。
【0039】
中間皮膜にTi金属を被覆する試料番号8では、容器内の圧力を1×10−3Paに真空排気して、一定流量のKrガス200mlのもとで、容器内の圧力が580mPaになるようにArガスを導入した。そして、バイアス電圧を−100V、アノード電圧を−90Vに設定し、カソード1にパルス状に電力を供給して、中間皮膜を被覆した。
続いて、一定流量のArガス295ml、Krガス200mlに変更し、容器内の圧力が580mPaになるようにNガスを導入した。第1硬質皮膜と第2硬質皮膜の成膜条件は上記の窒化物を被覆する場合と同じである。
【0040】
なお、試料番号13では、中間皮膜を成膜せずに基材の直上にそのまま硬質皮膜を被覆し、試料番号14では、硬質皮膜の成膜にカソード2、3のみを使用した。各皮膜の成膜条件の詳細を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
各試料は200℃以下に冷却後、容器内から取り出し、試験片を用いて皮膜特性を評価した。皮膜組成は、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA:日本電子(株)製JXA−8900R)を用いて分析した。分析は、皮膜の最表面に対し試験片を5度傾けた皮膜断面を鏡面研磨後、その研磨面にある中間皮膜、第1硬質皮膜、第2硬質皮膜の各層内では、できるだけ広範囲の平均値となるように、各層の分析領域を選定した。そして分析値は、加速電圧15kV、試料電流0.2μA、計数時間10秒とした測定を5回実施し、その平均値とした。表2に皮膜組成の分析結果を示す。
【0043】
【表2】

【0044】
株式会社エリオニクス製のナノインデンテーション装置を用い、硬質皮膜の硬度を測定した。皮膜の硬度を測定するために、試験片を5度傾けて、鏡面研磨後、皮膜の研磨面内で最大押し込み深さが各層厚の略1/10未満となる領域を選定した。このとき略1/5程度でも基材の影響はなかった。押込み荷重49mN、最大荷重保持時間1秒、荷重負荷後の除去速度0.49mN/秒の測定条件で10点測定し、その平均値を求めた。本測定方法における皮膜硬度は、圧子の微細形状、測定時の温度、湿度、試料の表面状態に左右され易く、得られる数値は必ずしもビッカース硬さと一致しない。そこで、標準試料として単結晶Siの硬度も同時に測定している。そのときの単結晶Siの皮膜硬さが12GPaであり、本測定結果をもとに相対比較することができる。測定場所は第2硬質皮膜である表層側の硬度を測定した。
【0045】
中間皮膜の膜厚、結晶粒子幅、そして硬質皮膜の柱状粒子の幅を測定するために、各試料の皮膜断面を透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察した。膜厚は、組成分析も行って測定した。
まず、試料を切断し、エポキシ樹脂を用いてダミー基板を接着し、切断、Mo製補強リング接着、研磨、ディンプリング、Arイオンミーリングを行い断面TEM試料を作成した。最後にカーボン蒸着を施した。設備は日本電子株式会社製JEM−2010F型電界放射型透過電子顕微鏡を用い加速電圧を200kVとした。
図1に、試料番号2の硬質皮膜の柱状粒子の平均幅の測定事例を示す。硬質皮膜の柱状粒子の幅は、皮膜表面から深さ方向に0.5μmの位置に、基材表面に対して平行に直線を引いた時に接する柱状粒子の幅を測定した。50個の柱状粒子を測定して硬質皮膜の柱状粒子の平均幅とした。他の試料も同様の要領で測定した。
【0046】
図2に、試料番号1の中間皮膜の観察写真の事例を示す。図3はその模式図を示す。格子像が連続して暗く見える結晶粒子と、結晶配向が異なり明るく見える結晶粒子が観察される。個々の結晶粒子の幅は、膜厚とは垂直方向にある結晶粒子の中心幅から測定した。そして、連続する50個の結晶粒子幅を測定して、中間皮膜の結晶粒子の平均幅とした。
図4に、試料番号6の中間皮膜の観察写真の事例を示す。図5にはその模式図を示す。
他の試料も同様の要領で測定した。
【0047】
硬質皮膜の表面からX線回折を行い、各試料の結晶構造を調べた。使用した設備は株式会社リガク社製X線回折装置であり、管電圧120kV、管電流40μm、X線源Cukα、X線入射角5度、X線入射スリット0.4mm、2θを20〜90度の条件で測定した。バックグラウンドを除去したX線回折プロファイルの結果から、立方晶B1構造の面指数のうち(111)、(200)、(220)の強度順位、(111)と(220)強度比、(111)から算出した格子定数を測定した。
図6に、本発明例である試料番号2のXRDプロファイルを示す。最も強い強度面は(200)、次いで(220)、(111)となっていることが確認される。
【0048】
切削試験はボールエンドミルを用い、以下の切削条件で実施した。
なお、同一条件で成膜したし試験片とボールエンドミルが同一の皮膜特性であることは確認済みである。
被削材:マルテンサイト系ステンレス鋼(HRC52)
工具回転数:20000回転/分
テーブル送り量:4000m/分
切り込み深さ:軸方向0.4mm、ピックフィード0.2
mm
加工方法:ドライ切削
寿命判定:最大摩耗幅が0.1mmに達するまでの切削長、但し10m未満切り捨て
【0049】
表3に皮膜特性の測定結果および切削試験結果を示す。
【0050】
【表3】

【0051】
本発明の中間皮膜の膜厚と結晶粒子の平均幅が適切に制御されている。そのため、硬質皮膜は、中間皮膜との界面から微細で、緻密化しており、密着性が優れ、硬度も高くなった。中でも、硬質皮膜の柱状粒子の平均幅、配向強度が好ましい状態の、試料番号1、2、8、11は工具寿命が特に優れた。
比較例である試料番号3は、中間皮膜の膜厚が厚く、密着性が不十分で工具寿命が短くなった。
比較例である試料番号7、8は、中間皮膜の結晶粒子幅が十分に微細化されず、その直上で成長する硬質皮膜が緻密化せず密着性も悪いため、工具寿命が短くなった。
比較例である試料番号12は、硬質皮膜の被覆時に印加する負圧のバイアス電圧が低いため、硬質皮膜の柱状粒子が粗大で緻密化せず、皮膜強度が低く工具寿命が短くなった。
比較例である試料番号13は、中間皮膜を設けないため基材との密着性が極めて悪い。さらに、硬質皮膜の柱状粒子が粗大で、緻密化せず、切削初期で皮膜剥離が発生した。
【0052】
硬質皮膜の表面と断面組織を比較するため、本発明例である試料番号2と、比較例である試料番号7、13を観察した。皮膜最表面を走査電子顕微鏡で観察し、破断面写真は収束イオンビーム(FIB)により皮膜の断面試料を作製し、イオン励起2次電子像(SIM)で観察した。図5〜7にそれぞれの試料の観察写真を示す。
試料番号2、7、13の組織形態を比較すると、中間皮膜の形態によって、その直上で成長する硬質皮膜の形態が変化していることが確認される。
本発明例である試料番号2では、硬質皮膜が緻密且つ微粒で、中間皮膜との界面および硬質皮膜中に空隙は見当たらない。一方、中間皮膜の結晶粒子幅が大きい試料番号7では、中間皮膜との界面から空隙が多く、硬質皮膜の柱状粒子が粗大化している。特に、中間皮膜が無い使用番号13では、空隙が多く柱状粒子の粗大化が著しい。
【0053】
本発明例である試料番号2と、比較例である試料番号7について、高周波グロー放電発光分析によって、深さ方向の組成分析を行った。それぞれ、図8、9にその結果を示す。硬質皮膜の最表面(スパッタリング時間0秒)から基材側に向かって、第2硬質皮膜、第1硬質皮膜、中間皮膜、基材の分析を行った。
本発明例ではTiを主成分とする中間皮膜の直下、つまり基材表面側で母材中の炭素が外向拡散していることが確認される。一方、比較例ではTiを主成分とする中間皮膜を含むものの、炭素の外向拡散は確認できなかった。
本発明の製造方法で成膜した試料番号2では、中間皮膜を成膜する時のエネルギーが高いので、基材に含まれる炭素が外交拡散により界面で炭化物を成形し易く、該基材の表面近傍に炭素が濃化した領域を形成できることがわかる。
【実施例2】
【0054】
試料番号15〜28の作製で、中間皮膜の成膜は、実施例1の試料番号1と同様の条件とした。硬質皮膜の成膜は、実施例1で使用したカソード2、3、4、5に設置するターゲットを各種変更して、各ターゲットへ投入する電力を調整することで作製した。皮膜特性の測定と切削試験は、実施例1と同一条件で評価した。表4に本発明例の試料番号15〜28の皮膜組成を示す。表5に皮膜特性の測定結果および切削試験結果を示す。
【0055】
【表4】

【0056】
【表5】

【0057】
本発明例である試料番号15〜28は、中間皮膜の膜厚が5nm、結晶粒子の平均幅が5nmであった。そして、硬質皮膜も微細で緻密化しており、優れた切削性能を示した。
特に、硬質皮膜の柱状粒子の平均幅と、配向強度が好ましい条件を満たす試料番号15、17、18、19、22、23、24、27、28では切削距離が600m以上と極めて優れた工具寿命を示した。
【実施例3】
【0058】
実金型での評価として、SKH51(硬さ64HRC)製カップ成形用冷間鍛造金型を作製して、本発明の実金型における寿命評価を行った。この金型は、直径30mm、高さ250mmの寸法で、その先端部にカップ成型のための作業面が加工されている。まず、焼鈍状態にて素材を金型形状に粗加工した。そして、これを真空中1180℃の加熱保持より窒素ガス冷却により焼入れ後、560℃で焼戻して、64HRCに調質した。
そして、最後に仕上げ加工(ダイヤモンドペーストによる磨き+ヤマシタワークス社製のエアロラップ装置AERO LAP YT−300によるエアロラップ処理)を行うことで最終形状に整えた金型の作業面に、実施例1で評価した本発明例である試料番号2と、比較例である試料番号7の皮膜を被覆した。
【0059】
JISに規定される機械構造用炭素鋼S50Cを被加工材として、上記で作製したカップ成形用冷間鍛造金型により、これに冷間鍛造を行った。そして、製品に縦キズが発生したときのショット数で、金型の耐久性を評価した。
【0060】
本発明例である試料番号2の硬質皮膜を被覆した金型では、20000ショット以上安定して加工できた。これに対し、比較例である試料番号7の硬質皮膜を被覆した金型では、約3000ショットでカジリが発生し、本発明の硬質皮膜を被覆した被覆金型の耐久性が極めて優れることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の被覆工具は、皮膜が優れた密着性を示し、耐熱性と耐摩耗性も併せ持つ。そのため、切削工具ならびに冷間および温熱間における鍛造、プレス加工等の塑性加工用工具に使用することでその工具寿命を大幅に改善することができる。
そして、本発明皮膜の優れた耐摩耗性、耐酸化性、密着性を考慮すると、使用条件によっては、鉄系に限らず、Ni基合金、チタニウム、アルミニウム、ならびにそれらの合金の加工に使用される切削工具や塑性加工用金型、溶融金属に接して使用されるダイカストおよび鋳造に使用される金型、もしくは鋳抜きピンや、ダイカストの射出機に使用されるピストンリング等の鋳造用部材としても、転用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に皮膜を被覆した被覆工具であり、該皮膜は、硬度が30GPa以上であるAlCr系の窒化物または炭窒化物の硬質皮膜と、該硬質皮膜と基材との界面にある中間皮膜からなり、該中間皮膜は、膜厚が2〜40nm、結晶粒子の平均幅が40nm以下のTiまたはTiの窒化物、炭化物、炭窒化物の何れかからなることを特徴とする耐久性に優れる被覆工具。
【請求項2】
中間皮膜は、Tiの窒化物であることを特徴とする請求項1に記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項3】
硬質皮膜は、金属成分としてSiを含むことを特徴とする請求項1または2に記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項4】
硬質皮膜は、金属成分としてTiを含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項5】
硬質皮膜の断面組織は、基材表面に対して垂直方向に成長した柱状粒子の集合からなり、該柱状粒子の平均幅が0.3μm以下であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項6】
硬質皮膜は、中間皮膜直上の第1硬質皮膜と、該第1硬質皮膜直上の第2硬質皮膜からなり、該第1硬質皮膜は、金属成分の組成が(AlCrTi)[但し、原子%で、X+Y+Z=100、50<X<75、20≦Y<50、0<Z≦10]の窒化物または炭窒化物、該第2硬質皮膜は、金属成分の組成が(AlCrSi)[但し、原子%でU+V+W=100、50<U<75、20≦V<50、0<W≦10]の窒化物または炭窒化物であることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項7】
第1硬質皮膜は、金属成分としてSiを10原子%以下含むことを特徴とする請求項6に記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項8】
第2硬質皮膜は、金属成分としてTiを10原子%以下含むことを特徴とする請求項6または7に記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項9】
第2硬質皮膜の断面組織は、基材表面に対して垂直方向に成長した柱状粒子の集合からなり、該柱状粒子の平均幅が0.3μm以下であることを特徴とする請求項6ないし8のいずれかに記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項10】
硬質皮膜は、表面からのX線回折で立方晶B1構造の結晶構造を示し、その面指数のうち(111)に最大強度を示し、(111)の回折強度をI(111)、(200)の回折強度をI(200)、(220)の回折強度をI(220)としたとき、I(111)>I(220)>I(200)を満たし、かつI(111)/I(220)>2.0を満足することを特徴とする請求項1ないし9のいずれかに記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項11】
立方晶B1構造の格子定数が0.414nmより大きいことを特徴とする請求項10に記載の耐久性に優れる被覆工具。
【請求項12】
基材表面に皮膜を被覆する被覆工具の製造方法であって、基材直上に、カソードの最大出力を0.1〜0.2MWでTiターゲットを用いたスパッタリング法により、膜厚が2〜40nm、結晶粒子の平均幅が40nm以下のTiまたはTiの窒化物、炭化物、炭窒化物の何れかからなる中間皮膜を形成し、次いで、該中間皮膜の直上に、基材に印加する負圧のバイアス電圧を100〜140Vで、AlCr系ターゲットを用いたスパッタリング法により、AlCr系の窒化物または炭窒化物からなる硬質皮膜を被覆することを特徴とする耐久性に優れる被覆工具の製造方法。
【請求項13】
中間皮膜の被覆では、Tiの窒化物を形成すること特徴とする請求項12に記載の耐久性に優れる被覆工具の製造方法。
【請求項14】
硬質皮膜の被覆では、組成の異なる2種類のAlCr系ターゲットを用いて、中間皮膜直上の第1硬質皮膜と、該第1硬質皮膜直上の第2硬質皮膜を形成することを特徴とする請求項12または13に記載の耐久性に優れる被覆工具の製造方法。
【請求項15】
第2硬質皮膜の被覆では、金属成分としてSiを含んだAlCr系ターゲットを用いることを特徴とする請求項14に記載の耐久性に優れる被覆工具の製造方法。
【請求項16】
硬質皮膜の被覆では、基材に印加する負圧のバイアス電圧を120V〜140Vとすることを特徴とする請求項12ないし15のいずれかに記載の耐久性に優れる被覆工具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−92433(P2012−92433A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−202779(P2011−202779)
【出願日】平成23年9月16日(2011.9.16)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】