説明

耐酸腐食性に優れる鋼材

【課題】優れた耐硫酸腐食性を良好に維持しながら、耐塩酸腐食性をより高めた安価な耐酸腐食性鋼材を提供する。
【解決手段】塩酸腐食後の鋼材表面に、C:5.0〜40.0mass%、Si:0.1〜3.0mass%、Mn:0.1〜1.0mass%、Cu:5.0〜25.0mass%、W:1.0〜20.0mass%、Sb:1.0〜25.0mass%、Ni:20.0mass%以下、Sn:2.0mass%以下を含有する成分組成からなる非晶質酸化物層を有する耐酸腐食性に優れる鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、火力発電所や都市ごみおよび産業廃棄物の焼却設備等の排煙設備に用いられる耐酸腐食性に優れる鋼材に関し、特に、燃焼排ガス雰囲気下で硫酸露点腐食や塩酸露点腐食が起こる環境下でも優れた耐酸腐食性を有する鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
火力発電所や都市ごみあるいは産業廃棄物の焼却設備等から排出される燃焼排ガスは、主に、水分、硫黄酸化物(二酸化硫黄、三酸化硫黄等)、塩化水素、窒素酸化物、二酸化炭素、窒素、酸素などで構成されている。この燃焼排ガス中に、三酸化硫黄が1massppmでも含まれていると、上記燃焼排気ガスの露点が100℃以上に上昇して容易に硫酸が凝結するため、燃焼排ガスが導かれる煙道ダクト、ケーシング、熱交換器、脱硫装置、電気集塵機、誘引送風機などの排煙設備では、いわゆる硫酸露点腐食が起こる。
【0003】
この対策としては、特許文献1に開示されたような耐硫酸露点腐食鋼(耐硫酸鋼)や、特許文献2に開示されたような高耐食ステンレス鋼が使用されている。しかし、ステンレス鋼は、塩酸腐食環境下では、露点腐食に加えて、塩化物の濃縮による応力腐食割れやすきま腐食が起こり易いため、必然的に高合金化せざるを得ず、非常に高価な物となるという問題がある。
【0004】
一方、石炭焚き火力ボイラーや一般あるいは産業廃棄物の焼却設備等から排出される燃焼排ガス中には、上記三酸化硫黄等の硫黄化合物のほかに、相当量の塩化水素が含まれていることがあり、その場合には、硫酸凝結と同時に塩酸凝結も起こる。そのため、上記排ガスを導く排煙設備に用いられている材料は、激しい硫酸腐食と塩酸腐食を受けることになる。
【0005】
硫酸露点温度と塩酸露点温度は、燃焼排ガスを構成する成分の組成によって変動するが、一般に、硫酸の露点温度は100〜150℃程度、塩酸の露点温度は50〜80℃である。それ故、同一の排煙設備でも構造や部位によって、また、通過する燃焼排気ガス温度は一定でも壁面温度によって、硫酸露点腐食が支配的な部位と塩酸露点腐食が支配的な部位とが生ずることになる。そのため、排煙設備を構成する材料には、耐硫酸露点腐食性に優れるだけでなく、耐塩酸露点腐食性にも優れることが要求される。
【0006】
この要望に応えるものとして、例えば、特許文献3には、C:0.03mass%以下とした鋼に、Cu,Mo等を添加し、耐硫酸性および耐塩酸性を高めた極低炭素耐酸性低合金鋼が開示されている。また、特許文献4には、低S化した鋼に、Snおよび/またはSbを添加することによって耐硫酸露点腐食性を確保しながら耐塩酸露点腐食性を改善した耐酸露点腐食性に優れる鋼が開示されている。
【特許文献1】特公昭43−014585号公報
【特許文献2】特開平07−316745号公報
【特許文献3】特公昭46−034772号公報
【特許文献4】特開平09−025536号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献3の鋼は、Moを過剰に添加すると、硫酸濃度が10〜40質量mass%での耐硫酸腐食性が著しく阻害されるといった問題がある上に、耐塩酸腐食性についても、条件によっては特許文献1よりも劣るという問題がある。また、特許文献4の鋼の耐塩酸腐食性は、上記特許文献1の耐塩酸性と同等またはそれ以下でしかない。
【0008】
さらに、塩化ビニルや家庭生ごみを燃やす廃棄物焼却設備では、設備によっては排ガス中に含まれる塩化水素濃度が4000massppmにも達する場合もあることから、耐硫酸腐食性を維持しながら耐塩酸腐食性をより向上させ、かつ高耐食ステンレス鋼よりも安価な耐酸腐食性に優れる鋼材が強く求められている。
【0009】
そこで、本発明の目的は、優れた耐硫酸腐食性を良好に維持しながら、耐塩酸腐食性をより高めた安価な耐酸腐食性鋼材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、耐塩酸腐食性に及ぼす冶金因子の影響について検討を重ねた。その結果、Cu−Sb系の耐硫酸鋼材に、適量のWを添加することで、優れた耐硫酸腐食性を確保しながら耐塩酸腐食性を向上できること、また、上記鋼材を塩酸で腐食した場合には、鋼材の表面に特殊な成分組成からなる非晶質の酸化物層が生成し、この非晶質酸化物層は、耐塩酸腐食性をさらに向上する効果があること、そして、この非晶質酸化物層は、鋼材の表面に何らかの方法で被覆してやることによっても耐塩酸腐食性を向上する効果があることを見出した。本発明は、上記知見に基き完成したものである。
【0011】
すなわち、本発明は、塩酸腐食後の鋼材表面に、C:5.0〜40.0mass%、Si:0.1〜3.0mass%、Mn:0.1〜1.0mass%、Cu:5.0〜25.0mass%、W:1.0〜20.0mass%、Sb:1.0〜25.0mass%、Ni:20.0mass%以下、Sn:2.0mass%以下を含有する成分組成からなる非晶質酸化物層を有する耐酸腐食性に優れる鋼材である。
【0012】
本発明の上記鋼材は、C:0.001〜0.2mass%、Si:0.01〜2.5mass%、Mn:0.1〜2mass%、Cu:0.05〜0.5mass%、W:0.01〜0.5mass%、Sb:0.01〜0.2mass%、P:0.05mass%以下、S:0.05mass%以下、Ni:0.5mass%以下、Sn:0.2mass%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする。
【0013】
また、本発明は、鋼材表面に、C:5.0〜40.0mass%、Si:0.1〜3.0mass%、Mn:0.1〜1.0mass%、Cu:5.0〜25.0mass%、W:1.0〜20.0mass%、Sb:1.0〜25.0mass%、Ni:20.0mass%以下、Sn:2.0mass%以下を含有する成分組成からなる非晶質酸化物層を形成してなる耐酸腐食性に優れる鋼材である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、耐硫酸腐食性および耐塩酸腐食性が共に優れる耐酸腐食性に優れる鋼材を安価に提供することができる。したがって、本発明に係る鋼材は、激しい塩酸露点腐食や硫酸露点腐食を受ける火力発電所やごみ焼却設備等の煙突や煙道、熱交換器、ケーシング、エキスパンジョン等に用いられる材料(鋼材)として好適であり、それら設備の耐久性の向上や維持管理負荷の軽減に寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
発明者らは、Cu−Sb系の耐硫酸鋼に極微量のWを添加することで、鋼材の耐塩酸腐食性を著しく向上できることを見出した。具体的には、この鋼材は、C:0.001〜0.2mass%、Si:0.01〜2.5mass%、Mn:0.1〜2mass%、Cu:0.05〜0.5mass%、W:0.01〜0.5mass%、Sb:0.01〜0.2mass%、P:0.05mass%以下、S:0.05mass%以下、Ni:0.5mass%以下、Sn:0.2mass%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを鋼材である。
以下、その成分組成の限定理由について説明する。
【0016】
C:0.001〜0.2mass%
Cは、耐酸腐食性および溶接性の観点からは、その含有量が低いほど好ましい。しかし、0.001mass%未満まで低減することは、製鋼コストの上昇を招くだけなので、Cの下限は0.001mass%とする。一方、強度を確保する観点からは、Cを多く添加する方が好ましいが、0.2mass%を超えると、耐塩酸性が低下する。よって、Cの含有量は、0.001〜0.2mass%とする。好ましくは、0.001〜0.1mass%の範囲である。
【0017】
Si:0.01〜2.5mass%
Siは、脱酸剤として、また、高強度化のために添加される元素であり、0.01mass%以上添加する必要がある。一方、過度の添加は、熱間圧延におけるスケールの固着を招き、スケール痕が急激に増加するので、上限は2.5mass%とする。
【0018】
Mn:0.1〜2mass%
Mnは、鋼の強度を高める元素であり、要求強度に応じて、0.1mass%以上添加する。しかし、2mass%を超えると、延性が低下するので、上限は2mass%とする。
【0019】
P:0.05mass%以下
Pは、不可避的不純物として混入する元素であり、耐塩酸腐食性を著しく損ねるので低い程好ましい。しかし、Pの低減は、製鋼コストの上昇を招くので、0.05mass%以下とする。
【0020】
S:0.05mass%以下
Sは、Pと同様、不可避的不純物として混入する元素であり、0.05mass%を超えると、熱間加工性および機械的性質を著しく損ねるので、上限を0.05mass%とする。
【0021】
Cu:0.05〜0.5mass%
Cuは、耐塩酸腐食性を向上する元素であり、本発明では必須の元素である。上記効果を確保するためには、0.05mass%以上添加する必要がある。しかし、0.5mass%を超えて添加しても、その効果は飽和するので、上限は0.5mass%とする。
【0022】
W:0.01〜0.5mass%
Wは、Cu−Sb系の鋼に、0.01mass%以上添加することで、耐塩酸腐食性を著しく向上する効果があり、本発明においては、特に重要な元素である。しかし、0.5mass%を超えて添加しても、その効果が飽和するので、上限は0.5mass%とする。
【0023】
Sb:0.01〜0.2mass%
Sbは、耐塩酸腐食性を向上する重要な元素であり、その効果を発現するためには、0.01mass%以上の添加が必要である。しかし、0.2mass%を超えて添加しても、その効果が飽和するので、上限は0.2mass%とする。
【0024】
Ni:0.5mass%以下
Niは、CuとSbの添加により発生し易くなる熱間加工時の表面割れを防止する効果のある元素である。しかし、0.5mass%を超えて添加しても、その効果は飽和するので、0.5mass%以下の範囲で添加する。
【0025】
Sn:0.2mass%以下
Snは、耐塩酸腐食性を向上させる成分である。しかし、Sn含有量が0.2mass%を超えると、その効果が飽和するので、0.2mass%以下とする。
【0026】
本発明の耐酸腐食性鋼材は、上記以外の成分は、Feおよび不可避的不純物からなることが好ましい。但し、本発明の効果を損なわない範囲であれば、上記以外の成分を含有することを拒むものではないことは勿論である。
【0027】
次に、本発明の耐酸腐食性鋼材を塩酸で腐食させた場合に、その鋼材表面に生成する酸化物層について説明すする。
本発明の成分組成に適合する鋼材を塩酸で腐食した場合、例えば、80℃の5mass%塩酸水溶液に、6時間程度浸漬した場合には、その鋼材の表面に、C:5.0〜40.0mass%、Si:0.1〜3.0mass%、Mn:0.1〜1.0mass%、Cu:5.0〜25.0mass%、W:1.0〜20.0mass%、Sb:1.0〜25.0mass%、Ni:20.0mass%以下、Sn:2.0mass%以下を含有する成分組成からなる非晶質酸化物層が形成される。
【0028】
上記非晶質酸化物層は、耐塩酸腐食性を向上する効果を有することが発明者らの調査で明らかとなった。この非晶質酸化物層が耐塩酸腐食性を向上する効果を有する理由は、まだ明確にはなっていないが、緻密な表面層が生成されることによってバリアー効果が生じることによるものと考えている。
【0029】
したがって、この非晶質酸化物層の被膜を鋼材の表面に、何らかの方法で形成してやることにより、耐塩酸腐食性を向上することができる。被膜を形成する鋼材は、耐酸性に優れる鋼材でも普通鋼の鋼材でも、いずれでも構わない。また、非晶質酸化物層の被膜を形成する方法は、特に限定されないが、プラズマ溶射やアーク溶射、フレーム溶射、爆発溶射等の溶射法が最も好適に用いることができる。また、形成する被膜の膜厚は、0.1〜0.5μmの範囲であることが好ましい。0.1μm未満では、耐塩酸腐食性を向上する効果が小さく、一方、膜厚が0.5μmであれば、耐塩酸性の向上効果は十分に得られるからである。なお、被覆する非晶質酸化物層は、物理蒸着法(PVD法)や化学蒸着法(CVD法)によって得たものを用いることができる。なお、非晶質酸化物層の被膜は、上記方法の他に、塩酸で腐食することによっても形成させることができることは、上述した通りである。
【実施例1】
【0030】
表1に示した成分組成を有する18種類の鋼を50kg真空溶解炉で溶製し、鋳造して鋳塊とし、これを1200℃に加熱後、仕上温度を900℃とする熱間圧延を施し、板厚6mmの熱延板とした。この熱延板から、4mmt×20mmW×30mmLの寸法の試験片1〜18を採取し、下記の塩酸腐食試験および硫酸腐食試験に供した。
<塩酸腐食試験>
80℃に保持された5mass%塩酸水溶液中に試験片を24時間浸漬し、腐食試験前後の質量変化から腐食減量を測定した。
<硫酸腐食試験>
70℃に保持された50mass%硫酸水溶液中に試験片を6時間浸漬し、腐食試験前後の質量変化から腐食減量を測定した。
なお、耐塩酸腐食性および耐硫酸腐食性の評価は、Cu,Ni,W,Sb,Snを含有していない中炭素の普通鋼である鋼から採取した試験片11を基準(1000)として、他の試験片の腐食減量を相対的に評価した。
【0031】
上記腐食試験の結果を、表1に併記して示した。この結果から、本発明の成分組成から外れた鋼から採取した試験片12〜18は、いずれも、ベース鋼から採取した試験片11と比較して、塩酸腐食減量が約1/5、硫酸腐食減量が同程度〜1/10程度であるのに対して、本発明の成分組成を満たす鋼から採取した試験片1〜10は、いずれも、ベース鋼から採取した試験片11と比較して、塩酸腐食減量が約1/100、硫酸腐食減量が約1/20であり、格段に優れた耐酸腐食性を有していることがわかる。
【0032】
【表1】

【実施例2】
【0033】
実施例1で用いた鋼11(中炭素の普通鋼)の熱延板から、実施例1と同じ寸法の試験片を17枚採取し、これらの試験片を酸洗して表面のスケールを除去してから、その表面に、表2に示す成分組成からなる非晶質酸化物をプラズマ溶射法で溶射し、厚さ0.3μmの非晶質酸化物被膜を有する腐食試験片21〜37とした。その後、これらの試験片を、実施例1と同じ塩酸腐食試験に供した。なお、耐塩酸腐食性の評価は、実施例1と同じ試験片11(溶射被膜なし)を基準(1000)として、他の試験片の腐食減量を相対的に評価した。
【0034】
上記腐食試験の結果を、表2に併記して示した。この結果から、Cu,Ni,W,Sb,Snを含有せずかつ非晶質酸化物被膜のない試験片11の塩酸腐食試験による腐食減量が最も大きく、また、本発明の成分組成を満たさない非晶質酸化物被膜を形成した試験片31〜37の塩酸腐食試験による腐食減量は、試験片11の腐食減量に対して同等〜1/5程度である。これに対して、本発明の成分組成を満たす非晶質酸化物被膜を形成した試験片21〜30の塩酸腐食試験による腐食減量は、試験片11の腐食減量の約1/100であり、格段の耐酸腐食性を有していることがわかる。以上のように、本発明の成分組成を満たす非晶質酸化物被膜を普通鋼の上に形成してやることによっても、耐塩酸腐食性を向上することができることが確認された。
【0035】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の技術は、鉱山の坑内や坑外に用いられる支柱やレール、パイプ等にも好適に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩酸腐食後の鋼材表面に、C:5.0〜40.0mass%、Si:0.1〜3.0mass%、Mn:0.1〜1.0mass%、Cu:5.0〜25.0mass%、W:1.0〜20.0mass%、Sb:1.0〜25.0mass%、Ni:20.0mass%以下、Sn:2.0mass%以下を含有する成分組成からなる非晶質酸化物層を有する耐酸腐食性に優れる鋼材。
【請求項2】
上記鋼材は、C:0.001〜0.2mass%、Si:0.01〜2.5mass%、Mn:0.1〜2mass%、Cu:0.05〜0.5mass%、W:0.01〜0.5mass%、Sb:0.01〜0.2mass%、P:0.05mass%以下、S:0.05mass%以下、Ni:0.5mass%以下、Sn:0.2mass%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1に記載の耐酸腐食性に優れる鋼材。
【請求項3】
鋼材表面に、C:5.0〜40.0mass%、Si:0.1〜3.0mass%、Mn:0.1〜1.0mass%、Cu:5.0〜25.0mass%、W:1.0〜20.0mass%、Sb:1.0〜25.0mass%、Ni:20.0mass%以下、Sn:2.0mass%以下を含有する成分組成からなる非晶質酸化物層を形成してなる耐酸腐食性に優れる鋼材。

【公開番号】特開2007−224377(P2007−224377A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−47858(P2006−47858)
【出願日】平成18年2月24日(2006.2.24)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】